特許第6684913号(P6684913)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6684913
(24)【登録日】2020年4月1日
(45)【発行日】2020年4月22日
(54)【発明の名称】肝臓保存方法及び手術方法
(51)【国際特許分類】
   A01N 1/02 20060101AFI20200413BHJP
【FI】
   A01N1/02
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2018-535549(P2018-535549)
(86)(22)【出願日】2017年7月31日
(86)【国際出願番号】JP2017027600
(87)【国際公開番号】WO2018037835
(87)【国際公開日】20180301
【審査請求日】2019年2月7日
(31)【優先権主張番号】特願2016-165106(P2016-165106)
(32)【優先日】2016年8月25日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000207551
【氏名又は名称】株式会社SCREENホールディングス
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100135013
【弁理士】
【氏名又は名称】西田 隆美
(72)【発明者】
【氏名】小林 英司
(72)【発明者】
【氏名】辻 孝
(72)【発明者】
【氏名】石川 潤
(72)【発明者】
【氏名】吉本 周平
(72)【発明者】
【氏名】虎井 真司
【審査官】 早乙女 智美
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/038473(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2015/0342177(US,A1)
【文献】 特開2003−206201(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2007/0048725(US,A1)
【文献】 米国特許第7410474(US,B1)
【文献】 特表2008−519830(JP,A)
【文献】 特開平6−305901(JP,A)
【文献】 橋倉 泰彦ら,脳死全肝移植,臨床外科,2000年,55(1),pp. 65-71
【文献】 田中 紘一ら,生体肝移植 Living related liver transplantation,日本臨牀,1991年,49(11),pp. 257-263
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N1/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非ヒト動物の肝臓保存方法であって、
a)非ヒト動物の肝臓から突出する複数の血管の、前記肝臓から見て遠位側に存在する分岐から、前記肝臓から見てさらに遠位側に延在する複数の血管のうち、少なくとも1以上の灌流用血管に灌流用の管腔を接続する灌流用管腔接続工程と、
b)前記工程a)により、前記灌流用の管腔が接続されない血管のうち、少なくとも1以上の温存用血管を、生体の血管との吻合用に温存するため閉塞する温存用血管閉塞工程と、
c)前記肝臓から突出する前記複数の血管のうち、少なくとも1本の流入用血管から前記肝臓へ灌流液を流入させ、前記流入用血管とは異なる少なくとも1本の流出用血管を介し、前記肝臓から流出する灌流液を排出する灌流工程と
を備える肝臓保存方法。
【請求項2】
請求項1に記載の肝臓保存方法であって、
前記流入用血管が固有肝動脈であり、
前記灌流用血管が右胃動脈であり、
前記温存用血管が総肝動脈である
肝臓保存方法。
【請求項3】
請求項1に記載の肝臓保存方法であって、
前記流入用血管が門脈であり、
前記灌流用血管が脾静脈であり、
前記温存用血管が上腸間膜静脈である
肝臓保存方法。
【請求項4】
請求項1に記載の肝臓保存方法であって、
前記流出用血管及び前記温存用血管が肝下部下大静脈であり、
前記灌流用血管が右腎静脈又は左腎静脈である
肝臓保存方法。
【請求項5】
非ヒト動物の手術方法であって、
a)非ヒト動物の肝臓から突出する複数の血管の、前記肝臓から見て遠位側に存在する分岐から、前記肝臓から見てさらに遠位側に延在する複数の血管のうち、少なくとも1以上の灌流用血管に灌流用の管腔を接続する灌流用管腔接続工程と、
b)前記工程a)により、前記灌流用の管腔が接続されない血管のうち、少なくとも1以上の温存用血管を、生体の血管との吻合用に温存するため閉塞する温存用血管閉塞工程と、
c)前記肝臓から突出する前記複数の血管のうち、少なくとも1本の流入用血管から前記肝臓へ灌流液を流入させ、前記流入用血管とは異なる少なくとも1本の流出用血管を介し、前記肝臓から流出する灌流液を排出する灌流工程と、
d)前記工程c)による前記肝臓に対する灌流を継続しつつ、前記生体の血管へ前記少なくとも1以上の温存用血管を吻合する吻合工程と
を備える手術方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、灌流状態を維持したまま肝臓に血管を吻合する臓器保存方法および手術方法に関する。
【背景技術】
【0002】
臓器移植や、臓器を生体外に取り出して腫瘍等を切除した後、生体に戻す部分切除術などでは、臓器を生体から摘出し、搬送して移植する。このような移植を行う場合や体外で部分切除を行う場合、臓器に対する血流が遮断されることによる阻血状態が問題となる。
【0003】
即ち、臓器への血流が停止することにより、「温阻血」の期間が生じる。温阻血状態の臓器又は組織では、ATPの枯渇による細胞の膨化障害やヒポキサンチンをはじめとした老廃物の蓄積が生じる。細胞内に蓄積したヒポキサンチンは、臓器又は組織への血流再開時には酸素化された灌流液によって急速に代謝される。この過程で、大量の活性酸素が生じることで組織障害を引き起こすことがある。また、細胞から分泌されるサイトカイン等によって、臓器が搬入されて接続された生体に全身性の急性ショックを惹起することもある。
【0004】
この問題に対し、臓器又は組織の機能を維持したまま長期間保存する、あるいは温阻血状態にある臓器を移植に適合する水準まで回復させる技術として、例えば特許文献1に記載の方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO2014/038473
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に於いて、臓器の機能を維持あるいは回復させるため、臓器を灌流回路に接続し、臓器灌流液を供給しながら機能の維持・回復を行っている。
【0007】
この場合、ドナーから摘出された臓器は、レシピエントの体内に搬入(プットイン)され、血管等の管腔の吻合が開始される直前までは灌流回路に接続され、灌流状態が維持されている。しかしながら、管腔の吻合が開始される時点で灌流回路から切り離されるため、温阻血状態に陥る。従って、レシピエントへのプットインから、臓器への血流再開までの時間が長引けば長引くほど、温阻血状態に起因するレシピエントへの悪影響の問題が増大する。
【0008】
そこで、本発明は、レシピエントへのプットインから臓器への血流の再開まで灌流状態を維持する期間を増加させ、温阻血状態の影響を低減する灌流方法及びその灌流方法を用いた管腔の接続方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、この発明は、非ヒト動物の肝臓保存方法であって、a)非ヒト動物の肝臓から突出する複数の血管の、肝臓から見て遠位側に存在する分岐から、肝臓から見てさらに遠位側に延在する複数の血管のうち、少なくとも1以上の灌流用血管に灌流用の管腔を接続する灌流用管腔接続工程と、b)a)の灌流用管腔接続工程により、灌流用の管腔が接続されない血管のうち、少なくとも1以上の温存用血管を、生体の血管との吻合用に温存するため閉塞する温存用血管閉塞工程と、c)肝臓から突出する複数の血管のうち、少なくとも1本の流入用血管から肝臓へ灌流液を流入させ、流入用血管とは異なる少なくとも1本の流出用血管を介し、肝臓から流出する灌流液を排出する灌流工程とを備える。
【0010】
また、この発明は、非ヒト動物の手術方法であって、a)非ヒト動物の肝臓から突出する複数の血管の、肝臓から見て遠位側に存在する分岐から、肝臓から見てさらに遠位側に延在する複数の血管のうち、少なくとも1以上の灌流用血管に灌流用の管腔を接続する灌流用管腔接続工程と、b)a)の灌流用管腔接続工程により、灌流用の管腔が接続されない血管のうち、少なくとも1以上の温存用血管を、生体の血管との吻合用に温存するため閉塞する温存用血管閉塞工程と、c)肝臓から突出する複数の血管のうち、少なくとも1本の流入用血管から肝臓へ灌流液を流入させ、流入用血管とは異なる少なくとも1本の流出用血管を介し、肝臓から流出する灌流液を排出する灌流工程と、d)c)の灌流工程による肝臓に対する灌流を継続しつつ、生体の血管へ少なくとも1以上の温存用血管を吻合する吻合工程とを備える。
【0011】
また、流入用血管が固有肝動脈であり、灌流用血管が右胃動脈であり、温存用血管が総肝動脈であってもよい。
【0012】
また、流入用血管が門脈であり、灌流用血管が脾静脈であり、温存用血管が上腸間膜静脈であってもよい。
【0013】
また、流出用血管及び温存用血管が肝下部下大静脈であり、灌流用血管が右腎静脈又は左腎静脈であってもよい。
【0014】
なお、上記に挙げた本発明の一又は複数の特徴を任意に組み合わせた発明も、本発明の範囲に含まれる。
【発明の効果】
【0015】
この発明によれば、生体の血管に吻合する血管を温存した上で、別の血管から臓器又は組織への灌流を行うことが可能となる。これにより、生体の血管への吻合中も臓器又は組織への灌流を継続することができる。従って、生体内に臓器又は組織を搬入した後の温阻血状態の影響を低減することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明におけるドナーの肝動脈の処置の様子を示す図である。
図2】本発明におけるドナーの門脈の処置の様子を示す図である。
図3】本発明における肝下部下大静脈の処置の様子を示す図である。
図4】本発明における灌流装置を示す概略図である。
図5】本発明におけるレシピエントの肝動脈の処置の様子を示す図である
図6】本発明におけるレシピエントの門脈の処置の様子を示す図である。
図7】本発明におけるレシピエントの肝下部下大静脈の処置の様子を示す図である。
図8】本発明に係る血管吻合が終了した時点の肝動脈、門脈周辺の状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の一実施形態として、肝臓移植を例にあげて説明する。なお、以下の手順は、生体から一旦臓器を摘出し、生体外で腫瘍などの病変部を切除した上で、元の生体に臓器を戻す部分切除術にも適用可能である。
【0018】
なお、本願において「ドナー」および「レシピエント」は、ヒトであってもよいし、非ヒト動物であってもよい。また、非ヒト動物は、マウスおよびラットを含む齧歯類、ブタ(ミニブタ含む)、ヤギおよびヒツジを含む有蹄類、イヌを含む食肉類、サル、ヒヒおよびチンパンジーを含む非ヒト霊長類、ウサギ、その他の非ヒトほ乳動物であってもよいし、ほ乳動物以外の動物であってもよい。
【0019】
先ず、ドナーから移植用の肝臓の摘出を行う。摘出は以下のステップ(D−1)から(D−5)の手順で行うことができる。
【0020】
(D−1)図1は、ステップ(D−1)におけるドナーの肝動脈の処置の様子を示す図である。図1に示すとおり、ドナーの総肝動脈11をブルドック鉗子等の血管鉗子13で挟むことで血流を遮断する。そして、肝臓から見て血管鉗子13で挟んだ位置より遠位側(図1における紙面下側)において総肝動脈11を切断する。また、総肝動脈11から分岐する右胃動脈15を切断して第1の灌流液流入用カニューレ17を挿入し、縫合糸等で固定する。これにより、レシピエントの血管との吻合部である総肝動脈11を温存した上で灌流経路を形成することが可能となる。なお、本実施形態では血管内の血流を停止するためにブルドック鉗子等の血管鉗子を用いることを例に上げたが、血管内の血流を一時的に停止できる手段であれば他の器具を用いてもよい。
【0021】
ステップ(D−1)は、肝臓から突出する複数の血管の、肝臓から見て遠位側に存在する分岐(総肝動脈11と右胃動脈15との分岐)から、肝臓から見てさらに遠位側に延在する複数の血管のうちの少なくとも1つ(右胃動脈15)に、灌流用の管腔(第1の灌流液流入用カニューレ17)を接続する灌流用管腔接続工程を含む。また、ステップ(D−1)は、灌流用管腔接続工程により灌流用の管腔が接続されない血管のうちの少なくとも1つ(総肝動脈11)を、温存用血管として、生体の血管との吻合用に温存するために閉塞する温存用血管閉塞工程を含む。
【0022】
(D−2)図2は、ステップ(D−2)におけるドナーの門脈の処置の様子を示す図である。図2に示すとおり、先ず、ドナーの左胃静脈30を結紮し、結紮部より肝臓から見て遠位側を切断する。次に、ドナーの上腸間膜静脈31の、肝臓から見て門脈33との合流点より遠位側を血管鉗子35で挟むことにより血流を遮断し、血管鉗子35で挟んだ位置より遠位側(図2における紙面下側)を切断する。また、脾静脈37を、上腸間膜静脈31と下腸間膜静脈との間で切断し、第2の灌流液流入用カニューレ39を挿入し、縫合糸等で固定する。これによりレシピエントの血管との吻合部である上腸間膜静脈31を温存した上で、灌流経路を形成することが可能となる。
【0023】
ステップ(D−2)は、肝臓から突出する複数の血管の、肝臓から見て遠位側に存在する分岐(上腸間膜静脈31および脾静脈37の門脈33への合流点)から、肝臓から見てさらに遠位側に延在する複数の血管のうちの少なくとも1本(脾静脈37)に、灌流用の管腔(第2の灌流液流入用カニューレ39)を接続する灌流用管腔接続工程を含む。また、ステップ(D−2)は、灌流用管腔接続工程により灌流用の管腔が接続されない血管のうちの少なくとも1つ(上腸間膜静脈31)を、温存用血管として、生体の血管との吻合用に温存するために閉塞する温存用血管閉塞工程を含む。
【0024】
(D−3)図3は、ステップ(D−3)における肝下部下大静脈の処置の様子を示す図である。図3に示すとおり、先ず、ドナーの右腎静脈50を結紮し、結紮部より肝臓から見て遠位側を切断する。次に、ドナーの肝下部下大静脈51の、右腎静脈50及び左腎静脈53との合流点より、肝臓から見て遠位側を血管鉗子55で挟むことにより血流を遮断する。そして、血管鉗子55で挟んだ位置より遠位側(図3における紙面下側)において肝下部下大静脈51を切断する。また、左腎静脈53を切断し、灌流液流出用カニューレ57を挿入し、縫合糸等で固定する。これにより、レシピエントの血管との吻合部である肝下部下大静脈51を温存した上で、灌流経路を形成することが可能となる。
【0025】
ステップ(D−3)は、肝臓から突出する複数の血管の、肝臓から見て遠位側に存在する分岐(肝下部下大静脈51の右腎静脈50及び左腎静脈53との合流点)から、肝臓から見てさらに遠位側に延在する複数の血管のうちの少なくとも1つ(左腎静脈53)に、灌流用の管腔(灌流液流出用カニューレ57)を接続する灌流用管腔接続工程を含む。また、ステップ(D−3)は、灌流用管腔接続工程により灌流用の管腔が接続されない血管のうちの少なくとも1つ(肝下部下大静脈51)を、温存用血管として、生体の血管との吻合用に温存するために閉塞する温存用血管閉塞工程を含む。
【0026】
(D−4)ドナーの肝上部下大静脈を血管鉗子で挟むことにより血流を遮断した上で切断する。併せて総胆管も切断する。
【0027】
(D−5)上記ステップ(D−1)からステップ(D−4)の手順によりドナーの肝臓と接続されたそれぞれのカニューレ17,39,57と後述する灌流装置100を接続して灌流を開始し、ドナーの肝臓を摘出する。即ち、第1の灌流液流入用カニューレ17および第2の灌流液流入用カニューレ39から灌流液を流入させ、かつ、灌流液流出用カニューレ57から灌流液を流出させる。これにより、移植用の肝臓の灌流液による灌流を維持しながら、ドナーから肝臓を摘出する。
【0028】
ステップ(D−5)は、肝臓から突出する複数の血管のうち、少なくとも1本の流入用血管(右胃動脈15及び脾静脈37)から肝臓へ灌流液を流入させ、流入用血管とは異なる少なくとも1本の流出用血管(左腎静脈53)を介し、肝臓から流出する灌流液を排出する灌流工程を含む。
【0029】
上記ステップ(D−1)からステップ(D−5)において、ドナーからの移植用の肝臓の摘出手順で通常実施される処置(例えば、結合組織の除去、血管の剥離、血管切断のための血管の一時的な結紮又はクランプ、胆管の遮断および切断、移植用の肝臓への血液凝固剤の適用、手術部位の止血処置、等)は、当業者が必要に応じて適宜行うことができる。
【0030】
上記ステップ(D−1)からステップ(D−5)において、流入用血管が固有肝動脈であり、灌流用血管が右胃動脈であり、温存用血管が総肝動脈であってもよい。流入用血管が門脈であり、灌流用血管が脾静脈であり、温存用血管が上腸間膜静脈であってもよい。また、流出用血管及び温存用血管が肝下部下大静脈であり、灌流用血管が右腎静脈又は左腎静脈であってもよい。

【0031】
図4に、本実施形態で用いる灌流装置の一例を示す。灌流装置100は、肝臓を収容するリアクター101と、右胃動脈15に接続された第1の灌流液流入用カニューレ17に灌流液を供給する第1流入路103と、脾静脈37に接続された第2の灌流液流入用カニューレ39に灌流液を供給する第2流入路105と、左腎静脈53に接続された灌流液流出用カニューレ57から灌流液を回収する流出路107と、灌流液を貯留するリザーバ109とを有する。
【0032】
第1流入路103には、灌流液を圧送するポンプ111と、灌流液を脱泡する脱泡部113と、灌流液の温度を調整する温調部115が介挿されている。第2流入路105についても第1流入路103と同様に、ポンプ121、脱泡部123、温調部125が介挿されている。
【0033】
流出路107には、肝臓からの灌流液を回収するポンプ131と、灌流液に酸素及び二酸化炭素を付加するガス供給モジュール133が介挿されている。ガス供給モジュール133には酸素供給部135と二酸化炭素供給部137が接続されている。
【0034】
なお、本発明においては、灌流液に、酸素及び二酸化炭素に加えてさらに窒素を付加してもよい。この場合、ガス供給モジュール133に、窒素を供給するための窒素供給部が接続される。
【0035】
上記ステップ(D−1)からステップ(D−5)の手順によりドナーより摘出された肝臓は、灌流装置100に接続され、リアクター101内に収容されて灌流による保存が行われる。なお、本実施形態においては、ドナーの肝臓と灌流装置100の間で灌流液が循環して灌流処理が行われていたが、ドナーの肝臓に対する灌流処理はこのような形態に限定されない。即ち、肝臓を通過した灌流液がリザーバ109以外の容器に回収される構成、あるいはそのまま廃棄される構成をとっても良い。また、上記実施形態のように灌流液をポンプにより圧送する構成に代えて、点滴バッグのように重力により肝臓に灌流液を送る方式を採用してもよい。
【0036】
なお、肝臓の状態によっては第1流入路103又は第2流入路105のいずれか一方のみからドナーの肝臓に対して灌流液を供給する構成を採用してもよい。
【0037】
次に、レシピエント側の準備として、以下のステップ(P−1)からステップ(P−7)の手順により処置が行われる。
【0038】
(P−1)図5は、ステップ(P−1)におけるレシピエントの肝動脈の処置の様子を示す図である。先ず、総胆管を離断する。また、図5に示すように、肝動脈21を血管鉗子23で挟んで血流を遮断する。そして、血管鉗子23で挟んだ位置より肝臓からみて近位側であって可能な限り肝臓の付近において肝動脈21を切断する。
【0039】
(P−2)図6は、ステップ(P−2)におけるレシピエントの門脈の処置の様子を示す図である。図7は、ステップ(P−2)におけるレシピエントの肝下部下大静脈の処置の様子を示す図である。レシピエントの循環動態を安定させるため、シャントを作成する。即ち、図6に示すように、門脈41の左胃動脈より肝臓から見て近位側の血管壁の一部を鉗子で挟んで(サイドクランプ)血管内の血流から隔離する。そして、鉗子で挟まれた血管壁を切開した上でグラフト血管45を端側吻合する。また、図7に示すように、肝下部下大静脈61の、右腎静脈60と左腎静脈65との合流点より肝臓から見て遠位側の血管壁の一部を鉗子で挟んで血管内の血流から隔離し、その後、鉗子で挟まれた血管壁を切開した上でグラフト血管67を端側吻合する。
【0040】
(P−3)レシピエントにヘパリンを投与し、凝血を防止する。
【0041】
(P−4)門脈41に設けられたグラフト血管45にシャントチューブ47を挿入し、縫合糸等で固定する。同様に、肝下部下大静脈61に設けられたグラフト血管67にシャントチューブ69を挿入し、縫合糸等で固定する。
【0042】
(P−5)ポンプ等で構成され、肝下部下大静脈からの下肢静脈血及び門脈からの門脈血を左頸静脈に流入させるシャント回路の動作を開始する。
【0043】
(P−6)門脈41の、グラフト血管45が吻合された箇所より肝臓から見て近位側を、血管鉗子43で挟んで肝臓に流入する血流を遮断する。その後、血管鉗子43で挟まれた部分より肝臓側であって可能な限り肝臓に近い部分の門脈41を切断する。同様に、肝下部下大静脈61の、グラフト血管67が吻合された箇所より肝臓から見て近位側を、血管鉗子63で挟んで肝臓から流出する血流を遮断する。その後、血管鉗子63で挟まれた部分より肝臓側であって可能な限り肝臓に近い部分の肝下部下大静脈61を切断する。
【0044】
(P−7)肝上部下大静脈を血管鉗子で挟み、鉗子で挟まれた位置より肝臓側であって可能な限り肝臓に近い部分を切断する。これらの手順により、レシピエントの肝臓の血流が全遮断され、血管との接続が全て切断される。その後間もなく、レシピエントの肝臓を摘出する。
【0045】
次にドナーの肝臓をレシピエントにプットインし、以下の手順により血管吻合が行われる。
【0046】
(A−1)ドナーの肝臓の肝上部下大静脈とレシピエントの肝上部下大静脈を端々吻合し、レシピエント側の肝上部下大静脈を挟んでいる血管鉗子を取り外す。
【0047】
(A−2)ドナーの肝臓の肝下部下大静脈51とレシピエントの肝下部下大静脈61を端々吻合する。なお、肝下部下大静脈の吻合中においても、ドナーの肝臓から左腎静脈53への灌流液の流出が継続される。肝下部下大静脈の吻合後、ドナーの肝臓側の肝下部下大静脈51を挟んでいる血管鉗子55を取り外す。
【0048】
(A−3)ドナーの肝臓の上腸間膜静脈31とレシピエントの門脈41を端々吻合する。なお、上腸間膜静脈31と門脈41の吻合中においても、脾静脈37からドナーの肝臓に対する灌流液の流入が継続される。上腸間膜静脈31と門脈41の吻合後、ドナーの肝臓側の上腸間膜静脈31を挟んでいる血管鉗子35を取り外す。
【0049】
(A−4)ドナーの肝臓の肝動脈11とレシピエントの肝動脈21を端々吻合する。なお、肝動脈の吻合中においても、右胃動脈15からドナーの肝臓に対する灌流液の流入が継続される。肝動脈の吻合後、ドナーの肝臓側の肝動脈11を挟んでいる血管鉗子13を取り外す。
【0050】
ここで、図8は、上記ステップ(A−4)の手順完了後の状態を示す図である。ここでは肝動脈と門脈の周辺の状況を拡大して示す。紙面左側の肝動脈11には第1の灌流液流入用カニューレ17が接続されており、ドナーの肝臓へ灌流液の供給が継続されている。なお、レシピエント側の肝動脈21は結紮により血流が停止されている。また、紙面右側の門脈については、ドナー側の門脈33から分岐する上腸間膜静脈31がレシピエント側の門脈41と吻合されており、ドナー側の脾静脈37には第2の灌流液流入用カニューレ39が接続され、ドナーの肝臓へ灌流液の供給が継続されている。また、レシピエント側の門脈41にはグラフト血管45が吻合され、グラフト血管45にはシャントチューブ47が接続されている。これにより、シャント回路を形成している。
【0051】
(A−5)各血管吻合後、ドナーの肝臓の胆管とレシピエントの胆管を端々吻合する。
【0052】
ステップ(A−1)からステップ(A−5)は、ステップ(D−5)から開始された灌流工程による肝臓に対する灌流を継続しつつ、生体(レシピエント)の血管(肝下部下大静脈61、門脈41、肝動脈21)への複数の温存用血管(肝下部下大静脈51、上腸間膜静脈31、総肝動脈11)を吻合する吻合工程を含む。
【0053】
(A−6)ドナーの肝臓に対する灌流を停止し、ドナーの肝臓の右胃動脈15、脾静脈37、及び左腎静脈53を結紮する。そして、それぞれの血管15,37,53に接続されている第1の灌流液流入用カニューレ17、第2の灌流液流入用カニューレ39、及び灌流液流出用カニューレ57を抜去する。
【0054】
(A−7)灌流停止後、速やかに肝下部下大静脈61を挟んでいる血管鉗子63、及び門脈41を挟んでいる血管鉗子43を取り外し、肝臓への血流を再開する。その後肝動脈21を挟んでいる血管鉗子23を取り外し、更に肝上部下大静脈を挟んでいる血管鉗子を順次取り外す。
【0055】
(A−8)レシピエントの循環動態の安定のため用いられていたシャント回路を停止し、レシピエントの門脈に吻合されているグラフト血管45、及び肝下部下大静脈61に吻合されているグラフト血管67をそれぞれ結紮する。そして、それぞれの血管45,67に接続されているシャントチューブ47及びシャントチューブ69を抜去する。併せて、左頸静脈に接続されていたチューブも抜去し、縫合する。
【0056】
なお、上記手順において、ドナーの肝臓の血管と吻合するレシピエントの血管は、吻合に用いるドナーの血管と同じ種類の血管であってもよく、異なる血管であってもよい。例えば、肝臓の同所性移植を行う場合には、ドナーの肝臓の血管と吻合するレシピエントの血管は、吻合に用いるドナーの肝臓の血管と同じ種類の血管であってよい。また、例えば、肝臓の異所性移植を行う場合には、ドナーの肝臓の血管と吻合するレシピエントの血管は、吻合に用いるドナーの肝臓の血管と異なる種類の血管であってよい。肝臓の異所性移植を行う場合に用いるレシピエントの血管の種類は、当業者が技術常識に基づいて適宜選択することができる。
【0057】
また、上記手順において、移植用の肝臓をレシピエントに移植する手順において通常実施される処置(例えば、結合組織の除去、血管の剥離、血管の切断および吻合のための血管の一時的な結紮又はクランプ、血管の吻合、胆管の吻合、手術部位の止血処置、等)は、当業者が必要に応じて適宜行うことができる。
【0058】
本発明において用いられるカニューレ及びチューブの形状、構造、サイズ、素材は限定されず、血管の種類に応じて当業者が適宜選択することができる。
【0059】
本発明の灌流装置において用いられる灌流液は、通常移植用の肝臓の灌流に用いられる灌流液であればその組成は限定されず、市販の灌流液(例えばL−15培地等)を用いることができる。なお、灌流液は、酸素運搬体が添加されたものであることが好ましい。灌流液中に酸素運搬体を含むことにより、移植用の肝臓の障害を抑えることができ、肝臓移植の成功率を向上させることができる。本発明に用いることができる酸素運搬体の例としては、赤血球又は人工赤血球を挙げることができる。本発明の灌流液に添加する赤血球は、ドナー又はレシピエントに輸血可能な血液型の赤血球であることが好ましく、ドナー又はレシピエント由来の赤血球であることがさらに好ましい。また、本発明の灌流液に添加する人工赤血球は、酸素を運搬する機能を有する分子であればよく、例えばパーフルオロカーボン、ヘモグロビン小胞体等を例示することができる。
【0060】
本発明において、「移植用の肝臓」は、ドナーから摘出された肝臓に限定されず、例えば、iPS細胞等の幹細胞から誘導された人工肝臓であってもよい。
【0061】
本明細書において用いられる用語は、特に定義されたものを除き、特定の実施態様を説明するために用いられるのであり、発明を限定する意図ではない。
【0062】
また、本明細書において用いられる「含む」との用語は、文脈上明らかに異なる理解をすべき場合を除き、記述された事項(部材、ステップ、要素、数字など)が存在することを意図するものであり、それ以外の事項(部材、ステップ、要素、数字など)が存在することを排除しない。
【0063】
異なる定義が無い限り、本明細書において用いられるすべての用語(技術用語及び科学用語を含む。)は、本発明が属する技術の当業者によって広く理解されるのと同じ意味を有する。ここに用いられる用語は、異なる定義が明示されていない限り、本明細書及び関連技術分野における意味と整合的な意味を有するものとして解釈されるべきであり、理想化され、又は、過度に形式的な意味において解釈されるべきではない。
【符号の説明】
【0064】
11 総肝動脈
13 血管鉗子
15 右胃動脈
17 灌流液流入用カニューレ
21 肝動脈
23 血管鉗子
30 左胃静脈
31 上腸間膜静脈
33 門脈
33 脾静脈
35 血管鉗子
37 脾静脈
39 灌流液流入用カニューレ
41 門脈
43 血管鉗子
50 右腎静脈
51 肝下部下大静脈
53 左腎静脈
55 血管鉗子
57 灌流液流出用カニューレ
60 右腎静脈
61 肝下部下大静脈
61 左腎静脈
61 肝下部下大静脈
63 血管鉗子
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8