【実施例】
【0041】
(1)使用菌株
図3に記載の通り、独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンター(NBRC)、菌株保存機関である理化学研究所 バイオリソースセンター微生物材料開発室 (JCM)(つくば)、ナショナルバイオリソースプロジェクトGTCコレクション(岐阜)およびアメリカンタイプカルチャーコレクション(Manassas, VA, USA)から入手可能なサルモネラ菌、及び、一般財団法人日本食品分析センターの単離菌、並びに兵庫県健康生活科学研究所の単離菌、合計64株を解析に使用した。Salmonella enterica subsp. entericaの血清型は、サルモネラ免疫血清「生研」(デンカ生研株式会社)および非特許文献3、4により報告されたマルチプレックスPCR法により決定した。この方法では22の血清型に分類された。
図4に、O抗原免疫血清と血清型の関係を示す。
【0042】
(2)DNAの解析
Escherichia coliのデータベース作成(非特許文献11)で使用したプライマーの中でSalmonella属菌と共用できないものをコンセンサス配列に基づいて設計した。設計したプライマーを
図5に示す。これらのプライマーを用いてS10-spc-alphaオペロンおよびバイオマーカーとなりうるタンパク質遺伝子のDNA配列を解析した。詳述すると、各菌株より常法にてゲノム抽出し、それを鋳型としてKOD plusによりPCRを行い、目的遺伝子領域を増幅した。得られたPCR産物を精製し、それをシーケンス解析の鋳型とした。シーケンス解析にはBig Dye ver. 3.1 Cycle Sequencing Kit(アプライド・バイオシステムズ, Foster City、カリフォルニア州、米国)を用いて行った。遺伝子のDNA配列からそれぞれの遺伝子のアミノ酸配列に変換し、
図6のアミノ酸質量に基づき質量電荷比を算出して、理論質量値とした。
【0043】
(3)MALDI−TOF MSによる分析
Luria Agar培地(Sigma-Aldrich Japan合同会社、東京、日本)に生育した菌体を回収し、およそ2コロニー分の菌体を10μLのシナピン酸マトリックス剤(50v/v%アセトニトリル、0.6 v/v%トリフルオロ酢酸溶液中に25mg/mLのシナピン酸(和光純薬工業株式会社、大阪、日本))に加えて良く撹拌し、そのうち1.2 μLをサンプルプレートに搭載し自然乾燥した。MALDI−TOF MS測定にはAXIMA微生物同定システム(島津製作所、京都市、日本)を使用し、ポジティブリニアモード、スペクトルレンジ2000m/z〜35000m/zにて試料の測定を行った。上述の計算質量を測定された質量電荷比と許容誤差500ppmでマッチングし、適宜修正を施した。なお、質量分析装置のキャリブレーションには大腸菌DH5α株を用い、説明書に従い実施した。
【0044】
(4)Salmonella enterica subsp. enterica データベースの構築
上記(2)で得られたリボソームタンパク質等の理論質量値と、(3)で得られたMALDI−TOF MSによるピークチャートを照合し、実測で検出できたタンパク質に関しては、遺伝子配列から求めた理論値と実測値に相違がないことを確認した。そして、S10−spc−αオペロン内のリボソームタンパク質、および菌株により異なる質量を示したその他バイオマーカーとなりうるタンパク質の理論値および実測値を、データベースとして
図7A〜
図7Gのようにまとめた。
【0045】
図7A〜
図7Gに示す数字は、遺伝子から求めた質量電荷比(m/z)の理論質量である。また、符号「〇」、「△」、「×」は実測での質量ピーク検出結果を表している。具体的には、符号「〇」はAXIMA微生物同定システムのデフォルトのピーク処理設定(Threshold offset ; 0.015mV, Threshold response ; 1.200)で理論値の500 ppm範囲内のピークとして検出されたものを、符号「×」は検出できない場合があったことを示している。また、符号「△」は、各菌株における理論値質量差または他のタンパク質ピークとの差がそれぞれ500 ppm以内であり、ピークが検出されてもその質量差を識別できなかったことを意味する。
【0046】
図7A〜
図7Gからわかるように、s10-spc-alphaオペロン内にコードされているリボソームタンパク質L23、L16、L24、S8、L6、S5、L15、L17、およびオペロン外のL21、L25、S7、SODa、gns、YibT、Peptidylpropyl isomerase、YaiAおよびYciF(計17種類)は、その理論質量値がSalmonella enterica subsp. entericaの菌株によって異なるため、Salmonella enterica subsp. entericaの血清型識別に使用できる有用なタンパク質マーカーである可能性が示された。
【0047】
しかしながら、L23、L16、L24、L6およびS5は理論質量差が500 ppm以上離れている菌株が存在し、これら菌株の識別のための有力なバイオマーカーとなりうることが分かるが、実測において検出することができない株があった。
【0048】
一方、S8、L15、L17、L21、L25、S7およびPeptidylpropyl isomeraseの、計7種類のタンパク質は、菌株によらず安定的に検出され、さらに菌株による質量差も500 ppm以上であることから、MALDI−TOF MSにおけるSalmonella enterica subsp. entericaの血清型識別のためのバイオマーカーとして有用であることがわかった。
【0049】
また、SODaはSalmonella enterica subsp. entericaの血清型識別に重要なバイオマーカーであるが、遺伝子型が多様であり7種の異なる質量電荷比が確認された。これらの質量電荷比はいずれもm/zが23000付近と大きく、この領域では他の質量電荷比との差が800ppm以上でないと現在提供されているMALDI−TOF MSでの分析精度が低く、識別できないため、現時点で識別可能な4種類をバイオマーカーとして用いた。また、gns、YibT、YaiAおよびYciFに関しては、理論質量値の一方に夾雑ピークが存在するものの、血清型Infantis、Thompson、Typhimuriunmが特異的に変異をしているタンパク質のため、夾雑ピークのない理論質量値のみをバイオマーカーとして用いた。そこで、12種類のタンパク質をSalmonella enterica subsp. enterica血清型識別用バイオマーカーとして用いた。
【0050】
(5)ソフトウェアによる、MALDI−TOFMS実測値の帰属
以上より、菌株によらず安定して検出される8種類のタンパク質S8、L15、L17、L21、L25、S7、SODa、Peptidylpropyl isomerase と、1つの質量の有無を確認する4種のタンパク質gns、YibT、YaiAおよびYciFの計12種のタンパク質をバイオマーカーとして、その理論質量値を特許文献2に示されるようなソフトウェアに登録した。
【0051】
SODaの質量差800ppm以内であった5:22962.8は最も近い1:22948.82に、6:2296.82と7:23004.88は2:23010.84、として登録した。また、夾雑ピークが存在するgns、YibT、YaiAおよびYciFはそれぞれ6483.51、8023.08、7110.89及び18643.13/18653.16を登録した。
【0052】
次に、MALDI−TOF MSにおける実測データを本ソフトウェアで解析し、それぞれのバイオマーカーが、登録された質量ピークとして正しく帰属されるかを調べた。その結果、
図8A〜
図8Gに示すように、すべての菌株のすべてのバイオマーカー質量ピークが登録した質量数として帰属された。各帰属質量パターンをグループ1〜31に分類し、各菌株の血清型を照らし合わせたところ、1,2および3にはTyphimurium、4と5には血清型不明O4グループ、6にはSaintpaul、7には血清型不明O18グループ、8にはOrion、 9にはBraenderup、10にはMontevideoとSchwarzengrund、11にはSchwarzengrund、12にはAbonyとPakistan、13および14にはEnteritidis、15にはRissen、16にはGallinarum Pullorum、17にはAltona、18にはAmsterdam、19と20にはInfantis、21にはIstanbul、22には血清型不明O4グループ、23にはManhattan、24にはMbandaka、25にはSenftenbergと血清型不明O 1,3,19グループ、26にはThompson、27には血清型不明O4グループ、28には血清型不明O7グループ、29にはBrandenburg、Minnesota、Saintpaulおよび30にはBrandenburgとSaintpaul、31にはCholeraesuis菌株が属することが分かった。
【0053】
以上から、S8(m/z 13996.36または14008.41)、L15(m/z14967.38、14981.41または14948.33)、L17(m/z 14395.61または14381.59)、L21(m/z11579.36または11565.33)、L25(m/z10542.19または10528.17)、S7(m/z17460.15、17474.18または17432.1)、SODa(m/z22948.82、23010.84、22976.83または22918.79)、Peptidylpropyl isomerase (m/z10198.07または 10216.11)、gns (m/z6483.51)、YibT(m/z8023.08)、YaiA(m/z7110.89)およびYciF(m/z 18643.13)の質量をMALDI−TOF MS分析のバイオマーカーとすることは、Salmonella enterica subsp. entericaの血清型識別に有用であることがわかった。
【0054】
今回見出したバイオマーカーのうちS8とPeptidylpropyl isomeraseを除く10種類は非特許文献10で報告されている。しかし、非特許文献10では、ピーク一つずつの確認を必要とし、血清型を識別するためのMALDI−TOF MSのスペクトル解析に時間を要する。また、非特許文献10でEnteriridisの識別に重要なピークであると報告されている質量電荷比m/z6036は、非特許文献10では32株中5株でピークが確認されず、本実施例では35株中8株でピークが確認できなかった。このため、Salmonella enterica subsp. entericaの血清型識別用バイオマーカーには用いなかった。
【0055】
今回、バイオマーカーにS8、Peptidylpropyl isomeraseを加え、厳選した12種類のタンパク質をバイオマーカーとすることにより、はじめて自動でSalmonella enteriva subsp. entericaを31グループに識別するデータベースを提供することが可能になった。
【0056】
(6)フィンガープリント方式(SARAMIS)との比較
実際に、既存のフィンガープリント方式(SARAMIS)による識別結果と、表6の示すバイオマーカー理論質量値を指標とした識別結果を比較した。まず、MALDI−TOF MSにおける実測では
図9に示すようなチャートが得られた。本結果をAXIMA微生物同定システムの説明書に従いSARAMISにて解析した。これにより得られた結果を
図10A及び
図10Bに示す。これらの図から分かるように、試料に用いた全てのSalmonella属菌が91%〜99.9%でSalmonella enterica subsp. entericaと同定され、種の識別、血清型の識別は行われなかった。
【0057】
そこで、異なる亜種の株の実測結果を
図8Aに示した理論質量データベースをもとに識別可能かを試みた。
図11〜
図22は
図8のチャートのうち12種類のバイオマーカーピーク部分を拡大したものである。
図11〜
図22からわかるように、それぞれのバイオマーカー質量がシフトしていることにより、ピークを区別することができる。12種類のバイオマーカーの実測値と比較し帰属したところ、
図8A〜
図8Dに示す結果と一致した。
【0058】
次に、12種類のリボソームタンパク質の帰属結果を用いてクラスター解析を行い、系統分類図(デンドログラム)を作成した。その結果を
図23に示す。この方法では、Infantis、Brandenburg、Minnesota、Saintpaulの血清型の識別はできなかったものの、その他の血清型はほぼ識別することができた。
【0059】
以上より次のことが分かる。
SODa、S7、gnsが複数の血清型の識別に関与しており、Salmonella enterica subsp. entericaの血清型識別のためのバイオマーカーとして特に重要である。
また、SODaとS7の変異の組み合わせでEnteritidis、Mbandaka、Choleraesuisを他の血清型から識別することができる。
さらに、gnsによって、Infantisを識別し、EnteritidisとMbandakaを識別する。
非チフス性サルモネラ菌感染症原因血清型の上位であるTyphimuriumはYaiAによって、ThompsonはYibTによって分けられる。また、Pullorm(Gallinarum)はL17によって、RissenはS8によって、OrionはPeptidylpropyl isomeraseによって、AltonaはL15によって識別される。L25はInfantisとAmsterdamを分け、L21はMontevideoおよびShwarzengrund、Minnesotaを識別するのに重要である。YciFはInfantisの識別に重要である。
【0060】
(7)バイオマーカーの遺伝子配列およびアミノ酸配列
Salmonella enterica subsp. entericaの菌株によって異なる理論質量値を示した、S10-spc-alphaオペロン内にコードされているリボソームタンパク質S8、L15、L17と、オペロン外のSODa、L21、L25、S7、gns、YibT、Peptidylpropyl isomeraseおよびYciFの、計12種類のリボソームタンパク質の各菌株におけるDNA配列及びアミノ酸配列を
図24〜
図47にまとめた。