【実施例1】
【0021】
図1は、本発明の一実施例の吸光分析装置8の構成の要部を示す略図である。
図1において、吸光分析装置8は、パルスジェネレータ10から出力され且つダイオード駆動回路12によりパルス状の駆動信号DPがアイソレータ14を介して供給されること試料42により吸収可能な所定波長たとえば4.3μmの第1波長λ1のパルス状の光信号を出力するLED(発光ダイオード、電/光変換素子)16、そのLED16から入力された第1波長λ1の入力光を光検出器18へ伝播させる光学系20と、光検出器18により検出された信号を所定の遅延時間だけ遅延させて出力する電気信号遅延回路22と、電気信号遅延回路22から供給された信号に基づいてLED16を駆動する信号を発生させ、アイソレータ14を介してLED16に供給する帰還信号用ダイオード駆動回路24と、予め記憶された関係から、光検出器18により検出された周期的に減衰する光信号(リングダウン信号)に基づいて光学系20に介在させられた物質或いはその濃度を特定し、表示装置26に測定結果を表示する電子制御装置28とを、備えている。
【0022】
なお、試料42を透過させられた光を検出する光検出器18は、低速応答(パルス周期が長い)で用いることが多いが、高速応答性を有する光検出器自体が用いられても、問題はない。光検出器18には、光電導型(可視領域用のCdSセル、近赤外領域のPbSやInSbセル、中赤外領域用のHgCdTeセル)および光起電型(フォトダイオード、フォトトランジスタ、太陽電池、CCD)半導体素子、光電子増倍管(フォトマル、PMT)などがある。
【0023】
光学系20は、試料伝播空間形成装置として機能するものであり、試料42を挟んで一定の距離を隔てて対向する一対の集光レンズ30および32と、それら集光レンズ30および32を支持する支持フレーム34とを備えて、一対の集光レンズ30および32の間に形成される平行ビームに試料42を介在させる解放空間或いは気密空間を形成し、光信号伝搬経路の一部を構成している。
【0024】
光検出器18が、光学系20を通過した光信号を電気信号に変換して出力し、電気信号遅延回路22を介して帰還信号用のダイオード駆動回路24に供給すると、それに応答して、LED16からは光学系20の始端に光信号が出力されるので、光学系20に対応する光信号伝播経路と、光検出器18からLED16までの間に対応する電気信号伝播経路とで構成された周回経路で信号が繰り返し伝播させられる閉鎖系信号伝播装置40が構成される。
【0025】
アイソレータ14は、ダイオード駆動回路12と帰還信号用ダイオード駆動回路24との間を電気的に分離するために、たとえば、ダイオード駆動電流と同じ方向の一対のダイオードDと、一対のダイオードDとLED16との間で直列接続されたたとえば100〜150Ω程度の直列抵抗Rとを含む。
【0026】
光源駆動装置として機能するパルスジェネレータ10は、ラインダムノイズ発生器11を有し、LED16からたとえば10ms程度のパルス幅を有する単発のパルス状である光信号を出力するための同様のパルス幅を有するパルス状の基本駆動信号BDPと、その基本駆動信号BDPの発生周期よりも短い不規則な信号周期およびその基本駆動信号BDPの振幅よりも小さい不規則な振幅を有する微小なランダムノイズ信号RNとが重畳した駆動信号DPを出力する。ランダムノイズ信号RNの重畳は、リザーバコンピューティング法で言えばリザーバに入力信号を加えたときの時間遅延ループ内の出力のダイナミックスを測定し、仮想ノード状態を決定することに対応する、後述のリングダウンパルス波形の減衰曲線のエンペロープから算出するβ値が長時間で安定し、高感度とするためのものである。
図2は、上記パルスジェネレータ10から出力される駆動信号DPを模式的に例示する図である。
【0027】
上記ダイオード駆動回路12および帰還信号用ダイオード駆動回路24は、たとえば
図3に示すようにそれぞれ構成される。
図3おいて、一対の帰還抵抗Rfが設けられることにより、帰還型オペアンプOPAは、その入力端子+が入力電圧Vinとなるように出力電圧を調節する結果、出力抵抗R1およびLED16と等価の負荷抵抗RLには、負荷抵抗RLの変化に拘わらず、入力電圧Vinすなわち上記パルスジェネレータ10から出力されたパルス信号の電圧に比例した出力電流Ioutが出力されるようになっている。すなわち、ダイオード駆動回路12および帰還信号用ダイオード駆動回路24は、負荷抵抗RLの大きさに拘わらず入力電圧Vinに応じた大きさの一定電流を出力する定電流電源として機能している。これにより、LED16は、低い領域の電圧信号は光に変換しないという非線形の出力特性を有しているにも拘わらず、供給されるパルス状の電気信号の電圧に応じた大きさのパワーを有する光信号を出力する。特に、光検出器18によって検出される光信号光が周回または往復によって順次小さくなり、それに応じて出力する電気信号(電圧)が順次低くなっていくが、その電気信号の電圧低下に応じて、指数関数的に減衰する光信号を出力するようになっている。また、上記ダイオード駆動回路12は、たとえば出力抵抗R1を可変としてLED16へ供給する駆動電流(注入電流)を調節することにより、1発目の光信号強度を変化させることができる。注入電流を大きくしても波形は大きくなるが減衰波形の傾きは変化しない。帰還信号用ダイオード駆動回路24は、たとえば出力抵抗R1を可変としてLED16へ供給する駆動電流(注入電流)を調節することにより、2発目以降のリングダウンパルス(光信号)の減衰寿命を変化させることができる。
【0028】
光源として機能するLED16は、よく知られているように、所定の順方向電圧を超えると電流が急速に増加する非線形な特性を有している。このため、上記順方向電圧以下の小さい入力信号に対しては動作せず、その順方向電圧を超える入力信号について、その大きさに応じたパワーを有する光を出力する。
【0029】
電気信号遅延回路22は、デジタル遅延集積素子或いはアナログ遅延素子を備え、光検出器18により検出されたパルス信号を3ms〜300ms遅延させて帰還信号用ダイオード駆動回路24に供給する。デジタル遅延集積素子としては、たとえば、デジタル・ディレイ専用IC(PT2399:Princeton Technology Corporation)が、A/Dコンバータ、メモリ、D/Aコンバータと共に構成され、30ms〜300msの遅延時間が設定され得る。また、アナログ遅延素子としては、たとえば超音波を用いたガラス遅延素子、CCD(Charge Coupled Device)素子、BBD(Bucket Brigade Device)素子が用いられる。BBD素子として知られているMNN3207を用いた場合には、3ms〜50msの遅延時間が得られる。
【0030】
閉鎖系信号伝播装置40内の周回によって発生する伝播距離の増加に対応した伝播時間が遅延時間となる。この遅延時間は、当初の光信号とそれにより周回した次の光信号との間および周回した光信号間が重複せず、個別の光信号の大きさが容易に測定可能な十分に分離されたパルス間隔となるように、電気信号遅延回路22により設定される。
【0031】
以上のように構成された吸光分析装置8では、測定開始操作に応答して、ダイオード駆動回路12から1パルスの駆動電流が供給されると、LED16(電/光変換素子)からたとえば10ms程度のパルス幅を有する単一のパルス状の光信号が光学系20の始端へ出力され、閉鎖系信号伝播装置40へ入力される。閉鎖系信号伝播装置40では、光検出器18とLED16との間に対応する電気信号伝播経路では電気信号として周回し、光信号が光学系20を繰り返し通過することで、光学系20に介在させられた試料42に応じた減衰を受ける。この光学系20内で繰り返し伝播する光信号は、光検出器18により検知され、そこで電気信号に変換された出力信号が電子制御装置28へ出力される。この出力信号は、たとえば光学系20に介在させる空間に二酸化炭素400ppmが試料42として存在するとき、
図4に示すように、指数関数的に減衰している。
【0032】
電子制御装置28は、マイクロコンピュータなどから構成され、予め記憶されたプログラムに従って光検出器18からの出力信号を処理し、光検出器18により検出された第1波長λ1の信号(出力)光の減衰波形の減衰状態に基づき、リングダウン分光法を用いて試料42を特定したり、試料42の濃度を測定する。このようにして得られた減衰波形、減衰曲線、減衰率k、リングダウンタイムτ、数密度n、吸光率Δkなどの一部或いは全部の分析結果は、表示装置26に表示される。たとえば、電子制御装置28は、試料42を光学系20に介在させないときにLED光である入力光が取り込まれたときに光検出器18から順次得られるパルス群(列)の大きさの減衰波形を算出するとともに、その減衰波形からそのリングダウンタイムτ0を予め求め、次いで、試料42を光学系20に介在させたときにLED光である入力光が取り込まれたときに光検出器18から得られるパルス群(列)の減衰波形を算出するとともに、その減衰波形からそのリングダウンタイムτを算出し、たとえば後述する(4)式に示す予め記憶された関係から実際のそれらリングダウンタイムτ0およびτに基づいて試料42の数密度nを算出して試料42を特定する。また、上記光学系20内に標準濃度の試料を入れたときのリングダウンタイムτ0を求める場合には、上記と同様にして、試料42の濃度を特定する。
【0033】
本実施例に用いられる分光分析測定の原理および下記(4)式の導出方法を以下に説明する。たとえば
図4に示すように上記順次取り出された信号光すなわちパルス群(列)の減衰波形すなわちリングダウン波形が時系列的に観測される。この波形は、時間経過に伴って減衰し、その減衰率は、周回させられるパルス状の入力光およびその増幅光が透過する試料42の物質状態に応じて変化する。上記波形は、その初期値の強度をI0とすると、次式(1)の時間関数I(t)で表わされるものである。
I(t)=I0exp−(1/τ0)t ・・・(1)
ここで、(1/τ0)は減衰率である。τ0は強度が1/eとなるまでの時間すなわち時定数であり、基準リングダウンタイムとも称される。光学系20における光の取出割合をr、光速をc、キャビティ長(周回長)をLとすると、τ0は後述する次式(2)で示される。
τ0=L/c(1−r) ・・・(2)
次いで、試料をある吸光物質としたときのリングダウンタイムτ、その試料の物質の吸収断面積をσ、物質の数密度をnとすると、(1)式は(3)式に書き換えられる。(2)式から(4)式が得られる。
I(t)=I0exp−(t/τ0−σnct) ・・・(3)
n=1/σc(1/τ−1/τ0) ・・・(4)
これにより、吸収断面積σが既知である媒質を対象とし、τ0とτとを測定で求めることにより、(4)式を用いて物質の数密度nを算出することができる。
【0034】
吸光分析装置8では、光検出器18によって順次検出された信号光の強度(パワー)は
図4の破線に示すような減衰波形が表示装置26に表示される。
図4の破線で示す曲線はτを求めるための減衰曲線の近似曲線である。また、電子制御装置28は、その実線で示される減衰曲線の初期値時点とその初期値の1/eとなる時点との間の時間を計測することでリングダウンタイムτを測定し、(4)式からリングダウンタイムτに基づいて試料42の数密度nを算出する。
【0035】
図5の下段の波形Pは、二酸化炭素の濃度を550ppmと400ppmとに交互に切り換えた場合のβ値の変化を示している。400ppmの低濃度であるときはβ値が低く測定されており、高感度の測定が可能となっている。なお、キャビティーリングダウンを用いないで、光検出器18の電圧をアベレージング測定した場合は、
図5の上段に示す波形Qのように、光検出器18に内蔵されたA/D変換する最低検出限界(0.05V)で検出される変化しか得られなかった。すなわち、電子式キャビティーリングダウン方式を適用することによって、光検出器18のA/D変換の検出限界を超えた高感度化が可能であることが示されている。
【0036】
図6のaは、二酸化炭素の濃度を550ppmとした試料42を用いた場合に、長時間にわたって繰り返し求めたβ値を示している。また、
図6のbは、同様に二酸化炭素の濃度を550ppmとした試料42を用いたが、基本駆動信号BDPだけで構成した駆動信号DPを用いてLED16を駆動した場合に、長時間にわたって繰り返し求めたβ値を示している。これによれば、基本駆動信号BDPにランダムノイズ信号RNを重畳させた駆動信号DPを用いてLED16を駆動した場合には、
図6のaに示すように、基本駆動信号BDPだけで構成した駆動信号DPを用いてLED16を駆動した
図6のbに比較して、長時間にわたる安定性が得られている。
【0037】
上述のように、本実施例の吸光分析装置8によれば、基本駆動信号BDPにランダムノイズ信号RNを重畳した駆動信号DPを用いてLED16(光源)を駆動しているので、傾き指数βの測定に関して長時間にわたる安定性が得られ、高い測定精度が得られる。
【0038】
また、本実施例の吸光分析装置8によれば、光学系20を透過した光信号が光検出器18に検知されてそれから出力される電気信号がLED16に供給されるまでの時間を遅延させる電気信号遅延回路22が設けられている。このため、LED16から光信号が出力され、それに続いてLED16が光信号出力するまでの時間が遅延させられるので、光信号の重なりが回避されるとともに、繰り返し検出される光信号の間に十分な間隔が得られ、測定が容易となる。同時に、同軸ケーブルを用いた電気信号遅延素子を用いる場合に比較して装置が大幅に小型となる。
【実施例2】
【0039】
次に、本発明の他の実施例を説明する。なお、実施例相互に共通する部分には同一の符号を付して説明を省略する。
【0040】
図7の吸光分析装置50は、実施例1(
図1)の吸光分析装置8と比較して、光源としてレーザダイオード52を用いるとともに、レーザダイオード52から出力された光信号を導く光ファイバ54と、その光ファイバ54に介在させられた試料42を収容して試料伝播空間形成装置として機能する試料収容容器56とから光信号伝播経路を構成した点で、相違し、他は同様である。それ故、本実施例の吸光分析装置50においても、前述の実施例の吸光分析装置8と同様の作用効果が得られる。
【0041】
試料収容容器56は、気体或いは液体の試料42を閉じ込める空間(キャビティ)を有する閉鎖型容器、或いは試料42を通過させることが可能な空間(キャビティ)を有する解放型容器から構成され、光信号が透過可能となるように光ファイバ54の始端から終端までの間に配置されている。
【0042】
本実施例において光源として機能するレーザダイオード52は、
図8に示すように、入力電流閾値TC以下の小さい入力信号に対しては動作せず、入力電流閾値TCを超える入力信号について、その大きさに応じたパワーを有するレーザ光を出力する非線形特性を有している一方で、それに駆動電流を供給するダイオード駆動回路12、24からは、その負荷抵抗RLに拘わらず、入力電圧Vinすなわち駆動信号DPの電圧に比例した出力電流が供給される。すなわち、ダイオード駆動回路12、24は定電流電源として機能している。これにより、レーザダイオード52は、低い領域の電圧信号は光に変換しないという出力特性を有しているにも拘わらず、供給されるパルス状の駆動信号DPの電圧に応じた大きさのパワーを有する光信号を出力する。特に、レーザダイオード52は、光検出器18によって検出される光信号(電圧信号)が順次低くなっていくが、その電気信号の電圧低下に応じて、指数関数的に減衰する光信号を出力する。また、上記ダイオード駆動回路12、24は、たとえば出力抵抗R1を可変としてレーザダイオード52へ供給する駆動信号(注入電流)を調節することにより、2発目のリングダウンパルス(光信号)の減衰寿命を変化させることができる。
【0043】
レーザダイオード52は、
図8に示すように、入力電流閾値TC以下の小さい入力信号に対しては動作せず、入力電流閾値TC以下の入力信号について、その大きさに応じたパワーを有するレーザ光を出力する非線形特性を有する。このため、レーザダイオード52へ供給される入力信号に直流バイアス電流IBを加えると、入力電流閾値TC以下の入力信号でもレーザ光を出力させることができ、リングダウン信号を一層明確とすることができる。たとえば、
図3において、入力バイアス電圧VBを出力するバイアス回路KBはその一例である。
【0044】
以上、本発明の一実施例を図面に基づいて説明したが、本発明はその他の態様においても適用される。
【0045】
たとえば、前述の実施例では、光源駆動装置として機能するパルスジェネレータ10から出力される駆動信号DPは、パルス状の基本駆動信号BDPと、その基本駆動信号BDPの発生周期よりも短い不規則な信号周期およびその基本駆動信号BDPの振幅よりも小さい不規則な振幅を有する微小なランダムノイズ信号RNとが重畳されたものであるが、そのランダムノイズ信号RNの重畳は、リザーバコンピューティング法で言えばリザーバに入力信号を加えたときの時間遅延ループ内の出力のダイナミックスを測定し、仮想ノード状態を決定することに対応する、後述のリングダウンパルス波形の減衰曲線のエンペロープから算出するβ値が長時間で安定し、高感度とするためのものである。このため、ランダムノイズ信号RNは、そのようにβ値が長時間で安定し、高感度とされる範囲内で、基本駆動信号BDPの発生周期よりも短い不規則な信号周期およびその基本駆動信号BDPの振幅よりも小さい不規則な振幅の少なくとも一方を有するものであってもよいし、基本駆動信号BDPの周期よりも短い信号周期および前記駆動信号の振幅よりも小さい振幅の少なくとも一方を有する微小ノイズ信号であってもよい。
【0046】
前述の実施例1(
図1)の閉鎖系信号伝播装置40で用いられた試料伝播空間形成装置として機能する光学系20は、実施例2の閉鎖系信号伝播装置40の試料収容容器56に替え用いられてもよい。
【0047】
その他一々例示はしないが、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。