特許第6705125号(P6705125)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6705125
(24)【登録日】2020年5月18日
(45)【発行日】2020年6月3日
(54)【発明の名称】嗅覚受容体を用いたにおいの評価方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20200525BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20200525BHJP
【FI】
   C12Q1/02
   G01N33/50 Z
【請求項の数】8
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2015-90363(P2015-90363)
(22)【出願日】2015年4月27日
(65)【公開番号】特開2016-202112(P2016-202112A)
(43)【公開日】2016年12月8日
【審査請求日】2017年12月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】特許業務法人快友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】斎木 ユミ
(72)【発明者】
【氏名】今枝 孝夫
(72)【発明者】
【氏名】田中 史帆
【審査官】 坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−105655(JP,A)
【文献】 特表2010−528666(JP,A)
【文献】 特開2006−020526(JP,A)
【文献】 特開2013−150553(JP,A)
【文献】 特開2012−249614(JP,A)
【文献】 特開2015−062356(JP,A)
【文献】 特開2012−050411(JP,A)
【文献】 特開2014−235098(JP,A)
【文献】 特表2015−512032(JP,A)
【文献】 特開2014−054218(JP,A)
【文献】 Aroma Research,2011年,Vol.12, No.1,p.48-49
【文献】 The anatomical record,2013年,Vol.296,p.1333-1345
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/02
G01N 33/50
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/WPIDS/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
覚受容体の応答性の評価方法であって、
ベンゼン環に対して1又は2以上のアセチルオキシ基が結合された構造を有するにおい物質とHEK293細胞又はcalu−3細胞との接触により生じる前記におい物質の変換体を含む組成物を取得する工程と、
前記組成物と1又は2以上の嗅覚受容体とを接触させて、前記組成物に対する前記1又は2以上の嗅覚受容体の応答性を評価する工程と
を備える、方法。
【請求項2】
前記組成物として、前記におい物質とHEK293細胞又はcalu−3細胞とを接触させて得られる培養上清を用いる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記評価工程は、前記におい物質と接触される前記細胞と同種の動物由来の細胞において発現された前記1又は2以上の嗅覚受容体を用いる、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記におい物質は、酢酸オイゲノール、酢酸−p−トリル及び酢酸フェニルからなる群から選択される1種又は2種以上である、請求項1〜のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
嗅粘液存在下においてにおい物質に応答する嗅覚受容体のスクリーニング方法であって、
ベンゼン環に対して1又は2以上のアセチルオキシ基が結合された構造を有するにおい物質とHEK293細胞又はcalu−3細胞との接触により生じる前記におい物質の変換体を含む組成物を取得する工程と、
前記組成物と、1又は2以上の嗅覚受容体と、を接触させる工程と、
前記組成物に対して応答する前記1又は2以上の嗅覚受容体の応答性に基づいて前記嗅粘液存在下において前記におい物質に応答する嗅覚受容体を選択する工程と、
を備える、方法。
【請求項6】
嗅粘液存在下においてにおい物質をマスキングするマスキング剤のスクリーニング方法であって、
ベンゼン環に対して1又は2以上のアセチルオキシ基が結合された構造を有するにおい物質とHEK293細胞又はcalu−3細胞との接触により生じる前記におい物質の変換体を含む組成物を取得する工程と、
前記組成物と、1又は2以上の被験物質と、嗅粘液存在下において前記におい物質に応答する嗅覚受容体とを接触させる工程と、
前記組成物に対する前記嗅覚受容体の応答性に基づいて、前記1又は2以上の被験物質のマスキング能を評価する、方法。
【請求項7】
嗅粘液を代替しうるにおい物質変換剤のスクリーニング方法であって、
ベンゼン環に対して1又は2以上のアセチルオキシ基が結合された構造を有するにおい物質とHEK細胞又はcalu−3細胞である培養細胞との接触により生じる前記におい物質の変換体を含む組成物を取得する工程と、
前記組成物に基づいて取得される前記におい物質の変換態様に関する被変換情報と、予め取得された、前記嗅粘液又はその同等物による前記におい物質の変換態様に関する被変換情報とを、対比して、前記培養細胞が前記嗅粘液又はその同等物の代替性を有するか否かを判定する工程と、
を備える、スクリーニング方法。
【請求項8】
おい物質の被変換情報の取得方法であって、
ベンゼン環に対して1又は2以上のアセチルオキシ基が結合された構造を有するにおい物質とHEK293細胞又はcalu−3細胞との接触により生じる前記におい物質の変換体を含む組成物を取得する工程と、
前記組成物を利用して嗅粘液による前記におい物質の変換態様に関する被変換情報を取得する工程と、を備える、取得方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、嗅覚受容体(Olfactory Receptor、以下、単に、ORともいう。)を用いたにおい評価に関する。
【背景技術】
【0002】
概して、ヒトなどにおいては、鼻腔内にはいってきた物質は、鼻腔の天井部分にある嗅粘膜部に到達し、嗅粘膜を覆う嗅粘液に溶け込む。そして、嗅粘膜にある嗅細胞の嗅覚受容体に結合し、嗅細胞にインパルスを生じさせる。インパルスは、嗅細胞から伸びる嗅神経を介して嗅球に入り、大脳皮質へと伝達され、においとして認知される。
【0003】
においを呈する可能性のある物質(以下、におい物質という。)に対する動物の嗅覚感度の評価方法の1つとして、その物質に対して応答性のある嗅覚受容体を用いた評価方法がある(特許文献1、2、非特許文献1)。この種の評価方法としては、例えば、細胞膜に所望の嗅覚受容体を備え、かつ、cAMP応答性エレメント(cAMP Response Element;CRE)−ルシフェラーゼ遺伝子が組み込まれたDNAを核内に保持する形質転換HEK293細胞(ヒト胎児腎細胞由来、アデノウイルス5型による形質転換株)を用いたレポーターアッセイが挙げられる。
【0004】
嗅粘液には、様々な代謝酵素が存在し、主に有害な化学物質を無細胞毒化していると考えられるが、におい物質もこのような酵素反応の基質となり、一部のにおい物質は、嗅粘液により異なるにおいを呈するように変化する可能性があることが報告されている(非特許文献2)。また、マウスの嗅粘液の有無により、バニリンの応答が糸球体レベルで異なることも報告されている(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2008-538278号公報
【特許文献2】特開2012-105660号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Harumi S et al., Science Signaling. 2009 Mar;2(60):ra9
【非特許文献2】Nagashima et al. The Journal of Neuroscience, 2010,30(48): 16391-16398
【非特許文献3】Oka Y et al. Neuron, 2006,52: 857-869
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ヒト嗅覚受容体を用いた応答評価では、嗅覚受容体を発現させた培養細胞とにおい物質とを接触させるため、におい物質は、嗅粘液層を介さずに嗅覚受容体に結合することになる。したがって、嗅覚受容体を用いた評価方法では、嗅粘液層により異なる物質に変化するにおい物質については、変化前のにおい物質を評価することになってしまい、嗅粘液機能を介在させないにおい評価しかできなかった。また、ヒトや動物などの嗅粘液又は当該嗅粘液に含まれる酵素を添加することによる嗅粘液を介在させたような評価も想定されるが、嗅粘液の採取は容易ではなく、十分量を確保できないため、実用的ではなかった。また、酵素を添加するにしても、コスト面等から実用的ではなかった。
【0008】
本明細書は、動物から嗅粘液を採取したり酵素を添加したりすることなく、嗅粘液存在下での嗅覚受容体によるにおい評価を可能とする技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、嗅粘液を種々の観点から評価し、嗅粘液や酵素を用いることなく、嗅粘液層を備えるかのような状態でにおい物質を嗅覚受容体に供給できる手法について種々探索した。その結果、簡易な前処理によって、嗅粘液存在下での嗅覚受容体(以下、単に受容体ともいう。)による評価と同等のにおい物質の応答評価が可能であることがわかった。本明細書は、これらの知見に基づき以下の手段を提供する。
【0010】
(1)におい物質に対する嗅覚受容体の応答性の評価方法であって、以下の工程;
におい物質と細胞との接触により生じる前記におい物質又はその変換体を含む組成物を取得する工程と、
前記組成物と、嗅覚受容体とを、を接触させる工程と、
を備え、
前記嗅覚受容体の応答性を評価する、方法。
(2)前記組成物は、におい物質と前記細胞とを接触させて得られる培養上清である、(1)に記載の方法。
(3)前記におい物質と接触される細胞と同種の動物由来の細胞において前記嗅覚受容体が発現されている、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)前記におい物質は、アセチル基を有する、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(5)前記におい物質は、6員環に対して1又は2以上のアセチル基が結合された構造を有する、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6)前記におい物質は、酢酸オイゲノール、酢酸−p−トリル及び酢酸フェニルからなる群から選択される1種又は2種以上である、(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
(7)におい物質に応答する嗅覚受容体のスクリーニング方法であって、
におい物質と細胞との接触により生じる前記におい物質又はその変換体を含む組成物を取得する工程と、
前記組成物と、1又は2以上の嗅覚受容体と、を接触させる工程と、
を備え、
1又は2以上の嗅覚受容体と、を接触させる工程と、
を備え、
前記におい物質に対する前記1又は2以上の嗅覚受容体の応答性を評価する、方法。
(8)におい物質のマスキング剤のスクリーニング方法であって、
におい物質と細胞との接触により生じる前記におい物質又はその変換体を含む組成物を取得する工程と、
前記組成物と、1又は2以上の被験物質と、前記におい物質に応答する嗅覚受容体と、を接触させる工程と、
を備え、
前記におい物質に対する前記嗅覚受容体の応答性に基づいて、前記1又は2以上の被験物質のマスキング能を評価する、方法。
(9)嗅粘液を代替しうるにおい物質変換剤のスクリーニング方法であって、
評価しようとするにおい物質と評価に用いようとする動物培養細胞との接触により生じる前記におい物質又はその変換体を含む組成物を取得する工程と、
前記組成物に基づいて取得される前記におい物質の変換態様に関する被変換情報と、予め取得された、生体内で存在している嗅粘液又はその同等物による前記におい物質の変換態様に関する被変換情報とを、対比して、前記動物培養細胞が前記嗅粘液又はその同等物の代替性を有するか否かを判定する工程と、
を備える、スクリーニング方法。
(10)嗅粘液によるにおい物質の被変換情報の取得方法であって、
評価しようとするにおい物質と動物培養細胞との接触により生じる前記におい物質又はその変換体を含む組成物を取得する工程と、
前記組成物に基づいて嗅粘液による前記におい物質の変換態様に関する被変換情報を取得する工程と、を備える、取得方法。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】ウサギ嗅粘液により変化するにおい物質のGC/MSの結果を示す図である。
図2】ウサギ嗅粘液によるにおい物質の減少率を示す図である。
図3】カルボキシエステラーゼの阻害剤BNPP存在下でのウサギ嗅粘液により変化するにおい物質のGC/MSの結果を示す図である。
図4】ヒトカルボキシエステラーゼCES1添加によるにおい物質の減少率を示す図である。
図5】ヒトカルボキシエステラーゼCES2添加によるにおい物質の減少率を示す図である。
図6】培養細胞の培養上清によるにおい物質の減少率を示す図である。
図7】培養細胞HEK293に添加することによるにおい物質の減少率を示す図である。
図8】培養細胞HEK293に添加することによるにおい物質の減少率の経時変化を示す図である。
図9】培養細胞Calu-3に添加することによるにおい物質の減少率の経時変化を示す図である。
図10】嗅粘液の作用を考慮した受容体による評価結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本明細書の開示は、におい物質の受容体を用いた評価方法等に関する。本開示の評価方法(以下、本評価方法ともいう。)によれば、嗅粘液や特定酵素を用いることなく、におい物質に関して、嗅粘液存在下での受容体応答評価と同等の評価が可能となる。
【0013】
におい物質と動物培養細胞とを接触させることにより、におい物質に対する動物細胞が有する解毒作用や防護作用等に基づく酵素反応により、におい物質が他の物質に変換される。したがって、におい物質と動物培養細胞とを予め接触させることにより取得したにおい物質及び/又はその変換体を含む組成物(以下、本組成物ともいう。)を、受容体に接触させることで、嗅粘液や嗅粘液に含有されるであろう酵素を用いなくても、嗅粘液存在下におけるのと同等の受容体応答評価が可能となる。
【0014】
本評価方法は、におい物質に応答する受容体のスクリーニングや、受容体が応答するにおい物質のスクリーニングのほか、におい物質のマスキング剤のスクリーニング方法に適用することができる。
【0015】
以下、本開示の評価方法等についての実施形態を詳細に説明する。
【0016】
(におい物質に対する受容体の応答性の評価方法)
本評価方法は、におい物質と動物培養細胞とを接触させる工程であって、当該接触により生じる本組成物を取得する工程と、前記組成物と、嗅覚受容体と、を接触させる工程と、を備えることができる。
【0017】
(におい物質と動物培養細胞とを接触させて本組成物を取得する工程)
本明細書において、におい物質とは、においを有する物質又はにおいを有する可能性がある物質であればよい。物質の状態としては、気体、液体及び固体のいずれであってもよい。また、におい物質は、単一の物質でなくてもよく、任意の土壌、排気、ガス等の任意の場所から採取された採取物又は当該採取物からの分離・抽出物等であってもよい。
【0018】
本評価方法に適用するにおい物質は、嗅粘膜表面の嗅粘液の作用により、分解等されて構造が変換される物質であるか又は当該変換可能性のある物質であることが好ましい。こうしたにおい物質において、適切な評価が可能となるからである。なお、本評価方法に適用するにおい物質が、変換を受けないにおい物質であっても、におい物質の受容体による応答評価が可能である。また、本評価方法による受容体の応答性と、この接触工程を行わないで直接におい物質と受容体と接触させた場合の受容体の応答性と、を比較することで、におい物質が嗅粘液による変換を受ける物質であるか否かを判定することが可能である。
【0019】
本評価方法に適用するにおい物質は、特に限定されない。評価の目的に応じて、又は後述する受容体の種類に応じて、適宜選択される。例えば、におい物質としては、アセチル基を有することが好ましい。アセチル基を有する場合、嗅粘液による変換作用を受けやすい傾向があるからである。より具体的には、炭素6員環に対して1又は2以上のアセチル基が結合された構造を有する化合物が挙げられる。炭素6員環には、メチル基等の炭素数1〜4程度の低級アルキル基、メトキシ基などの、炭素数1〜4程度の低級アルコキシ基、エテニル基やプロペンテニル基などの、炭素数が2〜4程度のアルケニル基が備えられていてもよい。こうした化合物としては、例えば、酢酸オイゲノール、酢酸−p−トリル、酢酸フェニル等が挙げられる。
【0020】
本評価方法に適用されるにおい物質は単独で用いられてもよく、また、2種類以上を組合せて用いられてもよい。
【0021】
(動物培養細胞)
動物培養細胞としては、特に限定するものではなく、動物に由来する培養細胞であればよい。例えば、特定の動物に由来する受容体を用いる場合には、当該動物と同綱に属する動物由来の培養細胞を用いることが好ましい。例えば、哺乳動物に由来する受容体を用いる場合には、哺乳動物由来の培養細胞を用いることが好ましい。より好ましくは同科に属する動物由来の培養細胞であり、さらに好ましくは同属に属する動物由来の培養細胞であり、なお好ましくは同種に属する動物由来の培養細胞である。ヒトの嗅覚については、ヒト培養細胞であることが好ましい。
【0022】
また、細胞の種類も特に問わないで用いることができる。特に、嗅細胞に由来することを要するものではなく、全く由来の異なる細胞であってもよい。例えば、胎児腎細胞などの胎児細胞、肺粘液性表皮細胞、気道上皮細胞等の確立された培養細胞株であってもよいし、動物の任意の部位から採取された細胞を培養したものであってもよい。
【0023】
なお、評価しようとするにおい物質に好適に使用できる動物培養細胞、換言すれば、嗅粘液の代替作用を果たし得る動物培養細胞は、例えば、以下のようにして取得することができる。すなわち、生体内で存在している嗅粘液又はその同等物によるにおい物質の被変換情報(変換体の構造や種類)や変換率を予め取得しておく。その後、この変換形態及び/又は変換率を実現できるような動物培養細胞をスクリーニングするようにする。
【0024】
このことから、本明細書によれば、嗅粘液を代替しうるにおい物質変換剤(又はスクリーニング用試薬)としての動物培養細胞も提供することができる。また、本明細書によれば、かかるにおい物質変換剤(スクリーニング用試薬)のスクリーニング方法も提供される。
【0025】
このスクリーニング方法は、評価しようとするにおい物質と評価に用いようとする動物培養細胞との接触により生じる前記におい物質又はその変換体を含む組成物(培養上清など)を取得する工程と、前記組成物に基づいて取得される前記におい物質の変換態様に関する被変換情報(すなわち、変換体及び変換率のいずれか又は双方)と、予め取得された、生体内で存在している嗅粘液又はその同等物による前記におい物質の変換態様に関する被変換情報(すなわち、変換体及び変換率のいずれか又は双方)とを、対比して、前記動物細胞が前記嗅粘液又はその同等物の代替性を有するか否かを判定する工程と、を備えることができる。このスクリーニング方法によれば、本評価方法や後述するスクリーニング方法等に好適な動物培養細胞を取得することができる。
【0026】
動物培養細胞は、におい物質の変換作用を確実に実現させる観点から、後述する受容体を発現していないものであることが好ましい。
【0027】
動物培養細胞は、用いる動物細胞の種類に応じた培養条件を利用して培養することで取得することができる。典型的には、適当な抗生物質等の存在下で血清等を含む通常の動物細胞用培地を用いて動物細胞の培養を行い、接触工程のために準備する。
【0028】
動物培養細胞とにおい物質とを接触させるには、特に限定するものではないが、液体やゲル状の培地を介して動物培養細胞とにおい物質とを接触させることができる。におい物質を培地を介して動物培養細胞と接触させる態様としては、におい物質を培地に溶解又は分散等させて、当該培地で動物培養細胞を培養する態様が挙げられる。
【0029】
におい物質を培地に含有させる場合において、におい物質の濃度は特に限定しない。必要に応じて1又は2以上の濃度が設定することができる。例えば、におい物質の濃度は、1μM〜10mM程度の範囲で適宜設定することができる。
【0030】
におい物質と動物培養細胞とは、そのにおい物質が動物培養細胞により変換される場合に適宜変換されるように接触させるようにする。好ましくは、嗅粘液存在下においてそのおい物質が変換される程度に、におい物質と動物培養細胞とを接触させて培養するようにする。こうすることで、嗅粘液存在下での受容体による応答評価により近似した評価が可能となる。
【0031】
におい物質との接触状態での動物培養細胞の培養条件は、動物培養細胞の培養条件を採用することができる。すなわち、適当な抗生物質を含有する無血清培地を用いて培養することができる。無血清培地を用いるのは、におい物質と血清中の成分とが結合することにより評価結果を不適切にすることを回避するためである。なお、培養時間は、におい物質が変換される場合には、におい物質の変換率などを測定して、好適な培養時間を設定することができる。例えば、培養時間は、15分以上120分以下とすることができ、好ましくは30分以上90分以下程度である。
【0032】
におい物質と動物培養細胞とを接触することで、動物培養細胞の作用により、におい物質が所定の化合物に変換される。例えば、後述する実施例において示すように、酢酸オイゲノールがオイゲノールに、酢酸−p−トリルがp−クレゾールに、酢酸フェニルがフェノールに変換される。
【0033】
こうした変換体は、概して動物培養細胞の培地、すなわち、培養上清に含まれうる。したがって、におい物質と接触させた培養上清の少なくとも一部を、におい物質及び/又はその変換体を含む本組成物とすることができる。なお、本組成物は、培養上清のみから構成されていてもよいし、用いた動物培養細胞の少なくとも一部を含んでいてもよい。培養上清は、動物培養細胞の培養液等から遠心分離等、当業者に周知の方法で取得することができる。
【0034】
本組成物は、におい物質及び/又はその変換体を含み、さらに培地成分を含む、培養上清としての組成物であってもよいほか、培養上清を適当な溶媒で抽出した、より精製されたにおい物質及び/又は変換体を含む組成物であってもよい。
【0035】
かかる本組成物は、嗅粘液によって変換されうるにおい物質のサンプルとして、各種受容体を用いた種々の評価や、受容体のスクリーニング、マスキング剤のスクリーニング等に用いることができる。
【0036】
また、以上のことから、上記の組成物取得工程は、本組成物の製造方法としても実施できる。
【0037】
(本組成物と嗅覚受容体とを接触させる工程)
本評価方法は、こうして取得した本組成物と受容体とを接触させる工程を備えることができる。本組成物と受容体とを接触させることで、受容体に対して、あたかも嗅粘液(層)を介してにおい物質が受容体に到達したかのように、生体におけるにおい物質と受容体との結合を近似した評価が可能となる。
【0038】
(受容体)
本開示において、受容体は、嗅細胞(嗅覚受容神経)にあるGタンパク質結合受容体の1種であればよく、由来動物種を特に限定しない。本評価方法の目的に応じて、由来動物種や受容体の種類を選択することができ、必要に応じて1又は2以上の受容体を用いることができる。ヒトにおいて知覚されうるにおい物質の応答評価のためには、ヒト由来の受容体を用いることが好ましい。
【0039】
例えば、ヒト嗅覚受容体のアミノ酸配列及びそれをコードするDNAの塩基配列は公知である。代表的なポリヌクレオチド(cDNA)を含む塩基配列は公知のデータベースGenBank(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/genbank/)等から容易に取得できる。
【0040】
受容体は、本開示において必要な受容体機能を失わない限り、どのような形態で使用されてもよい。例えば、受容体は、生体から単離された嗅覚受容器若しくは嗅細胞等の天然に受容体を発現する組織や細胞、又はそれらの培養物のほか、当該受容体を発現するように遺伝的に操作された組換え細胞又はその培養物の形態で使用され得る。これらの形態は全て、本発明で使用される受容体に含まれる。受容体は、受容体毎に細胞に発現させるようにすることが好ましい。こうした各種形態の受容体は当業者であれば公知技術に基づいて適宜準備することができる。
【0041】
受容体として、好ましくは、嗅細胞等の天然に受容体を発現する細胞、又は受容体を発現するように遺伝的に操作された組換え細胞、あるいはそれらの培養物が使用される。当該組換え細胞は、受容体をコードする遺伝子を組み込んだベクターを用いて細胞を形質転換することで作製することができる。なお、上記したように、遺伝的改変により受容体をコードする遺伝子が導入される細胞は、組成物の取得工程において、におい物質と接触される動物培養細胞と、綱、目、科、属及び種のいずれかの同じドメインに属することが好ましい。種、属、科、目及び綱の順序で、同一ドメインに属していることが好ましい。
【0042】
なお、受容体を発現させる細胞には、受容体輸送タンパク質1S(RTP1s)をコードする遺伝子を共に導入することが好ましい。RTP1sは、受容体の細胞膜発現を補助する機能を有している。上記組換え細胞の作製に使用できるRTP1sとしては、例えば、ヒトRTP1sが挙げられる。なお、RTP1s遺伝子の代わりにRTP1s変異体遺伝子を用いてもよい。
【0043】
本組成物と受容体との接触工程は、本組成物の存在下で受容体を保持する細胞を培養して実施することができる。例えば、本組成物を培地として受容体発現細胞を培養するようにして実施できる。培養条件は、受容体発現細胞の培養条件を適宜選択することができる。例えば、既に説明したように、培地は、適当な抗生物質を含有する無血清培地を用いることができる。なお、培養時間は、受容体による応答評価が可能な程度な時間行う必要がある。例えば、1時間以上数時間以下程度とすることができる。
【0044】
受容体を用いた評価は、従来と同様の手法で実施できる。例えば、におい物質の応答を、受容体を介したCRE結合タンパク質の活性化を利用して評価する形態等を利用できる。当該形態のためのプロトコールは特に限定されない。例えば、活性化したCRE結合タンパク質がCREに結合して下流の遺伝子の発現を促進することを利用して、当該下流の遺伝子として、レポーター遺伝子を導入し、当該レポーター遺伝子の発現レベルを測定してもよい。レポーター遺伝子としては、公知の蛍光タンパク質をコードする遺伝子など、当業者であれば適宜選択できる。またレポーター遺伝子の発現レベルは、用いるレポーター遺伝子の種類に応じて適宜決定される。
【0045】
受容体を介したCRE結合タンパク質の活性化経路は、既出の通り当業者において周知である。受容体と各種のにおい分子とを接触させこれらを結合させることで、細胞内において、Gタンパク質、アデニル酸シクラーゼ(AC)が順次活性化されて、cAMPが上昇する。これに伴いプロテインキナーゼA(PKA)がリン酸化されて下流のシグナル伝達系を活性化する。その一方でPKAが核内に移行して、転写因子CRE結合タンパク質(CREB)を活性化するものである。
【0046】
なお、におい物質の評価は、例えば、におい物質添加群と対照群(例えば、におい物質非添加群若しくは対照物質添加群)との間でcAMP応答性エレメント結合タンパク質の活性化を比較することによって行われ得る。対照群と比較して、におい物質添加群におけるcAMP応答性エレメント結合タンパク質の活性化が増大の有無やその程度により、当該におい物質に対する受容体の応答性を評価できる。
【0047】
また、動物培養細胞と接触させないこと以外は、上記の本組成物の取得工程と同様に操作した対照組成物又はにおい物質のみ、あるいは必要に応じて培地成分を含む対照組成物を取得する工程と、当該対照組成物と、受容体とを接触させる工程と、を備える、対照方法を実施することができる。この対照方法によって得られる受容体の応答性と、本評価方法によって得られる受容体の応答性とを比較することで、におい物質が嗅粘液によって変換されるものであるか否かを判定することができる。
【0048】
例えば、本評価方法によって得られた応答性と、対照方法によって得られた応答性とが、同等であれば、におい物質は動物培養細胞により、すなわち、嗅粘液により変換されていない可能性を肯定できる。また、本評価方法による応答性が対照方法による応答性よりも高い又は低いときには、なんらかの変換が生じた可能性を肯定できる。
【0049】
したがって、本明細書によれば、上記の本組成物の取得工程と、前記動物培養細胞と接触させないこと以外は、上記の本組成物の取得工程と同様に操作した対照組成物又はにおい物質を少なくとも含む対照組成物を取得する工程と、本組成物及び対照組成物と、受容体とを接触させる工程と、を備え、本組成物と対照組成物についての応答性を対比する、におい物質の嗅粘液による被変換特性の評価方法が提供される。なお、対照組成物の取得工程及び対照組成物と受容体とを接触させる工程は、本組成物の取得工程及び接触工程にとは独立して、これらの工程に先だってあるいはこれらの工程とは別個に、さらには、これらの工程の後に実施するようにしてもよい。
【0050】
また、本明細書によれば、におい物質の嗅粘液による変換態様に関する被変換情報の取得方法が提供される。この被変換情報の取得方法は、評価しようとするにおい物質と動物培養細胞との接触により生じる前記におい物質又はその変換体を含む組成物(培養上清など)を取得する工程と、前記組成物に基づいて嗅粘液によるにおい物質の変換態様に関する被変換情報(すなわち、変換体及び変換率のいずれか又は双方)を取得する工程と、を備えることができる。
【0051】
この取得方法によれば、評価しようとするにおい物質が、嗅粘液による変換処理を受けるものであるか否か、その程度又は変換後の化合物などの変換態様に関する被変換情報を取得できる。におい物質が嗅粘液変換性を有する場合には、嗅粘液と接触させるか本開示の組成物を取得して受容体と接触させることが必要であることを知得できる。よって、受容体による適切なにおい物質評価が可能となる。
【0052】
さらに、本明細書によれば、上記の嗅粘液被変換情報の取得工程において、前記動物培養細胞に換えてカルボキシエステラーゼを用いてもよい。嗅粘液によるにおい物質の変換の主体は、カルボキシエステラーゼによるからである。この態様によっても、におい物質の嗅粘液被変換情報を取得し、利用することができる。
【0053】
以上説明したように、本評価方法によれば、におい物質と動物培養細胞とを接触させて得られる本組成物と、受容体と、を接触させることにより、嗅粘液存在下での受容体の応答を模倣して、生体におけるにおい物質と受容体との応答性を高い確度で評価できるようになる。また、こうした評価方法を用いることで、より実用性のある受容体のスクリーニングやマスキング剤のスクリーニングが可能となる。
【0054】
(におい物質に応答する嗅覚受容体のスクリーニング方法)
本開示のにおい物質に応答する受容体のスクリーニング方法は、におい物質と動物培養細胞との接触により生じる本組成物を取得する工程と、本組成物と、1又は2以上の受容体と、を接触させる工程と、を備えることができる。本開示の受容体のスクリーニング方法によれば、これら受容体の応答性を評価することで、嗅粘液存在下でにおい物質と結合して応答性を示す受容体をスクリーニングできる。したがって、より実用的な意味でにおい物質応答性の受容体をスクリーニングできる。
【0055】
本スクリーニング方法における、本組成物の取得工程及び本組成物と受容体との接触工程については、既に説明した本評価方法におけるのと同様の態様を適用することができる。なお、本組成物と、受容体と、を接触するのにあたり、例えば、ヒトなどの嗅覚受容体のライブラリを対象として、多数個の、好ましくは数十以上、より好ましくは100以上、さらに好ましくは200以上、なお好ましくは300以上の受容体と、一挙に接触させるようにする。
【0056】
(におい物質のマスキング剤のスクリーニング方法)
本開示の、におい物質のマスキング剤のスクリーニング方法は、におい物質と動物培養細胞との接触により生じる本組成物を取得する工程と、本組成物と、前記におい物質に応答する嗅覚受容体と、を接触させる工程と、を備え、本組成物の取得工程又は前記接触工程のいずれかに1又は2以上の被験物質を供給することができる。本開示の受容体のスクリーニング方法によれば、これら受容体の応答性に基づいて被験物質のマスキング能を評価することで、嗅粘液存在下でにおい物質と受容体との結合を阻害などするマスキング剤をスクリーニングできる。したがって、より実用的な意味でにおい物質のマスキング剤をスクリーニングできる。
【0057】
被験物質であるマスキング剤候補は、本組成物の取得工程及び本組成物と受容体との接触工程のいずれかに供給される。本組成物の取得工程に供給されることで、マスキング剤候補の嗅粘液による変換を考慮したスクリーニングが可能となる。また、接触工程においては、そのような変換を考慮しない、受容体への結合性に基づくスクリーニングが可能となる。
【0058】
被験物質は、特に限定しない。天然に存在する物質のほか、化学的又は生物学的に合成された物質ほか、単一物質であっても、組成物であってもよい。
【0059】
本スクリーニング方法における、本組成物の取得工程及び本組成物と受容体との接触工程については、既に説明した本評価方法におけるのと同様の態様を適用することができる
【実施例】
【0060】
以下、本発明を、実施例を挙げて具体的に説明するが、これらは本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0061】
(ウサギ嗅粘液により変化するにおい物質の確認)
ウサギの鼻腔内にgel-loadチップを用いて各量のリンゲル液(140mM NaCl, 5.6mM KCl、10mM HEPES、2mMピルビン酸ナトリウム、1.25mM KH2P4、2mM MgCl2、2mM CaCl2、9.4mM グルコース)で灌流し、得られた溶液を嗅粘液として用いた。
【0062】
採取したウサギ嗅粘液ににおい物質(酢酸オイゲノール、酢酸-p-トリル、酢酸フェニル、酢酸ベンジル、酢酸プレニル)を各々に添加し(最終濃度100μM)、37℃、5分静置した。嗅粘液非添加群として、リンゲル液ににおい物質を添加したものを用いた。
反応後、直ちに同量の酢酸エチルを添加して溶媒抽出し、ガスクロマトグラフ/質量分析計(GC/MS)で分析した。結果を図1に示す。また、嗅粘液非添加群の残存におい物質量に対する嗅粘液添加群のにおい物質減少量の割合を減少率として算出した。その結果を図2に示す。
【0063】
図1に示すように、マウス嗅粘液の作用により、酢酸オイゲノールはオイゲノールに、酢酸-p-トリルはp-クレゾールに、酢酸フェニルはフェノールに変化した。また、図2に示すように、酢酸オイゲノール、酢酸-p-トリル、酢酸フェニルはほとんど残存しなかったが、酢酸ベンジルは約20%、酢酸プレニルは約40%のみ減少したことがわかった。
【実施例2】
【0064】
(マウス嗅粘液によるにおい物質の変換に寄与する酵素の特定)
カルボキシエステラーゼの作用が想定されたため、カルボキシルエステラーゼの阻害剤であるBNPP (bis(p-nitrophenyl)phosphate)を最終濃度が1mMとなるように嗅粘液に添加した。この嗅粘液を用いて、酢酸オイゲノール、酢酸-p-トリル、酢酸フェニルを各々に添加し(最終濃度100μM)、37℃、5分静置した。反応後、実施例1と同様にして溶媒抽出を行い、GC/MSで分析した。結果を図3に示す。
【0065】
図3に示すように、BNPP添加嗅粘液では、酢酸オイゲノール、酢酸-p-トリルおよび酢酸フェニルはほとんど変化しないことが確認された。以上のことから、嗅粘液によるオイゲノール、p-クレゾールおよびフェノールへの変化は嗅粘液中のカルボキシルエステラーゼによるものであることが確認された。
【実施例3】
【0066】
(ヒトカルボキシルエステラーゼ(CES)添加によるにおい物質の変化の確認)
ヒトカルボキシルエステラーゼCES1またはCES2を20μg/mLに調製した。
酢酸オイゲノール、酢酸-p-トリル、酢酸プレニルを添加し(最終濃度100μM)、37℃5分間反応させた。反応後、実施例1と同様にして、GC/MSで分析し、実施例1と同様にして溶媒抽出を行い、CES非添加群の残存におい物質量に対するCES添加群のにおい物質減少量の割合を減少率として算出した。結果を図4及び図5に示す。
【0067】
図4及び図5に示すように、CES1およびCES2ともに、酢酸オイゲノール、酢酸−p−トリル及び酢酸プレニルに対して、嗅粘液と同様の反応を呈し、酢酸オイゲノールおよび酢酸-p-トリルはオイゲノールおよびp-クレゾールにそれぞれ変化した結果、100%減少し、酢酸プレニルは約40%減少することがわかった。
【実施例4】
【0068】
(培養細胞の培養上清によるにおい物質の変化)
次に、嗅粘液の作用が、嗅覚受容体を発現させた細胞の培養上清によるものであるかどうかを確認した。24well のプレートに嗅覚受容体を発現させるためのホスト細胞であるヒト胎児腎細胞HEK293のほか、ヒト肺粘液性表皮細胞NCI-H292及び気道上皮細胞Calu-3を3.0×105/cm2の割合で播種し、ペニシリン/ストレプトマイシンを含む無血清のDME培地にて、48時間CO2インキュベータ内で培養した。マイクロピペットで培養上清を採取し、1000rpmで3分間、遠心操作を行った後、上清を採取した。
【0069】
この培養上清に酢酸オイゲノールを添加し(最終濃度100μM)、60分間反応させた。
反応後、実施例1と同様にして溶媒抽出を行い、GC/MSで分析した。実施例1と同様に、培養上清非添加群の残存におい物質量に対する培養上清添加群のにおい物質減少量の割合を減少率として算出した。結果を図6に示す。
【0070】
図6に示すように、どの細胞培養上清においても減少率が20%以下であり、培養細胞の上清は、嗅粘液が有する機能を有していないことがわかった。
【実施例5】
【0071】
(培養細胞HEK293に添加することによるにおい物質の変化の確認)
24well のプレートにHEK293細胞を3.0×105/cm2の割合で播種し、ペニシリン/ストレプトマイシンを含む無血清のDME培地にて培養した。一晩の培養後、培地を除去し、対象のにおい物質(酢酸オイゲノール、酢酸-p-トリル、酢酸フェニル)を添加したペニシリン/ストレプトマイシンを含む無血清のDME培地を添加した(最終濃度100μM)。細胞非処理群として、細胞を播種していないwellに添加したものを用いた。
【0072】
におい物質添加から60分後に、培養上清を採取した。培養上清採取後、実施例1と同様にして溶媒抽出を行い、GC/MSで分析した。また、実施例1と同様に、培養上清非添加群の残存におい物質量に対する培養上清添加群のにおい物質減少量の割合を減少率として算出した。結果を図7に示す。
【0073】
図7に示すように、におい物質添加後60分で酢酸オイゲノール、酢酸-p-トリルおよび酢酸フェニルは、それぞれ、オイゲノール、p−クレゾール及びフェノールにそれぞれ変換され、80%以上が減少していることがわかった。一方、酢酸ベンジルの減少率は30%程度であった。
【実施例6】
【0074】
(培養細胞HEK293に添加することによるにおい物質の変化の確認、経時変化)
各におい物質添加後から、15分、30分、60分、120分後に培養上清を採取した以外は、実施例5と同様に操作した。各時点での培養上清について、実施例1と同様に、細胞非処理群の残存におい物質量に対する細胞処理群のにおい物質減少量の割合を減少率として算出した。結果を図8に示す。
【0075】
図8に示すように、酢酸オイゲノール、酢酸-p-トリルおよび酢酸フェニルの各におい物質は、添加後60分でそのほとんどが変換されていることがわかった。
【実施例7】
【0076】
(培養細胞Calu-3に添加することによるにおい物質の変化、経時変化)
培養細胞を、Calu-3細胞とする以外は、実施例6と同様に操作した。各時点での培養上清について、実施例1と同様に、細胞非処理群の残存におい物質量に対する細胞処理群のにおい物質減少量の割合を減少率として算出した。結果を図9に示す。
【0077】
図9に示すように。HEK293と同様、酢酸オイゲノール、酢酸-p-トリルおよび酢酸フェニルの各におい物質は、添加後60分でそのほとんどが変換されていることがわかった。
【実施例8】
【0078】
(嗅粘液の作用を考慮した受容体による評価)
本実施例では、酢酸-p-トリルに特異的に反応するヒト嗅覚受容体であるOR1A1を用い、酢酸-p-トリルと動物培養細胞とを接触させた後、その培養上清と、嗅覚受容体OR1A1とを接触させて、受容体の応答性を評価した。
【0079】
(HEK293細胞の準備)
HEK293細胞を10% ウシ胎児血清(FBS)-ペニシリン/ストレプトマイシンを含むDME培地にて培養した。
【0080】
(ベクターの準備)
一方、表1に示す組成の反応液を調製し、クリーンベンチ内で30分放置した後、384ウェル(ポリーL-リジンコート・ ホワイトプレート)の各ウェルに添加した。なお、ヒト嗅覚受容体OR1A1は、そのコード領域の塩基配列に基づいて、PCR法により増幅した各遺伝子をFlexi Vector(Promega)に常法に従って組み込み、 SgfIとPmeIサイトを利用して、 pF5K CMV- neo Flexi Vectorを作製した。
【0081】
また、pGL4.29(luc2P/CRE/Hygro)ベクター(Promega)は、CRE応答の測定用である。すなわち、細胞内cAMP量の増加をホタルルシフェラーゼ遺伝子(luc2P/CRE/Hygro)由来の発光値としてモニターするルシフェラーゼレポータージーンアッセイのために導入した。また、pRL−TKベクター(Promega)は、HSV−TKプロモーター下流にウミシイタケルシフェラーゼ遺伝子を融合させたものであり、遺伝子導入効率や細胞数の誤差を補正する内部標準のために導入した。
【0082】
【表1】
【0083】
(形質転換)
HEK293細胞を2.8×105/cm2の割合で、表1の反応液が添加された各ウェルに播種し、CO2インキュベータ内で24時間培養して、HEK293細胞を形質転換した。
【0084】
(動物培養細胞の準備及びにおい物質との接触)
実施例4と同様、24ウェルのプレートにHEK293細胞を3.0×105/cm2の割合で播種し、ペニシリン/ストレプトマイシンを含む無血清のDME培地にて培養した。
一晩の培養後、培地を除去し、酢酸-p-トリルを添加したペニシリン/ストレプトマイシンを含む無血清のDME培地を添加し(最終濃度1mM)、1時間後に培養上清を採取した。これを細胞処理液(本開示の本組成物に相当する。)とした。
【0085】
同様にして、細胞非処理液として、酢酸-p-トリルまたはp-クレゾール添加したペニシリン/ストレプトマイシンを含む無血清のDME培地を調製した。
【0086】
また、実施例1と同様にして調製したウサギ嗅粘液に対して酢酸−p−トリルを添加して処理した嗅粘液処理液(最終濃度1mM)も調製した。
【0087】
(細胞処理液と嗅覚受容体との接触)
24時間培養したHEK293細胞(嗅覚受容体を発現した形質転換細胞)の培地をウェルから除去して、先に調製した細胞処理液及び2種類の細胞非処理液並びに嗅粘液処理液をそれぞれ添加し、4時間CO2インキュベータに放置した。
【0088】
(嗅覚受容体の応答性のルシフェラーゼ活性による評価)
細胞処理液等と接触させた嗅覚受容体を発現させたHEK293細胞について、ルシフェラーゼ活性はDual-Glo Luciferase assay system(Promega社)の添付プロトコルに準じて測定した。におい物質刺激により誘導されたホタルルシフェラーゼ由来の発光値をコントロール群の発光値で割った値をコントロール比として、応答強度の指標とした。結果を図10に示す。
【0089】
図10に示すように、細胞処理液と接触させた酢酸-p-トリルの細胞処理液のOR1A1の応答強度は、細胞非処理液と接触させた場合に比較して、低下した。そして、酢酸-p-トリルの変換物であるp-クレゾールの細胞非処理液や嗅粘液処理液と接触させた場合と、ほぼ同等の応答強度を示した。
【0090】
以上のことから、嗅粘液の作用を受けるにおい物質は、動物培養細胞と接触させて処理した培養上清を含む組成物を受容体に接触させるようにすることで、嗅粘液存在下の場合と同等の受容体応答評価結果が得られることがわかった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10