(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6706838
(24)【登録日】2020年5月21日
(45)【発行日】2020年6月10日
(54)【発明の名称】スピン波回路ならびにアドレスエンコーダおよびアドレスデコーダ
(51)【国際特許分類】
H01L 29/82 20060101AFI20200601BHJP
【FI】
H01L29/82 Z
【請求項の数】7
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-44967(P2016-44967)
(22)【出願日】2016年3月8日
(65)【公開番号】特開2017-162937(P2017-162937A)
(43)【公開日】2017年9月14日
【審査請求日】2019年2月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】304027349
【氏名又は名称】国立大学法人豊橋技術科学大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149320
【弁理士】
【氏名又は名称】井川 浩文
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】後藤 太一
(72)【発明者】
【氏名】井上 光輝
【審査官】
加藤 俊哉
(56)【参考文献】
【文献】
特開2010−205975(JP,A)
【文献】
特表2009−508353(JP,A)
【文献】
特表2006−504345(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 29/82
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スピン波の位相干渉を利用するスピン波回路であって、
スピン波導波路が円環状に形成されたスピン波干渉部と、
前記スピン波導波路に接続される直線状のスピン波導波路によって形成された少なくとも1つの入力部と、
前記入力部から適宜間隔を有して前記スピン波導波路に接続される直線状のスピン波導波路によって形成された少なくとも1つの出力部と、
前記入力部および前記出力部から適宜間隔を有し、前記スピン波干渉部に接続される直線状のスピン波導波路によって形成された参照スピン波導入部とを備え、
所定の位相による参照スピン波を前記参照スピン波導入部から導入し、前記入力部から入力されるスピン波が前記参照スピン波と同位相である場合に前記スピン波干渉部において位相干渉を生じさせ、該位相干渉されたスピン波を前記出力部から出力させることを特徴とするスピン波回路。
【請求項2】
前記入力部および参照スピン波導入部は、それぞれ前記円環状のスピン波干渉部に外接し、入力または導入されるスピン波がそれぞれ該円環状のスピン波干渉部の円周方向に所定回りに伝搬するように外方へ延出させてなるスピン波導波路によって形成されており、前記出力部は、前記円環状のスピン波干渉部に外接し、前記入力部から入力されたスピン波が前記円環状のスピン波干渉部において所定回りに伝搬する方向に向かって延出するスピン導波路によって形成されていることを特徴とする請求項1に記載のスピン波回路。
【請求項3】
前記スピン波干渉部、前記入力部、前記出力部および前記参照スピン波導入部は、いずれも磁性ガーネットによって一体に形成されていることを特徴とする請求項1または2に記載のスピン波回路。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかに記載のスピン波回路を利用するアドレスエンコーダであって、前記入力部が入力データの数に相当する複数の異なる位相のスピン波を入力する入力部であり、前記出力部が単一の出力部であり、前記参照スピン波導入部にはスピン波位相変調手段を備え、位相を変調した複数の参照スピン波を順次前記スピン波干渉部に導入してなることを特徴とするアドレスエンコーダ。
【請求項5】
請求項1ないし3のいずれかに記載のスピン波回路における参照スピン波導入部を参照スピン波出力部として使用するアドレスエンコーダであって、前記入力部が入力データの数に相当する数の異なる位相のスピン波を入力する入力部であり、前記出力部が単一の出力部であり、該出力部には、前記参照スピン波出力部から出力されるスピン波との間における位相差を検出する検出部を備えるものであり、入力部から入力されるスピン波の強度を変えて入力することにより、前記参照スピン波出力部は入力された全てのスピン波を出力し、出力部において検出される強度の大きいスピン波と参照スピン波出力部において検出される複数のスピン波との間で位相差を検出するものであることを特徴とするアドレスエンコーダ。
【請求項6】
請求項1ないし3のいずれかに記載のスピン波回路を利用するアドレスデコーダであって、前記入力部が単一の入力部であり、前記出力部がデコードデータの数に相当する複数の出力部であり、前記参照スピン波導入部から固定された位相のスピン波が入力されるとともに、前記参照スピン波と同位相のスピン波を任意の位相差で入力部から入力するものであることを特徴とするアドレスデコーダ。
【請求項7】
前記複数の出力部は、相互に等間隔で形成されていることを特徴とする請求項6に記載のアドレスデコーダ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
スピン波の位相干渉を利用するスピン波回路に関し、また、当該スピン波回路を利用するアドレスエンコーダおよびアドレスデコーダに関するものである。
【背景技術】
【0002】
スピン波は、磁性体内部における電子の磁性的性質(スピン)の歳差運動が伝搬する現象であるが、絶縁体ではマグノンと呼ばれるスピン波がスピン流として流れることが知られている。また、スピン流は、電荷の移動を伴わないため、ジュール熱による発熱やエネルギ損失がなく、電子デバイスへの応用が期待されるところである。
【0003】
ところで、電子デバイスは、近時の情報量の爆発的な増大に伴って、演算速度および通信速度の高速化とともにデータストレージ容量の増大化が要請され、装置の巨大化を回避するために各デバイスの小型化が急速に発展している。ところが、処理速度の向上には、第1に、微細化による性能向上が物理限界に接近したことによる発熱の問題、第2に、CPU−メモリ間におけるデータ通信速度(Latency)の発達スピードの鈍化の問題を有していた。例えば、人間と同程度の感覚を検知し得るセンサ群(いわゆる人工皮膚)においては、これまでの電子デバイスによるアクセスを可能にする場合、トランジスタの数は膨大となり、制御部は大型化し、同時に通信遅延を招来させる。また、医療分野やエンターテイメント分野における高解像度の三次元ディスプレイについて、視野角を拡大(45度程度に確保)させることによって複数人が同時に観ることができるものの、これを電子デバイスによって構成する場合には、やはりトランジスタの数が膨大なものとなる。そのため、通信遅延や配線での発熱が無視できず、配線の焼き切れや、発熱による不安定動作が懸念されるとことであった。
【0004】
このように、大量素子が必須となる場面にあっては、集積度が急速に増加したことにより、速度と小型化の両面において、CMOSを使用するランダム・アクセス・システムが、アプリケーション全体のボトルネックになっていると言わざるを得ない状況である。
【0005】
アドレスデコーダには、アクセスするアドレスによって、素子へのデコード方法を変更して、単純なDMA(Direct Memory Access)機能を用いても一連の素子読み出しを容易にするものがある(特許文献1参照)。
【0006】
他方、円環状の伝送路を使用する回路として、ラットレース回路と称するものが提案されている(非特許文献1および2参照)。この技術は、1/4波長の伝送線路と3/4波長の伝送線路を、円環状伝送路に対し放射状に接続した構成であり、高周波信号を分岐または分波するための回路である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−215565号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Xu He-Xiu, Wang Guang-Ming and Lu Ke, “Microstrip Rat-Race Couplers”, Microwave Magazine, IEEE,12,4, 117-129(2011).
【非特許文献2】S.Rodriguez, A.Fajardo and C.I.Paez, “Characterization of the branch-line and rat-race ideal hybrids through their merit parameters”, Circuits and Systems (LASCAS), 2011 IEEE Second Latin American Symposium on, 1-4, (2011/23-25 Feb.2011).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前掲の特許文献1に開示される技術は、複数のCMOS論理ゲートをマトリックス状に配置することで、アドレスデコーダの機能を実現するものであった。しかしながら、最近では、アクセス先(メモリ、ピクセル、センサなど)の数の急速な増加により、アドレスデコーダの数(すなわち専有面積)が増加し、チップ全体の小型化が困難であるという問題点を有していた。また、配線長が長くなるため、信号の伝達遅延の可能性が無視できず、クロックずれを生じるなど、高速化の限界という懸念が指摘されるところである。
【0010】
他方、ラットレース回路は、高周波信号をそのまま分岐または分流するための回路であって、専らアンテナにおける送受信に使用されているものであり、また伝搬する波長が数cmと長かったことから、チップ化することは原理的に不可能であると考えられてきた。そのため電子デバイスに応用することには不向きであった。
【0011】
本発明は、上記諸点にかんがみてなされたものであって、その目的とするところは、スピン波を利用することによって、発熱およびエネルギ損失の問題を解消しつつ小型化を可能にする回路を提案し、アドレスエンコーダおよびアドレスデコーダを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、鋭意研究の結果、磁性酸化物中を伝搬するスピン波が円環状の導波路内において同位相の信号のみが位相干渉することを見出し、この性質を利用することによってデータ変換可能であるとの結論に達し、本発明を完成するに至ったものである。
【0013】
すなわち、スピン波回路に係る本発明は、スピン波の位相干渉を利用するスピン波回路であって、スピン波導波路が円環状に形成されたスピン波干渉部と、前記スピン波導波路に接続される直線状のスピン波導波路によって形成された少なくとも1つの入力部と、前記入力部から適宜間隔を有して前記スピン波導波路に接続される直線状のスピン波導波路によって形成された少なくとも1つの出力部と、前記入力部および前記出力部から適宜間隔を有し、前記スピン波干渉部に接続される直線状のスピン波導波路によって形成された参照スピン波導入部とを備え、所定の位相による参照スピン波を前記参照スピン波導入部から導入し、前記入力部から入力されるスピン波が前記参照スピン波と同位相である場合に前記スピン波干渉部において位相干渉を生じさせ、該位相干渉されたスピン波を前記出力から出力させることを特徴とするものである。
【0014】
上記構成によれば、スピン波干渉部は、所定の固定された位相による参照スピン波に対し、入力部から入力されるスピン波が同位相である場合にのみ位相干渉させるものであり、位相干渉される特定の位相のスピン波を検出することにより、データを変換することができる。従って、入力データをコード化するエンコーダとして機能させることができ、また、エンコードデータをデコードデータに変換するデコーダとして機能させることが可能となる。なお、参照スピン波導入部から導入される参照スピン波の位相を変化させることにより、原理的には全ての入力部から入力される各種の入力データについて変換することが可能である。
【0015】
前記スピン波回路に係る発明は、前記入力部および参照スピン波導入部が、それぞれ前記円環状のスピン波干渉部に外接し、入力または導入されるスピン波がそれぞれ該円環状のスピン波干渉部の円周方向に所定回りに伝搬するように外方へ延出させてなるスピン波導波路によって形成されており、前記出力部が、前記円環状のスピン波干渉部に外接し、前記入力部から入力されたスピン波が前記円環状のスピン波干渉部において所定回りに伝搬する方向に向かって延出するスピン導波路によって形成されている構成とすることができる。
【0016】
上記構成の場合には、入力部および参照スピン波導入部から伝搬され、スピン波干渉部に入力または導入されるスピン波は、スピン波干渉部の円環において所定の周方向に向かって伝搬することとなる。これに対し、出力部が伝搬方向に向かって延出して設けられることから、スピン波干渉部を伝搬するスピン波が分波され、容易に出力部へ伝搬させることができる。
【0017】
前記スピン波回路に係る発明は、前記スピン波干渉部、前記入力部、前記出力部および前記参照スピン波導入部が、いずれも磁性ガーネットによって一体に形成されている構成とすることができる。
【0018】
磁性ガーネットとは、イットリウム鉄ガーネット(YIG:Y
3Fe
5O
12)であり、絶縁性の磁性酸化物である。スピン波は、絶縁体ではマグノンと呼ばれ、電子の磁性的性質の歳差運動が伝搬する際、極めて長い伝送が可能となる。そのため、入力部からスピン波干渉部を経由して出力部に至る伝送が可能となる。また、磁性ガーネットにマイクロ波と磁場を印加することによりスピン波を励起することができ、各部を同じ磁性ガーネットによって一体的に形成することにより、前記方法により励起されたスピン波をそのまま使用することができる。
【0019】
アドレスエンコーダに係る本発明は、前記スピン波回路に係るいずれかの発明を利用するものであって、前記入力部が入力データの数に相当する複数の異なる位相のスピン波を入力する入力部であり、前記出力部が単一の出力部であり、前記参照スピン波導入部にはスピン波位相変調手段を備え、位相を変調した複数の参照スピン波を順次前記スピン波干渉部に導入してなることを特徴とするものである。
【0020】
上記構成によれば、複数の入力データに対し、参照スピン波の位相を変調しつつ順次スピン波干渉部において位相干渉させることにより、入力されたスピン波から位相干渉を発生させたスピン波を特定し、その当該特定位相のスピン波の出力の有無によってコーディングすることができる。従って、複数のスピン波を同時に入力したとしても特定位相によるスピン波の入力のみが検出されることとなり、アドレスエンコーダとして機能させることができる。
【0021】
また、アドレスエンコーダに係る本発明は、前記スピン波回路に係るいずれかの発明における参照スピン波導入部を参照スピン波出力部として利用するものであって、前記入力部が入力データの数に相当する数の異なる位相のスピン波を入力する入力部であり、前記出力部が単一の出力部であり、該出力部には、前記参照スピン波出力部から出力されるスピン波との間における位相差を検出する検出部を備えるものであり、入力部から入力されるスピン波の強度を変えて入力することにより、前記参照スピン波出力部は入力された全てのスピン波を出力し、出力部において検出される強度の大きいスピン波と参照スピン波出力部において検出される複数のスピン波との間で位相差を検出するものであることを特徴とするものである。
【0022】
上記構成によれば、入力部から入力される複数の異なる位相のスピン波は、スピン波干渉部において位相干渉することなく出力部および参照スピン波出力部から出力されこととなり、いずれかの入力部から入力されるスピン波の強度を大きくすることにより、出力部において当該スピン波の入力を検知することができる。上記出力部は、所定の強度以上のスピン波の検知をもって入力とすることにより、小さい強度のスピン波は入力されてないものとみなすことができる。このとき、参照スピン波出力部において、全てのスピン波を出力するとともに、出力部において検知される強度の大きいスピン波との間で位相差を検出することにより、特定位相によるスピン波によるコーディングが可能となる。上記構成においても複数の入力部から同時にスピン波を入力させたとしても、特定位相のスピン波のみを出力させることができることから、アドレスエンコーダとして機能させることができる。
【0023】
また、アドレスデコーダに係る他の発明は、前記スピン波回路に係るいずれかの発明を利用するものであって、前記入力部が単一の入力部であり、前記出力部がデコードデータの数に相当する複数の出力部であり、前記参照スピン波導入部から固定された位相のスピン波が入力されるとともに、前記参照スピン波と同じ位相のスピン波を任意の位相差で入力部から入力するものであることを特徴とするものである。
【0024】
上記構成によれば、固定された参照スピン波の位相に対し、同じ位相のスピン波を任意の位相差で入力することにより、スピン波干渉部により同位相で位相干渉が発生することとなる。このとき、前記位相差をもって入力されたスピン波が参照スピン波との間で同位相による干渉が生じるタイミングは、当該位相差によって異なるため、複数の出力部のうち検出される出力部と検出されない出力部とが存在し、その出力部による検知の状態によってデコードさせることができるのである。なお、エンコードデータとしては、同じ位相のスピン波における位相差であり、デコードデータとしては、出力部ごとの位相干渉の有無である。
【0025】
アドレスデコーダに係る上記両発明における前記複数の出力部は、相互に等間隔で形成されているものとすることができる。
【0026】
上記構成は、出力部が複数形成される場合、その出力部の延出位置に応じて位相干渉されたスピン波の出力状態が異なるため、この出力部を等間隔により段階的に設けることによって、位相干渉したスピン波をいずれかの出力部によって出力させ得るものとすることができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、回路中に伝送されるスピン波は、電荷の移動を伴わないことから、発熱およびエネルギ損失の問題を解消し得ることとなる。また、スピン波の波長は数nm〜数百nmと短く、デバイスサイズを数nm〜数百nmの大きさまで小型にすることができる。また、位相の異なるスピン波は位相干渉せず、波長の異なるスピン波も位相干渉しないことから、時間的に同時に信号を送ることができる。そして、同位相における位相干渉を利用するため多重化が可能となり、結果として一度にアクセスできる情報が増加し、信号の伝達遅延の課題を解消し得る。このような原理に基づいたアドレスエンコーダおよびアドレスデコーダは、小型であり、かつ伝送遅延を解消したものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】本発明の第1の実施形態を示す説明図である。
【
図2】本発明の第2の実施形態を示す説明図である。
【
図3】本発明の第2の実施形態を示す説明図である。
【
図4】実験に使用したアドレスデコーダの概略を示す説明図である。
【
図5】実験結果から時間とスピン波の強度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1は、スピン波回路に係る発明の第1の実施形態を示す図であり、アドレスデコーダとして機能させるものである。本実施形態は、
図1に示されるように、1つのスピン波干渉部1と、このスピン波干渉部1から延出する入力部2および出力部3(3a・・・3f)と、さらに同様にスピン波干渉部1から延出する参照スピン波導入部4とで構成されている。これらは、いずれも磁性ガーネット(イットリウム鉄ガーネット(YIG:Y
3Fe
5O
12))によって形成され、スピン波が伝播し得る導波路として設けられている。また、これら以外の領域は非磁性体である。なお、図は平面図であり、スピン波導波路の表面部分の形状のみを示している。従って、高さ方向(図中紙面に垂直な方向)に所定の肉厚を有して形成される。ここで、各部の幅は、いずれも同じ状態として図示しているが、これは説明のため、または後述の実験用回路の作製上の便宜のためであり、出力部3に比べて入力部2を幅広に形成してもよく、さらにスピン波干渉部1を幅広に形成してもよい。
【0030】
スピン波干渉部1は、円環状のスピン波導波路によって構成され、入力部2は、スピン波干渉部1の円環に外接する状態で、外方に向かって直線的に延出させて接続している。すなわち、入力部2はスピン波干渉部1の外周から接線方向に設けられている。従って、入力部2からスピン波が入力(伝搬)されると、そのスピン波は、スピン波干渉計1の円環状に沿って円周方向(図中反時計回り)に伝搬することとなる。
【0031】
この入力部2に近接する位置には、参照スピン波を入力するための参照スピン波導入部4が形成されている。この参照スピン波導入部4も入力部2と同様に、スピン波干渉部1の円環に外接する状態で外方に向かって延出させている。従って、スピン波干渉部1に導入される参照スピン波も入力部2から入力されるスピン波と同様に、円環に沿って円周方向(図中反時計回り)に伝搬することとなる。
【0032】
ここで、スピン波干渉部1に伝搬された二つのスピン波(入力部2から入力されるスピン波および参照スピン波導入部4から導入されるスピン波)は、同じ波長かつ同じ位相であり、両者に位相差を設けることにより同位相においてのみ位相干渉を生じさせる。すなわち、波長または位相が異なる場合には干渉しないものである。従って、入力部2および参照スピン波導入部4から入力されるスピン波の波長および位相を一定にする場合、位相差のみによって位相干渉の発生状況が決定することとなる。
【0033】
他方、出力部3(3a〜3f)は、スピン波干渉部1を構成する円環状導波路に対して接線方向に延出する直線状に形成されており、スピン波干渉部1を伝搬するスピン波を分波させることによって出力するものである。この分波を容易にするため、出力部3の延出方向は、スピン波干渉部1を伝搬するスピン波の進行方向に向かう接線方向(図中右側斜状方向)に設けられている。また、複数の出力部3a〜3fは、適宜間隔で設けられており、入力部2から入力されるスピン波と参照スピン波との間に所定の位相差を設ける場合、同位相となる位置において位相干渉されたスピン波を出力させるものである。
【0034】
上記構成により、参照スピン波の位相を固定し、これと同じ位相のスピン波が位相差を有して入力部2から入力されると、参照スピン波に対して同位相となる位置において位相干渉を生じさせ、当該位相干渉により増幅されたスピン波をいずれかの出力部3によって検出することとなる。複数の出力部3a〜3fの順に増幅されたスピン波の検出の有無をもって「0」または「1」を割り振ることにより、出力データとして使用することができる。すなわち、入力側は入力されるスピン波の位相差であり、その位相差を変化させることにより出力部3の数に相当する出力データを形成させることができる。これによってアドレスデコーダとして機能させることができる。つまり、エンコードデータは位相差によって区分され、出力部3の検出結果によってデコードデータを得ることができる。
【0035】
なお、参照スピン波導入部4から導入されるスピン波は、予め定めた位相によってスピン波干渉部に導入されるため、入力部2から入力されるスピン波の位相が同じであれば同位相において位相干渉を生じさせる。そこで、参照スピン波は位相変調器5を設けることにより、参照スピン波を変調して導入するものとし、異なる位相による参照スピン波が順次導入され、入力部2から入力されるスピン波との間で位相干渉が生じ得る状態を誘発させることにより、さらに他種類のエンコードデータからデコードすることも可能となる。
【0036】
次に、アドレスエンコーダとして機能させ得るスピン波回路の実施形態を説明する。
図2に、その概略を示す。この図に示されるように、基本的な構成は、アドレスデコーダとして機能する実施形態と同様であるが、入力部2が複数2a〜2fであり、出力部3が単一である。また、アドレスデコーダにおける参照スピン波導入部は、出力側として使用することとし、参照スピン波出力部6として利用している。このような構成のアドレスデコーダは、前述のアドレスエンコーダとして構成した場合と逆向きに入出力されるものであり、複数の入力部2a〜2fから異なる位相のスピン波を入力し、単一の出力部3において、当該入力スピン波を検知するのである。このとき、各入力部2a〜2fは特定位相のスピン波が入力されるものであり、強度を変えて入力することにより、出力部は強度の大きいスピン波をもって入力とみなすことができる。
【0037】
ここで、入力部2を複数(図は6本)設けていることから、これらの入力部2a〜2fから入力されるスピン波が全て同じ位相である場合には、スピン波干渉部1において相互に位相干渉を生じさせることとなる。そこで、本実施形態の場合には、相互に異なる位相のスピン波を各入力部2a〜2fから入力するのである。この場合、図示していないが、個々の入力部2a〜2fの上流側に位相変調器を設け、個々の入力部2a〜2fから入力されるスピン波を特定の位相に変調させたうえで、スピン波干渉部1に入力させるように構成してもよい。
【0038】
参照スピン波出力部4では、全ての入力スピン波を出力しおり、出力部において検知した強度の大きいスピン波について、その位相差を検出するために参照するものとしている。図示を省略しているが、出力部には、前記位相差を検出するための検出部が設けられている。このように、異なる位相の複数のスピン波が入力された場合において、特定の位相による入力スピン波の出力を検知することにより、位相ごとついて、「1」または「0」の値に変換することができる。
【0039】
次に、アドレスエンコーダとして機能させ得るスピン波回路の第2の実施形態を説明する。
図3に、その概略を示す。この図に示されるように、基本的な構成は、アドレスデコーダとして機能する実施形態と同様であるが、入力部2が複数2a〜2fであり、出力部3が単一である。スピン波干渉部1と、これらの入力部2および出力部3との接続状態は前述の場合と同様にしている。
【0040】
なお、本実施形態においても、入力部2が複数であるから、相互に異なる位相のスピン波を各入力部2a〜2fから入力するものとしている。そこで、本実施形態においても、個々の入力部2a〜2fの上流側に位相変調器を設け、個々の入力部2a〜2fから入力されるスピン波を特定の位相に変調させたうえで、スピン波干渉部1に入力させるように構成してもよい。
【0041】
他方、参照スピン波導入部4から導入される参照スピン波は、予め位相変調器5によって変調され、少なくとも各入力部2a〜2fから入力されるスピン波の位相と同じ位相のスピン波に変調されたうえでスピン波干渉部1に導入されるように構成している。なお、参照スピン波導入部4から入力される参照スピン波には、入力部2a〜2fから入力されるスピン波との間で位相差を一定とし、いずれの種類の位相によるスピン波においても単一の出力部3において位相干渉が出力されるように構成している。
【0042】
上記構成により、入力データは、特定位相のスピン波(つまり特定の入力部から入力されたスピン波)であり、出力データは、順次変調されて導入される参照スピン波の変調順に、位相干渉されたスピン波が検出されるか否かを「1」および「0」として整列したデータとなる。このように、異なる入力がコード化されることから、アドレスエンコーダとして機能させることができるのである。なお、入力部2は、
図3に例示する場合は6本であるが、間隔を密にすることによって多数の入力部2を形成させることができる。
【実施例】
【0043】
前述のスピン波回路がアドレスデコーダとして機能するかを実験した。実験例として使用したスピン波回路の概略を
図4に示す。実験例では、出力部を3本(o1,o2,o3)とした。また、各導波路の構成は磁性ガーネット(イットリウム鉄ガーネット)をエッチングによって図示の形状に作成したものである。なお、実施例を示す図において、p1は参照スピン波導入部、p2は入力部を示し、o1〜o3を第1〜第3の出力部としている。また、全ての導波路の膜厚は0.1μmとし、図示する平面視における各構成部分の寸法は下表のとおりである。
【0044】
【表1】
【0045】
上記構成の実験用回路を使用し、参照スピン波導入部p1からは固定した位相のスピン波を導入し、入力部p2から入力されるスピン波について、参照スピン波に対して位相差をそれぞれ0°、135°および225°とした場合の各出力部o1,o2,o3における出力値を測定した。なお、スピン波の励起には、発振器に接続されるアンテナを入力側の導波路に直交して配置し、マイクロ波を与えることにより行った。入力部から入力するスピン波の位相の変更には位相変調器を使用した。また、出力側のスピン波の検出には、出力側の導波路にアンテナを直交して配置し、これをオシロスコープに接続して検出した。 その結果を
図5に示す。なお、
図5はいずれも横軸に時間(Phase)とし、縦軸にスピン波の強度としてプロットしたものであり、(a)は入力されるスピン波の位相差が0°の場合、(b)は135°の場合、(c)は225°の場合をそれぞれ示している。
【0046】
上記実験結果から明らかなとおり、位相差が0°の場合には、第1および第2の出力部o1,o2における値に比較して、第3の出力部o3におけるスピン波の強度が増大している。また、位相差が135°の場合には、第2の出力部o2における値のみが増大し、位相差225°の場合は第1の出力部o1における値のみが増大している。
【0047】
そして、図中に破線で閾値となるべきスピン波の強度を示しているが、この値を閾値として「1」および「0」のデジタル信号に変換すれば、次の表2に示すような真理値となる。
【0048】
【表2】
【0049】
上記の結果から、入力されるスピン波の位相差によって出力部において検出されるスピン波の強度が調整されていることが判明した。上記実験例によれば、3出力のアドレスデコーダとして機能することができることも判明した。
【0050】
上記の実験は、アドレスデコーダとして機能し得るかを確認したものであるが、上記実験結果によれば、スピン波干渉部における位相干渉は、同位相の場合にのみ発生するものであることが明確であり、アドレスデコーダとして構成する場合においても、複数の位相の異なるスピン波を同時に入力させたとしても、同位相でなければ位相干渉を生じることがない。従って、複数のスピン波を入力させつつ参照スピン波導入部から導入されるスピン波の位相を変化させることにより、特定位相のスピン波を出力させることができ、アドレスエンコーダとしても機能させ得ることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0051】
上記のように、本発明は、スピン波を位相干渉させることにより、エンコードおよびデコードが可能であり、アドレスエンコーダやアドレスデコーダとして利用することができる。例えば、人間の手のような感覚を検知するいわゆる人工皮膚では、人間の皮膚全体に適用使用すると、100×10
23個の細胞が人間の皮膚全体の面積2m
2に均一に部分布していると仮定すると、皮膚全体の数は10
10個を超えることとなる。その1つの細胞にトランジスタ1個を対応させ、これを全て同時に監視しようとすると、トランジスタの総数は膨大となり、結果的には制御部の小型化が困難となり、遅延を増やすこととなる。そこで、本発明のスピン波回路を使用する場合には、入力部または出力部を増加させることにより単一の回路で同時に入出力が可能となるため、その小型化を可能にし得ることとなり、遅延も抑えることができる。
【0052】
また、医療分野やエンターテイメント分野において注目されている高解像度の三次元ディスプレイについて、複数人で同時に観られるように視野角を45度程度確保使用とする場合、ピクセルサイズは500nm程度となり、1×1m
2のディスプレイを実現しようとするだけで、ピクセル数は10
12個を超え、これまたトランジスタ数は膨大となる。その結果、ピクセルへのトランジスタでのアクセスの遅延や、配線での発熱は無視できず、配線の焼き切れや、装置の発熱による不安定動作を招来し得る。そこで、本発明のスピン波回路を使用する場合には、アクセスの遅延や発熱による不安定動作の発生をおさえることができる。
【符号の説明】
【0053】
1 スピン波干渉部
2(2a〜2f),p2 入力部
3(3a〜3f),o1,o2,o3出力部
4,p1 参照スピン波導入部
5 位相変調器
6 参照スピン波出力部