(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6683011
(24)【登録日】2020年3月30日
(45)【発行日】2020年4月15日
(54)【発明の名称】質量分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20060101AFI20200406BHJP
【FI】
G01N27/62 V
【請求項の数】7
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2016-100129(P2016-100129)
(22)【出願日】2016年5月19日
(65)【公開番号】特開2017-207377(P2017-207377A)
(43)【公開日】2017年11月24日
【審査請求日】2018年5月9日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000122298
【氏名又は名称】王子ホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100097113
【弁理士】
【氏名又は名称】堀 城之
(72)【発明者】
【氏名】武井 俊達
(72)【発明者】
【氏名】近藤 光隆
【審査官】
吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】
特開2010−156619(JP,A)
【文献】
特開2012−025995(JP,A)
【文献】
特開2004−085517(JP,A)
【文献】
特開2003−021619(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2003/0027349(US,A1)
【文献】
特開2011−058859(JP,A)
【文献】
特開2010−194509(JP,A)
【文献】
特表2003−507733(JP,A)
【文献】
米国特許第07059206(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60−70、92
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硝酸以外の酸が含まれる試料溶液に含まれる被測定元素の分析をICP質量分析によって行う質量分析方法であって、
前記被測定元素は、亜鉛、銅の少なくともいずれかであり、
前記被測定元素を選択的に吸着させるキレート樹脂に対して前記試料溶液を通液させることによって前記被測定元素を前記キレート樹脂に吸着させるキレート吸着工程と、
前記キレート吸着工程後における前記キレート樹脂に対して、硝酸を含む溶出液を通液して、前記キレート樹脂に吸着された前記被測定元素を前記溶出液中に溶出させる溶出工程と、
通液後の前記溶出液に対してICP質量分析を行う質量分析工程、
を具備することを特徴とする質量分析方法。
【請求項2】
前記酸は、硫酸、リン酸、塩酸のいずれかであることを特徴とする請求項1に記載の質量分析方法。
【請求項3】
前記キレート樹脂は、イミノジカルボン酸型又はポリアミン型であることを特徴とする請求項1又は2に記載の質量分析方法。
【請求項4】
前記キレート樹脂は、官能基としてエチレンジアミン三酢酸及び/又はイミノ二酢酸を具備することを特徴とする請求項3に記載の質量分析方法。
【請求項5】
前記キレート吸着工程を酸性条件下で行うことを特徴とする請求項4に記載の質量分析方法。
【請求項6】
前記試料溶液のpHを4.5以上7.0未満の範囲として前記キレート吸着工程を行うことを特徴とする請求項5に記載の質量分析方法。
【請求項7】
前記試料溶液は、河川水、海水、パルプ廃液、パルプ化工程液、水道水、イオン交換水のいずれかであることを特徴とする請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載の質量分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶液中における微量な金属等の分析を行う質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
各種の排水や河川水、海水等の溶液中における金属元素の含有量を測定することは、環境管理上、極めて重要である。このような溶液中における微量の金属元素等の分析を行うための分析方法として、ICP(Inductively Coupled Plasma:誘導結合プラズマ)質量分析法:ICP−MSが知られている。ICP−MSにおいては、誘導結合プラズマ化されたガス(例えばAr)中に、直接の分析対象となる溶液がエアロゾル化されて噴射されることによって、溶液中の物質がイオン化される。このイオンの軌道が質量電荷比毎に分離されるような電磁場を印加し、イオンを特定の質量電荷比毎に分離して検出することができる。同様にICP化された元素からの発光分析を行うことにより元素の分析を行うICP−OES(ICP発光分光分析)と比べて、ICP−MSにおいては、より微量の金属等を高い精度で分析することができる。
【0003】
例えば、特許文献1には、蛍石(主成分CaF
2)に対する不純物分析を行う際に、ICP−MSを適用することが記載されている。ここで、分析対象となる元素は、蛍石の光学特性に影響を与える元素であり、主に希土類元素である。この際、キレート樹脂を用いて被測定元素の濃度を濃縮してからICP−MSを適用することによって、数十ppb以下の濃度の被測定元素を検出することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−21619号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
河川や海水中に排出される様々な排水(廃液)中における金属元素(亜鉛、銅等)の濃度の上限値は法的に定められているため、排水中におけるこうした金属元素の分析は極めて重要である。しかしながら、一般的に、こうした排水においては、酸(硫酸等)成分も含まれる場合がある。また、この排水が排出に至るまでの途中の工程においては、酸成分が含まれる場合が多く、この場合においても金属元素の分析が必要となる場合も多い。こうした場合においては、酸に起因して金属元素イオンの質量数と同一あるいは近い質量数をもつイオン(妨害イオン)が生成される場合があり、金属元素イオンと同時にこの妨害イオンも区別なく検出されるため、この金属元素を正確に認識することが困難であった。
【0006】
すなわち、被測定元素(金属元素)と妨害物質(酸)とが共存する溶液中で、被測定元素の質量分析を高精度で行うことは困難であった。
【0007】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであり、上記問題点を解決する発明を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記課題を解決すべく、以下に掲げる構成とした。
本発明の質量分析方法は、
硝酸以外の酸が含まれる試料溶液に含まれる被測定元素の分析をICP質量分析によって行う質量分析方法であって、前記被測定元素は、亜鉛、銅
の少なくともいずれかであり、前記被測定元素を選択的に吸着させるキレート樹脂に対して前記試料溶液を通液させることによって前記被測定元素を前記キレート樹脂に吸着させるキレート吸着工程と、前記キレート吸着工程後における前記キレート樹脂に対して、
硝酸を含む溶出液を通液して、前記キレート樹脂に吸着された前記被測定元素を前記溶出液中に溶出させる溶出工程と、通液後の前記溶出液に対してICP質量分析を行う質量分析工程、を具備することを特徴とする。
本発明の質量分析方法において、前記酸は、硫酸、リン酸、塩酸
のいずれかであることを特徴とする。
本発明の質量分析方法において、前記キレート樹脂は、イミノジカルボン酸型又はポリアミン型であることを特徴とする。
本発明の質量分析方法において、前記キレート樹脂は、官能基としてエチレンジアミン三酢酸及び/又はイミノ二酢酸を具備することを特徴とする。
本発明の質量分析方法は、前記キレート吸着工程を酸性条件下で行うことを特徴とする。
本発明の質量分析方法は、前記試料溶液のpHを4.5以上7.0未満の範囲として前記キレート吸着工程を行うことを特徴とする。
本発明の質量分析方法において、前記試料溶液は、河川水、海水、パルプ廃液、パルプ化工程液、水道水、イオン交換水のいずれかであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明は以上のように構成されているので、被測定元素と妨害物質とが共存する溶液中で、被測定元素の質量分析を高精度で行うことができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態に係る質量分析方法について説明する。この質量分析方法は、分析対象となる溶液(試料溶液)中の金属元素を被測定元素とし、最終的な被測定元素の検出は、ICP−MS(ICP質量分析)を用いて行われる。特に、ICP−MSにおいて直接分析される溶液の作成手順、あるいは溶液の前処理に特徴を有する。
【0011】
ここで、被測定元素となる金属元素は、亜鉛(Zn)、銅(Cu)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、鉄(Fe)、マンガン(Mn)、カドミウム(Cd)のいずれかであり、特にこれらが排水中に含まれる場合には、環境管理上、その濃度の上限が制限される。なお、これらの元素は最終的にはICP−MSによって検出(分析)されるが、この際に、これらのうちの複数が混在していても、各々をそれぞれ高精度で分析することができる。
【0012】
ここで、ICP−MSでは、質量電荷比毎に検出がなされるが、ICPで生成されるイオンは主に1価の正イオンであるため、イオンの質量電荷比はほぼ質量数(イオンの質量)に対応する。このため、ここでは、イオンの種類が質量数毎に分離、測定されるが、上記の金属元素単体のイオンの質量数と、この金属元素とは異なる複数の原子が結びついた化合物や分子のイオンの質量数とが、同一もしくは近くなる場合がある。
【0013】
この際、Znの安定な同位体は、主に
64Zn、
66Zn、
67Zn、
68Zn、
70Znである。同様に、Cuの安定な同位体は、主に
63Cu、
65Cuである。ICP−MSにおいては、これらのうちで、存在比率が高く、かつ原子番号が近接する元素の同位体と重複のないものが好ましく用いられ、例えばZnの検出対象としては
66Zn、Cuの検出対象としては
63Cuが好ましく用いられる。
【0014】
これらに近い質量をもち溶液中に存在する妨害イオンとなりうるのは、ClO
2+(質量が67程度)、SO
2+(質量が約64程度)、S
2+(質量が64程度)、PO
2+(質量が63程度)等である。ClO
2+は塩酸(HCl)成分の存在により、SO
2+、S
2+は硫酸(H
2SO
4)成分の存在により、PO
2+はリン酸(H
3PO
4)成分の存在により、試料溶液中に存在しうる。このため、塩酸、硫酸、リン酸等が存在する溶液中においては、これらの妨害イオンがZnイオンやCuイオンと区別されずに検出され、ZnやCuの濃度が高めに算出される場合がある。すなわち、これらの酸の存在下ではZnやCuを高精度で検出することが難しくなる。
【0015】
この質量分析方法においては、まず初めに、分析対象となる試料溶液をキレート樹脂に対して通液し、検出対象となる金属元素(被測定元素)をキレート樹脂に対して吸着させる(キレート吸着工程)。この際、キレート樹脂をイミノジカルボン酸型、ポリアミン型とすることにより、上記の妨害イオン自身や妨害イオンを構成する分子を吸着させずに、被測定元素である金属元素を選択的に吸着させることができる。キレート樹脂における基材樹脂としては、親水性のものを用いることが、水溶液を扱う上では好ましい。この際、これらの金属元素を特に高効率でキレート樹脂に吸着させるためには、試料溶液のpHを4.5以上7.0未満の範囲としてこの工程を行うことが特に好ましい。
【0016】
その後、このキレート樹脂に吸着された金属元素を前記の分析対象となる試料溶液とは別の、この金属元素や前記の酸を含まない溶液(溶出液)中に溶出させる(溶出工程)。具体的には、この工程は、金属元素を吸着後のキレート樹脂に対して酸を含む溶液を通液させることにより行うことができ、通液後のものが溶出液となる。この酸として、前記のような妨害イオンを生成するもの(Zn、Cuの分析に対しては硫酸、塩酸、リン酸)を用いることができないが、妨害イオンを生成しないものを用いることができ、具体的には、硝酸を用いることができる。これにより、溶出液中に前記の金属元素を溶出させることができる。
【0017】
最後に、この溶出液に対してICP−MSを適用する(質量分析工程)。具体的には、ICP化されたAr中に、この溶出液をエアロゾル(霧)化して噴出して溶出液中の原子をイオン化し、このイオンに対する質量分析(例えば四重極質量分析)を行う。分析される溶出液中においては、前記の妨害イオンを構成する物質は除去されているため、金属元素の分析を高精度で行うことができる。ICP−MSの実際の測定結果(質量スペクトル)から実際の被測定元素の濃度を算出するためには、周知のように、予め被測定元素の濃度がわかっている標準試料を試料溶液に対して一定量添加し同様の質量分析方法を適用した際の測定結果と比較を行えばよい。
【0018】
以下に、上記の質量分析方法を実際に行った場合の詳細な手順、結果について説明する。ここでは、被測定元素は、Zn、Cuとされた。
【0019】
被測定元素をZnとし、妨害物質として硫酸を用いた場合について、実施例1、実施例2を用いて調べた。実施例1となるグループ(試料1−1〜1−8)では、分析用試料中のZn濃度は全て10ppb(10μg/L)となるように設定され、これに、妨害物質となる硫酸が、それぞれ0、25、50、100、200、300、400、500ppm添加された。一方、実施例2となるグループ(試料2−1〜2−8)では、Znを全く添加せずに、硫酸濃度が試料1−1〜1−8とそれぞれ同様とされた。ここでは、これらの試料は、純水に対して硫酸を混合した溶液に、Znが所定の濃度だけ含まれる原子吸光用亜鉛標準溶液を所定の比率で混合して得られた。ここで用いられた純水としては、超純水製造装置(商品名Milli−Q Integral:メルクミリポア製)によって比抵抗が18.2MΩ・cm以上にまで精製された超純水が用いられた。
【0020】
上記の分析用試料に対して、キレート吸着工程を適用した。ここで使用されたキレート樹脂としては、上記のようなイミノジカルボン酸型、ポリアミン型のものとして、具体的には、官能基としてエチレンジアミン三酢酸、イミノ二酢酸の2つが用いられた混合型の親水性のもの(商品名NOBIAS CHELETE−PA1:日立ハイテクノロジーズ社製)が用いられた。このキレート樹脂が240mg充填された15mmφ、長さ78mmのシリンジ型のプラスチック製のカラムに対して通液を行うことにより、キレート吸着が行われた。ここでは、通液は、圧力を印加しない自然通液で行われ、この際の通液速度は4〜6ml/min程度であった。
【0021】
キレート吸着工程に際しては、まず、上記のカラムに対して洗浄、コンディショニングが行われた。洗浄としては、まず、10mlのアセトンを加えてキレート樹脂を膨潤させ、その後で3mol/Lの硝酸を10mL通液させた後に上記の超純水を20mL通液させてこれらの不純物成分を除去した。コンディショニングとして、0.1mol/Lの酢酸アンモニウム溶液を10mL通液させた。
【0022】
その後、前記の分析用試料を通液させ、上記のキレート樹脂に分析用試料中のZnを吸着させた。この際、分析用試料に混在している硫酸成分はキレート樹脂には吸着されない。また、分析用試料のpHを、酢酸アンモニウム、硝酸、アンモニアを用いて調整することができ、上記のキレート樹脂に対してはpHが4.5以上7.0未満の範囲で特に高い吸着効率が得られ、特にpH=5.6の場合に吸着率が最大となった。なお、この際、NaやK等のアルカリ金属もキレート樹脂に吸着されなかった。
【0023】
その後、溶出工程として、3mol/L程度の濃度の硝酸を2〜5mL通液させることにより抽出された溶液(溶出液)中に、キレート樹脂に吸着したZnが溶出した。その後、この溶出液を5mLに定容し、ICP−MSの直接の分析対象とし、この溶出液中のZnを質量分析によって検出した。ICP−MSによる分析は、Thermo社製iCAP−QCを用いて行われた。参考として、分析用試料、溶出液中における硫酸の濃度も、イオンクロマトグラフ(Thermo社製ICS−2100使用)によって測定した。
【0024】
実施例1、実施例2に対しては、上記のキレート吸着工程、溶出工程、質量分析工程が同様に行われた。これに対して、比較例1となるグループ(試料C1−1〜C1−8)における分析用試料は、実施例1(試料1−1〜1−8)と同様であるが、キレート吸着工程、溶出工程を経ずにこの分析用試料に対して直接質量分析工程(ICP−MS)が行われた。ここで、比較例1(C1−1〜C1−8)として、実施例1(1−1〜1−8)とそれぞれ同様の試料溶液に対して、キレート吸着工程、溶出工程を行わず、試料溶液を直接ICP−MSによってZnの分析を行った。
【0025】
実施例1、実施例2、比較例1の各試料における硫酸、Znの設定組成、及びICP−MSによって測定されたZn濃度、イオンクロマトグラフによって測定された硫酸濃度を表1に示す。ここで、Znは質量数66としての濃度(ppb)である。また、NDはイオンクロマトグラフによる硫酸の検出限界濃度である0.08ppm以下であったことを示す。
【0027】
表1より、実施例1においてICP−MSによって検出されたZn濃度は全て10ppbであり、設定値と検出精度内で等しいことが確認された。また、同様に溶出工程後の溶出液に対してICP−MSを適用した実施例2の各試料においては、Znは検出限界以下であった。すなわち、実施例1、実施例2の各試料に対してはZn濃度が正確に検出された。また、実施例1の各試料では、溶出液における硫酸濃度はいずれも検出限界以下であり、キレート吸着工程、溶出工程を経た溶出液では、妨害物質となる硫酸成分が充分除去されていることが確認された。
【0028】
一方、キレート吸着工程、溶出工程が行われなかった比較例1においては、試料C1−1(硫酸添加なし)ではZn濃度は10ppbであり設定値と合致したが、これ以外の試料では、Zn濃度が高めに検出された。特に、硫酸濃度が100ppm以上の場合には、検出されたZn濃度は12ppbと、誤差が大きくなることが確認された。一方、比較例1においては、イオンクロマトグラフによって±1ppmの範囲で設定値通りの濃度の硫酸が検出された。比較例1においてZn濃度が高めに検出された原因は、
66Znの検出に対する硫酸起因の妨害イオンの影響であると考えられる。
【0029】
以上により、実施例1、実施例2の各試料においては、妨害物質として硫酸が混在している場合であっても、キレート吸着工程、溶出工程を経ることによって、質量分析工程でZn濃度を正確に算出できることが確認された。
【0030】
同様に、Cuの検出について、実施例3、実施例4、比較例2を用いて調べた。ここで妨害物質として想定されるのはリン酸であり、リン酸が上記の硫酸の代わりに用いられた。このため、Cuを上記と同様に10ppb、かつリン酸を上記の硫酸に代わり同様に添加した実施例3となるグループ(試料3−1〜3−8)、Cu添加を行わずリン酸添加のみを行った実施例4となるグループ(試料4−1〜4−8:上記の試料2−1〜2−8と同じ)に対して、上記の実施例1、2と被測定元素をCuとした以外は同様にICP−MSによる測定を行った。また、比較例2(試料C2−1〜C2−8)においては、実施例3(試料3−1〜3−8)と同様の試料に対して、キレート吸着工程、溶出工程を経ずに試料溶液に対して直接質量分析工程(ICP−MS)が行われた。
【0031】
実施例3、実施例4、比較例2の各試料におけるリン酸、Cuの設定組成、及びICP−MSによって測定されたCu濃度、イオンクロマトグラフによって測定されたリン酸濃度を表2に示す。ここで、Cuは、
63Cu(質量数63)として検出された。ここで、NDはイオンクロマトグラフによるリン酸の検出限界濃度である0.3ppm以下であることを示す。
【0033】
表2より、実施例3においてICP−MSによって検出されたCu濃度は全て10ppbであり、設定値と検出精度内で等しいことが確認された。また、同様に溶出工程後の溶出液に対してICP−MSを適用した実施例4の各試料においては、Cuは検出限界以下であった。すなわち、実施例3、実施例4の各試料に対してはCu濃度が正確に検出された。一方、実施例3の各試料では、溶出液におけるリン酸濃度はいずれも検出限界以下であり、キレート吸着工程、溶出工程を経た溶出液では、妨害物質となるリン酸成分が充分除去されていることが確認された。
【0034】
一方、キレート吸着工程、溶出工程が行われなかった比較例2においては、試料C2−1(リン酸添加なし)ではCu濃度は10ppbであり設定値と合致したが、これ以外の試料では、Cu濃度が高めに検出された。特に、リン酸濃度が200ppm以上の場合には、検出されたCu濃度は13ppbと、誤差が大きくなることが確認された。一方、比較例2においては、イオンクロマトグラフによって±1ppmの範囲で設定値通りの濃度のリン酸が検出された。比較例2においてCu濃度が高めに検出された原因は、
63Cuの検出に対する上記の妨害イオンの影響であると考えられる。
【0035】
以上により、実施例3、実施例4の各試料においては、妨害物質としてリン酸が混在している場合であっても、キレート吸着工程、溶出工程を経ることによって、質量分析工程でCu濃度を正確に算出できることが確認された。
【0036】
上記の例では、Zn、Cuの分析について説明したが、同様のキレート樹脂に対して選択的に吸着させることが可能な金属元素としてNi、Co、Fe、Mn、Cdについても、同様の質量分析方法を適用することができる。この際、分析用試料中の妨害物質となり得る酸としては、上記の硫酸やリン酸の他に、塩酸、硝酸がある。一方、溶出液において使用する酸としては、上記のZn、Cuの分析においては硝酸が利用されたが、他の金属元素に対しては、硫酸、塩酸、硝酸、リン酸の中で、各金属元素の妨害物質とならない(各金属元素イオンと質量の近いイオンが生成されない)ものを用いることができる。
【0037】
特に、海や川に流される排水や、海水や河川水においては、許容される金属元素濃度の上限値が厳格に規定されている。また、こうした排水は、金属元素と同時に、金属元素の質量分析を行う際の妨害物質も含有する場合も多い。こうした場合に金属元素の質量分析を行う場合において、上記の質量分析方法は、有効である。
【0038】
また、例えば木材チップ等から紙の素材となるパルプ繊維を製造するためのクラフトパルプ製造工程においては、木材チップが蒸解された白液、パルプ以外の樹脂成分であるリグニン等をパルプ成分から溶出分離させた黒液等が扱われる。黒液はクラフトパルプ製造工程における廃液(パルプ廃液)として扱われ、濃縮された後に燃焼処理される。ただし、この燃焼後の無機成分を溶解させた液(緑液)は、アルカリ回収工程によって白液に転換されて再利用される。このため、クラフトパルプ製造工程においては、本来の廃棄対象であるパルプ廃液(黒液)や、これ以外のクラフトパルプ工程で扱われるパルプ化工程液(白液、緑液等)が希釈された状態で環境水中に排出される可能性がある。これらの液体に含まれる金属元素の濃度を調べることは重要であり、こうした場合に上記の質量分析方法は有効である。特に、これらの液体においては、被測定元素となる金属元素の検出における妨害物質が混在している場合も多いため、上記の質量分析方法は、特に有効である。
【0039】
同様に、水道水や、イオン交換樹脂にこれを通過させた後のイオン交換水を試料溶液とすることもできる。また、KP(クラフトパルプ)苛性化工程で発生する様々なスラッジ(炭酸カルシウム、生石灰、脱カリウム処理が施された電気集塵機捕集灰(EP灰)や、脱水ケーキ等)の処理に伴う各種の水溶液を試料溶液とし、水溶液中の金属の分析を行う際にも、上記の質量分析方法は有効である。
【0040】
更に、キレート樹脂に対して上記の金属元素を選択的に吸着させることができる一方で、キレート樹脂に対して吸着されない妨害物質に対して、例えばキレート樹脂の種類(官能基)を適宜選択することにより、上記の金属元素以外の被測定元素に対しても、上記の質量分析方法を適用することができる。この際、溶出液として上記の例では硝酸(酸)が用いられたが、溶出液の組成に対しても、妨害物質とならずかつ被測定元素を溶出できるものを適宜用いることができる。
【0041】
また、上記の例では質量分析工程においてICP−MSが用いられたが、同様に被測定元素(イオン)の質量に応じた分析を行う他の質量分析を質量分析工程で用いることもできる。この場合において、より質量分解能の高い質量分析を用いた場合でも、被測定元素(イオン)の質量数と妨害物質により生成され質量分析の際に溶液中に存在するイオンの質量数とが等しい場合には、妨害物質による影響を除去するのが困難であるところ、同様のキレート吸着工程、溶出工程によって、この影響を除去することができる。