【実施例】
【0044】
<実施例1>シソ抽出物の調製
チリメンジソ及びチリメンアオジソの植物体から、葉、茎及び花を手作業で分離した(花はチリメンジソのみ)。洗浄後の各部位を試料として、試料100gあたり500mL〜700mL程度のエタノール又は熱水を用いた抽出処理を以下のように行った。
エタノール抽出処理:エタノールを加えた後、暗所で約1週間静置して抽出。
熱水抽出処理:熱水中に試料を加えた後、10分間煮沸を続けて抽出。
抽出後の液体をろ過してろ液を回収し、溶媒を減圧蒸留により除去することで、シソ抽出物を得た。原料シソ100g(湿重量)あたりの抽出物の収量を以下の表1に示す。
【表1】
【0045】
<実施例2>シソ抽出物のAβ凝集阻害活性の評価
実施例1で調製したシソ抽出物について、非特許文献1に記載の方法に従って、Aβ凝集阻害活性を評価した。簡潔には、まずQdot 655 ITK Amino(PEG) Quantum Dots(Life Technologies)でAβ40を標識し、蛍光標識AβであるQDAβを調製した。実施例1の各シソ抽出物をAssay Buffer(10%エタノール、1×PBS)で希釈率0.2%〜0.00002%まで10倍段階希釈した試料1容量に対し、Aβ溶液(60μM Aβ42、60nM QDAβ、1×PBS)1容量を加えた後、10,000×gで2分間遠心した。対照として、希釈試料の代わりにAssay Buffer1容量に対し、Aβ溶液1容量を加えたものを同様に処理した。得られた上清5μLを1536ウェルプレートに分注し、プレートをシールして1,530×gで5分間遠心後、37℃で1日間インキュベートし、Aβを凝集させた。インキュベーションの前後に、倒立型蛍光顕微鏡下、QD655フィルター、4×対物レンズを用いて各ウェルの観察を行い、蛍光画像を撮像した。
各画像の中央、100×100ピクセルの範囲の蛍光強度の標準偏差をImage Jソフトウェア(NIH)のHistgramツールを用いて測定した。希釈倍率ごとに3点の測定を行い、平均値をその希釈倍率での標準偏差とした。インキュベート前の対照の標準偏差を0%、インキュベート後の対照の標準偏差を100%とした場合の各希釈試料の凝集阻害曲線を、Prismソフトウェア(GraphPad)の5パラメータロジスティック関数を使用したカーブフィッティングにより作成し、標準偏差値50%と交わる試料濃度であるEC
50値を算出した。EC
50値は、値が小さいほど凝集阻害活性がより高いことを意味する。なお以降の実施例において、EC
50値は、Aβ凝集反応系に含まれる抽出物の固形分濃度(mg/mL)、又は抽出物の希釈率(%)のいずれかで表す。
【0046】
実施例1のシソ抽出物のAβ凝集阻害を表す蛍光画像(撮像したウェル画像の中央、100×100ピクセルの範囲を拡大したもの)を
図1(チリメンジソ)及び
図2(チリメンアオジソ)に、蛍光画像から算出したEC
50値のグラフを
図3に示す。
図1及び
図2中、図上端のパーセンテージは、シソ抽出物の濃度(希釈率)を表す。また
図3の左側のタイム、サマーサボリー、スペアミントのEC
50値は、非特許文献1に記載されたものである。
図1〜3の結果より、チリメンジソ及びチリメンアオジソのエタノール又は熱水抽出物は、非特許文献1に記載された高活性のシソ科香辛料と同等以上のAβ凝集阻害活性を有することが明らかとなった。チリメンアオジソ、特にチリメンアオジソ葉のエタノール抽出物は活性が高く、そのEC
50値は0.00048±0.00024mg/mLであった。これは非特許文献1中で最も活性が高かったスペアミントEC
50値の約1/40である。
【0047】
<実施例3>シリカゲルカラムクロマトグラフィー及び逆相カラムクロマトグラフィーによるチリメンアオジソ抽出物の精製
実施例1のチリメンアオジソ葉のエタノール抽出物を水に懸濁し、クロロホルム、酢酸エチル、n−ブタノールの順に分液操作を行うことで、クロロホルム、酢酸エチル、n−ブタノール及び水のそれぞれの可溶画分に分配し、各分配画分のAβ凝集阻害活性を実施例2と同様の方法で評価した。Aβ凝集阻害を表す蛍光画像(撮像したウェル画像の中央、100×100ピクセルの範囲を拡大したもの)を
図4に示す。阻害活性が最も高かったのはn−ブタノール画分であり、そのEC
50値は0.000212±0.000168%であった。
このn−ブタノール画分(3.5g)をシリカゲルカラムクロマトグラフィーに供し、計7つのフラクションに分画した。阻害活性が高かったフラクション6(2.3g)をさらに逆相カラムクロマトグラフィーに供し、4つのフラクションを得た。阻害活性の高かったフラクション3(0.743g)をさらにシリカゲルカラムクロマトグラフィーに供し、4つのフラクションを得た。各カラムクロマトグラフィーの条件は下の通りであった。
【0048】
シリカゲルカラムクロマトグラフィー(1回目)
充填剤:
シリカゲル フジシリシアPSQ60B(100g)
溶出及び分画条件:
クロロホルム(0.5L)、10%メタノール/クロロホルム(0.5L)、20%メタノール/クロロホルム(0.5L)、30%メタノール/クロロホルム(0.5L)、40%メタノール/クロロホルム(0.5L)、50%メタノール/クロロホルム(1L)、メタノール(1L)で順次溶出し、フラクション1(はじめの0.3L)、フラクション2(つぎの0.4L)、フラクション3(つぎの0.3L)、フラクション4(つぎの0.7L)、フラクション5(つぎの0.4L)、フラクション6(つぎの1.5L)、フラクション7(つぎの0.8L)をそれぞれ得た。
【0049】
逆相カラムクロマトグラフィー
充填剤:
分取用逆相C
18充填剤(ナカライテスクCOSMOSIL75C
18−OPN)200g
溶出及び分画条件:
5%アセトニトリル/水(0.5L)、10%アセトニトリル/水(0.5L)、アセトニトリル(0.5L)で順次溶出し、フラクション1(はじめの200mL)、フラクション2(つぎの400mL)、フラクション3(つぎの400mL)、フラクション4(つぎの500mL)をそれぞれ得た。
【0050】
シリカゲルカラムクロマトグラフィー(2回目)
充填剤:
シリカゲル フジシリシアPSQ60B(10g)
溶媒:
40%メタノール/クロロホルム(0.1L)、45%メタノール/クロロホルム(0.1L)、メタノール(0.05L)で順次溶出し、フラクション1(はじめの0.03L)、フラクション2(つぎの0.07L)、フラクション3(つぎの0.05L)、フラクション4(つぎの0.1L)をそれぞれ得た。
【0051】
上記精製の手順図、並びに各フラクションの収量及びEC
50値を
図5に示す。特に逆相カラムクロマトグラフィー後のフラクションで阻害活性の低下が認められた。また、2回目のシリカゲルカラムクロマトグラフィー後のフラクション3及び4のAβ凝集阻害活性を、非特許文献1においてサマーサボリーから単離したロスマリン酸のそれと比較した結果を
図6に示す。フラクション3及び4は、ロスマリン酸の約1/20という低いEC
50値、すなわち高い阻害活性を有していた。
【0052】
<実施例4>アオジソ抽出物の調製及びそのAβ凝集阻害活性の評価
市販のアオジソの葉を用いて、実施例1と同様の方法でエタノール抽出処理を行い、原料のアオジソ葉100g(湿重量)あたり、1.95gのエタノール抽出物を得た。この抽出物について、実施例2と同様の方法でAβ凝集阻害活性を評価した。
アオジソ葉のエタノール抽出物のEC
50値は0.000843mg/mLであり、実施例1のチリメンアオジソ葉のエタノール抽出物と同程度の強い阻害活性を有していた。
【0053】
<実施例5>ゲルろ過カラムクロマトグラフィーによるアオジソ抽出物精製画分の調製
実施例4のアオジソ葉のエタノール抽出物のうち1.0gをゲルろ過カラムクロマトグラフィーに供し、計8のフラクションに分画した。阻害活性が高かったフラクション7(0.12g)のうち0.05gをさらにゲルろ過カラムクロマトグラフィーに供し、8つのフラクションを得た。各カラムクロマトグラフィーの条件は下の通りであった。
【0054】
ゲルろ過カラムクロマトグラフィー(1回目)
充填剤:
Sephadex LH−20(600mL)
溶出及び分画条件:
メタノール1.6Lで溶出し、フラクションを12mLずつ分取した。類似物質が含まれるフラクションをまとめ、フラクション1(はじめの0.12L)、フラクション2(つぎの0.72L)、フラクション3(つぎの0.2L)、フラクション4(つぎの0.096L)、フラクション5(つぎの0.132L)、フラクション6(つぎの0.12L)、フラクション7(つぎの0.432L)、フラクション8(つぎの0.924L)をそれぞれ得た。
【0055】
ゲルろ過カラムクロマトグラフィー(2回目)
充填剤:
Sephadex LH−20(62mL)
溶出及び分画条件:
メタノール230Lで溶出し、フラクションを2mLずつ分取した。類似物質が含まれるフラクションをまとめ、フラクション1(はじめの0.05L)、フラクション2(つぎの0.02L)、フラクション3(つぎの0.004L)、フラクション4(つぎの0.008 L)、フラクション5(つぎの0.028L)、フラクション6(つぎの0.022L)、フラクション7(つぎの0.018L)、フラクション8(つぎの0.100L)をそれぞれ得た。
【0056】
1回目のゲルろ過カラムクロマトグラフィー後の各フラクションのAβ凝集阻害活性を実施例2に記載の方法で測定したところ、最も阻害活性が高かったフラクション7のEC
50値は0.000106mg/mLであった。
【0057】
このフラクション7に含まれる物質の分子量の範囲は、ゲルろ過カラムクロマトグラフィー及びTOF−MS(Nd:YAGレーザー(355nm)を接続したBruker Ultraflex TremeTOF/TOF 質量分析計を用いたマトリクス支援レーザー脱離イオン化法、マトリクス:2,5−ヒドロキシ安息香酸(DHBA))による質量分析の結果から、100〜2000であることが推測された。
【0058】
<実施例6>カタメンジソ抽出物の調製及びそのAβ凝集阻害活性の評価
カタメンジソの植物体から葉、茎及び根を分離し、これらをそのまま、または乾燥させた後、実施例1と同様の方法でエタノール抽出処理を行って抽出物を得た。この抽出物について、実施例2と同様の方法でAβ凝集阻害活性を評価した。
結果を
図7に示す。カタメンジソのエタノール抽出物はいずれもAβ凝集阻害活性を示し、特に新鮮な葉及び根からの抽出物の活性が高かった。
【0059】
<実施例7>収穫時期によるAβ凝集阻害活性の変化
チリメンアオジソ葉を6月(双葉、間引き時)、7月、8月、9月(開花時)に採取し、実施例1と同様の方法でエタノール抽出処理を行って抽出物を得た。この抽出物について、実施例2と同様の方法でAβ凝集阻害活性を評価した。また、これらの抽出物中のロスマリン酸含有量を、高速液体クロマトグラフィー法(Canelasら、J.Chem.Education,84(9),1502−1504(2007)に記載された方法の改良法)により測定した。
結果を
図8に示す。Aβ凝集阻害活性は9月の試料では他の月に採取した試料の約4倍に上昇していた。一方、ロスマリン酸含有量が増加した7月の試料ではAβ凝集阻害活性の上昇は認められなかった。
【0060】
シソにはAβ凝集阻害活性のあるロスマリン酸が含まれることが知られており、実施例において使用したシソ中のロスマリン酸含有量は最大で31.8mg/g(チリメンアオジソ葉部、HPLCによる実測値)であった。しかしながら、ロスマリン酸のAβ凝集阻害活性(EC
50値)は0.0011mg/mL〜0.0036mg/mL程度(市販のロスマリン酸(和光純薬株式会社)を使用して測定)であること、及び実施例7において9月に採取したチリメンアオジソ葉はロスマリン酸含有量が他の月と変わらないにもかかわらず高いAβ凝集阻害活性を示したことから、上述の実施例において得られたシソ抽出物及びその精製物は、ロスマリン酸を遙かにしのぐ強力なAβ凝集阻害活性を有することが明らかとなった。