(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
探針が設けられたカンチレバーと、該カンチレバーの変位を検出する変位検出部と、を具備し、前記探針を試料の表面に近接させた状態で、前記変位検出部により検出された変位に基づいて、該探針と試料との間の相互作用が一定になるように該探針と試料との離間間隔をフィードバック制御しつつ、該探針で該試料上の測定対象領域内を走査することで該領域の表面形状画像を取得する走査型プローブ顕微鏡であって、位相モードにより試料表面の物性情報を取得する走査型プローブ顕微鏡において、
a)試料上の測定対象領域内の所定の1次元領域を順方向と逆方向とで走査するように前記探針と前記試料との相対位置を移動させ、順方向走査における画像データと逆方向走査における画像データとをそれぞれ取得するデータ取得部と、
b)前記データ取得部による画像データの取得の際に、前記フィードバック制御の制御ループの中で前記変位検出部により得られる変位量に基づいて得られる試料表面の物性情報を反映した信号値を参照情報として取得する参照情報取得部と、
c)各測定点において順方向走査時に得られた前記参照情報と逆方向走査時に得られた参照情報とを比較し、その参照情報の示す値が小さいほうの走査時の画像データを選択するという処理を前記測定対象領域内の各測定点について実行することで、該測定対象領域に対応した画像データを求める画像データ選択処理部と、
を備え、前記参照情報取得部は、前記カンチレバーを所定周波数で振動させたときのその加振信号に対する前記変位検出部により得られる検出信号の位相遅れ量を参照情報として取得することを特徴とする走査型プローブ顕微鏡。
探針が設けられたカンチレバーと、該カンチレバーの変位を検出する変位検出部と、を具備し、前記探針を試料の表面に近接させた状態で、前記変位検出部により検出された変位に基づいて、該探針と試料との間の相互作用が一定になるように該探針と試料との離間間隔をフィードバック制御しつつ、該探針で該試料上の測定対象領域内を走査することで該領域の表面形状画像を取得する走査型プローブ顕微鏡であって、水平力モードにより試料表面の物性情報を取得する走査型プローブ顕微鏡において、
a)試料上の測定対象領域内の所定の1次元領域を順方向と逆方向とで走査するように前記探針と前記試料との相対位置を移動させ、順方向走査における画像データと逆方向走査における画像データとをそれぞれ取得するデータ取得部と、
b)前記データ取得部による画像データの取得の際に、前記フィードバック制御の制御ループの中で前記変位検出部により得られる変位量に基づいて得られる試料表面の物性情報を反映した信号値を参照情報として取得する参照情報取得部と、
c)各測定点において順方向走査時に得られた前記参照情報と逆方向走査時に得られた参照情報とを比較し、その参照情報の示す値が小さいほうの走査時の画像データを選択するという処理を前記測定対象領域内の各測定点について実行することで、該測定対象領域に対応した画像データを求める画像データ選択処理部と、
を備え、前記参照情報取得部は、前記カンチレバーの長手方向に対し直交する方向に該カンチレバーと試料とを相対的に移動させたときに、前記変位検出部により得られる該カンチレバーの捻りの程度を反映した変位量を参照情報として取得することを特徴とする走査型プローブ顕微鏡。
【背景技術】
【0002】
走査型プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscope、以下「SPM」と略す)は、微小な探針(プローブ)の先端を試料表面に近づけ、該探針と試料との間の力学的又は電磁気的な相互作用を検出しながら該探針で試料表面を走査し、その試料表面の形状や電気的特性の分布などを観察するものである。代表的なSPMである原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope、以下「AFM」と略す)では、探針と試料表面との間に作用する相互作用として原子間力を測定する(非特許文献1など参照)。
【0003】
AFMは一般に、試料を互いに直交するX、Y、Zの三軸方向に移動させるスキャナ(ここでは、試料が載置される平面内にX軸、Y軸をとり、該平面に直交する方向にZ軸をとるものとする)と、該試料に対してZ軸方向に離れた位置に配置され、先端に探針が取り付けられたカンチレバーと、このカンチレバーの撓みを検出する変位検出部と、を備え、探針の先端を試料のごく近傍(数nm程度以下の間隙)に近づける。このとき、探針と試料との間には原子間力(引力又は斥力)が作用する。この原子間力を一定に保ちつつ、試料表面に沿って、つまりX軸、Y軸の二軸方向に探針と試料とが相対移動するようにスキャナを駆動すると、試料表面の凹凸に応じてカンチレバーがZ軸方向に変位する。そこで、この変位量を変位検出部によって検出し、その変位が一定になるように試料をZ軸方向に微動させるべくスキャナをフィードバック制御する。このフィードバック制御のための制御量は試料表面の凹凸を反映したものとなるから、この制御量をデータ処理部に取り込んで処理することで試料表面画像を作成し表示する。
【0004】
AFMにはいくつかの動作モードがあるが、代表的であるのはコンタクトモードとノンコンタクト(ダイナミック)モードである。コンタクトモードでは、探針を試料に近づけたときに該探針と試料表面との間に作用する斥力によって生じるカンチレバーの反りを検出し、その反りの度合いが一定になるようにスキャナをフィードバック制御する。一方、ダイナミックモードでは、試料表面に近づけたカンチレバーをその共振点付近の周波数で励振する。すると、探針と試料表面との間に作用する主として引力によって振動の振幅が変化する。そこで、この振動の振幅が一定になるようにスキャナをフィードバック制御する。いずれのモードにおいても、フィードバック制御のための制御量を利用して試料表面画像を作成するのは同じである。
【0005】
しかしながら、探針で試料表面を走査する際に該試料表面に急峻な凹凸があると、スキャナのフィードバック制御に追従遅れが生じたり、或いは追従しきれなくなって一時的にフィードバック制御が乱れたりすることがある。そうした場合、フィードバック制御のための制御量に基づいて得られる画像データは実際の試料表面の形状を反映しない不正確なものとなる。
【0006】
SPMでは、通常、探針で試料表面を走査する際に、同じ一次元領域を順方向と逆方向の二回走査(つまり往復走査)し、それぞれ独立に画像データを収集するようにしている。一般に、順方向走査はトレース、逆方向はリトレースと呼ばれている。このように往復走査を行う大きな理由の一つは、走査方向によって探針の先端形状やカンチレバーのばね定数などに相違があり、試料表面上を適切に走査した場合であっても、トレース時とリトレース時とで画像データが異なることがあるからである。そのため、トレース時に得られた画像データ(以下「トレース画像データ」という)とリトレース時に得られた画像データ(以下「リトレース画像データ」という)との平均をとって試料表面画像を作成することがよく行われる。
【0007】
特許文献1に記載のSPMでは、試料表面に急峻な凹凸があった場合でも正確な試料表面画像を作成するために、上述したトレース画像データとリトレース画像データとを利用した特徴的なデータ処理が行われている。具体的には、同じ領域を走査することで得られたトレース画像データとリトレース画像データとを比較し、例えばトレース画像データ(又はリトレース画像データ)の中でデータを置き換えるべき部分を自動的に認識し、該部分のデータをリトレース画像データ(又はトレース画像データ)に置き換えるというデータ処理が行われる。また、該特許文献では、トレース画像データ(又はリトレース画像データ)の中でその値が所定の閾値を超えた部分を検出し、該部分のデータをリトレース画像データ(又はトレース画像データ)に置き換えるという別の手法も提案されている。
【0008】
しかしながら、こうしたデータ処理手法では次のような問題がある。特許文献1では、試料表面に例えば急峻な凸部が存在した場合に、該凸部の頂部よりも手前の上り傾斜ではフィードバック制御が良好に追従し、頂部を超えたあと、つまりは上り傾斜から急に下り傾斜になったあとにフィードバック制御が乱れるという現象が起こることを前提として、トレース画像データとリトレース画像データとを比較して不正確である画像データを推定している。ところが、例えば凸部の頂部を挟んだ両側の傾斜の一方が急で他方が緩やかである場合や、或いは、凸部の頂部がほぼ平坦な台形状である場合など、凹凸の形状によっては上記のような前提が必ずしも成り立つわけではない。そのため、トレース画像データとリトレース画像データとで不正確なほうの画像データを選択してしまうこともあり、正確な試料表面画像が得られるとは限らない。
【0009】
また、或る部分においてトレース画像データの値が所定の閾値を超えたときに、その部分に対して得られたリトレース画像データのほうが試料表面形状をより正確に表しているとは限らない。したがって、特許文献1における上記別の手法を用いた場合でも、トレース画像データとリトレース画像データとで不正確なほうの画像データを選択してしまうことがあり、やはり正確な試料表面画像が得られるとは限らない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
即ち、特許文献1に記載されている手法では、必ずしも実際の試料表面形状により近いデータを選択できるとは限らないため、試料表面の凹凸の状況によっては正確な試料表面画像を得ることができないという問題がある。
【0013】
本発明はこうした課題を解決するために成されたものであり、その主たる目的は、Z軸方向のフィードバック制御の追従遅れや乱れが生じるような急峻な凹凸が試料表面に存在するような場合であっても、その試料表面の形状を反映した精度の高い画像を得ることができる走査型プローブ顕微鏡を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するためになされた本発明の第1の態様は
、探針が設けられたカンチレバーと、該カンチレバーの変位を検出する変位検出部と、を具備し、前記探針を試料の表面に近接させた状態で、前記変位検出部により検出された変位に基づいて、該探針と試料との間の相互作用が一定になるように該探針と試料との離間間隔をフィードバック制御しつつ、該探針で該試料上の測定対象領域内を走査することで該領域の表面形状画像を取得する走査型プローブ顕微鏡
であって、位相モードにより試料表面の物性情報を取得する走査型プローブ顕微鏡において、
a)試料上の測定対象領域内の所定の1次元領域を順方向と逆方向とで走査するように前記探針と前記試料との相対位置を移動させ、順方向走査における画像データと逆方向走査における画像データとをそれぞれ取得するデータ取得部と、
b)前記データ取得部による画像データの取得の際に、前記フィードバック制御の制御ループの中で前記変位検出部により得られる変位量に基づいて得られる試料表面の物性情報を反映した信号値を参照情報として取得する参照情報取得部と、
c)各測定点において順方向走査時に得られた前記参照情報と逆方向走査時に得られた参照情報とを比較し、その参照情報の示す値が小さいほうの走査時の画像データを選択するという処理を前記測定対象領域内の各測定点について実行することで、該測定対象領域に対応した画像データを求める画像データ選択処理部と、
を備え
、前記参照情報取得部は、前記カンチレバーを所定周波数で振動させたときのその加振信号に対する前記変位検出部により得られる検出信号の位相遅れ量を参照情報として取得することを特徴としている。
また上記課題を解決するためになされた本発明の第2の態様は、探針が設けられたカンチレバーと、該カンチレバーの変位を検出する変位検出部と、を具備し、前記探針を試料の表面に近接させた状態で、前記変位検出部により検出された変位に基づいて、該探針と試料との間の相互作用が一定になるように該探針と試料との離間間隔をフィードバック制御しつつ、該探針で該試料上の測定対象領域内を走査することで該領域の表面形状画像を取得する走査型プローブ顕微鏡であって、水平力モードにより試料表面の物性情報を取得する走査型プローブ顕微鏡において、
a)試料上の測定対象領域内の所定の1次元領域を順方向と逆方向とで走査するように前記探針と前記試料との相対位置を移動させ、順方向走査における画像データと逆方向走査における画像データとをそれぞれ取得するデータ取得部と、
b)前記データ取得部による画像データの取得の際に、前記フィードバック制御の制御ループの中で前記変位検出部により得られる変位量に基づいて得られる試料表面の物性情報を反映した信号値を参照情報として取得する参照情報取得部と、
c)各測定点において順方向走査時に得られた前記参照情報と逆方向走査時に得られた参照情報とを比較し、その参照情報の示す値が小さいほうの走査時の画像データを選択するという処理を前記測定対象領域内の各測定点について実行することで、該測定対象領域に対応した画像データを求める画像データ選択処理部と、
を備え、前記参照情報取得部は、前記カンチレバーの長手方向に対し直交する方向に該カンチレバーと試料とを相対的に移動させたときに、前記変位検出部により得られる該カンチレバーの捻りの程度を反映した変位量を参照情報として取得することを特徴としている。
【0015】
例えば本発明に係る走査型プローブ顕微鏡が原子間力顕微鏡である場合、探針と試料との間の相互作用とは原子間力である。このとき、試料表面形状観察のための動作モードがコンタクトモードであれば、変位検出部に基づいて得られる変位量とはカンチレバーの撓み(反り)の程度を示す変位量である。一方、試料表面形状測定のための動作モードがダイナミックモードであれば、カンチレバーは所定周波数で励振されるから、変位検出部に基づいて得られる変位量とはカンチレバーの振動振幅の変化の程度を示す変位量である。
【0016】
本発明に係
る走査型プローブ顕微鏡におい
て、コンタクトモードによる試料表面形状観察を行う場合に、参照情報取得部は変位検出部に基づいて得られる変位量とその目標値との偏差を参照情報として取得する。探針と試料との離間間隔のフィードバック制御は、通常、この偏差がゼロになるように実行される。このとき、変位検出部ではその時点でのカンチレバーの撓みの程度を示す変位量が得られるから、該変位量と目標値との偏差は、その時点での探針の位置と未知である実際の試料表面との間の距離と、その距離の目標値(一定に保ちたい距離の値)とのズレを示している。上記フィードバック制御が良好に行われているときにはこのズレは小さいが、フィードバック制御に追従遅れや乱れが生じるとズレが大きくなる。したがって、上記偏差はフィードバック制御の追従遅れや乱れの状態を反映した一種の指標値である。そこで参照情報取得部は、データ取得部により画像データが取得される測定点毎に上記偏差を参照情報として取得する。
【0017】
画像データ選択部は、測定対象領域に対する全ての画像データが収集されたあとに又は該画像データを収集するのと並行して、各測定点において順方向走査時に得られた参照情報と逆方向走査時に得られた参照情報とを比較し、いずれの値が小さいかを判断する。上述したように、偏差が小さいほうがフィードバック制御の追従遅れや乱れの影響が小さく、それ故に、得られた画像データの信頼性も高いと推測できる。そこで画像データ選択部は、順方向走査時と逆方向走査時とで参照情報の示す値が小さいほうの画像データを、該測定点におけるより正確な画像データとして選択する。同様の処理を測定対象領域内の各測定点において実行することで、該測定対象領域に対応した画像データを求める。こうして測定点毎に選択された画像データを例えば順方向走査時の画像データや逆方向走査時の画像データとは別に保存しておくことで、任意の時点で、例えば試料上の急峻な凹凸に起因するフィードバック制御の追従遅れや乱れの影響の少ない、より精度の高い試料表面形状画像を表示することができる。
【0018】
上
記走査型プローブ顕微鏡において、ダイナミックモードによる試料表面形状観察を行う場合、変位検出部に基づいて得られる変位量が振動振幅であり、その変位量の目標値がカンチレバーの撓み量でなく振動振幅の目標値であること以外は、上記コンタクトモードによる試料表面形状観察を行う場合と全く同じである。
【0021】
よく知られているように走査型プローブ顕微鏡では、試料表面の凹凸形状を観察するモード以外に、試料表面の様々な物性情報を取得するための種々のモードが用意されている(非特許文献1等参照)。こうしたモードの中の一部で得られる信号を上記偏差に代えて用いることができる。
【0022】
具体的には、位相モードでは、ダイナミックモードにおいてカンチレバーを所定周波数で振動させる際に、該カンチレバーの振動振幅とともに加振信号に対する検出信号の位相遅れ量を検出する。そして、その位相遅れ量に基づいて、試料表面の粘弾性の分布などを反映した位相像を作成する。上述した実距離とその距離の目標値とのズレが大きいほどこの位相遅れ量は大きくなるから、位相モードにおいて得られる位相遅れ量を偏差の代わりに用いることで、順方向走査時の画像データと逆方向走査時の画像データとのうち、より正確なデータを選択することができる。
【0023】
即ち、本発明に係る第
1の態様の走査型プローブ顕微鏡は、位相モードにより試料表面の物性情報を取得する
。
【0024】
また本発明に係る第2の態様の走査型プローブ顕微鏡は、水平力モードにより試料表面の物性情報を取得する。水平力モードでは、コンタクトモードにおいてカンチレバーをその長手方向に対して垂直な方向に相対的に移動させながら、探針と試料との間に作用する水平力をカンチレバーの捻れとして検出する。この水平力は主として摩擦力を示すから、得られた水平力に基づいて、試料表面の摩擦力の分布などを反映した画像を作成する。上述した実距離とその距離の目標値とのズレが大きいほどこの水平力は大きくなるから、水平力モードにおいて得られる水平力を偏差の代わりに用いることで、順方向走査時の画像データと逆方向走査時の画像データとのうち、より正確なデータを選択することができる。
【0025】
なお、走査型プローブ顕微鏡では、上記位相モードや水平力モード以外にも、コンタクトモードやダイナミックモードでの試料表面形状観察と並行して実施可能である、様々なモード、例えばフォースモジュレーションモード、電流モード、表面電位モードなどが用意されており、これら各種モードでは試料表面の物性情報の分布を示す画像データを取得することができる。こうしたデータについても順方向走査時と逆方向走査時とでそれぞれ取得される。したがって、本発明に係る走査型プローブ顕微鏡では、試料表面形状を表す画像データについて参照情報に基づく選択を行うのみならず、上述した位相モード、水平力モード、フォースモジュレーションモード、電流モード、表面電位モードなどで得られるデータについても参照情報に基づく選択を行うようにすることができる。
これによって、例えば位相モードで得られる位相像、電流モードで得られる抵抗率分布画像などについても、より正確な画像を作成して表示することが可能となる。
【発明の効果】
【0026】
本発明に係る走査型プローブ顕微鏡によれば、試料上に急峻な凹凸が存在し、それによって試料−探針間距離に関するフィードバック制御の追従遅れや乱れがあった場合でも、実際の試料表面形状により近い精度の高い試料表面形状画像を表示することができる。
【発明を実施するための形態】
【0028】
[第1実施例]
以下、本発明に係る走査型プローブ顕微鏡(SPM)の第1実施例について、添付図面を参照して説明する。
図1は第1実施例のSPMの要部の構成図である。
【0029】
測定部1にあって、測定対象である試料10はスキャナ12の上に設けられた試料台11の上に載置される。スキャナ12は、試料10を試料台11上面に平行な面内で互いに直交するX、Yの2軸方向に移動させるXYスキャナ121と、試料10をX軸及びY軸に対し直交するZ軸方向に微動させるZスキャナ122と、を含む。XYスキャナ121及びZスキャナ122はそれぞれ、X−Y方向駆動部13及びZ方向駆動部14から印加される電圧によって変位を生じる圧電素子を駆動源としたものである。
【0030】
試料10の上方(ここではZ軸方向に離れた位置)には、先端に探針16を有し可撓性を有するカンチレバー15が配置されている。カンチレバー15のZ軸方向の変位を検出するために、該カンチレバー15の上方には、レーザ光源171、ハーフミラー172、ミラー173、光検出器174、及び変位量演算部175を含む光学的変位検出部17が設けられている。光学的変位検出部17では、レーザ光源171から出射したレーザ光をハーフミラー172で略垂直下方に反射させ、カンチレバー15の先端背面に設けられた反射面に照射する。この反射面で反射された光はミラー173を経て光検出器174に入射する。光検出器174は例えば、Z軸方向及びY軸方向に4分割された受光面を有する4分割光検出器である。カンチレバー15がZ軸方向に変位すると複数の受光面に入射する光量の割合が変化する。変位量演算部175は、その複数の受光光量に応じた検出信号を演算処理することで、カンチレバー15の変位量(撓み量)を算出する。
【0031】
制御部2は主として測定部1の測定動作を制御するものであり、偏差検出部20、制御量算出部21、及び走査制御部22、を備える。偏差検出部20は変位量演算部175で得られた変位量と目標値とを比較し、その偏差を検出する。制御量算出部21は該偏差がゼロになるようにZスキャナ122を駆動するための制御量を算出し、Z方向駆動部14を介してZスキャナ122の動作を制御する。一方、走査制御部22は予め決められた速度、方向、及び順序で試料10がX軸方向及びY軸方向に移動するように、X−Y方向駆動部13を介してXYスキャナ121の動作を制御する。
【0032】
データ処理部3は、画像形成部30、画像データ選択部31、偏差情報記憶部32、画像データ記憶部33などの機能ブロックを含み、表示処理部4を介して表示部5の画面上に試料の表面形状画像などの測定結果を表示する。また、データ処理部3にはユーザが適宜の入力や設定を行う入力部6も接続されている。なお、データ処理部3に含まれる機能ブロックは、通常、パーソナルコンピュータにインストールされた専用のデータ処理ソフトウエアを該コンピュータで実行することにより具現化される。
【0033】
周知のように、SPMでは大別してコンタクトモードとダイナミックモードという二つのモードで試料表面形状の観察が可能であるが、この第1実施例のSPMはコンタクトモードで試料表面形状の観察を行うものであり、ダイナミックモードにより試料表面形状の観察を行う構成については第2実施例として別に説明する。
第1実施例のSPMにおける測定動作を、
図1に加え
図2〜
図4を用いて説明する。
【0034】
図示しない駆動機構により、探針16の先端が試料10の表面に極めて近い位置に来るようにカンチレバー15を試料10に近づけると、探針16と試料10表面との間には原子間力(この場合には主として斥力)が作用する。その状態で走査制御部22は、試料10上の測定対象領域内を探針16で2次元的に走査するようにX−Y方向駆動部13を介してXYスキャナ121を駆動する。
【0035】
具体的には、例えば
図2(a)に示すように、試料10上の矩形状である測定対象領域100の中に、X軸方向に延伸しY軸方向に平行な多数の直線状の走査領域101が多数設定される。そして、
図2(b)に示すように、最も端の走査領域101から順に、一方の端部102から他方の端部102’まで順方向に走査したあと、該端部102’から出発点の端部102まで同じ走査領域101を逆方向に走査する。そのあと、隣接する次の走査領域101に移り、同様に順方向及び逆方向に該走査領域101を走査するという作業を実施する。これを測定対象領域100中の全ての走査領域101について繰り返す。一般に、順方向走査をトレース、逆方向走査をリトレースという。
【0036】
上記のように探針16で試料10の表面を走査するとき、
図2(c)に断面で示すようにその表面に凹凸があると、それに応じてカンチレバー15の撓み量が変化する。カンチレバー15の撓み量が変化すると、カンチレバー15の先端背面の反射面で反射された光が光検出器174の検出面に到達する位置が変化する。それにより変位量演算部175から出力される変位量は変化する。制御部2にあって偏差検出部20はその変位量と一定の目標値との偏差を時々刻々と求め、制御量算出部21はその偏差がゼロになるようにZスキャナ122の制御量を計算する。そして、Z方向駆動部14は指示された制御量に対応した電圧をZスキャナ122に印加することで、Zスキャナを駆動して試料10をZ軸方向に微動させる。試料10がZ軸方向に移動すると、それによってカンチレバー15の撓み量が変動するから、光学的変位検出部17で得られる変位量も変化する。
【0037】
こうした、試料10、カンチレバー15、光学的変位検出部17、偏差検出部20、制御量算出部21、Z方向駆動部14、Zスキャナ122を含む閉ループにおけるフィードバック制御によって、探針16と試料10との間に作用する斥力が一定になるように、つまりは探針16と試料10との間のごく微小な離間距離が一定になるように試料10がZ軸方向に移動する。制御量算出部21で算出される制御量は試料10の表面の微小な凹凸を反映したものとなるから、データ処理部3ではその制御量を画像データとして記録する。
【0038】
上述したように測定対象領域100中の各走査領域101はそれぞれ順方向と逆方向の2回走査されるから、一つの測定対象領域100に対して順方向走査時の画像データ(以下「トレース画像データ」ということがある)と逆方向走査時の画像データ(以下「リトレース画像データということがある)とが得られる。データ処理部3では、探針16が試料10表面上を走査する際に上述したように得られる制御量データをそのまま或いは所定のデータ処理を施して、トレース画像データとリトレース画像データとに分けて画像データ記憶部33に格納する。画像データ記憶部33には、トレース画像データが格納される記憶領域33aとリトレース画像データが格納される記憶領域33bとが設けられ、上記画像データはそれぞれの記憶領域33a、33bに格納される。
なお、ここまで述べた測定及び処理動作は従来のSPMと同じである。
【0039】
トレース画像とリトレース画像とは同じ走査領域101上を探針16で走査した結果であるから同じであるのが理想的であるが、実際には必ずしもそうならないことがある。例えば順方向走査時と逆方向走査時とでの探針16の形状やカンチレバー15のばね定数が相違すると、試料10表面の凹凸に沿った探針1
6の追従性が異なるために同じ部位でも画像データに相違が生じる。また、こうした装置特有の相違以外に、試料10の表面に急峻な凸部や凹部が存在すると、Zスキャナ122のフィードバック制御に追従遅れが生じたり、或いは追従しきれなくなって一時的にフィードバック制御が乱れたりすることがある。当然のことながら、そうした場合には正確な画像データが得られなくなる。
【0040】
図3は、試料10上に急峻な凸部が存在する場合に得られる画像データの状況を示す模式図である。いま、走査領域内に
図3(a)に示す断面の凸部が存在するものとする。
図3(b)には順方向走査時に得られる画像データを■で示し、
図3(c)には逆方向走査時に得られる画像データを●で示している。また、
図3(b)、(c)中の破線は実際の試料10の表面の位置(高さ)である。この凸部の左斜面は緩斜面であるのに対し、右斜面は急斜面であってしかも裾部よりも頂部に近い側で傾斜が急になっている。そのため、探針16が緩斜面を徐々に上る順方向走査時には、その凸部の頂部まで試料10の表面に沿ったほぼ正確な画像データが得られているものの、頂部を通り過ぎて急峻な下りに入ると画像データが大きく乱れる。一方、探針16が急斜面を上る逆方向走査時には、その上りの途中から画像データが不正確になり、頂部では実際の試料10の表面とは大きく異なる画像データとなる。また、ここでは示していないが、急斜面を有する凹部を探針16で走査する際にも同様に、画像データが大きく乱れることになる。
【0041】
トレース画像、リトレース画像のいずれにおいても上記のような凸部や凹部の付近では、正確な画像データが得られないものの、試料表面の凹凸形状をより正確に反映した画像を作成するには、実際の試料表面の高さにより近い画像データを選択する必要がある。そこで、この第1実施例のSPMでは以下のようにして、より正確な画像データを収集し画像データ記憶部33に保存するようにしている。
【0042】
上述したように探針16で試料10表面を走査して画像データを取得するのと並行して、偏差情報記憶部32は、偏差検出部20で算出された偏差、つまりはカンチレバー15の撓み量に対応した光検出器174の検出面上での反射光の到達位置の変位量と目標値とのずれ量を示す偏差データを時々刻々と取得し、これを測定点の位置に対応付けて記憶する。したがって、一つの測定対象領域100に対するトレース画像データ及びリトレース画像データが求まると、そのトレース画像データに対する偏差データとリトレース画像データに対する偏差データも並行して求まる。
【0043】
偏差検出部20で得られる偏差は、その時点におけるカンチレバー15のZ軸方向における理想的な位置と実際の位置とのズレを正確に示している。そのため、この偏差が小さいほうが画像データの正確性は高いと推定される。そこで、全ての画像データの取得後に、画像データ選択部31は偏差情報記憶部32に格納されている偏差データについて、試料10上の同じ測定点に対して得られた順方向走査時の偏差と逆方向走査時の偏差とを比較する。そして、偏差が小さいほうの走査時に得られた画像データを、その測定点における画像データとして選択する。こうした画像データの選択処理を、測定対象領域100中の各走査領域101における全ての測定点についてそれぞれ実施する。つまり、画像データが得られた全ての測定点のそれぞれにおいて、順方向走査時の偏差のほうが逆方向走査時の偏差よりも小さければトレース画像データが選択され、逆方向走査時の偏差のほうが順方向走査時の偏差よりも小さければリトレース画像データが選択される。そうして、測定点毎に選択された画像データ(トレース画像データ又はリトレース画像データのいずれか)が画像データ記憶部33の選択画像データ記憶領域33cに格納される。
【0044】
図3に示した画像データ取得時において並行して得られる偏差データの一例を、
図4(a)に示す。この例では、順方向走査時の偏差は探針16が凸部の頂部を超えたあとに急に増大し、逆方向走査時における偏差を超えている。そのため、
図4(b)に示すように、頂部を含めて凸部の左斜面ではトレース画像データが選択され、頂部を除いて凸部の右斜面ではリトレース画像データが選択されている。上述したように偏差は各測定点におけるカンチレバー15のZ軸方向における理想的な高さ(つまりは目標値)と実際の高さとのズレを正確に示しているから、上記のような処理により、トレース画像データとリトレース画像データのうち、より実際の試料10の高
さに近い画像データを選択して選択画像データ記憶領域33cに格納することができる。
【0045】
例えばユーザが入力部6から選択画像の表示を指示すると、画像形成部30は画像データ記憶部33の選択画像データ記憶領域33cから選択画像データを読み出し、該データに基づいて試料表面形状画像を形成し、表示処理部4を介して表示部5の画面上に表示する。こうして、トレース画像データに基づく試料表面形状画像やリトレース画像データに基づく試料表面形状画像よりも実際の試料の表面形状を正確に反映した画像を表示することができる。もちろん、入力部6からの指示に応じて、トレース画像データに基づく試料表面形状画像、リトレース画像データに基づく試料表面形状画像、或いは、測定点毎にトレース画像データとリトレース画像データとを平均して求めた平均画像データに基づく試料表面形状画像を表示部5の画面上に表示することもできる。
【0046】
なお、上記説明では、画像データと並行して求まる偏差データを一旦偏差情報記憶部32に格納し、測定対象領域100に対する全ての画像データが取得されたあとに、上記記憶部32に格納しておいた偏差データを用いて画像データの選択処理を行っていたが、処理時間が確保できるのであれば、画像データの取得中に偏差データを利用して画像データの選択を行ってもよい。こうした処理が可能であれば、測定対象領域100全体に対する偏差データを記憶する必要はなく、たかだか数個程度の偏差データを一時的に保持するバッファさえ備えれば十分である。
【0047】
[第2実施例]
図5は第2実施例のSPMの要部の構成図である。上述した第1実施例のSPMと同じ又は相当する構成要素には同じ符号を付して、特に要しない限り説明を略す。このSPMは、ダイナミックモードで試料表面形状測定を行うものである。そのために、加振制御部23はカンチレバー15に付設された図示しない圧電素子を駆動し、該カンチレバー15を所定周波数で以て振動させる。また、振幅算出部24は変位量演算部175で得られた変位量に基づいて、上記加振時のカンチレバー15の振動の振幅を求める。偏差検出部20はその振動振幅と該振幅の目標値との偏差を求め、この偏差がゼロになるようにフィードバック制御が行われる。
【0048】
画像データ取得時に偏差検出部20から得られる偏差データは上記第1実施例と同様に、カンチレバー15のZ軸方向における理想的な高さ(つまりは目標値)と実際の高さとのズレを正確に表している。したがって、この第2実施例のSPMにおいては、第1実施例のSPMと全く同様に、各測定点において順方向走査時に得られた偏差と逆方向走査時に得られた偏差とを比較し、それに基づいてトレース画像データとリトレース画像データと選択すればよい。
【0049】
[第3実施例]
第1、第2実施例では、試料表面形状測定のためにZスキャナ122をフィードバック制御する閉ループ中で求まる偏差を利用してトレース画像データとリトレース画像データとの選択を行っていたが、偏差の代わりに、SPMで取得可能な試料表面の物性情報を反映した別のデータを利用して正確性の高い画像データの選択を行うこともできる。
図6は第3実施例のSPMの要部の構成図である。このSPMでは、ダイナミックモードによる試料表面形状測定と並行して実施可能である位相モードによる測定で得られるデータを用いて画像データの選択を行う。
【0050】
即ち、位相モードによる測定を行うために位相遅れ検出部25は、カンチレバー15を加振する正弦波信号に対する検出信号の位相の遅れ量を検出する。一般に、この位相遅れは試料10表面の粘弾性などに依存する。カンチレバー15のZ軸方向における理想的な高さと実際の高さとのズレが大きいほど位相遅れ量は大きくなるから、このSPMでは偏差の変わりに位相遅れ量を利用する。即ち、偏差情報記憶部32は画像データの取得時に並行して得られる位相遅れ量データを測定点毎に記憶し、画像データ選択部31は測定点毎に順方向走査時に得られた位相遅れ量データと逆方向走査時に得られた位相遅れ量データとを比較して、値が小さいほうの走査時の画像データを選択して選択画像データとして記憶する。これにより、第1、第2実施例のSPMと同様の効果が得られる。
【0051】
また別の実施例として、コンタクトモードによる試料表面形状測定と並行して実施可能である水平力モードによる測定で得られるデータを用いて画像データの選択を行うこともできる。水平力モードでは、コンタクトモードにおいてカンチレバー15をその長手方向に対して垂直な方向に移動させながら、探針16と試料10との間に作用する水平力(摩擦力)をカンチレバー15の捻れとして検出する。変位量演算部175では光検出器174の四つの検出面からそれぞれ得られる検出信号を演算処理することで捻れに対応した変位量を求める。カンチレバー15のZ軸方向における理想的な高さと実際の高さとのズレが大きいほど、この変位量は大きくなる。そこで、偏差の変わりにこの変位量を用いて、測定点毎にトレース画像データとリトレース画像データとのいずれかのデータの選択を行えばよい。
【0052】
また、上記実施例ではいずれも、試料表面形状測定におけるトレース画像データとリトレース画像データとからより正確な画像データを選択する処理を行っていたが、これに加えて、上述した位相モードや水平力モード、さらにはそれ以外の、SPMにおいて標準的に又はオプションとして用意されている、フォースモジュレーションモード、電流モード、表面電位モードなどの様々な測定モードにおいて順方向走査時に得られるデータと逆方向走査時に得られるデータとからより正確なデータを選択するようにしてもよい。これにより、試料10上に急峻な凹凸があって探針16と試料10間の距離のフィードバック制御が適切に行われない場合であっても、試料表面形状画像のみならず、これと並行して得られる位相像等、試料表面の物性情報を示す様々な画像の正確性を向上させることができる。
【0053】
さらにまた、上記実施例はいずれも本発明の一例であり、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。