(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の省エネルギー化、高効率化の要求を受けて、軸受回転トルクを低減することが望まれている。この点、本願発明者らが鋭意研究した結果、軸受回転トルク発生要因は、(1)グリースの攪拌抵抗、(2)転がり摩擦抵抗、(3)ボールのスピンや作動すべり等による転がり接触内の微小すべりの抵抗、および(4)ボールと保持器間のすべり摩擦抵抗の4つに大別できることに至った。
【0006】
このうち、グリースの攪拌抵抗は、グリースの粘性移行応力(後述にて定義)に依存しており、例えば、粘性移行応力が高いグリースではチャネリング性が高くなることで、攪拌抵抗に起因するトルクが低減される。
そこで、本発明の目的は、グリースの粘性移行応力を高め、攪拌抵抗に起因するトルクを低減することができるグリース組成物および当該グリース組成物が封入された転がり軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するための本発明のグリース組成物は、少なくとも基油と増ちょう剤とを含有するグリース組成物であって、レーザー回折法によって測定された増ちょう剤粒度分布から下記式(1)および(2)によって導出される前記増ちょう剤の相対表面積Sが8000以上である。
【0008】
【数1】
【0009】
【数2】
【0010】
ただし、式中の記号は、下記の通りである。
A:粒子半径rをもつ全ての粒子の表面積
d:粒子径[μm]
Va:全粒子の総体積[μm
3]
R:粒子径dの粒子が占める体積率[%]
TC:増ちょう剤量[%]
本発明のグリース組成物では、前記増ちょう剤が、脂肪族ジウレアであることが好ましい。
【0011】
本発明のグリース組成物では、前記脂肪族ジウレアの原料アミンの炭素鎖長が、10以下であることが好ましい。
本発明のグリース組成物では、前記基油が、合成炭化水素油であることが好ましい。
本発明の転がり軸受(1)には、本発明のグリース組成物(G)が封入されている。
本発明のグリース組成物の製造方法は、少なくとも基油と増ちょう剤とを含有するグリース組成物の製造方法であって、レーザー回折法によって測定された増ちょう剤粒度分布から下記式(1)および(2)によって前記増ちょう剤の相対表面積Sを導出し、当該相対表面積Sが8000以上である前記増ちょう剤を基油と配合する工程を含む。
【0012】
【数3】
【0013】
【数4】
【0014】
ただし、式中の記号は、下記の通りである。
A:粒子半径rをもつ全ての粒子の表面積
d:粒子径[μm]
Va:全粒子の総体積[μm
3]
R:粒子径dの粒子が占める体積率[%]
TC:増ちょう剤量[%]
本発明のグリース組成物の製造方法では、予め、少なくとも基油と増ちょう剤とを含有するグリース組成物の試料を作製する工程をさらに含み、当該試料中の増ちょう剤の前記相対表面積Sを導出する工程を含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明のグリース組成物によれば、グリースの粘性移行応力を高めることができるので、当該グリース組成物が封入された転がり軸受において、攪拌抵抗に起因するトルクを低減することができる。したがって、増ちょう剤粒子の相対表面積Sを制御因子として、低トルク化を実現可能なグリース設計指針を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下では、本発明の実施の形態を、添付図面を参照して詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係る転がり軸受1を示す断面図である。
転がり軸受1は、互いの間に環状の領域2を区画する一対の軌道部材としての内輪3および外輪4と、領域2に配置され内輪3および外輪4に対して転動する複数の転動体としてのボール5と、領域2に配置され、各ボール5を保持する保持器6と、領域2に充填されたグリースGと、外輪4に固定されて内輪3と摺接する一対の環状のシール部材7,8とを備えている。
【0018】
保持器6は、例えば冠型樹脂保持器であり、
図1では、保持器6のツメ側および裏側のうちツメ側のみが示されている。
各シール部材7,8は、環状の芯金9,9と、この芯金9,9に焼き付けられた環状のゴム体10,10とを有している。各シール部材7,8は、その外周部が外輪4の両端面に形成した溝部11,11に嵌められて固定されており、内周部が内輪3の両端面に形成した溝部12,12に摺接している。
【0019】
グリースGは、両輪3,4間に一対のシール部材7,8で区画された領域2内に当該領域2の空間容積の25%〜40%となるように封入されている。
次に、グリースGを構成するグリース組成物について詳細に説明する。本実施形態に使用されるグリース組成物は、グリースの粘性移行応力を高め、攪拌抵抗に起因するトルクを低減できるものであって、次に示す製造方法によって得ることが好ましい。
【0020】
まず、少なくとも基油と増ちょう剤とを含有するグリース組成物の試料を作製する。当該試料は、例えば、基油および増ちょう剤、さらに必要に応じてその他の成分を混合し、攪拌した後、ロールミル等を通すことによって得ることができる。
次に、得られた試料から、レーザー回折法によって増ちょう剤粒度分布を測定する。例えば、試料グリースを溶剤(例えば、トルエン等)で希釈し、希釈後の試料グリースにレーザーを照射し(例えば、4万回〜6万回程度)、レーザーの散乱パターンから増ちょう剤の粒度分布を測定してもよい。例えば、大きな粒子の場合はレーザー光に対して小さい角度で光が散乱し、小さい粒子の場合は大きな角度で光が散乱する。測定には、例えば、マルバーン社製のレーザー回折式粒度分布測定装置(型番:マスターサイザー3000)を使用することができる。
【0021】
次に、測定によって得られた粒度分布から下記式(1)および(2)によって増ちょう剤の相対表面積Sを導出する。なお、下記式(1)および(2)では、増ちょう剤粒子は球体とみなしており、光散乱のMie理論により、増ちょう剤粒子と同等の散乱パターンを作り出す球体の直径を粒子の有効径として算出し、この有効径を粒子径として粒度分布を得る。
【0024】
ただし、式中の記号は、下記の通りである。
A:粒子半径rをもつ全ての粒子の表面積
d:粒子径[μm]
Va:全粒子の総体積[μm
3]
R:粒子径dの粒子が占める体積率[%]
TC:増ちょう剤量[%]
上記のように、式(1)を用いて、粒子径dをもつ増ちょう剤粒子の表面積Aを算出し、続いて、式(2)を用いて、式(1)で得られた表面積Aを全ての粒子径dについて総和を取って単位体積当たりの増ちょう剤表面積を求める。さらに増ちょう剤量TC%を乗算することによって、試料グリース中の増ちょう剤の相対表面積Sが得られる。得られた相対表面積Sが8000以上である増ちょう剤を、転がり軸受1に封入されるグリース組成物(グリースG)の製造のための増ちょう剤として採用する。
【0025】
そして、転がり軸受1に封入されるグリース組成物を調製するには、少なくとも基油と、増ちょう剤とを混合し、攪拌した後、ロールミル等を通すことによって得る。
使用される基油としては、例えば、合成油、鉱油が使用されるが、好ましくは、合成油が使用される。合成油であれば、不純物が混入していないか、混入していても少ないため、グリース組成物の潤滑性能を向上させることができる。また、分子量や分子構造に応じて、基油の動粘度や流動点を広い範囲で選択することができる。
【0026】
合成油としては、例えば、合成炭化水素油、エステル油、シリコーン油、フッ素油、フェニルエーテル油、ポリグリコール油、アルキルベンゼン油、アルキルナフタレン油、ビフェニル油、ジフェニルアルカン油、ジ(アルキルフェニル)アルカン油、ポリグリコール油、ポリフェニルエーテル油、パーフルオロポリエーテル、フッ素化ポリオレフィン等のフッ素化合物等が挙げられる。これらのうち、好ましくは、合成炭化水素油が使用される。
【0027】
合成炭化水素油として、さらに具体的には、エチレン、プロピレン、ブテンおよびこれらの誘導体などを原料として製造されたα−オレフィンを、単独または2種以上混合して重合したものが挙げられる。α−オレフィンとしては、好ましくは、炭素数6〜20のものが使用され、さらに好ましくは、1−デセンや1−ドデセンのオリゴマーであるポリ−α−オレフィン(PAO)が使用される。
【0028】
鉱油としては、例えば、パラフィン系鉱油、ナフテン系鉱油、中間基系鉱油等が挙げられる。
基油の物性については、特に制限されないが、例えば、動粘度(JIS K 2283に準拠)は、好ましくは、20mm
2/s〜50mm
2/s(40℃)であり、さらに好ましくは、30mm
2/s〜50mm
2/s(40℃)である。
【0029】
また、基油の配合量は、グリース組成物全量に対して、好ましくは、83質量%〜86
質量%である。
増ちょう剤としては、前述のように、相対表面積Sが8000以上である増ちょう剤が使用され、好ましくは、相対表面積Sが8100〜9000である増ちょう剤が使用される。
【0030】
この条件を満たす増ちょう剤として、好ましくは、ウレア系化合物が使用される。ウレア系増ちょう剤としては、例えば、ジウレア化合物、トリウレア化合物、テトラウレア化合物、ポリウレア化合物(ジウレア化合物、トリウレア化合物、テトラウレア化合物を除く)等のウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物、ジウレタン等のウレタン化合物またはこれらの混合物等が挙げられる。これらのうち、好ましくは、ジウレア化合物が使用され、さらに好ましくは、脂肪族アミンと、ジイソシアネート化合物とを反応させて得られるジウレア化合物が使用される。この組み合わせのジウレア化合物であれば、グリース組成物の耐熱性を向上させることができる。
【0031】
脂肪族アミンとしては、炭素鎖長が10以下であるものが挙げられ、例えば、ヘキシルアミン(炭素鎖長が6)、ヘプチルアミン(炭素鎖長が7)、オクチルアミン(炭素鎖長が8)、ノニルアミン(炭素鎖長が9)、デシルアミン(炭素鎖長が10)等が挙げられる。
ジイソシアネート化合物としては、例えば、脂肪族ジイソシアネート、脂環式ジイソシアネート、芳香族ジイソシアネート等が挙げられる。脂肪族ジイソシアネートとしては、例えば、飽和および/または不飽和の直鎖状、または分岐鎖の炭化水素基を有するジイソシアネートが挙げられ、具体的には、オクタデカンジイソシアネート、デカンジイソシアネート、ヘキサンジイソシアネート(HDI)等が挙げられる。また、脂環式ジイソシアネートとしては、例えば、シクロヘキシルジイソシアネート、ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート等が挙げられる。また、芳香族ジイソシアネートとしては、例えば、フェニレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート(TDI)、ジフェニルジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)等が挙げられる。これらのうち、好ましくは、芳香族ジイソシアネートが使用され、さらに好ましくは、ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)が使用される。すなわち、増ちょう剤として好ましくは、脂肪族アミン(炭素鎖長が10以下)とジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)との組み合わせからなる脂肪族ジウレアが使用される。
【0032】
そして、アミンとジイソシアネート化合物は、種々の方法と条件下で反応させることができる。増ちょう剤の均一分散性が高いジウレア化合物が得られることから、基油中で反応させることが好ましい。また、反応は、アミンを溶解した基油中に、ジイソシアネート化合物を溶解した基油を添加して行ってもよいし、ジイソシアネート化合物を溶解した基油中に、アミンを溶解した基油を添加して行ってもよい。これらの反応における温度および時間は、特に制限されず、通常のこの種の反応と同様でよい。反応温度は、アミンおよびジイソシアネートの溶解性、揮発性の点から、60℃〜170℃が好ましい。反応時間は、アミンとジイソシアネートの反応を完結させるという点と製造時間短縮による効率化の点から0.5〜2.0時間が好ましい。
【0033】
また、増ちょう剤の配合量は、グリース組成物全量に対して、好ましくは、14質量%〜17質量%である。
また、グリース組成物には、基油および増ちょう剤の他、添加剤を混合してもよい。添加剤としては、例えば、極圧剤、油性剤、防錆剤、酸化防止剤、耐摩耗剤、染料、色相安定剤、増粘剤、構造安定剤、金属不活性剤、粘度指数向上剤等の各種添加剤が挙げられる。
【0034】
以上のように得られるグリース組成物によれば、グリース(G)の粘性移行応力を高めることができるので、当該グリース(G)が封入された転がり軸受1において、攪拌抵抗に起因するトルクを低減することができる。したがって、増ちょう剤粒子の相対表面積Sを制御因子として、低トルク化を実現可能なグリース設計指針を提供することができる。
なお、本発明は、上記の実施形態に制限されることなく、他の実施形態で実施することもできる。
【0035】
例えば、上記の実施形態では、(複列)玉軸受によって構成された転がり軸受1にグリース(G)が封入された例を説明したが、本発明のグリース組成物からなるグリースが封入される軸受は、転動体として玉(ボール)以外のものが使用された針軸受、ころ軸受等、他の転がり軸受であってもよい。
その他、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。
【実施例】
【0036】
次に、本発明を実施例および比較例に基づいて説明するが、本発明は下記の実施例によって制限されるものではない。
実施例1〜2および比較例1〜2
<グリースの配合>
各実施例および各比較例について表1に示す配合割合で、増ちょう剤および基油を配合することによって、試験用グリース組成物を調製した。増ちょう剤としては、MDI(ジェフェニルメタンジイソシアネート)と表1に示す脂肪族アミンとを反応させた脂肪族ジウレアを用いた。得られた試験用グリース組成物に対して、次に示す評価を行った。評価結果を表1および
図3に示す。表1において、基油の動粘度はJIS K 2283に準拠して測定された値である。
<評価>
(I)増ちょう剤の相対表面積の測定
レーザー回折式粒度分布測定装置による粒度分布測定を行った。溶剤で希釈した試験用グリース組成物に5万回レーザーを照射し、回折角度から粒子径を測定した。これに基づき、増ちょう剤の表面積を下記式(1)および(2)に従って算出した。なお、下記式(1)および(2)では、増ちょう剤粒子が球体であると仮定して計算した。
【0037】
【数7】
【0038】
【数8】
【0039】
ただし、式中の記号は、下記の通りである。
A:粒子半径rをもつ全ての粒子の表面積
d:粒子径[μm]
Va:全粒子の総体積[μm
3]
R:粒子径dの粒子が占める体積率[%]
TC:増ちょう剤量[%]
(II)グリースの粘性移行応力の測定
粘弾性測定装置(ティ・エイ・インスツルメントジャパン社製 型番:ARESレオメータ)を用い、応力を増大させながらひずみ量7×10
−5〜6×10
0にて振動させたときの貯蔵弾性率G´および損失弾性率G´´を測定し,tanδ=(G´´/G´)=1となるときの応力を粘性移行応力とし、流動特性の変化を表わす指標とした。
(III)グリースの軸受回転トルクの測定
冠型樹脂保持器を有する非接触シール付の深溝玉軸受6202に、試験用グリース組成物を空間容積比35%で封入したものを2個使いで評価した。また、基油は0.11gを玉に滴下して用いた。そして、
図2に示す測定装置を用い、アキシアル予圧(軸負荷)を44N負荷し、室温にて1800r/mで内輪を回転させたときにハウジングに作用する接線力をロードセルで測定し、ハウジング外径寸法から回転トルクを算出した。なお、評価時間は1800sec.とした。
【0040】
【表1】
【0041】
表1に示す増ちょう剤粒子から算出した表面積と粘性移行応力との関係より、増ちょう剤表面積が大きくなると、それに伴って粘性移行応力も大きくなることが認められた。これは、増ちょう剤の表面積が大きくなることで、基油との相互作用の総和が大きくなり、結果としてグリースが流動するために必要な力が増大するものと考えられる。この結果、安定的にチャネリング状態を形成することが推察され、
図3に示すように、軸受回転トルクの低減に繋がっている。これにより、本発明のグリース組成物が、グリースの粘性移行応力を高め、攪拌抵抗に起因するトルクを低減できることが認められた。
(IV)グリースのチャネリング性
「(III)グリースの軸受回転トルクの測定」の評価を行った後、軸受内におけるグリースの付着状況を観察することによって、グリースが安定的にチャネリング状態を保持しているかどうかを確認した。結果を表2に示す。なお、表2では、実施例1(炭素鎖長C8)および比較例2(炭素鎖長C18)の結果のみを示している。
【0042】
【表2】
【0043】
まず前提として、軸受内において、玉、内外輪軌道および保持器周辺から排除されたグリースは、シール部材の内側など攪拌抵抗に寄与しない箇所に付着する。シール部材の内側などに付着したグリースには大きな力が作用しないため、粘性移行応力の高いグリースはシール部材から移動せず、玉や内外輪軌道の周辺に付着した微量なグリースと、シール部材や保持器に付着したグリースから分離した基油のみが、内外輪軌道に供給される。
【0044】
そして、表2によれば、玉へのグリースの付着に関して、C8では玉の表面へのグリース付着量は0.559gであった。一方で、C18では玉の表面へのグリース付着量は0.570gであった。つまり、C18と比較してC8の方が、玉の表面へのグリースの付着量が少なかった。これにより、C18(比較例2)と比較して増ちょう剤の炭素鎖長が短いC8(実施例1)の方が、玉が移動する際のグリース攪拌抵抗が小さいことが分かった。
【0045】
また、シール部材へのグリースの付着に関して、C8では保持器のツメ側と裏側への合計のグリース付着量は0.079g(0.025g+0.054g)であった。一方で、C18では保持器のツメ側と裏側への合計のグリース付着量は0.045g(0.020g+0.025g)であった。つまり、C18と比較してのC8方がより多くのグリースがシール部材へ付着していた。これにより、C18(比較例2)と比較して増ちょう剤の炭素鎖長が短いC8(実施例1)では、玉の移動がグリースに阻害されず、安定的にチャネリング状態が保持されて攪拌抵抗の上昇が抑えられていることが分かった。た。
(V)増ちょう剤表面積(粒子径)の支配因子
上記のように、表1と表2との比較から、増ちょう剤の相対表面積が大きいほど安定的にチャネリング状態が保持されて攪拌抵抗の上昇が抑えられていることが示された。そこで、どのような因子によって増ちょう剤の相対表面積が大きくなるのかを検討した。
【0046】
具体的には、量子化学計算によって得られた増ちょう剤2分子間の凝集エネルギーを結合の安定性の指標とし、粒子径と増ちょう剤2分子間の凝集エネルギーとの相関を検討した。今回、凝集エネルギーの計算には量子化学計算ソフト「Gaussian9」を用いた。増ちょう剤2分子が独立して空間に存在しているときと、近傍にもう一方の分子が存在しているときとのエネルギーの差を、2分子が水素結合によって安定化されたときに利した凝集エネルギーとして計算した。結果を
図4に示す。
【0047】
図4によれば、増ちょう剤2分子間の凝集エネルギーが小さいほど増ちょう剤の粒子径が小さくなっていた。C8(実施例1)のように炭素鎖長が短い増ちょう剤は、アルキル鎖が短いために分子同士が絡まりにくく、せん断を与えると砕けやすいため微細な粒子が多くなるためであると考えられる。一方で、C18(比較例2)のように炭素鎖長が長い増ちょう剤は、アルキル鎖が長いために分子同士が絡まりやすく、また、一度凝集すると粒子の形状が変化しにくい。そのため、グリースにせん断を与えても粒子が砕けにくく、粗大な粒子が多くなると考えられる。
【0048】
そして、相対表面積との関係については、粒子径が小さい増ちょう剤が多いと粒子の個数が増え、増ちょう剤の相対表面積は増大する。一方,粒子径が大きい増ちょう剤が多いと粒子の個数は減り、増ちょう剤の相対表面積は減少する。これから、増ちょう剤2分子間の凝集エネルギーが、増ちょう剤の相対表面積の支配因子になっていることが分かった。
【0049】
すなわち、増ちょう剤2分子間の凝集エネルギー(相互作用)の大小が直接的に攪拌抵抗に影響するものではないが、当該凝集エネルギーが小さい結果、増ちょう剤粒子の粒子径が小さくなって相対表面積が増大し、グリースの粘性移行応力が高まり、攪拌抵抗の上昇が抑えられるというメカニズムである。このメカニズムに基づき、軸受の低トルク化の検討にあたっては,炭素鎖長が短く分子間の結合が弱い増ちょう剤を選択することが有効な手段であることが分かった。