特許第6688066号(P6688066)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6688066黒色化処理剤及びそれを用いた黒色皮膜の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6688066
(24)【登録日】2020年4月7日
(45)【発行日】2020年4月28日
(54)【発明の名称】黒色化処理剤及びそれを用いた黒色皮膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 22/60 20060101AFI20200421BHJP
   C23C 18/32 20060101ALI20200421BHJP
【FI】
   C23C22/60
   C23C18/32
【請求項の数】6
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2015-249797(P2015-249797)
(22)【出願日】2015年12月22日
(65)【公開番号】特開2017-115183(P2017-115183A)
(43)【公開日】2017年6月29日
【審査請求日】2018年11月2日
(73)【特許権者】
【識別番号】000189327
【氏名又は名称】上村工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】特許業務法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大久保 洋樹
(72)【発明者】
【氏名】黒坂 成吾
【審査官】 祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭51−132123(JP,A)
【文献】 特開2005−163107(JP,A)
【文献】 特表2013−505362(JP,A)
【文献】 特開2005−089860(JP,A)
【文献】 特開昭61−253383(JP,A)
【文献】 特開昭57−174442(JP,A)
【文献】 特開平09−228075(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 22/00−22/86
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族ニトロ化合物である酸化剤と、
含イオウ有機化合物である酸化促進剤とを含有し、
pHが11.5以上であり、
30℃以上、70℃以下の温度範囲において黒色化を行う、リンを含むニッケル皮膜の黒色化処理剤。
【請求項2】
前記酸化剤は、ニトロベンゼンスルホン酸、ニトロフェノール、ニトロアニリン、ニトロベンジルアルコール、ニトロベンズアミド、ジニトロサリチル酸、及びジニトロベンゼンスルホン酸、並びにこれらの塩の少なくとも1つである、請求項1に記載の黒色化処理剤。
【請求項3】
前記含イオウ有機化合物は、チオール系化合物、スルフィド系化合物、チオ尿素系化合物、及びチオシアン酸の少なくとも1つである、請求項1又は2に記載の黒色化処理剤。
【請求項4】
含ハロゲン化合物である均一化剤をさらに含有する、請求項1〜3のいずれか1項に記載の黒色化処理剤。
【請求項5】
リンを含むニッケル皮膜を、請求項1〜4のいずれか1項に記載の黒色化処理剤に浸漬処理する黒色皮膜の製造方法。
【請求項6】
前記リンを含むニッケル皮膜として、無電解ニッケルめっきにより形成されたニッケル皮膜を用いる、請求項5に記載の黒色皮膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、黒色化処理剤及びそれを用いた黒色皮膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光学部品及び装飾部品等において光反射が生じにくい黒色皮膜が用いられる場合がある。めっきによる黒色皮膜を製造する方法として、電気黒色クロムめっき及び電気黒色ニッケルめっき等により材料表面に直接黒色の皮膜を形成する方法と、材料表面に形成した無電解ニッケル皮膜等を処理して黒色化する方法とが知られている。近年では複雑な形状のものが多く、均一でムラが少ない黒色皮膜を形成できるという点で、電解過程を必要としない無電解ニッケル皮膜を黒色化する方法の方が優れている。
【0003】
皮膜の形成後に黒色化する方法として、例えば、ニッケル皮膜を酸性の溶液により酸化して、黒色化する方法が知られている(例えば、特許文献1〜3を参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平1−188680号公報
【特許文献2】特開平9−78256号公報
【特許文献3】特開2005−163107号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の酸性の溶液によりニッケル皮膜を黒色化して黒色皮膜を製造する方法においては、皮膜を十分に黒色化できないという問題がある。光学部品の用途等においては、より黒味が強い黒色皮膜が求められてきているが、従来の方法により製造された黒色皮膜は、黒味が弱く顧客要求を満たすことができないことも多くなってきている。
【0006】
本開示の課題は、明度が十分に小さい黒色皮膜が得られる黒色化処理剤及びそれを用いた黒色皮膜の製造方法を実現できるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の黒色化処理剤の一態様は、リンを含むニッケル皮膜を黒色化し、芳香族ニトロ化合物である酸化剤と、含イオウ有機化合物である酸化促進剤とを含有し、pHが10以上である。本開示の黒色化処理剤により、リンを含むニッケル皮膜からL値が十分に小さく且つ均一性が高い黒色皮膜が得られる。
【0008】
黒色化処理剤の一態様において、酸化剤は、ニトロベンゼンスルホン酸、ニトロフェノール、ニトロアニリン、ニトロベンジルアルコール、ニトロベンズアミド、ジニトロサリチル酸、及びジニトロベンゼンスルホン酸、並びにこれらの塩の少なくとも1つとすることができる。
【0009】
黒色化処理剤の一態様において、含イオウ化合物は、チオール系化合物、スルフィド系化合物、チオ尿素系化合物、及びチオシアン酸の少なくとも1つとすることができる。
【0010】
黒色化処理剤の一態様は、含ハロゲン化合物である均一化剤を含有していてもよい。
【0011】
黒色化皮膜の製造方法の一態様は、リンを含むニッケル皮膜を、本開示の黒色化処理剤に浸漬処理する。
【0012】
黒色化皮膜の製造方法の一態様において、リンを含むニッケル皮膜として、無電解ニッケルめっきにより形成されたニッケル皮膜を用いることができる。
【発明の効果】
【0013】
本開示の黒色化処理剤及び黒色皮膜の製造方法によれば、明度が十分に小さい黒色皮膜を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本実施形態の黒色化処理剤は、リン(P)を含むニッケル(Ni)皮膜の黒色化に用いることができ、芳香族ニトロ化合物である酸化剤と、含イオウ有機化合物である酸化促進剤とを含有し、水素イオン濃度(pH)が10以上である。
【0015】
芳香族ニトロ化合物は、芳香環にニトロ基が導入された化合物であり、ニッケル皮膜を酸化する酸化剤として機能する。水溶液として使用するため、水に対する溶解度が高いものが好ましい。また、取り扱いの観点から、ニトロ基の数が1又は2の化合物が好ましい。例えば、o-,m-,p-ニトロベンゼンスルホン酸、o-,m-,p-ニトロフェノール、o-,m-,p-ニトロアニリン、o-,m-,p-ニトロベンジルアルコール、o-,m-,p-ニトロベンズアミド、ジニトロサリチル酸、及びジニトロベンゼンスルホン酸、これらの誘導体、並びにこれらの塩(Na,K,NH4,Li)等のいずれかを用いることができる。また、芳香環は1つに限らず、多環芳香族化合物及びこれらの塩を用いることもできる。これらの化合物は単独で用いることも複数を組み合わせて用いることもできる。また、これらの化合物において、異性体のあるものはいずれを用いてもよい、例えば、二置換体の場合、オルト(o-)、メタ(m-)、及びパラ(p-)のいずれであってもよい。
【0016】
黒色化処理剤中における芳香族ニトロ化合物の濃度は、黒色化を確実に進める観点から5g/L以上が好ましく、10g/L以上がより好ましい。また、酸化の進行を制御して干渉色の発生を抑える観点から50g/L以下が好ましく、30g/L以下がより好ましい。
【0017】
含イオウ有機化合物は、酸化促進剤として機能する化合物であればよく、チオール系化合物、スルフィド系化合物、チオ尿素系化合物、及びチオシアン酸等のいずれかを用いることができる。チオール系化合物としては例えば、チオリンゴ酸、チオサリチル酸、メルカプトベンゾチアゾール及びシステイン等を挙げることができる。スルフィド系化合物としては例えば、フェニルチオ酢酸、チオジグリコール酸、及びジチオプロピオニトリル等を挙げることができる。チオ尿素系化合物としては、チオ尿素、チオウラシル及びチオバルビツール酸等を挙げることができる。これらの化合物は塩となっていてもよい。これらの化合物は単独で用いることも、複数を組み合わせて用いることもできる。
【0018】
黒色化処理剤中における含イオウ有機化合物の濃度は、酸化反応を促進する観点から0.1g/L以上が好ましく、1g/L以上がより好ましい。また、酸化反応を制御して干渉色の発生を抑える観点から、30g/L以下が好ましく、10g/L以下がより好ましい。
【0019】
黒色化処理剤のpHは、10以上とする。pHを10以上とすることにより、酸化反応を十分に進行させ、黒色化を行うことができる。より短時間で確実に黒色化を行うために、pHを11以上とすることが好ましく、11.5以上とすることがより好ましく、12.0以上とすることがさらに好ましい。pHを13以上としてもよいが、コストの観点からはpHを13以下とすることが好ましく、12.5以下とすることがより好ましい。なお、黒色化処理剤のpHは、JIS Z8802に従った測定方法で、25℃で測定することができる。
【0020】
黒色化処理剤のpHは、pH調整剤を加えることにより調整することができる。pH調整剤には、アルカリを用いることができ、取り扱いの観点から水酸化ナトリウム(NaOH)、炭酸ナトリウム(Na2CO3)及び水酸化カリウム(KOH)等が好ましい。黒色化処理剤中のpH調整剤の濃度は、黒色化処理剤が所定のpHとなるよう適宜調整すればよい。
【0021】
黒色化処理剤のpHを安定させるために、黒色化処理剤にpH緩衝剤を加えてもよい。pHを安定化させることにより、明度(L値)を安定化させることができる。pH緩衝剤は、希望するpHにおいて緩衝機能を有する化合物であればよいが、例えばリン酸系の化合物を用いることができる。黒色化処理剤中のpH緩衝剤の濃度は、十分な緩衝機能を発揮させる観点から10g/L以上が好ましく、15g/L以上がより好ましい。過剰な添加を避ける観点から30g/L以下が好ましく、25g/L以下がより好ましい。
【0022】
本実施形態の黒色化処理剤は、黒色化によって遊離したニッケルイオンを錯化させ、浴寿命を長くするために、錯化剤を含んでいてもよい。錯化剤には、有機酸系、アミノ酸系、及びアミン系化合物などが挙げられる。有機酸系化合物としては例えば、乳酸、リンゴ酸、クエン酸、コハク酸、酒石酸およびこれらの塩等を挙げることができる。アミノ酸系化合物としては例えば、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、グリシン、グルタミン酸、アスパラギン酸およびこれら塩等を挙げることができる。アミン系化合物としては例えば、エチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエタノールアミンおよびこれらの塩等を挙げることができる。これらの化合物は、単独で又は2種類以上を混合して用いることができる。黒色化処理剤中における錯化剤の濃度は適宜設定することができるが、遊離したNiを確実に錯化して浴寿命を向上させる観点から10g/L以上が好ましい。また、コストの面から50g/L以下とすることが好ましい。
【0023】
本実施形態の黒色化処理剤は、黒色化を均一にするために、均一化剤であるハロゲン化合物を含んでいてもよい。例えば、塩化ナトリウム(NaCl)、塩化カリウム(KCl)、ヨウ化ナトリウム(NaI)、及び臭化カリウム(KBr)等のハロゲン元素を含む化合物を用いることができる。黒色化処理剤中における均一化剤の濃度は、黒色化を均一にする観点から0.1g/L以上が好ましく、1g/L以上がより好ましく、そして30g/L以下が好ましく、10g/L以下がより好ましい。
【0024】
本実施形態の黒色化処理剤を用いた浴に、ニッケル皮膜を浸漬して処理することにより、ニッケル皮膜を黒色化してL値が小さい黒色皮膜を安定して製造することができる。
【0025】
本実施形態の黒色皮膜の製造方法において、処理温度は、効率良く黒色化を行う観点から30℃以上が好ましく、40℃以上がより好ましい。酸化の進行を制御し干渉色の発生を抑える観点から70℃以下が好ましく、60℃以下がより好ましい。処理温度は、浴中の処理剤の温度を温度計により測定すればよい。
【0026】
本実施形態の黒色皮膜の製造方法において、処理時間は、黒色化処理剤のpH及び処理温度等に応じて適宜選択すればよいが、例えばpHが12程度で、処理温度が50℃程度の場合、十分に黒色化を行う観点から5分以上が好ましく、干渉色の発生を抑える観点から20分以下が好ましい。pHが低い場合及び処理温度が低い場合には、処理時間を長くし、pHが高い場合及び処理温度が高い場合には、処理時間を短くすればよい。また、被処理物の材質及び形状に応じて、処理時間を調整することができる。
【0027】
本実施形態の黒色皮膜の製造方法において、処理を行うニッケル皮膜は、リンを含むニッケル皮膜であり、無電解ニッケルめっきにより形成したニッケル皮膜が好ましい。特に、皮膜全体に占めるリンの含有量が4wt%〜10wt%のニッケル皮膜を用いることにより、干渉色の発生を抑えることができると共に、L値が小さい優れた黒色皮膜を製造することが可能となる。このようなニッケル皮膜は、既知の方法により製造することができる。
【0028】
ニッケル皮膜の厚さは特に限定されず、用途に応じて選択すればよいが、つきまわり性、膜硬度及び摺動性等の観点から3μm以上が好ましく、5μm以上がより好ましく、20μm以下が好ましく、10μm以下がより好ましい。
【実施例】
【0029】
本開示について実施例を用いてさらに詳細に説明する。以下の実施例は例示であり、本発明を限定するものではない。
【0030】
−明度(L値)の測定方法−
黒色皮膜の明度(L値)は分光測色計(CM−3700d コニカミノルタ製)を使用して、SCI方式により測定した。
【0031】
−干渉色の評価−
黒色皮膜の干渉色の有無は、蛍光灯の光を照射して目視により確認した。
【0032】
−ニッケル皮膜の形成−
SPCC材(JIS G3141)を、市販の電解脱脂水溶液により電解脱脂した後、10vol%塩酸により酸洗を行った。酸洗を行ったSPCC材を、めっき浴(上村工業製)に浸漬し、無電解ニッケルめっきによりニッケル皮膜を形成した。処理条件を表1に示す。得られたニッケル皮膜のリンの含有量は、6.5wt%であった。リンの含有量は、蛍光X線分析法により定量した。
【0033】
【表1】
【0034】
(実施例1)
黒色化処理剤を、酸化剤として3,5-ジニトロサリチル酸を10g/L、酸化促進剤としてチオ尿素を3g/L、pH緩衝剤としてリン酸三ナトリウムを10g/L、錯化剤としてEDTA・2Naを10g/L、均一化剤としてNaClを10g/L含む水溶液とした。pH調整剤として、NaOHを加えて、黒色化処理剤のpHは12.2に調整した。黒色化処理剤中にニッケル皮膜を形成したSPCC材を浸漬して黒色皮膜を製造した。処理温度は50℃で、処理時間は13分とした。得られた黒色皮膜のL値は6であり、干渉色は認められなかった。
【0035】
(実施例2)
酸化促進剤を2-メルカプトベンゾチアゾールとした以外は、実施例1と同様にした。得られた黒色皮膜のL値は6であり、干渉色は認められなかった。
【0036】
(実施例3)
酸化剤をo-ニトロフェノールとした以外は、実施例2と同様にした。得られた黒色皮膜のL値は7であり、干渉色は認められなかった。
【0037】
(実施例4)
酸化剤をm-ニトロベンゼンスルホン酸とした以外は、実施例2と同様にした。得られた黒色皮膜のL値は5であり、干渉色は認められなかった。
【0038】
(比較例1)
黒色化処理剤を、塩化第2鉄を100g/L、塩酸を200g/L含む水溶液として、実施例1と同様に処理した。得られた黒色皮膜のL値は35であり、干渉色は認められなかった。
【0039】
(比較例2)
酸化剤である芳香族ニトロ化合物を含まない黒色化処理剤を用いて、実施例1と同様に処理した。ニッケル皮膜を黒色化できなかった。
【0040】
(比較例3)
酸化促進剤である含イオウ有機化合物を含まない黒色化処理剤を用いて、実施例1と同様に処理した。ニッケル皮膜を黒色化できなかった。
【0041】
(比較例4)
pH調整剤によりpHを9.0に調整した黒色化処理剤を用いた以外は、実施例1と同様にした。ニッケル皮膜を黒色化できなかった。
【0042】
(比較例5)
処理温度を25℃とした以外は、実施例1と同様にした。ニッケル皮膜を黒色化できなかった。
【0043】
(比較例6)
処理温度を80℃とした以外は、実施例1と同様にした。得られた黒色皮膜のL値は13であり、干渉色が認められた。
【0044】
【表2】
【0045】
【表3】
【0046】
表2及び表3に各実施例及び比較例の条件及び結果をまとめて示す。表2に示すように、実施例1〜4で得られた黒色皮膜は、L値が10以下の黒味が強い黒色皮膜となっており、干渉色も認められず均一となった。
【0047】
表3に示すように、従来の強酸性の黒色化処理剤により黒色化した場合には、干渉色は認められなかったがL値が30程度であり、黒味が弱い皮膜となった。また、酸化剤及び酸化促進剤の一方を欠く場合には、黒色化が進行しなかった。また、pHが所定範囲よりも低い場合及び温度が所定範囲よりも低い場合にも黒色化が進行しなかった。温度が所定範囲よりも高い場合には、黒色化が生じたが、干渉色が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本開示の黒色化処理剤及び黒色化皮膜の製造方法は、明度が十分に小さい黒色皮膜を製造でき、光学部品及び装飾分部品等の製造において有用である。