【実施例】
【0036】
<実施例1>
1)Matrigel(登録商標)を表面に有する担体の作製
氷上に置いた100mm径のプラスチック製ディッシュ(Corning社)に、Matrigel(登録商標)を200μg/mLの濃度で含むハンクスBSS5〜10mLを加え、1時間インキュベートした後、溶液をディッシュから除去した。ディッシュをクリーンベンチ内で一晩風乾させて、Matrigel(登録商標)が表面に付着したディッシュを作製した。
【0037】
2)小型肝細胞の分離
特許文献1に記載された方法によって成体F344ラット肝臓小葉内から分離した小型肝細胞を含む細胞集団を、特許文献3に記載された方法に従ってヒアルロン酸でコーティングしたディッシュ上で9日間無血清培養した。培地を除去した後の細胞をPBSで洗浄後、1% EDTA/PBS溶液を加えて37℃、5分間インキュベートした。上清をビーカーに移し、7mLのコラゲナーゼ/ヒアルロニダーゼ溶液(50ml Hanks BSS、1mg/mLコラゲナーゼ(Wako)、17500U/50μLヒアルロニダーゼ(Sigma))を加えて37℃で5分間インキュベートした。穏やかにピペッティングした後、溶液を別のビーカーに移して37℃で30分間撹拌した。その後、この溶液から、0.5μg/mLの抗ラットCD44抗体(Biosciences)で処理した磁気ビーズを用いたMACS法によりCD44陽性細胞を回収した(初代)。
【0038】
3)継代培養
1)で作製したMatrigel(登録商標)を表面に有するディッシュに10mMニコチンアミド、1mMアスコルビン酸2リン酸、10ng/mL EGF、ITS(Insulin−Transferrin−Selenite)、10
−7Mデキサメタゾン、ペニシリン、ストレプトマイシン及びゲンタマイシンを含む無血清DMEM/F12培地を分注し、2)で回収したCD44陽性小型肝細胞(1×10
6個)を加えて、37℃で28日間、培地を一日おきに交換しながら培養した後、PBSによる洗浄及びトリプシン処理を行って小型肝細胞を回収した(2代目)。1×10
6個の回収小型肝細胞/DMEM/F12培地と新しい培地とを再び新しい1)のディッシュに加え、37℃で28日間、培地を培養開始の翌日及びその後は一日おきに交換しながら培養し、上記と同様の操作で小型肝細胞を回収した(3代目)。この操作を繰り返して5代目まで培養した。
【0039】
4)コロニー形成能
2代目の小型肝細胞を培養開始から7日毎に位相差顕微鏡を用いて観察したところ、小型肝細胞は増殖しコロニーは増大していることが認められた(
図1)。また、2〜5代目のコロニーを培養28日目に観察したところ、コロニーは比較的円形の形態を伴って増殖していた(
図2)。さらに、2〜5代目の小型肝細胞について、細胞数>10であるコロニーの1コロニーあたりの細胞数をカウントし、増殖能を比較した(
図3)。世代を経る毎に平均細胞数は減少し、増殖能の低下した小型肝細胞が増えるものの、2〜5代目の小型肝細胞はいずれもコロニー形成能を有していた。
【0040】
5)世代毎の細胞分裂回数
1つの小型肝細胞が分裂してコロニーを形成したと仮定し、培養7、14、21日目のコロニーあたりの平均細胞数から培養28日目の細胞数を算出することで、各継代培養における小型肝細胞の細胞分裂回数を推定した。その結果、初代では6回/9日、2代目では13.5回/28日、3代目では12.7回/28日、4代目では11回/28日、5代目では9回/28日と算出され(
図4)、その合計は52回であった。劇症肝炎マウスモデルに移植した肝細胞の推定分裂回数は最大70回程度とされており(Overturf K. et al.,Am.J.Pathol.151:1273−1280(1997))、本発明によって継代培養した小型肝細胞はこれに近い回数の細胞分裂を行い得ると推測された。
【0041】
6)世代毎の生着率及び増殖率
2〜5代目の小型肝細胞の生着率(培養1日目の接着細胞数/添加した細胞数)と、増殖率(培養28日目に回収された細胞数/接着細胞数)を算出した。生着率は、継代を通じて13〜16%の範囲でほぼ一定であった(
図5左)。また、増殖率は世代を経る毎に減少するものの、5代目でも増殖能を保持していた(
図5右)。
【0042】
上記の接着率及び増殖率の結果から、3代目の培養終了時に回収された細胞数は、ディッシュ1枚あたり、1×10
6個×0.16×12倍×0.14×11倍=2.96×10
6個と算出された。すなわち、分離された小型肝細胞を本発明の方法によって3代目まで培養することで、約2ヵ月で絶対総数として細胞数を3倍に増加させることが可能であることが確認された。
【0043】
<試験例1>
実施例1において得られた小型肝細胞の性質を評価するため、以下の試験を行った。なお、特に指定がないかぎり、各世代の培養28日目の小型肝細胞を試験に用いた。
【0044】
1)培地成分の影響
実施例1の3代目細胞を、実施例1の培地からニコチンアミド、EGF、ITS、デキサメタゾン又はアスコルビン酸2リン酸をそれぞれ除いた培地を用いて7日間継代培養を行い、コロニー数、コロニーあたりの細胞数をカウントした。また、細胞をBrdU(Bromodeoxyuridine)で24時間処理した後に固定し、抗BrdU抗体を用いて免疫染色後、総細胞数に対するBrdU陽性細胞の割合(Labeling index)を算出した。ニコチンアミド又はEGFを含まない培地で継代培養した3代目細胞では、コロニー数、細胞数、Labeling indexのいずれについても減少が認められたことから(表1)、3代目の小型肝細胞は、ニコチンアミド及びEGFに依存して増殖することが示された。
【表1】
【0045】
2)DNA合成、倍数性及び多核性
実施例1の3代目細胞について上記1)と同様の操作でLabeling indexを算出したところ、培養14日目で21.3±8.4%、培養28日目では17.7±7.9%であった。またフローサイトメトリーによりG0期の細胞(Ki67陰性細胞)のDNA含量から倍数性を評価したところ、コロニーを形成する細胞のほとんどは2倍体であった。さらに、3代目細胞における1核細胞及び2核細胞の割合は、1核細胞が93.2±3.6%、2核細胞が6.5±3.6%と、ほぼすべて1核細胞であった。
【0046】
3)マーカー発現
実施例1の3代目及び4代目細胞のコロニーを免疫染色し、CD44、Alb、HNF4α、CK19、Sox9及びThy1のタンパク質発現を調べた結果、いずれのマーカーも発現が観察された(
図6)。また、2〜5代目細胞におけるCD44、Alb、C/EBPα、HNF4α及びCK19の遺伝子発現量をRT−PCRにより測定した。世代を経ることで発現量は減少するものの、CD44、Alb、CK19及びHNF4αの発現は5代目まで維持され、C/EBPαの発現は3代目まで維持された(
図7)。
【0047】
実施例1で得られた小型肝細胞におけるその他のマーカー遺伝子及びタンパク質の発現についても同様に評価した。結果を表2にまとめる。
【表2】
【0048】
4)分化能
3代目の培養18日目の小型肝細胞に対してMatrigel(登録商標)を重層し、さらに10日間培養を続けたところ、細胞の大型化及び毛細胆管様構造の形成が観察された。また、FDを培養液に加えたところ、FDの代謝物である蛍光物質fluoresceinの毛細胆管様構造内への蓄積が認められた(
図8)。
【0049】
さらに、分泌/代謝マーカーであるTryptophan 2,3−dioxygenase(Tdo2)、有機アニオン輸送体であるOatp2、薬物代謝マーカーであるCyp1A2及びCyp2B1の遺伝子発現をRT−PCRにより測定した結果、Matrigel(登録商標)の添加前と比較して、Tdo2は13倍に、Oatp2は12倍に、Cyp1A2は150倍に、Cyp2B1は57倍にそれぞれ発現量が上昇した。4)で示したように、3代目の小型肝細胞は、Matrigel(登録商標)の添加によって毛細胆管を形成し、胆汁分泌能も獲得することから、成熟肝細胞への分化能を保持していることが確認された。
【0050】
5)凍結保存
3代目の培養28日目の小型肝細胞を回収し、特許文献1に記載の方法に従って、−80℃で約2ヵ月凍結保存した後、解凍して培地に播種し、培養した。培養1日目の細胞のディッシュへの生着率は50%以上であった。さらに培養を継続すると、凍結保存した細胞は、凍結保存を行なっていない4代目と同様に増殖してコロニーを形成することが確認された。
【0051】
以上の試験結果から、実施例1で得られた小型肝細胞は、継代培養を行わない従来の小型肝細胞と同様の性質及び機能を有することが示された。
【0052】
<実施例2>
1)担体の作製
実施例1の1)におけるMatrigel(登録商標)をラミニン111(BioLamina社)、ニドゲン(R&D SYSTEM社)、ラミニン511(Nippi社)、ラミニン521(Veritas社)、ラミニン332(Oriental社)又はSynthemax(登録商標)(Corning社)に置き換えて同様の操作を行い、各物質を表面に有するディッシュを作製した。
【0053】
2)接着能及びコロニー形成能
実施例1の2代目の小型肝細胞を培養28日目に回収し、培地を分注した上記1)の各ディッシュに加えて3代目の継代培養を開始し、各ディッシュへの細胞の接着能を実施例1の6)と同様に調べた。その結果、3代目の細胞は、ラミニン511及びラミニン521に対して40%以上の接着率を示し、Matrigel(登録商標)、ラミニン111、ニドゲン及びラミニン332に対して約15〜20%の接着率を示し、Synthemax(登録商標)に対して約30%程度の接着率を示した(
図9)。
【0054】
また、3代目の継代培養を14日間行ったところ、Matrigel(登録商標)、ラミニン111、ニドゲン又はラミニン332を付着させたディッシュ上にはコロニーが観察されたが、ラミニン511又はラミニン521を付着させたディッシュ上では小型肝細胞コロニーは観察されなかった(
図10)。また、ラミニン511又はラミニン521に接着した細胞は、コロニーを形成しないまま増殖するものの、培養を継続するにつれて細胞が次第に大型化し、増殖能を失った。
【0055】
<試験例2>
実施例1の培養21日目の2代目細胞を回収し、ラミニン111を付着させたディッシュに播種した。3時間後にディッシュから培地を回収してラミニン111に接着しなかった細胞を集め、ラミニン511を付着させたディッシュに播種したところ、細胞は良好に接着した。
【0056】
次に、上記のラミニン111又はラミニン511に接着した細胞、Matrigel(登録商標)に接着した細胞、初代のCD44陽性小型肝細胞及び成熟肝細胞のそれぞれからRNAを抽出し、肝細胞マーカーであるAlb、HNF4α及びC/EBPα、胆管細胞マーカーであるCK19、Sox9、EpCAM及びGrhi2の遺伝子発現をRT−PCRにより測定した。ラミニン111に接着した細胞は、実施例1の表2に示されるものと同傾向のマーカー発現を示していた(
図11)。
【0057】
<実施例3>
抗CD44抗体の代わりに抗ICAM−1抗体を用いた点以外は実施例1と同様に、マウス肝臓から小型肝細胞を調製し、ラミニン111を付着させたディッシュに2×10
4個の細胞濃度で播種した。培養開始から7日後、細胞をトリプシン処理によりディッシュから遊離させ、細胞数をカウントした。この操作を繰り返すことで継代培養を行ったところ、8回の継代を繰り返しても細胞は良好に増殖することが確認された(
図12)。
【0058】
<試験例3>
実施例3で得られた8代目のマウス小型肝細胞を、PE−抗ICAM−1抗体及びPE−ラットIgG、又はPE−抗CD44抗体及びPE−ラットIgGで染色した後にフローサイトメトリーに供し、ICAM−1及びCD44の発現を評価した。全ての細胞でICAM−1及びCD44が発現していることが確認された(
図13)。