特許第6703959号(P6703959)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6703959
(24)【登録日】2020年5月13日
(45)【発行日】2020年6月3日
(54)【発明の名称】電着塗装設備
(51)【国際特許分類】
   C25D 13/00 20060101AFI20200525BHJP
【FI】
   C25D13/00 C
【請求項の数】2
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-65286(P2017-65286)
(22)【出願日】2017年3月29日
(65)【公開番号】特開2018-168401(P2018-168401A)
(43)【公開日】2018年11月1日
【審査請求日】2019年2月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000149790
【氏名又は名称】株式会社大気社
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】特許業務法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】小池 俊彦
(72)【発明者】
【氏名】佐古田 靖彦
(72)【発明者】
【氏名】林 慶一
(72)【発明者】
【氏名】高木 英幸
(72)【発明者】
【氏名】金原 真奈美
【審査官】 池田 安希子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−013286(JP,A)
【文献】 特開2002−206195(JP,A)
【文献】 特開平11−106996(JP,A)
【文献】 特開2004−315838(JP,A)
【文献】 特開2000−119897(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電着槽における槽内の塗料液中に被塗物を浸漬させるとともに、複数のノズルにより前記電着槽の槽内に前記塗料液を噴出する電着塗装設備であって、
複数の前記ノズルは、前記槽内の塗料液中に浸漬させた前記被塗物の各部に対して前記塗料液を吹き付ける状態に分散させて配置し、
前記被塗物の横向き外面部分における被塗物表面に沿う方向での前記被塗物に対する前記塗料液の相対速度と、その横向き外面部分に形成される塗膜の平滑性との相関、
及び、前記被塗物の上向き外面部分における被塗物表面に沿う方向での前記被塗物に対する前記塗料液の相対速度と、その上向き外面部分に形成される塗膜の平滑性との相関において、
前記横向き外面部分で得られる前記平滑性と前記上向き外面部分で得られる前記平滑性とが同等になる共通の前記相対速度が存在することに対し、
その共通の相対速度の30%減〜10%増の範囲を目標範囲として、前記横向き外面部分における前記相対速度、及び、前記上向き外面部分における前記相対速度がともに前記目標範囲内になる状態に、前記ノズル夫々の配置又は前記ノズル夫々の塗料液噴出圧力を設定してある電着塗装設備。
【請求項2】
前記共通の相対速度の20%減〜10%増の範囲を前記目標範囲にしてある請求項1記載の電着塗装設備。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電着槽における槽内の塗料液中に被塗物を浸漬させるとともに、複数のノズルにより前記電着槽の槽内に前記塗料液を噴出する電着塗装設備に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、この種の電着塗装設備では、複数のノズルにより電着槽の槽内に塗料液を噴出させるなどにより、電着槽の槽内における塗料液の全体を一様な流速で一方向に流動させるようにし、また、その塗料液流動により、槽内の塗料液に浸漬させた被塗物と塗料液との相対速度として10〜25cm/秒の相対速度を確保するようにし、これにより、塗料液中における顔料や凝集塗料粒子並びに塗料液中における金属粉などのゴミが、被塗物の水平部へ降り積もった状態で被塗物に定着するのを防止することが提案されている。(下記の特許文献1を参照)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平11−106996号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、一般的な電着塗装用の塗料液は、平均粒径が0.1〜10μm程度の大粒径の顔料粒子(厳密には樹脂で覆われた顔料粒子)と、塗料の主成分となる平均粒径が20〜100nm程度の微細な主成分樹脂粒子とを含むが、顔料粒子は主成分樹脂粒子より比重が大きくて沈降し易い。
【0005】
このため、被塗物Wの横向き外面部分ws(即ち、縦姿勢の外面部分)では、顔料粒子aが横向き外面部分wsに沿って下方に沈降してしまうことで、電気的な引力により主成分樹脂粒子bとともに横向き外面部分wsに定着する顔料粒子aが少なく、これが原因で、図5(a)において模式的に示すように、主成分樹脂粒子bの集合内に顔料粒子aがほぼ完全に埋まった状態で存在する形態の塗膜Tが、横向き外面部分wsに形成される。
【0006】
これに対して、被塗物Wの上向き外面部分wr(即ち、特許文献1で言う被塗物の水平部)では、顔料粒子aが沈降して上向き外面部分wrに堆積することで、主成分樹脂粒子bとともに上向き外面部分wrに定着する顔料粒子aが過多傾向になり、これが原因で、図5(b)において模式的に示すように、主成分樹脂粒子bの集合内に完全には埋まり切らない顔料粒子aが多く存在する形態の塗膜Tが、上向き外面部分wrに形成される。
【0007】
そして、このことが原因で、電着塗装では、被塗物Wの上向き外面部分wrに形成される塗膜Tが、横向き外面部分wsに形成される塗膜Tに比べ粗い塗膜になって、上向き外面部分wrにおける塗膜Tの平滑性が横向き外面部分wsにおける塗膜Tの平滑性に比べ低くなる問題があるが、この平滑性の問題は、上記特許文献1に示された提案技術でも未だ十分には解消できていないのが実情である。
【0008】
この実情に鑑み、本発明の主たる課題は、電着塗装において被塗物の各部に形成される塗膜の平滑性を効果的に均一化して塗装品質を高め、また併せて、ランニングコストの低減も可能にする点にある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1特徴構成は電着塗装設備に係り、その特徴は、
電着槽における槽内の塗料液中に被塗物を浸漬させるとともに、複数のノズルにより前記電着槽の槽内に前記塗料液を噴出する電着塗装設備であって、
複数の前記ノズルは、前記槽内の塗料液中に浸漬させた前記被塗物の各部に対して前記塗料液を吹き付ける状態に分散させて配置し、
前記被塗物の横向き外面部分における被塗物表面に沿う方向での前記被塗物に対する前記塗料液の相対速度と、その横向き外面部分に形成される塗膜の平滑性との相関、
及び、前記被塗物の上向き外面部分における被塗物表面に沿う方向での前記被塗物に対する前記塗料液の相対速度と、その上向き外面部分に形成される塗膜の平滑性との相関において、
前記横向き外面部分で得られる前記平滑性と前記上向き外面部分で得られる前記平滑性とが同等になる共通の前記相対速度が存在することに対し、
その共通の相対速度の30%減〜10%増の範囲を目標範囲として、前記横向き外面部分における前記相対速度、及び、前記上向き外面部分における前記相対速度がともに前記目標範囲内になる状態に、前記ノズル夫々の配置又は前記ノズル夫々の塗料液噴出圧力を設定してある点にある。
【0010】
つまり、この第1特徴構成では、前記した特許文献1に示される提案技術のように、電着槽の槽内における塗料液の全体を一様な流速で一方向に流動させるだけでは、被塗物表面に沿う方向での被塗物に対する塗料液の相対速度(以下、単に相対速度Vと言う)を被塗物の各部について個別に最適化するのは難しいことから、複数のノズルは、槽内の塗料液中に浸漬させた被塗物の各部に対して塗料液を吹き付ける状態に分散させて配置し、これにより、各ノズルの配置や各ノズルの塗料液噴出圧力を調整することで、上記相対速度Vを被塗物の各部について個別に最適化できるようにする。
【0011】
一方、上記相対速度Vと被塗物の各部に形成される塗膜の平滑性との相関について研究した結果、一般的な電着用塗料液を用いた場合、被塗物の横向き外面部分については、図3における◆印のグラフで示されるように、相対速度Vが変化しても塗膜の平滑性がそれほど変化しないのに対し、被塗物の上向き外面部分については、同図3における■印のグラフで示されるように、相対速度Vが大きくなると塗膜の平滑性が大きく向上する。
(注:図3の縦軸では塗膜の粗さで塗膜の平滑性を表現しているため、縦軸の下側ほど、塗膜粗さが小さくなって塗膜の平滑性が高くなることを示している。)
【0012】
この傾向は、横向き外面部分では、横向き外面部分に沿って下方へ沈降してしまう顔料粒子が元々多くて、相対速度Vが変化したとしても、主成分樹脂粒子とともに横向き外面部分に定着する顔料粒子の量はそれほど変化しないのに対し、上向き外面部分では、相対速度Vが大きくなると、顔料粒子の上向き外面部分への沈降堆積が阻害されて、主成分樹脂粒子とともに上向き外面部分に定着する顔料粒子の量が大きく減少するためと考えられる。
【0013】
また、このような傾向があることで、横向き外面部分についての上記相関を示す◆印のグラフと、上向き外面部分についての上記相関を示す■印のグラフとは交点を有し、横向き外面部分で得られる塗膜の平滑性と上向き外面部分で得られる塗膜の平滑性とが同等になる共通の相対速度Vxが存在する。
【0014】
そして、これらのグラフから分かるように、横向き外面部分における相対速度V及び上向き外面部分における相対速度Vがいずれも、上記共通の相対速度Vx(この例では、≒45cm/秒)の30%減〜10%増の範囲内にある状況(0.7Vx≦V≦1.1Vx)では、横向き外面部分で得られる塗膜の平滑性と上向き外面部分で得られる塗膜の平滑性との差の最大値(即ち、塗膜粗さの差の最大値)は、0.05μm(=0.26μm−0.21μm)程度になる。
【0015】
これに対し、横向き外面部分及び上向き外面部分の夫々における相対速度Vがともに、前記特許文献1で示された25cm/秒であるとすると、同図3において、横向き外面部分で得られる塗膜の平滑性と上向き外面部分で得られる塗膜の平滑性との差は、0.08μm(=0.29μm−0.21μm)程度になる。
【0016】
即ち、横向き外面部分及び上向き外面部分の夫々における相対速度Vがともに、上記共通の相対速度Vxの30%減〜10%増の範囲内にある場合では、それら相対速度Vがともに25cm/秒である場合に比べ、横向き外面部分で得られる塗膜の平滑性と上向き外面部分で得られる塗膜の平滑性との均一性が、少なくとも37%(=100×[0.08μm−0.05μm]/0.08μm)以上ほどは向上する。
【0017】
したがって、上記第1特徴構成によれば、塗料液種などの条件によって多少の差はあるにしても、従前に比べ、電着塗装で被塗物の各部に形成される塗膜の平滑性を効果的に均一化することができ、これにより、塗装品質を効果的に高めることができる。
【0018】
また、上記第1特徴構成によれば、このように効果的に塗膜の平滑性を均一化できることで、電着槽における塗料液を槽内の全体にわたらせる形態で流動させることを不要ないし軽微することができて、塗料液の給送に要するポンプ動力を削減することができ、この点で、ランニングコストの低減も可能になる。
【0019】
そしてまた、被塗物が、外部に対して制限された状態で連通する内部空間を有する構造である場合、被塗物の外面側は内面側に比べ槽内電極よる電流効果が及び易いなどのことで塗膜の厚さが大きくなる傾向があるが、上記第1特徴構成によれば、被塗物に対する上記相対速度の影響が内面側に比べ外面側の方が大きいことで、被塗物の外面側における塗膜厚さの過大化傾向も抑制して、被塗物の外面側と内面側との塗膜厚さの均一性(所謂つきまわり性)も高めることでき、また、そのことで、被塗物外面側での塗膜厚さの過大化による塗料の浪費を抑制して、塗料コストも安価にすることができる。
【0020】
本発明の第2特徴構成は、第1特徴構成の実施に好適な実施形態を特定するものであり、その特徴は、
前記共通の相対速度の20%減〜10%増の範囲を前記目標範囲にしてある点にある。
【0021】
つまり、図3のグラフでは、横向き外面部分及び上向き外面部分の夫々における相対速度Vがいずれも、前記共通の相対速度Vxの20%減〜10%増の範囲内にある状況(=0.8Vx≦V≦1.1Vx)では、横向き外面部分で得られる塗膜の平滑性と上向き外面部分で得られる塗膜の平滑性との差の最大値は、0.03μm(=0.24μm−0.21μm)程度になる。
【0022】
即ち、横向き外面部分及び上向き外面部分の夫々における相対速度Vがともに、前記特許文献1で示された25cm/秒である場合、前述の如く、横向き外面部分で得られる塗膜の平滑性と上向き外面部分で得られる塗膜の平滑性との差は0.08μm(=0.29μm−0.21μm)程度になるから、これに比べ、横向き外面部分及び上向き外面部分の夫々における相対速度Vがともに、共通の相対速度Vxの20%減〜10%増の範囲内にある場合、横向き外面部分で得られる塗膜の平滑性と上向き外面部分で得られる塗膜の平滑性との均一性は、少なくとも62%(=100×[0.08μm−0.03μm]/0,08μm)以上ほども向上する。
【0023】
したがって、上記第2特徴構成によれば、第1特徴構成と同様、塗料液種などの条件によって多少の差はあるにしても、電着塗装で被塗物に形成される塗膜の平滑性を一層効果的に均一化することができる。
【0024】
なお、上記した第1又は第2特徴構成の実施においては、
塗料液を平行状態で同じ向きに噴出する隣り合う前記ノズルどうしの間の間隔を、それら隣り合うノズル夫々の被塗物表面上におけるノズル対向点どうしの間のいずれの箇所においても、前記目標範囲内の前記相対速度が得られる間隔に設定するのが望ましい。
【0025】
つまり、塗料液を平行状態で同じ向きに噴出するノズルを隣り合わせに配置することで、被塗物の表面上における塗料液の吹付面積を大きく確保するのに、それら隣り合うノズルどうしの間の間隔が過大であると、それらノズルの被塗物表面上におけるノズル対向点夫々の近傍では、前記目標範囲内の相対速度Vが得られるとしても、被塗物表面上におけるノズル対向点どうしの間の中央部では、塗料液の吹付け作用が十分に及ばず、前記目標範囲内の相対速度Vが得られなくなる。
【0026】
これに対し、それら隣り合うノズルどうしの間の間隔をある程度まで小さくすると、それらノズルの夫々から噴出した塗料液流の各々による誘因作用の相乗効果で、それら噴出した塗料液流どうしの間に塗料液の強い誘引流を生じさせることができ、この強い誘因流により、それらノズル夫々の被塗物表面上におけるノズル対向点どうしの間の中央部にも塗料液の吹付け作用が十分に及ぶようにすることができる。
【0027】
したがって、上記のようにノズルどうしの間の間隔を設定すれば、被塗物表面上のノズル対向点どうしの間での塗膜平滑性のムラも解消することができ、この点で、電着塗装において被塗物の各部に形成される塗膜の平滑性の均一化を一層効果的に達成することができる。
【0028】
本発明とは別の参考例として、
電着槽における槽内の塗料液中に被塗物を浸漬させるとともに、複数のノズルにより前記電着槽の槽内に前記塗料液を噴出する電着塗装設備であって、
複数の前記ノズルは、前記槽内の塗料液中に浸漬させた前記被塗物の各部に対して前記塗料液を吹き付ける状態に分散させて配置し、
前記被塗物の横向き外面部分における被塗物表面に沿う方向での前記被塗物に対する前記塗料液の相対速度と、その横向き外面部分に形成される塗膜の平滑性との相関、
及び、前記被塗物の上向き外面部分における被塗物表面に沿う方向での前記被塗物に対する前記塗料液の相対速度と、その上向き外面部分に形成される塗膜の平滑性との相関において、
前記横向き外面部分で得られる前記平滑性と前記上向き外面部分で得られる前記平滑性とが同等になる共通の前記相対速度が存在することに対し、
前記上向き外面部分における前記相対速度が、前記共通の相対速度以下で、かつ、前記横向き外面部分における前記相対速度より大きくなる状態に、前記ノズル夫々の配置又は前記ノズル夫々の塗料液噴出圧力を設定するようにしてもよい。
【0029】
つまり、この参考例においても、前記した特許文献1に示される提案技術のように、電着槽の槽内における塗料液の全体を一様な流速で一方向に流動させるだけでは、前記相対速度V(被塗物表面に沿う方向での被塗物に対する塗料液の相対速度)を被塗物の各部について個別に最適化するのは難しいことから、複数のノズルは、槽内の塗料液中に浸漬させた被塗物の各部に対して塗料液を吹き付ける状態に分散させて配置し、これにより、各ノズルの配置や各ノズルの塗料液噴出圧力を調整することで、上記相対速度Vを被塗物の各部について個別に最適化できるようにする。
【0030】
一方、前記した図3における◆印のグラフ及び■印のグラフから分かるように、被塗物の横向き外面部分については、相対速度Vが変化しても塗膜の平滑性がそれほど変化しないのに対し、前記共通の相対速度Vx以下の速度範囲では、被塗物の上向き外面部分における相対速度Vが大きくなるほど、その上向き外面部分に形成される塗膜の平滑性は高くなる。
【0031】
即ち、共通の相対速度Vx以下の速度範囲では、上向き外面部分における相対速度Vが大きくなるほど、上向き外面部分で得られる塗膜の平滑性は、横向き外面部分で得られる塗膜の平滑性に近付く。
【0032】
したがって、上記参考例によれば、電着槽の槽内における塗料液の全体を一様な流速で一方向に流動させるだけの特許文献1の提案技術に比べ、電着塗装で被塗物の各部に形成される塗膜の平滑性を一層確実に均一化することができ、これにより、塗装品質の向上を一層確実に達成することができる。
また、上記参考例によれば、このように確実に塗膜の平滑性を均一化することができて、電着槽における塗料液を槽内の全体にわたらせる形態で流動させることを不要ないし軽微し得ることで、そしてまた、横向き外面部分及び上向き外面部分の夫々における相対速度Vを前記共通の相対速度Vx以下で済ませられることで、塗料液の給送に要するポンプ動力を一層削減することができ、この点で、ランニングコストの一層の低減も可能になる。
【0033】
なお、上記参考例においては、
前記横向き外面部分における前記相対速度が、前記共通の相対速度の40%減以上で前記共通の相対速度より小さい範囲内にあるようにするのが望ましい。
【0034】
つまり、図3のグラフでは、被塗物の横向き外面部分における相対速度Vが、前記共通の相対速度Vxの40%減である状況(V=0.6Vx)では、横向き外面部分に形成される塗膜の平滑性と上向き外面部分に形成される塗膜の平滑性との差は、概ね0.07μm(=0.28μm−0.21μm)となる。
【0035】
これに対し、横向き外面部分及び上向き外面部分の夫々における相対速度Vがともに、前記特許文献1で示された25cm/秒であるとすると、同図3において、横向き外面部分で得られる塗膜の平滑性と上向き外面部分で得られる塗膜の平滑性との差は、0.08μm(=0.29μm−0.21μm)程度になる。
【0036】
即ち、前記参考例において上記のように横向き外面部分における相対速度が共通の相対速度の40%減以上で共通の相対速度より小さい範囲内にあるようにすれば、横向き外面部分で得られる塗膜の平滑性と上向き外面部分で得られる塗膜の平滑性との均一性を、少なくとも12%(=[0.08μm−0.07μm]/0,08μm)以上ほどは、確実に高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
図1】電着槽の概略構造を示す側面図
図2】電着槽の概略構造を示す平面図
図3】塗料液相対速度と塗膜平滑性との相関を示す図表
図4】塗料液相対速度と塗膜厚さとの相関を示す図表
図5】従来における塗膜構造を示す模式図
【発明を実施するための形態】
【0038】
〔第1実施形態〕
図1及び図2は、組立前の自動車ボディWを塗装対象の被塗物とする電着槽を示し、この電着槽1は舟形形状にし、槽内には塗料液Lを貯留してある。
【0039】
電着槽1の両側壁部1aには夫々、槽内の塗料液Lに浸漬させる状態で槽側の電極(図示は省略)を配置してあり、これに対し、被塗物である自動車ボディWは、対極側の電極(図示は省略)に対して電気的に接続した状態で槽内の塗装液Lに浸漬させる。
【0040】
つまり、この電着槽1では、組立前の自動車ボディWに対する電着塗装として、自動車ボディWを槽内の塗料液Lに浸漬させることで、塗料液L中の塗料成分を電気的泳動により自動車ボディWの外面及び内面に定着させ、これにより、自動車ボディWの内外面に塗膜を形成する。
【0041】
自動車ボディWは、搬送装置2による吊下げ形態での搬送に伴い、その搬送装置2により、電着槽1における一端部の入槽部1Aにおいて槽内の塗料液L中に浸漬させ、この入槽に続き、塗料液L中への浸漬状態を保った状態で、電着槽1における他端部の出槽部1Bに向けて槽内進行させる。
【0042】
そして、出槽部1Bに至った自動車ボディWは、搬送装置2による搬送に伴い、槽内の塗料液Lから引き上げ、この出槽に続いて後続工程部に送る。
【0043】
電着槽1の槽外には液処理装置3を装備してあり、この液処理装置3は、電着槽1から出槽部1B側の付属槽4へ浮上性のゴミなどとともにオーバーフローした塗料液L、及び、電着槽1における出槽部1B側の底部から沈降性のゴミなどともに抜き出した塗料液Lに対して除塵処理及び温度調整処理を施す。
【0044】
電着槽1の槽内には、塗料液Lを槽内に噴出する多数の塗料液ノズル5A,5Bを装備してあり、これら塗料液ノズル5A,5Bには、液処理装置3により処理された塗料液Lが塗料液ポンプPにより給送される。
【0045】
即ち、槽内の塗料液Lは、液処理装置3において除塵処理及び温度調整処理を施しながら循環使用し、自動車ボディWとともに電着槽1から持ち出されるなどして塗料液Lが減量する分だけ、新鮮な塗料液Lを補給路から電着槽1に供給する。
【0046】
多数の塗料液ノズル5A,5Bは、その目的から吹付用ノズル5Aと対流用ノズル5Bとに区分され、吹付用ノズル5Aは電着槽1の両側壁部1aに配置するのに対し、対流用ノズル5Bは、出槽部1Bの側に向けて塗料液Lを噴出させる姿勢で電着槽1の槽底部に配置してある。
【0047】
つまり、これら対流用ノズル5Bから塗料液Lを噴出させることで、電着槽1における槽内の塗料液Lを、電着槽1の底部では槽底に沿って入槽部1Aの側から出槽部1Bの側に向って流れ、かつ、槽内塗料液Lの上層部では出槽部1Bの側から入槽部1Aの側に向って流れる対流的な流動形態で、電着槽1の槽内全体にわたらせて流動させるようにしてあり、これにより、自動車ボディWとともに槽内に持ち込まれるなどして塗料液L中に混入した浮遊性や沈降性のゴミなどが塗料液Lとともに槽内から排出されて液処理装置3へ送出されるのを促進する。
【0048】
一方、吹付用ノズル5Aは、それら吹付用ノズル5Aを所定間隔で自動車ボディWの槽内進行方向に並べたノズル列Ra〜Rcを、上段ノズル列Raと中段ノズル列Rbと下段ノズル列Rcとの3段配置にして、電着槽1における両側壁部1aの夫々に装備してあり、これら吹付用ノズル5Aの夫々は、電着槽1の側壁部1aに対して所定角度(例えば15°程度)だけ槽内側に傾けた斜め向き姿勢で入槽部1Aの側に塗料液Lを噴出させる状態に配置してある。
【0049】
そして、上段ノズル列Raは、槽内進行する自動車ボディWのルーフ部外面wrに対応する高さに配置してあり、これにより、自動車ボディWが槽内進行するのに併行して、自動車ボディWの上向き外面部分であるルーフ部外面wrには、上段ノズル列Raにおける吹付用ノズル5Aから噴出した塗料液Lが、ルーフ部外面wrに沿う吹き付け形態で吹き付けられる。
【0050】
また、中段ノズル列Rb及び下段ノズル列Rcは、槽内進行する自動車ボディWのサイド部外面wsにおける上部及び下部の夫々に対応する高さに配置してあり、これにより、自動車ボディWが槽内進行するのに併行して、自動車ボディWの横向き外面部分であるサイド部外面wsの上部及び下部には、中段ノズル列Rbにおける吹付用ノズル5Aから噴出した塗料液L、及び、下段ノズル列Rcにおける吹付用ノズル5Aから噴出した塗料液Lが各別に吹き付けられる。
【0051】
したがって、この電着槽1において、槽内塗料液L中への浸漬状態で槽内進行させる自動車ボディWの各部における塗料液Lの相対速度V(即ち、自動車ボディWの各部におけるボディ表面に沿う方向での自動車ボディWに対する塗料液Lの相対速度)は、対流的に槽内流動する塗料液Lの流速と、槽内進行する自動車ボディWの進行速度と、各吹付用ノズル5Aにより自動車ボディ各部に吹き付けられる塗料液Lの吹付け流速との自動車ボディ各部における合成速度となる。
【0052】
ところで、電着塗装では、被塗物の横向き外面部分と上向き外面部分とで塗膜の平滑性に差が生じる問題があるが、上記相対速度Vと塗膜平滑性との相関を示す図3における◆印のグラフ及び■印のグラフから分かるように、横向き外面部分で得られる塗膜の平滑性と上向き外面部分で得られる塗膜の平滑性とが同等になる共通の相対速度Vxが存在し、横向き外面部分及び上向き外面部分の夫々における相対速度Vがともに、この共通の相対速度Vxの近傍となるようにすれば、横向き外面部分に形成される塗膜の平滑性と上向き外面部分に形成される塗膜の平滑性とが効果的に均一化される。
【0053】
このことから、本例の電着槽1では、上記共通の相対速度Vxの30%減〜10%増の範囲を目標範囲Xとして、上向き外面部分である自動車ボディWのルーフ部外面wrにおける上記相対速度V、及び、横向き外面部分である自動車ボディWのサイド部外面wsにおける上記相対速度Vがともに、この目標範囲Xの範囲内(0.7Vx≦V≦1.1Vx)になるように、各ノズル列Ra〜Rcにおける吹付用ノズル5A夫々の塗料液噴出圧力を設定してあり、これにより、自動車ボディWのルーフ部外面wrで得られる塗膜の平滑性と自動ボボディのサイド部外面wsで得られる塗膜の平滑性とを均一化するようにしてある。
【0054】
また、上下方向において隣り合う中段ノズル列Rbと下段ノズル列Rcとの間の間隔dは、中段ノズル列Rbの吹付用ノズル5A及び下段ノズル列Rcの吹付用ノズル5BAの夫々から噴出した塗料液流の各々による誘因作用の相乗効果で、中段ノズル列Rbにおける吹付用ノズル5Aのサイド部外面ws上におけるノズル対向点と、下段ノズル列Rcにおける吹付用ノズル5Aのサイド部外面ws上におけるノズル対向点との間のいずれの箇所においても上記目標範囲X内の相対速度Vが得られる間隔にしてあり、これにより、サイド部外面wsにおけるノズル対向点どうしの間での塗膜平滑性のムラも解消するようにしてある。
【0055】
そしてまた、外部に対して制限された状態で連通する内部空間を有する被塗物の場合、被塗物の外面側は内面側に比べ槽内電極よる電流効果が及び易いなどのことで塗膜の厚さが大きくなる傾向があるが、前記相対速度Vと塗膜厚さとの相関を示す図4における◆印のグラフ及び■印のグラフから分かるように、被塗物の横向き外面部分及び上向き外面部分の夫々における相対速度Vが、上記共通の相対速度Vxの近傍であれば、被塗物に対する上記相対速度の影響が内面側に比べ外面側の方が大きいことで、被塗物の横向き外面部分や上向き外面部分での塗膜厚さの過大化傾向も抑制することができる。
【0056】
したがって、自動車ボディWにおけるルーフ部外面wr及びサイド部外面wsの夫々における上記相対速度Vがともに上記目標範囲Xの範囲内になるようにする本例の電着槽1では、自動車ボディWの外面側と内面側との塗膜厚さの均一性(所謂つきまわり性)も高めることでき、また、そのことで塗料の浪費を抑制して塗料コストも安価にすることができる。
【0057】
なお、上記の例では、共通の相対速度Vxの30%減〜10%増の範囲を目標範囲Xとしたが、可能であれば、共通の相対速度Vxの20%減〜10%増の範囲を目標範囲Xとして、塗膜平滑性の均一化を一層効果的に達成できるようにしてもよい。
【0058】
〔参考例〕
上記した第1実施形態では、自動車ボディWのサイド部外面ws及びルーフ部外面wrの夫々における前記相対速度Vがともに目標範囲Xの範囲内になるように、吹付用ノズル5A夫々の塗料液噴出圧力を設定する例を示したが、これに代え、電着槽1の構造や塗料液ノズル5A,5Bの配置などは第1実施形態と同様にしながらも、上向き外面部分であるルーフ部外面wrにおける前記相対速度Vが、前記共通の相対速度Vx以下で、かつ、横向き外面部分であるサイド部外面wsにおける前記相対速度Vより大きくなる状態に、各ノズル列Ra〜Rcにおける吹付用ノズル5A夫々の塗料液噴出圧力を設定するようにしてもよい。
【0059】
つまり、前記した図3における◆印のグラフ及び■印のグラフから分かるように、被塗物の横向き外面部分については、相対速度Vが変化しても塗膜の平滑性がそれほど変化しないのに対し、前記共通の相対速度Vx以下の速度範囲では、被塗物の上向き外面部分における相対速度Vが大きくなるほど、その上向き外面部分に形成される塗膜の平滑性は高くなる。
【0060】
したがって、上記のように、上向き外面部分であるルーフ部外面wrにおける前記相対速度Vが、前記共通の相対速度Vx以下で、かつ、横向き外面部分であるサイド部外面wsにおける前記相対速度Vより大きくなる状態に、各ノズル列Ra〜Rcにおける吹付用ノズル5A夫々の塗料液噴出圧力を設定すれば、電着塗装で自動車ボディWの各部に形成される塗膜の平滑性を一層確実に均一化することができ、また、サイド部外面ws及びルーフ部外面wrの夫々における相対速度Vを前記共通の相対速度Vx以下で済ませられることで、塗料液Lの給送に要するポンプ動力も一層低減することができる。
【0061】
なお、この参考例においても、中段ノズル列Rbと下段ノズル列Rcとの間の間隔dは、中段ノズル列Rbにおける吹付用ノズル5Aのサイド部外面ws上におけるノズル対向点と、下段ノズル列Rcにおける吹付用ノズル5Aのサイド部外面ws上におけるノズル対向点との間のいずれの箇所においても、それらノズル対向点における前記相対速度Vと同等な相対速度Vが得られる間隔にし、これにより、サイド部外面wsにおけるノズル対向点どうしの間での塗膜平滑性のムラも解消するのが望ましい。
【0062】
また、この参考例では、サイド部外面wsにおける前記相対速度Vが、前記共通の相対速度Vxの40%減以上で前記共通の相対速度Vxより小さい範囲(0.6Vx≦V<Vx)内になるようにするのが望ましい。
【0063】
〔別実施形態〕
次の本発明の別の実施形態を列記する。
【0064】
吹付用ノズル5A各々の配置は、図1図2に示した配置に限られるものではなく、例えば、自動車ボディWのルーフ部外面wrに対して塗料液Lを吹き付ける吹付用ノズル5Aを、槽内進行させる自動車ボディWの直上方に位置させる状態に配置するなど、被塗物である自動車ボディWの各部に対して塗料液Lを吹き付ける吹付用ノズル5A各々の配置は種々の変更が可能である。
【0065】
また、電着槽1における槽内の塗料液Lを対流状に流動させるための対流用ノズル5Bの配置も種々の変更が可能であり、場合によっては、対流用ノズル5Bを省略するようにしてもよい。
【0066】
サイド部外面wsやルーフ部外面wrにおける前記相対速度Vを所要の速度に調整するのに、吹付用ノズル5Aにおける塗料液噴出圧力の調整に加えて、吹付対象箇所に対する吹付用ノズル5Aの離間距離の調整や向きの調整などを組み合わせるようにしてもよく、また、塗料液噴出圧力を固定した吹付用ノズル5Aの吹付対象箇所に対する離間距離や向きなどを調整することだけで、サイド部外面wsやルーフ部外面wrにおける前記相対速度Vを所要の速度に調整するようにしてもよい。
【0067】
自動車ボディWにおける斜め向き外面部分は、前記相対速度Vと塗膜平滑性との相関について、横向き外面部分であるサイド部外面wsと上向き外面部分であるルーフ部外面wrとの間の中間的な性状を有することから、その斜め向き外面部分に対して塗料液Lを吹き付ける吹付用ノズル5Aを付加して、自動車ボディWにおけるサイド部外面wsとルーフ部外面wrと斜め向き外面部分との夫々における前記相対速度Vがともに前記目標範囲Xの範囲内になるように、自動車ボディWの各部に対する吹付用ノズル5Aの配置や塗料液噴出圧力を設定するようにしてもよい。
【0068】
また、前記参考例では、ルーフ部外面wrにおける前記相対速度Vが、前記共通の相対速度Vx以下で、かつ、サイド部外面wsにおける前記相対速度Vより大きくなり、さらに、斜め向き外面部分における前記相対速度Vが、サイド部外面wsにおける前記相対速度Vより大きく、かつ、ルーフ部外面wrにおける前記相対速度Vより小さくなるように、自動車ボディWの各部に対する吹付用ノズル5Aの配置や塗料液噴出圧力を設定するようにしてもよい。
【0069】
被塗物は自動車ボディWに限られるものではなく、自動車部品や家電製品のケーシングあるいは建築用構造材など種々の被塗物に対する電着塗装に本発明は適用することができる。
【0070】
また、被塗物は、外部に対して制限された状態で連通する内部空間を有する構造のものに限らず、密閉された内部空間を有する構造や中実構造のものであってもよい。
【0071】
被塗物は、電着槽1の槽内において回転させたり揺動させたりしてもよく、その場合、被塗物における横向き外面部分及び上向き外面部分とは、回転過程や揺動過程における各時点において横向きになっている外面部分及び上向きになっている外面部分をいう。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明は、各種分野における種々の物品の電着塗装に利用することができる。
【符号の説明】
【0073】
1 電着槽
L 塗料液
W 自動車ボディ(被塗物)
5A 吹付用ノズル(ノズル)
ws サイド部外面(横向き外面部分)
wr ルーフ部外面(上向き外面部分)
V 相対速度
Vx 共通の相対速度
X 目標範囲
d ノズル間隔
図1
図2
図3
図4
図5