(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、C:0.2%以下、Si:0.2〜1.5%、Mn:0.5〜2.5%、P:0.06%以下、S:0.008%以下、Ni:10.0〜20.0%、Cr:16.0〜25.0%、Mo:3.5%以下、Cu:3.5%以下、N:0.04〜0.50%、O:0.015%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、
析出物の量が質量%で0.001%以上1.0%以下であり、さらに析出物の平均サイズが100nm以下であり、引張強さが650MPaを超えることを特徴とする耐水素脆化特性に優れた高強度オーステナイト系ステンレス鋼。
質量%で、Al:0.3%以下、Mg:0.01%以下、Ca:0.01%以下、REM:0.10%以下、B:0.008%以下から選択される1種または2種以上を含むことを特徴とする請求項1に記載の耐水素脆化特性に優れた高強度オーステナイト系ステンレス鋼。
質量%で、Ti:0.5%以下、Nb:0.5%以下、V:0.5%以下から選択される1種または2種以上を含むことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の耐水素脆化特性に優れた高強度オーステナイト系ステンレス鋼。
請求項1〜3のいずれか一項に記載の成分組成を有する鋼片を熱間加工する工程と、1000℃〜1200℃で最終熱処理する工程と、前記最終熱処理の工程後に冷却する工程と、を有し、前記冷却の工程では、750℃までの平均冷却速度を2.0℃/s未満に制御することを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の耐水素脆化特性に優れた高強度オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
請求項1〜4のいずれか一項に記載の耐水素脆化特性に優れた高強度オーステナイト系ステンレス鋼を使用した、高圧水素ガスおよび液体水素環境中で用いる水素用機器。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化防止の観点から、温室効果ガス(CO
2、NO
x、SO
x)の排出を抑制するため、水素をエネルギーの輸送・貯蔵媒体として利用する技術開発が進んでいる。このため、水素の貯蔵・輸送用の機器で使用される金属材料の開発が期待されている。
【0003】
従来、圧力40MPa程度までの水素ガスは、厚肉(厚さの厚い)のCr−Mo鋼製ボンベに高圧ガスとして充填・貯蔵されている。また、配管用材料あるいは燃料電池自動車の高圧水素ガスタンクライナーとしては、JIS規格のSUS316系オーステナイト系ステンレス鋼(以下、「SUS316鋼」と記載)が使用されている。SUS316鋼は、高圧水素ガスの環境下での耐水素脆化特性が、例えば上記のCr−Mo鋼を含む炭素鋼や、JIS規格のSUS304系オーステナイト系ステンレス鋼(以下、「SUS304鋼」と記載)と比較して良好である。
【0004】
近年、燃料電池自動車の一般販売に先駆けて、水素ステーションの公的な試作・実証実験が進行している。例えば、大量の水素を液体水素として貯蔵でき、かつ液体水素を昇圧して70MPa以上の高圧水素ガスとして供給可能な水素ステーションが実証段階にある。また、水素ステーションにおいて、燃料電池自動車のタンクに充填する水素を−40℃程度の低温に予冷するプレクールと呼ばれる技術が実用化されている。
これらのことから、水素ステーションのディスペンサーに付随する液体水素用の貯蔵容器や水素ガス配管などに用いられる金属材料は、70MPaの高圧かつ低温の水素ガスに曝されることが想定される。
【0005】
より過酷な水素脆化環境下で水素脆化しない金属材料として、Niを13%程度含有したSUS316鋼およびSUS316L鋼が挙げられるが、これら2鋼種を国内の70MPa級水素ステーションで使用することが高圧ガス保安協会の定める例示基準にて認められている。
【0006】
一方、将来の燃料電池自動車を中心とした水素エネルギー社会の普及および自律的発展のためには、燃料電池自動車や水素ステーションのコスト削減が必要不可欠である。つまり、水素脆化環境下で用いられる金属材料に対しては、各種の機器の小型化・薄肉化により鋼材の使用量を削減するため、より一層高い強度が求められている。特に、高圧水素配管用途では、用いられる金属材料に対して650MPa程度の引張強さが要求される。
【0007】
しかしながら、上記の例示基準に記載されたSUS316系オーステナイト系ステンレス鋼は、レアメタルであるNiとMoを多量に含んでいるため高価である。しかし、SUS316系オーステナイト系ステンレス鋼に溶体化処理を施しても、このような引張強度さを満足しないため、SUS316系オーステナイト系ステンレス鋼に冷間加工を施して強度を補強して使用される。
【0008】
SUS316鋼およびSUS316L鋼の引張強さを高めた鋼材としては、Nの固溶強化を活用したJIS規格鋼種のSUS316NおよびSUS316LNが知られている。しかしながら、例えば、非特許文献1で報告されている通り、SUS316NおよびSUS316LNは、低温の高圧水素ガス中では延性が低下してしまう。
【0009】
特許文献1(特開2002−173742号公報)で開示されたステンレス鋼は、Ni含有量を4〜12%としつつ、加工熱処理により金属組織をオーステナイト相とマルテンサイト相の二相組織に制御している。これによりビッカース硬さが500程度と非常に硬質なステンレス鋼を達成している。
【0010】
特許文献2(特開2009−133001号公報)で開示されたステンレス鋼は、1μm以上の大きさのTiおよびNbの炭窒化物の活用により耐水素脆化特性を向上させており、SUS316鋼に対してMo添加を省略しているため、経済性に優れている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、特許文献1に記載のステンレス鋼は、水素脆化しやすいマルテンサイト相を含んでいるため、水素環境下での適用は困難である。
また、特許文献2に記載のステンレス鋼は、強度に関してはSUS316鋼と同程度であり、さらなる強度の向上が望まれる。
【0014】
このように、低温かつ40MPa超の高圧水素ガス環境下での耐水素脆化特性を有する高強度オーステナイト系ステンレス鋼は、未だ出現していないのが現状である。
本発明は、前述の現状に鑑みてなされたもので、低温かつ40MPa超の高圧水素ガス環境下で好適に使用できる耐水素脆化特性に優れた高強度オーステナイト系ステンレス鋼を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
析出強化による高強度化を指向した高圧水素用ステンレス鋼としては、例えば特許文献3(特開2014−47409号公報)に開示されている。
特許文献3記載のステンレス鋼では、η相金属間化合物を活用している。しかしながら、20%以上のNiの添加が必要となり合金コストの増加を招く。
そこで、本発明者らは、主要元素を活用して得られる析出物として、Cr系炭窒化物に着目した。
【0016】
一方で、一般的にステンレス鋼の各種特性は、Cr系炭窒化物の影響により低下する。例えば、特許文献4(特開2014−1422号公報)で開示されている通り、Cr系炭窒化物が析出すると、Cr系炭窒化物と母相との界面が破壊の起点となり、成型性の低下を招く。
【0017】
さらに、ステンレス鋼の耐水素ガス脆化特性に及ぼすCr系炭窒化物の影響も例外ではない。非特許文献1によれば、金属組織中にCr系炭窒化物を析出させた場合、この析出物の周囲には、Cr濃度が著しく低下したCr欠乏層が形成される。このCr欠乏層の付近ではオーステナイト相の安定度が低下するため、変形時に加工誘起マルテンサイト相が優先的に生成してしまい、高圧水素ガス中での延性の低下を招く。Cr欠乏層は追加で熱処理を行い、Crを拡散させることで消失させることができるが、製造コストが増加してしまう。
【0018】
ここで、発明者らは、主要元素であるCr、Ni、Moと微量元素で構成されているオーステナイト系ステンレス鋼の合金成分組成と、金属組織、析出物の平均サイズ、高圧水素ガス環境下における耐水素脆化特性および強度特性の関係について鋭意研究を行った。その結果、以下の(a)〜(f)の新しい知見を得た。
【0019】
(a)水素脆化を示した試験片では、Cr系炭窒化物やNi・Fe・Cr・Mo・Si金属間化合物の周辺で、き裂(cracks)が生成する。これら析出物の周辺で生成したき裂が連結・伝ぱすることで延性が低下する。
(b)しかしながら、
質量%を1.0%以下、さらに析出物のサイズを100nm以
下に制御することで水素脆化により生成するき裂の生成・進展が著しく抑制され、その結果、耐水素脆化特性が向上する。
(c)このような
析出物の量を質量%で0.001%〜1.0%に制御し、さらに析出物の平均サイズを100nm以下に制
御することで、Cr系炭窒化物やNi・Fe・Cr・Mo・Si金属間化合物、あるいはTi、Nb、V系炭窒化物などの析出物はオーステナイト系ステンレス鋼の高強度化にも有効に作用する。さらにNの固溶強化を活用しつつ、析出強化を複合的に作用させることで、SUS316鋼の冷間加工材と同等以上の650MPa程度の引張強さを得ることができる。
(d)析出物のサイズは熱処理条件の影響を強く受ける。Cr系炭窒化物やNi・Fe・Cr・Mo・Si金属間化合物の析出ノーズは800℃程度であり、これより高い温度で保持すると短時間で析出物が析出するが、粗大化が速やかに進行する。このため、析出物の平均サイズを100nm以下に制御するのは困難である。800℃以下で鋼材を保持すると、析出物の粗大化は抑制できるが、析出開始に時間がかかる。
(e)最終熱処理後の冷却時、750℃までの平均冷却速度を2.0℃/s未満に制御することで、ステンレスの高強度化と耐水素脆化特性向上を両立させる析出物のサイズ・質量%を確保することができる。
(f)また、炭窒化物を形成しやすいTi、Nb、Vを微量かつ単独あるいは複合的に添加することでTi、Nb、V系の炭窒化物を析出させる、あるいはCu添加によりCuを析出させることで、耐水素脆化特性を損なうことなく、さらに強度を高めることができる。
【0020】
本発明は、上記(a)〜(f)の新たな知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下の通りである。
【0021】
(1)質量%で、C:0.2%以下、Si:0.2〜1.5%、Mn:0.5〜2.5%、P:0.06%以下、S:0.008%以下、Ni:10.0〜20.0%、Cr:16.0〜25.0%、Mo:3.5%以下、Cu:3.5%以下、N:
0.04〜0.50%、O:0.015%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、
さらに、
析出物の量が質量%で0.001%以上1.0%以下であり、さらに析出物の平均サイズが100nm以下であり、
引張強さが650MPaを超えることを特徴とする耐水素脆化特性に優れた高強度オーステナイト系ステンレス鋼。
【0022】
(2)更に、質量%で、Al:0.3%以下、Mg:0.01%以下、Ca:0.01%以下、REM:0.10%以下、B:0.008%以下から選択される1種または2種以上含むことを特徴とする(1)に記載の耐水素脆化特性に優れた高強度オーステナイト系ステンレス鋼。
【0023】
(3)質量%で、Ti:0.5%以下、Nb:0.5%以下、V:0.5%以下から選択される1種または2種以上を含むことを特徴とする(1)または(2)に記載の耐水素脆化特性に優れた高強度オーステナイト系ステンレス鋼。
【0024】
(4)高圧水素ガスおよび液体水素環境中で用いられることを特徴とする(1)〜(3)のいずれか一項に記載の耐水素脆化特性に優れた高強度オーステナイト系ステンレス鋼。
【0025】
(5)(1)〜(3)のいずれか一項に記載の成分組成を有する鋼片を熱間加工する工程と、1000℃〜1200℃で最終熱処理する工程と、前記最終熱処理の工程後に冷却する工程と、を有し、前記冷却の工程では、750℃までの平均冷却速度を2.0℃/s未満に制御することを特徴とする
(1)〜(3)のいずれか一項に記載の耐水素脆化特性に優れた高強度オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【0026】
(6)(1)〜(4)のいずれか一項に記載の耐水素脆化特性に優れた高強度オーステナイト系ステンレス鋼を使用した、高圧水素ガスおよび液体水素環境中で用いる水素用機器。
【発明の効果】
【0027】
本発明の一態様によれば、高圧水素ガスおよび液体水素環境下で好適に使用され、高い強度を有する耐水素脆化特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼およびその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼およびその製造方法について詳細に説明する。
まず、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼の成分組成について説明する。なお、以下の説明において、各元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
【0029】
本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、質量%で、C:0.2%以下、Si:0.2〜1.5%、Mn:0.5〜2.5%、P:0.06%以下、S:0.008%以下、Ni:10.0〜20.0%、Cr:16.0〜25.0%、Mo:3.5%以下、Cu:3.5%以下、N:0.01〜0.50%、O:0.015%以下を含有する。さらに、析出物の平均サイズが100nm以下であり、かつ析出物の量が質量%で0.001%以上、1.0%以下含むことを特徴とする。
【0030】
<C:0.2%以下>
Cは、オーステナイト相の安定化に有効な元素であり、耐水素脆化特性の向上に寄与する。また、固溶強化およびCr系炭化物による析出強化のため、強度増加にも寄与する。これら効果を得るため、C含有量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、過剰な量のCの添加は、Cr系炭化物の過剰な析出を招き、耐水素脆化特性の低下に繋がる。このため、C含有量の上限を0.2%とする必要がある。より好ましいC含有量の上限は0.15%である。
【0031】
<Si:0.2〜1.5%>
Siは、オーステナイト相の安定化に有効な元素である。オーステナイト相の安定化により耐水素脆化特性を向上させるため、Si含有量を0.2%以上とする必要がある。Si含有量は0.4%以上であることが好ましい。一方、過剰な量のSiの添加は、シグマ相などの金属間化合物の生成を促進させ、熱間加工性や靭性低下を招く。このため、Si含有量の上限を1.5%とする必要がある。Si含有量は、より好ましくは1.1%以下である。
【0032】
<Mn:0.5〜2.5%>
Mnは、オーステナイト相の安定化に有効な元素である。オーステナイト相の安定化により加工誘起マルテンサイト相の生成が抑制され、これにより耐水素脆化特性が向上する。このため、Mn含有量を0.5%以上とする必要がある。Mn含有量は0.8%以上であることが好ましい。一方、過剰な量のMnの添加は、粗大なMnS介在物の生成が促進させ、オーステナイト相の延性低下を招くほか、窒化物の生成を促進する作用も有するため、上限を2.5%とする必要がある。Mn含有量は、より好ましくは2.0%以下である。
【0033】
<P:0.06%以下>
Pは、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼中に不純物として含まれる。Pは、熱間加工性を低下させる元素であるため、P含有量を極力低減させることが好ましい。具体的には、P含有量は0.06%以下と制限することが好ましく、0.05%以下と制限することがより好ましい。しかし、P含有量の極度の低減は製鋼コストの増大に繋がるため、P含有量は0.008%以上であることが好ましい。
【0034】
<S:0.008%以下>
Sは、熱間加工時にオーステナイト粒界に偏析し、粒界の結合力を弱めることで熱間加工時の割れを誘発する元素である。そのため、S含有量の上限を0.008%に制限する必要がある。S含有量の好ましい上限は0.005%である。S含有量は、極力低減させることが好ましいため、特に下限は設けないが、極度の低減は製鋼コストの増大に繋がる。このためS含有量は0.0001%以上であることが好ましい。
【0035】
<Ni:10.0〜20.0%>
Niは、オーステナイト系ステンレス鋼の耐水素脆化特性を向上させる効果が大きい元素である。また、Ni・Fe・Cr・Mo・Si金属間化合物の生成を促進させ、高強度化にも寄与する。これらの効果を十分に得るため、Ni含有量を10.0%以上とする必要がある。成分偏析を解消することにより、これらの効果は更に向上するため、Ni含有量は11.5%以上であることが好ましい。一方、過剰な量のNiの添加は材料コストの上昇を招くため、Ni含有量の上限を20.0%とする。Ni含有量は、好ましくは14.0%以下である。
【0036】
<Cr:16.0〜25.0%>
Crは、ステンレス鋼に要求される耐食性を得るために欠くことのできない元素である。加えて、Crは、オーステナイト系ステンレス鋼の強度上昇にも寄与する元素である。この効果を十分に得るため、Cr含有量は16.0%以上とする必要がある。Cr含有量は、好ましくは16.5%以上である。一方、過剰な量のCrの添加は、Cr系炭窒化物の過剰な析出を招き、耐水素脆化特性を低下させる。このため、Cr含有量の上限を25.0%とする必要がある。Cr含有量は、好ましくは22.5%以下である。
【0037】
<Mo:3.5%以下>
Moは、オーステナイト系ステンレス鋼の強度の上昇と耐食性の向上に寄与する元素である。しかしながら、Moの添加は合金コストの増加を招く。したがって、Mo含有量は3.5%以下とする。一方、Moはスクラップ原料から不可避に混入する元素である。Mo含有量の過度な低減は溶解原料の制約を招き、製造コストの増加に繋がる。したがって、上記効果と製造性を両立させるため、Mo含有量の下限は0.05%とすることが好ましい。
【0038】
<Cu:3.5%以下>
Cuは、オーステナイト相の安定化に有効な元素である。オーステナイト相の安定化により耐水素脆化特性を向上させるため、Cu含有量は0.15%以上であることが好ましい。一方、CuはCu析出強化による強度上昇にも寄与するが、過剰な量のCuの添加は、オーステナイト相の強度低下につながり、熱間加工性も損なわれるため、Cu含有量の上限を3.5%とする必要がある。Cu含有量は、より好ましくは3.0%以下である。
【0039】
<N:0.01〜0.50%>
Nは、オーステナイト相の安定化と耐食性の向上に有効な元素である。また、固溶強化およびCr系窒化物の析出強化により、強度上昇に寄与する。これら効果を得るため、N含有量は0.01%以上とする。N含有量は、好ましくは0.04%以上である。一方、過剰な量のNの添加はCr系窒化物の過剰な生成を促進し、オーステナイト相の耐水素脆化特性や耐食性、靭性を低下させる。このため、N含有量の上限を0.50%とする必要がある。N含有量は、より好ましくは0.35%以下である。
【0040】
<O:0.015%以下>
Oは、鋼中で酸化物を形成することで、オーステナイト相の熱間加工性および靭性を低下させる。このため、O(酸素)含有量の上限を0.015%以下と制限する必要がある。O含有量は、好ましくは、0.010%以下である。O(酸素)含有量は、極力低減させることが好ましいが、極度の低減は製鋼コストの増大に繋がる。このためO(酸素)含有量は0.001%以上であることが好ましい。
【0041】
本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、上述してきた元素以外は、Fe及び不可避的不純物からなるが、後述する任意に添加される元素を含有してもよい。
【0042】
<Al:0.3%以下、Mg、Ca:0.01%以下、REM:0.10%以下、B:0.008%以下>
Al、Mg、Ca、REM、Bは、脱酸および熱間加工性、耐食性の向上に有効な元素である。必要に応じて、これらから選択される1種または2種以上の元素を添加してもよい。ただし、これら元素の過剰な量の添加は、製造コストの著しい増加を招く。このため、これら元素の含有量の上限をAl:0.3%以下、Mg、Ca:0.01%以下、REM:0.10%以下、B:0.008%以下とする必要がある。これら元素の含有量の下限は特に設ける必要はないが、脱酸効果を十分に得るため、Al:0.01%、Mg、Ca:0.0002%、REM:0.001%、B:0.0002%とすることが好ましい。ここで、REM(希土類元素)は一般的な定義に従い、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。単独の元素を添加してもよいし、2種以上の元素を添加してもよい。REMの含有量は、これら元素の合計量である。
【0043】
<Ti、Nb、V:0.50%以下>
Ti、Nb、Vは鋼中に固溶するか、または炭窒化物として析出し、強度を増加させるために有効な元素である。必要に応じてこれらから選択される1種または2種以上の元素を添加してもよい。この場合、Ti、Nb、Vのそれぞれの含有量は、0.01%以上が好ましい。ただし、Ti、Nb、Vのそれぞれの含有量が0.50%より多くなるとCr系炭窒化物の生成を抑制してしまい、Cr系炭窒化物による析出強化の効果を十分に得ることができない。したがって、Ti、Nb、Vのそれぞれの含有量の上限を0.50%以下とする必要がある。好ましいTi、Nb、Vのそれぞれの含有量の上限は0.40%である。
【0044】
以上説明した元素以外の他の元素も、本実施形態の効果を損なわない範囲で含有させることが出来る。
【0045】
「析出物に係る限定の理由」
次に、鋼中の析出物のサイズおよび生成量について説明する。
水素脆化を示した試験片では、Cr系炭窒化物あるいはNi・Fe・Cr・Mo・Si金属間化合物の周辺で、き裂が生成する。これは、各析出物の周辺に形成されるCr欠乏層に起因して、各析出物の周辺において局所的に耐水素ガス脆化特性が低下するためである。析出物の周辺を起点として生成したき裂が連結・伝ぱすることで延性が低下する。
【0046】
しかしながら、析出物の平均サイズを100nm以下に制御し、かつ、析出物の生成量を質量%で1.0%以下に制御することで、水素ガス脆化により生成するき裂の生成・進展が著しく抑制される。その結果、耐水素ガス脆化特性が向上する。
【0047】
さらに、析出物の析出強化により強度を増加させるとともに、Nの固溶強化を複合的に作用させることで、SUS316鋼の冷間加工材と同等以上の650MPa程度の引張強さを得ることができる。当該効果を享受するために、析出物の生成量の下限値は0.001%以上とする。析出物の生成量の下限値は、好ましくは0.005%以上である。
【0048】
析出物の平均サイズおよび析出物の生成量については、後述する最終熱処理後の平均冷却速度を制御することで制御できるが、この平均冷却速度が遅いほど析出物は徐々に粗大化する。そのため、析出物の存在を透過型顕微鏡(TEM)にて確認することが可能となる。好ましい析出物の平均サイズは70nm以下である。
一方、平均冷却速度が速い場合(上限に近い場合)、析出物は非常に微細であることから、析出物の平均サイズの下限については特に設けないが、5nm以上であることが好ましい。
【0049】
炭窒化物および金属間化合物(析出物)の生成量は、例えば電解抽出残渣法により測定できる。
過剰な量の析出物が生成すると、析出物の周辺を起点として生成したき裂の連結・伝ぱが助長されるため、析出物の生成量を質量%で1.0%以下とする必要がある。好ましくは、析出物の生成量は質量%で0.90%以下である。一方、冷却速度が速い場合(上限に近い場合)、析出物は非常に微細であることから、析出物の平均サイズの下限については特に設けない。しかし、Cr系炭窒化物およびNi・Fe・Cr・Mo・Si金属間化合物による強度上昇効果を得るためには、質量%で0.02%以上であることが好ましい。
【0050】
また、析出物の平均サイズは、例えば、以下の方法により測定される。TEMにより析出物を観察し、EDXにより析出物を同定して析出物を特定する。次いで、1個の析出物の長径と短径をTEM写真により測定する。そして、長径と短径の平均値((長径+短径)/2)を求め、その析出物のサイズとする。同様にして、複数個の析出物のサイズを求める。複数個の析出物のサイズの平均値を算出し、その平均値を、ステンレス鋼における析出物の平均サイズとすることができる。なお、本実施形態においては、1個の析出物に対して、面積が最小になるように外接長方形を描く。そして、この外接長方形の長辺を析出物の長径とし、外接長方形の短辺を析出物の短径とする。
また、本発明における「析出物」とは、鋼中に析出した全ての析出物を意味し、Cr系炭窒化物、Ni・Fe・Cr・Mo・Si金属間化合物のほか、Ti、Nb、V系の炭窒化物や析出したCuなども含まれる。
【0051】
「製造方法」
次に、本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法の一例について説明する。
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼を製造するには、まず、上記の成分組成からなるステンレス鋼を溶製し、スラブなどの鋼片を製造する。次に、鋼片を所定の温度に加熱して熱間圧延等の熱間加工を行う(熱間加工工程)。
なお、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼は、鋼板に限定されるものではない。したがって、鋼片は、スラブに限定されるものではなく、目的の製品(棒、管等)の形状に対して、好ましい形状の鋼片(ビレット、ブルーム等)を選択しても達成可能であることは言うまでもない。
【0052】
以下、熱間加工後の最終熱処理の条件について詳細な説明を行う。
熱間加工後の最終熱処理は温度が高すぎると、過剰な粒成長により鋼材の強度が低下する場合や、異常酸化により研削工程を追加することになり生産コストの増加を招く場合がある。このため、最終熱処理温度の上限を1200℃とする。一方、最終熱処理の温度が低すぎると、熱間加工時の変形組織が残存し、鋼製品の延性が低下するため、下限を1000℃とする。好ましい最終熱処理の温度範囲は1050℃〜1180℃である。
上記温度範囲での熱処理の保持時間は、1秒〜1時間とする。これより保持時間が短すぎると、鋼中に加工組織が残存し、延性低下を招く。好ましい保持時間の下限は30秒である。また、熱処理の保持時間が長すぎると、過剰な粒成長により強度が低下する場合や、異常酸化により研削工程を追加することになり生産コストの増加を招く場合がある。好ましい保持上限時間は40分である。
【0053】
Cr系炭窒化物およびNi・Fe・Cr・Mo・Si金属間化合物の析出ノーズ温度は800℃程度である。これより高い温度で鋼材を保持すると、析出物の粗大化が速やかに進行するため、析出物の平均サイズを100nm以下に制御するのは困難である。一方、800℃以下で鋼材を保持すると、析出物の粗大化は抑制できるが、析出開始に時間がかかってしまう。このため、製造コストの増加に繋がる。
【0054】
しかしながら、1000℃〜1200℃で最終熱処理後、750℃までの平均冷却速度を2.0℃/s未満に制御することで、ステンレスの高強度化と耐水素脆化特性の向上を両立させる析出物の平均サイズ・生成量を確保することができる。
【0055】
以上のことから、最終熱処理後の冷却工程においては、750℃までの平均冷却速度を2.0℃/s未満に制御する必要がある。平均冷却速度が2.0℃/sより速い場合、析出物が析出する時間を確保できないため、鋼製品の強度を高めることができない。一方、冷却速度が過剰に遅い場合、析出物の平均サイズが100nmよりも大きくなるおそれがあり、鋼製品の良好な耐水素脆化特性を確保することができないおそれがある。そのため、好ましい平均冷却速度の下限は0.3℃/s以上である。さらに好ましい下限は0.4℃/s以上である。
【0056】
なお、上記熱間加工、最終熱処理を行った後は、必要に応じて酸洗、冷間加工を施してもよい。
【0057】
また、本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、上述してきた製造方法に限らず、析出物の平均サイズと生成量を上記範囲内に制御できる方法であれば如何なる製造方法を採用してもよい。
また、本発明範囲の成分を満たすオーステナイト系ステンレス鋼を使用した水素用機器の製造工程における熱処理、あるいは水素用機器への熱処理によって析出物の平均サイズと生成量を上記範囲内に制御してもよい。
【実施例】
【0058】
以下に本発明の実施例について説明するが、本発明は、以下の実施例で用いた条件に限定されるものではない。
なお、表中の下線は本実施形態の範囲から外れているものを示す。
【0059】
表1の成分組成を有するステンレス鋼供試材を溶製し、厚さ120mmの鋳片を製造した。その後、鋳片を1200℃で加熱して、熱間鍛造および熱間圧延を行うことにより、厚さ20mmの熱延板を作製した。その後、熱延板に対して、表2に記載の条件で最終熱処理および冷却を施し、熱延焼鈍板を得た。最終熱処理における保持時間は3分〜20分の範囲内で行った。表2中の「熱処理温度(℃)」は最終熱処理の温度を示し、「冷却速度(℃/s)」は750℃までの平均冷却速度を示す。
【0060】
各供試材の析出物の平均サイズおよび析出物量を表2に示す。
得られた熱延焼鈍板から抽出レプリカ法により試料を作製し、次いでTEMによる析出物の観察を行った。1個の析出物のサイズは、長径と短径の平均値((長径+短径)/2)として定義した。30個の析出物に対してサイズの測定を行い、30個の析出物のサイズの平均値を、その供試材における析出物の平均サイズと定めた。
析出物の量は、同様に供試材から分析用サンプルを採取し、電解抽出残渣法により測定した。残渣を濾すフィルターのメッシュサイズは0.2μmのものを使用した。
【0061】
次に、各供試材の熱延焼鈍板について、以下に示す方法により、耐水素ガス脆化特性を評価した。
上記の厚さ20mmの熱延焼鈍板の長手方向かつ板厚の中心部から、外径3mm、長さ20mmの平行部を持つ丸棒引張試験片を採取した。この丸棒引張試験片を用いて、(1)大気中引張試験と、(2)高圧水素ガス中での引張試験を行った。
【0062】
(1)の大気中での引張試験は、試験温度:25℃および−40℃、歪速度:5×10
−5/sの条件で実施した。25℃の引張試験で得られた引張強さが650MPaを超えるものを合格と評価した。
(2)の高圧水素ガス中での引張試験は、試験温度:−40℃、試験環境:70MPa水素ガス、歪速度:5×10
−5/sの条件で実施した。なお、試験片No.A3、A4、A6については、試験環境:103MPa水素ガス中でも同様の引張試験を行った。
そして−40℃における「(高圧水素ガス中での絞り/大気中での絞り)×100(%)」の値(相対絞り)を算出した。この値が80%以上である共試材を、高圧水素ガス中での耐水素脆化特性が合格であると評価した。特に、25℃の引張強さが650MPaを超え、さらに絞りが80%以上、85%未満のものを「○」、85%以上のものを「◎」として評価した。
その結果を表3および表4に示す。
【0063】
試験片A1a、A1c、A2〜A18は、好ましい条件で最終熱処理および冷却を実施した供試材(発明例)である。
これらの相対絞り値は80%以上でありながら、25℃における大気中の引張強さは650MPa以上を示した。特に、耐水素脆化性の向上に大きな影響を及ぼすNi、Cuや平均冷却速度が本実施形態の好ましい範囲であるA1a、A2〜A6、A8〜A17は、相対絞り値が85%以上となり、耐水素脆化性が非常に優れる結果となった。
また、試験片A3、A4、A6は103MPa水素中でも引張試験を実施したが、相対絞りは90%以上であり、目標値の80%を上回った。
【0064】
試験片A1bは、最終熱処理後の冷却速度が本発明の範囲を満たしていない。その結果、最終熱処理後の冷却時、供試材中に析出物が析出せず、析出強化の効果を得ることができなかったため、室温・大気中の引張強さが650MPaを下回った。
【0065】
試験片B1は、Ni量が本発明の範囲を下回る。その結果、耐水素脆化特性が不足し、相対絞り値が59%となった。
【0066】
試験片B2は、Cu量が本発明の範囲を上回る。その結果、オーステナイト相の強度が低下し、25℃における大気中の引張強さが目標値である650MPaを下回った。
【0067】
試験片B3は、Si量が本発明の範囲を上回る。その結果、耐水素脆化特性が不足し、相対絞り値が68.8%となった。
【0068】
試験片B4は、Cr量が本発明の範囲を上回る。その結果、本発明の範囲を上回る量の析出物が析出した結果、水素ガス脆化感受性が高くなり、耐水素脆化特性が不足し、相対絞り値が61.5%となった。
【0069】
試験片B5は、Mn量が本発明の範囲を上回る。その結果、耐水素脆化特性が不足し、相対絞り値が71.3%となった。
【0070】
試験片B6は、Cr量が本発明の範囲を下回る。その結果、オーステナイト相安定度が低下したことで耐水素脆化特性が不足し、相対絞り値が77.5%となった。
【0071】
試験片B7は、N量が本発明の範囲を下回る。その結果、オーステナイト相の強度が低下し、25℃における大気中の引張強さが目標値である650MPaを下回った。
【0072】
【表1】
【0073】
【表2】
【0074】
【表3】
【0075】
【表4】