特許第6681619号(P6681619)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6681619
(24)【登録日】2020年3月26日
(45)【発行日】2020年4月15日
(54)【発明の名称】フェノール系化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 37/60 20060101AFI20200406BHJP
   C07C 39/04 20060101ALI20200406BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20200406BHJP
【FI】
   C07C37/60
   C07C39/04
   !C07B61/00 300
【請求項の数】3
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2016-87637(P2016-87637)
(22)【出願日】2016年4月26日
(65)【公開番号】特開2017-197451(P2017-197451A)
(43)【公開日】2017年11月2日
【審査請求日】2019年4月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】503027931
【氏名又は名称】学校法人同志社
(74)【代理人】
【識別番号】110000475
【氏名又は名称】特許業務法人みのり特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小寺 政人
(72)【発明者】
【氏名】辻 朋和
【審査官】 長部 喜幸
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2012/0016127(US,A1)
【文献】 Mihoko Yamada,Chemical Science,2016年 1月 5日,Vol.7,Pages 2856-2863
【文献】 Masahito Kodera,Angew. Chem. Int. Ed.,2005年,Vol.44,Pages 7104-7106
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 37/60
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)で示される化合物を配位子とする銅錯体の存在下で、酸化剤により、芳香族化合物を酸化してフェノール系化合物を製造する方法(下記式中、R1〜R6は、それぞれ独立してメチレン基またはエチレン基を示す)。
【化1】
【請求項2】
前記配位子が、1,2-ビス(2-(ビス(2-ピリジルメチル)アミノメチル)6-ピリジル)エタン[6-hpa]である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記酸化剤が過酸化水素であり、前記芳香族化合物がベンゼンである、請求項1または2に記載の方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芳香族化合物からフェノール系化合物を製造する方法に関する。より具体的には、本発明は、特定の銅錯体を用いて芳香族化合物を直接酸化してフェノール系化合物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フェノールの製造は、ベンゼンを原料として行われているが、ベンゼンは最もシンプルな構造の芳香族炭化水素であるため、安定性が非常に高く、反応性に乏しい。このため、現在は、ベンゼンの直接酸化ではなく、クメン(イソプロピルベンゼン)を経由して、クメンの酸化によりフェノールを製造しているが、このクメン法は、高温高圧を必要とする多段階方法でありその総収率もおよそ5%と低いため、フェノールの製造方法としては非効率的である。そのため、ベンゼンを直接的にフェノールに変換(酸化)する方法の開発が望まれている。
【0003】
最近、非特許文献1において、4座のポリピリジン配位子のニッケル錯体を触媒として用いて、安価な過酸化水素(H22)を酸化剤として、ベンゼンからフェノールを直接製造する方法が報告されている。しかしながら、報告された反応では、700回程度の触媒回転数を得るのに200時間以上を必要としている。
【0004】
また、本発明者らも、特定の二核ニッケル錯体を触媒として、非特許文献1の方法より速い反応速度で、ベンゼンからフェノールを直接製造する方法を報告した(非特許文献2)。しかしながら、実用化の観点からは、さらに速い反応速度が望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J. Am. Chem. Soc.、2015、137(18)、pp 5867-5870
【非特許文献2】錯体化学会第65回討論会 講演要旨集、pp354、2PF-56
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した問題に鑑み、本発明は、ベンゼンのような芳香族化合物をより効率よく直接酸化してフェノール系化合物を製造できる方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記課題を解決するために検討を重ねた結果、特定の銅錯体を触媒として用いることにより、前述のニッケル錯体を触媒として用いた場合と比べて、はるかに速い反応速度で、芳香族化合物からフェノール系化合物を製造することに成功し、本発明を完成した。
【0008】
本発明は、下記式(I)または(II)で示される化合物を配位子とする銅錯体の存在下で、酸化剤により、芳香族化合物を酸化(水酸化)してフェノール系化合物を製造する方法に関する(下記式中、R1〜R9は、それぞれ独立してメチレン基またはエチレン基を示す)。
【化1】
【0009】
前記式(I)に示すポリピリジン配位子および前記式(II)に示すポリピリジン配位子は、銅錯体を形成し、それぞれ、100℃未満の温度および常圧下であっても、芳香族化合物の一原子酸素化反応を触媒することができ、非特許文献1において、最も高い触媒機能を示すと報告されたtepaを配位子とするニッケル錯体および非特許文献2において報告された6-hpeaを配位子とする二核ニッケル錯体よりも、触媒回転数(TON=turnover number)および触媒回転頻度(TOF=turnover frequency)がはるかに高いため、フェノール系化合物をより速やかに製造することができる。
【0010】
本発明においてより好ましい銅錯体の配位子は、1,2-ビス(2-(ビス(2-ピリジルメチル)アミノメチル)6-ピリジル)エタン[6-hpa]、トリス(2-ピリジルメチル)アミン[tmpa]であり、最も好ましい配位子は6hpaである。
【0011】
本発明の方法によれば、過酸化水素を酸化剤として、ベンゼンを直接的にフェノールに変換することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明の酸化触媒は、芳香族化合物の一原子酸素化を、高い触媒回転数(TON)および触媒回転頻度(TOF)で行うことができるため、本発明の製造方法によれば、芳香族化合物からフェノール系化合物を速やかに製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、本発明で使用できる好ましい配位子とその銅錯体を示す図である。
図2図2は、6-hpaを合成する好ましい一例を示す図である。
図3図3は、6-hpaの銅錯体のエレクトロスプレーイオン化質量分析(ESI-MS)スペクトルを示す図である。
図4図4は、6-hpaの銅錯体のORTEPを示す図である。
図5図5は、tmpaの銅錯体のエレクトロスプレーイオン化質量分析(ESI-MS)スペクトルを示す図である。
図6図6は、tmpaの銅錯体のORTEPを示す図である。
図7図7は、6-hpaの銅錯体およびtmpaの銅錯体による触媒反応および触媒回転数を示す図であり、図7の上段は基質(ベンゼン)が30mmolの場合、図7の下段は基質(ベンゼン)が60mmolの場合を示す。
図8図8は、フェノール系化合物の酸素原子の起源を示す図である。
図9図9は、6-hpaの銅錯体とtmpaの銅錯体の、速度論的同位体効果(KIE)の値を示す図である。
図10図10の上段は、6-hpaの銅錯体と過酸化水素により形成される反応中間体の吸収スペクトルを示す図であり、図10の下段は、tmpaの銅錯体と過酸化水素により形成される反応中間体の吸収スペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係る銅錯体の配位子は、その分子中にピリジン環を6個または3個有するポリピリジン配位子であり、以下の式(I)または(II)で表され、式中のR1〜R9はそれぞれ独立して、メチレン基(−CH2−)またはエチレン基(−CH2CH2−)を示す。
【化1】
【0015】
より好ましい配位子は、以下の通りである。
・R1〜R6が全てメチレン基である式(I)の化合物「6-hpa」:1,2-ビス(2-(ビス(2-ピリジルメチル)アミノメチル)6-ピリジル)エタン;
・R7〜R9が全てメチレン基である式(II)の化合物「tmpa」:トリス(2-ピリジルメチル)アミン。
6-hpaとtmpaの構造を以下に示す。また、図1に、これらを配位子とする銅錯体の構造を示す。
【化2】

【0016】
本発明の銅錯体は、酸化反応を触媒することができる。本発明の銅錯体の酸化触媒活性は非常に高いため、ベンゼンのように安定で反応しにくい芳香族化合物であっても、酸化によりフェノール性水酸基を導入する(sp2C−H結合をsp2C−OH結合に変換する)ことができる。また、本発明の銅錯体を、芳香族化合物の酸化反応の触媒として用いた場合、芳香族環上の炭素原子のうち一つのみを酸化することができるため(選択的一原子酸素化)、水酸基を複数有する芳香族化合物やキノン類(副生成物)をほとんど生じず、一つの水酸基を有するフェノール系化合物を高収率で製造することができる。なお、本発明において、フェノール系化合物とは、芳香族環に結合された水酸基を有する化合物を意味する。
【0017】
本発明の酸化反応は、アセトニトリル、アセトン等の極性有機溶媒中で行うことが好ましい。また、酸化剤として過酸化水素を使用する場合、一般に過酸化水素は水溶液の形態で用いられ、且つ、反応によって水を生じるため、前記極性有機溶媒中に水が混入することになるが、水と極性有機溶媒の混合液中でも、本発明に係る酸化反応は十分に進行する。極性有機溶媒の体積1に対して、水の体積(反応開始時の体積)は3/4以下であることが好ましく、2/3以下であることがより好ましく、1/2以下であることが特に好ましい。
【0018】
銅錯体に対する基質(芳香族化合物)の量は、使用する原料の種類や酸化条件によって適宜選択すればよい。例えば、式(I)を配位子とする銅錯体を1モルとしたとき、基質は1万〜20万モル程度(より好ましくは2万〜15万モル、特に好ましくは3万モル〜10万モル)、式(II)を配位子とする銅錯体を1モルとしたとき、基質は5千〜10万モル(より好ましくは1万〜7.5万モル、特に好ましくは1.5万モル〜5万モル)程度が好ましい。
また、酸化剤(好ましくは過酸化水素)の添加量も、基質等の種類や酸化条件によって適宜調節すればよいが、例えば、基質1モルに対して0.5〜10モル、より好ましくは1〜8モル、特に好ましくは2〜5モルの割合で添加することができる。
【0019】
また、本発明の酸化反応は、塩基性物質(例えば、トリエチルアミン等の3級アミン)の共存下で行ってもよい。特に、式(II)を配位子とする銅錯体を使用する場合は、塩基性物質の存在下で酸化反応を行うことが好ましい。
例えば、式(I)を配位子とする銅錯体を1モルとしたとき、塩基性物質は0〜20モル程度(より好ましくは0〜10モル、特に好ましくは0〜8モル)、式(II)を配位子とする銅錯体を1モルとしたとき、塩基性物質は1〜8モル程度(より好ましくは1.5〜5モル、特に好ましくは1〜3モル)とすることができる。式(I)を配位子とする銅錯体の場合、塩基性物質非存在下において、初速度の若干の低下が認められるものの、同様に反応を進行させることができる。よって、塩基性物質の添加の有無は基質によって使い分けることができる。
【0020】
反応を行う溶媒中の、触媒、基質、酸化剤、塩基性物質等の濃度は、反応のスケール、反応温度、使用する物質等に応じて適宜選択することができる。例えば、触媒濃度は、10μmol/L〜500μmol/L程度とすることができる。
本発明の酸化反応は常温でも進行し、最終的な触媒回転数は高温下と同様であるが、反応速度を高めるために加温下で反応を行うことが好ましい。好ましい反応温度は、40℃〜80℃であり、50〜70℃が特に好ましい。酸化反応は、常圧下で行うことができる。
【0021】
本発明で使用する好ましい酸化剤として、過酸化水素が挙げられる。過酸化水素は、入手が容易で安価な酸化剤であり、また、反応による副生成物として水しか生じないため、酸素分子以外ではアトムエコノミーが最も高く、最良の酸化剤である。
【0022】
本発明の触媒を用いた方法の例として、下記に示すように、ベンゼンをフェノールに直接変換(酸化)する方法が挙げられる。本発明の触媒によれば、クメン法と異なり高温・高圧を必要とせず、常圧下・50℃程度の温度でベンゼンからフェノールを製造することができる。
【化3】
【0023】
本発明で使用できる芳香族化合物には、芳香環が炭素のみから構成される単素環式芳香族化合物だけでなく、芳香環が炭素と他の元素(窒素、酸素、または硫黄原子)から構成される複素環式芳香族化合物も含まれる。また、芳香族環を一つ有する化合物だけでなく、複数有する化合物も含まれる。また、本発明の芳香族化合物は、芳香族環に結合された、水酸基以外の置換基(アルキル基、ニトロ基を含む様々な置換基)を有していてもよい。
【0024】
本発明で使用される配位子6-hpaは、例えば図2に示す合成ルートによって製造することができ、tmpaは、2-クロロメチルピリジンと2-ピコリルアミンを塩基性条件下で反応させることによって製造することができる。また、tmpaは市販されているため、市販品を利用してもよい。
【0025】
本発明に係る銅錯体は、有機溶媒あるいは有機溶媒と水の混合液中で、配位子と銅(II)塩を撹拌処理することによって製造することができる。
式(I)の配位子の場合は、配位子と銅(II)塩が約1:2のモル比(特に、1:2.05〜2.3程度)、式(II)の配位子の場合は、配位子と銅(II)塩が約1:1のモル比(特に、1:1.05〜1.2程度)となるように計量し、混合することが好ましい。
使用する銅(II)塩は特に限定されない。例えば、過塩素酸銅、トリフルオロメタンスルホン酸銅など様々な銅塩を使用することができる。また、有機溶媒としては、メタノール、エタノール、アセトニトリル、アセトン等が使用できる。
【0026】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0027】
以下に、実施例で使用した溶媒を記載する。特に記載のないものに関しては、和光純薬工業社製のものを購入後、そのまま使用した。
溶媒
Acetonitrile(MeCN)は和光純薬工業製の分光分析用を、P2O5存在下で1時間加熱還流した後、蒸留したものを使用した。Acetoneは和光純薬工業製の分光分析用を、無水Ca(SO4)2存在下48時間撹拌した後、デカンテーションし蒸留したものを使用した。CH2Cl2は和光純薬工業製の有機合成用を、無水CaCl2で一晩撹拌し、デカンテーションしCaH2存在下で加熱還流後、蒸留したものを使用した。Methanol(MeOH)は有機合成用を、Mg/I2存在下で調整したMg(OMe)2存在下で一晩加熱還流した後、蒸留したものを使用した。
【0028】
[製造例1]6-hpa[1,2-bis(2-(bis(2-pyridylmethyl)aminomethyl)6-pyridyl)ethane]の製造
図2の合成ルートに従って、6-hpaを製造した。原料である図2の(A)2-amino-6-picolineや2-クロロメチルピリジン塩酸塩は、和研薬等から入手した。
【0029】
(B)2-bromo-6-methylpyridineの合成
1000 mLの4口丸底フラスコにアルカリトラップ、等圧滴下漏斗、温度計、メカニカルスターラーを取り付けた。この反応容器に(A)2-amino-6-picoline(27.0g 0.25mol)と48% HBr(125mL 2.31mol)を入れた。反応容器を氷浴に浸し、0℃まで冷却した。Br2(37.5mL 0.72mol)を等圧滴下漏斗に移し、反応溶液の温度を0℃に保ち、メカニカルスターラーで激しくかき混ぜながら90分かけてゆっくりと反応容器に滴下した。NaNO2(42.5g 0.62mol)を秤量し、約100 mLの蒸留水に溶解させた。これを等圧滴下漏斗にうつし、メカニカルスターラーで激しくかき混ぜながら約2時間かけて滴下した。このとき反応溶液の温度が10℃を越えない様に注意した。反応を完結させるために、さらにNaNO2(2.50g 0.036mol)を約10mLの蒸留水に溶解して加え、反応容器から窒素ガスが発生していないことを確認した。氷浴で冷やしながらNaOH(95.0g 2.4mol)を約300mLの蒸留水に溶解し、十分冷却した後に、少しずつ溶液に加えて中和させた。このとき反応溶液の温度が20℃を越えない様に注意した。反応混合物をEt2O (200mL×4)で抽出し、有機層を集めた。無水Na2SO4を加えて乾燥し、濃縮すると褐色の油状物質が得られた。この油状物質を精留管で減圧蒸留し、減圧度7.00mmHgにおいて55-60℃の分留を取り、黄色の油状物質を得た。この物質は-40℃で保存した。
収率:72%(32.0g)
【0030】
(C)1,2-bis(2-bromo-6-pyridyl)ethaneの合成
500mLの三口反応容器に回転子を入れ、三方コック、等圧滴下漏斗(50mL)、セプタムキャップ、バルーンを付け、真空乾燥した。反応容器をN2雰囲気下にした後にdiisopropylamine (19.2mL 0.137mol)をシリンジで加えた。反応容器にdry THF (300mL)をシリンジで加え、反応容器内をN2置換した後、エタノール浴で-78℃まで冷却した。この後、1.6M n-BuLi (85.6mL 0.137mol)をシリンジで加えた。20分間反応させた後、50mL等圧滴下漏斗より(B)2-bromo-6-methylpyridine (23.4g 0.136 mol)を20分かけて滴下した。-78℃で2時間反応させた後、1,2-dibromoethane (11.8mL 0.069mol)をシリンジで加えた。反応容器をエタノール浴から外し、室温で一晩かき混ぜた。蒸留水を加え反応を停止させた。THFを濃縮後、分液漏斗を用いてCHCl3(100mL×3)で分液し、有機層を抽出した。無水Na2SO4を加え脱水した後、濃縮すると赤紫色の固体を得た。この固体をMeOHで洗浄して淡赤色の固体を得た。ろ液を濃縮しMeOHで洗浄する操作を4回繰り返した。得られた淡赤色の固体をHexaneに溶かし、70℃まで加熱した後に熱時濾過し、濾液を放置すると、淡黄色の固体を得た。
収率:81%(18.9g)
【0031】
(D)1,2-bis(2-cyano-6-pyridyl)ethaneの合成
100mLの二口反応容器に三方コック、バルーン、セプタムキャップを取り付け真空乾燥した。(C)1,2-bis(2-bromo-6-pyridyl)ethane(4.4g 12.8mmol)、Pd/C (49.84% water、1.1g)、dppf (0.6g 1.01mmol)、Zn(CN)2 (1.8g 15.3mmol)を二口反応容器に入れ、Pd/Cに含まれる水分をラインでのぞいた。その後、dimethylacetamide (DMA)(50mL)をシリンジで加え、脱気窒素置換した後、窒素フロー化でZn(HCO2)2・2H2O(98.00%)(0.4g、2.04mmol)を加えた後、110℃で加熱しながら、1時間撹拌した。その後、80℃まで温度を下げながら、2時間撹拌し、撹拌終了後、室温に戻してから酢酸エチル(150mL)を加えて、Pd/Cを沈殿させ、濾過で取り除いた。その後、水(200mL×2)、5%アンモニア水(200mL×1)で分液後、有機層を抽出した。抽出した有機層を、エバポレーターで濃縮した。無水Na2SO4で脱水した後、エバポレーターで濃縮し、茶色の固体を得た。これを、CHCl3:Hexane (50 mL:300 mL) で再結晶し肌色の固体を得た。
収率:88%(2.6g)
【0032】
(E)1,2-bis(2-aminomethyl-6-pyridyl)ethane・4hydrochrolideの合成
300mL三口反応容器に回転子を入れ、三方コック、バルーン、玉栓を取り付け、(D)1,2-bis(2-cyano-6-pyridyl)ethane (1.0g 4.27mmol)、dry THF 200mLを加え攪拌した。反応容器を氷浴につけ十分に冷却後、LiAlH4 (1.1g 21.9mmol)を加え、30分間氷浴下で攪拌した後、室温で5時間攪拌した。再び反応容器を氷浴につけ20% NaOHaqを溶液が黄色になるまで滴下した。析出した塩をTHFで洗浄しながらセライト濾過で除き、濾液をエバポレーターで濃縮後、適量のH2O、CHCl3を加え、分液ロートを用いてCHCl3(50mL×4)で抽出した。無水Na2SO4を加え脱水した後、濃縮すると黄色の油状物質を得た。油状物質をCHCl3に溶解させ、12M HClをpHが1になるまで加え、10分間攪拌した後、分液ロートを用いて抽出した。アルカリトラップ存在下においてエバポレーターで水を濃縮すると、黄色の固体を塩酸塩として得た。得られた固体をAcetone、MeOHを用いて洗浄しながら濾集すると黄色固体を得た。
収率:98%(1.58g)
【0033】
(F)1,2-bis(2-(bis(2-pyridylmethyl)aminomethyl)6-pyridyl)ethane (6-hpa)の合成
100mL反応容器に回転子を入れ、(E)1,2-bis(2-aminomethyl-6-pyridyl)ethane (1.0g 2.58mmol), 2-chloromethylpyridine・hydrochloride (1.86g 11.3mmol)を量り入れ、蒸留水 10 mlに溶解させた。氷浴下、NaOH(1.56g 38.6mmol)を最少量の蒸留水に溶かしたものを加え、反応容器内をN2置換した後、室温に戻して48時間攪拌した。48時間後、分液ロートを用いてCH2Cl2 (50mL×3)で抽出した。無水Na2SO4を加え脱水した後、濃縮し、真空ラインで減圧すると茶色の固体が析出した。その固体を最少量のMeCNで洗浄しながら濾集、真空乾燥すると肌色の固体を得た。錯体合成の際にはCH2Cl2/n-hexaneから再結晶したものを使用した。
収率:52%(0.814g)
【0034】
得られた生成物が、6-hpaであることは、核磁気共鳴スペクトル(1H NMRスペクトル)によって確認した。
【0035】
[製造例2]6-hpaの二核銅(II)錯体;[CuII2(μ-OH)(6-hpa)](ClO4)3 の合成
50 mLナスフラスコに6-hpa (0.1 g 0.165 mmol)を量り入れて、MeOH 30 mLに溶かした。この溶液に、Cu(ClO4)2・6H2O (0.134 g 0.363mmol)を加えると、溶液は一瞬濁り、溶液は均一な濃青色に変化した。これにEt3N (0.167 g 1.65 mmol)をMeOH 5 mLに溶かしたものを少しずつ加えて撹拌すると色がさらに濃くなった。また、不溶性の半油状の油状物質が少量析出した。三方コック、バルーンを取り付けて、真空ラインで脱気&窒素置換して一晩撹拌した。不溶性の半油状物質を桐山ロートで濾過をすることで除去した。この残渣に大過剰のEt2Oを加え、錯体を析出させた。これをEt2Oで洗浄しながら濾過で集めて真空乾燥した。空気中で再結晶を行うと炭酸イオンが架橋した錯体が生成してしまうために、これを窒素雰囲気下、最少量のMeCN/CH2Cl2 (v:v=1:1) に溶かし、MeCN-CH2Cl2-Benzeneの液-液拡散から再結晶して単結晶X線構造解析に適した濃青色単結晶を得た。この錯体は粉末、または結晶の状態であれば大気下室温で安定であった。
【0036】
得られた結晶について、エレクトロスプレーイオン化質量分析(ESI-MS)を行った(図3参照)。その結果、分子イオンピークである{[Cu2(OH)(6-hpa)](ClO4)2}+がメインピークとしてm/z 949に観測された。
また、X線構造解析により、錯体の結晶構造を確認した。結果を図4に示す。錯体の銅イオンは算出したτ値から、歪んだ三方両錘型構造をとっており、それぞれの銅イオンには1つのヒドロキソ酸素、3つのピリジン窒素、1つの3級アミン窒素が配位していることが分かる。またCu-O-Cuの角度は典型的なヒドロキソ架橋の値をとっている。
【0037】
[製造例3]tmpa[tris(2-pyridylmethyl)amine]の製造
100 mLナスフラスコに回転子を入れ、三方コック、バルーンを取り付けて真空乾燥を行った。窒素雰囲気下、2-chloromethylpyridine・hydrochloride (2.0 g 12.2 mmol)を加えて20 mLの蒸留水に溶かした。氷浴下、 NaOH (2.44 g 61.0 mmol)を最少量の蒸留水に溶かしたものをゆっくり加えた後、2-picolylamine (0.60 g 5.54 mmol)を加えて撹拌した。この時、溶液が均一でない場合、均一になるまで蒸留水を少量加えた。溶液の色は赤色であった。氷浴から外し、室温で48時間撹拌した。溶液の色は徐々に茶色になり、水溶液に不溶な茶色の油状物質が析出した。溶液にCH2Cl2 50 mLを加え、分液ロートに移しCH2Cl2で分液し有機層を抽出した(50 mL×3)。抽出した有機層をNa2SO4で脱水後、エバポレーターで濃縮すると褐色の油状物質が得られた。得られた油状物質を真空ラインでよく真空乾燥すると、茶色の半油状の固体が析出した。これを少量のEt2Oで洗浄すると褐色の固体が得られた。この固体をLigroinから再結晶すると0.68 gの淡黄色針状結晶が得られた。
収率:42%
【0038】
得られた生成物が、tmpaであることは、核磁気共鳴スペクトル(1H NMRスペクトル)によって確認した。
【0039】
[製造例4]tmpa銅錯体;[CuII(MeCN)(tmpa)](ClO4)2の合成
50 mLナスフラスコにtmpa (0.1 g 0.344 mmol)を量り入れて、EtOH 20 mLに溶かした。この溶液に、Cu(ClO4)2・6H2O (0.140 g 0.379 mmol)を10 mLに溶かして加えると水色の固体が析出した。この固体を静置すると、半油状となり底に溜まった。上澄み液を除き、繰り返しEtOHで洗浄すると半油状の青い固体が得られた。これを真空ラインでよく真空乾燥させると水色の固体が得られた。この固体をMeCN/acetone(v:v=1:1)に溶かしてMeCN-acetone-Et2Oの液-液拡散から再結晶して単結晶X線構造解析に適した濃青色単結晶を得た。この結晶は風解性で、溶液から取り出すと風解し水色の粉末となった
【0040】
得られた結晶について、エレクトロスプレーイオン化質量分析(ESI-MS)を行った。その結果、単核銅錯体{[Cu(tmpa)(ClO4)]}+がメインピークとしてm/z 452に観測された(図5参照)。
また、X線構造解析により、錯体の結晶構造を確認した。結果を図6に示す。
この結晶構造は過去に報告されているものの値とよく一致していることがわかった。錯体の銅イオンは算出したτ値から、歪んだ三方両錘型構造をとっており、錯体には溶媒分子としてMeCNが配位しており、結晶溶媒としてacetoneを含むことが明らかとなった。
【0041】
[実施例1]ベンゼンの酸化(水酸化)によるフェノールの生成反応(1)
触媒として6-hpaの二核銅(II)錯体(以下、触媒1と称する;図中ではcat.1と表記する)を、酸化剤として過酸化水素を用いて、以下の手順によりベンゼンをフェノールに変換した:
50 mL二口ナスフラスコに回転子を入れ、片方に還流管と三方コック、バルーン、もう片方に玉栓を取り付けて真空乾燥を行った。反応容器内に触媒1(1.0μmol)、benzene (30 mmol)を加えMeCN 20 mLに溶かした。これに0.1 M Et3N/MeCN (50μL 5.0μmol)を加え、続けて12 M H2O2水溶液 (10 mL 120 mmol)を加えて、三方コック、バルーンを取り付けて、真空ラインで脱気&窒素置換してあらかじめ50℃に加熱しておいた油浴につけて加熱撹拌した。一定時間後の溶液を窒素フロー下で少量取り出し、外部基準としてNitrobenzeneを加えてGCで酸化生成物(フェノール)の定量をあらかじめ作成した検量線を用いて行った。この反応は独立な実験を5回以上行い、各時間におけるフェノール生成量から、各時間における触媒回転数(TON)を決定し、その平均値、標準偏差を求めた。
【0042】
[実施例2]ベンゼンの酸化によるフェノールの生成反応(2)
触媒としてtmpaの銅(II)錯体(以下、触媒2と称する;図中ではcat.2と表記する)を、酸化剤として過酸化水素を用いて、以下の手順によりベンゼンをフェノールに変換した:
50 mL二口ナスフラスコに回転子を入れ、片方に還流管と三方コック、バルーン、もう片方に玉栓を取り付けて真空乾燥を行った。反応容器内に触媒2(2.0μmol)、benzene (30 mmol)を加えMeCN 20 mLに溶かした。これに0.1 M Et3N/MeCN (50μL 5.0μmol)を加え、続けて12 M H2O2水溶液 (10 mL 120 mmol)を加えて、三方コック、バルーンを取り付けて、真空ラインで脱気&窒素置換してあらかじめ50℃に加熱しておいた油浴につけて加熱撹拌した。一定時間後の溶液を窒素フロー下で取り出し、外部基準としてNitrobenzeneを加えてGCで酸化生成物(フェノール)の定量をあらかじめ作成した検量線を用いて行った。この反応は独立な実験を5回以上行い、各時間におけるフェノール生成量から、各時間における触媒回転数(TON)を決定し、その平均値、標準偏差を求めた。
【0043】
実施例1および実施例2による反応後、フェノール生成が確認され、本発明に係る方法によって、ベンゼンからフェノールを一段階で製造できることが実証された。
実施例1および2によるフェノール生成量から算出したTONの結果を表1にまとめる。なお、6-hpaは二核銅錯体を形成し、tmpaは単核銅錯体を形成すると考えられるため、実施例2におけるtmpaのモル数(2.0μmol)は、実施例1の6-hpaのモル数(1.0μmol)の二倍に設定したが、表1の触媒回転数は、触媒1モルあたりの回転数である。結果を表1および図7の上段に示す。
【表1】
【0044】
表1に示す通り、触媒1の最大TONは6200回、触媒2の最大TONは1188回、触媒1のTOFは527(h-1)、触媒2のTOFは216(h-1)となった。また、実施例1および実施例2の反応の収率は、実施例1(触媒1:1.0μmol)で21%、実施例2(触媒2:2.0μmol)で7.9%となった。
非特許文献1で報告された、tepaを配位子とするニッケル錯体を用いたベンゼンの水酸化反応(ベンゼン:5.0 mmol、H2O2:25 mmol、触媒:0.50μmol、トリエチルアミン:5.0μmol;反応系における触媒濃度は実施例2と同程度)では、60℃・216時間後のフェノールの収率が7.5%であり、TONは749回であるため、本発明に係る触媒1および触媒2が、非特許文献1の触媒と比べて、はるかに高いTONとTOFを示し、短時間でフェノールを効率よく生成できることが確認された。
また、副生成物としてベンゾキノンの生成が確認されたがその量はごくわずかであり(図7参照)、本発明に係る触媒の高い選択性が実証された。特に、触媒1は高い選択性を示した(フェノールとベンゾキノンの生成比は、触媒1では93.2:6.80、触媒2では88.4:11.6)。
【0045】
[実施例3]基質濃度の変更
基質(ベンゼン)の添加量を60 mmolに増やしたこと以外は、実施例1および実施例2と同じ方法で、6-hpaおよびtmpaの銅錯体を触媒として使用し、ベンゼンからフェノールへの酸化反応を行った。結果を表2および図7の下段に示す。
【表2】
【0046】
表2から明らかなように、基質濃度を30 mmol(実施例1)から60 mmolに増やした場合、どちらの触媒を用いた場合もTONはほぼ2倍近くに増加し、触媒1を使用した場合の最大TONは12550、TOFは1006(h-1)、触媒2を使用した場合の最大TONは2481、TOFは444(h-1)となった。収率は基質濃度30 mmolの場合とほぼ同じであり、触媒1を使用した場合は21%、触媒2を使用した場合は8.3%であった。このことから、本発明の触媒を用いて、芳香族化合物からフェノール系化合物を製造する場合、基質量を増やすことで、生成物の量を増やすことができることが分かった。また、フェノールと副生成物(ベンゾキノン)の割合は、触媒1で95.2:4.80、触媒2で91.3:8.70であり、基質濃度によらず、高い選択性が保たれることが確認された。
なお、非特許文献1の方法では、触媒0.5μmolに対して基質量が10倍(5.0μmol)の場合は、収率21%であったが、触媒0.5μmolに対して基質量を1万倍(5.0 mmol)まで増加させた場合は、収率が7.5%まで低下した。これに対して、本発明の触媒1は、基質量を触媒量の6万倍(モル基準)にしても、高い収率を維持できることから、本発明の触媒の活性が非常に高いことが分かる。
【0047】
[実施例4]基質濃度依存性の確認
実施例3から、基質(ベンゼン)濃度を増加させることにより、TONが増加することが示唆されたため、基質濃度とフェノール生成量の関係を調べる実験をさらに行った。具体的にはベンゼンの濃度を変化させた以外は実施例1および実施例2と同じ方法で実験を行い、反応開始後1時間のフェノール生成量を算出した。表3に結果を示す。
【表3】
【0048】
表3から明らかなように、触媒1および触媒2のどちらを用いた場合も、基質濃度の増加に依存して、フェノール生成量が増加した。このことから、本発明に係る銅錯体の触媒活性が非常に高く、酸化活性種の発生が速やかに生じるため(すなわち、酸化活性種の発生段階が律速段階にならないため)、基質濃度を増加させることによってフェノール系化合物の生成量を増加できることが示された。
【0049】
[実施例5]触媒濃度依存性の確認
さらに、触媒濃度がフェノール生成量に与える影響を調べるため、触媒1の量を変化させたこと以外は実施例1と同じ方法で実験を行い、反応開始後1時間のフェノールの生成量を算出することで触媒濃度依存性を求めた。同様に、触媒2の量を変化させたこと以外は実施例2と同じ方法で実験を行って、触媒濃度依存性を求めた。結果を表4に示す。
【表4】
【0050】
表4から明らかなように、フェノールの生成量は、触媒の量を増加させるにつれてほぼ比例的に増加し、明確な触媒濃度依存性を示した。このことから、ベンゼンからフェノールへの直接変換が、本発明の触媒の作用によって生じること、および、触媒量を増やすことによって、フェノール系化合物の生成量が増えることが実証された。
【0051】
[実施例6]塩基性物質の影響の確認
塩基性物質(トリエチルアミン)がフェノール生成量に与える影響を調べるため、トリエチルアミンの量を変化させたこと以外は実施例1および実施例2と同じ方法で実験を行い、反応開始後1時間のフェノールの生成量を算出することで塩基性物質の影響を調べた。結果を表5に示す。
【0052】
【表5】
【0053】
表5に示す通り、1モルの触媒1に対してトリエチルアミンを3〜10モル添加すると、トリエチルアミンを添加しない場合と比べて、反応1時間後のフェノール生成量がおよそ1.5〜2倍に増加した。特にトリエチルアミンを5〜7モル添加した場合、フェノールの収率が高くなった。一方で、触媒2はトリエチルアミンの有無に関係なく、反応開始1時間後のフェノールの生成量はほぼ一定の値を取ることが明らかとなった。
【0054】
次に、トリエチルアミンを添加せず、それ以外は実施例1(触媒1使用)と同じ方法でベンゼンの酸化反応を行った場合における、フェノール生成の経時変化を測定した。結果を表6に示す。
【表6】
【0055】
表6に示すように、触媒1を使用し、トリエチルアミンを添加しない場合において経時変化を追跡すると、トリエチルアミンを5μmol添加した実施例1(表1参照)と比較して最終的な触媒回転数は変わらないことが明らかとなった。このことから、塩基性物質の添加により過酸化水素の脱プロトン化が促進されて初期の反応速度が増加するが、触媒1を使用する場合は、最終的な触媒回転数に塩基性物質は影響を与えないことが明らかとなった。
【0056】
これに対して、触媒2では、塩基性物質を加えない場合、最終的な触媒回転数は塩基性物質を加えた場合と比較して、低くなることが明らかとなった。これらの事実は、生成したフェノールによる生成物阻害によって、触媒2の触媒回転が妨害されていることを示唆している。つまり、触媒反応によってフェノールが蓄積してくると、錯体の活性中心にフェノールが配位して配位飽和の錯体となるために、不活性化することが考えられる。触媒2は触媒1と比較して立体的な込み合いがないので、フェノキシド錯体が比較的安定であり、触媒反応の終了時のような、フェノールが蓄積し、過酸化水素の量が比較的少なくなるような条件では、配位したフェノールと酸化剤の過酸化水素の置換反応が遅くなる。そのため、塩基性物質が共存しないと、過酸化水素が脱プロトン化されず、酸化剤の過酸化水素が銅イオンに配位しづらくなるために触媒2が不活性化すると考えられる。
【0057】
[実施例7]
本発明の方法によって得られた生成物(フェノール)の酸素原子の起源を確認するために、以下の実験を行った。
[H218O2を用いた触媒1によるベンゼンの水酸化反応]
5 mLナスフラスコに回転子を入れて、三方コック、バルーンを取り付けて真空乾燥を行った。反応容器内に触媒1(1.0μmol)、benzene (30 mmol)を加えMeCN 20 mLに溶かした。これに0.1 M Et3N/MeCN (50μL 5.0μmol)を加え、続けて0.5 M H218O2水溶液 (0.5 mL 0.25 mmol)を加えて、三方コック、バルーンを取り付けて、真空ラインで脱気&窒素置換してあらかじめ50℃に加熱しておいた油浴につけて12時間加熱還流した。溶液を窒素フローで取り出し、GC-MSで生成したフェノールの同位体分布から16O-Phenolと18O-Phenolのピーク強度比を算出することで取り込まれた18Oの割合を求めた。この測定は3回行い、その平均値、標準偏差を求めた。
【0058】
[H218O2を用いた触媒2によるベンゼンの水酸化反応]
5 mLナスフラスコに回転子を入れて、三方コック、バルーンを取り付けて真空乾燥を行った。反応容器内に触媒2(2.0μmol)、benzene (30 mmol)を加えMeCN 20 mLに溶かした。これに0.1 M Et3N/MeCN (50μL 5.0μmol)を加え、続けて0.5 M H218O2水溶液 (0.5 mL 0.25 mmol)を加えて、三方コック、バルーンを取り付けて、真空ラインで脱気&窒素置換してあらかじめ50℃に加熱しておいた油浴につけて12時間加熱還流した。溶液を窒素フローで取り出し、GC-MSで生成したフェノールの同位体分布から16O-Phenolと18O-Phenolのピーク強度比を算出することで取り込まれた18Oの割合を求めた。この測定は3回行い、その平均値、標準偏差を求めた。
【0059】
実施例6の結果を図8にまとめる。図8に示すように、フェノール中の18Oの取り込み率は触媒1の場合も触媒2の場合も90%を超えた。この結果から、H2O2がフェノール性水酸基の酸素源であることが確認された。
【0060】
[実施例8]速度論的同位体効果(KIE)の値
基質をbenzene (15 mmol)、d6-benzene (15 mmol)の計30 mmolに変更した以外は、実施例1および実施例2と同じ方法でベンゼンの酸化を実施し、触媒反応における速度論的同位体効果(KIE)の値を算出した。KIEの値はGC-MSのPhenolとd5-Phenolのピーク強度比(KIE=Phenol/d5-Phenol)から算出した。
結果を図9に示す。図9から明らかなように、触媒1を用いた場合も、触媒2を用いた場合も、KIE値はほぼ1(すなわち、フェノールとd5-フェノールの生成量が約1:1)であった。このことから、本発明の反応において、C−H結合の切断は律速段階ではないことが示された。
【0061】
[実施例9]反応中間体の検出
(1)触媒1とH2O2との反応によって生じる反応中間体の検出
触媒1(0.05 mM in acetone/ MeCN (v:v=20:1))、Et3N (50 mM in acetone/ MeCN (v:v=20:1))、H2O2 (10 mM in acetone/ MeCN (v:v=20:1)のそれぞれの溶液を調製した。触媒1溶液2 mL (0.1μmol)をUVセル加え、三方コック、バルーンを取り付け脱気&窒素置換した。10分程度、温度(−60℃)が安定するまで放置した。温度が安定してから測定を開始した。測定の開始直後に、上記のEt3N溶液10μL (0.5μmol)をマイクロシリンジで加えた。溶液の色やスペクトルの変化は特になかった。次にH2O2溶液 10μL (0.1μmol)を加えた。色は濃紫色に変化した。このスペクトル変化を図10上段に示す。
【0062】
(2)触媒2とH2O2との反応によって生じる反応中間体の検出
触媒2(0.5 mM in MeCN)、Et3N (0.1 M in MeCN)、H2O2 (0.1 M in MeCN)のそれぞれの溶液を調製した。触媒2のMeCN溶液2 mL (1μmol)をUVセル加え、三方コック、バルーンを取り付け脱気&窒素置換した。10分程度、温度(−40℃)が安定するまで放置した。温度が安定してから測定を開始した。測定の開始直後に、上記のEt3NのMeCN溶液10μL (0.5μmol)をマイクロシリンジで加えた。溶液の色は青から黄色になった。次にH2O2のMeCN溶液 20μL (2.0μmol)を加えた。色は黄緑色に変化した。このスペクトル変化を図10下段に示す。
【0063】
本実施例の結果から、触媒1と過酸化水素との反応により、反応中間体としてtrans-μ-1,2-パーオキソ錯体(CuII−O−O−CuII:525nmのピーク)が生じると考えられる。また、その後この吸収ピークは急速に消失するため、パーオキソ錯体が形成された後は、すぐにそのO−O結合が切断されて、活性種が生じると考えられ、この活性種が芳香族化合物の水酸化反応に寄与すると考えられる。
一方、触媒2と過酸化水素の反応により、反応中間体として、ヒドロパーオキソ錯体(CuII−O−OH:375nmのピーク)が生じると考えられ、この反応中間体の、O−O結合が切断されて、活性種が生じ、この活性種が芳香族化合物の水酸化反応に寄与すると考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10