特許第6702641号(P6702641)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6702641原子力発電所の温態機能試験時に一次系材料を不動態化する化学的プロセス
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6702641
(24)【登録日】2020年5月11日
(45)【発行日】2020年6月3日
(54)【発明の名称】原子力発電所の温態機能試験時に一次系材料を不動態化する化学的プロセス
(51)【国際特許分類】
   G21D 1/00 20060101AFI20200525BHJP
【FI】
   G21D1/00 Y
   G21D1/00 W
【請求項の数】13
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-501364(P2017-501364)
(86)(22)【出願日】2015年7月29日
(65)【公表番号】特表2017-522557(P2017-522557A)
(43)【公表日】2017年8月10日
(86)【国際出願番号】US2015042603
(87)【国際公開番号】WO2016018985
(87)【国際公開日】20160204
【審査請求日】2018年6月11日
(31)【優先権主張番号】62/030,850
(32)【優先日】2014年7月30日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】501010395
【氏名又は名称】ウエスチングハウス・エレクトリック・カンパニー・エルエルシー
(74)【代理人】
【識別番号】100091568
【弁理士】
【氏名又は名称】市位 嘉宏
(72)【発明者】
【氏名】デヴィート、レイチェル、エル
(72)【発明者】
【氏名】マゾコーリ、ジェイソン、ピー
(72)【発明者】
【氏名】シルヴァ、エドワード、ジェイ
(72)【発明者】
【氏名】バックリー、デボラ、ジェイ
(72)【発明者】
【氏名】ジャッコ、リチャード、ジェイ
(72)【発明者】
【氏名】バイアーズ、ウィリアム、エイ
【審査官】 鳥居 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−043956(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0075785(US,A1)
【文献】 特開2001−235584(JP,A)
【文献】 BETOVA I, et al.,"Start-up and Shut-down Water Chemistriesin Pressurized Water Reactors",RESEARCH REPORT VTT-R-00699-12,フィンランド,Technical Research Centre of Finland,2012年 1月25日,URL,https://www.vtt.fi/inf/julkaisut/muut/2012/VTT-R-00699-12.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G21D 1/00
G21D 3/08
G21C 19/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炉心と、冷却水が貫流する一次系とを有する原子力発電所の当該一次系の金属表面を不動態化する方法であって、
当該炉心への燃料の初期装荷に先立って、当該一次系を模擬的な通常の動作温度に向けて加熱することと、
当該模擬的な通常の動作温度に達するのに先立って、当該冷却水の温度が350°F以上の時に亜鉛の添加を開始することと、
当該模擬的な通常の動作温度で、40ppb以上で300ppb以下である当該冷却水中の目標の亜鉛濃度を達成すること、
当該目標の亜鉛濃度で且つ当該模擬的な通常の動作温度にて、温態機能試験を実施することと、
当該亜鉛を当該一次系の金属表面に接触させることと、
当該金属表面に初期の亜鉛含有酸化物被膜を形成させること
から成る方法。
【請求項2】
前記亜鉛が酢酸亜鉛の形態で添加される、請求項1の方法。
【請求項3】
前記模擬的な通常の動作温度に達するのに先立って、前記冷却水の温度が350°F以上の時に前記冷却水に塩基の添加を開始することをさらに含む、請求項1の方法。
【請求項4】
前記塩基が、水酸化リチウム、水酸化ナトリウムおよびそれらの混合物から成る群より選択される、請求項3の方法。
【請求項5】
前記水酸化リチウムの濃度が、前記冷却水のpHが前記模擬的な通常の動作温度において6.9から7.4、または25℃において9.5から10.1のアルカリ性を示すのに十分な濃度である、請求項4の方法。
【請求項6】
前記冷却水中のリチウム濃度が0.3ppmから2.0ppmの範囲である、請求項5の方法。
【請求項7】
前記冷却水にホウ酸の添加を開始することをさらに含む、請求項3の方法。
【請求項8】
ホウ素濃度が100ppm以下となるように前記ホウ酸を添加する、請求項7の方法。
【請求項9】
前記模擬的な通常の動作温度に達するのに先立って、前記冷却水の温度が350°F以上の時に水素の添加を開始することをさらに含む、請求項3の方法。
【請求項10】
前記冷却水中の前記水素の濃度が、4cc/kg以上、4cc/kgから50cc/kgの範囲、4cc/kgから15cc/kgの範囲、15cc/kgから30cc/kgの範囲、および4.5cc/kgのうちから選択される、請求項9の方法。
【請求項11】
請求項1の方法であって、前記方法はさらに、
前記冷却水のpHをアルカリ性に維持するのに十分な量の水酸化物を添加すること
を含むアルカリ性・還元相を達成することと、次に、
前記冷却にホウ酸を添加すること
を含む酸性・還元相を達成することと、次に、
前記冷却水から水素を除去すること
を含む酸性・酸化相を達成すること
を含む方法。
【請求項12】
前記アルカリ性・還元相を開始する前に、前記冷却水に脱酸素剤を添加することをさらに含む、請求項11の方法。
【請求項13】
請求項1の方法であって、前記方法はさらに、
前記模擬的な通常の動作温度に達するのに先立って、前記冷却水の温度が350°F以上の時に亜鉛、水酸化物、および水素の前記冷却水への添加を開始することと、
前記模擬的な通常の動作温度でプラトーを達成することと、
前記プラトーの期間中に前記目標の亜鉛濃度で前記温態機能試験を実施すること
を含むアルカリ性・還元相を開始することと、
前記冷却水にホウ酸を添加すること
を含む、プラントの運転停止の化学状態を模擬するように酸性・還元相を開始することと、
前記冷却水から水素を除去すること
を含む酸性・酸化相を開始すること
を含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
本出願は、参照によりその全てを援用する2014年7月30日に出願された「CHEMICALPROCESS FOR PRIMARY SYSTEM MATERIAL PASSIVATION DURING HOT FUNCTIONAL TESTING OFNUCLEAR POWER PLANTS」と題する米国特許出願第62/030,850号に基づく優先権を主張する。
本発明は概して原子力発電所の温態機能試験に関し、具体的には、温態機能試験時における一次系材料の表面への酸化物保護被膜の形成に関する。
【背景技術】
【0002】
原子力発電所は一般的に、原子炉容器、蒸気発生器、原子炉冷却材ポンプ、加圧器および接続管から成る一次系を具備する。原子炉冷却材ループは、原子炉冷却材ポンプ、蒸気発生器、およびこれらの構成要素を原子炉容器に接続する配管から成る。原子力発電所は、2つ、3つまたは4つの原子炉冷却材ループを具備することがある。原子炉容器に収納される炉心には、原子燃料が含まれている。一次系の機能は、原子燃料から蒸気発生器に熱を伝達することである。
【0003】
一次系は、その機能を果たすために、冷却水を循環させる。冷却水に触れる一次系の材料および表面は、全面腐食を被る。一次側の表面(例えば金属表面)に酸化物の不動態被膜(例えば保護被膜)が形成されることは、材料および構成部品の腐食、また出力運転時における腐食生成物の離脱を抑制する上で重要である。金属が腐食すると、金属酸化物が生成される。金属酸化物の一部は一次側表面に粘着層を形成し、金属酸化物の残りの部分は冷却水の中に放出される。酸化物の粘着層は、成長するにつれて次第に不動態化し(例えば保護層となり)、金属表面との腐食反応を最終的に低い定常レベルになるまで減速する。
【0004】
加圧水型原子炉(PWR)の一次系は、原子炉冷却系(RCS)である。PWRでは、プラント運転時にRCS内の構造材が高温の原子炉冷却材に曝されると腐食が発生し、付着物が形成される。これらの腐食生成物は、その後、原子炉冷却材の中に放出され、炉心内の燃料に付着する可能性がある。従来より、腐食物の形成と付着を最小限に抑えるために、耐腐食性材料の選定と、冷却水の化学的性質を制御する添加物およびプラント運転慣行の開発に多大な努力が払われてきた。通常のプラント運転時、冷却水の水質を管理して、一次系の材料および表面に不動態被膜を形成させ、出力運転時の腐食速度および腐食物の離脱率を抑制して、「クラッド(炉心に付着する腐食生成物)」およびその後の放射化を最小限に抑えるようにする。これは、クラッドに関連する燃料性能の問題およびプラント線量率のリスクを最小限にするために必要である。
【0005】
新しい原子力発電所では、発電所の運転可能性を実証するために、炉心に燃料を装荷する前(プレコア)に温態機能試験(HFT)を実施する。プレコアHFTの際、一次系(例えばRCS)の表面は、高温の冷却水に初めて曝されると初期(プライマー)酸化物層が形成される。プレコアHFT実施後の原子力発電所の営業運転の際、このプライマー酸化物層は、燃料クラッドのリスクおよびプラント線量率に影響を与える、炉心に付着可能な腐食生成物の量に影響を与える。したがって、プライマー酸化物層は、原子力発電所の供用期間にわたる耐腐食性に影響を与えると考えられる。
【0006】
1970年代と1980年代に運転を開始したPWRにおけるHFTは、アルカリ性のpHの維持を目的とする一次系の水質管理用に水酸化リチウムのみを使用していた。その後、発電所のHFTは、RCS表面により多くの酸化物保護層を形成するために、溶存水素も使用するようになっている。また、少なくとも1カ所の発電所は、HFTにホウ酸および過酸化水素を使用して、燃料交換運転停止時の化学的条件を模擬した結果、腐食生成物が溶解し、イオン交換によって腐食生成物を容易に系から除去できるようになった。
【0007】
原子力発電所の営業運転において、亜鉛注入により恩恵が得られることが経験的にわかっている。例えば、一次系表面(例えばRCS表面)の既存の腐食膜に亜鉛がとり込まれると、酸化物の安定性かつ保護性が向上し、全面腐食と局部腐食が共に阻止されることが判明している。亜鉛注入を実施しているPWRの大多数は、一次冷却水に通常の水質管理を施して有意な期間(例えば15〜20年)運転した後この注入プロセスを開始した、年数を経たプラントである。亜鉛は、出力運転時に通常の動作温度でのみ注入される。したがって、このような年数を経たプラントの金属表面上の酸化物被膜は継続的なプラント運転の結果形成され定着したものである。既存の酸化物被膜にはニッケルとコバルトの原子が存在するため、亜鉛の注入は既存の酸化物被膜を再構成するために使用される。この再構成プロセスは、既存の酸化物被膜が金属酸化物の界面付近に存在する高濃度の亜鉛およびクロムによって再構成されるまで、多数の燃料サイクルにわたって継続することができる。稼働中の原子力発電所で亜鉛注入を行うと、既存の酸化物被膜にとり込まれる亜鉛原子がニッケルやコバルトなど他の原子に置き換わる際に、粒子状または溶存状態の腐食生成物が新たに冷却材中に放出される可能性がある。こうした新たな腐食生成物が冷却材中に放出されると、一次系を循環する腐食生成物の濃度が高まり、燃料に付着可能な物質の量が増えて、燃料性能の問題が生じるリスクが高まる可能性がある。
【0008】
このさらなるリスクは、とりわけサブクール核沸騰率が高いPWRにおいて、出力運転時に使用可能な亜鉛の濃度を制限する方向に作用する。サブクール沸騰プロセスは、腐食生成物が循環・濃縮して炉心内の原子燃料要素の被覆管表面に付着する仕組みを提供する。サブクール沸騰が起きている炉心領域では、沸騰していない表面に比べはるかに多くのクラッドが付着する。多孔質のクラッド付着物がいったん形成されると、沸騰プロセスは、冷却材中の混入物をクラッド層中に濃縮させる仕組みをも提供する。クラッド付着物が増えると、軸方向熱出力異常分布(AOA)とも呼ばれるクラッド誘起出力変動(CIPS)のリスクが高まる可能性がある。クラッド誘起局部腐食(CILC)のリスクが高くなる可能性もある。CIPSは、クラッド付着物の拡がりおよびサブクール沸騰率が有意な量のリチウムホウ素化合物をクラッド層中に析出させるほど十分に高くなると発生する。この結果、軸方向出力分布は、ホウ素付着物から離れる方向にずれる。局所的には、厚いクラッド付着物が熱伝達を低下させ、燃料被覆管の温度を高めて、CILCにつながる可能性もある。
【0009】
稼働中の原子力発電所の冷却水への亜鉛の添加に関する別の懸念は、燃料被覆管のクラッド中に酸化亜鉛またはケイ酸亜鉛が付着する可能性である。そのような付着によって、多孔質クラッドを介する熱伝達が減少する可能性があり、それにより、燃料被覆管の腐食が増進する可能性がある。クラッド内の沸騰濃縮プロセスによって亜鉛濃度が酸化亜鉛またはケイ酸亜鉛の溶解限度を超えると、このシナリオが起きる可能性が高まる。稼働中の原子力発電所におけるこれら燃料関連のリスクを軽減または排除するために、出力運転時の冷却材中の亜鉛濃度を監視し調整して、一般的に40ppb以下に制限する。
【0010】
プレコアHFTは、一次系表面における酸化物保護膜の形成を開始させ、剥離可能な腐食生成物を除去することにより、出力運転時の付着および中性子による放射化を防止するまたとない機会を提供することが判明している。また、プレコアHFTの前には原子力発電所は運転されておらず、酸化物被膜はまだ形成されていないため、プレコアHFT時にRCS表面に形成される初期の酸化物保護被膜は、既存の被膜の再構成を伴うことなく、亜鉛がとり込まれたものである可能性がある。日本の泊発電所3号機は、温態機能試験時に亜鉛を注入した世界初のPWRであるが、その際に採用した濃度は、出力運転時の場合と同様の3〜7ppbであった。プレコアHFT時に燃料は装荷されていないため、燃料関連の懸念や問題の発生リスクを伴わずに、冷却水に注入する亜鉛の量を増やすことができる。したがって、当技術分野では、通常の出力運転に先立ってRCS表面を不動態化する前処理プロセスとして、プレコアHFT時の原子炉冷却材の水質管理を改善することにより、原子力発電所のプラント系統の腐食を抑制し、その長期健全性および性能を最適化する必要がある。これにより、燃料に付着して通常の出力運転時放射化する可能性のある腐食生成物の量が大幅に減るため、燃料性能が向上し、プラント線量率が最小限に抑えられる。
【発明の概要】
【0011】
本発明は、炉心と、冷却水が貫流する一次系とを有する原子力発電所の当該一次系の金属表面を不動態化する方法を提供することによって、前記の目的を達成する。この方法は、原子力発電所の炉心に燃料を初期装荷する前の温態機能試験時に、当該冷却水に亜鉛を添加すること、当該亜鉛を当該一次系の新鮮な金属表面に接触させること、および当該金属表面に初期の亜鉛含有酸化物被膜を形成させることから成る。
【0012】
或る特定の実施態様において、原子力発電所は加圧水型原子炉であり、一次系は原子炉冷却系である。
【0013】
亜鉛濃度は、約5ppbから約300ppb、または約10ppb以上から約300ppb、または約40ppb以上から約300ppb、または約5ppbから約100ppb、または約10ppb以上から約100ppb、若しくは約40ppb以上から約100ppbの範囲である。亜鉛は、酢酸亜鉛の形態であってもよい。
【0014】
当該方法はさらに、冷却水への塩基(例えば水酸化物)の添加を含むこともできる。当該塩基は、冷却水のpHが動作温度において約6.9から約7.4、または25℃において約9.5から10.1のアルカリ性を示すのに十分な濃度とすることができる。当該塩基は、水酸化リチウム、水酸化ナトリウムおよびそれらの混合物から選択することができる。リチウムの濃度は、約0.3〜約2.0ppmとすることができる。
【0015】
当該方法は、冷却水へのホウ酸の添加をさらに含むことができる。ホウ素濃度は約100ppm以下とすることができる。
【0016】
当該方法は、冷却水への水素の添加をさらに含むことができる。冷却水中の水素濃度は、約4cc/kg以上、または約4〜約50cc/kg、または約4〜約15cc/kg、または約15〜約30cc/kg、若しくは約4.5cc/kgとすることができる。
【0017】
冷却材の化学的性質は、系統試験のために、RCS温度を、プラントに特有の態様で、通常の動作温度まで上昇させた後、周囲温度まで下降させる間に、一連の温度ホールドポイントまたは「プラトー」において維持することにより制御される。或る特定の実施態様では、冷却水の温度が約350°F以上になった時に、亜鉛および/またはリチウムおよび/または水素の添加を開始する。
【0018】
本発明はまた、新しい原子力発電所の一次系の金属表面をプレコア温態機能試験時に不動態化する方法を提供する。原子力発電所は、炉心と、冷却水が貫流する一次系とを有する。当該方法は、まずアルカリ性・還元相を開始し、次に酸性・還元相を開始し、さらに酸性・酸化相を開始することから成る。アルカリ性・還元相は、冷却水のpHをアルカリ性に維持するのに十分な量の水酸化物を添加しに、当該冷却水に亜鉛を添加することを含む。亜鉛を一次系の金属表面に接触させることにより、当該金属表面に亜鉛含有酸化物被膜を形成させる。酸性・還元相では、ホウ素濃度が約500ppm以上となるように冷却水にホウ素を添加して、25℃でのpHを約4.0〜5.6に調整する。或る特定の実施態様では、この相において亜鉛を引き続き添加することができる。酸性・酸化相では、冷却水に酸化剤を添加する。
【0019】
アルカリ性・還元相の開始に先立って、ヒドラジン(これに限らない)などの脱酸素剤を冷却水に添加することができる。脱酸素剤は、冷却水の温度が約250°F以下または約150°F以下の時に添加することができる。或る特定の実施態様では、化学量論的な酸素量の約1.5倍の量の脱酸素剤を添加する。別の実施態様では、冷却水中の酸素濃度が約100ppb以下になる量の脱酸素剤を添加する。
【0020】
アルカリ性・還元相は、約350°F以上の温度で実施できる。或る特定の実施態様において、アルカリ性・還元相は、原子力発電所の通常の動作温度を模した温度で実施できる。或る特定の実施態様において、通常の動作温度は約500°F〜約600°Fである。
【0021】
酸性・酸化相において、冷却水の温度が約180°F以下の時に酸化剤(例えば過酸化水素)の添加を開始できる。
【0022】
本発明はさらに、燃料の初期装荷および通常の出力運転に先立つ原子力発電所の前処理プロセス時に、原子力発電所の一次系と炉心とを貫流する冷却水への亜鉛の添加を制御する方法を提供する。この方法では、まず、当該冷却水中の濃度が約5ppbから約300ppbとなるのに十分な量の亜鉛と、水酸化物および水素から成る群より選択した1つ以上の化合物とを添加し、冷却水の温度を通常の動作温度まで上昇させてNOTプラトーを開始することから成る、アルカリ性・還元相を開始する。次いで、NOTプラトーの終わりまたは終わり近くで冷却水にホウ酸を添加すると共に随意的に亜鉛を添加することから成る酸性・還元相を開始する。さらに、冷却水に酸化剤を添加することから成る酸性・酸化相を開始する。
【図面の簡単な説明】
【0023】
本発明の詳細を、好ましい実施態様を例にとり、添付の図面を参照して以下に説明する。
【0024】
図1】本発明の或る特定の実施態様に基づく、プレコア温態機能試験時の原子炉冷却材温度に対応する化学的事象の転換点を示す概略図である。
【0025】
図2】亜鉛を用いた模擬的な温態機能試験で得られた、アロイ690の電解研磨表面上の不動態酸化物結晶を示す画像である。
【0026】
図3】亜鉛を用いた模擬的な温態機能試験で得られた、アロイ690の機械加工表面上の不動態酸化物結晶を示す画像である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明は概して、原子力発電所の一次系表面の前処理(例えば不動態化)に関する。この前処理は、新しい原子力発電所のプレコア温態機能試験(HFT)時に一次系表面に初期(プライマー)不動態被膜を形成することを含む。不動態被膜は、原子力発電所運転時の一次系表面の腐食および腐食物の離脱を抑制するのに役立つ。本発明に従って、この前処理プロセスは、新しい原子力発電所の通常運転開始前の炉心への原子燃料の初期装荷前に行われる。したがって前処理は、典型的には原子力発電所の通常運転により一次系表面に不動態被膜が形成される前に行われる。この前処理プロセスは、所定の化学的性質および時間・温度条件の下で行うことができる。前処理は、1)アルカリ性・還元相、2)酸性・還元相、3)酸性・酸化相という3つの相を含むことができる。各相は、特定の化学物質の添加および温度条件を伴うことがある。一般に、HFTは大方、アルカリ性・還元相で行われる。また、アルカリ性・還元相の少なくとも大半は、原子力発電所の通常の動作温度(NOT)を模した温度で行われる。NOTは様々であり、原子力発電所の特定の型式および設計に依存する。例えば、ウェスチングハウス社が設計したAP1000(登録商標)型PWRのNOTは約557°Fである。
【0028】
一般的に、HFTの前処理プロセスでは、原子力発電所の一次系を循環し、一次系表面に接触する冷却水に、例えば亜鉛などの添加物を添加し、その結果、亜鉛がとり込まれたクロムに富む酸化物が金属酸化物の表面に形成され、それにより、後続の通常のプラント運転時における腐食物の離脱が抑制される。
【0029】
説明を容易にするために、加圧水型原子炉(PWR)と一次系である原子炉冷却系(RCS)とを有する原子力発電所に関し、本発明に従った前処理プロセスについて説明する。前処理の時間、特に前処理プロセス中の各相の時間は様々であり、典型的には、実施する様々な系統試験に要する時間によって決まる。或る特定の実施態様では、3つの相のそれぞれの時間を、従来の試験を行うのに要する時間を超えて、前処理の不動態化プロセスにホールドポイントが存在するように予め決定することができる。また、各相の開始時または終了時の温度は代表的なものであり、具体的なプラントの設計および運転に応じて変わりうる。
【0030】
プレコアHFTの開始に先立って、RCSを脱塩水で満たす。ヒドラジンなどの脱酸素剤を低温でRCSおよび加圧器に添加し、原子炉冷却材中の酸素を除去する。ヒドラジンの添加により、原子力発電所において溶存酸素の濃度を調整できることが当技術分野で知られている。ヒドラジンの添加量は様々であり、典型的には、冷却水中の酸素濃度が100ppb以下になるよう調整する。或る特定の実施態様では、化学量論的な酸素存在量の1.5倍のヒドラジンを添加する。ヒドラジンは様々な温度で添加することができ、典型的には、約250°F以下または約150°F以下の原子炉冷却材温度で添加される。
【0031】
ヒドラジンを添加して加熱を開始した後、原子炉冷却材温度が約350°F以上に達した時に、アルカリ性・還元相を開始するための前処理の化学的性質を決定するべく、化学物質の添加を開始することができる。この相では亜鉛を添加する。また、腐食および腐食生成物の離脱率を抑制する目的で、アルカリ性pHを維持するために、水酸化物などの塩基を原子炉冷却材に添加することができる。例えば水酸化物などの塩基は、冷却水のpHがアルカリ性を示すのに十分な濃度とすることができる。或る特定の実施態様において、pHの範囲は、動作温度において約6.9〜約7.4、または25℃において約9.5〜約10.1である。本発明で使用する水酸化物などの適当な塩基は、当技術分野で公知であり、水酸化リチウム、水酸化ナトリウムおよびそれらの混合物(これらに限定されない)を含む。塩基が水酸化リチウムの場合、HFTにおける原子炉冷却材のpHが、通常の出力運転時の原子炉冷却材のpHを模したものになるよう、リチウム濃度を調整する。或る特定の実施態様において、リチウム濃度は、約0.3〜約2.0ppm、または約0.5ppmである。水酸化リチウムの量は、特定温度のpH(pH)が、産業界の経験に照らして通常の出力運転に最適と考えられる範囲内になるよう調整される。
【0032】
HFTの際に維持される亜鉛濃度は、出力運転時に一般的に使用される濃度より有意に高い。典型的には、通常の出力運転時に添加される亜鉛の濃度は約5〜10ppbであり、最大で40ppbである。前述のように、亜鉛は原子炉の出力運転時に燃料性能に悪影響を与える可能性があることが知られているため、この亜鉛に付随する燃料リスクに基づき亜鉛濃度が制限される。プレコア温態機能試験時には燃料は存在しないため、亜鉛が燃料性能に影響を与えるリスクは何もない。また、特定の理論の制約を受けるものではないが、新しいプラントでは金属表面が新鮮であって(一方、年数を経た稼働中のプラントの金属表面には酸化物被膜がすでに形成されている)、新たに形成される被膜に有意な量の亜鉛がとり込まれるため、酸化物格子中の欠陥が少なく非常に安定した酸化物の保護層が形成されると考えられる。欠陥が少ないと、酸化物被膜の電子伝導率とイオン伝導率とが低下して、金属と酸化物の界面および酸化物と溶液の界面のさらなる腐食反応が制限される。その結果、腐食生成物の離脱率が下がり、RCS表面への放射性コバルトのとり込みがさらに抑制される。したがって、出力運転に先立って金属表面を最大限亜鉛に曝すのが望ましい。本発明に基づく或る特定の実施態様において、プレコアHFT時の原子炉冷却材の亜鉛濃度は、約5ppbから約300ppb、または約10ppb以上から300ppb、または約40ppb以上から約300ppb、または約5ppbから約100ppb、または約10ppb以上から100ppb、若しくは約40ppb以上から約100ppbの範囲である。出力運転に先立って、亜鉛濃度を溶解限度より低く保ちつつ、金属表面を最大限亜鉛に曝すのが望ましい。
【0033】
アルカリ性・還元相の期間中にリチウムおよび亜鉛のほかに水素を添加することにより、還元性の化学環境を維持し、通常のプラント運転時に安定した酸化物に類する酸化物をRCS表面に形成することができる。或る特定の実施態様において、原子炉冷却材中の溶存水素の濃度は、約4cc/kg以上、または約4〜約50cc/kg、または約4〜約15cc/kg、または約15〜約30cc/kg、若しくは約4.5cc/kgである。したがって、アルカリ性・還元相の期間中、リチウム、水素および亜鉛の組み合わせを用いることにより、一次系表面にクロムおよび亜鉛に富む初期(プライマー)酸化物保護被膜を形成することができる。
【0034】
或る特定の実施態様では、低濃度のホウ酸(例えば約100ppm以下のホウ素)を原子炉冷却材に添加することができる。ホウ酸は、水酸化リチウムの濃縮に起因するステンレス鋼の応力腐食割れの防止に有益である。ホウ酸は原子炉冷却系で生成される酸化物のゼータ電位(RCS中の酸化物粒子の電荷)を変化させることが知られているので、粒子の浮遊性を高めてRCSから粒子を除去する目的でホウ酸を添加するのは特に好ましい。
【0035】
アルカリ性・還元相では、化学物質を添加することにより、通常の動作温度(NOT)に達する前に、冷却水が前処理向けの化学的性質を持つようにする。HFTがNOT状態の期間中(これを「NOTプラトー」と呼ぶ)、様々な試験を行うことができる。前処理向けの冷却水の化学的性質は、アルカリ性・還元相の残りの期間を通して、冷却水にホウ素が添加されるまでの間維持される。NOTプラトーの終わり(例えばアルカリ性・還元相の終わり)が近づくと、酸性・還元相を開始するために、原子炉冷却材にホウ素(例えばホウ酸)を添加する。
【0036】
酸性・還元相では、ホウ酸を添加し、酸性環境が生成されると、原子炉冷却材から水酸化リチウムを除去して、プラントの運転停止の化学状態を模擬する。或る特定の実施態様では、原子炉冷却材のホウ素濃度は約500ppm以上である。ホウ素を添加された原子炉冷却材は、高めの温度で、中性に比べて十分に酸性のpHを示す(例えば約4.0〜5.6)。冷却水にホウ素を添加する前のアルカリ性pHの期間を最大にするために、酸性・還元相は、実際的に可能な限りNOTプラトーの終わりに近い時点で開始させる。酸性・還元相の開始に伴って、亜鉛の添加をやめることができるが、随意的に亜鉛の添加を続けてもよい。ただし、酸性・還元相の期間中は、必要に応じて水素の添加を続けることにより、還元状態を維持する。
【0037】
次いで、温度を引き下げ、酸性・酸化相の期間中原子炉冷却材への酸素の投与に備えて、原子炉冷却材から水素を除去する。水素の除去を容易にする化学的脱ガスのために、過酸化水素(これに限らない)などの酸化剤を使用することができる。或る特定の実施態様では、ニッケルを溶存状態に保つのに十分な量の酸化剤を添加し(例えば酸素が約1ppm以上になるようにする)、ニッケルをイオン交換によって系統から除去しやすくする。また、或る特定の実施態様では、酸性・酸化相において、原子炉冷却材温度が約180°F〜約140°Fの範囲の時に酸化剤(例えば過酸化水素)の添加を開始し、温度がさらに低下する間、引き続き酸化剤を添加することができる。また、酸性・酸化相の期間中、例えば化学体積制御系を用いた浄化によって亜鉛を継続的に除去する。亜鉛注入が終わってプラントが冷却するときに、RCS表面から亜鉛が離脱する可能性があるので、残りの亜鉛がそのまま原子炉冷却材中に残存すると予想される。出力運転時に炉心に付着可能な腐食生成物の量を最小限に抑えるために、この相の期間中、溶存する腐食生成物と浮遊物質を減らすために継続的に浄化を行う。
【0038】
本発明は、先行技術に比べて様々な利益および利点があり、その非限定的な例として、前処理プレコア相の期間中に通常のプラント運転時には実現できない態様で亜鉛の添加を制御できること、さらには、前処理プレコア相の期間中にポストコアの通常出力運転時に比べて高い濃度の亜鉛を添加できることが挙げられる。
【0039】
プレコア温態機能試験の際に、新しい原子力発電所の運転可能性の評価に関連する従来の試験を行うことが当然考えられるが、対象となる期間には、昇温期間(例えば原子炉冷却材温度がNOTまで上昇)、NOTが維持される期間(例えばNOTプラトー)、および冷却期間(例えば原子炉冷却材温度がNOTから周囲温度まで低下)が含まれる。
【0040】
図1は、本発明の或る特定の実施態様に基づく、プレコアHFTの際に様々なRCS温度で起きる化学的転換点を例示する。図1に示すように、プレコアHFTの各温度プラトーの期間を通して様々な化学的事象が変化する。図1は、転換点1〜7を示す。RCS温度は、転換点1から転換点4(NOTへの到達)にかけて、概して上昇(加熱)する。NOTでの試験後に、RCS温度は概して下降(冷却)する。転換点1および2は、HFTの開始時のアルカリ性・還元相の開始に先立つところにある。転換点1では、RCS温度が約150°Fを超える前にヒドラジンの目標が達成される。転換点2では、原子炉冷却材および加圧器の温度が約250°Fを超える前に、低酸素状態が達成される。アルカリ性・還元相の開始に関連する転換点3では、約350°F以上のRCS温度でリチウム、水素および亜鉛の添加が開始される。図1に示すように、転換点3と4の間に、RCS温度が約350°FからNOT(例えば約557°F)に上昇する。転換点4では、NOTに達する前に、リチウム、水素および亜鉛の目標が達成されて、アルカリ性・還元条件が実現される。温度557°Fの水平線は、NOTプラトーを表す。前述のように、試験は一般的にNOTプラトーの期間中に行われる。周囲温度からNOTへの昇温時とNOTから周囲温度への冷却時にも試験を行うことができる。NOTプラトーの最後にある転換点5では、原子炉冷却材にホウ素を添加することにより、酸性・還元条件が達成される。転換点5と6の間に、RCS温度は低下する。転換点6では、酸素化を制御するための準備として水素の脱ガスを完了する。酸性・酸化相における転換点7では、原子炉冷却材および加圧器の温度が約180°F以下の時に過酸化水素を添加することにより、酸性・酸化条件が達成される。この相では、腐食生成物の除去を最大にして、燃料に付着して放射化する可能性のある腐食生成物の量を最小にすることにより、燃料の性能を向上させ、プラントの線量率を最小限に抑える。
【0041】
本発明に従って、周知のPWR一次冷却系材料としてのアロイ690および304ステンレス鋼片を用いて模擬試験を行った。代表的な表面仕上げとして、試験片数個の表面の一部を環境曝露に先立って電解研磨し、他の試験片を機械研磨した。亜鉛を用いたHFT試験では、腐食に伴う重量減少の実験を行った。その結果、アロイ690材料(PWR一次系で表面積が最大の材料)の腐食は無視できる程度であった。電解研磨されたアロイ690表面の酸化物不動態被膜は、図2に示すように非常に緻密で保護性が高かった。機械研磨されたアロイ690表面の酸化物不動態被膜は、図3に示すように、よく成長しているが、約100ナノメートルの非常に細粒の酸化物結晶から成るものであった。
【0042】
ここに開示した特定の実施態様は説明目的だけのものであり、本発明の範囲を何らも制約せず、本発明の範囲は添付の特許請求の範囲に記載の全範囲およびその全ての均等物である。
図1
図2
図3