(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記可視光領域内の所定領域における前記ドット部と前記非ドット部との平均透過率の差が、前記可視光領域内の前記所定領域以外の領域における前記ドット部と前記非ドット部との平均透過率の差よりも大きい、請求項1又は2に記載の焦点調節補助レンズ。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。ただし、以下に説明する実施形態は、あくまでも例示であり、以下に明示しない種々の変形や技術の適用を排除する意図はない。即ち、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができる。また、以下の図面の記載において、同一または類似の部分には同一または類似の符号を付して表している。図面は模式的なものであり、必ずしも実際の寸法や比率等とは一致しない。図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれていることがある。
【0010】
[実施形態]
本発明におけるレンズを説明する前に、本発明におけるレンズを発明するに至った経緯等を説明する。発明者らは、レンズの第1部分と第2部分とにおいて位相の差を設けたり、透過率の差を設けたりすることで、焦点が合いやすくなったり、近見視力が向上したりすることを発見した。まずは、この発見に至る実験等について説明する。まず、第1実験は、被験者が、表面にマイクロメートルオーダーの幾何学構造を配列したレンズを着用すると、焦点が合いやすくなること(第1仮説と称す)に気付いた発明者らが、この第1仮説を実証するために行った複数の実験である。以下、このレンズを第1レンズと称する。また、第2実験は、被験者が、レンズに設けられたドット部と非ドット部との透過率に差があるレンズを着用すると、近見視力が向上しやすくなること(第2仮説と称す)に気付いた発明者らが、この第2仮説を実証するために行った実験である。まず、第1実験について説明する。
【0011】
<焦点調節応答時間の検証実験>
アコモドポリレコーダーを用いて第1レンズを通して見たときの焦点調節応答時間(ART:Accommodation Response Time)を検証する。この実験では、第1レンズとして、表面がハニカム構造になっているレンズを用いる。ARTは、近点、遠点、近点、遠点、・・・に繰り返し指標を動かしたときに、指標に焦点が合うまでの時間である。アコモドポリレコーダーは、遠方と近方に置かれた視標にピントが合うまでの時間の長さから、ピントを合わせる機能を診断する装置である。
【0012】
この実験では、被験者11名に効き目で測定し、ハニカム構造が有るレンズ(表面がハニカム構造のレンズ)と、無いレンズ(通常の球面レンズ)とを用いて、近点から遠点に指標が移動したとき(以下、ART弛緩ともいう)のARTと、遠点から近点に指標が移動したとき(以下、ART緊張ともいう)のARTとを測定する。
【0013】
図1は、焦点調節応答時間の検証実験の結果の一例を示す図である。
図1(A)は、ART弛緩の実験結果の一例を示す。
図1(A)に示すように、ART弛緩において、ハニカム構造が有るレンズをかけた被験者のARTは、ハニカム構造が無いレンズをかけた被験者のARTよりも約14.2%短縮できている。
【0014】
図1(B)は、ART緊張の実験結果の一例を示す。
図1(B)に示すように、ART緊張において、ハニカム構造が有るレンズをかけた被験者のARTは、ハニカム構造が無いレンズをかけた被験者のARTよりも約10.5%短縮できている。
図1に示す結果から、ハニカム構造有りのレンズは、焦点が合いやすくなっていると言える。
【0015】
<光学シミュレーション>
次に、第1レンズをかけると焦点が合いやすくなる理由を探るために、第1レンズとして、マイクロドットを周期的に配列したレンズを用いて行われた光学シミュレーションについて説明する。
【0016】
図2は、光学シミュレーションのモデルの一例を示す図である。
図2に示すモデルは、光源として10μmの点光源を用い、開口径3mmのレンズを用いる。このレンズの3mmは、平均瞳孔径であり、レンズ表面には、
図3に示すように、ハニカム構造を円形に簡略化した構造を有する。
【0017】
また、レンズ焦点は、150mmであり、フォーカス位置A’は、レンズから300mmである。入力像の1ピクセルサイズは、10μmである。また、光源の波長(以下、基準波長とも称す。)は、一例として、眼の感度が高いと言われる波長領域内の546nmを用いる。
【0018】
図3は、レンズ表面に設けられたドット状の構造の一例を示す図である。
図3に示す構造は、ハニカム構造を簡略化した構造であり、円形のピッチは、410μmであり、円形の半径は、170μmであり、光の透過率は、100%〜50%である。なお、
図3に示す構造の白い部分は、高屈折領域であり、黒い部分は、低屈折領域である。基準波長に対する高屈折領域と低屈折領域との位相差は、0〜π/2の間で変化させられる。
【0019】
図4は、各位相差におけるコントラストとデフォーカス量との関係の一例を示す図である。
図4に示すグラフにおいて、基準波長に対する位相差が大きくなるほど、コントラストが低下する。また、デフォーカスの量は、コントラストの低下にはあまり影響を与えない。
【0020】
図5は、デフォーカス量とぼやけとの関係の一例を示す図である。
図5に示すグラフは、後述する
図9のグラフに示す線の微分値の最大値であり、ぼやけの程度を表す。
図5に示すグラフにおいて、ハニカム構造を有するレンズの方が、ノーマルレンズよりも、フォーカスからデフォーカスへの微分値の減少幅が小さい。よって、ハニカム構造有りのレンズの方が、ノーマルレンズよりも、デフォーカスした時のぼやけの変化幅が小さいため、デフォーカス感が薄くなると言える。
【0021】
図6は、デフォーカス量及び位相差が視認性に与える影響を説明するための図である。
図6では、フォーカス時(z=0mm)、デフォーカス時(z=50mm)における各位相差での
図2に示す結像位置の画像を示す。
図6に示すように、フォーカス時において、基準波長に対する位相差Φ=π/4のとき、画像の視認性は影響を受けにくいが、位相差Φ=π/2のときは、視認性が悪い画像になる。また、デフォーカス時において、各位相差の画像はいずれも視認性が良くない。
【0022】
ここで、フォーカス時には、ドット状の構造を用いて位相差を大きくすることでコントラストが低下するが、ある一定の範囲までの位相差であれば、視認性はさほど影響を受けない。
【0023】
図7は、各遮光率におけるコントラストとデフォーカス量との関係の一例を示す図である。
図7に示すグラフにおいて、遮光率を下げてもコントラストは下がることが分かる。よって、コントラストを下げる場合には、位相差だけでなく遮光率を下げることも有効である。なお、
図7に示すグラフで用いた第1レンズは、遮光率を低下させるマイクロドットを配列したレンズである。
【0024】
次に、レンズにおいて位相差をつけることは、画像のぼやけを生じさせるのではなく、コントラストが低下することについて説明する。
図8は、黒色及びグレー色の縞々の画像の一部の断面を示す図である。
図8に示す右拡大図の断面において、左から黒色、グレー色、黒色の各境界におけるスペクトル強度を算出し、この断面における輝度の差を調べる。
【0025】
具体的には、
図8に示す断面において、
図2に示すモデルでの位相差が異なる各レンズにより、フォーカス時に結像された断面の輝度の差を調べる。
図9は、各レンズにおいて、
図8に示す断面におけるスペクトル強度の一例を示す図である。
図9に示すように、各レンズにおいて、グレー色部分でスペクトル強度が強くなり(輝度が高くなり)、黒色部分でスペクトル強度が弱くなる(輝度が低くなる)。また、
図9に示すグラフによれば、位相差が大きくなるほど、黒色部分とグレー色部分との輝度差が小さくなり、コントラストが低下することが分かる。
【0026】
また、
図9には、参考として、デフォーカス量が30mmの時のぼやけた断面におけるスペクトル強度を示している。領域AR102内の各傾きを見れば、位相差の変化によらず傾きは急峻で一定であり、ぼやけた断面のように傾きが緩やかにならない。そのため、位相差を大きくすることは、ぼやけを生じさせずに、コントラストを低下させるということが分かる。
【0027】
上記の実験についてまとめると、第1レンズは、このレンズを通る光(例えば基準波長)に位相差が生じた結果、光が回折することで、コントラストを低下させる。また、位相差が大きくなるほど、コントラストが低下する。コントラストを低下させることは、ぼやけを生じさせないが、視認性に影響を与えうる。特に、所定の範囲でコントラストを低下させても、視認性に影響を与えないが、所定の範囲を超えてコントラストを低下させると、視認性が悪くなる。なお、レンズを遮光してもコントラストが低下するのは、光の回折現象のためである。
【0028】
ここで、発明者らは、上記実験により、第1レンズにおいて、ぼやけが生じない一方で、コントラストが低下することで、焦点が合いやすくなるという新たな仮説に辿り着いた。
【0029】
図10は、コントラストの低下による視認性を説明するための図である。
図10(A)は、
図2に示す実験において、基準波長に対する位相差Φ=0の結像位置での画像を示す。
図10(B)は、基準波長に対する位相差Φ=π/5の結像位置での画像を示す。
【0030】
図10(A)及び(B)に示す両画像を比べても、視認性はさほど変わらない。
図4によれば、Φ=π/5では、フォーカス時にコントラストは約10%強低下しているが、視認性はさほど低下していない。
【0031】
以上のことから、発明者らは、コントラストの低下が焦点を合いやすくしているという新たな第1仮説を実証するために実験を行った。
【0032】
<第1仮説実証実験>
実験内容は次のとおりである。
【0033】
(実験A)
・被験者は、眼を閉じ、リラックスしている状態(約5秒程度)から、PC(Personal Computer)のモニター上に表示される各テスト画像に焦点を合わせるために要する時間(ART)を測定する。被験者からモニターまでは約40cmである。各テスト画像は、例えばモニターの機能が用いられて、コントラストが100%、95%、90%、85%、80%に設定される。
・測定回数:各コントラストのテスト画像について20回
・測定順序:ランダム
・被験者:4名
【0034】
図11は、実験Aの結果を示す図である。
図11に示すように、100%のコントラストのテスト画像の平均ARTを100%として、各コントラストのテスト画像の平均ARTの%表示をグラフ化する。
【0035】
図11に示す例では、85%のコントラストのテスト画像まで、平均ARTは一定の割合で短縮される。具体的には、コントラストが5%下がるにつれて、平均ARTは約5%短縮される。しかし、85%のコントラストのテスト画像から80%のコントラストのテスト画像までの平均ARTの短縮は、1.7%である。すなわち、コントラストを85%以下に下げても、平均ARTの短縮率は収束していくことが考えられる。
【0036】
(実験B)
・実験条件は、実験Aと同様であり、異なるところは、100%のコントラストのテスト画像において、
図3に示す第1レンズを眼鏡のレンズとして着用し、ARTを測定する点である。
【0037】
図12は、実験Bの結果を示す図である。
図12に示すように、第1レンズを装着した方が、同じ100%のコントラストのテスト画像におけるARTが短縮されている。つまり、第1レンズによりコントラストを低下させることで、ARTが削減できていると言える。
【0038】
よって、実験Aにより、コントラストの低下がARTの短縮に有効であることが分かり、さらに、実験Bにより、コントラストを低下させるレンズを着用した場合でも、同様に、ARTを短縮させることができることが分かる。
【0039】
ここで、焦点調節を補助するために、コントラストを低下させるレンズを眼鏡として着用する場合、コントラストの低下による視認性が問題となる。そこで、視認性という観点で、どこまでコントラストを低下させられるかについて検討する。コントラストの低下に相関がある位相差の低下を用いて検討した場合、
図6によれば、視認性に問題がないのは、位相差がπ/4程度までである。
図4によれば、位相差がπ/4のとき、コントラストは80%程度である。
【0040】
よって、コントラストの低下によるARTの短縮及び視認性の担保を比較考量すると、コントラストは、100%から80%程度まで低下させることが好適でき、つまり、基準波長に対する位相差Φに換算すると、この位相差Φは、0<Φ≦π/4程度までの間の値が好適である。
【0041】
また、例えばARTに着目すると、
図11によれば、コントラストが80%から85%まで増加しても平均ARTの短縮率はさほど変わらないが、コントラストを85%以上に増加させてしまうと、平均ARTの短縮率が約85%から約90%になってしまう。短縮率は小さいほど平均ARTが短いことを表す。なお、コントラストが85%のとき、これに対応する位相差Φは、π/5のときである。したがって、ARTと視認性の観点から、位相差Φは、より好ましくは、π/5<Φ≦π/4までの間の値にするとよい。
【0042】
<レンズ設計>
焦点を合わせやすくするため、コントラストを低下させるレンズについて検討する。コントラストを低下させるには、
図7に示すように、遮光率を低下させることでも可能であるが、ここでは、レンズを透過する光(例えば基準波長)に位相差を設けることで、視認性を担保しつつ、コントラストを低下させることを検討する。
【0043】
図13は、レンズにおける設計パラメータとコントラストとの関係を説明するための図である。
図13に示す例では、レンズの設計パラメータの一例として、高屈折エリア(白いドット状のエリア)の占有率、位相差(高屈折層の膜厚)、ピッチ幅、及び形状を含む。また、設計パラメータ内に、その設計パラメータに対応するパターン構造の例が記載されている。
【0044】
高屈折エリアの占有率において、100%から0%まで低下させたときに、占有率が約50%のときに、コントラストが一番低下する。よって、この占有率は50%程度にすると、コントラストを低下させることができ、さらに、高屈折エリアの膜厚を薄くすることができる。レンズ製造を考慮すると、膜厚を変化させるよりも占有率を変化させた方が製造しやすいため、占有率を約40%以上60%以下にして、占有率を用いてできるだけコントラストを低下させるとよい。
【0045】
次に、基準波長に対する位相差を、レンズの設計パラメータの一例とする。
図13に示す位相差とコントラストとの関係は、位相差Φ=0のコントラストを1に正規化した時のグラフであり、
図4に示す実測値の関係とは若干異なる。実際のレンズ設計の際には、
図4に示す関係及び
図13に示す関係のいずれの関係が用いられてもよいし、コントラストと位相差との関係を近似した式が用いられて設計されてもよい。なお、
図13に示す例において、視認性を考えると、コントラストは、80%から85%程度の値まで低下させることができる。
【0046】
次に、ピッチ幅において、ピッチ幅が大きくなると、瞳孔径3mm内に入るコーティング数が減少する。よって、コーティング数の減少を防止しつつ、コントラストを低下させるには、ピッチ幅は、300〜500μmが適当である。
【0047】
最後に、凸部となるドット状の形状において、その形状等を変化させる。例えば、円の配置を変えたり、円をハニカム形状にしたり、三角形状にしたり、四角形状にしたりする。凸部の形状や配置は、コントラストを下げるのにいずれも有効であることが実験により確認されている。なお、凹部がドット形状であってもよい。
【0048】
なお、上記のレンズ設計はあくまでも一例であって、焦点調節を補助するためにコントラストを低下させる機構を有するレンズであれば、本発明に含まれる。
【0049】
次に、上述した第2実験について説明する。発明者らは、上述した第1レンズを被験者が着用すると、焦点が合いやすくなるという効果以外にも、近見視力が向上するという効果を見出した。ここで、発明者らは、近見視力の向上として良く知られているピンホール効果に着目し、さらには、ピンホールに相当するドット部と、ドットではない非ドット部との光の透過率の違いに着目した。そこで、ドット部と非ドット部との透過率の違いによる影響を調べるため、発明者らは第2実験を行なった。以下、第2実験について説明する。
【0050】
<透過率の違いによる影響>
第2実験では、ドット部と非ドット部とにおいて、可視光領域(例えば380nm〜780nm)の平均透過率にそれぞれ違いがある3つのレンズを用いる。
【0051】
図14は、レンズAにおける波長と反射率との関係を示す図である。
図15は、レンズBにおける波長と反射率との関係を示す図である。
図16は、レンズCにおける波長と反射率との関係を示す図である。
図14〜16に示す例では、反射率を用いているが、透過率を用いてもよい。透過率は、透過率=1−反射率により算出される。以下、透過率を例にして説明する。
【0052】
図14に示すレンズAは、新たに開発されたレンズであり、材料として二酸化ジルコニウム(ジルコニア、化学式:ZrO2)が用いられ、ドット部と非ドット部とを透過する基準波長の位相差がπ/4になるように設計されている。また、レンズAは、可視光領域において、ドット部と非ドット部との平均透過率の差が2.4%とする。平均透過率t_aveは、以下の式(1)で算出される。
【数1】
t(λ):透過率(%)
【0053】
さらに、レンズAは、可視光領域内の所定領域(400nm周辺及び580nm周辺)における平均透過率の差が、可視光領域内の所定領域以外の他の領域における平均透過率の差よりも大きくなっている。別の観点で言えば、レンズAは、所定領域(400nm周辺及び580nm周辺)におけるドット部と非ドット部とのピーク時の透過率の差が、4%以上である。また、基本的にドット部において透過率が高く、非ドット部において透過率が低い。
【0054】
また、ドット部において、光を透過させ、非ドット部において、光を反射させることで、ドット部によるピンホール効果を生じさせることができる。これにより、焦点深度が広がるため、ぼやけていた部分が明りょうに見えるようになる。また、可視光領域内の所定領域は、少なくとも青色波長領域を含めばよい。これにより、ピンホール効果を生じさせつつ、ブルーライトカットにより眼精疲労を抑制することができる。
【0055】
図15に示すレンズBは、既に市販されている、微小なハニカム構造のパターンを有するレンズである。レンズBは、可視光領域において、ハニカム部と非ハニカム部との平均透過率の差が0.5である。
【0056】
図16に示すレンズCは、
図14に示すレンズAと比較する用に開発されたレンズであり、材料として二酸化ジルコニウムが用いられ、ドット部と非ドット部とを透過する基準波長の位相差がπ/5になるように設計されている。また、レンズCは、可視光領域において、ドット部と非ドット部との平均透過率の差が1.8%とする。
【0057】
さらに、レンズCは、可視光領域内の所定領域(400nm周辺及び580nm周辺)における平均透過率の差が、可視光領域内の所定領域以外の他の領域における平均透過率の差よりも大きくなっている。別の観点では、レンズCは、所定領域(400nm周辺及び580nm周辺)におけるドット部と非ドット部とのピーク時の透過率の差が、4%以上である。
【0058】
図17は、レンズA〜Cを用いた焦点調節及び近見視力に関する実験結果を示す図である。
図17に示す実験では、年齢層が20代から50代で、男女の被験者10人がレンズA〜Cそれぞれを装着し、各レンズにおいて、近見視力に関する実験が行われた。
【0059】
図17に示す近見視力平均上昇値は、被験者が各レンズを装着した場合、各レンズを装着しない場合と比べて、近見視力が平均でどれくらい上昇したかを示す。レンズAでは、近見視力が0.14上昇しているのに対し、レンズB及びCは、近見視力が0.11上昇している。
【0060】
図17に示す近見視力効果発現者は、被験者のうち、近見視力が向上した人の割合を示す。レンズAでは、75%の人が、近見視力が向上したのに対し、レンズB及びCでは、60%の人が、近見視力が向上した。
【0061】
図17に示す近見視力平均上昇値及び近見視力効果発現者によれば、レンズAは、レンズB及びCよりも近見視力の向上に効果があることがわかる。また、レンズAとレンズCとを比較すると、可視光におけるドット部と非ドット部との平均透過率の差が異なることが大きな違いであり、この違いにより、近見視力の向上に与える影響が異なると考えられる。そこで、レンズAとレンズCとの平均透過率によれば、近見視力の向上に影響を与える平均透過率の閾値は約2.0%前後にあると考えらえる。したがって、平均透過率の差が2.0%未満であれば、近見視力の向上はさほどなく、平均透過率の差が2.0%以上であれば、近見視力の向上が大きいと言える。
【0062】
また、Cr金属が非ドット部になるようにパターンニングをしたところ、ドット部と非ドット部との平均透過率の差が50%を超えると、ドットのパターン形状が目視できるようになってしまい、視認性に悪影響を及ぼす。したがって、焦点が合いやすく、近見視力が向上し、視認性が損なわれない場合の平均透過率の差は、2%から50%であると考えられる。
【0063】
図17に示す長時間の使用評価は、各レンズを長時間装着した被験者の疲れ目に対する主観的な評価を示す。各レンズに対して、疲れ目にならなかった順で被験者が順位付けを行った。この順位付けの結果は、一位はレンズA、二位はレンズC、三位はレンズBである。よって、レンズAは、他のレンズと比べて、疲れ目になりにくいという効果もある。
【0064】
なお、
図17に示すレンズAにおいて、アコモドポリレコーダーを用いて、焦点応答調節時間の実験が行われた。この実験によれば、被験者がレンズAを装着した場合、レンズAを装着しない場合と比べて、焦点応答調節時間が平均で8%も短縮されたことが確認されている。
【0065】
<レンズAの実装>
図18は、レンズAの実装例を説明するための図である。
図18に示すレンズAは、例えばメガネのレンズに用いられることが想定されている。
図18に示すレンズAは、位相差層の材料はジルコニアであり、基準波長における位相差がπ/4となるように、非ドット部の膜厚が29.8nmで形成される。
【0066】
また、AR(Anti-Reflection)層(反射防止膜パターンとも称す。)は、
図18に示すテーブルの上からの順序で、基材のハードコート層の上に順に積層される。例えば、ハードコート層に上に、膜厚26.0nmの二酸化ケイ素(化学式:SiO2)が積層され、その上に、膜厚7.4nmのジルコニアが積層される。
【0067】
図18に示すAR層によれば、
図14に示すような平均透過率の差を生じさせることができる。また、
図14に示すような平均透過率の差は、パターン部と非パターン部との透過率(反射率)の差により生じさせる以外にも、色素や金属などの有色材料を用いたパターンにより生じさせてもよい。例えば、レンズ表面に設けられる色素パターンにより平均透過率の差を生じさせてもよい。
【0068】
レンズ表面に設けられる色素層としては、例えば染料であれば、カヤセットブルー906(日本化薬株式会社製)、カヤセットブラウン939(日本化薬株式会社製)、カヤセットレッド130(日本化薬株式会社製)、Kayalon Microester Red C−LS conc(日本化薬株式会社製)、Kayalon Microester Red AQ−LE(日本化薬株式会社製)、Kayalon Microester Red DX−LS(日本化薬株式会社製)、Dianix Blue AC−E(ダイスタージャパン株式会社製)、 Dianix Red AC−E 01、(ダイスタージャパン株式会社製)、Dianix Yellow AC−E new(ダイスタージャパン株式会社製)、Kayalon Microester Yellow C−LS(日本化薬株式会社製)、 Kayalon Microester Yellow AQ−LE(日本化薬株式会社製)、Kayalon Microester Blue C−LS conc(日本化薬株式会社製)、Kayalon Microester Blue AQ−LE(日本化薬株式会社製)、Kayalon Microester Blue DX−LS conc(日本化薬株式会社製)などが挙げられる。
【0069】
色素層として、例えば顔料であれば、キナクリドンCI 122、フタロシアニンCI 15、イソインドリノンCI 110、インオーガニックCI 7、フタロシアニン、モノ?アゾナフトールAS、カーボン系顔料などが挙げられる。
【0070】
色素層として、例えば金属であれば、クロム、アルミニウム、金、銀などが挙げられる。
【0071】
また、この平均透過率の差は、AR層と色素パターンとを組み合わせて生じさせてもよい。
【0072】
図18に示すレンズAを、例えばメガネレンズに用いることで、このメガネレンズを装着したユーザは、視認性が損なわれずに、焦点が合いやすくなり、かつ近見視力が向上する。また、疲れ目になりくにくいという効果もある。
【0073】
<実験2による考察>
図19は、実験2による考察を説明するための図である。
図19(A)は、無色の通常レンズを用いた各波長の焦点と色収差と焦点深度との関係を示す図である。色収差とは、光の波長によって、網膜上で結像する焦点距離が異なることをいう。
図19(A)に示すように、例えば、赤色が網膜上で焦点を結ぶとき、緑、青と波長が短くなるほど、網膜の手前で焦点を結ぶことになる。これにより、焦点間の距離が長くなり、色収差が大きく発生することで、ぼやけが生じる。この色収差を補正するために、脳が画像補正をしたり、毛様体筋が微動したりして焦点を合わせているが、この焦点合わせは目に負担をかける。なお、
図19(A)に示すD11は、赤色波長の焦点深度の例を示し、D12は、緑色波長の焦点深度の例を示し、D13は、青色波長の焦点深度の例を示す。
【0074】
図19(B)は、レンズAを用いた場合の各波長の焦点と色収差と焦点深度との関係を示す図である。レンズAにより、青色波長をカットしつつ、ドット部によるピンホール効果で青色波長の焦点深度を広くすることができる。つまり、青色波長の焦点深度が、D13からD23に広がる。
【0075】
ここで、ピンホール効果について簡単に説明する。
図19(B)に示すように、青色波長についてピンホール効果を生じさせるパターンPが設けられたレンズAにより、青色波長の光は絞られて目に入ってくる。そうすると、ピントが合う面の範囲(焦点深度)が広がり、ピンホール効果なしの状態ではぼやけて見えていた範囲が少なくなる。焦点深度が広がるとは、上下の光線により形成される角度が小さくなる(鋭くなる)ことをいう。また、焦点深度が広がることで、目の焦点を調節する筋肉が酷使されなくなるので、目の筋肉の緊張を和らげる効果がある。
【0076】
また、
図19(B)に示すように、ピンホール効果により青色波長の焦点深度を広げることで青色波長のピントが合う位置が広くなり、色収差が小さくなる。よって、焦点が合わせやすくなり、ぼやけを軽減させることができる。したがって、ドット状のパターンによるコントラストの低下(又は基準波長の位相差)及び、ドット部と非ドット部との光透過率の差により、焦点が合わせやすくなり、近見視力が向上すると言える。なお、焦点深度を広くするのは青色波長領域に限らず、レンズAにより緑色や赤色の波長領域が選択的にカットされ、目に入射する光の量が絞られてもよい。また、レンズAは、ドット部のパターンを用いてピンホール効果を生じさせるようにしたが、パターンの形状はドットに限らず、ハニカム形状などの形状でもよい。また、ドット間のピッチ幅は、ピンホール効果を強める場合には、1500μm程度まで許容される。したがって、
図13に示す例を考慮すると、ドットなどのパターン間のピッチ幅は、300〜1500μmが適用されうる。
【0077】
以下、
図13に示したレンズ設計において、好ましいと説明した範囲内のパラメータを有するレンズ及び/又は
図14に示す特性を有するレンズAを用いた実施例について説明する。
【0078】
[実施例1]
図20〜21を用いて、メガネ全体の構造について説明する。
図20は、実施例1におけるメガネ100の一例を示す正面図である。
図21は、実施例1におけるメガネ100の一例を示す側面図である。
【0079】
図20〜21に示すメガネ100は、アイウエアの一例であり、レンズ110及びフレーム120を備える。フレーム120は、例えば、テンプル130と、モダン132と、フロント170とを有する。
【0080】
フロント170は、一対のレンズ110を支持する。また、フロント170は、例えば、リム122と、眉間部(例えばブリッジ)124と、ヨロイ126と、丁番128と、一対のノーズパッド140とを有する。一対のレンズ110は、焦点調節を補助するためのレンズである。
【0081】
なお、メガネ100の種類によっては、一枚レンズを用いることでフレームのブリッジ部分がない場合がある。この場合、一枚レンズの眉間部分を眉間部とする。
【0082】
一対のノーズパッド140は、右ノーズパッド142及び左ノーズパッド144を含む。リム122、ヨロイ126、丁番128、テンプル130、及びモダン132は、それぞれ左右一対に設けられる。なお、丁番128は、ネジを使用するものに限られず、例えばバネを使用するものであってもよい。
【0083】
リム122は、レンズ110を保持する。ヨロイ126は、リム122の外側に設けられ、丁番128によりテンプル130を回転可能に保持する。テンプル130は、使用者の耳の上部を押圧して、この部位を挟持する。モダン132は、テンプル130の先端に設けられる。モダン132は、使用者の耳の上部に接触する。なお、モダン132は、必ずしもメガネ100に必要は構成ではない。
【0084】
図22は、実施例1におけるメガネ着用時におけるレンズ110のA−A端面の一例を示す図である。なお、
図22に示す凸部は、分かりやすくするため、実際の寸法ではなく、拡大して記載している。実際の凸部は、例えばμmレベルのサイズであり、レンズに対して無数に存在する。
【0085】
図22(A)は、焦点調節補助用のレンズ110Aの一例を示す図である。
図22(A)に示すレンズ110Aは、コントラストを低下させる機構として、レンズ本体に複数の凸部200Aを有するパターン構造を備える。パターン構造の例としては、
図13に記載した好ましいパラメータを有するパターン構造のいずれかである。このパターン構造により、透過する光(例えば基準波長)に位相差を設け、コントラストを低下させる。なお、凸部200Aにより、凸部200Aの間に凹部202Aが生じる。上述したが、凸部200Aは、実際はμmレベルのものであり、レンズ本体に無数に存在する。凸部200Aの形状は特に問わない。
【0086】
凸部200Aは、レンズ本体に蒸着させることで形成することができる。蒸着方法については公知の技術を用いればよい。凸部200Aの材料は、透明性が高いかつ屈折率が高ければ高い程好ましく、例えば酸化チタン、酸化ジルコニウム、酸化アルミニウム、窒化シリコン、酸化シリコン、窒化ガリウム、酸化ガリウムなどの無機化合物やポリカーボネートやアクリル系樹脂、ウレタン系樹脂、アリル系樹脂、エピチオ系樹脂などの有機化合物であっても良い。
【0087】
なお、位相差については、凸部200Aの材質と厚さHによって決まるが、例えば材質が決定された後に、所望の位相差になるように厚さHが決定されればよい。
【0088】
図22(B)は、焦点調節補助用のレンズ110Bの一例を示す図である。
図22(B)に示すレンズ110Bは、コントラストを低下させる機構として、レンズ本体に複数の凸部200Bを有するパターン構造を備える。このパターン構造により、透過する光に位相差を設け、コントラストを低下させる。なお、
図22(A)と同様に、凸部200Bにより、凸部200Bの間に凹部202Bが生じる。また、凸部200Bは、実際はμmレベルのものであり、レンズ本体に無数に存在する。凸部200Bの形状は特に問わない。
【0089】
図22(B)に示すレンズ110Bの場合、レンズ本体と凸部200Bは、同じ材質である。これにより、
図22(A)に示すように、凸部200Aを蒸着等により追加するよりも、加工技術を用いて凸部200Bを用いて成形した方が、コスト低下や量産を可能にする。
【0090】
図22(C)は、焦点調節補助用のレンズ110Cの一例を示す図である。
図22(C)に示すレンズ110Cは、コントラストを低下させる機構として、レンズ本体の内部に、
図22(A)や(B)に示すパターン構造を有する膜厚層M102を設ける。これにより、膜厚層M102がレンズ本体に含まれるため、膜厚層M102の劣化を防ぎ、恒久的に焦点調節の補助効果を維持することができる。
【0091】
図22(D)は、焦点調節補助用のレンズ110Dの一例を示す図である。
図22(D)に示すレンズ110Dは、コントラストを低下させる機構として、レンズ本体の内部に、
図22(A)や(B)に示すパターン構造を有するシートM104を設ける。これにより、シートM104をレンズ本体の表面に付着させることで、従来のレンズに対し、焦点調節の補助効果を簡単に追加することができる。
【0092】
上述した
図22に示すレンズは、レンズ本体に入射される光に対し、第1位相と第2位相とを生じさせ、この第1位相及び第2位相の位相差によりコントラストを低下させる機構を含む。また、
図22に示すレンズは、凸部200と凹部202と、又はパターン部と非パターン部とにおいて、光透過率の差を設けてもよい。これにより、焦点を合わせやくしつつ、近見視力の向上を図ることができる。
【0093】
なお、
図22(A)及び(B)に示すレンズにおいて、パターン構造は、レンズの外側表面(−Y方向)、内側表面(Y方向)または両面に設けられてもよい。また、レンズ本体又はパターン構造は、透明であっても着色されていてもよい。また、レンズ表面に傷を防止するハードコート層や反射防止コート層が積層されても良い。
【0094】
[実施例2]
実施例2では、上述したレンズの機能を、コンタクトレンズに適用する場合について説明する。
図23は、第2実施例におけるコンタクトレンズの一例を示す図である。
図23に示すコンタクトレンズ300は、上述したコントラストを低下させる機構、及びパターン部と非パターン部との光透過率に差を設ける機構を有する。例えば、コンタクトレンズ300は、基準波長に位相差を設けるパターンを有し、このパターン部と非パターン部との透過率に差があるシートをコンタクトレンズ表面又は内部に設ける。これにより、上述した効果を奏することができる。
【0095】
[実施例3]
実施例3では、上述したレンズの機能を、スコープ光学系に適用する場合について説明する。
図24は、第3実施例におけるスコープ光学系の一例を示す図である。
図24に示すスコープ光学系400は、マイクロスコープなどのレンズであり、上述したコントラストを低下させる機構、及びパターン部と非パターン部との光透過率に差を設ける機構を有する。例えば、スコープ光学系400は、基準波長に位相差を設けるパターンを有し、このパターン部と非パターン部との透過率に差があるシートをコンタクトレンズ表面又は内部に設ける。これにより、上述した効果を奏することができる。
【0096】
[変形例]
図22に示すレンズ以外にも、本発明は、遮光率を変化させることで、コントラストを低下させるレンズを用いてもよい。
【0097】
また、本発明におけるレンズは、累進(老眼)レンズなどに適用してもよい。これにより、累進レンズを着用したユーザは、焦点移動をしたときに楽に焦点を合わせることができる。また、焦点が合いやすくなるので、揺れのある場所で楽に本を読むことが可能になる。
【0098】
また、本発明におけるレンズは、運動用のサングラスなどに適用してもよい。これにより、このサングラスを着用したユーザは、球技時にボールの動きが追いやすくなる。
【0099】
また、本発明におけるレンズは、メガネ用のレンズ以外にも、カメラ用のレンズなどに適用してもよい。また、ドットとは、丸状のものにかぎらず、多角形のものを含んでもよい。
【0100】
また、レンズ本体内部に、視認性が損なわれないように、微小なガラスビーズを所定位置に複数挿入し、光の屈折率を変化させることで位相差を生じさせ、コントラストを低下させるレンズを用いてもよい。
【0101】
また、光学特性が変化する材質を用いたレンズ本体に対し、部分的に光学特性を変化させて、所定位置の光の屈折率を変化させることで位相差を生じさせ、又は部分的に遮光率を変化させ、コントラストを低下させるレンズを用いてもよい。
【0102】
以上、本発明について実施例及び変形例を用いて説明したが、本発明の技術的範囲は上記実施例及び変形例に記載の範囲には限定されない。上記実施例及び変形例に、多様な変更又は改良を加えることが可能であることが当業者に明らかである。その様な変更又は改良を加えた形態も本発明の技術的範囲に含まれ得ることが、特許請求の範囲の記載から明らかである。