(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
各車輪の制動力を相互に独立に制御することができるよう構成された制動装置と、前記制動装置を制御する制御装置と、を有し、各車輪の制動力を制御することにより車両の挙動を制御するよう構成された車両用挙動制御装置であって、
前記制御装置は、車両が非制動状態にあるときには、車両の横加速度の情報を取得し、車両の横加速度に基づいて、車両の横加速度の絶対値の増大に伴う車両のヨーゲインの減少率を低減するためのフィードフォワード制御の目標ヨーモーメントを演算し、少なくとも前記目標ヨーモーメントに対応するヨーモーメントが車両に付与されるように前記制動装置を制御することによって各車輪の制動力を制御するよう構成された、車両用挙動制御装置において、
車両の左右の前輪は駆動輪であり、前記制御装置は、運転者の駆動操作量の情報を取得し、運転者の駆動操作量が小さいほど小さくなるガード値を演算し、前記フィードフォワード制御の目標ヨーモーメントが前記ガード値を越えないように前記フィードフォワード制御の目標ヨーモーメントを前記ガード値にてガード処理するよう構成された、車両用挙動制御装置。
請求項1に記載の車両用挙動制御装置において、前記制御装置は、車両の実ヨーレートの情報を取得し、車両の規範ヨーレートを演算し、前記規範ヨーレートと前記実ヨーレートとの偏差に基づいて、車両のヨーレートについてのフィードバック制御の車両の目標加減速度及び目標ヨーモーメントを演算し、前記フィードフォワード制御の目標ヨーモーメント及び前記フィードバック制御の目標ヨーモーメントの和として最終の目標ヨーモーメントを演算し、前記目標加減速度及び前記最終の目標ヨーモーメントに基づいて各車輪の目標制動制御量を演算し、前記目標制動制御量に基づいて各車輪の制動力を制御するよう構成された、車両用挙動制御装置。
【発明の概要】
【0005】
〔発明が解決しようとする課題〕
特許文献1に記載されているような従来の挙動制御装置においては、ヨーレートの偏差の大きさが制御開始基準値以上になると、挙動制御による車輪の制動力の制御が行われ、ヨーレートの偏差の大きさが制御終了基準値以下になると、挙動制御による車輪の制動力の制御が終了する。そのため、旋回時の車両の安定性が低下しても、ヨーレートの偏差の大きさが制御開始基準値以上にならなければ、挙動制御による車輪の制動力の制御は行われない。従って、旋回時の車両の安定性が低下する状況において、挙動制御による車輪の制動力の制御を遅れなく開始して旋回時の車両の安定性を遅れなく向上させることが困難である。
【0006】
なお、制御開始基準値を小さくすれば、挙動制御による車輪の制動力の制御を早期に開始させることはできるが、制御開始基準値と制御終了基準値との差が小さくなり、挙動制御による車輪の制動力の制御のハンチングが生じ易くなる。また、ヨーレートの偏差の演算に必要な実ヨーレートなどの検出誤差に起因して、ヨーレートの偏差の大きさが制御開始基準値以上になったと判定され易くなるため、挙動制御による車輪の制動力の制御が不必要に行われる虞が高くなる。
【0007】
本願発明者は、旋回時の車両の安定性が低下していることを要件とすることなく車両の旋回時の安定性を早期に向上させる研究を鋭意行った。その結果、本願発明者は、車両が非制動旋回時にアンダーステア状態になる虞は車両の横加速度の絶対値が大きいほど大きいので、及び車両の横加速度に基づくフィードフォワード制御により車両のヨーモーメントを制御すれば、車両のアンダーステア防止制御を遅れなく開始することができることを見出した。
【0008】
本発明の課題は、本願発明者が得た上記の知見に基づき、車両の横加速度に基づくフィードフォワード制御の目標ヨーモーメントに基づいて各車輪の制動力を制御することにより、非制動旋回時の車両の安定性を早期に向上させることである。
【0009】
〔課題を解決するための手段及び発明の効果〕
本発明によれば、各車輪(12FL〜12RL)の制動力を相互に独立に制御することができるよう構成された制動装置(14)と、制動装置を制御する制御装置(44、48及び56)と、を有し、各車輪の制動力を制御することにより車両(18)の挙動を制御するよう構成された車両用挙動制御装置(10)が提供される。
【0010】
制御装置(44、48及び56)は、車両(18)が非制動状態にあるときには、車両の横加速度(Gy)の情報を取得し、車両の横加速度に基づいて、車両の横加速度の絶対値の増大に伴う車両のヨーゲイン(∂Yr/∂MA)の減少率を低減するためのフィードフォワード制御の目標ヨーモーメント(Myacat)を演算し、少なくとも目標ヨーモーメントに対応するヨーモーメントが車両に付与されるように制動装置(14)を制御することによって各車輪の制動力を制御するよう構成されている。
更に、車両の左右の前輪(12FL、12FR)は駆動輪であり、制御装置(44、48及び56)は、運転者の駆動操作量(ACC)の情報を取得し、運転者の駆動操作量が小さいほど小さくなるガード値(Mygard)を演算し、フィードフォワード制御の目標ヨーモーメント(Myacat)がガード値を越えないようにフィードフォワード制御の目標ヨーモーメントをガード値にてガード処理するよう構成されている。
【0011】
後に詳細に説明するように、車両のヨーゲインは、車両の横加速度の絶対値が大きいほど小さくなり、車両の横加速度の絶対値の増大に伴う車両のヨーゲインの減少率は、横加速度の絶対値が大きいほど大きくなる。車両のヨーゲインが小さくなると、車両のヨーレートが車両の規範ヨーレートに比して小さくなり、車両の旋回挙動はアンダーステアになり易くなる。よって、車両の横加速度の絶対値が大きいほど大きくなる旋回補助ヨーモーメントを車両に与えることにより、車両の旋回挙動がアンダーステアになる虞を低減することができる。
【0012】
上記の構成によれば、車両が非制動状態にあるときには、車両の横加速度に基づいて、車両の横加速度の絶対値の増大に伴う車両のヨーゲインの減少率を低減するためのフィードフォワード制御の目標ヨーモーメントが演算される。更に、少なくとも目標ヨーモーメントに対応する旋回補助ヨーモーメントが車両に付与されるように制動装置が制御されることによって各車輪の制動力が制御される。よって、車両の横加速度の絶対値の増大に伴う車両のヨーゲインの減少率を低減することができるので、車両のヨーレートが車両の規範ヨーレートに比して小さくなることに起因して車両の旋回挙動がアンダーステアになる虞を低減することができる。
【0013】
また、車両がアンダーステア状態になっていることを要件とすることなく、車両の横加速度の絶対値が大きいほど大きくなる旋回補助ヨーモーメントを車両に与えることができる。よって、旋回補助ヨーモーメントによるアンダーステア防止制御を遅れなく開始させて、車両の旋回挙動がアンダーステアになる虞を効果的に低減することができる。
後に詳細に説明するように、左右の前輪が駆動輪である車両において、非制動旋回時に旋回補助ヨーモーメントが車両に付与されるよう、旋回内側前輪に制動力が付与されると、当該車輪の横力が低下し、車両のアンダーステア状態が却って悪化することがある。旋回内側前輪に制動力が付与されることにより当該車輪の横力が低下する虞は、運転者による前輪の要求駆動力が小さく旋回内側前輪に付与される制動力が大きいほど高い。
上記構成によれば、運転者の駆動操作量が小さいほど小さくなるガード値が演算され、フィードフォワード制御の目標ヨーモーメントがガード値を越えないようにフィードフォワード制御の目標ヨーモーメントがガード値にてガード処理される。ガード値は運転者の駆動操作量が小さく運転者による前輪の要求駆動力が小さいほど小さくなるので、ガード処理後の目標ヨーモーメントは、前輪の要求駆動力が小さいほど小さくなる。よって、前輪の要求駆動力が小さいほどガード処理後の目標ヨーモーメントを小さくし、旋回内側前輪に制動力が付与されることにより旋回内側前輪の横力が低下することに起因して車両のアンダーステアの度合が却って増大する虞を低減することができる。
【0014】
なお、本願における「ヨーゲイン」は、操舵角の変化に対するヨーレートの変化のゲイン、即ち操舵角に関する車両のヨーレートの偏微分値である。また、車両の横加速度の絶対値の増大に伴う車両のヨーゲインの減少率を低減するためのフィードフォワード制御の目標ヨーモーメントは、以下の説明においては、必要に応じて「ACA目標ヨーモーメント」と指称される。「ACA」は、「Active Cornering Assist」の略称である。
〔発明の態様〕
【0015】
本発明の一つの態様においては、制御装置(44、48及び56)は、車両の実ヨーレート(YR)の情報を取得し、車両の規範ヨーレート(YRt)を演算し、規範ヨーレートと実ヨーレートとの偏差(ΔYR)に基づいて、車両のヨーレートについてのフィードバック制御の車両の目標加減速度(Gxt)及び目標ヨーモーメント(Myt)を演算し、フィードフォワード制御の目標ヨーモーメント及びフィードバック制御の目標ヨーモーメントの和として最終の目標ヨーモーメント(Mytf)を演算し、目標加減速度及び最終の目標ヨーモーメントに基づいて各車輪の目標制動制御量(Sbti)を演算し、目標制動制御量に基づいて各車輪の制動力を制御するよう構成される。
【0016】
上記態様によれば、車両のヨーレートについてのフィードバック制御の車両の目標加減速度及び目標ヨーモーメントが演算され、フィードフォワード制御の目標ヨーモーメント及びフィードバック制御の目標ヨーモーメントの和として最終の目標ヨーモーメントが演算される。更に、目標加減速度及び最終の目標ヨーモーメントに基づいて各車輪の目標制動制御量が演算され、目標制動制御量に基づいて各車輪の制動力が制御される。
【0017】
よって、車両のヨーモーメントは、フィードフォワード制御の目標ヨーモーメント及びフィードバック制御の目標ヨーモーメントの両者に基づいて制御される。従って、フィードフォワード制御の目標ヨーモーメントに対応する旋回補助ヨーモーメントが過大であることに起因して規範ヨーレートと実ヨーレートとの偏差の大きさが過大になることを防止することができる。よって、車両の旋回時のアンダーステア防止制御を遅れなく開始させて、車両の旋回挙動がアンダーステアになる虞を効果的に低減することができるだけでなく、旋回補助ヨーモーメントに起因して車両の旋回挙動がオーバーステア状態になることを防止することができる。
【0021】
更に、本発明の他の一つの態様においては、制御装置(44、48及び56)は、車両の実ヨーレート(YR)の情報を取得し、車両の規範ヨーレート(YRt)を演算し、規範ヨーレートと実ヨーレートとの偏差(ΔYR)に基づいて、車両のヨーレートについてのフィードバック制御の車両の目標加減速度(Gxt)及び目標ヨーモーメント(Myt)を演算し、フィードバック制御の目標ヨーモーメント(Myt)及びフィードフォワード制御のガード処理後の目標ヨーモーメント(Myacatg)の和として最終の目標ヨーモーメント(Mytf)を演算し、目標加減速度及び最終の目標ヨーモーメントに基づいて各車輪の目標制動制御量(Sbti)を演算し、目標制動制御量に基づいて各車輪の制動力を制御するよう構成される。
【0022】
上記態様によれば、車両のヨーレートについてのフィードバック制御の車両の目標加減速度及び目標ヨーモーメントが演算され、フィードバック制御の目標ヨーモーメント及びフィードフォワード制御のガード処理後の目標ヨーモーメントの和として最終の目標ヨーモーメントが演算される。更に、目標加減速度及び最終の目標ヨーモーメントに基づいて各車輪の目標制動制御量が演算され、目標制動制御量に基づいて各車輪の制動力が制御される。
【0023】
よって、車両のヨーモーメントは、フィードバック制御の目標ヨーモーメント及びフィードフォワード制御のガード処理後の目標ヨーモーメントの両者に基づいて制御される。従って、フィードフォワード制御のガード処理後の目標ヨーモーメントに対応する旋回補助ヨーモーメントが過大であることに起因して規範ヨーレートと実ヨーレートとの偏差の大きさが過大になることを防止することができる。よって、車両の旋回時のアンダーステア防止制御を遅れなく開始させて、車両の旋回挙動がアンダーステアになる虞を効果的に低減することができるだけでなく、旋回補助ヨーモーメントに起因して車両の旋回挙動がオーバーステア状態になることを効果的に防止することができる。
【0024】
上記説明においては、本発明の理解を助けるために、後述する実施形態に対応する発明の構成に対し、その実施形態で用いられた符号が括弧書きで添えられている。しかし、本発明の各構成要素は、括弧書きで添えられた符号に対応する実施形態の構成要素に限定されるものではない。本発明の他の目的、他の特徴及び付随する利点は、以下の図面を参照しつつ記述される本発明の実施形態についての説明から容易に理解されるであろう。
【発明を実施するための形態】
【0026】
[実施形態において採用されている本発明の原理]
本発明の理解が容易になるよう、実施形態の説明に先立ち、本発明における挙動制御の原理について説明する。
【0027】
<コーナリングフォース及びコーナリングパワー>
一般に、前輪のスリップ角SAと前輪のコーナリングフォースCFとの間には、
図5に示された関係がある。前輪のコーナリングパワーCPは、前輪のスリップ角SAが
図5に示されていない非常に大きい領域を除けば、スリップ角SAが大きいほど大きくなる。
図5に示された曲線の傾きである前輪のコーナリングパワーCPは、前輪のスリップ角SAが小さい領域においては一定の値であるが、前輪のスリップ角SAが大きい領域においてはスリップ角SAが大きいほど小さくなる。また、コーナリングフォースCF及びコーナリングパワーCPは、前輪の支持荷重が低いほど小さくなる。
【0028】
<横方向の荷重移動>
周知のように、車両が旋回する際には、車両に遠心力が作用することにより、旋回外輪側へ横方向の荷重移動が発生するため、旋回内輪の支持荷重は減少し、旋回外輪の支持荷重は増大する。横方向の荷重移動量は、横加速度Gyの絶対値が大きいほど大きい。コーナリングフォースCF及びコーナリングパワーCPは、旋回内側前輪においては支持荷重の減少により減少し、旋回外側前輪においては支持荷重の増大により増大する。
【0029】
車輪の支持荷重とコーナリングフォースCF及びコーナリングパワーCPとの関係は非線形であり、車輪の支持荷重の減少に伴うコーナリングフォースCF及びコーナリングパワーCPの減少率は、車輪の支持荷重が小さいほど大きくなる。そのため、旋回内輪の支持荷重の減少量及び旋回外輪の支持荷重の増大量が同一であっても、旋回内側前輪におけるコーナリングフォースCF及びコーナリングパワーCPの減少量は、旋回外側前輪におけるコーナリングフォースCF及びコーナリングパワーCPの増大量よりも大きい。よって、左右前輪のコーナリングフォースCFの和及びコーナリングパワーCPの和は、横加速度Gyの絶対値が大きいほど小さくなる。
【0030】
<ヨーゲイン>
車両の横加速度Gyの絶対値は、車両の旋回半径が小さいほど大きく、スリップ角SAは車両の旋回半径が小さいほど大きくなる。よって、スリップ角SAは、車両の横加速度Gyの絶対値が大きいほど大きくなる。また、車両のヨーゲイン(操舵角MAに関する車両のヨーレートYRの偏微分値∂YR/∂MA)は、コーナリングフォースCF及びコーナリングパワーCPが小さいほど、小さくなる。従って、
図6において実線にて示されているように、車両のヨーゲイン∂YR/∂MAは、車両の横加速度Gyの絶対値が大きいほど小さくなる。更に、車両の横加速度Gyの絶対値の増大に伴う車両のヨーゲイン∂YR/∂MAの減少率は、横加速度Gyの絶対値が大きいほど大きくなる。
【0031】
<車両のアンダーステア>
車両の横加速度Gyの絶対値が増大し、車両のヨーゲイン∂YR/∂MAが小さくなると、車両のヨーレートYRが車両の規範ヨーレートに比して小さくなり、車両の旋回挙動はアンダーステアになり易くなる。よって、車両の横加速度Gyの絶対値の増大に伴って車両の旋回挙動がアンダーステアになる虞を低減するためには、例えば
図6において破線にて示されているように、車両の横加速度Gyの絶対値が大きい領域においてその増大に伴う車両のヨーゲイン∂YR/∂MAの減少率を低減すればよい。車両のヨーゲイン∂YR/∂MAの減少率を低減するためには、車両の横加速度Gyの絶対値が大きい領域において、横加速度Gyの絶対値が大きいほど大きくなる旋回補助ヨーモーメントを車両に与えればよい。なお、
図6において、Gy3は車両のヨーゲイン∂YR/∂MAが0になるときの車両の横加速度Gyの絶対値である。
【0032】
<車両の旋回補助ヨーモーメント>
例えば、
図6において破線にて示されているように、車両の横加速度Gyの絶対値がGy3よりも小さいGy1以上の領域において、車両の横加速度Gyの絶対値の増大に伴う車両のヨーゲイン∂YR/∂MAの減少率を低減する場合を考える。この場合には、車両に付与される旋回補助ヨーモーメントMyassは、
図7に示されているように、車両の横加速度Gyの絶対値がGy1以上の領域において、横加速度Gyの絶対値が大きいほど大きくなるよう設定されればよい。
【0033】
図6から解るように、車両の横加速度Gyの絶対値がGy3よりも大きい領域においては、車両に旋回補助ヨーモーメントMyassを与えても、車両のヨーゲイン∂YR/∂MAを増大させることはできない。よって、旋回補助ヨーモーメントMyassは、車両の横加速度Gyの絶対値がGy1以上でGy2以下の領域において、横加速度Gyの絶対値が大きいほど大きくなるよう設定されればよい。なお、Gy2はGy3と同一であることが好ましいが、Gy3よりも大きくてもよく、Gy3より小さくてもよい。
【0034】
ただし、Gy2がGy3より小さい場合には、車両の横加速度Gyの絶対値がGy2よりも大きい領域においては、車両に旋回補助ヨーモーメントMyassが与えられないので、その領域においては車両のヨーゲインを増大させることはできない。逆に、Gy2がGy3より大きい場合には、横加速度Gyの絶対値がGy1以上でGy2以下の領域において車両のヨーゲインを増大させることができるが、横加速度Gyの絶対値がGy2よりも大きい領域においては車両のヨーゲインを増大させることができない。
【0035】
従って、本発明の挙動制御装置においては、車両の非制動時における横加速度Gyの絶対値がGy1以上でGy2以下の領域について、横加速度Gyの絶対値が大きいほど大きくなるよう設定された旋回補助ヨーモーメントMyassが車両に与えられるよう、各車輪の制動力が制御される。旋回補助ヨーモーメントMyassは、車両がアンダーステアになることを防止するためのフィードフォワード制御のACA目標ヨーモーメントである。よって、横加速度Gyの絶対値が大きい領域において、車両のヨーゲイン∂YR/∂MAが低下することに起因して車両の旋回挙動がアンダーステアになる虞を低減することができる。
【0036】
[実施形態]
以下に添付の図を参照しつつ、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0037】
図1において、実施形態にかかる挙動制御装置10は、左右の前輪12FL及び12FR及び左右の後輪12RL及び12RRに制動力を付与する制動装置14と、左右の前輪12FL及び12FRを転舵する操舵装置16とを有する車両18に適用されている。左右の前輪12FL及び12FRは、運転者によるステアリングホイール20の操作に応答して駆動されるラックアンドピニオン装置22によりタイロッド24L及び24Rを介して転舵される。
【0038】
図1に示されているように、ステアリングシャフト28には該シャフトの回転角度を操舵角MAとして検出する操舵角センサ34が設けられている。操舵角センサ34は車両18の直進に対応する操舵角を0とし、左旋回方向及び右旋回方向の操舵角をそれぞれ正の値及び負の値として操舵角MAを検出する。
【0039】
制動装置14は、油圧回路36と、車輪12FL〜12RLに設けられたホイールシリンダ38FR、38FL、38RR及び38RLと、運転者によるブレーキペダル40の踏み込み操作に応答してブレーキオイルを圧送するマスタシリンダ42と、を含んでいる。
図1には詳細に示されていないが、油圧回路36は、リザーバ、オイルポンプ、種々の弁装置などを含み、ブレーキアクチュエータとして機能する。
【0040】
ホイールシリンダ38FL〜38RR内の圧力は、通常時には運転者によるブレーキペダル40の踏み込みに応じて駆動されるマスタシリンダ42内の圧力、即ちマスタシリンダ圧力Pmに応じて制御される。更に、各ホイールシリンダ38FL〜38RR内の圧力は、必要に応じてオイルポンプ及び種々の弁装置が制動制御用電子制御装置44によって制御されることにより、運転者によるブレーキペダル40の踏み込み量に関係なく制御される。よって、制動装置14は、車輪12FL〜12RLの制動力を相互に独立に制御可能である。なお、以下の説明及び
図1においては、「電子制御装置」は「ECU」と表記される。
【0041】
マスタシリンダ42にはマスタシリンダ圧力Pmを検出する圧力センサ46が設けられており、圧力センサ46により検出されたマスタシリンダ圧力Pmを示す信号は、制動制御用ECU44へ入力される。制動制御用ECU44は、マスタシリンダ圧力Pmに基づいて各車輪の制動圧、即ちホイールシリンダ38FL〜38RR内の圧力を制御し、これにより各車輪の制動力をブレーキペダル40の踏み込み操作量、即ち運転者の制動操作量に応じて制御する。また、制動制御用ECU44は、後に詳細に説明するように、挙動制御用ECU48の要求に基づいて必要に応じて各車輪の制動力を制御する。
【0042】
挙動制御用ECU48には、操舵角センサ34及びヨーレートセンサ50からそれぞれ操舵角MA及び車両の実ヨーレートYRを示す信号が入力され、車速センサ52及び横加速度センサ54からそれぞれ車速V及び車両の横加速度Gyを示す信号が入力される。ヨーレートセンサ50及び横加速度センサ54は、操舵角センサ34と同様に、それぞれ車両18の直進に対応するヨーレート及び横加速度を0とし、左旋回方向及び右旋回方向のヨーレート及び横加速度をそれぞれ正の値及び負の値として実ヨーレートYR及び横加速度Gyを検出する。
【0043】
図1に示されているように、車両18には駆動制御用ECU56が設けられている。アクセルペダル58に設けられたアクセル開度センサ60により、運転者の駆動操作量を示すアクセル開度ACCが検出される。アクセル開度ACCを示す信号は駆動制御用ECU56へ入力され、駆動制御用ECU56は、通常時にはアクセル開度ACCに基づいてエンジン62の出力を制御する。実施形態においては、車両18の駆動輪は左右の前輪12FL及び12FRであり、左右の後輪12RL及び12RRは従動輪である。駆動制御用ECU56は、アクセル開度ACCを示す信号を挙動制御用ECU48へ供給する。
【0044】
挙動制御用ECU48は、運転者により制動操作が行われていないときには、車両18のヨーレートについてのフィードバック制御量として、車両のアンダーステアの度合を低減するための車両の目標加減速度Gxt及び目標ヨーモーメントMytを演算する。また、挙動制御用ECU48は、車両のアンダーステアの度合を低減するためのフィードフォワード制御量として、車両のACA目標ヨーモーメントMyacatを演算する。
【0045】
挙動制御用ECU48は、ACA目標ヨーモーメントMyacatが過剰にならないようガード処理されたガード処理後のACA目標ヨーモーメントMyacatgを演算する。挙動制御用ECU48は、目標ヨーモーメントMyt及びガード処理後のACA目標ヨーモーメントMyacatgの和Myt+Myacatgとして、最終の目標ヨーモーメントMytfを演算する。更に、挙動制御用ECU48は、最終の目標ヨーモーメントMytf及び車両の目標加減速度Gxtを達成するための各車輪の目標制動制御量として左右前輪及び左右後輪の目標スリップ率Sti(i=fl、fr、rl、rr)を演算し、目標スリップ率Stiを示す信号を制動制御用ECU44へ出力する。
【0046】
ECU44、48及び56は、制動装置14を制御して各車輪の制動力を制御することにより車両の挙動を制御する制御装置として機能する。なお、
図1には詳細に示されていないが、ECU44、48及び56は、マイクロコンピュータ及び駆動回路を含んでおり、例えばCANを経て相互に必要な情報の授受を行う。各マイクロコンピュータは、CPU、ROM、RAM及び入出力ポート装置を有し、これらが双方向性のコモンバスにより互いに接続された一般的な構成を有している。特に、挙動制御用ECU48のマイクロコンピュータのROMは、後述の
図2に示されたフローチャートに対応する制御プログラム及び
図3、
図4に示されたマップを記憶しており、CPUは制御プログラムを実行することにより、上記挙動制御を行う。
【0047】
次に
図2に示されたフローチャートを参照して実施形態における挙動制御ルーチンについて説明する。なお、
図2に示されたフローチャートによる制御は、図には示されていないイグニッションスイッチがオンであるときに挙動制御用ECU48によって所定の時間毎に繰返し実行される。
【0048】
まず、ステップ10においては、例えば圧力センサ46により検出されたマスタシリンダ圧力Pmが基準値(正の定数)以上であるか否かの判別により、運転者により制動操作が行われているか否かの判別が行われる。肯定判別が行われたときには、挙動制御はステップ110へ進み、否定判別が行われたときには、挙動制御はステップ20へ進む。なお、ステップ10の実行に先立って、操舵角センサ34により検出された操舵角MAなどの読み込みが行われる。
【0049】
ステップ20においては、操舵角MA及び車速Vに基づいて当技術分野において公知の要領にて車両18の規範ヨーレートYRtが演算される。
【0050】
ステップ30においては、規範ヨーレートYRtとヨーレートセンサ50により検出された車両18の実ヨーレートYRとの偏差YRt−YRとして、ヨーレート偏差ΔYRが演算される。
【0051】
ステップ40においては、ヨーレート偏差ΔYRに基づいて当技術分野において公知の要領にて、ヨーレート偏差ΔYRの絶対値を低減して車両18のアンダーステアの度合を低減するためのフィードバック制御の車両の目標加減速度Gxt及び目標ヨーモーメントMytが演算される。なお、ヨーレート偏差ΔYRの絶対値が制御開始基準値ΔYR1(正の定数)以下であるときには、挙動制御による車輪の制動力の制御は不要であるので、目標加減速度Gxt及び目標ヨーモーメントMytは0に演算される。また、ヨーレート偏差ΔYRの絶対値が制御開始基準値ΔYR1を越えた後、制御終了基準値ΔYR2(ΔYR1よりも小さい正の定数)以下になると、目標加減速度Gxt及び目標ヨーモーメントMytは0に演算される。
【0052】
ステップ50においては、横加速度センサ54により検出された車両18の横加速度Gyに基づいて
図3において実線にて示されたマップが参照されることにより、ACA目標ヨーモーメントMyacatが演算される。なお、ACA目標ヨーモーメントMyacatは、車両の横加速度Gyの絶対値の増大に伴う車両のヨーゲイン∂YR/∂MAの減少率を低減するためのフィードフォワード制御の目標ヨーモーメントである。
図3に示されたマップは、車両がアンダーステア状態になる虞を低減するための旋回補助ヨーモーメントとして、車種ごとに予め求められ、挙動制御用ECU48のマイクロコンピュータのROMに保存されている。
【0053】
図3に示されているように、ACA目標ヨーモーメントMyacatの絶対値は、横加速度Gyの絶対値が第一の基準値Gy1(正の定数)以下であるときには0であり、横加速度Gyの絶対値が第一の基準値Gy1よりも大きい第二の基準値Gy2以上であるときには最大値Myacamax(正の定数)になる。更に、ACA目標ヨーモーメントMyacatの絶対値は、横加速度Gyの絶対値が第一の基準値Gy1よりも大きく第二の基準値Gy2よりも小さいときには、横加速度Gyの絶対値が大きいほど大きくなる。なお、ACA目標ヨーモーメントMyacatの絶対値は、横加速度Gyの絶対値が第二の基準値Gy2よりも大きいときには
0であってもよい。
【0054】
ステップ60においては、アクセル開度センサ60により検出されたアクセル開度ACCに基づいて駆動制御用ECU56により演算された運転者による左右前輪12FL及び12FRの要求駆動力Ffreqを示す信号が読み込まれる。また、要求駆動力Ffreqに基づいて
図4に示されたマップが参照されることにより、ガード値Mygardが演算される。なお、
図4に示されたマップは、車両のアンダーステアの度合を低減するために旋回内側前輪に付与される制動力に起因して旋回内側前輪の横力が低下することを防止すべく、ACA目標ヨーモーメントMyacatを制限するためのガード値のマップである。このマップは、車種ごとに予め求められ、挙動制御用ECU48のマイクロコンピュータのROMに保存されている。
【0055】
図4に示されているように、ガード値Mygardは、要求駆動力Ffreqが0であるときには0であり、要求駆動力Ffreqが基準値Ffreq1(正の定数)以上であるときには最大値Mygardmax(正の定数)になる。更に、ガード値Mygardは、要求駆動力Ffreqが0よりも大きく基準値Ffreq1よりも小さいときには、要求駆動力Ffreqが大きいほど大きくなる。
【0056】
ステップ70においては、ACA目標ヨーモーメントMyacatの絶対値がガード値Mygardを越えないよう、ACA目標ヨーモーメントMyacatがガード値Mygardにてガード処理されることにより、ガード処理後のACA目標ヨーモーメントMyacatgが演算される。
【0057】
ステップ80においては、ステップ40において演算された目標ヨーモーメントMyt及びステップ70において演算されたガード処理後のACA目標ヨーモーメントMyacatgの和Myt+Myacatgとして、最終の目標ヨーモーメントMytfが演算される。
【0058】
ステップ90においては、車両の最終の目標ヨーモーメントMytf及び車両の目標加減速度Gxtを達成するための左右前輪及び左右後輪の目標制動制御量として目標制動スリップ率Stiが演算される。なお、目標スリップ率Stiの演算は、例えば本願出願人の出願にかかる特開平11−348753号公報に記載された要領にて行われてよい。
【0059】
ステップ100においては、目標制動スリップ率Stiを示す信号が制動制御用ECU44へ出力される。なお、制動制御用ECU44は、目標制動スリップ率Sbiを示す信号を受信すると、各車輪の制動スリップ率が目標制動スリップ率Stiになるよう制動圧を制御することにより、各車輪の制動力を目標制動スリップ率Stiに対応する制動力になるよう制御する。
【0060】
ステップ110においては、圧力センサ46により検出されたマスタシリンダ圧力Pmに基づいて各車輪の制動圧が制御されることにより、各車輪の制動力がマスタシリンダ圧力Pmに対応する制動力になるよう制御される。なお、運転者により制動操作が行われているときにも、制動時の挙動制御が行われてもよい。例えば、ステップ20〜40が実行され、車両の目標加減速度Gxt及び目標ヨーモーメントMytが演算され、目標加減速度Gxt及び目標ヨーモーメントMytを達成するための各車輪の目標制動スリップ率Stiが演算され、目標制動スリップ率Stiを示す信号が制動制御用ECU44へ出力されてよい。また、運転者により制動操作が行われているときの挙動制御は、当技術分野において公知の任意の要領にて行われてよい。
【0061】
以上の説明から解るように、車両18が制動されていないときには、ステップ10において否定判別が行われ、ステップ20〜100が実行されることにより、非制動時の車両の旋回挙動制御が行われる。即ち、ステップ20及び30において、車両18の規範ヨーレートYRtと車両の実ヨーレートYRとの偏差YRt−YRとして、ヨーレート偏差ΔYRが演算される。ステップ40において、ヨーレート偏差ΔYRに基づいて車両のアンダーステアの度合を低減するためのフィードバック制御の車両の目標加減速度Gxt及び目標ヨーモーメントMytが演算される。ステップ50において、車両18の横加速度Gyに基づいて車両のアンダーステアの度合を低減するためのフィードフォワード制御のACA目標ヨーモーメントMyacatが演算される。
【0062】
ステップ60において、運転者による前輪の要求駆動力Ffreqに基づいてガード値Mygardが演算され、ステップ70において、ACA目標ヨーモーメントMyacatの絶対値がガード値Mygardを越えないようガード処理されることにより、ガード処理後のACA目標ヨーモーメントMyacatgが演算される。ステップ80において、目標ヨーモーメントMyt及びガード処理後のACA目標ヨーモーメントMyacatgの和Myt+Myacatgとして、最終の目標ヨーモーメントMytfが演算される。更に、ステップ90及び100において、車両18の加減速度及び車両に付与されるヨーモーメントがそれぞれ車両の目標加減速度Gxt及び最終の目標ヨーモーメントMytfになるよう、各車輪の制動力が制御される。
【0063】
ステップ40において演算される目標ヨーモーメントMytは、車両のアンダーステアの度合を低減するためのフィードバック制御の旋回補助ヨーモーメントであるが、ヨーレート偏差ΔYRの絶対値が制御開始基準値ΔYR1以下であるときには、0になる。よって、車両のアンダーステアの度合を低減するための旋回補助ヨーモーメントが、フィードバック制御の旋回補助ヨーモーメントのみである従来の挙動制御においては、ヨーレート偏差ΔYRの絶対値が制御開始基準値ΔYR1以下であるときには、旋回補助ヨーモーメントは車両に付与されない。換言すれば、ヨーレート偏差ΔYRの絶対値が制御開始基準値ΔYR1を越えなければ、旋回補助ヨーモーメントによって車両のアンダーステアの度合を低減することはできない。
【0064】
これに対し、ステップ40において演算されるACA目標ヨーモーメントMyacatは、車両のアンダーステアの度合を低減するためのフィードフォワード制御の旋回補助ヨーモーメントである。ACA目標ヨーモーメントMyacatは、横加速度Gyの絶対値が第一の基準値Gy1よりも大きいときに、横加速度Gyの絶対値が大きいほど大きくなるよう演算される。ステップ70において演算されるガード処理後のACA目標ヨーモーメントMyacatgは、ACA目標ヨーモーメントMyacatの絶対値がガード値Mygardを越えないようガード処理された値である。
【0065】
よって、ステップ80において演算される最終の目標ヨーモーメントMytf(=Myt+Myacatg)は、目標ヨーモーメントMyt及びガード処理後のACA目標ヨーモーメントMyacatgの和である。目標ヨーモーメントMytは、車両のアンダーステアの度合を低減するためのフィードバック制御の旋回補助ヨーモーメントである。ガード処理後のACA目標ヨーモーメントMyacatgは、車両のアンダーステアの度合を低減するためのフィードフォワード制御の旋回補助ヨーモーメントであるACA目標ヨーモーメントMyacatがガード値Mygardにてガード処理された値である。
【0066】
従って、実施形態によれば、たとえヨーレート偏差ΔYRの絶対値が制御開始基準値ΔYR1以下であっても、横加速度Gyの絶対値が第一の基準値Gy1よりも大きいときには、ガード処理後のACA目標ヨーモーメントMyacatgに対応する旋回補助ヨーモーメントを車両に付与することができる。よって、従来の挙動制御に比して、車両の旋回時のアンダーステア防止制御を遅れなく開始させて、車両の旋回挙動がアンダーステアになる虞を効果的に低減することができる。
【0067】
前述のように、ステップ40における制御開始基準値ΔYR1を小さくすれば、フィードバック制御による車輪の制動力の制御を早期に開始させることができる。しかし、制御開始基準値ΔYR1と制御終了基準値ΔYR2との差が小さくなり、アンダーステア防止制御による車輪の制動力の制御のハンチングが生じ易くなる。また、ヨーレート偏差の演算に必要な実ヨーレートYRなどの検出誤差に起因して、ヨーレート偏差ΔYRの大きさが制御開始基準値ΔYR1以上になったと判定され易くなるため、アンダーステア防止制御による車輪の制動力の制御が不必要に行われる虞が高くなる。
【0068】
実施形態によれば、制御開始基準値ΔYR1を小さくしなくても、フィードフォワード制御の旋回補助ヨーモーメントであるガード処理後のACA目標ヨーモーメントMyacatgにより、アンダーステア防止制御による車輪の制動力の制御を遅れなく開始させることができる。よって、制御開始基準値ΔYR1を小さくすることに起因して、アンダーステア防止制御による車輪の制動力の制御のハンチングが生じ易くなること、及びアンダーステア防止制御による車輪の制動力の制御が不必要に行われる虞が高くなるとを回避することができる。
【0069】
更に、実施形態によれば、車両のヨーレートYRについてのフィードバック制御の車両の目標加減速度Gxt及び目標ヨーモーメントMytが演算され、目標ヨーモーメントMyt及びフィードフォワード制御のガード処理後の目標ヨーモーメントMyacatgの和として最終の目標ヨーモーメントMytfが演算される。更に、目標加減速度Gxt及び最終の目標ヨーモーメントMytfに基づいて各車輪の目標制動制御量としての目標制動スリップ率Stiが演算され、目標制動スリップ率に基づいて各車輪の制動力が制御される。
【0070】
よって、車両のヨーレートYRについてのフィードバック制御の車両の目標加減速度Gxt及び目標ヨーモーメントMytに基づいて、各車輪の制動力は車両のヨーレートYRについてフィードバック制御される。従って、フィードフォワード制御のガード処理後の目標ヨーモーメントMyacatgに対応する旋回補助ヨーモーメントが過大であることに起因して規範ヨーレートと実ヨーレートとの偏差ΔYRの大きさが過大になることを防止することができる。よって、車両の旋回時のアンダーステア防止制御を遅れなく開始させて、車両の旋回挙動がアンダーステアになる虞を効果的に低減することができるだけでなく、旋回補助ヨーモーメントに起因して車両の旋回挙動がオーバーステア状態になることを防止することができる。
【0071】
更に、実施形態によれば、ステップ60において、運転者による前輪の要求駆動力Ffreqに基づいてガード値Mygardが演算され、ステップ70において、ACA目標ヨーモーメントMyacatの絶対値がガード値Mygardを越えないようガード処理される。よって、車両の目標加減速度Gxt及び最終の目標ヨーモーメントMytfが達成されるよう、各車輪の制動力が制御されることによって旋回内側前輪に制動力が付与され、当該車輪の横力が低下することに起因して車両のアンダーステアの度合が却って増大する虞を低減することができる。
【0072】
例えば、
図8は、運転者による前輪の要求駆動力Ffreqに対応する旋回内側前輪の駆動力Ffdが大きい状況において、当該車輪にアンダーステア防止制御による大きい制動力Ffbが付与されたときにおける横力Ffyの変化を示す図である。なお、
図8及び後述の
図9及び
図10において、70は旋回内側前輪の摩擦円を示しており、実線のベクトルは制動力Ffbが付与される前の前後力及び横力を示し、破線のベクトルは制動力Ffbが付与されているときの前後力及び横力を示している。更に、制動力の付与に伴う荷重移動よる摩擦円の大きさの変化は省略されている。
【0073】
図8に示されているように、旋回内側前輪の駆動力Ffdが大きい状況において、当該車輪に大きさが駆動力Ffdよりも大きい制動力Ffbが付与されると、車輪の前後力Ffxは制動力になる。制動力Ffbの大きさ
が駆動力Ffdの2培未満であれば、車輪の横力Ffyは車輪に制動力Ffbが付与される前の横力Ffyfよりも大きくなる。よって、車輪に挙動制御による制動力Ffbが付与されることにより横力Ffyが低下することに起因して車両のアンダーステアの度合が却って増大することはない。
【0074】
これに対し、
図9に示されているように、旋回内側前輪の駆動力Ffdが小さい状況において、当該車輪に大きさが駆動力Ffdの2培よりも大きい制動力Ffbが付与されると、車輪の前後力Ffxは制動力になり、前後力Ffxの大きさは駆動力Ffdよりも大きくなる。よって、車輪に挙動制御による制動力Ffbが付与されることにより、車輪の横力Ffyは車輪に制動力Ffbが付与される前の横力Ffyfよりも小さくなるので、横力の低下に起因して車両のアンダーステアの度合が却って増大することが避けられない。
【0075】
実施形態によれば、
図10に示されているように、旋回内側前輪の駆動力Ffdが小さい状況においては、、ACA目標ヨーモーメントMyacatがガード値Mygardにてガード処理されることにより、旋回内側前輪に付与される挙動制御による制動力Ffbが低減される。その結果、旋回内側前輪の前後力Ffxの大きさが低減されるので、
図9の場合に比して、車輪に挙動制御による制動力Ffbが付与されることにより横力Ffyが横力Ffyfよりも小さくなることを防止することができる。よって、横力の低下に起因して車両のアンダーステアの度合が却って増大する虞を低減することができる。
【0076】
図4に示されているように、ガード値Mygardは、要求駆動力Ffreqが0であるときには0であり、要求駆動力Ffreqが0よりも大きく基準値Ffreq1よりも小さいときには、要求駆動力Ffreqが大きいほど大きくなる。よって、要求駆動力Ffreqが大きいときには、ACA目標ヨーモーメントMyacatの絶対値が過剰に小さくなることを回避しつつ、要求駆動力Ffreqが小さいときには、ACA目標ヨーモーメントMyacatの絶対値が過剰に大きくならないよう、ACA目標ヨーモーメントMyacatをガード処理することができる。
【0077】
以上においては、本発明を特定の実施形態について詳細に説明したが、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲内にて他の種々の実施形態が可能であることは当業者にとって明らかであろう。
【0078】
例えば、上述の実施形態においては、ステップ60において、運転者による前輪の要求駆動力Ffreqに基づいてガード値Mygardが演算され、ステップ70において、ACA目標ヨーモーメントMyacatがガード値Mygardにてガード処理される。しかし、ステップ60及び70は省略されてもよい。ステップ60及び70が省略される場合には、最終の目標ヨーモーメントMytfは、目標ヨーモーメントMyt及びACA目標ヨーモーメントMyacatの和Myt+Myacatとして演算されてよい。
【0079】
また、上述の実施形態においては、車両18は前輪駆動車であるが、本発明の挙動制御装置10は、四輪駆動車又は後輪駆動車に適用されてもよい。車両が四輪駆動車又は後輪駆動車である場合には、実ヨーレートYRの絶対値が規範ヨーレートYRtの絶対値よりも小さい場合にステップ40以降が実行されてよい。これに対し、実ヨーレートYRの絶対値が規範ヨーレートYRtの絶対値よりも大きい場合には、当技術分野において公知のオーバーステア防止制御が行われてよい。特に、車両が後輪駆動車である場合には、ステップ60及び70が省略され、最終の目標ヨーモーメントMytfは、目標ヨーモーメントMyt及びACA目標ヨーモーメントMyacatの和Myt+Myacatとして演算される。
【0080】
また、上述の実施形態においては、ステップ20乃至40において、車両18の規範ヨーレートYRtと車両の実ヨーレートYRとの偏差であるヨーレート偏差ΔYRに基づいて、フィードバック制御の車両の目標加減速度Gxt及び目標ヨーモーメントMytが演算される。しかし、フィードバック制御の車両の目標加減速度Gxt及び目標ヨーモーメントMytの演算は省略されてもよい。即ち、ステップ20乃至40及び80が省略され、ステップ90においてガード処理後のACA目標ヨーモーメントMyacatgを達成するための各車輪の目標制動スリップ率Stiが演算されてもよい。更に、ステップ20乃至40及びステップ60乃至80が省略され、ステップ90においてACA目標ヨーモーメントMyacatを達成するための各車輪の目標制動スリップ率Stiが演算されてもよい。
【0081】
更に、上述の実施形態においては、ステップ50において、車両18の横加速度Gyに基づいて
図3において実線にて示されたマップが参照されることにより、ACA目標ヨーモーメントMyacatが演算される。
図3において実線にて示されたマップにおいては、ACA目標ヨーモーメントMyacatの絶対値は、横加速度Gyの絶対値が第一の基準値Gy1よりも大きく第二の基準値Gy2よりも小さいときには、横加速度Gyの絶対値が大きいほど線形的に大きくなる。しかし、
図3において二点鎖線にて示されているように、ACA目標ヨーモーメントMyacatの絶対値は、横加速度Gyの絶対値が大きいほど非線形的に大きくなるよう設定されてもよい。
【0082】
上述の実施形態においては、ガード値Mygardは、ステップ60において運転者による前輪の要求駆動力Ffreqに基づいて演算される。しかし、ガード値Mygardは、運転者の駆動操作量を示すアクセル開度ACCが小さいほど小さくなるよう、アクセル開度ACCに基づいて演算されてもよい。