【実施例】
【0014】
図1は本発明が適用可能な典型的な送配電系統構成の一例を示す図である。送配電系統のうち送電系統は、上位側111の上位変電所102から送電線104を介して本発明の適用対象となる配電用変電所103に至る部分である。これらの上位系統部分では、上位変電所102の出側計測値120、もしくは配電用変電所103の入側計測値121として、有効電力P、無効電力Q、電圧V、電流Iなどの諸量がベクトル量として計測されている。このため、送電系統上のこれらの箇所では力率の計測、或は推定が可能である。
【0015】
配電用変電所103では変圧器108を介する複数のバンクから構成されている。配電系統には、大口需要家負荷106、小口需要家負荷107や太陽光発電や風力発電などの分散電源110が接続されて、下位側112に至る。係る配電用変電所103について、分岐した下位側の配電線における有効電力P、無効電力Q、電圧V、電流Iなどの諸量の計測は、多くの場合に電圧V、電流Iをスカラー量として把握したのみであり、有効電力Pや無効電力Qなどの潮流値を計測していない箇所も多い。このため、分岐後の配電系統におけるこれらの箇所では、力率を求めることができない。なお、配電線の分岐は変圧器を介さない形式であってもよい。
【0016】
このように、一般に上位側では、計測すべき地点数が少ないため、有効電力や無効電力などの潮流データをベクトル量として計測することができる。しかし、下位側に向かうほど分岐を繰り返すことにより計測点数が増えるため、コスト等の関係上、スカラー値(実効値)での電圧や電流の計測となる場合が多い。
【0017】
一方、近年導入が進んでいる太陽光発電などの分散電源は、立地できる場所が、配電系統の末端付近である場合が多い。再閉路時の実負荷の把握など、送配電系統の制御のためには、分散電源の発電量を正確に把握したいという要望がある。ところが、太陽光発電等が接続される配電系統の末端付近では潮流を計測しておらず、電流計測がスカラー値である場合が多いため、潮流の把握が困難であった。加えて、バンク単位での逆潮流の制限が緩和されたことも、配電系統の末端での潮流を把握したいというニーズを更に高める要因となっている。
【0018】
そこで、スカラー値を計測する既存の電流センサをできるだけ流用し、バンク単位等での潮流を推定できる手法の開発が望まれている。このため本発明においては、
図1の配電用変電所において、分岐の下位側の計測値122である電圧V、電流Iのスカラー量から分岐の下位側の推定対象の潮流値123としての有効電力P、無効電力Qのベクトル値を推定していく。これは、分岐後の配電系統について、力率を求めることを意味している。
【0019】
なお以降の説明では、求めたい分岐の下位側の推定対象の潮流値123を単に潮流値と記載するが、これは有効電力値或いは無効電力値の少なくとも一方、あるいは力率、あるいは電圧に対する電流の偏角、あるいは電流のベクトル値等を含む概念である。これらは相互に変換可能であるため、これらを求めることは、本質的に分岐の下位側の推定対象の潮流値123を求めることと同じとみなすことが出来る。また、分岐の側の皮相電力値は、分岐の下流側の電流のスカラー値としてもほぼ同様に本発明を適用することができる。加えて、
図1には分岐の下位側に変圧器108が記載してあるが、変圧器108の無い分岐でも本発明は同様に適用できる。また配電用変電所に限らず別の階層の分岐にも適用できる。
【0020】
なお本発明の以下の説明においては、潮流値が電流のベクトル値である場合を例にとって説明を行う。
【0021】
図2に潮流値推定の方式を説明するための簡略化した図を示す。ここでは、配電用変電所103の入側、および分岐した複数の出側(バンク1、2、3)で計測した値を表示している。配電用変電所103の入側計測値121は、電流の絶対値と、電圧に対する偏角をもつベクトル値であり、これをI
0と表記している。バンク1の計測値122−1は、電流の絶対値を有するスカラー値であり、これを|I
1|としている。同様にバンク2、3の計測値122−2、122−3も電流の絶対値を有するスカラー値であり、これを|I
2|、|I
3|と表記している。本発明では、バンク1について、その計測値であるスカラー値|I
1|から、ベクトル値141としてのI
1を推定により求める。バンク2、3についても同様である。
【0022】
図2は配電用変電所103における分岐の箇所に着目したものである。同図では、以降の計算を容易にするため、同一の電圧値に変換して示している。例えば変圧器108の二次側でバンク毎の電流計測を行っていた場合、分岐に対向した一次側の電流値に変換している。例えば、変圧器108が66[kV]/6.6[kV]の変換をしていた場合、一次側に変換した電流値は二次側での計測値の1/10とする。また、変圧器の等価回路を考慮した特性を反映し、より詳細な変換をおこなっても良い。
【0023】
また、分岐の上位側では、潮流値を計測しているが、同一電圧であるため、電流のベクトル値として記述すれば足りる(電流の絶対値と、電圧に対する偏角をもつ)。分岐の上位側の潮流計測点が、上位側変電所の送り出し点である場合、系統の送電線104のインピーダンスをかけることにより、分岐の直前の値121に換算することができる。分岐の下位側の電流の計測値は、スカラー値であるが、上記の変換を行った場合、本発明によれば、下位側の電流の偏角を推定する問題に帰着させることができる。
【0024】
上記の変換により、本発明手法での力率推定は、ベクトルI
0およびスカラー|I
1|、|I
2|、|I
3|を既知とし、ベクトルI
1、I
2、I
3の偏角を推定することと等価になる。電流の偏角が求められれば、力率や有効電力P、無効電力Q値などへは容易に変換可能である。もちろん皮相電力と偏角、有効電力と無効電力等で記述してもよい。また、本実施例では、3分岐の例を示すが、一般にn(n:2以上の自然数)分岐でも同様に適用することができる。
【0025】
次に、電流のスカラー値から偏角を推定する場合に直面する課題を説明する。まず、
図2の配電用変電所103の分岐の部分に関し、(1)式が成り立つ。
[数1]
I
0=I
1+I
2+I
3 (1)
図3は、(1)式のベクトル関係を示す図である。これは、ベクトルの長さであるスカラー|I
1|、|I
2|、|I
3|が与えられたとき、(1)式を満たすベクトルI
1、I
2、I
3の組合せの例は
図3のようになることを表している。
図3では、I
0の偏角を基準として水平に描いている。もし、I
1、I
2、I
3の偏角を正しく推定できた場合、ベクトルI
1、ベクトルI
2、ベクトルI
3の総和は、ベクトルI
0に等しくなる。実際には、I
1、I
2、I
3の大きさ|I
1|、|I
2|、|I
3|は、測定値から決定される。
【0026】
図4は、ベクトルI
1、I
2、I
3の偏角候補のとりうる値を説明するための図である。ここでは
図4のように、半径がそれぞれI
1、I
2、I
3の円C
1、C
2、C
3を考えたとき、I
1、I
2、I
3の偏角の候補は以下のようになる。まずベクトルI
0の始点に円C
1の中心を置く、次に円C
1の円周上に円C
2の中心を置く、更にI
0の終点に円C
3の中心を置いたとき、円C
2と円C
3が交点をもつときにI
1、I
2、I
3の偏角の候補が存在する。具体的には、ベクトルI
1は円C
1の中心から円C
2の中心、ベクトルI
2は円C
2の中心から円C
2と円C
3の交点(一般に2つ)、ベクトルI
3は円C
2と円C
3の交点(一般に2つ)から円C
3の中心を各々始点と終点とするベクトルとなる。尚、円C
3の円周上に円C
2の中心を置き、円C
2と円C
1の交点を求めても同様である。更に、円C
1、円C
2、円C
3の順を任意に入れ替えても同様である。
【0027】
図5は、ベクトルI
1、I
2、I
3の偏角の候補の例を示す図である。
図4から理解できるように、これらの組み合わせは、
図5のように、無数に存在するため、力率を推定するためには、(1)式だけでは不十分であることがわかる。
【0028】
よって、何等かの付加的情報を用いるか、電力系統特有の性質に基づく仮定を加える必要がある。前者の例としてセンサ類の増設による計測値の追加や日射量など外部情報の利用考えられる。しかし、新たな設備投資が必要である点、および運用コストの上昇を招く点が不利である。一方後者はアルゴリズムのみで実現できる可能性がある。よって、本実施例では電力系統特有の性質に基づく仮定のみを利用する後者の方式を用いる。
【0029】
電力系統特有の性質として、力率推定における入力と出力との関係を利用する。ここで入力とは、力率推定において使用する入力データである。本発明では、分岐の下位側の電流の計測値(スカラー|I
1|、|I
2|、|I
3|)を指す。出力とは、力率の推定値であり、具体的にはベクトルI
1、I
2、I
3の偏角をさす。
【0030】
分岐の下位側の計測値として使用できるスカラー|I
1|、|I
2|、|I
3|(大きさ、実効値など)の性質を分析した結果が
図6である。ここでは、スカラー|I
1|、|I
2|、|I
3|とその偏角との関係を示している。同図は、スカラー|I
1|、|I
2|、|I
3|を横軸に、対応するベクトルI
1、I
2、I
3の偏角を縦軸にした散布図である。プロットした期間は、ある1日に関する午前10時から午前11までの1時間のものである。
【0031】
図6の分析結果から、スカラー|I
1|、|I
2|、|I
3|とその偏角との間には、ある程度の相関があることがわかる。
図6は、3つに分岐した下位側の各々に分散電源として太陽光発電が接続されている系統の計測値である。同図は需要家の負荷がほぼ一定とみなせる時間の幅のデータであるため、電流値の変動のほとんどは、太陽光発電によるものと推測される。太陽光発発電による変動は、当該発電施設にあるコンバータの力率に従い変動する。従って、
図6のように、スカラー|I
1|、|I
2|、|I
3|の大きさに対する偏角のプロットは、ある程度定まった軌跡をとる。
【0032】
上記関係をみると、スカラー|I
1|、|I
2|、|I
3|の大きさとベクトルI
1、I
2、I
3の偏角とは、
図6に示した一時間など短い時間であれば、およそ一価とみなせる関係があることがわかる。なお、本発明において一価とは、ある横軸の値を定めると、対応して縦軸の値が1つ定まることを表すものとする。
【0033】
これらスカラー|I
1|、|I
2|、|I
3|の大きさとその偏角の関係が常に一定であれば、近似式を作成することで、I
1、I
2、I
3の偏角を求められることになり、問題は解決する。しかし、実際はI
1、I
2、I
3の計測点での計測値は、需要家の負荷が重畳されている。よって、時間帯毎、あるいは平日や休日などの日種毎、あるいは季節毎に、異なった軌跡を呈することになる。また、太陽光発電サイトの新設/廃止や点検による休止なども、異なった軌跡となる要因となりうる。
【0034】
そこで、本発明では、スカラー|I
1|、|I
2|、|I
3|の大きさとその偏角との関係において、より要件の少ない性質を利用することとした。具体的には、スカラー|I
1|、|I
2|、|I
3|の大きさに対し、各々の偏角がおよそ一価とみなせる場合に、成立するものである。この緩和された要件により、時間帯毎や休日平日の区別、季節等の要因への考慮が不要となる。
【0035】
また、スカラー|I
1|、|I
2|、|I
3|の大きさに対する各々の偏角をおよそ一価とみなせる根拠は以下である。前述のようにI
1、I
2、I
3の主要な時間変動の要因となっている太陽光発電は、所定の力率で連系されている。よって、スカラー|I
1|、|I
2|、|I
3|の大きさに対する各々の偏角とのプロットは、ほぼ一定の軌跡を呈する。加えて、1時間や30分など、一定の時間内であれば、需要家の負荷変動は少ないとみなせるため、上記スカラー|I
1|、|I
2|、|I
3|の大きさに対する偏角との関係をおよそ一価とみなせるか否かに対して、影響を無視できる。上記1時間や30分など、一定の時間内で負荷を一定とみなせる性質は、後述する
図8の説明における最大値t
diffMaxの設定として利用する。
【0036】
次に、
図7a、
図7b、
図7c、
図7dを用いて本発明の実施例による実現方法を説明する。本実施例では、前述したようにスカラー|I
1|、|I
2|、|I
3|の大きさに対する偏角との関係がおよそ一価とみなせることを利用し、分岐の上位側のベクトルI
0の時間変化分から、ベクトルI
1、I
2、I
3の偏角を推定するものである。
【0037】
まず、
図7aにおいて、ベクトルI
0とベクトルI
1、I
2、I
3の関係を、仮に示した図である。この段階では、ベクトルI
1、I
2、I
3の偏角はいずれも不定であり、これらのベクトル和だけがベクトルI
0と一致していることが判っているのみである。
図7aのベクトル関係は、先に説明した(1)式の関係を満たしている。
【0038】
次に
図7bは、2つの異なる時刻における2つのベクトル関係を図示している。1つのベクトル関係は
図7aの状態であり、これは現在の時刻tnにおけるベクトル関係である。もう一つのベクトル関係は、過去のある時刻t
0におけるベクトル関係である。
図7bのように、現在の時刻tn(t now)と過去のある時点to(t old)とで、ベクトルの関係が図示のようになっていたとする。なお、時刻tnのベクトルI
0、I
1、I
2、I
3をI
0tn、I
1tn、I
2tn、I
3tn及び時刻toのベクトルI
0、I
1、I
2、I
3をI
0to、I
1to、I
2to、I
3toと記載している。
【0039】
時刻tnと時刻toそれぞれの時点では、(2)、(3)式に示すベクトル和が成り立つ。ここで、過去のある時点toとは、現在の時刻tnの1単位時刻前とは限らないものとする。この式は、各時刻断面で(1)式が成り立つため、I
1tn、I
2tn、I
3tnの合成ベクトルとI
0tnの終点は一致する((2)式参照)。同様にI
1to、I
2to、I
3toの合成ベクトルとI
0toの終点は一致する((3)式参照)。
[数2]
I
0tn=I
1tn+I
2tn+I
3tn (2)
[数3]
I
0to=I
1to+I
2to+I
3to (3)
図7cは、ベクトルI
2とベクトルI
3の現在値と過去値が等しいと仮定した図である。次にもし、
図7cの(1)のように、ベクトルI
2tnとベクトルI
2toがほぼ等しく、かつ
図7cの(2)のように、ベクトルI
3tnとベクトルI
3toがほぼ等しい状態が成り立つと仮定する。つまり、I
2について、計測された現在値I
2tnとほぼ等しい過去値I
2toが存在し、かつI
3について、計測された現在値I
3tnとほぼ等しい過去値I
3toが存在しているものとする。
【0040】
図7dは、
図7cが成立するときのベクトルI
0とベクトルI
1の関係を示した図である。このとき、ベクトルI
0tnとベクトルI
0toの差ベクトルをΔI
0tn、及びベクトルI
1tnとベクトルI
1toの差ベクトルをΔI
1tnと定義すると、
図7dの(3)のように、差ベクトルΔI
0tnと差ベクトルΔI
1tnとは、概ね等しい状態となる。
【0041】
ここで、ベクトルI
0tn、ベクトルI
0toの偏角は夫々知られているため、差ベクトルΔI
0tnの偏角も知られている。よって、差ベクトルΔI
1tnの偏角が知れることとなり、スカラー|I
1tn|とスカラー|I
1to|及び差ベクトルΔI
1tnにて構成される三角形から、ベクトルI
1tnの偏角を求めることが可能となる。尚、ベクトルI
1tnの偏角の候補は一般に2通り考えられるが、これらの選択方法に関しては後述する。
【0042】
上述したベクトルI
1tnの偏角の算出法では、仮定をおいている。具体的には、ベクトルI
2tnがベクトルI
2toにほぼ等しく、かつベクトルI
3tnがベクトルI
3toにほぼ等しいという仮定である。つまり、I
2について、計測された現在値I
2tnとほぼ等しい過去値I
2toが存在し、かつI
3について、計測された現在値I
3tnとほぼ等しい過去値I
3toが存在しているという仮定である。
【0043】
この仮定が成り立つ条件に関し説明する。
図7a、
図7b、
図7cの各段階において、ベクトルI
1、I
2、I
3の偏角は全て不定である。
図7dの段階で、(上記仮定が正しければ)ベクトルI
1の偏角がようやく決定できる。よって、
図7a、
図7b、
図7c、
図7dに示したすべての状態で、ベクトルI
2、I
3(I
2tn、I
2to、I
3tn、I
3to含む)の偏角は不定のままである。
【0044】
ここで、
図6を用いて前述した、スカラー|I
1|、|I
2|、|I
3|の大きさに対する偏角との関係をおよそ一価とみなせるという要件について考える。左記要件は、スカラー|I
2|、|I
3|の大きさが決まると、それぞれのおよその偏角が求まるということを示している。そこで、もし、スカラー|I
2tn|とスカラー|I
2to|が概ね等しいという関係が成り立つとすると、各々の偏角はほぼ等しく、ベクトルI
2tnとベクトルI
2toが概ね等しいという関係が成り立つことになる。I
3についても同様である。従って、ベクトルI
2、I
3の偏角を終始不定として扱った場合でも、スカラー|I
2tn|とスカラー|I
2to|がほぼ等しく、かつスカラー|I
3tn|とスカラー|I
3to|が成り立つとき、ベクトルI
2tnとベクトルI
2toがほぼ等しく、かつベクトルI
3tnとベクトルI
3toがほぼ等しいという関係が
図7cの(1)、(2)に示したように成り立つことになる。
【0045】
以上から、(ベクトルI
2tn+ベクトルI
3tn)と(ベクトルI
2to+ベクトルI
3to)がほぼ等しいという条件が成り立ち、時刻tnと時刻toの双方で両者はほぼ同一のベクトル(時刻toと時刻tn間で時間的に不変)となる。よって、
図7dの(3)のように、差ベクトルΔI
0tnと差ベクトルΔI
1tnとがほぼ等しいという条件が成り立つとみなせるようになる。尚、I
1、I
2、I
3の役割を順次入れ替えれば、ベクトルI
2、I
3の偏角を求められる。
【0046】
次に
図8を用い、スカラー|I
2tn|とスカラー|I
2to|がほぼ等しく、かつスカラー|I
3tn|とスカラー|I
3to|がほぼ等しいという条件について考える。前述した方式でベクトルI
1の偏角を精度よく求めるには、スカラー|I
2tn|とスカラー|I
2to|の差、及びスカラー|I
3tn|とスカラー|I
3to|の差が小さいほど良い。しかし、時刻tnの直前の時刻tn−1において、上記の差が小さくなるとは限らない。これは太陽光発電量の時間変化量が大きいためである。太陽光発電では、日射量の増減により短時間で出力が定格の半分以上変動するケースが散見されており、サンプリング間隔の間で十分に大きく変動する可能性があるためである。
【0047】
図8は、現在時刻(t=tn)のベクトル関係に対する過去時刻のベクトル関係を比較している状態を示す図である。そこで、
図8のように、時刻tnから、時間をさかのぼり、スカラー|I
2tn|とスカラー|I
2to|がほぼ等しく、かつスカラー|I
3tn|とスカラー|I
3to|がほぼ等しいという条件が成り立つ時刻toを求める。
【0048】
なお
図8は、横軸に時刻を採っており、
図7bに示した現在時刻(t=tn)のベクトル関係Vnに対する過去の時刻のベクトル関係を比較している状態を示している。例えば時刻tnー1と時刻toのベクトル関係Vnー1、Voについて、I
2とI
3の大きさが同時にほぼ一致する関係にあるベクトルを探索することを表している。
【0049】
ここでの選択の基準I
2diffとしては、(4)式の値が0.1以下などである。より好ましくは0.05以下としてもよい。
[数4]
I
2diff≡|{(スカラー|I
2tn|)−(スカラー|I
2to|)}/[{(スカラー|I
2tn|)+(スカラー|I
2to|)}/2}]|≦0.1 (4)
選択の基準I
3diffとしては、(5)式に示すように、選択の基準I
2diffと同様である。
[数5]
I
3diff≡|{(スカラー|I
3tn|)−(スカラー|I
3to|)}/[{(スカラー|I
3tn|)+(スカラー|I
3to|)}/2}]|≦0.1 (5)
I
2、I
3に関しこれらの条件が同時に成立し、かつI
2diff+I
3diffが、最小となる過去の時刻toを求める。この時、過去にさかのぼる時間幅t
diff≡tn−toは、現在の時刻tnによって変化するため、tnの関数としてt
diff(tn)と表記する。
【0050】
この時、過去にさかのぼる時間幅の最大値t
diffMaxとして、例えば1時間や30分を選択する。t
diffMaxは、需要家の負荷がほぼ一定とみなせる時間幅である。これは前述の
図6において、スカラー|I
1|、|I
2|、|I
3|の大きさに対する各々の偏角をおよそ一価とみなせる時間幅である。左記時間幅を超える時間までさかのぼりtoを決定しようとすると、需要家の負荷を一定とみなせなくなり、スカラー|I
1|、|I
2|、|I
3|の大きさに対し、その偏角を一価とみなせなくなる。
【0051】
t
diffMaxは、需要家の負荷の変動量に関連する量のため、需要家の負荷をほぼ一定とみなせる午前9時前後から正午まで、あるいは13時頃から16時前後までは、t
diffMaxを大きな値としても良い。夜間に関しても同様にt
diffMaxを大きくできる。
【0052】
逆に需要家の負荷が立ち上がる午前6時前後から午前9時前後まではt
diffMaxを小さくしても良い。夕刻や正午前後の需要家負荷の変動が大きな時間帯も同様にt
diffMaxを小さくしても良い。
【0053】
図9は、過去にさかのぼる時間幅t
diff(tn)を、tnが午前10時から14時にわたりプロットしたものである。ここではt
diffMaxを固定的に1時間(3600秒)としている。同図からt
diff(tn)は右肩上がりの鋸歯状に増加する大まかな傾向があることがわかる。これは過去のある時点でのスカラー|I
2|、|I
3|の大きさが同程度となる条件が、間欠的に発生していることを反映するものと考える。またtnが正午から約30分については、t
diff(tn)は小さい値となる。これは昼休みによる需要家の負荷の減少により、過去1時間程度の間では、直近のスカラー|I
2|、|I
3|の条件の方が合いやすくなるためと予想する。
【0054】
逆に昼の12:30以降では、再び需要家の負荷が増え始め、正午以降の需要家の負荷の漸減とは逆の道筋を通ることにより、t
diff(tn)が増加する傾向を生じる。ただしこの時の鋸歯状の傾きは平時より急である。これは、正午以降で負荷が漸減するポイントを逆にたどるためであり、tnが1増えると、t
diff(tn)は1以上増えるトレンドとなる(平時の傾き1より大きくなる)。
【0055】
13時を過ぎると、昼休みの需要家負荷の状態が終了するため、再び傾き1の鋸歯状のt|I
2|、|I
3|のトレンドが開始する。
【0056】
次に
図10a、
図10b、
図10c、
図10dを用いて、偏角候補の決定法1について説明する。前述の
図7dにおいて、ベクトルI
1tnの偏角を求める場合に、偏角の候補は一般に2つとなることについて説明した。これはI
1toの偏角を求める場合も同様で偏角の候補は2つとなる。更にI
2、I
3についても同様で、I
2tn、I
3tnの偏角の候補は一般にそれぞれ2つとなる。
【0057】
以降においては、これを絞り込むための考え方を説明する。本手順は、ベクトルI
1、I
2、I
3のベクトル和がベクトルI0に等しくなる性質を利用するものである。ベクトルI
1、I
2、I
3それぞれにつき、偏角の候補[I
1+、I
1−]、[I
2+、I
2−]、[I
3+、I
3−]があった([・、・]は二者択一を表すものとする)とする。つまりベクトルI
1についてI
1+またはI
1−が存在し、ベクトルI
2についてI
2+またはI
2−が存在し、ベクトルI
3についてI
3+またはI
3−が存在し、ベクトルI
4についてI
4+またはI
4−が存在しているものとする。
【0058】
この場合におけるベクトル和の組み合わせによる終点は、
図10a、
図10b、
図10c、
図10dに示すA、B、C、D、E、F、G、Hの8通りとなる。
図10aは、I
1+、I
2+ときて、I
3+またはI
3−となった事例であり、最終的にA、B点を指し示す。
図10bは、I
1+、I
2−ときて、I
3+またはI
3−となった事例であり、最終的にC、D点を指し示す。
図10cは、I
1−、I
2+ときて、I
3+またはI
3−となった事例であり、最終的にE、F点を指し示す。
図10dは、I
1−、I
2−ときて、I
3+またはI
3−となった事例であり、最終的にG、H点を指し示す。
【0059】
これらの終点A、B、C、D、E、F、G、Hが、I
0の終点近傍(
図10aで基準領域と記載)に含まれるものが、正しい偏角の候補の組み合わせとなる。ところが、この方式では、
図10a及び
図10bのように、終点B、Cが双方ともI
0の終点近傍の基準領域に入った場合、偏角の候補を絞り込むことが出来ない。このように、終点BとCが候補となった場合、[I
2+、I
2−]、[I
3+、I
3−]の2つのベクトルの絞り込みが不可能となる。更にI
1、I
2、I
3の変動量が大きく、基準領域を大きくする必要が生じた場合、
図10cのように終点Eも候補となることになり、[I
1+、I
1−]の絞り込みもできなくなる。よって、
図10a、
図10b、
図10c、
図10dに示すベクトルの終点を比較する方式は、条件によっては絞り込みが困難になることが想定される。
【0060】
そこで、
図11を用いて偏角候補の決定法2の例を説明する。
図11の右側には、I
1に関する偏角の候補であるI
1+及びI
1−を、点線及び実線による時系列で示している。同じく同図右側の太い点線は、I
1の偏角の正解値である。I
1+及びI
1−の偏角は、図示のように、頻繁に変動する。ただし、相互の役割を入れ替えるように、正解値に近い偏角になる場合と、正解値の偏角から離れた値をとる。一方、正解値であるI
1の偏角の時系列的な変化は、I
1+及びI
1−の偏角と比較し、相対的に小さい場合が多い。そこで、I
1+及びI
1−の偏角の短時間の間のヒストグラムを、時間軸をスライドさせながら算出していく。そして、両者のヒストグラムを合算すると、I
1の偏角の正解値に近い階級の頻度が高くなる。よって、左記ヒストグラムの最頻値に近いか否かをもって、I
1+及びI
1−の偏角を選択することで、複数の偏角候補の絞り込みを行うことが出来る。本方式は、偏角候補の時間変動と比較し、偏角の正解値の時間変動が比較的小さいこと、および偏角候補が正しくない場合の値が、比較的ばらつくことで、特定のピークを作りにくい性質を利用した。
【0061】
本絞込み方式の特徴は、1つのベクトルの偏角候補のみから絞り込みを行うことが出来る点である。例えば、I
1の偏角の候補を絞り込む場合には、I
2、I
3の偏角候補の情報は不要である。この性質により、
図10a、
図10b、
図10c、
図10dに示した方式のように、2つ以上の偏角候補の絞り込みが連鎖的に不能になることを防ぐことができる。
【0062】
図12に潮流値推定装置のブロック図を示す。ここでは、分岐後の下位の分岐線をバンクと記載するが、計測値の種類の関係が相似となる他の階層の分岐に対しても同様に適用できる。
【0063】
図12の潮流値推定装置では、まず、計測値312を計測値取得部313にて取得し、計測値格納部321に格納していく。ここでの計測値312は、少なくともベクトルI
0及びスカラー|I
1|、|I
2|、|I
3|を含んでおり、他には上位側、下流側の電圧値を含む。
【0064】
次に、計測値変換部314にて、
図2相当の簡略化を行う。これは、分岐前後での同一の電圧値相当で演算することにより、電流ベクトルの偏角を決定する問題に簡略化するためである。以上計測値取得部313、計測値格納部321の動作、もしくは計測値変換部314まで含めた動作は、以降の潮流推定の動作とは非同期で行っても良い。例えば、計測データの到来次第格納や変換をするなどである。
【0065】
次に、潮流推定の一連の動作に関連するブロックの動作を説明する。これら一連の推定動作は、統括制御部318の指示で逐次的に処理する。まず、推定対象バンク選択部315にて、潮流を推定するバンクを選択する。例えば、
図2のバンク1、2、3のうち、まずバンク1の潮流(力率など)を推定の対象に設定するなどである。
【0066】
次に、過去時点to決定部316にて、時間差分処理を行う対象の過去の時刻断面toを決定する。時刻toの求め方は、前述の
図8の説明で記述した通りである。過去の時刻断面toの決定に際し、比較対象の電流のスカラー値をほぼ同一値とみなすための閾値を閾値等の設定値入力部317にて、適宜変更することが出来る。推定対象とした系統の電流の変動が大きい場合、電流値を同一とみなすための閾値を大きくするなどの動作は、設定値入力部317で行う。次に時間差分作成部322にて、時間差分を作成する。具体的には、分岐の上位側での電流ベクトルのベクトル差(ベクトル値)を本ブロックで算出する。
【0067】
次に、偏角候補作成部323にて、時刻tnにおける偏角の候補(一般に2つ)を作成する。具体的には、時間差分作成部322のブロックにて作成した差分のベクトル値と、現在時刻tnと過去時刻toにおける推定対象のバンクの電流のスカラー値から三角形を構成し、現在時刻tnの偏角の候補を求める。また、過去の時刻断面toの偏角候補も求まるため、時刻断面tnとtoの偏角の推定処理を同時に行っても良い。
【0068】
次に、偏角候補絞り込み部324にて、偏角候補作成部323にて作成した一般に2つの偏角の候補から、適切な候補を選択する。選択の手法は、
図11で説明した手法が使える。複数の偏角候補の偏角値がほぼ同一となる箇所のみを使用する推定方式の場合、本ブロックの偏角候補絞り込み部324を、偏角候補の偏角値の同一性判定部に置き換える。また
図10a、
図10b、
図10c、
図10dの手法を用いて候補の絞り込みを行う場合は、他の全てのバンクに対して同様に偏角の候補を算出してから、選択を行う。
【0069】
次に、偏角から使用形態の物理量への変換部325にて、目的の物理量へ変換する。例えば力率値や有効電力値、無効電力値などに変換する。変換した結果、あるいは変換前の電流の偏角値を推定結果出力329から出力する。
【0070】
一連の推定処理が終了後、推定対象バンク選択部315にて、潮流の推定対象を次のバンクに順次設定していけば、全バンクの潮流値が推定できる。
【0071】
なお、
図12の処理を実行するに当たり、さらに以下のような改変が加えられてもよい。計測値格納部321は、計測値をそのまま格納しても良い。また、計測値変換314にて変換した電流のベクトル値(分岐の上位側)と電流のスカラー値(分岐の下位側)として格納しても良い。また格納する期間は、最低限t
diffMaxの間あれば足りる。
【0072】
計測値変換314にて、
図2相当の簡略化に際し、電流ベクトルの偏角を決定する問題に簡略化するためとしたが、都度電圧等の変換を行えば、本変換は必ずしも行わなくても良い。例えば分岐の下位側の電流のスカラー値は、電圧と演算を施し、皮相電力値として演算しても、本発明は同様に適用できる。この場合、分岐の上位側は、電流のベクトル値ではなく、皮相電力とその偏角(あるいは有効電力と無効電力)で演算するものであってもよい。
【0073】
次に
図13を用いて潮流値推定方法のフローを示す。処理ステップS414からS417は計測値格納タスクのフローである。これらは潮流推定のタスクとは非同期で行っても、同期させて行っても良い。まず処理ステップS415で計測値を取得する。この場合に通信を介しても、直接A/D変換等の図示しない入力手段経由で図示しないセンサ情報を入力しても良い。処理ステップS416では計測値を変換する。これは
図2相当の電流の偏角推定の問題として簡略化するために行うが、本フロー図のように計測値格納部に格納する前に変換しても、あるいは後述する処理ステップS436とS437の計測値格納部321からの読み出し時に随時変換しても良い。必要に応じた変換後に計測値格納部321にデータを格納する(処理ステップS417)。
【0074】
次に処理ステップS432から処理ステップS440を用い、潮流推定タスクのフローを説明する。まず処理ステップS432において潮流推定タスクを実行開始する。処理ステップS433では、現在の時刻断面tnについて逐次更新する。処理ステップS434においては、処理ステップS435からS439までの処理手順を、対象のバンクを変更しながら繰り返し実行させるループ処理を行う。
【0075】
繰り返し処理の中では、処理ステップS435において、次に複数ある分岐の下位側のバンクのうち1つを、潮流推定の対象として選択する。次に、処理ステップS436にて、推定対象のバンク以外のバンクの電流のスカラー値が、現在時刻tnの値と同程度となる過去の時刻断面toを検索する。具体的手法は、前述の
図7a、
図7b、
図7c、
図7d、
図8の箇所で説明したとおりである。
【0076】
次に処理ステップS437では、検索結果の過去時刻断面toと現在の時刻tnの間で、分岐上流側における電流のベクトル値の差ベクトルを作成する。該差ベクトルは
図7c、
図7dのΔI
0tnに相当する。次に処理ステップS438では、ΔI
0tnをΔI
1tnとみなし、
図7cもしくは
図7dでのI
1tn、I
1to、ΔI
1tnからなる三角形を用いた偏角候補の作成を行う。同偏角候補が求まるのは、前記三角形の三辺の長さが既知であることがら、全ての内角が確定するためである。なおかつΔI
1tnの偏角は、およそΔI
0tnの偏角と等しい。さらにΔI
0tnは偏角が既知である。これは、偏角が既知である分岐上流側における電流ベクトルの時間差分がΔI
0tnであるためである。次に処理ステップS439では、
図11で示した偏角候補の絞り込み法等を用い、一般に2つある偏角候補から偏角値として使用する値を絞り込む。これらの動作を処理ステップS434に戻り、全てのバンク或いは推定が必要なバンクに対し、繰り返す。
【0077】
処理ステップS440では、電流の偏角値を必要に応じ、使用目的に合致する量に変換し、潮流値や力率値の推定結果として、出力する。
【0078】
以上説明した本発明においては、配電系統の力率を推定する手法を提案した。本発明方式は、配電用変電所などでの分岐の箇所を対象に、分岐の上位側での力率値と分岐の下位側での電流の実効値を用い、下位側の力率を推定するものである。実測データを用いた検証の結果、3分岐の箇所に対し、高精度の平均誤差で推定が可能であることを確認した。