(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6688106
(24)【登録日】2020年4月7日
(45)【発行日】2020年4月28日
(54)【発明の名称】とろろ加工食品用の加熱変性防止剤
(51)【国際特許分類】
A23L 19/10 20160101AFI20200421BHJP
【FI】
A23L19/10
【請求項の数】1
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2016-37724(P2016-37724)
(22)【出願日】2016年2月29日
(65)【公開番号】特開2017-153389(P2017-153389A)
(43)【公開日】2017年9月7日
【審査請求日】2019年2月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000118615
【氏名又は名称】伊那食品工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001612
【氏名又は名称】きさらぎ国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】江口 満美子
【審査官】
西村 亜希子
(56)【参考文献】
【文献】
特開2006−149284(JP,A)
【文献】
特開平04−036145(JP,A)
【文献】
特開平07−023707(JP,A)
【文献】
特開昭56−160960(JP,A)
【文献】
特開2013−106564(JP,A)
【文献】
特開平07−143858(JP,A)
【文献】
特開平01−179644(JP,A)
【文献】
特開平06−276999(JP,A)
【文献】
中国特許出願公開第105053240(CN,A)
【文献】
中国特許出願公開第104431860(CN,A)
【文献】
応用糖質科学,2011年,Vol.1,pp.238-243
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 19/10
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アラビアガム、大豆多糖類、プルラン、アラビノガラクタン及びグアーガム分解物からなる群より選択される1以上の多糖類を含有することを特徴とするとろろ加工食品用の加熱変性防止剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、とろろ加工品の製造方法及びとろろ加工品用の加熱変性防止剤並びにとろろ加工品に関する。
【背景技術】
【0002】
山芋はヤマノイモ科、ヤマノイモ属に属するつる性草木であり、地下茎や根茎を持つ植物である。わが国で使用される山芋には自然薯(ジネンジョウ)、山芋、大薯(ダイショ)の3種類があり、それぞれ種が異なる。山芋にはナガイモ、イチョウイモ、ヤマトイモも含まれる。
【0003】
山芋を摺りおろしたとろろは、強い粘性を有しており、そのまま食したり、製菓原料やそばのつなぎなど様々な食品に使用されたりしている。山芋(とろろ)の粘性成分は、マンナン重合体である多糖類とタンパク質の複合体(以後、「山芋粘質物」と記載することがある)であることが知られている。しかし、この山芋粘質物は、加熱に弱く、65℃以上の加熱で変性して粘度が低下してしまうことが知られている(非特許文献1)。このため、とろろをそのまま加熱すると、山芋粘質物が変性することにより、とろろ特有の糸引き性がなくなり、食感が著しく低下したものになってしまう。したがって、とろろを菓子や水産ねり製品の原料として利用することはあっても、加熱してとろろそのものの粘りのある状態を維持して食することはできなかった。一方、熱処理していないとろろは、土壌菌などが混入しており微生物の菌数が多く、加工食品においては使用するのが難しいなどの問題があった。
【0004】
ところで従来、とろろ素材の変性や劣化を防止する方法が種々提案されている。例えば、特開平4−36145号公報(特許文献1)には分岐型の多糖類を添加すること、特開平7−23707号公報(特許文献2)には特定の増粘剤、糖類及び糖アルコール類を添加することがそれぞれ開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平4−36145号公報
【特許文献2】特開平7−23707号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「ナガイモ粘質物の特性と機能性評価」 北海道立十勝園地域食品加工技術センター 平成20年度事業報告
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、これらの方法は冷凍保存による物性の低下防止効果は示されているものの、加熱による変性を防止するものではなかった。
【0008】
本発明は、従来の欠点を解消し、山芋粘質物の加熱による変性や劣化が防止され、加熱処理時及び加熱処理後においても糸引き性と食味が生の摺りおろし直後のとろろとほとんど変わらず、さらに微生物の菌数が低減されたとろろ加工品の製造方法及びとろろ加工品用の加熱変性防止剤並びにとろろ加工品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記問題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、アラビアガム、大豆多糖類、プルラン、アラビノガラクタン、グアーガム分解物から選ばれる1以上の多糖類を含有させることで、加熱時及び加熱後においても摺りおろし直後のとろろと同等の物性・食味のとろろ加工品が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明は、ヤマノイモ科ヤマノイモ属に属する山芋を摺りおろしてとろろ素材を作製する摺りおろし工程と、アラビアガム、大豆多糖類、プルラン、アラビノガラクタン及びグアーガム分解物からなる群より選択される1以上の多糖類を、全体量に対して0.01〜25重量%となるように添加してとろろ添加物とする添加工程と、該とろろ添加物を60℃〜125℃で加熱殺菌する加熱工程と、を備えることを特徴とするとろろ加工食品の製造方法である。
【0011】
また、本発明は、アラビアガム、大豆多糖類、プルラン、アラビノガラクタン及びグアーガム分解物からなる群より選択される1以上の多糖類を含有することを特徴とするとろろ加工食品用の加熱変性防止剤である。
【0012】
また、さらに、本発明は、上記のとろろ加工食品用の加熱変性防止剤と、ヤマノイモ科ヤマノイモ属に属する山芋が摺りおろされたとろろ素材と、を含有し、60℃〜125℃で加熱殺菌されたことを特徴とするとろろ加工食品である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、山芋の粘性物質の加熱による変性や劣化が防止されており、加熱時及び加熱後にも糸引き性と食味が生の摺りおろし直後の生のとろろとほとんど変わらず、微生物の菌数が低減された及びとろろ加工品用の加熱変性防止剤並びにとろろ加工品が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1.とろろ加工食品の製造方法
以下、本発明を詳細に説明する。本発明のとろろ加工食品の製造方法は、とろろ素材を作製する摺りおろし工程と、多糖類をとろろ素材に添加してとろろ添加物とする添加工程と、とろろ添加物を加熱殺菌する加熱工程と、を備える。
【0015】
(1)摺りおろし工程
摺りおろし工程は、ヤマノイモ科ヤマノイモ属に属する山芋を摺りおろしてとろろ素材を作製する工程である。山芋は、ヤマノイモ科ヤマノイモ属に属するつる性草木であり、地下茎や根茎を持つ植物である。わが国で使用される山芋には自然薯(ジネンジョウ)、山芋(ヤマノイモ)、大薯(ダイショ)の3種類があり、それぞれ種が異なるが、本発明の山芋としては上記のいずれであってもよい。山芋(ヤマノイモ)には、ナガイモ、イチョウイモ、ヤマトイモなども含まれる。
【0016】
山芋を摺りおろしてとろろ素材とするに際しては、前処理として、これら長芋・大和芋等の原料芋を水洗いした後、皮剥きを行う。さらに、必要に応じて水晒しを行い、適当な大きさに切断する。次に、前処理した山芋をチョッパー、コロイド・ミル、回転おろし刃、フードカッター等の装置を用いて摺りおろしてとろろ素材とする。
【0017】
(2)添加工程
次に、このようにして摺りおろされたとろろ素材に、アラビアガム、大豆多糖類、プルラン、アラビノガラクタン、グアーガム分解物から選ばれる少なくとも1以上の多糖類(本発明の「とろろ加工食品用の加熱変性防止剤」)を添加し、均一に溶解するまで混合する。添加混合するに際しては、継子にならないよう注意して少量ずつ添加することが必要である。なお、必要に応じて清水を加えてもかまわない。
【0018】
多糖類の添加量は、生成されるとろろ添加物の全体量に対し0.01〜25重量%であり、0.05〜20重量%が好ましく、0.1〜15重量%がより好ましい。多糖類の添加量が0.01重量%よりも少ないと、とろろ添加物を加熱した際の変性を十分に防止することが難しくなりやすい。一方、多糖類の添加量が25重量%より多いと、とろろ加工食品の糊状感が強くなって食味を損ないやすくなる。
【0019】
(3)加熱工程
次に、上述した工程で得られたとろろ添加物を加熱殺菌する。この加熱殺菌温度は、品温で60℃〜125℃であり、65℃〜110℃であることが好ましく、70〜100℃であることがより好ましい。加熱殺菌温度が60℃を下回ると、加熱が不十分で殺菌効果が弱く、とろろ加工食品に雑菌等が繁殖しやすくなる。一方、加熱殺菌温度が125℃を上回ると、とろろ素材中のタンパク質の変性が激しくなり、異臭等が生じやすくなる。とろろ添加物の加熱殺菌方法としては、一般的な加熱殺菌と同様に、袋や容器に密封した後、湯浴による熱水殺菌、雰囲気中での乾熱、レトルト加熱、マイクロ波加熱などの方法を使用することができる。
【0020】
とろろ添加物の加熱時間は、上述した加熱殺菌温度にもよるが、通常は1分〜3時間であり、10分〜2時間が好ましく、30分〜1時間がより好ましい。加熱時間が1分を下回ると、加熱殺菌が不十分になりやすく、3時間を上回ると、とろろ素材中のタンパク質の変性が激しくなりやすい。
【0021】
2.とろろ加工食品用の加熱変性防止剤及びとろろ加工食品
次に、本発明のとろろ加工食品用の加熱変性防止剤ととろろ加工食品について説明する。とろろ加工食品用の加熱変性防止剤は、上述したとおり、アラビアガム、大豆多糖類、プルラン、アラビノガラクタン及びグアーガム分解物からなる群より選択される1以上の多糖類である。
【0022】
また、本発明のとろろ加工食品は、上記のとろろ加工食品用の加熱変性防止剤と、ヤマノイモ科ヤマノイモ属に属する山芋が摺りおろされたとろろ素材と、を含有し、60℃〜125℃で加熱殺菌されたものである。このように、本発明のとろろ加工食品は、加熱変性性防止剤を含有するため、摺りおろし直後のとろろ素材と比較して加熱処理によっても糸引き性と食味がほとんど低下せず、糸引き性と食感が良好である。なお、本発明のとろろ加工食品は、上述したとろろ加工食品の製造方法と同様の方法で製造することができるため、ここでは製造方法の詳細についての記載は省略する。
【0023】
本発明のとろろ加工食品は、一般生菌数が5000個/g以下であることが好ましく、1000個/g以下であることがより好ましく、300個/g以下であることが特に好ましい。一般生菌数が5000個/gを上回ると、雑菌が繁殖しやすくなる。
【0024】
山芋粘質物は、多糖類とタンパク質が結合した複合体であるため、通常は65℃以上の加熱によりタンパク質が変性し粘性を失う。しかし、上述した多糖類(加熱変性防止剤)をとろろ素材に添加することにより、とろろ素材の加熱による変性を抑制することができる。そのメカニズムとしては、上記の多糖類は低粘度であることに起因すると推測される。すなわち、上記の多糖類が低粘度であるため水との親和性が強く、山芋粘質物との混合状態においてはより水と親和している状態になっている。また、多糖類は、山芋粘質物に含まれるタンパク質分子の周りを取り囲みやすい状態にもなっている。このため、タンパク質が加熱されても加水分解、イオウ結合、疎水結合による変性が起こりにくく、結果的に多糖類とタンパク質との複合体の変性が抑えられるのである。
【0025】
本発明のとろろ加工食品は、そのまま喫食することが可能であるが、必要に応じて冷凍保存や再加熱してもとろろ独特の粘性を維持している。再加熱の方法は、電子レンジによる加熱や袋に充填・密封した後の熱水中での加熱等、特に限定されるものではない。
【実施例】
【0026】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、これらは本発明の目的を限定するものではない。実施例中、特に規定しない限り%表示は重量%である。
【0027】
(とろろ加工食品用の加熱変性防止剤(多糖類))
下記の実施例及び比較例において用いた多糖類は以下のとおりである。
アラビアガム: A 伊那食品工業社製
大豆多糖類: SM−900 三栄源FFI社製
プルラン: PF−20 林原商事社製
アラビノガラクタン: 伊那食品工業社製
グアーガム分解物: サンファイバー 太陽化学社製
ゼラチン:イナゲル A−81P 伊那食品工業社製
デキストリン:パインデックス♯100 松谷化学社製
【0028】
〈山芋粘質物の加熱変性測定方法〉
山芋を摺りおろしたとろろ素材又は多糖類を添加し溶解したとろろ添加物を用意した。このサンプル(とろろ素材又はとろろ添加物)の50mLを遠心管に入れ、遠心分離(3000rpm、30分)したところ、下層にデンプンや繊維分などが沈殿し、上層に粘質液が得られた。この粘質液を10mLの試験管に入れ、ウォーターバス又はレトルト殺菌機を使用して加熱処理し、品温が目的温度、目的の経過時間になった時点で終了とし、加熱直後と20℃に冷却後の状態を確認した。山芋粘質物は多糖類とタンパク質の複合体であるため、そのタンパク質の特性により高温処理になるほど白色の沈殿が生じ、それに伴い山芋の糸引き性も失われる。このことから、加熱変性評価方法を下記のように設定した。なお、糸引き性はサンプルを薬匙で掬い上げ、そのときの糸引き性を官能的に評価した。官能検査の比較品としては加熱処理していないとろろ素材を使用して同様に作製した粘質液を使用した。
【0029】
◎:比較品と同様に白色沈殿が生じず糸引き性も同等であった。
○:比較品より極わずかに白色となり、糸引き性がやや劣る程度である。
△:白色沈殿が少量発生する。溶液の色も白色になる。糸引き性がわずかにある程度。
×:白色沈殿が多量発生する。溶液の色も白色になる。糸引き性がない。
【0030】
〈食味の評価方法〉
とろろ素材又はとろろ加工品に多糖類を添加して溶解したサンプルをナイロン/ポリエチレン製の袋に100gずつ充填・密封し、規定温度℃の熱水中で規定時間加熱した後、冷水中で冷却した。得られた加工品の食味を調べた。10人のパネラーが官能的に評価し、最も多い人数の評価を記載した。
◎:食味がよい。
○:◎より劣るが問題ない程度。
△:多糖類の味が気になり、食味が悪い。糊状感がある。
×:多糖類の味が強く、糊状感も強い。
【0031】
〔実施例1〜18、比較例1〜3〕
市販の長芋を洗浄・皮剥きし、変色等している部分を除去した後、摺りおろし機で摺りおろしてとろろ素材とした。次いでこのとろろ50部に表1〜3の配合量の割合で多糖類を添加し、残部を清水として合計量が100部となるように調製した。
【0032】
次に、このとろろ加工品について山芋粘質物の加熱変性測定方法に基づき、変性状態と糸引き性、及び食味を調べた。加熱温度及び時間は加熱変性測定及び食味評価共に品温85℃で60分とした。その結果を表1〜3に示した。なお、一般生菌数を測定したところ、摺りおろし機で摺りおろしたとろろ素材が15700個/gであったのに対し、加熱殺菌処理を行った実施例1〜18、比較例1〜3のとろろ加工品はいずれも210個/gと低減されていた。
【0033】
【表1】
【0034】
【表2】
【0035】
【表3】
【0036】
〔実施例19、比較例4〕
市販の長芋を洗浄・皮剥きし、変色等している部分を除去した後、摺りおろし機で摺りおろしてとろろ素材とした。次いで、このとろろ素材70部にアラビアガム3.0重量部を添加し、残部を清水として合計量が100部とし、65℃で30分間及び120℃で5分間加熱殺菌を行った。アラビアガムのみ添加しないものも同様にして作製し比較例とした。これらについて一般生菌数を測定したところ、摺りおろし機で摺りおろした状態のとろろ素材が39500個/gであったのに対し、65℃で30分間加熱殺菌を行ったとろろ加工品は3600個/gと低減され、120℃で5分間加熱殺菌を行ったとろろ加工品は80個/gに低減されていた。
【0037】
次いで、丼に炊飯米200gを入れ、その上に上記のとろろ加工品100gをのせることにより、実施例19(アラビアガムを3.0重量部添加したとろろ加工品を使用)及び比較例4(アラビアガムを添加していないとろろ加工品を使用)に係るとろろかけご飯を得た。
【0038】
実施例19及び比較例4に係るとろろかけご飯を電子レンジにて1000W、1分加熱し、その食味についてパネラー10人で官能検査を行った。その結果、10人全員が、比較例4に係るとろろかけご飯は、とろろ素材特有の粘りが失われていると感じたのに対し、実施例19に係るとろろかけご飯は、とろろ加工品が摺りおろした生のとろろ素材とほとんど変わらないように感じるという評価を得た。すなわち、アラビアガムを添加したとろろ加工品で作るとろろかけご飯は、コンビニエンスストア等で販売され、その後温めて食べるような場面においても、生のとろろ素材をかけたとろろかけご飯と同等の食味であることがわかる。