特許第6688561号(P6688561)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6688561-微生物抗原の回収法 図000006
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6688561
(24)【登録日】2020年4月8日
(45)【発行日】2020年4月28日
(54)【発明の名称】微生物抗原の回収法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/569 20060101AFI20200421BHJP
   G01N 33/543 20060101ALI20200421BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20200421BHJP
   C12N 1/00 20060101ALI20200421BHJP
   C12N 1/06 20060101ALI20200421BHJP
   C12Q 1/04 20060101ALI20200421BHJP
   G01N 33/531 20060101ALI20200421BHJP
【FI】
   G01N33/569 E
   G01N33/543 521
   G01N33/48 A
   C12N1/00 T
   C12N1/06
   C12Q1/04
   G01N33/531 A
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-92218(P2015-92218)
(22)【出願日】2015年4月28日
(65)【公開番号】特開2016-211853(P2016-211853A)
(43)【公開日】2016年12月15日
【審査請求日】2017年12月18日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】591125371
【氏名又は名称】デンカ生研株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 祐司
(72)【発明者】
【氏名】加藤 大介
【審査官】 三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2007/069673(WO,A1)
【文献】 特開2004−279113(JP,A)
【文献】 特開2003−189895(JP,A)
【文献】 特表平08−502413(JP,A)
【文献】 特開2000−014398(JP,A)
【文献】 特開2015−014618(JP,A)
【文献】 特許第3394539(JP,B2)
【文献】 特開2012−149896(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/081075(WO,A1)
【文献】 特開2003−215126(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/569
C12N 1/00
C12N 1/06
C12Q 1/04
G01N 33/48
G01N 33/531
G01N 33/543
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物を含む検体を微生物を通過させない孔径を有する濾過膜に通し、前記検体中の微生物を濾過膜上に捕捉し、微生物を捕捉した濾過膜に微生物の膜を破壊し得る微生物破壊試薬である界面活性剤とアルカリ性溶液の混合物を通すことにより捕捉した微生物を濾過膜上で破壊すると共に、ろ液中に抗原を回収し、ろ液中に回収した微生物の抗原を免疫学的測定法で測定することを含前記微生物がメチシリン耐性黄色ブドウ球菌であることを特徴とする、微生物の検出方法。
【請求項2】
アルカリ性溶液のpHが、11以上であることを特徴とする、請求項記載の微生物の検出方法。
【請求項3】
アルカリ性溶液が水酸化ナトリウム溶液である、請求項記載の微生物の検出方法。
【請求項4】
免疫学的測定法がイムノクロマト法である、請求項1〜のいずれか1項に記載の微生物の検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物に含まれる抗原を回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
敗血症などの感染症の場合、早期に適切な抗菌薬を投与することが患者の治癒や予後に大きな影響を与える。従来技術では、敗血症などの感染症に対する検査は以下のように行われている。
【0003】
細菌培養用液体培地約30mL〜100mLに採取した血液2〜10mLを接種し、30〜37℃で培養する。培地の濁度の変化、細菌による培地中のガス発生、pHの変化などを指標にして、細菌の増殖が確認されるまで1〜7日間観察を行う。菌の発育が確認された後、培養液を採取し、グラム染色とサブカルチャー(二次培養)を実施する。グラム染色により大まかな菌種の分類、および観察される菌が単一か、複数かを確認する。サブカルチャーで増殖した菌のコロニーが均一な場合は、血液中に存在した菌の種類を単一と仮定し、同定検査、感受性検査に供される。一方、グラム染色で複数の菌種が観察されたり、明らかに異なった形状のコロニーが増殖した場合は、それぞれのコロニーを釣菌し、単一形状のコロニーのみが発育するようになるまで培養を繰り返す。このように検体の採取から同定まで日数がかかってしまう。敗血症が疑われる患者の場合、早期の診断と適切な抗菌薬治療が予後に大きな影響を与えてしまう。そこで、より短時間に正確に菌の種類を同定する手法として、イムノクロマトグラフィー法のような免疫学的手法が用いられる(特許文献1を参照)。免疫学的手法を用いて細菌を同定する場合、目的とする細菌のタンパク質を、特異的に認識するイムノグロブリンを結合させる。結合したイムノグロブリンにあらかじめ、着色ラテックス粒子や蛍光物質を標識しておくことで、細菌の存在を認識することができる。そのため、純培養を行うことなく、血液培養から直接、菌を検出することが可能である。しかし、血液、培養液、喀痰、鼻水、糞便など細菌検査に用いられる検体中には、様々なタンパク質が含まれる。そのため、感度良く目的のタンパク質を見つけ出すためには、夾雑物を取り除く必要があり、遠心操作や固形培地上で培養することで菌を分離することによって夾雑物の除去が行われる。また、目的とする細菌のタンパク質が存在する場所やタンパク質の形状などによっては、熱処理や、溶液による細胞膜の破壊などの操作が必要となる。
【0004】
そのため、遠心機やヒートブロックなどの特別な機器が必要であったり、分離培養のように時間のかかる操作が必要であった。さらに、遠心操作の場合、上清を廃棄する際に、沈殿した菌を誤って吸ってしまう場合があり、菌数が少なくなり、正しい判定に影響を及ぼすこともあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2007/069673号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、特別な機器を用いることなく、容易に微生物が有する抗原を回収する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、病原性細菌等の微生物を容易に検出する方法について鋭意検討を行った。微生物は、その微生物が有する抗原を測定することにより検出が可能になるが、本発明者は、抗原を簡単に回収する方法について検討を行った。
【0008】
その結果、血液や培養液等の検体に含まれる微生物を、濾過膜に通すことで、膜上に捕捉し、次いで膜上に捕捉された細菌に界面活性剤等を含む溶液を流し処理することで、迅速に微生物を破壊し、抗原を容易に回収できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] 微生物を含む検体を微生物を通過させない孔径を有する濾過膜に通し、前記検体中の微生物を濾過膜上に捕捉し、微生物を捕捉した濾過膜に微生物の膜を破壊し得る微生物破壊試薬を通すことにより捕捉した微生物を濾過膜上で破壊し、ろ液中に抗原を回収することを含む、微生物の抗原を回収する方法。
[2] 微生物が細菌であることを特徴とする[1]の微生物の抗原を回収する方法。
[3] 微生物破壊試薬が界面活性剤、アルカリ性溶液、又は界面活性剤とアルカリ性溶液の混合物であることを特徴とする[1]の微生物の抗原を回収する方法。
[4] アルカリ性溶液のpHが、11以上であることを特徴とする、[3]の微生物の抗原を回収する方法。
[5] アルカリ性溶液が水酸化ナトリウム溶液である、[3]の微生物の抗原を回収する方法。
[6] [1]〜[5]のいずれかの方法で回収した微生物の抗原を免疫学的測定法で測定することを含む、微生物の検出方法。
[7] 免疫学的測定法がイムノクロマト法である、[6]の微生物の検出方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法により、細菌等の微生物を含む血液、培養液等の検体を濾過膜に通すことで、濾過膜上で微生物を捕捉し、検体中に含まれる微生物と夾雑物質を容易に分離することができる。さらに界面活性剤やアルカリ性溶液を含む微生物破壊試薬を濾過膜に通すことで、膜上に捕捉した微生物を破壊し、微生物が有する抗原を露出させ、容易に回収できるようにする。本発明の方法は、特別な機器を必要とせず、容易に微生物の抗原を回収を可能にする。回収した抗原を測定することにより、微生物の存在を検出することができ、微生物感染症の診断等を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の方法で回収した抗原の測定に用い得る検出装置の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
1.微生物の抗原の回収
本発明の方法により抗原を回収することができる微生物は何ら限定されるものではなく、細菌、藻類、原生生物、酵母やカビなどの真菌、粘菌等の真核生物が含まれる。これらの中でもヒトや非ヒト動物の感染症を引き起こす病原体微生物が望ましい。例えば、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)を含む黄色ブドウ球菌、病原大腸菌を含む大腸菌、サルモネラ菌、緑膿菌、コレラ菌、赤痢菌、炭疽菌、結核菌、ボツリヌス菌、破傷風菌、連鎖球菌、カンピロバクター、ウェルシュ菌、腸炎ビブリオ菌、クラミジア・トラコマティス、溶連菌、百日咳菌、ヘリコバクター・ピロリ、レプトスピラ、トレポネーマ・パリダム、ボレリア、等の細菌、カンジダ、白癬菌、アスペルギルス等が挙げられる。
【0013】
本発明の方法により微生物の存在を分析するための検体も限定されず、例えば、咽頭拭い液、鼻腔拭い液、鼻腔吸引液、便懸濁液、血漿、血清、尿、唾液、羊水、髄液、膿、臓器抽出液、各種組織抽出液等の生体試料、食品抽出液、培養上清、上水、下水、湖水、河川水、海水、土壌抽出液、汚泥抽出液等が挙げられる。この中でも、病原性微生物の検出という観点から、特に生体試料が好ましく、咽頭拭い液、鼻腔拭い液、鼻腔吸引液、鼻腔洗浄液、肺胞洗浄液、直腸拭い液又は便懸濁液等を好適に用いることができる。検体はヒト由来であっても、非ヒト動物由来であってもよい。また、上記検体中に含まれる微生物を培養した培養液も含まれる。検体はそのままで用いてもよいが、培養液等微生物が多すぎる検体や、検体の粘性が高い等の場合は、これらの検体を適宜生理食塩水や緩衝液に浮遊させて用いる。検体を浮遊させる液を検体浮遊用液といい、検体を検体浮遊用液に浮遊させた液を検体浮遊液という。検体が、全血等の血液を含む検体であれば、予め界面活性剤などを用いて赤血球を破壊し、完全に溶血させておくことが望ましい。赤血球を溶血させるには、界面活性剤、各種溶媒、低張液などを用いて検体を処理すればよい。
【0014】
本発明の方法においては、上記の検体を濾過膜に通すことにより、微生物を濾過膜上に捕捉する。ここで、捕捉とは微生物を濾過膜を通過させず、検体を通した後の濾過膜上に残すことをいう。この際、微生物を通過させない大きさの孔径を有する濾過膜を用いる。
【0015】
検出しようとする微生物が細菌の場合、孔径1.5μm以下、好ましくは1.2μm以下、さらに好ましくは0.8μm以下、さらに好ましくは孔径0.45μm以下の濾過膜、例えば、孔径0.1〜1.2μm、好ましくは0.22μm、0.45μm、0.8μm又は1.2μmの濾過膜を用いればよい。また、サイズの大きいカビ、酵母を検出しようとする場合は、孔径が0.5μmより大きい、例えば、0.8μmの濾過膜を用いればよい。濾過膜としては、例えば、上記の孔径を有する、セルロース混合エステル(MCE: Mixed cellulose esters)、ポリビニリデンフロライド(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、親水性PTFE、ポリエーテルスルフォン(PES)、親水性ポリエーテルスルホン(hydrophilic polyethersulfone)、親水性ポリプロピレン(GHP)、ナイロン(NYL)、セルロースアセテート(CA: cellulose acetate)、ポリスルフォン(PSF)、アクリル系共重合体(acrylic copolymer)、ポリアミド、ナイロン6,6、ポリエステル、ポリカーボネート、ニトロセルロース、ニトロセルロースとセルロースエステルの混合物等で作られた濾過膜を用いることができる。また、これらの濾過膜にプレフィルターとして、ホウケイ酸グラスファイバー(GF)や多層グラスファイバー(GxF)等のグラスファイバー製プレフィルターを組合わせて用いてもよい。例えば、ナイロン製濾過膜と多層グラスファイバー(GxF)製プレフィルターの組合せ、ポリエーテルスルフォン(PES)製濾過膜と多層グラスファイバー(GxF)製プレフィルターの組合せ、セルロースアセテート(CA)製濾過膜とホウケイ酸グラスファイバー(GF)製プレフィルターとの組合せ、ナイロン(NYL)製濾過膜とホウケイ酸グラスファイバー(GF)製プレフィルターとの組合せ等が挙げられる。
【0016】
濾過膜上に微生物を捕捉した後、捕捉した微生物を破壊し、微生物の抗原を露出させる。微生物の破壊は好ましくは微生物の細胞膜の破壊をいう。微生物の破壊により露出した抗原は、容易に回収することができる。ここで、微生物の抗原とは、タンパク質、脂質、多糖類等の抗体を作製し得る物質が挙げられる。これは、回収した抗原を抗原抗体反応を利用して検出することを意味する。具体的には、上記の微生物の構成成分、上記の微生物が産生する毒素、上記の細菌の細菌抗原等が挙げられる。例えば、MRSAのPBP2'(Penicillin Binding Protein 2')が挙げられる。
【0017】
捕捉した微生物の破壊は、微生物を界面活性剤を含むか、又はアルカリ性溶液である微生物破壊試薬で処理することにより行う。微生物破壊試薬は微生物の膜を破壊し得る。用いる界面活性剤は限定されないが、微生物の膜を可溶化し得る界面活性剤を好適に用いることができる。そのような界面活性剤として、Triton X-100(Tritonは登録商標)(ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル)、Triton X-114(ポリオキシエチレン(8)オクチルフェニルエーテル)、Triton X-405(ポリオキシエチレン(40)イソオクチルフェニルエーテル)、NP-40(Nonidet P-40)(ポリオキシエチレン(9)オクチルフェニルエーテル)等のポリオキシエチレンp-t-オクチルフェニルエーテル(Triton系界面活性剤);Tween 20(Tweenは登録商標)、Tween 40、Tween 60、Tween 80、Tween 65、Tween 85等のポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル(Tween系界面活性剤);Briji 35(Brijiは登録商標)(ポリオキシエチレン(23)ラウリルエーテル)等のポリオキシエチレンアルキルエーテル(Briji系界面活性剤);Dodecyl-β-D-maltose;Octyl-β-D-glucoside等の非イオン性界面活性剤やドデシル硫酸ナトリウム(SDS)等の陰イオン性界面活性剤や塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、ジデシルジメチルアンモニウム塩、ドデシルトリメチルアンモニウムクロリド等の陽イオン性界面活性剤やCHAPS(3-(3-cholamidepropyl)dimethylammonio-1-propanesulphonate)、塩化アルキルポリアミノエチルグリシン等の両性界面活性剤を用いることができる。好ましくはエーテル型界面活性剤(ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルアリルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコールなど)、エステル型界面活性剤(高級アルコール脂肪酸エステルなど)、エステルエーテル型界面活性剤(ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルなど)等の非イオン性界面活性剤、陰イオン性界面活性剤、両性界面活性剤であり、特に好ましくは非イオン性界面活性剤を用いる。界面活性剤は、0.2〜5%(w/w)、好ましくは0.5〜2%(w/w)の濃度で用いればよい。
【0018】
アルカリ性溶液は微生物の膜を破壊するのみならず、膜中のプロテインAを変性させることで、抗体に対する非特異反応を抑制することができる。アルカリ性溶液としては、pH11以上、好ましくは12以上、さらに好ましくは13以上の溶液を用いればよく、0.1M〜1.0Mの水酸化ナトリウム溶液、次亜塩素酸ナトリウム等を好適に用いることができる。
【0019】
界面活性剤とアルカリ性溶液は混合して用いてもよく、例えば1〜2%のTriton X-100等の界面活性剤を含む0.1〜0.5Mの水酸化ナトリウムを用いることができる。
【0020】
微生物破壊試薬による処理は、微生物を捕捉した濾過膜に界面活性剤又はアルカリ性溶液を通せばよい。すなわち、捕捉された微生物に微生物破壊試薬が接触するように、微生物破壊試薬を流せばよい。その後、濾過膜内に液が残った状態で、1〜20分間、好ましくは2〜10分静置してもよい。静置することにより微生物を確実に破壊することができる。例えば、濾過膜として、直径20〜40mmの濾過膜を用いた場合、検体又は検体浮遊液を1〜数mL濾過膜に通し、検体又は検体浮遊液中の微生物を濾過膜上に捕捉する。次いで、微生物破壊試薬を数mL〜数百mL濾過膜に通し、濾過膜上に捕捉された微生物を破壊すると共に、微生物の抗原を含むろ液を回収する。微生物破壊試薬がアルカリ性溶液である場合、中和するため、あるいは界面活性剤濃度を低くするために中性付近の緩衝液を数mL〜数百mL、好ましくは用いた微生物破壊試薬の10分の1〜3分の2容量添加する。回収したろ液に添加する液をろ液調整液といい、回収したろ液中の抗原を測定する方法の条件に適宜合わせた試薬を用いればよい。ろ液調整液としては、トリス塩酸緩衝液等の中性から酸性の緩衝液を用いればよい。回収したろ液には、微生物の抗原が含まれる。回収したろ液中の抗原を種々の方法で測定することができる。ろ液調整液は、微生物破壊試薬を通した濾過膜に通せばよい。ろ液調整液を濾過膜に通すことにより、微生物破壊試薬を中和し、あるいは界面活性剤濃度を低くしつつ、微生物の抗原を回収することができる。
【0021】
検体を浮遊させるための検体浮遊溶液、微生物破壊試薬、ろ液調整液を含めて微生物抗原抽出試薬セットと呼ぶ。
【0022】
2.回収した抗原の測定
回収した抗原の測定はいかなる方法で行うこともできるが、好ましくは測定しようとする抗原に特異的な抗体を用いて、抗原抗体反応を利用した免疫学的測定法により測定する。免疫学的測定法として、免疫染色法(蛍光抗体法、酵素抗体法、重金属標識抗体法、放射性同位元素標識抗体法を含む)、電気泳動法による分離と蛍光、酵素、放射性同位元素などによる検出方法とを組み合わせた方法(ウエスタンブロット法、蛍光二次元電気泳動法を含む)、酵素免疫測定吸着法(ELISA)、ドット・ブロッティング法、ラテックス凝集法(LA:Latex Agglutination-Turbidimetric Immunoassay)、イムノクロマト法等が挙げられる。好ましくは、イムノクロマト法又はELISA法により測定する。
【0023】
イムノクロマト法はイムノクロマトグラフィー検出装置を用いて行う。イムノクロマトグラフィー用検出装置をイムノクロマトグラフ法用試験片ともいう。該検出装置は、試験片からなるイムノクロマトグラフィー試験片であり、例えば図1に示されるように配置されて構成される。シート状の固相支持体上に検体を供給する検体供給部位1、および抗原に特異的に結合する抗体を標識した標識試薬を固相支持体上で展開可能に保持した標識試薬部位2、抗原と標識試薬の複合体を特異的に結合捕捉し得る捕捉試薬を固定化した捕捉試薬部位3を含む。検体供給部位1に検体を供給すると、検体は標識試薬部位2、捕捉試薬部位3の順に通過するように構成されている。
【0024】
本発明のイムノクロマトグラフィー検出装置はさらに対照部位に対照用試薬を含んでいてもよく、さらに吸収部位を含んでいてもよい。対照用試薬は限定されないが、例えば標識試薬中の抗体が結合する物質を用いることができる。対照用試薬は、捕捉試薬部位の下流に固定化すればよく、図1においては対照部位4が該当する。吸収部位は、捕捉試薬部位を通過した検体を吸収することにより、検体の流れを制御する液体吸収性を有する部位であり、検出装置の最下流に設ければよく、図1においては吸収部位6が該当する。吸収部位は例えば紙製のものをアブソーベントパッドとして用いればよい。
【0025】
本発明のイムノクロマトグラフィー検出装置において、検体供給部位は固相支持体の一端をそのまま使用しても良いが、固相支持体とは別の部材で構成することもできる。後者における検体供給部位は一旦検体あるいは検体と標識試薬の混合物を吸収し、次いで吸収した検体または混合物を固相支持体に供給するように、固相支持体と毛細流により溶液が展開移動可能となるように接触して配置される。固相支持体とは別の部材とは、例えばニトロセルロース、酢酸セルロース、ナイロン、ポリエーテルスルホン、ポリビニルアルコール、ポリエステル、ガラス繊維、ポリオレフィン、セルロース、ポリスチレン等の天然、合成ポリマー、あるいはこれらの混合物からなる部材を挙げることができるが、特に限定されない。
【0026】
本発明のイムノクロマトグラフィー検出装置において、標識試薬とは抗原に特異的に結合する抗体と適当な標識物質を結合させたコンジュゲートであり、標識物質として、金コロイド等の金属コロイド、セレニウムコロイド等の非金属コロイド、着色樹脂粒子等の不溶性の物質(不溶性担体)が挙げられる。一般的に標識試薬は固相支持体とは別の部材に含浸させて乾燥し、それを固相支持体と連続的に連結する位置に置く。または、標識試薬は固相支持体上に直接塗布し、乾燥しても構わない。検体が標識試薬を含む標識試薬部位に到達すると標識試薬は検体中に溶解され、固相支持体を展開し得る。すなわち、標識試薬は標識試薬部位に展開可能に保持されている。
【0027】
本発明のイムノクロマトグラフィー検出装置において、捕捉試薬とは抗原に特異的に結合する抗体であり、捕捉試薬部位は抗原と標識試薬の複合体を特異的に結合捕捉することができ、標識試薬−抗原−捕捉試薬複合体が形成される。複合体の存在は、捕捉試薬部位2における標識物質が形成したラインの色の濃さとして目視によるかあるいは測定装置によって検出することができる。一般的に捕捉試薬は固相支持体に直接塗布し乾燥させる方法で作成されるが、これに限定されず、固相支持体とは別の部材に含浸させて乾燥したものを固相支持体上におく方法で作成しても構わない。また、捕捉試薬の固相支持体への固定化は、吸着による方法に限らず、アミノ基、カルボキシル基等の官能基を利用して化学的に結合させる方法等、公知の方法で行えばよい。
【0028】
捕捉試薬として用いる抗体と標識試薬として用いる抗体は同じでもよいが、抗原中に該物質と結合する部位が一つしか存在しない場合は、標識試薬−抗原−捕捉試薬複合体が形成されない。従って、この場合捕捉試薬と標識試薬はそれぞれ抗原の異なる部位に結合する必要がある。
【0029】
固相支持体は毛管現象により試料検体が吸収され流動し得るものであれば、どのようなものであってもよい。例えば、支持体はニトロセルロース、酢酸セルロース、ナイロン、ポリエーテルスルホン、ポリビニルアルコール、ポリエステル、ガラス繊維、ポリオレフィン、セルロース、ポリスチレン等の天然、合成ポリマー、あるいはこれらの混合物からなる群から選択される。固相支持体は好ましくは短冊状のストリップの形状を有する。
【0030】
以下、具体的に、イムノクロマトグラフ法を利用した血液培養陽性検体からのPBP2’直接検出法について説明する。
【0031】
血液培養から分離される菌株のうち、4割程度がブドウ球菌である。ブドウ球菌の場合、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)などの抗生物質に耐性を持つ株が数多く出現している。敗血症の迅速で適正な治療のためには、耐性の有無を迅速に診断する必要がある。ブドウ球菌の薬剤耐性に関わるタンパク質としてPBP2’(Penicillin Binding Protein 2')が知られている。
【0032】
そこで、本発明では血液培養でブドウ球菌が陽性となった検体を直接試験することで、分離培養を経ることなくより短時間にPBP2’を検出する方法を提示する。
【0033】
敗血症の疑いのある患者から血液を採取し、バクテアラートなどの血液培養装置での培養を開始する。装置のアラートが鳴り、菌の増殖が確認された検体を1ml採取し、0.1M水酸化ナトリウムと1.5% Triton X-100の混合液1mlを加え、血球を速やかに破壊する。処理した検体を全量、菌体よりも目の細かい濾過膜に通す。濾過膜上に目的とする菌体が捕捉される。目的とするタンパク質であるPBP2’は、細菌の細胞膜上に存在するため、感度良く検出するために、菌体を破壊する必要がある。フィルターに0.2M水酸化ナトリウムと1.0% Triton X-100の混合液1mlを通し、5分静置することで、菌体を破壊し、PBP2’を露出させる。0.6Mトリス塩酸塩を含む中和液をフィルターに通し、PBP2’を含む濾液を、PBP2’を特異的に捕捉する抗体を固定化したメンブレンと、抗体を感作したラテックス粒子からなるイムノクロマトグラフィー法を原理としたテストストリップに滴下することで、短時間にPBP2’を検出することができる。
【実施例】
【0034】
以下に実施例を挙げて本発明を詳しく説明する。本発明はこれらの実施例にのみ限定されるものではない。
【0035】
実施例1 PBP2’測定用イムノクロマト法用試験片の作製
(1)抗体感作ラテックス粒子の調製および乾燥化
抗PBP2’モノクローナル抗体を常法によりペプシンで処理しF(ab’)2を得た。これを粒子径0.4μmのラテックス粒子に感作し結合させ、ポリスチレン不織布に噴霧した。次いで減圧装置内で1時間減圧乾燥し、乾燥ラテックス抗体パッドとした。使用時には4mm間隔で裁断し、標識試薬部位2として用いた。
【0036】
(2)PBP2’測定用イムノクロマト法用試験片の作製
ラテックス感作に用いた抗PBP2’モノクローナル抗体とは認識部位を異にする第二の抗PBP2’モノクローナル抗体を常法によりペプシンで処理しF(ab’)2を得た。これを0.075%CHAPSを含むクエン酸緩衝液(pH6)で希釈し、ニトロセルロースメンブレン(固相支持体5)に塗布し、充分に乾燥した(捕捉試薬部位3)。対照用試薬としてAnti-Mouse IgGsを同様にニトロセルロースメンブレンに塗布し、充分に乾燥した(対照部位4)。
【0037】
疎水性シート7上に捕捉試薬部位3および対照部位4を含む固相支持体5を配置し、標識試薬部位2、検体供給部位1としてガラス系繊維、吸収部位6として濾紙、を用いて任意の場所に配置し、PBP2’測定用イムノクロマト法用試験片を作製した。
イムノクロマト法用試験片の構造を図1に示す。
【0038】
実施例2 PBP2’抽出試薬の作製
検体浮遊用液として、0.1M水酸化ナトリウムと1.0% Triton X-100を混合した水溶液を調製した。
【0039】
R1試薬(微生物破壊試薬)として、0.2M水酸化ナトリウムと1.5%Tx−100を混合した水溶液を調製した。
R2試薬(ろ液調整液)として、0.6Mトリス塩酸塩水溶液(pH6.0±0.5)を調製した。
上記の検体浮遊溶液、R1試薬及びR2試薬を併せてPBP2’抽出試薬と呼ぶ。
【0040】
実施例3
濾過膜のサイズの検討
血液寒天培地にて培養したMRSAを生理食塩水に浮遊させ、1.0×10個に調整したものを検体とした。
1)検体1:検体浮遊液1になるように混合し、全量2mLとした。
2)全量2mLを濾過膜(材質:セルロースアセテート、孔径:0.45μm、直径:25mm)でろ過した。
3)2)の濾過膜にR1試薬を1000μLろ過し、濾過膜内に液を残し5分静置した。
4)3)の濾過膜にR2試薬を400μLろ過し、ろ液を回収した。
5)実施例1で作製したPBP2’試験片での検体供給部位に滴下し、10分後に判定した。判定結果を表1に示す。「++」は比較的強い陽性を示し、「+++」は強い陽性を示す。
【0041】
【表1】
PVDF: ポリビニリデンフロライド
acrylic copolymer: アクリル共重合体
【0042】
表1の結果は、孔径0.22〜1.2μmの濾過膜を用いた場合、いずれも本発明の方法でMRSAのPBP2’を検出することが可能であることを示す。特に、孔径0.22〜0.45μmの濾過膜を用いた場合が良好であった。
【0043】
実施例4
濾過膜の材質の検討
血液寒天培地にて培養したMRSAを生理食塩水に浮遊し、1.0×10個に調整したものを検体とした。
1)検体1:検体浮遊液1になるように混合し、全量2mLとした。
2)全量2mLを濾過膜(材質:セルロースアセテート、孔径:0.45μm、直径:25mm)でろ過した。
3)2)の濾過膜にR1試薬を1000μLろ過し、濾過膜内に液を残し5分静置した。
4)3)の濾過膜にR2試薬を400μLろ過し、ろ液を回収した。
5)実施例1で作製したPBP2’試験片での検体供給部位に滴下し、10分後に判定した。判定結果を表2に示す。「++」は比較的強い陽性を示し、「+++」は強い陽性を示す。
【0044】
【表2】
PVDF: ポリビニリデンフロライド
MCE: セルロース混合エステル
PES: ポリエーテルスルフォン
hydrophilic polyethersulfone: 親水性ポリエーテルスルホン
GHP: 親水性ポリプロピレン
NYL:ナイロン
CA:セルロースアセテート
GxF:多層グラスファイバー製プレフィルター
GF: ホウケイ酸グラスファイバー製プレフィルター
PTFE: ポリテトラフルオロエチレン
【0045】
表2の結果は、1〜13のいずれの濾過膜を用いた場合でも本発明の方法でMRSAのPBP2’を検出することが可能であることを示す。
【0046】
実施例5
界面活性剤の検討
血液寒天培地にて培養したMRSAを生理食塩水に浮遊し、1.0×10個に調整したものを検体とした。
1)検体1:検体浮遊液1になるように混合し、全量2mLとした。
2)全量2mLを濾過膜(材質:セルロースアセテート、孔径:0.45μm、直径:25mm)でろ過した。
3)2)の濾過膜にR1試薬を1000μLろ過し、濾過膜内に液を残し5分静置した。
4)3)の濾過膜にR2試薬を400μLろ過し、ろ液を回収した。
5)実施例1で作製したPBP2’試験片での検体供給部位に滴下し、10分後に判定した。判定結果を表3に示す。「++」は比較的強い陽性を示し、「+++」は強い陽性を示す。
【0047】
【表3】
エマルゲン106:ポリオキシエチレン(5)ラウリルエーテル
エマルゲンA500:ポリオキシエチレンジスチレン化フェニルエーテル
【0048】
表3の結果は、いずれの界面活性剤を用いた場合でも本発明の方法でMRSAのPBP2’を検出することが可能であることを示す。
【0049】
実施例6
従来技術との比較実験
本発明の濾過膜法と従来技術である遠心法と再現性について比較した。
検体はMRSA菌株を血液培地(馬脱繊維血1:液体培地4)で希釈した。
【0050】
1.遠心法
1)検体1:検体浮遊液3になるように混合し、全量2mLとした。
2)7000g、5min、室温で遠心した。
3)上清を捨て、R1試薬を200μL加えた。
4)R2試薬を100μL添加し、混合した。
5)実施例1で作製したPBP2’試験片での検体供給部位に滴下し、10分後に判定した。
【0051】
2.濾過膜法
1)検体1:検体浮遊液1になるように混合し、全量2mLとした。
2)全量2mLを濾過膜(材質:セルロースアセテート、孔径:0.45μm、直径:25mm)でろ過した。
3)2)の濾過膜にR1試薬を1000μLろ過し、濾過膜内に液を残し5分静置した。
4)3)の濾過膜にR2試薬を400μLろ過し、ろ液を回収した。
5)実施例1で作製したPBP2’試験片での検体供給部位に滴下し、10分後に判定した。
【0052】
遠心法と濾過膜法をA、B、Cの3名に3回実施してもらい判定結果の再現性を比較した。判定結果を表4に示す。「-」は陰性、「+」は陽性、「++」は比較的強い陽性、「+++」は強い陽性を示す。
【0053】
【表4】
【0054】
表4の結果は、本発明の濾過膜法は従来技術の遠心法よりも再現性が優れていることを示す。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明の方法により、病原性微生物の感染症や病原性微生物の存在を検出することができる。
【符号の説明】
【0056】
1 検体供給部位
2 標識試薬部位
3 捕捉試薬(キャプチャー抗体)部位
4 対照(コントロール)部位
5 固相支持体(ニトロセルロース膜)
6 吸収部位(アブソーベントパッド)
7 トップラミネートまたはハウジング
図1