【文献】
山口 他,負透磁率強磁性体と導体との多層膜によるRFデバイスの表皮効果抑制法,MWE2008 Microwave Workshop Digest,2008年,p.207-210
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記第1の層(P)と、前記第2の層(N)とのどちらか少なくとも一方の層、或いは両方の層が、中心に近い層ほど厚く、外周に近い層ほど薄くなるように構成されることを特徴とする請求項1又は2のいずれか一項に記載の伝送線路。
前記第1の層(P)と前記第2の層(N)のうちの導電率の高い方の層が前記線路断面の中心部に配置されることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の伝送線路。
前記線路断面において前記第1の層(P)および前記第2の層(N)が円形又は楕円形の断面形状を有するとともにこれらの断面形状が相互に同心状に形成されることを特徴とする請求項6に記載の伝送線路。
前記線路断面において前記第1の層(P)および前記第2の層(N)が正方形又は長方形の断面形状を有するとともにこれらの断面形状の中心が前記線路断面の中心と一致することを特徴とする請求項8に記載の伝送線路。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述のように導体のみで形成された伝送線路を用いた場合には、表皮深さδ(δ=√(1/πfμσ)、f:周波数、μ:透磁率、σ:導電率)は、導体の透磁率(比透磁率)μが1であるため、周波数f及び導電率σにより決定され、周波数fが高くなるほど小さくなる。したがって、周波数fが高くなるほど、電気抵抗が高くなり、挿入損失が大きくなってしまう。例えば、高い導電率を有する導体である銅を用いた場合でも、周波数が10GHzで表皮深さは0.65μmとなるため、導体のほとんどの部分に電流が流れない。
【0008】
上記に対して、山口らが表皮深さに起因する挿入損失を抑止することを目的として、正の透磁率材料と負の透磁率材料とを積層する構造が提案されている(非特許文献1参照)。
【0009】
上記非特許文献1の従来技術では、正の透磁率材料と負の透磁率材料とを、それぞれの透磁率の大きさに応じて、それぞれの積層厚さを設計し、透磁率の大きさと層の厚さの積を等しくする手段により、表皮深さに起因する挿入損失が抑制される。
【0010】
ただし、上記非特許文献1の手段は、積層数を増やし、薄膜を多層化することにより挿入損失抑制の効果が高められるが、積層数が少ない場合にその効果が低い。
【0011】
その原因は、積層厚さを透磁率のみに依存して設計しているためであり、伝送線路内の磁界分布及び磁束密度分布を考慮せずに設計しているため、挿入損失の増大の原因となる磁束を打ち消すことができないためである。
【0012】
これに対して、発明者らによる特許文献3および非特許文献2〜5の先行研究では、表皮深さに起因する挿入損失を効果的に抑止することを目的として、正の透磁率材料と負の透磁率材料の積層厚さを最適に設計する技術があり、材料の透磁率および抵抗率に基づいた伝送線路内の電流密度分布、磁界分布および磁束密度分布を考慮して、表皮効果の原因となる伝送線路内の誘導起電力の大きさを最も小さくするための構造が提案されている。
【0013】
しかしながら、上記特許文献3および非特許文献2〜5の手段は、表皮深さに起因する挿入損失を低減することが可能であるが、使用する負の透磁率材料の抵抗率が高い場合に、直流抵抗(ここでは、電流が流れる断面に対する実効的な抵抗を意味する)の増大が伴うため、結果として、総合的な伝送線路の挿入損失が増加する場合もある。
【0014】
本発明は上記に鑑みてなされたものであり、その目的は、高周波伝送線路における表皮深さに起因する挿入損失と、伝送線路の直流抵抗の大きさに配慮し、伝送線路の挿入損失を総合的に低減することができる伝送線路及びその設計方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明に係る伝送線路、配線基板、及び、高周波装置、並びに、伝送線路の設計方法は、上記の目的を達成するために、表皮深さに起因する挿入損失を抑止するための基本的な伝送線路構造を基に、直流抵抗の低減を図り、総合的な伝送線路の挿入損失を低減する伝送線路構造の構成により、課題を解決する。
【0016】
このため、先ず表皮深さに起因する挿入損失を抑止する基本的な伝送線路構造の構成手段を以下に説明する。
【0017】
基本的な伝送線路構造の構成方法に係る第1の特徴は、伝送線路において、正の透磁率を有する層と、負の透磁率を有する層とを備え、前記伝送線路は、前記正の透磁率を有する層に発生する磁束と、前記負の透磁率を有する層に発生する磁束とが互いに打ち消し合う層の厚さで構成される。発生する磁束Φは、磁束密度Bとその面積ベクトルAとの内積B・Aで求めることができる。磁束とその面の法線ベクトルのなす角θとすると、磁束Φ=BAcosθとなる。磁束密度Bが位置により値が変化する場合には、積分によりΦ=∫B・dAにより求められる。また、磁束密度Bは、磁界の強さHとその空間(材料)の透磁率μの積μHで求められる。
【0018】
以上のことから、ある断面を通過する磁束は、Φ=∫μH・dAで求めることができ、その断面において磁束が打ち消し合うようにするためには、正の透磁率材料の厚さt
P(面積A
P)と、その透磁率の大きさμ
Pと、その磁界の強さH
Pによる磁束の積分値をΦ
Pとし、負の透磁率材料の厚さt
N(面積A
N)と、その透磁率の大きさμ
Nと、その磁界の強さH
Nによる磁束の積分値Φ
Nとすると、|Φ
P|=|Φ
N|とすることが望ましい。これにより、磁束が相殺されるため、電磁誘導による誘導起電力が発生せず、表皮効果が発生しない。
【0019】
|Φ
P|=|Φ
N|となる適切な材料厚さを選択するためには、その材料の透磁率と、その位置の磁界の強さを考慮した設計が必要である。従来技術では、磁界の強さの分布を考慮せず、μ
Pの絶対値とt
Pの積と、μ
Nの絶対値とt
Nの積が等しくなることのみを考慮していた。すなわち、|μ
P|・t
P=|μ
N|・t
Nとなるように設定していた。しかし、この設定では、磁界の強さが位置により変化すること、より具体的には、線路断面の中心側から外周側に向かうほど磁界が強くなることを考慮していないため、磁束の打ち消し作用を十分に得ることができなかった。
【0020】
上記構成方法では、磁界の強さが位置により分布することを考慮し、Φ
P=∫μ
PH
P・dA
Pと、Φ
N=∫μ
NH
N・dA
Nとが等しくなるように、材料の厚さt
P、t
Nを決定する。具体的には、一般的に磁界の強さHは、伝送線路の内部において、中心に近いほど小さく、外側に近いほど大きくなる。このため、設定する材料の厚さは、中心に近いほど厚く、外側に近いほど薄くし、どの位置でも磁束の相殺が成り立つように、設定すべきである。
【0021】
上記第1の特徴を考慮して、基本的な伝送線路構造では、内側(又は中心側)に配置される層における透磁率の絶対値と厚さの積が、隣の外側(又は外周側)に配置された層における透磁率の絶対値と厚さの積よりも大きくなるように構成している。これにより、上記従来技術において|μ
P|・t
P=|μ
N|・t
Nに設定した場合よりも磁束の打ち消し効果が高められる。すなわち、基本的な伝送線路構造を備えた伝送線路は、特定の周波数帯域において正の透磁率(μ
P)を有し第1の厚さ(t
P)を備えた第1の層(P)と、前記特定の周波数帯域において負の透磁率(μ
N)を有し第2の厚さ(t
N)を備えた第2の層(N)とを具備し、前記第1の層(P)と前記第2の層(N)が線路断面の内側より外側に向けて交互に配置され、隣り合う前記第1の層(P)と前記第2の層(N)のうち、前記内側に配置された一方の層(P又はN)における前記透磁率の絶対値(|μ
P|又は|μ
N|)と厚さ(t
P又はt
N)との積が、前記外側に配置された他方の層(N又はP)における前記透磁率(|μ
N|又は|μ
P|)と厚さ(t
N又はt
P)との積より大きいことを特徴とする。
【0022】
基本的な伝送線路構造において、前記第1の層(P)と前記第2の層(N)の積層構造を有することが好ましい。両層が積層されることで磁束の減殺作用が高められるとともに製造も容易になる。
【0023】
基本的な伝送線路構造において、前記第1の層(P)と、前記第2の層(N)のどちらか少なくとも一方の層、或いは両方の層が、中心に近い層ほど厚く、外側に近い層ほど薄くなるように構成されることが好ましい。特許文献3では、第1の層(P)と第2の層(N)のそれぞれの層間では必ず内側の層が厚くなり外側の層が薄くなる。また、両層の透磁率の絶対値の差が或る程度小さければ、全ての層について、全体として内側から外側へ向けて薄くなるように構成される。
【0024】
基本的な伝送線路構造において、前記第1の層(P)と前記第2の層(N)のうちの導電率の高い方の層が前記線路断面の中心部に配置されることが好ましい。中心部に配置される層は最も厚く構成できるため、上記構成によって伝送線路の電気抵抗を低減できる。
【0025】
基本的な伝送線路構造において、前記第1の層(P)と前記第2の層(N)のうちの前記特定の周波数帯域における前記透磁率の絶対値(|μ
P|と|μ
N|)の大きい方の層が前記線路断面の中心部に配置されることが好ましい。これにより表皮効果の抑制作用を高めることができ、高周波領域の電気抵抗や損失を低減できる。
【0026】
基本的な伝送線路構造において、隣り合う前記第1の層(P)と前記第2の層(N)の前記厚さ(t
P、t
N)は、前記第1の層(P)に発生する磁束と前記第2の層(N)に発生する磁束とが相互に打ち消し合う値とされることが好ましい。これによれば、前述のように、磁界の強さの分布に応じて表皮効果の抑止作用を大きく高めることができる。
【0027】
基本的な伝送線路構造において、前記線路断面が円形又は楕円形であることが好ましい。この場合に、前記線路断面において前記第1の層(P)および前記第2の層(N)が円形又は楕円形の断面形状を有するとともにこれらの断面形状が相互に同心状に形成されることがさらに望ましい。
【0028】
基本的な伝送線路構造において、前記線路断面が正方形又は長方形であることが好ましい。この場合に、前記線路断面において前記第1の層(P)および前記第2の層(N)が正方形又は長方形の断面形状を有するとともにこれらの断面形状の中心が前記線路断面の中心と一致することがさらに望ましい。
【0029】
次に、基本的な伝送線路構造を備えた配線基板は、上記のいずれかに記載の伝送線路が基板上に形成されることを特徴とする。
【0030】
また、基本的な伝送線路構造を備えた高周波装置は、上記のいずれかに記載の伝送線路が含まれることを特徴とする。この場合において、上記伝送線路は上記特定の周波数帯域で動作する。
【0031】
材料の透磁率と厚さの関係のみを考慮した従来技術に対して、基本的な伝送線路構造の構成方法は伝送線路内部の位置により磁界の強さが異なる場合に有効である。なお、基本的な伝送線路構造の構成方法は、伝送線路断面において、中心から2次元方向に積層構造を有する構造の場合は、円形、楕円形、正方形、長方形、その他の多角形などすべての形状に対して該当する。また、2次元方向の積層だけでなく、1次元方向のみ積層した断面構造にも有効である。さらに、2種類およびそれ以上の材料を積層する構造だけでなく、その原理から、1材料の中にもう1種類の材料を分散させ、その密度により透磁率を変化させる構造にも有効であり、その場合も位置による磁界の強さの分布に応じて、磁束が減殺(好ましくは相殺)されるように、透磁率と材料の体積・厚さを決定することが有効である。
【0032】
基本的な伝送線路構造の別の実施の形態に係る第2の特徴は、上記の特徴を有する伝送線路が、フィルタ効果を有することである。また、このフィルタ特性の帯域をチューナブルとして変化させることもできる。これに付随して、磁界センサ、応力センサ、および、その他各種センサとしての機能も有する。
【0033】
基本的な伝送線路構造で使用する材料の透磁率μは材料により異なり、等方性材料もあれば、異方性材料もある。一般的には、x軸、y軸、z軸の3方向のテンソル行列で表される。さらに、周波数によって透磁率が変化する特性もある。また、この透磁率は、一般に複素数で表現され、その実部はいわゆる有効な透磁率であり、その虚部は損失に相当する成分となる。透磁率は、使用する周波数によってその値が異なる。特に、高周波磁性材料の中には、一軸異方性あるいは一方向異方性を有する材料が知られており、これらの透磁率テンソル行列は、その対角成分(すなわち各方向の透磁率)のうち、ある一軸方向の透磁率のみ特定の透磁率を有し、それ以外の方向の透磁率は真空と同等で比透磁率1として振る舞う。
【0034】
上記高周波磁性材料のある一軸方向の透磁率が示す特定の透磁率とは、周波数特性を有する透磁率であり、その多くはLLG(ランダウ・リフシッツ・ギルバート)方程式に従うとされている。例として、
図11にLLG方程式により算出される透磁率の周波数特性の例を示す。
【0035】
高周波磁性材料の透磁率は、その実部は、強磁性共鳴(磁気共鳴)周波数に近づくと、若干大きくなり、強磁性共鳴周波数で0となり、それより高周波(上記特定の周波数帯域)では負の透磁率を示し、極小値を示し、さらに高い周波数になると比透磁率が+1(すなわち真空の透磁率)に漸近していく。当該材料を上記第2の層(N)として用いる場合は、上述のように負の透磁率を有する周波数帯域が上記特定の周波数帯域となる。
【0036】
一方、高周波磁性材料の透磁率の虚部は、強磁性共鳴周波数で極大ピーク値を示し、それより低い周波数、および、それより高い周波数(上記特定の周波数帯域)では、値が小さくなる。この虚部は、前述の通り、損失を表すものである。
【0037】
さらには、この高周波磁性材料に外部から磁界を印加すると、その印加磁界の大きさによって、強磁性共鳴周波数が変化するとともに、透磁率の大きさも変化する。
【0038】
高周波磁性材料の一軸異方性の起源となっているのは、材料内部の異方性磁界によるものである。この異方性磁界と同じ方向に外部磁界を印加した場合、異方性磁界が強められる方向に作用し、外部磁界が大きくなるほど、強磁性共鳴周波数は高くなり、透磁率の大きさは小さくなる。逆に、異方性磁界と異なる方向(例えば垂直方向)に外部磁界を印加した場合、外部磁界が大きくなるほど、強磁性共鳴周波数は低くなり、透磁率の大きさは小さくなる。いずれにおいても、外部磁界の印加により、透磁率を変化させることが可能である。
【0039】
また、高周波磁性材料の異方性磁界は、内部応力にも起因しており、正磁歪材料か負磁歪材料かにより逆の関係であるが、外部から応力を印加することにより、異方性磁界が変化し、その結果、強磁性共鳴周波数が変化し、透磁率を変化させることが可能である。
【0040】
以上の性質により、基本的な伝送線路構造を有する伝送線路がフィルタ特性を有することを次のように説明できる。透磁率が周波数によって変化するため、ある周波数で正の透磁率材料と負の透磁率材料の厚さ(体積)を、磁束が減殺(好ましくは相殺)されるように決定した場合、その他の周波数では、透磁率が変わるため磁束が減殺(相殺)されなくなる。したがって、ある周波数では、表皮効果が抑制され、抵抗が小さい伝送線路となるが、それ以外の周波数では、表皮効果が発生し、その影響により抵抗が大きい伝送線路となるため、周波数によって抵抗が異なる伝送線路であると言える。
【0041】
これを回路に直列に挿入すれば、ある特定周波数帯が通過しやすいバンドバスフィルタとなり、並列に挿入すれば、ある特定周波数帯が阻止されるバンドストップフィルタとなる。
【0042】
また、外部磁界の印加により透磁率が変化する性質を利用すれば、この通過帯域または阻止帯域を変化させることができる。したがって、外部磁界によるチューナブルフィルタになると考えられる。印加する外部磁界は、近傍に永久磁石を配置するか、または、近傍に配線コイルを置き電流を流すことによる磁界印加を行えば可能である。
【0043】
逆に、ある特定周波数における磁束の減殺(好ましくは相殺)の設計が、製作プロセス等により設計通りに実現できなかった場合、表皮効果抑制が不十分となるが、外部磁界により設計の不具合を製作後に補正することもできる。
【0044】
さらには、外部磁界の印加により透磁率が変化する性質を逆手に取れば、特許文献3の伝送線路は、磁界センサとしても機能する。あるいは、間接的に磁界変化を生じる様々な現象に適用可能な各種センサとして機能する。
【0045】
また、外部応力の印加により透磁率が変化する性質を利用すれば、外部磁界の印加と同様に、通過帯域または素子帯域を変化させることができる。外部応力によるチューナブルフィルタになると考えられる。印加する応力は、MEMS技術等により、磁性薄膜に応力を発生させれば可能である。
【0046】
逆に、ある特定周波数における磁束の減殺(好ましくは相殺)の設計が、製作プロセス等により設計通りに実現できなかった場合にも、外部磁界の印加と同様に、外部応力により設計の不具合を製作後に補正することもできる。
【0047】
さらには、外部応力の印加により透磁率が変化する性質を逆手に取れば、特許文献3の伝送線路は、応力(歪)センサとしても機能する。あるいは、間接的に応力変化を生じる様々な現象に適用可能な各種センサとして機能する。
【0048】
基本的な伝送線路構造の構成方法のさらに別の態様に係る第3の特徴は、1種類の磁性材料でも特許文献3の伝送線路を実現可能なことである。上述のように、高周波磁性材料は、透磁率が周波数によって変化する。また、その周波数特性(強磁性共鳴周波数および透磁率の大きさ)は、内部の異方性磁界により決定される。このことから、磁性材料が1種類であっても、製造プロセスにおいて、異方性磁界が異なるように製造することができる。そうすれば、透磁率を変えることができるため、正の透磁率材料にも負の透磁率材料にもなり、1種類の磁性材料で基本的な伝送線路構造を備えた伝送線路を実現できる。これにより、コストの低減、製造プロセスの簡易化、無駄な材料を排出しないなどの付加価値が得られる。
【0049】
基本的な伝送線路構造の構成方法の他の態様に係る第4の特徴は、通常の高周波磁性薄膜は負の透磁率を有するのは1軸方向のみであるため、1軸方向に沿った伝送線路しか基本的な伝送線路構造の効果が得られないのに対し、2軸方向の伝送線路に対して双方で基本的な伝送線路構造の効果が得られるものである。上述のように高周波磁性薄膜は、1軸方向では特定の(LLG方程式等で表現できる)透磁率特性を有するが、他の軸方向では、比透磁率が+1(真空の透磁率と同等)であり、負の透磁率を実現できない。
【0050】
基本的な伝送線路構造の構成方法では、1つの高周波磁性材料を1軸方向(例えばX軸)に負の透磁率を示すように第1の材料として使用し、もう1つの高周波磁性材料(同じ材料でも構わない)を他の軸方向(例えばY軸)に負の透磁率を示すように第2の材料として使用する。これにより、X軸方向では、第1の材料が負の透磁率材料となり、第2の材料が正の透磁率材料となる。Y軸方向では、第1の材料が正の透磁率材料となり、第2の材料が負の透磁率材料となる。それぞれの軸方向に対して、磁束が減殺(相殺)されるように設計すれば、2軸方向の伝送線路の両方で基本的な伝送線路構造の効果が得られる。
【0051】
このための設計としては、負の透磁率の値が、比透磁率−1となるものを選択することが好ましい。なぜなら、正の透磁率は、上記高周波磁性材料の比透磁率が+1となる軸を利用するためである。1度の製造プロセスで作製される伝送線路のX軸、Y軸の両方において、同じ材料構成となるため、本設計は製造容易性やコスト低減の観点等で高い効果を奏する。
【0052】
次に、基本的な伝送線路構造の構成方法において、正の透磁率材料の抵抗率ρ
P若しくは導電率σ
Pと、負の透磁率材料の抵抗率ρ
N若しくは導電率σ
Nとを考慮した場合について説明する。この場合の考慮とは、あくまでも材料の抵抗率若しくは導電率を表皮効果の抑制作用の観点で考慮することを言う。
【0053】
この場合には、表皮深さに起因する伝送線路の挿入損失を抑止するため、表皮深さの減少を防ぐことが目的であり、表皮深さの減少は、伝送線路内部に発生している交流磁束Φにより、ファラデーの電磁誘導の法則に応じて、誘導起電力eが発生することが原因である。ファラデーの電磁誘導の法則によれば、任意の閉曲線に沿って発生する誘導起電力eの大きさは、閉曲線内部の磁束の時間的変化dΦ/dtで表され、その方向は、レンツの法則により、磁束の変化を妨げる方向に発生する。
【0054】
したがって、一般的にe=−dΦ/dtと表現される。任意の閉曲線内部の磁束を0、または、できるだけ小さくすることにより、誘導起電力eの発生を抑制でき、表皮深さの減少を防ぐことができる。
伝送線路内部の任意の位置での誘導起電力eの大きさは、次のように導出される。
【0055】
図14に、伝送線路の断面における、電流密度J、磁束密度B、起電力eの関係を示す。導体内部に電流Iが電流密度Jで流れるとき、その電流Iにより周囲に磁界Hが生じる。磁界Hは、アンペールの周回路の法則により、伝送線路中心から半径rの距離の円周上には、右ねじ方向に、その円周の内部電流Iを円周の長さ2πrで除した大きさの磁界H=I/2πrで発生する。つまり、磁界Hは半径rの関数となる。特に、アンペールの右ねじの法則およびその対称性により、磁界Hは奇関数となるため、H(r)=−H(−r)となる。なお、内部電流Iは、電流密度Jが一様であればJπr
2となり、一様でない場合は電流密度Jとその通過断面積Aの積分により、I=∫JdAで求めることができる。磁界Hが得られると、磁束密度B=μHであるから、磁界Hにその位置の材料の透磁率μを乗じることにより、求めることができる。
【0056】
基本的な伝送線路構造の構成方法においては、正の透磁率材料の層(P)と負の透磁率材料の層(N)とを積層させた伝送線路を用いるため、隣り合う層の磁束密度Bは、互いに逆方向となり、磁束が打ち消しあう。磁束密度Bは、磁界Hと同様に対称性を有し、奇関数となるため、B(r)=−B(−r)となる。
【0057】
上記により、半径rの位置での誘導起電力は、
図14において、積分経路LOOP1と積分経路LOOP2の合成電界として得ることができる。積分経路LOOP1は半径rの位置から負方向に導体表面r=−r
lineまでの経路で積分し、積分経路LOOP2は半径rの位置から正方向に導体表面r=+r
lineまでの経路で積分する。なお、導体表面より外側の経路については、外側が絶縁性の空間であることから、発生した誘導起電力eは、その経路において絶縁性の空間部分に集中するため、導体部分には電界を生じないので、考慮しなくて良い。
【0058】
それぞれの積分経路の閉曲線内部の磁束Φは、磁束密度Bとその通過断面積(伝送線路長さl×微小区間drであり、計算の都合上、単位長さ当たりで求めるとdrとなる)の積分により、Φ=∫Bdrにより求めることができる。
【0059】
積分経路LOOP1により発生する誘導起電力eは、その内部の磁束の時間的変化を打ち消す場合に、半径rの位置において電流Iと逆向きになる方向(逆位相)に発生する。積分経路LOOP2により発生する誘導起電力eもまた、同様の方向に発生する。
【0060】
なお、積分経路LOOP1の閉曲線内部の磁束Φは、磁束密度Bが奇関数であるため、B(r)=−B(−r)により、位置−rから+rの区間で相殺されるので、−rから負方向に−r
lineまでのみを考慮すれば良い。すると、積分経路LOOP1により発生する誘導起電力eは、積分経路LOOP2により発生する誘導起電力eと等しい大きさとなるため、積分経路LOOP2で求められる誘導起電力の2倍の値となる。つまり、誘導起電力を求める位置rに対して、その位置よりも外側の導体表面までの積分経路の磁束の時間的変化による誘導起電力を求め、2倍すれば良い。
【0061】
【数1】
【0062】
上式より、この積分区間の磁束をより小さくすることが、表皮深さの減少を防ぐことができ、特許文献3の効果の指標として見做すことができる。
【0063】
従来技術では、正の透磁率材料の層(P)と負の透磁率材料の層(N)について、それぞれの透磁率の大きさに応じて、それぞれの積層厚さを設計し、透磁率の大きさと層の厚さの積を等しくする手段により、表皮深さに起因する挿入損失が抑制される。
【0064】
つまり、正の透磁率材料の透磁率μ
P=μ
0・μ
rP、その層の厚さをt
Pとし、負の透磁率材料の透磁率μ
N=μ
0・μ
rN、その層の厚さをt
Nとした場合、|μ
P|t
P=|μ
N|t
Nとすることが述べられている。なお、μ
0は真空透磁率、μ
rPおよびμ
rNは、各材料の比透磁率である。
【0065】
ただし、上記手段は、積層厚さを透磁率のみに依存して設計しており、材料の抵抗率ρ及び導電率σと、伝送線路内の磁界分布及び磁束密度分布を考慮せずに設計しているため、挿入損失の増大の原因となる磁束を十分に打ち消すことができない。
【0066】
ここで、正の透磁率材料の抵抗率ρ
P、導電率σ
Pとし、負の透磁率材料の抵抗率ρ
N、導電率σ
Nとし、説明の都合上、2つの材料の抵抗率の比ρ
NP=ρ
N/ρ
P=σ
P/σ
N、同透磁率の大きさの比|μ
NP|=|μ
N|/|μ
P|=|μ
rN|/|μ
rP|とする。これらのパラメータを用いて、伝送線路の内部の電流密度J、電流I、磁界H、磁束密度B、磁束Φ、誘導起電力eを導出し、誘導起電力eをできるだけ小さくする積層厚さを設計することが基本的な伝送線路構造の構成方法の特徴である。
【0067】
以下に、円形断面構造(同心円構造)を有する積層伝送線路を例として、積層厚さの最適化の手順を記述する。まず、積層構造は、最も内側の中心材料(第1層)は、正の透磁率材料の層(P)であっても負の透磁率材料の層(N)であっても構わないが、内側の層ほど厚くなる基本的な伝送線路構造の構成方法の理論に基づき、抵抗率の低い材料を内側にすることが好ましい。
【0068】
一般的には、正の透磁率材料の方が負の透磁率材料よりも抵抗率が小さいこと(ρ
P<ρ
N、ρ
NP>1)が多いため、ここでは、正の透磁率材料を最も内側の中心材料(第1層)とし、その外側の材料(第2層)を負の透磁率材料とする。以降、交互に積層することで伝送線路を構成する。
【0069】
第1層の正の透磁率材料の層(P)の厚さをt
P1とし、外径の半径をr
P1=t
P1とする。第2層の負の透磁率材料の層(N)の厚さをt
N1とし、外径の半径をr
N1=r
P1+t
N1とする。第3層の正の透磁率材料の層(P)の厚さをt
P2とし、外径の半径をr
P2=r
N1+t
P2とする。第4層の負の透磁率材料の層(N)の厚さをt
N2とし、外径の半径をr
N2=r
P2+t
N2とする。以降、同様に各層の厚さtおよび外径の半径rを定めるものとする。
【0070】
まず、伝送線路内部の電流密度Jを求める。伝送線路に印加される電界Eは、最終的に生じる誘導起電力eを除けば一定であるはずなので、J=E/ρ=σEにより、各材料を流れる電流密度Jを求める。したがって、電流密度は、各材料の抵抗率ρ及び導電率σによって決定し、同一材料内は均一な電流密度となると仮定する。ただし、最終的な誘導起電力eを考慮してフィードバックし、印加電界Eと誘導起電力eを合成した電界により電流密度を求めることが、最終的な最適解に結びつくと考えられる。
【0071】
次に、磁界Hを求めるための電流Iを求める。同心円導体の場合、磁界Hは半径rの円周上で一定となるため、アンペールの法則より、半径rの円の内側を流れる電流を算出する。半径rの円形の内部の電流Iを、上記電流密度Jとその断面積Aから計算する。第n層目の電流Iは、i番目の材料の電流密度J
iおよびその断面積A
i=πr
i2−πr
i−12の積について、i=1からnまでの総和により求まる。
【0072】
【数2】
【0073】
なお、正の透磁率材料の電流密度J
P=E/ρ
P=1と仮定すると、負の透磁率材料の電流密度がJ
N=E/ρ
N=E/(ρ
NP・ρ
P)=1/ρ
NPとなることを用いると、次のように各半径rでの電流I(r)が求まる。
【0074】
【数3】
【0075】
以上のことから、各層の外径の半径をr
P1、r
N1、r
P2、r
N2、・・・として、電流Iを求めると、内側からk番目の正の透磁率材料の層(P)の外径の半径r
Pkより内側の電流I(r
Pk)、内側からk番目の負の透磁率材料の層(N)の外径の半径r
Nkより内側の電流I(r
Nk)は次の式で求められる。
【0076】
【数4】
【0077】
上記電流Iに基づき、アンペールの法則により、磁界Hを求める。半径rの円周上の磁界Hは、磁界Hと円周長さ2πrの積が、その内部の電流Iと等しい関係から、H=I/2πrにより求まる。このとき、磁界Hはrの関数として表され、電流Iは上記で得られる値を用いる。
【0078】
【数5】
【0079】
以上のことから、各層の外径の半径をr
P1、r
N1、r
P2、r
N2、・・・として、磁界Hを求めると、内側からk番目の正の透磁率材料の層(P)層の半径r
Pkの磁界H(r
Pk)、内側からk番目の負の透磁率材料の層(N)の半径r
Nkの磁界H(r
Nk)は次の式で求められる。
【0080】
【数6】
【0081】
次に、上記磁界Hより、磁束密度Bを求める。磁束密度B=μHである。従って、上記の磁界Hにその材料の透磁率μを乗じることにより、磁束密度Bが求まる。磁束密度Bも磁界Hと同様にrの関数となる。正の透磁率材料の層(P)か負の透磁率材料の層(N)かによって、磁束密度の方向が+か−か決まる。
【0082】
最後に、磁束Φおよび誘導起電力eを求める。半径rの位置での誘導起電力は、上記のように、積分経路LOOP2で求められる誘導起電力の2倍の値となることから、次式を適用して求まる。
【0083】
【数7】
【0084】
つまり、誘導起電力を求める半径rの位置よりも外側における磁束の積分値の大きさを小さくすることが、誘導起電力の大きさを小さくし、表皮深さの減少を防ぐことがわかる。なお、半径rの外周側の全磁束に対して行われる時間微分は、電界Eの周波数fによって定まる2πfの係数をもたらす。
【0085】
次に、上記誘導起電力eの大きさを伝送線路全体について評価するために、誘導起電力eの影響の程度或いは表皮深さの減少の程度を伝送線路全体について示すことができる指標Dを設定する。この指標Dは、一般的には伝送線路の全線路断面Csにわたって上記の誘導起電力eを積分した値であり、例えば、上記の説明のように伝送線路が円形断面構造(同心円断面構造)を有する場合には、以下の式によって求めることができる。
【0086】
【数8】
【0087】
上記指標Dは、上述のように、正の透磁率材料の層(P)の透磁率μ
P、抵抗率ρ
P又は導電率σ
P、厚みt
Pk(或いは、外径r
Pk)、負の透磁率材料の層(N)の透磁率μN、抵抗率ρ
N又は導電率σ
N、厚みt
Nk(或いは、外径r
Nk)に基づいて算出することができる。そして、この指標Dを、上記従来技術の伝送経路の指標Dsと比較する。すなわち、この比較対象となる指標Dsは、伝送線路が正の透磁率材料の層(P)と負の透磁率材料の層(N)が交互に積層されてなる場合の全積層数L(=2n又は2n−1)と、当該伝送線路の外径r
lineとを同じに設定するとともに、上述のように全ての層の透磁率の絶対値と厚みの積が一定である条件(|μ
P|・t
P=|μ
N|・t
N)下における値である。そして、D<Dsであれば、上記従来技術の対応する伝送線路よりも誘導起電力eの影響が小さく、表皮深さの減少も抑制できることが判る。なお、上述の説明では正の透磁率材料の層(P)を内側(中心側)に配置しているが、逆に負の透磁率材料の層(N)を内側(中心側)に配置する場合には、順番の前後を考慮することにより上記と同様に誘導起電力eや指標D、Dsを計算することができる。また、正の透磁率材料の層(P)と負の透磁率材料の層(N)のうちの少なくとも一方の層が異なる材料で構成された二種類以上の材料のいずれかで構成され、合計で三種類以上の層からなる積層構造を有する場合には、当該三種類以上の各層の透磁率をそれぞれ該当する材料の透磁率に設定して上述の計算をすればよい。
【0088】
次に、伝送線路の最適設計の手法について説明する。伝送線路を最適に設計するためには、正の透磁率材料(P)の層の磁束ΦPと負の透磁率材料(N)の層の磁束ΦNが、できるだけ相殺して合わせて0になるように、隣接する層の磁束を等しくすることが重要である。理想的には、各層の磁束について、|Φ
P1|=|Φ
N1|=|Φ
P2|=|Φ
N2|=・・・となるように、各層の外径の半径r
P1、r
N1、r
P2、r
N2、・・・を内側の層から順次最適に設計することになる。
【0089】
具体的には、次のように求める。まず、Φ
P1については、r
P1=1と仮定した場合、以下のようにΦ
P1=μ
P/4が最適解の基準となる。
【0090】
【数9】
【0091】
また、以下のように、Φ
N1については、Φ
N1=Φ
P1となるr
N1が最適解である。
【0092】
【数10】
【0093】
さらに、以下のように、Φ
P2については、Φ
P2=Φ
P1となるr
P2が最適解である。
【0094】
【数11】
【0095】
また、以下のように、Φ
N2については、Φ
N2=Φ
P1となるr
N2が最適解である。
【0096】
【数12】
【0097】
以上のことから、基本的な伝送線路構造の構成方法による各層の厚さの設計方法は、正の透磁率材料の層(P)の透磁率μ
P=μ
0・μ
rP、抵抗率ρ
P、導電率σ
P、負の透磁率材料の層(N)の透磁率μ
N=μ
0・μ
rN、抵抗率ρ
N、導電率σ
Nをパラメータとし、それぞれの層の厚さt
P1、t
N1、t
P2、t
N2、・・・とした場合に、上記の各式により求められる伝送線路の内部の電流密度J、電流I、磁界H、磁束密度B、磁束Φ、誘導起電力eを順次導出し、誘導起電力eの大きさをできるだけ小さくする積層厚さを設計するものである。さらに言えば、上記の説明の前提として、同一材料内は均一な電流密度となると仮定したことに対して、得られた誘導起電力eをフィードバックした電流密度分布を考慮することにより、さらに最適な設計に近づけることができる。
【0098】
なお、これらの計算により誘導起電力eが最小となる最適な各層の厚さを設計するには、複雑な計算を要し、単純な式では表記できないため、電子計算機(コンピュータ)などを用いて、数値計算プログラムにより近似解を導出することが必要となる。
【0099】
材料の抵抗率ρ及び導電率σと、伝送線路内の磁界分布及び磁束密度分布を考慮していない従来技術は、|μ
P|・tP=|μ
N|・t
Nとなる設計を適用すると、材料の抵抗率ρ及び導電率σの値によって、指標となる誘導起電力eの大きさが変わることになる。基本的な伝送線路構造の構成方法では、少なくとも従来技術の上記設計による誘導起電力eの大きさよりも、誘導起電力eの大きさが小さくなるように設計する。
【0100】
具体的には、基本的な伝送線路は、特定の周波数帯域において正の透磁率(μ
P)と所定の抵抗率(ρ
P)又は導電率(σ
P)を有し第1の厚さ(t
P)を備えた第1の層(P)と、前記特定の周波数帯域において負の透磁率(μ
N)と所定の抵抗率(ρ
N)又は導電率(σ
N)を有し第2の厚さ(t
N)を備えた第2の層(N)とを具備し、前記第1の層(P)と前記第2の層(N)が線路断面の内側より外側に向けて交互に配置されて所定の積層数(L)と線路外径(r
line)を備えた積層構造を有し、前記特定の周波数帯域内の周波数(f)の電界(E)が存在する場合における伝送線路内で生ずる誘導起電力(e)の全線路断面(Cs)にわたる積分値(D)は、前記積層数(L)と前記線路外径(r
line)を備えるとともに各層の透磁率の絶対値と厚さの積が一定である場合の前記周波数(f)における前記誘導起電力(e)の全線路断面(Cs)にわたる積分値(Ds)よりも小さい。
【0101】
この基本的な伝送線路構造の構成方法について、その一例を示す
図15を参照して説明する。
図15は、誘導起電力eによる逆起電力の大きさを中心からの位置rに対して求めたものである。ここで、負の透磁率材料を用いない従来の導体のみの伝送線路をLineAとして示し、その誘導起電力eの最大値を正規化して1とし、従来技術(非特許文献1)による伝送線路構造をLineBとし、特許文献3の伝送線路構造をLineCとして示す。
図15の上図(a)は、単層の伝送線路LineAと2層の伝送線路LineB2と2層の伝送線路LineC2の誘導起電力を比較したものであり、
図15の下図(b)は、単層の伝送線路LineAと4層の伝送線路LineB4と4層の伝送線路LineC4の誘導起電力eを比較したものである。単層の伝送線路LineAでは、太い実線で示すように、誘導起電力e(逆起電力)は伝送線路の内側(中心側)で大きく、外側(外周側)に向かうほど小さくなり、その減少率も増大する。
【0102】
ここでは、正の透磁率材料の透磁率の大きさと負の透磁率材料の透磁率の大きさが等しく(|μ
P|=|μ
N|)、抵抗率及び導電率の大きさも等しい(ρ
P=ρ
N)場合について、示している。従来技術の伝送線路LineBでは、負の透磁率材料を用いることにより、2層構造や4層構造で、積層数に応じて誘導起電力eの大きさを低減することができているが、その効果は不十分である。
【0103】
一方で、基本的な伝送線路構造の伝送線路LineCでは、負の透磁率材料を用いて、最適な積層厚さに設計することにより、誘導起電力eを大幅に低減し、部分的に誘導起電力eを0にすることも実現できている。そして、誘導起電力eの全線路断面Csにわたる積分値Dは、
図15の各グラフの線と縦軸及び横軸によって囲まれた面積に相当する。そして、例えば、同じ積層数L同士で比較すると、特許文献3の伝送線路LineCの上記積分値Dは、従来の伝送線路LineBの上記積分値Dsより大幅に小さくなることが判る。当該積分値D、Dsは、伝送線路内の逆起電力による表皮効果の大きさを表すため、本願発明の伝送線路LineCでは従来の伝送線路LineBに比べて表皮効果による実質的な抵抗率の増大を大幅に抑制できる。本願発明の有利な効果は積層数Lの如何に限らず得られるものであるが、
図15に示すように、特に、少ない積層数Lの場合に効果が顕著である。なお、
図15は上述のように正の透磁率材料(P)と負の透磁率材料(N)で透磁率の絶対値と抵抗率及び導電率が等しい特殊な場合について示すものであるが、両層の透磁率の絶対値や抵抗率及び導電率が異なる場合でも上記の傾向は同じになる。このように、誘導起電力eの大きさを線路断面Cs全体として低減できれば、表皮深さの減少を防ぐことができ、挿入損失を抑止することができると考えられる。
【0104】
以上が、基本的な伝送線路構造及びその構成方法の特徴であるが、上記基本的な伝送線路構造及びその構成方法について、正の透磁率を有する層または負の透磁率を有する層のいずれかの抵抗率が高い場合、抵抗率の高い層の厚さを大きくするほど直流抵抗が大きくなり、挿入損失を増大する要因となる。
【0105】
このため、本発明では、基本的な伝送線路構造の積層厚さの設定よりも、抵抗率の高い層の厚さが小さいことを特徴とする。具体的には、上記基本的な伝送線路構造の構成方法により、積層数L(2n又は2n−1)の全ての第1の層P
iの第1の厚さt
Piと、全ての第2の層N
iの第2の厚さt
Niとを仮に設定する。この場合、積層数L=2nであり、上記方法の表皮効果の抑制のための最適値となる厚さに設定することが好ましい。そして、この仮に設定した各厚さを有する伝送線路構造をS1とし、前記第1の層(P
i)と前記第2の層(N
i)のうちの前記抵抗率が低い方の材料からなる前記層が全線路断面(Cs)を占める伝送線路構造をS0とする。ここで、上記構造S1の前記特定の周波数帯域における電磁波解析の計算により表皮効果と抵抗率による損失率をLoss(S1)とし、上記構造S0の前記損失率をLoss(S0)とする。そして、第1の層Pと第2の層Nのうちのいずれか抵抗率が高い方の材料からなる前記各層の断面積若しくは厚さの比率を均等に低下させ、抵抗率が低い方の材料からなる前記各層の断面積若しくは厚さの比率を均等に増加させていくように、前記第1の厚さ(t
Pi)と前記第2の厚さ(t
Ni)を漸次変化させていったときの各構造SPの前記損失率Loss(SP)が、前記損失率Loss(S1)と前記損失率Loss(S0)のいずれか小さい方よりもさらに小さくなる範囲内の値に設計する。
【0106】
上記損失率Lossは評価指標IDの一例であり、後述するように、伝送効率に関する指標であり、表皮効果の抑制作用と抵抗率による影響を示すものであれば、エネルギー透過率T
E、エネルギー伝達効率Xなどであってもよい。この場合には、各層の厚さを、各構造SPの評価指標ID(SP)が上記構造S1の評価指標ID(S1)と上記構造S0の評価指標ID(S0)のうちの良い方よりもさらに良くなる範囲内の値に設計する。また、「前記抵抗率が高い方の材料からなる前記各層の断面積若しくは厚さの比率を均等に低下させ、前記抵抗率が低い方の材料からなる前記各層の断面積若しくは厚さの比率を均等に増加させていくように、前記第1の厚さ(t
Pi)と前記第2の厚さ(t
Ni)を漸次変化させていったときの」各構造(SP)の前記特定の周波数帯域における電磁波解析の計算によりそれぞれ算出した、表皮効果と抵抗率を考慮したSパラメータを用いて表現される伝送効率に関する評価指標ID、といった場合には、基本的に変化させる態様自体は結果には影響しないため、「前記第1の厚さ(t
Pi)と前記第2の厚さ(t
Ni)を変化させたときの」各構造(SP)の前記特定の周波数帯域における電磁波解析の計算によりそれぞれ算出した、表皮効果と抵抗率を考慮したSパラメータを用いて表現される伝送効率に関する評価指標ID、と等価である。
【0107】
ここで、例えば、積層数Lが2nのときには、伝送線路構造S1の内側から対応する順番の第1の層と第2の層の厚さの和t
i=t
Pi+t
Niを一定とし、抵抗率の高い材料からなる各層の厚さの比率を均等に低下させ、抵抗率の低い材料からなる各層の厚さの比率を均等に増加させるように、各層の厚さを変化させていけばよい。ここで、上記厚さの和を一定に保ちつつ、各層の断面積の比率を均等に増減させる方法で、各層の厚さを変化させていってもよい。いずれの場合でも、上記の厚さの変化態様は、上記の基本的な伝送線路構造の特徴点、例えば、第1の層Pと第2の層Nのそれぞれにおいて、内側から外側に向かうほど各層の厚さが薄くなっていく傾向、を維持しつつ、抵抗率の低い材料の比率を増大させていくことを意味する。
【0108】
以上のことは、正の透磁率を有する層または負の透磁率を有する層のいずれか抵抗率の低い材料のみで構成した伝送線路(これは直流抵抗が最小となる構造)を比較対象1とし、特許文献3の基本的な伝送線路構造の構成方法の特徴である表皮効果を最小とした積層厚さで構成した伝送線路(これは表皮深さに起因する挿入損失が最小となる構造)を比較対象2とし、山口らの非特許文献1の積層厚さで構成した伝送線路を比較対象3とした場合に、高周波伝送線路においては、直流抵抗と表皮効果を総合した挿入損失について、比較対象1、比較対象2および比較対象3のうち総合的な挿入損失が最も小さい構成の伝送線路よりも、さらに挿入損失を小さくできる積層厚さの構成があることを意味している。
【0109】
このため、本発明では、基本的な伝送線路構造の構成方法の積層厚さの設定を基準とし、抵抗率の高い層の厚さを段階的に小さくして直流抵抗を減じることにより、直流抵抗と表皮効果を総合した挿入損失を小さく、従来よりも低損失な伝送線路構造を設計することを特徴とする。
【0110】
以上の説明による評価指標IDの算出は、後述するように、円柱・円筒積層構造の伝送線路において、各層内の伝送方向の電流密度分布(i
z1(r)、 i
z2(r)、i
z3(r)、・・・、i
zL(r))を求めた上で、これらの各層ごとの電流密度分布(i
z1(r)、 i
z2(r)、i
z3(r)、・・・、i
zL(r))に基づいて、各層の電流(I
1、I
2、I
3、・・・、I
L)を求め、最終的に伝送線路全体(積層構造全体)の全電流Iを求めることができる。また、各層ごとの電流密度分布(i
z1(r)、 i
z2(r)、i
z3(r)、・・・、i
zL(r))に基づいて、各層ごとの損失(Loss
1、Loss
2、Loss
3、・・・、Loss
L)を求め、最終的に伝送線路全体(積層構造全体)の全損失Lossを求めることができる。したがって、この方法においても、上述と同様の態様で、伝送線路構造を構成することができ、また、この算出方法に基づいて、上述と同様の態様で、伝送線路構造の設計を行うことができる。また、この場合には、二つの異なる材料からなる層が交互に積層される場合に限らず、また、正の透磁率材料と負の透磁率材料とを含む積層構造に限らず、複数の層構造一般において評価指標IDを求めることができるため、積層構造内の各層の構造寸法を適宜に変更しながら評価指標IDを求めていくことによって、構造寸法と評価指標の複数の組を得ることができる。そして、この複数の組の中から、評価指標IDの最良値を含む、評価指標の良好な領域を設定し、この領域内の評価指標IDが得られるときの構造寸法を設計値とする設計手法が実現できる。
【発明の効果】
【0111】
基本的な伝送線路構造の構成方法による伝送線路は、次の特徴を有する。
【0112】
伝送線路内の磁界分布及び磁束密度分布を考慮することにより、前記正の透磁率を有する層に発生する磁束の量と、前記負の透磁率を有する層に発生する磁束の量とを従来技術よりも大きく減殺し合う層の厚さで構成されるため、挿入損失の増大を抑制することができる。
【0113】
また、基本的な伝送線路構造の構成方法による伝送線路は隣接する伝送線路等が発生する電磁界に対しても同様に、従来技術よりも高い磁束の打ち消し効果が得られるため、近接効果による電流の偏りを抑止することもできる。
【0114】
近接効果の軽減は、隣接する伝送線路同士が近接する配置の場合や、コイル形状の伝送線路及びインダクタを構成する場合に、非常に有効であり、近接効果による伝送線路の挿入損失の抑止及びインダクタの性能の向上に有効である。
【0115】
基本的な伝送線路構造の構成方法の特徴は、特に積層数が少ない場合に、伝送線路内の磁界分布及び磁束密度分布を考慮しない従来技術に対して、挿入損失をより効果的に抑止することができる。すなわち、積層数が少ない場合には線路断面の各層内の磁束を十分に減殺することができないが、基本的な伝送線路構造の構成方法では線路断面内の磁界分布を考慮して各層の厚さを設定することで、少ない積層数でも磁束の減殺作用を高めることができるため、製造コストと性能の向上とを両立させることができる。
【0116】
また、負の透磁率を有する材料は、一般的に、周波数に対して透磁率の値が変化するものが多いため、磁束の打ち消し効果が高くなるように設計された特定の周波数では挿入損失が小さいが、それ以外の周波数で挿入損失が大きくなることがある。この場合、特許文献3の伝送線路は、特定の周波数では挿入損失が小さく、それ以外の周波数で挿入損失が大きいことから、フィルタとして利用することができる。この場合のフィルタとは、基本的な伝送線路構造の構成方法による伝送線路を、回路に直列に使用した場合にバンドパスフィルタとなり、回路に並列に使用した場合にバンドストップフィルタとなる。
【0117】
一方、負の透磁率を有する材料は、一般的に、磁界を印加することにより、透磁率の周波数特性が変化する。具体的には、材料内部に保有する内部磁界に対して、外部から印加する磁界が強めあう場合には、透磁率の周波数特性が高周波側にシフトし、又、透磁率の絶対値が小さくなる。逆に、材料内部に保有する内部磁界に対して、外部から印加する磁界が弱め合う場合には、透磁率の周波数特性が低周波側にシフトし、又、透磁率の絶対値が大きくなる。
【0118】
この磁界の印加による透磁率の周波数特性が変化する性質を利用して、伝送線路の層の厚さが目的とする周波数において最適な厚さでない場合、外部から磁界を印加することにより、挿入損失が小さくなる最適な状態に調整することができる。
【0119】
この磁界の印加により挿入損失低減の最適周波数が変化する性質を利用して、前記フィルタの通過或いは阻止帯域を可変に構成することができる。
【0120】
磁性薄膜の透磁率は、磁界の印加以外にも、応力の印可によって変化することが知られている。応力の印可による透磁率の周波数特性が変化する性質を利用して、磁界の印可と同様の効果が得られる。
【0121】
磁界および応力の印可によって、透磁率の周波数特性が変化する性質を逆に利用して、磁界センサおよび応力センサを構成することができる。また、磁界や応力の発生を伴う物理現象全ての検出に応用することができる。
【0122】
以上の基本的な伝送線路構造の構成方法による伝送線路の特徴を踏まえて、基本的な伝送線路構造の構成方法による積層厚さの設定を基準として抵抗率の高い層の厚さを変化させて(例えば段階的に小さくして)設計する本発明の特徴は、上述の基本的な伝送線路構造の構成方法による伝送線路と同様の特徴を持つと考えられる。
【0123】
加えて、本発明の特徴は、表皮効果や近接効果に起因する伝送線路の交流損失と直流抵抗による直流損失を総合的に考慮して挿入損失を小さくできるので、従来よりも低損失な高周波伝送線路構造を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0125】
次に、添付図面を参照して本発明に係る実施の形態について詳細に説明する。最初に本発明の実施形態の前提となる基本構成について説明する。
【0126】
(第1の基本構成)
最初に、本発明の第1の基本構成について
図1を参照して説明する。
図1は、この発明の第1の基本構成に係る伝送線路の断面構成を示す断面構造図である。
【0127】
正の透磁率を有する材料をAとし、負の透磁率を有する材料をBとする。正の透磁率を有する材料Aのうち、中心に近い層から順にA1、A2とし、負の透磁率を有する材料Bのうち、中心に近い層から順にB1、B2とする。伝送線路は、少なくとも1つ以上の層Aおよび少なくとも1つ以上の層Bを有する。
図1では、材料Aが2層、材料Bが2層の構造を示す。発明の効果を高めるためには、層Aおよび層Bをさらに複数積層することも考えられる。また、断面構造を円形としているが、楕円形でも基本的概念は同様である。また、最も内側の層(中心材料)が、
図1では正の透磁率を有する層Aとしているが、負の透磁率を有する層Bとしても良い。また、材料Aと材料Bの導電率を比較して、導電率の高い材料を中心材料とした方が低い電気抵抗を得ることができる点で効果が高い。これは、本基本構成においては、中心部を構成する材料の方が、線路断面における占有断面積が大きくなるからである。
【0128】
各層は同心円状に配置される。
図1は、層Aの透磁率の大きさ|μ
A|と層Bの透磁率の大きさ|μ
B|が等しい場合の断面構造を示しており、この場合、伝送線路の中心の層ほど厚く、外側の層ほど薄くすることが、本発明の特徴である。
【0129】
|μ
A|=|μ
B|の場合、中心層A1の外径D
A1(その半径r
A1)を1とした場合、第2層B1の外径D
B1(その半径r
B1)は√2とすることにより、層A1の磁束と層B1の磁束が相殺される。同様に、第3層A2の外径D
A2(その半径r
A2)は√3とすることにより、層B1の磁束と層A2の磁束が相殺される。同様に、第4層B2の外径D
B2(その半径r
B2)は2とすることにより、層A2の磁束と層B2の磁束が相殺される。なお、このような各層の厚さの比は一例であり、この例のように隣接する層の磁束同士が完全に相殺される必要はなく、下記に示す従来技術の場合よりも磁束同士の減殺度合が高くなればよい。例えば、第2層B1の外径D
B1(又はその半径r
B1)はD
A1(又はr
A1)より大きく2D
A1(又は2r
A1)より小さければよく、第3層A2の外径D
A2(又はその半径r
A2)はD
B1より大きく2D
B1−D
A1(又は2r
B1−r
A1)より小さければよく、第4層B2の外径D
B2(又はその半径r
B2)はD
A2より大きく2D
A2−D
B1(又は2r
A2−r
B1)より小さければよい。
【0130】
従来技術では、|μ
A|=|μ
B|の場合、層Aと層Bの厚さは等しくなるため、中心層A1の外径D
A1(その半径r
A1)を1とした場合、第2層B1の外径D
B1(その半径r
B1)は2、第3層A2の外径D
A2(その半径r
A2)は3、第4層B2の外径D
B2(その半径r
B2)は4となる。
【0131】
本発明は従来技術に対して、伝送線路全体の厚さ(外径)が同じならば本発明の方が優位であり、特に、層数が少ないほど本発明の効果の優位性が高い。つまり、本発明は、層数が少なくても表皮効果の抑制に高い効果があるため、従来技術に対して、層数を少なくしても効果を得ることができ、構造の簡略化、作製の容易化、生産性の向上、作製コストの低コスト化が図れるため、産業的な観点からも優位である。
【0132】
図1の第1の基本構成に係る伝送線路の作製方法として、中心導体は押し出し成型などにより円柱状の導線を作製する方法が考えられる。この際、押し出しの条件や磁界の印可などにより、その材料の透磁率特性を制御することも可能である。中心導体の周囲に作製される各層は、表面コーティングやめっき処理などにより同心円状の層を作製する方法が考えられる。この際、コーティングやめっきの条件や張力の印可、磁界の印可などにより、その材料の透磁率特性を制御することも可能である。
【0133】
なお、負の透磁率材料などが作製プロセスの問題で中心材料として用いることができない場合は、最も内側の層(中心材料)を正の透磁率を有する層Aとすることで、本構造を実施できる。
【0134】
層Aの透磁率の大きさ|μ
A|と層Bの透磁率の大きさ|μ
B|を比較した場合、|μ
A|>|μ
B|ならば、層Aの厚さが層Bの厚さよりも相対的に薄くなるため、層Aを中心に配置し、その周囲に層Bを配置すると表皮効果の抑制作用が高まる。同様に、|μ
A|<|μ
B|ならば、層Bを中心に配置し、その周囲に層Aを配置すると表皮効果の抑制作用が高まる。すなわち、中心部に透磁率の絶対値の大きな材料を配置すると中心層を薄く構成できるため、伝送線路において厚さ方向に層Aと層Bを細かく交互に配置できるから、表皮効果を抑制しやすくなり、高周波領域での電気抵抗と損失を低減できる。
【0135】
なお、空気などとの反応による酸化・腐食やその防止のためのコーティング材料との界面における反応を防ぐため、反応しにくい材料を最も外側の層に選択すると良い。
【0136】
第1の基本構成に係る伝送線路は、断面形状が円形構造であるため、磁束の発生経路と断面構造が一致することにより、構造的に楕円形形状や後述する第3から第8の基本構成の伝送線路のような四角形の断面よりも表皮効果の抑制効果が高い。また、この実施の形態では、各層が同心状に構成される(各層の中心点が相互に一致している)ため、表皮効果の抑制作用も等方的に得られるから、効果を高めやすいという利点がある。
【0137】
(第2の基本構成)
次に、本発明の第2の基本構成について
図2を参照して説明する。
図2は、この発明の実施形態の基本構成に係る伝送線路の断面構成を示す断面構造図である。
【0138】
正の透磁率を有する材料をAとし、負の透磁率を有する材料をBとする。正の透磁率を有する材料Aのうち、中心に近い層から順にA1、A2とし、負の透磁率を有する材料Bのうち、中心に近い層から順にB1、B2とする。伝送線路は、少なくとも1つ以上の層Aおよび少なくとも1つ以上の層Bを有する。
図2では、材料Aが2層、材料Bが2層の構造を示す。発明の効果を高めるためには、層Aおよび層Bをさらに複数積層することも考えられる。また、断面構造を円形としているが、楕円形でも基本的概念は同様である。また、最も内側の層(中心材料)が、
図2では正の透磁率を有する層Aとしているが、負の透磁率を有する層Bとしても良い。また、材料Aと材料Bの導電率を比較して、導電率の高い材料を中心材料とした方が上記と同様に効果が高い。
【0139】
各層は同心円状に配置される。
図2は、層Aの透磁率の大きさ|μ
A|と層Bの透磁率の大きさ|μ
B|を比較して、|μ
A|>|μ
B|となる場合の断面構造を示しており、例として、層Aの透磁率の大きさ|μ
A|が層Bの透磁率の大きさ|μ
B|が3倍大きい(|μ
A|=3|μ
B|)場合の断面構造を示している。この場合、隣り合う層Aと層Bの厚さは、磁束Φが相殺されるように構成され、
図1の|μ
A|=|μ
B|の場合と比較して、隣り合う層Aの厚さに対する層Bの厚さの比率は、相対的に薄くなる比率で配置される。
図2は、この場合、同一材料の層A1と層A2の厚さ、あるいは、層B1と層B2の厚さを比較すると、伝送線路の中心の層ほど厚くすることが、また、外側の層ほど薄くすることが、本発明の特徴である。
【0140】
図2は、層Aの透磁率が層Bの透磁率の3倍である場合、つまり|μ
A|=3|μ
B|となる場合の例であり、中心層A1の外径D
A1(その半径r
A1)を1とした場合、第2層B1の外径D
B1(その半径r
B1)は2とすることにより、層A1の磁束と層B1の磁束が相殺される。同様に、第3層A2の外径D
A2(その半径r
A2)は√5とすることにより、層B1の磁束と層A2の磁束が相殺される。同様に、第4層B2の外径D
B2(その半径r
B2)は√8とすることにより、層A2の磁束と層B2の磁束が相殺される。
【0141】
|μ
A|=3|μ
B|の場合、中心層A1の外径D
A1(その半径r
A1)を1とした場合、第2層B1の外径D
B1(その半径r
B1)は2とすることにより、層A1の磁束と層B1の磁束が相殺される。同様に、第3層A2の外径D
A2(その半径r
A2)は√5とすることにより、層B1の磁束と層A2の磁束が相殺される。同様に、第4層B2の外径D
B2(その半径r
B2)は√8とすることにより層A2の磁束と層B2の磁束が相殺される。
【0142】
従来技術では、|μ
A|=3|μ
B|の場合、層Aの厚さt
Aと層Bの厚さt
Bは、3t
A=t
Bとなるように構成されるだけであったため、中心層A1の外径D
A1(その半径r
A1)を1とした場合、第2層B1の外径D
B1(その半径r
B1)は4、第3層A2の外径D
A2(その半径r
A2)は5、第4層B2の外径D
B2(その半径r
B2)は8となる。
【0143】
本発明の基本構成は従来技術に対して、伝送線路全体の厚さ(外径)が同じならば本発明の方が優位であり、特に、層数が少ないほど本発明の効果の優位性が高い。つまり、本発明の基本構成は、層数が少なくても表皮効果の抑制に高い効果があるため、従来技術に対して、層数を少なくしても効果を得ることができ、構造の簡略化、作製の容易化、生産性の向上、作製コストの低コスト化が図れるため、産業的な観点からも優位である。
【0144】
層Aの透磁率の大きさ|μ
A|が層Bの透磁率の大きさ|μ
B|のn倍である(|μ
A|=n|μ
B|)場合、中心層A1の外径D
A1(その半径r
A1)を1とした場合、第2層B1の外径D
B1(その半径r
B1)は√(n+1)とすることにより、層A1の磁束と層B1の磁束が相殺される。同様に、第3層A2の外径D
A2(その半径r
A2)は√(n+2)とすることにより、層B1の磁束と層A2の磁束が相殺される。同様に、第4層B2の外径D
B2(その半径r
B2)は√(2(n+1))とすることにより、層A2の磁束と層B2の磁束が相殺される。
【0145】
上記の例は、磁界の強さHが中心からの距離(半径)rに比例し、H=a・r(aは定数)で示される場合を想定して求めたものである。すなわち、隣接する層AとBについて、層Aにより生ずる磁束密度と層Bにより生ずる磁束密度が互いに逆向きで同じ絶対値をもつ条件から、層Aと層Bについて、それぞれの磁束密度の絶対値の距離rに関する積分値(磁束に相当する。)が相互に等しいとして、層Aの外面の中心からの距離r
Aと、層Aの外側に隣接する層Bの外面の中心からの距離r
Bの関係を求めた結果から得たものである。この場合、磁束密度はΦ=2π∫μHdr=2πa∫μrdrとなるので、層Aについて∫|μ
A|rdrを層Aの最小距離r
Aiから最大距離r
Aoまで積分した値と、層Bについて∫|μ
B|rdrを層Bの最小距離r
Biから最大距離r
Boまで積分した値とが等しくなる条件(ただし、層AとBが境を接していればr
Ao=r
Biとなる。)で計算を行い、各層の厚さを求めることができる。例えば、中心層A1と第2層B1については、∫|μ
A|rdrを中心層Aの距離範囲である0から最大距離r
A1まで積分した値と、∫|μ
B|rdrを第2層A1の最小距離r
A1から最大距離r
B1まで積分した値とが等しいとすると、以下のr
A1からr
B1を求める式、
r
B1={(|μ
A|+|μ
B|)/|μ
B|}
1/2・r
A1…(1)
が成立する。ここで、上述のように|μ
A|=n|μ
B|のときには上記式(1)からr
B1=√(n+1)・r
A1が得られる。
【0146】
また、次の第3層A2についても、∫|μ
A|rdrを最小距離r
B1から最大距離r
A2まで積分した値が上述の中心層A1又は第2層B1について積分した値と等しくなる条件で、r
A1からr
A2を求める式(2)が得られる。
r
A2={(|μ
A|+2|μ
B|)/|μ
B|}
1/2・r
A1…(2)
ここで、上述のように|μ
A|=n|μ
B|のときには上記式(2)からr
A2=√(n+2)・r
A1が得られる。
【0147】
さらに、第4層B2についても、∫|μ
B|rdrを最小距離r
A2から最大距離r
B2まで積分した値が上述の中心層A1、第2層B1又は第3層A2について積分した値と等しくなる条件で、r
A1からr
A2を求める式(3)が得られる。
r
B2={2(|μ
A|+|μ
B|)/|μ
B|}
1/2・r
A1…(3)
ここで、上述のように|μ
A|=n|μ
B|のときには上記式(3)からr
A2=√{2(n+1)}・r
A1が得られる。
【0148】
以上のようにして、中心層A1の最大距離(半径)r
A1から、第2層の最大距離(半径)r
B1、第3層の最大距離(半径)r
A2、第4層の最大距離(半径)r
B2を、上記式(1)、(2)、(3)により求めることができ、第5層以上の層がある場合はこれらについても同様の手法で求めることができる。この手法は、本基本構成に限らず、後述する他の基本構成についても適用できる。
【0149】
ただし、第1の基本構成と同様に、上記手法は隣接する層の磁束が打ち消し合う条件に設定された本発明の構成の一例を示すに過ぎない。例えば、中心側(内側)にある層の透磁率の絶対値|μ|と厚さtの積が外周側(外側)に隣接する層の透磁率と厚さの積より大きくなれば本発明の効果を得ることができ、例えば、中心層A1と第2層B1の関係で言えば、以下の式(4)が成立すればよい。
|μ
A|・t
A>|μ
B|・t
B…(4)
この条件は、中心から離れる方向に増大する磁界分布による影響を低減できるという点で、従来方法の|μ
A|・t
A=|μ
B|・t
Bに比べて有利な効果をもたらす。この条件は、本基本構成に限らず、後述する他の基本構成についても適用できる。
【0150】
図2の第2の基本構成に係る伝送線路の作製方法は、第1の基本構成に係る伝送線路の場合と同様に、中心導体は押し出し成型などにより円柱状の導線を作製する方法が考えられる。この際、押し出しの条件や磁界の印可などにより、その材料の透磁率特性を制御することも可能である。中心導体の周囲に作製される各層は、表面コーティングやめっき処理などにより同心円状の層を作製する方法が考えられる。この際、コーティングやめっきの条件や張力の印可、磁界の印可などにより、その材料の透磁率特性を制御することも可能である。
【0151】
なお、負の透磁率材料などが作製プロセスの問題で中心材料として用いることができない場合は、最も内側の層(中心材料)を正の透磁率を有する層Aとすることで、本構造を実施できる。
【0152】
層Aの透磁率の大きさ|μ
A|と層Bの透磁率の大きさ|μ
B|を比較した場合、|μ
A|>|μ
B|ならば、層Aの厚さが層Bの厚さよりも相対的に薄くなるため、層Aを中心に配置し、その周囲に層Bを配置すると上記と同様に効果が高まる。同様に、|μ
A|<|μ
B|ならば、層Bを中心に配置し、その周囲に層Aを配置すると上記と同様に効果が高まる。
【0153】
なお、空気などとの反応による酸化・腐食やその防止のためのコーティング材料との界面における反応を防ぐため、反応しにくい材料を最も外側の層に選択すると良い。
【0154】
第2の基本構成に係る伝送線路は、第1の基本構成に係る伝送線路と同様に、断面形状が円形構造であるため、磁束の発生経路と断面構造が一致することにより、構造的に楕円形形状や後述する第3から第8の基本構成の伝送線路のような四角形の断面よりも表皮効果の抑制効果が高い。また、この基本構成でも、各層が同心状に構成される(各層の中心点が相互に一致している)ため、表皮効果の抑制作用も等方的に得られるから、効果を高めやすいという利点がある。
【0155】
(第3の基本構成)
次に、本発明の第3の基本構成について
図3を参照して説明する。
図3は、この発明の実施形態の第3の基本構成に係る伝送線路の断面構成を示す断面構造図である。
【0156】
正の透磁率を有する材料をAとし、負の透磁率を有する材料をBとする。正の透磁率を有する材料Aのうち、中心に近い層から順にA1、A2とし、負の透磁率を有する材料Bのうち、中心に近い層から順にB1、B2とする。伝送線路は、少なくとも1つ以上の層Aおよび少なくとも1つ以上の層Bを有する。
図3では、材料Aが2層、材料Bが2層の構造を示す。発明の効果を高めるためには、層Aおよび層Bをさらに複数積層することも考えられる。また、断面構造を正方形としているが、長方形でも基本的概念は同様である。また、最も内側の層(中心材料)が、
図3では正の透磁率を有する層Aとしているが、負の透磁率を有する層Bとしても良い。また、材料Aと材料Bの導電率を比較して、導電率の高い材料を中心材料とした方が上記と同様に効果が高い。負の透磁率材料の作製が表面コーティングやめっき処理などである場合、作製プロセスの問題で中心材料として用いることができない場合は、最も内側の層(中心材料)を正の透磁率を有する層Aとすることで、本構造を実施できる。
【0157】
各層は中心を同じくする正方形を重ねる断面構造で配置される。
図3は、層Aの透磁率の大きさ|μ
A|と層Bの透磁率の大きさ|μ
B|が等しい場合の断面構造を示しており、この場合、伝送線路の中心の層ほど厚く、外側の層ほど薄くすることが、本発明の特徴である。
【0158】
|μ
A|=|μ
B|の場合、中心層A1の一辺の長さL
A1を1としたときには、第2層B1の一辺の長さL
B1は√2とすることにより、層A1の磁束と層B1の磁束が相殺される。同様に、第3層A2の一辺の長さL
A2は√3とすることにより、層B1の磁束と層A2の磁束が相殺される。同様に、第4層B2の一辺の長さL
B2は2とすることにより、層A2の磁束と層B2の磁束が相殺される。
【0159】
従来技術では、|μ
A|=|μ
B|の場合、層Aと層Bの厚さは等しくなるため、中心層A1の一辺の長さL
A1を1とした場合、第2層B1の一辺の長さL
B1は2、第3層A2の一辺の長さL
A2は3、第4層B2の一辺の長さL
B2は4となる。
【0160】
本発明の基本構成は従来技術に対して、伝送線路全体の厚さ(一辺の長さ)が同じならば本発明の方が優位であり、特に、層数が少ないほど本発明の効果の優位性が高い。つまり、本発明は、層数が少なくても表皮効果の抑制に高い効果があるため、従来技術に対して、層数を少なくしても効果を得ることができ、構造の簡略化、作製の容易化、生産性の向上、作製コストの低コスト化が図れるため、産業的な観点からも優位である。
【0161】
層Aの透磁率が層Bの透磁率のn倍である場合、つまり|μ
A|=n|μ
B|となる場合は、
図3の|μ
A|=|μ
B|の場合とは異なる比率で配置される。ただし、層Aのみあるいは層Bのみを比較した場合、伝送線路の中心の層ほど厚く、外側の層ほど薄くすることが、本発明の基本構成の特徴である。
【0162】
|μ
A|=n|μ
B|の場合、中心層A1の一辺の長さL
A1を1とした場合、第2層B1の一辺の長さL
B1は√(n+1)とすることにより、層A1の磁束と層B1の磁束が相殺される。同様に、第3層A2の一辺の長さL
A2は√(n+2)とすることにより、層B1の磁束と層A2の磁束が相殺される。同様に、第4層B2の一辺の長さL
B2は√(2(n+1))とすることにより、層A2の磁束と層B2の磁束が相殺される。なお、この基本構成においても、第2の基本構成で説明した式(1)〜(3)で径を長さに変えれば同様に考えることができ、また、この条件に限らず、上記式(4)で示したように透過率の絶対値|μ|と厚さtの積が隣り合う中心側の層で大きく外周側の層で小さく構成されていればよい。
【0163】
層Aの透磁率の大きさ|μ
A|と層Bの透磁率の大きさ|μ
B|を比較した場合、|μ
A|>|μ
B|ならば、層Aの厚さが層Bの厚さよりも相対的に薄くなるため、層Aを中心に配置し、その周囲に層Bを配置すると上記と同様に効果が高まる。同様に、|μ
A|<|μ
B|ならば、層Bを中心に配置し、その周囲に層Aを配置すると上記と同様に効果が高まる。
【0164】
なお、空気などとの反応による酸化・腐食やその防止のためのコーティング材料との界面における反応を防ぐため、反応しにくい材料を最も外側の層に選択すると良い。
【0165】
第3の基本構成に係る伝送線路は、断面形状が正方形であるため、第1の基本構成に係る伝送線路および第2の基本構成に係る伝送線路に比べて、作製が難しいと考えられる。また、円形と比べて磁束の相殺ができにくい。ただし、後述する第5の基本構成に係る伝送線路のように、一次元方向に積層する構造に変更することより、膜の積層によって作製できるため、プリント基板や集積回路、積層チップ部品などの産業応用面で適合性が高い。また、この基本構成でも、各層の中心点が相互に一致しているため、表皮効果の抑制作用も等方的に得られるから、効果を高めやすいという利点がある。
【0166】
(第4の基本構成)
次に、本発明の第4の基本構成について
図4を参照して説明する。
図4は、この発明の第4の基本構成に係る伝送線路の断面構成を示す断面構造図である。
【0167】
図4の第4の基本構成に係る伝送線路の断面構成は、
図3の第3の基本構成に係る伝送線路の断面構成の正方形断面を長方形断面に変更した例であり、基本的な概念は、
図3の第3の基本構成に係る伝送線路と同様である。
【0168】
正の透磁率を有する材料をAとし、負の透磁率を有する材料をBとする。正の透磁率を有する材料Aのうち、中心に近い層から順にA1、A2とし、負の透磁率を有する材料Bのうち、中心に近い層から順にB1、B2とする。伝送線路は、少なくとも1つ以上の層Aおよび少なくとも1つ以上の層Bを有する。
図4では、材料Aが2層、材料Bが2層の構造を示す。発明の効果を高めるためには、層Aおよび層Bをさらに複数積層することも考えられる。また、断面構造を横長の長方形としているが、縦長の長方形でも基本的概念は同様である。また、最も内側の層(中心材料)が、
図3では正の透磁率を有する層Aとしているが、負の透磁率を有する層Bとしても良い。また、材料Aと材料Bの導電率を比較して、導電率の高い材料を中心材料とした方が上記と同様に効果が高い。負の透磁率材料の作製が表面コーティングやめっき処理などである場合、作製プロセスの問題で中心材料として用いることができない場合は、最も内側の層(中心材料)を正の透磁率を有する層Aとすることで、本構造を実施できる。
【0169】
各層は中心を同じくする長方形を重ねる断面構造で配置される。
図3は、層Aの透磁率の大きさ|μ
A|と層Bの透磁率の大きさ|μ
B|が等しい場合の断面構造を示しており、この場合、伝送線路の中心の層ほど厚く、外側の層ほど薄くすることが、本発明の特徴である。
【0170】
|μ
A|=|μ
B|の場合、中心層A1の長辺(あるいは短辺)の長さL
A1を1とした場合、第2層B1の長辺(あるいは短辺)の長さL
B1は√2とすることにより、層A1の磁束と層B1の磁束が相殺される。同様に、第3層A2の長辺(あるいは短辺)の長さL
A2は√3とすることにより、層B1の磁束と層A2の磁束が相殺される。同様に、第4層B2の長辺(あるいは短辺)の長さL
B2は2とすることにより、層A2の磁束と層B2の磁束が相殺される。
【0171】
従来技術では、|μ
A|=|μ
B|の場合、層Aと層Bの厚さは等しくなるため、中心層A1の長辺(あるいは短辺)の長さL
A1を1とした場合、第2層B1の長辺(あるいは短辺)の長さL
B1は2、第3層A2の長辺(あるいは短辺)の長さL
A2は3、第4層B2の長辺(あるいは短辺)の長さL
B2は4となる。
【0172】
本発明の基本構成は従来技術に対して、伝送線路全体の厚さ(長辺(あるいは短辺)の長さ)が同じならば本発明の方が優位であり、特に、層数が少ないほど本発明の効果の優位性が高い。つまり、本発明は、層数が少なくても表皮効果の抑制に高い効果があるため、従来技術に対して、層数を少なくしても効果を得ることができ、構造の簡略化、作製の容易化、生産性の向上、作製コストの低コスト化が図れるため、産業的な観点からも優位である。
【0173】
層Aの透磁率が層Bの透磁率のn倍である場合、つまり|μ
A|=n|μ
B|となる場合は、
図4の|μ
A|=|μ
B|の場合とは異なる比率で配置される。ただし、層Aのみあるいは層Bのみを比較した場合、伝送線路の中心の層ほど厚く、外側の層ほど薄くすることが、本発明の特徴である。
【0174】
|μ
A|=n|μ
B|の場合、中心層A1の長辺(あるいは短辺)の長さL
A1を1とした場合、第2層B1の長辺(あるいは短辺)の長さL
B1は√(n+1)とすることにより、層A1の磁束と層B1の磁束が相殺される。同様に、第3層A2の長辺(あるいは短辺)の長さL
A2は√(n+2)とすることにより、層B1の磁束と層A2の磁束が相殺される。同様に、第4層B2の長辺(あるいは短辺)の長さL
B2は√(2(n+1))とすることにより、層A2の磁束と層B2の磁束が相殺される。なお、この基本構成においても、第2の基本構成で説明した式(1)〜(3)で径を長さに変えれば同様に考えることができ、また、この条件に限らず、上記式(4)で示したように透過率の絶対値|μ|と厚さtの積が隣り合う中心側の層で大きく外周側の層で小さく構成されていればよい。
【0175】
層Aの透磁率の大きさ|μ
A|と層Bの透磁率の大きさ|μ
B|を比較した場合、|μ
A|>|μ
B|ならば、層Aの厚さが層Bの厚さよりも相対的に薄くなるため、層Aを中心に配置し、その周囲に層Bを配置すると上記と同様に効果が高まる。同様に、|μ
A|<|μ
B|ならば、層Bを中心に配置し、その周囲に層Aを配置すると上記と同様に効果が高まる。
【0176】
なお、空気などとの反応による酸化・腐食やその防止のためのコーティング材料との界面における反応を防ぐため、反応しにくい材料を最も外側の層に選択すると良い。
【0177】
第4の基本構成に係る伝送線路は、断面形状が長方形であるため、第3の基本構成に係る伝送線路と同様に、第1の基本構成に係る伝送線路および第2の基本構成に係る伝送線路に比べて、作製が難しいと考えられる。また、円形と比べて磁束の相殺ができにくい。ただし、後述する第5の基本構成に係る伝送線路のように、一次元方向に積層する構造に変更することより、膜の積層によって作製できるため、プリント基板や集積回路、積層チップ部品などの産業応用面で適合性が高い。また、この基本構成でも、各層の中心点が相互に一致しているため、表皮効果の抑制作用も等方的に得られるから、効果を高めやすいという利点がある。
【0178】
(第5の基本構成)
次に、本発明の第5の基本構成について
図5を参照して説明する。
図5は、この発明の第5の基本構成に係る伝送線路の断面構成を示す断面構造図である。
【0179】
正の透磁率を有する材料をAとし、負の透磁率を有する材料をBとする。正の透磁率を有する材料Aのうち、中心に近い層から順にA1、A2とし、負の透磁率を有する材料Bのうち、中心に近い層から順にB1、B2とする。各層は、中心に対して上下両方向に対称に配置される。この場合、図示例では上下方向中央の図示しない水平な平面が対称面となる。伝送線路は、少なくとも1つ以上の層Aおよび少なくとも1つ以上の層Bを有する。
図5では、中心を対称面として、その片側に材料Aが2層、材料Bが2層の積層構造を示す。発明の効果を高めるためには、層Aおよび層Bをさらに複数積層することも考えられる。また、断面構造を正方形としているが、長方形でも基本的概念は同様である。また、最も内側の層(中心材料)が、
図5では正の透磁率を有する層Aとしているが、負の透磁率を有する層Bとしても良い。また、材料Aと材料Bの導電率を比較して、導電率の高い材料を中心材料とした方が上記と同様に効果が高い。中心材料の厚さが最も厚くなるため、いずれかの材料が厚膜化困難な場合、厚膜化しやすい材料を中心材料とすることにより、作製が容易となる。逆に、いずれかの材料が薄膜化困難な場合、薄膜化困難な材料を中心材料とすることにより、作製が容易となる。
【0180】
各層は真ん中を中心に上下対称に積層された断面構造で配置される。
図5では、層Aの透磁率の大きさ|μ
A|と層Bの透磁率の大きさ|μ
B|が等しい場合の断面構造を示しており、この場合、伝送線路の中心側(内側)の層ほど厚く、外側の層ほど薄くすることが、本発明の基本構成の特徴である。
【0181】
|μ
A|=|μ
B|の場合、中心層A1の厚さt
A1を1とした場合、第2層B1の対称面からの最大距離が√2/2、上下にある第2層B1のそれぞれの厚さt
B1は(√2−1)/2とすることにより、層A1の磁束と層B1の磁束が相殺される。同様に、第3層A2の上記最大距離が√3/2、上下にある第3層A2のそれぞれの厚さt
A2は(√3−1)/2とすることにより、層B1の磁束と層A2の磁束が相殺される。同様に、第4層B2の上記最大距離が2/2、上下にある第4層B2のそれぞれの厚さt
B2は(2−√3)/2とすることにより、層A2の磁束と層B2の磁束が相殺される。
【0182】
従来技術では、|μ
A|=|μ
B|の場合、層Aと層Bの厚さは等しくなるため、中心層A1の厚さt
A1を1とした場合、第2層B1の厚さt
B1、第3層A2の厚さt
A2、第4層B2の厚さt
B2は全て1となる。
【0183】
本発明の基本構成は従来技術に対して、伝送線路全体の厚さが同じならば本発明の方が優位であり、特に、層数が少ないほど本発明の効果の優位性が高い。つまり、本発明の基本構成は、層数が少なくても表皮効果の抑制に高い効果があるため、従来技術に対して、層数を少なくしても効果を得ることができ、構造の簡略化、作製の容易化、生産性の向上、作製コストの低コスト化が図れるため、産業的な観点からも優位である。
【0184】
層Aの透磁率が層Bの透磁率のn倍である場合、つまり|μ
A|=n|μ
B|となる場合は、
図5の|μ
A|=|μ
B|の場合とは異なる比率で配置される。ただし、層Aのみあるいは層Bのみを比較した場合、伝送線路の中心の層ほど厚く、外側の層ほど薄くすることが、本発明の特徴である。
【0185】
|μ
A|=n|μ
B|の場合、中心層A1の厚さt
A1を1とした場合、対称面の上下にあるそれぞれの第2層B1の厚さt
B1は(√(n+1)−1)/2とすることにより、層A1の磁束と層B1の磁束が相殺される。同様に、上下それぞれの第3層A2の厚さt
A2は(√(n+2)−√(n+1))/2とすることにより、層B1の磁束と層A2の磁束が相殺される。同様に、上下それぞれの第4層B2の厚さtB2は(√(2(n+1)−√(n+2))/2とすることにより、層A2の磁束と層B2の磁束が相殺される。なお、この基本構成においても、第2の基本構成で説明した式(1)〜(3)で半径を対称面からの距離に変えれば同様に考えることができ、また、この条件に限らず、上記式(4)で示したように透過率の絶対値|μ|と厚さtの積が隣り合う中心側の層で大きく外周側の層で小さく構成されていればよい。
【0186】
層Aの透磁率の大きさ|μ
A|と層Bの透磁率の大きさ|μ
B|を比較した場合、|μ
A|>|μ
B|ならば、層Aの厚さが層Bの厚さよりも相対的に薄くなるため、層Aを中心に配置し、その周囲に層Bを配置すると上記と同様に効果が高まる。同様に、|μ
A|<|μ
B|ならば、層Bを中心に配置し、その周囲に層Aを配置すると上記と同様に効果が高まる。
【0187】
第5の基本構成に係る伝送線路は、断面形状が積層構造であるため、プリント基板や集積回路、積層チップ部品などの産業応用面で適合性が非常に高く、上述した第1から第4の基本構成に係る伝送線路に比べて、膜の積層によって作製できるため、作製が容易であると考えられる。ただし、円形、楕円形、正方形、長方形の断面構造と比べて磁束の相殺ができにくい。積層方向の表皮効果を抑制することは可能であるが、積層方向に垂直な方向の表皮効果の抑制はできない。また、この基本構成でも、線路断面上の中央の平面に対して各層が上下対称に配置されているため、表皮効果の抑制作用も上下対称に得られるから、効果を高めやすいという利点がある。
【0188】
図5の第5の基本構成に係る伝送線路の作製方法として、各層は、スパッタ、蒸着、めっき、フォトリソグラフィ、スクリーン印刷、エッチングなどにより作製する方法が考えられる。この際、成膜中あるいは成膜後に、磁界印可、応力印加などにより、その材料の透磁率特性を制御することも可能である。
【0189】
なお、空気などとの反応による酸化・腐食やその防止のためのコーティング材料との界面における反応を防ぐため、反応しにくい材料を最も外側の層に選択すると良い。
【0190】
(第6の基本構成)
次に、本発明の第6の基本構成について
図6を参照して説明する。
図6は、この発明の第6の基本構成に係る伝送線路および基板の断面構成を示す断面構造図である。
【0191】
図6の第6の基本構成に係る伝送線路の断面構成は、
図5の第5の基本構成に係る伝送線路の下に基板Sが配置されたものであり、基板S上に各層を順次に積層することによって構成される。基本的な概念は、第5の基本構成に係る伝送線路と同様である。第5の基本構成に係る伝送線路の説明で述べた、プリント基板や集積回路、積層チップ部品などの産業応用に適合させた例を示したものである。本基本構成では、基板Sの有無を除き、他の点については全て第5の基本構成に記載した内容を適用できる。
【0192】
(第7の基本構成)
次に、本発明の第7の基本構成について
図7を参照して説明する。
図7は、この発明の第7の基本構成に係る伝送線路の断面構成を示す断面構造図である。
【0193】
正の透磁率を有する材料をAとし、負の透磁率を有する材料をBとする。伝送線路は、少なくとも1つ以上のAおよび少なくとも1つ以上のBを有する。正の透磁率を有する材料Aのうち、中心に近い層から順にA1、A2とし、負の透磁率を有する材料Bのうち、中心に近い層から順にB1、B2とする。各層は、中心に対して左右両方向に対称に配置される。第5の基本構成に係る伝送線路に対して、層の積層方向が上下か左右かの違いのみであり、原理的に第5の基本構成に係る伝送線路と同様である。したがって、本基本構成においては、積層方向の相違を除き、他の点については全て第5の基本構成に記載した内容を適用できる。また、第6の基本構成と同様に本基本構成を基板S上に形成してもよい。この場合、基板Sの表面を本基本構成の積層方向に沿った面としてもよく、また、積層方向と直交する面としてもよい。
【0194】
(第8の基本構成)
次に、本発明の第8の基本構成について
図8を参照して説明する。
図8は、この発明の第8の基本構成に係る伝送線路の断面構成を示す断面構造図である。
【0195】
正の透磁率を有する材料をAとし、負の透磁率を有する材料をBとする。基本的な概念は、第3の基本構成に係る伝送線路に準じ、隣り合う層の磁束が相殺される構造であり、伝送線路の中心の層ほど厚く、外側の層ほど薄くすることが、本発明の基本構成の特徴である。ただし、中心から外側に一様に積層する構造と異なり、市松模様のような断面構造としている。構造が複雑であるため作製が困難であるが、磁束の相殺効果は、第3から第7の基本構成に係る伝送線路に比べて、効果が高いと考えられる。
図8の伝送線路は、上記第6の基本構成と同様に、基板S上に積層されたものとして形成できる。
【0196】
図8の第8の基本構成に係る伝送線路の作製方法として、ホログラムなどの作製方法に類似し、三次元パターニング技術などを利用して作製する方法が考えられる。この際、作製条件などにより、その材料の透磁率特性を制御することも可能である。もちろん、二次元のパターニング技術を用いて各層ごとに形成していってもよい。また、上記構造を第6の基本構成のように基板S上に形成してもよい。本基本構成においても、上記第5の基本構成や第6の基本構成に記載した内容は同様に適用できる。
【0197】
(第9の基本構成)
次に、本発明の第9の基本構成について
図9および
図10を参照して説明する。
図9は、この発明の第9の基本構成に係る伝送線路について、基板平面を上から見た平面構造図である。
図10は、この発明の第9の基本構成に係る伝送線路について、基板上に開けられた穴の部分の基板断面を示す断面構造図である。
【0198】
本基本構成は、基板Sにスルーホール(またはビア)穴Hを開け、その内部を接続する伝送線路に関するものである。正の透磁率を有する材料をAとし、負の透磁率を有する材料をBとする。正の透磁率を有する材料Aのうち、中心に近い層から順にA1、A2とし、負の透磁率を有する材料Bのうち、中心に近い層から順にB1、B2とする。伝送線路は、少なくとも1つ以上の層Aおよび少なくとも1つ以上の層Bを有する。
図9では、材料Aが2層、材料Bが2層の構造を示す。発明の効果を高めるためには、層Aおよび層Bをさらに複数積層することも考えられる。また、断面構造を円形としているが、楕円形でも基本的概念は同様である。また、
図9および
図10の伝送線路の中心は穴Hの部分となり、円筒状伝送線路であるが、穴Hが埋まるまで満たしても構わず、この場合は第1および第2の基本構成に係る伝送線路と同様となる。また、最も内側の層が、正の透磁率を有する層Aとしているが、負の透磁率を有する層Bとしても良い。また、材料Aと材料Bの導電率を比較して、導電率の高い材料を中心材料とした方が上記と同様に効果が高い。
【0199】
各層は同心円状に配置される。伝送線路の中心の層ほど厚く、外側の層ほど薄くすることが、本発明の基本構成の特徴である。
【0200】
従来技術では、|μ
A|=|μ
B|の場合、層Aと層Bの厚さは等しくなるため、最も内側の層A1の厚さt
A1を1とした場合、第2層B1の厚さt
B1も1、第3層A2の厚さt
A2も1、第4層B2の厚さt
B2も1となる。本発明の基本構成の場合は、その原理により、隣り合う層の磁束が相殺されるように、中心に近い層ほど厚く、外側の層ほど薄くする。
【0201】
層Aの透磁率の大きさ|μ
A|と層Bの透磁率の大きさ|μB|を比較した場合、|μ
A|>|μ
B|ならば、層Aの厚さが層Bの厚さよりも相対的に薄くなり、逆に、|μ
A|<|μ
B|ならば、層Bの厚さが層Aの厚さよりも相対的に薄くなる。
【0202】
層Aの透磁率の大きさ|μ
A|と層Bの透磁率の大きさ|μ
B|を比較した場合、|μ
A|>|μ
B|ならば、層Aの厚さが層Bの厚さよりも相対的に薄くなるため、層Aを中心に配置し、その周囲に層Bを配置すると上記と同様に効果が高まる。同様に、|μ
A|<|μ
B|ならば、層Bを中心に配置し、その周囲に層Aを配置すると上記と同様に効果が高まる。
【0203】
本発明は従来技術に対して、円筒状伝送線路全体の厚さが同じならば本発明の方が優位であり、特に、層数が少ないほど本発明の効果の優位性が高い。つまり、本発明の基本構成は、層数が少なくても表皮効果の抑制に高い効果があるため、従来技術に対して、層数を少なくしても効果を得ることができ、構造の簡略化、作製の容易化、生産性の向上、作製コストの低コスト化が図れるため、産業的な観点からも優位である。
【0204】
第9の基本構成に係る伝送線路の作製方法として、各層は穴Hに面した外側から順次、めっきや蒸着、スパッタなどの成膜方法により積層して作製することが考えられる。コーティングによって成膜してもよい。この際、成膜条件や磁界印可などにより、その材料の透磁率特性を制御することも可能である。成膜後の熱処理時の磁界印加などの条件によっても制御可能である。
【0205】
なお、空気などとの反応による酸化・腐食やその防止のためのコーティング材料との界面における反応を防ぐため、反応しにくい材料を最も内側の層に選択すると良い。
【0206】
第9の基本構成に係る伝送線路は、第1および第2の基本構成に係る伝送線路と同様に、断面形状が円形構造であるため、磁束の発生経路と断面構造が一致するため、構造的に楕円形形状や第3から第8の基本構成の伝送線路のような四角形の断面よりも表皮効果の抑制効果が高い。なお、他の点については第1の基本構成や第2の基本構成に記載した内容を適用することができる。
【0207】
(他の基本構成)
なお、本発明は、前述の基本構成に限るものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々変更可能である。
【0208】
例えば、前述の基本構成においては、伝送線路の断面構造を挙げているが、それらの断面構造は例示であり、限定されるものではない。また、断面構造のみを記述しているが、本発明の基本構成の断面構造を有する伝送線路を用いた配線基板、並びに、これらを用いた高周波装置(インダクタ、キャパシタ、抵抗器、増幅器、フィルタ、整合器、結合器などの高周波デバイス、或いは、高周波回路等)全般が対象となる。
【0209】
次に、本発明の基本構成すべてに係る、磁性材料の特性について記述する。
図11に、一軸異方性を有する磁性材料の複素比透磁率の周波数特性を示す。横軸は周波数fで、その単位はGHzである。縦軸は複素比透磁率μ
rの実部μ
r′および虚部μ
r″であり、その単位は無次元である。グラフの実線が複素比透磁率の実部μ
r′を示し、グラフの破線が複素比透磁率の虚部μ
r″を示す。一軸異方性を有する磁性材料は、高周波材料として一般的に利用されるものであり、内部に有している異方性磁界H
kが磁性材料の複素比透磁率の周波数特性を決定する要因となっている。複素比透磁率の周波数特性はLLG方程式により表現される。
【0210】
図11において、Aと示される曲線は、異方性磁界H
kA=8kA/mとした材料Aの複素比透磁率の周波数特性を示し、Bと示される曲線は、異方性磁界H
kB=28kA/mとした材料Bの複素比透磁率の周波数特性を示したものである。なお、両材料の飽和磁化Msは1.76TとしてLLG方程式で計算している。材料Aの静的比透磁率をμ
rA、材料Bの静的比透磁率をμ
rBとし、材料Aの強磁性共鳴周波数をf
rA、材料Bの強磁性共鳴周波数をf
rBとして示した。材料Aおよび材料Bは、その異方性磁界H
kのみが異なり、その飽和磁化Msは互いに等しいものとした場合、H
kA<H
kBならば、μ
rA>μ
rB、f
rA<f
rBとなる。つまり、材料の異方性磁界H
kを大きくすると、静的比透磁率μ
rsは小さくなり、強磁性共鳴周波数f
rは大きくなる。
【0211】
磁性材料の複素比透磁率の周波数特性は、強磁性共鳴周波数f
rを境に、正の透磁率から負の透磁率に変化する。また、強磁性共鳴周波数f
rでは、複素比透磁率の虚部が極大ピークを示し、複素比透磁率の虚部は損失を示す量である。強磁性共鳴周波数frは異方性磁界H
kが大きいほど大きいとされており、また、透磁率(静的比透磁率)の大きさは異方性磁界が大きいほど小さいとされる。材料Aおよび材料Bは、その異方性磁界Hkのみが異なりH
kA<H
kBであるため、μ
rA>μ
rB、f
rA<f
rBとなる。言い換えれば、透磁率の周波数特性は、異方性磁界H
kによって制御することができる。
【0212】
正の透磁率を備えた層Aを構成する材料としては、Cu、Al、Agやこれらの合金などの導電率の高い材料を用いることが好ましく、非磁性材料を用いることができるが、磁性材料であってもよい。一方、負の透磁率を備えた層Bを構成する材料としては、NiFe、CoFeAlO、CoFeSiO
2、CoPdSiO、CoZrNbなどの磁性材料を用いることができる。
【0213】
なお、外部からの磁界H
extを印加すると、磁性材料に作用する磁界は異方性磁界H
kと外部磁界H
extの合成磁界として与えられるため、材料の異方性磁界H
kを外部磁界H
extにより制御することも可能である。
【0214】
図11に示されるように、透磁率は周波数によって変化するため、使用する周波数(上記特定の周波数帯域)に応じて必要な磁性材料を選択する必要がある。逆に、使用する周波数において、材料を種々選択することにより、様々な透磁率を選択することができる。同一の磁性材料であっても、異方性磁界H
kを制御することにより、様々な透磁率を選択することができる。さらに言えば、1つの磁性材料であっても、異方性磁界の強さを変えることにより、正の透磁率材料としても負の透磁率材料としても利用可能である。1つの材料で済むことは、製造プロセスの簡略化、製造コストの低コスト化に有利である。ここで、異方性磁界は、成膜時のイオン照射や磁界印加、成膜後の熱処理時の磁界印加などの条件の設定内容によって制御できる。
【0215】
一方、一軸異方性を有する磁性材料は、その異方性磁界の方向が磁化容易軸と呼ばれ、それに垂直な方向が磁化困難軸と呼ばれる。磁化容易軸方向の磁化過程は磁壁移動磁化であることが一般的に知られており、磁化容易軸方向の磁化率は高周波ではゼロとなる。すなわち、磁化容易軸方向の透磁率は真空の透磁率と等しく、比透磁率が1である。また、薄膜材料の場合、膜面に垂直な方向の磁化は、反磁界が大きいために比透磁率がほぼ1であることが知られている。つまり、高周波で使用される磁性薄膜は、磁化困難軸となる一軸方向のみ
図11に示される複素比透磁率の周波数特性を示し、その他の軸(磁化容易軸および膜面垂直方向軸)は、比透磁率が1となる。
【0216】
上述のことを考慮すると、1つの磁性材料でも、磁化困難軸方向の透磁率を負の透磁率になるように設定すれば、磁化容易軸方向では正の透磁率(比透磁率=1)となるため、材料を1層ずつ積層して伝送線路を構成する際に、交互に磁化困難軸と磁化容易軸が順次積層するように積層すると、x軸方向では、第1の層が磁化困難軸(負の透磁率)、第2の層が磁化容易軸(正の透磁率)となるのに対し、y軸方向では、第1の層が磁化容易軸(正の透磁率)、第2の層が磁化困難軸(負の透磁率)となるため、x軸およびy軸の双方で本発明の伝送線路を構成できる。
【0217】
上記のように磁化容易軸と磁化困難軸の方位を変えて交互に積層する場合には、例えば、以下のような製造方法を用いることができる。まず、通常の磁性薄膜の製造に用いるスパッタリング装置内のサセプタ上に基板を配置し、周囲に磁石を配置して特定方位に向けて磁場を印加した状態で成膜、或いは、その後の熱処理を行うことで、形成された磁性薄膜において磁化容易軸と磁化困難軸が所定方位に設定される。この場合、第1層と第2層の成膜工程又は熱処理工程間で基板を90度回転させるか、或いは、磁石の配置を90度変更することで、両層の磁化容易軸および磁化困難軸の方位を90度変えることができる。
【0218】
一方、負の透磁率特性を示す材料は、現状において、上述の一軸異方性を有する磁性材料の強磁性共鳴周波数よりも高い周波数領域(上記特定の周波数帯域)での利用に限られる。磁性材料の複素比透磁率は周波数特性を有することから、本発明の設計方法に基づいて、負の透磁率材料と正の透磁率材料の層の厚さを設計することは、特定の周波数に限って可能であるが、それ以外の周波数においては、材料の透磁率が変化するため、本発明の効果が得られない。
【0219】
特定の周波数のみで得られる本発明の効果を利用し、フィルタを構成することが可能である。特定の周波数では、本発明の効果により表皮効果が抑制されるため、抵抗の小さな伝送線路が構成される。一方、特定以外の周波数では、本発明の効果が得られなくなるため、表皮効果が発生し、抵抗の大きな伝送線路が構成される。すなわち、本発明の基本構成の伝送線路は、特定周波数で抵抗が小さく、それ以外の周波数で抵抗が大きくなる伝送線路である。
【0220】
本発明の基本構成の伝送線路を回路に直列に挿入すれば、バンドパスフィルタとなる。逆に、本発明の基本構成の伝送線路を回路に並列に挿入すれば、バンドストップフィルタとなる。
図11より、磁性材料の複素比透磁率の周波数特性より、上述のように異方性磁界の大きさを制御すれば様々な材料特性が得られるため、フィルタの帯域を任意に設定することが可能である。
【0221】
磁性材料の複素比透磁率の周波数特性は、外部磁界H
extにより、異方性磁界H
kを見かけ上制御することが可能であるため、本発明の効果が得られる特定周波数を可変することができる。このことは、伝送線路の作製工程において、何らかの原因で設計がずれた場合に、外部磁界による調整で本発明の効果を最適にコントロールできることを意味する。
【0222】
また、外部磁界H
extにより、本発明の効果が得られる特定周波数を可変することができる。すなわち、外部磁界H
extによるチューナブルフィルタとなる。
【0223】
一方、磁性薄膜に応力を加えることにより、磁性薄膜の異方性磁界H
kが変化することも知られている。これを利用すれば、応力により、本発明の効果が得られる特定周波数を可変に構成することもでき、応力によるチューナブルフィルタにもなる。
【0224】
外部磁界および応力により、磁性薄膜の透磁率の周波数特性を制御でき、本発明の効果を調整できることは、逆に、本発明の伝送線路が、磁界センサおよび応力センサとしても機能を果たすことを意味する。これを応用すれば、磁界および応力を発生させる物理現象全てを検出することも可能である。
【0225】
最後に、
図12及び
図13を参照して、上記伝送線路や配線基板を含む高周波装置(高周波デバイス)の基本構成について説明する。
図12は本基本構成の高周波装置内の回路パターンを示す写真、
図13は本基本構成の回路図である。
図12に示す白色の配線が伝送線路および高周波部品であり、上述の伝送線路によりスパイラルインダクタや薄膜キャパシタなどが形成されている。
図13は
図12の各配線パターンの機能を回路として表記したものである(相川政義,大平孝,徳満恒雄,広田哲夫,村口正弘:モノリシックマイクロ波集積回路(MMIC),電子情報通信学会編,(1997).)。この高周波装置において、回路パターン内に形成される伝送線路は、上記層Aの正の透磁率と上記層Bの負の透磁率が実現される特定の周波数帯域で機能するように構成される。すなわち、この高周波装置が動作するとき、上記伝送線路には上記特定の周波数帯域の信号が流される。
【0226】
また、上記伝送線路がフィルタとして用いられる場合には、当該フィルタは上記特定の周波数帯域を含む周波数領域で動作する。さらに、上記伝送線路がセンサとして用いられる場合には、上記特定の周波数帯域又は透磁率の変化を検出する回路部分が設けられる。
【0227】
尚、本発明の基本構成の伝送経路及び配線基板、並びに、これらを用いた高周波装置は、上述の図示例にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。例えば、上述の各基本構成では、正の透磁率を有する層Aと負の透磁率を有する層Bとをそれぞれ単一の材料(単体や化合物)で構成した場合を前提として説明してきたが、各層A、Bはそれぞれ二以上の材料を分散して混合し若しくは焼結した混合物や焼結物で構成されてもよく、また、共通の基材に対する添加材料の組成比を変えて混合し若しくは焼結した、或いは、化合させた物で構成されていてもよい。さらに、混合率、添加量、組成比、分散密度などを内側(中心側)から外側(外周側)へ向かう方向に沿って変化させることによって結果的に正の透磁率を有する部分と負の透磁率を有する部分とが交互に配置された構造としてもよい。また、上記の各点は、以下に記述する構成についても同様であり、上記及び以下の各所に記載されている特徴は、支障のない限り、相互に組み合わせ、置換して、再構成することが可能である。
【0228】
(第10の基本構成)
次に、第10の基本構成について説明する。まず、第10の基本構成について
図16を参照して説明する。
図16は、この発明の第10の基本構成に係る伝送線路の断面構成を示す断面構造図であり、第1の基本構成に係る伝送線路に準じるものである。
【0229】
本基本構成は、第1の基本構成に係る伝送線路と同様に、正の透磁率を有する材料をAとし、負の透磁率を有する材料をBとする。正の透磁率を有する材料Aのうち、中心に近い層から順にA1、A2とし、負の透磁率を有する材料Bのうち、中心に近い層から順にB1、B2とする。伝送線路は、少なくとも1つ以上の層Aおよび少なくとも1つ以上の層Bを有する。
図16では、材料Aが2層、材料Bが2層の構造を示す。発明の効果を高めるためには、層Aおよび層Bをさらに複数積層することも考えられる。また、断面構造を円形としているが、楕円形でも基本的概念は同様である。また、最も内側の層が、正の透磁率を有する層Aとしているが、負の透磁率を有する層Bとしても良い。また、材料Aと材料Bの導電率を比較して、導電率の高い材料を中心材料とした方が上記と同様に効果が高い。なお、
図16は第10の基本構成に係る伝送線路を基本とした特徴を示すが、第1から第9までの基本構成に係る伝送線路に対しても基本的概念は同様である。
【0230】
各層は同心円状に配置される。
図16は、層Aの透磁率の大きさ|μ
A|と層Bの透磁率の大きさ|μ
B|が等しい場合で、層Aの導電率σ
Aおよび層Bの導電率σ
Bが異なり(σ
A≠σ
B)、層Aの導電率が層Bの導電率に対して2倍大きい(σ
A=2σ
B)場合の断面構造を示している。σ
A=σ
Bとする第1の基本構成(
図1)と比較して、層Bの厚さを厚くすることが本発明の特徴である。
【0231】
ρ
A=ρ
Bの場合、表皮効果がなければ電流密度は伝送線路断面に対して一様となる。一方、ρA≠ρBの場合、表皮効果がない場合でも導電率の違いにより電流密度は異なり、電流密度は材料の導電率に比例して流れようとする。伝送線路内部の電流密度が異なれば、電流によって生じる磁界分布がρ
A=ρ
Bの場合とρ
A≠ρ
Bの場合とで異なるため、磁束密度分布が異なり、その結果、各層の外径寸法も異なる。
【0232】
導電率が異なることを考慮すると、ρ
A=2ρ
B、|μ
A|=|μ
B|の場合、中心層A1の外径D
A1(その半径r
A1)を1とした場合、第2層B1の外径D
B1(その半径r
B1)は1.65とすることにより、層A1の磁束と層B1の磁束が相殺される。同様に、第3層A2の外径D
A2(その半径r
A2)は2.15とすることにより、層B1の磁束と層A2の磁束が相殺される。同様に、第4層B2の外径D
B2(その半径r
B2)は2.56とすることにより、層A2の磁束と層B2の磁束が相殺される。
なお、このような各層の厚さの比は一例であり、この例のように隣接する層の磁束同士が完全に相殺される必要はなく、下記に示す従来技術の場合よりも磁束同士の減殺度合が高くなればよい。
【0233】
前記第1の基本構成の例(ρ
A=ρ
B、|μ
A|=|μ
B|)では、D
A1を1とすると、D
B1は√2すなわち1.41、D
A2は√3すなわち1.73、D
B2は√4すなわち2であることに対して、D
B1およびその外側の層が大きくなる。また、従来技術では、透磁率の絶対値と厚みの積が一定であるため、第1層A1から第4層B2の厚みはいずれも同じ(上記の第1層の厚みを1とする仮定では全て1)になる。すなわち、従来技術の第1層A1の外径をD
A1=1とすると、従来技術の場合の外径は、D
B1=2、D
A2=3、D
B2=4となる。なお、線路外径r
lineをこの例と同じにして比較する場合には、各層の厚みを、最外層の第4層B2の外径4を本例の外径2.56と一致するように比率で修正すればよい。すなわち、本基本構成の第1層A1の厚み(外径)を1とすると、指標Dsを求める際の従来技術の各層の外径は、D
A1=0.64、D
B1=1.28、D
A2=1.92、D
B2=2.56となる。
【0234】
つまり、材料の導電率が異なる場合は、導電率による電流密度・磁界分布・磁束密度分布が異なることを考慮し、その上で、隣接する層の磁束同士の相殺を図ることが特徴である。導電率を考慮することにより、従来技術に対して、表皮効果の抑制に関してより高い効果を得ることができる。実際に、従来技術の誘導起電力eの全線路断面にわたる積分値Dsは、本基本構成の指標Dに比べて大きい(0<D<Ds)。なお、本基本構成の指標Dは、積層数Lが4であるために或る程度の値をもつが、最適設計であるために、積層数Lを大きくしていけば0に近づく。
【0235】
第10の基本構成に係る伝送線路は、第1の基本構成に係る伝送線路に対する導電率の違いを考慮したものであるが、第2から第9の基本構成の伝送線路にも同様に適用することにより、表皮効果の抑制効果を高めることができる。なお、他の点については第1から第9の基本構成に記載した内容を適用することができる。
【0236】
(第11の基本構成)
次に、第11の基本構成について説明する。第11の基本構成は、
図16に示される第10の基本構成に準じており、特に、正の透磁率を有する材料AにCuを想定し、負の透磁率を有する材料BにCoZrNb磁性材料を想定したものである。CoZrNbは零磁歪組成の磁性薄膜で一軸磁気異方性を有し、高周波領域で負の透磁率を有する材料として知られている。Cuは正の透磁率材料として用い、抵抗率ρ
Pは1.72×10
−8Ωmとし、透磁率μ
Pは真空透磁率と同じμ
0=4π×10
−7、つまり、比透磁率μ
rP=1とする。CoZrNbは負の透磁率材料として用い、抵抗率ρ
Nは100×10
−8Ωmとし、透磁率μ
NはLLG(ランダウ・リフシッツ・ギルバート)方程式により与えられる。LLG方程式において、異方性磁界Hk=900A/m、飽和磁化Msは1Tとして算出すると、周波数3GHzにおける複素比透磁率の実部μ
rN=−93.1となる。したがって、正の透磁率材料に対して、透磁率の大きさが93.1倍(周波数3GHz)、抵抗率の大きさが約58倍の材料を適用した場合について、説明する。
【0237】
本発明の基本構成に係る設計手法により、各層の寸法を設計すると、中心層A1の外径D
A1(その半径r
A1)を1とした場合、第2層B1の外径D
B1(その半径r
B1)は1.0054とすることにより、層A1の磁束と層B1の磁束が相殺される。同様に、第3層A2の外径D
A2(その半径rA2)は1.4207とすることにより、層B1の磁束と層A2の磁束が相殺される。同様に、第4層B2の外径D
B2(その半径rB2)は1.4245とすることにより、層A2の磁束と層B2の磁束が相殺される。以降、第5層は1.7430、第6層は1.7461、第7層は2.0145、第8層は2.0172となる。
【0238】
一方、従来技術の構成では、第1層A1の外径をD
A1=1とすると、D
B1=1.0107、D
A2=2.0107、D
B2=2.0215、D
A3=3.0215、D
B3=3.0322、D
A4=4.0322、D
B4=4.0430となる。したがって、本基本構成の第1層A1の外径を1とした場合、比較対象となる従来技術の各層の外径は、D
A1=0.4989、D
B1=0.5043、D
A2=1.0032、D
B2=1.0086、D
A3=1.5075、D
B3=1.5129、D
A4=2.0118、D
B4=2.172となる。この従来技術の場合の指標Dsも本基本構成の指標Dより大きくなる(0<D<Ds)。
【0239】
このような各層の厚さの比に基づき、同軸伝送線路に適用した場合の効果について、三次元有限要素法を用いた電磁界シミュレーションにより計算し、挿入損失の大きさを評価した。同軸線路は、内部導体の直径を10μmとし、同軸線路の特性インピーダンスを50Ωとするために、外部導体の内径を23μmとした。内部導体と外部導体の間の空間は真空を想定し、外部導体は完全導体(σ=0S/m)でGND接地し、内部導体のみに本発明の伝送線路構造を適用した。伝送線路の線路長を100μmとして、入力電力に対する出力電力の大きさの関係から、損失率Lossを評価した。
【0240】
図17に、この発明の基本構成11に係る伝送線路の損失率の周波数特性を示す。
図17のグラフのうち、LineAはCu導体のみの伝送線路の結果、LineC4は本発明の伝送線路構造を適用して4層積層構造とした結果、LineC8は本発明の伝送線路構造を適用して8層積層構造とした結果である。
【0241】
図17より、Cu導体のみの伝送線路LineAは、低周波では損失が小さいが、高周波になるほど表皮効果によって損失が増加する傾向が見られる。一方、本発明のLineC4及びLineC8の伝送線路は、周波数によってCoZrNbの透磁率が変化するため、設計周波数である3GHz付近で最小の損失を示し、本発明の効果が得られていることがわかる。それ以外の周波数では透磁率が異なるため、設計した各層の寸法が不適合となる。
【0242】
なお、LineC8の伝送線路の特性に着目すると、周波数3GHz付近でCu導体のみの伝送線路よりも低損失になっていることがわかる。つまり、Cuよりも抵抗率の高いCoZrNbを用いて同じ直径の伝送線路構造を構成しているため、直流抵抗値はとても大きくなっているにも関わらず、LineAの伝送線路は表皮効果の影響で抵抗が増大するが、一方、LineC8の伝送線路は3GHzで表皮効果が最小となるため、総合的に評価した損失の大きさにおいて、本発明の基本構成の伝送線路の優位性を得ることができた。
【0243】
図17において、LineC4及びLineC8の伝送線路の損失率の周波数特性は、周波数3GHzで最適設計しているにも関わらず、実際の損失の最小ピークは3GHzよりもやや高周波側に在ることが判る。これは、負の透磁率を有するCoZrNb磁性材料が、LLG方程式に基づいて複素比透磁率を有し、透磁率の虚数成分(損失相当)を持つことが原因である。一般的に負の透磁率を有する周波数領域では、前記虚数成分は周波数に対して減少傾向にあるため、磁性材料の虚数成分による損失は低周波ほど大きく、高周波ほど小さくなる。この磁性材料による損失と、表皮効果による損失とを、総合的に考慮すると、損失の最小ピークは表皮効果の最適設計周波数よりも高周波となる。したがって、損失の最適設計をする場合には、表皮深さを最適に抑止する周波数よりもやや低い周波数の磁性材料パラメータを採用することにより、高い効果が得られると言える。
【0244】
上記は一例であり、使用材料および使用周波数に応じて、本発明の設計手法を適用することにより、従来の導体のみの伝送線路よりも損失を低減できる可能性があり、また、従来技術(非特許文献1)の設計手法による伝送線路よりもその効果を高めることができる。
【0245】
なお、上記第10の基本構成及び上記第11の基本構成に限らず、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。例えば、上記の他の基本構成の欄に記載した事項を始めとして、上記第1の基本構成から上記第9の基本構成と同様に、種々の変形例を構成することができる。特に、上記第1の基本構成から上記第9の基本構成に示す伝送線路の種々の断面構造を適用することができるが、この場合の断面構造も例示であり、限定されるものではない。また、上記の他の基本構成に記載したように、その断面構造を有する伝送線路を用いた配線基板、並びに、これらを用いた高周波装置(インダクタ、キャパシタ、抵抗器、増幅器、フィルタ、整合器、結合器などの高周波デバイス、或いは、高周波回路等)全般が対象となる。
【0246】
(第12の実施形態)
以上は、本発明の積層厚さの設定の基準となる第1〜11の基本構成について述べた。以上を踏まえて、本発明の第12の実施形態について説明する。
【0247】
本発明の第12の実施形態は、
図18を参照して説明する。
図18は、この発明の第12の実施形態に係る伝送線路の断面構成を示す断面構造図であり、第10の基本構成に係る伝送線路に準じるものである。
【0248】
第10の基本構成に係る伝送線路と同様に、正の透磁率を有する材料をAとし、負の透磁率を有する材料をBとする。正の透磁率を有する材料Aのうち、中心に近い層から順にA1、A2、A3、A4とし、負の透磁率を有する材料Bのうち、中心に近い層から順にB1、B2、B3、B4とする。伝送線路は、少なくとも1つ以上の層Aおよび少なくとも1つ以上の層Bを有する。
図18では、材料Aが4層、材料Bが4層の構造を示す。発明の効果を高めるためには、層Aおよび層Bをさらに複数積層することも考えられる。また、断面構造を円形としているが、楕円形でも基本的概念は同様である。また、最も内側の層が、正の透磁率を有する層Aとしているが、負の透磁率を有する層Bとしても良い。また、材料Aと材料Bの導電率を比較して、導電率の高い材料を中心材料とした方が上記と同様に効果が高い。なお、第12の実施形態に係る伝送線路を基本とした特徴を示すが、第1から第11までの基本構成に係る伝送線路に対しても基本的概念は同様である。
【0249】
第12の実施形態は、第10の基本構成に係る伝送線路に準じる
図18の断面構造を基準として、抵抗率の高い層の厚さを段階的に小さくして設計することにより、総合的な挿入損失を従来よりも小さくできる高周波伝送線路構造を設計することができる。
【0250】
図19は、第12の実施形態に係る正の透磁率を有する材料の層と負の透磁率を有する材料の層の厚さの割合の変更に伴う伝送線路の挿入損失の関係を示した計算結果である。
図19の横軸は全体の伝送線路の導体径に対する正の透磁率材料が占める積層厚さの割合であり、縦軸は伝送線路に入力された電力に対する損失の割合(損失率Loss)である。
【0251】
図19の計算結果を得るために設定した条件を説明する。正の透磁率を有する材料AにはCuを想定し、負の透磁率を有する材料BにはCoZrNb磁性材料を想定したものである。CoZrNbは零磁歪組成の磁性薄膜で一軸磁気異方性を有し、高周波領域で負の透磁率を有する材料として知られている。Cuは正の透磁率材料として用い、抵抗率ρ
Pは1.72×10
−8Ωmとし、透磁率μ
Pは真空透磁率と同じμ
0=4π×10
−7、つまり、比透磁率μ
rP=1とする。CoZrNbは負の透磁率材料として用い、抵抗率ρ
Nは100×10
−8Ωmとし、透磁率μ
NはLLG(ランダウ・リフシッツ・ギルバート)方程式により与えられる。LLG方程式において、飽和磁化Msは1Tとし、異方性磁界Hkは成膜条件によって変わるため任意に設定し、周波数3GHzにおける複素比透磁率の実部μ
rN=−1となる条件とした。したがって、正の透磁率材料と負の透磁率材料の透磁率の大きさは互いに等しく、負の透磁率材料の抵抗率の大きさが正の透磁率材料に対して約58倍大きい材料を適用した場合を想定して計算結果を求めた。
【0252】
計算に使用した電磁界シミュレーションは、以下の4つのマクスウェル方程式(積分形)に基づき計算される。
【0254】
ここで、Eが電界、Aが積分する閉曲面を構成する面積素ベクトル、Qが積分する閉曲面に囲まれる総電荷量、εが空間の誘電率、Bが磁束密度、sが積分する閉曲線を構成する線分ベクトル、Φmは閉曲線内を通過する磁束、tが時間、μが空間の透磁率、Iが閉曲線内を通過する電流、Φeが閉曲線内を通過する電束をそれぞれ表す。
【0255】
電磁界解析は、ANSYS社製三次元有限要素法電磁界解析ソフトウェアHFSSを用いて計算した。HFSSは、解析対象となる三次元モデルを細かく分割してメッシュ要素を構成し、各メッシュ要素およびメッシュ要素間において、上記マクスウェル方程式に基づいた電磁界計算を行い、空間の電磁界が一定範囲に収束するまで繰り返し計算を行うものである。これにより、電磁界の挙動をシミュレーションすることができ、伝送線路に入力した電磁波に対して、出力される電磁波や伝送線路の内部・外部の電磁界を計算することができる。
【0256】
HFSSは、解析モデルを3次元で設計することができ、モデルの各要素に導電率、誘電率、透磁率の物性値をそれぞれ与えることができる。誘電率および透磁率は、複素数のテンソルで与えることができ、材料特性の異方性や、材料の誘電損失や磁性損失を与えることもできるため、高周波磁性材料等の特性を計算できる。
【0257】
以上のような条件に基づき、第10の基本構成に係る伝送線路に準じた積層厚さを設定し、
図21に示す同軸伝送線路に適用した場合の効果について、三次元有限要素法を用いた電磁界シミュレーションにより計算し、挿入損失の大きさを評価した。同軸線路は、内部導体の直径d
lineを10μmとし、同軸線路の特性インピーダンスを50Ωとするために、外部導体の内径d
GNDを23μmとした。内部導体と外部導体の間の空間は真空を想定し、外部導体は完全導体(σ=0S/m)でGND接地し、内部導体のみに本発明の伝送線路構造を適用した。伝送線路の線路長?を100μmとして、入力電力に対する出力電力の大きさの関係から、指標となる損失率Lossを評価した。なお、評価に用いる指標は、Sパラメータを用いて表現される伝送効率に関し、表皮効果と抵抗率による影響を示すものであれば、以下のエネルギー透過率T
E(数式14参照)、エネルギー伝達効率X(数式15参照)、損失率Loss(数式16参照)のいずれであってもよく、或いは、これらと正若しくは負の相関を有する指標であってもよい。ここで、S
11はSパラメータの反射係数、S
21は透過係数である。
【0261】
第12の実施形態に係る伝送線路は、第10の基本構成に係る伝送線路に準じて、先ず、表皮効果を最小化する各層の厚さの組[t
P1、t
N1、t
P2、t
N2、・・・]を設定した。これを、各層の半径[r
P1、r
N1、r
P2、r
N2、・・・]で表記すると、r
P1=1.33174μm、r
N1=2.18405μm、r
P2=2.84725μm、r
N2=3.37861μm、r
P3=3.84685μm、r
N3=4.26368μm、r
P4=4.64656μm、r
N4=5.00000μmとなる。以上の条件において、表皮効果を最小化する条件では、正の透磁率が占める積層厚さの割合が56%となる。
【0262】
上記の表皮効果最小化の設定から、抵抗率の低い材料を段階的に増加させる方法は、次のように行った。内側の層から、正の透磁率材料と負の透磁率材料の対を1組として、合計n個(本実施例ではi=1〜n、n=4、2n=L)の組として、各組の第1の層Pと第2の層Nの厚さの和t
i=t
Pi+t
Niをそれぞれ一定(外側の材料の半径を一定)とし、抵抗率の高い材料の割合を上記の表皮効果最小化の設定値から0に向かって、抵抗率の高い材料の比率を減じ、抵抗率の低い材料の比率を増加していく。つまり、t
P1+t
N1、t
P2+t
N2、t
P3+t
N3、t
P4+t
N4を一定に保ちながら、t
N1、t
N2、t
N3、t
N4の厚さを、表皮効果最小化の設定値を基準として、両層の断面積の比率が90%、80%、70%、・・・、0%などとなるように減じていく。このとき、各組の第1の厚さt
Piと第2の厚さt
Niの比が全ての組について均等であるという条件で、上記の材料比率に応じて各厚さを変化させていく。この構造設定を表1に、解析設定を表2に示す。
【0265】
正の透磁率が占める積層厚さの割合が70%の場合は、各層の半径は、r
P1=1.587433μm、r
N1=2.18405μm、r
P2=3.006658μm、r
N2=3.37861μm、r
P3=3.971899μm、r
N3=4.26368μm、r
P4=4.752592μm、r
N4=5.00000μmとなる。外側の材料の半径r
N1、r
N2、r
N3、r
N4が一定となる。
【0266】
図19における正の透磁率材料が占める積層厚さの割合が56%の計算結果が、第10の基本構成に係る伝送線路に準じる
図18の断面構造を示している。この条件では、負の透磁率材料の方が正の透磁率材料よりも抵抗率が高いと仮定しているため、抵抗率の高い層の厚さを段階的に小さくして設計することは、正の透磁率材料が占める積層厚さの割合を段階的に増やすことになる。なお、
図19の横軸が100%の割合とは、従来の導体(正の透磁率材料)のみの伝送線路の損失率を示すものである。
【0267】
図19より、正の透磁率材料が占める積層厚さの割合を段階的に増やすと、70%程度の割合において、伝送線路の損失率が最も小さくなることが分かる。したがって、この損失率Lossの最小値が得られる各層の厚さが、表皮効果の抑制作用だけでなく抵抗率による影響をも含めた場合の最適設計値となる。
【0268】
以上のことから、正の透磁率を有する層または負の透磁率を有する層のいずれか抵抗率の低い材料のみで構成した伝送線路(これは直流抵抗が最小となる構造S0)を比較対象1とし、上記第10の基本構成の特徴である表皮効果を最小とした積層厚さで構成した伝送線路(これは表皮深さに起因する挿入損失が最小となる構造S1)を比較対象2とし、山口らの非特許文献1の積層厚さで構成した伝送線路を比較対象3とした場合に、高周波伝送線路においては、直流抵抗と表皮効果を総合した挿入損失について、比較対象1、比較対象2および比較対象3のうち総合的な挿入損失が最も小さい構成の伝送線路よりも、さらに挿入損失を小さくできる積層厚さの構成の伝送線路構造を設計することができる。実際には、上記構造S0(正の透磁率材料の比率100%)の損失率Loss(S0)が0.00986、上記構造S1(正の透磁率材料の比率56.92%)の損失率Loss(S1)が0.001031705となるため、Loss(S0)とLoss(S1)のいずれか小さい方(値が良好な方)よりもさらに小さい(さらに良好な)値となる範囲、例えば、損失率Lossが0.98以下の範囲となるときの各層の厚さを設計値とすれば、実際の特定の周波数帯域において、上述の基本的な伝送線路構造よりも良好な伝送効率を有する伝送線路を設計することができる。
【0269】
(第13の実施形態)
本発明の第13の実施形態は、第12の実施形態と同様の方法であるが、設定条件を変更したものである。
【0270】
第12の実施形態に係る伝送線路と同様に、正の透磁率を有する材料をAとし、負の透磁率を有する材料をBとする。正の透磁率を有する材料Aのうち、中心に近い層から順にA1、A2、A3、A4とし、負の透磁率を有する材料Bのうち、中心に近い層から順にB1、B2、B3、B4とする。伝送線路は、少なくとも1つ以上の層Aおよび少なくとも1つ以上の層Bを有する。
図18では、材料Aが4層、材料Bが4層の構造を示す。発明の効果を高めるためには、層Aおよび層Bをさらに複数積層することも考えられる。また、断面構造を円形としているが、楕円形でも基本的概念は同様である。また、最も内側の層が、正の透磁率を有する層Aとしているが、負の透磁率を有する層Bとしても良い。また、材料Aと材料Bの導電率を比較して、導電率の高い材料を中心材料とした方が上記と同様に効果が高い。
【0271】
第12の実施形態と同様に、第10の基本構成に係る伝送線路に準じる
図18の断面構造を基準として、抵抗率の高い層の厚さを段階的に小さくして設計することにより、総合的な挿入損失を従来よりも小さくできる高周波伝送線路構造を設計することができる。
【0272】
図20は、第13の実施形態に係る正の透磁率を有する材料の層と負の透磁率を有する材料の層の厚さの割合の変更に伴う伝送線路の挿入損失の関係を示した計算結果である。
図20の横軸は全体の伝送線路の導体径に対する正の透磁率材料が占める積層厚さの割合であり、縦軸は伝送線路に入力された電力に対する損失の割合(損失率Loss)である。
【0273】
図20の計算結果を得るために設定した条件を説明する。正の透磁率を有する材料AにはCuを想定し、負の透磁率を有する材料BにはCoZrNb磁性材料を想定したものである。CoZrNbは零磁歪組成の磁性薄膜で一軸磁気異方性を有し、高周波領域で負の透磁率を有する材料として知られている。Cuは正の透磁率材料として用い、抵抗率ρ
Pは1.72×10
−8Ωmとし、透磁率μ
Pは真空透磁率と同じμ
0=4π×10
−7Ωm、つまり、比透磁率μ
rP=1とする。CoZrNbは負の透磁率材料として用い、抵抗率ρ
Nは100×10
−8Ωmとし、透磁率μ
NはLLG(ランダウ・リフシッツ・ギルバート)方程式により与えられる。LLG方程式において、飽和磁化Msは1Tとし、異方性磁界Hkは成膜条件によって変わるため任意に設定し、周波数19.8GHzにおける複素比透磁率の実部μ
rN=−1となる条件とした。したがって、正の透磁率材料と負の透磁率材料の透磁率の大きさは互いに等しく、負の透磁率材料の抵抗率の大きさが正の透磁率材料に対して約58倍大きい材料を適用した場合を想定して計算結果を求めた。その他の条件は、第12の実施形態と同様である。すなわち、本実施形態において、構造設定は表1と同じであり、解析設定は周波数が19.8GHzになる点以外は表2と同じである。
【0274】
したがって、第12の実施形態との差異は、周波数だけであり、その他の抵抗率、透磁率および寸法パラメータは同一である。周波数が高くなったことにより、同一モデルにおける表皮効果の影響が大きくなり、相対的に直流抵抗による損失の影響が小さくなる。
【0275】
図20より、正の透磁率材料が占める積層厚さの割合を段階的に増やすと、62%程度の割合において、伝送線路の損失率が最も小さくなることが分かる。
【0276】
図19と
図20を比較すると、周波数以外の設定値が同じであるため、
図19(周波数3GHz)の方が、
図20(周波数19.8GHz)に比べて、表皮効果の影響が小さく、直流抵抗の影響が大きいため、抵抗率の高い材料の使用割合が小さく、抵抗率の低い正の透磁率材料の使用割合が大きい条件において、総合的な損失が最小となることが分かる。
【0277】
したがって、損失最小となる条件は、材料の抵抗率、透磁率、寸法パラメータおよび周波数の各条件により決定されるものであり、上記の実施方法により、損失最小となる条件を得ることができる。また、上記構造S1の損失率Loss(S1)と、上記構造S0の損失率Loss(S2)のいずれか小さい方よりもさらに小さい損失率の範囲内で各層の厚さを設定する設計方法については第12の実施形態と同様である。
【0278】
上記は一例であり、使用材料および使用周波数に応じて、本発明の基本構成をベースとした設計手法を適用することにより、従来提案されていた伝送線路よりも損失を低減できる可能性がある。
【0279】
なお、本発明は、上記第12の実施形態や第13の実施形態に限らず、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。例えば、上記の他の基本構成の欄に記載した事項を始めとして、上記第1の基本構成から上記第11の基本構成と同様に、種々の変形例を構成することができる。特に、上記第1の基本構成から上記第9の基本構成に示す伝送線路の種々の断面構造を適用することができるが、この場合の断面構造も例示であり、限定されるものではない。また、上記の他の基本構成に記載したように、本発明についても、その断面構造を有する伝送線路を用いた配線基板、並びに、これらを用いた高周波装置(インダクタ、キャパシタ、抵抗器、増幅器、フィルタ、整合器、結合器などの高周波デバイス、或いは、高周波回路等)全般が対象となる。
【0280】
さらに、上記第12の実施形態や第13の実施形態は、いずれも上記第10及び11の基本構成により設定された構造をベースとして、第2の層Nよりも抵抗率の低い第1の層Pの割合を増加させて評価指標を求めているが、上記第1〜第9の基本構成により設定された構造をベースとしてもよい。上記第1〜第9の基本構成により仮に設定した各層の厚さを用いた構造をベースとして、上記の評価指標を計算する方法でも、当該ベースとした構造が表皮効果抑制のための設計手法に基づいて仮に設定された構造である点、及び、より抵抗の高い材料の比率を低減することにより、より好適な指標の値を得ることのできる余地があることは同じである。
【0281】
次に、さらに別の設計方法について以下に説明する。まず、この別の方法に関する理論について説明する。
図22に示すような円柱・円筒積層構造の伝送線路においては、特定の周波数帯域において、或る透磁率(μ
1)と抵抗率(ρ
1)又は導電率(σ
1)を有し第1の厚さ(t
1)を備えた第1の層と、この第1の層に積層され、透磁率(μ
2)と抵抗率(ρ
2)又は導電率(σ
2)を有し第2の厚さ(t
2)を備えた第2の層といったように、複数の層を具備し、所定の積層数(L)と線路外径(r
line)を備えた積層構造について、各層を流れる電流密度分布を計算で求め、これらの電流密度分布に基づいて、各層の電流値と、それを合計した全電流値を算出することができる。また、これと同様に、各層の損失と、それを合計した全損失を算出することができる。なお、各層の厚さ(t
1、t
2、t
3、・・・、t
L)は、
図22に示す円筒座標系ではr=a、b、c、・・・に対応する。また、伝送方向はz方向である。以下、この理論について順次に説明していく。
【0282】
まず、マクスウェル方程式より、以下の数17の式(1)〜(4)で示される関係が成立する。
【0284】
なお、本理論では、2つ以上の層にそれぞれ対応する2つ以上の材料を扱うため、それぞれの空間の導電率σ、透磁率μおよび誘電率εを、それぞれσ
1、μ
1および ε
1や、σ
2、μ
2および ε
2などと扱う。また、材料分野では、磁性および誘電性の損失等を考慮するため、数18の式(5)及び(6)のように、透磁率および誘電率は複素透磁率および複素誘電率の形式で代入される。
【0286】
円柱・円筒形状の導体線路モデルにおいて、線路の長さ方向に交流電流が流れるものとする。対象の導体線路の円形断面構造は、半径aの内側に第一の材料(σ
1、μ
1および ε
1)で構成された第一の層の円柱導体があり、その外側に、半径aの外側より半径bの内側まで存在する第二の材料(σ
2、μ
2および ε
2)で構成された第二の層の円筒導体があり、さらに外側に、半径bの外側より半径cの内側まで存在する第三の材料(σ
3、μ
3および ε
3)で構成された第三の層の円筒導体があり、以後、複数の材料で構成された同心円形の多層の断面構造を有する導体線路モデルを想定する。なお、これらの材料は、一般的な導体材料、磁性材料および誘電材料の全てが対象となり、必ずしも導体である必要はない。また、第一層の材料と第三層の材料が同じでも構わないし、全ての材料が異なっていても構わない。第三層以降が無く、二層だけのモデルにも適用される。なお、本理論では、誘電率の項は設計に含まれないので、以後、説明を省略する。
【0287】
いま、任意の層の材料内部において、導電率σおよび透磁率μが空間的に一定であるとして、上記の数17の式(3)および式(4)を式(1)に代入すると、以下の数19の式(7)となる。また、数17の式(2)の時間微分をとり、この式(7)へ代入すると、以下の数19の式(8)となる。
【0289】
ここで、数20の公式(9)に注意し、式(10)を使うと、式(11)が得られる。これが、任意の材料内部における伝導電流の時間空間的分布を与える微分方程式である。
【0291】
上式(11)に式(3)を代入すると、材料の中の電界の分布を規定する以下の数21の方程式(12)が得られる。また、同様に、磁界についても、上式(12)と同形の式(13)が得られる。これらが、各層の材料内部において、各材料の物性値(σ
1、μ
1および ε
1など)を与えることにより、各層での基本方程式が得られる。
【0293】
前記円柱・円筒形状の導体線路モデル(
図22)において、同心円形断面の円柱・円筒導体の中を、その軸方向(長さ方向)に伝導電流が流れているとする。このとき、円筒座標を使って表記すると、以下の数22の式(14)〜(16)を用いて、式(17)〜(20)のようになる。
【0295】
本導体線路モデルでは、電流密度jはz方向の成分のみを持つと仮定できるので、以下の数23の式(21)及び(22)のようになる。これにより、式(23)となる。したがって、j
zはzに依らずに、式(24)と書かれる。
【0297】
また、一般にはj
zはφによるが、φにも依らないと仮定して、数24の式(25)と置く。すると、これに伴い、オームの法則により式(26)となり、式(27)と置かれる。
【0299】
このとき、E
zの満たす微分方程式は、式(12)および式(17)より、数25の式(28)〜(30)で与えられる。また、式(18)、式(19)および式(20)より、式(31)〜(33)であるから、rotEのうち0でない成分は、φ成分だけであることが分かる。
【0301】
そのため、式(1)は、数26の式(34)及び(35)となり、磁界Hは、φ成分だけが時間とともに変化する。
【0303】
ここで、本導体線路内に、次の数27の式(36)のような交流電流j
z (r,t)があるとする。
すると、これに伴い、オームの法則により、電界Eは次の式(37)のように表される。すると、式(35)より、磁界Hもまた次の式(38)のように表される。
【0305】
式(37)を式(30)に代入すると、次の数28の式(39)〜(42)が得られる。ここで、式(43)と置いた。
【0307】
式(42)は、次の数29のBesselの微分方程式(44)と比較すると、z=r、u=E
z(r)と置き、n=0とした場合に対応する。式(44)の解は、Bessel関数で与えられ、次式(45)のようになる。したがって、式(42)の解は、次式(46)で与えられる。
【0309】
ここで、未定の定数Aを決めるためには、式(46)を式(35)に代入すると、数30の式(47)〜(49)となる。式(45)より、次式(50)が成立するので、式(49)は、次の式(51)及び(52)のように表される。
【0311】
ここで、当該導体線路モデルにおいては、半径aの内側に第一の材料(σ
1、μ
1および ε
1)で構成された第一の層の円柱導体があり、その外側に、半径aの外側より半径bの内側まで存在する第二の材料(σ
2、μ
2および ε
2)で構成された第二の層の円筒導体があると仮定しているので、各材料の空間において、それぞれ、次の数31の式(53)及び(54)とすると、式(46)および式(52)はそれぞれ、式(55)〜(58)となり、未定の定数A
1およびA
2を用いて表される。
【0313】
式(55)および式(56)の各電界E
Z1 (r)およびE
Z2 (r)はともに、境界面(半径r=a)において連続する必要がある(不連続であれば、線路の長さ方向に対して、同一位置で異なる電位となり、矛盾する)ため、次の数32の関係式(59)〜(61)が導かれる。
【0315】
ここで、半径aより内側の第一の材料内を流れる全電流の大きさをI
1と置き、半径aの外側より半径bの内側までの第二の材料内を流れる全電流の大きさをI
2と置く。すると、次のアンペールの法則(周回積分・面積分の関係、数33の式(63))を用いて、各電流I
1を用いて、式(57)を代入し、定数A
1を求めることができる。すなわち、以下の式(64)のようになるので、これにより、定数A
1が式(65)のように定まる。定数A
1が得られれば、式(61)より、定数A
2も式(66)のように求めることができる。
【0317】
以上より、各材料の空間における電界、磁界はそれぞれ、次の数34の式(67)〜(70)のように整理することができる。したがって、オームの法則により、各材料の空間における電流密度は次の式(71)および(72)で求めることができる。
【0319】
以上により、すべての物理量の空間的分布が決まる。上記は、第一の材料(σ
1、μ
1および ε
1)で構成された第一の層と、第二の材料(σ
2、μ
2および ε
2)で構成された第二の層に関する物理量までしか記述していないが、隣接する層の境界条件を同様に設定することにより、第三の材料(σ
3、μ
3および ε
3)で構成された第三の層の電流密度i
z3(r)、および、それ以後について、同様に各種物理量の空間的分布を求めることができる。
【0320】
以上により得られた電流密度に基づき、次の数35の式(73)〜(75)のように各層の半径に従い、断面積を乗じて積分することにより、その空間の電流の大きさを求めることができる。そして、これらの電流値を合算した全電流Iを次の式(76)で求めることができる。この全電流Iを指標として、この値が導体線路の断面積に対して、比較的大きく(最大に)なるように、各層の半径を決定することにより、実効抵抗値が小さい、低損失な伝送線路を設計することができる。
【0322】
この全電流Iを指標として正規化し、全電流Iが1となるように上記で仮に設定した各電流I
1、I
2およびI
3などの数値を変更し直すと、単位電流を流す場合の電流密度分布を求めることができる。以上のように全電流Iを単位電流に正規化した上で、導体線路の各層の損失Loss
1、Loss
2およびLoss
3などをジュールの法則により、次の数36の式(73′)〜(75′)のように求めることができる。そして、これらの各層の損失を合算した全損失Lossを次の式(76′)で求めることができる。
【0324】
以上説明した方法により、任意の断面積を有する積層導体において、既定の断面積に対して、上記の全損失Lossの値が、比較的小さく(最小に)なるように、各層の半径を決定することにより、伝送損失の小さい、低損失な伝送線路を設計することができる。なお、この場合の評価指標IDとしては、全電流値、全損失などを用いることができる。ただし、全電流値Iは大きいほどよく、全損失Lossは小さいほどよい。本実施形態では、構造寸法(各層の厚みt
1、t
2、t
3、・・・、各層の外径a、b、c、・・・、積層数L、伝送線路の外径r
lineなど)を変更しつつ評価指標IDを求めることによって複数の構造寸法と評価指標IDの組を形成し、これらの複数の組の中から、評価指標IDの最良値を求めて、その最良値に対応する構造寸法を選択するか、或いは、当該最良値を含む所定の評価指標IDの良好な範囲(例えば、最良値に対する所定割合や所定値だけ悪化した値を有するものを含めた範囲)を定めて、当該範囲に評価指標IDがあるときの複数の構造寸法の中から特定の構造寸法を選択して定めることができる。なお、上記の構造寸法のうち、積層数Lと伝送線路の外径r
lineの少なくとも一方が定められた条件で、残りの他の構造寸法(各層の厚みt
1、t
2、t
3、・・・、各層の外径a、b、c、・・・)を設計するようにしてもよい。
【0325】
(実施例)次に、具体的な材料定数を用いて、所定の導体線路構造について、上記の説明に従った電流密度分布、電流値、損失の計算を行った。ここで、周波数:1GHz、導体線路全体の半径r=10μmとした。また、以下に、第1層の材料1と、第2層の材料2について材料定数を示す。
【0326】
第1層の材料1:
・導電率σ
1[S/m]=1/(1.72×10
−8)≒約5.81×10
7:標準Cuと同じ導電率
・比透磁率μ
1r=1、透磁率μ
1=μ
0μ
1r=4π×10
−7[H/m]:真空と同じ、符号が正
・比誘電率ε
1r=1、誘電率ε
1=ε
0ε
1r=8.85×10
−12[F/m]:真空と同じ
(※誘電率は当計算には影響しない)
【0327】
第2層の材料2:
・導電率σ
2=1/(1.72×10
−8)≒5.81×10
7[S/m]
:標準Cu(材料1)と同じ導電率
・比透磁率μ
2r=−1、透磁率μ
2=μ
0μ
1r=−4π×10
−7[H/m]
:大きさが真空および材料1と同じで、符号が負
・比誘電率ε
2r=ε
1r=1、誘電率ε2[F/m]=ε1:真空および材料1と同じ
(※誘電率は当計算には影響しない)
【0328】
上記の材料定数をベースとして、以下の5つの条件について、上記の各層の電流密度分布に基づいて、全電流Iや全損失Lossを算出し、それらを比較した。
(1)材料1・材料2がともに正の透磁率材料(μ
1r=+1、μ
2r=+1)の場合
(2)材料1・材料2がともに負の透磁率材料(μ
1r=−1、μ
2r=−1)の場合
(3)上記の材料1および材料2で、第1層の半径r
1=10/2=5μm、第2層の半径r
2=10μmとした場合(損失最小設計よりも第1層の半径が小さい場合)(東北大学・山口らの先行研究の設計方法:透磁率の大きさの逆数比で、積層厚さを決定)
(4)上記の材料1および材料2で、第1層の半径r
1=10/√2≒0.707μm、第2層の半径r
2=10μmとした場合(本研究の設計方法の損失最小設計ではないと思われるが、比較的損失が小さい設計寸法)(本研究で電流密度分布を考慮しない既出願の実施例の最小設計方法)
(5)上記の材料1および材料2で、第1層の半径r
1=9μm、第2層の半径r
2=10μmとした場合(損失最小設計よりも第1層の半径が大きい場合)
【0329】
以上の各場合により、次のことが分かる。
まず、材料(材料1および材料2)を同一材料として、条件(1):正の透磁率材料、あるいは、条件(2):負の透磁率材料、とした場合には、その他の材料物性値が同じであるので、条件(1)と条件(2)の結果は重なる。
【0330】
次に、条件(1)、(2)に対して、正・負の透磁率を有する2種類の材料を積層して使用した条件(3)〜(5)は、いずれも同一材料のみの構造よりも、電流密度の大きさが小さくなることが分かる。電流密度の大きさが小さいことは、つまり、伝送損失も小さいことを示しており、表皮効果が改善され、伝送損失を低損失化できたことを示す。
【0331】
条件(3)〜(5)を比較すると、この場合、条件(4)が最も電流密度の大きさが小さくなることが分かる。電流密度の大きさが小さいことは、つまり、伝送損失も小さいことを示しており、表皮効果が改善され、伝送損失を低損失化できたことを示す。条件(3)、条件(4)、条件(5)になるに従い、順に、第1層の積層割合を大きくした結果である。以上より、積層構造の各層の寸法割合によって、損失が最小となる設計方法が存在することが分かる。
【0332】
なお、条件(3)は、東北大学・山口らの先行研究による設計条件である。また、条件(4)は、本研究で電流密度分布を考慮しない既出願の実施例の最小設計方法による設計条件である。今回の比較条件では、条件(4)が最小損失であるが、本設計方法により、積層構造の各層の寸法割合を更に調整することにより、条件(4)よりも損失が小さくなる積層割合が見出せると考えられる。
【0333】
なお、上記の電磁界解析(有限要素法等の電磁界シミュレーション)の手法により損失などの指標を求める方法は、比較的時間が掛かり、また、絨毯爆撃的に条件を設定する必要があり、現実的には最適化が比較的困難である。ただし、この電磁界解析の手法は、円形断面構造以外の伝送線路でも使用することができるなど、矩形断面構造などの複雑な形状に対しても適用できるため、汎用性が高い。
【0334】
一方、最後に説明した、円柱・円筒積層構造の伝送線路に対して行われる、円筒座標系の電磁界理論に基づく設計方法は、有限要素法等の電磁界シミュレーションを行わずに設計できるため、設計に要する時間が少なく、厳密な最適化を図る上で実現性の高い手段である。ただし、同心円の円柱・円筒積層構造に限定される設計方法であるため、その他の複雑な断面形状に対しては、円柱・円筒積層構造に近似したモデルでの最適値を基にして、上記有限要素法等の電磁界シミュレーションを併用することにより、効果的な設計方法となり得る。