(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、Ni:40.0〜51.0%、C:0.001〜0.200%、Mn:0.10〜1.00%、Si:0.01〜0.50%、Al:0.0001〜0.005%、Mg:0.0001〜0.010%、O:0.0010〜0.0100%、S:0.0001〜0.0060%、Ti:0〜0.005%、Co:0〜1.00%、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、圧延方向と板厚方向に平行な断面(L断面)の観察において、粒子径が0.1μm以上1.0μm未満である小径介在物の個数密度が15.0個/mm2以下、粒子径が1.0μm以上30.0μm未満である中径介在物の個数密度が20.0個/mm2以上、粒子径が30.0μm以上である大径介在物の個数密度が10.0個/mm2以下である金属組織を有するFe−Ni系合金板材。
Ni含有量が40.0質量%以上44.0質量%未満であり、1100℃、2hの磁気焼鈍により、初透磁率μiが8000以上、最大透磁率μmが80000以上、保磁力Hcが5.0A/m以下である磁気特性を呈する請求項1または2に記載のFe−Ni系合金板材。
Ni含有量が44.0質量%以上46.0質量%未満であり、1100℃、2hの磁気焼鈍により、初透磁率μiが10000以上、最大透磁率μmが100000以上、保磁力Hcが4.0A/m以下である磁気特性を呈する請求項1または2に記載のFe−Ni系合金板材。
Ni含有量が46.0質量%以上51.0質量%以下であり、1100℃、2hの磁気焼鈍により、初透磁率μiが11000以上、最大透磁率μmが110000以上、保磁力Hcが3.9A/m以下である磁気特性を呈する請求項1または2に記載のFe−Ni系合金板材。
溶解、精錬、鋳造、分塊、熱間圧延の工程を経て、質量%で、Ni:40.0〜51.0%、C:0.001〜0.200%、Mn:0.10〜1.00%、Si:0.01〜0.50%、Al:0.0001〜0.005%、Mg:0.0001〜0.010%、O:0.0010〜0.0100%、S:0.0001〜0.0060%、Ti:0〜0.005%、Co:0〜1.00%、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成のFe−Ni合金板材を得るに際し、
溶解工程では、スクラップを含む金属原料を使用して40.0〜51.0質量%のNiを含有するFe−Ni合金の溶湯を作り、
精錬工程では、Fe−Ni合金の溶湯中およびその湯面上に、不可避的不純物として混入する以外のAl、Al2O3を添加することなく、酸素吹精による脱炭と、真空脱ガスによる脱酸を経て上記化学組成に調整し、
鋳造工程では、造塊法により鋳型にFe−Ni合金溶湯を鋳込んだのち、凝固完了までの時間を60min以上確保し、浮上した介在物を除去する、
Fe−Ni系合金板材の製造方法。
【背景技術】
【0002】
Ni含有量が40〜51質量%のFe−Ni合金板材は、電流センサー、小型モーターなどを構成する軟磁性部品に広く使用されている。これらの部品に加工する際には、打抜き、絞り成形などのプレス加工が行われることが多い。これらの部品に適用するためのFe−Ni合金板材には、優れた磁気特性とプレス性を兼ね備えていることが望まれる。プレス性の代表的な特性として、プレス打抜き性と、プレス成形品の耐疵付き性が挙げられる。プレス打抜き性は、プレス打抜き金型に及ぼすダメージの程度(金型寿命)によって判断できる。プレス成形品の耐疵付き性は、プレス成形品(特に絞り加工品)に加工したときに、加工品表面の金型と接触した部分に生じる疵の程度によって判断できる。磁気特性およびプレス性には、Fe−Ni合金の溶製過程で材料中に混入する非金属介在物の存在形態が影響を及ぼす。
【0003】
特許文献1には、Ni含有量46.2〜50質量%のFe−Ni合金において、介在物の形態を制御することにより磁気特性を向上させる技術が記載されている。脱酸材としてAlを使用し、介在物を高融点酸化物系のAl
2O
3,MgO・Al
2O
3,MgOのいずれか1種または2種以上に制御すると、介在物は熱間圧延で容易に伸ばされないので、最終製品でも介在物が分散することなく集中して存在し、磁壁移動を妨げる介在物の存在頻度が少なくなるという。しかし、この文献の技術ではプレス性を十分に改善することは難しい。
【0004】
特許文献2には、Ni含有量30〜85質量%のFe−Ni合金において、二次精錬でCaO−Al
2O
3−MgO−SiO
2−F系スラグを生成させ、AlまたはSiを添加して脱酸および脱硫を行い、得られた溶湯を連続鋳造によりスラブとする製造手法が開示されている。これにより、介在物を、Al
2O
3、MgOのいずれかが多くSiO
2、CaOの少ない酸化物系介在物とすることができ、良好な磁気特性と熱間加工性が得られるという。しかし、この文献の技術ではプレス性を十分に改善することは難しい。
【0005】
特許文献3には、Ni含有量40〜50質量%のFe−Ni合金において、Al脱酸した溶湯を連続鋳造してスラブとし、長時間の均質化焼鈍を施す製造手法が開示されている。これによって、非金属介在物の量が低減し、磁気特性を改善することができるという。しかし、この文献の技術ではプレス性を十分に改善することは難しい。
【0006】
特許文献4には、Fe−36%Ni合金において、精錬時に金属Alの添加を行わず、Al
2O
3を含有するフラックスを添加してスラグ塩基度を調整し、RH脱ガスにて脱酸する製造手法が開示されている。これにより、介在物組成をスペーサータイト主体のMnO・Al
2O
3・SiO
2系介在物に制御することができ、その結果、薄板材に圧延したときの表面疵(圧延疵)を減らせるという。しかし、この手法をNi含有量40〜51質量%のFe−Ni合金に適用しても、磁気特性とプレス性の同時改善は困難である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、Ni含有量が40〜51質量%であるFe−Ni合金板材の工業的生産において、磁気特性とプレス性を同時に改善することを目的とする。
【0009】
上記Ni含有量範囲では、Ni含有量の増大に伴って軟磁性に関する磁気特性は向上する反面、素材コストは高くなる。用途に応じて適切なNi含有量レベルの材料が選択される。ここではNi含有量レベルに応じて、例えば1100℃×2hの磁気焼鈍後の初透磁率μi、最大透磁率μm、保磁力Hcがそれぞれ以下の値を安定してクリアすることを目標とする。
・Ni:40.0質量%以上44.0質量%未満
μi≧8000、μm≧80000、Hc≦5.0A/m
・Ni:44.0質量%以上46.0質量%未満
μi≧10000、μm≧100000、Hc≦4.0A/m
・Ni:46.0質量%以上51.0質量%以下
μi≧11000、μm≧110000、Hc≦3.9A/m
プレス性に関しては、プレス打抜き金型の寿命が十分に長いこと(例えば10万回以上)、かつ絞り成形品において表面疵が問題にならないレベルであることを目標とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは研究の結果、部品への加工に供される板材において、軟磁性の磁気特性に悪影響を及ぼす粒子径0.1μm以上1.0μm未満の小径介在物が少なく、プレス打抜き金型の寿命向上に有効な粒子径1.0μm以上30.0μm未満の中径介在物が適度に存在し、絞り加工品の表面疵の原因となりやすい粒子径30.0μm以上の大径介在物が少ない非金属介在物の存在形態とすることが、上記目的達成のために極めて有効であることを見いだした。
また、そのような非金属介在物の分布形態を有する板材を工業的に実現するためには、
(i)精錬段階で、Al脱酸を行わず、造滓剤にAl
2O
3を使用しない手法を適用することによって、介在物組成をコランダム(Al
2O
3主体のスピネル系)やスペーサータイト(MnO・Al
2O
3・SiO
2系)ではなく、クリストボライト(SiO
2主体)とすること、
(ii)連続鋳造ではなく造塊法を採用して、鋳造後に粗大介在物の浮上分離を併用すること、
によって得たインゴットを板材に圧延加工する手法が極めて有効であることがわかった。
本発明はこのような知見に基づいて完成したものである。
【0011】
すなわち本発明では、質量%で、Ni:40.0〜51.0%、C:0.001〜0.200%、Mn:0.10〜1.00%、Si:0.01〜0.30%、Al:0.0001〜0.005%、Mg:0.0001〜0.010%、O:0.0010〜0.0100%、S:0.0001〜0.0060%、Ti:0〜0.005%、Co:0〜1.00%、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、圧延方向と板厚方向に平行な断面(L断面)の観察において、粒子径が0.1μm以上1.0μm未満である小径介在物の個数密度が15.0個/mm
2以下、粒子径が1.0μm以上30.0μm未満である中径介在物の個数密度が20.0個/mm
2以上、粒子径が30.0μm以上である大径介在物の個数密度が10.0個/mm
2以下である金属組織を有するFe−Ni系合金板材が提供される。
上記化学組成は、介在物中の元素を含むものである。Ti、Coは任意含有元素である。
【0012】
非金属介在物の個数密度は以下のようにして求める。
〔小径介在物の個数密度の測定方法〕
板材の圧延方向および板厚方向に平行な断面(L断面)についてSEM観察を行い、無作為に選択した視野内に矩形の測定領域を定め、視野内に観察される、円相当径が0.1μm以上1.0μm未満である全ての介在物粒子のうち、その粒子の全体または一部が前記測定領域内に存在する粒子の数をカウントする。この操作を重複しない複数の視野について、測定領域の総面積が2.0mm
2以上となるまで行い、各視野でのカウント数の総和を測定領域の総面積で除した値を、「粒子径が0.1μm以上1.0μm未満である小径介在物の個数密度(個/mm
2)」とする。
【0013】
〔中径介在物の個数密度の測定方法〕
上記小径介在物の個数密度の測定方法において、対象粒子を円相当径が1.0μm以上30.0μm未満である全ての介在物粒子とすることによって、「粒子径が1.0μm以上30.0μm未満である中径介在物の個数密度(個/mm
2)」を定める。
【0014】
〔大径介在物の個数密度の測定方法〕
上記小径介在物の個数密度の測定方法において、対象粒子を円相当径が30.0μm以上である全ての介在物粒子とすることによって、「粒子径が30.0μm以上である大径介在物の個数密度(個/mm
2)」を定める。
【0015】
粒子の円相当径は、観察面における当該粒子の面積と等しい面積を持つ円の直径である。個々の介在物粒子の円相当径は、例えばSEM画像から画像処理ソフトウェアを用いて算出することができる。
【0016】
また、本発明では特に、EDX(エネルギー分散型X線分析)によるAl、Si、Mnの分析値をAl
2O
3、SiO
2およびMnOの質量割合に換算した介在物組成において、Al
2O
3、SiO
2、MnOの合計に占めるSiO
2の割合(質量%)を「換算SiO
2濃度」と呼ぶとき、粒子径1.0μm以上の介在物についての平均換算SiO
2濃度が70質量%以上であるFe−Ni系合金板材が提供される。
〔平均換算SiO
2濃度の測定方法〕
平均換算SiO
2濃度は、L断面のSEM観察を行い、円相当径1.0μm以上の介在物粒子を無作為に20個以上選択して、SEMに付属のEDX装置で各粒子の換算SiO
2濃度を測定し、その平均値を算出することにより定めることができる。
【0017】
また、上記のFe−Ni合金板材の製造方法として、溶解、精錬、鋳造、分塊、熱間圧延の工程を経て、前記化学組成のFe−Ni合金板材を得るに際し、
溶解工程では、スクラップを含む金属原料を使用して40.0〜51.0質量%のNiを含有するFe−Ni合金の溶湯を作り、
精錬工程では、Fe−Ni合金の溶湯中およびその湯面上に、不可避的不純物として混入する以外のAlを添加することなく、酸素吹精による脱炭と、真空脱ガスによる脱酸を経て上記化学組成に調整し、
鋳造工程では、造塊法により鋳型にFe−Ni合金溶湯を鋳込んだのち、凝固完了までの時間を60min以上確保し、浮上した介在物を除去する、
Fe−Ni系合金板材の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、Ni含有量が40.0〜51.0質量%レベルのFe−Ni合金の工業的量産において、優れた軟磁気特性とプレス性を両立させることが可能となった。
【発明を実施するための形態】
【0019】
〔化学組成〕
以下、化学組成に関する「%」は特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0020】
本発明では、Ni含有量が40.0〜51.0%のFe−Ni合金を対象とする。この合金はJIS C2531に規定される鉄ニッケル軟質磁性合金「PB」のNi含有量範囲に概ね対応する。
【0021】
Cは、スクラップ原料などがら混入し、多量に含有すると結晶格子の歪が大きくなり磁気特性に悪影響を及ぼす。種々検討の結果、C含有量は0.200%まで許容され、0.150%以下とすることがより好ましい。過剰な脱炭は精錬負荷を増大させコスト増の要因となる。0.001以上のC含有量範囲とすることがコスト的には好ましく、0.050%以上のC含有量になるよう精錬条件を管理してもよい。
【0022】
Mnは、脱酸剤として有効であるが、多量に含有するとSiO
2−MnO系やMnS系の軟質介在物が生成しやすい。これらの軟質介在物は熱間圧延時に板材中に分散し、その存在量が多くなると後述の介在物存在形態を実現することが難しくなる。Mn含有量は1.00%以下とする必要がある。0.90%以下の範囲に管理してもよい。脱酸作用を十分に発揮させるためには、Mn含有量が0.10%以上となる範囲で成分調整することが好適であり、0.30%以上の範囲に管理してもよい。
【0023】
Siは、精錬工程での脱酸およびスラグ生成のために重要な元素である。Si含有量が0.01%以上となる範囲で成分調整することが好適であり、0.05%以上の範囲に管理してもよい。Si含有量が過剰になると非金属介在物の存在形態を後述のように適正化することが難しくなる。Si含有量は0.50%以下であることが望ましく、0.25%以下がより好ましい。
【0024】
Alは、脱酸作用の強い元素であるが、Al
2O
3主体のスピネル系介在物(コランダム)を生成する要因となる。スピネル系介在物は絞り成形品に表面疵を発生させる要因となる。本発明ではAl脱酸を行わない。また、造滓剤としてもAlを成分に持つものは添加しない。すなわち、精錬段階で、不純物として混入する以外のAlが、精錬容器内に入り込まないようにする。種々検討の結果、板材製品におけるAl含有量が0.005%以下となるように精錬を行うことが好適であり、0.004%以下に管理してもよい。Alは原料から多少混入するため、Al含有量の過剰な低減はコスト増となる。Al含有量が0.0001%以上の範囲となるように成分調整すればよく、0.0005%以上の範囲で調整してもよい。
【0025】
Mgは、脱酸・脱硫を目的として添加する場合がある他、原料や耐火物からも不純物として混入しうる元素であるが、Mg含有量が多くなるとMgOがAl
2O
3とともに存在して硬質なスピネル系凝集酸化物を形成しやすく、絞り成形品の表面疵を増大させる要因となる。Mg含有量は0.010%以下とする必要があり、0.005%以下であることがより好ましい。Mg含有量の過剰な低減はコスト増となる。Mg含有量が0.0001%以上の範囲となるように成分調整すればよく、0.0005%以上の範囲で調整してもよい。
【0026】
Oは、金属酸化物を形成して酸化物系介在物の生成要因となる。プレス打抜き性の改善に有効な中径介在物の構成元素でもあるため、ある程度の存在量が必要である。後述の介在物存在形態を実現する場合、合金中のO含有量は0.0010〜0.0100%の範囲であることが望ましい。
【0027】
Sは、スクラップ原料などから混入するが、加工性、耐食性、磁気特性などの低下要因となるので、少ないほど望ましい。本発明では、S含有量は0.0060%まで許容され、0.0030%以下であることがより好ましい。過剰な脱硫は精錬負荷を増大させるので、通常、S含有量は0.0001%以上の範囲とすればよい。
【0028】
Tiは、脱酸元素であるので、必要に応じて含有させることができる。その場合、Ti含有量0.0003%以上の含有量を確保することがより効果的である。多量のTi含有は大径介在物の形成要因となるので、Tiを含有させる場合は0.005%以下の範囲とすることが望ましく、0.002%以下に管理してもよい。
【0029】
Coは、磁気変態温度を上昇させる作用があり、1.00%以下の含有量範囲において、必要に応じて含有させることができる。上記作用を十分に発揮させるためには0.10%以上のCo含有量とすることがより効果的である。
【0030】
〔小径介在物〕
粒子径が0.1μm以上1.0μm未満である小径介在物は、そのサイズが磁区のサイズと近似しており、軟磁性材料の磁気特性を低下させる要因となる。従って、小径介在物の存在量はできるだけ少ないことが望ましい。種々検討の結果、L断面の観察において、小径介在物の個数密度は15.0個/mm
2以下である必要がある。10.0個/mm
2以下であることがより好ましい。
【0031】
〔中径介在物〕
粒子径が1.0μm以上30.0μm未満である中径介在物は、適度に存在することによってプレス打抜き時に破壊の起点として有効に作用し、プレス打抜き金型の寿命を向上させる効果をもたらす。このサイズの介在物は軟磁性材料の磁気特性にはあまり影響しない。種々検討の結果、L断面の観察において、中径介在物の個数密度が20.0個/mm
2以上であることが、プレス打抜き金型の寿命延伸に極めて有効である。従来、中径介在物の量を確保しようとすると、小径介在物の量も増大し、磁気特性の低下を招いていた。後述のようにAlを使用しない精錬を行って介在物組成をSiO
2主体のクリストボライトとすることによって、小径介在物の量を増大させずに中径介在物の量を十分確保することが可能になる。中径介在物の個数密度は50.0個/mm
2以下の範囲で調整すればよい。
【0032】
〔大径介在物〕
粒子径が30.0μm以上である大径介在物は、絞り成形品の表面に疵を形成する要因となりやすいので、できるだけ少ないことが望ましい。種々検討の結果、L断面の観察において、大径介在物の個数密度が0〜10.0個/mm
2であることが、絞り疵の低減に極めて有効である。
【0033】
〔介在物組成〕
上述のような介在物存在形態は、SiO
2を主体とするクリストボライト系の介在物組成に制御することによって実現できる。具体的には、EDX(エネルギー分散型X線分析)によるAl、Si、Mnの分析値をAl
2O
3、SiO
2およびMnOの質量割合に換算した介在物組成において、Al
2O
3、SiO
2、MnOの合計に占めるSiO
2の割合(質量%)を「換算SiO
2濃度」と呼ぶとき、粒子径1.0μm以上の介在物についての平均換算SiO
2濃度が70質量%以上であることが好ましく、80質量%以上であることがより好ましい。平均換算SiO
2濃度は理論上100質量%であっても構わないが、分析値に基づく平均値としては通常99質量%以下の範囲となる。
【0034】
〔製造方法〕
上記の介在物存在形態を有するFe−Ni合金の板材は、溶解、精錬、鋳造、分塊、熱間圧延の工程を経て製造することができる。その工程に従って工業的に製造する手法を以下に例示する。
【0035】
〔溶解〕
スクラップを含む原料を使用して、電気炉にて溶解を行う。40.0〜51.0質量%のNiを含有するFe−Ni合金の溶湯を作る。
【0036】
〔精錬〕
スクラップ原料には通常、油分が付着しており、C、Sが溶湯中に混入する。精錬では脱炭、脱硫を行う必要がある。電気炉で溶解した溶湯に酸素を吹き込み、脱炭、脱硫を行う(酸素吹精)。酸素吹精の前に、溶湯中のSi含有量が0.1〜1.0質量%、Mn含有量が0.1〜1.0質量%となっていることが好ましい。電気炉で溶解した溶湯に、必要に応じてSi、Mnを添加して成分調整した後、酸素吹精を開始すればよい。上記溶解工程で、酸素を吹き込むタイプの電気炉を使用する場合は、この酸素吹精を電気炉内で行い、その後、取鍋へ出湯すればよい。また、電気炉で溶解した溶湯を転炉に移し、転炉で酸素吹精を行った後、取鍋へ出湯してもよい。酸素吹精を終えた、取鍋内のFe−Ni合金溶湯に、造滓剤として、CaO、CaF
2を投入する。SiO
2と合わせてスポンジ状のスラグが形成さる。このスラグ中にはCaS、MnS等の脱硫生成物が含まれる。生成したスラグを全部排除する(除滓)。一次的な脱炭、脱硫を終えたFe−Ni溶湯が得られる。
本明細書では、溶解後に酸素吹精を行った後、最初の除滓を終了するまでの精錬過程を「一次精錬」と呼ぶ。
【0037】
一次精錬を終えたFe−Ni合金溶湯が収容されている取鍋に、CaO、CaF
2を含む造滓剤を投入する。Al
2O
3は使用しない。この段階で溶湯中のSi含有量は0.05〜0.50%の範囲にあることが望ましい。必要に応じて溶湯中にSiを添加する。Alは添加しない。酸素吹精を行い、脱炭、脱硫をさらに進行させる。酸素吹き込み量およびCa含有造滓剤の添加量を調整して、脱硫を十分に進行させる。その後、真空脱ガス装置により脱酸を行う。例えばRH真空脱ガス装置を使用すればよい。真空脱酸後、必要に応じて溶湯中に金属成分を添加し、最終的な成分調整を行うことができる。この場合もAlは添加しない。Fe−Ni合金溶湯にAl、Al
2O
3を添加せず、溶湯中のAl濃度が高くならないように制御することにより、スペーサータイトやコランダムなどAl
2O
3の多い非金属介在物の生成が抑制され、非金属介在物の組成はクリストボライト系(SiO
2主体)となるのである。以上のようにして、上述の化学組成に調整されたFe−Ni合金の溶湯を得る。
【0038】
〔鋳造〕
連続鋳造ではなく、造塊法にてインゴットを得る。上記精錬工程で得られたFe−Ni合金の溶湯を、鋳型に鋳込む。鋳込む際の溶湯温度は、液相線温度より100〜150℃高い温度とすることが望ましい。鋳型上部には押湯を設け、その部分が最終凝固部となるようにする。鋳込み終了から凝固完了まで60min以上の時間を確保することが重要であり、80min以上とすることがより好ましい。小規模の鋳型では、鋳型の温度が低下しすぎないよう、保温に留意する。凝固完了までの間に、鋳型内の未凝固溶湯中で粗大な介在物をできるだけ浮上させる。鋳型は静置することが望ましい。凝固完了後に、鋳型からインゴット(鋳塊)を取り出し、浮上した介在物が含まれている押湯部分を切断除去する。このようにして粗大な介在物を浮上分離除去することができる。
【0039】
〔分塊〕
粗大な介在物を浮上分離除去して得られたインゴットは、分塊圧延または熱間鍛造によりスラブとすることができる。分塊時のインゴット加熱温度は1200℃以上とすることが望ましい。分塊工程で厚さ100〜300mm程度のスラブを得る。
【0040】
〔熱間圧延〕
熱間圧延は、一般的なFe−Ni合金の製造手法に従って行うことができる。例えば、スラブ加熱温度は1100℃以上とすることが好ましい。熱延板の厚さは例えば20mm以下とすることができる。
【0041】
スラブ中の非金属介在物がスペーサータイト(MnO・Al
2O
3・SiO
2系)の場合は、融点が低く軟質であるため熱間圧延中に潰されてマトリックス(金属素地)とともに伸ばされ、最終的に粒子径1.0μm未満の小径介在物の量が多い組織状態となりやすい。コランダム(Al
2O
3主体のスピネル系)の場合は硬質であり熱間圧延でほとんど潰されないが、粒子径1.0μm以上30.0μm未満の中径介在物の量を最終的に十分に確保することが困難であり、また、粒子径30μm以上の大径介在物を形成しやすいことがわかった。本発明に従う上記の手法で得たスラブは、非金属介在物の平均組成がクリストボライト(SiO
2主体)となっている。クリストボライトは、スペーサータイトよりも融点が高く硬質であるが、コランダムほど硬くはない。クリストボライトは熱間圧延で適度に潰されて、最終製品中に中径介在物として存在する量が多くなる。また、クリストボライトの場合、Alを用いた精錬で形成される微細Al
2O
3粒子のような、微細な粒子の生成量は少なくなる。さらに、クリストボライトは浮上分離により粗大な粒子を分離させやすい。このようなことから、本発明に従えば、小径介在物および大径介在物を減らしながら、中径介在物の量を確保することができる。
【0042】
〔冷間圧延・焼鈍〕
上記のようにして得た熱延板に、常法に従い、冷間圧延および焼鈍を1回または複数回施すことによって、部品に加工するための板材Fe−Ni合金製品を得ることができる。その板厚は例えば0.1〜3.0mmの範囲とすればよい。この板材において、非金属介在物の存在形態は、上述のように、L断面において、粒子径が0.1μm以上1.0μm未満である小径介在物の個数密度が15.0個/mm
2以下、粒子径が1.0μm以上30.0μm未満である中径介在物の個数密度が20.0個/mm
2以上、粒子径が30.0μm以上である大径介在物の個数密度が10.0個/mm
2以下となっている。中径介在物の存在量が確保されているのでプレス打抜き金型の寿命延伸効果が大きく、大径介在物の存在量が低減されているので絞り加工品にしたときの表面疵低減効果が大きい。
【0043】
〔部品加工・最終焼鈍〕
プレス加工を経て成形された部品は、最終焼鈍に供される。この焼鈍は軟磁性材料としての優れた磁気特性を付与するために必要な熱処理であることから、「磁気焼鈍」と呼ばれることがある。磁気焼鈍は例えば非酸化性雰囲気中、900〜1250℃で0.5〜6.0h保持する条件で行うことができる。
【実施例】
【0044】
表1に示す化学組成のFe−Ni合金を、以下の方法で溶製した。42Niプレス屑、スリット屑等のスクラップを含む原料を電気炉で溶解した。この電気炉は高周波誘導加熱により金属材料を溶解し、溶湯にランスから酸素を吹き込むことができるようになっている。原料配合を調整してNi含有量が40.0〜51.0%の範囲の所定量(表1に示したNi含有量に近い量)、Si含有量が0.05〜0.2%程度、Mn含有量が0.3〜1%程度であるFe−Ni合金の溶湯を作った。その溶湯に電気炉内で酸素を吹き込んで一次的な脱炭および脱硫を行った。その後、電気炉から出湯した溶湯を取鍋に収容し、湯面上にCaO、CaF
2を含有する造滓剤を投入した。いずれの例においても、この段階での造滓剤にはAl
2O
3成分を使用していない。スポンジ状のスラグが形成された。取鍋を少し傾けて、スラグの全量を掻き出して、除去した(除滓)。
【0045】
除滓後の溶湯に、再度、CaO、CaF
2を含有する造滓剤を投入した。一部の比較例では、造滓剤としてAl
2O
3も添加した。表2中の「スラグへのAl
2O
3添加有無」の欄に、この段階で造滓剤としてAl
2O
3を添加したか否かを示してある。造滓剤添加後、Fe−Ni合金溶湯(メタル)をサンプリングして、Si含有量を蛍光X線分析により迅速分析して調べた。その分析値に基づいて、溶湯中のSi含有量が0.10±0.02%となるようにFe−Si合金(JIS G2302:1998に規定のフェロシリコン2号品)を添加した。一部の比較例では、上記のFe−Si合金の添加に代えて溶湯中に脱酸剤として金属Alを添加した。表2中の「溶湯へのAl添加有無」の欄に、この段階でAlを添加したか否かを示してある。
【0046】
上記のようにSi、あるいは更にAlを添加した溶湯に、湯面上からランスを近づけて、酸素を吹き込んで、更なる脱炭、脱硫を行った。スラグの塩基度(CaO/SiO
2比)が高いほど脱硫効果は高くなる。スラグ塩基度は酸素吹き込みによるSiO
2生成量およびCa含有造滓剤の添加量によって変動する。スラグ塩基度の変化挙動を、過去の操業実績データから予測して、一部の比較例を除きFe−Ni合金溶湯中のS濃度が0.0060%以下となるように酸素の吹き込み量を調整した。この酸素吹精後に、RH脱ガス装置にてArガスで溶湯を循環させながら真空脱酸を行った。その後、フラックスが入らないように柄杓で溶湯を採取し、急冷した分析用サンプルの蛍光X線分析(JIS Z2611)を行った。その分析結果に基づき、必要に応じて金属成分を溶湯中に添加して成分調整を行い、再度、上記と同様に蛍光X線分析を行った。
【0047】
得られたFe−Ni合金の溶湯を、鋳型に鋳込んだ。鋳込み温度は1530〜1570℃の範囲とした。鋳込み終了後の鋳型を静置した。鋳込み終了から約90min経過した時点で、押湯部分は未凝固であった。十分に温度が下がったのち、鋳型からインゴットを取り出した。1つのインゴットの質量は約2000kgである。浮上した粗大介在物が含まれるインゴットの押湯部分を切断除去した。
【0048】
各インゴットを1250℃で300min加熱した後、鍛造を行って厚さ150mmのスラブとした。そのスラブを1250℃に加熱した後、炉から取り出して熱間圧延を施し板厚10mmのFe−Ni合金熱延板を得た。その後、冷間圧延、焼鈍(1000℃)、酸洗、冷間圧延の工程にて、表1の化学組成を有する板厚0.30mmおよび0.50mmの2種類の冷延材を得た。この冷延材について、以下の調査を行った。
【0049】
〔介在物の個数密度および平均換算SiO
2濃度〕
板厚0.30mmの各冷延材から切り出したサンプルについて、圧延方向および板厚方向に平行な断面(L断面)のSEM観察を行い、上述の測定方法にて、小径介在物、中径介在物、大径介在物の個数密度、および粒子径1.0μm以上の介在物についてのEDX分析に基づく平均換算SiO
2濃度を求めた。
介在物の個数密度は、1視野の面積が0.05mm
2のSEM観察を重複しない40視野について行うことによって求めた。個々の介在物の円相当径は、画像処理ソフトウェア(Luzex F)を用いて、2値化した画像から個々の介在物の面積を測定し、その面積を有する円の直径を算出することによって求めた。
粒子径1.0μm以上の介在物の平均換算SiO
2濃度は、SEM観察によりL断面に存在する円相当径1.0μm以上の介在物を無作為に20個選択し、SEMに付属のEDXにより介在物の中央に電子ビームを照射したときの元素分析を行い、各介在物についてMn、Al、Siの分析値をMnO、Al
2O
3、SiO
2の質量割合に換算してMnO、Al
2O
3、SiO
2の合計100質量%に占めるSiO
2の質量%をその介在物の換算SiO
2濃度とし、測定した介在物20個の換算SiO
2濃度の平均値を算出することによって求めた。
結果を表2に示す。また、EDX分析の結果から介在物の種類をP(コランダム)、T(スペーサータイト)、C(クリストボライト)に分類し、表2中にP、T、Cの記号で示した。
【0050】
〔プレス打抜き性〕
板厚0.30mmの上記冷延材に1000℃の焼鈍を施した後、酸洗を施して打抜き試験用の焼鈍材(板厚0.3mm)を得た。この焼鈍材を被加工材に用いて、同一のプレス打抜き金型により直径10mmの穴を打抜くプレス打抜き試験を行った。クリアランス10%の条件でプレス打抜きを1万回行い、1万回目の打抜き材について、打抜き面のバリの発生状況を調べ、以下の基準で当該焼鈍材がプレス打抜き金型に及ぼすダメージの程度(金型寿命)を評価した。○評価を合格と判定した。結果を表2に示す。なお、各焼鈍材の金型寿命を同条件で比較するために、いずれの焼鈍材に対しても新品の金型を用いて1万回の打抜き試験を実施した。
○:バリが板厚に対して10%未満であるもの。
△:バリが板厚に対して10%以上20%未満であるもの。
×:バリが板厚に対して20%以上であるもの。
【0051】
〔絞り加工品の耐疵付き性〕
板厚0.50mmの上記冷延材に1000℃の焼鈍を施した後、酸洗を施して絞り加工用の焼鈍材(板厚0.5mm)を得た。この焼鈍材から打抜いたブランク直径50mmの円板に円筒絞り加工を施し、円筒外径が40mm、円筒外径/絞り高さの比が2となるように絞り加工品を作製した。肩部に割れが生じないよう、市販の機械油を使用し、加工速度を調整した。各焼鈍材につき20個の絞り加工品を作製し、得られた加工品の円筒部外壁表面を目視および顕微鏡で観察し、絞り疵の発生状況を調べた。以下の基準で耐疵付き性を評価し、○評価を合格と判定した。結果を表2に示す。
○:20個すべての加工品が、目視にて疵の発生が認められないか、疵の発生は認められるが20倍の実体顕微鏡で疵の発生起点に粒状の異物の存在が認められないものである場合。
×:20個の加工品のうち少なくとも1個の加工品において、目視にて疵の発生が認められ、20倍の実体顕微鏡で疵の発生起点に粒状の異物の存在が認められる場合。
【0052】
〔磁気特性〕
板厚0.30mmの上記冷延材から外径45mm、内径33mmのOリング型試験片をプレス打抜きにより作製し、乾燥水素雰囲気中、1100℃、2hの磁気焼鈍を施し、磁気測定試験片を得た。この試験片について、JIS C2531:1999に準拠した直流磁気特性試験を行った。得られた磁化曲線から、初透磁率μi、最大透磁率μm、保磁力Hc(A/m)を求めた。Ni含有量レベルに応じて以下の磁気特性を満たすものを○評価(合格)、満たさないものを×評価(不合格)とした。結果を表3に示す。
・Ni:40.0質量%以上44.0質量%未満
μi≧8000、μm≧80000、Hc≦5.0A/m
・Ni:44.0質量%以上46.0質量%未満
μi≧10000、μm≧100000、Hc≦4.0A/m
・Ni:46.0質量%以上51.0質量%以下
μi≧11000、μm≧110000、Hc≦3.9A/m
表3中にこの合格基準を併記した。
【0053】
【表1】
【0054】
【表2】
【0055】
【表3】
【0056】
実施例のものは、本発明に従い、精錬時にAl成分を添加することなく前述の化学組成を満たすFe−Ni合金を溶製し、かつ鋳造後に粗大介在物の浮上分離を行ったものである。これらはいずれも、小径介在物の存在量が少ないため磁気特性が良好であり、中径介在物の存在量が十分に確保されているためプレス打抜き金型の寿命向上効果に優れ、大径介在物の存在量が少ないため絞り加工品の耐疵付き性が良好であった。これらの介在物組成はクリストボライト(SiO
2主体)であった。
【0057】
比較例3−21は精錬時に溶湯中にAlを添加し、スラグにAl
2O
3成分を添加したので、介在物はコランダム(Al
2O
3主体のスピネル系)となり、中径介在物の存在量が少ないためプレス打抜き金型の寿命向上効果が悪く、大径介在物の存在量が多いため絞り加工品の耐疵付き性が悪かった。
比較例3−22、3−23、3−25、2−22、1−23は、精錬時に溶湯中にAlを添加し、スラグにはAl
2O
3を添加なかったものである。これらは介在物がコランダム(Al
2O
3主体のスピネル系)となり、小径介在物の存在量が多い場合や、中径介在物の存在量が不足する場合が生じた。そのため、良好な磁気特性とプレス金型寿命延伸効果の両立ができなかった。また、大径介在物の存在量が多くなり、絞り加工品の耐疵付き性に劣った。
比較例3−24、3−26、2−21、2−23、1−21、1−22は、精錬時に溶湯中へのAl添加は行わず、スラグにAl
2O
3を添加したものである。これらは介在物がスペーサータイト(MnO・Al
2O
3・SiO
2系)となった。小径介在物の存在量が多い板材が得られたので磁気特性に劣った。