特許第6707251号(P6707251)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6707251アミロイドβタンパク質の凝集阻害用組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6707251
(24)【登録日】2020年5月22日
(45)【発行日】2020年6月10日
(54)【発明の名称】アミロイドβタンパク質の凝集阻害用組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 36/535 20060101AFI20200601BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20200601BHJP
【FI】
   A61K36/535
   A61P25/28
【請求項の数】3
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2015-249378(P2015-249378)
(22)【出願日】2015年12月22日
(65)【公開番号】特開2016-124865(P2016-124865A)
(43)【公開日】2016年7月11日
【審査請求日】2018年11月27日
(31)【優先権主張番号】特願2014-264387(P2014-264387)
(32)【優先日】2014年12月26日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504193837
【氏名又は名称】国立大学法人室蘭工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002480
【氏名又は名称】特許業務法人IPアシスト特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100113332
【弁理士】
【氏名又は名称】一入 章夫
(74)【代理人】
【識別番号】100160037
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 真紀
(72)【発明者】
【氏名】徳楽 清孝
(72)【発明者】
【氏名】上井 幸司
【審査官】 横田 倫子
(56)【参考文献】
【文献】 韓国公開特許第10−2013−0051142(KR,A)
【文献】 特開平07−252161(JP,A)
【文献】 β-Secretase (BACE1) Inhibitors from Perilla frutescens var. acuta,Arch Pharm Res,2008年,Vol 31, No 2,183-187
【文献】 日本食品化学学会総会・学術大会講演要旨集 )Vol.19th Page.50 (2013.08.29)
【文献】 Oxidative Medicine and Cellular Longevity (Web), 2013, Vol.2013 No.3 Page.ARTICLE ID 316523, p1-10
【文献】 医学のあゆみ, 2010, Vol.232 No.6, p.698-704
【文献】 臨床検査, 2005, Vol.49 No.2, p.163-168
【文献】 A Microliter-Scale High-throughput Screening System with Quantum-Dot Nanoprobes for Amyloid-βAggregation Inhibitors,PLOS ONE,Public Library of Science,2013年 8月,Volume 8 Issue 8,1-9
【文献】 日本農芸化学会大会講演要旨集, 2012, p.3C34p12
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 36/00
A61P 25/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チリメンアオジソのエタノール抽出物又は熱水抽出物を有効成分とする、アミロイドβタンパク質の凝集活性を阻害するための組成物。
【請求項2】
チリメンアオジソのエタノール抽出物又は熱水抽出物の分子量範囲が100〜2000である、請求項に記載の組成物
【請求項3】
飲食品組成物である、請求項1又は2に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シソの抽出物を有効成分とするアミロイドβタンパク質の凝集阻害用組成物、及びこれを含むアミロイドーシスを治療及び/又は予防するための医薬に関する。
【背景技術】
【0002】
高齢化社会の進展に伴う認知症の増加は、社会保障費の増大のみならず身近で介護を行う者の疲弊を伴う。持続可能な社会を実現するためには健康寿命の延伸が重要であり、そのためには認知症の半数以上の原因を占めるといわれるアルツハイマー病の予防及び治療が欠かせない。
【0003】
アルツハイマー病は、アミロイドと呼ばれる線維状タンパク質が沈着して臓器の機能障害を引き起こす疾患であるアミロイドーシスの一種である。アルツハイマー病の発症メカニズムとしては、アミロイドβ痴呆発症カスケード仮説が有力である。この仮説によると、アミロイド前駆体タンパク質からのプロセシングによる40又は42アミノ酸残基のアミロイドβタンパク質の生成、凝集及びアミロイド線維の形成、アミロイド線維の脳内蓄積による老人斑の形成、高リン酸化Tauタンパク質の凝集及び蓄積による神経原線維変化が段階的に生じ、その結果として神経機能不全、神経細胞死が引き起こされ、アルツハイマー病の発症に至る。
【0004】
現在、使用されているアルツハイマー治療薬は、コリンエステラーゼ阻害薬及びNMDA阻害薬である。これらはいずれも症状の進行を抑えるための医薬であり、アルツハイマー病を根治するものではない。そこで、アルツハイマー病発症のきっかけとなるアミロイドβタンパク質(Aβ)の凝集阻害が、根本的な予防又は治療のための創薬ターゲットとして注目されている。
【0005】
本発明者らは、Aβの凝集阻害物質を探索するため、量子ドットナノプローブを用いた微量ハイスループットスクリーニングシステムを開発した。同システムを用いて52種の香辛料について凝集阻害活性を評価したところ、タイム、サマーサボリー、スペアミント等のシソ科(Lamiaceae)に属する香辛料が高い凝集阻害活性を有することを見出した(非特許文献1)。
【0006】
また、この他に、Aβの凝集阻害活性を有する植物由来抽出物として、ブドウ種子抽出物(特許文献1)、ウコン抽出物(特許文献2)、ウンカリア・トメントーサ抽出物(特許文献3)、緑茶抽出物(特許文献4)等が知られている。
【0007】
上記の植物由来抽出物のほか、Aβをターゲットとしたアルツハイマー治療薬として、ワクチン、ヒト化抗体、γ−セクレターゼ阻害剤等の開発が進められている(非特許文献2)。しかしながら、依然として、アルツハイマー病及び他のアミロイドーシスを予防及び治療するための医薬に対するニーズが存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2011−520814号公報
【特許文献2】特表2009−530305号公報
【特許文献3】特表2004−514679号公報
【特許文献4】特表2003−519192号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Ishigaki Y.et.al.,PLoS ONE 8(8):e72992,2013
【非特許文献2】Potter PE,J.Am.Osteopath.Assoc.2010 Sep;110(9 Suppl 8):S27−36
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、アルツハイマー病及び他のアミロイドーシスを予防及び/又は治療することができる、新たなAβ凝集阻害用組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、シソの抽出物が強力なAβ凝集阻害を有することを見出し、下記の各発明を完成させた。
【0012】
(1)シソの抽出物を有効成分とする、アミロイドβタンパク質の凝集阻害用組成物。
(2)シソの抽出物が、シソのエタノール抽出物又は熱水抽出物である、(1)に記載のアミロイドβタンパク質の凝集阻害用組成物。
(3)シソの抽出物が、シソのエタノール抽出物又は熱水抽出物であって、その分子量範囲が100〜2000である、(1)又は(2)に記載のアミロイドβタンパク質の凝集阻害用組成物。
(4)シソの抽出物が、シソをエタノール又は熱水で抽出した後、ゲルろ過クロマトグラフィーにより精製して得られる抽出物である、(1)又は(2)に記載のアミロイドβタンパク質の凝集阻害用組成物。
(5)シソが、チリメンジソ、チリメンアオジソ、アオジソ又はカタメンジソである、(1)から(4)のいずれかに記載のアミロイドβタンパク質の凝集阻害用組成物。
(6)(1)から(5)のいずれかに記載のアミロイドβタンパク質の凝集阻害用組成物を含む、アミロイドーシスを治療及び/又は予防するための医薬。
(7)アミロイドーシスが脳アミロイドーシスである、(6)に記載の医薬。
(8)アミロイドーシスがアルツハイマー病である、(6)に記載の医薬。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、アミロイドーシス、特にアルツハイマー病の予防及び/又は治療のためのAβ凝集阻害用組成物、並びにこれを含む医薬が提供される。食用植物であるシソの抽出物は安全性が高く、したがって医薬のみならず食品、健康補助食品、サプリメントとしても利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施例1のシソ抽出物(チリメンジソのエタノール又は熱水抽出物)のAβ凝集阻害を示す写真である。
図2】実施例1のシソ抽出物(チリメンアオジソのエタノール又は熱水抽出物)のAβ凝集阻害を示す写真である。
図3】実施例1のシソ抽出物について、使用する品種及び部位ごとにAβ凝集阻害のEC50値を比較したグラフである。
図4】チリメンアオジソ葉のエタノール抽出物を各種溶媒で分配して得られた各画分のAβ凝集阻害を示す写真である。
図5】チリメンアオジソ葉のエタノール抽出物に含まれる活性成分の精製を示す図である。
図6】チリメンアオジソ葉のエタノール抽出物を精製して得られた2つの画分のAβ凝集阻害のEC50値を、比較例であるロスマリン酸のEC50値と比較したグラフである。
図7】実施例6のシソ抽出物(カタメンジソのエタノール抽出物)のAβ凝集阻害活性を示すグラフである。
図8】収穫時期の異なるチリメンアオジソ葉のエタノール抽出物のロスマリン酸含有量(横軸)及びAβ凝集阻害活性(縦軸)を示す図である。図中の線はロスマリン酸標準物質を用いた検量線である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の一態様は、シソの抽出物を有効成分とする、Aβの凝集阻害用組成物に関する。
【0016】
本発明で用いられるシソは、シソ科シソ属に属するペリラ・フルテセンス変種クリスパ(Perilla frutescens var.crispa)である。シソには、例えば、チリメンジソ(Perilla frutescens var.crispa f.crispa)、チリメンアオジソ(Perilla frutescens var.crispa’Viridi−crispa’)、アオジソ(Perilla frutescens var.crispa f.viridis、いわゆる大葉)、マダラジソ(Perilla frutescens var.crispa f.rosea)、アカジソ(Perilla frutescens var.crispa f.purpurea)、カタメンジソ(Perilla frutescens var.crispa’Discolor’)などの多くの品種があることが知られている。本発明で抽出に用いるシソは、これらのいずれであってもよいが、チリメンジソ、チリメンアオジソ、アオジソ又はカタメンジソを抽出原料として用いるのが好適である。
【0017】
原料となるシソの栽培方法、採取方法に制限はなく、通常農産物として栽培、流通しているシソを用いることができる。原料のシソは、そのまま、すなわち生の状態で直ちに抽出処理してもよく、乾燥保存、冷蔵又は冷凍保存した後に抽出処理してもよい。また、使用するシソの部位は、地上部である葉、茎、花、実のいずれを用いてもよいが、入手容易性の観点から、葉を抽出原料とするのが好ましい。
【0018】
シソの抽出物は、シソを抽出溶媒に浸漬して有効成分を抽出することにより調製することができる。具体的には、抽出は、原料であるシソをそのままの形状で、又は抽出効率を上げるために細砕した後に、抽出溶媒に浸漬することにより行われる。
【0019】
抽出溶媒は、天然物からの有用成分の抽出に通常使用される溶媒であればよく、例えば、水、アルコール、アセトン、酢酸エチル、トリクロロメタン等を用いることができる。抽出効率を考慮した場合、使用する溶媒は、特に水、又はメタノール、エタノール、ブタノール等のアルコールが好ましく、最も好ましいのは水又はエタノールである。また、抽出溶媒の量は、原料のシソ100g(湿重量)に対して100mL〜3000mL、好ましくは200mL〜1500mL、より好ましくは400mL〜800mLである。
【0020】
浸漬は、室温又はそれより高い温度で行われる。一般に温度が高い方がより効率的な抽出が可能であり、特に抽出溶媒として水を用いる場合は、80℃以上の熱水を用いることが好ましい。また、抽出中のシソ浸漬液は、そのまま静置してもよく、又は適度な撹拌を伴ってもよい。
【0021】
浸漬時間は、溶媒の種類、量及び温度、撹拌条件、原料シソ中の有効成分含量等に応じて適宜設定することができるが、常温、静置の条件下で浸漬を行う場合は3時間〜14日間程度、加温条件下で浸漬を行う場合は5分間〜12時間程度の浸漬時間を取ればよい。
【0022】
このようにして得られた浸漬液は、そのまま本発明によるシソ抽出物として用いることもでき、又は固形分をろ過、遠心分離等の分離手段を用いて除去した後の液体を回収し、これをそのまま、若しくは溶媒を蒸発させた濃縮物の状態で用いることもできる。
【0023】
さらに、浸漬液、これから回収される液体又は濃縮物を、公知の精製手段、例えば溶媒分配、カラムクロマトグラフィー、HPLC等によりさらに精製して得られる精製画分もまた、本発明において好適に用いることができる。
【0024】
溶媒分配は、本発明によるシソ抽出物を適当な第一の溶媒に溶解又は懸濁させた後、第一の溶媒と層分離可能な第二の溶媒を分配溶媒として用いることにより、行うことができる。第一の溶媒が水である場合、第二の溶媒として、例えば、クロロホルム、酢酸エチル、ブタノール等を用いることができる。
【0025】
なお、後述の実施例において示すように、逆相カラムを用いたカラムクロマトグラフィーによる精製を行うとAβ凝集阻害活性が低下することがある。したがって、精製手段としてカラムクロマトグラフィーを用いる場合、逆相カラムクロマトグラフィー以外のカラムクロマトグラフィー、とりわけゲルろ過カラムクロマトグラフィーを使用するのが好ましい。
【0026】
ゲルろ過カラムクロマトグラフィーに使用する充填剤としては、ヒドロキシプロピルデキストラン系充填剤、非極性ポリスチレン系充填剤、メタクリレート系充填剤等が挙げられる。これらは、例えば、GEヘルスケアバイオサイエンス社のSephadex LH−20、バイオ・ラッド社のバイオビーズSM−2、東ソー株式会社のToyopearl HW−40として販売されている。溶媒としては、これらのカラム充填剤に対して通常使用される溶媒、例えばメタノール、エタノールなどのアルコール系溶媒、水、水−アルコール系混合溶媒、緩衝液、アセトン、酢酸エチル、トリクロロメタン等を用いることができる。当業者は、これらのカラム及び移動相を用いて、適切な温度及び流速条件の下で、ゲルろ過カラムクロマトグラフィーを実施することができる。
【0027】
ゲルろ過カラムクロマトグラフィーにより得られた各画分についてAβ凝集阻害活性を評価することで、目的の有効成分を含有する画分が決定される。このようにして得られたシソ抽出物を精製した画分もまた本発明の一部を構成するものであり、この例としては、後述の実施例において示されるような、シソ抽出物中の分子量範囲が100〜2000である画分、好ましくは200〜1500である画分が挙げられる。
【0028】
Aβは、普遍的な細胞外タンパク質であるアミロイド前駆体タンパク質がセクレターゼにより分解されて生じる40又は42アミノ酸残基のフラグメントである。単量体のAβが集合し、βシート構造形成による重合反応を繰り返すことで、アミロイド線維と呼ばれる凝集体が生じる。この凝集体が脳内に沈着して生じるのが、アルツハイマー病の特徴である老人斑(アミロイド斑)である。Aβ、特に42アミノ酸残基からなるAβ42は、特にオリゴマーの形態で強い細胞毒性を発揮する。
【0029】
Aβの凝集阻害活性は、例えば、単量体のAβを被験物と混合した後のAβの凝集を測定するインビトロの系、アルツハイマー病モデル神経細胞を被験物と接触させてAβの凝集・蓄積を評価する細胞評価系、アルツハイマーモデル動物に被験物を投与して脳におけるAβの凝集・蓄積を評価する動物評価系などを用いて評価することができる。インビトロの系としては、凝集したAβと結合することにより励起波長及び蛍光波長がシフトして蛍光強度が増加するチオフラビンT(ThT)を用いた系(例えば、コスモ・バイオ株式会社のSensoLyte(登録商標)ThT Aβ42&Aβ40凝集キットなど)、本発明者らが開発した非特許文献1に記載の蛍光性半導体ナノ結晶(量子ドット、QD)を用いたAβ蛍光ラベル法を用いた評価系等が挙げられる。非特許文献1に記載の方法は、ごく微量の試料での活性測定が可能である点で有利である。
【0030】
本発明の別の態様は、上述のAβ凝集阻害用組成物を含む、アミロイドーシスを治療及び/又は予防するための医薬に関する。
【0031】
アミロイドーシスは、線維構造を有する不溶性タンパク質であるアミロイドが臓器に沈着することで機能障害を引き起こす疾患である。アミロイドーシスは、全身の様々な臓器にアミロイドが沈着する全身性アミロイドーシス、及び特定の臓器に限局した沈着を示す限局性アミロイドーシスに大きく分けられる。以下に、各アミロイドーシスの臨床病名、括弧内にその原因タンパク質を例として挙げる。
【0032】
全身性アミロイドーシス:AAアミロイドーシス(血清アミロイドA)、ALアミロイドーシス(免疫グロブリンL鎖)、AHアミロイドーシス(免疫グロブリンH鎖)、透析アミロイドーシス(β2−ミクログロブリン)、老人性全身性アミロイドーシス(トランスサイレチン)、家族性アミロイドポリニューロパチー(トランスサイレチン、アポリポ蛋白AI、ゲルゾリン)など。
【0033】
限局性アミロイドーシス:アルツハイマー病(Aβ)、脳アミロイドアンギオパチー(Aβ)、クロイツフェルト・ヤコブ病等のプリオン病(プリオン蛋白)、限局性心房アミロイド(心房ナトリウム利尿因子)等の内分泌アミロイドーシス、限局性結節性アミロイドーシス(免疫グロブリンL鎖)、角膜アミロイドーシス(ケラトエピセリン、ラクトフェリン)など。
【0034】
本発明による医薬は、アミロイドーシス、好適には、脳でのアミロイド蓄積が認められる脳アミロイドーシスの治療及び/又は予防のために用いることができる。脳アミロイドーシスとしては、例えばアルツハイマー病、脳アミロイドアンギオパチー、プリオン病、パーキンソン病、ハンチントン病などが挙げられる。より好適な適用疾患は、アルツハイマー病である。
【0035】
本明細書において用いられる用語「治療」は、疾患の治癒、一時的寛解などを目的とする医学的に許容される全てのタイプの治療的介入を包含する。また用語「予防」は、疾患への罹患又は発症の防止又は抑制などを目的とする医学的に許容される全てのタイプの予防的介入を包含する。すなわちアミロイドーシスの治療及び/又は予防とは、アミロイドーシスの進行の遅延又は停止、病変の退縮又は消失、発症の予防又は再発の防止などを含む、種々の目的の医学的に許容される介入を包含する。
【0036】
本発明の一態様である医薬は、有効量のAβ凝集阻害用組成物を含み、かかる有効量は、Aβ凝集阻害活性の強さ、投与経路、対象とする疾患の種類、症状の重症度、患者その他の医学的要因によって適宜調節される。好ましい態様において、Aβ凝集阻害用組成物の有効量は、Aβ凝集阻害活性を有する他の公知の物質、例えばポリフェノール類など(Hamaguchi et.al.,The American Journal of Pathology,175(6),2009:2557−2565)の有効量を参照して設定することができる。有効量は、例えば、経口投与の場合、投与される個体の体重1kgあたり5mg〜2000mg、好ましくは10mg〜500mg、より好ましくは25mg〜200mgであり、これを1日に1回又は複数回に分けて投与することができる。
【0037】
さらに、本発明により提供される医薬は、当業者に公知の任意の薬学的に許容される賦形剤、担体、補助剤又はその他の成分と共に医薬組成物を形成し、又は製剤化することができる。このような医薬組成物及び製剤も、本発明に包含される。
【0038】
薬学的に許容される賦形剤、担体、補助剤又はその他の成分は当業者において公知又は周知であり、当業者が通常の実施能力の範囲内で、例えば第十六改正日本薬局方その他の規格書に記載された成分から製剤の形態に応じて適宜選択して使用することができる。
【0039】
賦形剤、担体又は補助剤の例としては、例えば、乳糖、ブドウ糖、マンニット、デキストリン、シクロデキストリン、でん粉、ショ糖、メタ珪酸アルミン酸マグネシウム、合成ケイ酸アルミニウム、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルデンプン、カルボキシメチルセルロースカルシウム、イオン交換樹脂、メチルセルロース、ゼラチン、アラビアゴム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、軟質無水ケイ酸、ステアリン酸マグネシウム、タルク、トラガント、ベントナイト、ビーガム、酸化チタン、ソルビタン脂肪酸エステル、ラウリル硫酸ナトリウム、グリセリン、脂肪酸グリセリンエステル、精製ラノリン、グリセロゼラチン、ポリソルベート、マクロゴール、植物油、ろう、流動パラフィン、白色ワセリン、フルオロカーボン、非イオン性界面活性剤、プロピレングルコール、水等を挙げることができる。
【0040】
本発明において用いられる製剤は、任意の剤型をとることができる。剤形の例としては、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒、内服液、散剤及びシロップ剤等の内服剤、坐剤、軟膏、クリーム剤、ゲル剤、貼付剤、スプレー剤及びローション剤等の外用剤、液体製剤、懸濁剤、注射剤等を挙げることができる。これらの製剤は、当業者が常法に従って調製することができる。
【0041】
本発明により提供される医薬組成物又は製剤は、当業者に公知の任意の投与経路、例えば、経口投与、局所投与又は静脈内投与といった非経口投与等により投与することができる。このような医薬組成物又は製剤の製造は、それぞれ当業者に公知又は周知である一般的な方法を用いて行えばよい。
【0042】
また、本発明によるAβ凝集阻害用組成物は、食品、健康補助食品又はサプリメント等の形態で利用することもできる。これらは有効量のAβ凝集阻害用組成物を含有する。
【0043】
以下、実施例を示して本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は本発明の理解を助けるためのものであって、本発明の技術的範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0044】
<実施例1>シソ抽出物の調製
チリメンジソ及びチリメンアオジソの植物体から、葉、茎及び花を手作業で分離した(花はチリメンジソのみ)。洗浄後の各部位を試料として、試料100gあたり500mL〜700mL程度のエタノール又は熱水を用いた抽出処理を以下のように行った。
エタノール抽出処理:エタノールを加えた後、暗所で約1週間静置して抽出。
熱水抽出処理:熱水中に試料を加えた後、10分間煮沸を続けて抽出。
抽出後の液体をろ過してろ液を回収し、溶媒を減圧蒸留により除去することで、シソ抽出物を得た。原料シソ100g(湿重量)あたりの抽出物の収量を以下の表1に示す。
【表1】
【0045】
<実施例2>シソ抽出物のAβ凝集阻害活性の評価
実施例1で調製したシソ抽出物について、非特許文献1に記載の方法に従って、Aβ凝集阻害活性を評価した。簡潔には、まずQdot 655 ITK Amino(PEG) Quantum Dots(Life Technologies)でAβ40を標識し、蛍光標識AβであるQDAβを調製した。実施例1の各シソ抽出物をAssay Buffer(10%エタノール、1×PBS)で希釈率0.2%〜0.00002%まで10倍段階希釈した試料1容量に対し、Aβ溶液(60μM Aβ42、60nM QDAβ、1×PBS)1容量を加えた後、10,000×gで2分間遠心した。対照として、希釈試料の代わりにAssay Buffer1容量に対し、Aβ溶液1容量を加えたものを同様に処理した。得られた上清5μLを1536ウェルプレートに分注し、プレートをシールして1,530×gで5分間遠心後、37℃で1日間インキュベートし、Aβを凝集させた。インキュベーションの前後に、倒立型蛍光顕微鏡下、QD655フィルター、4×対物レンズを用いて各ウェルの観察を行い、蛍光画像を撮像した。
各画像の中央、100×100ピクセルの範囲の蛍光強度の標準偏差をImage Jソフトウェア(NIH)のHistgramツールを用いて測定した。希釈倍率ごとに3点の測定を行い、平均値をその希釈倍率での標準偏差とした。インキュベート前の対照の標準偏差を0%、インキュベート後の対照の標準偏差を100%とした場合の各希釈試料の凝集阻害曲線を、Prismソフトウェア(GraphPad)の5パラメータロジスティック関数を使用したカーブフィッティングにより作成し、標準偏差値50%と交わる試料濃度であるEC50値を算出した。EC50値は、値が小さいほど凝集阻害活性がより高いことを意味する。なお以降の実施例において、EC50値は、Aβ凝集反応系に含まれる抽出物の固形分濃度(mg/mL)、又は抽出物の希釈率(%)のいずれかで表す。
【0046】
実施例1のシソ抽出物のAβ凝集阻害を表す蛍光画像(撮像したウェル画像の中央、100×100ピクセルの範囲を拡大したもの)を図1(チリメンジソ)及び図2(チリメンアオジソ)に、蛍光画像から算出したEC50値のグラフを図3に示す。図1及び図2中、図上端のパーセンテージは、シソ抽出物の濃度(希釈率)を表す。また図3の左側のタイム、サマーサボリー、スペアミントのEC50値は、非特許文献1に記載されたものである。
図1〜3の結果より、チリメンジソ及びチリメンアオジソのエタノール又は熱水抽出物は、非特許文献1に記載された高活性のシソ科香辛料と同等以上のAβ凝集阻害活性を有することが明らかとなった。チリメンアオジソ、特にチリメンアオジソ葉のエタノール抽出物は活性が高く、そのEC50値は0.00048±0.00024mg/mLであった。これは非特許文献1中で最も活性が高かったスペアミントEC50値の約1/40である。
【0047】
<実施例3>シリカゲルカラムクロマトグラフィー及び逆相カラムクロマトグラフィーによるチリメンアオジソ抽出物の精製
実施例1のチリメンアオジソ葉のエタノール抽出物を水に懸濁し、クロロホルム、酢酸エチル、n−ブタノールの順に分液操作を行うことで、クロロホルム、酢酸エチル、n−ブタノール及び水のそれぞれの可溶画分に分配し、各分配画分のAβ凝集阻害活性を実施例2と同様の方法で評価した。Aβ凝集阻害を表す蛍光画像(撮像したウェル画像の中央、100×100ピクセルの範囲を拡大したもの)を図4に示す。阻害活性が最も高かったのはn−ブタノール画分であり、そのEC50値は0.000212±0.000168%であった。
このn−ブタノール画分(3.5g)をシリカゲルカラムクロマトグラフィーに供し、計7つのフラクションに分画した。阻害活性が高かったフラクション6(2.3g)をさらに逆相カラムクロマトグラフィーに供し、4つのフラクションを得た。阻害活性の高かったフラクション3(0.743g)をさらにシリカゲルカラムクロマトグラフィーに供し、4つのフラクションを得た。各カラムクロマトグラフィーの条件は下の通りであった。
【0048】
シリカゲルカラムクロマトグラフィー(1回目)
充填剤:
シリカゲル フジシリシアPSQ60B(100g)
溶出及び分画条件:
クロロホルム(0.5L)、10%メタノール/クロロホルム(0.5L)、20%メタノール/クロロホルム(0.5L)、30%メタノール/クロロホルム(0.5L)、40%メタノール/クロロホルム(0.5L)、50%メタノール/クロロホルム(1L)、メタノール(1L)で順次溶出し、フラクション1(はじめの0.3L)、フラクション2(つぎの0.4L)、フラクション3(つぎの0.3L)、フラクション4(つぎの0.7L)、フラクション5(つぎの0.4L)、フラクション6(つぎの1.5L)、フラクション7(つぎの0.8L)をそれぞれ得た。
【0049】
逆相カラムクロマトグラフィー
充填剤:
分取用逆相C18充填剤(ナカライテスクCOSMOSIL75C18−OPN)200g
溶出及び分画条件:
5%アセトニトリル/水(0.5L)、10%アセトニトリル/水(0.5L)、アセトニトリル(0.5L)で順次溶出し、フラクション1(はじめの200mL)、フラクション2(つぎの400mL)、フラクション3(つぎの400mL)、フラクション4(つぎの500mL)をそれぞれ得た。
【0050】
シリカゲルカラムクロマトグラフィー(2回目)
充填剤:
シリカゲル フジシリシアPSQ60B(10g)
溶媒:
40%メタノール/クロロホルム(0.1L)、45%メタノール/クロロホルム(0.1L)、メタノール(0.05L)で順次溶出し、フラクション1(はじめの0.03L)、フラクション2(つぎの0.07L)、フラクション3(つぎの0.05L)、フラクション4(つぎの0.1L)をそれぞれ得た。
【0051】
上記精製の手順図、並びに各フラクションの収量及びEC50値を図5に示す。特に逆相カラムクロマトグラフィー後のフラクションで阻害活性の低下が認められた。また、2回目のシリカゲルカラムクロマトグラフィー後のフラクション3及び4のAβ凝集阻害活性を、非特許文献1においてサマーサボリーから単離したロスマリン酸のそれと比較した結果を図6に示す。フラクション3及び4は、ロスマリン酸の約1/20という低いEC50値、すなわち高い阻害活性を有していた。
【0052】
<実施例4>アオジソ抽出物の調製及びそのAβ凝集阻害活性の評価
市販のアオジソの葉を用いて、実施例1と同様の方法でエタノール抽出処理を行い、原料のアオジソ葉100g(湿重量)あたり、1.95gのエタノール抽出物を得た。この抽出物について、実施例2と同様の方法でAβ凝集阻害活性を評価した。
アオジソ葉のエタノール抽出物のEC50値は0.000843mg/mLであり、実施例1のチリメンアオジソ葉のエタノール抽出物と同程度の強い阻害活性を有していた。
【0053】
<実施例5>ゲルろ過カラムクロマトグラフィーによるアオジソ抽出物精製画分の調製
実施例4のアオジソ葉のエタノール抽出物のうち1.0gをゲルろ過カラムクロマトグラフィーに供し、計8のフラクションに分画した。阻害活性が高かったフラクション7(0.12g)のうち0.05gをさらにゲルろ過カラムクロマトグラフィーに供し、8つのフラクションを得た。各カラムクロマトグラフィーの条件は下の通りであった。
【0054】
ゲルろ過カラムクロマトグラフィー(1回目)
充填剤:
Sephadex LH−20(600mL)
溶出及び分画条件:
メタノール1.6Lで溶出し、フラクションを12mLずつ分取した。類似物質が含まれるフラクションをまとめ、フラクション1(はじめの0.12L)、フラクション2(つぎの0.72L)、フラクション3(つぎの0.2L)、フラクション4(つぎの0.096L)、フラクション5(つぎの0.132L)、フラクション6(つぎの0.12L)、フラクション7(つぎの0.432L)、フラクション8(つぎの0.924L)をそれぞれ得た。
【0055】
ゲルろ過カラムクロマトグラフィー(2回目)
充填剤:
Sephadex LH−20(62mL)
溶出及び分画条件:
メタノール230Lで溶出し、フラクションを2mLずつ分取した。類似物質が含まれるフラクションをまとめ、フラクション1(はじめの0.05L)、フラクション2(つぎの0.02L)、フラクション3(つぎの0.004L)、フラクション4(つぎの0.008 L)、フラクション5(つぎの0.028L)、フラクション6(つぎの0.022L)、フラクション7(つぎの0.018L)、フラクション8(つぎの0.100L)をそれぞれ得た。
【0056】
1回目のゲルろ過カラムクロマトグラフィー後の各フラクションのAβ凝集阻害活性を実施例2に記載の方法で測定したところ、最も阻害活性が高かったフラクション7のEC50値は0.000106mg/mLであった。
【0057】
このフラクション7に含まれる物質の分子量の範囲は、ゲルろ過カラムクロマトグラフィー及びTOF−MS(Nd:YAGレーザー(355nm)を接続したBruker Ultraflex TremeTOF/TOF 質量分析計を用いたマトリクス支援レーザー脱離イオン化法、マトリクス:2,5−ヒドロキシ安息香酸(DHBA))による質量分析の結果から、100〜2000であることが推測された。
【0058】
<実施例6>カタメンジソ抽出物の調製及びそのAβ凝集阻害活性の評価
カタメンジソの植物体から葉、茎及び根を分離し、これらをそのまま、または乾燥させた後、実施例1と同様の方法でエタノール抽出処理を行って抽出物を得た。この抽出物について、実施例2と同様の方法でAβ凝集阻害活性を評価した。
結果を図7に示す。カタメンジソのエタノール抽出物はいずれもAβ凝集阻害活性を示し、特に新鮮な葉及び根からの抽出物の活性が高かった。
【0059】
<実施例7>収穫時期によるAβ凝集阻害活性の変化
チリメンアオジソ葉を6月(双葉、間引き時)、7月、8月、9月(開花時)に採取し、実施例1と同様の方法でエタノール抽出処理を行って抽出物を得た。この抽出物について、実施例2と同様の方法でAβ凝集阻害活性を評価した。また、これらの抽出物中のロスマリン酸含有量を、高速液体クロマトグラフィー法(Canelasら、J.Chem.Education,84(9),1502−1504(2007)に記載された方法の改良法)により測定した。
結果を図8に示す。Aβ凝集阻害活性は9月の試料では他の月に採取した試料の約4倍に上昇していた。一方、ロスマリン酸含有量が増加した7月の試料ではAβ凝集阻害活性の上昇は認められなかった。
【0060】
シソにはAβ凝集阻害活性のあるロスマリン酸が含まれることが知られており、実施例において使用したシソ中のロスマリン酸含有量は最大で31.8mg/g(チリメンアオジソ葉部、HPLCによる実測値)であった。しかしながら、ロスマリン酸のAβ凝集阻害活性(EC50値)は0.0011mg/mL〜0.0036mg/mL程度(市販のロスマリン酸(和光純薬株式会社)を使用して測定)であること、及び実施例7において9月に採取したチリメンアオジソ葉はロスマリン酸含有量が他の月と変わらないにもかかわらず高いAβ凝集阻害活性を示したことから、上述の実施例において得られたシソ抽出物及びその精製物は、ロスマリン酸を遙かにしのぐ強力なAβ凝集阻害活性を有することが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明のAβ凝集阻害用組成物及びこれを含む医薬は、安価かつ容易に入手可能であり、十分な食経験を有するシソの抽出物を有効成分とする。したがって本発明によると、安全性が高く、医薬及び食品として広く利用可能な、アルツハイマー病を含むアミロイドーシスを予防及び/又は治療する手段を提供することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8