【実施例】
【0031】
次に本発明の具体的な実施例を示すが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
<機能性ナノ微粒子(NP)の調製>
FeCl
2・4H
2O(和光純薬工業株式会社製)及びγ−アミノプロピルトリエトキシシラン(γ−APTES)(信越化学工業株式会社製)を準備し、100mMのFeCl
2・4H
2Oを20ミリリットルとγ−APTESを20ミリリットル2液混合して、室温で1時間撹拌した後、遠心分離機(株式会社日立製作所製;CF15RXII)を用いて温度4℃の状態及び15krpmの回転速度で超純水を投入し上澄み液を除去する洗浄処理を3回繰り返して沈殿物を得た。洗浄処理した沈殿物は、分散媒としてN,N-ジメチルホルムアミド(DMF;WAKO株式会社製)を用いて分散させてNP分散液を調製した。
【0032】
<シナピン酸(SA)の修飾>
NPの表面を修飾するマトリクス機能物質としてシナピン酸(ナカライ株式会社製)を用いた。0.1Mのシナピン酸(SA)224mgと0.2Mのガルボジイミダゾール(CDI;WAKO株式会社製)322mgをDMF(WAKO株式会社製)5ミリリットルに投入して溶解させた後、上記で得られたNP分散液5ミリリットルを溶液に加えて温度35℃で20時間反応させた。反応処理後、遠心分離機を用いて温度4℃の状態及び15krpmの回転速度でDMFを投入し上澄み液を除去する洗浄処理を3回繰り返して沈殿物を得た。洗浄処理した。洗浄処理した沈殿物は、分散媒としてメタノールを用いて分散させて温度4℃で保管した。
【0033】
<イオン化支援剤(SA−NP)の特性評価>
得られたイオン化支援剤(SA−NP)について透過型電子顕微鏡(TEM;株式会社日立製作所製;H-7650)で観察した結果を
図1A及び
図1Bに示す。
図1Aは倍率×10000倍の撮影画像であり、
図1Bは倍率×50000倍の撮影画像である。測定結果からNPのサイズは3.6nmであった。
【0034】
フーリエ変換赤外分光分析装置(PerkinElmer社製;Spectrum Two)を用いて赤外線分光法によりNP及びSA−NPを測定した結果を
図2に示す。
図2は、横軸に赤外線の波数をとり、縦軸に吸光度をとっており、NP及びSA−NPに関する赤外吸収スペクトルを示している。SA−NPに関する赤外吸収スペクトルでは、C=O結合に対応する1650cm
-1、N−H結合に対応する1540cm
-1及び1240cm
-1が確認でき、ペプチド結合特有のピークが確認された。
【0035】
また、紫外可視近赤外分光光度計(日本分光株式会社;V-630)を用いて可視・紫外分光法により、SA−NP、NP及びSAを測定した結果を
図3に示す。
図3は、横軸に波長をとり、縦軸に吸光度をとっており、SA−NP、NP及びSAに関する吸収スペクトルを示している。NPでは波長が200nm〜500nmでは吸収は見られないが、SAでは、カルボキシ基及びベンジル基に対応する波長220nm及び350nmで吸収が確認された。SA−NPでは、波長340nmで吸収が見られることから、ベンジル基の電子状態が変化したことを示しており、また波長220nmの吸収が大きくなっていることから、カルボキシ基が消失してアミド結合が生成されたものと考えられる。以上の測定結果をみると、SAのNPへの共有結合的な修飾が行われていることがわかる。
【0036】
また、吸光度測定の結果よりNP表面に修飾されたSA量を算出することができ、この例では、NP1mg当りSAは5μg存在している。この算出結果に基づいてNP1個当たりに換算すると、1個のNPに6個のSAが修飾されている。この換算結果によれば、質量分析のターゲットプレートに滴下した場合のSA密度は15ng/mm
2となる。なお、今回得られたSAの修飾率については、3倍に向上させることが可能である。
【0037】
図4は、SA−NPの生成に関する構造式を示している。金属酸化物のコアの表面は、ポリマーとしてSiO
2層で被覆されており、SiO
2層表面に付与された官能基であるアミノ基にシナピン酸のカルボキシ基が縮合反応により結合して、マトリクス機能物質であるシナピン酸が共有結合的に修飾したSA−NPが生成されるようになる。
【0038】
<イオン化支援剤(SA−NP)を用いた質量分析>
MALDI法に用いる飛行時間型(TOF)質量分析計(ブルカー社製;Autoflex、窒素レーザー(337nm)を使用)を準備し、SA−NPを用いた質量分析を行った。分析対象物質となるサンプルとして、カルベンダジウム(分子量191)、アブシシン酸(分子量264)、アンジオテンシンII(分子量1045)、アミロイドβ(分子量4329)、インスリン(分子量5803)及びチトクロムC(分子量12360)を用いた。また、タンパク質分解物として、インスリンをトリプシンにより分解したインスリン分解物(フラグメントペプチドGFFYTPK;分子量859.4)を準備した。
【0039】
各サンプルとSA−NPとを混合し、サンプル濃度10ピコモル/マイクロリットルでSA−NP濃度が1mg/ミリリットルとなる分散液を調製した。調製した分散液をピペットを用いてターゲットプレートに滴下し、滴下した分散液表面に対して1000回のレーザショットを照射し、正イオン検出モードでマススペクトルを測定した。
【0040】
比較のため、イオン化支援剤として、NPのみのNP分散液、SAの飽和状態となる従来の飽和SA分散液、SA−NPに用いたSAと同じ濃度のSA分散液を準備し、上述した質量分析法と同様に各サンプルを分析した。
【0041】
<質量分析結果>
図5は、インスリンの場合の測定結果を示すマススペクトルである。横軸に質量電荷比(m/z)をとり、縦軸に検出シグナル強度をとっている。SA−NPは、NPよりも検出シグナル強度が大きく増加しているが、飽和SAよりも検出シグナル強度が小さくなっている。しかしながら、SA−NPは、SA−NPと同密度のSA(15ng/mm
2)よりも検出シグナル強度が大きくなっており、高分子物質に対するイオン化能力が向上していることがわかる。すなわち、SA−NPのSA部位だけがインスリンのイオン化を支援しているわけではなく、NP部位も支援に関わっていると言える。つまり、NP及びSAのイオン化能力の相乗効果が生じていると考えられる。
【0042】
図6は、カルベンダジウム及びアブシシン酸の場合の測定結果を示すマススペクトルである。SA−NPでは、こうした低分子物質をほとんどノイズなしで検出することが可能であるが、飽和SAでは、自己イオン化によるノイズが生じるため、低分子領域では検出することができない。これに対して、SA−NPは、低分子物質のイオン化能力を維持しつつSAの自己イオン化を抑制しており、低分子物質から高分子物質に対してイオン化能力を備えていることがわかる。
【0043】
図7は、インスリン分解物の場合の測定結果を示すマススペクトルである。インスリン分解物の場合にもSA−NPでは、検出シグナル強度が得られており、イオン化能力を備えているのに対し、飽和SAでは十分な検出シグナル強度を得られていないのがわかる。
【0044】
図8は、カルベンダジウム、アブシシン酸、アンジオテンシンII、アミロイドβ、インスリン及びチトクロムCを1回の質量分析により分析した場合の測定結果を示すマススペクトルである。低分子物質から高分子物質までの広い範囲の分析対象物質がイオン化されて検出されており、10kDaを超える高分子物質についても検出可能であることがわかる。
【0045】
従来の質量分析方法では、分析対象物質の分子量に合わせてイオン化支援方法及び質量分析装置を選択しなければならなかったが、本発明に係るイオン化支援剤を用いることで、低分子物質から高分子物質までの多様な分析対象物質を1回の質量分析で検出することが可能となる。