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特許6692018歩行トレーニングシステム及び歩行トレーニング器
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6692018
(24)【登録日】2020年4月16日
(45)【発行日】2020年5月13日
(54)【発明の名称】歩行トレーニングシステム及び歩行トレーニング器
(51)【国際特許分類】
   A61H 1/02 20060101AFI20200427BHJP
【FI】
   A61H1/02 R
【請求項の数】5
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2015-248044(P2015-248044)
(22)【出願日】2015年12月18日
(65)【公開番号】特開2017-109062(P2017-109062A)
(43)【公開日】2017年6月22日
【審査請求日】2018年12月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】506310865
【氏名又は名称】CYBERDYNE株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002365
【氏名又は名称】特許業務法人サンネクスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山海 嘉之
【審査官】 小林 睦
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−144580(JP,A)
【文献】 特開2002−306628(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/118143(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61H 1/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象者の左右の足裏面に取り付けられ、当該各足裏面に加わる荷重を測定する足荷重測定部と、
前記足荷重測定部により測定された荷重変化により、前記対象者の左右の足裏面の重心位置をそれぞれ検出する重心位置検出部と、
歩行トレーニングを行う歩行トレーニング器に取り付けられ、前記対象者が自己の体重の一部を支えるために把持する把持部と、
前記把持部に作用する力分布のうち鉛直方向及びその逆方向のいずれか一方または両方に付加される力を検出する把持荷重検出部と、
前記重心位置検出部により検出された前記対象者の左右の足裏面の重心位置に加わる荷重の左右の切替えタイミングに同期して、前記把持荷重検出部により検出された前記把持部にかかる力の増減が周期的に繰り返す関係に基づいて、当該把持部にかかる力の低減の推移を定量的に反映するための評価指標を生成する評価指標生成部と、
前記評価指標に応じた伝達信号を前記対象者への感覚としてフィードバック伝達させる感覚伝達部と
を備え、前記評価指標生成部は、
前記対象者の前記把持部にかかる力を所定の閾値を基準に比較的大きい状態及び比較的小さい状態に分けた後、当該各状態の時間平均値を直交軸とする座標系を形成し、
当該座標系の原点を自立歩行状態である目標値として、前記把持部にかかる力の低減の推移を、現在の状態を始点に当該目標値に対する回復度合いを表すベクトルとして前記座標系にマッピングするとともに、
前記対象者の下肢機能障害の状態を重篤度合いに応じて群分けするとともに、前記ベクトルの分散及び相関の大きさに比例して前記目標値からの距離が短くなるように、当該各群を前記座標系において段階的に区分けすることにより、前記評価指標を生成する
ことを特徴とする歩行トレーニングシステム。
【請求項2】
前記対象者の体重の一部を免荷する免荷部を備え、
前記免荷部は、前記対象者の左右の足裏面の重心位置に加わる荷重の左右の切替えタイミングに同期して、当該対象者の体重を基準に設定した所定量のみ免荷するように調整する
ことを特徴とする請求項1に記載の歩行トレーニングシステム。
【請求項3】
前記対象者の左右の足裏面に取り付けられ、当該各足の加速度を検知する加速度センサをさらに備え、
前記加速度センサの検知結果を所定期間記録し続けることにより、前記対象者の歩行パターンの変化の度合いを検出する
ことを特徴とする請求項1または2に記載の歩行トレーニングシステム。
【請求項4】
歩行トレーニング時に対象者が自己の体重の一部を支えるために把持する把持部と、
前記把持部に作用する力分布のうち鉛直方向及びその逆方向のいずれか一方または両方に付加される力を検出する把持荷重検出部と、
前記対象者の左右の足裏面の重心位置を表すデータを外部から受信する受信部と、
前記受信部で受信した前記データに基づく前記対象者の左右の足裏面の重心位置に加わる荷重の左右の切替えタイミングに同期して、前記把持荷重検出部により検出された前記把持部にかかる力の増減が周期的に繰り返す関係に基づいて、当該把持部にかかる力の低減の推移を定量的に反映するための評価指標を生成する評価指標生成部と、
を備え、前記評価指標生成部は、
前記対象者の前記把持部にかかる力を所定の閾値を基準に比較的大きい状態及び比較的小さい状態に分けた後、当該各状態の時間平均値を直交軸とする座標系を形成し、
当該座標系の原点を自立歩行状態である目標値として、前記把持部にかかる力の低減の推移を、現在の状態を始点に当該目標値に対する回復度合いを表すベクトルとして前記座標系にマッピングするとともに、
前記対象者の下肢機能障害の状態を重篤度合いに応じて群分けするとともに、前記ベクトルの分散及び相関の大きさに比例して前記目標値からの距離が短くなるように、当該各群を前記座標系において段階的に区分けすることにより、前記評価指標を生成する
ことを特徴とする歩行トレーニング装置。
【請求項5】
前記対象者の体重の一部を免荷する免荷部を備え、
前記免荷部は、前記対象者の左右の足裏面の重心位置に加わる荷重の左右の切替えタイミングに同期して、当該対象者の体重を基準に設定した所定量のみ免荷するように調整する
ことを特徴とする請求項4に記載の歩行トレーニング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歩行トレーニングシステム及び歩行トレーニング器に関し、特に下肢機能障害に起因する自立歩行障害の機能改善のための支援技術として適用して好適なるものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、疾患発症による下肢機能障害のため自立歩行が困難な場合、歩行トレーニング器や杖などの歩行補助具に掴まり、上肢の筋肉(主に腕の力)で体を支えながら歩行トレーニングを行っている。特に歩行動作のトレーニングは、日常生活動作(ADL:Activities of Daily Living)に関連して重要なリハビリテーションであり、歩行トレーニングにより日常生活の向上が期待されている。
【0003】
従来から、対象者が両手で捕まる手すりを有し、フレーム底部に車輪が取り付けられた歩行トレーニング器が提案されている。そして、対象者は、両手で手すりに掴まった状態で押しながら平地歩行のトレーニングを行っている。
【0004】
歩行障害のある対象者がこのような歩行トレーニング器を用いて歩行トレーニングを行う場合、理学療法士の目視診断による指示を受けるのが一般的であるが、理学療法士から指示を受けただけでは、対象者の歩行トレーニング時の体重移動や左右のバランス、または左右の脚力の差違などの身体的変化を判断することができず、各対象者の個性(歩行時の左右バランス等)に応じてより効果のあるトレーニング方法を適切に指示することが難しかった。
【0005】
このようなトレーニング方法の欠点を補うべく、対象者が歩行トレーニングする際に、歩行トレーニング器に設けられた一対の把持部(手すり)にかかる荷重を視覚情報としてフィードバックすることにより対象者に認識させ、自らの歩行状況を把握しながらトレーニングするようになされたものが提案されている(特許文献1)。
【0006】
この視覚情報を用いたフィードバックシステムによれば、対象者は歩行トレーニングしているときの左右の把持部(手すり)への依存荷重をリアルタイムで自ら確認することが可能となり、対象者自身が左右の把持部への依存に気付いて自ら補正して偏りや手すり依存荷重を減らし、より依存度の低い歩行を修得することが可能になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2015−139554号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、下肢機能障害を克服し社会復帰を果たすためには、安全で自立した歩行を再獲得することが必要となるが、下肢機能障害に対する歩行トレーニングは、急性期、回復期、維持期と段階的に推移する病期によって、そのトレーニング内容が分けられる。
【0009】
このうち維持期は、疾患により異なるが最大で疾患発症の約6ヶ月経過で達し、病期の中で最も障害者数が多く、さらに機能回復が停滞する期間である。このため下肢機能障害により引き起こされる社会課題解決を実現するには、維持期を対象とする自立歩行機能改善支援技術の開発が重要である。
【0010】
下肢機能障害者の機能改善評価のために、従来から様々な評価方法(10m歩行テスト、2分間歩行テスト等)や評価項目(歩行速度、ケーデンス、ストライド長、BBS(Berg Balance Scale)、バーセル指数など)が提案され、理学療法の場で活用されている。
【0011】
しかし、歩行は全身の協調動作で行われており、安全な自立歩行獲得に向けた自立歩行機能改善のためには、上肢による体重支持及びバランス維持を定量的に評価する必要がある。
【0012】
ところが、従来の評価項目だけでは、上述のような上肢による体重支持及びバランス維持を定量的に評価することが困難であるという問題があった。
【0013】
本発明は以上の点を考慮してなされたもので、自立歩行機能改善にもたらす効果を格段と向上し得る歩行トレーニングシステム及び歩行トレーニング器を提案しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
かかる課題を解決するため本発明においては、対象者の左右の足裏面に取り付けられ、当該各足裏面に加わる荷重を測定する足荷重測定部と、足荷重測定部により測定された荷重変化により、対象者の左右の足裏面の重心位置をそれぞれ検出する重心位置検出部と、歩行トレーニングを行う歩行トレーニング器に取り付けられ、対象者が自己の体重の一部を支えるために把持する把持部と、把持部に作用する力分布のうち鉛直方向及びその逆方向のいずれか一方または両方に付加される力を検出する把持荷重検出部と、重心位置検出部により検出された対象者の左右の足裏面の重心位置に加わる荷重の左右の切替えタイミングに同期して、把持荷重検出部により検出された把持部にかかる力の増減が周期的に繰り返す関係に基づいて、当該把持部にかかる力の低減の推移を定量的に反映するための評価指標を生成する評価指標生成部と、評価指標に応じた伝達信号を対象者への感覚としてフィードバック伝達させる感覚伝達部とを備え、評価指標生成部は、対象者の把持部にかかる力を所定の閾値を基準に比較的大きい状態及び比較的小さい状態に分けた後、当該各状態の時間平均値を直交軸とする座標系を形成し、当該座標系の原点を自立歩行状態である目標値として、把持部にかかる力の低減の推移を、現在の状態を始点に当該目標値に対する回復度合いを表すベクトルとして座標系にマッピングするとともに、対象者の下肢機能障害の状態を重篤度合いに応じて群分けするとともに、ベクトルの分散及び相関の大きさに比例して目標値からの距離が短くなるように、当該各群を座標系において段階的に区分けすることにより、評価指標を生成するようにした。
【0015】
この結果、下肢機能障害をもつ対象者は、この評価指標に基づく感覚としてのフィードバックを受けながら、自立歩行機能改善の進捗状況把握及び手すり反力の低減に対する明確な目標設定を可能とするとともに、自己の障害の状態の重篤度合いを表す群の分布の傾向を認識することができ、定量的結果に基づく適切な診断及び下肢機能障害をもつ対象者のモチベーション向上に寄与することができる。
【0016】
さらに本発明においては、前記対象者の体重の一部を免荷する免荷部を備え、前記免荷部は、前記対象者の左右の足裏面の重心位置に加わる荷重の左右の切替えタイミングに同期して、当該対象者の体重を基準に設定した所定量のみ免荷するように調整するようにした。
【0017】
この結果、自立歩行機能を阻害することのない物理的支援、上肢に依存しないと不安と感じる心理的要因の除去、感覚のフィードバック効果を増強することができ、把持部にかかる力の低減に対する効果をさらに増幅させることができる。
【0018】
さらに本発明においては、前記対象者の左右の足裏面に取り付けられ、当該各足の加速度を検知する加速度センサをさらに備え、前記加速度センサの検知結果を所定期間記録し続けることにより、前記対象者の歩行パターンの変化の度合いを検出するようにした。
【0019】
この結果、所定期間にわたる対象者の歩行パターンの変化の度合いに基づいて、当該対象者が認知症か否かを判断することができ、下肢機能障害の改善のみならず、認知症の早期発見にも寄与することができる。
【0020】
さらに本発明においては、歩行トレーニング時に対象者が自己の体重の一部を支えるために把持する把持部と、把持部に作用する力分布のうち鉛直下方向及びその逆方向のいずれか一方または両方に付加される力を検出する把持荷重検出部と、対象者の左右の足裏面の重心位置を表すデータを外部から受信する受信部と、受信部で受信したデータに基づく対象者の左右の足裏面の重心位置に加わる荷重の左右の切替えタイミングに同期して、把持荷重検出部により検出された把持部にかかる力の増減が周期的に繰り返す関係に基づいて、当該把持部にかかる力の低減の推移を定量的に反映するための評価指標を生成する評価指標生成部と、を備え、評価指標生成部は、対象者の把持部にかかる力を所定の閾値を基準に比較的大きい状態及び比較的小さい状態に分けた後、当該各状態の時間平均値を直交軸とする座標系を形成し、当該座標系の原点を自立歩行状態である目標値として、把持部にかかる力の低減の推移を、現在の状態を始点に当該目標値に対する回復度合いを表すベクトルとして座標系にマッピングするとともに、対象者の下肢機能障害の状態を重篤度合いに応じて群分けするとともに、ベクトルの分散及び相関の大きさに比例して目標値からの距離が短くなるように、当該各群を座標系において段階的に区分けすることにより、評価指標を生成するようにした。
【0021】
この結果、下肢機能障害をもつ対象者は、この評価指標に基づく感覚としてのフィードバックを受けながら、自立歩行機能改善の進捗状況把握及び手すり反力の低減に対する明確な目標設定を可能とするとともに、自己の障害の状態の重篤度合いを表す群の分布の傾向を認識することができ、定量的結果に基づく適切な診断及び下肢機能障害をもつ対象者のモチベーション向上に寄与することができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、下肢機能障害をもつ対象者が歩行トレーニングしているときに、把持部への荷重低減の推移を感覚としてフィードバックしながら認識することによって、上肢への依存具合いを評価することができ、自立歩行機能改善にもたらす効果を格段と向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】本発明の実施形態に係る歩行トレーニングシステムの全体構成を示す外観図である。
図2】同発明の実施形態に係るHRFユニットの外観及び要素部品の構成を示す斜視図である。
図3】同実施形態に係るHRFユニットにおける把持部に加わる力の伝達状態に説明に供する概念図である。
図4】同実施形態に係る歩行トレーニングシステムの制御系の構成を示すブロック図である。
図5】手すり反力と歩行動作位の関係を示す概念図である。
図6】歩行トレーニングによる実証試験の結果を示すグラフである。
図7】手すり反力のrH状態及びrL状態の説明に供する概念図である。
図8】rH状態及びrL状態における手すり反力に対する評価指標の算出方法を示す概念図である。
図9】手すり反力マップの生成に関する説明図である。
図10】下肢機能障害の症状群の分布傾向を反映させた手すり反力マップを示す説明図である。
図11】視覚フィードバック系の介入前後における手すり反力の変化を占める時系列グラフである。
図12】視覚フィードバック系の非介入時の効果検証の説明に供する図である。
図13】視覚フィードバック系の介入時の効果検証の説明に供する図である。
図14】定トルク免荷を適用した歩行トレーニングシステムの外観構成を示す全体図である。
図15】他の実施の形態による歩行トレーニング器の外観構成を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下図面について、本発明の一実施の形態を詳述する。
【0027】
(1)第1の実施の形態
(1−1)歩行トレーニングシステムの全体構成
図1は本発明による歩行トレーニングシステム1を示し、下肢機能障害をもつ対象者Pが上肢を使って自立的な歩行を補助するための歩行トレーニング器2と、対象者Pが両足に履く靴であり、各靴底に装着された床反力センサ(足荷重測定部)を含むFRF(Floor Reaction Force:床反力[N])ユニット(重心位置検出部)3とから構成されている。
【0028】
歩行トレーニング器2は、対象者Pの歩行スペースを確保すべく略U字状に形成された基台フレーム4と、当該基台フレーム4から高さ調整自在に植立され、対象者Pの転倒防止を図るべく腰部付近を吊り下げるように先端が略U字状に形成された免荷用フレーム5と、当該基台フレーム4から高さ調整自在に植立された支柱7Aを介して、対象者Pが両手で掴むように略U字状に形成された上肢支持フレーム7とが一体化されたフレーム構造を有する。
【0029】
基台フレーム4は、略U字状の両端部に一対の車輪8が取り付けられるとともに、当該略U字状の中央外側に張り出すように一対の車輪9が取り付けられ、上肢支持フレーム7及び免荷用フレーム5をともに支持し、かつ一体となって対象者Pが所望する方向に移動し得るようになされている。
【0030】
免荷用フレーム5は、基台フレーム4を基準として、フレーム本体の支持バイパスとして高さ調整可能な支柱6が支持された構造からなり、フレーム本体である略U字状の両端5A、5Bから吊り下げされたワイヤ(図示せず)を介して対象者Pの腰部を保持することにより、対象者Pの体重の一部を免荷する。
【0031】
上肢支持フレーム7は、支柱7Aの上端からU字状が水平方向に延在する一対の手すり7X、7Yに対して、それぞれ把持部10A、10Bを有するHRF(Handrail Reaction Force:手すり反力[N])ユニット(把持荷重検出部)20が左右に設けられている。
【0032】
また免荷用フレーム5には、液晶ディスプレイを備えるタブレットPCからなる表示部15及びスピーカ(図示せず)が取り付けられ、対象者Pが歩行トレーニングをしながら表示画面を目視するとともに発生音声を聞くことができるようになされている。
【0033】
一対のFRFユニット3は、それぞれ床反力センサ(図示せず)を有し、対象者Pの左右の足裏にかかる荷重バランスに基づいて重心位置を検出し、当該検出結果を無線通信により歩行トレーニング器2の制御系ユニットに送信するようになされている。
【0034】
対象者Pは、免荷用フレーム5により体重の一部を免荷された状態で、一対のHRFユニット20の把持部10A、10Bを左右の手で上方から把持しながら、所望方向に歩行トレーニングすることができる。
【0035】
その際、対象者Pの両足に装着されたFRFユニット3における靴底の床反力センサからの信号と、対象者Pが把持するHRFユニット20からの信号とに基づく視覚情報が表示部15に表示される。
【0036】
(1−2)HRFユニットの構成
HRFユニット20は、図2(A)に示すように、所定サイズの棒状形状の把持部10A(10B)が、その両端に把持荷重検出部21F、21Rを介して上肢支持フレーム7の手すり7X(7Y)の上側に支持シャフト22と一体となって固定された両端支持構造 からなり、当該把持部10A(10B)に作用する力分布のうち鉛直方向及びその逆方向に付加される力を把持荷重検出部21F、21Rが計測する。
【0037】
この把持荷重検出部21F、21Rは、図2(B)に示すように、上肢支持フレーム7の手すり7X(7Y)に支持シャフト22と、把持部10A(10B)の端部23との間に力学的センサ24が上下に当接した状態で固定されている。これら支持シャフト22、力学的センサ24及び端部23は支持カバー25によって覆われるように収納されている。
【0038】
把持部10A(10B)の端部23には、支持カバー25と当接した状態でストッパ26が固定して保持されており、当該ストッパ25に伝達される前後方向(長手方向)の荷重を支持カバー25を介して(すなわち力学的センサ24を介することなく)直接手すり7X(7Y)に伝達する(図2(B)及び図3(B))。
【0039】
また把持荷重検出部21F、21Rは、把持部10A(10B)の端部23において垂直方向に貫通形成された長穴23Hに対してネジ27を締結することにより、当該ネジ27にかかる左右方向(水平方向)の荷重を力学的センサ24を介することなく直接手すり7X(7Y)に伝達する(図3(A))。
【0040】
この結果、把持荷重検出部21F、21Rは、把持部10A(10B)の端部23にかかる前後方向(長手方向)と左右方向(水平方向)の荷重を支持カバー25を通じて直接手すり7X(7Y)に伝達する一方、把持部10A(10B)の端部23にかかる垂直方向(鉛直方向)の荷重のみを力学的センサ24に伝達する。
【0041】
力学的センサ24は、変位結果をシミュレーションにより誇張した図2(C)に示すように、歪みを効率的に検出するためには、歪み易くかつ降伏し難い材料が望ましいことから、ヤング率が比較的小さくかつ降伏点が比較的大きいアルミニウム合金(例えばJIS番号A7075-T6)から成形される。
【0042】
具体的には、力学的センサ24は、質量25kg相当の荷重付加時に降伏応力に対する最低安全率が3以上となる範囲で薄肉部24Xが形成され、当該薄肉部24X表面が歪みの表面とされる。この薄肉部24Xは応力集中を回避するためにカット形状が円形に成形されている。
【0043】
この力学的センサ24の薄肉部24X表面には、2個の歪みゲージ(図示せず)が貼り付けられており、伸縮の応力を同時に計測することにより、伸長又は圧縮のいずれか一方の場合よりも検出感度を2倍に上げることができる。
【0044】
また歪みゲージは、温度等によるドリフト影響を回避すべく、二ゲージ法により内部のブリッジ回路が構成されている。例えば、抵抗値120Ω、ゲージ率2.1、自己温度補償範囲10℃から100℃、長さ4.2mm、幅1.4、ゲージ長1mmである単軸式の歪みゲージ(共和電業社製の箔歪みゲージKFG-1N-120-C1-23)が用いられる。
【0045】
把持部10A(10B)に作用する荷重量Lは、前後の把持荷重検出部21F、21Rにおける力学的センサ24に生じる歪みεf、εbの和に比例する。変換係数Cを予め定数として求めておけば、次式(1)の関係が成立する。
【0046】
【数1】
【0047】
実験によれば、把持部10A(10B)に作用する荷重量Lは、平均約−1.8Nから約1.4Nの誤差範囲内で計測されることから、目標とする荷重計測の分解能(質量200gに相当する2N程度)を実現することができる。
【0048】
このように一対のHRFユニット20において、対象者Pが左右それぞれの把持部10A、10Bを掴みながら歩行トレーニングする際、当該各把持部10A、10Bを押圧したときの鉛直方向またはその逆方向の荷重のみを検知することができる。すなわちHRFユニット20では、対象者Pの把持手法及び位置による影響を受けることなく、当該把持部10A、10Bに作用する荷重に対して鉛直方向及び逆方向のいずれか一方または両方に生じる反力(以下、これを単に「手すり反力」という。)を検知することが可能である。
【0049】
(1−3)FRFユニットの構成
一対のFRFユニット3において、それぞれ床反力センサ30(図4)は、対象者Pの左右の足裏にかかる荷重に対する反力を検出する。床反力センサ30は、例えば、印加された荷重に応じた電圧を出力する圧電素子、又は、荷重に応じて静電容量が変化するセンサなどからなり、体重移動に伴う荷重変化、及び対象者Pの脚と地面との接地の有無をそれぞれ検出することができる。また、左右の足裏に係る荷重のバランスから、重心位置を求めることができる。
【0050】
このように一対のFRFユニット3では、対象者Pの左右の足のどちら側に重心が偏っているかを、各床反力センサ30で計測されるデータに基づいて、推定することができる。なおFRFユニット3は、靴から構成されるようにしたが、対象者Pの靴内に着脱自在に装填可能なインソールとして構成するようにしても良い。
【0051】
(1−4)歩行トレーニングシステムの制御系の構成
図4は本実施形態の歩行トレーニングシステム1における歩行トレーニング器2およびFRFユニット3の制御系の構成を示すブロック図である。歩行トレーニング器2は、上述したフレーム構造(基台フレーム4、上肢支持フレーム7、免荷用フレーム5)以外に、制御系ユニット31とHRFユニット20と表示部15と無線通信部32とを有する。
【0052】
HRFユニット20は、手すりに固定された把持部10A、10Bに取り付けられた把持荷重検出部21F、21Rを有し、対象者Pが把持部10A、10Bを手で掴んだ際の上下方向(鉛直方向およびその逆方向)の荷重量を検出する。把持荷重検出部21F、21Rに内蔵された力学的センサ24の薄肉部24X(すなわち歪みゲージ32)の歪み量が変換器33を介して電圧変換され、荷重値信号として制御系ユニット31に送信される。
【0053】
制御系ユニット31は、MCU(Micro Control Unit)からなる制御部34を有し、HRFユニット20から送信される荷重値信号をLPF(Low Pass Filter)35を介して高域周波数帯を遮断した後、A/D変換器36を通じて時系列のディジタル信号であるHRFデータとして制御部34に入力する。
【0054】
またFRFユニット3は、靴構造以外に、床反力センサ30とMCUからなる制御部40と無線通信部41とを有する。靴底に装着された床反力センサ30の出力を変換器42を介して電圧変換した後、LPF43を介して高域周波数帯を遮断してから制御部40に入力される。この制御部40は、床反力センサ30の検知結果に基づいて、対象者Pの体重移動に伴う荷重変化や接地の有無を求めるとともに、左右の足裏に係る荷重バランスに応じた重心位置を求め、これをFRFデータとして無線通信部41を介して送信する。
【0055】
制御系ユニット31では、無線通信部45を介してFRFユニット3の無線通信部41から送信されたFRFデータを受信した後、制御部34に入力される。
【0056】
制御部(評価指標生成部)34は、HRFユニット20から送信されるHRFデータと、FRFユニット3から送信されるFRFデータとに基づいて、後述するように、対象者Pの上肢への依存低減による自立歩行機能改善に対する評価指標とその定量的な評価内容をグラフ化した手すり反力マップ(HRFMAP)を生成する。
【0057】
その後、制御部34は、設定した評価指標及び手すり反力マップ(HRFMAP)を表す評価データを無線通信部44を介して表示部15に送信する。表示部15は、タブレットPCからなり、評価データに基づく評価指標及び手すり反力マップを描画処理して表示画面上に表示する。
【0058】
この結果、対象者Pは、表示部15の表示画面に表示された手すり反力マップを運動学習情報としてリアルタイムで目視確認しながら歩行トレーニングに取り組むことができる。
【0059】
このように歩行トレーニングシステム1では、歩行トレーニング器2のHRFユニット20とFRFユニット3との各検知結果を視覚情報として対象者Pの感覚に反映させることにより、対象者Pの歩行トレーニングの改善向上に寄与するための一連の視覚フィードバック(VF:Visual Feedback)系を構築することができる。
【0060】
なお本実施の形態においては、制御系ユニット31と表示部15との間をワイヤレス通信する場合について述べたが、本発明はこれに限らず、制御系ユニット31と表示部15とを有線による通信接続するようにしても良い。
【0061】
(1−5)評価指標に基づく視覚フィードバック系の構築
(1−5−1)手すり反力マップ(HRFMAP)の設定方法
ここで本発明による歩行トレーニングシステム1における視覚フィードバック系が下肢機能障害をもつ対象者Pの手すり反力(HRF)の低減に与える影響を評価するための評価指標及び手すり反力マップ(HRFMAP)の設定方法について説明する。
【0062】
図5(A)に示すように、歩行の周期は、大きく分けて足底部が地面から離れている遊脚期(swing)と、足底部が地面と接している支持脚期(stance)の2種類に分類される。下肢機能障害者は下肢機能を補完するため上肢に依存することから、手すり反力は歩行動作に起因し、歩行の周期に関連して変動すると予測される。
【0063】
そこで、本発明による歩行トレーニングシステム1において、手すり反力と歩行動作の関連を明確にして、上述の視覚フィードバック系が下肢機能障害者の手すり反力の低減に与える影響を評価する。
【0064】
対象者Pは、以下に示す手すり反力計測実験を行うことにより、図5(B)に示す床反力重心(CoGRF:Center of Ground Reaction Force)の左右切り替え周期と手すり反力の変動との関連性を明確にした。本実験では、維持期における対象者Pが、予め決められた所定距離(例えば、10mの直線距離)を歩行トレーニングした場合の手すり反力を計測する。
【0065】
今回、対象者Pとして、脊髄損傷患者(SCI)、外傷性脳損傷患者(TBI)及び脳血管脳性麻痺患者(CVD)にそれぞれ10m歩行試験を複数回ずつ実施してもらい、10m区間において手すり反力及び床反力を計測した。
【0066】
図6(A)〜(D)に歩行トレーニングによる実証試験の結果を表すグラフを示す。図6(A)は脊髄損傷患者(CDI)による手すりの歪み量から演算された荷重の変化と床反力重心の左右の遷移と時系列的に示す実験結果である。図6(B)は外傷性脳損傷患者(TBI)による手すりの歪み量から演算された荷重の変化と足重心の左右の遷移とを時系列的に示す実験結果である。図6(C)及び(D)は脳血管脳性麻痺患者(CVD)による手すりの歪み量から演算された荷重の変化と足重心の左右の遷移とを時系列的に示す実験結果である。
【0067】
左手すり反力を破線、右手すり反力を実線で示す。各時系列グラフに対して、床反力に基づき右足重心と推定された区間に灰色のマスク、左足重心と推定された区間に白色のマスクを施す。なお図6(B)では対象者Pに対して体重の一部を免荷した。図6(C)及び(D)では対象者Pの右手麻痺が強く、左手把持のみで歩行したため、右手すり反力の実線記載は存在しない。
【0068】
上述の試験結果によれば、図6(A)〜(D)のいずれの下肢機能障害をもつ対象者Pにおいても、足重心と手すり反力とが関連しており、左手手すり反力は右足重心時に、右手手すり反力は左足重心時に増加する傾向があることが確認された。
【0069】
各対象者Pが歩行距離10mの歩行テストに要した時間及び歩数から求めた床反力重心の左右切り替え周期と、フーリエ解析に基づき算出した手する荷重の変動の支配的な周波数との比較の結果、当該全対象者Pについて同程度の結果が得られた。
【0070】
以上の結果から、下肢機能障害をもつ対象者Pの歩行動作に関して、床反力重心の左右切替えに合わせて、手すり反力が増減を周期的に繰り返すことが確認された。
【0071】
(1−5−2)手すり反力に対する評価指標の算出方法
続いて上述の手すり反力の評価方法の結果に基づいて、自立歩行機能の改善と手すり反力の低減との関係を考察する。下肢機能障害を有する対象者Pは、比較的重篤な状態では日常的な移動手段として車椅子に乗り、下肢機能改善に伴って、歩行トレーニング器及び杖を経て、自立歩行を獲得する。
【0072】
まず、維持期の歩行トレーニングにおいて、下肢機能障害をもつ対象者Pが、歩行時の自重の大半を歩行トレーニング器や杖に委ねる状態と、歩行時に杖を単に補助的に用いる状態とでは、周期的な増減における手すり反力(HRF)値の波形基準が異なる。
【0073】
このため図7(A)〜(C)に示すように、周期的な増減における手すり反力が比較的大きくなる状態をrH(relatively High)状態と定義するとともに、比較的小さくなる状態をrL(relatively Low)状態と定義する。
【0074】
歩行トレーニング器2に代表される安定性の高い補助具を用いた歩行の実現には、rH状態における手すり反力が上肢筋力による最大支持力より低いことが要求される。一方、杖に代表される安定性の低い補助具を用いた歩行の実現には、さらにrL状態における手すり反力が0N程度にまで減少することが要求される。最終的に上肢に依存しない歩行を実現するには、rH状態及びrL状態の両方における手すり反力が0N程度にまで減少することが求められる。
【0075】
このように自立歩行機能改善の過程を評価する上で手すり反力のrH状態及びrL状態という概念は必要不可欠なものであり、各状態における手すり反力に対する評価指標を算出する必要がある。
【0076】
rH状態及びrL状態における手すり反力に対する評価指標の算出方法として、第1に、床反力重心(CoGRF)の左右切り替えタイミングに基づく算出方法(図8(A))、第2に、手すり反力値の極大点及び極小点に基づく算出方法(図8(B))、第3に、所定の閾値に基づく算出手法(図8(C))の3種類が考えられる。
【0077】
図8(A)に示す第1の算出方法では、床反力重心の左右切り替えと手すり反力の増減の位相差が生じる場合が想定されるため、評価指標としては不適切である。また図8(B)に示す第2の算出方法では、極大極小の値が頻発する多峰性を示すHRFデータに不適切である。したがって図8(C)に示すような第3の算出方法が最も妥当であり、閾値に基づいて手すり反力のrH状態又はrL状態を判別する。
【0078】
下肢機能障害の重篤度合いに応じて、手すり反力の大小が異なるため、閾値は各対象者Pごとに歩行時のHRFデータの平均値として設定する。判別されたrH状態及びrL状態の手すり反力に対し、当該各状態における手すり反力の時間平均値FrH及びFrLを設定し、下肢機能障害者の手すり反力を特徴付ける評価指標とする。
【0079】
(1−5−3)手すり反力マップ(HRFMAP)の設定方法
上肢への依存低減による自立歩行機能改善に対する定量的な評価手法として、手すり反力マップ(HRFMAP)を設定する。
【0080】
手すり反力マップは、図9(A)〜(C)に示すように、横軸にrL状態の手すり反力の時間平均値FrL、縦軸にrH状態の手すり反力の時間平均値FrHをとるグラフであり、原点(0、0)が右上に位置する。
【0081】
対象者Pの歩行トレーニング時に得られるHRFデータ及びFRFデータに基づく、当該対象者Pの左右の足裏面の重心位置の時間変化に同期する手すり反力は、手すり反力マップ上では点として表され、対象者Pは点の位置を目視確認することにより、手すり反力のrH状態またはrL状態の傾向を把握することができる。
【0082】
さらに、手すり反力の変化は、手すり反力マップ上ではベクトルとして表され、対象者Pは、ベクトルの向き及び長さを目視確認することにより、手すり反力の低減の傾向を質的及び量的な観点から把握することができる。
【0083】
このように対象者Pは、表示部に表示される手すり反力マップを目視確認すれば、自立歩行機能改善の過程を、手すり反力値を起点とするベクトル変化として目視確認することができ、対象者Pごとの差異も容易に評価することが可能となる(図9(B))。
【0084】
下肢機能障害をもつ対象者Pが自立歩行機能改善に取り組むにあたり、手すり反力の低減の傾向と、手すり反力値と自立歩行機能との関連が明らかとなれば、対象者Pのモチベーション向上に寄与するだけでなく、医師の診断材料としても活用することができる。
【0085】
そこで、自立歩行機能に対する定量的な評価を実現するために、下肢機能障害をもつ対象者Pを、日常的に車椅子を使用する群(車椅子群)と補助具を使用する群(補助具群)とに分割し、両群の分布の違いを手すり反力マップ上で確認することを目的とする計測試験を実施する(図9(C)及び(D))。
【0086】
この計測試験は、10m歩行試験により対象者Pの手すり反力を計測し、当該対象者Pは視覚フィードバック系を用いることなく、手すり反力の低減に努める。計測試験の結果、補助具群の結果に対応する点(手すり反力値)は、手すり反力マップの右上に集中しているのに対し、車椅子群の結果に対応する点(手すり反力値)は、手すり反力マップ全体に分散していることが確認できた。
【0087】
なお、自立歩行機能改善には左右両方とも手すり反力が低減が要求されることから、全ての対象者Pの結果に対し、左右で手すり反力値が大きい方のみを再プロットする処理を行った。再プロットされた手すり反力マップに対し、標準化平均値の差等を求めた結果、手すり反力の時間平均値であるFrH及びFrL共に、車椅子群及び補助具具の両方とも平均値差が大きく有意差傾向にあることを検証することができた。
【0088】
したがって、車椅子群と補助具群の違いを手すり反力マップに反映させることができることから、手すり反力マップにおける両群の分布の違いを明確に可視化するために、分散・相関係数の違いを考慮できるマハラノビス距離に基づく判別分析を適用する。
【0089】
手すり反力マップ上の全ての点(手すり反力値)に対し、車椅子群及び補助具群の両方からのマハラノビス距離を算出することにより、図10に示すように、当該算出された距離の比率に応じて段階的にグレースケールを調整し塗り分けを行う。この結果、手すり反力マップにおける両群の分布の傾向を可視化表示することができる。
【0090】
このように手すり反力マップを自立歩行機能評価のための評価指標として設定することにより、自立歩行機能改善の進捗状況把握及び手すり反力の低減に対する明確な目標設定を可能とし、定量的結果に基づく適切な診断及び下肢機能障害をもつ対象者Pのモチベーション向上に寄与することができる。
【0091】
(1−5−4)視覚フィードバック系による運動学習促進方法
自立歩行機能改善のための歩行トレーニングにおいて、手すり反力の低減に対する促進するには、視覚フィードバック系により手すり反力を定量的に認識する必要がある。
【0092】
運動学習のため対象者Pが認識すべき情報として、パフォーマンス情報(以下、KP:Knowledge of Performance)、結果情報(以下、KR:Knowledge of Result)が一般的に活用されている。
【0093】
パフォーマンス情報KPとは、動作自体に対する情報であり、手すり反力がrH状態またはrL状態のいずれの状態であるか、さらにはどの程度の手すり反力値であるかを提示して、対象者Pの感覚と結びつける役割を担う。
【0094】
結果情報KRとは、手すり反力が目標を達成できたかどうかに関する情報であり、脳内の中枢神経システム(CNS:Central Nervous System)にあるフィードバック制御器で歩行動作に対する修正運動を行う上で必須となる誤差に関する情報を対象者に与える。
【0095】
結果情報KPは、左右の手すり反力をリアルタイムに提示することで提示可能である。この結果情報KRに関しては、対象動作が歩行という連続動作であるため、動作開始からの推移を指標に反映する必要がある。
【0096】
そこで、手すり反力に対する結果情報KRとして、当該手すり反力値の平均値Laveを時系列的に抽出し、当該平均値Laveと目標値を活用することにより、対象者Pの結果情報KRの認識を促進させる。
【0097】
これらの知見に基づき、パフォーマンス情報KP及び結果情報KRを視覚的に提示する視覚フィードバック系を構築することにより、手すり反力に関するパフォーマンス情報KP及び結果情報KRを認識し、対象者とシステムの間で運動中枢系を含むフィードバックループが形成され、手すり反力の低減に対する運動学習が促進されると考えられる。
【0098】
(1−5−5)手すり反力の低減効果の実証試験
ここで、歩行支援システム1による視覚フィードバック系が、下肢機能障害をもつ対象者Pの手すり反力の低減に対して効果を有することを検証し、さらに手すり反力マップHRFMAPの観点から当該歩行支援システムの効果に対して評価する。
【0099】
実証試験の研究デザインとして、視覚フィードバック系を介入させた場合の手すり反力の低減に対する効果を、当該視覚フィードバック系の介入前後における手すり反力を比較することにより検証する。
【0100】
ここで、症状の自然治療と歩行動作自体に対する慣れといった交絡因子が存在すると想定されることから、このような交絡因子の影響を考慮する必要がある。このため、対象者Pに対する組込基準として、第1に、下肢機能障害を有すること、第2に、視覚フィードバック系による提示画面を理解できること、第3に、維持期段階であること、第4に、定期的に歩行トレーニングを受けていること、を設定する。
【0101】
このような組込基準を満たす対象者Pが、歩行トレーニングシステムを用いて、手すり反力の低減に努めながら10m歩行テストを約30日から40日かけて実施する。1回の歩行トレーニングでは10mテストを10回実施して平均値を取る。この歩行トレーニングシステムの手すり反力の低減に対する効果検証のため、手すり反力マップを目視確認しながら視覚フィードバック系を機能させる。
【0102】
なお、視覚フィードバック系を用いない場合で同等の効果検証を実施したところ、時間経過に伴う手すり反力の低減に及ぼす影響は小さく、維持期の下肢機能障害をもつ対象者Pの手すり反力値は定常であることが確認できた。
【0103】
一方、視覚フィードバック系を用いた場合の効果検証を実施したところ、視覚フィードバック系の介入時効果が手すり反力が有意に低減されたことから、当該視覚フィードバック系が運動学習のためのCNS内の内部モデル構築に必須な因子であることを確認できた。この視覚フィードバック系による介入時効果は、その後の非介入のトレーニングにおいても消滅することなく継続し、介入後効果も得られることも確認できた。
【0104】
以上の結果によれば、歩行トレーニングシステムによる視覚フィードバック系を用いて、下肢機能障害をもつ対象者Pが手すり反力の低減に対して効果を有することを検証することができた。
【0105】
実際に図11(A)〜(E)において、視覚フィードバック系の介入前後における手すり反力の変化を時系列グラフで評価した結果を示す。この図11(A)〜(E)に示すように、下肢機能障害をもつ対象者Pはその機能障害の度合いに関わらず、rH状態及びrL状態の両方において手すり反力の低減を確認することができる。
【0106】
さらに手すり反力マップにおいて、視覚フィードバック系の非介入の場合には、ベクトル向きに規則性が全くないのに対して、視覚フィードバック系の介入の場合は、全ベクトルの向きが原点(0、0)に向かって(右肩上がりに)近づいていることが確認できる。
【0107】
この手すり反力マップを用いた10m歩行テストの30日間にわたる実証試験結果について、対象者6名(F〜K)による視覚フィードバック系の非介入時における手すり反力の変化を図12(A)及び(B)に示す座標系にベクトル表示するとともに、対象者5名(A〜E)による視覚フィードバック系の介入時における手すり反力の変化を図13(A)及び(B)に示す座標系にベクトル表示した。それぞれベクトルを矢印表示したが、実線は右手、破線は左手が対応する。
【0108】
図12(A)及び(B)に示すように、対象者6名(F〜K)の実証試験結果では、手すり反力マップ内のベクトルの向きに規則性が全くないことがわかる。一方、図13(A)及び(B)に示すように、対象者5名(A〜E)の実証試験結果では、手すり反力マップの全てのベクトルの向きが右肩上がりで原点(0、0)に近づいていることがわかる。さらに図13(B)に示すように、手すり反力マップのベクトルが車椅子群から補助具群を経て自立歩行(原点)へと近づいていることから、視覚フィードバック系を介入させた場合の手すり反力の低減に対する効果を検証することができた。
【0109】
この手すり反力マップにおいて、上述したマハラノビス距離による判別分析を施しグレースケールで塗り分けを行った結果、視覚フィードバック系の介入時のベクトルは車椅子群から補助具群へ、補助具群から自立歩行(原点)へ近づいていることが確認できた。
【0110】
以上の結果より、歩行トレーニングシステム1における視覚フィードバック系が下肢機能障害をもつ手すり反力の低減に対して効果を有することを、手すり反力マップにより検証することができた。
【0111】
このように本実施の形態による歩行トレーニングシステム1においては、下肢機能障害をもつ対象者に安全で自立した歩行を再獲得させるために、上肢への依存具合の評価である手すり反力の低減の推移を、手すり反力マップとして可視化し、評価指標を視覚フィードバック系を通じて自立歩行機能改善の効果を格段と向上させることができる。
【0112】
(2)第2の実施の形態
(2−1)定トルク免荷を適用した歩行トレーニングシステム
(2−1−1)HRF免荷器を備えた歩行トレーニング器
図1との対応部分に同一符号を付して示す図14において、歩行トレーニングシステム50における歩行トレーニング器51は、免荷用フレーム5に対して上方から、対象者Pの上半身を全方向から取り囲むような枠体を構成するHRF免荷器(免荷部)52が固定して取り付けられている。
【0113】
このHRF免荷器52は、一端が免荷用フレーム5に固定された支柱53と、当該支柱53の他端から略V字状がアーチを描くように延在する一対の左右のリフトフレーム54A、54Bとを有し、当該左右のリフトフレーム54A、54Bの先端は免荷用フレーム5のU字状の一対の先端にそれぞれ固定して接続されている。
【0114】
左右のリフトフレーム54A、54Bは、左右対称となる枠体形状を有し、様々な体格の対象者Pの身長よりも高くなるように、免荷用フレーム5を基準に上方部の高さが設定されている。
【0115】
HRF免荷器52の左右のリフトフレーム54A、54Bには、共に上方部に一軸駆動装置60A、60Bが取り付けられるとともに、各一軸駆動装置60A、60Bの後端部位を左右方向に橋架するようにサブフレーム61が固定されている。
【0116】
HRF免荷器52の支柱53の端部には、バッテリ62が取り付けられており、各一軸駆動装置60A、60Bに対して電源供給するようになされている。
【0117】
なお、上述した図1に示す歩行トレーニング器2とは異なり、この歩行トレーニング器51では、免荷用フレーム5からワイヤを取り外すとともに、表示部15が支柱53に中央に取り付けられている。
【0118】
左右のリフトフレーム54A、54Bに取り付けられた一軸駆動装置60A、60Bは、バッテリ62からの電源供給を受ける駆動源としてのDCモータ(図示せず)と、当該DCモータの出力軸に一体となって連結されたプーリ70A、70Bとを有する。
【0119】
一対の一軸駆動装置60A、60Bは、それぞれプーリ70A、70BにベルトBTの一端が固定されており、当該各ベルトBTを巻き取ることにより、または巻き戻すことにより、ベルトBTの張力を調整する。双方のベルトBTの他端は、対象者Pの腰部に装着される装着ハーネスの左右端にそれぞれ固定されている。
【0120】
さらに上肢支持用フレーム7には、歩行トレーニング器51の全ての計測機能系や駆動系の設定を入力するための操作パネルを有する操作部75が設けられている。対象者Pは、この操作部75を用いて、一軸駆動装置60A、60BのDCモータによるベルトBTの張力調整を行い得る。
【0121】
(2−1−2)HRF免荷器による視覚フィードバック系の効果検証
この歩行トレーニング器51を適用した歩行トレーニングシステム50において、HRF免荷部52を用いて視覚フィードバック系の効果増幅の実現可能性を検証する。
【0122】
維持期にある下肢機能障害をもつ対象者Pを対象とする実証試験の結果、HRF免荷部52を用いることなく視覚フィードバック系を介入させた場合には、試験1日目では全ての対象者Pに即時的に手すり反力の低減が認められたが、試験2、3日目では低減効果が停滞する傾向にあることが確認された。
【0123】
かかる視覚フィードバック系を介入させる歩行トレーニングにおいて、自立歩行機能を阻害することのない物理的支援、上肢に依存しないと不安と感じる心理的要因の除去、感覚のフィードバック効果を増強させることができれば、手すり反力の低減に対する効果をさらに増幅できると考えられる。
【0124】
このためHRF免荷器52を作動させて、対象者Pが必要とするタイミングで必要量だけ免荷させながら、視覚フィードバック系を介入させることにより、手すり反力の低減に対する効果をさらに増幅させることができる。
【0125】
具体的には、全体の免荷量F(t)は、左右の手すり反力値をLleft(t)及びLright(t)、手すり反力値の移動平均値をLma(t)、目標値をLset(t)、さらに感度調整値をG、オフセット調整値をβとすると、次式、
【0126】
【数2】
が成立する。
【0127】
すなわち、全体の免荷量F(t)は、感度調整値G及びオフセット調整値βを考慮して、必要重量だけ免荷することが可能となる。免荷量は対象者Pの体重や障害の重症度に応じて設定することが望ましい。
【0128】
(3)他の実施の形態
本実施の形態においては、歩行トレーニングシステム1、50における歩行トレーニング器2、51を、図1及び図12に示すような、対象者Pの歩行動作と一緒に移動する車輪付きの歩行器に適用した場合について述べたが、本発明はこれに限らず、対象者Pが自らの手を用いて体重の一部を支持することができれば良く、トレッドミルや杖などの種々の歩行トレーニング器に適用することにより、対象者Pの下肢機能障害の症状に合わせた様々なトレーニング方法にバリエーションを展開することが可能となる。
【0129】
例えば図15に示すような歩行トレーニング器70においては、歩行ベルトが循環移動するトレッドミル上を歩かせる歩行トレーニングを行うことによって、日常生活動作(ADL:Activities of Daily Living)の向上といったリハビリテーション効果を得ることができる。
【0130】
また歩行トレーニング器として杖(図示せず)を用いた場合には、対象者Pは片方の手でしか体重の一部を委ねないが、当該杖に付加される力を把持力検出部により検知すれば、左右の足裏面の重心位置に加わる荷重の切り替えタイミングの一方に同期することから、問題なく上述の評価指標を生成することができる。
【0131】
さらに図1及び図14に示す歩行トレーニング器1、50において、基台フレーム4の前方部位に自律走行可能な移動式ロボット(図示せず)を取り付けておき、対象者Pの自律歩行をサポートするようにしても良い。移動式ロボットの走行状態は、対象者Pの上肢への依存具合の評価である手すり反力の低減状態に応じて調整するのが望ましい。
【0132】
また本実施の形態においては、手すり反力マップを視覚フィードバック系における対象者Pへの感覚として付与する場合について述べたが、この手すり反力マップを表す画像データを外部のサーバ(図示せず)に無線送信しておき、長期間にわたって収集及び蓄積しておくことにより、下肢機能障害の症状ごとの傾向等を分析すれば、対象者Pの個人ごとに最適な診断を行うことも可能となる。このように手すり反力マップの画像データをビッグデータとして取り扱い、外部のサーバに管理運営すれば、歩行に関する指標になるなど幅広い活用に寄与できる。
【0133】
さらに本実施の形態においては、感覚伝達部として、歩行トレーニング器2の制御系ユニット31及び表示部15から構成し、評価指標に基づく感覚としてのフィードバックを表示部15を用いた視覚フィードバック系に適用した場合について述べたが、本発明はこれに限らず、対象者Pの視覚以外にも、音による聴覚や振動による触覚など人間の五感を刺激する感覚としてフィードバックすることができれば、種々の感覚伝達部を広く適用することができる。
【符号の説明】
【0134】
1、50……歩行トレーニングシステム、2、51、70……歩行トレーニング器、3……FRFユニット、4……基台ユレーム、5……免荷用フレーム、7……上肢支持フレーム、7X、7Y……手すり、8、9……車輪、10A、10B……把持部、15……表示部、20……HRFユニット、21F、21R……把持荷重検出部、24……力学的センサ、30……床反力センサ、34、40……制御部、52……HRF免荷器、60A、60B……一軸駆動装置、P……対象者。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15