【実施例】
【0019】
以下、図面を参照して本発明の好適な実施例について説明する。
【0020】
[基本原理]
まず、実施例による音量制御の基本原理について説明する。車室内で音声を再生した場合、車室内の各席では音圧レベルの高い帯域と低い帯域ができる。このため、車室内の左右2席、例えば運転席と助手席において、各帯域の音圧レベルを同時に補正することが求められる。
【0021】
この点、従来技術の手法では、複数のスピーカ、複数のマイクなどを利用した測定データに対して大規模解析を行って周波数特性を求め、得られた周波数特性に基づいて、特定の帯域にイコライザによる補正処理を施している。具体的には、周波数特性におけるピークを減衰させるように音圧レベルを補正している。しかし、車室の音場を測定して得られた周波数特性は車室の内壁及び車室内の構造物(シート、ステアリングなど)による多くの反射音を含んでおり、左右の2席における周波数特性は異なっている。このため、このようにして測定した周波数特性に基づく補正ではロバストな調整ができない。
【0022】
そこで、本発明の実施例では、車両の車内レイアウトに基づいて音圧レベルを補正すべき周波数帯域を決定する。一般的な車両においては、左右の2席はほぼ線対称に配置されており、左右のスピーカは2席に対して左右対称に設けられている。
図1は、一般的なセダン車の車内レイアウトの例を示す。仮に車両1が右ハンドル車であるとすると、運転席2aには運転者5が座り、助手席2bには同乗者6が座る。運転席2aの右側には右スピーカFRが設けられ、助手席の左側には左スピーカFLが設けられる。
【0023】
図1(A)に示すように、運転者5の聴取位置、即ち、運転席2aには、矢印Y1で示すように右スピーカFRからの音が到達するとともに、矢印Y2で示すように左スピーカFLからの音が到達する。ここで、2つのスピーカから出た音が運転席2aで同相となる帯域がある。この同相となる帯域は、2つのスピーカから運転席2aまでの距離、より詳しくは距離差によって決まる。左右のスピーカから出た音が同相となる帯域では、2つのスピーカからの音が強め合うため、音圧レベルは高くなる。
【0024】
図1(B)に示すように、この現象は助手席2bでも生じる。そして、一般的な車内レイアウトは左右対称であるため、2つのスピーカから出た音が運転席2aで同相となる周波数と、2つのスピーカから出た音が助手席2bで同相となる周波数とは一致する。よって、車内レイアウトに基づいて2つのスピーカから出た音が同相となる周波数を制御周波数と決定し、その制御周波数を中心とする一定幅の帯域を制御帯域とする。そして、制御帯域における音圧レベルを制御すれば、左右2席における音量を同時に制御することが可能となる。
【0025】
[音量制御装置]
(構成)
図2は、上記の基本原理に基づく音量制御装置の構成を概略的に示す。本実施例では、車両の左右2席に対してフロントドアに設けられた左右のスピーカから音声を出力する際に、各スピーカに供給される音声信号を特定の制御帯域で減衰させる。
【0026】
具体的に、
図2に示すように、音量制御装置10は、音源11と、イコライザ12と、制御部16と、入力部17とを備える。入力部17には、ユーザにより車内レイアウト情報、具体的には左右のスピーカFL、FRと左右2席との距離などが入力される。制御部16は、コンピュータなどにより構成され、入力部17に入力された車内レイアウト情報に基づいて後述するように制御帯域を決定し、イコライザ12に設定する。
【0027】
一方、音源11から出力される音声信号はイコライザ12に供給される。イコライザ12は、制御帯域において音声信号のレベルを減衰させ、減衰後の音声信号を左右のスピーカFL、FRにそれぞれ供給する。左右のスピーカFL、FRは、供給された音声信号を再生して音声を出力する。これにより、本実施例の音声制御装置10では、複雑な計算を行う必要なく、左右2席で聴取される音が共に大きい帯域において音量を低下させることができる。なお、制御部16は本発明における推定部の一例であり、イコライザ12は本発明における補正部の一例である。
【0028】
(制御帯域の決定方法)
次に、イコライザ12により音声信号を減衰させる帯域である制御帯域の決定方法について説明する。
図3は、車内レイアウトに基づいて制御帯域を決定する方法を説明する図である。制御周波数は、前述のように、2つのスピーカから出た直接音が運転席2a及び助手席2bで同相となる周波数である。なお、「直接音」とは、スピーカから直接に運転席2a及び助手席に到達する音であり、車室の内壁や車内の構造物による反射音を除外する意味である。
【0029】
いま、
図3に示すように、運転席2aを聴取位置とし、左スピーカFLから運転席2aまでの距離を「DL」とし、右スピーカFRから運転席2aまでの距離を「DR」とすると、制御周波数Fpは、
Fp=C/|DL−DR| (1)
で得られる。「C」は音速(344m/s)である。
【0030】
典型的な車両の例として、距離DL=1.4m、距離DR=1.1mとすると、制御周波数Fpは、
Fp=344/|1.4−1.1| ≒ 1150[Hz] (2)
となる。従って、約1150[Hz]を中心とする一定幅の帯域を制御帯域とし、この制御帯域にイコライザ処理を適用すれば、左右2席での音場を同時に制御することが可能となる。なお、車内レイアウトは左右対称であるため、助手席2bについて制御周波数Fpを算出しても同じ値となる。好適には、制御帯域は、制御周波数Fpを中心として±1/6オクターブの範囲に設定される。即ち、イコライザ12は、制御周波数Fpを中心周波数として、即ち1/3オクターブの帯域幅で音声信号を減衰するように設定される。
【0031】
次に、上記のように車内レイアウト、具体的には2つのスピーカと聴取位置との距離に基づいて制御帯域を決定する方法がなぜ有効であるかについて説明する。
図4は、上記の数値例(DL=1.4m、DR=1.1m)の車両において、運転席の右耳位置で測定した直接音の周波数特性を示す。即ち、この周波数特性は、車室内における反射音を含まない。図示のように、運転席における周波数特性では、600Hz付近にディップがあり、1000Hz付近に一定の幅でピークがある。ディップの部分は2つのスピーカからの音が逆相となって打ち消し合って生じたものであり、ピークの部分は2つのスピーカからの音が同相で強め合って生じたものである。上記の式(2)で算出した制御周波数は、1150Hzであり、
図4におけるピークの中心とほぼ一致している。このように、2つのスピーカと聴取位置との距離に基づいて制御帯域を決定することにより、反射音の影響を受けることなく、直接音のピーク、即ち、2つのスピーカからの音が同相で強め合う帯域の中心を制御周波数に決定することが可能となる。
【0032】
(効果)
次に、本実施例による効果を従来例と比較しつつ説明する。
図5は、補正前の車内音場で測定された周波数特性を示す。図中の実線のグラフは運転席(以下、「FR席」と呼ぶ。)の周波数特性を示し、破線のグラフは助手席(以下、「FL席」と呼ぶ。)の周波数特性を示す。これらの周波数特性は、
図1、2などに示す典型的なセダン車の車室内において測定したものであり、左右のスピーカFL、FRから左右2席に至る直接音のみならず、車室の内壁や構造物による反射音の成分も含んでいる。
【0033】
図6、7は、補正前の車内音場における周波数帯域別の音圧分布を示す。
図6はFL席の音圧分布を示し、
図7はFR席の音圧分布を示す。
図6、7は音圧レベルを濃淡で示しており、色が濃く暗い領域は音圧レベルが低く、色が薄く明るい領域は音圧レベルが高い。
【0034】
各周波数帯域の音圧分布は、各周波数を中心とする1/3オクターブ毎の音圧レベルの平均を示している。また、各音圧分布に含まれる矩形領域60は、聴取位置に座っている聴取者の顔の領域を示している。即ち、FL席の音圧分布における矩形領域60は助手席に座っている同乗者の顔の領域を示し、FR席の音圧分布における矩形領域60は運転席に座っている運転者の顔の領域を示している。
【0035】
補正前のFL席の音圧分布では、
図6の楕円72で示す1250〜1600Hzの帯域で音圧レベルの高い領域ができている。また、補正前のFR席の音圧分布では、
図7の楕円73で示す800〜1600Hzの帯域で音圧レベルの高い領域ができている。
【0036】
次に、従来例の手法について説明する。従来例の手法では、先に述べたように、複数のスピーカやマイクを用いて車内音場の周波数特性を測定し、周波数特性におけるピークの帯域にイコライザを入れて補正を行う。今回対象としている車内音場の周波数特性は
図5に示されるものであり、楕円71で示す帯域でFL席とFR席の特性がともにピークに近い値となっている。よって、従来例の手法では、楕円71で示す帯域、即ち1600Hz付近の帯域をイコライザで減衰させる。具体的には、従来では、
図8(A)に示すような特性のイコライザを適用する。
【0037】
図9、10は、従来例による補正後の車内音場における周波数帯域別の音圧分布を示す。
図9はFL席の音圧分布を示し、
図10はFR席の音圧分布を示す。
図6、7を参照して説明したように、補正前の音圧分布では、FL席については1250〜1600Hzの帯域で音圧レベルが高くなっており、FR席については800〜1600Hzの帯域で音圧レベルが高くなっていた。
【0038】
従来例による補正では、
図8(A)に示す特性のイコライザにより1600Hz付近の音圧レベルを低下させる。これにより、
図9に示すFL席の音圧分布においては楕円74で示す1250〜1600Hzの帯域で音圧レベルを低下させることができている。また、
図10に示すFR席の音圧分布においても、同様に楕円75に示す1250〜1600Hzの帯域で音圧レベルを低下させることができている。しかしながら、FR席については800〜1000Hzの帯域で、楕円76、77で示すように頭部の横付近に未だ音圧レベルの高い領域が残っている。即ち、従来例の手法では、一部の領域で音圧レベルを制御しきれていないことがわかる。これは、従来例の手法は、車内音場の周波数特性に基づいて制御帯域を決定しているため、周波数特性に含まれる反射音のピークなどの影響を受けて、制御帯域が本来制御すべき帯域からずれてしまっていることが原因と考えられる。
【0039】
次に、実施例の手法について説明する。実施例の手法では、前述のように車内レイアウト、即ち車室内における左右のスピーカFL、FRと、左右2席の聴取位置との距離に基づいて制御帯域を決定する。具体的には、式(2)に基づいて制御帯域を約1150Hzを中心とする帯域と決定し、
図8(B)に示すように1150Hz付近で音声信号を減衰させるイコライザを使用する。なお、
図8(B)に示す特性は、
図8(A)に示す特性と比較して、信号を減衰させる周波数帯域は異なるが、減衰幅及び減衰量は同一としている。
【0040】
図11、12は、実施例による補正後の車内音場における周波数帯域別の音圧分布を示す。
図11はFL席の音圧分布を示し、
図12はFR席の音圧分布を示す。実施例の手法では、
図11に示すFL席の音圧分布において、楕円78に示す1250〜1600Hzの帯域で音圧レベルを低下させることができている。また、
図12に示すFR席の音圧分布においても、楕円79に示す800〜1600Hzの帯域で音圧レベルを低下させることができている。即ち、FR席の音圧部分においても、800〜1600Hzの広い帯域で音圧レベルを低下させることができている。このように、実施例の手法では、車内レイアウトに基づいて2つのスピーカから出た音が同相となる帯域を制御帯域と決定し、その帯域における音圧レベルを制御するので、複雑な計算を必要とすることなく、広い帯域において左右2席における音量を同時に制御することが可能となる。
【0041】
なお、上記の例では、FL席及びFR席の聴取位置の中心点を評価点として音圧分布を評価しているが、その代わりに、FL席及びFR席に座った聴取者の左右の耳の位置における音圧レベルの和(両耳和)を用いて音圧分布を評価してもよい。
【0042】
(イコライザの構成例)
図13は、イコライザ12の構成例を示す。この例では、イコライザ12は、複数の周波数帯域毎に設けられたバンドパスフィルタ13及び増幅器14と、加算器15とを備える。音源11から入力された音声信号は、バンドバスフィルタ13により複数の帯域の信号に分割され、各帯域毎に対応する増幅器14に供給される。各増幅器14は、入力された信号を帯域毎に設定された増幅度で増幅して加算器15に出力する。例えば、イコライザ12の特性が
図8(B)のように設定される場合、1000Hzを中心とする制御帯域に対応する増幅器14は、入力信号を減衰するように設定される。加算器15は、各増幅器14から入力された信号を加算して左右のスピーカFL、FRに供給する。こうして、イコライザ12により制御帯域の音量が制御される。
【0043】
(音量制御処理)
図14は、音量制御装置10による音量制御処理のフローチャートである。この処理は、
図2に示す制御部16が、予め用意されたプログラムを実行することにより実現される。まず、制御部16は、ユーザが入力部17に入力した車内レイアウト情報を受け取る(ステップS10)。車内レイアウト情報は、例えば左スピーカFLから運転席2aまでの距離「DL」と右スピーカFRから運転席2aまでの距離「DR」である。次に、制御部16は、車内レイアウト情報に基づいて、上述の式(1)により、左右のスピーカからの音が左右2席で同相となる周波数、即ち、制御周波数Fpを算出する(ステップS11)。そして、制御部16は、算出された制御周波数Fpに基づいて一定幅の制御帯域を決定し、イコライザ12に入力する(ステップS12)。これにより、イコライザ12は、制御周波数Fpを中心とする制御帯域において音声信号を減衰させるように設定される。好適な例では、イコライザ12は、制御周波数Fpを中心周波数として、±1/6オクターブの範囲、即ち、1/3オクターブの帯域を制御帯域とし、この帯域で音声信号を減衰するように設定される。
【0044】
(応用例)
次に、上記の実施例の応用例について説明する。上記の実施例では、
図4に示すように1000Hz付近で音圧レベルのピークが生じるため、
図8(B)に例示する特性のイコライザ12によりその帯域の信号を減衰させている。ここで、
図4に示すように、600Hz付近の帯域では逆に音圧レベルのディップが生じている。従って、イコライザ12により、1000Hz付近を減衰させるのに加えて、600Hz付近のディップを補うために600Hz付近の信号を多少増幅することとしても良い。
【0045】
上記の実施例では、2つのスピーカからの音が左右2席で同相となる帯域を制御帯域として決定しているが、実際には2つのスピーカからの音が左右2席で同相となる帯域は複数存在する。例えば、1000Hzの帯域で2つのスピーカからの音が同相になる場合には、2000Hzでも同相になる。しかしながら、帯域が高域になると2つのスピーカからの音が作る干渉縞の幅が一般的な聴取者の頭の幅(通常、16cm程度)よりも小さくなるため、聴取者の聴感上は音圧レベルを制御する効果が1000Hzの帯域と比べて小さくなる。よって、所定周波数(例えば、2000Hz)以上の帯域では、2つのスピーカからの音が同相になったとしても、イコライザによる音圧レベルの制御は不要となる。
【0046】
[変形例]
上記の実施例では、音源11から出力された音声信号をそのままイコライザ12に供給しているが、音源からの出力信号の少なくとも一方を位相処理して出力するシステムも知られている。そのようなシステムにおいては、位相処理後に2つのスピーカから出力された音声信号が左右2席の聴取位置で同相となる周波数帯域を制御帯域として設定すればよい。