特許第6685587号(P6685587)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6685587質量分析用イオン化支援剤及びこれを使用した質量分析方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6685587
(24)【登録日】2020年4月3日
(45)【発行日】2020年4月22日
(54)【発明の名称】質量分析用イオン化支援剤及びこれを使用した質量分析方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20060101AFI20200413BHJP
【FI】
   G01N27/62 V
   G01N27/62 G
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-238621(P2015-238621)
(22)【出願日】2015年12月7日
(65)【公開番号】特開2017-106744(P2017-106744A)
(43)【公開日】2017年6月15日
【審査請求日】2018年10月22日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)日本質量分析学会 第63回質量分析総合討論会(2015)講演要旨集、(2)The Royal Society of Chemistry Analyst,2015,140,p8134−8137 2015年10月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】505089614
【氏名又は名称】国立大学法人福島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100111855
【弁理士】
【氏名又は名称】川崎 好昭
(72)【発明者】
【氏名】平 修
(72)【発明者】
【氏名】小森 花香
【審査官】 佐藤 仁美
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2012/017362(WO,A1)
【文献】 特表2005−524829(JP,A)
【文献】 特表2005−502050(JP,A)
【文献】 特開2011−033620(JP,A)
【文献】 特開2013−011586(JP,A)
【文献】 Shu Taira et al.,Nanotrap and Mass Analysis of Aromatic Modules by Phenyl Group-Modified Nanoparticle,Analytical Chemistry,2011年,2011, Vol. 83,pages 1370-1374
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
IPC
H01J 49/00−49/42
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
官能基が表面に付与されたシリカからなるポリマーにより被覆された酸化物からなるコアを有する機能性ナノ微粒子と、光エネルギーを吸収してイオン化し試料中の分析対象物質との間でプロトン又は電子を受け渡す機能を有するマトリクス機能物質とを含み、前記機能性ナノ微粒子は、前記マトリクス機能物質が前記官能基に脱水縮合により共有結合的に修飾されている質量分析用イオン化支援剤。
【請求項2】
前記機能性ナノ微粒子は、表面にアミノ基が付与されており、前記マトリクス機能物質としてシナピン酸が前記アミノ基に共有結合的に修飾されている請求項1に記載の質量分析用イオン化支援剤。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の質量分析用イオン化支援剤を試料と混合状態に設定する工程と、混合状態の前記試料及び前記質量分析用イオン化支援剤にレーザー光を照射して前記試料中の分析対象物質のイオン化を支援する工程とを含む質量分析方法。
【請求項4】
前記分析対象物質は、質量電荷比が10〜30,000である請求項3に記載の質量分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料に含まれる物質をイオン化して検出し定量的に分析する質量分析技術に用いるイオン化支援剤及びこれを使用した質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析技術は、試料に含まれる原子や分子の質量電荷比(m/z)を測定することで、試料に含まれる物質の種類や性質を調べる分析方法であり、近年、有機化学や生化学の分野において、試料に含まれる様々な成分の分析に用いられている。
【0003】
質量分析技術としては、装置に導入された試料に対してイオンビームやレーザーを照射し、試料に含まれる物質をイオン化して脱離し、脱離された物質を検出して質量電荷比(m/z)を測定する手法が開発されており、例えば、イオン化支援剤を用いない2次イオン質量分析法(SIMS;Secondary Ion Mass Spectrometry)、イオン化支援剤を用いるマトリクス支援レーザー脱離/イオン化法(MALDI;Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization)が挙げられる。SIMS法は、ビーム状のイオンを照射してイオン化するためイオン化支援剤が不要となるが、イオン化可能な質量数に上限があることから、高分子物質の分析には不向きである。これに対して、MALDI法は、タンパク質といった高分子物質をイオン化して分析することが可能なことから、食品や生体の試料分析に用いられている。
【0004】
MALDI法では、高分子物質を対象とした質量分析が可能となっているが、有機マトリクスをイオン化支援剤として用いるため、質量電荷比が500以下の領域では、イオン化した有機マトリクスが検出されるようになり、低分子物質の検出が困難であった。また、MALDI法では、試料に分析対象となる種々の物質が含まれていた場合には、使用するマトリクスが物質選択的なイオン化を行うことが難しく、すべての物質がイオン化されてしまうといった課題がある。
【0005】
こうしたマトリクスのイオン化によるノイズを防止するため、ナノ微粒子支援レーザー脱離/イオン化法(Nano−PALDI;Nano-Particle Assisted Laser Desorption/Ionization)が提案されている。Nano−PALDI法では、標的物質のイオン化を支援するナノ微粒子(NP)自身はイオン化することがないため、試料のみがイオン化されて測定することができ、ノイズの少ない測定結果を得ることが可能となる。
【0006】
Nano−PALDI法については、例えば、特許文献1では、酸化鉄からなるコアを有した第1機能性ナノ微粒子の第1懸濁液及び酸化マンガンからなるコアを有した第2機能性ナノ微粒子の第2懸濁液を混合させ、微粒子には、コアを覆うアモルファスシリカネットワークからなるシェル及びシェルの表面に共有結合的に導入された官能基を有する配糖体群質量分析用イオン化支援剤が記載されている。また、特許文献2では、Fe23を含む酸化鉄からなるコアを有する機能性ナノ微粒子及びクエン酸塩水溶液を含み、ナノ微粒子は、コアを覆うアモルファスシリカネットワークからなるシェル及びシェルの表面に共有結合的に導入された官能基を有する核酸検出用のイオン化支援キットが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2012−251869号公報
【特許文献2】特開2013−11586号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したNano−PALDI法では、低分子物質に対して他の手法とほぼ同程度の検出下限が実現できるものの検出上限が質量電荷比で5,000程度であり、MALDI法に比べてかなり低くなっている。そのため、ノイズは少なくなるものの高分子物質の検出が困難で検出範囲が不十分といった課題がある。
【0009】
そこで、本発明は、質量分析の際のノイズを少なくするとともに検出範囲を拡げることができる質量分析用イオン化支援剤及びそれを用いた質量分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る質量分析用イオン化支援剤は、官能基が表面に付与されたシリカからなるポリマーにより被覆された酸化物からなるコアを有する機能性ナノ微粒子と、光エネルギーを吸収してイオン化し試料中の分析対象物質との間でプロトン又は電子を受け渡す機能を有するマトリクス機能物質とを含み、前記機能性ナノ微粒子は、前記マトリクス機能物質が前記官能基に脱水縮合により共有結合的に修飾されている。さらに、前記機能性ナノ微粒子は、表面にアミノ基が付与されており、前記マトリクス機能物質としてシナピン酸が前記アミノ基に共有結合的に修飾されている。
【0011】
本発明に係る質量分析方法は、上記の質量分析用イオン化支援剤を試料と混合状態に設定する工程と、混合状態の前記試料及び前記質量分析用イオン化支援剤にレーザー光を照射して前記試料中の分析対象物質のイオン化を支援する工程とを含む。さらに、前記分析対象物質は、質量電荷比が10〜30,000である。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、質量分析の際のノイズを少なくすることができるとともに1回の質量分析で低分子物質から高分子物質までの広い範囲の分析対象物質の有無を検出することができ、検出範囲を拡げることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1A】イオン化支援剤(SA−NP)について透過型電子顕微鏡で観察した結果に関する撮影画像である。
図1B】イオン化支援剤(SA−NP)について透過型電子顕微鏡で観察した結果に関する撮影画像である。
図2】赤外線分光法によりNP及びSA−NPを測定した結果を示すグラフである。
図3】可視・紫外分光法により、SA−NP、NP及びSAを測定した結果を示すグラフである。
図4】SA−NPの生成に関する構造式を示す説明図である。
図5】インスリンの場合の測定結果を示すTOFスペクトルである。
図6】カルベンダジウム及びアブジシン酸の場合の測定結果を示すマススペクトルである。
図7】インスリン分解物の場合の測定結果を示すマススペクトルである。
図8】カルベンダジウム、アブシシン酸、アンジオテンシンII、アミロイドβ、インスリン及びチトクロムCを質量分析した場合の測定結果を示すマススペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明するが、本発明は以下に記載した実施の形態によって何ら限定されるものではない。
【0015】
本発明に係る質量分析用イオン化支援剤は、官能基が表面に付与されたポリマーにより被覆された金属酸化物からなるコアを有する機能性ナノ微粒子と、光エネルギーを吸収してイオン化し試料中の分析対象物質との間でプロトン又は電子を受け渡す機能を有するマトリクス機能物質とを含み、機能性ナノ微粒子は、マトリクス機能物質が官能基に共有結合的に修飾されている。
【0016】
イオン化支援剤に含まれる機能性ナノ微粒子は、金属酸化物からなるコアをポリマーで被覆するとともにポリマーの表面に官能基が付与されているので、低分子物質に対してイオン化能力を向上させることができる。また、イオン化支援剤に含まれるマトリクス機能物質は、高分子物質に対してイオン化能力を向上させることができることから、質量分析する際に低分子物質から高分子物質までの広い範囲の分析対象物質の有無を検出することができるようになり、検出範囲を拡げることが可能となる。そして、機能性ナノ微粒子の表面に付与された官能基にマトリクス機能物質が共有結合的に修飾(固定化)されているため、マトリクス機能物質単独の場合に比べて自身のイオン化が抑制されるとともにマトリクス機能物質自身のイオン化によるノイズが少なくなる。その分ノイズの発生を少なくすることができ、分析対象物質の有無に関する検出精度を向上させることが可能となる。
【0017】
<機能性ナノ微粒子>
機能性ナノ微粒子は、金属酸化物からなるコアにポリマーが被覆されており、そのサイズは質量分析に使用可能なサイズに設定されていればよく、粒径が3nm以下であることが好ましい。より好ましくは1.3nm〜3nmに設定するとよい。機能性ナノ微粒子の形状は、特に限定されないが、球状に形成することが好ましい。
【0018】
金属酸化物としては、遷移金属または稀土類金属の酸化物が好ましく、ニッケル、鉄又はコバルトの酸化物がより好ましい。その中でも、特に鉄の酸化物が好ましい。ポリマーとしては、例えば、ポリアリルアミン、ポリスチレン、ポリチオフェン、ポリアクリル酸、エチレングリコールグリシジルエステルとリジンの共重合体、シリカなどが挙げられるが、その中でも特にシリカが好ましい。
【0019】
金属酸化物の表面をポリマーで被覆する方法としては、例えば、湿式沈殿法といった公知の方法を用いることができ、金属酸化物とポリマーの種類に応じて適宜選択すればよい。金属酸化物及びポリマーとして鉄の酸化物及びシリカを用いて湿式沈殿法により機能性ナノ微粒子を調製する場合、以下の式で示す化学式により機能性ナノ微粒子 [xM(OH)2・ySiO2]を得ることができる。ここで、xM(OH)2はコアを表し、ySiO2は表面を被覆するポリマーを表す。
【0020】
【数1】
【0021】
式中、Mは遷移金属または稀土類金属を示し、この例では鉄となり、Xはフッ素、塩素、臭素、ヨウ素から選択されるハロゲン元素を示す。pは2又は3、nは0から9までの整数、mは9又は0である。x及びyはともに1未満の正数であり、x>y、かつ、x/yが、1〜100、好ましくは2〜20の範囲から選択される。
【0022】
ポリマー表面に付与される官能基は、マトリクス機能物質と共有結合可能なものであればよくその種類は特に限定されないが、例えば、水酸基、アミノ基、イソシアネート基又はメルカプト基が挙げられる。官能基をポリマー表面に付与する方法としては、例えばシランカップリング剤を介して共有結合的に導入することができる。
【0023】
<マトリクス機能物質>
マトリクス機能物質は、光エネルギーを吸収してイオン化し試料中の分析対象物質との間でプロトン又は電子を受け渡す機能を有している物質が用いられ、具体的には、MALDI法でマトリクスとして使用される物質で、ポリマー表面に付与された官能基に共有結合的に修飾可能なものが好ましい。例えば、シナピン酸(SA)、α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸(CHCA)、2,5-ジヒドロキシ安息香酸(DHB)、t3-インドールアクリル酸、ピコリン酸、アントラニル酸、ニコチン酸、3-ヒドロキシピコリン酸、3-アミノキノリン、ジスラノール、トリフルオロ酢酸銀といったMALDI法においてマトリクスとして用いられている公知の物質が挙げられる。
【0024】
機能性ナノ微粒子の表面に付与された官能基にマトリクス機能物質を導入する方法としては、脱水縮合、イオン結合、物理的吸着といった処理により導入することができる。その中でも、脱水縮合による共有結合がより好ましい。
【0025】
<イオン化支援剤を用いた質量分析方法>
上述したイオン化支援剤を用いた質量分析方法は、MALDI法に用いる質量分析装置を使用して行うことができる。すなわち、試料及びイオン化支援剤を混合状態に設定し、混合状態の試料及びイオン化支援剤にレーザー光を照射することでイオン化支援剤の機能性ナノ微粒子及びマトリクス機能物質がそれぞれ光エネルギーを吸収して試料中の分析対象物質との間の相互作用によりイオン化を支援する。イオン化された分析対象物質を静電力によって装置内を飛行させて電気的・磁気的な作用等により質量電荷比に応じて分離し、分離された分析対象物質をそれぞれ検出することで、質量電荷比及びそれ対応する検出シグナル強度を得る。そして、質量電荷比を横軸とし、シグナル強度を縦軸とするマススペクトルに基づいてデータ処理を行うことで、化合物固有のピークパターンから既知物質の同定や未知物質の構造決定を行う。
【0026】
分析対象物質としては、低分子物質から高分子物質までの広い範囲の物質を対象とすることができる。具体的には、質量電荷比が10〜30,000の範囲を対象とすることができ、その中でも100〜10,000の範囲を精度よく検出することができる。分析対象物質の種類としては、特に限定されないが、タンパク質、ペプチド、核酸、糖、脂質といった生体物質、農薬成分となる合成低分子化合物、合成高分子化合物が挙げられる。
【0027】
試料及びイオン化支援剤を混合状態に設定する工程では、レーザー光の照射により分析対象物質がイオン化される程度にイオン化支援剤を近接させた混合状態とすればよい。例えば、イオン化支援剤を含む溶液と試料を含む溶液とを混合したり、イオン化支援剤を試料用プレート等の担体に固定しておき、イオン化支援剤が固定化された担体上に試料を添加して混合状態に設定することができる。質量分析を行う場合のイオン化支援剤及び分析対象物質の比は特に限定されないが、好ましくは1:10〜10:1、より好ましくは1:3〜3:1の重量比に調製すればよい。
【0028】
混合状態の試料及びイオン化支援剤にレーザー光を照射して試料中の分析対象物質のイオン化を支援する工程では、レーザー光は集光光学系等により照射径を絞り込んで50μm以下の微小径で照射することが好ましく、分析対象となる試料に応じて適宜照射径を設定すればよい。照射されるレーザーとしては、窒素レーザー(波長337nm)、YAGレーザー(波長355nm)が一般的に使用されることから、マトリクス機能物質にはレーザーの波長領域に吸収帯を持つ物質が好ましい。
【0029】
機能性ナノ微粒子は、微小径のレーザー光が照射されるとレーザー光を吸収し、金属酸化物から構成されているコアと分析対象物質との間の相互作用により分析対象物質のイオン化を支援する。機能性ナノ微粒子の表面に導入されたマトリクス機能物質についても、微小径のレーザー光の照射によりレーザー光を吸収して急速に加熱されイオン化を支援するが、気化することなく分析対象物質のみを脱離して、分析対象物質にプロトン又は電子を受け渡すことで分析対象物質のイオン化を支援する。
【0030】
以上説明した質量分析方法によれば、機能性ナノ微粒子及びマトリクス機能物質のイオン化支援作用により低分子物質から高分子物質の広い範囲の分析対象物質を一度に検出することができる。また、マトリクス機能物質が機能性ナノ微粒子の表面に共有結合的に修飾されているため、マトリクス機能物質自身のイオン化によるノイズを少なくして分析対象物質の有無に関する検出精度を向上させることが可能となる。
【実施例】
【0031】
次に本発明の具体的な実施例を示すが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
<機能性ナノ微粒子(NP)の調製>
FeCl2・4H2O(和光純薬工業株式会社製)及びγ−アミノプロピルトリエトキシシラン(γ−APTES)(信越化学工業株式会社製)を準備し、100mMのFeCl2・4H2Oを20ミリリットルとγ−APTESを20ミリリットル2液混合して、室温で1時間撹拌した後、遠心分離機(株式会社日立製作所製;CF15RXII)を用いて温度4℃の状態及び15krpmの回転速度で超純水を投入し上澄み液を除去する洗浄処理を3回繰り返して沈殿物を得た。洗浄処理した沈殿物は、分散媒としてN,N-ジメチルホルムアミド(DMF;WAKO株式会社製)を用いて分散させてNP分散液を調製した。
【0032】
<シナピン酸(SA)の修飾>
NPの表面を修飾するマトリクス機能物質としてシナピン酸(ナカライ株式会社製)を用いた。0.1Mのシナピン酸(SA)224mgと0.2Mのガルボジイミダゾール(CDI;WAKO株式会社製)322mgをDMF(WAKO株式会社製)5ミリリットルに投入して溶解させた後、上記で得られたNP分散液5ミリリットルを溶液に加えて温度35℃で20時間反応させた。反応処理後、遠心分離機を用いて温度4℃の状態及び15krpmの回転速度でDMFを投入し上澄み液を除去する洗浄処理を3回繰り返して沈殿物を得た。洗浄処理した。洗浄処理した沈殿物は、分散媒としてメタノールを用いて分散させて温度4℃で保管した。
【0033】
<イオン化支援剤(SA−NP)の特性評価>
得られたイオン化支援剤(SA−NP)について透過型電子顕微鏡(TEM;株式会社日立製作所製;H-7650)で観察した結果を図1A及び図1Bに示す。図1Aは倍率×10000倍の撮影画像であり、図1Bは倍率×50000倍の撮影画像である。測定結果からNPのサイズは3.6nmであった。
【0034】
フーリエ変換赤外分光分析装置(PerkinElmer社製;Spectrum Two)を用いて赤外線分光法によりNP及びSA−NPを測定した結果を図2に示す。図2は、横軸に赤外線の波数をとり、縦軸に吸光度をとっており、NP及びSA−NPに関する赤外吸収スペクトルを示している。SA−NPに関する赤外吸収スペクトルでは、C=O結合に対応する1650cm-1、N−H結合に対応する1540cm-1及び1240cm-1が確認でき、ペプチド結合特有のピークが確認された。
【0035】
また、紫外可視近赤外分光光度計(日本分光株式会社;V-630)を用いて可視・紫外分光法により、SA−NP、NP及びSAを測定した結果を図3に示す。図3は、横軸に波長をとり、縦軸に吸光度をとっており、SA−NP、NP及びSAに関する吸収スペクトルを示している。NPでは波長が200nm〜500nmでは吸収は見られないが、SAでは、カルボキシ基及びベンジル基に対応する波長220nm及び350nmで吸収が確認された。SA−NPでは、波長340nmで吸収が見られることから、ベンジル基の電子状態が変化したことを示しており、また波長220nmの吸収が大きくなっていることから、カルボキシ基が消失してアミド結合が生成されたものと考えられる。以上の測定結果をみると、SAのNPへの共有結合的な修飾が行われていることがわかる。
【0036】
また、吸光度測定の結果よりNP表面に修飾されたSA量を算出することができ、この例では、NP1mg当りSAは5μg存在している。この算出結果に基づいてNP1個当たりに換算すると、1個のNPに6個のSAが修飾されている。この換算結果によれば、質量分析のターゲットプレートに滴下した場合のSA密度は15ng/mm2となる。なお、今回得られたSAの修飾率については、3倍に向上させることが可能である。
【0037】
図4は、SA−NPの生成に関する構造式を示している。金属酸化物のコアの表面は、ポリマーとしてSiO2層で被覆されており、SiO2層表面に付与された官能基であるアミノ基にシナピン酸のカルボキシ基が縮合反応により結合して、マトリクス機能物質であるシナピン酸が共有結合的に修飾したSA−NPが生成されるようになる。
【0038】
<イオン化支援剤(SA−NP)を用いた質量分析>
MALDI法に用いる飛行時間型(TOF)質量分析計(ブルカー社製;Autoflex、窒素レーザー(337nm)を使用)を準備し、SA−NPを用いた質量分析を行った。分析対象物質となるサンプルとして、カルベンダジウム(分子量191)、アブシシン酸(分子量264)、アンジオテンシンII(分子量1045)、アミロイドβ(分子量4329)、インスリン(分子量5803)及びチトクロムC(分子量12360)を用いた。また、タンパク質分解物として、インスリンをトリプシンにより分解したインスリン分解物(フラグメントペプチドGFFYTPK;分子量859.4)を準備した。
【0039】
各サンプルとSA−NPとを混合し、サンプル濃度10ピコモル/マイクロリットルでSA−NP濃度が1mg/ミリリットルとなる分散液を調製した。調製した分散液をピペットを用いてターゲットプレートに滴下し、滴下した分散液表面に対して1000回のレーザショットを照射し、正イオン検出モードでマススペクトルを測定した。
【0040】
比較のため、イオン化支援剤として、NPのみのNP分散液、SAの飽和状態となる従来の飽和SA分散液、SA−NPに用いたSAと同じ濃度のSA分散液を準備し、上述した質量分析法と同様に各サンプルを分析した。
【0041】
<質量分析結果>
図5は、インスリンの場合の測定結果を示すマススペクトルである。横軸に質量電荷比(m/z)をとり、縦軸に検出シグナル強度をとっている。SA−NPは、NPよりも検出シグナル強度が大きく増加しているが、飽和SAよりも検出シグナル強度が小さくなっている。しかしながら、SA−NPは、SA−NPと同密度のSA(15ng/mm2)よりも検出シグナル強度が大きくなっており、高分子物質に対するイオン化能力が向上していることがわかる。すなわち、SA−NPのSA部位だけがインスリンのイオン化を支援しているわけではなく、NP部位も支援に関わっていると言える。つまり、NP及びSAのイオン化能力の相乗効果が生じていると考えられる。
【0042】
図6は、カルベンダジウム及びアブシシン酸の場合の測定結果を示すマススペクトルである。SA−NPでは、こうした低分子物質をほとんどノイズなしで検出することが可能であるが、飽和SAでは、自己イオン化によるノイズが生じるため、低分子領域では検出することができない。これに対して、SA−NPは、低分子物質のイオン化能力を維持しつつSAの自己イオン化を抑制しており、低分子物質から高分子物質に対してイオン化能力を備えていることがわかる。
【0043】
図7は、インスリン分解物の場合の測定結果を示すマススペクトルである。インスリン分解物の場合にもSA−NPでは、検出シグナル強度が得られており、イオン化能力を備えているのに対し、飽和SAでは十分な検出シグナル強度を得られていないのがわかる。
【0044】
図8は、カルベンダジウム、アブシシン酸、アンジオテンシンII、アミロイドβ、インスリン及びチトクロムCを1回の質量分析により分析した場合の測定結果を示すマススペクトルである。低分子物質から高分子物質までの広い範囲の分析対象物質がイオン化されて検出されており、10kDaを超える高分子物質についても検出可能であることがわかる。
【0045】
従来の質量分析方法では、分析対象物質の分子量に合わせてイオン化支援方法及び質量分析装置を選択しなければならなかったが、本発明に係るイオン化支援剤を用いることで、低分子物質から高分子物質までの多様な分析対象物質を1回の質量分析で検出することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明のイオン化支援剤は、農薬、植物ホルモン、ペプチド、タンパク質といった幅広い質量範囲の検出が可能であり、イメージング質量分析への応用やタンパク質などの高分子イメージングへの活用が期待される。
図1A
図1B
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8