(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6683635
(24)【登録日】2020年3月30日
(45)【発行日】2020年4月22日
(54)【発明の名称】高強度薄鋼板のパルスMAG溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 35/30 20060101AFI20200413BHJP
B23K 9/23 20060101ALI20200413BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20200413BHJP
C22C 38/04 20060101ALN20200413BHJP
【FI】
B23K35/30 320F
B23K9/23 A
!C22C38/00 301A
!C22C38/04
【請求項の数】1
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-3371(P2017-3371)
(22)【出願日】2017年1月12日
(65)【公開番号】特開2018-111114(P2018-111114A)
(43)【公開日】2018年7月19日
【審査請求日】2019年6月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】302040135
【氏名又は名称】日鉄溶接工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120868
【弁理士】
【氏名又は名称】安彦 元
(72)【発明者】
【氏名】木本 勇
(72)【発明者】
【氏名】岩上 友勝
(72)【発明者】
【氏名】土久岡 諒
【審査官】
川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】
特開2007−301623(JP,A)
【文献】
特開2001−321985(JP,A)
【文献】
特開2010−158716(JP,A)
【文献】
特開昭47−034038(JP,A)
【文献】
特開昭60−196286(JP,A)
【文献】
特開平07−195193(JP,A)
【文献】
特開2013−188771(JP,A)
【文献】
米国特許第05523540(US,A)
【文献】
中国特許第102218621(CN,B)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/00−35/40
C22C 38/00−38/60
B23K 9/23
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
板厚1.2〜3.2mmである高強度薄鋼板のパルスMAG溶接方法において、
ワイヤ全質量に対する質量%で、
C:0.02〜0.15%、
Si:0.30〜0.60%、
Mn:1.20〜1.90%、
Ni:2.0〜4.0%、
Cr:0.30〜0.70%、
Mo:0.40〜0.80%、
かつCrとMoの合計:0.75〜1.15%、
Ti:0.02〜0.07%、
Cu:0.10〜0.40%を含有し、
P:0.03%以下、
S:0.03%以下であり、
残部はFe及び不可避不純物よりなるソリッドワイヤを用いて、
パルスピーク電流(Ip):440〜600A、
パルスベース電流(Ib):30〜80Aとし、
前記パルスピーク電流(Ip)とパルスピーク時間(Tp)が下記式(1)を満足するパルスを付加して溶接することを特徴とする高強度薄鋼板のパルスMAG溶接方法。
415≦Ip(A)×Tp(msec) ≦ 780・・・・・(1)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、引張強度が780MPa以上の高強度薄鋼板のパルスMAG溶接方法に関し、特に板厚が1.2〜3.2mmの高強度薄鋼板の重ね継手部やT継手部を溶接するに際してアークを安定させ、止端部のなじみが良好で、溶接部のギャップが大きい場合においてもビード幅の広い溶接ビードが得られ、溶接欠陥がなく、かつ優れた溶接金属の機械的性能が得られるなど、高能率で高品質な溶接部を得る上で好適な高強度薄鋼板のパルスMAG溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保全の見地から、自動車の燃費向上が重要な課題となっており、車体材料の高強度化のために使用鋼板の薄肉化が進められている。例えば特許文献1には、引張最大強度780MPa以上の高強度鋼板で衝突時の衝撃吸収能に優れた自動車用鋼板が開示されている。また特許文献2には、引張強さが980MPa以上の高強度鋼板で成形性の優れた自動車用鋼板が開示されている。
【0003】
自動車用薄鋼板の溶接は、ソリッドワイヤを用いて継手部の品質特性の面からスパッタの発生量を低減させて部材への付着を少なくする目的と、高速溶接性確保の面からシールドガスとしてArガスを主成分とし、これにCO
2ガスを混合、さらにはO
2ガスを混合したガスを用いたパルスMAG溶接方法が近年増加している。パルスMAG溶接方法は、平均電流を低くして溶接できることから薄鋼板の溶接では耐溶け落ち性も向上できるとともに、高速度の溶接条件で施工されるので生産性が高く、品質の良好な溶接継手部が得られる。
【0004】
パルスMAG溶接とは、溶接電流として平均電流値より高電流となるピーク電流と平均電流値より低電流としたベース電流を周期的に流す溶接方法である。これによりピーク電流期間では一定に送給されている溶接用ワイヤを電磁ピンチ力などの作用で溶滴状態に溶融させ、ベース電流期間中にこの溶滴を溶融池に安定的に移行させるので、高速溶接時にアンダーカットを抑制するために溶接中のアーク電圧が低くなった場合においても溶滴が溶融池と短絡することなくスムーズに溶融池へ移行させることができる。
【0005】
このように、パルス溶接電源を適用することにより、パルスMAG溶接においてピーク電流、ピーク時間、アーク電圧の積からなる溶融エネルギーに対応したワイヤ送給量毎の溶滴生成量にする。すなわち、1回のパルスピーク電流時に1個の溶滴を生成させ、ベース電流期間に溶滴を溶融池に規則的に移行させる1パルス−1ドロップ移行となるパルス条件とするにより、溶滴はスムーズに溶融池に移行してスパッタ発生量が低減される。このため溶接電源は、溶接用ワイヤの送給速度に対応してパルスの周波数を数十Hz〜300Hz程度まで変化させることが可能となっている。
【0006】
一方、ピーク電流、ピーク時間、アーク電圧の積からなるワイヤを溶融するエネルギーがワイヤ送給量と不均衡になると、溶滴の形成がベース電流期間となり、溶滴形成がピーク電流期間の初期時に終了した溶滴はスムーズに移行できなくなり、スパッタとして飛散する。また溶滴移行時期がベース電流期間及びピーク電流期間に不連続に発生することになり、スパッタとして飛散するばかりでなく不均一なビード形状となる。
【0007】
特にガスシールドアーク溶接での高速度溶接においてはアンダーカットが発生し易く、これを抑制する方法としてはアーク電圧を低くした溶接条件を採用することが一般的であるが、アークの広がりが小さくなるのでビード幅も狭くなり、ビード幅の広い良好な継手の形成が困難となる。また薄鋼板の構造物の形状は複雑化し、溶接部においても継手部の形状は複雑で溶接狙い精度が要求され、ワイヤ狙い精度の不安定状態により鋼板の溶け落ちや溶け込み不良さらにはアーク状態の安定性劣化によるスパッタの多発、ビード形状の不良などの要因となる。
【0008】
図1(a)、(b)、(c)、(d)、(e)に薄鋼板の重ね継手部の横向姿勢においてギャップがある場合のビード形成状態の例を示す。前板1に対して後側に後板2を位置させ、この前板1及び後板2にそれぞれ溶接金属3を形成させる。この前板1と後板2との間にはギャップGが形成されている。
図1(a)は、溶け落ちやビードの垂れおよびアンダーカットがなくビード幅Wが大きく良好な溶接金属3が得られた例を示す。
図1(b)は、アンダーカット4が生じた例を示す。
図1(c)は、溶融金属3が前板1側に垂れた例を示す。
図1(d)は、鋼板(後板2)が溶け落ちた例を示す。
図1(e)は、溶融金属3が前板1と後板2の間のギャップG内に垂れ落ちた例を示す。
【0009】
図1(b)に示すアンダーカット4は、アーク電圧が高い場合に生じる。
図1(c)に示す溶融金属3の前板1側への垂れは、
図2に示すワイヤ狙い位置6が前板1の前面側61になった場合に生じやすい。
図1(d)に示す鋼板(後板2)の溶け落ちは、
図2に示すワイヤ狙い位置6が後板側62になった場合に生じやすい。
図1(e)に示す溶接金属3のギャップG内への垂れ落ちは、ギャップG自体が大きい場合に生じやすくなる。このように、ワイヤ狙い位置が変動した場合は、溶融金属3の垂れや、後板2側の鋼板の溶け落ちが生ずるばかりでなく、重ね継手部のギャップGが大きい場合、溶融金属3が前板1と後板2との間で架橋できなくなり、良好な溶接ビード形成が困難という問題があった。
【0010】
高強度薄鋼板の溶接用ソリッドワイヤは、例えば特許文献3において、ワイヤ組成から導き出される炭素当量と、溶接電圧を限定することによる水平すみ肉溶接部適正な曲率半径の止端部とし、疲労強度が優れた溶接部が得られるという技術の開示がある。しかし、溶接はMAG溶接であり高速溶接の場合スパッタ発生量が多くなる。また、溶接金属の強度及び靭性も満足するものではない。
【0011】
一方、高強度鋼板のパルスMAG溶接用ワイヤとして、特許文献4に、薄板高張力鋼板(690MPa鋼級)をワイヤ成分、シールドガス組成及びパルス付与条件を限定して溶接し、溶接金属の機械的性質を良好にすることができるととともにスパッタの発生量が少なく溶接作業性に優れる技術が開示されている。しかし、特許文献4に開示の技術においても、アークが安定してビード幅が広く、ビード止端部のなじみが良好で、ギャップが大きい場合においても良好な溶接金属を得ることができず、溶接金属の強度も低くなってしまうという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2015−175061号公報
【特許文献2】特開2015−175051号公報
【特許文献3】特開平8−25080号公報
【特許文献4】特開平8−99175号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
そこで本発明は、上述した問題点に鑑みて案出されたものであり、板厚が1.2〜3.2mmであり、引張強度が780MPa以上の高強度薄鋼板の重ね継手部やT継手部を溶接するに際してアークが安定し、止端部のなじみが良好で、溶接部のギャップが大きい場合においてもビード幅の広い溶接ビードが得られ、溶接欠陥がなく、かつ優れた溶接金属の機械的性能が得られるなど、高能率に高品質な溶接部が得られる高強度薄鋼板のパルスMAG溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の要旨は、板厚1.2〜3.2mmである高強度薄鋼板のパルスMAG溶接方法において、ワイヤ全質量に対する質量%で、C:0.02〜0.15%、Si:0.30〜0.60%、Mn:1.20〜1.90%、Ni:2.0〜4.0%、Cr:0.30〜0.70%、Mo:0.40〜0.80%、かつCrとMoの合計:0.75〜1.15%、Ti:0.02〜0.07%、Cu:0.10〜0.40%を含有し、S:0.03%以下、P:0.03%以下であり、残部はFe及び不可避不純物よりなるソリッドワイヤを用いて、パルスピーク電流(Ip):440〜600A、パルスベース電流(Ib):30〜80Aとし、前記パルスピーク電流(Ip)とパルスピーク時間(Tp)が下記式(1)を満足するパルスを付加して溶接することを特徴とする高強度薄鋼板のパルスMAG溶接方法にある。
415≦Ip(A)×Tp(msec) ≦ 780・・・・・(1)
【発明の効果】
【0015】
本発明の高強度鋼板のパルスMAG溶接方法によれば、板厚が1.2〜3.2mmの引張強度が780MPa以上の高強度薄鋼板の重ね継手部やT継手部を溶接するに際してアークが安定し、止端部のなじみが良好で、溶接部のギャップが大きい場合においてもビード幅の広い溶接ビードが得られ、溶接欠陥がなく、かつ優れた溶接金属の機械的性能が得られるなど、高能率に高品質な溶接部が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】(a)乃至(e)は、それぞれ薄鋼板の重ね継手の横向姿勢でギャップがある場合のビード形成状態を示す図である。
【
図2】本発明の実施例における横向重ね継手のワイヤ狙い位置を示す図である。
【
図3】本発明の実施例に用いた横向重ね継手に試験板を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者らは、上述した問題点を解決するために、薄鋼板を重ね継手とし、各種成分のソリッドワイヤを用いて各種パルス条件で0.6m/min以上の溶接速度で溶接を行い、アークの安定性、溶接ビード幅、溶接止端部のなじみ性、溶接欠陥の有無を評価し、かつ溶着金属の強度及び低温靱性について詳細に検討した結果、次の知見を得た。
【0018】
(1)ワイヤ組成は、Mnの含有量、Siの含有量の適正化によって溶滴の細粒化、アークの安定性向上、溶融金属の粘性及び表面張力の適正化を図り、広幅ビードでスパッタ発生量の少ない溶接ができ、ビード外観が良好で溶接欠陥の無い溶接金属が得られる。また、Cの含有量、Crの含有量及びMoの含有量の適正化及びNi、Ti、Cuの添加によって高強度で安定した靱性の溶接金属が得られる。
【0019】
(2)上述した組成のワイヤを用いてパルス条件が1パルス−1ドロップの溶滴移行となる領域にすることで、60cm/min以上の高速度の溶接でアーク電圧を低くしても溶滴が溶融池と短絡することがなく移行でき、スパッタ発生量が少なく高速溶接においても広幅ビードが得られる。
【0020】
以下、本発明の高強度薄鋼板のパルスMAG溶接方法の限定理由について説明する。
【0021】
まず、ワイヤ成分組成について説明する。なお、各成分の含有率は、ワイヤ全質量に対する質量%で表すものとし、その質量%に関する記載を単に%と記載する。
【0022】
[C:0.02〜0.15%]
Cは、溶接金属の強度を確保する元素である。また、アークを安定させて溶滴を細粒化する作用がある。Cが0.02%未満では、溶接金属の強度が得られない。また、溶滴の細粒化が困難となってアークが不安定でスパッタ発生量が多くなる。さらに、横向重ね継手溶接で溶融金属の垂れが生じ、ビード外観を劣化させる。一方、Cが0.15%を超えると、スパッタ発生量が多くなるばかりでなく、溶接金属の強度が高くなり耐割れ性が劣化する。また、横向重ね継手溶接で溶融金属の粘性が劣り耐垂れ性を確保できない。したがって、Cは、0.02〜0.15%とする。
【0023】
[Si:0.30〜0.60%]
Siは溶接金属の主な脱酸剤として不可欠な元素である。また、ワイヤの電気抵抗を増大させてワイヤの溶融量を増大させ、さらに溶融金属の粘度及び表面張力を増大させる作用がある。これによって、横向重ね継手溶接の溶融金属の垂れを軽減して耐ギャップ性が得られる。しかし、Siが0.30%未満では、上記効果が得られず、横向き重ね継手溶接で溶融金属の垂れが生じて十分な耐ギャップ性が得られない。一方、Siが0.60%を超えると、溶融金属の表面張力が過度に上昇するため溶融金属が溶接速度に追従できずハンピングビードとなりやすい。また、アークが不安定でスパッタ発生量、スラグ生成量が多くなる。したがって、Siは0.30〜0.60%とする。
【0024】
[Mn:1.20〜1.90%]
Mnは、Siと共に脱酸剤として作用する他、溶融金属の粘度及び表面張力を増大させる作用がある。Mnが1.20%未満では、上記効果が得られず、溶融金属の粘度及び表面張力が低下することから、横向重ね継手溶接で溶融金属が垂れ、十分な耐ギャップ性が得られない。一方、Mnが1.90%を超えると、スパッタ発生量が多くなる。また、溶融金属の粘度及び表面張力が増加し過ぎて横向重ね継手溶接で十分な耐ギャップ性が得られない。したがって、Mnは1.20〜1.90%とする。
【0025】
[Ni:2.0〜4.0%]
Niは、溶接金属の組織を微細化して靱性を向上させる元素である。しかし、Niが2.0%未満ではその効果が得られず、溶接金属の靱性が低下する。一方、Niが4.0%を超えると、溶接金属の強度が高くなり耐割れ性が劣化するとともにスパッタ発生量も多くなる。したがって、Niは、2.0〜4.0%とする。
【0026】
[Cr:0.30〜0.70%]
Crは、溶接金属の組織を微細化して靱性を向上させる元素である。Crが0.30%未満であると、その効果が得られず、溶接金属の靱性が低下する。一方、Crが0.70%を超えると、溶接金属の硬化が著しくなり靱性が低下するとともにスパッタ発生量も多くなる。したがって、Crは0.30〜0.70%とする。
【0027】
[Mo:0.40〜0.80%]
Moは、Crと同様に溶接金属の組織を微細化して靱性を向上させる元素である。Moが0.40%未満であると、その効果が得られず、溶接金属の靱性が低下する。一方、Moが0.80%を超えると、溶接金属の硬化が著しくなり靱性が低下するとともにスパッタ発生量も多くなる。したがって、Moは0.40〜0.80%とする。
【0028】
[CrとMoの合計:0.75〜1.15%]
CrとMoの合計は、溶接金属の強度向上のために添加する。CrとMoの合計が0.75%未満であると溶接金属の強度が得られない。一方、CrとMoの合計が1.15%を超えると溶接金属の強度が高くなり耐割れ性が劣化する。したがって、CrとMoの合計は、0.75〜1.15%とする。
【0029】
[Ti:0.02〜0.07%]
Tiは、アークを安定にする作用とともに溶接金属中にTiの微細酸化物を生成し溶接金属の靱性を向上させる。Tiが0.02%未満であると、その効果が得られず、溶接金属の靱性が低下するとともにアークが不安定となる。一方、Tiが0.07%を超えると溶接金属中の固溶Tiが多くなって靱性が低下する。また、スラグが多く生成してビード外観を劣化させる。したがって、Tiは0.02〜0.07%とする。
【0030】
[Cu:0.10〜0.40%]
Cuは、溶接金属の組織を微細化して靱性を安定させる効果がある。Cuが0.10%未満であると、安定した靱性が得られない。一方、Cuが0.40%を超えると、析出脆化が生じて靱性が低下する。また、高温割れも発生しやすくなる。したがって、Cuは0.10〜0.40%とする。
【0031】
[P:0.03%以下]
Pは不純物であり、Pの増加により溶接金属の割れを引き起こすので0.03%以下とする。好ましくは0.02%以下である。
【0032】
[S:0.03%以下]
Sは不純物であり、Sの増加により溶接金属の割れを引き起こすので0.03%以下とする。好ましくは0.02%以下である。
【0033】
さらに、60cm/min以上の高速度の溶接条件でビード幅が広く、しかも溶融金属が垂れ難い最適パルスMAG条件範囲を検討した結果、1パルス−1ドロップ領域であるパルスピーク電流Ipとパルスピーク時間Tpの領域において、短絡がし難くスパッタ発生量の少ない溶接となり、ワイヤ狙い位置が変動した場合においても広幅ビードが得られる最適のパルスMAG条件範囲を見出した。
【0034】
[パルスピーク電流(Ip):440〜600A]
パルスピーク電流(Ip)が440A未満では、電磁ピンチ効果による溶滴の離脱がスムーズに行われなくなり、不均一な凸ビードとなる。また、アークが不安定で、スパッタ発生量が多くなる。一方、パルスピーク電流(Ip)が600Aを超えると、アーク力により溶融金属が垂れ易くなる。したがって、パルスピーク電流(Ip)は440〜600Aとする。
【0035】
[パルスベース電流(Ib):30〜80A]
パルスベース電流(Ib)は、ベース期間でアークを保持できる電流値が必要となる。パルスベース電流(Ib)が30A未満では、アークが不安定となり、スパッタ発生量が多く、ビード外観が劣化する。一方、パルスベース電流(Ib)が80Aを超えると、溶滴の離脱が速やかに行われず、アークが不安定でスパッタ発生量が多くなる。したがって、パルスベース電流(Ib)は30〜80Aとする。
【0036】
[415≦Ip(A)×Tp(msec)≦780]
下記式(1)で示すパルス電流(Ip)とパルスピーク時間(Tp)の積(Ip×Tp)で得られる値を限定することによって、ピーク時間の短い領域でアーク電圧が高い場合においても、溶滴の短絡がピーク時及びベース時に適度に生じて溶融金属の垂れが生じ難く、広幅ビードが得られる。パルスピーク電流(Ip)とパルスピーク時間(Tp)の積(Ip×Tp)が415未満では、ピーク電流期間で溶滴を形成するためのエネルギーが不足し十分な溶滴の形成ができず、十分な耐ギャップ性が得られない。また、Ip×Tpが415未満では、溶融金属が垂れやすくなる。一方、パルスピーク電流(Ip)とパルスピーク時間(Tp)の積が780を超えると、過度に成長した溶滴が短絡しやすくなり再点弧時のアーク力で溶融地が吹き飛ばされることからアークが不安定でスパッタ発生量が多くなるとともに溶融金属が垂れやすく、十分な耐ギャップ性が得られない。従ってIp×Tpは、下記式(1)で示される範囲とする。
415≦Ip(A)×Tp(msec)≦780 ・・・・(1)
【実施例】
【0037】
以下、実施例により本発明の効果をさらに具体的に説明する。
【0038】
まず、原料鋼を真空溶解し、鍛造、圧延、伸線、焼鈍そして銅めっきした後、1.2mmのワイヤ径まで伸線、スプールに巻き取った試作ワイヤの化学成分を表1に示す。
【0039】
【表1】
【0040】
表1に示す試作ワイヤを用いて、パルスMAG溶接による横向姿勢による重ねすみ肉継手の耐ギャップ性試験を行い、架橋可能なギャップ幅を調査した。試験体は表2に示す化学成分、板厚1.6mm、溶接長500mmの980MPa級の高強度薄鋼板を使用した。耐ギャップ性試験は、
図2に示すように前板1と後板2の間にスペーサ5を挟み、試験片長さ500mmの継手を形成した。この時、ギャップ長さG1=1mmからG2=3mmへと広がるようにして溶接を行った。溶接のスタートはギャップ長さG1=1mm側から表3及び表4に示す各パルスMAG溶接条件で行い、溶接金属が架橋できなくなるところまで溶接を実施した。なお、溶接は
図3に示すように、前板1と後板2側の角を狙い位置にし、溶接トーチ7の角度θは30°として溶接した。この時の溶接可能なギャップを測定し、溶接可能なギャップが2.5mm以上を良好と評価した。また、アーク状態、スパッタ発生量、スラグ生成量及びビード形状は官能で、高温割れの有無は目視で評価した。
【0041】
また、表1の試作ワイヤを用いて溶着金属の強度及び靱性を評価するためにJIS Z 3111に準じて溶着金属試験を行った。なお、使用した鋼板は表2に示す980MPa級の高強度薄鋼板である。溶接条件は、表3に示す溶接条件とし、溶接試験体の鋼板板厚中央を中心に引張試験片(JIS Z 2241 10号)及びシャルピー衝撃試験片(JIS Z 2242 Vノッチ試験片)を採取した。なお引張試験の評価は、引張強さが780〜980MPaを良好とした。衝撃試験の評価は、−40℃におけるシャルピー衝撃試験を行い、繰返し3本の吸収エネルギーの平均が47J以上を良好とした。これらの結果を表4にまとめて示す。
【0042】
【表2】
【0043】
【表3】
【0044】
【表4】
【0045】
表4中の試験No.1〜No.12は本発明例、試験No.13〜No.25は比較例である。本発明例である試験No.1〜No.12は、ワイヤ記号W1〜W12が本発明で規定した各成分範囲内で、パルスMAG溶接条件が適正であるので、パルスMAG溶接による横向姿勢による重ねすみ肉継手溶接のアークが安定してスパッタ発生量及びスラグ生成量が少なく、溶融金属の粘性及び表面張力が適正で溶融金属の垂れが無く、溶接可能ギャップが広く、良好なビード外観であり、溶着金属においても引張強さ及び吸収エネルギーが良好で、極めて満足な結果であった。
【0046】
比較例中の試験No.13は、ワイヤ記号W13のCが少ないので、アークが不安定で、スパッタ発生量が多く、溶融金属の溶融垂れが生じ、ビード外観が不良であった。また溶着金属試験では、溶着金属の引張強さが低かった。さらに、Niが少ないので溶着金属の吸収エネルギーが低かった。
【0047】
試験No.14は、ワイヤ記号W14のCが多いので、スパッタ発生量が多く、クレータ割れが発生し、溶融金属の垂れも生じ、ビード外観が不良であった。また、溶着金属試験では、溶着金属の引張強さが高かった。さらに、Crが少ないので溶着金属の吸収エネルギーが低かった。
【0048】
試験No.15は、ワイヤ記号W15のSiが少ないので、溶融金属の垂れが生じ、ビード外観が不良で、溶接可能ギャップも狭かった。また、Niが多いので、スパッタ発生量が多く、クレータ割れが発生した。さらに、溶着金属試験では、溶着金属の引張強さが高かった。
【0049】
試験No.16は、ワイヤ記号W16のSiが多いので、ハンピングビードとなり、アークが不安定で、スパッタ発生量及びスラグ生成量が多かった。また、Moが少ないので、溶着金属試験では、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。
【0050】
試験No.17は、ワイヤ記号W17のMnが少ないので、溶融金属の垂れが生じ、ビード外観が不良で、溶接可能ギャップが狭かった。また、Crが多いので、スパッタが多く発生し、溶着金属試験では、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。
【0051】
試験No.18は、ワイヤ記号W18のMnが多いので、スパッタ発生量が多く発生し、溶接可能ギャップも狭かった。さらに、CrとMoの合計が少ないので、溶着金属試験では、溶着金属の引張強さが低かった。
【0052】
試験No.19は、ワイヤ記号W19のMoが多いので、スパッタ発生量が多く、溶着金属試験では、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。また、パルスピーク電流(Ip)が高いので、溶融金属の垂れが生じ、ビード外観が不良であった。
【0053】
試験No.20は、ワイヤ記号W20のCrとMoの合計が多いので、クレータ割れが発生した。また、溶着金属試験では溶着金属の引張強さが高かった。さらに、パルスピーク電流(Ip)が低いので、アークが不安定であり、スパッタ発生量が多く、ビード外観が不良であった。
【0054】
試験No.21は、ワイヤ記号W21のTiが少ないので、アークが不安定であった。また、溶着金属試験では、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。
【0055】
試験No.22は、ワイヤ記号W22のTiが多いので、スラグ生成量が多くなり、ビード外観が不良であった。また、溶着金属試験では、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。また、パルスピーク電流Ipとピーク時間Tpの積Ip×Tpが低いので、スパッタ発生量が多く、溶融金属の垂れが生じ、溶接可能ギャップも狭かった。
【0056】
試験No.23は、ワイヤ記号W23のCuが少ないので、溶着金属試験で、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。また、パルスベース電流(Ib)が低いので、アークが不安定で、スパッタ発生量が多く、ビード外観が不良であった。
【0057】
試験No.24は、ワイヤ記号W24のCuが多いので、クレータ割れが生じた。また、溶着金属試験では、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。さらに、パルスベース電流(Ib)が高いので、アークが不安定で、スパッタ発生量が多かった。
【0058】
試験No.25は、ワイヤ記号W6が本発明で規定した各成分範囲内であるが、パルスピーク電流Ipとピーク時間Tpの積Ip×Tpが高いので、アークが不安定でスパッタ発生量が多く、溶融金属の垂れが生じ、ビード外観が不良で、溶接可能ギャップも狭かった。
【符号の説明】
【0059】
1 前板
2 後板
3 溶接金属
4 アンダーカット
5 スペーサ
6、61、62 ワイヤ狙い位置
7 溶接トーチ
W ビード幅
θ トーチ角度
G ギャップ長さ