特許第6695450号(P6695450)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6695450
(24)【登録日】2020年4月23日
(45)【発行日】2020年5月20日
(54)【発明の名称】二重層形成のための浸透性不均衡法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/00 20060101AFI20200511BHJP
【FI】
   G01N27/00 Z
【請求項の数】15
【全頁数】26
(21)【出願番号】特願2018-567730(P2018-567730)
(86)(22)【出願日】2017年6月26日
(65)【公表番号】特表2019-522196(P2019-522196A)
(43)【公表日】2019年8月8日
(86)【国際出願番号】EP2017065626
(87)【国際公開番号】WO2018001925
(87)【国際公開日】20180104
【審査請求日】2019年2月6日
(31)【優先権主張番号】62/355,140
(32)【優先日】2016年6月27日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】591003013
【氏名又は名称】エフ.ホフマン−ラ ロシュ アーゲー
【氏名又は名称原語表記】F. HOFFMANN−LA ROCHE AKTIENGESELLSCHAFT
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100120112
【弁理士】
【氏名又は名称】中西 基晴
(72)【発明者】
【氏名】パーヴァランデ,ピルーズ
(72)【発明者】
【氏名】バラル,ジェフリー
(72)【発明者】
【氏名】ニウ,リチェン
【審査官】 村田 顕一郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2017−131182(JP,A)
【文献】 国際公開第2015/061510(WO,A2)
【文献】 国際公開第2012/095660(WO,A1)
【文献】 特表2015−508896(JP,A)
【文献】 特表2015−525077(JP,A)
【文献】 国際公開第2005/071405(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/00−27/10
G01N 27/14−27/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナノポアベースの配列決定チップ内のセルアレイ上に複数の脂質二重層を形成する方法であって、
前記セルの各々は、ウェルを備え、
前記方法が:
第1の浸透圧モル濃度を有する第1の塩緩衝溶液をナノポアベースの配列決定チップ内のセル上に流し、前記セル内のウェルを前記第1の塩緩衝溶液で実質的に充填するステップ;
脂質および溶媒の混合物を前記セル上に流し、前記ウェル内に前記第1の塩緩衝溶液を封入する前記ウェル上に脂質膜を堆積させるステップ;ならびに、
第2の浸透圧モル濃度を有する第2の塩緩衝溶液を前記ウェル上に流し、前記脂質膜の厚さを減少させるステップであって、ここで前記第2の浸透圧モル濃度が前記第1の浸透圧モル濃度より低い浸透圧モル濃度であり、その結果、浸透性不均衡が前記ウェルの内側の第1の体積と前記ウェルの外側の第2の体積との間に形成される;
を含む、前記方法。
【請求項2】
前記浸透性不均衡が、水を前記脂質膜を通り前記ウェルへと拡散させ、前記脂質膜を上方へ反らせる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
脂質二重層開始刺激を印加し、前記脂質膜上への小さな脂質二重層の形成を促進するステップをさらに含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記脂質二重層開始刺激を印加する前記ステップが、時間の経過につれて数サイクル実行され、前記脂質二重層開始刺激のレベルが、前記数サイクルで適応可能なものである、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記脂質二重層開始刺激が、振動刺激を含む、請求項3または4に記載の方法。
【請求項6】
前記振動刺激を印加するステップが、前記ウェルの外側の前記第2の体積内で波を発生させるステップを含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記脂質二重層開始刺激が、電気的な刺激を含む、請求項3または4に記載の方法。
【請求項8】
前記第2の浸透圧モル濃度を有する前記第2の塩緩衝溶液を前記ウェル上に流す前記ステップが、時間の経過につれて数サイクル実行され、前記第2の浸透圧モル濃度は、前記数サイクルで次第に増大される、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
ナノポアベースの配列決定チップ内のセルアレイ上に複数の脂質二重層を形成する装置であって、
前記装置が:
セルアレイを含むナノポアベースの配列決定チップであって、前記セルの各々がウェルを含む前記ナノポアベースの配列決定チップ;
前記ナノポアベースの配列決定チップに連結された流動室;および、
プロセッサまたは回路;
を備え、
前記プロセッサまたは回路は、
第1の浸透圧モル濃度を有する第1の塩緩衝溶液を前記ナノポアベースの配列決定チップ内のセル上に流し、前記セル内のウェルを前記第1の塩緩衝溶液で実質的に充填するように構成され、
脂質および溶媒の混合物を前記セル上に流し、前記ウェル内に前記第1の塩緩衝溶液を封入する前記ウェル上に脂質膜を堆積させるように構成され、
第2の浸透圧モル濃度を有する第2の塩緩衝溶液を前記ウェル上に流し、前記脂質膜の厚さを減少させるように構成され、ここで前記第2の浸透圧モル濃度が前記第1の浸透圧モル濃度より低い浸透圧モル濃度であり、その結果、浸透性不均衡が前記ウェルの内側の第1の体積と前記ウェルの外側の第2の体積との間に形成される、
前記装置。
【請求項10】
前記浸透性不均衡が、水を前記脂質膜を通り前記ウェルへと拡散させ、前記脂質膜を上方へ反らせる、請求項9に記載の装置。
【請求項11】
前記プロセッサまたは回路が、脂質二重層開始刺激を印加し、前記脂質膜上への小さな脂質二重層の形成を促進するようにさらに構成された、請求項9または10に記載の装置。
【請求項12】
前記脂質二重層開始刺激を印加する前記ステップが、時間の経過につれて数サイクル実行され、前記脂質二重層開始刺激のレベルが、前記数サイクルで適応可能なものである、請求項11に記載の装置。
【請求項13】
前記脂質二重層開始刺激が、振動刺激を含む、請求項11または12に記載の装置。
【請求項14】
前記脂質二重層開始刺激が、電気的な刺激を含む、請求項11または12に記載の装置。
【請求項15】
前記第2の浸透圧モル濃度を有する前記第2の塩緩衝溶液を前記ウェル上に流す前記ステップが、時間の経過につれて数サイクル実行され、前記第2の浸透圧モル濃度は、前記数サイクルで次第に増大される、請求項9〜14のいずれか1項に記載の装置
【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
[0001]ナノポア配列決定システムは通常、より大きな外部貯蔵部(例えば、ウェルの上にある)にも存在する電解液を収容する、ウェル(例えば、円筒状のウェル)の上に浮かべられた平面脂質二重層(PLB)上の、タンパク質細孔を使用する。作用電極および参照電極が、ウェルおよび外部貯蔵部全体に電気的バイアスを印加するために使用される。PLBは、ウェル上に延在し、電気的かつ物理的にウェルを封止し、ウェルをより大きな外部貯蔵部から分離する。脂質および溶媒の混合物がまず脂質二重層を形成するためにセル内に堆積されるとき、脂質二重層は、セルのいくつかの中に自然に形成されるが、他のセル内には、単に、セルのウェルの各々の全体に広がる溶媒と組み合わされた、脂質分子の複数の層を伴う厚い脂質膜が存在する。ナノポアベースの配列決定チップの収量(すなわち、適切に形成された脂質二重層およびナノポアを有するナノポアベースの配列決定チップ内のセルの割合)を増加させるために、ナノポアベースの配列決定チップは、追加のセル内の脂質二重層の形成を促進するためにさらなるステップを実行し得る。したがって、ナノポアベースの配列決定チップのセル内に脂質二重層を形成するための改善された技術が望まれ得る。
【発明の概要】
【0002】
[0002]本発明の各種実施形態は、以下の詳細な説明および添付の図面において開示される。
【図面の簡単な説明】
【0003】
図1】[0003]ナノポアベースの配列決定チップ内のセル100の一実施形態を示す図である。
図2】[0004]ナノ−SBS技術を用いてヌクレオチド配列決定を実行するセル200の一実施形態を示す図である。
図3】[0005]予め装填されたタグを用いたヌクレオチド配列決定を実行しようとしているセルの一実施形態を示す図である。
図4】[0006]予め装填されたタグを用いた核酸配列決定のためのプロセス400の一実施形態を示す図である。
図5】[0007]ナノポアベースの配列決定チップ内のセル500の一実施形態を示す図である。
図6A】[0008]ナノポアベースの配列決定チップのセル内の回路600の一実施形態を示す図である。回路は、形成済みの脂質二重層が破壊しないように、脂質二重層がセル内に構成されるか否かを検出するように構成され得る。
図6B】[0009]図6Aに示した図と同様の、ナノポアベースの配列決定チップのセル内の回路600の回路図である。図6Aと比較して、作用電極と対電極との間に、脂質膜/二重層を示す代わりに、作用電極および脂質膜/二重層の電気特性を表す電気モデルを示す。
図7】[0010]システムの脂質二重層測定段階中の回路600の一部の電気特性を表す電気モデル700である。
図8A】[0011]図8Aは脂質二重層がセル内で形成されなかったことを検出する±ΔVliqに応答した小さな観測された±ΔVADCである。
図8B】[0012]図8Bは脂質二重層がセル内で形成されたことを検出する±ΔVliqに応答した大きな観測された±ΔVADCである。
図9A】[0013]脂質二重層がセル内部で形成される前後の、時間に対するVADCの例示的なプロットである。
図9B】[0014]脂質二重層が形成されなかったときの期間tの間の、時間に対するVADCの例示的なプロット(図9A参照のこと)の拡大図である。
図9C】[0015]脂質二重層が形成されたときの期間tの間の、時間に対するVADCの例示的なプロット(図9A参照のこと)の拡大図である。
図10】[0016]図10Aは、浸透性不均衡が脂質膜の上下の塩緩衝溶液間に導入され、脂質溶媒膜を上方に反らせる原因となる、一実施形態である。図10Bは、浸透性不均衡が脂質膜の上下の塩緩衝溶液間に導入され、脂質溶媒膜を上方に反らせる原因となる、一実施形態である。
図11】[0017]ナノポアベースの配列決定チップのセル内の脂質層を形成する改善された技術のプロセス1100の一実施形態である。
図12】[0018]液体およびガスが、チップ表面上のセンサの上を通過し接触することを可能にする、シリコンチップを取り囲む改善された流動室を有する、ナノポアベースの配列決定システム1200の上面図である。
図13】[0019]プロセス1100のステップ1108での脂質二重層開始刺激段階の間、振動刺激などの機械的な脂質二重層開始刺激を印加するプロセス1300の一実施形態である。
図14】[0020]プロセス1100のステップ1108での脂質二重層開始刺激段階の間、電気的な脂質二重層開始刺激を印加するプロセス1400の一実施形態である。
図15】[0021]プロセス1100のステップ1108での脂質二重層開始刺激段階の間、物理的な脂質二重層開始刺激を印加するプロセス1500の一実施形態である。
図16A】[0022]脂質膜の上下の塩緩衝溶液間に浸透性不均衡を導入せずに、適切に形成された脂質二重層(すなわち、ナノポアベースの配列決定チップの収量)を有するナノポアベースの配列決定チップ内のセルの全体割合が受容可能な閾値に増大される前に、塩緩衝溶液が、多くの回数(93回)流される必要があることを示すヒストグラムである。
図16B】[0023]脂質膜の上下の塩緩衝溶液間に浸透性不均衡を導入して、16回の塩緩衝溶液の流動サイクルが、適切に形成された脂質二重層を有するナノポアベースの配列決定チップ内のセルのより大きな全体割合を達成することを示すヒストグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0004】
[0024]本発明は、多数の方法で実装可能であり、多数の方法は、プロセス、デバイス、装置、システム、組成物、コンピュータ可読記憶媒体上で具現化されるコンピュータプログラム製品、および/または、プロセッサ、例えばプロセッサに結合されたメモリに記憶されるおよび/またはメモリによって提供される命令を実行するように構成されたプロセッサを含む。この明細書では、これらの実施態様または本発明がとり得る他の任意の形は、技術と称されることがある。一般に、開示されたプロセスのステップの順序は、本発明の範囲内で変更されてもよい。別途記載されていない限り、タスクを実行するように構成されたものとして記載されるプロセッサまたはメモリのような構成要素は、そのタスクを所定の時間に実行するように一時的に構成される一般的な構成要素またはそのタスクを実行するために製造された特定の構成要素として実施されてもよい。本明細書において、「プロセッサ」という用語は、データ、例えばコンピュータプログラム命令を処理するように構成された1つまたは複数の装置、回路および/または処理コアを意味する。
【0005】
[0025]以下、本発明の1つまたは複数の実施形態の詳細な説明が、本発明の原理を示す添付の図面とともに提供される。本発明は、この種の実施形態に関連して記載されているが、本発明は、任意の実施形態に限定されるものではない。本発明の範囲は、特許請求の範囲によってのみ限定され、本発明は、多数の代替物、変更物および均等物を包含する。多数の具体的な詳細は、以下の説明に記載され、本発明の完全な理解を提供する。これらの詳細は、例のために提供され、本発明は、これらの具体的な詳細の一部または全部を用いずに特許請求の範囲に従って実施され得る。明確性のために、本発明に関連する技術分野において公知である技術的な材料は、本発明が不必要に不明瞭にならないように詳述されていない。
【0006】
[0026]内径が1ナノメートル程度のポアサイズを有するナノポア膜装置は、迅速なヌクレオチド配列決定において見込みを示してきた。電位が導電性流体に浸漬されたナノポア全体に印加されたとき、ナノポアを通過するイオンの伝導に起因するわずかなイオン電流が観察可能である。電流の量は、ポアサイズに影響される。
【0007】
[0027]ナノポアベースの配列決定チップは、核酸(例えば、DNA)配列決定のために用いられてもよい。ナノポアベースの配列決定チップは、アレイとして構成される多数のセンサセルを組み込む。例えば、100万個のセルのアレイは、1000行×1000列のセルを含み得る。
【0008】
[0028]図1は、ナノポアベースの配列決定チップ内のセル100の一実施形態を示す。膜102は、セルの表面にわたって形成される。いくつかの実施形態では、膜102は、脂質二重層である。可溶性タンパク質ナノポア膜貫通分子複合体(PNTMC)および対象の分析物を含むバルク電解質114は、セルの表面上に直接配置される。ある実施形態では、単一のPNTMC104は、電気穿孔法によって膜102内に挿入される。アレイ内の個々の膜は、化学的にも電気的にも互いに接続されていない。それゆえ、アレイ内の各セルは、独立した配列決定機械であり、PNTMCと結合した単一のポリマー分子に固有のデータを生成する。PNTMC104は、分析物に対して作用し、そうでなければ不透過性の二重層を介してイオン電流を調節する。
【0009】
[0029]図1を続けて参照すると、アナログ測定回路112は、電解質の体積108によって覆われた金属電極110に接続されている。電解質の体積108は、イオン不浸透性膜102によって、バルク電解質114から分離される。PNTMC104は、膜102を横切り、イオン電流がバルク液体から作用電極110へと流れるための唯一の経路を提供する。セルは、バルク電解質114と電気的に接している対電極(CE)116も含む。セルは、参照電極117も含み得る。
【0010】
[0030]いくつかの実施形態では、ナノポアアレイは、合成による単分子ナノポアベースの配列決定(ナノ−SBS)技術を用いる並行配列決定を可能にする。図2は、ナノ−SBS技術を用いてヌクレオチド配列決定を実行するセル200の一実施形態を示す。ナノ−SBS技術では、配列決定されるべき鋳型202およびプライマーは、セル200に導入される。この鋳型−プライマー複合体に対して、異なってタグ付けされた4つのヌクレオチド208は、バルク水相に添加される。正しくタグ付けされたヌクレオチドがポリメラーゼ204と複合体を形成すると、タグの尾部は、ナノポア206の筒内に位置決めされる。ナノポア206の筒内に保たれるタグは、固有のイオン遮断信号210を生成し、それにより、付加された塩基を、タグの異なる化学構造により電子的に同定する。
【0011】
[0031]図3は、予め装填されたタグを用いたヌクレオチド配列決定を実行しようとしているセルの一実施形態を示す。ナノポア301は、膜302内に形成される。酵素303(例えば、DNAポリメラーゼのようなポリメラーゼ)は、ナノポアと結合している。いくつかの場合では、ポリメラーゼ303は、ナノポア301に共有結合している。ポリメラーゼ303は、配列決定されるべき核酸分子304と結合している。いくつかの実施形態では、核酸分子304は環状である。いくつかの場合では、核酸分子304は線状である。いくつかの実施形態では、核酸プライマー305は、核酸分子304の一部にハイブリダイズしている。ポリメラーゼ303は、ヌクレオチド306のプライマー305上への、一本鎖核酸分子304を鋳型として用いる取込みを触媒する。ヌクレオチド306は、タグ種(「タグ」)307を備える。
【0012】
[0032]図4は、予め装填されたタグを用いた核酸配列決定のためのプロセス400の一実施形態を示す。段階Aは、図3において説明したような構成要素を示す。段階Cは、ナノポア内に装填されるタグを示す。「装填された」タグは、認識可能な長さの時間、例えば、0.1ミリ秒(ms)から10,000msの間、ナノポア内に位置決めされる、および/または、ナノポア内または近くに留まるタグでもよい。いくつかの場合では、予め装填されるタグは、ヌクレオチドから放出される前に、ナノポア内に装填される。いくつかの例では、タグが、ヌクレオチド組み込み事象の際に放出された後にナノポアを通過する(および/またはナノポアにより検出される)確率が適度に高い、例えば90%から99%である場合、タグは予め装填される。
【0013】
[0033]段階Aにおいて、タグ付けされたヌクレオチド(4つの異なるタイプ:A、T、GまたはCのうちの1つ)は、ポリメラーゼと結合していない。段階Bにおいて、タグ付けされたヌクレオチドは、ポリメラーゼと結合している。段階Cにおいて、ポリメラーゼは、ナノポアにドッキングする。タグは、ドッキングの間、電気的な力、例えば、膜および/またはナノポア全体に印加される電圧により生成される電界の存在下で生成される力によってナノポア内に引き込まれる。
【0014】
[0034]結合したタグ付けされたヌクレオチドのいくつかは、核酸分子と塩基対合しない。これらの塩基対合しなかったヌクレオチドは、典型的には、正しく対合したヌクレオチドがポリメラーゼと結合したままである時間スケールより短い時間スケール内で、ポリメラーゼによって拒絶される。対合しなかったヌクレオチドは、一時的にのみポリメラーゼと結合するので、図4に示すプロセス400は、典型的には、段階Dを越えて進行しない。例えば、対合しなかったヌクレオチドは、段階Bにおいて、または、プロセスが段階Cに入った少し後に、ポリメラーゼによって拒絶される。
【0015】
[0035]ポリメラーゼがナノポアにドッキングする前、ナノポアのコンダクタンスは、約300ピコジーメンス(300pS)である。段階Cにおいて、ナノポアのコンダクタンスは、約60pS、80pS、100pSまたは120pSであり、それぞれは、タグ付けされたヌクレオチドの4つのタイプのうちの1つに対応する。ポリメラーゼは、異性化およびリン酸基転移反応を経て、ヌクレオチドを成長している核酸分子内に組み込み、タグ分子を放出する。特に、タグがナノポア内に保たれるとき、固有のコンダクタンス信号(例えば、図2の信号210を参照)は、タグの異なる化学構造により生成され、それにより、付加された塩基を電子的に同定する。サイクル(すなわち、段階AからEまたは段階AからF)を繰り返すことにより、核酸分子の配列決定が可能になる。段階Dにおいて、放出されたタグは、ナノポアを通過する。
【0016】
[0036]いくつかの場合では、図4の段階Fに見られるように、成長している核酸分子内に組み込まれていないタグ付けされたヌクレオチドも、ナノポアを通過することになる。組み込まれていないヌクレオチドは、いくつかの例では、ナノポアによって検出され得るが、その方法は、組み込まれたヌクレオチドと組み込まれなかったヌクレオチドとを、ヌクレオチドがナノポア内で検出される時間に少なくとも部分的に基づいて区別するための手段を提供する。組み込まれなかったヌクレオチドに結合したタグは、ナノポアを迅速に通過し、短期間(例えば、10ms未満)の間検出され、一方、組み込まれたヌクレオチドに結合したタグは、ナノポア内に装填され、長期間(例えば、少なくとも10ms)の間検出される。
【0017】
[0037]図5は、ナノポアベースの配列決定チップ内のセル500の一実施形態を示す。セル500は、2つの側壁および底部を有するウェル505を含む。ある実施形態では、各側壁は、誘電体層504を備え、底部は、作用電極502を備える。ある実施形態では、作用電極502は、上面および底面を有する。別の実施形態では、502の上面は、ウェル505の底部を構成し、一方、作用電極502の底面は、誘電体層501と接触している。別の実施形態では、誘電体層504は、誘電体層501の上にある。誘電体層504は、作用電極502が底部に配置されている、ウェル505を囲む側壁を形成する。本発明で使用するのに適した誘電体材料(例えば、誘電体層501または504)は、それだけには限らないが、磁器(セラミック)、ガラス、マイカ、プラスチック、酸化物、窒化物(シリコン一窒化物すなわちSiN)、シリコン酸窒化物、金属酸化物、金属窒化物、金属ケイ酸塩、遷移金属酸化物、遷移金属窒化物、遷移金属ケイ酸塩、金属酸窒化物、金属アルミン酸塩、ジルコニウムケイ酸塩、ジルコニウムアルミン酸塩、ハフニウム酸化物、絶縁材料(例えば、重合体、エポキシ、フォトレジスト、など)、またはそれらの組合せを含む。当業者には、本発明での使用に適切である他の誘電体材料を識別されよう。
【0018】
[0038]ある態様では、セル500は、1つまたは複数の撥水性層をさらに含む。図5に示すように、各誘電体層504は、上面を有する。ある実施形態では、各誘電体層504の上面は、撥水性層を備え得る。ある実施形態では、シラン処理は、誘電体層504の上面の上に撥水性層520を形成する。例えば、(i)6〜20の炭素長鎖を含む(例えば、オクタデシル−トリクロロシラン、オクタデシル−トリメトキシシラン、またはオクタデシル−トリエトキシシラン)、(ii)ジメチルオクチルクロロシラン(DMOC)、あるいは(iii)有機官能性アルコキシシラン分子(例えば、ジメチルクロロ−オクトデシル−シラン、メチルジクロロ−オクトデシル−シラン、トリクロロ−オクトデシル−シラン、トリメチル−オクトデシル−シラン、またはトリエチル−オクトデシル−シラン)を含むシラン分子を有するシラン処理が、誘電体層504の上面に施され得る。ある実施形態では、撥水性層は、シラン処理された層またはシラン層である。ある実施形態では、シラン層は、1分子の厚さであり得る。ある態様では、誘電体層504は、膜の粘着に適した上面を備える(例えば、ナノポアを備える脂質二重層)。ある実施形態では、膜の粘着に適した上面は、本明細書で説明されるようなシラン分子を含む。いくつかの実施形態では、撥水性層520は、ナノメートル(nm)またはマイクロメートル(μm)で提供される厚さを有する。他の実施形態では、撥水性層は、誘電体層504の全体または一部に沿って下方に延在し得る。(その全体が引用することにより本明細書に組み込まれる、DavisらのU.S.20140034497も参照のこと)。
【0019】
[0039]別の態様では、ウェル505(誘電体層壁504によって形成される)は、作用電極502の上層の塩溶液506体積をさらに含む。全体に、本発明の方法は、浸透圧調節物質を含む溶液(例えば、塩溶液、塩緩衝溶液、電解質、電解液、またはバルク電解質)の使用を含む。本明細書で使用する場合、用語「浸透圧調節物質」は、溶液内に溶かされるとき、その溶液の浸透圧モル濃度を増大させる任意の可溶性化合物を示す。本発明では、浸透圧調節物質は、ナノポア配列決定システムの構造、例えば、本明細書で説明されるような塩溶液またはバルク電解質を収容するウェル、の内部の溶液内に可溶性を有する化合物である。したがって、本発明の浸透圧調節物質は、浸透性、詳細には脂質二重層を横切る浸透性に影響を及ぼす。本発明で使用される浸透圧調節物質は、それだけには限らないが、塩化リチウム(LiCl)、塩化ナトリウム(NaCl)、塩化カリウム(KCl)、グルタミン酸リチウム、グルタミン酸ナトリウム、グルタミン酸カリウム、酢酸リチウム、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、塩化カルシウム(CaCl)、塩化ストロンチウム(SrCl)、塩化マンガン(MnCl)、および塩化マグネシウム(MgCl)などのイオン性塩と、グリセロール、エリトリトール、アラビトール、ソルビトール、マンニトール、キシリトール、マンニサイドマンニトール、グリコシルグリセロール、ブドウ糖、フルクトース、蔗糖、トレハロース、およびイソフルオロサイドなどの多価アルコールおよび糖と、デキストラン、レバン、およびポリエチレングリコールなどの重合体と、グリシン、アラニン、アルファ−アラニン、アルギニン、プロリン、タウリン、ベタイン、オクトピン、グルタメート、サルコシン、y−アミノ酪酸、およびトリメチルアミンN−オキシド(「TMAO」)などのいくつかのアミノ酸とそれらの派生物とを含み得る(例えば、その全体が参照により本明細書に組み込まれる、FisherらのU.S.20110053795をさらに参照のこと)。ある実施形態では、本発明は、浸透圧調節物質を含む溶液を利用し、浸透圧調節物質は、イオン性塩である。当業者には、本発明での使用に適切な浸透圧調節物質である他の化合物を識別されよう。別の態様では、本発明は、2つ以上の異なる浸透圧調節物質を含む溶液を提供する。
【0020】
[0040]本明細書で説明するナノポアベースの配列決定チップの構造は、ナノリットル(nL)、ピコリットル(pL)、フェムトリットル(fL)、アトリットル(aL)、ゼプトリットル(zL)、およびヤコリットル(yL)の容量を含む、多様な体積容量を有するウェル(例えば、図5)のアレイを備える。例えば、電解質108(例えば、図1)または塩溶液506(例えば、図5)の体積は、nL、pL、fL、aL、zL、またはyLの規模で提供される。本発明の実施形態では、本発明のウェル(例えば図5のウェル505)よって形成される電解質または塩溶液の体積、または本明細書で説明する方法で使用される電解質または塩溶液の体積は、ナノリットル(nL)、ピコリットル(pL)、フェムトリットル(fL)、アトリットル(aL)、ゼプトリットル(zL)、またはヤコリットル(yL)の規模で提供され得る。ウェルは、立方マイクロメートルでのその体積によって、またはむしろ体積でない同様の寸法によって、代替的に示され得る。当業者ならば、例えば立方マイクロメートルからピコリットル、フェムトリットルなどへの、単位間の必要な変換を算出することが可能であろう。
【0021】
[0041]図5に示すように、膜は、誘電体層504の上面に形成され、ウェル505全体に及ぶ。例えば、膜は、疎水性層520の上面に形成された脂質単一層518を含む。膜がウェル505の開口に達したとき、脂質単一層は、ウェルの開口全体に及ぶ脂質二重層514に遷移する。脂質単一層518はまた、誘電体層504の垂直面(すなわち、側壁)の全体または一部に沿って延在してもよい。ある実施形態では、単一層518が沿って延在する垂直の表面504は、撥水性層を備える。タンパク質ナノポア膜貫通分子複合体(PNTMC)および対象の分析物を含むバルク電解質508は、ウェルの上に直接配置される。単一のPNTMC/ナノポア516は、脂質二重層514内に挿入される。ある実施形態では、二重層内への挿入は、電気穿孔法による。ナノポア516は、脂質二重層514を横切り、バルク電解質508から作用電極502へのイオン電流のための唯一の経路を提供する。
【0022】
[0042]セル500は、バルク電解質508に電気的に接する対電極(CE)を含む。セル500は、参照電極512を任意選択で含み得る。いくつかの実施形態では、対電極510は、複数のセル間で共有され、それゆえ、共通電極とも称される。共通電極は、共通の電位を、測定セル内のナノポアと接触するバルク液体に印加するように構成可能である。共通の電位および共通電極は、測定セルのすべてに共通である。
【0023】
[0043]いくつかの実施形態では、作用電極502は、金属電極である。非ファラデー性伝導のために、作用電極502は、腐食および酸化に耐性を示す、例えば、白金、金などの金属、チタン窒化物、およびグラファイトで形成され得る。例えば、作用電極502は、電気めっきを用いた白金電極であってもよい。例えば、作用電極502は、チタン窒化物(TiN)作用電極であってもよい。
【0024】
[0044]図5に示すように、ナノポア516は、ウェル505上に浮かべられた平面脂質二重層514内に挿入される。電解液は、ウェル505の内側、すなわちトランス側(塩溶液506を参照のこと)、およびかなりさらに大きい外部貯蔵部522、すなわち、シス側(バルク電解質508を参照のこと)の両方に存在する。外部貯蔵部522内のバルク電解質508は、ナノポアベースの配列決定チップの複数のウェルの上にある。脂質二重層514は、ウェル505を覆って延在し、単一層が撥水性層520に付着されたところで脂質単一層518に遷移する。この形状は、電気的かつ物理的にウェル505を封止し、ウェルをより大きい外部貯蔵部から分離する。水および溶存ガスなどの中性分子は、脂質二重層514を通過し得るのに対して、イオンは通過し得ない。脂質二重層514内のナノポア516は、イオンが、ウェル505の内外に伝導される単一の経路を提供する。
【0025】
[0045]核酸配列決定のために、ポリメラーゼがナノポア516に付着される。核酸の鋳型(例えば、DNA)は、ポリメラーゼによって保持される。例えば、ポリメラーゼは、鋳型に対して不足するものを補う溶液から六リン酸モノヌクレオチド(HMN)を取り込むことによって、DNAを合成する。固有で重合体のタグが、各HMNに取り付けられる。取込みの間、タグは、対電極510と作用電極502との間の電圧により生み出される電界の勾配の支援のもと、ナノポアに装填される。タグは、ナノポア516を部分的に閉塞し、ナノポア516を通過するイオン電流での測定可能な変化をもたらす。いくつかの実施形態では、交流(AC)バイアスまたは直流(DC)電圧が、電極間に印加される。
【0026】
[0046]ナノポアを脂質二重層内に挿入するステップは、脂質二重層がナノポアベースの配列決定チップのセル内に適切に形成されたことが判定された後に、実行される。いくつかの技術では、脂質二重層がセル内で適切に形成されたか否かを判定するプロセスは、適切に形成済みの脂質二重層を破壊させ得る。例えば、刺激電圧が印加され、電流は電極を横断して流れることになり得る。測定される刺激電圧への応答が、適切に形成された脂質二重層を有する(すなわち、脂質分子厚の2層である脂質二重層)セルを、適切に形成された脂質二重層を有さないセル(例えば、セルのウェル全体に及ぶ、厚い脂質および溶媒の複合膜を有するセル)と区別するために使用され得るが、いくつかの例では、刺激電圧レベルは、十分に高く、適切に形成済みの脂質二重層を壊すことになる。すなわち、脂質二重層をテストする刺激電圧は、脂質二重層に対して破壊的であり得る。適切に形成済みの脂質二重層が刺激電圧によって破壊された場合では、非常に高い電流が、短絡状態の結果として、電極を横断して流れ始める。それに応じて、システムは、再び特定のセル内に新たな脂質二重層を再形成することを試行するが、このことは、時間を要し効率的でもない。加えて、脂質二重層は、連続する試行での特定のセル内で再形成しない可能性がある。結果として、適切に形成された脂質二重層およびナノポアを有するナノポアベースの配列決定チップ内のセル全体の割合(すなわち、ナノポアベースの配列決定チップの収量)は、低減される。
【0027】
[0047]ナノポアベースの配列決定チップのセル内に形成される脂質二重層を検出する非破壊技術が、開示される。脂質二重層を検出する非破壊技術は、ナノポアベースの配列決定チップの効率および収量を増加させることを含む、多くの利点を有する。
【0028】
[0048]図6Aは、ナノポアベースの配列決定チップのセル内の回路600の一実施形態を示し、回路は、形成済みの脂質二重層が破壊しないように、脂質二重層がセル内に構成されるか否かを検出するように構成され得る。
【0029】
[0049]図6Aは、セルの作用電極614と対電極616との間にあり、その結果、電圧が脂質膜/二重層612を横断して印加される脂質膜すなわち脂質二重層612を示す。脂質二重層は、脂質分子の2層からなる薄膜である。脂質膜は、脂質分子の(2より多い)数層からなる薄膜である。脂質膜/二重層612は、バルク液体/電解質618とも接触する。なお、作用電極614、脂質膜/二重層612、および対電極616が、図1の作用電極、脂質二重層、および対電極と比較して、上下反対に描かれていることに留意されたい。いくつかの実施形態では、対電極は、複数のセル間で共有され、それゆえ、共通電極とも称される。共通電極は、共通電極を電圧源Vliq620に接続することによって、共通の電位を、測定セル内の脂質膜/二重層と接触するバルク液体に印加するように構成可能である。共通の電位および共通電極は、測定セルのすべてに共通である。共通電極とは対照的に、作用セル電極は、各測定セル内に存在し、作用セル電極614は、他の測定セル内の作用セル電極から独立して、異なる電位を印加するように構成可能である。
【0030】
[0050]図6Bは、図6Aに示した図と同様の、ナノポアベースの配列決定チップのセル内の回路600を示す。図6Aと比較して、作用電極と対電極との間に、脂質膜/二重層を示す代わりに、作用電極および脂質膜/二重層の電気特性を表す電気モデルを示す。
【0031】
[0051]電気モデル622は、作用電極614の電気特性を表すコンデンサ624を含む。作用電極614に関連付けられたキャパシタンスは、2重層キャパシタンス(C2重層)とも称される。電気モデル622は、脂質膜/二重層に関連付けられたキャパシタンスをモデル化するコンデンサ626(C二重層)と、脂質膜/二重層に関連付けられた抵抗をモデル化する抵抗器628(R二重層)とをさらに含む。脂質膜/二重層に関連付けられた抵抗は、非常に高く、それゆえR二重層は、開回路によって置換され得、電気モデル622をC2重層とC二重層の直列に簡略化できる。
【0032】
[0052]電圧源Vliq620は、交流(AC)電圧源である。対電極616は、バルク液体618に浸漬され、AC非ファラデー性モードが利用され、方形波電圧Vliqを調節し、それを測定セル内の脂質膜/二重層と接触するバルク液体に印加する。いくつかの実施形態では、Vliqは、±200〜250mVの振幅および25〜100Hzの周波数を有する方形波である。
【0033】
[0053]パスデバイス606は、脂質膜/二重層および電極を測定回路600と接続または切断するために使用され得るスイッチである。スイッチは、セル内の脂質膜/二重層を横断して印加され得る電圧刺激を有効化または無効化する。脂質が、脂質二重層を形成するためにセルに堆積される前では、2つの電極間のインピーダンスは、セルのウェルが封止されていないため、非常に低く、それゆえスイッチ606は、短絡状態を回避するために開路に維持される。スイッチ606は、脂質溶媒がセルに堆積されてセルのウェルを封止した後、閉じられ得る。
【0034】
[0054]回路600は、チップ上に作製された積分コンデンサ608(ncap)をさらに含む。積分コンデンサ608は、リセット信号603を使用しスイッチ601を閉じ、その結果、積分コンデンサ608が電圧源Vpre605に接続されることによって、予備充電される。いくつかの実施形態では、電圧源Vpre605は、900mVの大きさの固定の正電圧を供給する。スイッチ601が閉じられているとき、積分コンデンサ608は、電圧源Vpre605の正電圧レベルまで予備充電される。
【0035】
[0055]積分コンデンサ608が予備充電された後、リセット信号603が使用されスイッチ601が開路され、その結果、積分コンデンサ608は、電圧源Vpre605から切断される。この時点では、Vliqのレベルにより、対電極616の電位は、作用電極614の電位より高いレベルにあり、またはその逆でもあり得る。例えば、方形波Vliqの正位相の間(すなわち、AC電圧源信号サイクルの暗期間)、対電極616の電位は、作用電極614の電位より高いレベルにある。同様に、方形波Vliqの負位相の間(すなわち、AC電圧源信号サイクルの明期間)、対電極616の電位は、作用電極614の電位より低いレベルにある。この電位差により、積分コンデンサ608は、AC電圧源信号サイクルの暗期間中に充電され、AC電圧源信号サイクルの明期間中に放電され得る。
【0036】
[0056]アナログデジタルコンバータ(ADC)610のサンプリング速度により、積分コンデンサ608は、一定の期間中、充電または放電し、次に、積分コンデンサ608内に蓄えられる電圧は、ADC610によって読み出され得る。ADC610によるサンプリングの後、積分コンデンサ608は、リセット信号603を使用しスイッチ601を閉じ、その結果、積分コンデンサ608が電圧源Vpre605に再接続されることによって、再び予備充電される。いくつかの実施形態では、ADC610のサンプリング速度は、1500〜2000Hzである。いくつかの実施形態では、ADC610のサンプリング速度は、最高で5kHzである。例えば、1kHzのサンプリング速度で、積分コンデンサ608は、約1msの期間中、充電または放電し、次に、積分コンデンサ608内に蓄えられる電圧は、ADC610によって読み出される。ADC610によるサンプリングの後、積分コンデンサ608は、リセット信号603を使用しスイッチ601を閉じ、その結果、積分コンデンサ608が電圧源Vpre605に再接続されることによって、再び予備充電される。積分コンデンサ608を予備充電するステップと、積分コンデンサ608が充電または放電する一定の期間を待機するステップと、積分コンデンサ内に蓄えられた電圧をADC610によってサンプリングするステップとが、次に、システムの脂質二重層測定段階の間中サイクルで繰り返される。
【0037】
[0057]回路600は、脂質膜/二重層と接触するバルク液体に印加されるデルタ電圧変化(ΔVliq)に応答した積分コンデンサ608(ncap)におけるデルタ電圧変化ΔVADCを監視することによって、脂質二重層がセル内に形成されるか否かを検出するために、使用され得る。以下で詳述するように、脂質二重層測定段階中、回路600は、直列に接続されたC二重層626、C2重層624、およびncap608を有する電圧分割器としてモデル化され得、電圧分割器の中間点で取り出される電圧変化は、脂質二重層が形成されたか否かを判定するADC610によって、読み出され得る。
[0058]図7は、システムの脂質二重層測定段階中の回路600の一部分の電気特性を表す電気モデル700を示す。図7に示すように、C2重層624は、C二重層626と直列に接続されているが、R二重層628(図6B参照のこと)は、電気モデル700から除去されている。R二重層628は、脂質膜/二重層に関連付けられた抵抗が、非常に高く、それゆえR二重層が、開回路として近似され得るので、電気モデル700から除去することができる。図7に示すように、C2重層624およびC二重層626は、ncap608と直列にさらに接続される。
【0038】
[0059]ACモードで動作するとき、ADCによって読み出される電圧(VADC)は、以下の式で決定される。
【数1】
ここで、Z=1/(jωC)であり、
Z(ncap)は、ncapに関連付けられた交流インピーダンスであり、
Z(2重層)は、作用電極に関連付けられた交流インピーダンスであり、
Z(二重層)は、脂質膜/二重層に関連付けられた交流インピーダンスである。
【0039】
[0060]2重層の交流インピーダンスであるZ(2重層)は、C2重層がC二重層すなわちncapのキャパシタンスよりもかなり大きいので、Z(二重層)およびZ(ncap)と比べて非常に低い値を有する。したがって、Z(ncap)=1/(jωCncap)、Z(二重層)=1/jωC二重層、およびZ(2重層)=0を代入すると、式(1)は、以下のように簡易化される。
【数2】
ここで、C(ncap)は、ncapに関連付けられたキャパシタンスであり、
C(二重層)は、脂質膜/二重層に関連付けられたキャパシタンスである。
【0040】
[0061]脂質がまず脂質二重層を形成するためにセル内に堆積されるとき、セルのいくつかは、自然に形成される脂質二重層を有するが、そのセルのいくつかは単に、セルのウェルの各々の全体に広がる厚い脂質膜(脂質分子の複数の層および共に組み合わされた溶媒を伴う)を有するにすぎない。脂質二重層に関連付けられたキャパシタンスは、脂質膜/二重層のキャパシタンスがその厚さに反比例するので、厚さが脂質分子の2層より多い、脂質膜に関連付けられたキャパシタンスよりも大きい。脂質膜が薄膜化され、脂質二重層になるように遷移するにつれて、厚さは減少し、その付随するキャパシタンスは増加する。上記の式(2)では、脂質二重層がセル内で形成し始めるにつれて、C(二重層)は増加し、一方、C(ncap)は一定で、その結果、VADC全体では増加する。VADCの増加は、それゆえ脂質二重層がセル内で形成されたことの指標として使用され得る。
【0041】
[0062]いくつかの実施形態では、脂質膜/二重層と接触するバルク液体に印加されるデルタ電圧変化(ΔVliq)に応答する積分コンデンサ608(ncap)でのデルタ電圧変化ΔVADCは、脂質二重層がセル内で形成されたか否かを検出するために、監視される。例えば、式(2)は、以下のように書き直され得る。
【数3】
ここで、ΔVADCは、ADCによって読み出される積分コンデンサ608(ncap)での電圧変化である。
ΔVliqは、バルク液体に印加される電圧変化である。
C(ncap)は、ncapに関連付けられたキャパシタンスであり、
C(二重層)は、脂質膜/二重層に関連付けられたキャパシタンスである。
【0042】
[0063]上記の式(3)では、C(ncap)が一定に留まり、一方、C(二重層)は、脂質二重層がセル内で形成し始めるにつれて増加するので、ΔVADCも同様に増加する。ΔVADCは、脂質膜/二重層に関連付けられたキャパシタンスであるC(二重層)におおよそ比例する。ΔVADCの増加は、それゆえ脂質二重層がセル内で形成されたことの指標として使用され得る。
【0043】
[0064]いくつかの実施形態では、より確かに脂質二重層を検出する観測可能なΔVADCを最大化するために、脂質膜/二重層(最大ΔVliq)と接触するバルク液体に印加される最大電圧変化に応答するΔVADCは、脂質二重層がセル内で形成されたか否かを検出するために、監視される。
【0044】
[0065]図8Aは、正/負の電圧変化±ΔVliqに応答した小さな観測された正/負の電圧変化±ΔVADCによって、脂質二重層のセル内での形成が検出されないことを示す。図8Bは、正/負の電圧変化±ΔVliqに応答した大きな観測された正/負の電圧変化±ΔVADCによって、脂質二重層のセル内での形成が検出されることを示す。
【0045】
[0066]図8Aでは、方形波Vliqが負位相から正位相に変化するとき、正の最大電圧変化+ΔVliqが発生し、一方、方形波Vliqが正位相から負位相に変化するとき、負の最大電圧変化−ΔVliqが発生する。図8Aでは、ΔVliqが正の最大値にある段階において、脂質二重層がセル内で形成されていない場合、小さな+ΔVADCのみが観測され得、ΔVliqが負の最大値にある段階において、脂質二重層がセル内で形成されていない場合、小さな−ΔVADCのみが観測され得る。
【0046】
[0067]図8Bでは、ΔVliqが正の最大値にある段階において、脂質二重層が既にセル内で形成されている場合、大きな正の電圧変化+ΔVADCが観測され得る。そして、ΔVliqが負の最大値にある段階において、脂質二重層が既にセル内で形成されている場合、大きな負の電圧変化−ΔVADCが観測され得る。
【0047】
[0068]いくつかの実施形態では、ΔVliqの絶対値(|ΔVliq|)が最大であるとき観測されるΔVADCの絶対値(|ΔVADC|)は、所定の閾値と比較される。|ΔVADC|>所定の閾値の場合、そのとき脂質二重層が検出されたと判定される。逆に、|ΔVADC|<所定の閾値の場合、そのとき脂質二重層が検出されないと判定される。
【0048】
[0069]図9Aは、脂質二重層がセル内部で形成される前後の、時間に対するVADCの例示的なプロットを示す。図9Aのプロットは、実際の試験データに基づく。図9Aに示すように、Y軸のVADCの単位は、ADCのカウントである。しかしながら、他の単位が同様に用いられてもよい。図9Aに示すように、脂質二重層が形成されていない期間tの間に記録される|ΔVADC|の値は、脂質二重層がセル内で形成された期間tの間に記録される値よりも小さい。
【0049】
[0070]図9Bは、脂質二重層が形成されなかったときの期間tの間の、時間に対するVADCの例示的なプロット(図9A参照のこと)の拡大図を示す。図9Bで示した結果は、図8Aと一致する。図9Bでは、方形波Vliqが負位相から正位相に変化するとき、最大+ΔVliqが発生し、一方、方形波Vliqが正位相から負位相に変化するとき、最大−ΔVliqが発生する。図9Bでは、ΔVliqが正の最大値にある段階において、脂質二重層がセル内で形成されていないので、小さな+ΔVADCのみが観測され得、ΔVliqが負の最大値にある段階において、脂質二重層がセル内で形成されていないので、小さな−ΔVADCのみが観測され得る。
【0050】
[0071]図9Cは、脂質二重層が形成されたときの期間tの間の、時間に対するVADCの例示的なプロット(図9A参照のこと)の拡大図を示す。図9Cで示した結果は、図8Bと一致する。図9Cでは、ΔVliqが正の最大値にある段階において、脂質二重層が既にセル内で形成されているので、2つの連続したサンプル点の間に、大きな+ΔVADCが観測され得る。ΔVliqが負の最大値にある段階において、脂質二重層が既にセル内で形成されているので、大きな−ΔVADCが観測され得る。なお、方形波Vliqがある位相から別の位相に変化した少し後、ΔVliqは、ゼロにとどまり、それに応じてVADCは、ゼロに低下することに留意されたい。図9Cに示すように、脂質二重層がセル内で既に形成されているとき、VADCの正または負のスパイクが観測され得る。正または負のスパイクの後には、より小さいVADCの値が続く。
【0051】
[0072]脂質および溶媒の混合物がまず脂質二重層を形成するためにセル内に堆積されるとき、脂質二重層は、セルのいくつかの中に自然に形成されるが、他のセル内には、単に、セルのウェルの各々の全体に広がる溶媒と組み合わされた、脂質分子の複数の層を伴う厚い脂質膜が存在する。ナノポアベースの配列決定チップの収量(すなわち、適切に形成された脂質二重層およびナノポアを有するナノポアベースの配列決定チップ内のセルの割合)を増加させるために、ナノポアベースの配列決定チップは、追加のセル内の脂質二重層の形成を促進するためにさらなるステップを実行し得る。したがって、ナノポアベースの配列決定チップのセル内に脂質二重層を形成するための改善された技術が望まれ得る。
【0052】
[0073]本出願では、分子を分析するための、ナノポアベースの配列決定チップのセル内に脂質二重層を形成する改善された技術が、開示される。改善された技術のうちの1つが、1つまたは複数の脂質二重層開始刺激を印加する。異なるタイプの脂質二重層開始刺激が、以下で詳述するように、印加され得る。例えば、機械的、電気的、または物理的刺激が印加され得る。当業者には、他のタイプの刺激が、本発明を伴う使用に適切であり得ることが理解されよう。1つまたは複数のタイプの脂質二重層開始刺激が、同時に、または異なる順番で、印加され得る。1つまたは複数のタイプの脂質二重層開始刺激は、複数回繰り返されるプロセスで印加され得る。
【0053】
[0074]脂質二重層開始刺激は、厚い脂質膜上の小さな脂質二重層の生成を促進する。厚い脂質膜上の小さな過渡的な脂質二重層が形成された後、さらなる脂質二重層開始刺激の印加は、脂質二重層の表面積を拡大し続けるための正のフィードバックとしての役割を果たす。その結果、ナノポアベースの配列決定チップのセル内の脂質二重層を形成するために必要な時間は、著しく低減されることが可能である。
【0054】
[0075]あるタイプの脂質二重層開始刺激は、振動刺激などの機械的刺激である。厚い脂質膜の機械的振動は、脂質分子を再配列させ互いの周りを移動させることになり、それにより一部の脂質分子が2層のシートへ自己組織化することを促進し、末端をシートの中心の方向へ向けて小面積の脂質二重層を形成する。いくつかの実施形態では、脂質膜の振動は、外部貯蔵部(図5の外部貯蔵部522を参照のこと)に収容されるバルク電解質(図1のバルク電解質114および図5のバルク電解質508を参照のこと)内で波を発生させることによって導入され得る。例えば、波発生器、音響ポンプ、または流体ポンプが、流動室に連結され、外部貯蔵部に収容されたバルク電解質内で波を発生させ得る。
【0055】
[0076]他のタイプの脂質二重層開始刺激は、電気的な刺激である。その内部にまだ脂質二重層を形成させていないセルへ、電気的な脂質二重層開始刺激を印加するステップは、厚い脂質膜上を液体が流れる効率を向上させ得、それにより任意の過剰な脂質溶媒の除去を促進し、その結果、厚い脂質膜は、薄膜化され、より効果的に脂質二重層へと移行され得る。その内部にまだ脂質二重層を形成させていないセルへ、電気的な脂質二重層開始刺激を印加するステップは、過剰な脂質溶媒を絞り出し、厚い脂質膜を脂質二重層へと薄膜化する結果につながる静電力を発生させ得る。一方、電気的刺激により薄い脂質二重層のいくらかは破壊することになり得るので、その内部に既に脂質二重層を適切に形成させたセルは、同一の電気的な脂質二重層開始刺激にさらに曝すべきではない。したがって、その内部に脂質二重層を形成させたナノポアベースの配列決定チップ内のセルの部分を、その内部にまだ脂質二重層を適切に形成させていないセルの部分から検出し、分離するために、本出願で説明した非破壊技術を使用することは、有益である。セルを異なるグループに分割することによって、異なるグループのセルは、別々に処理され得、それにより大きな効率を実現し、ナノポアベースの配列決定チップの全体の収量を増大させる。
【0056】
[0077]他のタイプの脂質二重層は、物理的刺激である。例えば、塩/電解質緩衝溶液を、流動室を介してナノポアベースの配列決定チップのセルを通して流すことは、各々のセル上に脂質二重層を形成することを促進する。セル上を流される塩緩衝溶液は、任意の過剰な脂質溶媒の除去を促進し、その結果、厚い脂質膜は、薄膜化され、より効果的に脂質二重層へと移行され得る。いくつかの実施形態では、塩緩衝溶液は、2秒間流動される。しかしながら、他の所定の期間が同様に用いられてもよい。緩衝溶液流動サイクルは、何回か繰り返され得る。しかしながら、ナノポアベースの配列決定チップの十分な収量を取得するのに必要な緩衝溶液流動サイクルの回数は、数十回または数百回のサイクル程であり得る。
【0057】
[0078]改善された技術のうちの1つが、脂質膜の下の塩緩衝溶液の浸透圧モル濃度より低い浸透圧モル濃度/浸透性濃度を有する脂質膜上の塩/電解質緩衝溶液の流れに適用され、脂質溶媒膜を上方に反らせる原因となる、浸透性不均衡を脂質膜の上下の塩緩衝溶液間に導入する。ウェルから外へと押圧された脂質膜を用いることで、脂質膜のより大きな接触面積が塩緩衝溶液の流れに曝され、結果的に、塩緩衝溶液の流れが任意の過剰な脂質溶媒をより効果的に除去することが可能となり、その結果、厚い脂質膜は、薄膜化され、より効果的に脂質二重層へと移行され得る。この技術は、脂質二重層を形成する時間を短縮し、ナノポアベースの配列決定チップの効率および収量を増加させることを含む、多くの利点を有する。
【0058】
[0079]図10図10A図10Bとを含む)は、浸透性不均衡が脂質膜の上下の塩緩衝溶液間に導入され、脂質溶媒膜を上方に反らせる原因となる、一実施形態を示す。
【0059】
[0080]図10Aは、初期のtにおいて、脂質溶媒混合物がまず、脂質二重層を形成するために堆積されたとき、セルは単に、セルのウェル1002の全体に広がる溶媒と組み合わされた脂質分子の複数の層を伴う厚い脂質膜1004を有することを示す。脂質膜1004は、ウェルを、ウェルの外部にある貯蔵部1008から封止する。初期のtでは、ウェル内部の塩/電解質溶液の浸透圧モル濃度[E]は、外部貯蔵部のバルク電解質溶液の浸透圧モル濃度[E]と同一である。浸透性濃度としても知られている浸透圧モル濃度は、溶質濃度の尺度である。浸透圧モル濃度は、溶液の単位体積当たりの溶質のオスモル数を測定する。オスモルは、溶液の浸透圧に寄与する溶質のモル数の測定値である。浸透圧モル濃度により、溶液の浸透圧を測定することを可能にし、溶媒がどれだけ、異なる浸透性濃度の2つの溶液を分離する半透性膜(浸透性)を横切り拡散することになるかを判断することを可能にする。
【0060】
[0081]図10Bは、その後のtでは、脂質膜がウェルと外部貯蔵部との間の所定の位置にある間にウェル内に初期に存在する電解液より低い電解液濃度を、脂質膜上に流すことによって、過剰な水がウェル内部へと押し込まれ、脂質膜を上方に反らせることを示す。
【0061】
[0082]図11は、ナノポアベースの配列決定チップのセル内の脂質二重層を形成する改善された技術のプロセス1100の一実施形態を示す。プロセス1100は、1つまたは複数の異なるタイプの脂質二重層開始刺激を印加する。1つまたは複数のタイプの脂質二重層開始刺激が、同時に、または異なる順番で、印加され得る。1つまたは複数のタイプの脂質二重層開始刺激は、複数回繰り返されるプロセス1100で印加され得る。いくつかの実施形態では、図11のナノポアベースの配列決定チップは、複数の図1のセル100を含む。いくつかの実施形態では、図11のナノポアベースの配列決定チップは、複数の図5のセル500を含む。いくつかの実施形態では、図11のナノポアベースの配列決定チップは、複数の図6Aおよび6Bの回路600を含む。
【0062】
[0083]プロセス1100は、ステップを含み、その中では異なるタイプの流体が流動室を介してナノポアベースの配列決定チップのセルを通り流される。著しく異なる特性(例えば、圧縮性、撥水性、および粘性)を有する複数の流体が、ナノポアベースの配列決定チップ表面上のセンサアレイの上を流される。改善された効率のために、アレイ内のセンサの各々は、流体へ安定した方法で曝させられなければならない。例えば、異なるタイプの流体の各々は、流体が、セルの各々の表面を均一に覆い接触するようにチップへ送達され、次に、チップ外に送達され得るように、ナノポアベースの配列決定チップ上を流されなければならない。上述のように、ナノポアベースの配列決定チップは、アレイとして構成される多数のセンサセルを組み込む。ナノポアベースの配列決定チップは、ますます多くのセルを含むために拡大されるので、チップのセル全体を異なるタイプの流体の均一な流れを達成することは、さらに難しくなる。
【0063】
[0084]いくつかの実施形態では、図11のプロセス1100を実行するナノポアベースの配列決定システムは、流体をチャネルの長さ方向に沿ったチップの異なるセンサ上を横切るように誘導するヘビ状流体流路を有する改善された流動室を含む。図1は、液体およびガスが、チップ表面上のセンサの上を通過し接触することを可能にする、シリコンチップを取り囲む改善された流動室を有する、ナノポアベースの配列決定システム1200の上面図を示す。流動室は、ヘビ状または曲がりくねった流路1208を備え、それにより、流体をセンサバンク1206(各バンクが数千のセンサセルを含む)の1つの列(または1つの行)の直上をチップの一方の端部から反対の端部まで流れるように誘導し、次に、流体を繰り返し折り返して、すべてのセンサバンクが、少なくとも1回横切られるまで、センサバンクの他の隣接した列の直上を流れるように誘導する。図1に示すように、システム1200は、入口1202および出口1204を含む。
【0064】
[0085]図12を参照すると、流体は、入口1202を通りシステム1200内へと誘導される。入口1202は、管または針であってもよい。例えば、管または針は、1ミリメートルの直径を有し得る。液体またはガスを直接、単一の連続した空間を有する広い流動室内へ給送する代わりに、入口1202は、液体またはガスをヘビ状流路1208内へと給送し、それにより、液体またはガスをセンサバンク1206の単一の列の直上を流れるように誘導する。ヘビ状流路1208は、上板と、流動室をヘビ状流路になるように仕切る仕切り1210とを互いに積層してフローセルを形成し、次に、フローセルをチップの上に取り付けることによって、形成され得る。液体またはガス流れは、ヘビ状流路1208を通過し流れた後に、液体またはガスは、出口1204に至るまで導かれ、システム1200の外に導かれる。
【0065】
[0086]システム1200によって、流体が、チップ表面上のすべてのセンサの上を、より均一に流れることが可能になる。流路幅は、十分狭く、毛細管現象が効果をもつように構成される。より詳細には、流体と取り囲む表面との間の表面張力(これは流体内の凝集によって生じる)および粘着力が、流体をまとめて保持する役割を果たし、それにより流体または気泡が崩壊しデッド領域が形成されることを防止する。例えば、流路は、1ミリメートルまたはそれより短い幅を有し得る。狭小な流路は、流体の制御された流動が可能にし、先行する流体またはガスの流動からの残余を最小化する。
【0066】
[0087]図11を参照すると、1102では、塩/電解質緩衝溶液が、セル内のウェルを塩緩衝溶液で実質的に充填するために、流動室を介してナノポアベースの配列決定チップのセルを通し流される。本明細書でさらに説明したように、塩緩衝溶液は、以下の浸透圧調節物質である、塩化リチウム(LiCl)、塩化ナトリウム(NaCl)、塩化カリウム(KCl)、グルタミン酸リチウム、グルタミン酸ナトリウム、グルタミン酸カリウム、酢酸リチウム、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、塩化カルシウム(CaCl)、塩化ストロンチウム(SrCl)、塩化マンガン(MnCl)、および塩化マグネシウム(MgCl)のうちの少なくとも1つを含み得る。塩緩衝溶液は、単なるイオン性塩ではないトリメチルアミンN−オキシド(TMAO)、プロリン、トレハロースなどを含む浸透圧調節物質(浸透性に影響を及ぼす化合物)をさらに含み得る。いくつかの実施形態では、塩緩衝溶液の濃度は、2M(モル)である。
【0067】
[0088]1104では、脂質および溶媒の混合物が、流動室を介してナノポアベースの配列決定チップのセルを通し流される。いくつかの実施形態では、脂質および溶媒の混合物は、ジフィタノイルホスファチジルコリンまたは1,2−ジフィタノイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン(DPhPC)、および1,2−ジ−O−フィタニル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン(DOPhPC)などの脂質分子を含む。いくつかの実施形態では、脂質および溶媒の混合物は、デカンまたはトリデカンを含む。脂質および溶媒の混合物がまず脂質二重層を形成するためにセル内に堆積されるとき、セルのいくつかは、自然に形成される脂質二重層を有するが、そのセルのいくつかは単に、セルのウェルの各々の全体に広がる厚い脂質膜(脂質分子の複数の層および共に組み合わされた溶媒を伴う)を有するにすぎない。
【0068】
[0089]1106では、塩/電解質緩衝溶液が、外部貯蔵部を塩緩衝溶液で実質的に充填するために、流動室を介してナノポアベースの配列決定チップのセルを通し流される。
【0069】
[0090]1108では、ナノポアベースの配列決定チップの収量(すなわち、適切に形成された脂質二重層およびナノポアを有するナノポアベースの配列決定チップ内のセルの割合)を増加させるために、ナノポアベースの配列決定チップは、追加のセル内の脂質二重層の形成を促進するために、1つまたは複数のタイプの脂質二重層開始刺激を印加し得る。上記のように、1つまたは複数のタイプの脂質二重層開始刺激が、複数回繰り返され得る(ステップ1110によって決定される)脂質二重層開始刺激段階(ステップ1108)の間に、同時に、または異なる順番で、印加され得る。
【0070】
[0091]図13は、プロセス1100のステップ1108での脂質二重層開始刺激段階の間、振動刺激などの機械的な脂質二重層開始刺激を印加するプロセス1300の一実施形態を示す。1302では、機械的な脂質二重層開始刺激が印加される。厚い脂質膜の機械的振動は、脂質分子を再配列させ互いの周りを移動させることになり、それにより一部の脂質分子が2層のシートへ自己組織化することを促進し、末端をシートの中心の方向へ向けて小面積の脂質二重層を形成する。いくつかの実施形態では、脂質膜の振動は、外部貯蔵部(図5の外部貯蔵部522を参照のこと)に収容されるバルク電解質(図1のバルク電解質114および図5のバルク電解質508を参照のこと)内で波を発生させることによって導入され得る。例えば、波発生器、音響ポンプ、または流体ポンプが、流動室に連結され、外部貯蔵部に収容されたバルク電解質内で波を発生させ得る。
【0071】
[0092]1304では、本出願で説明した非破壊技術が使用され、脂質二重層が図6Aおよび図6Bの回路600を使用してセル内に形成されたか否かを検出する。検出は、脂質膜/二重層と接触するバルク液体に印加される電圧変化(ΔVliq)に応答した積分コンデンサ608(ncap)における電圧変化ΔVADCを監視することを含む。検出された脂質二重層を有するセルは、検出された脂質二重層を有さないセルと別のグループに分離される。
【0072】
[0093]ステップ1306では、機械的な刺激段階が繰り返されるべきか否かが判定される。別の基準が、このステップで用いられてもよい。いくつかの実施形態では、機械的刺激段階は、所定の回数だけ実行される。いくつかの実施形態では、機械的刺激段階は、ナノポアベースの配列決定チップの目標収量に到達するまで繰り返される。いくつかの実施形態では、刺激による薄膜化の最終回中に形成された脂質二重層を有するとしてまさに検出されたばかりのセルの増加数または割合が、所定の閾値よりも低い場合、プロセス1300は、終了する。
【0073】
[0094]プロセス1300は、機械的刺激段階が次に繰り返されることになる場合、ステップ1308へ進む。ステップ1308では、印加されることになる次の機械的刺激レベルが決定される。いくつかの実施形態では、機械的刺激レベルは、一定の所定の量だけ増大される。いくつかの実施形態では、最終の繰り返し中に形成された脂質二重層を有するとしてまさに検出されたばかりのセルの増加数または割合が、所定の閾値よりも低い場合、次に、機械的刺激レベルは、一定の所定の量だけ増大され、そうでない場合は、先行の機械的刺激は、有効であると見なされ、したがって、同一の機械的刺激レベルが再び使用される。プロセス1300は次に、1302へと進み、プロセスが繰り返される。
【0074】
[0095]図14は、プロセス1100のステップ1108での脂質二重層開始刺激段階の間、電気的な脂質二重層開始刺激を印加するプロセス1400の一実施形態を示す。1402では、電気的な脂質二重層開始刺激が印加される。その内部にまだ脂質二重層を形成させていないセルへ、電気的な刺激を印加するステップは、厚い脂質膜上を液体が流れる効率を向上させ得、それにより任意の過剰な脂質溶媒の除去を促進し、その結果、厚い脂質膜は、薄膜化され、より効果的に脂質二重層へと移行され得る。その内部にまだ脂質二重層を形成させていないセルへ、電気的な刺激を印加するステップはまた、過剰な脂質溶媒を絞り出し、厚い脂質膜を脂質二重層へと薄膜化する結果につながる静電力を発生させ得る。いくつかの実施形態では、図6Aおよび6Bの同一の回路600が、電気的な刺激を印加するために使用され得る。脂質二重層検出と脂質薄膜化/脂質二重層開始との間の、回路600の設定での唯一の違いは、脂質二重層を検出するVliqの絶対振幅がより低いことである。例えば、脂質二重層を検出する絶対振幅Vliqは、100mV〜250mVであり得、一方、脂質を薄膜化する絶対振幅Vliqは、250mV〜500mVであり得る。
【0075】
[0096]1404では、本出願で説明した非破壊技術が使用され、脂質二重層が図6Aおよび図6Bの回路600を使用してセル内に形成されたか否かを検出する。検出は、脂質膜/二重層と接触するバルク液体に印加される電圧変化(ΔVliq)に応答した積分コンデンサ608(ncap)における電圧変化ΔVADCを監視することを含む。検出された脂質二重層を有するセルは、検出された脂質二重層を有さないセルと別のグループに分離される。検出された脂質二重層を有するセルの各々の内部で、パスデバイス606が、脂質二重層および電極を測定回路600から切断するために開路され、その結果、いずれの電気的な脂質二重層開始刺激(チップに印加される場合)のセルへの印加は、無効化される。
【0076】
[0097]ステップ1406では、電気的な刺激段階が繰り返されるべきか否かが判定される。別の基準が、このステップで用いられてもよい。いくつかの実施形態では、電気的な刺激段階は、所定の回数だけ実行される。いくつかの実施形態では、電気的な刺激段階は、ナノポアベースの配列決定チップの目標収量に到達するまで繰り返される。いくつかの実施形態では、刺激による薄膜化の最終回中に形成された脂質二重層を有するとしてまさに検出されたばかりのセルの増加数または割合が、所定の閾値よりも低い場合、プロセス1400は、終了する。
【0077】
[0098]プロセス1400は、電気的な刺激段階が次に繰り返されることになる場合、ステップ1408へ進む。ステップ1408では、印加されることになる次の電気的な刺激レベルが決定される。いくつかの実施形態では、電気的な刺激レベルは、一定の所定の量だけ増大される。いくつかの実施形態では、最終の繰り返し中に形成された脂質二重層を有するとしてまさに検出されたばかりのセルの増加数または割合が、所定の閾値よりも低い場合、次に、電気的な刺激レベルは、一定の所定の量だけ増大され、そうでない場合は、先行の電気的な刺激は、有効であると見なされ、したがって、同一の電気的な刺激レベルが再び使用される。プロセス1400は次に、1402へと進み、プロセスが繰り返される。
【0078】
[0099]図15は、プロセス1100のステップ1108での脂質二重層開始刺激段階の間、物理的な脂質二重層開始刺激を印加するプロセス1500の一実施形態を示す。1502では、塩/電解質緩衝溶液が、流動室を介してナノポアベースの配列決定チップのセルを通し流される。塩電解質緩衝溶液の濃度または浸透圧モル濃度が、浸透性不均衡を脂質膜の上下の電解液間に導入するように、プロセス1500によって決定される。脂質膜がウェルと外部貯蔵部との間の所定の位置にある間にウェル内に初期に存在する電解液より低い電解液濃度を、脂質膜上に流すことによって、過剰な水がウェル内部へと押し込まれ、脂質膜を上方に反らせる。ウェルから外へと押圧された脂質膜を用いることで、脂質膜のより大きな接触面積が塩緩衝溶液の流れに曝され、結果的に、塩緩衝溶液の流れが任意の過剰な脂質溶媒をより効果的に除去することが可能となり、その結果、厚い脂質膜は、薄膜化され、より効果的に脂質二重層へと移行され得る。
【0079】
[00100]例えば、ステップ1502で流動室を介してナノポアベースの配列決定チップのセルを通し流される塩電解質緩衝溶液は、ウェル内に存在する電解液(例えば2M)より低い電解液濃度(例えば500mM)を有し、浸透圧モル濃度差1.5Mを形成する。外部貯蔵部内(すなわち、脂質膜のシス側の)を流れるより低い濃度の電解液に応じて、脂質膜のシスおよびトランス側での濃度を平準化するために、水が脂質膜を横切って貯蔵部からウェル内部へと拡散する。平準化は、水分子が容易に脂質膜を通過して流れるので、ほぼ瞬時に起こる。脂質膜の両側での濃度は、外部貯蔵部の容量がトランス側(ウェル)の容量より著しく大きいので、シス側(例えば500mM)の濃度に平準化する。このことは、ウェルの脂質膜の下の水の体積を効果的に増大させ、図10Bに示すように脂質膜を上方へ反らせる。
【0080】
[00101]上述したように、水が、脂質膜を横切って拡散し得、セルを通り流される塩電解質緩衝溶液が、時間とともに異なる浸透圧調節物質を外部貯蔵部内へと導入し得るので、外部貯蔵部およびウェル内に保持される液体の体積および浸透圧調節物質含有量の両方が、時間とともに変化し得る。外部貯蔵部は、特定の時間に外部貯蔵部に収容される液体の浸透圧モル濃度である、第1の貯蔵部浸透圧モル濃度によって特徴づけられ得ることが認識される。セル内のウェルは、特定の時間にウェル内に収容され、脂質二重層によって閉じ込められる液体の浸透圧モル濃度である、第2の貯蔵部浸透圧モル濃度によってさらに特徴づけられ得る。
【0081】
[00102]1504では、本出願で説明した非破壊技術が使用され、脂質二重層が図6Aおよび図6Bの回路600を使用してセル内に形成されたか否かを検出する。検出は、脂質膜/二重層と接触するバルク液体に印加される電圧変化(ΔVliq)に応答した積分コンデンサ608(ncap)における電圧変化ΔVADCを監視することを含む。検出された脂質二重層を有するセルは、検出された脂質二重層を有さないセルと別のグループに分離される。
【0082】
[00103]ステップ1506では、塩緩衝溶液流動段階が繰り返されるべきか否かが判定される。別の基準が、このステップで用いられてもよい。いくつかの実施形態では、塩緩衝溶液流動段階は、所定の回数だけ実行される。いくつかの実施形態では、この段階は、ナノポアベースの配列決定チップの目標収量に到達するまで繰り返される。いくつかの実施形態では、緩衝溶液流動による薄膜化の最終回中に形成された脂質二重層を有するとしてまさに検出されたばかりのセルの増加数または割合が、所定の閾値よりも低い場合、プロセス1500は、終了する。
【0083】
[00104]プロセス1500は、プロセス1500の塩緩衝溶液流動段階が次に繰り返されることになる場合、ステップ1508へ進む。ステップ1508では、印加されることになる次の塩緩衝溶液濃度が決定される。例えば、塩緩衝溶液の濃度は、ステップ1502の最後の繰り返しで用いられた濃度から次第に増大されられ得る。塩緩衝溶液流動段階が何回か繰り返されるとき、ますます多くの脂質二重層が形成されるので、塩緩衝溶液の濃度は、次第に増大され、脂質膜の上下の電解液間のより小さな濃度差は、脂質二重層がウェル内部へと押し込まれる過剰な水によって破裂しないことを、保証することになる。プロセス1500は次に、1502へと進み、プロセスが繰り返される。
【0084】
[00105]図16Aは、脂質膜の上下の塩緩衝溶液間に浸透性不均衡を導入せずに、適切に形成された脂質二重層(すなわち、ナノポアベースの配列決定チップの収量)を有するナノポアベースの配列決定チップ内のセルの全体割合が受容可能な閾値に増大される前に、塩緩衝溶液が、多くの回数(93回)流される必要があることを示すヒストグラムである。図16Bは、脂質膜の上下の塩緩衝溶液間に浸透性不均衡を導入して、16回の塩緩衝溶液の流動サイクルが、適切に形成された脂質二重層を有するナノポアベースの配列決定チップ内のセルのより大きな全体割合を達成することを示すヒストグラムである。
【0085】
[00106]各々の図で、x軸は、脂質膜/二重層と接触するバルク液体に印加される電圧変化(ΔVliq)に応答した積分コンデンサ608(ncap)における電圧変化ΔVADCであり、一方、y軸は、あるΔVADCの範囲内にそのΔVADCを有するセル数である。この例では、50以上のΔVADC値を有するセルは、その内部に形成された脂質二重層を有するとして決定される。図16A図16Bとを比較すると、脂質膜の上下の塩緩衝溶液間に浸透性不均衡を導入することで、より少ない塩緩衝溶液の流動サイクルを用いても、大多数のナノポアベースの配列決定チップ内のセルは、脂質二重層を検出される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6A
図6B
図7
図8A
図8B
図9A
図9B
図9C
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16A
図16B