(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6690322
(24)【登録日】2020年4月13日
(45)【発行日】2020年4月28日
(54)【発明の名称】二酸化炭素還元用電極触媒、電極、装置および触媒固定方法
(51)【国際特許分類】
B01J 31/22 20060101AFI20200421BHJP
C25B 11/06 20060101ALN20200421BHJP
【FI】
B01J31/22 M
!C25B11/06 A
【請求項の数】12
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-48884(P2016-48884)
(22)【出願日】2016年3月11日
(65)【公開番号】特開2017-1013(P2017-1013A)
(43)【公開日】2017年1月5日
【審査請求日】2019年1月29日
(31)【優先権主張番号】特願2015-113640(P2015-113640)
(32)【優先日】2015年6月4日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】特許業務法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 雅和
(72)【発明者】
【氏名】北原 学
【審査官】
佐藤 慶明
(56)【参考文献】
【文献】
特開平04−013883(JP,A)
【文献】
特開2010−215603(JP,A)
【文献】
特開2003−260364(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2013/0105304(US,A1)
【文献】
特表2015−533944(JP,A)
【文献】
Inorganic Chemistry,米国,1988年,Vol.27,pp.1986-1990
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00 − 38/74
C25B 11/00 − 11/18
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
二酸化炭素の還元反応を生起する電極の表面に配置される二酸化炭素還元用電極触媒であって、
ニッケルサイクラム錯体と、ニッケルサイクラム錯体に導入することによりニッケルサイクラム錯体が水溶液中に溶解しなくなる疎水性カウンターアニオンと、
を含む、二酸化炭素還元用電極触媒。
【請求項2】
請求項1に記載の二酸化炭素還元用電極触媒であって、
前記疎水性カウンターアニオンは、“BPh4−”である、二酸化炭素還元用電極触媒。
【請求項3】
請求項1または2に記載の二酸化炭素還元用電極触媒であって、
前記ニッケルサイクラム錯体の上下に、中性分子であるアセトニトリル、テトラヒドロフラン、水のいずれかの二分子が配位結合している、二酸化炭素還元用電極触媒。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1つに記載の二酸化炭素還元用電極触媒が表面に配置されている電極である、二酸化炭素還元用電極。
【請求項5】
請求項4に記載の二酸化炭素還元用電極であって、
少なくとも表面部分がスズであり、このスズの表面上に前記二酸化炭素還元用電極触媒が配置されている、
二酸化炭素還元用電極。
【請求項6】
請求項5に記載の二酸化炭素還元用電極であって、
前記スズの表面が算術平均粗さRaが0.5μm以上の粗い表面である、二酸化炭素還元用電極。
【請求項7】
請求項6に記載の二酸化炭素還元用電極であって、
前記スズの表面の算術平均粗さRaは、1μm以下である、二酸化炭素還元用電極。
【請求項8】
請求項4〜7のいずれか1つに記載の二酸化炭素還元用電極である第1電極と、
前記第1電極と電気的に接続され酸化反応を生起する第2電極と、
前記第1電極と、前記第2電極を浸漬する、水を含む溶媒と、
を含む、二酸化炭素還元装置。
【請求項9】
ニッケルサイクラム錯体と、疎水性カウンターアニオンと、を混合有機溶剤に溶解させた溶液を、二酸化炭素還元用電極の表面へ接触させた後、
前記溶液から前記混合有機溶剤を蒸発除去し、
ニッケルサイクラム錯体と、ニッケルサイクラム錯体に導入することによりニッケルサイクラム錯体が水溶液中に溶解しなくなる疎水性カウンターアニオンを含む二酸化炭素還元用電極触媒を、二酸化炭素還元用電極の表面に固定する、触媒固定方法。
【請求項10】
請求項9に記載の触媒固定方法であって、
前記混合有機溶剤は、アセトニトリルとテトラヒドロフランを含む、
触媒固定方法。
【請求項11】
請求項4〜7のいずれか1つに記載の二酸化炭素還元用電極の製造方法であって、
電極基板を用意し、
前記電極基板上にスズを電析し、
前記電極基板上に電析されたスズの表面に前記二酸化炭素還元用電極触媒を配置する、
二酸化炭素還元用電極の製造方法。
【請求項12】
請求項11に記載の二酸化炭素還元用電極の製造方法であって、
請求項9または10に記載の触媒固定方法によって、前記電極基板上に電析されたスズの表面に前記二酸化炭素還元用電極触媒を配置する、
二酸化炭素還元用電極の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は二酸化炭素還元反応のための二酸化炭素還元用電極触媒および二酸化炭素還元用電極触媒を電極に固定するための触媒固定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
二酸化炭素の還元については、従来より多くの提案がある。しかしながら、これを実用的なレベルで行うためには、さらなる改良が求められている。
【0003】
特許文献1では、電気化学的に二酸化炭素を還元する際に、触媒としてニッケルサイクラム錯体を用いるもので、脂肪族炭化水素残基C
nH
2n+1を配位子構造に導入することで、ニッケルサイクラム錯体の機能を向上している。
【0004】
特許文献2では、キレート状の配位子を有する錯体を利用し、有機溶媒(アセトニトリル)中で二酸化炭素ガスの電解還元を行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平4−013883号
【特許文献2】特開2013−193056
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1では、反応環境としては、触媒が溶液中に分散しており(溶液分散型)、電極表面へ触媒が固定されていないため、反応効率が錯体の電極面への接触確率に依存する。そのため、反応効率を考えた環境としては最良とは考えにくく、実際の測定例でも触媒電流値は数十μA単位程度である。
【0007】
また、特許文献2も、特許文献1と同様、反応環境が溶液分散型であるため、反応効率が電極面への接触確率に依存しており、触媒電流値は数十μA単位程度である。また、反応溶液に有機溶媒を使用しているため、実環境への応用には工夫が必要と考えられる。さらに、反応過電圧の点では、貴金属(Ir)では低過電圧を達成しているが、卑金属(Cr,Mn,Fe)では、高い過電圧と反応性が問題となる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、二酸化炭素の還元反応を生起する電極の表面に配置される二酸化炭素還元用電極触媒であって、ニッケルサイクラム錯体と、
ニッケルサイクラム錯体に導入することによりニッケルサイクラム錯体が水溶液中に溶解しなくなる疎水性カウンターアニオンと、を含む。
【0009】
前記疎水性カウンターアニオンは、“BPh
4−”であることが好適である。
【0010】
前記ニッケルサイクラム錯体の上下に、中性分子であるアセトニトリル、テトラヒドロフラン、水のいずれかの二分子が配位結合していることが好適である。
【0011】
本発明に係る二酸化炭素還元用電極は、上述した二酸化炭素還元用電極触媒が表面に配置されている電極である。
【0012】
また、二酸化炭素還元用電極は、少なくとも表面部分がスズであり、このスズの表面上に前記二酸化炭素還元用電極触媒が配置されていることが好適である。
【0013】
また、前記スズの表面が算術平均粗さRaが0.5μm以上の粗い表面であることが好適である。
【0014】
また、前記スズの表面の算術平均粗さRaは、1μm以下であることが好適である。
【0015】
本発明に係る二酸化炭素還元装置は、上述の二酸化炭素還元用電極である第1電極と、前記第1電極と電気的に接続され酸化反応を生起する第2電極と、前記第1電極と、前記第2電極を浸漬する、水を含む溶媒と、を含むことが好適である。
【0016】
また、本発明に係る触媒の固定方法は、ニッケルサイクラム錯体と、疎水性カウンターアニオンと、を混合有機溶剤に溶解させた溶液を、二酸化炭素還元用電極の表面へ接触させた後、前記溶液から前記混合有機溶剤を蒸発除去し、ニッケルサイクラム錯体と、
ニッケルサイクラム錯体に導入することによりニッケルサイクラム錯体が水溶液中に溶解しなくなる疎水性カウンターアニオンを含む二酸化炭素還元用電極触媒を、二酸化炭素還元用電極の表面に固定することを特徴とする。
【0017】
また、前記混合有機溶剤は、アセトニトリルとテトラヒドロフランを含むことが好適である。
【0018】
また、本発明に係る二酸化炭素還元用電極の製造方法は、電極基板を用意し、前記電極基板上にスズを電析し、前記電極基板上に電析されたスズの表面に前記二酸化炭素還元用電極触媒を配置することを特徴とする。
【0019】
この場合、上述した触媒固定方法によって、前記電極基板上に電析されたスズの表面に前記二酸化炭素還元用電極触媒を配置することが好適である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】二酸化炭素還元装置の概略構成を示す模式図である。
【
図3】疎水性カウンターアニオン(BPh
4−)を有するニッケルサイクラム錯体の構成を説明する図である。
【
図4】ニッケルサイクラム錯体の結晶解析結果を示す図である。
【
図5】二酸化炭素還元用電極触媒の固定工程を示す説明図である。
【
図6】二酸化炭素電解還元反応における電気化学測定結果を示すグラフである。
【
図7】二酸化炭素電解還元反応電流値の増加量を示すグラフである。
【
図8】実施形態の電極触媒と既知錯体[Ni(cyclam)]Cl
2を固定した電極触媒比較を示すグラフである。
【
図10】電解液pHの違いによる電解還元電流値比較を示すグラフである。
【
図11】電解液pHの違いによる電解還元反応電流増加量比較を示すグラフである。
【
図14】スズ電析層の半定量的質量比率を示す図である。
【
図15】スズ電析層の光学干渉を利用した表面形状測定結果を示す図である。
【
図16】スズ平板の光学干渉を利用した表面形状測定結果を示す図である。
【
図17】スズ電析層およびスズ平板の還元電流を示す図である。
【
図18】スズ電析層およびスズ平板の還元電流増加量を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態について、図面に基づいて説明する。なお、本発明は、ここに記載される実施形態に限定されるものではない。
【0022】
「基本構成」
図1には、本実施形態に係る二酸化炭素還元用電極触媒を用いる電解装置(二酸化炭素還元装置)の模式図を示す。電解槽10には、電解質、二酸化炭素ガスが溶解された水溶液が貯留され、水溶液中に一対の電極(陰極)12、電極(陽極)14が浸漬される。そして、電極12,14間は直流電源16を介し接続される。電極12にはマイナス電圧が印加され、電極14にはプラス電圧が印加される。電極12の表面に二酸化炭素還元用電極触媒18が配置されている。なお、電極12側の部屋と、電極14側の部屋は、イオン交換膜などで仕切るとよい。
【0023】
このような構成によって、電極12において還元反応が生起され、電極14において酸化反応が生起される。例えば、電極14において、H
2OがO
2ガスに酸化され、H
+が得られる。一方、電極12では、CO
2が還元され、CO、HCOOH、CH
4などが得られる。特に、電極12の表面には、二酸化炭素還元用電極触媒18が配置されているので、ここにおける二酸化炭素還元反応が促進される。
【0024】
「二酸化炭素還元用電極触媒」
ここで、二酸化炭素還元用電極触媒18は、二酸化炭素ガスを水溶液中で電解還元するための電極触媒で、ニッケルサイクラム錯体中心にカウンターアニオンとして疎水性アニオン種(BPh
4−,PF
6−,SbF
6−など)を有する。
【0025】
ニッケルサイクラム錯体へ疎水性カウンターアニオンを導入することで、水溶液中でも電極表面に固定することが可能になる。すなわち、水溶液中においても基本的に溶解せず、安定な状態を維持する。
【0026】
従って、従来の溶液分散型の反応系と比較すると、電極表面において反応する錯体分子が高密度に配置されるために、二酸化炭素の還元反応について大幅な効率の向上が確認された。
【0027】
また、二酸化炭素還元用電極触媒18の電極12の表面への固定は、適切な有機溶媒にニッケルサイクラム錯体を溶解させ、これを電極12の表面に塗布した後、有機溶媒を蒸発させればよいので、非常に簡単である。そのため、電極12の材質、形状を選ばず、幅広い応用も期待できる。
【0028】
「具体例」
以下に具体的な実施形態とその作用および効果について記す。実験に用いる装置としては、
図2に示すように、電極12,14の他に参照電極20を設け、ポテンショスタット22により、電極12の電位を参照電極20の電位に対し掃引し、その際の電流量を計測した。
【0029】
(i)疎水性カウンターアニオンを有するニッケルサイクラム錯体:
この錯体は、1.4.8.11−tetraazacyclotetradecaneを配位子として有し、中心金属にニッケル、電荷を合わせるイオンとして、疎水性カウンターアニオン(テトラフェニルホウ酸イオン,BPh
4−)を有する金属錯体である。なお、ニッケルサイクラム錯体に、溶媒として用いた物質が結合していることも好適である。すなわち、ニッケルサイクラム錯体の上下に、アセトニトリル、テトラヒドロフラン、水などの中性分子が二分子配位結合していてもよい。
【0030】
図3に、疎水性カウンターアニオンとして、BPh
4−を有するものについての模式図を示す。そして、実際に作製した錯体についての有機元素分析結果(実測値)と、計算値(理論値)を表1に示す。このように、
図3の組成から得た理論値と、実際の物質の分析値は良い一致を示した。
【0032】
また、単結晶構造解析結果を
図4に示す。なお、
図4では、対称心の関係上、疎水性カウンターアニオン「BP
4−」は1つのみ表示している。これからも疎水性カウンターアニオンの存在を確認できた。解析後の結晶データについて、表2に示す。
【0034】
疎水性カウンターアニオンの選定としては、前記BPh
4−以外にもヘキサフルオロリン酸(PF
6−)やヘキサフルオロアンチモン酸(SbF
6−)のような疎水性官能基を含むものが望ましい。
【0035】
(ii)電極:
電極12にはスズ平板(Sn基材)を使用した。電極材料にはスズ、亜鉛、水銀、グラッシーカーボンなど水素過電圧の高いものが望ましい。
【0036】
(iii)電極上への固定方法:
電極上への二酸化炭素還元用電極触媒の固定工程および電極12の概観のイメージについて、
図5に示す。
【0037】
まず、混合比率50%(v/v):50%(v/v)の割合で混合したアセトニトリル−テトラヒドロフラン(有機溶媒)に上記(i)のニッケルサイクラム錯体を溶解させ、50mmol/Lに調整した。上記(ii)の電極12の表面に滴下し、薄膜を形成させた。その後、大気中常温で自然乾燥させた。
【0038】
(iv)電気化学測定:
電解液は0.1M KCl aq (pH4.0)を使用した。作用極として、(iii)で作製した電極12を使用し、参照極(Ref.)はAg/AgCl、対極は白金線を使用した。掃引速度は100mV/secに設定した。窒素で十分に脱気した後、自然電位から−1.6V(vsRef.)、そこから−0.5V(vsRef.)まで掃引するサイクリックボルタムメトリー(CV)を5サイクル実施した。その後、二酸化炭素ガスを飽和状態になるまで導入し、再度上記の条件でCVを行った。窒素雰囲気下における検出電流値と二酸化炭素雰囲気下における検出電流値を比較することで二酸化炭素還元反応の検討を実施した。以下、詳細な検討内容について記す。
【0039】
<水溶液中(pH4.0)における二酸化炭素ガスの電解還元反応>
スズ平板表面に(i)に記載のニッケルサイクラム錯体を固定し、電気化学測定を実施した。その結果を
図6−7に示す。
図6は、(iii)の触媒があるものと、触媒がないもの(No catalyst)について、窒素雰囲気(N
2)と、二酸化炭素雰囲気(CO
2)のそれぞれにおいて、電流値を検出した結果を示すものである。
図7は電流の増加量を示したものである。
【0040】
窒素雰囲気下では、−1.1V(vsSHE)より水素発生による電流が観測された。そこに二酸化炭素ガスを導入すると、二酸化炭素還元反応由来の電流値増加が−0.93V(vsSHE)より観測され、二酸化炭素分子の拡散律速によるピークを確認した。また二酸化炭素還元触媒電流値のピークは2.5mA・cm
−2であった。
【0041】
<水溶性既知錯体[Ni(cyclam)]Cl
2との比較>
(iii)に記載の固定方法と同様に既知錯体[Ni(cyclam)]Cl
2を溶解させた溶液を準備した(前記既知錯体についてはJean−Pierre Sauvage et. al.,J. Am. Chem. Soc., 1986, 108, 7461を参照)。このとき、前記既知錯体は(iii)に記載の溶媒に不溶なため、純水を加えた。混合比率は40%(v/v):40%(v/v):20%(v/v)でアセトニトリル−テトラヒドロフラン−純水である。
【0042】
二酸化炭素電解還元反応試験の比較検討結果を
図8−9に示す。
図8は、本実施形態の触媒(Counter anion=“BPh
4−”)と、既知錯体(Counter anion=“Cl
−”)を用い、二酸化炭素雰囲気で掃引し場合の電流を示し、
図9は電流増加量を示している。
【0043】
このように、既知錯体は二酸化炭素ガスを導入しても、触媒電流値の増加は確認されなかった。これは、電解液に浸漬させた際、電極に固定した前記既知錯体が溶出したため、極低濃度で分散し電極表面での反応に寄与できなかったためであると推察される。
【0044】
<塩基性条件における反応性と反応機構の推定>
塩基性(pH11.0)条件下で同様の電解還元反応試験を実施し、酸性(pH4.0)条件時との比較を行った。その結果を
図10−11に示す。
図10は電流値、
図11は電流増加量を示している。
【0045】
酸性条件下において二酸化炭素還元反応に由来の触媒電流値の増大を確認した。これは二酸化炭素還元反応において水素イオンの付加による脱水過程があるためである。従って、本実施形態における反応機構は、文献(Shengfa Ye et. al., Inorg. Chem., 2014, 53, 7500)にある反応機構と同様に、ニッケルサイクラム錯体を中心とする二酸化炭素還元反応であると推定される。
【0046】
「実施形態の効果」
本実施形態では、水溶液中において二酸化炭素ガスを還元するための電極触媒を提供する。反応選択性の高い二酸化炭素還元触媒であり、卑金属であるニッケルを含むニッケルサイクラム錯体に疎水性カウンターアニオンを導入することで、水溶液中でも電極に保持可能となる。すなわち、疎水性カウンターアニオンを導入することで、ニッケルサイクラム錯体の溶解性を制御し、水への溶解を完全に抑制することができるため、電極表面へ触媒が固定される。これにより、従来の溶液分散型としての利用より少ない量で同等以上の機能を発現させることができ、卑金属を使用しているためコスト的にも有利である。
【0047】
また、固定方法として、塗着(物理的固定)法を採用しているため、非常に簡単に電極表面への触媒固定が可能になり、電極の材質を選ばないので、幅広い応用が可能になる。
【0048】
特に、ニッケルサイクラム錯体を混合有機溶媒に溶解させることで、塗着後の乾燥工程で粉末化させることなく保持・固定することができる。これは、選定した有機溶剤が錯体と強固に溶媒和し、錯体間の溶媒分子が揮発離散し難くなるためである。これにより、電極−錯体間の密着性および電子移動性が確保され、抵抗過電圧の上昇を抑制することができる。
【0049】
<二酸化炭素還元用電極>
二酸化炭素の還元反応が生起される電極12(陰極)には、上述のようにスズ平板(Sn基材)を用い、このスズ平板上に二酸化炭素還元用電極触媒を固定した。
【0050】
ここで、二酸化炭素の還元反応をより効率的に行うために、電極12の構成について、検討した。すなわち、上述した二酸化炭素還元用電極触媒を金属の電極12の表面に固定した二酸化炭素還元用電極の性能を向上することを目的として、電極12の構造を検討した。電極12の表面に微細な粗さを付与することで二酸化炭素還元反応の効率が上昇することを見い出した。電極12の表面粗さは、算術平均粗さRaとして、0.5μm以上であることが好ましいことがわかった。また、算術平均粗さが1.2μm以上であると、二酸化炭素還元用電極触媒を固定する際に、触媒に亀裂が入り好ましくない。特に、上述のような材質であって、亜鉛基板上にスズ層を電析で形成した場合、算術平均粗さRaが、0.7〜0.9μmの範囲で、特に好ましい性能が得られることがわかった。
【0051】
「電極12の構成」
まず、金属製の電極12について説明する。この例では亜鉛平板を基材として用い、この基材上にスズ電析層を成膜した。
【0052】
硫酸スズ(SnSO
4)を主成分とし、添加剤として、ゼラチン,2−ナフトール,o−クレゾール−4−スルホン酸水溶液を含むスズ電析浴内に、亜鉛平板を陰極として浸漬し、電流密度0.1A/cm
2程度の電流密度で、亜鉛平板上にスズ電析層を成膜した。これによって算術平均粗さRaが、0.7〜0.9μm程度のスズ電析層が成膜された。
【0053】
図12a)〜12c)に電子顕微鏡写真(SEM像)を示す。a)は×500、b)は×1000、c)は×2000であり、中心位置を順次拡大したものである。SEMにおける加速電圧は15kV、電流値は10nAである。
【0054】
このように、SEM像から、スズ電析層表面に微細な凹凸構造が確認された。
【0055】
図13,14に、スズ電析層の成分分析結果を示す。
図13は、スズ電析層表面のX線強度比の比較結果であり、これによればスズSnが97.01%、その他が1.22%であった。また、その他の物質は、炭素C:0.70%、亜鉛Zn:0.42、酸素O0.10%であった。
図14は、スズ電析層表面の半定量的質量比率の比較結果であり、これによればスズSnが98.32%、その他が1.68%であった。また、その他の物質は、炭素C:0.76%、亜鉛Zn:0.38、酸素O0.54%であった。
【0056】
このように、スズ電析層は97−98%がスズで構成されており、表面に微細な凹凸が形成されたスズ層といえる。
【0057】
図15,16には、光学干渉を利用した、スズ電析層とスズ平板の表面形状の測定結果を示す。
図15のスズ電析層では、最低面から平均して20−25μm程度の凹凸が部分的に観察された。最低面から最高部まで56μm程度であった。
図16のスズ平板では、表面の凸凹さは平均して±0.5μm以内であり、比較的平滑な平面形状であった。
【0058】
図15,16において、上下の中央部に点線で示す、各点において算術平均粗さを測定した。その結果を表3に示す。測定試料は同じ試料の別ロットのもの5つであり、それぞれ5点別箇所における算術平均粗さを測定した。スズ電析層を「電析基材」、スズ平板を「従来基材」と表記してある。
【0060】
このように、スズ平板では、算術平均粗さRa=0.1〜0.2μm程度であったのに対し、スズ電析層では、算術平均粗さRa=0.7〜0.9μm程度であった。
【0061】
「二酸化炭素還元性能」
図17,18に、上述のスズ平板、スズ電析層からなる電極12の表面上に、二酸化炭素還元用電極触媒18を形成した場合の二酸化炭素還元性能を示す。電解液0.1MKClaq(pH4.0)、二酸化炭素雰囲気、カウンターアニオンとしてBPh
4−を有するニッケルサイクラム錯体を二酸化炭素還元用電極触媒として用いた。
【0062】
図17は、
図6,8,10に示したのと同様に、電圧を掃引した際の電流密度を示した図である。
図17における破線はスズ平板を用いたもので、
図6,8,10における実線に対応する結果である。
【0063】
図18はスズ電析層を用いた場合であり、スズ平板の電極で観測したピーク電流値2.5mA・cm
−2に比べ大きな観測値3.2mA・cm
−2が得られた。このようなピーク電流の増加は、電極面積の向上による有効反応面積の増加に起因すると考えられる。
【0064】
「その他の構成」
上述の例では、亜鉛基材上に、スズを電析して、表面に微細な凸凹を形成した。基材は、亜鉛に限らず、他の金属でもよい。また、微細な凹凸は、必ずしも電析で形成する必要はなく、他の方法によってもよい。例えば、スズ平板を酸でエッチングしたり、陽極酸化によって表面からスズを溶出させたり、表面を物理的に研磨したり、することによって表面を粗くして、微細な凸凹を形成してもよい。
【符号の説明】
【0065】
10 電解槽、12,14 電極、16 直流電源、18 二酸化炭素還元用電極触媒、20 参照電極、22 ポテンショスタット。