【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明は、かかる課題を解決すべくなされたものであり、例えば車両エンジン用の軸受に採用される樹脂組成物の耐摩耗性を維持しつつ、その耐焼付性を向上させることを目的とする。
かかる目的を達成するために、この発明の第1の局面では、次なる樹脂組成物を提案する。即ち、
樹脂バインダ、
固体潤滑剤、及び
前記樹脂バインダより硬くかつ前記樹脂バインダより脆い保護強化剤、を含む摺動用樹脂組成物。
【0007】
このように規定される第1の局面の摺動用樹脂組成物によれば、樹脂バインダより硬い保護強化剤が配合されているので、摺動用樹脂組成物全体に高い耐摩耗性が得られる。
さらには、固体潤滑剤の変形では吸収できないほどに強い負荷が樹脂組成物にかけられたとき、この負荷は保護強化剤にもかかる。保護強化剤は樹脂バインダより脆いので、樹脂バインダが変形する前に保護強化剤が変形ないし崩壊する。これにより、樹脂バインダの応力が緩和され、その結果、摺動用樹脂組成物の骨格とも言える樹脂バインダが一気に大きく破壊されてしまうことを避けることができる。
かかる摺動用樹脂組成物で軸受の摺動面を構成すると、前述したように樹脂組成物の耐久性が向上し、軸と軸受との直接接触が防止され、もって、耐焼付性が向上する。
【0008】
ここに各要素の硬さは耐摩耗性の指標となり、例えばビッカース硬さで表すことができる。
保護強化剤の硬さは樹脂バインダのそれに比べて、ビッカース硬さで10〜100倍の差がある。
また、各要素の脆さはその限界応力で表すことができる。限界応力とは樹脂組成物を構成する各要素に負荷がかけられたとき、各要素が塑性変形したり破壊されたりせずに耐え得る最大限度の応力をいう。限界応力の小さいものほど崩れやすく脆さが大きい。
【0009】
樹脂組成物に配合される固体潤滑剤は樹脂組成物の表面の摩擦係数を低減してそのすべり特性を向上させる。一般的に、この固体潤滑剤には二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化ホウ素、グラファイトなどが採用される。これらの材料はいずれも樹脂バインダより柔らかく(硬度が小さく)、また脆い(限界応力が小さい。
この発明の第2の局面では、これら樹脂組成物を構成する3つの要素、即ち、樹脂バインダ、固体潤滑剤及び保護強化剤の各限界応力を次のように規定する。
固体潤滑剤≦保護強化剤<樹脂バインダ
このように規定される第2の局面の樹脂組成物によれば、強い負荷が樹脂組成物にかけられたとき、固体潤滑剤と保護強化剤は樹脂バインダより脆いので、樹脂バインダが変形する前にこれらが変形ないし崩壊する。これにより、樹脂バインダの応力が緩和され、その結果、摺動用樹脂組成物の骨格とも言える樹脂バインダを保形する。
【0010】
樹脂バインダより硬く、かつ樹脂バインダより脆い保護強化剤として次のものを挙げられる。一つには、樹脂バインダの成形材料より硬い材料で形成された粒子(この明細書で「保護強化一次粒子」ということがある)を凝集させたものがある。
ここに保護強化一次粒子の凝集には、単体(即ち、一次)の粒子同士が直接連結してなる二次粒子、更にこの二次粒子が連結してなる三次粒子というように粒子が直接結合してなる多次粒子(二次以上の粒子)の態様、一次粒子の連結が樹脂バインダを介してなされる態様、更には一次粒子の連結が樹脂バインダによりサポートされる態様が考えられる。この明細書では、保護強化一次粒子が凝集したものを「凝集体」と呼ぶことがある。
かかる凝集体に負荷がかかると、樹脂バインダが変形する前に、粒子同士のずれが生じて変形し、ひいては凝集した状態の崩壊が生じる。換言すれば、樹脂組成物にかかる負荷が凝集体の限界応力を超えると、凝集体を構成する粒子同士のずれが非可逆的に生じ、このずれが更に大きくなると凝集体自体が崩壊し、凝集体として連結されていた粒子の一部が分離される。凝集体のこの限界応力を樹脂バインダのそれより小さくしておくことで、樹脂バインダの応力が緩和される。
樹脂組成物の摺動面に表出する凝集体の中には、与えられた負荷が当該凝集体の限界応力を超えたとき、その一部が崩壊して分離し、摺動面に微小な凹部を形成する。この凹部は潤滑油溜まりとなり、当該摺動面上の油膜維持に寄与する。
【0011】
保護強化一次粒子として、樹脂バインダの成形材料より硬い材料でバルーン状に形成された粒子を採用したときは、バルーンの粒径、形状、壁厚及び成形材料の少なくとも一つを制御することでバルーン粒子自体の脆さを制御できる。従って、かかるバルーン状の保護強化一次粒子自体が樹脂バインダより硬くかつ樹脂バインダより脆いという特性を備えることができる。よって、バルーン状の保護強化一次粒子を採用するときは、これを凝集体としても、また、凝集体としなくよい。
バルーン状の保護強化一次粒子の成形材料としてはシリカや酸化チタンなどの金属酸化物や樹脂バインダの成形材料より硬い樹脂材料を採用することができる。
【0012】
保護強化剤の配合量は、樹脂組成物全体に対して1vol. %以上20vol. %以下とする。保護強化剤の配合量が樹脂組成物全体に対して1vol. %以上とすることにより、摺動面に表出する凝集体の量が十分となり、その結果、十分な潤滑油溜まりを形成できる。粒子として樹脂バインダより硬いものを採用し、樹脂組成物の耐摩耗性向上を企図したときには、十分な耐摩耗性向上を得られる。他方、粒子の配合量を樹脂組成物全体に対して20vol.%以下とすることにより、樹脂バインダの粘度が製造に適したものとなる。
【0013】
凝集させる保護強化一次粒子は固体潤滑剤より小径とする。ここに、保護強化一次粒子と固体潤滑剤の径は測定視野における径をいい、実質的に全ての保護強化一次粒子の径が全ての固体潤滑剤の径より小さいものとする。保護強化一次粒子の径が固体潤滑剤より大径であると、その凝集体は更に大径となり、固体潤滑剤の機能を阻害するおそれがある。
【0014】
以上より、この発明の第5の局面は次のように規定される。即ち、
第1の局面の摺動用樹脂組成物において、前記保護強化剤は、前記樹脂バインダより硬くかつ前記固体潤滑剤より小径な粒子の凝集体からなり、前記摺動用樹脂組成物全体において1vol.%以上20vol. %以下を占める。
なお、かかる配合量(vol.%=体積%)は、原料時点での比較により特定できることはもとより、樹脂組成物のバルクをICPにより化学分析して特定可能である。
【0015】
この発明の第6の局面は次のように規定される。即ち、
第5の局面で規定の樹脂組成物において、前記粒子の平均粒径は10nm以上100nm以下とする。
このように規定される第6の局面の樹脂組成物によれば、平均粒径が10nm以上100nm以下である保護強化一次粒子を採用することにより、樹脂組成物内において単体の(即ち、一次の)粒子同士が凝集しやすくなる。
かかる一次粒子の粒径は、例えば、その摺動面に垂直な摺動用樹脂組成物の断面に現れる一次粒子を楕円に近似し、その楕円の長軸をもって粒径とすることができる。
ここに、保護強化剤の量を前述のようにしてかつその一次粒子の平均粒径を10nm以上とすると、樹脂組成物内に配合された保護強化一次粒子間の凝集が過剰に進行することを抑えることができる。平均粒子径が10nm未満となると保護強化一次粒子の凝集が過剰に進行し、樹脂組成物において保護強化剤の存在しない部分が大きくなり、保護強化剤による樹脂組成物改良が不十分になるおそれがある。
【0016】
また、保護強化剤の配合量を前述のようにしてかつその保護強化一次粒子の平均粒径を100nm以下とすると、保護強化一次粒子が分散し過ぎることなく適切な凝集体を確実に形成することができる。平均粒子径が100nmをこえると樹脂組成物中に保護強化一次粒子が単体で分散し過ぎてしまうおそれがあり、そうすると、保護強化一次粒子の凝集体の変形若しくは崩壊によって樹脂組成物の破壊を防止するという保護強化剤に求められる作用が十分に奏されないおそれがある。
保護強化一次粒子の凝集体の変形ないし崩壊を適切に起こさせることができると、樹脂バインダに応力が蓄積されことを効率的に抑えることができるので、樹脂バインダが一気に大きく破壊されてしまうことがない。その結果、樹脂組成物の耐焼付性は向上する。
別の観点から、凝集体を形成すべき保護強化一次粒子の平均粒径を15nm以上50nm以下とすることもできる。
【0017】
この発明の第7の局面は次のように規定される。
第6の局面に規定の摺動用樹脂組成物において、保護強化一次粒子の凝集体は、その
平均径をA及びその標準偏差をσとしたとき、A−1σが60nm以上、A+1σが400nm以下とする。
ここに、凝集体の形状は球とは限らないので、この明細書では、摺動用樹脂組成物をその摺動面に対して垂直方向に切断したとき得られる切断面の測定視野に現れる凝集体の径を採用する。更に詳しくは、観察された凝集体を楕円近似してその楕円の長軸を凝集体の径とする。摺動用樹脂組成物にはその摺動面に対して垂直方向により強い負荷がかかるので、摺動面に対して垂直方向の切断面を測定視野とした。また、該垂直方向の負荷を受ける凝集体の幅(=凝集体を摺動面に投影したときの長さ)がその限界応力に大きく関与するので、凝集体を規定する径にはその近似楕円の長軸を径とした。
【0018】
このように規定される第7の局面に規定の摺動用樹脂組成物によれば、凝集体の大きさが適当であるため、負荷に対して樹脂組成物より先に変形若しくは崩壊するというそれ自体の保護機能が確保され、かつ樹脂組成物中に均等に分散する分散性も確保される。
他方、上記A−1σの値が60nm以上であると、樹脂組成物中において粒子の凝集度合が十分となる。もって、粒子間のずれに起因する限界応力が、樹脂バインダのそれに比べて小さくなる。る。また、上記A+1σの値が400nm以下であると、粒子の凝集体の分散度合いが十分であり樹脂組成物において保護強化剤の偏在領域が無くなる。
【0019】
この発明の第8の局面は次のように規定される。即ち、
第3〜第7のいずれかに規定の摺動用樹脂組成物において、前記凝集体の長軸と摺動面とのなす角度が45度以下である。
ここに、凝集体の長軸とは、第7の局面で説明した凝集体の径と同様に規定される。即ち、摺動用樹脂組成物をその摺動面に対して垂直方向に切断したとき得られる切断面の測定視野に現れる凝集体の長軸を差し、例えば観察された凝集体を楕円近似してその楕円の長軸を凝集体の長軸とする。
なお、全ての凝集体の長軸の角度がそろっているわけではないので、切断面で観察された凝集体の長軸の角度の平均値が45度以下とする。
別の観点から、凝集体の長軸と摺動面とのなす角度は45度以下5度以上とする。当該なす角度が5度未満になると、凝集体のアスペクト比が比較的大きい場合、摺動面と平行な方向の負荷に対して凝集体の応力緩和機能が十分に働かないおそれがある。また、当該角度が5未満のような、いわゆるねた状態の凝集体は摺動用樹脂組成物の表面近くに集まっているおそれがあり、樹脂組成物の特性が不均一になるおそれがある。
【0020】
この凝集体の長軸と摺動面とのなす角度が45度以下であると、換言すれば、凝集体の長軸が摺動面と平行に近いほど、摺動面から垂直方向に加わる負荷を確実に受け止められ、また、その負荷は短軸方向へのせん断力として働くので、凝集体の変形若しくは崩壊がより確実に実行される。
また、凝集体の長軸が摺動面と平行に近いほど、摺動体は摺動面においてより広く表出する。これにより、表出した摺動体の一部が分離してそこに潤滑油溜まりとなる微小な凹部が形成されやすくなる。
他方、凝集体の長軸と摺動面となす角度が45度を超えると、凝集体において、摺動面から垂直方向に加わる負荷を受け止める部位が狭くなり、凝集体が変形し又は崩壊し難くなるおそれがある。また、同じく45度を超えると、摺動面における摺動体の表出面積が狭くなり、そこは潤滑油溜まりとなる凹部も形成され難くなるおそれがある。