(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6696838
(24)【登録日】2020年4月27日
(45)【発行日】2020年5月20日
(54)【発明の名称】内装材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B01J 35/02 20060101AFI20200511BHJP
A61L 9/00 20060101ALI20200511BHJP
A61L 9/01 20060101ALI20200511BHJP
B01J 23/745 20060101ALI20200511BHJP
B01J 35/10 20060101ALI20200511BHJP
B01J 37/02 20060101ALI20200511BHJP
E04B 1/92 20060101ALI20200511BHJP
E04F 13/02 20060101ALI20200511BHJP
A61G 10/00 20060101ALN20200511BHJP
B32B 9/00 20060101ALN20200511BHJP
【FI】
B01J35/02 JZAB
A61L9/00 C
A61L9/01 B
B01J23/745 M
B01J35/10
B01J37/02 301Q
E04B1/92
E04F13/02 A
!A61G10/00 Z
!B32B9/00 A
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2016-119721(P2016-119721)
(22)【出願日】2016年6月16日
(65)【公開番号】特開2017-221914(P2017-221914A)
(43)【公開日】2017年12月21日
【審査請求日】2019年2月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】591209280
【氏名又は名称】株式会社フジコー
(73)【特許権者】
【識別番号】593129342
【氏名又は名称】株式会社タカゾノ
(74)【代理人】
【識別番号】100090697
【弁理士】
【氏名又は名称】中前 富士男
(74)【代理人】
【識別番号】100176142
【弁理士】
【氏名又は名称】清井 洋平
(74)【代理人】
【識別番号】100127155
【弁理士】
【氏名又は名称】来田 義弘
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 昭夫
(72)【発明者】
【氏名】上野 隆弘
(72)【発明者】
【氏名】樋口 友彦
(72)【発明者】
【氏名】原賀 久人
(72)【発明者】
【氏名】永吉 英昭
【審査官】
佐藤 慶明
(56)【参考文献】
【文献】
特表2015−522406(JP,A)
【文献】
国際公開第2012/023612(WO,A1)
【文献】
国際公開第2006/088022(WO,A1)
【文献】
特表2016−512164(JP,A)
【文献】
特開平08−066635(JP,A)
【文献】
特開2012−091114(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2011/0030577(US,A1)
【文献】
佐藤淳也 ほか,医療薬学,日本,2011年,Vol.37(1),pp.57-61
【文献】
OFIARSKA, A. et al.,Chemical Engineering Journal,NL,2015年10月13日,Vol.285,pp.417-427
【文献】
CALZA, P. et al.,Journal of Chromatography A,NL,2014年 8月16日,Vol.1362,pp.135-144
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00 − 38/74
A61L 9/00 − 9/22
A61G 10/00
E04B 1/62 − 1/99
E04F 13/00 − 13/30
B01D 53/34 − 53/86
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、該基材の表面に固着され、可視光の照射により光触媒活性を発現する二酸化チタン粒子を有する、厚さが0.5〜3μmの多孔質皮膜とを備え、
前記多孔質皮膜には前記二酸化チタン粒子が露出し、存在する抗がん剤に曝露されることを特徴とする内装材。
【請求項2】
請求項1記載の内装材において、前記多孔質皮膜は、比表面積が10〜100m2/g、表面に開口する気孔の径が0.1〜10μmであることを特徴とする内装材。
【請求項3】
請求項1又は2記載の内装材において、前記二酸化チタン粒子はルチル型であり、表面には可視光の照射により電子を励起してチタン原子に供給する電子供与体が担持されていることを特徴とする内装材。
【請求項4】
請求項3記載の内装材において、前記電子供与体は、鉄、銅、ニッケル、又はクロムを含む金属の水酸化物、オキシ酸化物、及び酸化物の少なくとも1種であり、前記金属の成分量は前記多孔質皮膜のチタン成分量に対して0.05〜3質量%に設定されていることを特徴とする内装材。
【請求項5】
基材と、表側が抗がん剤に曝露される空間に露出し、裏側が前記基材の表面に固着している多孔質皮膜とを有する内装材の製造方法であって、
二酸化チタン粒子と金属化合物とを有する混合物を溶射フレーム中に供給して該混合物を該溶射フレームの流れに乗せ、前記金属化合物の加熱変化で生成した電子供与体を前記二酸化チタン粒子の表面に担持させながら、前記電子供与体を担持した前記二酸化チタン粒子を前記基材の表面に衝突させて、厚さが0.5〜3μmの前記多孔質皮膜を形成し、
前記多孔質皮膜に対する封孔を防止して、該多孔質皮膜の形成時の多孔質状態を維持することにより該多孔質皮膜に前記電子供与体を担持した前記二酸化チタン粒子を露出させることを特徴とする内装材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、抗がん剤の製剤に使用する安全キャビネットの内側面と外側面、安全キャビネットが設置される製剤室、ナースステーション、外来化学療法室、処置室、廊下、病室、洗面所、トイレ等の抗がん剤(抗がん剤の分解過程における中間生成物を含む)に曝露される空間に露出させて使用される内装材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
抗がん剤は、健康な人には健康被害を起こす危険薬剤であるため、抗がん剤の調製に使用する安全キャビネットに関しては、安全キャビネットの使用後に抗がん剤を失活させて除去する処理方法のガイドラインが発行されている。しかし、ガイドラインに示された処理方法は、非常に煩雑である。また、抗がん剤は種類によっては分解され難いものがあるため、ガイドラインに示された処理方法を用いて多種類の抗がん剤を一様に失活するには限界があるといった問題を有している。
そこで、二酸化チタンを含む光触媒水性組成物を抗がん剤が付着した対象物上に噴霧し、ブラックライト蛍光灯から紫外線(波長315〜380nm)を照射して二酸化チタンに光触媒活性を発現させ、抗がん剤を分解する(抗がん剤を除染する)ことが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第5613900号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
抗がん剤の曝露による人への影響は、抗がん剤の製剤時に限定されるものではなく、抗がん剤を取扱う場合(例えば、運搬及び保管、投与、使用後の回収及び破棄等)において生じる。更に、抗がん剤の投与を受けた患者の息や排泄物中にも抗がん剤が含まれているため、医療現場(特にがん病棟)においては、抗がん剤の曝露による医療スタッフや、自宅治療のがん患者の家族への影響は、場所や時間の制約を受けず発生していることになる。
ここで、特許文献1に記載された二酸化チタンは、環境(人を含む)に与える影響がないという利点を有するが、抗がん剤の分解を行う場合は二酸化チタンに紫外線を照射する必要があるため、安全キャビネット内のように紫外線の照射が可能な空間に対しては無人状態で適用できるが、製剤室、ナースステーション、外来化学療法室、処置室、廊下、病室、洗面所、トイレといった紫外線の照射が自由にできない空間に適用する際には、大きな制約が生じるという問題がある。
【0005】
また、特許文献1に記載された方法では、光触媒水性組成物を安全キャビネットの内壁面と作業台に噴霧して二酸化チタンを付着させているため、安全キャビネットを繰り返し使用していると、付着させた二酸化チタン粒子が徐々に剥離して消失する。このため、安全キャビネット内で抗がん剤の分解を確実に実施しようとすると、例えば、一定期間使用すると光触媒水性組成物を噴霧して、安全キャビネットの内壁面と作業台に一定量の二酸化チタンが付着している状態を維持しなければならず、安全キャビネットの保守管理の負担が大きいという問題がある。
【0006】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、抗がん剤を吸着し、可視光による光触媒作用により分解することが長期間安定して可能な内装材及びその製造法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的に沿う第1の発明に係る内装材は、基材と、該基材の表面に固着され、可視光の照射により光触媒活性を発現する二酸化チタン粒子を有する
、厚さが0.5〜3μmの多孔質皮膜とを備え、
前記多孔質皮膜には前記二酸化チタン粒子が露出し、存在する抗がん剤に曝露される。
【0008】
前記目的に沿う第2の発明に係る内装材の製造方法は、基材と、表側が抗がん剤に曝露される空間に露出し、裏側が前記基材の表面に固着している多孔質皮膜とを有する内装材の製造方法であって、
二酸化チタン粒子と金属化合物とを有する混合物を溶射フレーム中に供給して該混合物を該溶射フレームの流れに乗せ、前記金属化合物の加熱変化で生成した電子供与体を前記二酸化チタン粒子の表面に担持させながら、前記電子供与体を担持した前記二酸化チタン粒子を前記基材の表面に衝突させて
、厚さが0.5〜3μmの前記多孔質皮膜を形成し、
前記多孔質皮膜に対する封孔を防止して、該多孔質皮膜の形成時の多孔質状態を維持することにより該多孔質皮膜に前記電子供与体を担持した前記二酸化チタン粒子を露出させる。
【発明の効果】
【0009】
第1の発明に係る内装材においては、内装材が、基材と、基材の表面に固着された多孔質皮膜とを備えるので、抗がん剤に曝露される空間を囲む部材の表面に内装材の基材側を取付けることにより、抗がん剤に曝露される空間に多孔質皮膜を容易に露出させることができる。
また、基材の材質及び形状を選択することにより、内装材の使用場所、内装材の施工方法に応じて最適な内装材を作製することができる。このため、内装材は、抗がん剤に曝露されていた空間、例えば、既存の製剤室、ナースステーション、外来化学療法室、処置室、廊下、病室、洗面所、トイレ等に対しても、容易に取付けることができる。
【0010】
第1の発明に係る内装材においては、抗がん剤に曝露される空間に多孔質皮膜が露出しているので、抗がん剤を効率的に吸着することができ、空間内の抗がん剤の濃度を低減することができると共に、抗がん剤の拡散を抑制することができる。
また、多孔質皮膜に露出している二酸化チタン粒子は、可視光の照射により光触媒活性を発現するので、日中は自然光(太陽光)や照明器具からの照明光により、夜間は照明器具からの照明光により、多孔質皮膜に吸着した抗がん剤を分解して失活することができる。
更に、吸着した抗がん剤の分解は多孔質皮膜の表層部(表面から可視光が進入する範囲)に限られるが、表層部の抗がん剤が分解されると表層部と内部との間に抗がん剤の濃度勾配が発生し、内部の抗がん剤は表層部に移動して分解される。このため、内装材(多孔質皮膜)内に抗がん剤が蓄積されることはなく、内装材(多孔質皮膜)の抗がん剤に対する吸着能力を維持することができる。
【0011】
第2の発明に係る内装材の製造方法においては、基材の表面に、溶射により多孔質皮膜を形成するので、溶射条件を調整することにより、多孔質皮膜の厚みと多孔質状態(比表面積、気孔の径)を容易に制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の一実施の形態に係る内装材の断面の説明図である。
【
図2】実施例1におけるフルオロウラシルの分解状況を示すグラフである。
【
図3】実施例2におけるシクロホスファミドの分解状況を示すグラフである。
【
図4】実施例3におけるパクリタキセルの分解状況を示すグラフである。
【
図5】実施例4におけるドキソルビシン塩酸塩の分解状況を示すグラフである
【発明を実施するための形態】
【0013】
続いて、添付した図面を参照しつつ、本発明を具体化した実施の形態につき説明し、本発明の理解に供する。
図1に示すように、本発明の一実施の形態に係る内装材10は、基材11と、基材11の表面に固着され、可視光の照射により光触媒活性を発現する二酸化チタン粒子12を有する多孔質皮膜13とを備え、多孔質皮膜13の表面には二酸化チタン粒子12が露出し、抗がん剤に曝露される。以下、詳細に説明する。
【0014】
内装材10が、基材11と、基材11の表面に固着された多孔質皮膜13とを備えるので、抗がん剤に曝露される空間を囲む部材(例えば、安全キャビネットでは内壁面と作業台、調剤室等の部屋では天井板、壁板、床板)の表面に基材11側を当接させて取付けることにより、抗がん剤に曝露される空間に内装材10の多孔質皮膜13を露出させることができる。その結果、多孔質皮膜13の表面は、多孔質皮膜13を形成している二酸化チタン粒子12が露出している状態となる。
【0015】
基材11としては、例えば、タイル、衛生陶器、ガラス、鏡、コンクリート製の部材(例えば、板、棒、ブロック)、樹脂製の部材(例えば、板、棒、ブロック、フィルム)、金属製の部材(例えば、板、棒、ブロック、フィルム)、天然繊維及び化学繊維のいずれか一方又は双方を組み合わせた複合繊維て形成した織物(三次元織物も含む)や不織布等の成形品等が挙げられる。このため、基材11の材質及び形状を選択することにより、内装材10の使用場所、内装材10の施工方法に応じて最適な内装材を作製することができる。特に、シート状の基材11を用いることにより、内装材10の裁断、折り曲げ、接着等の加工を容易に行うことができ、内装材10の施工性を向上させることができる
【0016】
基材への溶射により種々の厚さの多孔質皮膜を形成し、基材上に形成された多孔質皮膜を観察した結果、多孔質皮膜の厚さが0.5μm未満では基材の表面が部分的に露出する状況が確認された。一方、多孔質皮膜の厚さが3μmを超えると、多孔質皮膜の内部応力が大きくなり、基材から多孔質皮膜がはがれ易くなる。また、多孔質皮膜の奥側まで光が十分に届かず不十分な分解反応に起因する中間生成物が発生するという問題が生じる。このため、内装材10の多孔質皮膜13の厚さTを0.5〜3μmの範囲に設定した。
【0017】
多孔質皮膜の比表面積を変えて内装材を作製し、抗がん剤の吸着性能と、多孔質皮膜の摩耗耐久性をそれぞれ評価した。その結果、多孔質皮膜の比表面積が10m
2/g未満では抗がん剤の吸着性能が低く、多孔質皮膜の比表面積が10m
2/g以上では、比表面積の増加に伴って抗がん剤の吸着性能が向上することが確認できた。一方、多孔質皮膜の摩耗耐久性は、比表面積の増加に伴って低下する傾向を示し、比表面積が100m
2/gを超えると大幅な低下を示した。このため、内装材10の多孔質皮膜13の比表面積を10〜100m
2/gの範囲に設定することにより、内装材10の使用場所及び使用方法に応じて摩耗耐久性を示す内装材10を提供することができる。
ここで、比表面積が10〜100m
2/gとなるように作製した多孔質皮膜13の表面に開口して存在する気孔14の径を、例えば、水銀圧入法により求めると、0.1〜10μm(気孔を円筒形と仮定したときの円筒の直径)となった。
【0018】
図1に示すように、多孔質皮膜13の表面には、可視光の照射により光触媒活性を発現する二酸化チタン粒子12が露出している。ここで、二酸化チタン粒子12をルチル型とすることで、二酸化チタン粒子12の溶射時における熱的変化を防止することができる。
また、可視光(自然光(太陽光)や照明器具からの照明光)の照射により二酸化チタン粒子12に光触媒活性を発現させるため、二酸化チタン粒子12の表面には、可視光の照射により電子を励起して、二酸化チタン粒子12を構成しているチタン原子に供給する金属原子を有する電子供与体15が担持されている。このため、内装材10(多孔質皮膜13)の表面に可視光が照射されると、チタン原子の価数は4価から3価に減少し、電子を放出した金属原子の価数は1だけ増加する。その結果、二酸化チタン粒子12の表面では抗がん剤の還元反応が、電子供与体15の表面では抗がん剤の酸化反応がそれぞれ生じ、抗がん剤は分解されて失活する。
【0019】
抗がん剤を吸着した多孔質皮膜13では、抗がん剤の分解は多孔質皮膜13の表層部(表面から可視光が進入する範囲)で行われるが、表層部の抗がん剤が分解されると、多孔質皮膜13の表層部と内部との間に抗がん剤の濃度勾配が発生し、多孔質皮膜13の内部に吸着されていた抗がん剤は表層部に向けて移動する。このため、内装材10の表面に可視光が照射し、かつ内装材10(多孔質皮膜13)が抗がん剤に曝されていない場合は、以前に吸着された抗がん剤が多孔質皮膜13の内部から表層部に移動し、抗がん剤の分解が進行する。その結果、内装材10(多孔質皮膜13)内に抗がん剤が蓄積されることはなく、内装材10(多孔質皮膜13)の抗がん剤に対する吸着能力を、長期間に亘って維持することができる。
【0020】
電子供与体15は、鉄、銅、ニッケル、又はクロムを含む金属の水酸化物、オキシ酸化物、及び酸化物の少なくとも1種である。即ち、
図1に示すように、二酸化チタン粒子12には、可視光に応答して電子を供給する電子供与体15と、可視光に応答しない生成物16が担持される。そして、電子供与体15に含まれる金属の成分量は、多孔質皮膜13を形成しているチタン成分量に対して、0.05〜3質量%に設定されている。チタン成分量に対して金属の成分量が0.05質量%未満では、チタン原子に供給される電子が少なく二酸化チタン粒子12の表面における還元反応量が低下するため好ましくない。一方、チタン成分量に対して金属の成分量が3質量%を超えると、金属成分量に対するチタン成分量が相対的に低下し還元反応量が低下するため好ましくない。このため、電子供与体15に含まれる金属の成分量を、多孔質皮膜13に含まれるチタン成分量に対して、0.05〜3質量%の範囲に設定する。
【0021】
続いて、本発明の一実施の形態に係る内装材の製造方法について説明する。
図1に示すように、内装材10は、基材11と、表側が抗がん剤に曝露される空間に露出し、裏側が基材11の表面に固着している多孔質皮膜13とを有し、二酸化チタン粒子12と金属化合物とを有する混合物を溶射フレーム中に供給して混合物を溶射フレームの流れに乗せ、金属化合物の加熱変化で生成した電子供与体15を二酸化チタン粒子12の表面に担持させながら、電子供与体15を担持した二酸化チタン粒子12を基材11の表面に衝突させて多孔質皮膜13を形成している。そして、多孔質皮膜13に対する封孔を防止して、多孔質皮膜13の形成時の多孔質状態を維持することにより、多孔質皮膜13に電子供与体15を担持した二酸化チタン粒子12を露出させている。以下、詳細に説明する。
【0022】
二酸化チタン粒子12の表面に抗がん剤を効率的に吸着させるためには、二酸化チタン粒子12の比表面積を大きく(二酸化チタン粒子12の粒径を小さく)することが好ましい。また、溶射時に、溶射フレーム中で金属化合物から、二酸化チタン粒子12に担持可能なサイズの電子供与体15(金属の水酸化物、オキシ酸化物、又は酸化物)を、効率的に生成させるには、金属化合物を二酸化チタン粒子12の粒径よりも微細にすると共に、二酸化チタン粒子12に対して均一に分散させる必要がある。一方、二酸化チタン粒子12の粒径が小さくなるほど、溶射フレーム中での熱による変質を受け易くなる。そこで、二酸化チタン粒子12と金属化合物とを水に混合してスラリー状の混合物を形成することにより、溶射時の熱による影響で二酸化チタン粒子12が変質するのを抑制した。
【0023】
これにより、1次粒子径が10〜50nmの二酸化チタン粒子12を溶射することができ、比表面積が10〜100m
2/g、気孔14の径が0.1〜10μmの多孔質皮膜13を基材11上に形成することが可能になる。
ここで、金属化合物として水溶性金属錯体又は水溶性金属塩を用いることで、金属はプラスイオンの状態で混合物中に存在することになって、二酸化チタン粒子12に対して均一に分散することができる。更に、溶射フレーム中では、金属のプラスイオンは、スラリー状の混合物中に含まれる水、及び空気中の酸素と容易に反応して水酸化物、オキシ酸化物、及び酸化物を生成し(金属の種類により、生成する水酸化物、オキシ酸化物、及び酸化物の生成割合は異なる)、二酸化チタン粒子12に担持されると考えられる。なお、水溶性金属錯体又は水溶性金属塩中の非金属部分(マイナスイオンを示す原子又は原子団)は溶射の熱によって揮発し大気中に拡散し、水酸化物、オキシ酸化物、若しくは酸化物中には残存しないと考えられる。
【0024】
例えば、金属化合物として、水溶性金属塩の一例である塩化鉄(FeCl
3)を使用した場合、鉄成分はスラリー状の混合物中では鉄イオン(3価)として存在しているので、混合物を溶射フレーム中に混入すると、鉄イオンの一部は水と反応してナノサイズのオキシ水酸化鉄FeO(OH)を生成すると共に二酸化チタン粒子12の表面に担持され、鉄イオンの残部は水と反応してナノサイズのFeO(OH)を生成し、更に酸化されてナノサイズの酸化鉄Fe
2O
3となって二酸化チタン粒子12の表面に担持される。
そして、二酸化チタン粒子12に可視光が照射されると、オキシ水酸化鉄は価電子帯の電子を伝導帯に励起させ(オキシ水酸化鉄が電子供与体15、酸化鉄が可視光に応答しない生成物16にそれぞれ対応する)、伝導帯に励起された電子はチタン原子に移動する。その結果、FeO(OH)中の鉄は酸化力を有する4価に、電子が移動してきたチタン原子は還元力を有する3価になって、それぞれ光触媒活性を示すことになる。
【実施例】
【0025】
(内装材の作製)
1次粒子径が30nmのルチル型の二酸化チタン粒子と、純度が98%の無水塩化鉄(FeCl
3)を水に加えてスラリー状の混合物を作製した。ここで、無水塩化鉄の量は、鉄の成分量が、二酸化チタン粒子のチタン成分量に対して0.3質量%となるように、水の量は、混合物中の二酸化チタン粒子の質量が5質量%となるようにそれぞれ調整した。また、基材には、縦450mm、横450mm、厚さ3mmのタイル(材質は塩化ビニル)を使用した。
【0026】
基材の非溶射面側を保持台に当接させ、真空吸引により固定した。そして、高速溶射装置(特許第3978512号公報参照)に設けた溶射ガンの先端部にスラリー状の混合物を溶射フレーム中に供給するためのスラリー混合部を取付け、スラリー混合部のフレームガイド部内を通過する溶射フレーム中に混合物を1分間に50〜300gの割合で噴出させ、フレームガイド部の先端から50〜300mm離れた位置に固定した基材の表面上に厚さ1μmの多孔質皮膜を形成することにより内装材を作製した。ここで、溶射フレームの温度は2800℃、溶射フレームの速度は1200mm/秒であり、溶射ガンは基材に対して平行にピッチ5mmで1000mm/秒の速度で走査させた。また、塩ビタイル表面の温度がガラス移転温度(82℃)に達する前に溶射を終了させた。
【0027】
溶射終了後、真空吸引を解除し、内装材(多孔質皮膜が形成された基材)を保持台から取り外し、多孔質皮膜の温度が30℃以下になるまで室温中で冷却した。冷却が終了した内装材は、高圧洗浄機を用いて洗浄し、空気を噴きつけて付着している水を除去した後、自然乾燥させた。
なお、内装材から多孔質皮膜を分離して、比表面積と表面に開口する気孔の径をそれぞれ測定すると、比表面積は30m
2/g、気孔の径は1μmであった。
【0028】
抗がん剤として以下に示すフルオロウラシル、シクロホスファミド、パクリタキセル、及びドキソルビシン塩酸塩を用いて、内装材による分解状況を調べた。
(実施例1)
内装材の多孔質皮膜に、濃度が1μg/mリットルのフルオロウラシル溶液を1mリットル塗布し、多孔質皮膜の表面に照度が600lx(ルクス)の可視光(光源は蛍光灯)と、照度が1000lxの可視光(光源は蛍光灯)を1、6、12、24、48時間それぞれ照射した後、内装材(多孔質皮膜)中のフルオロウラシルの残存量を求める分解試験を3回実施した。3回の分解試験からそれぞれ得られる残存率の平均値を
図2に示す。
また、比較例1として、基材の表面に濃度が1μg/mリットルのフルオロウラシル溶液を1mリットル塗布し、塗布側の表面に照度が600lxの可視光と、照度が1000lxの可視光を1、6、12、24、48時間それぞれ照射した後、基材に付着しているフルオロウラシルの残存量を求める分解試験を3回実施した。3回の分解試験からそれぞれ得られる残存率の平均値を
図2に合わせて示す。
【0029】
比較例1では、可視光の照射時間を増加にしてもフルオロウラシルの継続的な残存率の低下(分解の進行)が認められず、可視光の照度を変化させてもフルオロウラシルの残存率の低下に差は認められなかった。一方、実施例1では、可視光の照射時間の増加に伴って残存率が低下(分解が進行)すること、残存率の低下は照度が高いほど顕著であることが認められた。その結果、可視光により生じる二酸化チタンの光触媒活性を用いて、フルオロウラシルの分解が可能であることが分かった。
【0030】
(実施例2)
内装材の多孔質皮膜に、濃度が1μg/mリットルのシクロホスファミド溶液を1mリットル塗布し、実施例1と同じ条件で、内装材(多孔質皮膜)中のシクロホスファミドの残存量を求める分解試験を3回実施した。3回の分解試験からそれぞれ得られる残存率の平均値を
図3に示す。
また、比較例2として、基材の表面に濃度が1μg/mのシクロホスファミド溶液を1mリットル塗布し、比較例1と同じ条件で、基材に付着しているシクロホスファミドの残存量を求める分解試験を3回実施した。3回の分解試験からそれぞれ得られる残存率の平均値を
図3に合わせて示す。
【0031】
比較例2では、可視光の照射時間を増加にしてもシクロホスファミドの継続的な残存率の低下が認められず、可視光の照度を変化させてもシクロホスファミドの残存率の低下に差は認められなかった。一方、実施例2では、可視光の照射時間の増加に伴って残存率が低下することが認められた。その結果、可視光により生じる二酸化チタンの光触媒活性を用いて、シクロホスファミドの分解が可能であることが分かった。
なお、シクロホスファミドの場合、照度の違いが残存率の低下に及ぼす影響は認められなかった。
【0032】
(実施例3)
内装材の多孔質皮膜に、濃度が1μg/mリットルのパクリタキセル溶液を1mリットル塗布し、実施例1と同じ条件で、内装材(多孔質皮膜)中のパクリタキセルの残存量を求める分解試験を3回実施した。3回の分解試験からそれぞれ得られる残存率の平均値を
図4に示す。
また、比較例3として、基材の表面に濃度が1μg/mのパクリタキセル溶液を1mリットル塗布し、比較例1と同じ条件で、基材に付着しているパクリタキセルの残存量を求める分解試験を3回実施した。3回の分解試験からそれぞれ得られる残存率の平均値を
図4に合わせて示す。
【0033】
比較例3では、可視光の照射時間を増加にしてもパクリタキセルの継続的な残存率の低下が認められず、可視光の照度を変化させてもパクリタキセルの残存率の低下に差は認められなかった。一方、実施例3では、可視光の照射時間の増加に伴って残存率が低下することが認められた。その結果、可視光により生じる二酸化チタンの光触媒活性を用いて、パクリタキセルの分解が可能であることが分かった。
なお、パクリタキセルの場合、照度の違いが残存率の低下に及ぼす影響は認められなかった。
【0034】
(実施例4)
内装材の多孔質皮膜に、濃度が1μg/mリットルのドキソルビシン塩酸塩溶液を1mリットル塗布し、実施例1と同じ条件で、内装材(多孔質皮膜)中のドキソルビシン塩酸塩の残存量を求める分解試験を3回実施した。3回の分解試験からそれぞれ得られる残存率の平均値を
図5に示す。
また、比較例4として、基材の表面に濃度が1μg/mのドキソルビシン塩酸塩溶液を1mリットル塗布し、比較例1と同じ条件で、基材に付着しているドキソルビシン塩酸塩の残存量を求める分解試験を3回実施した。3回の分解試験からそれぞれ得られる残存率の平均値を
図5に合わせて示す。
【0035】
比較例4では、可視光の照射時間を増加にしてもドキソルビシン塩酸塩の継続的な残存率の低下が認められず、可視光の照度を変化させてもドキソルビシン塩酸塩の残存率の低下に差は認められなかった。一方、実施例4では、可視光の照射時間の増加に伴って残存率が低下することが認められた。その結果、可視光により生じる二酸化チタンの光触媒活性を用いて、ドキソルビシン塩酸塩の分解が可能であることが分かった。
なお、ドキソルビシン塩酸塩の場合、照度の違いが残存率の低下に及ぼす影響は認められなかった。
【0036】
以上、本発明を、実施の形態を参照して説明してきたが、本発明は何ら上記した実施の形態に記載した構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載されている事項の範囲内で考えられるその他の実施の形態や変形例も含むものである。
更に、本実施の形態とその他の実施の形態や変形例にそれぞれ含まれる構成要素を組合わせたものも、本発明に含まれる。
例えば、本実施の形態では、基材の表面に形成する多孔質皮膜を電子供与体が担持された二酸化チタン粒子で構成したが、電子供与体が担持された二酸化チタン粒子と、例えば、銀、亜鉛、アルミニウム、又はコバルト等の抗菌金属の化合物とを用いて構成することもできる。多孔質皮膜が電子供与体が担持された二酸化チタン粒子と抗菌金属の化合物とを有するので、内装材(多孔質皮膜)により抗がん剤を分解すると共に、抗がん剤に曝露される空間内の浮遊菌に対して、内装材の表面を除菌状態、抗菌状態にすることができる。
【符号の説明】
【0037】
10:内装材、11:基材、12:二酸化チタン粒子、13:多孔質皮膜、14:気孔、15:電子供与体、16:生成物