(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、C:0.02〜0.10、Si:0.10〜1.0%、Mn:0.2〜4.5%、P:0.010〜0.040%、S:0.0001〜0.0030%、Cr:15〜20%、Ni:10〜27%、Mo:0.01〜2.0%、Cu:0.01〜2.0、Co:0.01〜2.0%、Al:1.0〜6.0%、N:0.001〜0.02%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、かつ下式で規定される、DB値が−10〜0であり、850℃で2.68時間時効後の硬さが180HV以上350HV以下であることを特徴とする高温摺動性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼。
DB=3(Cr+1.5Si+Mo+2.7Al)-2.8(Ni+0.5Mn+0.5Cu)-84(C+N)-19.8
質量%にて、Ti:0.01〜0.3%、Nb:0.01〜0.6%、V:0.01〜0.3%、Zr:0.01〜0.1%、Ta:0.01〜0.1%、Hf:0.01〜0.1%、W:0.01〜0.1%、Sn:0.01〜0.1%、Mg:0.0002〜0.0030%、B:0.0002〜0.0050%、Ca:0.0001〜0.0030%、REM:0.01〜0.05%、Y:0.01〜0.05%の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の高温摺動性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼。
【背景技術】
【0002】
自動車の省燃費・環境規制対応技術として、タ−ボチャージャを組み合わせたディーゼルエンジンが特に欧州で普及しており、今後グローバルに増加することが予想されている。このターボチャージャでは過給圧を可変ノズルベーンで制御する可変容量型が主流であり、VG(Variable Geometry)方式、或いはVGS(Variable Geometry System)と呼称されている。しかし可変ノズル機構は高温無潤滑環境で使用されることから、高温摺動性(高温摩擦摩耗特性)に優れる材料が求められている。
【0003】
この要求に応える技術として、特許文献1ではSi:2.0〜4.0%、Ni:8.0〜16.0%、Cr:18.0〜20.0%を有するオーステナイト系ステンレス鋼で製作されるノズルベーン式ターボチャージャの排気ガイド部品が示されている。Siを添加することで、素材の伸び、穴広げ率が向上し排気ガイド部品の製作に適すると共に、酸化スケールの生成が少なく、生成した場合にも耐剥離性に優れたスケールを形成することから、摺動によるスケール剥離や摩耗が少なく、優れた高温摺動性を維持できるとされている。
【0004】
また、特許文献2ではエキゾーストマニホールドやターボチャージャのハウジングにおいて、より高温で排ガスを排出させるべく材料の薄肉化が図られており、使用される材料の温度が上がるために、高温での強度と共に高温での強度の長時間安定性が必要とされるため、Si:1.0〜3.0%、Ni:8.0〜15%、Cr:22超〜26%、N:0.15超〜0.3%、Nb:0.05〜0.3%以下を含む耐熱部材用オーステナイト系ステンレス鋼が示されている。Si添加により耐スケール剥離性を向上できること、Nb添加により時効後の高温強度の低下を抑制できること、Nを高めることで固溶強化により高温強度を高められることを特徴としている。
【0005】
非特許文献1、2によると、高Siステンレス鋼が高温摺動性に優れると報告されている。 しかしながら、高温摺動性の評価は高Siステンレス鋼と従来鋼との比較であり、高温摺動性の支配因子は明確でなかった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
背景技術に記載の技術を検討したところ以下の課題が明らかになった。特許文献1の、Si添加による高温強度の向上は小さく、高温摺動性の向上は少ないことが分かった。特許文献2の発明鋼は、Siで耐酸化性を、NbとNで高温強度を高めたものであるが、ターボチャージャに必要な高温摺動性の向上効果は不十分であることが分かった。非特許文献1、2によれば、ターボチャージャの耐久性や性能向上のためには、高温摺動性の支配因子を明らかにし、既存鋼に勝る高温摺動性、すなわち高温での耐摩耗性と低摩擦係数を有する材料を開発することが求められている。
【0009】
本発明の目的は、上記の既知技術の問題点を解決し、高温摺動性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼を提供すること、また当該鋼を用いた耐久性に優れるターボチャージャ部品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明者らはオーステナイト系ステンレス鋼の高温摺動性に及ぼす各種要因を調べた。高温摺動性の支配因子として、耐酸化性、高温強度、耐焼付き性が考えられるので、これらの観点から、製造性を損なうこと無くオーステナイト系ステンレス鋼の高温摺動性を向上する要件について検討した。
【0011】
(耐酸化性の向上)
耐酸化性には高Cr化が望ましく、25%Cr-20%NiのSUS310S鋼が耐熱材料として用いられている。また、Crを低減する代わりにSiを添加したSUS302B等の材料も開発されている。Siはスケール直下オーステナイト粒界などに内部酸化層を形成するためにスケールの剥離を抑制する作用が知られている。しかし、加熱-冷却を繰り返す環境においては、スケールと金属材料との熱膨張差によってスケール剥離が生じやすく、スケールの剥離性が耐酸化性に大きく影響する。熱膨張率の大きいオーステナイト系ステンレス鋼ではその影響が更に顕著であるため、従来から、耐酸化性の求められる環境では高Siステンレス鋼が用いられている。しかしながら、ターボチャージャに導入される排ガス温度は年々高温化する傾向にあり、高Si鋼に勝る耐酸化性が求められている。
【0012】
本発明者らの調査の結果、この環境で更に耐酸化性を高めるためにはAl添加が有効であり、特に1%以上のAl添加によって自動車排ガス環境における耐酸化性が大きく向上することが分かった。高Al化により酸化が抑制されると共に、スケールの剥離も抑制される。
【0013】
(高温での耐摩耗性と耐焼付き性の向上)
ターボチャージャ等の自動車などの内燃機関の部品には、高温強度が要求される。前述の内燃機関を構成するステンレス鋼の高温強度の向上には高窒素化や金属間化合物による析出強化が有効であることが知られている。耐熱温度が400〜500℃であれば、0.2〜0.3%N添加により高温強度を高めた材料が実用的であるが、ターボチャージャの使用環境で耐摩耗性を向上するほどの効果は得られないことが分かった。高温強度を向上させるために金属間化合物を微細析出させて強化する材料としてはSUH660やInconel718が知られている。SUH660はNi
3Tiの析出による強化、Inconel718はNi
3Nb、Fe
2Nbなどによる析出強化鋼、析出強化合金である。これらの鋼、合金では耐酸化性が不十分であり、自動車の排ガスに曝される環境で使用するには適さなかった。金属間化合物としてはNi
3Alがあるが、Ni
3AlはNi
3TiやNi
3Nbに比べて高温環境で使用中に容易に粗大化するためクリープ寿命などで評価すると効果が認められず、耐熱材料において一般的にAlの添加は避けるべきと考えられてきた。
【0014】
しかしながら、本発明者らが高温での耐摩耗性を評価した結果、高Alステンレス鋼はNi
3Alの析出により高い耐摩耗性を発揮することが分かった。これはNi
3Al自体の硬度と共に、Ni
3Alによる焼付き性の低減効果もあると考えられた。
【0015】
そこで、SUS310S(25Cr−20Ni)と高Siステンレス鋼(20Cr−14Ni−3Si)、高Alステンレス鋼(本発明鋼)について850℃で高温摺動試験を実施した。この試験は、大気雰囲気中で試料を1時間予備酸化させた後に、ボールオンディスク法を用いて、摺動速度3.3mm/s、荷重を0.5、2.0Nの2水準とし、摺動長を20mとして、850℃にて実施した。尚、ターボチャージャの摺動部材の従来の評価は800℃にて行われてきたのに対して、本発明者らが850℃にて高温摺動試験を実施したのは、加速試験のためである。
【0016】
当該試験後の外観の摩耗表面写真を
図1に示す。尚、
図1(a)はSUS310S(25Cr−20Ni)の摩耗表面写真、(b)は高Siステンレス鋼(20Cr−14Ni−3Si)の摩耗表面写真、(c)は高Alステンレス鋼(本発明鋼)の摩耗表面写真である。また、
図1(a)〜(c)の符号「Pt」は、写真の内側の円周状に削られた部分の表面粗さの測定値を示す。
図1から、鋼成分の違いにより酸化状態が異なることが分かる。但し、高Siステンレス鋼と高Alステンレス鋼(本発明鋼)の酸化は小さく、スケールの剥離が生じる領域ではない。
【0017】
また、
図2に高温摺動試験後の摩耗痕の粗さ、
図3に高温摺動試験後における摩擦係数を示す。
図2及び
図3から、高Si化、高Al化により耐酸化性は既に十分なレベルであるが、耐摩耗性は高Al化で大きく向上することが分かる。また摩擦係数についても高Al化の効果は顕著であり、SUS310S、高Si鋼に比べて大きく低減することが分かる。
【0018】
(製造性に及ぼす影響)
また、ステンレス鋼の高Al化により鋳造、熱間圧延、溶接等の製造性に悪影響を及ぼすおそれがある。すなわち、金属間化合物であるNi
3Al析出による脆化の軽減化と共に、従来鋼とは大きく異なる凝固組織の制御も考慮する必要がある。凝固偏析を低減し、鋳造性、熱間加工性、溶接性等の製造性を改善するために、Alの影響を正確に把握して相バランスを調整することが必要である。しかし、Alが相バランスにどのように作用するかはこれまで殆ど明らかにされていなかった。そこで、本発明者は、下式で表されるDB値(Delta-ferrite Brittle Index)を用いてAlの影響を調査した結果、DB値が−10以上0以下になるように調整することによって、製造性の低下を防ぎつつ、高温摺動性を十分に維持できることを見出した。
DB=3(Cr+1.5Si+Mo+2.7Al)-2.8(Ni+0.5Mn+0.5Cu)-84(C+N)-19.8
【0019】
また、本発明者らは、耐摩耗性の評価として850℃で2時間時効後の室温で測定した硬度を180HV以上にすることで耐摩耗性が明らかに向上することを見出した。
【0020】
上記課題を解決する本発明の要旨は次のとおりである。
[1] 質量%で、C:0.02〜0.10、Si:0.10〜1.0%、Mn:0.2〜4.5%、P:0.010〜0.040%、S:0.0001〜0.0030%、Cr:15〜20%、Ni:10〜27%、Mo:0.01〜2.0%、Cu:0.01〜2.0、Co:0.01〜2.0%、Al:1.0〜6.0%、N:0.001〜0.02%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、かつ下式で規定される、DB値が−10〜0であり、850℃で2時間時効後の硬さが180HV以上であることを特徴とする高温摺動性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼。
DB=3(Cr+1.5Si+Mo+2.7Al)-2.8(Ni+0.5Mn+0.5Cu)-84(C+N)-19.8
[2] 質量%にて、Ti:0.01〜0.3%、Nb:0.01〜0.6%、V:0.01〜0.3%、Zr:0.01〜0.1%、Ta:0.01〜0.1%、Hf:0.01〜0.1%、W:0.01〜0.1%、Sn:0.01〜0.1%、Mg:0.0002〜0.0030%、B:0.0002〜0.0050%、Ca:0.0001〜0.0030%、REM:0.01〜0.05%、Y:0.01〜0.05%の1種または2種以上を含有することを特徴とする[1]に記載の高温摺動性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼。
[3] [1]または[2]に記載の高温摺動性に優れたターボチャージャ部品用オーステナイト系ステンレス鋼。
[4] [1]または[2]に記載の高温摺動性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼を用いて製造されたターボチャージャ部品。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、生産性を犠牲にすること無く、高温摺動性、特に、耐酸化性、耐摩耗性、耐焼付き性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼を提供することができる。また、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼をターボチャージャ部品に用いることにより、耐久性に優れるターボチャージャ部品を提供することにある。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に本発明における鋼の組成範囲について説明する。
以下の説明において、各元素の含有量を表す「%」は特に断りがない限り質量%を意味する。
【0024】
(C:0.02〜0.10%)
Cは、オーステナイト組織の安定と高温摺動性を高めるために有効である。その効果は0.02%C以上で発現するので、下限を0.02%とする。オーステナイト相を安定化して製品にδフェライトが残ることを避けるためには0.04%以上にすることが望ましい。一方、ターボチャージャ部品のように高温環境で使用する場合、M
23C
6型の炭化物が形成し、素材の耐酸化性を低下させるため、上限を0.10%以下とする。耐食性の観点からは0.08%以下にすることが望ましい。
【0025】
(Si:0.10〜1.0%)
Siは耐酸化性を改善する元素であるが、高Al添加鋼においてはその効果がほとんど認められなくなる。但し、製鋼工程においては、Al投入前の脱酸元素として有効であるため、0.10%以上の添加を行う。脱酸効率を考えると0.20%以上が望ましい。一方、Siはフェライト相を安定化する元素であるため、過度な添加は製品にδフェライトが残りやすくなるため、1.0%以下にする。高温環境で使用中にδフェライトが変態したシグマ相に起因する脆化を避けるためには0.8%以下にすることが望ましい。
【0026】
(Mn:0.2〜4.5%)
Mnは、脱酸剤として添加される元素であるとともに、オーステナイト単相域を拡大し組織の安定化に寄与する。その効果は0.2%以上で明確に現れるため0.2%以上とする。また硫化物を形成し鋼中の固溶S量を低減する事で熱間加工性を向上させる効果もあることから、0.5%以上とすることが望ましい。一方、過度の添加は耐食性を低下させることから4.5%以下とする。また耐酸化性の点ではCr
2O
3主体の酸化物が望ましく、Mnの酸化物は好ましくないため、2.0%以下にすることが望ましい。
【0027】
(P:0.010〜0.040%)
Pは原料である溶銑やフェロクロム等の主原料中に不純物として含まれる元素である。熱間加工性に対しては有害な元素であるため、0.040%以下とする。なお、好ましくは0.030%以下である。過度な低減は高純度原料の使用を必須にするなど、コストの増加に繋がるため0.010%以上とする。経済的に好ましくは、0.020%以上にすることが望ましい。
【0028】
(S:0.0001〜0.0030%)
Sは、硫化物系介在物を形成し、鋼材の一般的な耐食性(全面腐食や孔食)を劣化させるため、その含有量の上限は少ないほうが好ましく、0.0030%とする。また、Sの含有量は少ないほど耐食性は良好となるが、低S化には脱硫負荷が増大し、製造コストが増大するので、その下限を0.0001%とするのが好ましい。なお、好ましくは0.0001〜0.0010である。
【0029】
(Cr:15〜20%)
Crは、本発明において、耐酸化性や耐食性確保のために必須な元素である。15%未満では、これらの効果は発現せず、一方で、20%超ではオーステナイト単相域が縮小し、製造時の熱間加工性を損ねるため、15〜20%とする。なお、耐酸化性の観点からは17%以上にすることが望ましい。また、Cr量を高くするとシグマ相の形成により脆化するため、19%以下にすることが望ましい。
【0030】
(Ni:10〜27%)
Niは、本発明において優れた耐摩耗性を発揮するNi
3Al析出物を構成する元素である。更にNiは、Mnと同様にオーステナイト相を安定化させる元素であって、耐酸化性の面では、Mnよりも優れた効力を有する。これらの効果は10%以上で得られるため、下限を10%以上とする。また、シグマ相の生成を抑制する効果もあるので20%以上にすることが望ましい。一方、過度なNiの添加は凝固割れ感受性を高めると共に、熱間加工性も低下させるために、27%以下とする。更に、断続酸化におけるスケール剥離を抑制するためには、25%以下にすることが望ましい。
【0031】
(Mo:0.01〜2.0%)
MoもSiやCrと共には、表面の保護性スケール形成に有効であり、その効果は0.01%で得られることから、その下限を0.01%以上とする。また耐食性の向上にも有効な元素であることから0.3%以上添加することが望ましい。一方、フェライト安定化元素でもあり、Mo添加量が増えるとNiの添加も増やす必要が生じるため、過度な添加は好ましくない。また、シグマ相の形成を促進して脆化を生じることがあるため、2.0%以下とする。耐食性や耐酸化性の向上効果は0.8%以上でほぼ飽和するために、0.8%以下にすることが望ましい。
【0032】
(Cu:0.01〜2.0%)
Cuオーステナイト安定化元素としてNiを代替する相対的に安価な元素である。更に隙間腐食や孔食の進展抑制に効果があり、そのためには0.01%以上添加することが望ましい。但し、オーステナイト系ステンレス鋼の製造においてCuは、スクラップ等の原料から混入することが多く、付加的な不純物として0.2%程度含まれることが多い。但し、2.0%を超えると熱間加工性を低下させるため2.0%以下とする。
【0033】
(Co:0.01〜2.0%)
Coは微量の添加でも耐熱性の向上にきわめて有効であるため、0.01%以上添加する。但し、過度な添加は熱間加工性を損ねるために2.0%以下にする。耐食性にも有効な元素であるため、0.10%以上にすることが望ましい。また、シグマ相の形成を抑制するためには0.5%以下にすることが望ましい。
【0034】
(Al:1.0〜6.0%)
Alは、高温摺動性の向上にきわめて有効な元素である。その効果は1.0%以上で得られるため、下限を1.0%以上にする。析出強化による耐摩耗性向上効果を確実に得るためには2.0%以上にすることが望ましい。一方、Alはフェライト相の安定化元素であり、Alとバランスさせるだけのオーステナイト安定化元素の添加が必要になり、Ni、Mn、Cの過度な添加による原料コストの増加、耐食性の低下などが問題になるために、その上限は6.0%とする。耐酸化性が向上することで、熱延疵が出やすくなるために、5.0%以下にすることが望ましい。
【0035】
(N:0.001〜0.02%)
NはCと同様に高温摺動性を高めるほか、オーステナイト安定度を高めることでNiの低減も可能になる。またCよりも鋭敏化による耐食性低下影響が小さいためCよりも多量の添加が可能である。しかしながら、本発明鋼のような高Al化により耐酸化性を高めるステンレス鋼においてNを添加すると、Alの窒化物が形成するために、Nが高温摺動性に寄与しないだけでなく、鋳造時のノズル詰まりなど製造性を大きく損ねることになる。このためにその上限を0.02%とした。安定製造を考えると0.01%以下にすることが望ましい。一方、ステンレス鋼の精錬においてNを低減する事は技術的に難しく、真空中での不活性ガスによる攪拌精錬を併用してもNを0.001%以下に下げることは難しいため、下限を0.001%とした。脱ガスによる精錬時間を考慮すると0.005%以上が望ましい。
【0036】
(DB値:−10〜0)
オーステナイト系ステンレス鋼の製造性や品質安定性には相バランスの制御が重要である。最も汎用的なSUS304であれば、凝固時はδフェライトとオーステナイトの二相域で凝固し、熱延工程でオーステナイト単相組織化する。このため凝固割れも生じにくく、最終製品はオーステナイト単相組織となる。但し、凝固偏析部などに僅かにδフェライトが残る場合がある。本発明鋼は高Al鋼であるが、下記式で定義されるDB値を−10以上0以下に調整することによって、製品の製造性及び品質安定性の低下を防ぐことができる。
DB=3(Cr+1.5Si+Mo+2.7Al)-2.8(Ni+0.5Mn+0.5Cu)-84(C+N)-19.8
【0037】
Alの寄与を考慮したDB値において、DB値を−10以上0以下にすることによってオーステナイト安定側に相バランスを調整でき、δフェライトの残存を低減することができる。ターボチャージャ部品のように高温環境で使用するために、δフェライトの残存を極力低減することが必要になるため、上限を0とした。DB値が0を超えると、残存したδフェライトが、高温摺動性(摩擦係数または摩耗痕粗さ)を劣化させるうえ、熱間圧延時に鋼板端部の亀裂、いわゆる耳割れが発生し製造性を著しく阻害する。凝固偏析部のδフェライトも安定して低減するためには−2以下にすることが望ましい。一方、DB値を必要以上に下げることは、オーステナイト安定化元素であるNi、Mn、CuやC,Nの増加が必要になり、コスト増や、耐食性、耐酸化性の低下も生じやすくなる。これらの弊害を軽減するために、DB値を−10以上に制限する。また、鋳造時の凝固割れ起因の疵を低減するためには、DB値を−7以上とすることが望ましい。
【0038】
(850℃で2時間時効後の硬度:180〜350HV)
高温摺動性の向上には材料の耐酸化性と共に耐摩耗性が重要であり、そのためには時効後も硬度が高いことが必要である。耐摩耗性の向上効果を確実に発揮させるため時効硬度は180HV以上とした。一方、過度な硬化は部品としての靭性低下に繋がるため、上限を350HVとすることが望ましい。時効して硬化するものは製造工程においても、似た温度で保持されると硬化して板破断を生じやすくなるために、更に300HV以下に制限することが望ましい。
【0039】
また、本発明では、上記元素に加えて、Ti:0.01〜0.3%、Nb:0.01〜0.6%、V:0.01〜0.3%、Zr:0.01〜0.1%、Ta:0.01〜0.1%、Hf:0.01〜0.1%、W:0.01〜0.1%、Sn:0.01〜0.1%、Mg:0.0002〜0.0030%、B:0.0002〜0.0050%、Ca:0.0001〜0.0030%、REM:0.01〜0.05%、Y:0.01〜0.05%の1種又は2種以上を添加しても良い。
【0040】
(Ti:0.01〜0.3%)
Tiは炭窒化物を形成することで、ステンレス鋼におけるクロム炭窒化物の析出による鋭敏化や耐食性の低下を抑制する元素である。また高温環境での粒成長を抑制し高温摺動性を高める効果があるため0.01%以上添加することが望ましい。但し、大型の製鋼介在物を形成することで、疲労寿命を下げる原因になるため、その上限は0.3%とする。固溶C,N量の確保による高温摺動性向上を考慮すると0.05%以下にすることが望ましい。Tiは含有していなくても良い。
【0041】
(Nb:0.01〜0.6%)
Nbは、炭窒化物を形成することでステンレス鋼におけるクロム炭窒化物の析出による鋭敏化や耐食性の低下を抑制する元素である。また高温環境での粒成長を抑制し高温摺動性を高める効果があるため0.01%以上添加することが望ましい。しかしながら、大型の製鋼介在物を形成することで、表面疵の原因になり易く、疲労寿命低下の原因にもなるため、その上限は0.6%とする。固溶C,N量の確保による高温摺動性向上を考慮すると0.05%以下にすることが望ましい。Nbは含有していなくても良い。
【0042】
(V:0.01〜0.3%)
Vは、ステンレス鋼の合金原料に不可避的不純物として混入し、精錬工程における除去が困難であるため、一般的に0.02〜0.15%の範囲で含有される。また、微細な炭窒化物を形成し、粒成長抑制効果を有するため、必要に応じて、意図的な添加も行われる元素である。その効果は0.01%以上の添加で安定して発現するため、0.01%以上添加することが望ましい。一方、過剰に添加すると、析出物の粗大化を招くおそれがあり、その結果、焼入れ後の靭性が低下してしまうため、0.3%以下にとすることが望ましい。Vは含有していなくても良い。
【0043】
(Zr:0.01〜0.1%)
Zrは炭窒化物を形成することで、ステンレス鋼におけるクロム炭窒化物の析出による鋭敏化や耐食性の低下を抑制する元素である。また高温環境での粒成長を抑制し高温摺動性を高める効果があるため0.01%以上添加することが望ましい。しかしながら、大型の製鋼介在物を形成することで、疲労寿命を下げる原因になるため、その上限は0.1%とする。固溶C,N量の確保による高温摺動性向上を考慮すると0.05%以下にすることが望ましい。Zrは含有していなくても良い。
【0044】
(Ta:0.01〜0.1%)
Taは炭窒化物を形成することで、ステンレス鋼におけるクロム炭窒化物の析出による鋭敏化や耐食性の低下を抑制する元素である。また高温環境での粒成長を抑制し高温摺動性を高める効果があるため0.01%以上添加することが望ましい。しかしながら、大型の製鋼介在物を形成することで、疲労寿命を下げる原因になるため、その上限は0.1%とする。固溶C,N量の確保による高温摺動性向上を考慮すると0.05%以下にすることが望ましい。Taは含有していなくても良い。
【0045】
(Hf:0.01〜0.1%)
Hfは炭窒化物を形成することで、ステンレス鋼におけるクロム炭窒化物の析出による鋭敏化や耐食性の低下を抑制する元素である。また高温環境での粒成長を抑制し高温摺動性を高める効果があるため0.01%以上添加することが望ましい。しかしながら、大型の製鋼介在物を形成することで、疲労寿命を下げる原因になるため、その上限は0.1%とする。固溶C,N量の確保による高温摺動性向上を考慮すると0.05%以下にすることが望ましい。Hfは含有していなくても良い。
【0046】
(W:0.01〜0.1%)
Wは炭窒化物を形成することで、ステンレス鋼におけるクロム炭窒化物の析出による鋭敏化や耐食性の低下を抑制する元素である。また高温環境での粒成長を抑制し高温摺動性を高める効果があるため0.01%以上添加することが望ましい。しかしながら、大型の製鋼介在物を形成することで、疲労寿命を下げる原因になるため、その上限は0.1%とする。固溶C,N量の確保による高温摺動性向上を考慮すると0.05%以下にすることが望ましい。Wは含有していなくても良い。
【0047】
(Sn:0.01〜0.1%)
Snは耐食性を向上させる元素であり、孔食発生後の進展を抑制する効果がある。その効果は0.01%以上で得られるため、0.01%以上添加することが望ましい。また、偏析なども考慮すると0.02%以上が好ましい。一方、Snはフェライト安定化元素であり、相安定性の点からは過度な添加が好ましくないため、その上限を0.1%とする。熱間加工性への悪影響も考慮すると0.06%以下にすることが好ましい。Snは含有していなくても良い。
【0048】
(Mg:0.0002〜0.0030%)
MgはCaと同様に脱硫元素として添加され、一般にはスラグ中から溶鋼中に平行量が固溶するほか、複合酸化物中にMgOとして含有される場合もある。また耐火物中のMgOが溶鋼中に溶け出す場合もある。脱硫効果は0.0002%以上であられるため、下限を0.0002%とすることが望ましい。一方、過度な添加は水溶性介在物MgSが粗大析出し耐食性を低下させるため、0.0030%以下にすることが望ましい。
【0049】
(B:0.0002〜0.0050%)
Bは、熱間加工性の向上に有効な元素であり、その効果は0.0002%以上で発現するため、0.0002%以上添加する。より広い温度域における熱間加工性を向上させるためには0.0005%以上とすることが望ましい。一方、過度な添加は熱間加工性の低下により表面疵の原因となるため、0.0050%を上限とする。耐食性も考慮すると0.0025%以下が望ましい。Bは含有していなくても良い。
【0050】
(Ca:0.0001〜0.0030%)
Caは脱硫元素として添加され、鋼中のSを低減して熱間加工性を向上させる効果がある。一般には、溶解精錬時のスラグ中にCaOとして添加させ、この一部が鋼中にCaとして溶解しているものである。また、CaO-SiO
2-Al
2O
3-MgOなどの複合酸化物としても鋼中に含有する。熱間加工性の改善効果は0.0001%から得られるために、0.0001%以上にすることが望ましい。一方、多量に含有すると比較的粗大な水溶性介在物CaSが析出し耐食性を低下させるために0.0030%以下にすることが望ましい。
【0051】
(REM:0.01〜0.050%)
REMは耐酸化性を高める効果と共に、脱硫元素でもある。その効果は0.01%以上で得られるので0.01%以上添加することが望ましい。しかしながら過度な添加は連続鋳造時にノズル閉塞の問題を生じるほか、大型の酸化物系介在物の形成により、ガスケットの疲労寿命を損ねるため0.05%以下にすることが望ましい。
【0052】
(Y:0.01〜0.05%)
Yは耐酸化性を高める効果と共に、脱硫元素でもある。その効果は0.01%以上で得られるので0.01%以上添加することが望ましい。しかしながら過度な添加は連続鋳造時にノズル閉塞の問題を生じるほか、大型の酸化物系介在物の形成により、ガスケットの疲労寿命を損ねるため0.05%以下にすることが望ましい。
【0053】
(製造工程)
本発明におけるオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法において、仕上げ圧延に供される鋼板を製造する工程は、特に限定されない。公知の手段(例えば電気炉)により溶製された鋼を連続鋳造機で150〜250mm厚のスラブに鋳造し、必要に応じて表面を研削した後、1200℃以上に加熱して、熱間圧延機で熱間圧延を行って板厚3〜6mm程度の熱延鋼帯とする。熱延鋼帯を1100℃程度の温度で焼鈍し、酸洗する。引き続き冷間圧延と焼鈍を繰り返して、所望厚みの薄板とする。仕上げ焼鈍は焼鈍酸洗仕上げ(2B仕上げ)でも、無酸化雰囲気で焼鈍するBA(Bright Annealing)仕上げでも構わない。尚、仕上げ圧延後の工程も特に限定されない、形状強制や脱脂洗浄工程を付与する場合もある。
【0054】
本発明によれば、
図2及び
図3に示される高温摺動試験結果と同一条件下で高温摺動試験において、荷重が0.5Nの場合に摩耗係数が0.4以下となるオーステナイト系ステンレス鋼を得ることができる。また、本発明によれば、前記高温摺動試験において、荷重が2.0Nの場合にPtが40μm以下となるオーステナイト系ステンレス鋼を得ることができる。このように、本発明によれば、高温摺動性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼を提供することができる。
【実施例】
【0055】
以下、実施例により本発明の効果を説明するが、本発明は、以下の実施例で用いた条件に限定されるものではない。
【0056】
本実施例では、まず、表1及び表2に示す成分組成の鋼を溶製して200mm厚のスラブに鋳造した。このスラブを1250℃に加熱後、粗熱延、仕上熱延を経て板厚20mmの熱延鋼板とした。引き続き熱延鋼板の焼鈍を、1050℃で20秒行った後水冷した。なお、熱延鋼板の検査については、鋼板端部の耳割れを目視検査で行うと共に、鋳造時の凝固割れに起因して現れる疵を目視検査、および、一般に市販されている超音波探傷試験装置による検査を併用して行った。本実施例では、耳割れまたは疵が軽微または確認できない場合は合格とし、それ以外を不合格とした。
【0057】
その後、ボールオンディスク法で高温摺動性の評価を行った。試験温度は850℃とし、大気中で行った。試験開始迄、試験片を850℃で1時間保持し表面を酸化させた。試験荷重は0.5,2.0Nの二水準とした。摺動速度は3.3mm/sで摺動長は20mとした。全試験時間に渡る摩擦係数の変化を連続測定し、平均値で摩擦係数を評価した。また、試験後の摩耗痕について、二次元粗さ計で粗さ測定を行った。試験後の試験片の硬度を測定した。なお、粗さは円周状に削られた摩耗痕の線と直交する方向で測定した。
【0058】
摩擦係数は、荷重0.5Nの試験値、摩耗量は荷重2.0Nの試験値で評価した。高温摺動性の合格基準を、摩擦係数が0.4以下、Ptが40μm以下であり、且つ試験後の試験片の硬度が180HV以上であることとした。硬度は高温摺動試験後に室温まで冷却したサンプルの表面硬度をロックウエル硬度計で測定しビッカース硬度に換算した。
【0059】
表1における本発明例は摩擦係数が0.4以下であり、試験後の摩耗痕粗さPtが40μm以下と良好な値を示した。一方比較鋼は、表2に示すように、各組成が本発明範囲を外れることで、高温耐摩耗性が低下する、δフェライトが残存したことで、また、Cr炭化物の形成や熱延疵の発生等により摩耗量が多くなり、摩耗痕粗さPtが40μmを超える結果となった。また、摩擦係数も本発明法では0.4以下の値が得られたが、比較鋼では0.4を上回る0.6以上の値が生じるなど、摩耗痕の粗度、摩擦係数の何れかまたは両方で不良となった。