(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6696829
(24)【登録日】2020年4月27日
(45)【発行日】2020年5月20日
(54)【発明の名称】エンジンのピストン及びピストン構造体
(51)【国際特許分類】
F02F 3/00 20060101AFI20200511BHJP
F16J 1/18 20060101ALI20200511BHJP
F16B 21/18 20060101ALI20200511BHJP
【FI】
F02F3/00 Z
F16J1/18
F16B21/18 F
【請求項の数】10
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2016-102326(P2016-102326)
(22)【出願日】2016年5月23日
(65)【公開番号】特開2017-210875(P2017-210875A)
(43)【公開日】2017年11月30日
【審査請求日】2019年2月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005348
【氏名又は名称】株式会社SUBARU
(74)【代理人】
【識別番号】110000419
【氏名又は名称】特許業務法人太田特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100100103
【弁理士】
【氏名又は名称】太田 明男
(74)【代理人】
【識別番号】100173163
【弁理士】
【氏名又は名称】石塚 信洋
(74)【代理人】
【識別番号】100134522
【弁理士】
【氏名又は名称】太田 朝子
(74)【代理人】
【識別番号】100135024
【弁理士】
【氏名又は名称】本山 敢
(72)【発明者】
【氏名】深松 貴之
【審査官】
櫻田 正紀
(56)【参考文献】
【文献】
特開平05−018464(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2012/0174770(US,A1)
【文献】
特開2000−240508(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02F 3/00
F16B 21/18
F16J 1/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コネクティングロッドを連結するためのピストンピンが挿入されるピン挿入孔と、
前記ピン挿入孔の両端側の内周面にそれぞれ形成され、合口隙間を有するC字状のサークリップが装着されるクリップ溝と、を備え、
前記クリップ溝に、前記サークリップの前記合口隙間に係止される少なくとも一つの凸部を有する、エンジンのピストン。
【請求項2】
コネクティングロッドを連結するためのピストンピンが挿入されるピン挿入孔と、
前記ピン挿入孔の両端側の内周面にそれぞれ形成され、合口隙間を有するC字状のサークリップが装着されるクリップ溝と、を備え、
前記クリップ溝に、少なくとも一つの凸部を有し、
前記ピストンの使用前において、前記凸部の先端の周方向の幅が、装着される前記サークリップの前記合口隙間の間隔よりも大きい、エンジンのピストン。
【請求項3】
前記ピストンの使用前において、前記凸部の先端面が、前記ピン挿入孔の内周面と同一面上にあるか、又は、前記ピン挿入孔の内周面よりも前記クリップ溝内に後退している、請求項1又は2に記載のエンジンのピストン。
【請求項4】
コネクティングロッドを連結するためのピストンピンが挿入されるピン挿入孔と、
前記ピン挿入孔の両端側の内周面にそれぞれ形成され、合口隙間を有するC字状のサークリップが装着されるクリップ溝と、を備え、
前記クリップ溝に、少なくとも一つの凸部を有し、
前記凸部に隣接して、前記サークリップが接触しない凹部を有する、エンジンのピストン。
【請求項5】
コネクティングロッドを連結するためのピストンピンが挿入されるピン挿入孔と、
前記ピン挿入孔の両端側の内周面にそれぞれ形成され、合口隙間を有するC字状のサークリップが装着されるクリップ溝と、を備え、
前記クリップ溝に、少なくとも一つの凸部を有し、
前記ピン挿入孔は、両端側から軸方向に延在して前記サークリップを取り外す際に利用される軸方向溝を有し、前記凸部は、前記軸方向溝とは異なる位置にある、エンジンのピストン。
【請求項6】
コネクティングロッドを連結するためのピストンピンが挿入されるピン挿入孔と、
前記ピン挿入孔の両端側の内周面にそれぞれ形成され、合口隙間を有するC字状のサークリップが装着されるクリップ溝と、を備え、
前記クリップ溝に、少なくとも一つの凸部を有し、
前記凸部は、前記クリップ溝のうち、接線が前記ピストンのストローク方向に平行となる位置を含む範囲に複数設けられる、エンジンのピストン。
【請求項7】
ピストンと、
前記ピストンに連結されたコネクティングロッドと、
前記ピストンに設けられたピン挿入孔に挿入され、前記コネクティングロッドを連結するためのピストンピンと、
前記ピン挿入孔の両端側の内周面にそれぞれ形成されたクリップ溝に装着されて前記ピン挿入孔からの前記ピストンピンの抜け止めに用いられるサークリップであって、合口隙間を有するC字状のサークリップと、
前記クリップ溝の内面に設けられて、先端側が前記サークリップの前記合口隙間に係止される係止凸部と、
を備えた、ピストン構造体。
【請求項8】
前記ピストン構造体の使用前において、前記係止凸部となる凸部の先端面が、前記ピン挿入孔の内周面と同一面上にあるか、又は、前記ピン挿入孔の内周面よりも前記クリップ溝内に後退している、請求項7に記載のピストン構造体。
【請求項9】
前記ピストン構造体の使用状態において、前記係止凸部は、周方向の幅が先端に向けて小さくなるテーパ状を有する、請求項7に記載のピストン構造体。
【請求項10】
前記係止凸部は、前記クリップ溝のうち、接線が前記ピストンのストローク方向に平行となる位置にある、請求項7〜9のいずれか1項に記載のピストン構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンのピストン及びピストン構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンは、シリンダ内を往復動するピストンと、ピストンの往復直線運動を回転運動へ変換するコネクティングロッド及びクランクシャフトとを備えている。コネクティングロッドの一端側にピストンが連結され、他端側にクランクシャフトが連結される。
【0003】
ここで、ピストンとコネクティングロッドとを連結するピストンピンは、ピストンのボス部に設けられたピン挿入孔に挿入され、両端側が軸支されるとともに、ピストンピンの中央部にコネクティングロッドの小端部が連結される。かかるピストンピンは、ピストンピンの両端側でピン挿入孔の内周面に形成されたクリップ溝にサークリップを装着することで、抜け止めされている。サークリップは、例えば合口隙間を有するC字状を成し、弾性変形させて径を小さくさせた状態でピン挿入孔に挿入されてクリップ溝に配置される(特許文献1及び2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2015−190617号公報
【特許文献2】特開2010−127164号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、エンジンが駆動されている状態では、ピストンに設けられたピン挿入孔が、ピストンのストローク方向に荷重を受けて変形する。そのため、合口隙間に存在するサークリップの端部がクリップ溝に対して局部接触することにより、クリップ溝が摩耗する場合がある。また、エンジンが駆動されている状態では、ピストンピンに連結されたコネクティングロッドが揺動することに伴ってピストンピンが回転し、さらに、ピストンピンの端部に接触するサークリップも少なからず回転する。そのため、クリップ溝の摩耗は、全周に渡って生じるおそれがある。
【0006】
図10は、クリップ溝18内のサークリップ30の合口隙間31を示している。サークリップ30がクリップ溝18内に嵌められた状態で、コネクティングロッドの揺動に伴いピストンピンが回転することによりサークリップ30が揺動すると、合口隙間31に存在するサークリップ30の端部がクリップ溝18の溝底面に局部接触する。この局部接触の状態でサークリップ30が揺動することにより、クリップ溝18の溝底面の摩耗91が進行し、クリップ溝18の広範囲にわたって、溝底面の摩耗91が発生し得る。そうすると、サークリップ30を外周側から押さえるクリップ溝18の外径が拡がり、サークリップ30の弾性力が低下する。
【0007】
クリップ溝の摩耗が進むと、サークリップの径が拡大し、サークリップの弾性力が低下する。その結果、ピストンピンがピン挿入孔から抜け落ちて、エンジンの破損につながるおそれがある。従来、サークリップの先端部のR面取り加工やクラウニング加工を行うことで、クリップ溝の摩耗を低減するようにしていたが、サークリップ生産時の工程数が増加し、コストアップの原因にもなっていた。
【0008】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、クリップ溝の摩耗を抑制して、ピストンピンの抜け落ちを防止可能な、新規かつ改良されたエンジンのピストン及びピストン構造体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明のある観点によれば、コネクティングロッドを連結するためのピストンピンが挿入されるピン挿入孔と、ピン挿入孔の両端側の内周面にそれぞれ形成され、合口隙間を有するC字状のサークリップが装着されるクリップ溝と、を備え、クリップ溝に、
サークリップの前記合口隙間に係止される少なくとも一つの凸部を有する、エンジンのピストンが提供される。
【0010】
上記課題を解決するために、本発明の別の観点によれば、コネクティングロッドを連結するためのピストンピンが挿入されるピン挿入孔と、ピン挿入孔の両端側の内周面にそれぞれ形成され、合口隙間を有するC字状のサークリップが装着されるクリップ溝と、を備え、クリップ溝に、少なくとも一つの凸部を有し、ピストンの使用前において、凸部の先端の周方向の幅が、装着されるサークリップの合口隙間の間隔よりも大き
い、エンジンのピストンが提供される。
【0011】
ピストンの使用前において、凸部の先端面が、ピン挿入孔の内周面と同一面上にあるか、又は、ピン挿入孔の内周面よりもクリップ溝内に後退していてもよい。
【0012】
上記課題を解決するために、本発明の別の観点によれば、コネクティングロッドを連結するためのピストンピンが挿入されるピン挿入孔と、ピン挿入孔の両端側の内周面にそれぞれ形成され、合口隙間を有するC字状のサークリップが装着されるクリップ溝と、を備え、クリップ溝に、少なくとも一つの凸部を有し、凸部に隣接して、サークリップが接触しない凹部を有
する、エンジンのピストンが提供される。
【0013】
上記課題を解決するために、本発明の別の観点によれば、コネクティングロッドを連結するためのピストンピンが挿入されるピン挿入孔と、ピン挿入孔の両端側の内周面にそれぞれ形成され、合口隙間を有するC字状のサークリップが装着されるクリップ溝と、を備え、クリップ溝に、少なくとも一つの凸部を有し、ピン挿入孔は、両端側から軸方向に延在してサークリップを取り外す際に利用される軸方向溝を有し、凸部は、軸方向溝とは異なる位置にあ
る、エンジンのピストンが提供される。
【0014】
上記課題を解決するために、本発明の別の観点によれば、コネクティングロッドを連結するためのピストンピンが挿入されるピン挿入孔と、ピン挿入孔の両端側の内周面にそれぞれ形成され、合口隙間を有するC字状のサークリップが装着されるクリップ溝と、を備え、クリップ溝に、少なくとも一つの凸部を有し、凸部は、クリップ溝のうち、接線がピストンのストローク方向に平行となる位置を含む範囲に複数設けられ
る、エンジンのピストンが提供される。
【0015】
また、本発明の別の観点によれば、ピストンと、ピストンに連結されたコネクティングロッドと、ピストンに設けられたピン挿入孔に挿入され、コネクティングロッドを連結するためのピストンピンと、ピン挿入孔の両端側の内周面にそれぞれ形成されたクリップ溝に装着されてピン挿入孔からのピストンピンの抜け止めに用いられるサークリップであって、合口隙間を有するC字状のサークリップと、クリップ溝の内面に設けられて、先端側がサークリップの合口隙間
に係止される係止凸部と、を備えた、ピストン構造体が提供される。
【0016】
ピストン構造体の使用前において、係止凸部となる凸部の先端面が、ピン挿入孔の内周面と同一面上にあるか、又は、ピン挿入孔の内周面よりもクリップ溝内に後退していてもよい。
【0017】
ピストン構造体の使用状態において、係止凸部は、周方向の幅が先端に向けて小さくなるテーパ状を有してもよい。
【0018】
係止凸部は、クリップ溝のうち、接線がピストンのストローク方向に平行となる位置に設けられてもよい。
【0019】
上記のエンジンのピストン及びピストン構造体によれば、エンジンの駆動とともに、サークリップの合口隙間に存在するサークリップの端部によって、凸部の先端側が初期摩耗してピン挿入孔の内側方向に隆起し、サークリップの合口隙間に進入する。これにより、サークリップの回転が防止されて、クリップ溝の摩耗が抑制され、ピストンピンの抜け落ちを防止することができる。
【発明の効果】
【0020】
以上説明したように本発明によれば、クリップ溝の摩耗を抑制して、ピストンピンの抜け落ちを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】ピストン構造体の構成例を示す説明図である。
【
図2】
図1に示すピストン構造体のI−I断面図である。
【
図3】ピストン構造体の組み付け方法を示す説明図である。
【
図4】サークリップの装着状態を示す説明図である。
【
図6】サークリップの合口隙間の近傍を示す説明図である。
【
図7】使用前の状態のサークリップ及びクリップ溝の凸部を示す模式図である。
【
図8】実働開始後のサークリップ及びクリップ溝の凸部を示す模式図である。
【
図9】クリップ溝の係止凸部が隆起した状態を示す模式図である。
【
図10】サークリップの合口隙間によりクリップ溝が摩耗する様子を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0023】
<1.ピストン構造体の全体構成>
まず、
図1〜
図2を参照して、本実施形態にかかるピストン構造体1の構成例について説明する。
図1は、本実施形態にかかるピストン構造体1をピン挿入孔17の軸方向に見た図である。
図2は、
図1のピストン構造体1のI−I断面を矢印方向に見た断面図である。
【0024】
ピストン構造体1は、ピストン10と、コネクティングロッド7と、ピストンピン5と、サークリップ30とを備える。ピストン10は、図示しないエンジンのシリンダ内に配置され、当該シリンダ内を往復直線運動する。ピストン10は、例えば、アルミニウムからなる。ピストン10は、略円柱状の本体部11と、本体部11の軸方向一端面から延びて形成された一対のボス部13a,13bとを有する。ピストン10の本体部11の外周面は、エンジンのシリンダの内周面との摺動面となる。一対のボス部13a,13bは、同軸上に形成されたピン挿入孔17a,17bを有する。ピン挿入孔17a,17bには、ピストンピン5が挿入される。ピン挿入孔17a,17bの内径は、ピストンピン5の直径に略一致する。
【0025】
ピン挿入孔17a,17bに挿入されたピストンピン5は、両端側においてそれぞれピン挿入孔17a,17bにより摺動可能に軸支される。一対のボス部13a,13bの間には、コネクティングロッド7の小端部が配置される空間15が設けられる。当該空間15に配置されたコネクティングロッド7の小端部は、ピストンピン5が挿入されるピン挿入孔8を有する。ピン挿入孔8の内径は、ピストンピン5の直径に略一致する。両端部をボス部13a,13bにより軸支されたピストンピン5の中央部は、コネクティングロッド7のピン挿入孔8内に配置され、コネクティングロッド7がピストンピン5により連結される。コネクティングロッド7は、ピン挿入孔8の内周面において、ピストンピン5の外周面と摺動可能に支持される。
【0026】
ピン挿入孔17a,17bにより軸支されたピストンピン5の両端部において、ピン挿入孔17a,17bの内周面には、サークリップ30が配置されている。サークリップ30は、合口隙間を有するC字状の部材であり、ピストン挿入孔17a,17bの内周面に設けられた図示しないクリップ溝内に、弾性力を利用して嵌められている。サークリップ30は、例えば鉄からなる。サークリップ30の径方向外側の部分は図示しないクリップ溝内に嵌められ、径方向内側の部分はピン挿入孔17a,17bの内周面よりも内側(ピン挿入孔17a,17bの中心側)に位置する。C字状のサークリップ30の内径は、ピストンピン5の外径よりも小さくなっており、ピン挿入孔17からピストンピン5が抜け落ちないようにされている。
【0027】
なお、ピストン挿入孔17a,17bの内周面の一部には、ピストン挿入孔17a,17bの端部から軸方向に延びる軸方向溝19が形成されている。かかる軸方向溝19は、サークリップ30を取り外す際に用いられる。具体的に、当該軸方向溝19に、所定の治具が挿入され、サークリップ30が内側に変形させられて、ピン挿入孔17a,17bから取り外される。
【0028】
図3は、ピストン構造体1の組み付け方法を示す説明図である。ピストン10の一対のボス部13a,13bの間の空間15に、コネクティングロッド7の小端部を進入させ、ボス部13a,13bのピン挿入孔17a,17bと、コネクティングロッド7のピン挿入孔8とが同軸上に並ぶようにする。ピン挿入孔17a,17bのいずれか一方側からピストンピン5を挿入させ、ピストンピン5にコネクティングロッド7を支持させつつ、ピストンピン5の両端側をピン挿入孔17a,17bにより軸支させる。
【0029】
その後、ピン挿入孔17a,17bのそれぞれの端部側からサークリップ30を挿入し、ピン挿入孔17a,17bの内周面に設けられたクリップ溝18にサークリップ30を配置する。このとき、C字状のサークリップ30の外径がピン挿入孔17a,17bの内径よりも大きいために、サークリップ30を弾性変形させて外径を小さくしつつ、ピン挿入孔17a,17bに挿入させる。また、サークリップ30は、クリップ溝18内においても、弾性力によりクリップ溝18内に押さえつけられる。
【0030】
<2.サークリップの回転防止構造>
(2−1.使用状態での構成)
次に、
図4〜
図6を参照して、本実施形態にかかるピストン構造体1におけるサークリップ30の回転防止構造について説明する。
図4は、クリップ溝18を含む位置におけるピストン構造体1の断面図であり、
図2及び
図3に示すII−IIで示す位置の断面図に相当する。
図5は、
図4に示すピストン構造体1の断面図のうち、ボス部13のみを示した断面図である。
図6は、サークリップ30の合口隙間31の近傍を拡大して示す断面図である。
【0031】
クリップ溝18は、ピン挿入孔17の内周面に形成された周方向溝である。クリップ溝18の深さH1は、サークリップ30を構成する金属部材の直径Rよりも小さい。このため、クリップ溝18内に嵌められたサークリップ30の径方向内側の部分がピン挿入孔17の内周面よりもピン挿入孔17の中心側に位置する。これにより、ピストンピン5の抜け落ちが防止される。
【0032】
また、クリップ溝18の溝底面の一部は、凹凸部20が設けられている。図示した例では、凹凸部20は、3個の凸部21と、2個の凹部23とを有する。凹部23は、クリップ溝18の溝底面と同一の深さに形成されている。3つの凸部21のうちの2つの凸部21の先端面は、ピン挿入孔17の内周面よりも溝底面側に後退した位置となっている一方、1つの係止凸部21Aの先端面は、サークリップ30の合口隙間31内に進入している。したがって、合口隙間31に係止凸部21Aが係止されていることで、サークリップ30の回転が防止される。
【0033】
また、係止凸部21Aに隣接して凹部23が設けられているために、合口隙間31を形成するサークリップ30の端部がクリップ溝18の底面に接触することがない。したがって、コネクティングロッド7の揺動に伴うピストンピン5の回転により、サークリップ30に回転力が伝達されるとしても、クリップ溝18の溝底面の摩耗が進行することがなく、サークリップ30の弾性力の低下を抑制することができる。
【0034】
かかる凹凸部20は、係止凸部21Aがサークリップ30の合口隙間31に進入することによってサークリップ30の回転を防止させるために設けられるものであることから、軸方向溝19とは異なる位置に設けられる。凹凸部20が設けられる範囲は、図示した例に限定されない。例えば、軸方向溝19と重ならない位置であれば、全周に渡って凹凸部20が設けられてもよいし、半周分の範囲に渡って凹凸部20が設けられてもよい。さらには、凹凸部20が、合口隙間31に進入する1つの係止凸部21Aのみによって形成されてもよい。
【0035】
(2−2.係止凸部の形成)
次に、サークリップ30の回転を防止する係止凸部21Aの形成方法について説明する。すでに説明したように、ピストン構造体1の組み付け時において、ピストン10のボス部13に形成されたピン挿入孔17にはピストンピン5が挿入されることから、少なくとも組み付け時においてピン挿入孔17の内周面よりもピン挿入孔17の中心部に向かって突出する部分を設けることができない。このため、本実施形態にかかるピストン構造体1を構成するピストン10において、使用前の状態では、ピン挿入孔17の内周面よりも中心部に向かって突出する係止凸部は存在しない。上述した、サークリップ30の回転防止用の係止凸部21Aは、ピストン構造体1の組み付け後、使用に伴って形成される。
【0036】
図7〜
図9は、ピストン構造体1の使用に伴って係止凸部21Aが形成される様子を示す模式図である。ピストン構造体1の未使用時、例えば、組付け直後においては、
図7に示すように、サークリップ30の合口隙間31に凸部21は進入していない。凸部21の先端面は、ピン挿入孔17の内周面と同一面上にあってもよく、あるいは、ピン挿入孔17の内周面からクリップ溝18の溝底面側に後退していてもよい。このとき、合口隙間31の間隔W1は、凸部21の先端部の幅W2よりもわずかに小さくてもよい。合口隙間31の間隔W1が凸部21の先端部の幅W2よりも小さいことにより、サークリップ30の揺動に伴う凸部21の初期摩耗を生じさせやすくなる。例えば、合口隙間31の間隔W1は、凸部21の先端部の幅W2よりも0.05〜0.2mm程度小さくしてもよい。
【0037】
エンジン内でピストン構造体1が実働され始めると、ピン挿入孔17にかかる負荷によるピン挿入孔17の変形やサークリップ30の変形又は揺動によって、
図8に示すように、合口隙間31に存在するサークリップ30の構成部材の端部によって凸部21の先端側の両側の初期摩耗が始まる。ピストン10がアルミニウムからなり、サークリップ30が鉄からなる場合、アルミニウムの剛性が鉄の剛性を下回ることから、凸部21の先端側のエッジが削られつつ凸部21の中央側に押し込まれる。その結果、
図9に示すように、凸部21の先端側がピン挿入孔17の中心部に向かって隆起し、サークリップ30の合口隙間31に進入する係止凸部21Aが形成される。かかる係止凸部21Aは、例えば、周方向の幅が先端に向けて小さくなるテーパ状を有する。これにより、クリップ溝18内でのサークリップ30の回転が防止される。
【0038】
このとき、エンジンの駆動時において、ピストン10はシリンダ内を往復直線運動し、ピン挿入孔17には、ピストンピン5からストローク方向(ピストン10の軸方向)の荷重がかかる。このため、ピン挿入孔17は、当該ストローク方向に沿って楕円変形しやすい状態になる。したがって、
図4に示したように、凹凸部20は、グリップ溝18のうち、接線がストローク方向に平行となる位置を含む範囲に形成されてもよい。これにより、ピン挿入孔17の変形に伴って、サークリップ30の端部によって凸部21の初期摩耗を生じさせやすくなり、比較的早く合口隙間31に進入する係止凸部21Aを形成することができる。
【0039】
また、本実施形態にかかるピストン構造体1の例では、係止凸部21Aに隣接して凹部23が形成され、サークリップ30の端部が溝底面に接触しないようになっている。そして、
図9に示すように、かかる凹部23には、エンジン内でピストン10に供給されるオイルが滞留可能になるため、径時摩耗の促進が抑制される。このため、形成された係止凸部21Aは、ピストン構造体1の継続使用によって焼失することがない。
【0040】
本発明においては、凹凸部20を形成する位置や範囲は限られない。例えば、凹凸部20が、軸方向溝19以外の全周に渡って設けられていれば、サークリップ30の組み付け時に高精度の位置合わせが不要になる。つまり、組付け時におけるサークリップ30の合口隙間31の位置がどこにあっても、組付けた状態で、合口隙間31の近くにいずれかの凸部21が存在することになる。したがって、ピストン構造体1の実働開始時の初期摩耗によって、速やかに係止凸部21Aが形成され得る。
【0041】
また、組付け時にサークリップ30の合口隙間31が軸方向溝19の位置にある場合や、凹凸部20がクリップ溝18の一部にのみ設けられている場合などにおいては、ピストン構造体1の実働開始とともに、しばらくの期間はサークリップ30がクリップ溝18内を回転移動するものの、その後、合口隙間31がいずれかの凸部21に対して当接し、係止凸部21Aが形成され得る。
【0042】
クリップ溝18内に凹凸部20を有するピストン10は、例えば、従来と同様に、ピストンを鋳造する際に用いる塩中子に、凹凸部20に対応する凹凸形状を設けることによって容易に製造することができる。かかる製造方法であれば、ピストン10の製造工程を増やすことがない上、サークリップ30の製造工程からR面取り加工やクラウニング加工等を省略してもよくなり、生産コストを低減することができる。
【0043】
このように、ピストン構造体1の使用前にはピン挿入孔17の内周面から突出していない凸部21が、実働開始とともに初期摩耗により隆起し、サークリップ30の合口隙間31に進入する係止凸部21Aが形成される。したがって、サークリップ30のR面取り加工やクラウニング加工等を省略しても、クリップ溝18の摩耗を防ぐことができる。
【0044】
以上説明したように、本実施形態にかかるエンジンのピストン10及びピストン構造体1は、エンジン上でのピストン構造体1の実働開始に伴う初期摩耗により隆起されて、サークリップ30の合口隙間31に進入して形成される係止凸部21Aを備える。したがって、クリップ溝18内でのサークリップ30の回転が防止され、クリップ溝18の溝底面の摩耗が抑制される。したがって、ピストンピン5の抜け落ちが防止される。
【0045】
また、本実施形態にかかるエンジンのピストン10及びピストン構造体1において、実働前にはピン挿入孔17の内周面より突出しない凸部21が、実働開始後の初期摩耗によって隆起して、サークリップ30の合口隙間31内に進入する係止凸部21Aとなる。したがって、ピストンピン5の組み付け性が低下することがなく、かつ、製造工程が増えることもない。さらに、サークリップ30の端部に対するR面取り加工やクラウニング加工等を省略することも可能になるため、生産コストを低下させることができる。
【0046】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0047】
1 ピストン構造体
5 ピストンピン
8 ピン挿入孔
10 ピストン
17 ピン挿入孔
18 クリップ溝
19 軸方向溝
20 凹凸部
21 凸部
21A 係止凸部
23 凹部
30 サークリップ
31 合口隙間