特許第6682691号(P6682691)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6682691表面処理された亜鉛系めっき鋼板およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6682691
(24)【登録日】2020年3月27日
(45)【発行日】2020年4月15日
(54)【発明の名称】表面処理された亜鉛系めっき鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 28/00 20060101AFI20200406BHJP
   C10M 107/44 20060101ALI20200406BHJP
   C09D 175/04 20060101ALI20200406BHJP
   C09D 5/00 20060101ALI20200406BHJP
   C10N 40/24 20060101ALN20200406BHJP
   C10N 50/02 20060101ALN20200406BHJP
【FI】
   C23C28/00 C
   C10M107/44
   C09D175/04
   C09D5/00 Z
   C10N40:24 Z
   C10N50:02
【請求項の数】4
【全頁数】27
(21)【出願番号】特願2019-179545(P2019-179545)
(22)【出願日】2019年9月30日
【審査請求日】2020年1月14日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】714003416
【氏名又は名称】日鉄日新製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002952
【氏名又は名称】特許業務法人鷲田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】清水 真
(72)【発明者】
【氏名】岩津 智永
(72)【発明者】
【氏名】松野 雅典
(72)【発明者】
【氏名】上野 晋
【審査官】 ▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】 特開平11−350159(JP,A)
【文献】 特開平06−173037(JP,A)
【文献】 特開2001−105528(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 22/00−22/86
C23C 28/00−28/04
C25D 5/26
C23C 2/06
C09D 5/00
C09D 175/04
C10M 107/44
C10N 40/24
C10N 50/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板と、前記鋼板の少なくとも一方の表面に配置された亜鉛系めっき層と、前記亜鉛系めっき層の表面に接して配置された、リン酸塩結晶を含むリン酸塩皮膜と、前記リン酸塩皮膜に接して配置された、ウレタン系樹脂を含有する潤滑皮膜と、を有する、表面処理された亜鉛系めっき鋼板であって、
前記亜鉛系めっき層の層厚(M)は、0.05μm以上1.5μm以下であり、
前記リン酸塩結晶の付着量(H)は、0.5g/m以上3.5g/m以下であり、
前記亜鉛系めっき層の層厚(M)に対する前記リン酸塩結晶の付着量(H)の比率(H/M)は、0.90以上であり、
前記潤滑皮膜の付着量は、前記リン酸塩結晶の体積に対して35体積%以上300体積%以下である、
表面処理された亜鉛系めっき鋼板。
【請求項2】
前記潤滑皮膜は、潤滑剤を含有する有機樹脂皮膜である、請求項1に記載の表面処理された亜鉛系めっき鋼板。
【請求項3】
層厚(M)が0.11μm以上1.6μm以下である亜鉛系めっき層を有する、亜鉛系めっき鋼板を用意する工程と、
前記亜鉛系めっき層の表面に接して、リン酸塩結晶の付着量(H)が0.5g/m以上3.5g/m以下であり、かつ、前記亜鉛系めっき層の層厚(M)に対する前記リン酸塩結晶の付着量(H)の比率(H/M)が0.90以上である、リン酸塩皮膜を形成する工程と、
前記リン酸塩皮膜の表面に接して、前記リン酸塩結晶の体積に対して35体積%以上300体積%以下である、ウレタン系樹脂を含有する潤滑皮膜を形成する工程と、
を含む、表面処理された亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記潤滑皮膜は、潤滑剤を含有する有機樹脂皮膜である、請求項に記載の表面処理された亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面処理された亜鉛系めっき鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プレスおよび鍛造などの加工を鋼板に対して施すとき、鋼板と金型との間の潤滑性を高めたり、焼け付きの発生などの鋼板の摩耗(かじり)を抑制したりするため、鋼板と金型との間に潤滑油を含浸させたり、鋼板の表面に予め潤滑処理を施したりすることがある。特に、加工の条件が厳しいときは、潤滑油の含浸とは異なり油膜切れが生じにくく、かつ、鋼板との間の密着性が高いことから、加工前の鋼板の表面にリン酸塩結晶および金属石鹸を含む潤滑処理層を形成する(ボンデ処理)ことがある。
【0003】
なお、亜鉛めっき層の表面にリン酸塩結晶を形成することでも、鋼板の耐かじり性を高め得ることが知られている。
【0004】
特許文献1には、上記亜鉛めっき層の付着量および表面粗さ、ならびにリン酸塩皮膜の付着量を調整することで、リン酸亜鉛皮膜の剥離量を低減するなどして、鋼板の加工性を高め得ると記載されている。具体的には、特許文献1には、亜鉛めっきの付着量を2.0〜29.6g/mとし、亜鉛めっき層の表面粗さ(Ra)を0.5〜1.6μmとし、リン酸塩皮膜の付着量(M)を0.5〜3.5g/mとし、さらにM/Raを1.2以上とすることで、鋼板の加工性を高め得ると記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、焼鈍後の鋼板に、めっき量が4g/m以下の電気亜鉛めっき層を形成し、さらにリン酸処理(たとえば、リン酸の付着量は2.1g/mや2.2g/mなど)またはクロメート処理をする、冷延鋼板の製造方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001−214281号公報
【特許文献2】特開2000−087257号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らの検討によると、ボンデ処理を鋼板に施すときは、鋼板の表面にリン酸塩結晶を十分に付着させるため、十分な時間をかけてリン酸塩処理をする必要がある。そのため、ボンデ処理鋼板の生産の高速度化は困難である。
【0008】
さらには、本発明者らの検討によると、ボンデ処理のように鋼板の表面に直接に析出させたリン酸塩結晶は、加工時の金型との接触および摩擦により破壊され、鋼板の表面から剥離しやすい。そのため、多段プレス加工などを鋼板に施すときは、1段目の加工でリン酸塩結晶の多くが剥離してしまい、2段目以降の加工時には鋼板が部分的に露出しており潤滑性が低下してしまうことがある。
【0009】
特許文献1には、亜鉛めっき層の付着量および表面粗さ、ならびにリン酸塩皮膜の付着量を調整してリン酸塩皮膜を形成すると、リン酸亜鉛皮膜の剥離量を低減できると記載されている。しかし、本発明者らの検討によると、特許文献1に記載の方法でも、リン酸亜鉛皮膜の剥離を十分に抑制できているとはいえなかった。
【0010】
また、特許文献2には、めっき量を4g/m以下に限定することにより、電気亜鉛めっき層の形成が律速となることによる冷延鋼板の連続焼鈍ライン全体の処理速度の低下を抑制できると記載されている。しかし、特許文献2に記載の方法で作製した亜鉛系めっき鋼板も、リン酸亜鉛皮膜の剥離を十分に抑制できているとはいえなかった。
【0011】
本発明は、上記問題に基づくものであり、ボンデ処理と比較して表面処理が短時間で可能であり、耐かじり性および潤滑性が高く、リン酸塩も剥離しにくく、加工性が良好である表面処理された亜鉛系めっき鋼板、および当該亜鉛系めっき鋼板の製造方法を提供することを、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、鋼板と、上記鋼板の少なくとも一方の表面に配置された亜鉛系めっき層と、前記亜鉛系めっき層の表面に接して配置された、リン酸塩結晶を含むリン酸塩皮膜と、前記リン酸塩皮膜に接して配置された、潤滑皮膜と、を有する、表面処理された亜鉛系めっき鋼板に関する。前記亜鉛系めっき層の層厚(M)は、0.05μm以上1.5μm以下であり、前記リン酸塩結晶の付着量(H)は、0.5g/m以上3.5g/m以下であり、前記亜鉛系めっき層の層厚(M)に対する前記リン酸塩結晶の付着量(H)の比率(H/M)は、0.90以上であり、前記潤滑皮膜の付着量は、前記リン酸塩結晶の体積に対して35体積%以上500体積%以下である。
【0013】
また、本発明は、層厚(M)が0.11μm以上1.6μm以下である亜鉛系めっき層を有する、亜鉛系めっき鋼板を用意する工程と、前記亜鉛系めっき層の表面に接して、リン酸塩結晶の付着量(H)が0.5g/m以上3.5g/m以下であり、かつ、前記亜鉛系めっき層の層厚(M)に対する前記リン酸塩結晶の付着量(H)の比率(H/M)が0.90以上である、リン酸塩皮膜を形成する工程と、前記リン酸塩皮膜の表面に接して、前記リン酸塩結晶の体積に対して35体積%以上500体積%以下である潤滑皮膜を形成する工程と、を含む、表面処理された亜鉛系めっき鋼板の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ボンデ処理と比較して表面処理が短時間で可能であり、耐かじり性および潤滑性が高く、リン酸塩も剥離しにくく、加工性が良好である表面処理された亜鉛系めっき鋼板、および当該亜鉛系めっき鋼板の製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1Aは、表面にリン酸塩結晶を直接に析出させた鋼板の、プレス加工前の表面近傍の様子を模式的に示す断面図であり、図1Bは、プレス加工中の上記鋼板の表面近傍の様子を模式的に示す断面図であり、図1Cは、プレス加工後の上記鋼板の表面近傍の様子を模式的に示す断面図である。
図2図2Aは、本発明の一実施形態に関する表面処理された亜鉛系めっき鋼板の、プレス加工前の表面近傍の様子を模式的に示す断面図であり、図2Bは、プレス加工中の上記鋼板の表面近傍の様子を模式的に示す断面図であり、図2Cは、プレス加工後の上記鋼板の表面近傍の様子を模式的に示す断面図である。
図3図3Aは、亜鉛系めっき層の厚みをより厚くして、当該亜鉛系めっき層の表面にリン酸塩結晶および潤滑皮膜を形成した亜鉛系めっき鋼板の、プレス加工前の表面近傍の様子を模式的に示す断面図であり、図3Bは、プレス加工中の上記鋼板の表面近傍の様子を模式的に示す断面図であり、図3Cは、プレス加工後の上記鋼板の表面近傍の様子を模式的に示す断面図である。
図4図4Aは、潤滑皮膜の付着量をより多くした亜鉛系めっき鋼板の、プレス加工前の上記鋼板の表面近傍の様子を模式的に示す断面図であり、図4Bは、プレス加工中の上記鋼板の表面近傍の様子を模式的に示す断面図であり、図4Cは、プレス加工後の金型の様子を模式的に示す断面図である。
図5図5は、本発明の一実施形態に係る上記亜鉛系めっき鋼板を製造する方法を示すワークフローである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1.表面処理された亜鉛系めっき鋼板
本実施形態に係る表面処理された亜鉛系めっき鋼板は、少なくとも、鋼板および上記鋼板の少なくとも一方の表面に配置された亜鉛系めっき層と、上記亜鉛系めっき層の表面に接して層状に配置された複数のリン酸塩結晶と、上記複数のリン酸塩結晶に接して配置された潤滑皮膜と、を有する。本実施形態に係る表面処理された亜鉛系めっき鋼板において、上記亜鉛系めっき層の層厚(M)は、0.05μm以上1.5μm以下であり、上記リン酸塩結晶の付着量(H)は、0.5g/m以上3.5g/m以下であり、上記亜鉛系めっき層の層厚(M)に対する上記リン酸塩結晶の付着量(H)の比率(H/M)は、0.90以上であり、上記潤滑皮膜の付着量は、上記リン酸塩結晶の体積に対して35体積%以上500体積%以下である。
【0017】
上記表面処理された亜鉛系めっき鋼板は、めっき層の表面に接してリン酸塩結晶を析出させるため、鋼板の表面にリン酸塩結晶を直接に析出させるボンデ処理などと比較して、より短時間で鋼板のリン酸塩結晶の配置(析出)が可能である。これは、亜鉛系めっき層の主成分である亜鉛は、鋼板を構成する鉄よりもリン酸塩処理液への反応性が高いためであると考えられる。
【0018】
また、上記亜鉛系めっき鋼板は、亜鉛系めっき層の層厚(M)、リン酸塩結晶の付着量(H)、および亜鉛系めっき層の層厚(M)に対するリン酸塩結晶の付着量(H)の比率(H/M)、を上記範囲としたことで、加工時にリン酸塩結晶の剥離が生じにくい。これは、加工時に、比較的軟質である亜鉛系めっき層が変形して応力を吸収し、一方では、リン酸塩結晶と金型との接触状態を維持するからであると考えられる。
【0019】
また、上記表面処理された亜鉛系めっき鋼板は、上記潤滑皮膜の付着量を上記範囲としたことで、加工時にリン酸塩結晶の剥離が生じにくく、かつ焼け付きも発生しにくい。これは、加工時に、潤滑皮膜がリン酸塩結晶に対するバインダーとして作用し、かつ、潤滑皮膜が亜鉛系めっき層と金型との接触を抑制するためだと考えられる。
【0020】
図1は、ボンデ処理のように表面にリン酸塩結晶を直接に析出させた鋼板の、プレス加工前後の表面近傍の様子を模式的に示す断面図である。図1Aは、プレス加工前の上記鋼板の表面近傍の様子を模式的に示す断面図であり、図1Bは、プレス加工中の上記鋼板の表面近傍の様子を模式的に示す断面図であり、図1Cは、プレス加工後の上記鋼板の表面近傍の様子を模式的に示す断面図である。
【0021】
図1Aに示すように、このとき、鋼板110aからリン酸塩結晶130aが直接に析出しており、鋼板110aの表面には金属石鹸を含む石鹸層140aがさらに形成されている。この鋼板に対してプレス加工を施すと、図1Bに示すように、鋼板110aの表面に直接析出しているリン酸塩結晶130aは、摺動する金型210aとの接触および鋼板の変形によりリン酸塩結晶にかかる応力により破壊されやすく、鋼板110aの表面から剥離しやすい。そのため、この加工後の鋼板をさらに加工(2段目以降の加工)するときには、リン酸塩結晶が剥離して露出した鋼板が金型に接触して摩擦されることによる焼け付きが発生する場合がある。
【0022】
図2は、本実施形態に係る亜鉛系めっき鋼板の、プレス加工前後の表面近傍の様子を模式的に示す断面図である。図2Aは、プレス加工前の上記鋼板の表面近傍の様子を模式的に示す断面図であり、図2Bは、プレス加工中の上記鋼板の表面近傍の様子を模式的に示す断面図であり、図2Cは、プレス加工後の上記鋼板の表面近傍の様子を模式的に示す断面図である。
【0023】
図2Aに示すように、本実施形態では、鋼板110bの表面には亜鉛系めっき層120bが形成されており、亜鉛系めっき層120bの表面からリン酸塩結晶130bが析出している。また、亜鉛系めっき層120bの表面には潤滑皮膜140bがさらに形成されている。この鋼板に対してプレス加工を施すと、図2Bに示すように、亜鉛系めっき層120bが変形してリン酸塩結晶130bへの応力を吸収するため、摺動する金型210bとの接触および摩擦によってもリン酸塩結晶130bは破壊および剥離しにくい。なお、このとき、亜鉛系めっき層120bの厚みはさほど大きくないため、リン酸塩結晶130bが亜鉛系めっき層120bに入り込んでも、リン酸塩結晶130bの頭部は亜鉛系めっき層120bの表面から突出したままである。そのため、図2Cに示すように、加工後の鋼板110bの表面にも亜鉛系めっき層120bおよびリン酸塩結晶130bが残存しやすい。この加工後の鋼板をさらに加工(2段目以降の加工)するときなども、鋼板110bの表面にはリン酸塩結晶130bが残存しているため、潤滑性および耐かじり性は維持されている。
【0024】
図3は、亜鉛系めっき層の厚みをより厚くして、当該亜鉛系めっき層の表面に、リン酸塩結晶および潤滑皮膜を形成したときの、プレス加工前後の表面近傍の様子を模式的に示す断面図である。図3Aは、プレス加工前の上記鋼板の表面近傍の様子を模式的に示す断面図であり、図3Bは、プレス加工中の上記鋼板の表面近傍の様子を模式的に示す断面図であり、図3Cは、プレス加工後の上記鋼板の表面近傍の様子を模式的に示す断面図である。
【0025】
図3Aに示すように、このとき、鋼板110cの表面には、層厚がより厚い亜鉛系めっき層120cが形成されており、亜鉛系めっき層120cの表面からリン酸塩結晶130cが析出している。また、亜鉛系めっき層120cの表面には潤滑皮膜140cがさらに形成されている。この鋼板に対してプレス加工を施すと、図3Bに示すように、摺動する金型210cとの接触および摩擦によって、比較的軟質である亜鉛系めっき層120cの中にリン酸塩結晶130cが入り込み、リン酸塩結晶130cは埋没してしまう。この状態でさらに金型210cが摺動すると、金型210cと亜鉛系めっき層120cとが接触して摩擦されてしまう。そのため、図2Cに示すように、加工後の亜鉛系めっき層120cの表面には、焼け付き150が生じやすい。
【0026】
なお、亜鉛系めっき層の層厚(M)に対してリン酸塩結晶の付着量(H)が十分に大きい(H/Mが十分に大きい)と、加工時の亜鉛系めっき層へのリン酸塩結晶の入り込みを他のリン酸塩結晶が阻害するため、リン酸塩結晶の埋没による焼け付きの発生は生じにくくなると考えられる。逆に、亜鉛系めっき層の層厚(M)に対してリン酸塩結晶の付着量(H)が小さい(H/Mが小さい)と、加工時の亜鉛系めっき層へリン酸塩結晶が入り込みやすいため、リン酸塩結晶の埋没による焼け付きの発生は生じやすくなると考えられる。
【0027】
このように、亜鉛系めっき層の層厚(M)およびリン酸塩結晶の付着量(H)を適切に調整することで、加工時のリン酸塩の結晶を抑制し、かつ、焼け付きの発生も抑制することができる。
【0028】
図4は、潤滑皮膜の付着量をより多くしたときの、プレス加工前後の表面近傍の様子を模式的に示す断面図である。図4Aは、プレス加工前の上記鋼板の表面近傍の様子を模式的に示す断面図であり、図4Bは、プレス加工中の上記鋼板の表面近傍の様子を模式的に示す断面図であり、図4Cは、プレス加工後の金型の様子を模式的に示す断面図である。
【0029】
図4Aに示すように、本実施形態では、鋼板110dの表面には亜鉛系めっき層120dが形成されており、亜鉛系めっき層120dの表面からリン酸塩結晶130dが析出している。また、亜鉛系めっき層120dの表面には多量の潤滑皮膜140dがさらに形成されている。この鋼板に対してプレス加工を施すと、図4Bに示すように、潤滑皮膜140dおよび下層のリン酸塩結晶130dが金型210dと接触して摺動する際に、潤滑皮膜140dの一部が破れてはがされることがある。加工によりはがされた潤滑皮膜140dが厚膜である場合、図4Cに示すように、加工後の金型210dの表面には、フィルム状の大きな皮膜剥片160が付着しやすい。このような加工を連続して行うと、金型210dの表面に皮膜剥片160が付着して堆積していく。そして、この堆積した皮膜剥片160は、さらなる加工時に、加工物に対して押し込みを発生させやすい。また、加工時に大きな皮膜剥片160が発生すると、当該皮膜剥片160を除去するために金型の洗浄頻度を高める必要があり、加工のコスト増加となる。
【0030】
これに対し、上記リン酸塩結晶の体積に対する潤滑皮膜の付着量を適切に調整することで、加工時での、潤滑皮膜の大きな剥片の発生を抑制し、押し込みの発生やコストの増大を抑制して、加工性をより高めることができる。
【0031】
なお、上記亜鉛系めっき層、リン酸塩結晶および潤滑皮膜は、鋼板の表面(表側面および裏側面)のうち片面のみに形成されていてもよいし、両面に形成されていてもよい。片面のみに形成されているとき、他の表面にはこれらの層のいずれも形成されていなくてもよいし、これらの層の一部のみ(たとえば亜鉛系めっき層のみ)が形成されていてもよい。
【0032】
1−1.鋼板
鋼板は、亜鉛系めっき層を形成できる鋼板であればよく、低炭素鋼、中炭素鋼、高炭素鋼、およびクロムモリブデン鋼などの合金鋼などから、上記表面処理された亜鉛系めっき鋼板の用途などに応じて選択することができる。たとえば、良好なプレス成形性が必要とされる場合は、低炭素Ti添加鋼および低炭素Nb添加鋼などの深絞り用鋼板を用いることが好ましい。上記鋼板は、P、Si、Mnなどが添加された高強度鋼板であってもよい。
【0033】
1−2.亜鉛系めっき層
亜鉛系めっき層は、亜鉛を主成分とするめっき層である。亜鉛系めっき層を構成するめっきは、Znめっき(純亜鉛めっき)、Zn−Al系合金めっき、Zn−Mg合金めっき、Zn−Ni合金めっき、およびZn−Al−Mg系合金めっきなどから、上記表面処理された亜鉛系めっき鋼板の用途などに応じて選択することができる。
【0034】
これらのうち、亜鉛系めっきをより軟質にして、加工時の鋼板の変形にめっき層を追従させやすくする観点からは、亜鉛系めっき層は、亜鉛と不可避不純物とからなる純亜鉛めっきにより構成される層であることが好ましい。純亜鉛めっき層の表面にリン酸塩結晶を析出させると、加工時に鋼板が変形しても、めっき層およびリン酸塩結晶が上記変形に追従しやすく、リン酸塩結晶の破壊および剥離が生じにくい。
【0035】
また、亜鉛系めっき層は、電気めっき法、溶融めっき法および蒸着めっき法などの公知のいずれの方法で形成されためっき層であってもよい。これらのうち、亜鉛系めっき層を鋼板表面により均一に形成する観点からは、亜鉛系めっき層は、pHが低い(pH2程度)めっき液中で鋼板の表面をエッチングして、鋼板表面のより広い範囲を活性化された状態でめっきを施す、電気めっき法により形成されためっき層であることが好ましい。特に、鋼板がSiおよびMnなどの酸化しやすい元素を含むときは、鋼板の表面にムラのある酸化層が形成されやすい。このようなときも、電気めっき法によれば、上記酸化層をエッチングしたり、通電による水素発泡によって上記酸化層(および他の異物)を除去したりしながらめっきを行えるので、より均一な亜鉛系めっき層を形成することができる。また、電気めっき法によれば、後述するようなより薄い亜鉛系めっき層の形成が容易である。電気めっき法によって形成された亜鉛系めっき層は、鋼板の間に亜鉛と鉄との合金層を介さず、鋼板表面に直接配置される。
【0036】
亜鉛系めっき層の主成分であるZnは、リン酸塩処理時のpH(pH3〜4程度)で、鋼板の主成分であるFeよりもエッチングされやすい。そのため、亜鉛系めっき層は、エッチングによるpH上昇を利用してリン酸塩結晶を析出させるリン酸塩処理時に、亜鉛系めっき層の表面にリン酸塩結晶をより析出させやすくして、リン酸塩処理に必要な時間を大幅に短縮させることができる。
【0037】
また、鋼板の表面に上述したムラのある酸化層が形成されているとき、鋼板の表面に直接にリン酸塩結晶を析出させようとすると、鋼板の表面と酸化層の表面とではリン酸塩結晶の析出しやすさが違うため、リン酸塩結晶の分布にムラが生じやすい。そのため、リン酸塩結晶を均一に析出させようとすると、より長い時間のリン酸塩処理が必要となる。また、ボンデ処理時間を短縮化しようとすると、リン酸塩結晶の分布にもムラが生じてしまい、リン酸塩結晶が十分に析出しなかった部分では、加工時の鋼板と金型との間の潤滑性が不足して、加工不良が発生しやすい。これに対し、亜鉛系めっき層の表面にリン酸塩結晶を析出させるときは、上記の鋼板表面の酸化層の分布のムラの影響が生じにくいため、短時間のリン酸塩処理でもリン酸塩結晶をより均一に分布させることができる。たとえば、ボンデ処理などのように鋼板の表面にリン酸塩結晶を直接に析出させるときは、10分程度の処理時間が必要であり、それでもリン酸塩処理の処理ムラが発生する場合があった。一方、亜鉛系めっき層の表面にリン酸塩結晶を析出させるときは、10秒以下の処理時間でもリン酸塩結晶を均一に析出させることが可能である。
【0038】
亜鉛系めっき層の層厚(M)は、0.05μm以上1.5μm以下である。上記層厚(M)が0.05μm以上であると、鋼板の加工時に亜鉛系めっき層が変形して応力を吸収しやすいため、加工時のリン酸塩結晶の破壊および剥離が生じにくい。上記層厚(M)が1.5μm以下であると、鋼板の加工時にリン酸塩結晶が亜鉛系めっき層に埋没しにくいため、加工時に金型と亜鉛系めっき層とが接触して摩擦されることによる、亜鉛系めっき層の表面への焼け付きが生じにくい。上記観点からは、上記層厚(M)はリン酸塩結晶が埋没せず、かつ変形時の応力を吸収できる厚さであることが好ましく、たとえば、0.07μm以上1.12μm以下であることが好ましく、0.14μm以上0.84μm以下であることがより好ましく、0.21μm以上0.7μm以下であることがさらに好ましく、0.28μm以上0.7μm以下であることが特に好ましい。
【0039】
上記亜鉛系めっき層の層厚(M)は、亜鉛系めっき層の厚さ方向への断面を撮像した走査型電子顕微鏡(SEM)画像を観察して測定された値とすることができる。
【0040】
また、同様の観点から、亜鉛系めっき層の付着量は、0.30g/m以上10.75g/m未満であることが好ましく、0.50g/m以上8.00g/m未満であることがより好ましく、1.00g/m以上6.00g/m未満であることがさらに好ましく、1.50g/m以上5.00g/m未満であることがさらに好ましく、2.00g/m以上5.00g/m未満であることが特に好ましい。
【0041】
上記亜鉛系めっき層の付着量は、めっき鋼板の裏面をシールで覆って所定の大きさ(たとえば、45mmφ)に打ち抜いて作製した試験片を、10%の塩酸に5分浸漬させたときの、浸漬前後の重量差より算出された値とすることができる。なお、リン酸塩皮膜が形成された亜鉛系めっき鋼板について、上記亜鉛系めっき層の付着量を測定するときは、事前に、二クロム酸アンモニウム水溶液(二クロム酸アンモニウム:20g/L、濃アンモニウム:480g/L)に鋼板を15分浸漬させ、リン酸塩結晶を除去したうえで、上記方法で亜鉛系めっき層の付着量を算出すればよい。
【0042】
なお、亜鉛系めっき層の層厚(M)と付着量との関係は、めっきの種類(原子比)などに応じて異なるが、たとえば純亜鉛めっきについては、層厚(M)が1μm厚く(または薄く)なるごとに、付着量が約7.16g/m大きく(または小さく)なる。
【0043】
1−3.リン酸塩皮膜
リン酸塩皮膜は、上記亜鉛系めっき層の表面に形成された、リン酸塩結晶を含む皮膜である。
【0044】
リン酸塩皮膜は、リン酸アニオンを有する化合物であって、難水溶性の結晶を形成できる化合物からなる複数のリン酸塩結晶が、上記亜鉛系めっき層の表面に配置されてなる皮膜である。リン酸塩結晶の例には、リン酸マグネシウム、リン酸マンガン、リン酸亜鉛、リン酸鉄、リン酸亜鉛鉄、リン酸亜鉛カルシウムなどが含まれる。リン酸塩皮膜は、その他の成分としてNi、Mn、Mg、Ca、CoおよびFeなどの金属元素または脂肪族アミンなどを含んでいてもよい。
【0045】
上記リン酸塩結晶の付着量(H)は、0.5g/m以上3.5g/m以下である。上記付着量(H)が0.5g/m以上であると、亜鉛系めっき層の表面をリン酸塩結晶が十分に被覆するため、加工時に金型と亜鉛系めっき層とが接触して摩擦されることによる、亜鉛系めっき層の表面への焼け付きが生じにくい。また、上記付着量(H)が3.5g/m以下であると、加工時にリン酸塩結晶を凝集破壊されにくくすることができる。上記観点からは、上記付着量(H)は、0.5g/m以上2.8g/m以下であることが好ましい。
【0046】
上記リン酸塩結晶の付着量(H)は、二クロム酸アンモニウム水溶液(二クロム酸アンモニウム:20g/L、濃アンモニウム:480g/L)でリン酸塩結晶を溶解させたときの、表面処理された亜鉛系めっき鋼板の質量の溶解前後での変化量から算出された値とすることができる。
【0047】
なお、上記亜鉛系めっき層の表面積に対するリン酸塩結晶の被覆率は、75%以上であることが好ましい。上記被覆率が75%以上であると、亜鉛系めっき層の表面をリン酸塩結晶が十分に被覆するため、加工時に金型と亜鉛系めっき層とが接触して摩擦されることによる、亜鉛系めっき層の表面への焼け付きが生じにくい。上記観点から、上記被覆率は80%以上であることが好ましく、85%以上であることが好ましい。なお、上記被覆率の上限は100%とすることができるが、リン酸塩処理の短時間化の観点からは、98%以下であることが好ましい。
【0048】
上記被覆率は、表面処理された亜鉛系めっき鋼板の表面を撮像したSEM画像を公知の画像解析ソフトで解析して得られた値とすることができる。
【0049】
また、上記亜鉛系めっき層の層厚(M)に対する上記リン酸塩結晶の付着量(H)の比率(H/M)は、0.90以上である。上記比率(H/M)が0.90以上であると、亜鉛系めっき層に対して十分な量のリン酸塩結晶が形成されているため、加工時に、亜鉛系めっき層の内部にリン酸塩結晶が入り込みにくく、加工時に金型と亜鉛系めっき層とが接触して摩擦されることによる、亜鉛系めっき層の表面への焼け付きが生じにくい。なお、上記比率(H/M)は、3.00以上20.00以下であることが好ましく、3.50以上15.00以下であることがより好ましく、4.00以上12.00以下であることがさらに好ましい。
【0050】
リン酸塩結晶の大きさは、上記付着量(H)および比率(H/M)を充足できる限りにおいて限定されないが、長辺の平均値が5.0μm以上30μm以下であることが好ましい。上記長辺の平均値が5.0μm以上であると、亜鉛系めっき層の表面をリン酸塩結晶が十分に被覆するため、加工時に金型と亜鉛系めっき層とが接触して摩擦されることによる、亜鉛系めっき層の表面への焼け付きが生じにくい。また、上記長辺の長さの平均値が30μm以下であると、加工時に鋼板が変形しても、リン酸塩結晶が上記変形に追従しやすく、リン酸塩結晶の破壊および剥離が生じにくい。上記観点からは、上記長辺の平均値は、5μm以上25μm以下であることがより好ましく、5μm以上20μm以下であることがさらに好ましい。
【0051】
また、同様に、リン酸塩結晶の大きさは、短辺の平均値が0.5μm以上2.5μm以下であることが好ましい。上記短辺の平均値が0.5μm以上であると、亜鉛系めっき層の表面をリン酸塩結晶が十分に被覆するため、加工時に金型と亜鉛系めっき層とが接触して摩擦されることによる、亜鉛系めっき層の表面への焼け付きが生じにくい。また、上記長辺の長さの平均値が2.5μm以下であると、加工時に鋼板が変形しても、リン酸塩結晶が上記変形に追従しやすく、リン酸塩結晶の破壊および剥離が生じにくい。上記観点からは、上記短辺の平均値は、0.5μm以上2.0μm以下であることがより好ましく、0.5μm以上1.5μm以下であることがさらに好ましい。
【0052】
なお、本実施形態では、リン酸塩結晶の付着量(H)および上記亜鉛系めっき層の層厚(M)に対する上記リン酸塩結晶の付着量(H)の比率(H/M)を調整するため、リン酸塩処理の前に、亜鉛系めっき層の表面に表面調整剤を付着させることが好ましい。
【0053】
表面調整剤は、リン酸塩結晶が成長するための核となる多数の微粒子を、上記亜鉛系めっき層の表面に付与することができる。その後、リン酸塩処理をすると、上記多数の微粒子を核としてリン酸塩結晶が成長するため、比較的サイズが小さく、加工時に鋼板が変形しても上記変形に追従しやすいリン酸塩結晶を、多数形成させることができる。また、リン酸塩処理時間を短縮することができる。
【0054】
上記表面調整剤の例には、チタンコロイドおよびリン酸塩微粒子などが含まれる。
【0055】
1−4.潤滑皮膜
上記潤滑皮膜は、潤滑剤を含有する有機樹脂皮膜、または潤滑剤を含有する無機皮膜である。
【0056】
上記潤滑皮膜は、それ自体の潤滑性により、表面処理された亜鉛系めっき鋼板の潤滑性をより高めるほか、バインダーとして作用することにより、リン酸塩結晶の剥離をより抑制することができる。また、潤滑皮膜は、加工時には亜鉛系めっき層と金型の間に配置されるため、亜鉛系めっき層と金型との接触を抑制することによって焼け付きを抑制することもできる。
【0057】
また、上記潤滑皮膜は、ボンデ処理により形成される石鹸層とは異なり、加工時に、製造装置および加工装置(スリッターおよびシャーリングなど)に付着しにくい。そのため、上記潤滑皮膜は、ボンデ処理により形成される石鹸層とは異なり、上記付着した石鹸層の材料が同一の装置を用いてその後に加工される加工品に付着することによる上記加工品の汚染を抑制し、かつ、上記付着を抑制するための高頻度での装置の洗浄を不要とする。
【0058】
本実施形態では、上記潤滑皮膜の付着量は、リン酸塩結晶の体積に対して35体積%以上500体積%以下である。上記付着量がリン酸塩結晶の体積に対して35体積%以上であると、上記リン酸塩結晶の剥離の抑制、および亜鉛系めっき層と金型との接触の抑制による焼け付きの抑制効果が、十分に奏される。上記付着量がリン酸塩結晶の体積に対して500体積%以下であると、リン酸塩結晶に対する潤滑皮膜の付着量が多すぎないため、加工時に潤滑皮膜のみが金型に接触して摩擦され剥離することによる、フィルム状の大きな皮膜剥片の発生を抑制することができる。上記観点から、上記潤滑皮膜の付着量は、リン酸塩結晶の体積に対して35体積%以上300体積%以下であることが好ましく、50体積%以上300体積%以下であることがより好ましく、80体積%以上250体積%以下であることがさらに好ましい。
【0059】
なお、加工時に大きな皮膜剥片が発生すると、連続加工時に、当該皮膜剥片が金型に付着して堆積し、加工物への押し込みを発生させることがある。また、加工時に大きな皮膜剥片が発生すると、当該皮膜剥片を除去するために金型の洗浄頻度を高める必要があり、加工のコスト増加にも繋がりかねない。これに対し、本実施形態では、上記潤滑皮膜の付着量を上記範囲とすることにより、リン酸塩結晶の剥離および焼け付きを抑制しつつ、加工物への押し込みや洗浄頻度の増大を抑制することができる。
【0060】
また、上記潤滑剤の付着量は、0.1g/m以上3.0g/m以下であることが好ましい。上記付着量が0.1g/m以上であると、上記表面処理された亜鉛系めっき鋼板の潤滑性をより高めることができる。また、上記付着量は3.0g/mを超えると飽和することがあるため、上記付着量が3.0g/m以下であると、上記表面処理された亜鉛系めっき鋼板の製造コストを抑制しつつ、加工時に発生する皮膜カスの量をより少なくすることができる。
【0061】
上記潤滑剤は、めっき鋼板の表面に付与されて潤滑性を付与する公知の潤滑剤であればよい。上記潤滑剤の例には、フッ素系ワックス、ポリエチレン系ワックスおよびスチレン系ワックスなどを含む高分子系合成ワックスなどの有機系潤滑剤、ならびに、シリカ、二硫化モリブデン、タルクおよび黒鉛などを含む無機系潤滑剤などが含まれる。
【0062】
これらのうち、加工性をより高める観点からは、上記有機樹脂は延性が良好であることが好ましく、有機系潤滑剤(潤滑剤を含有する有機樹脂皮膜)であることが好ましい。
【0063】
上記潤滑剤は、ベース成分となる有機樹脂または無機成分をバインダーとして、上記表面処理された亜鉛系めっき鋼板の、上記亜鉛系めっき層よりも外側(鋼板とは反対側)に配置される。
【0064】
有機樹脂である上記ベース成分の例には、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、アクリル系樹脂、ポリエチレン、ポリプロピレンおよびエチレン−アクリル酸共重合体などを含むオレフィン系樹脂、ポリスチレンなどを含むスチレン系樹脂、ポリエステル系樹脂、ならびにこれらの共重合物が含まれる。これらの有機樹脂は、変性物であってもよい。
【0065】
これらのうち、加工性をより高める観点からは、上記有機樹脂は強度と延性とのバランスが良好であることが好ましく、ウレタン系樹脂であることが好ましい。
【0066】
上記ウレタン系樹脂は、通常、イソシアネート化合物に由来する構成単位およびポリオール化合物に由来する構成単位を有する。
【0067】
上記イソシアネート化合物に由来する構成単位の例には、脂肪族ジイソシアネートに由来する構成単位および脂環族ジイソシアネートに由来する構成単位が含まれる。上記脂肪族ジイソシアネートの例には、フェニレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネートおよびナフタレンジイソシアネートが含まれる。上記脂環族ジイソシアネートの例には、シクロヘキサンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、ノルボルナンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネートおよびテトラメチルキシリレンジイソシアネートが含まれる。
【0068】
上記ポリオール化合物に由来する構成単位の例には、ポリオレフィンポリオールに由来する構成単位が含まれる。上記ポリオレフィンポリオールの例には、ポリエステルポリオール、ポリエーテルポリオール、ポリカーボネートポリオール、ポリアセタールポリオール、ポリアクリレートポリオールおよびポリブタジエンポリオールが含まれる。
【0069】
上記ウレタン系樹脂は、JIS K 7161に準じて測定される引張破壊伸び率が10%以下であることが好ましい。上記引張破壊伸び率は、イソシアネート化合物に由来する構成単位の種類、ポリオール化合物に由来する構成単位の種類、共重合させるカルボキシル基を有するモノマーに由来する構成単位の種類、鎖伸長剤の種類およびそれぞれの割合によって調整することができる。
【0070】
上記ウレタン系樹脂は、膜厚100μmとしたときの引張破壊伸びが10%以下であることが好ましい。このようなウレタン系樹脂は、加工時により小さい剥片状に剥離しやすく、フィルム状に剥離した潤滑皮膜が加工品や金型に付着することによる、加工品への押し疵の発生を抑制することができる。同様の観点から、上記ウレタン系樹脂を含む潤滑皮膜は、JIS Z 2248(2014年)に準じて密着曲げ試験を行った後に、曲げ加工部のうち任意に選択された5か所を走査型電子顕微鏡(SEM)で撮像した画像から算出される、クラック発生面積率の平均値が、15%以上であることが好ましい。なお、クラック発生面積率とは、SEMで撮像した画像の面積のうち、有機樹脂皮膜にクラックが発生することにより下地の亜鉛系めっき層または鋼板が露出している部分の面積の割合を意味する。上記ウレタン系樹脂の引張破壊伸びおよびクラック発生率は、潤滑皮膜を形成する際の成膜助剤の添加量などにより調整することができる。
【0071】
上記有機樹脂皮膜は、バルブメタルの酸化物、バルブメタルの水酸化物、またはバルブメタルのフッ化物からなる群から選ばれる1種類または2種類以上の化合物(以下、単に「バルブメタル化合物」ともいう)などを含んでもよい。バルブメタル化合物は、環境負荷を小さくしつつ、優れたバリア作用を有機樹脂皮膜に付与することができる。バルブメタルとは、その酸化物が高い絶縁抵抗を示す金属をいう。バルブメタルとしては、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、MoおよびWからなる群から選ばれる1種類または2種類以上の金属が挙げられる。バルブメタル化合物としては公知のものを用いてよい。
【0072】
また、バルブメタルの可溶性フッ化物を有機樹脂皮膜に含ませることで、有機樹脂皮膜に自己修復作用を付与することができる。バルブメタルのフッ化物は、雰囲気中の水分に溶け出した後、皮膜欠陥部から露出しているめっき鋼板の表面に難溶性の酸化物または水酸化物となって再析出し、皮膜欠陥部を埋めることができる。
【0073】
また、有機樹脂皮膜は、上記バルブメタルの可溶性フッ化物に加えて、可溶性または難溶性の金属リン酸塩または複合リン酸塩をさらに含んでいてもよい。可溶性のリン酸塩は、有機樹脂皮膜から皮膜欠陥部に溶出し、めっき鋼板の金属と反応して不溶性リン酸塩となることで、バルブメタルの可溶性フッ化物による自己修復作用を補完することができる。また、難溶性のリン酸塩は、有機樹脂皮膜中に分散して皮膜強度を向上させることができる。
【0074】
無機成分である上記ベース成分の例には、ケイ酸ナトリウム、メタケイ酸ナトリウム、および、炭酸ジルコニウムなどの金属塩が含まれる。
【0075】
上記ベース成分と上記潤滑剤との間の比率は、ベース成分と潤滑剤との合計量に対する潤滑剤の含有量が、4質量%以上30質量%以下となる比率であることが好ましい。上記潤滑剤の含有量が4質量%以上であると、上記表面処理された亜鉛系めっき鋼板の潤滑性をより高めることができる。また、上記潤滑剤の含有量が30質量%以下であると、上記表面処理された亜鉛系めっき鋼板の製造コストを抑制することができる。
【0076】
上記潤滑皮膜は、上記リン酸塩結晶の表面に接して、上記亜鉛系めっき層よりも外側に配置される。上記潤滑皮膜は、リン酸塩皮膜の外側に配置されてもよいし、リン酸塩結晶の隙間に入り込んで、亜鉛系めっき層と接して配置されていてもよい(図2A参照)。
【0077】
上記潤滑皮膜の膜厚は、0.2μm以上5.0μm以下であることが好ましく、0.2μm以上2.5μm以下であることがより好ましく、0.2μm以上2.0μm以下であることがさらに好ましい。
【0078】
2.表面処理された亜鉛系めっき鋼板の製造方法
上述した表面処理された亜鉛系めっき鋼板は、層厚(M)が0.11μm以上1.6μm以下である亜鉛系めっき層を有する、亜鉛系めっき鋼板を用意する工程(工程S110)と、上記亜鉛系めっき層の表面に接して、リン酸塩結晶の付着量(H)が0.5g/m以上3.5g/m以下であり、かつ、上記亜鉛系めっき層の層厚(M)に対する上記リン酸塩結晶の付着量(H)の比率(H/M)が0.90以上である、リン酸塩皮膜を形成する工程(工程S120)と、リン酸塩皮膜に接して潤滑皮膜を形成する工程(工程S130)と、を含む方法によって製造することができる。
【0079】
2−1.亜鉛系めっき鋼板の用意(工程S110)
図5は、上記亜鉛系めっき鋼板を製造する方法を示すワークフローである。上記亜鉛系めっき鋼板は、前述した亜鉛系めっき層を有する亜鉛系めっき鋼板であればよい。
【0080】
上記亜鉛系めっき層を構成するめっきは、Znめっき(純亜鉛めっき)、Zn−Al系合金めっき、Zn−Mg合金めっき、Zn−Ni合金めっき、およびZn−Al−Mg系合金めっきなどのいずれでもよいが、純亜鉛めっきであることが好ましい。
【0081】
また、上記亜鉛系めっき層は、電気めっき法、溶融めっき法および蒸着めっき法などの公知のいずれの方法で形成されためっき層であってもよい。これらのうち、層厚(M)がより薄い亜鉛系めっき層を鋼板表面により均一に形成する観点からは、電気めっき法により形成されためっき層であることが好ましい。
【0082】
上記亜鉛系めっき層の層厚(M)は、0.11μm以上1.6μm以下である。上記層厚(M)は、0.11μm以上0.8μm以下であることが好ましく、0.11μm以上0.4μm以下であることがより好ましく、0.11μm以上0.3μm以下であることがさらに好ましい。
【0083】
また、上記亜鉛系めっき層の付着量は、0.75g/m以上11.5g/m未満であることがより好ましく、0.75g/m以上5.73g/m未満であることがさらに好ましく、0.75g/m以上2.86g/m未満であることがさらに好ましく、0.75g/m以上2.15g/m未満であることが特に好ましい。
【0084】
なお、上記亜鉛系めっき層の層厚(M)および付着量は、リン酸塩皮膜を形成した後の層厚(M)および付着量である。リン酸塩皮膜の形成時は亜鉛系めっき層が部分的に溶解されるため、上記溶解する量を見越して、用意する亜鉛系めっき鋼板が有する亜鉛系めっき層の層厚を少し厚め(付着量を少し多め)にしておくことが好ましい。
【0085】
上記亜鉛系めっき鋼板は、予め製造されたものを用意してもよいし、本工程において鋼板の表面に亜鉛系めっき処理を施して作製してもよい。亜鉛系めっき処理は、電気めっき法、溶融めっき法および蒸着めっき法などの公知の方法で行うことができるが、層厚(M)がより薄い亜鉛系めっき層を鋼板表面により均一に形成する観点からは、電気めっき法により行うことが好ましい。
【0086】
2−2.リン酸塩皮膜の形成(工程S120)
リン酸塩皮膜は、リン酸塩処理液を亜鉛系めっき層の表面に接触させてリン酸塩結晶を析出させた後、水洗・乾燥させて、形成することができる。接触させる方法の例には、浸漬処理およびスプレー処理などが含まれる。
【0087】
このとき、リン酸塩結晶の付着量(H)が0.5g/m以上3.5g/m以下となり、かつ、上記亜鉛系めっき層の層厚(M)に対する上記リン酸塩結晶の付着量(H)の比率(H/M)が0.90以上となるように調整しながら、リン酸塩皮膜を形成する。
【0088】
たとえば、表面調整剤の付与量、核剤として作用する表面調整剤の粒子径、およびリン酸塩処理方法(浸漬およびスプレーなどの時間など)によって、リン酸塩結晶の付着量(H)を調整することができる。
【0089】
また、加工時の亜鉛系めっき層の表面への焼け付きをより抑制する観点からは、リン酸塩処理は、上記亜鉛系めっき層の表面積に対して75%以上をリン酸塩結晶が被覆するまで行うことが好ましく、80%以上をリン酸塩結晶が被覆するまで行うことがより好ましく、85%以上をリン酸塩結晶が被覆するまで行うことがさらに好ましい。なお、上記被覆率の上限は100%とすることができるが、リン酸塩処理の短時間化の観点からは、98%以下であることが好ましい。
【0090】
リン酸塩処理液は、前述のリン酸塩を水溶媒に溶解させるか、リン酸および後述する金属イオンを生成可能な金属塩を水溶媒に溶解させることで調製されうる。十分な数のリン酸塩の結晶を析出させ、かつ、リン酸塩が凝集することによるスラッジの発生を抑制する観点からは、リン酸塩処理液中のリン酸イオンの濃度は、0.03モル/L以上0.5モル/L以下であることが好ましい。
【0091】
リン酸塩処理液は、−NHまたは=NHの少なくとも一方の官能基を有するポリアミン系有機インヒビターを含んでいてもよい。ポリアミン系有機インヒビターは、−NHまたは=NHの作用によりめっき層表面に吸着するとともに、外界側(処理液側)に配向した炭化水素基などの非極性基が分子間力により単分子膜を形成し、リン酸塩処理液に含まれるエッチング成分とめっき層表面との接触を阻害する。その結果、適度な間隔を空けてリン酸塩の結晶粒子を析出させることができるとともに、リン酸塩の結晶粒子を微細化することもできる。
【0092】
ポリアミン系有機インヒビターの例には、ポリエチルアミン、ポリエチレンイミン、ポリエーテルアミンおよびポリアミノアクリレートなどを含む脂肪族ポリアミン、ならびにポリアニリンなどを含む芳香族ポリアミンなどが含まれる。リン酸塩処理液中の安定性を高める観点からは、ポリアミン系有機インヒビターは、脂肪族ポリアミンであることが好ましい。
【0093】
析出するリン酸塩結晶の量を適度に調整する観点からは、ポリアミン系有機インヒビターの数平均分子量は、200以上30000以下であることが好ましい。また、析出するリン酸塩結晶の量を適度に調整する観点からは、リン酸塩処理液中のポリアミン系有機インヒビターの濃度は、0.01質量%以上5質量%以下であることが好ましい。
【0094】
リン酸塩処理液は、さらに、硝酸イオンを含んでいてもよい。硝酸イオンは、リン酸塩の析出を促進させる。
【0095】
析出するリン酸塩結晶の量を適度に調整する観点からは、リン酸塩処理液中の硝酸イオンの濃度は、0.01モル/L以上1.0モル/L以下であることが好ましい。
【0096】
リン酸塩処理液は、さらに、フッ化物を含んでいてもよい。特にAlを含むめっき層の表面にリン酸塩皮膜を形成するとき、めっき層から溶出したAlがリン酸塩の析出を妨げることがあるが、リン酸塩処理液にフッ化物を添加することでこの溶出Alの悪影響を抑制することができる。上記フッ化物の例には、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、フッ化水素ナトリウムなどが含まれる。析出するリン酸塩結晶の量を適度に調整する観点からは、リン酸塩処理液中のフッ化物の濃度は、0.001モル/L以上0.5モル/L以下であることが好ましい。
【0097】
リン酸塩処理液の塗布方法は、特に限定されず、めっき層の表面にリン酸塩処理液を接触させる公知の方法から適宜選択すればよい。上記塗布方法の例には、スプレー法、浸漬引き上げ法などが含まれる。
【0098】
リン酸塩処理液を塗布する際のリン酸塩処理液の温度は、40℃以上80℃以下であることが好ましい。40℃以上80℃以下に加温したリン酸塩処理液を使用すると、短時間で微細なリン酸塩結晶を安定して多数析出させることができる。
【0099】
たとえば、40℃以上80℃以下に加温したリン酸塩処理液をスプレー法で塗布した場合は、2〜6秒程度でリン酸塩結晶が析出してリン酸塩皮膜が形成される。また、40℃以上80℃以下に加温したリン酸塩処理液を浸漬引き上げ法で塗布した場合は、3〜9秒程度でリン酸塩結晶が析出してリン酸塩皮膜が形成される。処理時間を上記時間より長くしても、リン酸塩の析出が飽和するため、特に問題は無い。
【0100】
リン酸塩の析出を促進するため、リン酸塩処理液を塗布する前に、亜鉛系めっき層を公知の表面調整剤で表面調整してもよい。
【0101】
上記表面調整剤の例には、チタンコロイドおよびリン酸塩微粒子などが含まれる。
【0102】
上記表面調整剤の付与量は、5mg/m以上80mg/m以下であることが好ましく、10mg/m以上60mg/m以下であることがより好ましく、20mg/m以上50mg/m以下であることがさらに好ましい。
【0103】
2−3.潤滑皮膜の形成(工程S130)
潤滑皮膜は、上述した潤滑剤およびベース成分を含む潤滑処理液をリン酸塩皮膜の表面に塗布して乾燥させて、形成することができる。
【0104】
上記潤滑剤の付着量は、前記リン酸塩結晶の体積に対して35体積%以上500体積%以下となる量である。また、製造される表面処理された亜鉛系めっき鋼板の潤滑性をより高める観点から、0.1g/m以上3.0g/m以下であることが好ましい。上記潤滑剤の付着量は、塗布する潤滑処理液の種類(固形成分量)や塗布方法などにより、上記範囲に調整することができる。
【0105】
また、上記ベース成分と上記潤滑剤との間の比率は、製造される表面処理された亜鉛系めっき鋼板の潤滑性をより高める観点から、ベース成分と潤滑剤との合計量に対する潤滑剤の含有量が、4質量%以上30質量%以下となる比率であることが好ましい。
【0106】
潤滑処理液の塗布方法は、特に限定されず、めっき層の表面にリン酸塩処理液を塗布する公知の方法から適宜選択すればよい。上記塗布方法の例には、スプレー法、バーコーターによる塗布、浸漬引き上げ法などが含まれる。
【0107】
塗布された潤滑処理液の乾燥方法は、特に限定されず、自然乾燥でもよいし、たとえば炉温を100℃以上200℃以下としての乾燥炉での乾燥などでもよい。
【実施例】
【0108】
[実施例1]
亜鉛系めっき層の層厚およびリン酸塩結晶の付着量による、表面処理された亜鉛系めっき鋼板の潤滑性および耐かじり性への影響を検討するため、以下の実験を行った。
【0109】
基材鋼板として、板厚1.1mmのクロムモリブデン鋼(SCM415)を用いた。その合金組成を表1に示す。
【0110】
【表1】
【0111】
1.表面処理された亜鉛系めっき鋼板の作製
上記基材鋼板に、以下の方法によるめっき処理、リン酸塩処理および潤滑皮膜の形成をこの順で行い、表面処理された亜鉛系めっき鋼板である表面処理めっき鋼板1〜表面処理めっき鋼板38を作製した。このとき、亜鉛系めっき層の層厚、リン酸塩結晶の付着量、ならびにリン酸塩処理および潤滑皮膜の形成の各処理の有無を、作製される表面処理めっき鋼板ごとに変更した。
【0112】
また、上記基材鋼板に、以下の方法によるめっき処理のみを行い、リン酸塩処理および潤滑皮膜の形成を行わずに、めっき鋼板39を作製した。
【0113】
1−1.亜鉛系めっき処理
(前処理)
上記基材鋼板を電解によりアルカリ脱脂し、さらに濃度が50g/Lである硫酸水溶液で10秒間酸洗および洗浄した。
【0114】
(電気亜鉛めっき)
その後、液循環型の電気めっき実験装置を用いて、上記基材鋼板に電気めっきを実施した。めっき液は、350g/Lの硫酸亜鉛7水和物、80g/Lの硫酸ナトリウム、およびpHが1.3となる量の硫酸を含有する硫酸酸性めっき浴だった、60℃の上記硫酸酸性めっき浴に上記基材鋼板を浸漬させ、めっき浴と基材鋼板の相対流速を1.0m/sとし、電流密度は30A/dmとして、通電時間を変化させることで種々の厚さの純亜鉛めっき層を形成させた。
【0115】
1−2.リン酸塩処理
(表面調整)
上記めっき鋼板を、表面調整剤(日本パーカライジング株式会社製、プレパレンX(「プレパレン」は同社の登録商標)または、日本パーカライジング株式会社製、プレパレン4028)に5秒浸漬して表面調整した。リン酸塩結晶の付着量を変えるため、上記表面調整剤の濃度を変化させて、上記それぞれのめっき鋼板を浸漬した。
【0116】
(リン酸塩処理)
日本パーカライジング株式会社製、パルボンド3312Mを50g/Lの濃度となるように水で希釈し、リン酸塩処理液とした。処理温度60℃とした上記リン酸塩処理液に、表面調整した上記めっき鋼板を浸漬させ、めっき鋼板の表面のうち75%以上がリン酸塩結晶で被覆されるまで、リン酸塩処理を行った。
【0117】
1−3.潤滑皮膜の形成
(潤滑処理液の調製)
表2に示すベース成分および潤滑剤を、表2に示す割合(表2中の数値は、これらの全質量に対する各成分の配合量を質量部で表す。)で純水に添加し、攪拌して分散させ、さらに固形成分が20%となるように希釈して、8種類の潤滑処理液を調製した。
【0118】
なお、ベース成分として用いたウレタン系樹脂は、株式会社ADEKA製、アデカボンタイターHUX232である。また、ベース成分として用いたアクリル系樹脂は、DIC株式会社製、ボンコート40−418EFである。また、ベース成分として用いたエポキシ系樹脂は、株式会社ADEKA製、アデカレジンEM−0180である。また。潤滑剤として用いたポリエチレンワックスは、丸芳化学株式会社製、MYE−35Gである。また、潤滑剤として用いたポリプロピレンワックスは、東邦化学株式会社製、P−5800である。
【0119】
【表2】
【0120】
(潤滑皮膜の形成)
上記潤滑処理液のいずれかを、リン酸塩処理しためっき鋼板にバーコーターで塗布し、炉温390℃の乾燥炉内で10秒間乾燥して、潤滑皮膜を形成した。潤滑皮膜の体積率を変えるために、バーコーターの番手や潤滑処理液の固形成分量を変更することで潤滑処理液の塗布量を変えて、潤滑皮膜を形成した。
【0121】
1−4.測定
(めっき層の層厚)
形成された表面処理めっき鋼板を断面方向に切断して、純亜鉛めっき層の厚さ方向への断面をSEM観察し、それぞれの純亜鉛めっき層の層厚(M)(μm)を測定した。
【0122】
(リン酸塩結晶に対する潤滑皮膜の体積率)
形成された表面処理めっき鋼板の表面形状が平均的である部分を3箇所切断し、断面を鏡面研磨後に皮膜断面をSEM観察した。この際、各皮膜の境目(リン酸塩結晶と潤滑皮膜の境目)を明確に観察するため断面は機械研磨後にイオンミリング等で仕上げ研磨した。研磨後断面より皮膜側の平均的な箇所をSEMにて5000倍で5視野撮影し、それぞれの画像よりリン酸塩結晶および潤滑皮膜の面積を算出し、これらの比を、リン酸塩結晶に対する潤滑皮膜の体積率とした。
【0123】
2.評価
2−1.潤滑性
プレス加工時の潤滑鋼板平面の潤滑性を評価するため、平板摺動試験を用いて、表面処理めっき鋼板1〜表面処理めっき鋼板39の動摩擦係数を測定した。それぞれの表面処理めっき鋼板から採取した長さ300mmおよび幅30mmの試験片について、その表面に1.5g/mとなる量の加工油(大同化学工業株式会社 ダイラストRX−900V)を塗布した後、以下に示す条件にて平板摺動試験を行い、動摩擦係数(引き抜き力/押し付け荷重)を測定した。
(試験条件)
ダイ形状: 30mmL×50mmWの長平面(SKD11製金型)
押し付け荷重: 900N/mm
引抜速度: 100mm/分
摺動長さ: 100mm
試験温度: 室温
判定基準: 平板摺動試験による動摩擦係数
【0124】
得られた動摩擦係数から、以下の基準で表面処理めっき鋼板1〜表面処理めっき鋼板39の潤滑性を評価した。
(評価基準)
◎: 動摩擦係数は0.15以下である
○: 動摩擦係数は0.15超え、0.25以下である
△: 動摩擦係数は0.25超え、0.35以下である
×: 動摩擦係数は0.35超えである
【0125】
2−2.耐かじり性(絞り加工時)
絞り加工時の耐かじり性を評価するために、表面処理めっき鋼板1〜表面処理めっき鋼板39から採取した76mmφの円盤状の試験片について、その表面に1.5g/mとなる量の加工油(大同化学工業株式会社 ダイラストRX−900V)を塗布した後、3段円筒絞り加工を実施し、2段目および3段目の絞り加工後の縦壁部の外観から目視にて耐かじり性を評価した。
(試験条件)
1段目
パンチ径: 50mm
パンチ肩: 5mmR
ダイス径: 53mm
ダイス肩: 5mmR
絞り比: 1.52
皺押え圧力: 2.8kN
2段目
パンチ径: 40mm
パンチ肩: 5mmR
ダイス径: 43mm
ダイス肩: 5mmR
3段目
パンチ径: 33mm
パンチ肩: 5mmR
ダイス径: 35mm
ダイス肩: 5mmR
【0126】
2段目および3段目の絞り加工後の縦壁部におけるかじり発生部の面積率を目視で算出し、それぞれ、以下の基準で表面処理めっき鋼板1〜表面処理めっき鋼板39の耐かじり性を評価した。
(評価基準)
◎: 面積率は5%以下である
○: 面積率は5%超え、15%以下である
△: 面積率は15%超え、25%以下である
×: 面積率は25%超えである
【0127】
2−3.耐かじり性(曲げ加工時)
高面圧での曲げ戻し変形のあるプレス加工時の耐かじり性を評価するため、表面処理めっき鋼板1〜表面処理めっき鋼板39にドロービード試験を実施した。それぞれの表面処理めっき鋼板から採取した長さ300mmおよび幅30mmの試験片について、その表面に1.5g/mとなる量の加工油(大同化学工業株式会社 ダイラストRX−900V)を塗布した後、以下に示す条件にてドロービード試験を繰り返し実施した。繰り返し回数が1回の時点と5回の時点におけるサンプルの外観から、目視にて耐かじり性を評価した。
【0128】
(試験条件)
ダイ形状: 片面凸型(ビードR:0.5mm、ビード高さ:4mm)、
片面凹型(肩R:2mm)、50mmW
押し付け荷重: 900N/mm
引抜速度 : 100mm/分
摺動長さ: 100mm
試験温度: 室温
判定基準: ドロービード試験後のかじり発生部の面積率を目視にて評価
【0129】
繰り返し回数が1回の時点と5回の時点の曲げ加工後の加工部におけるかじり発生部の面積率を目視で算出し、それぞれ、以下の基準で表面処理めっき鋼板1〜表面処理めっき鋼板39の耐かじり性を評価した。
(評価基準)
◎: 面積率は5%以下である
○: 面積率は5%超え、15%以下である
△: 面積率は15%超え、25%以下である
×: 面積率は25%超えである
【0130】
2−4.リン酸塩結晶の剥離抑制
上記耐かじり試験前と試験後(繰り返し回数が1回)の試験片から30mm角のサンプルをそれぞれ切り出し、蛍光X線分析にてリンの蛍光X線強度を測定し、リンの試験前後での減少率((試験前の蛍光X線強度−試験後の蛍光X線強度)/試験前の蛍光X線強度)(%)を算出しリン酸塩結晶の剥離抑制率を評価した。
【0131】
(評価基準)
◎: 減少率は10%以下である
○: 減少率は10%超え、25%以下である
△: 減少率は25%超え、40%以下である
×: 減少率は40%超えである
【0132】
2−5.加工後の皮膜破片の大きさ
耐かじり性(曲げ加工時)の1回目の試験後に発生した、表面処理鋼板から剥離した皮膜の破片のうち、大きいものから3個を選択し、その破片の大きさ(当該破片が収まる正方形の大きさ)の平均値を求めた。求められた破片の大きさの平均値から、以下の基準で破片の大きさを評価した。
(評価基準)
◎: 剥片の大きさの平均値は1mm角以下である
○: 剥片の大きさの平均値は1mm角超え、3mm角以下である
△: 剥片の大きさの平均値は3mm角超え、5mm角以下である
×: 剥片の大きさの平均値は5mm角超えである
【0133】
表面処理めっき鋼板1〜表面処理めっき鋼板39の、亜鉛めっき層の層厚(M)、リン酸塩皮膜におけるリン酸塩結晶の付着量(H)、亜鉛系めっき層の層厚(M)に対するリン酸塩皮膜の付着量(H)の比率(H/M)ならびに潤滑皮膜の形成に用いた潤滑処理液の種類およびリン酸塩結晶の体積に対する潤滑皮膜の付着量(体積率)、ならびに、潤滑性、耐かじり性(絞り加工時、曲げ加工時)、リン酸塩結晶の剥離抑制および加工後の皮膜破片の大きさの評価結果を、表3〜表5に示す。
【0134】
【表3】
【0135】
【表4】
【0136】
【表5】


【0137】
表3〜表5に示すように、亜鉛系めっき層の厚さ(M)が、0.05μm以上1.5μm以下であり、リン酸塩皮膜におけるリン酸塩結晶の付着量(H)が、0.5g/m以上3.5g/m以下であり、亜鉛系めっき層の厚さ(M)に対するリン酸塩結晶の付着量(H)の比率(H/M)が、0.90以上であり、潤滑皮膜の付着量が、リン酸塩結晶の体積に対して35体積%以上500体積%以下である、表面処理めっき鋼板4、表面処理めっき鋼板7、表面処理めっき鋼板9〜表面処理めっき鋼板14、表面処理めっき鋼板16、表面処理めっき鋼板18〜表面処理めっき鋼板20、表面処理めっき鋼板22〜表面処理めっき鋼板24、表面処理めっき鋼板26、表面処理めっき鋼板27、表面処理めっき鋼板30、表面処理めっき鋼板31、表面処理めっき鋼板35、表面処理めっき鋼板37は、潤滑性および耐かじり性がいずれも良好であり、皮膜の剥離が生じにくく、また剥離したとしても大きな皮膜破片が発生しにくかった。
【0138】
特に、潤滑皮膜の付着量が、リン酸塩結晶の体積に対して35体積%以上300体積%以下である、表面処理めっき鋼板4、表面処理めっき鋼板7、表面処理めっき鋼板9、表面処理めっき鋼板10、表面処理めっき鋼板12、表面処理めっき鋼板14、表面処理めっき鋼板16、表面処理めっき鋼板18〜表面処理めっき鋼板20、表面処理めっき鋼板23、表面処理めっき鋼板24、表面処理めっき鋼板26、表面処理めっき鋼板27、表面処理めっき鋼板30、表面処理めっき鋼板31、表面処理めっき鋼板37は、大きな皮膜破片がより発生しにくかった。
【0139】
また、潤滑皮膜が、潤滑剤を含有する有機樹脂皮膜である、表面処理めっき鋼板4、表面処理めっき鋼板7、表面処理めっき鋼板9、表面処理めっき鋼板11〜表面処理めっき鋼板13、表面処理めっき鋼板16、表面処理めっき鋼板19、表面処理めっき鋼板20、表面処理めっき鋼板22〜表面処理めっき鋼板24、表面処理めっき鋼板27、表面処理めっき鋼板30、表面処理めっき鋼板31、表面処理めっき鋼板35、表面処理めっき鋼板37は、多数回加工時の耐かじり性がより良好であった。
【0140】
また、潤滑皮膜が、ウレタン系樹脂を含有する有機樹脂皮膜である、表面処理めっき鋼板4、表面処理めっき鋼板7、表面処理めっき鋼板11、表面処理めっき鋼板12、表面処理めっき鋼板16、表面処理めっき鋼板19、表面処理めっき鋼板20、表面処理めっき鋼板24、表面処理めっき鋼板27、表面処理めっき鋼板30、表面処理めっき鋼板31、表面処理めっき鋼板35、表面処理めっき鋼板37は、多数回加工時の耐かじり性がより良好であった。
【0141】
一方で、亜鉛系めっき層の厚さ(M)が0.05μm未満である表面処理めっき鋼板1〜表面処理めっき鋼板3は、耐かじり性が低かった。これは、亜鉛系めっき層が薄すぎて鋼板の加工(ドロービード)時に十分に変形できず、加工時の応力を吸収しきれなかったため、加工時のリン酸塩結晶の破壊および剥離が生じたことによると考えられる。
【0142】
また、亜鉛系めっき層の厚さ(M)が1.5μmより大きい表面処理めっき鋼板38は、耐かじり性が低かった。これは、鋼板の加工時にリン酸塩結晶が亜鉛系めっき層に埋没してしまい、加工時に金型と亜鉛系めっき層とが接触して摩擦されることによる、亜鉛系めっき層の表面への焼け付きが生じたためと考えられる。
【0143】
また、リン酸塩皮膜におけるリン酸塩結晶の付着量(H)が0.5g/m未満である表面処理めっき鋼板1、表面処理めっき鋼板2および表面処理めっき鋼板5は、耐かじり性が低かった。これは、亜鉛系めっき層の表面をリン酸塩結晶が十分に被覆できず、加工時に金型とリン酸塩結晶に被覆されていない亜鉛系めっき層とが接触して摩擦されることによる、亜鉛系めっき層の表面への焼け付きが生じたためと考えられる。
【0144】
また、リン酸塩皮膜におけるリン酸塩結晶の付着量(H)が3.5g/mより多い表面処理めっき鋼板6は、リン酸塩結晶の剥離が生じやすかった。。これは、リン酸塩結晶の付着量が多く、加工時にリン酸塩結晶の凝集破壊が多く生じたためと考えられる。
【0145】
また、亜鉛系めっき層の厚さ(M)に対するリン酸塩結晶の付着量(H)の比率(H/M)が0.90未満である表面処理めっき鋼板25、表面処理めっき鋼板32〜表面処理めっき鋼板34は、耐かじり性が低かった。これは、亜鉛系めっき層に対して十分な量のリン酸塩結晶が形成されていないため、加工時に、亜鉛系めっき層の内部にリン酸塩結晶が入り込んでしまい、加工時に金型と亜鉛系めっき層とが接触して摩擦されることによる、亜鉛系めっき層の表面への焼け付きが生じたためと考えられる。
【0146】
また、潤滑皮膜の付着量が、リン酸塩結晶の体積に対して35体積%未満である、表面処理めっき鋼板8、表面処理めっき鋼板15および表面処理めっき鋼板28は、耐かじり性が低く、かつリン酸塩結晶の剥離も生じやすかった。これは、潤滑皮膜がバインダーとして作用しにくく、かつ潤滑皮膜による亜鉛系めっき層と金型との接触の抑制効果が奏されなかったためと考えられる。
【0147】
また、潤滑皮膜の付着量が、リン酸塩結晶の体積に対して500体積%より多い、表面処理めっき鋼板21および表面処理めっき鋼板36は、加工時に大きな皮膜破片が発生しやすかった。これは、加工時に潤滑皮膜のみが金型に接触して摩擦され剥離したためと考えられる。
【0148】
また、リン酸塩処理も潤滑皮膜の形成も行わなかった表面処理めっき鋼板39は、潤滑性も耐かじり性も低かった。
【産業上の利用可能性】
【0149】
本発明によれば、表面処理が短時間で可能であり、かつ、加工時にリン酸塩結晶の剥離が生じにくい、表面処理された亜鉛系めっき鋼板が提供される。また、本発明により提供される表面処理された亜鉛系めっき鋼板は、ボンデ処理とは異なり、表面処理を短時間で行うことができ、かつ、加工時に加工装置の洗浄を高頻度で行う必要がない。そのため、本発明はめっき鋼板のより一層の普及に貢献することが期待される。
【符号の説明】
【0150】
110a、110b、110c、110d 鋼板
120b、120c、120d 亜鉛系めっき層
130a、130b、130c、130d リン酸塩結晶
140a 石鹸層
140b、140c、140d 潤滑皮膜
150 焼け付き
160 皮膜剥片
210a、210b、210c、210d 金型
【要約】
【課題】ボンデ処理と比較して表面処理が短時間で可能であり、耐かじり性および潤滑性が高く、リン酸塩も剥離しにくく、加工性が良好である表面処理された亜鉛系めっき鋼板を提供すること。
【解決手段】鋼板および亜鉛系めっき層と、前記亜鉛系めっき層の表面に接して配置された、リン酸塩結晶を含むリン酸塩皮膜と、前記リン酸塩皮膜に接して配置された、潤滑皮膜と、を有する、表面処理された亜鉛系めっき鋼板。前記亜鉛系めっき層の層厚(M)は、0.05μm以上1.5μm以下であり、前記リン酸塩結晶の付着量(H)は、0.5g/m以上3.5g/m以下であり、前記亜鉛系めっき層の層厚(M)に対する前記リン酸塩結晶の付着量(H)の比率(H/M)は、0.90以上であり、前記潤滑皮膜の付着量は、前記リン酸塩結晶の体積に対して35体積%以上500体積%以下である。
【選択図】図2
図1
図2
図3
図4
図5