特許第6683782号(P6683782)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6683782
(24)【登録日】2020年3月30日
(45)【発行日】2020年4月22日
(54)【発明の名称】糖化液
(51)【国際特許分類】
   C12P 19/02 20060101AFI20200413BHJP
   C12P 19/04 20060101ALI20200413BHJP
   C12P 19/12 20060101ALI20200413BHJP
【FI】
   C12P19/02
   C12P19/04 Z
   C12P19/12
【請求項の数】4
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2018-175089(P2018-175089)
(22)【出願日】2018年9月19日
(65)【公開番号】特開2020-43816(P2020-43816A)
(43)【公開日】2020年3月26日
【審査請求日】2019年6月14日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000122298
【氏名又は名称】王子ホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】古城 敦
【審査官】 松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−149343(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/065449(WO,A1)
【文献】 国際公開第2013/172446(WO,A1)
【文献】 特開2014−083003(JP,A)
【文献】 国際公開第2016/068223(WO,A1)
【文献】 Carbohydrate Polymers,2005年,vol.62,p.6-10
【文献】 Appl. Biochem. Biotechnol.,1996年,vol.57/58,p.147-156
【文献】 Enzyme Microb. Technol.,2010年,vol.46,p.170-176
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/WPIDS/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグニン含有量が1質量%以上3質量%以下である広葉樹クラフトパルプまたは針葉樹クラフトパルプを原料として、セルラーゼを添加して加水分解した後に上清を限外濾過膜で濾過して得られた糖化液であって、
前記糖化液の電気伝導度が500μS/cm以上であり、
前記糖化液におけるオリゴ糖の含有量が10ppm以下であり、フルフラールの含有量が1ppm以下であり、可溶性リグニンの含有量が120ppm以上であり、
前記糖化液の酵素活性が10U/ml以下である、糖化液。
【請求項2】
前記セルロース含有バイオマスが樹木由来原料である請求項1に記載の糖化液。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の糖化液をイオン交換樹脂で処理して得られる精製糖化液。
【請求項4】
リグニン含有量が1質量%以上3質量%以下である広葉樹クラフトパルプまたは針葉樹クラフトパルプと、水分と、セルラーゼを混合して糖化処理する工程と、
前記糖化処理する工程で得られた処理液を限外濾過膜で膜処理する工程とを含む糖化液の製造方法であって、
前記糖化液電気伝導度が500μS/cm以上であり、
前記糖化液におけるオリゴ糖の含有量が10ppm以下であり、フルフラールの含有量が1ppm以下であり、可溶性リグニンの含有量が120ppm以上であり、
前記糖化液の酵素活性が10U/ml以下である、糖化液の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖化液に関する。具体的には、本発明は、セルロース含有バイオマスを原料とする糖化液に関する。
【背景技術】
【0002】
糖は発酵原料として使用されることがある。例えば、六炭糖や五炭糖といった単糖を含む糖化液は酵母により資化されてエタノールに変換される。このようにして得られたエタノールは、例えば燃料用エタノールや飲料用エタノールとして有効利用される。発酵原料となる糖としては、テンサイ、芋類、トウモロコシといった可食原料に由来するでん粉が工業的に使用されている。しかし、世界人口の増加による食糧需給問題や、食料価格の高騰などの問題から、樹木や草などの非可食原料から糖化液を得て、さらに発酵反応によりエタノール等の化成品を生産するプロセスの構築が求められている。
【0003】
近年、非可食原料としてセルロース含有バイオマスの利用が注目されており、セルロース含有バイオマスを原料とした糖やエタノールの製造プロセスの研究が進められている。糖の製造プロセスにおいては、セルロース含有バイオマスを、酵素やその酵素を生産する微生物を用いて加水分解することにより、バイオマスに含まれるセルロースやヘミセルロースを分解し、糖を生成する。
【0004】
例えば、特許文献1には、セルロース含有バイオマスを糸状菌由来セルラーゼにより加水分解する工程と、加水分解物を限外濾過膜によって濾過し、非透過液としてセルラーゼを回収し、透過液として糖化液を回収する工程と、回収セルラーゼをキシラン含有原料に作用させる工程を含む、グルコースを含む糖化液およびキシロオリゴ等の製造方法が開示されている。また、特許文献2には、木質系バイオマスを加水分解処理して得られた液成分にマンナナーゼを反応させて糖化液を得る工程と、糖化液を精密ろ過膜および/または限外ろ過膜してろ過して透過液側から糖液を回収する工程とを含む糖液の製造方法が開示されている。
【0005】
セルロース含有バイオマスから糖を生成する方法として、濃硫酸等の酸を使用してセルロースやヘミセルロースを加水分解する方法も知られている。例えば、特許文献3には、セルロース含有バイオマスを加水分解し、糖水溶液を製造する工程と、得られた糖水溶液をナノ濾過膜および/または逆浸透膜に通じて濾過して、非透過側から精製糖液を回収し、透過側からフルフラール等の発酵阻害物質を除去する工程を含む糖液の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2016/068223号
【特許文献2】国際公開第2016/035875号
【特許文献3】国際公開第2010/067785号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
テンサイ、芋類、トウモロコシといった可食原料に由来するでん粉から糖化液を得る場合、でん粉分解酵素(アミラーゼ)はでん粉の枝分かれ構造部分を切断することができないため、得られる糖化液中にはオリゴ糖が含まれることとなる。糖化液の製造工程においては、高濃度グルコース液を得たいという要望があるが、糖化液中にオリゴ糖が含まれる場合、グルコースの純度が低下してしまい、続いて行われる発酵工程の効率が低下するという問題がある。
【0008】
一方、セルロース含有バイオマスから糖化液を得る場合、従来の方法では、フルフラール等の発酵阻害物質の除去が十分ではなかったり、糖化反応に使用される酵素が糖化液中にも混在してしまう場合があった。なお、フルフラール等の発酵阻害物質の存在は、続いて行われる発酵工程の効率を低下させるため問題となる。また、糖化反応に使用される酵素が糖化液に混在する場合、グルコースの純度が低下することに加え、酵素の再利用効率が低下するため問題となる。
【0009】
そこで本発明者らは、このような従来技術の課題を解決するために、酵素の残存量が少ない糖化液であって、かつ、発酵工程に供された際に発酵効率を高め得る糖化液を提供することを目的として検討を進めた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、本発明者らは、セルロース含有バイオマスを原料とし、電気伝導度が500μS/cm以上の糖化液において、オリゴ糖の含有量と、フルフラールの含有量と、可溶性リグニンの含有量を所定条件とすることにより、酵素の残存量が少なく、かつ発酵工程に供された際に発酵効率を高め得る糖化液が得られることを見出した。
具体的に、本発明は、以下の構成を有する。
【0011】
[1] セルロース含有バイオマスを原料とする糖化液であって、
糖化液の電気伝導度が500μS/cm以上であり、
糖化液におけるオリゴ糖の含有量が10ppm以下であり、フルフラールの含有量が1ppm以下であり、可溶性リグニンの含有量が100ppm以上である糖化液。
[2] セルロース含有バイオマスにおけるリグニンの含有量が1質量%以上3質量%以下である[1]に記載の糖化液。
[3] セルロース含有バイオマスが樹木由来原料である[1]又は[2]のいずれかに記載の糖化液。
[4] 糖化液の酵素活性が10U/ml以下である[1]〜[3]のいずれかに記載の糖化液。
[5] [1]〜[4]のいずれかに記載の糖化液をイオン交換樹脂で処理して得られる精製糖化液。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、酵素の残存量が少なく、かつ発酵工程に供された際に発酵効率を高め得る糖化液を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下において、本発明について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。なお、本明細書において「〜」を用いて表される数値範囲は「〜」前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0014】
(糖化液)
本発明は、セルロース含有バイオマスを原料とする糖化液に関する。ここで、糖化液の電気伝導度は500μS/cm以上である。また、糖化液におけるオリゴ糖の含有量は10ppm以下であり、フルフラールの含有量は1ppm以下であり、可溶性リグニンの含有量は100ppm以上である。なお、本明細書において、糖化液の電気伝導度が500μS/cm以上であることは、糖化液が粗精製糖化液であることを意味する。すなわち、本発明は、電気伝導度が500μS/cm以上の粗精製糖化液において、オリゴ糖、フルフラール及び可溶性リグニンの各含有量を所定範囲とした糖化液に関するものである。
【0015】
本発明の糖化液は上記構成を有するものであるため、糖化液中における酵素の残存量が低く抑えられている。具体的には、本発明の糖化液において、可溶性リグニンの含有量を100ppm以上とすることにより、糖化液中における酵素の残存量を低く抑えることができる。通常、セルロース含有バイオマスにはリグニンが含まれており、リグニンには、可溶性リグニンと不溶性リグニンが一定の割合で含まれている。そして、糖化工程で用いられる酵素の大部分は不溶性リグニンと共に回収される。このため、糖化液中における可溶性リグニンの含有量が所定値以上であることは、不溶性リグニンがある程度の量存在していたことを意味し、糖化工程後に酵素の回収が十分に行われたことが示唆される。このため、糖化液中の可溶性リグニンの含有量が100ppm以上となるように、出発原料や糖化工程をコントロールすることにより、糖化液中における酵素の残存量が低く抑えられるものと考えられる。
【0016】
糖化液の酵素活性は10U/ml以下であることが好ましく、5U/ml以下であることがより好ましい。ここで、糖化液の酵素活性は、以下の方法で測定された値である。まず、糖化液4mlに、100mM酢酸緩衝液(pH5)4mlと1.25mM 4−メチルフンベリフェリルβ−Dグルコシド(和光社製)32mlを添加し、37℃で30分間反応させる。0.5Mグリシン−NaOH溶液(pH10.5)200mlで反応を停止させ、蛍光光度計(テカン社製 インフィニット200)で蛍光強度(励起波長355nm、測定波長460nm)を測定する。糖化液1ml当たり、1分間に1mMの4−メチルウンベリフェロンが遊離した場合の酵素残存活性を1U/mlとして、酵素残存活性を算出する。
【0017】
また、本発明の糖化液は上記構成を有するものであるため、糖化液が発酵工程に供された際に、その発酵効率を高めることができる。糖化液は発酵原料として使用されることがあり、例えば、六炭糖や五炭糖といった単糖を含む糖化液は酵母により資化されてエタノールに変換される。このようにして得られたエタノールは、例えば燃料用エタノールや飲料用エタノールとして利用される。本発明では、糖化液において、オリゴ糖とフルフラールの含有量をそれぞれ所定値以下とすることにより、糖化液を発酵する際の発酵効率を高めることができ、結果としてエタノール収量を高めることができる。
【0018】
本明細書におけるエタノール収量は、後述する方法で糖化液を発酵させて、得られた発酵液中のエタノール量を測定し、単位セルロース含有バイオマス量(kg)あたりのエタノール生産量として算出した値である。具体的には、糖化液50mlにコーンスティープリカー(王子コーンスターチ社製)2ml、1M酢酸バッファー(pH5)5mlを添加し、前培養した酵母液(サッカロマイセス・セレビシエ 1×108cells/mL)を5ml添加し、33℃で18時間保持する。反応後の培養液中のエタノール量を、高速液体クロマトグラフィー装置(アジレント社製 HP−2200)を用いて測定し、単位セルロース含有バイオマス量(kg)あたりのエタノール生産量を算出する。このようにして算出されるエタノール収量は、510mL/kg以上であることが好ましく、530mL/kg以上であることがより好ましく、540mL/kg以上であることがさらに好ましい。
【0019】
本発明の糖化液におけるオリゴ糖の含有量は10ppm以下であればよく、5ppm以下であることが好ましく、1ppm以下であることがより好ましい。なお、糖化液におけるオリゴ糖の含有量は0ppmであることが特に好ましい。本明細書において、オリゴ糖とは、グリコシド結合によって単糖が2〜10個程度結合したものをいう。単糖としては、例えば、グルコース、ガラクトース、マンノース、フルクトース等が挙げられる。なお、オリゴ糖の含有量は、イオンクロマトグラフィーにより測定できる。イオンクロマトグラフィーにおいて、オリゴ糖の含有量は、単糖が溶出した後に観察されるピークとして検出され、検量線により定量できる。
【0020】
本発明の糖化液における単糖の含有量は、1質量%以上であることが好ましく、3質量%以上であることがより好ましく、5質量%以上であることがさらに好ましい。また、糖化液における単糖の含有量は、50質量%以下であることが好ましく、30質量%以下であることがより好ましく、20質量%以下であることがさらに好ましい。糖化液における単糖の含有量はイオンクロマトグラフィーにおいて単糖のピークを検出することで定量できる。
【0021】
本発明の糖化液にはグルコースが含まれる。また、本発明の糖化液は、セルロース含有バイオマスを原料とするものであるため、グルコースに加えて他の糖が含まれる。他の糖としては、例えば、キシロース、アラビノース、マンノース、キシロース、ガラクトースが挙げられる。
【0022】
本発明の糖化液は、セルロース含有バイオマスを原料とする糖化液である。得られた糖化液が、セルロース含有バイオマスを原料としたものであるか否かについては、例えば、糖化液中にリグニンが含まれているか否かで判別することができ、糖化液中のリグニンの検出をもってセルロース含有バイオマスを原料としたものであると判別することができる。セルロース含有バイオマスは、樹木由来原料であることが好ましく、本発明の糖化液は、樹木由来原料から得られる糖化液であることが好ましい。樹木由来原料としては、例えば、ユーカリ、アカシア、マツ、バーチ、トウヒ、スギ、ヒノキ等を挙げることができる。
【0023】
セルロース含有バイオマスはリグニンを含むものであり、セルロース含有バイオマスにおけるリグニンの含有量は、1質量%以上であることが好ましく、1.5質量%以上であることがより好ましく、2質量%以上であることがさらに好ましい。また、セルロース含有バイオマスにおけるリグニンの含有量は、3質量%以下であることが好ましい。セルロース含有バイオマスにおけるリグニンの含有量を上記範囲内とすることにより、得られる糖化液中に残存する可溶性リグニン量を所定値以上とすることができ、これにより、酵素量をより効果的に低減することができる。なお、セルロース含有バイオマスにおけるリグニンの含有量は、JIS P 8211:2011パルプカッパー価試験方法に準拠して、以下の式で算出された値である。
リグニン含有量(質量%)=カッパー価×0.15
【0024】
糖化液中に残存する可溶性リグニン量は、100ppm以上であればよく、120ppm以上であることが好ましく、150ppm以上であることがさらに好ましい。糖化液中に残存する可溶性リグニン量の上限値は特に限定されるものではないが、例えば、2000ppm以下であることが好ましい。ここで、可溶性リグニン含有量は、糖化液のUVスペクトル(波長210nm)の吸光度を測定し、下記の式で算出される値である。
可溶性リグニン含有量(ppm)=希釈倍率×糖化液量×試料溶液吸光度/係数A×糖化液中の固形分量
但し、上記式中、係数Aは、リグニンの吸光係数(110L/g/cm)である。
【0025】
本発明の糖化液は、セルロース含有バイオマスを原料とする糖化液であって、セルロース含有バイオマスを糖化処理することで得られる。糖化処理工程では、水分と酵素もしくは酵素を生産する微生物の存在下で、セルロース含有バイオマスとの反応が行われる。このため、得られる糖化液中に含まれるフルフラールの含有量は、1ppm以下となる。なお、糖化液中に含まれるフルフラールの含有量は、高速液体クロマトグラフィーにより測定される。
【0026】
(精製糖化液)
本発明は、上述した糖化液を精製した精製糖化液に関するものであってもよい。例えば、精製糖化液は、上述した糖化液をイオン交換樹脂で処理することで得られる。イオン交換樹脂による処理では、上述した糖化液100mlにイオン交換樹脂(オルガノ社製、アンバージェット1024、IRA96SB)10gを添加し、1室温で30分撹拌を行う。その後、ろ別を行うことで、イオン交換樹脂をろ液を分離し、得られたろ液が精製糖化液となる。
【0027】
精製糖化液における電気伝導度は、10μS/cm以下であることが好ましく、8μS/cm以下であることが好ましく、7μS/cm以下であることが好ましい。なお、精製糖化液における電気伝導度は、5μS/cm以上であることが好ましい。
【0028】
精製糖化液における可溶性リグニンの含有量は、10ppm以下であることが好ましく、9ppm以下であることがより好ましく、8ppm以下であることがさらに好ましい。なお、精製糖化液における電気伝導度は、4ppm以上であることが好ましい。
【0029】
なお、精製糖化液における、単糖の含有量、オリゴ糖の含有量、フルフラールの含有量は、イオン交換樹脂により処理の前後でほとんど変化しないため、上述した糖化液における好ましい範囲と同様である。
【0030】
(糖化液の製造方法)
本発明の糖化液の製造方法は、セルロース含有バイオマスを糖化処理する工程を含む。バイオマスは、化石燃料を除いた生物由来の資源であり、セルロース含有バイオマスとしては、セルロース成分を含む生物由来の資源を挙げることができる。セルロース成分を含む生物由来の資源としては、例えば、製紙用樹木、林地残材、間伐材等のチップ又は樹皮、製材工場等から発生する鋸屑又はおがくず、街路樹の剪定枝葉、建築廃材等が挙げられる。また、草本系の資源としては、ケナフ、稲藁、麦わら、バガスなどの農産廃棄物、草本系エネルギー作物のエリアンサス、ミスカンサス、ネピアグラス等が挙げられる。さらに、セルロース含有バイオマスとして、木材由来の紙、古紙、パルプ、パルプスラッジ等も利用可能である。中でも、本発明で用いるセルロース含有バイオマスは樹木由来原料であることが好ましい。
【0031】
セルロースは、多数のグルコースが分子間でβ−1,4グリコシド結合して生じた鎖状高分子化合物である。セルロースにおいては、1つのグルコースの1位の水酸基と別のグルコースの4位の水酸基とが脱水縮合することにより、多数のグルコースが結合している。セルロースが加水分解(糖化)された場合、1,4−グリコシド結合が切断され、一般的には、単糖や、単糖が2〜10個程度結合したオリゴ糖が生成する。
【0032】
なお、セルロース含有バイオマスには、セルロースミクロフィブリル間に存在する多糖類であるヘミセルロースも含まれる。このため、セルロース含有バイオマスを糖化した場合、その加水分解物には、セルロース由来の糖類であるグルコースの他、ヘミセルロース由来の糖類であるキシロース、アラビノース、マンノースなども含まれる。
【0033】
<糖化処理>
糖化処理工程は、セルロース含有バイオマスに含まれる多糖類を加水分解し、単糖を得る工程である。糖化処理工程では、例えば、水分と、酵素及び/又はその酵素を生産する微生物の存在下で、セルロース含有バイオマスとの反応が行われ、好ましくは撹拌が行われる。糖化処理工程においてセルロース含有バイオマスの撹拌を行う際は、酵素の種類により異なるが、撹拌液中の固形分濃度は1〜30質量%であることが好ましい。また、撹拌液の温度は30〜75℃であることが好ましく、撹拌液のpHは3.0〜7.0であることが好ましい。なお、糖化処理時間は、2〜200時間であることが好ましい。
【0034】
糖化処理工程で用いられる酵素は、セルロース分解酵素であることが好ましい。セルロース分解酵素は、セロビオヒドロラーゼ活性、エンドグルカナーゼ活性及びベータグルコシダーゼ活性から選択される少なくとも1つを有する酵素であり、いわゆるセルラーゼと総称される酵素である。なお、セルラーゼはヘミセルラーゼ活性を有するものであってもよい。
【0035】
セルラーゼとしては、市販のセルラーゼ製剤を用いることができる。セルラーゼ製剤としては、トリコデルマ(Trichoderma)属、アクレモニウム(Acremonium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ファネロケエテ(Phanerochaete)属、トラメテス(Trametes)属、フーミコラ(Humicola)属、バチルス(Bacillus)属などに由来するセルラーゼ製剤が挙げられる。このようなセルラーゼ製剤の市販品としては、例えば、セルロイシンT2(エイチピィアイ社製)、メイセラーゼ(明治製菓社製)、ノボザイム188(ノボザイム社製)、マルティフェクトCX10L(ジェネンコア社製)、GC220(ジェネンコア社製)等が挙げられる。
【0036】
セルロース含有バイオマス100質量部に対するセルラーゼ製剤の使用量は、0.5〜100質量部であることが好ましく、1〜50質量部であることがより好ましい。
【0037】
<膜処理をする工程>
本発明の糖化液の製造方法は、糖化処理工程で得られた処理液を膜処理する工程を含むことが好ましい。
【0038】
膜処理する工程では、限外濾過(UF)膜を用いることが好ましい。限外濾過(UF)膜の素材としては、ポリエーテルスルホン(PES)、ポリスルホン(PS)、ポリアクリロニトリル(PAN)、ポリフッ化ビニルデン(PVDF)、再生セルロース、セルロース、セルロースエステル、スルホン化ポリスルホン、スルホン化ポリエーテルスルホン、ポリオレフィン、ポリビニルアルコール、ポリメチルメタクリレート、ポリ4フッ化エチレンなどを挙げることができる。
【0039】
膜処理する工程では、セラミックフィルターやMF膜を用いてもよい。また、膜処理する工程では、フィルタープレスによるろ過方法や遠心分離処理方法を採用することもできる。
【0040】
膜処理する工程で採用される膜処理の方式は特に限定されるものではないが、例えば、膜面に対して垂直方向に処理水を供給する単純ろ過方式(全量ろ過方式)と、膜面に対して平行方向に処理水を供給するクロスフローろ過が挙げられる。膜処理する工程で得られる膜透過液には糖化液が含まれ、非透過側には酵素や原料残渣等が含まれる。なお、非透過側に含まれる酵素は、上述した糖化処理工程で再利用され得る。酵素の再利用効率を高めることで、糖化液の製造コストを抑制することが可能となる。
【0041】
<その他の工程>
糖化処理工程と、膜処理工程との間には他の工程が設けられてもよいが、本発明においては、糖化処理工程と膜処理工程の間には他の工程を設けず、糖化処理工程の次工程として膜処理工程を設けることが好ましい。これにより、糖化液の製造工程を簡略化することが可能となり、さらに設備をコンパクトにすることも可能となる。
【0042】
<前処理工程>
糖化処理工程の前には、セルロース含有バイオマスを前処理する工程を設けてもよい。セルロース含有バイオマスにはリグニンやタンパク質などが含まれるため、セルラーゼによる加水分解効率を向上させるために前処理を施してもよい。前処理の方法としては、硫酸、酢酸などによる酸処理、苛性ソーダ、アンモニアなどによるアルカリ処理、水熱処理、亜臨界水処理、蒸煮処理、化学パルプ化処理(サルファイト蒸解やクラフト蒸解等)などが挙げられる。
【0043】
前処理工程として、セルロース含有バイオマスに機械的処理を施し、セルラーゼによる加水分解効率を高めることもできる。機械的処理としては、切断、裁断、破砕、磨砕等の機械的手段が挙げられる。使用する機械装置については特に限定されないが、例えば、切出し装置、一軸破砕機、二軸破砕機、ハンマークラッシャー、レファイナー、ニーダー、ボールミル等を用いることができる。
【0044】
また、前処理工程として、異物(石、ゴミ、金属、プラステック等の異物)を除去するために異物除去工程を設けてもよい。異物除去工程としては、例えば、洗浄工程を挙げることができる。セルロース含有バイオマスを洗浄する方法としては、例えば、セルロース含有バイオマスに水を噴射してセルロース含有バイオマスに混合されている異物を除く方法、あるいは、セルロース含有バイオマスを水中に浸漬し異物を沈降させて取り除く方法等が挙げられる。また、メタルトラップ、洗浄ドレーナー等の装置を用いて、異物をセルロース含有バイオマスから分離する方法も挙げられる。
【0045】
さらに、前処理工程として、殺菌処理工程を設けてもよい。セルロース含有バイオマスに雑菌が混入していると糖化処理工程で雑菌が糖を消費して生成物の収量が低下する場合がある。殺菌処理工程は酸やアルカリなど、菌の生育困難なpHに原料を晒す方法でもよいが、高温下で処理する方法を採用してもよい。
【0046】
<濃縮工程>
膜処理工程の後には、膜透過液を濃縮する工程を設けてもよい。濃縮する工程では、膜透過液に含まれる糖化液の濃度を高める。例えば、膜透過液を加熱して水分を蒸散させることで濃縮された糖化液を得ることができる。
【0047】
(用途)
本発明の糖化液は、発酵原料として好ましく用いられる。このため、本発明の糖化液は、発酵工程に供され、発酵液となる。発酵液はエタノールであることが特に好ましい。本発明の糖化液におけるオリゴ糖の含有量は10ppm以下であり、フルフラールの含有量は1ppm以下であるため、糖化液を発酵する際に発酵効率がよい。このため、本発明の糖化液を用いて発酵液(エタノール)を生成した際には、高いエタノール収量が達成される。また、本発明の糖化液は上記構成を有するものであるため、発酵液(エタノール)のエタノール純度が高く、不純物の含有量を少なくすることができるため、例えば、エタノールを飲料用として用いる場合には、雑味等を抑えることができる。
【実施例】
【0048】
以下に実施例と比較例を挙げて本発明の特徴をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0049】
(実施例1)
<糖化処理>
水80mLに、リグニンの含有量が2質量%の酸素晒広葉樹クラフトパルプ5g(乾燥重量)を添加し、撹拌してパルプスラリーを調製した。次いで、このパルプスラリーに1N硫酸を加えてpHを5.0に調整し、セルラーゼ溶液(ジェネンコア社製、マルティフェクトCX10L)2mLと、水を添加することで最終容量が100mLとなるように調製した。該溶液を50℃で48時間静置した後、上清を限外濾過膜(ミリポア社製、セントリコンプラス70遠心フィルターユニット)でろ過することで糖化液を得た。
【0050】
(実施例2)
糖化処理に使用する原料として、リグニンの含有量が2質量%の酸素晒針葉樹クラフトパルプ5g(乾燥重量)を使用した以外は実施例1と同様に処理を行い、糖化液を得た。
【0051】
(比較例1)
糖化処理に使用する原料として、リグニンの含有量が0.3質量%の晒広葉樹クラフトパルプ5g(乾燥重量)を使用した以外は実施例1と同様に処理を行い、糖化液を得た。
【0052】
(比較例2)
糖化処理に使用する原料として、リグニンの含有量が0.3質量%の晒針葉樹クラフトパルプ5g(乾燥重量)を使用した以外は実施例1と同様に処理を行い、糖化液を得た。
【0053】
(比較例3)
<酸加水分解処理>
リグニンの含有量が2質量%の酸素晒広葉樹クラフトパルプ300mg(乾燥重量)に72%の硫酸3mlを添加し、30℃の水浴中で1時間処理した後、イオン交換水84mlを添加した。次いで、120℃、1時間の条件でオートクレーブ処理し、1G−3ガラスフィルターでろ過することで糖化液を得た。
【0054】
(比較例4)
<でん粉糖化処理>
水80mLに、王子コーンスターチ社製のトウモロコシ由来でん粉5g(乾燥重量)を添加し、撹拌してでん粉スラリーを調製した。次いで、このでん粉スラリーに1N硫酸を加えてpHを5.0に調整し、アミラーゼ溶液(三菱ケミカルフーズ社製、コクラーゼ)2mLと、水を添加することで最終容量が100mLとなるように調製した。該溶液を50℃で48時間静置した後、上清を限外濾過膜(ミリポア社製、セントリコンプラス70遠心フィルターユニット)でろ過することで糖化液を得た。
【0055】
(測定及び評価)
<セルロース含有バイオマス(パルプ)中のリグニン含有量測定>
JIS P 8211:2011パルプカッパー価試験方法に準拠してセルロース含有バイオマス(パルプ)のカッパー価を測定し、下記の式でリグニン含有量を算出した。
リグニン含有量(質量%)=カッパー価x0.15
【0056】
<電気伝導度>
実施例及び比較例で得られた糖化液の電気伝導度を電気伝導率計(堀場製作所 LAQUAtwin EC−33B)で測定した。
【0057】
<オリゴ糖及び単糖の含有量>
イオンクロマトグラフィー装置(ダイオネクス社製、ICS−2000)を用いて、オリゴ糖分析モードにて糖化液中に含まれるオリゴ糖及び単糖の含有量を測定した。
【0058】
<フルフラール含有量>
高速液体クロマトグラフィー装置(アジレント社製、HP−2200)を用いて糖化液中に含まれるフルフラールの含有量を測定した。
【0059】
<可溶性リグニン含有量>
糖化液のUVスペクトル(波長210nm)の吸光度を測定し、下記の式で可溶性リグニン含有量を算出した。
可溶性リグニン含有量(ppm)=希釈倍率×糖化液量×試料溶液吸光度/係数A×糖化液中の固形分量
但し、上記式中、係数Aは、リグニンの吸光係数(110L/g/cm)である。
【0060】
<酵素残存活性>
実施例及び比較例で得られた糖化液4mlに、100mM酢酸緩衝液(pH5)4mlと1.25mM 4−メチルフンベリフェリルβ−Dグルコシド(和光社製)32mlを添加し、37℃で30分間反応させた。0.5Mグリシン−NaOH溶液(pH10.5)200mlで反応を停止させ、蛍光光度計(テカン社製 インフィニット200)で蛍光強度(励起波長355nm、測定波長460nm)を測定した。糖化液1ml当たり、1分間に1mMの4−メチルウンベリフェロンが遊離した場合の酵素残存活性を1U/mlとして、酵素残存活性を算出した。
【0061】
<エタノール収量>
実施例及び比較例で得られた糖化液50mlにコーンスティープリカー(王子コーンスターチ社製)2ml、1M酢酸バッファー(pH5)5mlを添加した。次いで、前培養した酵母液(サッカロマイセス・セレビシエ 1×108cells/mL)を5ml添加し、33℃で18時間保持した。反応後の培養液中のエタノール量を、高速液体クロマトグラフィー装置(アジレント社製 HP−2200)を用いて測定し、単位セルロース含有バイオマス量(kg)あたりのエタノール生産量を算出した。
【0062】
<イオン交換樹脂処理>
実施例及び比較例で得られた糖化液100mlにイオン交換樹脂(オルガノ社製 アンバージェット1024、IRA96SB)10gを添加し、1室温で30分撹拌した後、ろ別した。得られたろ液は、精製糖化液であり、精製糖化液についても糖化液と同様に、上述した方法で各種分析を行った。
【0063】
【表1】
【0064】
【表2】
【0065】
実施例では、酵素残存量の少ない糖化液が得られた。また、実施例で得られた糖化液を発酵させることでエタノールを製造した場合、高いエタノール収量が得られた。