特許第6697093号(P6697093)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6697093-低圧鋳造用アルミニウム合金 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6697093
(24)【登録日】2020年4月27日
(45)【発行日】2020年5月20日
(54)【発明の名称】低圧鋳造用アルミニウム合金
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/02 20060101AFI20200511BHJP
【FI】
   C22C21/02
【請求項の数】2
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2018-548992(P2018-548992)
(86)(22)【出願日】2017年10月30日
(86)【国際出願番号】JP2017039047
(87)【国際公開番号】WO2018084103
(87)【国際公開日】20180511
【審査請求日】2018年7月10日
(31)【優先権主張番号】特願2016-214003(P2016-214003)
(32)【優先日】2016年11月1日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2017-93238(P2017-93238)
(32)【優先日】2017年5月9日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(73)【特許権者】
【識別番号】515214693
【氏名又は名称】株式会社UACJ鋳鍛
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】特許業務法人田中・岡崎アンドアソシエイツ
(72)【発明者】
【氏名】皆川 晃広
(72)【発明者】
【氏名】牛山 俊男
【審査官】 相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−132054(JP,A)
【文献】 特開平01−319646(JP,A)
【文献】 特開2007−031788(JP,A)
【文献】 特開2004−269937(JP,A)
【文献】 特開2000−054047(JP,A)
【文献】 社団法人 日本アルミニウム協会 標準化総合委員会編,「アルミニウム ハンドブック」,社団法人 日本アルミニウム協会,2007年 1月31日,第7版,p.21-23
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/00−21/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Al−Si−Cu−Mg合金からなる低圧鋳造用アルミニウム合金において、
Si:8.0〜12.6質量%、Cu:1.0〜2.5質量%、Mg:0.3〜0.8質量%、Ti:0.1〜0.2質量%、B:0.0022〜0.005質量%を含み、
更に、P:X質量%、N:Y質量%、Sr:Z質量%を含み、残部がAl及び不可避不純物からなり、
P、Na、Srの含有量が、0.45Y+0.24Z+0.003≦X≦0.45Y+0.24Z+0.01、0≦Y≦0.01、0≦Z≦0.03の全ての関係を充足することを特徴とする低圧鋳造用アルミニウム合金。
【請求項2】
請求項1記載の低圧鋳造用アルミニウム合金を用いたアルミニウム合金鋳物であって、
表面における深さ20μm以上の引け巣欠陥の面積率が、100mm辺りの面積率で1%以下であるアルミニウム合金鋳物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低圧鋳造用アルミニウム合金及びその製造品に関する。詳しくは、亜共晶Al−Si系合金であって、製造されるアルミニウム合金鋳物の表面の平滑性を良好にすることのできる合金を適用する。
【背景技術】
【0002】
Al−Si系合金は、流動性の良さ、転写性の良さから重力鋳造、低圧鋳造、ダイカスト等の鋳物用合金として用いられている。特にAl−Si−Cu−Mg系合金は、高強度であることからエンジン部品等に用いられている。
【0003】
以上のようなAl−Si系合金の鋳造品においては、その表面の平滑性が要求される。Al−Si系合金鋳物の表層組織は表面偏析層を有することがあり、この表面偏析層が鋳造品表面の平滑性に影響を与えることがある。Al−Si系合金の鋳造品で発生する表面偏析は、連続鋳造における徐冷領域の共晶融解に起因するものとは異なる。即ち、Al−Si系合金鋳物における表面偏析とは、凝固途中のα−Al及び共晶相がある程度晶出した準固相域において、残留した濃化液相が表面のエアギャップへ流れ込む現象である。そして、凝固の進行状態によっては、局所的に表面偏析層が形成されない場合が生じる。このとき、表面偏析層が形成されなかった箇所には表面から内部へ続く引け巣が生じ、平滑性を悪化させる。このようなことから、鋳物の表面平滑性を確保するためには、鋳物全面で表面偏析層を安定的に発生させる方法、或いは、表面偏析層を生じさせない方法のいずれかが必要となっている。尚、表層とは、形状が形成される表面近傍が正常であればアルミニウム合金が充填されるべき部位であり、表面とは大気と接する面である。
【0004】
ここで、Al−Si系合金鋳物の表層組織に影響を与える要因の一つとして、P(リン)が挙げられる。Al−Si系合金は、通常、アルミニウム地金にAl−Si母合金を合わせて溶解することで所望成分の合金としている。そして、原料となるAl−Si母合金の製造に必須である原料Siには、Pが0.001〜0.01質量%程度のバラツキを持って混入している。そのため、Al−Si系合金のPの含有量は、配合に使用するAl−Si母合金のPの含有量により変化する。例えば、亜共晶Al−Si系合金であるAl−10%Si合金では、Pが0.0005〜0.0015質量%程度の幅をもって存在する。
【0005】
亜共晶Al−Si系合金鋳物にPが与える影響の一つとして、共晶相のセル数の増加が挙げられる。この共晶相のセル数の増加は、亜共晶Al−Si系合金における固溶限を超えて存在するPが、共晶Siの核となるAlPとして晶出することによって生じる。そして、共晶セル数が増加すると、準固相域において液相の流路が妨げられるため、溶湯補給性が低下する。これにより、表層において局所的に表面から内部への続く引け巣が発生し易くなる。尚、亜共晶Al−Si系合金におけるPの固溶限は、0.0002〜0.0003質量%である。
【0006】
また、亜共晶Al−Si系合金鋳物にPが与える他の影響として、共晶組織改良剤であるNaやSrとの反応の問題も挙げられる。亜共晶Al−Si系合金鋳物の製造においては、共晶Si相の微細化を目的として、共晶組織改良剤としてNaやSrが通常添加される。亜共晶Al−Si系合金鋳物中のPは、この共晶組織改良剤であるNaやSrと反応しNaPやSrの化合物を生成する。その結果、NaやSrが消費されてしまい、それらの共晶組織改良剤としての効果が発揮されないこととなる。
【0007】
更に、共晶組織改良剤としてNa、Srを含む亜共晶Al−Si系合金鋳物においては、Na、Srの共晶組織改良剤としての効果の消失の問題と共に、上述したAlP生成による共晶セル数の増加の問題も生じる可能性がある。この問題は、亜共晶Al−Si系合金にPがNa、Srと反応する量以上に混入されている場合に生じ得る。即ち、この場合、Na、Srとの化合物(NaPやSr)生成に使用されなかったPがAlと結合してAlPを生成し、共晶セル数が増加する。これにより共晶セル数が増加して溶湯補給性が低下し、成形型の形状によっては、鋳物の表層において局所的に表面偏析層が形成されず、表面まで続く収縮巣を誘発する。上記で説明した通り、Al−10%Si合金では0.0005〜0.0015質量%程度のPが混入するため、このような状態になる可能性がある。
【0008】
そして、亜共晶Al−Si系合金鋳物において、Pと共晶組織改良剤であるNaやSrとの反応の問題の回避は困難である。亜共晶Al−Si系合金鋳物の溶湯には、共晶組織改良剤が含まれていることが多いからである。これは、Al−Si系合金鋳物の製造現場において、多品種の合金を製造するときの操業上の事情に基づく。Al−Si系合金鋳物の製造現場では、共晶組織改良剤を添加した一般的な残湯及び展開屑をベースとした溶湯を作製しておくことがある。そして、これを適宜に調合して使用することで、多品種の合金を製造することが多々存在する。このよう場合、例えば、Naが0.001%以上、Srが0.005%以上含まれる溶湯を用いることがある。また、共晶組織改良剤を含有するアルミニウム合金屑を利用して作製された溶湯を用いることもある。
【0009】
以上のように、Al−Si系合金に含まれるPは、AlPの生成による共晶セル数の増加、及び、共晶組織改良剤であるNaやSrとの反応の要因となり、合金鋳物の表面組織に対して影響を及ぼし得る。このようなAl−Si系合金に含まれるPに対する対策としては、合金溶湯からPを除去することが考えられる。ここで、Pを溶湯中から除去する方法としては、例えば、特許文献1には、フッ化カルシウムを用いた脱リン方法について提案されている。特許文献2には、塩素ガスを用いた脱リン方法について提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2016−098433号公報
【特許文献2】特開2002−080920号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記の特許文献1及び2におけるP含有量の低減に関する提案は、Pによる影響を根本的に解決しようとするものである。しかしながら、アルミニウム合金からPの含有をなくすことは必ずしも易しいことではない。
【0012】
また、アルミニウム合金中に含まれるP含有量は、製造の際に使用されるアルミニウム地金やAl−Si母合金により変動する。従って、上記特許文献記載の方法によるP含有量の低減効果を安定的に得るのは難しい。特に、本発明の対象である亜共晶Al−Si系合金においては、合金中に含まれる僅かのPが最終製品に多様な影響を与える。更に、化学成分を調整された合金溶湯に対して脱リン処理を行うことは工程数の増加となり、鋳物の製造効率の観点からは適切とはいい難い。
【0013】
また、アルミニウム合金中のPの問題については、上記した共晶組織改良剤であるNaやSrとPとの反応を利用した対応も考えられる。即ち、Al−Si系合金からPを除去するのはなく、NaやSrと反応させることでAlPの元となるPを消失させることができる。そして、Pによって相殺されるNaやSrを補完するように、それらを過剰に添加する対応も考えられる。しかしながら、NaやSrを過剰に添加すると、溶湯の流動性が低下する傾向がある。そのため、局所的な表面偏析層の欠落に伴う引け巣の根本的な発生要因は残存したままとなる。また、NaやSrとPとの反応物(NaPやSr)は不純物であるので、多量に生成すると合金鋳物の機械的性質に影響を及ぼすおそれがある。従って、共晶組織改良剤であるNaやSrによる対応にも限界がある。
【0014】
そして、亜共晶Al−Si系合金鋳物において、上記のような、合金成分による表面偏析に関する問題は、低圧鋳造により製造される鋳物で特に多く見られ、多種不具合の原因となる。低圧鋳造においては、鋳型の材質とチルプレートの材質とが相違することが多い。例えば、低圧鋳造では、石膏鋳型に対して、チルプレートに鉄製又は銅製を使用することが多い。このような鋳型とチルプレートの材質が異なる場合、熱伝達係数の低い石膏鋳壁側の表層において表面偏析が生じ易いため、上記問題が発生する。
【0015】
本発明は、上記問題を鑑みてなされたものであり、亜共晶Al−Si系合金において、鋳物の表面の平滑性を良好にすることのできる合金を提供する。具体的には、共晶組織改良剤であるNaやSrの添加の有無によらず、鋳物全面における表面偏析層の発生を抑制することで、平滑な表面を形成する合金及び当該合金からなる鋳造品を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記の通り、亜共晶Al−Si系合金中のPに対する従来の対処法としては、Pを除去する、或いは、共晶組織改良剤であるNaやSrを利用するものであった。これらの対処法は、いずれも共晶セルの要因となるAlPの生成を抑制する方法である。そして、これらの従来技術においては、Pの除去の困難性の問題や、AlPの生成は抑制できるものの、過剰のNa、Srにより溶湯の流動性が低下する問題があった。
【0017】
ここで、本願発明の本来的な課題は、亜共晶Al−Si系合金鋳物の表面の平滑性の確保にある。即ち、従来の対処法であるAlP生成の抑制以外のアプローチであっても、鋳物表面の平滑性を確保できれば課題は解決されることとなる。そこで、本発明者等は鋭意検討を行い、亜共晶Al−Si系合金において、不可避的に混入するPに対して、その含有量を調整することとした。そして、本発明者等は、亜共晶Al−Si系合金に対して、必要に応じてPを通常では混入し得ない量まで意図的に含有させることに想到した。
【0018】
上述の通り、亜共晶Al−Si系合金中に固溶限以上に存在するPは、共晶Si相の核として作用するAlPを生成する。AlPの生成によって共晶セル数が増加して、溶湯補給性が低下して表面まで続く収縮巣を形成する。本発明者等によれば、共晶セルが引き起こすこのような好ましくない作用は、その数がさほど多くなく、共晶セルが粗く分散した場合において発現する傾向がある。そして、本発明者等は、この考察に基づき、共晶組織改良剤であるNaやSrの含有量を考慮しつつ、亜共晶Al−Si系合金中のPの含有量を所定量以上とすることとした。
【0019】
本発明者等によるこの対処法は、従来技術とは逆に、P含有量を増加させるものである。このような従来技術に対する逆の発想は、以下の考察に基づく。即ち、本発明者等は、亜共晶Al−Si系合金中のPを増加させることで、共晶セル数を十分に増加させて、流動限界固相率に到達する時間を短縮させることができると考えた。そして、本発明者等は、流動限界固相率への到達時間の短縮により、鋳物の凝固殻が早期に表層で生成され、表面偏析が生じることなく平滑な表面を得られると考察した。
【0020】
以上の知見の下に本発明者等は、所定組成の亜共晶Al−Si系合金について、共晶組織改良剤であるNaやSrの含有量も考慮しながら、好適なPの含有量を検討し、本発明に想到した。
【0021】
本発明は、Al−Si−Cu−Mg合金からなる低圧鋳造用アルミニウム合金において、Si:8.0〜12.6質量%、Cu:1.0〜2.5質量%、Mg:0.3〜0.8質量%、Ti:0.2質量%以下を含み、更に、P:X質量%、Na:Y質量%、Sr:Z質量%を含み、残部がAl及び不可避不純物からなり、P、Na、Srの含有量が、0.45Y+0.24Z+0.003≦X≦0.45Y+0.24Z+0.01、0≦Y≦0.01、0≦Z≦0.03の全ての関係を充足することを特徴とする低圧鋳造用アルミニウム合金である。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、低圧鋳造用アルミニウム合金であって、表面の平滑性に優れたアルミニウム合金鋳物を製造することができる亜共晶Al−Si系合金を提供できる。この亜共晶Al−Si系合金は機械的性質に優れ、鋳物全面における表面収縮巣のないアルミニウム合金鋳物となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本実施例で使用した石膏鋳型の形状及び製造したアルミニウム合金鋳物の外観形状を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
上記の通り、本発明に係る低圧鋳造用アルミニウム合金は、Si:8.0〜12.6質量%、Cu:1.0〜2.5質量%、Mg:0.3〜0.8質量%、Ti:0.2質量%以下、更に、P:X質量%、Na:Y質量%、Sr:Z質量%を含み、残部がAl及び不可避的不純物からなる。そして、P、Na、Srの含有量(X、Y、Z)が、0.45Y+0.24Z+0.003≦X≦0.45Y+0.24Z+0.01、0≦Y≦0.01、0≦Z≦0.03の全ての関係を充足する。以下、本発明の実施形態について説明する。尚、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。以下の説明では、本発明に係るアルミニウム合金の化学成分について説明すると共に、このアルミニウム合金により製造される合金鋳物及びその製造方法について説明する。
【0025】
<化学成分>
まず、本発明に係る低圧鋳造用アルミニウム合金の各合金成分の内容と含有量について、その限定理由と共に説明する。
【0026】
Si:
Si含有量は、8.0〜12.6質量%である。Siは8.0質量%を下回ると流動性が低下し、湯廻り不良が発生する。一方、12.6質量%を上回ると過共晶組成となり、粗大なSi粒が多く晶出するため、強度が低下し好ましくない。Si含有量のより好ましい範囲は、8.6〜9.4質量%である。
【0027】
Cu:
Cu含有量は、1.0〜2.5質量%である。Cuは時効過程においてAlCuを析出させ、マトリックスの強度を向上させる。1.0質量%未満だとその効果は少なく、2.5質量%を超えるとAl−Cu−Mg系、Cu−Mg系の金属間化合物が晶出し、強度が低下する。Cu含有量のより望ましい範囲は1.5〜2.0質量%である。
【0028】
Mg:
Mg含有量は、0.3〜0.8質量%である。Mgは時効過程おいてMgSiとして析出し、マトリックスの強度を向上させる。Mg含有量が0.3重量%未満では、時効処理で析出するMgSiの量が少なく、強度向上に及ぼす影響が小さくなる。逆に0.8重量%を超えるMg含有量では、溶湯保持時及び鋳造時にMg系の酸化物が多く発生し、伸び、疲労強度を低下させる。
【0029】
Ti:
Ti含有量は、0質量%を超え0.2質量%以下である。Tiは結晶粒微細化のために用いられる。Ti含有量が0.2質量%を超えると鋳造時にTiAl化合物が粗大に形成されるため、製品の強度が低下する。
【0030】
尚、本発明では、Tiのみでなく、さらにTi−Bとして、Bを含有することでより結晶粒微細効果が認められる。Ti−Bを含有する場合、望ましいTi、Bの範囲は、それぞれ、0.1〜0.2質量%、0.003〜0.005質量%である。Ti、B含有量がこれら範囲の下限、つまりTi、B含有量が、それぞれ、0.1質量%未満、0.003質量%未満であると結晶粒微細化能力が不十分である。また、Ti、B含有量が、それぞれ、0.2質量%超、0.005質量%超となる場合、それ以上の結晶粒微細化効果は得られないだけでなく粗大化合物が形成されることがあり、強度低下に影響する。
【0031】
P:
これまで述べたように、本発明はPの含有量を適切な範囲に規定することで、鋳物の表面平滑性を確保している。PはAlと反応してAlPを生成し、これがSi粒形成の核となり共晶Si相を誘起させる。ここで、本発明者等は、本発明におけるPの含有量を規定するに際し、共晶Si相を誘起するのに有効なAlPを発生させるための基準とすべきP含有量を、0.003〜0.01質量%とした。
【0032】
この基準値である0.003〜0.01質量%のP含有量の範囲について説明する。まず、アルミニウ合金に対するPの固溶限は、0.0003質量%である。従って、0.0003質量%以下のPは、その全てがアルミニウム中に固溶し、共晶Si相の誘起に影響せず本発明の効果は期待できない。また、Pの含有量が0.0003質量%を超えていても、0.003質量%未満の場合には、AlPを生成させることはできるが、その核数は少なく分散状態も好ましくない。この場合には、少ないAlPが粗い分散状態で分散するため、共晶セルの数は溶湯補給性に悪影響を及ぼす程度となっており、表面偏析層を形成し、局所的な引け巣を誘発する。
【0033】
本発明者等によれば、AlPの有効核数を十分に増加させるためには、0.003質量%以上のPが必要である。この場合、十分なAlPが生成し、それに伴い共晶セル数が増加する。そして、準固相状態に到達する時間が短縮され、凝固殻が早期に表層で生成するので、表面偏析を生じさせることなく平滑な表面を得ることができる。但し、0.003質量%以上のPのこのような効果は、0.01質量%を超えても変化しない。以上から、本発明者等は、鋳物の表面平滑性の確保に有効なAlPを生成させるためのP含有量の基準として、0.003質量%以上0.01質量%以下の範囲を規定した。
【0034】
そして、本発明においては、共晶組織改良剤であるNaやSrの含有量を考慮して適切なP含有量を設定する。共晶組織改良剤としてAl−Si系合金に含まれるNaやSrは、合金の製造工程で常に意図的に添加される元素ではない。原料経由でNaやSrがAl−Si系合金に混入する可能性もある。そのため、特に、多品種のAl−Si系合金鋳物を製造する場合においては、合金にNaやSrが含まれていることが多い。本発明では、NaやSrの意図的な添加の有無とは無関係に、合金に含まれるNa及びSrの含有量を考慮してP含有量を設定する。
【0035】
上述のとおり、Na及びSrは、Pと反応し化合物(NaPやSr等)を形成する。従って、本発明に係るアルミニウム合金においては、NaやSrと反応した後のP含有量が、上記したP含有量の基準となる範囲内(0.003質量%以上0.01質量%以下)となるように設定することが必要となる。
【0036】
つまり、本発明に係るアルミニウム合金のPの含有量(X質量%)は、Naの含有量(Y質量%)及びSrの含有量(Z質量%)としたとき、0.45Y+0.24Z+0.003≦X≦0.45Y+0.24Z+0.01である。この関係式において、Na量(Y)の係数である0.45及びSr量(Z)の係数である0.24は、いずれもPと反応して生成する化合物であるNa3P、Sr32の化学量論比から算出される値である。そして、上記関係式において、Na量(Y)及びSr量(Z)に基づいて計算されるP量(0.45Y+0.24Z)は、これら共晶組織改良剤との反応によるPの相殺分を示す。
【0037】
共晶組織改良剤との反応による相殺分を除いたときのPが0.003質量%未満であると、AlPが粗く分散し、溶湯補給性に悪影響を及ぼし得る共晶セル数となる。これにより、表面偏析層が形成されて局所的な引け巣を誘発する。一方、共晶組織改良剤との化学反応による相殺分を除いたときのPが0.003質量%以上となったとき、AlPの有効核数が十分に増加するため、それに伴い共晶セル数が増加する。その結果、準固相状態に到達する時間が短縮されることで凝固殻が早期に表層で生成され、収縮巣を生じさせないため平滑な表面を得ることができる。そして、相殺分を除いたときのPの含有量の上限は、0.01質量%となり、これを超えてもPの効果に変化はない。上記関係式は、このような技術的意義を示している。
【0038】
尚、後述するように、Na量(Y)の上限値は0.01質量%であり、Sr量(Z)の上限値は0.03質量%である。この点を考慮し、本発明では、上記関係式に加えて、Y≦0.01、Z≦0.03の関係の全てを充足することが求められる。
【0039】
このように、本発明は、共晶組織改良剤であるNaやSrの添加の有無及びその含有量に応じて、P含有量を調整することを特徴とする。上述の通り、Al−Si系合金では、通常、アルミニウム地金にAl−Si母合金を合わせて溶解することで所望の成分調整された合金を得ることができる。Pの含有量については、アルミニウム地金とAl−Si母合金との合わせ溶解では不足が生じる可能性がある。そのため、合金の溶解中に適宜にPを添加し(例えば、Cu−P母合金の形態で添加し)、P含有量を調整することが好ましい。
【0040】
改良剤(Na、Sr):
本発明では、共晶組織改良剤であるNa及びSrは、任意の構成元素である。従って、Na及びSrの含有量は、少なくともいずれかが0質量%となっていても良い。但し、NaとSrの少なくともいずれかが含有されていても良い。NaとSrの少なくともいずれかを含有するとき、それらの含有量は、Naは0.01質量%以下、Srは0.03質量%以下とするのが好ましい。これらの含有量は、一般的な亜共晶Al−Si合金における添加量であり、本発明でもこの範囲が採用される。Na、SrはPと反応し、NaP、Srを形成するが、この化合物は不純物として溶湯中に残存する。本発明では、比較的多くのPを含むので、Na、Srの含有量を大きく変動させると、不純物が多くなる可能性が想定される。この不純物が多くなると、疲労強度の低下等の機械的性質の低下を招く。また、上述したように、Na、Srの過剰添加は溶湯の流動性の低下の要因にもなる。そこで、一般的な使用上限であるNa:0.01%、Sr:0.03%が本発明でも適用される。合金へのNa及びSrの添加は、改良剤が含まれた溶湯、特に製造現場で行われる改良剤が含有されるアルミニウム合金屑の利用することができる。但し、上記のとおり、共晶組織改良剤であるNa及びSrの添加は任意である。
【0041】
その他の元素:
上記元素の他は、基本的にはAl及び不可避的不純物とすればよいが、通常、アルミニウム合金に添加される上記元素以外の元素も、特性に大きな影響を与えない範囲内で許容される。
【0042】
<アルミニウム合金鋳物の表面品質>
以上説明した本発明に係るアルミニウム合金は、低圧鋳造法によってアルミニウム合金鋳物を製造するのに好適である。この鋳物品は、鋳造後、表面処理や表面切削をせずに使用する場合が多い。そのため、このアルミニウム合金鋳物は、表面に深さ20μm以上の引け巣欠陥が存在しないことが好ましい。具体的には、表面における深さ20μm以上の引け巣の100mm辺りの面積率が1%以下であることが好ましい。鋳物の表面において、20μmを超える内部へ続く引け巣が存在する場合、その欠陥を起点として亀裂が進展し破壊される可能性が高いからである。
【0043】
<アルミニウム合金鋳物の製造方法>
本発明において得られるアルミニウム合金は、溶解し、所望の化学成分の溶湯とした後、鋳型に流し込み所望形状に形成され、アルミニウム合金鋳物を製造することができる。
【0044】
型に流し込まれた溶湯は、鋳型の上部に設置されたチルプレート部から湯口方向に向けて冷却される。この時、溶湯には0を超え1気圧以下の圧力が印加される。その後、当該形成品は、溶体化処理を施し、焼入れ後、人工時効処理を施し、強度を得る。
【実施例】
【0045】
以下、本発明の実施例を比較例と対比しながら説明し、本発明の効果を実証する。これらの実施例は、本発明の一実施態様を示すものであり、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
【0046】
本実施例では、表1に示した化学成分に調整したアルミニウム合金溶湯を製造した。そして、アルミニウム合金溶湯低圧鋳造法にて200℃の石膏型に750℃の溶湯を流し、200℃の鉄製チルプレートを用いて凝固させ、アルミニウム合金鋳物を得た。このときの石膏鋳型の形状及び製造したアルミニウム合金鋳物の外観形状を図1に示す。そして、製造したアルミニウム鋳物について、以下の方法にて、表面組織、機械的特性の評価を行った。
【0047】
【表1】
【0048】
<表面組織の評価>
まず、鋳物表面の表面欠陥の有無を評価した。ここでは、JIS Z2342に従い蛍光浸透探傷試験を実施し、鋳物表面全面において、表面から内部へ続く深さ20μm以上の発光点の有無を確認した。発光点(引け巣)があった場合、その面積を測定して100mm辺りの面積率を計算して、1%を超えた場合には表面欠陥有りと判定した。
【0049】
<機械的特性の評価>
機械的特性として引張強さ、耐力、伸びの測定を行った。これら測定は、鋳物の中心部から、JIS Z2201で規定された丸棒引張試験片を切り出し、JIS Z 2241試験方法にて常温にて実施した。そして、測定された引張強さ、耐力、伸びについて、従来技術であるNa添加により製造されたAl−Si系の低圧鋳造用アルミニウム合金の測定値(引張強さ:370MPa、0.2%耐力:270MPa、伸び:7%以上)に対して、同等以上であるかを確認した。
【0050】
本実施例で製造したアルミニウム鋳物について、表面組織、機械的特性の評価結果を表2に示す。
【0051】
【表2】
【0052】
表2から、実施例1〜実施例16は、Si、Cu、Mg、Tiの各成分が本発明で規定した範囲内にある。また、Pの含有量も適切に調整されている。その結果、これらの実施例のアルミニウム合金鋳物は、表面に20μm以上の欠陥が存在しておらず、表面平滑性が良好であった。また、引張強度、耐力、伸びの機械的性質についても基準を満たしていた。
【0053】
一方、比較例1〜比較例7は、Si、Cu、Mg、Tiの各成分が本明で規定した範囲を逸脱しており、鋳物表面の平滑性又は機械的性質が劣っていた。具体的には、以下のような結果であった。
比較例1は、Siが少なかったので、引張強度と耐力が基準以下であり、更に、流動性が悪く鋳物表面に20μm以上の欠陥を有していたので不合格となった。
比較例2は、Siが多く過共晶の合金となり、引張強度、耐力、伸びのいずれにおいても、低圧鋳造用アルミニウム合金に対する基準値を下回ったため不合格となった。
比較例3は、Cuが少なかったので、引張強度と耐力が基準以下であり不合格となった。一方、比較例4は、Cuが多かったので、伸びが基準以下であり不合格となった。
比較例5は、Mgが少なかったので、引張強度が基準以下であり不合格となった。一方、比較例は、Mgが多かったので、伸びが基準以下であり不合格となった。
比較例7は、Tiが多かったので、伸びが基準以下であり不合格となった。
【0054】
そして、比較例8〜11は、そのP含有量が、本発明の関係式に基づく下限値(比較例8:0.003質量%、比較例9:0.0039質量%、比較例10:0.0054質量%、比較例11:0.0102質量%)より少ない。これらの比較例の合金は、表面に20μm以上の欠陥を有しており不合格となった。これらの比較例におけるP含有量は、Al−Si系合金の固溶限を超えており、かつ本発明で規定される下限値より低い。そのため、固溶限から超過したPがAlPを形成するものの、溶湯補給性に悪影響を及ぼし得る共晶セル数となったため、表面偏析層を形成し引け巣が形成したものと推定される。
【0055】
更に、比較例12、13は、Na、Srが上限(Na:0.01質量%、Sr:0.03質量%)を超えており、伸びが基準以下となり不合格となった。これらの比較例は、比較的多量のPを含んでいるが、このPとNa又はSrとが反応し、NaP又はSrを形成して不純物として溶湯中に残存していたと考えられる。これらの比較例では、不純物である化合物が多いことから、製造された合金鋳物の伸び低下に繋がったと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明に係る低圧鋳造用アルミニウム合金は、Na、Srの含有量を考慮しつつPの含有量を適切に制御することで、表面の平滑性に優れたアルミニウム合金鋳物を製造することができる。本発明により製造される亜共晶Al−Si系合金からなるアルミニウム合金鋳物は、機械的性質に優れ、鋳物全面における表面引け巣のない平滑な表面を有する。本発明は、その機械的性質を活かしてエンジン部品等に有用である。
図1