特許第6706415号(P6706415)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社スリーボンドの特許一覧

特許6706415シアノアクリレート組成物及びシアノアクリレート組成物によるコーティング方法
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6706415
(24)【登録日】2020年5月20日
(45)【発行日】2020年6月10日
(54)【発明の名称】シアノアクリレート組成物及びシアノアクリレート組成物によるコーティング方法
(51)【国際特許分類】
   C08F 2/44 20060101AFI20200601BHJP
   C09D 4/04 20060101ALI20200601BHJP
   B33Y 70/00 20200101ALI20200601BHJP
【FI】
   C08F2/44 B
   C09D4/04
   B33Y70/00
【請求項の数】11
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-43974(P2016-43974)
(22)【出願日】2016年3月8日
(65)【公開番号】特開2017-160298(P2017-160298A)
(43)【公開日】2017年9月14日
【審査請求日】2018年12月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】000132404
【氏名又は名称】株式会社スリーボンド
(72)【発明者】
【氏名】山田 浩司
【審査官】 岡谷 祐哉
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2015/083725(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2016/0304406(US,A1)
【文献】 特開2009−028668(JP,A)
【文献】 特開2001−164199(JP,A)
【文献】 国際公開第2006/129580(WO,A1)
【文献】 特開平02−069371(JP,A)
【文献】 特表2001−518538(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08F
C09D
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(A)、(B)を含んでなる、硬化性組成物。
(A)アルコキシアルキル−α−シアノアクリレート
(B)以下構造の化合物
Cf−O−R
(ここでCfは炭素数が6以下の、全てフッ素のみで置換されている1級のフッ化炭素基、Rはヘテロ原子で置換されていても良い、炭素数が3以下の1〜3級の炭化水素基で、CfとRに含まれる炭素の合計が7未満である。)
【請求項2】
前記(A)100質量部に対し、(B)が0.1〜50質量部含むものである、前記請求項1に記載の硬化性組成物。
【請求項3】
前記(A)がエトキシエチル−α−シアノアクリレートを含むものである、前記請求項1もしくは2に記載の硬化性組成物。
【請求項4】
前記(B)がCOCHもしくはCOCである前記請求項1〜3のいずれかに記載の硬化性組成物。
【請求項5】
前記(A)100質量部に対し、更に(C)アニオン重合禁止剤を0.001〜1.0質量部含んでなる、前記請求項1〜4のいずれかに記載の硬化性組成物。
【請求項6】
前記(C)がルイス酸化合物である、前記請求項5に記載の硬化性組成物。
【請求項7】
前記(C)がフッ化ホウ素誘導体である、前記請求項6に記載の硬化性組成物。
【請求項8】
前記(A)100質量部に対し、更に(D)ラジカル重合禁止剤を0.001〜1質量部含んでなる、前記請求項1〜7のいずれかに記載の硬化性組成物。
【請求項9】
前記請求項1〜8のいずれかに記載の硬化性組成物が、多孔質基材表面のコーティングに用いるコーティング剤。
【請求項10】
前記多孔質基材が石膏である、前記請求項9に記載のコーティング剤。
【請求項11】
前記多孔質基材が3Dプリンター造形物である、前記請求項9に記載のコーティング剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は多孔質基材を含めた広範な基材上で、薄膜として硬化しうるシアノアクリレート組成物及び当該シアノアクリレート組成物よりなるコーティング剤に関し、特に石膏のような多孔質基材表面に塗布、硬化することにより、簡便な工程で当該基材表面を補強しうるコーティング膜を形成するシアノアクリレート組成物、及びこれよりなるコーティング剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、多孔質基材、例えば石膏、セメント、セラミック、煉瓦、陶磁器、自然石等の多孔質基材は産業上様々な用途に使用されており、中でも石膏は工業製品模型用途や歯科模型用途、歯科埋没材用途、美術用途、医療ギブス用途、トンネル補強用途、建材ボード用途など多岐分野に渡り利用されている。さらに近年では、3Dプリンタの積層材料に活用されてきていることから、工業材料として注目されている。
【0003】
一方で石膏は、その表面が比較的もろいと言う欠点を有しており、これを補うためには各種のコーティング剤を塗布して石膏表面を補強する必要がある。特に3Dプリンタにより造形する工業製品模型や歯科模型などは、その表面に欠落や引っ掻き傷がなく、型取りする際の寸法精度が高いことが要求される。つまりコーティング剤は薄いほど模型としての精度が高く、且つ十分な硬さ・強度が求められている。
【0004】
このようなコーティング剤のひとつとして、シアノアクリレート化合物を硬化成分とし、適切な特性の溶剤で希釈してなる組成物(以下、シアノアクリレート組成物ともいう)が提案されている(特許文献1)。シアノアクリレート化合物は前記表面補強に用いる上で、十分な硬化物の硬さ・強度を持っており、また空気中の湿分と反応する1液常温硬化性であるために扱いが簡便であり、その利用が期待されるものである。
【0005】
反面、コーティングのように塗布面が大気に解放された状態では、シアノアクリレート化合物は空気中に揮発散逸し、空気中の微量の水分により重合反応した微粒子固体が被着体に再付着することにより、白化現象が生じるという問題がある。また、前記状態におけるその他の弊害として、大気に接する面は空気中の水分のみで表面から少しずつ硬化していくため、硬化が遅いという問題もある。さらに、多孔質基材として石膏に用いる場合、石膏は塩基性物質であるため、シアノアクリレート化合物はこれと接触することにより反応が促進されてしまう。そのためこれを抑制する目的で、重合禁止剤等の抑制成分を添加する必要があるが、その背反として硬化性が低下してしまい、均質な塗膜を形成することが困難となってしまう。これらの問題に対し、活性エネルギー線硬化性を付与したシアノアクリレート組成物を用い、塗布面に活性エネルギー線を照射することによって適宜、迅速に硬化させることで解決が図られている(特許文献2)。
【0006】
しかしながら上記いずれの技術においても、多孔質基材表面のコーティングに用いるには、浸透性を高めるため粘度を下げる必要があり、そのためにはある程度の量の溶剤にて希釈しなければならなかった。その結果、系中のシアノアクリレート化合物の濃度が低下し過ぎてしまい、強固なコーティング膜を形成することができなかった。さらに後者の技術では、活性エネルギー線照射のための装置や工数が増大するため、より簡便な方法での解決が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平2−69371号公報
【特許文献2】特開2009−28668号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
斯様に、石膏等の多孔質基材表面をコーティングするような用途において、シアノアクリレート組成物を用いる場合には、その表面の凹凸への適切な浸透性を持たせることと、塗膜に強度を持たせることの両立は困難なものであった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために鋭意検討した結果、シアノアクリレート化合物と特定の化学構造の有機化合物を混合してなるシアノアクリレート組成物を用いることにより、これを実現できることを見出し、本発明に至った。すなわち、本発明の第1の実施態様は、以下の(A)、(B)を含んでなる、硬化性組成物である。
(A)シアノアクリレート化合物
(B)分子中、フッ素のみで置換された炭素の数が1以上6以下で、かつ分子中の炭素数が7未満の構造のハイドロフルオロエーテル
【0010】
さらに本発明は、以下の態様を含むものである。
本発明の第2の実施態様は、前記(A)100質量部に対し、(B)が0.1〜50質量部含むものである、前記第1の実施態様に記載の硬化性組成物である。
【0011】
本発明の第3の実施態様は、前記(A)がアルコキシアルキル−α−シアノアクリレートを含むものである、前記第1または第2の実施態様に記載の硬化性組成物である。
【0012】
本発明の第4の実施態様は、前記(A)がエトキシエチル−α−シアノアクリレートを含むものである、前記第1〜第3の実施態様に記載の硬化性組成物である。
【0013】
本発明の第5の実施態様は、前記(B)が以下構造の化合物を含むものである、前記第1〜第4の実施態様に記載の硬化性組成物である。
Cf−O−R ここでCfは炭素数が6以下の、フッ素のみで置換されている1級のフッ化炭素基、Rはヘテロ原子で置換されていても良い、炭素数が3以下の1〜3級の炭化水素基で、CfとRに含まれる炭素の合計が7未満である
【0014】
本発明の第6の実施態様は、前記(A)100質量部に対し、更に(C)アニオン重合禁止剤を0.001〜1.0質量部含んでなる、前記第1〜第5の実施態様に記載の硬化性組成物である。
【0015】
本発明の第7の実施態様は、前記(C)がルイス酸化合物である、前記第6の実施態様に記載の硬化性組成物である。
【0016】
本発明の第8の実施態様は、前記(C)がフッ化ホウ素誘導体である、前記第7の実施態様に記載の硬化性組成物である。
【0017】
本発明の第9の実施態様は、前記(A)100質量部に対し、更に(D)ラジカル重合禁止剤を0.001〜1質量部含んでなる、前記第1〜第8の実施態様に記載の硬化性組成物である。
【0018】
本発明の第10の実施態様は、前記第1〜第9の実施態様に記載の硬化性組成物が、多孔質基材表面のコーティングに用いるコーティング剤である。
【0019】
本発明の第11の実施態様は、前記多孔質基材が石膏である、前記第10の実施態様に記載のコーティング剤である。
【0020】
本発明の第12の実施態様は、前記多孔質基材が3Dプリンター造形物である、前記第10の実施態様に記載のコーティング剤である。
【発明の効果】
【0021】
本発明の硬化性組成物は、多孔質基材に対する優れた浸透性と、補強用の被膜として十分な強度を有しており、さらに適度な硬化時間を有することから、塗布してから細部に浸透し終えるまでの可使時間(セットタイム)を備えたものであって、多孔質基材の表面補強のためのコーティング剤として用いる上で特に好適なものである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の構成について詳細に説明する。本発明で用いる(A)シアノアクリレート化合物は、瞬間接着剤の主要な硬化成分として知られているものである。本発明では当該化合物としては従来より公知の物質を使用できる。具体的には、メチル−α−シアノアクリレート、エチル−α−シアノアクリレート、プロピル−α−シアノアクリレート、ブチル−α−シアノアクリレート、シクロヘキシル−α−シアノアクリレート等のアルキル及びシクロアルキル−α−シアノアクリレート、アリル−α−シアノアクリレート、メタクリル−α−シアノアクリレート、シクロヘキセニル−α−シアノアクリレート等のアルケニル及びシクロアルケニル−α−シアノアクリレート、プロパンギル−α−シアノアクリレート等のアルキニル−α−シアノアクリレート、フェニル−α−シアノアクリレート、トルイル−α−シアノアクリレート等のアリール−α−シアノアクリレート、メトキシメチル−α−シアノアクリレート、エトキシメチル−α−シアノアクリレート、プロポキシメチル−α−シアノアクリレート、メトキシエチル−α−シアノアクリレート、エトキシエチル−α−シアノアクリレート等のアルコキシアルキル−α−シアノアクリレート、フルフリル−α−シアノアクリレート、ケイ素を含有するトリメチルシリルメチル−α−シアノアクリレート、トリメチルシリルエチル−α−シアノアクリレート、トリメチルシリルプロピル−α−シアノアクリレート、ジメチルビニルシリルメチル−α−シアノアクリレート等が挙げられ、これらから選ばれる2種以上を混合して用いても良い。これらの中でも本発明においては、比較的揮発性が低い点と、硬化物の特性やコスト等の観点から、アルコキシアルキル−α−シアノアクリレートが好ましく、さらにはエトキシエチル−α−シアノアクリレートが好適である。
【0023】
本発明で用いる(B)フッ素のみで置換された炭素の数が1以上6以下で、かつ分子中の炭素数が7未満の構造のハイドロフルオロエーテルは、作業環境を悪化させずに硬化性組成物に適度な浸透性を付与するための成分である。ここでいうフッ素のみで置換された炭素とは、当該炭素がアルキル性炭素原子である場合、分子鎖末端の炭素であればフッ素原子が3つ結合したものを指し、分子鎖末端でなく分岐位置にも該当しない位置にある炭素原子であれば、フッ素原子が2つ結合した物のことを指し、分岐位置にある炭素は除くものとする。さらに本発明においては、Cf−O−Rの構造を有する化合物がより好適である。ここでCfは炭素数が6以下の、フッ素のみで置換されている1級のフッ化炭素基、Rはヘテロ原子で置換されていても良い、炭素数が3以下の1〜3級の炭化水素基で、CfとRに含まれる炭素の合計が7未満である。
【0024】
本発明では上記構造を有する化合物であれば公知の市販品を用いることのでき、これら市販品として具体的には、スリーエムジャパン株式会社製品のNovec 7100(化学式:COCH)、Novec 7200(化学式:COC)、ダイキン工業株式会社製品の2,2,2−trifluoroethyl difluoromethyl ether(化学式:CFCHOCHF)、2,2,3,3,3−pentafluoropropyl difluoromethyl ether(化学式:CFCFCHOCHF)、T−1216(化学式:CFCFCHOCFCFH)、T−7301(化学式:(CFCHOCH)、1,1,3,3,3−pentafluoro−2−trifluoromethylpropyl methyl ether(化学式:(CFCHCFOCH)、1,1,2,3,3,3−hexafluoropropyl methyl ether(化学式:CFCHFCFOCH)、1,1,2,3,3,3−hexafluoropropyl ethyl ether(化学式:CFCHFCFOCHCH)、2,2,3,4,4,4−hexafluorobutyl difluoromethyl ether(化学式:CFCHFCFCHOCHF)等が挙げられ、これらから選ばれる2種以上を混合して用いても良い。これらの中でも、浸透性や揮発性の観点から、Novec 7100、Novec 7200、Novec 7300が特に好ましい。
【0025】
本発明の硬化性組成物における好ましい(B)の組成量は、前記(A)100質量部に対し、(B)が0.1〜50質量部、より好ましくは0.2〜25質量部、さらに好ましくは0.5〜15質量部の範囲にあることである。0.1質量部以上であることで、本発明の硬化性組成物は望ましい浸透性を獲得することができ、50質量部以下であることで、硬化後のコーティング膜は必要な強度を有することができる。従来知られている、シアノアクリレート化合物を希釈してなる被膜形成用の組成物では、該組成物中に含まれる揮発性溶剤の組成量が、質量基準でシアノアクリレート化合物と同量かそれ以上の量を含んでいるのに対し、本発明においては該(B)がそれらより遙かに少量であっても適切な浸透性を発現するに至っており、当該製品が本発明の最も特徴となる成分である。
【0026】
本発明の硬化性組成物には、更に(C)アニオン重合禁止剤を含有しても良い。アニオン重合禁止剤とは、シアノアクリレート化合物のアニオン重合反応を抑制する作用のある物質であり、多孔質基材表面での反応を抑制することで多孔質の凹凸の深部まで浸透する上で作用するものである。多孔質基材の中でも、特に石膏はその表面が塩基性で有り、シアノアクリレート化合物はアニオン重合を起こしやすい。そのため、深部への浸透作用が不十分となる場合には、反応活性をある程度抑制する必要があるため、当該成分が好ましく用いられる。
【0027】
本発明の硬化性組成物に(C)アニオン重合禁止剤を用いる場合の組成量は、前記(A)100質量部に対し、0.001〜1.0質量部、より好ましくは0.003〜0.75質量部、さらに好ましくは0.005〜0.5質量部の範囲である。0.001質量部
以上であることで、所望の反応抑制作用を発現することができ、1.0質量部以下であることで、必要な反応活性を損なわないこととなる。
【0028】
ここで当該アニオン重合禁止剤として用いることのできる物質は、ルイス酸化合物が知られており、当該ルイス酸化合物としては二酸化硫黄、三酸化硫黄、メタンスルホン酸、フッ化水素、p−トルエンスルホン酸、酸化亜鉛、酸化マグネシウム、塩化アルミニウム、塩化スズ、トリメトキシボラン、トリフェニルボラン、フッ化ホウ素誘導体等が挙げられる。本発明において特に好ましいルイス酸化合物は、フッ化ホウ素誘導体であり、具体的にはエーテル錯体を含む三フッ化ホウ素、ホウフッ化亜鉛、ホウフッ化カリウム、ホウフッ化スズ等が挙げられ、これらの中でもエーテル錯体を含む三フッ化ホウ素が特に好適である。これらの物質は本発明の作用を妨げない限り複数種を混合して用いても良い。
【0029】
本発明の硬化性組成物には、更に(D)ラジカル重合禁止剤を含有しても良い。ラジカル重合禁止剤は、硬化性組成物の貯蔵中に光等の活性エネルギー線、或いは熱等の刺激により生成されるラジカル種を捕捉する目的で加えられる。本発明の硬化性組成物に、(D)ラジカル重合禁止剤を用いる場合の組成量は、前記(A)100質量部に対し、0.001〜5質量部、より好ましくは0.005〜3質量部、さらに好ましくは0.01〜1質量部の範囲である。当該質量部の範囲にあることで、本発明の硬化性組成物は適度な硬化性と貯蔵安定性を両立することができる。
【0030】
前記ラジカル重合禁止剤は、ハイドロキノンやp−メトキシフェノール、ブチルヒドロキシトルエン、4−tert−ブチルカテコール、フェノチアジン等、公知の物質を用いることができ、特にフェノール系化合物を好適に用いることができる。これらの物質は本発明の作用を妨げない限り複数種を混合して用いても良い。
【0031】
本発明の硬化性組成物は必要に応じ、本発明の作用を妨げない範囲においてさらに、粘度調整剤、揺変性付与剤、密着性付与剤、保存性向上剤、重合促進剤、強靱化剤、メタロセン化合物等の光活性化剤、充填剤、可塑剤、熱安定剤、香料、染料、顔料等の各種添加剤を適宜添加することができる。本発明では基材への密着性向上の観点から、密着性付与剤の添加が望ましい。当該密着性付与剤としては公知の物質を用いることができ、アクリロニトリルブタジエン共重合体やピロガロール、あるいはこれらの混合物を好適に用いることができる。
【0032】
本発明の好適な使途は、多孔質基材表面のコーティングに用いるコーティング剤であり、より好ましくは前記多孔質基材が石膏であって、さらに好ましくは前記多孔質基材、あるいは前記石膏が3Dプリンターによる造形物である場合に用いるコーティング剤である。本発明の硬化性組成物は多孔質基材に塗布した際、その表面の凹凸に対する浸透性が優れたものでありながら、希薄化に起因する硬化性の低下が殆ど無く、なおかつ補強に必要な強度を与える膜厚とすることができる。さらには活性エネルギー線照射や加熱のような刺激を与える必要が無いことから、工程の複雑化も必要としないものである。
【0033】
前記多孔質基材としては、石膏、セメント、セラミック等多岐にわたり適用することができるが、本発明では石膏への適用が特に好ましい。また石膏に限定するものではないが、3Dプリンターによる造形物表面に塗布し、これを補強する目的で用いることがさらに好ましい。3Dプリンターによる造形は粉末固着式積層法や粉末焼結造形等の、表面が多孔質となる出力方式の造形物へ用いることがさらに好ましい。すなわち前記理由により、表面に凹凸の多い当該造形物に塗布することで、凹凸の内部まで浸透でき、かつ均質平滑な塗膜を形成してその表面を補強できるため、本発明の硬化性組成物は補強コーティング剤用途として最適なのである。なお本発明の硬化性組成物をこれらの基材へ適用する際の塗布方法としては適宜好ましい手段を選択できるが、施工の容易さ等の観点から、含浸塗布が特に好適である。
【0034】
以下、実施例において本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例により限定されるものではない。
【実施例】
【0035】
実施例及び比較例において使用した各硬化性組成物(以下、単に組成物ともいう)の原料は以下材料を用い、表1,2に示した組成量に基づき常温、窒素置換環境下にて混合攪拌を行うことで配合を行った。ここで、各表中に示した各組成物の組成量は質量部を表す。
【0036】
(A)
(A1)Z84;エトキシエチル−α−シアノアクリレート、株式会社アルテコ製品
(B)及びその比較
(B1)Novec 7100;常温液体、沸点が61℃の化合物、化学式=COCH、フッ素のみで置換された炭素の数が4、分子中の炭素数が5のハイドロフルオロエーテル、スリーエムジャパン株式会社製品
(B2)Novec 7200;常温液体、沸点が76℃の化合物、化学式=COC、フッ素のみで置換された炭素の数が4、分子中の炭素数が6のハイドロフルオロエーテル、スリーエムジャパン株式会社製品
(B’1)Novec 7300;常温液体、沸点が98℃の化合物、化学式=CCF(OCH)C、フッ素のみで置換された炭素の数が5、分子中の炭素数が7のハイドロフルオロエーテル、スリーエムジャパン株式会社製品
(B’2)1−ブロモプロパン 試薬 和光純薬工業株式会社製品
(B’3)アセトン 株式会社ゴードー製品
(B’4)塩化メチレン 株式会社トクヤマ製品
(B’5)トルエン 株式会社ゴードー製品
(B’6)メチルエチルケトン(MEK) 株式会社ゴードー製品
(B’7)フタル酸ビス2−エチルヘキシル(DOP) 東京化成工業株式会社製品
(B’8)アセチルクエン酸トリブチル(ATBC) 旭化成ファインケム株式会社製品
(B’9)KF−96L−0.65CS;ポリシロキサンの側鎖、末端がすべてメチル基のジメチルシリコーンオイル、25℃における動粘度0.65mm/s 信越化学工業株式会社製品
(B’10)KF−96L−2CS;ポリシロキサンの側鎖、末端がすべてメチル基のジメチルシリコーンオイル、25℃における動粘度2.0mm/s 信越化学工業株式会社製品
(C)
(C1)BF3エチルエーテル錯塩(BF);森田化学工業株式会社製品、三フッ化ホウ素のモノエチルエーテル錯体
(D)
(D1)アデカスタブAO−60;ペンタエリトリトールテトラキス[3−(3,5−ジ−tert−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオナート] 株式会社アデカ製品
(その他の成分)
・ピロガロール;密着性付与剤 米山薬品工業株式会社製品
【0037】
各組成物は以下試験方法により評価を行い、その特性を評価した。なお評価結果はそれぞれ表1,2中に記載した。
1.基本特性評価
[外観評価]
混合攪拌により製造した各組成物は、無色透明なガラス瓶に充填し、目視によりその外観を確認した。確認事項は色相、溶解性の二点で、色相は色見本と対比して最も近いと思われるものを選び、溶解性は液の濁り具合、沈殿物や分離の有無を確認して、いずれも無ければ「透明」と記載し、濁りのあるものは「懸濁」、沈殿物、分離が認められるものは「不溶」と記載した。なお不溶、懸濁が認められた組成物は評価に適さないと判断し、以降の評価は実施していない。
[粘度]
25℃環境下で各組成物をプラスチック製のカップに入れ、BL型粘度計(東機産業株式会社製品)を用い、60回転/分の回転速度にてローターを回し、30秒後に示された数値(mPa・s)を読むことで測定値とした。
[セットタイム]
ニトリルゴム製Oリング(Buna−N−Oring Cord 70 Duro 1/4inch)を2個を1セットとして準備し、これを被検体とする。被検体の一方の片側面全面に25℃環境下で各組成物を薄く塗布し、もう一方の被検体を該塗布面に重ね、10秒間指で押さえて固定し貼り合わせる。貼り合わせた後、Oリングを引き伸ばす方向に98N(10kgf)の荷重をかけて引っ張り、これが破断した時間を以てセットタイム(s)とした。多孔質基材の細部に浸透する上ではある程度のセットタイムを有することが好ましく、概ね60〜180s程度が良好な値である。
[引張りせん断接着接着強さ]
SPCC−SD(1.6×25×100mm、アサヒビーテクノ製品)をトルエンで洗浄し、プレス抜きされた面でない方の面を#240の研磨布で十分に研磨した後、トルエン浴中で超音波振動にかけたもの2個を1セットとして準備し、これを被検体とする。25±2℃、50±10%RH環境下で前記被検体の一方の研磨面の端から10mmの範囲に各組成物を2滴スポイトで滴下し、もう一方の研磨面の端から10mmの範囲を前記の滴下箇所に重ね合わせ、軽くならして重ね合わせた箇所全体に組成物を行き渡らせてから5秒間指で押さえて固定し貼り合わせる。然る後、同環境下で24時間静置養生し、万能引張り試験機(テンシロンRTF、オリエンテック製品)にて10mm/minの引張り速度で引張りせん断接着接着強さを測定する。測定条件はJIS−K−6861(シアノアクリレート系接着剤の試験方法)に準拠する。接着強さは基材への密着性の指標であり、高い値であるほど望ましい。
【0038】
2.施工性評価
市販のインクジェット方式粉末積層型3Dプリンター(ProJet x60;登録商標、キヤノン製品)を用いて50×50×2mmの形状に石膏を形成し、これを被検体とした。施工性は以下5つの試験を行っており、本発明における良否の基準としては、×が0個、△が2個未満のものを合格として判定した。
[浸透性]
25℃環境下にて各組成物で満たした浴槽中に前記被検体を浸漬し、10秒経過した後に該被検体を引き上げ、これの表面を目視で観察することで組成物の浸透度合いを評価した。評価の基準は以下の通り。
◎;表面の凹凸に満遍なく浸透している
○;表面の凹凸に浸透しているが、一部液溜まり、未浸透箇所が存在している
△;液溜まり、未浸透箇所が表面全体の1割程度以上、3割程度未満存在している
×;液溜まり、未浸透箇所が表面全体の3割程度以上存在している
[硬化性]
前記浸透性評価で浸漬を行った被検体を25℃環境下で24時間静置養生し、これの表面を目視で観察することで塗膜の状態を評価した。なお浸透性評価が◎以外の被検体にあっては、表面の平滑になっている範囲に印を付け、養生後は該目印を付けた範囲について観察した。評価の基準は以下の通り。
○;塗膜は均質で、白化も認められない
△;塗膜表面に不均質な箇所か白化のいずれかが観察箇所全体の1割程度以上、3割程度未満認められる
×;塗膜表面に不均質な箇所か白化のいずれかが観察箇所全体の3割程度以上認められる
[補強強度]
前記硬化性評価を行った被検体表面の任意の箇所を、アルコールで脱脂した指先で擦り、表面の崩落の有無を観察した。はじめに被検体表面を弱い力で3往復程度擦り、この時点で表面の崩落がなければ被検体表面を強めの力で3往復程度擦り、補強強度を評価した。評価の基準は以下の通り。
○;強く擦っても崩落しない
△;強く擦ると崩落が認められる
×;弱く擦っても崩落が認められる
[作業性]
未硬化の状態の各組成物を攪拌した際の攪拌しやすさ、及び刷毛にて塗布を行う際の塗りやすさについての作業性を官能試験で評価した。攪拌は、25℃環境下で各組成物をプラスチック製のカップに入れ、ポリプロピレン製の攪拌棒を用いて手で掻き混ぜ、その際の掻き混ぜやすさを抵抗として評価した。刷毛での塗布は、各組成物を刷毛を用いて平滑な石膏ボードにゆっくりと塗布する際の滑らかさを抵抗として評価した。評価の基準は以下の通り。
◎;攪拌、刷毛塗りとも殆ど抵抗を感じず、スムーズに行える
○;攪拌、刷毛塗りいずれかで僅かに抵抗を感じる
△;攪拌、刷毛塗りいずれかで抵抗を感じる
[臭気]
未硬化の状態の各組成物を上部が開放した容器に入れ、30cm離れた距離からにおいを嗅いで臭気について官能試験で評価した。評価の基準は以下の通り。
○;殆どにおいを感じない
△;僅かににおいを感じる
×;明らかににおいを感じる
【0039】
【表1】
【0040】
【表2】
【0041】
表1の実施例の結果より、本発明の組成物は、いずれも液状態では均一に混合分散しており、硬化時には適度なセットタイムを有し、また硬化後の引張りせん断接着強さにおいても十分なものであることが確認された。さらに施工性における特に重要な特性である浸透性に関しては、実施例1〜3の組成が優れた結果を示し、その他の特性においても実施例1〜3はいずれも好ましい評価結果となった。なお実施例4に示すように、(B)の組成量を増量するに伴って、実用上問題はないものの硬化性、作業性が低下していくことが確認された。
【0042】
表2の比較例の結果より、本発明の範囲に含まれない組成、例えば(B)を含まないものである比較例1〜4においては、いずれも液状態こそ均一に混合分散しているものの、セットタイムが短く、引張りせん断接着強さ及び施工性の中でも特に重要な浸透性において、実施例の結果より劣ったものとなることが確認された。ここで(C)を増量することでセットタイムを大きくすると、その背反で補強強度が低下してしまうため、(B)を含まない組成では実用に耐えるものではなかった。他方、本発明で規定した(B)に該当しない構造の化合物を用いた比較例5〜15においては、それぞれ系が均一に混合分散していないか、均一であっても基本特性、施工性のいずれかに問題があるものであった。均一に混合分散していないと、均質な塗膜を形成することができないためにコーティング剤として難があり、基本特性や施工性に問題があるものも、実用に耐えうるものとはならない。
【産業上の利用可能性】
【0043】
以上の結果より、本発明の硬化性組成物は、適切な基本特性を備えていながら、多孔質基材に塗布した際には細部に浸透して均質な塗膜を形成することができるものであり、特に簡便な工程で多孔質基材、特には石膏等で造形された3Dプリンター造形物の表面コーティングに有用なものである。