特許第6682712号(P6682712)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6682712
(24)【登録日】2020年3月27日
(45)【発行日】2020年4月15日
(54)【発明の名称】潜熱蓄熱材組成物
(51)【国際特許分類】
   C09K 5/06 20060101AFI20200406BHJP
【FI】
   C09K5/06 M
【請求項の数】10
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2020-1358(P2020-1358)
(22)【出願日】2020年1月8日
【審査請求日】2020年1月22日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000221834
【氏名又は名称】東邦瓦斯株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000291
【氏名又は名称】特許業務法人コスモス国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】中村 洸平
【審査官】 中野 孝一
(56)【参考文献】
【文献】 特許第3473274(JP,B2)
【文献】 特開2020−12084(JP,A)
【文献】 特開2019−123832(JP,A)
【文献】 特開2016−27292(JP,A)
【文献】 特開2015−140363(JP,A)
【文献】 特開2007−322102(JP,A)
【文献】 特開2000−87020(JP,A)
【文献】 米国特許第5709945(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K5/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
蓄熱または放熱を行う潜熱蓄熱材として、糖アルコールに属する物質を主成分に、該潜熱蓄熱材の結晶化の誘起を促す過冷却防止剤を配合してなる潜熱蓄熱材組成物において、
前記過冷却防止剤は、金属イオンを含むリン酸塩水和物であること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項2】
請求項1に記載する潜熱蓄熱材組成物において、
前記金属イオンは、ナトリウムイオンであること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項3】
請求項2に記載する潜熱蓄熱材組成物において、
前記リン酸塩水和物は、リン酸水素二ナトリウム(NaHPO)の水和物であること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項4】
請求項3に記載する潜熱蓄熱材組成物において、
前記リン酸塩水和物は、リン酸水素二ナトリウム十二水和物(NaHPO・12HO)であること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項5】
請求項2に記載する潜熱蓄熱材組成物において、
前記リン酸塩水和物は、リン酸二水素ナトリウム(NaHPO)の水和物であること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項6】
請求項5に記載する潜熱蓄熱材組成物において、
前記リン酸塩水和物は、リン酸二水素ナトリウム二水和物(NaHPO・2HO)であること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項7】
請求項2に記載する潜熱蓄熱材組成物において、
前記リン酸塩水和物は、リン酸三ナトリウム(NaPO)の水和物であること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項8】
請求項7に記載する潜熱蓄熱材組成物において、
前記リン酸塩水和物は、リン酸三ナトリウム十二水和物(NaPO・12HO)であること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項9】
請求項1乃至請求項8のいずれか1つに記載する潜熱蓄熱材組成物において、
当該潜熱蓄熱材組成物全体の重量に占める前記過冷却防止剤の含有比率は、0wt%より大きく、5wt%以下の範囲内であること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項10】
請求項1乃至請求項9のいずれか1つに記載する潜熱蓄熱材組成物において、
前記糖アルコールに属する物質は、エリスリトール(C10)であること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、相変化に伴う潜熱の出入りを利用して、蓄熱またはその放熱を行う潜熱蓄熱材と、この潜熱蓄熱材の物性を調整する添加剤を配合した潜熱蓄熱材組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
潜熱蓄熱材(PCM:Phase Change Material)は、相変化に伴う潜熱の出入りを利用して蓄熱することができる物性を有しており、熱供給源から提供された熱を一時的に蓄えた後、熱需要先で、蓄えた潜熱の熱エネルギを、その時間差をもって活用する目的で用いられる。潜熱蓄熱材は、その主成分の種類毎に、パラフィン系と、アンモニウムミョウバン十二水和物(アンモニウムミョウバン)等に該当する無機塩水和物系と、エリスリトール等の糖アルコール系に大別される。糖アルコール系の潜熱蓄熱材には、例えば、特許文献1が開示されている。
【0003】
特許文献1は、エリスリトール、マンニトール、及びガラクチトールのうち、少なくとも一種の糖アルコールを主成分に、過冷却防止剤として、有機塩、及び/又はリン酸塩(但し、リン酸水素二ナトリウムを除く)、硫酸塩、ピロリン酸塩、及びハロゲン化銀から選択された無機塩のうち、少なくとも1種を含有してなる蓄熱材組成物である。特許文献1では、過冷却防止剤は、90〜190℃の温度下で、分解せず、溶解することや、融解することもなく、粒子として糖アルコール中に分散しており、粒子の分散は、維持されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3473274号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、産業界では、潜熱蓄熱材を、加熱装置(熱供給源)で90℃を超える温度に加熱することにより、概ね90℃を超え、かつ190℃未満という百数十℃台の温度帯域で、潜熱を潜熱蓄熱材に蓄えておき、熱需要先で、潜熱蓄熱材から放熱される潜熱を活用したいという潜熱蓄熱材の用途がある。
【0006】
しかしながら、このような用途では、パラフィン系の潜熱蓄熱材と、無機塩水和物系の潜熱蓄熱材を用いると、以下の問題があった。
【0007】
(1)パラフィン系の潜熱蓄熱材の問題点
潜熱蓄熱材がパラフィン系の場合、潜熱蓄熱材の蓄熱量は物質毎に異なるため、一概に比較はできないが、体積当たりの蓄熱量は、概ね100〜200kJ/kgである。この蓄熱量は、同体積比によるアンモニウムミョウバンの蓄熱量270〜290kJ/kg等のように、無機塩水和物系の潜熱蓄熱材と比して低い。しかも、パラフィンは引火性を有し、安全対策を必要とする場合もあり、使い勝手は良くない。
【0008】
(2)無機塩水和物系の潜熱蓄熱材の問題点
潜熱蓄熱材が無機塩水和物系の場合、潜熱蓄熱材が、加熱装置により100℃超えで加熱されると、無機塩水和物に含有する水分が蒸発してしまい、潜熱蓄熱材の物性が変化してしまう。そのため、潜熱蓄熱材に有する蓄熱・放熱性能が、発揮できなくなり、前述した潜熱蓄熱材の用途では、無機塩水和物系の潜熱蓄熱材は使用できない。
【0009】
また、糖アルコール系の潜熱蓄熱材の場合、過冷却現象が潜熱蓄熱材に生じ易い。過冷却現象が発現すると、一度融解した潜熱蓄熱材は、凝固点以下に冷却されても融液状態のまま凝固せず、結晶化しない。潜熱蓄熱材が結晶化しないと、潜熱は、潜熱蓄熱材から放熱できなくなり、潜熱蓄熱材に蓄えた潜熱の時間差利用が不可能になってしまう。このような過冷却現象を防ぐ目的で、特許文献1の蓄熱材組成物には、過冷却防止剤が含有されている。この冷却防止剤は、90〜190℃の温度下で、分解せず、溶解することや、融解することもなく、粒子として糖アルコール中に存在する物性である。
【0010】
しかしながら、特許文献1では、蓄熱材組成物の使用にあたり、例えば、蓄熱材組成物を、融解させて複数の容器に小分けして充填する場合、過冷却防止剤が、粒子として蓄熱材組成物に残存していると、エリスリトール等の蓄熱材と過冷却防止剤とが、均一に混合されていないことに起因して、過冷却防止剤の充填量が容器毎に異なってしまう虞がある。そのため、例えば、前述したように、潜熱蓄熱材に百数十℃台の温度帯域で蓄えた潜熱を、熱需要先で、潜熱蓄熱材から放熱させて活用する用途で、潜熱を必要する対象物に、蓄熱材組成物を充填した容器を複数配設する場合に、過冷却防止剤の充填量が容器毎に異なっていると、蓄熱材組成物の放熱性能にバラツキが生じて、実際の使用では、問題になる。
【0011】
また、特許文献1の蓄熱材組成物の場合、エリスリトール等の蓄熱材と過冷却防止剤とが、均一に混合された状態で維持するために、蓄熱材組成物に、増粘剤や界面活性剤等の添加剤を配合する方法が考えられる。しかしながら、このような添加剤が加えられると、蓄熱材組成物に占める潜熱蓄熱材の割合が少なくなり、蓄熱材組成物において、蓄熱量の低下を招き、使用上、問題となる。
【0012】
本発明は、上記問題点を解決するためになされたものであり、潜熱蓄熱材に添加した過冷却防止剤により、過冷却現象の発現を抑え、90〜190℃の温度帯域内で蓄熱された潜熱を、融点に近い温度で放熱することができると共に、蓄熱状態では、過冷却防止剤を含めた全ての構成成分が完全に融解し、均質な液体として取り扱うことができる潜熱蓄熱材組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するために、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物は、以下の構成を有する。
(1)蓄熱または放熱を行う潜熱蓄熱材として、糖アルコールに属する物質を主成分に、該潜熱蓄熱材の結晶化の誘起を促す過冷却防止剤を配合してなる潜熱蓄熱材組成物において、前記過冷却防止剤は、金属イオンを含むリン酸塩水和物であること、を特徴とする。
(2)(1)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、前記金属イオンは、ナトリウムイオンであること、を特徴とする。
(3)(2)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、前記リン酸塩水和物は、リン酸水素二ナトリウム(NaHPO)の水和物であること、を特徴とする。
(4)(3)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、前記リン酸塩水和物は、リン酸水素二ナトリウム十二水和物(NaHPO・12HO)であること、を特徴とする。
(5)(2)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、前記リン酸塩水和物は、リン酸二水素ナトリウム(NaHPO)の水和物であること、を特徴とする。
(6)(5)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、前記リン酸塩水和物は、リン酸二水素ナトリウム二水和物(NaHPO・2HO)であること、を特徴とする。
(7)(2)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、前記リン酸塩水和物は、リン酸三ナトリウム(NaPO)の水和物であること、を特徴とする。
(8)(7)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、前記リン酸塩水和物は、リン酸三ナトリウム十二水和物(NaPO・12HO)であること、を特徴とする。
(9)(1)乃至(8)のいずれか1つに記載する潜熱蓄熱材組成物において、当該潜熱蓄熱材組成物全体の重量に占める前記過冷却防止剤の含有比率は、0wt%より大きく、5wt%以下の範囲内であること、を特徴とする。
(10)(1)乃至(9)のいずれか1つに記載する潜熱蓄熱材組成物において、前記糖アルコールに属する物質は、エリスリトール(C10)であること、を特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
上記構成を有する本発明の潜熱蓄熱材組成物の作用・効果について説明する。
(1),(2)蓄熱または放熱を行う潜熱蓄熱材として、糖アルコールに属する物質を主成分に、該潜熱蓄熱材の結晶化の誘起を促す過冷却防止剤を配合してなる潜熱蓄熱材組成物において、過冷却防止剤は、例えば、ナトリウムイオン等、金属イオンを含むリン酸塩水和物であること、を特徴とする。
【0015】
この特徴により、例えば、エリスリトール(融点121℃)等、糖アルコールに属する物質による潜熱蓄熱材の結晶化が、例えば、80〜100℃近傍等、潜熱蓄熱材の融点に近い温度で促されて、潜熱蓄熱材に対する過冷却現象の発現が、効果的に抑止できる。そのため、本発明の潜熱蓄熱材組成物は、その融点に近い温度として、例示した80〜100℃近傍で相変化して固相になり、潜熱を放熱することができる。
【0016】
さらに、水分子を含有しないリン酸塩の無水物と比べ、金属イオンを含むリン酸塩水和物は、一般的に融点が低く、エリスリトール等の潜熱蓄熱材の融点と同等、またはそれ以下の温度領域に、融点を有する。その結果、潜熱蓄熱材が融解する温度領域において、過冷却防止剤も融解するため、潜熱蓄熱材組成物は、その蓄熱状態の下で、粒子状の組成物を一切含まない均質な液体として、取り扱うことができる。
【0017】
従って、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物によれば、潜熱蓄熱材に添加した過冷却防止剤により、過冷却現象の発現を抑え、90〜190℃の温度帯域内で蓄熱された潜熱を、融点に近い温度で放熱することができると共に、蓄熱状態では、過冷却防止剤を含めた全ての構成成分が完全に融解し、均質な液体として取り扱うことができる、という優れた効果を奏する。
【0018】
(3),(4)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、リン酸塩水和物は、例えば、リン酸水素二ナトリウム十二水和物(NaHPO・12HO)等、リン酸水素二ナトリウム(NaHPO)の水和物であること、を特徴とする。
【0019】
この特徴により、本発明の潜熱蓄熱材組成物が、その加熱によって、概ね90℃を超え、かつ190℃未満という百数十℃台の温度帯域で、潜熱を蓄えて使用される場合でも、本発明の潜熱蓄熱材組成物に蓄熱された潜熱は、熱需要先で、エリスリトール等の潜熱蓄熱材の融点に近い温度(例えば、80〜100℃近傍の温度)で、より確実に放熱して活用することができる。また、例えば、リン酸水素二ナトリウム十二水和物の融点は、約35℃であり、90〜190℃の温度帯域内では、完全に融解する。そのため、本発明の潜熱蓄熱材組成物が、その加熱によって、概ね90℃を超え、かつ190℃未満という百数十℃台の温度帯域で、潜熱を蓄えて使用される場合、潜熱蓄熱材組成物は、蓄熱状態では、均質な液体として取り扱うことができる。
【0020】
(5),(6)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、リン酸塩水和物は、例えば、リン酸二水素ナトリウム二水和物(NaHPO・2HO)等、リン酸二水素ナトリウム(NaHPO)の水和物であること、を特徴とする。
【0021】
この特徴により、本発明の潜熱蓄熱材組成物が、その加熱によって、概ね90℃を超え、かつ190℃未満という百数十℃台の温度帯域で、潜熱を蓄えて使用される場合でも、本発明の潜熱蓄熱材組成物に蓄熱された潜熱は、熱需要先で、エリスリトール等の潜熱蓄熱材の融点に近い温度(例えば、80〜100℃近傍の温度)で、より確実に放熱して活用することができる。また、例えば、リン酸二水素ナトリウム二水和物の融点は、約60℃であり、90〜190℃の温度帯域内では、完全に融解する。そのため、本発明の潜熱蓄熱材組成物が、その加熱によって、概ね90℃を超え、かつ190℃未満という百数十℃台の温度帯域で、潜熱を蓄えて使用される場合、潜熱蓄熱材組成物は、蓄熱状態では、均質な液体として取り扱うことができる。
【0022】
(7),(8)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、リン酸塩水和物は、例えば、リン酸三ナトリウム十二水和物(NaPO・12HO)等、リン酸三ナトリウム(NaPO)の水和物であること、を特徴とする。
【0023】
この特徴により、本発明の潜熱蓄熱材組成物が、その加熱によって、概ね90℃を超え、かつ190℃未満という百数十℃台の温度帯域で、潜熱を蓄えて使用される場合でも、本発明の潜熱蓄熱材組成物に蓄熱された潜熱は、熱需要先で、エリスリトール等の潜熱蓄熱材の融点に近い温度(例えば、80〜100℃近傍の温度)で、より確実に放熱して活用することができる。また、例えば、リン酸三ナトリウム十二水和物の融点は、約75℃であり、90〜190℃の温度帯域内では、完全に融解する。そのため、本発明の潜熱蓄熱材組成物が、その加熱によって、概ね90℃を超え、かつ190℃未満という百数十℃台の温度帯域で、潜熱を蓄えて使用される場合、潜熱蓄熱材組成物は、蓄熱状態では、均質な液体として取り扱うことができる。
【0024】
(9)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、当該潜熱蓄熱材組成物全体の重量に占める過冷却防止剤の含有比率は、0wt%より大きく、5wt%以下の範囲内であること、を特徴とする。
【0025】
この特徴により、過冷却防止剤は、このような含有比率で配合されているだけで、主成分である潜熱蓄熱材での過冷却現象の発現を、十分に抑止することができるため、本発明の潜熱蓄熱材組成物の蓄熱量・放熱量は、同体積比で、潜熱蓄熱材単体と比して、ほとんど低下することない。
【0026】
(10)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、糖アルコールに属する物質は、エリスリトール(C10)であること、を特徴とする。
【0027】
この特徴により、本発明の潜熱蓄熱材組成物は、90〜190℃の温度で加熱された場合に、加熱に伴う変質、変性が、本発明の潜熱蓄熱材組成物に生じることなく、より確実に潜熱を蓄えると共に、蓄熱した潜熱を放熱することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】実施形態の実施例1〜3に係る潜熱蓄熱材組成物の構成成分を模式的に示す図である。
図2】実施例1〜3、及びその比較例1〜4に係る潜熱蓄熱材組成物に対し、その融点及び蓄熱量、並びに凝固点及び放熱量について、DSCによる測定結果を、まとめて掲載した表である。
図3】実施例1に係る潜熱蓄熱材組成物に対し、その融点及び蓄熱量、並びに凝固点及び放熱量を示すグラフであり、過冷却防止剤を、リン酸水素二ナトリウム十二水和物とした場合の実験結果を示すグラフである。
図4】実施例2に係る潜熱蓄熱材組成物に対し、その融点及び蓄熱量、並びに凝固点及び放熱量を示すグラフであり、過冷却防止剤を、リン酸二水素ナトリウム二水和物とした場合の実験結果を示すグラフである。
図5】実施例3に係る潜熱蓄熱材組成物に対し、その融点及び蓄熱量、並びに凝固点及び放熱量を示すグラフであり、過冷却防止剤を、リン酸三ナトリウム十二水和物とした場合の実験結果を示すグラフである。
図6】比較例1に係る潜熱蓄熱材組成物に対し、その融点及び蓄熱量、並びに凝固点及び放熱量を示すグラフであり、過冷却防止剤を、二リン酸ナトリウム十水和物とした場合の実験結果を示すグラフである。
図7】比較例2に係る潜熱蓄熱材組成物に対し、その融点及び蓄熱量、並びに凝固点及び放熱量を示すグラフであり、過冷却防止剤を、亜リン酸水素二ナトリウム五水和物とした場合の実験結果を示すグラフである。
図8】比較例3に係る潜熱蓄熱材組成物に対し、その融点及び蓄熱量、並びに凝固点及び放熱量を示すグラフであり、過冷却防止剤を、次亜リン酸ナトリウム一水和物とした場合の実験結果を示すグラフである。
図9】比較例4に係る潜熱蓄熱材組成物に対し、その融点及び蓄熱量、並びに凝固点及び放熱量を示すグラフであり、過冷却防止剤を、リン酸三アンモニウム三水和物とした場合の実験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物について、実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
【0030】
本発明に係る潜熱蓄熱材組成物は、例えば、工場の設備等(熱供給源)で生じる排熱で、概ね90℃を超え、かつ190℃未満の熱を回収して潜熱蓄熱材に蓄熱した潜熱による熱エネルギを、需要先で積極的に活用する目的で使用される。その他、この潜熱蓄熱材組成物は、加熱装置(熱供給源)により、概ね90℃を超え、かつ190℃未満という百数十℃台の温度帯域にある加熱の下で、潜熱を潜熱蓄熱材に蓄え、熱需要先で、潜熱蓄熱材から放たれる潜熱による熱エネルギを活用する目的で使用される。本発明に係る潜熱蓄熱材組成物は、容器(図示せず)毎に小分けして、容器に漏れのない態様で、液密かつ気密に充填される。この潜熱蓄熱材組成物は、充填された容器の内外で、液相と固相との相変化に伴った潜熱の出入りを利用して、蓄えた熱を必要に応じて取り出すことができ、蓄熱とその放熱のサイクルを複数回繰り返す。
【0031】
はじめに、潜熱蓄熱材組成物1について、説明する。図1は、実施形態の実施例1〜3に係る潜熱蓄熱材組成物の構成成分を模式的に示す図である。図1に示すように、本実施形態に係る潜熱蓄熱材組成物1は、蓄熱または放熱を行う潜熱蓄熱材10として、糖アルコールに属する物質を主成分に、該潜熱蓄熱材10の結晶化の誘起を促す過冷却防止剤20を配合してなる。糖アルコールに属する物質は、本実施形態では、エリスリトール(C10)である。
【0032】
エリスリトールは、糖アルコールの一種である天然由来の物質で、食品添加物等としても使用されている程、人体にとっても安全性の高い潜熱蓄熱材10である。エリスリトール単体は、分子量[g/mol]122.12、液相と固相との間で相変化を行う物性を有し、融点121℃より低い温度では、水に易溶な固体である一方、融点より高い温度では、液体である。また、エリスリトール単体は、相変化に伴って、過冷却現象を生じ易い物性でもある。
【0033】
過冷却防止剤20は、金属イオンを含むリン酸塩水和物であり、本実施形態では、リン酸塩水和物に含有する金属イオンは、ナトリウムイオンである。具体的には、過冷却防止剤20は、(a)リン酸水素二ナトリウム(NaHPO4)の水和物(過冷却防止剤20A)、(b)リン酸二水素ナトリウム(NaHPO)の水和物(過冷却防止剤20B)、及び(c)リン酸三ナトリウム(NaPO)の水和物(過冷却防止剤20C)等、ナトリウムを含むリン酸塩水和物である。潜熱蓄熱材組成物1全体の重量に占める過冷却防止剤20の含有比率は、0wt%より大きく、5wt%以下の範囲内である。
【0034】
過冷却防止剤20が、(a)リン酸水素二ナトリウムの水和物の場合、過冷却防止剤20Aは、例えば、リン酸水素二ナトリウム十二水和物(NaHPO・12HO)等である。リン酸水素二ナトリウム十二水和物単体の物性は、水和数12、分子量[g/mol]358.19、不燃性で無臭、水に可溶、人体にとって安全な物質で、白い結晶状の固体であり、融点は約35℃である。
【0035】
また、過冷却防止剤20が、(b)リン酸二水素ナトリウム(NaHPO)の水和物の場合、過冷却防止剤20Bは、例えば、リン酸二水素ナトリウム二水和物(NaHPO・2HO)等である。リン酸二水素ナトリウム二水和物単体の物性は、水和数2、分子量[g/mol]156.01、不燃性、水に可溶、人体にとって安全な物質で、粉末状または結晶状の白い固体であり、融点は約60℃である。
【0036】
また、過冷却防止剤20が、(c)リン酸三ナトリウム(NaPO)の水和物の場合、過冷却防止剤20Cは、例えば、リン酸三ナトリウム十二水和物(NaPO・12HO)等である。リン酸三ナトリウム十二水和物単体の物性は、水和数12、分子量[g/mol]380.13、水に可溶、人体にとって安全な物質で、粉末状の白い固体であり、融点は約75℃である。
【0037】
次に、潜熱蓄熱材組成物1の有意性を検証する目的で、潜熱蓄熱材10に過冷却防止剤20を混ぜ合わせたことにより、融解温度及び蓄熱量と、凝固温度及び放熱量との関係について、確認を行うための検証実験を、全部で7つ(実験1〜7)行った。実験1は、実施例1に係る潜熱蓄熱材組成物1Aを用いた試料で行った実験である。実験2は、実施例2に係る潜熱蓄熱材組成物1Bを用いた試料で行った実験である。実験3は、実施例3に係る潜熱蓄熱材組成物1Cを用いた試料で行った実験である。実験4は、比較例1に係る潜熱蓄熱材組成物を用いた試料で行った実験である。実験5は、比較例2に係る潜熱蓄熱材組成物を用いた試料で行った実験である。実験6は、比較例3に係る潜熱蓄熱材組成物を用いた試料で行った実験である。実験7は、比較例4に係る潜熱蓄熱材組成物を用いた試料で行った実験である。
【0038】
(実施例1)
実施例1に係る潜熱蓄熱材組成物1A(1)は、主成分であるエリスリトール(潜熱蓄熱材10)に、リン酸水素二ナトリウム十二水和物(過冷却防止剤20A)を添加してなる。潜熱蓄熱材組成物1A全体の重量に占める過冷却防止剤20A(リン酸水素二ナトリウム十二水和物)の含有比率は、5wt%である。
【0039】
(実施例2)
実施例2に係る潜熱蓄熱材組成物1B(1)は、主成分であるエリスリトール(潜熱蓄熱材10)に、リン酸二水素ナトリウム二水和物(過冷却防止剤20B)を添加してなる。潜熱蓄熱材組成物1B全体の重量に占める過冷却防止剤20B(リン酸二水素ナトリウム二水和物)の含有比率は、5wt%である。
【0040】
(実施例3)
実施例3に係る潜熱蓄熱材組成物1C(1)は、主成分であるエリスリトール(潜熱蓄熱材10)に、リン酸三ナトリウム十二水和物(過冷却防止剤20C)を添加してなる。潜熱蓄熱材組成物1C全体の重量に占める過冷却防止剤20C(リン酸三ナトリウム十二水和物)の含有比率は、5wt%である。
【0041】
(比較例1)
比較例1に係る潜熱蓄熱材組成物は、主成分であるエリスリトール(潜熱蓄熱材)に、過冷却防止剤として、二リン酸ナトリウム十水和物を添加してなる。潜熱蓄熱材組成物全体の重量に占める過冷却防止剤(二リン酸ナトリウム十水和物)の含有比率は、5wt%である。
【0042】
(比較例2)
比較例2に係る潜熱蓄熱材組成物は、主成分であるエリスリトール(潜熱蓄熱材)に、過冷却防止剤として、亜リン酸水素二ナトリウム五水和物を添加してなる。潜熱蓄熱材組成物全体の重量に占める過冷却防止剤(亜リン酸水素二ナトリウム五水和物)の含有比率は、5wt%である。
【0043】
(比較例3)
比較例3に係る潜熱蓄熱材組成物は、主成分であるエリスリトール(潜熱蓄熱材)に、過冷却防止剤として、次亜リン酸ナトリウム一水和物を添加してなる。潜熱蓄熱材組成物全体の重量に占める過冷却防止剤(次亜リン酸ナトリウム一水和物)の含有比率は、5wt%である。
【0044】
(比較例4)
比較例4に係る潜熱蓄熱材組成物は、主成分であるエリスリトール(潜熱蓄熱材)に、過冷却防止剤として、リン酸三アンモニウム三水和物を添加してなる。潜熱蓄熱材組成物全体の重量に占める過冷却防止剤(リン酸三アンモニウム三水和物)の含有比率は、5wt%である。
【0045】
<実験方法>
検証実験では、実験1〜7とも、潜熱蓄熱材組成物から試料約10mgを採取し、アルミ容器に充填して蓋を密閉した上で、周知の示差走査熱量測定装置(DSC:Differential scanning calorimetry)の測定室にこのアルミ容器を静置し、50ml/min.の窒素フローを行った条件下で、試料の蓄熱量と試料からの放熱量を測定した。具体的には、試料を、30℃から130℃になるまで、2℃/min.の昇温速度で加熱した。次いで、試料が130℃に到達した時点から20分間、試料を130℃に保温し続けた。この間に、試料に蓄熱された潜熱の熱量を測定して、試料の蓄熱量を求めた。
【0046】
そして、試料の保温開始から20分後、130℃に保温されていた試料を、30℃になるまで、2℃/min.の降温速度で冷却した。次いで、試料が30℃に到達した時点から40分間、試料を30℃に保温し続けた。30℃になるまで試料を冷却している間に、試料から放熱された潜熱の熱量を測定して、試料の放熱量を求めた。
【0047】
<実験結果>
図2は、実施例1〜3、及びその比較例1〜4に係る潜熱蓄熱材組成物に対し、その融点及び蓄熱量、並びに凝固点及び放熱量について、DSCによる測定結果を、まとめて掲載した表である。図3は、実施例1に係る潜熱蓄熱材組成物に対し、その融点及び蓄熱量、並びに凝固点及び放熱量を示すグラフであり、過冷却防止剤を、リン酸水素二ナトリウム十二水和物とした場合の実験結果を示すグラフである。図4は、実施例2に係る潜熱蓄熱材組成物に対し、その融点及び蓄熱量、並びに凝固点及び放熱量を示すグラフであり、過冷却防止剤を、リン酸二水素ナトリウム二水和物とした場合の実験結果を示すグラフである。図5は、実施例3に係る潜熱蓄熱材組成物に対し、その融点及び蓄熱量、並びに凝固点及び放熱量を示すグラフであり、過冷却防止剤を、リン酸三ナトリウム十二水和物とした場合の実験結果を示すグラフである。
【0048】
図6は、比較例1に係る潜熱蓄熱材組成物に対し、その融点及び蓄熱量、並びに凝固点及び放熱量を示すグラフであり、過冷却防止剤を、二リン酸ナトリウム十水和物とした場合の実験結果を示すグラフである。図7は、比較例2に係る潜熱蓄熱材組成物に対し、その融点及び蓄熱量、並びに凝固点及び放熱量を示すグラフであり、過冷却防止剤を、亜リン酸水素二ナトリウム五水和物とした場合の実験結果を示すグラフである。図8は、比較例3に係る潜熱蓄熱材組成物に対し、その融点及び蓄熱量、並びに凝固点及び放熱量を示すグラフであり、過冷却防止剤を、次亜リン酸ナトリウム一水和物とした場合の実験結果を示すグラフである。図9は、比較例4に係る潜熱蓄熱材組成物に対し、その融点及び蓄熱量、並びに凝固点及び放熱量を示すグラフであり、過冷却防止剤を、リン酸三アンモニウム三水和物とした場合の実験結果を示すグラフである。
【0049】
図3図9に示すグラフでは、縦軸左側の目盛りが、試料の温度を示す。縦軸右側の目盛りが、単位時間に試料で蓄熱または放熱した熱量を示しており、この目盛りの「負」の領域は、試料に吸熱される熱量を示し、「正」の領域は、試料から放熱される熱量を示す。また、時間経過と共に推移する熱量の線図の中で、「負」の領域において、熱量の絶対値が一時的に大きくなり、最大値(ピークトップ)に達した時刻tに対応する試料の温度T(融点と定義)となったとき、単位時間あたりの吸熱量が最大になる。試料の融解潜熱は、熱量の線図の中で、吸熱量のピーク(融解ピーク)の開始時間と終了時間との間で、熱量を積算して得られるピーク面積S(図3等の図中、斜線の部分)の大きさで示されている。
【0050】
その反対に、時間経過と共に推移する熱量の線図の中で、「正」の領域において、熱量の絶対値が一時的に大きくなり、最大値(ピークトップ)に達した時刻tに対応する試料の温度T(凝固点と定義)となったとき、単位時間あたりの放熱量が最大になる。試料の凝固潜熱は、熱量の線図の中で、放熱量のピーク(凝固ピーク)の開始時間と終了時間との間で、熱量を積算して得られるピーク面積S(図3等の図中、斜線の部分)の大きさで示されている。なお、試料の熱量の単位は〔mW〕で、試料の質量の単位は〔mg〕であるが、図3図9に示すグラフでは、予め単位換算を行った上で、蓄熱量の単位は、〔kJ/kg〕としている。
【0051】
次に、検証実験の結果について、説明する。実施例1に係る潜熱蓄熱材組成物1Aでは、図2及び図3に示すように、融解ピークの時刻t1に対応する温度Ta1は114℃で、蓄熱量Sa1は239kJ/kgであった。また、凝固ピークの時刻t2に対応する温度Tb1は105℃で、放熱量Sb1は256kJ/kgであった。放熱の挙動は確認できた。
【0052】
また、実施例2に係る潜熱蓄熱材組成物1Bでは、図2及び図4に示すように、融解ピークの時刻t1に対応する温度Ta2は116℃で、蓄熱量Sa2は235kJ/kgであった。また、凝固ピークの時刻t2に対応する温度Tb2は83℃で、放熱量Sb2は262kJ/kgであった。放熱の挙動は確認できた。
【0053】
また、実施例3に係る潜熱蓄熱材組成物1Cでは、図2及び図5に示すように、融解ピークの時刻t1に対応する温度Ta3は112℃で、蓄熱量Sa3は227kJ/kgであった。また、凝固ピークの時刻t2に対応する温度Tb3は95℃で、放熱量Sb3は241kJ/kgであった。放熱の挙動は確認できた。
【0054】
一方、比較例1に係る潜熱蓄熱材組成物では、図2及び図6に示すように、融解ピークの時刻t1に対応する温度Ta4は116℃で、蓄熱量Sa4は255kJ/kgであった。凝固ピークは全く存在せず、放熱の挙動は確認できなかった。
【0055】
また、比較例2に係る潜熱蓄熱材組成物では、図2及び図7に示すように、融解ピークの時刻t1に対応する温度Ta5は92℃で、蓄熱量Sa5は182kJ/kgであった。凝固ピークは全く存在せず、放熱の挙動は確認できなかった。
【0056】
また、比較例3に係る潜熱蓄熱材組成物では、図2及び図8に示すように、融解ピークの時刻t1に対応する温度Ta6は109℃で、蓄熱量Sa6は202kJ/kgであった。また、凝固ピークの時刻t2に対応する温度Tb6は37℃で、放熱量Sb6は182kJ/kgであった。放熱の挙動は確認できた。
【0057】
また、比較例4に係る潜熱蓄熱材組成物では、図2及び図9に示すように、融解ピークの時刻t1に対応する温度Ta7は119℃で、蓄熱量Sa7は295kJ/kgであった。凝固ピークは全く存在せず、放熱の挙動は確認できなかった。
【0058】
<考察>
比較例1,4に係る潜熱蓄熱材組成物は、双方とも、115℃を上回る融点で、蓄熱量250kJ/kg超える程、高い熱量の潜熱を蓄えた。また、比較例2に係る潜熱蓄熱材組成物は、融点92℃で、蓄熱量250kJ/kgという高い熱量の潜熱を蓄えた。しかしながら、潜熱を必要とする放熱時の温度が80〜100℃近傍とした場合、比較例1,2,4に係る潜熱蓄熱材組成物では、主成分であるエリスリトール(潜熱蓄熱材10)は、130℃から30℃に冷却される過程で、液相から固相に相変化せず、蓄えている潜熱を放熱できていない。
【0059】
その理由として、比較例1では、二リン酸ナトリウム十水和物を、比較例2では、亜リン酸水素二ナトリウム五水和物を、比較例4では、リン酸三アンモニウム三水和物を、過冷却防止剤として、潜熱蓄熱材10であるエリスリトールに添加している。しかしながら、添加した二リン酸ナトリウム十水和物等の物質は、エリスリトールに対して適す過冷却防止剤になっておらず、エリスリトールの過冷却現象の発現を効果的に抑止できていない。それ故に、過冷却現象が、主成分であるエリスリトール(潜熱蓄熱材10)に生じたために、潜熱蓄熱材10が、液相から固相に相変化せず、蓄えている潜熱を放熱できなかったものと考えられる。
【0060】
また、比較例1,2,4の場合と異なり、比較例3に係る潜熱蓄熱材組成物では、融点109℃で、蓄熱量202kJ/kgの潜熱を蓄える一方で、凝固点37℃で、放熱量182kJ/kgの潜熱を放っている。しかしながら、比較例3に係る潜熱蓄熱材組成物では、主成分であるエリスリトール(潜熱蓄熱材10)が、130℃から30℃に冷却される過程で、融点109℃より70℃以上も低い凝固点37℃で、液相から固相に相変化して、蓄えている潜熱を放熱している。凝固点37℃と融点109℃は、温度差70℃以上も乖離している。
【0061】
その理由として、比較例3の場合、添加した次亜リン酸ナトリウム一水和物は、潜熱の放熱を必要とする80〜100℃近傍の温度で、その結晶化を促す作用を有した過冷却防止剤として、作用する物性になっておらず、エリスリトールにおける過冷却現象の発現が、効果的に抑止できていない。それ故に、過冷却現象が、主成分であるエリスリトール(潜熱蓄熱材10)に生じたために、潜熱蓄熱材10が、80〜100℃近傍の温度で、液相から固相に相変化せず、蓄えている潜熱を放熱できなかったものと考えられる。
【0062】
ところで、潜熱蓄熱材において、融点と凝固点は本来、理論上、同じ温度になるはずであるが、実際には、数℃以上の温度差で乖離するのが一般的である。通常、融点と凝固点との温度差が数〜十数℃程度であれば、この温度差は、潜熱蓄熱材を実際に使用する上で、許容範囲内となっている。ところが、比較例3の場合、凝固点37℃は、融点109℃と比べ、その温度の僅か約30%に相当する温度であり、凝固点37℃と融点109℃は、温度差70℃以上も乖離している。そのため、比較例3に係る潜熱蓄熱材組成物では、蓄えられた潜熱を放熱できる温度が、蓄熱時の温度に比べ低くなり過ぎていることから、放熱される潜熱は、有効に使用できない。
【0063】
他方、実施例1〜3に係る潜熱蓄熱材組成物1(1A,1B,1C)では、いずれも、110℃を上回る融点で、蓄熱量220kJ/kg超える程、高い熱量の潜熱を蓄えた。そして、潜熱を必要とする放熱時の温度が80〜100℃近傍とした場合でも、潜熱蓄熱材組成物1(1A,1B,1C)ではいずれも、80℃を大きく上回る凝固点で、放熱量240kJ/kg超える程、高い熱量の潜熱を放っている。
【0064】
その理由として、実施例1〜3の場合、過冷却防止剤20(20A,20B,20C)は、リン酸水素二ナトリウム十二水和物、リン酸二水素ナトリウム二水和物、及びリン酸三ナトリウム十二水和物と、いずれもナトリウムイオンを含むリン酸塩水和物である。この過冷却防止剤20が、エリスリトール(潜熱蓄熱材10)を主成分に添加されたことにより、80〜100℃近傍の温度で、エリスリトールの結晶化が促され、潜熱蓄熱材10における過冷却現象の発現が、効果的に抑止できているものと推察される。
【0065】
また、リン酸水素二ナトリウム十二水和物の融点は約35℃、リン酸二水素ナトリウム二水和物の融点は約60℃、リン酸三ナトリウム十二水和物の融点は約75℃である。二リン酸ナトリウム十水和物の融点は約79.5℃、亜リン酸水素二ナトリウム五水和物の融点は約53℃、次亜リン酸ナトリウム一水和物の融点は約90℃である。リン酸三アンモニウム三水和物については、熱分解性を有するため、明確な融点を持たない。
【0066】
検証実験では、試料を130℃に加熱しているため、比較例4(実験7)を除く、実験1〜6全ての加熱保持過程において、エリスリトールと過冷却防止剤の双方が融解し、潜熱蓄熱材組成物は、粒子状の組成物を一切含まない液体状態になっているものと、推察される。従って、実施例1〜3に係る実験1〜3で、過冷却防止剤20は、加熱保持過程で融解し、固体状態を維持していないにも関わらず、冷却過程では、エリスリトール(潜熱蓄熱材10)での過冷却現象の発現を、過冷却防止剤20によって抑止する効果は、損なわれていないものと考えられる。
【0067】
次に、本実施形態の潜熱蓄熱材組成物1の作用・効果について説明する。本実施形態の潜熱蓄熱材組成物1は、蓄熱または放熱を行う潜熱蓄熱材10として、糖アルコールに属する物質を主成分に、該潜熱蓄熱材10の結晶化の誘起を促す過冷却防止剤を配合してなる潜熱蓄熱材組成物において、過冷却防止剤20(過冷却防止剤20A,20B,20C)は、ナトリウムイオンを含むリン酸塩水和物であること、を特徴とする。
【0068】
この特徴により、潜熱蓄熱材10であるエリスリトールの結晶化が、80〜100℃近傍の温度で促されて、潜熱蓄熱材10に対する過冷却現象の発現が、効果的に抑止できる。そのため、潜熱蓄熱材組成物1は、その融点に近い温度として、80〜100℃近傍で相変化して固相になり、潜熱を放熱することができる。また、過冷却防止剤20は、80〜100℃よりも低い温度領域に融点を有する。そのため、潜熱蓄熱材組成物1は加熱時に、その構成成分全体で完全に融解するため、容器に充填し易い性状となっている。
【0069】
従って、本実施形態に係る潜熱蓄熱材組成物1によれば、潜熱蓄熱材10に添加した過冷却防止剤20により、過冷却現象の発現を抑え、90〜190℃の温度帯域内で蓄熱された潜熱を、融点に近い温度で放熱することができると共に、蓄熱状態では、過冷却防止剤を含めた全ての構成成分が完全に融解し、均質な液体として取り扱うことができる、という優れた効果を奏する。
【0070】
また、本実施形態の潜熱蓄熱材組成物1では、リン酸塩水和物は、例えば、リン酸水素二ナトリウム十二水和物(NaHPO・12HO)等、リン酸水素二ナトリウム(NaHPO)の水和物であること、を特徴とする。
【0071】
この特徴により、潜熱蓄熱材組成物1(1A)が、その加熱によって、概ね90℃を超え、かつ190℃未満という百数十℃台の温度帯域で、潜熱を蓄えて使用される場合でも、潜熱蓄熱材組成物1Aに蓄熱された潜熱は、熱需要先で、80〜100℃近傍の温度で、より確実に放熱して活用することができる。また、リン酸水素二ナトリウム十二水和物(過冷却防止剤20A)の融点は、約35℃であり、90〜190℃の温度帯域内では、完全に融解する。そのため、潜熱蓄熱材組成物1Aが、その加熱によって、概ね90℃を超え、かつ190℃未満という百数十℃台の温度帯域で、潜熱を蓄えて使用される場合、潜熱蓄熱材組成物1Aは、蓄熱状態では、均質な液体として取り扱うことができる。
【0072】
また、本実施形態の潜熱蓄熱材組成物1では、リン酸塩水和物は、例えば、リン酸二水素ナトリウム二水和物(NaHPO・2HO)等、リン酸二水素ナトリウム(NaHPO)の水和物であること、を特徴とする。
【0073】
この特徴により、潜熱蓄熱材組成物1(1B)が、その加熱によって、概ね90℃を超え、かつ190℃未満という百数十℃台の温度帯域で、潜熱を蓄えて使用される場合でも、潜熱蓄熱材組成物1Bに蓄熱された潜熱は、熱需要先で、80〜100℃近傍の温度で、より確実に放熱して活用することができる。また、リン酸二水素ナトリウム二水和物(過冷却防止剤20B)の融点は、約60℃であり、90〜190℃の温度帯域内では、完全に融解する。そのため、潜熱蓄熱材組成物1Bが、その加熱によって、概ね90℃を超え、かつ190℃未満という百数十℃台の温度帯域で、潜熱を蓄えて使用される場合、潜熱蓄熱材組成物1Bは、蓄熱状態では、均質な液体として取り扱うことができる。
【0074】
また、本実施形態の潜熱蓄熱材組成物1では、リン酸塩水和物は、例えば、リン酸三ナトリウム十二水和物(NaPO・12HO)等、リン酸三ナトリウム(NaPO)の水和物であること、を特徴とする。
【0075】
この特徴により、潜熱蓄熱材組成物1(1C)が、その加熱によって、概ね90℃を超え、かつ190℃未満という百数十℃台の温度帯域で、潜熱を蓄えて使用される場合でも、潜熱蓄熱材組成物1Cに蓄熱された潜熱は、熱需要先で、80〜100℃近傍の温度で、より確実に放熱して活用することができる。また、リン酸三ナトリウム十二水和物(過冷却防止剤20C)の融点は、約75℃であり、90〜190℃の温度帯域内では、完全に融解する。そのため、潜熱蓄熱材組成物1Bが、その加熱によって、概ね90℃を超え、かつ190℃未満という百数十℃台の温度帯域で、潜熱を蓄えて使用される場合、潜熱蓄熱材組成物1Bは、蓄熱状態では、均質な液体として取り扱うことができる。
【0076】
また、本実施形態の潜熱蓄熱材組成物1では、当該潜熱蓄熱材組成物1全体の重量に占める過冷却防止剤20の含有比率は、0wt%より大きく、5wt%以下の範囲内であること、を特徴とする。
【0077】
この特徴により、過冷却防止剤20は、このような含有比率で配合されているだけで、主成分であるエリスリトール(潜熱蓄熱材10)での過冷却現象の発現を、十分に抑止することができるため、潜熱蓄熱材組成物1において、潜熱の蓄熱量・放熱量は、同体積比で、潜熱蓄熱材10(エリスリトール)単体の場合と比べ、ほとんど低下することはない。すなわち、過冷却防止剤20が、このような含有比率で配合されていれば、主成分であるエリスリトール(潜熱蓄熱材10)での過冷却現象の発現を、十分に抑止することができる。加えて、潜熱蓄熱材組成物1では、潜熱の蓄熱量の低下や、潜熱の放熱量の低下を抑制することができ、体積当たりの蓄熱量・放熱量を高く維持することができる。その一方で、過冷却防止剤20自体は、主成分であるエリスリトール(潜熱蓄熱材10)と同じ温度領域で、蓄熱・放熱特性を具備していない。そのため、過冷却防止剤20の含有比率が5wt%を超えると、潜熱蓄熱材組成物1において、潜熱の蓄熱量・放熱量は、潜熱蓄熱材10(エリスリトール)単体の場合と比べて、顕著に低下する。
【0078】
また、本実施形態の潜熱蓄熱材組成物1では、糖アルコールに属する物質は、エリスリトール(C10)であること、を特徴とする。
【0079】
この特徴により、当該潜熱蓄熱材組成物1は、90〜190℃の温度で加熱された場合に、加熱に伴う変質、変性が、潜熱蓄熱材組成物1に生じることなく、潜熱蓄熱材組成物1は、より確実に潜熱を蓄えると共に、蓄熱した潜熱を放熱することができる。また、潜熱蓄熱材組成物1は、エリスリトールをはじめ、ナトリウムイオンを含むリン酸塩水和物等、構成成分全体を、主として食品添加物等にも用いられている安全性の高い物質で構成されているため、安全性の高い蓄熱材となっている。
【0080】
ところで、潜熱蓄熱材がパラフィン系の場合、潜熱蓄熱材の蓄熱量は物質毎に異なるため、一概に比較はできないが、体積当たりの蓄熱量は、概ね100〜200kJ/kgである。これに対し、同体積比で、潜熱蓄熱材組成物1の蓄熱量は、220kJ/kg超えと、パラフィン系の潜熱蓄熱材と比べて約2倍以上も高い。加えて、潜熱蓄熱材組成物1自体に引火性がなく、火気に関する安全対策を採る必要もないため、潜熱蓄熱材組成物1の使い勝手は良い。
【0081】
また、潜熱蓄熱材組成物1の主成分である潜熱蓄熱材10が、エリスリトール等の糖アルコールに属する物質となっているため、潜熱蓄熱材10により金属に及ぼす腐食の影響は、主成分に無機塩水和物系の潜熱蓄熱材と比べて、小さく抑えられる。従って、この潜熱蓄熱材組成物1が、金属製容器に充填されていても、金属製容器では、潜熱蓄熱材10に起因した腐食の影響を、防止することができている。
【0082】
以上において、本発明を実施形態の実施例1〜3、及び比較例1〜4に即して説明したが、本発明は上記実施形態の実施例1〜3、及び比較例1〜4に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で、適宜変更して適用できる。
【0083】
例えば、実施形態の実施例1〜3では、潜熱蓄熱材10に過冷却防止剤20を添加した潜熱蓄熱材組成物1を挙げたが、潜熱蓄熱材組成物は、過冷却防止剤以外に、必要に応じて、例えば、融点調整剤、増粘剤、着色剤等の添加剤を加えた組成物であっても良い。
【0084】
すなわち、融点調整剤を含有した潜熱蓄熱材組成物では、
「請求項1乃至請求項10のいずれか1つに記載する潜熱蓄熱材組成物において、前記潜熱蓄熱材の融点を調整する融点調整剤が含有されていること、を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。」としても良い。
【符号の説明】
【0085】
1,1A,1B,1C 潜熱蓄熱材組成物
10 潜熱蓄熱材
20,20A,20B,20C 過冷却防止剤
【要約】
【課題】潜熱蓄熱材に添加した過冷却防止剤により、過冷却現象の発現を抑え、90〜190℃の温度帯域内で蓄熱された潜熱を、融点に近い温度で放熱することができると共に、蓄熱状態では、過冷却防止剤を含めた全ての構成成分が完全に融解し、均質な液体として取り扱うことができる潜熱蓄熱材組成物を提供する。
【解決手段】潜熱蓄熱材組成物1は、蓄熱または放熱を行う潜熱蓄熱材10として、糖アルコールに属する物質を主成分に、潜熱蓄熱材10の結晶化の誘起を促す過冷却防止剤20を配合してなる潜熱蓄熱材組成物において、糖アルコールに属する物質(潜熱蓄熱材10)は、エリスリトールであり、過冷却防止剤20は、ナトリウムイオンを含むリン酸塩水和物である。
【選択図】図1
図1
図2
図3
図4
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図6
図7
図8
図9