(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
自動車のエンジン、燃料噴射装置などの内燃機関に使用される弁ばねおよびクラッチばねを含む、ばね類は、ばね用鋼線をコイリングすることによって製造される。
ばね用鋼線は、一般に以下のようにして製造される。まず、ビレットなどの鋼片を加熱し、熱間にて粗圧延および仕上圧延を施して所定の線径まで減面加工した後、コイル状に巻き取り圧延鋼線材を得る。
次いで、得られた圧延鋼線材に皮削り加工を行い、皮削り加工により生じた表面の加工層除去のための焼鈍処理またはパテンティング処理を行なうか、または、当該圧延鋼線材に皮削り加工を行わずに、そのまま焼鈍処理またはパテンティング処理を行なう。次に、表面に潤滑処理を施して所定の線径まで冷間で伸線加工した後、必要に応じて表面に形成される潤滑皮膜を電解酸洗または熱処理などで除去する。
その後、上記鋼線材(伸線材)をオーステナイト域まで加熱(焼入れ加熱)して保持し、焼入れ焼戻し処理してばね用鋼線を得る。このようにして得られたばね用鋼線をコイリングマシンでばね形状にコイリング加工し、必要に応じて座研磨等の加工およびショットピーニング処理等の表面処理を行うことにより、ばねを得ることができる。また、コイリング加工時に、ばね用鋼線の表面に潤滑処理が施される場合もある。
【0003】
上記のようにして得られるばね用鋼線では、焼入れ焼戻し時に形成される鉄酸化物スケールが加工性(コイリング性)を確保するのに重要な役割を果たす。すなわち、ばね用鋼線をコイリングする際、コイリング治具(コイリングピン)とばね用鋼線が直接接触すると、コイリングの進行に伴ってコイリングピンの温度が上昇し、摩擦のためにばね用鋼線の表面に焼付きが生じるようになる。焼付きの発生は、ばね用鋼線の表面にツールマークと呼ばれる疵の形成およびばね自由長ばらつきなどのコイリング不良を招き、製造されるばねの品質に悪影響を及ぼす。
【0004】
上記焼付きの発生を抑制するためには、ばね用鋼線とコイリングピンとの間に潤滑剤を適用することが考えられる。しかしながら、弁ばねやクラッチばねなどのように高い加工精度と高強度が要求されるばね類の製造過程では安定した潤滑性能が求められるため、潤滑油等の有機物を用いた一般的な潤滑処理のみでは十分な潤滑性能を付与することができない。
そこで、鉄酸化物スケールを適切に残存させることによって、潤滑性を有する鉄酸化物スケールをコイリングピンとばね用鋼線の地鉄部分(コア部を形成している金属(鋼)部分)との間に介在させ、コイリングピンとばね用鋼線の地鉄部分との接触を抑制してコイリング性能を向上させる技術が用いられている。
【0005】
このように鉄酸化物スケールを用いて、コイリング性を向上させるためには、コイリングに伴う、曲げ応力がばね用鋼線表面に付与されてもある程度の量の鉄酸化物スケールが残存するように、地鉄部分と酸化物スケールの密着性が高いことが重要であると考えられている。従来から鉄酸化物スケールの組成と密着性の関係が検討されており、鉄酸化物スケール中のFe
3O
4(マグネタイト)が地鉄部分との密着性に優れることが報告されている。
例えば非特許文献1には、鉄酸化物スケール中のFe
3O
4の比率が高ければ高い程、鉄酸化物スケールの密着性が良好になることが開示されている。
また、特許文献1には、Fe
3O
4を主成分として、脆くて剥離し易いFeO(ウスタイト)を10%以下に抑制することでスケール剥離量を大幅に抑制できることが開示されている。
特許文献2には、Fe
3O
4の占める割合を80体積%に制御して剥離しにくい酸化皮膜を有し、ばね成形性などを高める方法が開示されている。
特許文献3には、Fe
3O
4を50体積%以上およびFe
2O
3(ヘマタイト)を20体積%以上含有する酸化皮膜を設けることにより、良好な伸線性を得る技術が開示されている。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。
1.鋼線
本発明の鋼線は高い強度、とりわけ高い疲労強度を得ること目的に、金属組織を焼戻しマルテンサイトにするために焼入れ焼戻し処理を行う。焼入れ焼戻し処理、とりわけ焼入れのための加熱時に鋼線表面に鉄酸化物スケールから成るスケール層が形成される。従って、本発明の鋼線は、金属(鋼)より成るコア部とコア部の表面に形成されたスケール層を含む。通常は、本発明の鋼線は、コア部とスケール層から成る。
【0017】
詳細を後述する本願の鋼線のコア部の組成を有する鋼線(伸線材)を焼入れ焼戻し処理した後に表面に形成されているスケール層には、おおむね、表面から順に、Fe
2SiO
4(ファイアライト)、FeO(ウスタイト)、Fe
3O
4(マグネタイト)およびFe
2O
3(ヘマタイト)の酸化物が形成されている。Fe
2SiO
4およびFeOは、競合して鋼線表面に形成されることが多い。コア部の組成によっては、これら以外の酸化物(例えば、(Fe,Mn)Oなどの酸化物)が製造過程で不可避的に含まれることもあるが、これらは極めて少量であり、そのような酸化物は通常、例えば3体積%以下である。すなわち、通常、Fe
2SiO
4、FeO、Fe
3O
4およびFe
2O
3がスケール層の大半(例えば97体積%以上)を占めていることから、これらの4つの鉄酸化物スケールに着目することによりスケール層の特性を把握できる。
【0018】
本発明者らは、上記構造からなる鉄酸化物スケールがコイリング性に及ぼす影響を、実機コイリングマシンを用いて詳細に検討した。その結果、従来の引張試験結果に基づいて好ましいと報告されていたFe
3O
4の比率と実際のコイリング試験によるコイリング性評価結果との間には、必ずしも明確な相関は認められないことが判明した。具体的には、スケール層中のFe
3O
4の比率が高くても必ずしも良好なコイリング性は発揮されず、逆にコイリング性が低下する場合があることが明らかになった。
【0019】
更に上記の実験結果より、以下の新たな知見を得た。まず、スケール層中のFe
3O
4の比率が高くてもコイリング中に鉄酸化物スケールが剥離して焼付きが発生することが分かった。更に、たとえスケール層を構成する鉄酸化物スケールの組成が適切に制御されていても当該スケール層の厚さが所定範囲を超えて厚くなると、鉄酸化物スケールの剥離が顕著になってコイリング中に焼付きが発生することも分かった。一方、鉄酸化物スケールの厚さが一定値より低い場合、鉄酸化物スケールが剥離しなくても、コイリングピンに疵が発生してツールマークが発生することも分かった。
【0020】
これらの知見に基づいて、本発明者らは更に検討を行なった。その結果、良好なコイリング性を確保するためには、従来のように単にFe
3O
4の比率を高めるだけでは不十分で、FeOを一定量の範囲で生成させると共にFe
2O
3を所定量以下に抑制することが有効であることを見いだした。更に、コイリング性向上のためには、スケール層の厚さを所定の範囲内に制御する必要があることも見出した。スケール層を上記の状態とすることによって、コイリング中に鋼線表面に一定量の鉄酸化物スケールが残存して、優れた潤滑性能が発揮されることが判明した。本発明は、これらの知見を総合的に勘案して完成された発明である。
【0021】
このように本発明は、鋼線表面のスケール層の組成および厚さを以下のように制御した点に特徴がある。
・スケール層の組成:FeOとFe
2O
3とFe
3O
4とFe
2SiO
4の合計量に対する(すなわち、FeOとFe
2O
3とFe
3O
4とFe
2SiO
4の合計を100体積%とした場合)FeOの比率が1体積%以上、30体積%以下であり、Fe
2O
3の比率が0体積%超、15体積%以下である。
・表面スケール層の平均厚さが0.3〜1.0μmである。
以下、各要件について詳述する。
【0022】
1−1.スケール層の組成
本発明に係る鋼線では、脆くて剥離し易いなどの理由により、従来はその量を抑制していたスケール層中のFeOをFeOとFe
2O
3とFe
3O
4とFe
2SiO
4の合計量に対する比率を1体積%以上、30体積%以下となるように含有させ積極的に活用すると共に、Fe
2O
3についてはFeOとFe
2O
3とFe
3O
4とFe
2SiO
4の合計量に対する比率を0体積%超、15体積%以下に制御した点に特徴がある。
【0023】
すなわち、良好なコイリング性を発揮させるためには、スケール層中のFeOとFe
2O
3の比率を適切に制御することが極めて重要である。このうちFeOは主に鉄酸化物スケールの密着性向上に、Fe
2O
3は主に鉄酸化物スケールの剥離性に大きな影響を及ぼす。上記要件を満足する限り、Fe
3O
4の比率は特に限定されない。
本明細書において、各酸化物の体積比率は、上述のようにスケール層に含まれるFeO、Fe
2O
3、Fe
3O
4、およびFe
2SiO
4の合計量を100体積%としたときの値である。スケール層には、上記酸化物の他、(Fe,Mn)Oなどの酸化物が製造過程で不可避的に含まれることもあるが、これらの生成量は極めて僅かであるため、スケール組成を適正化する際に考慮する必要が無いことも上述した通りである。
【0024】
FeOとFe
2O
3とFe
3O
4とFe
2SiO
4の合計量に対するFeOの比率を1体積%以上、30体積%以下とする理由を説明する。FeOは鉄(コア部)と鉄酸化物スケール(スケール層)界面の密着性を改善することができる。すなわち、FeOはFeと諸特性が近く、また、Fe
3O
4との親和性も高いため、スケール生成およびコイリング時に変形に対しての緩衝機能を果たすことができる。この機能はFeOがコア部(地鉄)およびFe
3O
4に対して、一定量存在する場合に十分に発現させることができる。FeOが1体積%未満の場合、FeとFeOあるいはFeOとFe
3O
4の変形に対する緩衝機能を十分に発揮させることができず、鉄酸化物スケールの密着性が不足し、容易に剥離してしまい、コイリングピンと鋼線表面が接触し易くなり、焼付きが生じる。FeOの比率は、好ましくはFeOとFe
2O
3とFe
3O
4とFe
2SiO
4の合計量に対して2体積%以上、より好ましくは3体積%以上である。
【0025】
一方、FeOが30体積%を超えると、FeO中にポーラスなどの欠陥が存在するようになり、それら欠陥を起点として鉄酸化物スケールが破壊、剥離し易くなり、その結果、コイリングピンが金属接触を起こすようになり、ツールマークが発生する。FeOの比率は、好ましくはFeOとFe
2O
3とFe
3O
4とFe
2SiO
4の合計量に対して20体積%以下、より好ましくは10体積%以下である。
【0026】
鉄酸化物スケール中に占めるFe
2O
3の比率は、FeOとFe
2O
3とFe
3O
4とFe
2SiO
4の合計量に対して0体積%超、15体積%以下である。Fe
2O
3が15体積%を超えると、鉄酸化物スケールに割れが発生し易くなり、剥離する鉄酸化物スケールのサイズが大きくなるため、潤滑性能が有効に発揮されない。Fe
2O
3の比率は小さければ小さい程良く、好ましくはFeOとFe
2O
3とFe
3O
4とFe
2SiO
4の合計量に対して13体積%以下、より好ましくは10体積%以下である。なお、Fe
2O
3は鉄酸化物スケールの最外層に存在している。最外層では、Fe
3O
4は酸素と直接接触し、容易にFe
2O
3に変化(高次化)するため、0体積%にすることは不可能である。
【0027】
本発明のスケール層の組成は上記のとおり、FeOとFe
2O
3とFe
3O
4とFe
2SiO
4の合計量に対するFeOとFe
2O
3の比率を規定している。
残りの成分であるFe
3O
4とFe
2SiO
4のうちFe
2SiO
4の生成は、焼入れ時の加熱温度やその保持時間によって大きく影響される。例えば加熱温度が約900℃以上と高い場合、保持時間によってFe
2SiO
4は生成され易くなるが、後述する本発明に係る製造方法における加熱保持条件ではFe
2SiO
4の生成量は極めて少ない。そのため、主な残部成分はFe
3O
4である。
また、Fe
3O
4は、鉄酸化物スケールの密着性に大きな影響を与えるFeOと、鉄酸化物スケールの剥離性に大きな影響を与えるFe
2O
3との中間に存在するため、上述のFeOとFe
2O
3の比率を満足する限り、Fe
3O
4の比率を更に制御する必要はない。
【0028】
なお、FeOとFe
2O
3とFe
3O
4とFe
2SiO
4の合計量に対するFeOおよびFe
2O
3の比率は、詳細を後述する実施例に示すようにX線回折法により求めることができる。すなわち、FeOの(200)ピークと、Fe
2O
3の(012)、(104)ピークと、Fe
3O
4の(220)、(400)ピークと、Fe
2SiO
4の(031)ピークのピーク強度の積分比から求めることができる。
【0029】
1−2.スケール層の平均厚さ
本発明の鋼線におけるスケール層の平均厚さは0.3〜1.0μmである。この範囲に制御することによって鉄酸化物スケールはコイリング時に潤滑剤として有効に機能して、良好なコイリング性が確保される。
スケール層の平均厚さが0.3μm未満になると、鉄酸化物スケールの剥離量が不十分となり、残存する鉄酸化物スケールよってコイリングピンに疵が付き、その疵が鋼線に転写されてツールマークが発生する。スケール層の平均厚さは、好ましくは0.4μm以上、より好ましくは0.5μm以上である。一方、スケール層の平均厚さが2.0μmを超えると、鉄酸化物スケールの内部応力が増加して鉄酸化物スケールが割れ易くなり、剥離する鉄酸化物スケール片のサイズが大きくなるため、潤滑性能が有効に発揮されない。スケール層の平均厚さは、好ましくは0.9μm以下、より好ましくは0.8μm以下である。
【0030】
スケール層の平均厚さは、樹脂に埋め込んだばね用鋼線の横断面を観察することで求めることができる。横断面において、代表的な厚さとなっていると思われ部分を測定できるように、ばね用鋼線の外周部から概ね等間隔(例えば、72°毎)に選択した5箇所のスケール層の厚さを走査型電子顕微鏡で測定し、測定値の平均値を算出することで求めることができる。
【0031】
1−3.コア部の組成
本発明に係る鋼線のコア部の成分は、ばね用鋼線に通常用いられるものであれば特に限定されず、これにより、ばね用鋼線に要求される基本的な特性(強度(疲労強度を含む)、靭性、耐へたり性など)を得ることができる。具体的には、C、Si、Mn、P、S、Crを基本成分として含み、Cu、Ni、Mo、Ti、NbおよびVから選択される1つ以上を選択成分として含むことができる。また、残部はFeおよび不可避不純物である。以下、各成分の限定理由を説明する。
【0032】
(1)C:0.3〜0.7質量%
Cは、鋼材の強度、並びにばねの疲労強度および耐へたり性を確保するために有用な元素である。Cの含有量が少ないと必要な引張強度が確保できず、更に疲労強度および耐へたり性が低下するため、Cの含有量を0.3質量%以上とする。Cの含有量は、好ましくは0.35質量%以上であり、より好ましくは0.4質量%以上である。一方、Cが過剰になると粗大なセメンタイトが多量に析出し、延性や靱性などが低下してばね特性に悪影響を与えるため、Cの含有量を0.7質量%以下とする。Cの含有量は、好ましくは0.68質量%以下であり、より好ましくは0.65質量%以下である。
【0033】
(2)Si:1.5〜2.5質量%
Siは、ばね用鋼線の耐へたり性を確保するために必要な元素である。また製鋼時の脱酸剤としても有用な元素である。これらの効果を有効に発揮させるためには、Siの含有量を1.5質量%以上とする。Siの含有量は、好ましくは1.6質量%以上、より好ましくは1.7質量%以上である。しかしながら、Siの含有量が過剰になると、材料を硬化させて冷間加工性を低下させるため、Siの含有量を2.5質量%以下とする。Si含有量は、好ましくは2.3質量%以下、より好ましくは2.1質量%以下である。
【0034】
(3)Mn:0.2〜0.8質量%
Mnは、鋼材の焼入れ性を高めてばねの強度や靭性の向上に寄与する元素である。このような効果を有効に発揮させるためには、Mnの含有量を0.2質量%以上とする。Mnの含有量は、好ましくは0.25質量%以上であり、より好ましくは0.3質量%以上である。しかしながら、Mn含有量が過剰になると、焼入れ性が過度に向上するため、圧延時にマルテンサイト、ベイナイトなどの過冷組織が生成して靭性を低下させるため、Mnの含有量を0.8質量%以下とする。Mnの含有量は、好ましくは0.75質量%以下であり、より好ましくは0.7質量%以下である。
【0035】
(4)P:0質量%超、0.05質量%以下
Pは不可避不純物であり、できるだけ少ないほうが好ましい。特にPは、結晶粒界に偏析し易い元素であり、靱性を低下させ、加工性を低下させる場合があるため、Pの含有量を0.05質量%以下とする。Pの含有量は、好ましくは0.04質量%以下であり、より好ましくは0.03質量%以下である。Pの含有量は少ない程良いが、工業的に0.001質量%未満とすることは困難であるため、好ましくは概ね、0.001質量%以上である。
【0036】
(5)S:0質量%超、0.05質量%以下
Sは不可避不純物であり、できるだけ少ないほうが好ましい。特にSは硫化物系介在物MnSを形成し、熱間加工時に偏析することで鋼材を脆化させる場合があるため、Sの含有量を0.05質量%以下とする。Sの含有量は、好ましくは0.04質量%以下であり、より好ましくは0.03質量%以下である。Sの含有量は少ない程良いが、工業的に0.001質量%未満とすることは困難であるため、好ましくは概ね、0.001質量%以上である。
【0037】
(6)Cr:0.6〜2質量%
Crは、圧延後および焼入れ焼戻し処理を含む熱処理後の強度を向上させるために有用な元素である。このような効果を有効に発揮させるためには、Crの含有量を0.6質量%以上とする。Crの含有量は、好ましくは0.7質量%以上であり、より好ましくは0.8質量%以上である。しかしながら、Crの含有量が過剰になると、焼入れ性が過度に向上するため、圧延時にマルテンサイト、ベイナイトなどの過冷組織が生成し、延性が著しく低下するため、Crの含有量を2質量%以下とする。Crの含有量は、好ましくは1.9質量%以下であり、より好ましくは1.8質量%以下である。
【0038】
(7)残部
本発明のばね用鋼線は上記成分を含み、残部:鉄および不可避的不純物である。
なお、例えば、PおよびSのように、通常、含有量が少ないほど好ましく、従って不可避不純物であるが、その組成範囲について上記のように別途規定している元素がある。このため、本明細書において、残部を構成する「不可避不純物」という場合は、別途その組成範囲が規定されている元素を除いた概念である。
本発明では、更に以下の選択成分を含有してよい。
【0039】
(8)Cu:0質量%超、0.50質量%以下、Ni:0質量%超、1質量%以下、およびMo:0質量%超、1質量%以下よりなる群から選ばれる1種類以上
これらの選択成分は鋼線の強度を高めるのに有用な元素である。これらは単独で含有してもよいし、二種以上を併用してもよい。好ましい含有量は以下のとおりである。
【0040】
Cu:0質量%超、0.50質量%以下
Cuは、鋼線の強度を高めるのに有用な元素である。こうした効果を発揮させるため、Cuの好ましい含有量は0質量%超である。Cuの含有量は、より好ましくは0.05質量%以上、更に好ましくは0.1質量%以上、更により好ましくは0.2質量%以上である。一方、Cuの含有量が過剰になると、高温(1356K)で液相となり、熱間圧延での変形中にオーステナイト結晶粒界に偏析して表面割れを発生させるため、Cuの含有量は0.5質量%以下であることが好ましい。Cuの含有量は、より好ましくは0.4質量%以下であり、更に好ましくは0.3質量%以下である。
【0041】
Ni:0質量%超、1質量%以下
Niは、鋼線の強度および靱性を高めるのに有用な元素である。こうした効果を発揮させるためには、Niの好ましい含有量は0質量%超である。Niの含有量は、より好ましくは0.05質量%以上、更に好ましくは0.1質量%以上、更により好ましくは0.2質量%以上である。一方、Niの含有量が過剰になると、鋼線表面に不均一に濃化し、鋼線表面の凹凸が大きくなって表面性状を悪化させるため、Niの含有量は1質量%以下であることが好ましい。Niの含有量は、より好ましくは0.9質量%以下であり、更に好ましくは0.8質量%以下である。
【0042】
Mo:0質量%超、1質量%以下
Moは、鋼線の強度および靱性を高めるのに有用な元素である。こうした効果を発揮させるためには、Moの好ましい含有量は0質量%超である。Moの含有量は、より好ましくは0.05質量%以上、更に好ましくは0.08質量%以上、更により好ましくは0.10質量%以上である。一方、Mo含有量が過剰になると、延性の低下により、ばね加工性やばね特性に悪影響を与えるため、Moの含有量は1質量%以下であることが好ましい。Moの含有量は、より好ましくは0.8質量%以下、更に好ましくは0.5質量%以下である。
【0043】
(9)Ti:0質量%超、0.1質量%以下、Nb:0質量%超、0.5質量%以下、およびV:0質量%超、1質量%以下よりなる群から選ばれる1種類以上
これらの選択成分は鋼線の靱性向上に有用な元素である。これらは単独で含有しても良いし、二種以上を併用しても良い。好ましい含有量は以下のとおりである。
【0044】
Ti:0質量%超、0.1質量%以下
Tiは、炭窒化物を形成して結晶粒を微細化することによって、鋼線の靱性向上に寄与する元素である。このような効果を有効に発揮させるためには、Tiの含有量は0質量%超であることが好ましい。Tiの含有量は、より好ましくは0.02質量%以上、更に好ましくは0.03質量%以上である。一方、Tiの含有量が過剰になると鋼線の靭性を低下させるため、Tiの含有量は0.1質量%以下であることが好ましい。Tiの含有量は、より好ましくは0.08質量%以下であり、更に好ましくは0.05質量%以下である。
【0045】
Nb:0質量%超、0.5質量%以下
Nbは、炭窒化物を形成して結晶粒を微細化することによって、鋼線の靱性向上に寄与する元素である。このような効果を有効に発揮させるためには、Nbの含有量は0質量%超であることが好ましい。Nbの含有量は、より好ましくは0.02質量%以上、更に好ましくは0.04質量%以上、更により好ましくは0.06質量%以上である。一方で、Nbの含有量が過剰になると、コストが増加するだけでなく、降伏点(降伏比)を上昇させて加工性を劣化させるため、Nbの含有量は0.5質量%以下であることが好ましい。Nbの含有量は、より好ましくは0.4質量%以下であり、更に好ましくは0.3質量%以下である。
【0046】
V:0質量%超、1質量%以下
Vは、炭窒化物を形成して結晶粒を微細化することによって、鋼線の靱性向上に寄与する元素である。このような効果を有効に発揮させるためには、Vの含有量は、0質量%超であることが好ましい。Vの含有量は、より好ましくは0.02質量%以上、更に好ましくは0.04質量%以上、更により好ましくは0.06質量%以上である。一方、Vの含有量が過剰になると、コストが増加するだけでなく、降伏点(降伏比)を上昇させて加工性を劣化させるため、Vの含有量は1質量%以下であることが好ましい。Vの含有量は、より好ましくは0.8質量%以下であり、更に好ましくは0.6質量%以下である。
【0047】
コア部の成分は、鋼線の表面からスケール層を除去し、例えばICP発光分光分析法のような組成分析に一般的に用いられる方法を用いて求めることができる。また、配合に用いた原料組成が明らかな場合は、原料組成および用いた量から計算した値を用いてよい。
鋼線材から鋼線を得るための工程は既知の一般的な製造方法を用いてよい。ばね用鋼では鋼線材(圧延線材)の表面近傍の脱炭層、疵等を取除く目的で皮削りを行い、その後、皮削りにより表面部に生じた加工層を軟化させるために軟化焼鈍処理またはパテンティング等の熱処理を行う。そして、さらに所望の線径に引抜き加工(伸線)し、その後焼入れ焼戻し処理を施して鋼線を得る。
なお、ばねの用途、使用条件に応じて、皮削り、および軟化焼鈍処理またはパテンティング等の熱処理は省略してよい。
【0048】
2.鋼線の製造方法
次に、上述した本発明の鋼線を製造する方法について説明する。
本発明の製造方法は、上記にて説明したコア部の組成を満足する鋼線材を焼入れ焼戻し処理する際の焼入れ時の熱処理を下記に示す条件で行った後、焼入れおよび焼戻しを行う点に特徴がある。これにより、鋼線表面に形成されるスケール層の厚さおよびスケール層の鉄酸化物スケール組成を適正な範囲に調整することができる。なお、上記加熱温度は、鋼線の表面温度で管理したものである。例えば、放射温度計を用いることにより測定できる。
加熱温度:860〜1000℃の間の加熱温度(最高加熱温度)まで1〜10秒で加熱
焼入条件:700〜800℃の間の焼入れ温度まで、800℃から焼入れ温度に達するまでの間が10〜120秒となるように冷却した後、焼入れ
熱処理雰囲気:酸素が0.1体積%以下、水蒸気30〜80体積%、残部が窒素
【0049】
以下、詳しく説明する。
まず、上記のコア部と実質的に同じ組成の鋼を用い、熱間圧延により鋼線材を得た後、得られた鋼線材を伸線加工して伸線後の鋼線(伸線材)を得る。
鋼線材の製造は、ばね用鋼線に用いる鋼線材の通常の製造方法により行ってよい。例えば、鋳造および分塊圧延により、上述の本発明の鋼線のコア部と同じ組成のビレットを得て、このビレットを加熱し、熱間にて粗圧延および仕上圧延を施して所定の線径まで減面加工した後、必要に応じて制御冷却を行い、コイル状に巻き取り鋼線材(圧延線材)を得る。
次いで、得られた圧延線材に皮削り加工を行い、皮削り加工により生じた表面の加工層除去のための焼鈍処理またはパテンティング処理を行なうか、または、当該圧延材のまま焼鈍処理またはパテンティング処理を行なう。その後、表面に潤滑処理を施して所定の線径まで冷間で伸線加工を行い、伸線材を得る。得られた、伸線材は、その表面に付着している潤滑皮膜または伸線潤滑剤を除去することが好ましい。これら潤滑皮膜または伸線潤滑剤の除去は、酸洗(浸漬による酸洗または電解酸洗)、ショットブラストまたは熱処理などにより行ってよい。
【0050】
次いで、上記伸線材に焼入れ焼戻し処理を施す。
図1(a)は、本発明の焼入れ条件を模式的に示すダイヤグラムであり、
図1(b)は従来の焼入れ条件を模式的に示すダイヤグラムである。本発明の鋼線の製造方法では、860℃〜1000℃の間の加熱温度(最高加熱温度)T1まで加熱した後、700℃〜800℃の間の焼入れ温度(焼入れ開始温度)T2まで冷却し、焼入れ温度T2から焼入れを行う。室温から加熱温度T1までの加熱時間t1を1〜10秒とする。そして、加熱温度T1から焼入れ温度T2まで冷却する際に800℃から焼入れ温度T2までに達する時間t2が10〜120秒となるように冷却する。これら一連の熱処理は、酸素0.1体積%以下、水蒸気30〜80体積%、残部が窒素である雰囲気中で行う。そして焼入れ温度T2から例えば、焼入れ油または水のような冷媒を用いて焼入れを行う。
加熱開始温度(室温)から加熱温度T1までの加熱時間t1は上述のように1〜10秒と短く、急速加熱を行う必要がある。このため、高周波誘導加熱により加熱することが好ましい。
また、加熱温度T1から焼入れ温度T2までの冷却は、焼入れ温度T2よりも低い温度に設定した保持炉内で保持することにより行ってよい。
【0051】
図1(b)に示すように、従来から高周波誘導加熱等を用いて、860℃〜1000℃の間の加熱温度T1に、1〜10秒の加熱時間t1で加熱することは知られていた。しかし、従来は加熱温度T1に達すると直ちに焼き入れるか、あるいは加熱温度T1(自然放冷等により10〜30℃程度低い温度まで低下する場合を含む)で例えば、3秒以上のような保持時間t3の間保持した後、焼き入れを行うことが一般的であり、上述のような雰囲気中で上述のような温度パターンで熱処理することは行われていなかった。
以下に本発明の焼入れ熱処理の詳細を説明する。
【0052】
(1)加熱温度T1
オーステナイト化のための加熱温度T1を860〜1000℃とする。鉄酸化物スケールの組成および厚さは加熱温度(最高加熱温度)T1に最も影響を受ける。加熱温度T1を860〜1000℃の範囲に制御することでスケール層の平均厚さを0.3〜1.0μmの範囲内に制御することができる。加熱温度T1が1000℃を超えると、鉄酸化物スケール形成のために必要な鉄と酸素の供給バランスが崩れるため、鉄酸化物スケールに気泡や割れなどの欠陥が生じやすくなり、鉄酸化物スケールが脆化することによって脱離し、鉄酸化物スケールの潤滑性能を得ることができなくなる。また、スケール層の厚さも過剰になる。加熱温度T1の好ましい上限は960℃であり、より好ましくは950℃である。
【0053】
一方、鉄酸化物スケールの均一化のためには加熱温度T1は低ければ低い程良いが、加熱温度T1が860℃未満になると、FeOを形成させることができなくなり、FeOの緩衝機能を有効に発揮できなくなる。スケール層の平均厚さを適切に制御するためには、加熱温度T1を860℃以上とする。加熱温度は、好ましくは880℃以上、より好ましくは900℃以上である。
なお、
図1(a)に示す実施形態では加熱温度T1に到達後、保持時間なしに焼入れ温度T2まで冷却しているが、加熱温度T1で例えば、5秒以下のような短い時間、保持してもよい。
【0054】
(2)加熱時間t1
加熱開始温度(室温)から加熱温度T1に到達するまでの時間t1を1〜10秒とする。最高加熱温度T1に到達するまでの時間は、スケール層の組成および鋼線の脱炭に影響を及ぼす。加熱温度T1に到達するまでの時間を1〜10秒の範囲とすることで、スケール層の鉄酸化物スケールの組成をその後の熱処理で適切に制御することができる。加熱時間t1が1秒未満になると、鉄酸化物スケールがほとんど生成せずに、次の保持工程で鋼線が酸化雰囲気に曝される。このため、スケールが急速に生成し、スケール層の平均厚さが過剰になる。また、脱炭が急激に進行し、ばね製品の疲労寿命が著しく低下する。加熱時間t1は、好ましくは2秒以上、より好ましくは3秒以上である。
【0055】
一方、加熱時間t1が10秒を超えると、加熱途中で脱炭が生じやすくなるだけでなく、FeOが過剰に生成することによってFeO中に欠陥が生じやすくなり、鉄酸化物スケールが脆化することによって脱離し、鉄酸化物スケールによる潤滑効果を得ることができなくなる。加熱時間t1は、好ましくは9秒以下、より好ましくは8秒以下である。
【0056】
(3)焼入れ温度T2までの冷却
加熱温度T1に達した後、700℃〜800℃の間に設定した焼入れ温度T2まで冷却する間に焼入れ温度T2から800℃までの温度域で10〜120秒の間保持する。これは、焼入れにより焼入れ温度T2から700℃までは極めて短い時間時間で到達することから実質的には700〜800℃の温度域で10〜120秒の間保持することと等価である。
加熱温度よりも少し低い700〜800℃で保持することによって、スケール層を適切な鉄酸化物スケール組成および厚さに制御することができる。焼入れ温度T2が800℃を超えると、FeOが過剰に生成することによってFeO中に欠陥が生じやすくなり、鉄酸化物が脆化することによって脱離、鉄酸化物スケールの潤滑性能を果たすことができなくなる。焼入れ温度T2は、好ましくは790℃以下、より好ましくは780℃以下である。
【0057】
一方、焼入れ温度T2が700℃未満になると、スケールを十分に生成させることができなくなり、鉄酸化物スケールによる潤滑性能を得ることができなくなる。焼入れ温度T2は、好ましくは710℃以上、より好ましくは720℃以上である。
【0058】
また、800℃から焼入れ温度T2の間の温度領域での保持時間t2を10〜120秒とする。保持時間はスケール層の平均厚さに最も影響を及ぼす。保持時間t2を10〜120秒の範囲とすることで、鋼線表面のスケール層の平均厚さを0.3〜2.0μmの範囲に制御することができる。保持時間t2が10秒未満になると、スケール層の平均厚さを0.3μmまで成長させることが困難になり、鉄酸化物スケールによる潤滑性能を得ることができなくなる。保持時間t2は、好ましくは12秒以上、より好ましくは15秒以上である。一方、保持時間t2が120秒を超えると、鉄酸化物スケールが成長し過ぎるだけでなく、鉄酸化物スケールに発生する残留応力によって鉄酸化物スケールに割れが生じ易くなる。保持時間t2は、好ましくは110秒以下、より好ましくは100秒以下である。
なお、
図1に示す実施形態では、800℃から焼入れ温度T2の間の温度領域で保持している間、鋼線の温度は連続的に低下しているが、800℃および焼入れ温度T2を含む、800℃から焼入れ温度T2の間の任意の一定の温度で保持する工程を含んでよい。例えば、焼入れ温度T2が800℃の場合、加熱温度T1から800℃まで冷却し、そこで10〜120秒保持し、焼き入れてよい。
【0059】
(4)雰囲気
次に、加熱・保持中の雰囲気について説明する。加熱雰囲気を適切に制御することが極めて重要である。オーステナイト化加熱温度において鋼線表面に鉄酸化物スケールが形成されるが、酸素を多く含む雰囲気で加熱した場合、Fe
2O
3の生成が促進されるため、好ましくない。このような観点から、上記の焼入れ直前までの熱処理は、水蒸気の比率が30〜80体積%で、酸素の比率が0.1体積%以下となるような窒素雰囲気下で行なう必要がある。
【0060】
詳細には、水蒸気の比率が30体積%未満になるとFeOが生成し難くなるため、FeOによる緩衝機能が低下する。加熱雰囲気中の水蒸気の比率は好ましくは35体積%以上、より好ましくは40体積%以上である。一方、水蒸気の比率が80体積%を超えるとFeOが過剰に生成することによってFeO中に欠陥が生じやすくなり、鉄酸化物スケールが脆化することによって脱離し、鉄酸化物スケールによる潤滑性能を得ることができなくなる。その結果、鋼線表面にツールマークが発生し易くなる。加熱雰囲気中の水蒸気の比率は、好ましくは75体積%以下、更に好ましくは70体積%以下である。
【0061】
また、酸素は鉄と反応することで鉄酸化物スケールの形成、および鉄酸化物スケールの高次化に伴うFe
2O
3の成長を促進する作用を有する。また、酸素の作用によって緩衝機能を果たすFeOがFe
3O
4へと高次化するため、FeOの緩衝機能を有効に発揮できなくなる。そのため、酸素の比率は0.1体積%以下と十分に低減させる必要がある。酸素の比率は、好ましくは0.08体積%以下、より好ましくは0.05体積%以下である。酸素の比率が0.1体積%を超えると上述した酸素の作用により、FeOが消失し、また、鉄酸化物スケールの最表層にFe
2O
3が過剰に形成するようになり、鉄酸化物スケールの潤滑性能が低下する。酸素は低ければ低いほどよいが、水蒸気の分解などで酸素が発生することがあるので、0体積%とすることは実質的に非常に困難である。
雰囲気は、上述した酸素と水蒸気の他、残部は窒素である。窒素の他、炭酸ガスなどの不可避的に混入されるガスも微量に含まれ得るが、これらの成分は所望とする鉄酸化物スケールの生成に殆ど影響しない。
【0062】
上記の熱処理を行った後、焼入れ焼戻しを行う。焼入れ焼戻しの条件は、ばね用鋼線で一般的に用いられ方法を採用することができる。焼入れは、例えば、水焼入れおよび油焼入れのいずれかを用いてよい。また、焼戻しはガス炉または電気炉による雰囲気加熱、高周波誘導加熱または流動層による加熱などの加熱方法を採用することができる。焼戻しの温度および時間は、例えば300〜600℃、15〜120秒の範囲で行なうことが好ましい。
以上により本発明の鋼線を得ることができる。
【実施例】
【0063】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限されず、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0064】
1.サンプル作製
表1に示す鋼種A〜Gを溶製してビレットを作製した後、ビレットを加熱し、熱間圧延を施して、直径(線径)が8.0mmの圧延線材を得た。
次いで、得られた圧延線材の表面を皮削り処理した後、冷間伸線加工を施して直径(線径)が3.5mmの鋼線(伸線材)を得た。
なお、表1において、残部はFeと不可避不純物である。また、表1に示すビレットの成分は最終的に得られた鋼線のコア部の成分と一致する。
【0065】
【表1】
【0066】
次に、伸線性を確保するために形成した表面の潤滑皮膜を電解酸洗により除去した後、表2に示す試験No.1〜34の条件で焼入れ前の熱処理をした後、油焼入れおよび焼戻しを行った。
加熱温度T1までの加熱は高周波誘導加熱により行い、加熱温度T1から焼入れ温度T2までの冷却は、焼入れ温度T2よりも低い温度に設定した保持炉内に保持することで行った。加熱開始温度は20℃であった。また、油焼入れに用いた焼入れ油の温度は60℃とした。
焼戻し温度は引張強度を一定(2000MPa±50MPa)にするため、400〜500℃の範囲で変化させた。焼戻し時間は30秒と一定にした。
なお、表2において、上述した本発明の鋼線の製造方法に示した条件から外れる場合が、その条件に下線を付した。
【0067】
【表2】
【0068】
2.サンプル評価
このようにして得られた各鋼線について、下記の方法で鉄酸化物スケールの特性(スケール層の平均厚さおよび組成)、およびコイリング性を評価した。
【0069】
(1)スケール層の平均厚さ
スケール層の厚さは、それぞれの試験サンプルを樹脂に埋込み、横断面をSEM(Scanning electron microscope:走査型電子顕微鏡)により観察して測定した。測定は、鋼線の外周部において等間隔(72°毎)となる5箇所で測定し、その平均値をスケール層の平均厚さとした。
【0070】
(2)鉄酸化物スケールの組成
得られた鋼線サンプル(試験サンプル)のスケール層の鉄酸化物スケールの組成、すなわち、FeOとFe
2O
3とFe
3O
4とFe
2SiO
4の合計量に対するFeOおよびFe
2O
3の比率は、X線回折法により求めた。CoのKα線を用いて、FeOの(200)ピークと、Fe
2O
3の(012)、(104)ピークと、Fe
3O
4の(220)、(400)ピークと、Fe
2SiO
4の(031)ピークのピーク強度の積分比から求めた。
1つの試験サンプルで表面3箇所において、測定を行い、それぞれについて、FeOとFe
2O
3とFe
3O
4とFe
2SiO
4の合計量に対するFeOおよびFe
2O
3の比率を算出した後、平均値を求めた。
【0071】
(3)コイリング性の評価
コイリング性は、得られたサンプルを用いて、コイリングマシンにより、ばねを製造することによって評価した。詳細には、D/d=3のばねを3000個連続で製造し、100個ごとに得られたばねを抜き取り、ばねの表面のツールマーク発生の有無を目視で観察することによってコイリング性を評価した。
これら結果を、表3に示す。
表3において、「ツールマークの有無」欄の「無」は、100個ごとの抜き取りで3000個までツールマークが認められなかったことを意味し、100個ごとの抜き取りでツールマークが認められた場合は、「ツールマークの有無」欄に「有」と記載する共に、最初にツールマークが認められたばねが何個目の抜き取りサンプルかを「ツールマークの発生個数」欄に記載した。
これらの結果より次のように考察できる。
【0072】
【表3】
【0073】
表3の試験No.1〜27は、表1の鋼種Eを用いて、熱処理パターンを表2に示すように種々変化させた例である。これらのうち試験No.2〜4、7〜9、12〜15、18〜19はいずれも、本発明の鋼線の製造方法を満足する条件で製造した例であり、スケール層の組成および平均厚さがいずれも本発明の範囲内に制御されているため、コイリング時にツールマークの発生は認められなかった。
【0074】
これに対し、加熱温度T1が本発明の鋼線の製造方法が規定する条件の下限を下回る温度で製造した試験No.1では、鉄酸化物スケールの平均厚さは良好であったが、FeOが不足したため、500個目のばね表面にツールマークが発生した。一方、加熱温度T1が本発明の鋼線の製造方法が規定する条件の上限を超える温度で製造した試験No.5では、スケール層の平均厚さが上限を超えており、1000個目のばね表面にツールマークが発生した。
【0075】
加熱時間t1が本発明の鋼線の製造方法が規定する条件の下限を下回る試験No.6では、スケール層の組成の内、FeO体積率は良好であったが、スケール層の平均厚さおよびFe
2O
3の体積率が本発明の上限を超えており、500個目のばね表面にツールマークが発生した。加熱時間t1が本発明の鋼線の製造方法が規定する条件の上限を超える条件で製造した試験No.10では、スケール層の平均厚さは良好であったが、鉄酸化物スケール組成の内、FeO体積率が上限を超えており、1500個目のばね表面にツールマークが発生した。
【0076】
保持温度t2が本発明の鋼線の製造方法が規定する条件の下限を下回る条件で製造した試験No.11では、鉄酸化物スケールの組成は良好であったが、スケールの平均厚さが本発明の下限を下回っており、1000個目のばね表面にツールマークが発生した。保持温度t2が本発明の上限を上回る温度で製造した試験No.16では、鉄酸化物スケールの平均厚さは良好であったが、鉄酸化物スケール組成のうち、Fe
2O
3体積率が本発明の上限を超えており、2000個目のばね表面にツールマークが発生した。
保持時間t2が本発明の鋼線の製造方法が規定する条件の下限を下回る条件で製造した試験No.17では、鉄酸化物スケールの組成は良好であったが、スケール層の平均厚さが小さいため、500個目のばね表面にツールマークが発生した。一方、保持時間t2が本発明の鋼線の製造方法が規定する条件の上限を超える条件で製造した試験No.20では、鉄酸化物スケールの組成のうち、FeO体積率は良好であったが、スケール層の平均厚さが大きく、また、Fe
2O
3の体積率が上限を超えており、500個目のばね表面にツールマークが発生した。
【0077】
試験No.21〜22は、オーステナイト加熱保持中の雰囲気の酸素量を表2に示すように種々変化させた例である。これらのうち試験No.21は、本発明の鋼線の製造方法が規定する条件で製造した例であり、鉄酸化物スケールの組成およびスケール層の平均厚さがいずれも本発明の範囲内に制御されているため、コイリング時にツールマークの発生は認められなかった。
これに対し、雰囲気の酸素量が本発明の鋼線の製造方法が規定する条件の上限を超える条件で製造した試験No.22では、鉄酸化物スケールの平均厚さは良好であったものの、鉄酸化物スケールがFeO、Fe
2O
3共に体積率が本発明の範囲から外れるため、1000個目のばね表面にツールマークが発生した。
【0078】
試験No.23〜27は、オーステナイト加熱保持中の雰囲気の水蒸気量を表2に示すように種々変化させた例である。これらのうち試験No.24〜26はいずれも、本発明の条件で製造した例であり、鉄酸化物スケールの組成および平均厚さがいずれも本発明の範囲内に制御されているため、コイリング時にツールマークの発生は認められなかった。
これに対し、水蒸気量が本発明の鋼線の製造方法が規定する条件の下限を下回る条件で製造した試験No.23では、FeOの比率が少なくなって、1000個目のばね表面にツールマークが発生した。
一方、水蒸気量が本発明の鋼線の製造方法が規定する条件の上限を超える条件で製造した試験No.27では、FeOの比率が多くなって、1500個目のばね表面にツールマークが発生した。
【0079】
試験No.28〜34は、表1の鋼種A〜Gを用いて、表2に示すような熱処理パターンにて熱処理を実施した後、スケール層およびコイリング評価を実施した例である。試験No.28〜34はいずれも本発明が規定するコア部の成分を満足し、且つ、いずれの製造条件も本発明の鋼線の製造方法が規定する条件の範囲内に制御されているため、コイリング時にツールマークの発生は認められなかった。