(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の一例としての実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。ここで、添付図面において同一の部材には同一の符号を付しており、また、重複した説明は省略されている。なお、ここでの説明は本発明が実施される最良の形態であることから、本発明は当該形態に限定されるものではない。
【0013】
[第1実施形態]
(第1実施形態に係る車両の駆動力制御装置の構成例)
図1、
図2、
図3A〜
図3Cを参照して、第1実施形態に係る車両の駆動力制御装置1Aの構成例について説明する。
【0014】
ここで、
図1は、第1実施形態に係る車両の駆動力制御装置1Aの構成例を示すブロック図、
図2は、車両の駆動力制御装置1Aの補正量算出部103の構成例を示すブロック図、
図3A〜
図3Cは、車両の駆動力制御装置1Aによるスリップ抑制制御のシミュレーション結果を示すグラフである。
【0015】
図1に示すように、本実施形態に係る車両の駆動力制御装置1Aは、モータやタイヤ等の構成部材を含む電動車両等の駆動部300について、運転者のアクセル操作に基づいて目標モータトルクの指令値を算出する目標モータトルク算出部101と、目標モータトルクの指令値に対する補正量を算出するPI制御装置等で構成される補正量算出部103と、補正量算出部103による演算結果に基づいて目標モータトルクの指令値を補正する補正トルク算出部106とを有している。
【0016】
なお、増幅器104は、車体速度Vvの増幅器である。
【0017】
また、補正量算出部103の入力側には、駆動部300の駆動輪速Vmと、車体速度Vvの増幅値との速度差を算出する加減算器105が接続されている。
【0018】
そして、補正量算出部103は、駆動輪速度をVm、車体速度をVv、車輪の目標スリップ率に係る値をKとした場合に、VmとK・Vvの差分を0に収束させるフィードバック制御における補正量として、目標モータトルク算出部で算出された目標モータトルクの指令値に対する補正量を算出するようになっている。
【0019】
なお、車両の駆動力制御装置1Aの各部は、中央演算処理装置(CPU)やメモリ、演算回路等により構成することができる。
【0020】
また、
図2に示すように、補正量算出部103は、ノードn1を介して接続される増幅器201、202と、増幅器202に直列接続されて出力値(ゲイン3)を積分する積分器203と、増幅器201の出力値(ゲイン2)と積分器203による積分値とを加算する加算器204とを備えている。
【0021】
また、補正量算出部103は、VmとK・Vvの差分(「K・Vv−Vm」)を入力値として、目標モータトルク算出部101で算出された目標モータトルクの指令値に対する補正量を算出し、補正トルク算出部106は、目標モータトルクの指令値と、補正量算出部103で算出された補正量とを加算して補正トルクを算出するようになっている。
【0022】
ここで、車輪のスリップ率(s)と、駆動輪速度Vm、車体速度Vvとの関係は、次の数式(1)で表される。
【0023】
s=(Vm−Vv)/Vm ・・・(1)
(但し、s:車輪のスリップ率、Vm:駆動輪速、Vv:車体速度)
【0024】
この車輪のスリップ率(s)と、所定の目標スリップ率(s
*)との差分が0に収束するよう目標モータトルクの指令値を補正すれば、スリップが抑制される。このように、両者の差分が0となる状態を数式で示すと、下記数式(2)となる。
【0025】
s
*=(Vm−Vv)/Vm ・・・(2)
(但し、s
*:車輪の目標スリップ率)
【0026】
ここで、数式(2)を変形すると、次の数式(3)のようになる。
【0027】
Vm=Vv/(1−s
*)
=K・Vv ・・・(3)
【0028】
但し、Kは次の数式(4)で表される。
【0030】
よって、車輪のスリップ率(s)に係るKは、目標スリップ率をs
*とした場合に、K=1/(1−s
*)で求めることができる。
【0031】
すなわち、数式(4)に、例えば所定の目標スリップ率s
*=0.1を代入すると、
K=(1/0.9)=約1.1
となって、Kの値を求めることができる。
【0032】
補正量算出部103は、VmとK・Vvの差分を入力値として、目標モータトルク算出部101で算出された目標モータトルクの指令値に対する補正量を算出し、補正トルク算出部106は、目標モータトルクの指令値と、算出された補正量とを加算して補正トルクを算出している。補正量算出部103は、このような補正量を常時算出する。
【0033】
本実施形態では、常時、補正量算出部103が補正量を算出しているが、補正の演算中に、速度を分母とする分数がないため、車体速度Vvが非常に小さな値となる場合(極低速の場合)であっても、フィードバック量の発散が抑制されており、安定したスリップ抑制制御を行うことができる。
【0034】
また、このようにスリップ抑制制御の演算を常時行う構成であるため、実際に車両がスリップした状態から、早くモータトルクの補正が実行され、タイヤのグリップが回復する。
また、比較的簡易な演算により高速なスリップ抑制制御を行うことができる。
【0035】
そして、車両の駆動力制御装置1Aによれば、
図3A〜
図3Cのグラフに示すようなスリップ抑制制御のシミュレーション結果を得ることができた。
【0036】
図3Aは、第1実施形態に係る車両の駆動力制御装置による制御のシミュレーション結果のうち、トルク指令値(C1)、補正トルク(C2)、最終トルク指令値(C3)を示すグラフである。
【0037】
図3Bは、第1実施形態に係る車両の駆動力制御装置による制御のシミュレーション結果のうち、駆動輪速度(D1)と従動輪速度(D2)を示すグラフである。
【0038】
図3Cは、第1実施形態に係る車両の駆動力制御装置による制御のシミュレーション結果のうち、実スリップ率(E1)を示すグラフである。
【0039】
なお、
図3A〜
図3Cに示す例では、シミュレーション開始後3秒で高μ路から低μ路へ切り替えている(但し、μは摩擦係数の意味である)。高μ路は、例えば乾いたアスファルトの路面の摩擦係数であり、低μ路は、当該高μ路よりも摩擦係数が低い路面(例えば路面に積雪がある状態や凍結状態)である。
【0040】
図3B、
図3Cを参照すると分かるように、シミュレーション開始後3秒で高μ路から低μ路に切り替わると、摩擦係数μ(以下、単にμという)の低減により駆動輪にスリップが瞬間的に発生している。すなわち、従動輪速度(D2)に比して、駆動輪速度(D1)が急激に上昇している。また、実スリップ率(E1)も急上昇している。
【0041】
しかし、
図3Aに示すように、本発明によるスリップ抑制制御により、スリップ発生直後にトルクを下げるように速度差フィードバックの補正トルク(C2)および最終トルク指令値(C3)が出力される。そのため、従来のように比較的長いタイムラグを生じることなく、スリップを短時間で抑制することができる。すなわち、
図3B、
図3Cに示すように、駆動輪速度(D1)が従動輪速度(D2)に近付くように低減され、実スリップ率(E1)も短時間のうちに減少に転じている。
【0042】
このように、車両の駆動力制御装置1Aによれば、フィードバック量の発散を生じることなく、目標値に追従させることができる。
【0043】
[第2実施形態]
第2実施形態に係る車両の駆動力制御装置1Bの構成例について、
図4、
図5を参照して説明する。
【0044】
ここで、
図4は、第2実施形態に係る車両の駆動力制御装置1Bの構成例を示すブロック図、
図5は、車両の駆動力制御装置1Bの補正量算出部301の構成例を示すブロック図である。
【0045】
なお、第1実施形態に係る車両の駆動力制御装置1Aと同様の構成については、同一符号を付して重複した説明は省略する。
【0046】
図4に示すように、本実施形態に係る車両の駆動力制御装置1Bは、モータやタイヤ等の構成部材を含む電動車両等の駆動部300について、運転者のアクセル操作に基づいて目標モータトルクの指令値を算出する目標モータトルク算出部101と、目標モータトルクの指令値に対する補正量を算出するPI制御装置等で構成される補正量算出部301と、補正量算出部301による演算結果に基づいて目標モータトルクの指令値を補正する補正トルク算出部106とを有している。
【0047】
更に、駆動力制御装置1Bは、補正量算出部301の補正量が0より大きい場合に補正量を0に変換するリミット部302を有している。リミット部302は、補正量算出部301から補正量が入力され、必要に応じてリミット処理をした補正量(0)を補正トルク算出部106に出力する。なおリミット処理については後述する。
【0048】
なお、補正量算出部301の入力側には、駆動部300の駆動輪速Vmと、車体速度Vvの増幅値との演算を行う加減算器105が接続されている。
【0049】
ここで、加減算器105は「K・Vv−Vm」を出力する(但し、K>1、Vm>Vv)。
【0050】
「K・Vv<Vm」の関係が成立する場合には、加減算器105の出力は負となる(すなわち「K・Vv−Vm<0」)。この際の補正量算出部301への入力は負となる。
【0051】
このように「Vv<K・Vv<Vm」の関係が成立する場合は、路面の摩擦が小さく、駆動輪がスリップしている状態に対応し、車両が低μ路を走行する場合に相当する。
【0052】
一方、「K・Vv>Vm」の関係が成立する場合には、加減算器105の出力は正となる(すなわち「K・Vv−Vm>0」)。この際の補正量算出部301への入力は正となる。
【0053】
このように「K・Vv>Vm>Vv」の関係が成立する場合は、路面の摩擦が大きく、駆動輪と従動輪が同程度の速度で回転する状態に対応し、車両が高μ路を走行する場合に相当する。
【0054】
そして、補正量算出部301は、駆動輪速度をVm、車体速度をVv、車輪の目標スリップ率に係る値をKとした場合に、VmとK・Vvの差分を0に収束させるフィードバック制御における補正量として、目標モータトルク算出部で算出された目標モータトルクの指令値に対する補正量を算出するようになっている。車両が高μ路を走行している状態では、「K・Vv−Vm>0」となり、加減算器105の出力は正となる結果、目標モータトルクが増大するよう制御されてしまい、ドライバの意図しない加速が生じる可能性がある。
【0055】
そこで、本実施形態では、「K・Vv−Vm>」0となる場合に、補正量算出部301で演算された補正量を0にセットするリミット部302を設けている。これにより、上述した、車両が高μ路を走行している場合における、ドライバの意図しない加速が抑制される。
【0056】
なお、車両の駆動力制御装置1Bの各部は、中央演算処理装置(CPU)やメモリ、演算回路等により構成することができる。
【0057】
また、
図5に示すように、補正量算出部301は、ノードn1を介して接続される増幅器401、402と、増幅器402に直列接続されて出力値(ゲイン1)を積分する積分器405と、増幅器401の出力値(ゲイン)と積分器405による積分値とを加算する加算器406とを備えている。
【0058】
また、ノードn2を介して、差分と目標モータトルクの指令値が入力される演算器404が接続され、この演算器404からの出力値が積分器405に入力されるように構成されている。
【0059】
また、演算器404では、差分が0以上であるか否かが演算され、入力が正なら「フラグ1」を出力し、入力が負なら、「フラグ0」を出力する。
【0060】
そして、積分器405では、「フラグ1」が入力された場合には積分値を0にリセットし、「フラグ0」が入力された場合にはそのまま積分を継続する。
【0061】
なお、以下では、積分器405での積分値を0にリセットにする処理を「PIリセット処理」と呼ぶ。PIリセット処理については後述する。
【0062】
また、リミット部302は、補正量の上限「0」でリミットしている。これにより、高μ路であっても、補正トルクは0になるので、後述する参考例のように正の補正トルクを出力し続けることを回避することができる。
【0063】
なお、リミット部302によって補正量の上限を「0」でリミットする処理を「リミット処理」と呼ぶ。リミット処理については後述する。
【0064】
(PIリセット処理およびリミット処理)
次に、
図6を参照して、本実施形態に係る車両の駆動力制御装置1Bで実行されるPIリセット処理およびリミット処理について説明する。
【0065】
ここで、
図6は、第2実施形態に係る車両の駆動力制御装置で実行されるリミット処理およびPIリセット処理を示すフローチャートである。
【0066】
図6のフローチャートに示すように、この処理が開始されると、まずステップS10では、演算器404により、補正量算出部301への入力が「0」以上であるか否かが判定される。すなわち、加減算器105の出力である「K・Vv−Vm」が「0」以上であるか否かが判定される。すなわち、スリップ状態であれば「K・Vv−Vm」が「0」未満となり、トルク指令値を下げるよう補正がされるのに対し、「K・Vv−Vm」が「0」以上となる場合には、高グリップでVvとVmの差が小さい状態であり、結果として補正値が正となって、トルク指令値を増加させるようになる。このような「K・Vv−Vm」が「0」以上となり、トルク増加の補正がされると、ドライバの意図しない加速が生じるため、好ましくない。そこで、本実施形態では、第1実施形態に対し、以下の制御を加えている。
【0067】
そして、ステップS10での判定結果が「NO」の場合には、ステップS11に移行して、積分器405の出力値をそのまま出力してステップS13に移行する。
【0068】
一方、ステップS10での判定結果が「YES」の場合には、ステップS12に移行して、積分器405の積分値を0にリセットする。すなわち、ステップS10での判定結果が「YES」の場合に、ステップS12で「PIリセット処理」を行う。
【0069】
ステップS13では、リミット部302の処理により、積分器405の出力値は0以上であるか否かが判定され、判定結果が「NO」の場合にはステップS14に移行する。
【0070】
ステップS14では、補正量算出部301の出力値を用いて、速度差フィードバックの補正トルクを算出した後、図示しないメイン制御フローにリターンする。
【0071】
一方、ステップS13で「YES」と判定された場合には、ステップS15に移行して、積分器405の出力値(PI出力値)を0にリセットした後(すなわち、速度差フィードバックの補正トルクを0にした後)、図示しないメイン制御フローにリターンする。すなわち、ステップS13での判定結果が「YES」の場合に、ステップS15で「リミット処理」を行う。
【0072】
(PIリセット処理による効果)
次に、
図7A〜7D、
図8A〜8Dを参照して、本実施形態に係る車両の駆動力制御装置1Bで実行されるPIリセット処理の効果について説明する。
【0074】
図7A〜
図7Dは、PIリセット処理を行わない場合のシミュレーション結果を示すグラフである。
図8A〜
図8Dは、PIリセット処理を行った場合のシミュレーション結果を示すグラフである。
【0075】
より具体的には、
図7Aは、トルク指令値(C21)、補正トルク(C22)、最終トルク指令値(C23)を示すグラフである。
図7Bは、駆動輪速度(D21)と従動輪速度(D22)を示すグラフである。
図7Cは、実スリップ率(E21)を示すグラフである。
図7Dは、補正量の積分値(F21)を示すグラフである。
図7Dに示される積分値(F21)は、
図2に示される積分器203での積分値である。
【0076】
なお、
図7A〜
図7Dに示す例では、シミュレーション開始後40秒で高μ路から低μ路へ切り替えている。
【0077】
図8Aは、トルク指令値(C31)、補正トルク(C32)、最終トルク指令値(C33)を示すグラフである。
図8Bは、駆動輪速度(D31)と従動輪速度(D32)を示すグラフである。
図8Cは、実スリップ率(E31)を示すグラフである。
図8Dは、補正量の積分値(F31)を示すグラフである。
図8Dに示される積分値(F31)は、
図5に示される積分器405での積分値である。
【0078】
なお、
図8A〜
図8Dに示す例では、
図7A〜
図7Dに示す例と同様のシミュレーションの条件を設定しており、シミュレーション開始後40秒で高μ路から低μ路へ切り替えている。
【0079】
図7B、
図7Cを参照すると分かるように、シミュレーション開始後40秒で高μ路から低μ路に切り替わると、摩擦係数μの低減により駆動輪にスリップが発生している
(すなわち、従動輪速度(D22)に比して、駆動輪速度(D21)が急激に上昇している。また、実スリップ率(E21)も急上昇している。)。
【0080】
ところが、本例のようにPIリセット処理を行わない場合には、
図7Dに示す補正量の積分値(F21)が「0」になるまではスリップ抑制制御を行うことができないので、
図7Aに示すように、スリップした状態が所定時間(例えば、数秒)に亘って継続してしまう。
【0081】
すなわち、PIリセット処理を行わない場合には、
図7Dに示すように、正の値を積分し続ける。その結果、スリップが発生した後、暫くの間は補正量が正のままであり、積分値(F21)が0になるまではスリップの抑制処理がされない(
図7A等参照)。
【0082】
一方、
図8Aに示すように、本発明によるPIリセット処理を伴うスリップ抑制制御によれば、スリップ発生直後に短時間でトルクを下げるように速度差フィードバックの補正トルク(C32)および最終トルク指令値(C33)が出力される。これは、
図8Dに示すように、積分値は「0」にリセットされているので、スリップ発生時点で補正量が負の値になり、極短時間でスリップの抑制制御を行うことができるためである。
【0083】
すなわち、PIリセット処理を行った場合には、
図8Dに示すように、積分値(F31)は一旦0にリセットされるため、スリップの発生直後に積分値(F31)は負の値になり、スリップを抑制することができる(
図8A等参照)。
【0084】
これにより、
図7A〜
図7Dのように、スリップ抑制が働くまで比較的長いタイムラグを生じることなく、スリップを短時間で抑制することができる(すなわち、
図8Bに示すように、駆動輪速度(D31)が従動輪速度(D32)に近付くように低減されている)。
【0085】
(リミット処理による効果)
次に、
図9A〜9Cを参照して、本実施形態に係る車両の駆動力制御装置1Bで実行されるリミット処理の効果について説明する。
【0086】
図9A〜
図9Cは、リミット処理を行った場合のシミュレーション結果を示すグラフである。
【0087】
図9Aは、トルク指令値(C41)、補正トルク(C42)、最終トルク指令値(C43)を示すグラフである。
図9Bは、駆動輪速度(D41)と従動輪速度(D42)を示すグラフである。
図9Cは、実スリップ率(E41)を示すグラフである。
【0088】
なお、
図9A〜
図9Cに示す例では、
図3A〜
図3Cに示す例と同様のシミュレーションの条件を設定しており、シミュレーション開始後3秒で高μ路から低μ路へ切り替えている。
【0089】
図3A〜
図3Cに示すようにリミット処理を行わない場合には、高μ路においてスリップ抑制の補正を要しない場合であっても正の補正量が出力されてしまい、運転者の意図しない加速になり得る。
【0090】
これに対して、リミット処理を行う場合には、
図9A等に示すように、高μ路においてはスリップ抑制の補正を行わないようにできる。
【0091】
一方、走行している路面状態が、高μ路から低μ路に変わった場合には、「K・Vv−Vm」が「0」未満となり、第1実施形態で述べたスリップ制御が再開される。
【0092】
以上のように、本実施形態に係る車両の駆動力制御装置によれば、フィードバックゲイン(制御性能)が車速による影響を受けないようにでき、極低車速においても制御の安定性を保持することができる。
【0093】
また、スリップの抑制制御を常時オンにできるので、発進時(極低速)にもスリップ抑制を機能させることができ、発進時のスリップに素早く対応することができる。
【0094】
さらに、低μ路以外の路面においても、スリップの抑制制御を機能させることができるので、スリップ抑制効果を向上させることができる。
【0095】
このようにリミット処理を伴う場合には、より有効にスリップ抑制制御を行うことができ、さらには、一層運転者の意図に即した加速を実現することができるようになる。
【0096】
[第3実施形態]
第3実施形態に係る車両の駆動力制御装置1Cの構成例について、
図10及び
図11を参照して説明する。
【0097】
ここで、
図10は、第3実施形態に係る車両の駆動力制御装置1Cの構成例を示すブロック図、
図11は、高μ路及び低μ路におけるスリップ率に対する車輪のグリップ力特性を示す図である。
【0098】
なお、第1実施形態に係る車両の駆動力制御装置1A、及び、第2実施形態に係る車両の駆動制御装置1Bと同様の構成については、同一符号を付して重複した説明は省略する。
【0099】
図11に示すように、高μ路と低μ路とでは、μピーク(同図におけるμの最大値であり、対応するスリップ率が当該路面において最もグリップする)が異なる。本実施形態では、路面に応じて目標スリップ率(s
*)を変更する目標スリップ率設定部107を有している。なお、μピーク値のスリップ率よりも大きいスリップ率では、タイヤがスリップ状態となり、μピーク値のスリップ率以下であれば、タイヤはグリップする。
【0100】
下記数式(5)が成立した場合、現在の目標スリップ率が、当該路面におけるμピークとなるスリップ率よりも大きく、μ-スリップ率曲線におけるスリップ領域にいると推定する。
【0101】
この数式(5)におけるαは、当該推定が成り立つ所定閾値であり、目標スリップ率の初期値(例えば0.1)や、現在の目標スリップ率として設定される。
【0102】
目標スリップ率設定部107は、当該路面における最適な目標スリップ率(μピークとなるスリップ率であり、以下、最適スリップ率と称する)を探索し、設定する。なお、最適スリップ率を探索する方法については、「電気自動車の特長を生かした路面状態の推定と制御」(堀洋一、古川公久 著)等で知られている。このように目標スリップ率設定部107は、目標スリップ率を最適スリップ率に設定し、上述した式(4)に基づいてKを更新する。
【0103】
(Vm−Vv)/Vm>α ・・・(5)
【0104】
ここで、数式(5)では、速度の分母が存在するが、この目標スリップ率設定部107は、車両の駆動力制御装置1Cの制御系100(
図10における二点鎖線で囲われた構成)に含まれず、速度の分母自体が、駆動力制御装置1Cのフィードバックループにおけるゲインにはならないため、第1実施形態で言及した課題は生じない。
【0105】
以上、実施形態に沿って本発明の内容を説明したが、本発明はこれらの記載に限定されるものではなく、種々の変形及び改良が可能であることは、当業者には自明である。この開示の一部をなす論述及び図面は本発明を限定するものであると理解すべきではない。この開示から当業者には様々な代替実施形態、実施例及び運用技術が明らかとなろう。
【0106】
例えば、第2実施形態の構成に、第3実施形態の構成(目標スリップ率設定部107)を適用させてもよい。
【0107】
この場合には、まず、目標スリップ率に基づいて上述した第1実施形態のスリップ制御が行われる。その際に、上記数式(5)を満たす状態(言い換えれば、走行している低μ路のμピーク値のスリップ率が当該目標スリップ率よりも小さい状態であり、当該目標スリップ率でスリップ制御してもスリップ状態から抜け出せない)になると、第3実施形態で述べたとおり、目標スリップ率設定部107が最適スリップ率を探索し、設定する。
【0108】
そして、低μ路における最適スリップ率を設定して走行している状態から、路面状態が高μ路に変わり、「K・Vv−Vm」が「0」以上になると、目標スリップ率を初期値(例えば0.1)に戻すとともに、第2実施形態で述べたとおりリミット処理を行う。さらに、リミット処理がされた状態で、高μ路から低μ路に変わり、「K・Vv−Vm<0」の状態になるとリミット処理が解除され、目標スリップ率に基づくスリップ抑制制御(目標モータトルクの指令値の補正)が再開される。
【0109】
なお、目標スリップ率設定部107が、現在のμを推定して、推定されたμが所定値よりも大きくなると、目標スリップ率を初期値(例えば0.1)に戻してもよい。ちなみに、本実施形態では目標スリップ率設定部107は、下記数式(6)に基づきμを演算するが、特に限定されない。
【0110】
ただし、上記数式(6)において、rはタイヤ半径、Jは車軸イナーシャ、ωは駆動輪角速度、Nは垂直抗力、T:最終トルク指令値である。
【0111】
上述した実施形態で示した各機能は、1又は複数の処理回路により実装され得る。処理回路は、電気回路を含む処理装置等のプログラムされた処理装置を含む。処理装置は、また、実施形態に記載された機能を実行するようにアレンジされた特定用途向け集積回路(ASIC)や従来型の回路部品のような装置を含む。
【0112】
本出願は、2017年5月25日に出願された日本国特許願第2017−103586号に基づく優先権を主張しており、この出願の全内容が参照により本明細書に組み込まれる。