(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
携帯機器等の各種電子機器の電源回路に用いられる電子部品として、トランス、チョークコイル、インダクタ等のコイル型電子部品が知られている。
【0003】
このようなコイル型電子部品は、所定の磁気特性を発揮する磁性体の周囲に、電気伝導体であるコイル(巻線)が配置されている構成を有している。磁性体としては、所望の特性に応じて、種々の材料を用いることができる。特に、積層型のコイル型電子部品においては、磁性体として、高透磁率かつ低電力損失であるフェライト材料が用いられてきた。
【0004】
近年、コイル型電子部品のさらなる小型化、低損失化、高周波数化に対応するため、フェライト材料よりも、飽和磁束密度が高く、高磁界下においても良好な直流重畳特性を有する軟磁性金属材料を磁性体として用いることが試みられている。
【0005】
軟磁性金属材料としては、純鉄、Fe−Ni合金、Fe−Si合金、Fe−Si−Al合金等が例示される。大電流が流されるパワーコイル用途では、金属軟磁性材料として、直流重畳特性が良好なFe−Si合金が好適である(たとえば、特許文献1)。
【0006】
コイル型電子部品の磁性体として、軟磁性金属材料を用いる場合、軟磁性金属材料の絶縁性が問題となる。特に、積層コイル型電子部品の場合、磁性体と電気伝導体であるコイル導体とが直接接触しているため、絶縁性が低い軟磁性金属材料で磁性体を構成すると、電圧印加時に短絡(ショート)が発生してしまい、電子部品として成立しない。したがって、磁気特性が良好であっても、ショートが発生してしまうほど絶縁性が低い軟磁性金属材料は磁性体として用いることができないという問題がある。
【0007】
また、電源用チョークコイル等の磁心として、絶縁性が低い軟磁性金属材料を用いると、各軟磁性金属粒子には渦電流が発生し、この渦電流による損失が大きくなってしまう。そのため、軟磁性金属粉末を圧縮成形する際、あるいは、その前後に、軟磁性金属粉末を構成する粒子に絶縁層を設けて渦電流による損失を抑制している。
【0008】
しかしながら、軟磁性金属粒子に絶縁層を設ける処理を行ったとしても、渦電流による損失は抑制できるものの、磁心の比抵抗は未だ低く、磁心の表面に絶縁処理を施さなければ、磁心に形成される端子電極間でショートが発生するという問題がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、このような実状に鑑みてなされ、その目的は、高い比抵抗と所定の磁気特性とを両立可能な軟磁性金属材料から構成される磁性体を有する電子部品等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、鉄を主成分とする軟磁性金属材料に含まれる種々の不純物のうち、リン(P)に着目し、リンの含有量を特定の範囲に制御することにより軟磁性金属材料が高い比抵抗を示すことを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明の第1の態様は、
[1]Fe−Si系合金から構成される軟磁性金属粒子を複数含む軟磁性金属粉末であって、
Fe−Si系合金は、Feの含有量およびSiの含有量の合計100質量%に対して、Pを110〜650ppm含有する軟磁性金属粉末である。
【0013】
上記の軟磁性金属粉末を用いて、軟磁性金属焼成体を作製すると、当該焼成体の比抵抗を高くすることができることに加えて、当該焼成体は所定の磁気特性を発揮することができる。したがって、当該焼成体は、比抵抗と所定の磁気特性とを両立することができる。
【0014】
[2]Feの含有量およびSiの含有量の合計100質量%において、Siの含有量が4.5〜7.5質量%である[1]に記載の軟磁性金属粉末である。
【0015】
Fe−Si系合金におけるSiの含有量の割合を上記の範囲とすることにより、上記の効果をより向上させることができる。
【0016】
[3]軟磁性金属粉末の平均粒子径(D50)が、2.0〜20.0μmである[1]または[2]に記載の軟磁性金属粉末である。
【0017】
軟磁性金属粉末の平均粒子径を上記の範囲とすることにより、上記の効果をより向上させることができる。
【0018】
本発明の第2の態様は、
[4]Fe−Si系合金から構成される軟磁性金属焼成粒子を含む軟磁性金属焼成体であって、
Fe−Si系合金は、Feの含有量およびSiの含有量の合計100質量%に対して、Pを110〜650ppm含有する軟磁性金属焼成体である。
【0019】
上記の軟磁性金属焼成体は、比抵抗が高く、電子部品においてショートが発生しないことに加えて、所定の磁気特性を発揮することができる。したがって、当該焼成体は、高い比抵抗と所定の磁気特性とを両立することができる。
【0020】
[5]Feの含有量およびSiの含有量の合計100質量%において、Siの含有量が4.5〜7.5質量%である[4]に記載の軟磁性金属焼成体である。
【0021】
Fe−Si系合金におけるSiの含有量の割合を上記の範囲とすることにより、上記の効果をより向上させることができる。
【0022】
[6]軟磁性金属焼成粒子の平均粒子径(D50)が、2.0〜20.0μmである[4]または[5]に記載の軟磁性金属焼成体である。
【0023】
軟磁性金属粉末の平均粒子径を上記の範囲とすることにより、上記の効果をより向上させることができる。
【0024】
本発明の第3の態様は、
[7]コイル導体と磁性体とが積層された素子を有する積層コイル型電子部品であって、
磁性体が、[4]から[6]のいずれかに記載の軟磁性金属焼成体から構成されている積層コイル型電子部品である。
【0025】
積層コイル型電子部品においては、電気伝導体であるコイル導体と磁性体とは直接接触している。そのため、磁性体の比抵抗が低い場合、短絡が生じて、電子部品としての性能が全く発揮されなくなってしまう。これに対し、上記の積層コイル型電子部品では、磁性体を、上記の軟磁性金属焼成体で構成している。その結果、コイル導体と直接接触していても磁性体は短絡が生じない程度の高い比抵抗を有している。したがって、磁性体が上記の軟磁性金属焼成体から構成されている積層コイル型電子部品はショートせず、所定の磁気特性を発揮することができる。
【0026】
本発明の第4の態様は、
[8]磁心を有するコイル型電子部品であって、
磁心が、[4]から[6]に記載の軟磁性金属焼成体から構成されているコイル型電子部品である。
【0027】
磁心を有するコイル型電子部品では、磁心を上記の軟磁性金属焼成体で構成することにより、磁心表面に絶縁処理を施さなくてもショートしない。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明を、図面に示す実施形態に基づき、以下の順序で詳細に説明する。
1.軟磁性金属粉末
2.軟磁性金属焼成体
3.コイル型電子部品
3.1 積層インダクタ
3.1.1 積層インダクタの製造方法
3.2 チョークコイル
3.2.1 チョークコイルの製造方法
4.本実施形態の効果
【0030】
(1.軟磁性金属粉末)
本実施形態に係る軟磁性金属粉末は、複数の軟磁性金属粒子の集合体である。軟磁性金属粒子は、Fe−Si系合金から構成される。本実施形態では、Fe−Si系合金において、Feの含有量とSiの含有量との合計を100質量%とした場合、後述するリンを含むその他の元素の含有量は、酸素(O)を除き、最大でも0.15質量%以下であることが好ましい。クロム(Cr)およびアルミニウム(Al)に関しては、それぞれの含有量が0.03質量%以下であることが好ましい。すなわち、本実施形態では、Fe−Si系合金は、Fe−Si−Al合金、Fe−Si−Cr合金等は含まない。
【0031】
また、Fe−Si系合金はリン(P)を有している。本実施形態では、リン(P)は、Feの含有量とSiの含有量との合計100質量%に対して、110〜650ppm、すなわち、0.0110〜0.0650質量%含有されている。このような軟磁性金属粒子から構成される軟磁性金属粉末を用いて焼成体を作製することにより、高い比抵抗と所定の磁気特性とを両立可能な軟磁性金属焼成体を得ることができる。
【0032】
リン(P)の含有量は、Feの含有量とSiの含有量との合計100質量%に対して、120ppm以上であることが好ましく、150ppm以上であることがより好ましい。また、Feの含有量とSiの含有量との合計100質量%に対して、600ppm以下であることが好ましく、550ppm以下であることがより好ましい。
【0033】
軟磁性金属粒子中のリン(P)の含有量を上記の範囲内とすることにより、比抵抗を高く維持しつつ、透磁率を高めることが容易となる。
【0034】
なお、Feの含有量およびSiの含有量の合計を100質量%とした場合、Siの含有割合の上限は、10質量%以下であることが好ましく、7.5質量%以下であることがより好ましい。
【0035】
Siの含有割合が多すぎる場合、軟磁性金属粉末を用いて成形する際の成形性が悪化し、その結果、焼成後の焼成体密度が低下する傾向にある。さらに、熱処理後の合金焼成粒子の酸化状態を適切に維持できず、特に透磁率が低下する傾向にある。
【0036】
また、Feの含有量およびSiの含有量の合計を100質量%とした場合、ケイ素の割合の下限は、Si換算で、1.0質量%以上であることが好ましく、2.0質量%以上であることがより好ましく、4.5質量%以上であることがさらに好ましい。
【0037】
Siの含有割合が少なすぎる場合、成形性は向上するものの、熱処理後の合金焼成粒子の酸化状態を適切に維持できず、比抵抗が低下する傾向にある。
【0038】
本実施形態に係る軟磁性金属粉末の平均粒子径(D50)は、2.0μm以上であることが好ましく、2.5μm以上であることがより好ましい。また、当該平均粒子径(D50)は、20.0μm以下であることが好ましく、15.0μm以下であることがより好ましい。軟磁性金属粉末の平均粒子径を上記の範囲内とすることにより、比抵抗を高く維持しつつ、透磁率を高めることが容易となる。平均粒子径の測定方法としては、レーザー回折散乱法を用いることが好ましい。なお、軟磁性金属粉末を構成する軟磁性金属粒子の形状は特に制限されない。
【0039】
(2.軟磁性金属焼成体)
本実施形態に係る軟磁性金属焼成体は、複数の軟磁性金属焼成粒子が互いに接続した構成を有している。具体的には、互いに接触している軟磁性金属粒子に含まれる元素と他の元素(たとえば、酸素(O))との反応に起因する結合を介して複数の軟磁性金属焼成粒子同士が接続している。本実施形態に係る軟磁性金属焼成体においては、熱処理により軟磁性金属粉末由来の軟磁性金属粒子が互いに接続されて軟磁性金属焼成粒子となるが、各粒子はほとんど粒成長しない。
【0040】
本実施形態に係る軟磁性金属焼成体は、上述した軟磁性金属粉末を成形・焼成して製造することが好ましい。
【0041】
軟磁性金属焼成体に含まれる軟磁性金属焼成粒子は、Fe−Si系合金から構成される。本実施形態では、上述した軟磁性金属粉末と同様に、Fe−Si系合金において、Feの含有量とSiの含有量との合計を100質量%とした場合、後述するリンを含むその他の元素の含有量は、酸素(O)を除き、最大でも0.15質量%以下であることが好ましい。クロム(Cr)およびアルミニウム(Al)に関しては、それぞれの含有量が0.03質量%以下であることが好ましい。すなわち、本実施形態では、Fe−Si系合金は、Fe−Si−Al合金、Fe−Si−Cr合金等は含まない。
【0042】
また、Fe−Si系合金はリン(P)を有している。リン(P)は、Feの含有量とSiの含有量との合計100質量%に対して、110〜650ppm、すなわち、0.0110〜0.0650質量%含有されている。
【0043】
本実施形態に係る軟磁性金属焼成体が、リンを上記の範囲で含有していることにより、電子部品においてショートが生じない程度の高い比抵抗、たとえば、1.0×10
5Ω・cm以上の比抵抗を示すことができる。さらに、所定の磁気特性を発揮することができる。
【0044】
本実施形態に係る軟磁性金属焼成体が上述した特性を有する理由としては、明らかではないが、たとえば、以下のような推測が成り立つ。すなわち、Fe−Si合金がリンを所定量含有した状態で熱処理されることにより、熱処理後の軟磁性金属焼成体を構成する軟磁性金属焼成粒子の酸化状態が適切に制御されると考えられる。その結果、熱処理後の軟磁性金属焼成体は、高い比抵抗を示し、しかも所定の磁気特性を発揮できる。したがって、本実施形態に係る軟磁性金属焼成体は、コイル導体と直接接触する磁性体として好適である。
【0045】
リン(P)の含有量は、Feの含有量とSiの含有量との合計100質量%に対して、120ppm以上であることが好ましく、150ppm以上であることがより好ましい。また、Feの含有量とSiの含有量との合計100質量%に対して、600ppm以下であることが好ましく、550ppm以下であることがより好ましい。
【0046】
軟磁性金属焼成体中のリン(P)の含有量を上記の範囲内とすることにより、比抵抗を高く維持しつつ、磁気特性を向上させることが容易となる。
【0047】
なお、Feの含有量およびSiの含有量の合計を100質量%とした場合、Siの含有割合の上限は、10質量%以下であることが好ましく、7.5質量%以下であることがより好ましい。
【0048】
Siの含有割合が多すぎる場合、焼成体における合金焼成粒子の酸化状態が適切でなくなるため、特に透磁率が低下する傾向にある。
【0049】
また、Feの含有量およびSiの含有量の合計を100質量%とした場合、ケイ素の割合の下限は、Si換算で、1.0質量%以上であることが好ましく、2.0質量%以上であることがより好ましく、4.5質量%以上であることがさらに好ましい。
【0050】
Siの含有割合が少なすぎる場合、焼成体における合金焼成粒子の酸化状態が適切でなくなるため、比抵抗が低下する傾向にある。
【0051】
本実施形態では、軟磁性金属焼成粒子の平均粒子径(D50)は、2.0μm以上であることが好ましく、2.5μm以上であることがより好ましい。また、当該平均粒子径(D50)は、20.0μm以下であることが好ましく、15.0μm以下であることがより好ましい。すなわち、軟磁性金属粉末の平均粒子径(D50)と、軟磁性金属焼成粒子の平均粒子径(D50)とはほぼ一致する。上述したように、熱処理を行っても、軟磁性金属粒子はほとんど粒成長しないからである。
【0052】
軟磁性金属焼成粒子の平均粒子径を上記の範囲内とすることにより、比抵抗を高く維持しつつ、透磁率を高めることが容易となる。平均粒子径の測定方法としては、以下のようにして測定することが好ましい。
【0053】
まず、焼成体の断面をSEM観察して、画像解析により焼成粒子の面積を算出し、その面積に相当する円の直径(円相当径)として算出した値を粒子径とする。そして、この粒子径を100個以上の焼成粒子について算出し、D50となる粒子径を平均粒子径とする。なお、軟磁性金属焼成粒子の形状は特に制限されない。
【0054】
(3.コイル型電子部品)
本実施形態に係るコイル型電子部品としては、磁性体として、上述した軟磁性金属焼成体を有していれば、特に制限されない。たとえば、磁性体で構成されたインダクタ部等を含む複合電子部品であってもよい。本実施形態では、積層コイル型電子部品として、
図1に示す積層インダクタが例示される。
【0055】
(3.1 積層インダクタ)
図1に示すように、本実施形態に係る積層インダクタ1は、素子2と端子電極3とを有する。素子2は、磁性体層4の内部にコイル導体5が3次元的かつ螺旋状に埋設された構成を有している。磁性体層4は、上述した軟磁性金属焼成体で構成してある。素子2の両端には、端子電極3が形成されており、この端子電極3は、引出電極5a、5bを介してコイル導体5と接続されている。
【0056】
素子2の形状に特に制限はないが、通常、直方体状とされる。また、その寸法にも特に制限はなく、用途に応じて適当な寸法とすればよい。
【0057】
コイル導体5および引出電極5a、5bの材質は、電気伝導体であれば、特に制限されず、Ag、Cu、Au、Al、Pd、Pd−Ag合金等が用いられる。
【0058】
このような積層インダクタでは、端子電極3を通じて電圧が印加されることにより、コイル導体5の内側に存在する磁性体が所定の性能を発揮し、所定の磁気特性が得られる。
【0059】
本実施形態に係る積層インダクタでは、上述したように、磁性体とコイル導体5とが直接接触しているが、磁性体を構成する軟磁性材料(本実施形態に係る軟磁性金属焼成体)の比抵抗が高いため、電圧を印加してもショートしない。したがって、電子部品として成立するので、所定の性能を発揮することができる。
【0060】
(3.1.1 積層インダクタの製造方法)
続いて、上記の積層インダクタの製造方法の一例について説明する。まず、磁性体層を構成する軟磁性金属焼成体の原料となる軟磁性金属粉末を作製する方法について説明する。本実施形態では、軟磁性金属粉末は、公知の軟磁性金属粉末の作製方法と同様の方法を用いて得ることができる。具体的には、ガスアトマイズ法、水アトマイズ法、回転ディスク法等を用いて作製することができる。これらの中では、所望の磁気特性を有する軟磁性金属粉末が得られやすいという観点から、水アトマイズ法を用いることが好ましい。
【0061】
水アトマイズ法では、溶融した原料(溶湯)をルツボ底部に設けられたノズルを通じて線状の連続的な流体として供給し、供給された溶湯に高圧の水を吹き付けて、溶湯を液滴化するとともに、急冷して微細な粉末を得る。
【0062】
本実施形態では、鉄(Fe)の原料およびケイ素(Si)の原料を溶融し、この溶融物にリン(P)を添加したものを、水アトマイズ法により微粉化することにより、本実施形態に係る軟磁性金属粉末を製造することができる。また、原料中、たとえば、鉄(Fe)の原料中にリン(P)が不可避的不純物として含まれている場合、不可避的不純物としてのリンの含有量と、添加するリン量との合計が上記の範囲内となるように調整された溶融物を水アトマイズ法により微粉化してもよい。あるいは、リンの含有量が異なる複数の鉄(Fe)の原料を用いて、軟磁性金属粉末におけるリンの含有量が上記の範囲内となるように調整された溶融物を水アトマイズ法により微粉化してもよい。
【0063】
続いて、このようにして得られた軟磁性金属粉末を用いて、積層インダクタを製造する。積層インダクタを製造する方法については制限されず、公知の方法を採用することができる。以下では、シート法を用いて積層インダクタを製造する方法について説明する。
【0064】
得られた軟磁性金属粉末を、溶媒やバインダ等の添加剤とともにスラリー化し、ペーストを作製する。そして、このペーストを用いて、焼成後に磁性体となるグリーンシートを形成する。次いで、形成されたグリーンシートの上に、コイル導体となる銀(Ag)等を所定のパターンで形成する。続いて、コイル導体パターンが形成されたグリーンシートを複数積層した後に、スルーホールを介して各コイル導体パターンを接合することで、コイル導体が3次元的かつ螺旋状に形成されたグリーンの積層体が得られる。
【0065】
得られた積層体に対し、熱処理(脱バインダ工程および焼成工程)を行うことにより、バインダを除去し、軟磁性金属粉末に含まれる軟磁性金属粒子が軟磁性金属焼成粒子となり、互いに接続されて固定された(一体化した)焼成体としての積層体を得る。脱バインダ工程における保持温度(脱バインダ温度)は、バインダが分解してガスとして除去できる温度であれば、特に制限されないが、本実施形態では、300〜450℃であることが好ましい。また、脱バインダ工程における保持時間(脱バインダ時間)も特に制限されないが、本実施形態では、0.5〜2.0時間であることが好ましい。
【0066】
焼成工程における保持温度(焼成温度)は、軟磁性金属粉末を構成する軟磁性金属粒子が互いに接続される温度であれば、特に制限されないが、本実施形態では、550〜850℃であることが好ましい。また、焼成工程における保持時間(焼成時間)も特に制限されないが、本実施形態では、0.5〜3.0時間であることが好ましい。
【0067】
熱処理後の軟磁性金属焼成粒子に含有されるリン(P)量は、熱処理前の軟磁性金属粒子に含有されるリン(P)量と一致する。
【0068】
続いて、焼成体としての積層体(素子2)に端子電極3を形成することにより、
図1に示す積層インダクタ1が得られる。この積層インダクタ1が有する磁性体4は、本実施形態に係る軟磁性金属焼成体により構成されているため、コイル導体5と直接接触していても、短絡(ショート)は生じない。しかも、所定の磁気特性を発揮することができる。
【0069】
なお、本実施形態では、脱バインダ工程および焼成工程における雰囲気を調整することが好ましい。具体的には、脱バインダ工程および焼成工程を、大気中のような酸化雰囲気で行ってもよいが、大気雰囲気よりも酸化力の弱い雰囲気下で、脱バインダ工程および焼成工程を行うことが好ましい。このようにすることにより、軟磁性金属焼成体の比抵抗を高く維持しながら、脱バインダ工程および焼成工程を大気雰囲気下で行って得られる軟磁性金属焼成体よりも、焼成体密度、透磁率(μ)等が向上した軟磁性金属焼成体を得ることができる。
【0070】
(3.2 チョークコイル)
本実施形態に係るコイル型電子部品としては、上述した積層コイル型電子部品以外に、所定形状の磁心(磁性体)に巻線が所定巻き数だけ巻回されたコイル型電子部品、たとえば、チョークコイルが例示される。
【0071】
このようなチョークコイルに用いられる磁心の形状としては、
図2に示すようなドラム型の磁心10に加えて、FT型、ET型、EI型、UU型、EE型、EER型、UI型、トロイダル型、ポット型、カップ型等を例示することができる。
【0072】
このような磁心を、上述した軟磁性金属焼成体で構成することにより、比抵抗の高く、所定の磁気特性を発揮できる磁心が得られる。その結果、磁心表面に絶縁処理を施さなくても短絡しないコイル型電子部品が得られる。
【0073】
(3.2.1 チョークコイルの製造方法)
続いて、上記のチョークコイルの製造方法について説明する。チョークコイルが備える磁心の製造方法としては、特に制限されず、公知の方法を採用することができる。まず、磁性体としての磁心を構成する軟磁性金属焼成体の原料となる軟磁性金属粉末を準備する。準備する軟磁性金属粉末は、(3.1.1)と同様の方法により作製された粉末を用いればよい。
【0074】
続いて、軟磁性金属粉末と、結合剤としてのバインダとを混合し、混合物を得る。また、必要に応じて、混合物を造粒粉としてもよい。そして、混合物または造粒粉を、作製すべき磁性体(磁心)の形状に成形し、成形体を得る。得られた成形体に対して、熱処理(脱バインダ工程および焼成工程)を行うことにより、磁心が得られる。得られた磁心に、巻線を所定回数だけ巻回することにより、チョークコイルが得られる。このチョークコイルにおいては、磁心を、本実施形態に係る軟磁性金属焼成体で構成しているため、磁心表面に絶縁処理を施さなくても短絡(ショート)は生じない。しかも、所定の磁気特性を発揮することができる。
【0075】
なお、脱バインダ工程および焼成工程における保持温度および雰囲気については、(3.1.1)と同様にすればよい。
【0076】
(4.本実施形態の効果)
上記の(1)から(3)において説明した本実施形態では、軟磁性金属粉末に含まれる軟磁性金属粒子を構成するFe−Si系合金にリン(P)を所定量含有させている。このような粉末を用いて成形して得られる成形体を熱処理(焼成)することにより、軟磁性金属焼成粒子同士が接続した素体(軟磁性金属焼成体)が得られる。この軟磁性金属焼成体の比抵抗は、たとえば、1.0×10
5Ω・cm以上と高く、しかも所定の磁気特性をも発揮することができる。
【0077】
熱処理前に軟磁性金属粒子がリン(P)を上述した範囲で含有することにより、成形体の熱処理時において、軟磁性金属粒子が酸化されることによる絶縁性の向上と、粒子の酸化に伴う磁気特性を担う領域の減少と、が好適に制御されると思われる。
【0078】
このような高い比抵抗を有しているため、素子内部にコイル導体が埋設され、磁性体とコイル導体とが直接接触している構成を有する積層コイル型電子部品であっても、磁性体を本実施形態に係る軟磁性金属焼成体で構成することにより、短絡が生じない。したがって、本実施形態に係る軟磁性金属焼成体は、積層コイル型電子部品の磁性体として非常に好適である。
【0079】
また、コイル導体としての巻線が巻回される磁心を有するコイル型電子部品において、磁心を本実施形態に係る軟磁性金属焼成体で構成することにより、磁心表面に絶縁処理を施さなくても短絡は生じない。
【0080】
しかも、本実施形態に係る軟磁性金属焼成体およびこれを用いたコイル型電子部品は、比抵抗を高く保ちながら、所定の磁気特性、たとえば、透磁率、インダクタンス、Q値、直流重畳特性等を発揮することができる。
【0081】
さらに、本実施形態では、リン(P)を含む軟磁性金属粉末と、バインダと、を含む成形体を熱処理する際に、脱バインダ工程および焼成工程における雰囲気を、大気雰囲気よりも酸化力の弱い雰囲気とすることが好ましいことを見出している。その結果、上述した効果に加えて、大気雰囲気において脱バインダ工程および焼成工程を行って得られる焼成体に比べて、比抵抗を高く維持しつつ、透磁率を向上できるという効果が得られる。特に、リン(P)の含有量範囲が上述した範囲内である場合に、この効果は顕著に大きくなる。
【0082】
さらに、軟磁性金属粉末の平均粒子径、Fe−Si系合金におけるSiの割合を制御することにより、比抵抗を高く維持しつつ、比抵抗と磁気特性との両立が実現された磁性体を得ることができる。
【0083】
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明は上記の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の範囲内において種々の態様で改変しても良い。
【実施例】
【0084】
以下、実施例を用いて、発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0085】
(実験例1)
まず、原料として、Fe単体およびSi単体のインゴット、チャンク(塊)、またはショット(粒子)を準備した。次に、それらを混合して、水アトマイズ装置内に配置されたルツボに収容した。続いて、不活性雰囲気下において、ルツボ外部に設けたワークコイルを用いて、ルツボを高周波誘導により1600℃以上まで加熱し、ルツボ中のインゴット、チャンクまたはショットを溶融、混合して溶湯を得た。なお、リンの含有量の調整は、軟磁性金属粉末の原料を溶融、混合する際に、Fe単体の原料に含まれるリンの量を調整することで行った。
【0086】
次いで、ルツボに設けられたノズルから、線状の連続的な流体を形成するように供給された溶湯に、高圧(50MPa)の水流を衝突させ、液滴化すると同時に急冷し、脱水、乾燥、分級することにより、Fe−Si系合金粒子からなる軟磁性金属粉末(平均粒子径(D50):5.0μm)を作製した。
【0087】
得られた軟磁性金属粉末を、ICP分析法により組成分析した結果、表1に示す組成およびリン含有量となっていることが確認できた。
【0088】
得られた軟磁性金属粉末に、バインダとしてのアクリル樹脂を添加し造粒粉を作製した。この造粒粉を用いて、外径13mm×内径6mm×高さ2.7〜3.3mmであるドラム形状となるように、成形圧6ton/cm
2で成形した。 次に、大気雰囲気下で、成形体を400℃に保持して脱バインダした後、大気雰囲気下で、脱バインダ後の成形体を600℃−1hの条件で焼成し、トロイダル形状の軟磁性金属焼成体を得た。得られた焼成体について、以下の方法により、焼成体密度、透磁率(μ)および比抵抗(ρ)を測定した。
【0089】
焼成体密度は、得られた焼成体の寸法および重量から算出した。焼成体密度は高い方が好ましい。透磁率は、RFインピーダンスマテリアルアナライザー(アジレントテクノロジー社製:4991A)を用いて、同軸法によりf=2MHzで測定した。透磁率は高い方が好ましい。比抵抗は、両面にIn−Ga電極を塗布し、ウルトラハイレジスタンスメーター(ADVANTEST社製:R8340)で直流抵抗を測定し、体積から比抵抗ρを算出した。比抵抗は、1.0×10
5Ω・cm以上を良好とした。結果を表1に示す。なお、得られた焼成体を解砕してICP分析を行った結果、どの焼成体の組成およびリン含有量も、軟磁性金属粉末の組成およびリン含有量とほぼ一致した。また、上述した方法により、焼成体における軟磁性金属焼成粒子の平均粒子径(D50)を算出した結果、当該平均粒子径(D50)は、軟磁性金属粉末の平均粒子径(D50)とほぼ一致した。
【0090】
【表1】
【0091】
表1より、全ての試料について、比抵抗が良好となっているものの、リン(P)の含有量が上述した範囲外である場合には、透磁率が低下し、比抵抗と磁気特性との両立ができないことが確認できた。
【0092】
一方、リン(P)の含有量が上述した範囲内である場合には、リン(P)の含有量が上述した範囲外である場合に比べて、透磁率が向上し、比抵抗と所定の磁気特性との両立が可能であることが確認できた。
【0093】
(実験例2)
脱バインダ工程における雰囲気を不活性雰囲気(N
2ガス)、焼成工程における雰囲気を不活性雰囲気または還元性雰囲気(N
2=99.5%とH
2=0.5%との混合ガス)とした以外は、実験例1と同じ方法により試料を作製し、実験例1と同じ方法により焼成体特性を評価した。結果を表2に示す。
【0094】
【表2】
【0095】
表2より、脱バインダ工程および焼成工程における雰囲気を、大気雰囲気よりも酸化力の弱い雰囲気とすることにより、比抵抗を高く維持しつつ、透磁率を大幅に向上できることが確認できた。
【0096】
(実験例3)
軟磁性金属粉末の平均粒子径を表3に示すように変化させた以外は、実験例1と同じ方法により試料を作製し、実験例1と同じ方法により焼成体特性を評価した。結果を表3に示す。また、軟磁性金属粒子におけるSiの割合を表4に示すように変化させた以外は、実験例1と同じ方法により試料を作製し、実験例1と同じ方法により焼成体特性を評価した。結果を表4に示す。
【0097】
【表3】
【0098】
【表4】
【0099】
表3および表4より、軟磁性金属粉末の平均粒子径および軟磁性金属粒子におけるSiの割合を制御することにより、比抵抗を高く維持しつつ、透磁率を大幅に向上できることが確認できた。
【0100】
(実験例4)
実験例1において作製した軟磁性金属粉末を、溶媒、バインダ等の添加物と共にスラリー化し、ペーストを作製してグリーンシートを形成した。このグリーンシート上に所定パターンのAg導体(コイル導体)を形成し、積層することにより、2.0mm×1.6mm×1.0mm形状のグリーンの積層インダクタを作製した。
【0101】
次に、大気雰囲気下または不活性雰囲気下で、グリーンの積層インダクタを400℃で脱バインダした後、大気雰囲気下、不活性雰囲気下、または、還元性雰囲気下で、脱バインダ後の積層インダクタを、600℃−1hの条件で焼成し、軟磁性金属焼成体を磁性体層として有する積層インダクタを得た。 得られた積層インダクタに端子電極を形成し、以下の方法により、LおよびQ特性を測定した。LおよびQは、LCRメーター(HEWLETT PACKARD社製:4285A)を用いてf=2MHzで測定した。LおよびQは高い方が好ましい。結果を表5に示す。
【0102】
【表5】
【0103】
表5より、軟磁性金属焼成体を積層インダクタの磁性体層に適用した場合であっても、表1と同様に、リン(P)の含有量が上述した範囲内である場合には、ショートが発生せず、しかも所定の磁気特性(LおよびQ)を確保できることが確認できた。また、脱バインダ工程および焼成工程における雰囲気を、大気雰囲気よりも酸化力の弱い雰囲気とすることにより、比抵抗を高く維持しつつ、磁気特性(LおよびQ)を向上できることが確認できた。