特許第6685160号(P6685160)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6685160
(24)【登録日】2020年4月2日
(45)【発行日】2020年4月22日
(54)【発明の名称】耐食性に優れたステンレス鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20200413BHJP
   C22C 38/44 20060101ALI20200413BHJP
   C22C 38/50 20060101ALI20200413BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/44
   C22C38/50
【請求項の数】2
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2016-70520(P2016-70520)
(22)【出願日】2016年3月31日
(65)【公開番号】特開2017-179519(P2017-179519A)
(43)【公開日】2017年10月5日
【審査請求日】2018年9月14日
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100182925
【弁理士】
【氏名又は名称】北村 明弘
(72)【発明者】
【氏名】齋田 知明
(72)【発明者】
【氏名】田井 善一
(72)【発明者】
【氏名】今川 一成
【審査官】 鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−145531(JP,A)
【文献】 特開2003−025209(JP,A)
【文献】 特開平10−094968(JP,A)
【文献】 特開平08−253813(JP,A)
【文献】 特開平09−291382(JP,A)
【文献】 特開平10−219406(JP,A)
【文献】 特開平07−113142(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
B24B 21/00 − 21/22
B24B 29/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
長手一方向の研磨目をフェライト系ステンレス鋼板の表面に有し、
孔食電位が0.6V以上であり、
60度光沢度が75以下であり、
前記表面の任意の10点を光学顕微鏡で400倍の倍率で観察したときに、着色を有する酸化皮膜の面積比率が50μm四方において10%以上であり
光学顕微鏡を用いて前記表面の任意の10点における100μm×100μmの範囲を200倍に拡大し観察したときに、前記表面の金属が部分的に剥がされ素地部分に被さった、5μm以上の大きさを有する表面欠陥の数の平均が6個以上であり、
組成が、C:0.020質量%以下、Si:0.40質量%以下、Mn:0.40質量%以下、Cr:25.00〜32.00質量%、Mo:1.00〜4.00質量%、P:0.030質量%以下、S:0.020質量%以下、Ni:0.50質量%以下、N:0.020質量%以下を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、耐孔食指数(PI=Cr質量%+3Mo質量%)が30以上である、耐食性に優れたステンレス鋼板。
【請求項2】
さらに、Nb:0.1〜1.0質量%、Ti:0.05〜0.3質量%、Al:0.01〜0.5質量%のうち、1種又は2種以上を含む、請求項1に記載のステンレス鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性に優れたステンレス鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は、耐候性、加工性、溶接性等に優れることから、屋根材、壁材、建築部材等の建材用途で多用されている。また、ステンレス鋼板は、意匠性にも優れるため、表面研磨されて使用されている。
【0003】
このステンレス鋼板の一般的、工業的な研磨は、まず研磨前鋼板の疵等の除去のために、疵取り研磨を行い、次に仕上げ研磨および光沢研磨等を行っている。この研磨作業における粗研磨、仕上げ研磨では、フラップホイールや研磨ベルト等を使用した乾式研磨が行われている。さらに、上記工程後、所望の表面を得るためにバフ研磨による湿式研磨を行う場合がある。
【0004】
従来より、ステンレス鋼は、素材として優れた耐候性を有しているものの、研磨仕上げの状態によっては、本来素材がもつ耐候性を発揮せず、著しく発銹を生じる場合があり、ステンレス鋼の耐候性の安定性(信頼性)をなくす要因の一つとなっている。例えば、屋外の手摺等へ施工した後、1ヶ月程度の短期間で発銹する場合がある。
【0005】
発銹については、ステンレス鋼板の研磨後の表面に残存している酸化皮膜や研磨目が起点になっていると考えられている。残存する酸化皮膜とは、研磨時の発熱に起因して生成された皮膜であり、酸化皮膜の直下にはCr欠乏層が形成されている。このため、酸化皮膜が残存していると、該酸化皮膜及びその直下のCr欠乏層を起点として発銹が進行し、耐食性が劣化しやすくなる。また、研磨によってステンレス鋼板表面に刻まれた疵である研磨目についても、研磨目の凹部が深いほど、フラップホイール研磨等で生成した酸化皮膜がバフ研磨で除去され難くなって残存する可能性が高くなり、その研磨目の凹部が発銹起点になることから、発銹が進行し、耐食性が劣化しやすくなる。
【0006】
特許文献1〜3では、短期間で発銹が生じることを抑制し、耐候性を維持することを目的としたステンレス鋼板やその製造方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−3938号公報
【特許文献2】特開2003−25209号公報
【特許文献3】特開平5−263278号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1には、Crを16質量%以上含むステンレス鋼板を研磨した後、水素濃度75体積%以上,露点−40℃以下の還元雰囲気で800℃以上の温度で熱処理することを特徴とする、耐候性に優れたステンレス鋼研磨仕上げ材の製造方法で得られるステンレス鋼板が記載されている。
また、特許文献1の製造方法においては、還元雰囲気下で800℃以上の熱処理を行った後に、さらに0.1ppm以上のオゾン及び/又は5質量%以上の硝酸を含む酸化性溶液にステンレス鋼を浸漬することで得られるステンレス鋼板が記載されている。
【0009】
特許文献2には、酸液浸漬による研磨焼けの処理方法ではバッチ処理の工程が増大すること、メカニカル研磨では研磨焼けの完全除去に工数が掛かること等の問題を解決する方法として、ステンレス鋼表面を、弾性を有する研磨工具で研磨する際に、希土類元素酸化物を主成分とする研磨剤を研磨工具に塗布しながら研磨する研磨方法で得られるステンレス鋼が開示されている。
【0010】
特許文献3には、機械研磨後のステンレス鋼板を大気雰囲気に曝すと、不動態皮膜の再生が十分に行われず耐食性が低下することを抑制するために、機械研磨後のステンレス鋼板を酸洗処理する、表面仕上げ方法で得られるステンレス鋼板が記載されている。
【0011】
近年、都市再開発などに伴い建築需要が増加しており、ウォーターフロント環境における建築需要が増加している。ウォーターフロント環境においては、大気中に含まれるエアロゾル粒子の一種であって、海水に由来する塩分からなる微粒子である海塩粒子の影響を建築部材が受けやすいという問題がある。このため、より高い耐食性を有する建築部材のニーズが高まっている。また、高い耐食性に加え、防眩性に優れた建築部材へのニーズがある。これに対し、上記特許文献1〜3には、海塩粒子に対する耐食性及び防眩性を両立するステンレス鋼板について、何ら記載も示唆もされていない。
【0012】
本発明は、上述した課題を解決し、海塩粒子の影響を受けるウォーターフロント環境でも、早期に発銹することのない、耐食性や防眩性に優れたステンレス鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するためにステンレス鋼板の研磨方法、研磨表面について検討を行った。ここで、乾式研磨を行うと、研磨時にステンレス鋼板表面が高温となり酸化皮膜が発生すること、乾式研磨による高い研削抵抗によって刻まれた疵である研磨目とともに、表面欠陥が生じていること、を突き止めた。ここでいう表面欠陥とは、鋼板表面を研磨する時に研磨材や研磨紙が連続して鋼板表面に接触し、表面の金属が部分的に剥がされ、素地部分に被さった「バリ」や「かぶさり」と呼称されている。表面欠陥は、短冊状や笹の葉状のように金属がめくれている部分を含み、素地に接着している部分における一方の端部から剥がれの先端における他方の端部までの最大長さが5μm以上の欠陥である。当該表面欠陥はステンレス鋼板の表面素地部分と微小な隙間を形成することから、腐食を生じやすく、鋼板の耐食性低下の要因となる。
【0014】
本発明者らは、海塩粒子の影響を受けるウォーターフロント環境で早期に発銹することのない、耐食性や防眩性に優れたステンレス鋼板を検討し、本発明を見出した。
【0015】
すなわち、本発明は、以下の(1)〜(2)の耐食性に優れたステンレス鋼板を提供する。
(1)長手一方向の研磨目をフェライト系ステンレス鋼板の表面に有し、孔食電位が0.6V以上であり、60度光沢度が75以下であり、組成が、C:0.020質量%以下、Si:0.40質量%以下、Mn:0.40質量%以下、Cr:25.00〜32.00質量%、Mo:1.00〜4.00質量%、P:0.030質量%以下、S:0.020質量%以下、Ni:0.50質量%以下、N:0.020質量%以下を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、耐孔食指数(PI=Cr質量%+3Mo質量%)が30以上である、耐食性に優れたステンレス鋼板。
【0016】
本発明のステンレス鋼板は、着色を有する酸化皮膜がステンレス鋼板表面上に存在し、表面欠陥が存在していても、所定の組成を有し、耐孔食指数(PI)が30以上と高いことから、酸化皮膜及びその直下のCr欠乏層を起点とする発銹が抑制された、孔食電位が0.6V以上の耐食性に優れたステンレス鋼板である。また、長手一方向の研磨目をフェライト系ステンレス鋼板の表面に有することから意匠性に優れ、60度光沢度が75以下であるため防眩性にも優れる。
【0017】
(2)さらに、Nb:0.1〜1.0質量%、Ti:0.05〜0.3質量%、Al:0.01〜0.5質量%のうち、1種又は2種以上を含む、(1)に記載のステンレス鋼板。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、海塩粒子の影響を受けるウォーターフロント環境でも、早期に発銹することのない、耐食性や防眩性に優れたステンレス鋼板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】ステンレス鋼板の表面を拡大した写真の一例であり、(a)表面欠陥が抑制された表面と、(b)表面欠陥が生じた表面である。
図2】表面欠陥を有するステンレス鋼板の孔食電位の測定結果の一例を示すグラフである。
図3】表面欠陥が抑制されたステンレス鋼板の孔食電位の測定結果の一例を示すグラフである。
図4】本発明のステンレス鋼板の表面を拡大した写真である。
図5】実施例1の孔食電位の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に本発明を実施するための形態について説明する。なお、本発明は当該実施形態によって限定的に解釈されるものではない。
【0021】
(ステンレス鋼板)
本発明のステンレス鋼板は、長手一方向の研磨目をフェライト系ステンレス鋼板の表面に有し、孔食電位が0.6V以上であり、60度光沢度が75以下であり、組成が、C:0.020質量%以下、Si:0.40質量%以下、Mn:0.40質量%以下、Cr:25.00〜32.00質量%、Mo:1.00〜4.00質量%、P:0.030質量%以下、S:0.020質量%以下、Ni:0.50質量%以下、N:0.020質量%以下を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、耐孔食指数(PI=Cr質量%+3Mo質量%)が30以上である、耐食性に優れたステンレス鋼板である。
【0022】
本発明において、ステンレス鋼板は表面に凹凸や光沢を付与するために表面の研磨仕上げが行われたものである。これにより、ステンレス鋼板は研磨目を備え、意匠性や防眩性に優れたステンレス鋼板となる。研磨目とは、研磨によってステンレス鋼板表面に刻まれた疵である。本発明において、研磨目は長手一方向の研磨目を含む。長手一方向の研磨目を有するステンレス鋼板は、防眩性に優れる。長手一方向の研磨仕上げとしてフラップホイール等による乾式研磨を行うとステンレス鋼板の表面が高温となり、着色を有する酸化皮膜が形成される。また、研磨後の表面の研磨目は、研磨目の凹部が深いほど、フラップホイール研磨等で生成した酸化皮膜が残存する可能性が高くなり、その研磨目の凹部が発銹起点になって、発銹が進行し、耐食性が劣化しやすくなる。本発明において、着色を有する酸化皮膜が存在するとは、ステンレス鋼板の表面の任意の10点を光学顕微鏡で400倍の倍率で観察したときに、着色を有するシミ状物質である酸化皮膜が50μm四方において面積比率で10%以上存在している場合をいう。ここで、着色は特定に限定されず、ステンレス鋼板の金属素地や金属光沢と目視で区別できる色であればよい。着色として代表的な色は、茶褐色である。
【0023】
また、研磨仕上げとしてフラップホイール等による乾式研磨を行うと、ステンレス鋼板表面に研磨材や研磨紙が連続して接触し、表面の金属が部分的に剥がされ素地部分に被さったバリやかぶさりである表面欠陥が生じる。該表面欠陥は、ステンレス鋼板の表面素地部分と微小な隙間が生じることから、隙間腐食の要因となる。図1は、ステンレス鋼板の表面を拡大した写真であり、(a)表面欠陥が抑制された表面と、(b)表面欠陥が生じた表面である。図1(a)のステンレス鋼板表面は、研磨目を有しているが表面欠陥は抑制されている。一方、図1(b)のステンレス鋼板表面を乾式研磨したものであり、囲み部分1〜9は、表面の金属が部分的に剥がされ素地部分に被さった表面欠陥を示している。本発明において、表面欠陥は、素地に接着している部分における一方の端部から剥がれの先端における他方の端部までの最大長さが5μm以上の大きさを有するものをいう。また、光学顕微鏡を用いて研磨されたステンレス鋼板表面の任意の10点における100μm×100μm(0.01mm)の範囲を200倍に拡大し観察した場合に、測定した表面欠陥の数の平均が6個以上の場合を、本発明における表面欠陥が抑制されていない状態とする。なお、表面欠陥の最大の長さ部分に上限はないが、測定する際の基準として上限を50μmとしてもよい。
【0024】
当業者の技術常識からすると、発銹の進行や耐食性の劣化を抑制するためには、研磨されたステンレス鋼板表面に、上述した着色を有する酸化皮膜が存在せず、図1(a)のようにバリやかぶさりである表面欠陥も存在しないことが好ましいと考え、酸化皮膜等を除去するために酸洗処理を用いてきた。しかしながら、本発明のステンレス鋼板においては、着色を有する酸化皮膜が存在してもよく、表面欠陥が抑制されていなくてもよく、酸洗処理を行わずに、発銹の進行や耐食性の劣化を抑制できる鋼板であることを特徴とする。
【0025】
本発明のステンレス鋼板は、組成が、C:0.020質量%以下、Si:0.40質量%以下、Mn:0.40質量%以下、Cr:25.00〜32.00質量%、Mo:1.00〜4.00質量%、P:0.030質量%以下、S:0.020質量%以下、Ni:0.50質量%以下、N:0.020質量%以下を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、耐孔食指数(PI=Cr質量%+3Mo質量%)が30以上である。該組成を備え、耐孔食指数(PI)が30以上の本発明のフェライト系ステンレス鋼板は、孔食電位が0.6V以上と高く、耐食性に優れることから、耐孔食指数が19と低いSUS304が海塩粒子の影響を受けるウォーターフロント環境では早期に発銹するのに対して、発銹を抑制することができる。また、研磨によって生じた、着色を有する酸化皮膜や表面欠陥が存在していても、発銹を抑制することができる。
【0026】
本発明のステンレス鋼板は、さらに、Nb:0.1〜1.0質量%、Ti:0.05〜0.3質量%、Al:0.01〜0.5質量%のうち、1種又は2種以上を含むことが好ましい。Nb,Ti及び/又はAlを所定量含有することによって、耐食性がさらに向上する傾向にある。
【0027】
以下、ステンレス鋼板の成分限定理由について説明する。
Cは、鋼の強度を得るために有用な元素であるが、多量に含むと耐食性を低下させる傾向にある。Cの含有量は、0.015質量%以下が好ましく、0.010質量%以下がより好ましい。
【0028】
Siは、製鋼工程における脱酸剤及び熱源として有用な元素であるが、多量に含むと鋼を硬化させる傾向にある。Siの含有量は、0.35質量%以下が好ましく、0.30質量%以下がより好ましい。
【0029】
Mnは、製鋼工程における脱酸として有用な元素であるが、多量に含むとオーステナイト相を形成する傾向にある。Mnの含有量は、0.35質量%以下が好ましく、0.30質量%以下がより好ましい。
【0030】
Crは、耐食性を確保するために有用な元素であるが、多量に含むと高コストだけでなく加工性が低下する傾向にある。Crの含有量は、25.00〜31.50質量%が好ましく、25.00〜31.00質量%がより好ましい。
【0031】
Moは、Crの存在下でステンレス鋼の耐食性を向上させるために有用な元素であるが、多量に含むと高コストだけでなく加工性が低下する傾向にある。Moの含有量は、1.50〜4.00質量%が好ましく、1.80〜3.80質量%がより好ましい。
【0032】
Pは、耐食性を低下させる傾向にある。Pの含有量は、0.025質量%以下が好ましく、0.020質量%以下がより好ましい。
【0033】
Sは、耐食性を低下させる傾向にある。Sの含有量は、0.015質量%以下が好ましく、0.010質量%以下がより好ましい。
【0034】
Niは、腐食の進行を抑制する効果やフェライト系ステンレス鋼板の靱性改善に有効である点で好ましいが、多すぎるとオーステナイト相の生成やコスト高の原因となる。Niの含有量は、0.45質量%以下が好ましく、0.40質量%以下がより好ましい。
【0035】
Nは、Cと同様に多量に含むと耐食性を低下させる傾向にある。Nの含有量は、0.015質量%以下が好ましく、0.010質量%以下がより好ましい。
【0036】
Nbは、C、Nとの親和力が強くフェライト系ステンレス鋼板の粒界腐食を抑制する点で好ましいが、多量のNb含有は靱性を阻害する傾向にある。Nbの含有量は、0.1〜0.9質量%がより好ましく、0.1〜0.8質量%がさらに好ましい。
【0037】
Tiは、C、Nとの親和力が強くフェライト系ステンレス鋼板の粒界腐食を抑制する点で好ましいが、多量のTi含有は鋼の表面品質を低下させる傾向にある。Tiの含有量は、0.05〜0.25質量%がより好ましく、0.05〜0.2質量%がさらに好ましい。
【0038】
Alは、脱酸剤として精錬や鋳造に有効な元素であるが、過剰に添加すると表面品質を劣化させるとともに、鋼の溶接性や低温靭性を低下させる。Alの含有量は、0.01〜0.45質量%がより好ましく、0.01〜0.4質量%がさらに好ましい。
【0039】
図2及び図3は、表面欠陥と孔食電位を示す図であり、図2は表面欠陥を有するステンレス鋼板の孔食電位の測定結果を示すグラフである。図3は表面欠陥が抑制されたステンレス鋼板の孔食電位の測定結果を示すグラフである。図2図3のステンレス鋼板は、耐孔食指数(PI)が24程度と、本発明の耐孔食指数(PI)よりも低いステンレス鋼板である。図2に示すように、表面欠陥を有するステンレス鋼板の孔食電位は約0.3V程度と低い値である。また、図3に示すように、表面欠陥が抑制されたステンレス鋼板の孔食電位は約0.5V程度と低い値である。これに対し、本発明のステンレス鋼板は、孔食電位が0.6V以上と高く、耐食性に優れる。このため、着色を有する酸化皮膜や表面欠陥が存在していても、発銹の進行や耐食性の劣化を抑制することができる。孔食電位はより好ましくは0.65V以上であり、さらに好ましくは0.7V以上である。
【0040】
ステンレス鋼の孔食電位測定方法は、JIS G 0577に準拠し、B法を用いる。B法は、3.5質量%塩化ナトリウム水溶液中における動電位法による孔食電位測定法である。該塩化ナトリウム水溶液のpHは7とし、温度は30℃とする。また、電位掃引速度は20mV/分とする。
【0041】
本発明におけるステンレス鋼板表面の表面粗さRaは、0.1〜1.0μmであることが好ましく、0.2〜0.5μmであることがより好ましい。表面粗さRaが0.1μm未満であると、防眩性に劣り、さらに研磨目残りが維持されにくく意匠性を確保しにくい傾向にある。
【0042】
本発明におけるステンレス鋼板表面の光沢度は、60度光沢度が75以下であることが好ましい。より好ましくは60以下である。光沢度は、JIS Z 8741に準拠して測定されたものであり、例えば光沢計によって測定できる。具体的には、光沢度測定時に試料面に規定された入射角で規定の開き角の光束を入射し、反射方向に反射する規定の開き角の光束を受光器で測る。60度光沢度とは、規定された入射角が60度の場合の光沢度である。60度光沢度が75以下であることによって、ステンレス鋼板表面は好ましい防眩性を有する。
【実施例】
【0043】
製造されたステンレス鋼板を用い、装飾用研磨仕上げを行った。ステンレス鋼板は以下の2種類を用いた。組成(質量%)及び寸法は以下のとおりである。
【0044】
鋼種1(SUS447J1) Cr:30%、Mo:2%、Ti:0.15%、Nb:0.15%、Al:0.09%、残部Fe
鋼種2(SUS445J1) Cr:22%、Mo:1.05%、Ti:0.2%、Nb:0.2%、Al:0.09%、残部Fe
鋼種3(SUS304) Cr:18%、Ni:8%、Si:0.6%、Mn:0.8%、残部Fe
寸法:板厚1.5mm×幅200mm×長さ1000mm。
【0045】
研磨は、4つのフラップホイール(#80、#80、#80、#150)が鋼板表面の長手方向を研磨する(長手方向の研磨目付与)ように並んだラインで行い、乾式研磨を行った。なお、「#80」等はメッシュ粒度を示す。
【0046】
(研磨条件)
ライン速度:1.8m/min
ホイール回転数:1500rpm
ホイール直径:400mm
【0047】
研磨を行った後、一部のステンレス鋼板のみ酸洗処理を表1のとおり行った(比較例3、参考例1)。実施例1〜3、比較例1、2については酸洗処理を行わなかった。
【0048】
(表面欠陥)
光学顕微鏡を用いて、実施例1〜3及び比較例1〜3、参考例1のステンレス鋼板表面の100μm×100μmの範囲を200倍に拡大して観察し、表面欠陥の数を測定した(表1参照)。
【0049】
(酸化皮膜)
実施例1〜3及び比較例1〜3、参考例1のステンレス鋼板の表面を光学顕微鏡で400倍の倍率で観察し、茶褐色のシミ状物質である酸化皮膜が50μm四方において面積比率でどの程度存在しているかを算出した。残存酸化皮膜の面積比率10%未満である場合は、着色を有する酸化皮膜が存在しないとして「なし」と評価し、面積比率10%以上の場合は着色を有する酸化皮膜が存在するとして「あり」と評価した(表1参照)。
【0050】
(孔食電位)
実施例1〜3及び比較例1〜3、参考例1のステンレス鋼板の孔食電位を測定した。具体的には、JIS G 0577に準拠し、B法(3.5%(質量分率)塩化ナトリウム水溶液試験方法)を用い、3.5質量%塩化ナトリウム水溶液中における動電位法を用いた。該塩化ナトリウム水溶液のpHは7とし、温度は30℃とした。また、電位掃引速度は20mV/分とした(表1参照)。
【0051】
(研磨目残り)
研磨目残りを評価するために、実施例1〜3及び比較例1〜3、参考例1のステンレス鋼板の表面粗度Raを測定し、Ra≧0.1μmの場合には、研磨目が残り意匠性に優れるため「○」と評価した。一方、Ra<0.1μmの場合には、研磨目の残りが少なく意匠性に優れないため「×」と評価した。表面粗度Raは、JIS B 0601に準拠し測定し、接触式の表面粗度計を用いた(表1参照)。
【0052】
(光沢度)
JIS Z 8741に準拠して、実施例1〜3及び比較例1〜3、参考例1のステンレス鋼板表面の60度光沢度を、光沢計を用いて測定した。60度光沢度が75以下の場合を「○」、75より大きい場合を「×」と評価した(表1参照)。
【0053】
(耐食性試験)
実施例1〜3及び比較例1〜3、参考例1のステンレス鋼板について、以下の条件で耐食性試験(塩乾湿複合サイクル試験(CCT試験))を行った。
条件:(1)塩水噴霧 (35℃、5%NaCl、15分)
(2)乾燥 (60℃、30%RH、60分)
(3)湿潤 (50℃、95%RH、3時間)
上記条件(1)〜(3)を1サイクルとして、30サイクル繰り返した。
評価:試験後の発銹面積が、鋼板表面全体の5%以内のときに耐食性が良好として「○」と評価し、5%より大きい場合は耐食性が不良として「×」と評価した(表1参照)。
【0054】
【表1】
【0055】
表1に示すとおり、実施例1のステンレス鋼板は、研磨目をステンレス鋼板の表面に有し、表面欠陥が15個と多く(図4参照)、着色を有する酸化皮膜も表面上に存在しているが、電位1.0Vでも孔食は発生しなかった(図5参照)。また、実施例2及び3のステンレス鋼板についても、実施例1と同様に、電位1.0Vでも孔食は発生しなかった。また、表1に示すとおり、実施例1〜3のステンレス鋼板はCCT試験に対する耐食性も優れていた。
【符号の説明】
【0056】
1〜9・・・表面欠陥
20・・・実施例1のステンレス鋼板
図1
図2
図3
図4
図5