(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項3に記載の薄膜の製造方法において、前記天然岩石が含む単体成分および酸化物などのミネラル成分を構成する元素の内、少なくとも7元素を含有した薄膜を基材に形成することを特徴とする薄膜の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0035】
本発明における天然岩石とは、岩石以外に降灰火山灰を含むものである。すなわち、降灰火山灰とは、シラスのように数万年前に地表に堆積し地盤を形成するものを対象とせず、例えば、鹿児島県の桜島の噴火がもたらすような日常的に地上に降灰する火山灰をいう。
【0036】
地球の表層は天然岩石で覆われており、それは火成岩、堆積岩、変成岩に大きく分類されるが、量的には火成岩が圧倒的に多く、地表から20kmの深さまでの地殻では95%が火成岩といわれている。地球内殻のマントル層の溶融したマグマを源とするのが火成岩に分類される岩石であり、マグマが冷却固化した過程の違いにより、石英、斜長石、輝石などの造岩鉱物の含有割合が異なる多種多様な岩石が存在する。
【0037】
火山噴出物に由来する岩石である溶結凝灰岩や溶岩も火成岩に分類される。また、一般的に知られる火成岩として、花崗岩、安山岩、玄武岩があり、それぞれ含有する造岩鉱物およびその比率が異なるため、化学的組成も異なる。
【0038】
例えば、花崗岩の平均化学組成は、SiO2が70%、Al2O3が14.5%、Fe2O3が1.6%、CaOが2%、K2Oが4%であり、その他のミネラル成分として、TiO2、MnO、MgO、P2O5などを含有している。火成岩に分類される各種岩石の化学組成の比率はそれぞれ異なるものの、主要なミネラル成分は同じである。
【0039】
堆積岩に分類される岩石として代表的なものは砂岩や粘板岩が知られている。堆積岩の生成過程は、地殻変動や火山活動などで地表に露出した火成岩が風化し崩れ、小石や砂、粘土となったものが堆積し、地中で固化したものである。従って、火成岩と同様なミネラル成分から構成されている。
【0040】
変成岩は、上述の火成岩や堆積岩が地下深部に埋没し、高圧・高温などの新しい物理条件のもとで既存の岩石を構成する鉱物間に反応が起こり、それまでとは異なった鉱物や組織が生じ、既存の岩石とは性質が変化した岩石であり、火成岩と同様なミネラル成分を含有している。
【0041】
これらの天然岩石が持つ硬さや様々な色調・光沢を活かして、板状に削り出して壁材や床材などの建築材として、また、小石状の砕石はコンクリート用骨材などの土木建築材として主に使用されてきた。また、天然岩石の持つ化学的、機械的、熱的な安定性、および加工性に着目して、定盤の素材として利用することも特殊な工業分野でなされている。
【0042】
ミネラル成分を含有する薄膜を物理気相堆積法で製造するためには、
図1に示すような平板形状1や円筒形状2をした、ミネラル成分を含有したターゲットが必要であり、従来技術ではシラスのような少なからずミネラルを含む粉粒体を焼結した焼結体がターゲットとして用いられている。しかしながら、このような火山ガラスを主成分とするシラスの焼結体は脆く、焼結体の大型化や円筒形状などの複雑形状の作製は技術的にも経済的にも難しく、実用性に乏しいものである。
【0043】
このような問題を抱えるシラス焼結体に対し、天然岩石はミネラル成分を同様に含有すると共に、降灰火山灰であれば地上に不必要に堆積するところ、これを除去する行為が降灰火山灰の調達となり有効利用が図られ、また、Fe成分をシラスよりも多く含有する火山灰の焼結体からなるターゲットは成膜時の強度も保たれ、更に、所定の大きさの天然岩石であれば、大型や複雑形状のものも削り出し加工できる素材である。なお、ここでの石材の削り出し加工とは、天然岩石を採掘した後、切り出しやくり抜き、切断および表面研削などの機械加工を意味する。
【0044】
本発明はこの点に着目して、天然岩石を素材に削り出し加工した石材や降灰火山灰を焼結した火山灰焼結体が物理気相堆積法のターゲットとして有効であることを明確にするとともに、そのターゲットを用いて作製したミネラル成分を含有する薄膜およびその製造方法を提供するものである。
【0045】
本発明の実施形態に係る薄膜3は、
図2に示すように、たとえば平板の基材4の上に、スパッタリング法などの物理気相堆積法(PVD;Physical Vapor Deposition)により作製され、本実施形態ではULVAC製スパッタリング装置(SBH−3000)を使用した。
【0046】
図3に本実施形態に用いたスパッタリング装置10の概略を示す。真空チャンバー11内に雰囲気ガス12(アルゴン、酸素)を導入しながら、基材4とターゲット1間に高周波電圧を印可してプラズマを発生させ、イオン化したアルゴンガスをターゲット1表面に衝突させる。ターゲット1表面から弾き出されたターゲット物質を、基材4に堆積させて薄膜3を形成する方法である。ターゲット1はバッキングプレート13に接合されており、イオン化したアルゴンガスの衝突によりターゲット1表面で発生した熱はバッキングプレート13を通して放散される。
【0047】
また、本実施形態で用いた主な測定装置や分析装置は、結晶構造解析としてX線回折装置((株)リガク:Ultima 4、熱伝導率を測定するためにQTM迅速熱伝導率計(京都電子工業(株)製:QTM−D2)、成分分析のために蛍光X線分析装置(理学電機工業(株)製:RIX3000)、膜厚測定や表面観察、断面観察のために電解放出形走査電子顕微鏡装置(日本電子(株)製:JSM−6330F)、膜面の最大高低差や平均面粗さを測定するために走査型プローブ顕微鏡装置((株)日立ハイテクノロジーズ製:Nanocute)、元素分析のためにEPMA装置(日本電子(株)製:JXA−8230)やマイクロ蛍光X線分析装置(ブルカージャパン(株)製:M4 TORNADO)、遠赤外線放射率を測定するために遠赤外線分光放射率計(サーモフィッシャーサイエンティフィック(株)製:FIR−1002)、光透過率を測定するために透過率測定装置((株)島津製作所製:UV−3150)、光反射率を測定するために自記分光光度計((株)日立ハイテクノロジーズ製:U−3300)、接触角やぬれ性を測定するために自動接触角計(クルス社製:DSA20B)を使用した。
【0048】
[実施形態1]
まず、物理気相堆積法に用いるターゲット1として、火山噴出物に由来する天然岩石からなる溶結凝灰岩を削り出し加工した所定形状の石材と、このターゲット1から成膜される薄膜、及び、溶結凝灰岩をターゲット1に用い、基材の加熱を行わない物理気相堆積法であり、アルゴンガスまたはアルゴンガスと反応性ガスとを混合した雰囲気で薄膜を作製する薄膜の製造方法について、板状のシリコンを基材4とした成膜を実施例として説明する。
【0049】
ここで、溶結凝灰岩について説明する。天然岩石である溶結凝灰岩は、火山噴出物に由来する岩石である。地下のマグマが火山の噴火により火砕流として地表に噴出され、冷却固化したもので、構成物質の主体は火山灰と軽石である。火山の噴火により火砕流が発生すると、噴出物が高温を保ったまま火山周辺に降り堆積する。この堆積物自身が持つ熱で一部が溶融し、またその自重によって圧縮され堆積物に含まれる気孔が減少し密度が高くなり、マグマの中に生じていた結晶片や基盤岩片を抱き込みながら冷え固まった岩石であり、斜長石や石英などの鉱物を含んでいる。硬い石材として一般に利用されている天然岩石である。
【0050】
本実施形態で用いた溶結凝灰岩からなるターゲット1は、鹿児島県伊佐市菱刈前目の岩場から採掘した溶結凝灰岩からダイヤモンドコアドリルにて直径75mmの円柱をくり抜き、その円柱から円盤形状の石材を切り出し、その上下面を#120C砥石にて平面研削し厚さ5mmとして形成した。
【0051】
図4(a)は溶結凝灰岩のX線回折図であり、回折ピークから石英Qや長石F、磁鉄鉱Mなどの結晶質鉱物を含有し、また、2θ=23°前後の角度範囲Pにおいてベースラインが山形に盛り上がっている(以降、ハローピークとする。)ことから、火山ガラスをも含有した岩石であることが分かり、また、アルキメデス法による比重測定結果は2.57であった。
【0052】
様々な鉱物からなる岩石の物性として熱伝導率があり、高い値を有する天然鉱物として水晶の9.9W/mKが知られている。本実施形態で用いた溶結凝灰岩の熱伝導率は0.8〜1.2W/mK(9試料測定)であり、本実施形態では熱伝導率0.8W/mKの石材をターゲット1として円盤形状に削り出し加工した。
【0053】
また、ターゲット1の成分は重量%で、SiO2が67.2%、Al2O3が14.8%、CaOが5.2%、K2Oが2.9%、Na2Oが4.4%、Fe2O3が3.6%、MgOが1.3%、MnOが0.1%、TiO2が0.4%、P2O5が0.1%である。
【0054】
また、使用したターゲット1の表面の空隙率は平均13%(15%、12%、11%、12%)であり、予備のターゲットの表面の空隙率は平均11%(13%、9%、7%、14%)である。なお、空隙率の測定においては、ターゲット1の上平面をCCDカメラで4視野撮影し、画像を二値化処理してターゲット平面の空隙率を求めており、他の実施形態でも同様の方法で測定した。
【0055】
そして、平均13%の空隙率であった石材(ターゲット)を、スパッタリング用のターゲット1として、バッキングプレート13に金属溶接し、基材4には20mm平方の板状のシリコンを用いて成膜試験に供した。
【0056】
また、本実施形態では上述したターゲット1および基材4を真空チャンバー11内に設置し、真空チャンバー11内を5×10−4Paまで減圧した後、アルゴンガス12を導入し、真空チャンバー11内のガス圧力を0.8Paとして基材4表面を高周波出力400Wで10分間の事前エッチングを行っている。
【0057】
その後、アルゴンガス12の導入量を調整して真空チャンバー内のガス圧力を0.5Paとし、基材4の加熱は行わず、ターゲット1に高周波出力40Wを印可し2時間の成膜を行ったが、成膜中にターゲット表面での異常放電やターゲット1の割れも発生すること無く、安定して薄膜を作製することができた。
【0058】
このようにして基材4上に作製された薄膜3は、膜厚tが37nmで表面の最大高低差(P−V)が10.2nm(平均面粗さRaは0.2nm)の平滑な表面で緻密な薄膜3であることを確認した。
【0059】
[実施形態2]
次に、実施形態1で使用した溶結凝灰岩からなるターゲット1を用いて、実施形態1と同様の形状とするシリコンからなる基材4に対して以下の成膜条件により成膜を行った。
【0060】
成膜条件は、実施形態1と同様の条件で事前エッチングを行った後、アルゴンガス12の導入量を調整して真空チャンバー内のガス圧力を0.8Paとし、基材4の加熱は行わず、ターゲット1に高周波出力100Wを印可し5.5時間の成膜を行ったが、成膜中にターゲット表面での異常放電やターゲット1の割れも発生すること無く、安定して薄膜を作製することができた。
【0061】
このようにして基材4上に作製された薄膜3の表面を
図5(a)に示しており、
図5(b)は
図5(a)の図中に示す直線Lに沿って測定した薄膜3の面粗さを示しており、表面の最大高低差(P−V)が19.6nm(平均面粗さRaは2.0nm)の平滑な表面で緻密な薄膜3であることを確認した。
【0062】
なお、このような略20nmの薄膜表面の凹凸は、可視光の短波長(380nm)よりも十分に小さいため、光の散乱が無く、光透過性に優れる薄膜であり、薄膜表面の凹凸を20nm以下とすることで、膜厚tを薄くすることが可能となり、更に優れた可撓性を有する薄膜となるため、フレキシブル基材へのコーティングに適用できる薄膜3であると言える。
【0063】
[実施形態3]
次に、実施形態1で使用した溶結凝灰岩からなるターゲット1を用い、実施形態1と同様の形状とするシリコンからなる基材4に対して以下の成膜条件により成膜を行った。
【0064】
成膜条件は、実施形態1と同様の条件で事前エッチングを行った後、アルゴンガス12の導入量を調整して真空チャンバー内のガス圧力を0.5Paとし、基材4の加熱は行わず、ターゲット1に高周波出力200W、及び400Wの2つの条件で印可し2時間の成膜を行ったが、成膜中にターゲット表面での異常放電やターゲット1の割れも発生すること無く、安定して薄膜を作製することができた。
【0065】
このようにして基材4上に作製された薄膜3の任意箇所の断面SEM像(倍率30,000倍)として、高周波出力200Wで作製したものを
図6(a)に、高周波出力400Wで作製したものを
図6(b)に示すが、いずれも平滑な表面で断面に孔もない緻密な薄膜3であることを確認した。
【0066】
また、高周波出力200Wで作製した薄膜3の膜厚tは630nmで表面の最大高低差(P−V)が9.4nm(平均面粗さRaは1.6nm)、高周波出力400Wで作製した薄膜3の膜厚tは1,460nmで表面の最大高低差(P−V)が9.6nm(平均面粗さRaは0.7nm)となっており、いずれも平滑な表面で緻密な薄膜3であることを確認した。
【0067】
また、シリコンの基材4に形成された薄膜3の元素分析により、溶結凝灰岩を構成している成分の元素Si、Al、Ca、K、Na、Fe、Mgが検出され、更なる詳細な分析により、前記の元素に加えTi元素も検出され、溶結凝灰岩と同じミネラル成分を含有する薄膜であることが分かった。すなわち、薄膜3はターゲット1の成分が略転写される形で構成されていることになる。
【0068】
また、倍率500倍で薄膜表面を観察した視野(256μm平方領域)における元素の分布状態の分析により、Al、Si、Fe、Oの4元素を指定して空間分解能1μmで分析することで、元素の偏りやムラが見られず、ミネラル成分が均一に分散した薄膜であることが分かった。
【0069】
また、
図8(a)に示す薄膜3のX線回折図より、基材4であるシリコンの回折ピークX以外には結晶性を示すピークは見られず、2θ=23°付近のハローピークのみであり、結晶ではなく非晶質の薄膜であると言えることから可撓性が得られることが分かった。
【0070】
[実施形態4]
次に、物理気相堆積法に用いるターゲット1として、火山噴出物に由来する天然岩石からなる溶岩(桜島溶岩)を削り出し加工した所定形状の石材と、このターゲット1から成膜される薄膜、及び、桜島溶岩をターゲット1に用い、基材の加熱を行わない物理気相堆積法であり、アルゴンガスまたはアルゴンガスと反応性ガスとを混合した雰囲気で薄膜を作製する薄膜の製造方法について、板状のシリコンを基材4とした成膜を実施例として説明する。
【0071】
ここで、溶岩について説明する。溶岩は、火山の噴火により地下のマグマが大気中に噴出され、地表で冷え固まったものであり、成分は火山灰と同様なものからなっている。しかしながら、溶融したマグマが徐々に冷え固まるため、様々な鉱物が結晶化した岩石となっている。
【0072】
本実施形態で用いた桜島溶岩からなるターゲット1は、実施形態1と同様の方法、同様の形状として石材から切削加工等したものであり、基材4は、実施形態1と同様の形状とするシリコンからなる。
【0073】
図4(b)は桜島溶岩のX線回折図であり、回折ピークから石英Qや長石F、磁鉄鉱Mなどの結晶質鉱物からなり、ハローピークは見られず火山ガラス成分をほとんど含まないため、比重は2.69と溶結凝灰岩より重い岩石であり、熱伝導率は0.7〜0.9W/mK(7試料測定)であり、本実施形態では熱伝導率0.7W/mKの石材をターゲット1として円盤形状に削り出し加工した。
【0074】
また、ターゲットの成分は重量%で、SiO2が61.3%、Al2O3が16.2%、CaOが6.5%、K2Oが2.3%、Na2Oが4.2%、Fe2O3が6.1%、MgOが2.2%、MnOが0.1%、TiO2が0.8%、P2O5が0.2%である。
【0075】
また、使用したターゲット1の表面の空隙率は平均22%(19%、23%、25%、22%)であり、予備のターゲット1の表面の空隙率は平均19%(20%、20%、21%、16%)であり、前述の溶結凝灰岩から削り出し加工した石材に比べて高い空隙率であった。なお、空隙率の測定は実施形態1と同様の方法で行った。
【0076】
そして、平均22%の空隙率であった石材(ターゲット)を、スパッタリング用のターゲット1として、バッキングプレート13に金属溶接し、基材4には20mm平方の板状のシリコンを用いて成膜試験に供した。
【0077】
本実施形態では上述したターゲット1および基材4を真空チャンバー11内に設置し、真空チャンバー11内を5×10−4Paまで減圧した後、アルゴンガス12を導入し、真空チャンバー11内のガス圧力を0.5Paとして基材4表面を高周波出力400Wで5分間の事前エッチングを行っている。
【0078】
その後、アルゴンガス12の導入量を調整して真空チャンバー内のガス圧力を0.5Paとし、基材4の加熱は行わず、ターゲット1に高周波出力40W、200W、及び400Wの3つの条件で印可し2時間の成膜を行ったが、成膜中にターゲット表面での異常放電やターゲット1の割れも発生すること無く、安定して薄膜を作製することができた。
【0079】
また、熱伝導率が0.7W/mKの石材をターゲット1として使用しても割れが発生しなかったことから、スパッタリング用のターゲット1として使用できることが分かった。なお、後述する比較例で示したシラス焼結体では熱伝導率が0.6W/mKのもので割れが生じたため、熱伝導率としては0.7W/mK以上が好ましいと考える。
【0080】
また、空隙率が最大25%の部位においても異常放電の発生が見られなかったことから、空隙率25%以下の石材をターゲット1として使用可能であることが分かった。すなわち、25%を超える空隙率を持つ石材をターゲット1として用いた場合には、異常放電が発生するリスクがある。
【0081】
このようにして基材4上に作製された薄膜3の任意箇所の断面SEM像(倍率30,000倍)として、高周波出力400Wで作製したものを
図7に示すが、平滑な表面で断面に孔もない緻密な薄膜3であることを確認した。
【0082】
また、高周波出力40Wで作製した薄膜3の膜厚tは90nm、高周波出力200Wで作製した薄膜3の膜厚tは480nm、高周波出力400Wで作製した薄膜3の膜厚tは1,240nmとなり、高周波出力が高くなるにつれて膜厚tも厚くなっている。
【0083】
また、膜厚480nmの薄膜の表面を
図9(a)に示しており、
図9(b)は
図9(a)の図中に示す直線Lに沿って測定した薄膜3の面粗さを示しており、表面の最大高低差(P−V)が10.0nm(平均面粗さRaは1.1nm)の平滑な表面で緻密な薄膜3であることを確認した。
【0084】
また、シリコンの基材4に形成された薄膜3の元素分析により、桜島溶岩を構成している成分の元素が検出され、桜島溶岩と同じミネラル成分を含有する薄膜であることが分かった。すなわち、薄膜3はターゲット1の成分が略転写される形で構成されていることになる。
【0085】
また、倍率500倍で薄膜表面を観察した視野(256μm平方領域)における元素の分布状態の分析により、Al、Si、Fe、Oの4元素を指定して空間分解能1μmで分析することで、元素の偏りやムラが見られず、ミネラル成分が均一に分散した薄膜であることが分かった。
【0086】
また、
図8(b)に示す薄膜3のX線回折図より、基材4であるシリコンの回折ピークX以外には結晶性を示すピークは見られず、2θ=23°付近のハローピークのみであり、結晶ではなく非晶質の薄膜であると言えることから可撓性が得られることが分かった。
【0087】
[比較例]
次に、シラスを原料とするターゲット、及び、その薄膜を比較例として説明する。
【0088】
ここで、シラスについて説明する。シラスは、火山噴火により吹き上げられた火山灰や軽石が大気中で冷却され、火山周辺に降り堆積したものである。冷却後の堆積のため、火山灰同士が結合することは無く、長年の自然淘汰により水に溶解する成分が溶出し、約6割の火山ガラスと約4割の結晶質鉱物からなっている。工業的に使われている火山ガラスとして加久藤シラスが良く知られている。
【0089】
本比較例で用いたシラス焼結体からなるターゲットは、市販の加久藤シラス粉体(清新産業株式会社製AS100)をカーボン型に充填して、SPS(Spark Plasma Sintering)焼結により制作され、具体的には、最大91kNの圧力を掛け、最高温度850℃で20分間保持の条件で焼成し、直径75mm、厚み5mmのシラス焼結体を得た。なお、基材4は、実施形態1と同様の形状とするシリコンからなる。
【0090】
このシラス焼結体の熱伝導率は0.6W/mKであり、気孔率は0.56%と高緻密体で、比重は2.34(アルキメデス法)であった。
【0091】
図10は加久藤シラスのSPS焼結体のX線回折図であり、石英Qの回折ピークがわずかに認められるが、2θ=23°付近のハローピークから、主体は火山ガラスであることが分かる。
【0092】
また、シラス焼結体からなるターゲットの成分は重量%、SiO2が68.9%、Al2O3が14.6%、CaOが2.1%、K2Oが7.5%、Na2Oが4.1%、Fe2O3が2.5%、MgOが0.2%、MnOが0.1%である。
【0093】
そして、シラス焼結体(ターゲット)を、スパッタリング用のターゲット1として、バッキングプレート13に金属溶接し、基材4には20mm平方の板状のシリコンを用いて成膜試験に供した。
【0094】
成膜条件は、実施形態1と同様の条件で事前エッチングを行った後、アルゴンガス12の導入量を調整して真空チャンバー内のガス圧力を0.5Paとし、基材4の加熱は行わず、ターゲット1に高周波出力20〜400Wを印可し1時間の成膜を行ったが、高周波出力100Wまでは薄膜の形成が安定せず、400Wまで高周波出力を高めることで薄膜3の形成は確認できたものの、その膜厚tは薄いものであった。
【0095】
また、膜厚tを厚くするために成膜時間を延ばしたところ、ターゲット表面が捲り上がり割れてしまったが、この原因は、シラス焼結体の熱伝導率が0.6W/mKと低いためターゲット1の熱がバッキングプレートに逃げず、プラズマに晒されるターゲット上面とバッキングプレートで冷却されているターゲット下部との温度差によって生じた熱応力にシラス焼結体が耐え切れず割れたものと思われる。
【0096】
[実施形態5]
次に、実施形態1で使用した溶結凝灰岩からなるターゲット1を用い、20mm平方の板状のアクリルプラスチック板を基材4として以下の成膜条件により成膜を行った。
【0097】
成膜条件は、実施形態1と同様の条件で事前エッチングを行った後、アルゴンガス12の導入量を調整して真空チャンバー内のガス圧力を0.5Paとし、基材4の加熱は行わず、ターゲット1に高周波出力40Wを印可し2時間の成膜を行ったが、成膜中にターゲット表面での異常放電やターゲット1の割れも発生すること無く、安定して薄膜を作製することができた。
【0098】
このようにして基材4上に作製された薄膜3の膜厚tは40nmで、任意箇所の断面SEM像(倍率30,000倍)により、基材4からの剥離もなく平滑な表面で断面に孔もない緻密な薄膜3であることを確認すると共に、X線回折測定により薄膜3が結晶ではなく非晶質の薄膜であることを確認している。
【0099】
また、成膜した基材を大気中に出して表面観察を行ったところ、ミネラル成分を含有した薄膜がコーティングされている領域は、成膜されていないアクリルプラスチック基材が露出している領域に比べて微細なゴミの付着が少なく、両者に静電気(帯電)の影響の受けやすさに違いがあることが認められた。従って、この例に見られるように、有機質である他のプラスチック材や繊維、紙などの表面コーティングも可能であると言える。
【0100】
[実施形態6]
次に、実施形態1で使用した溶結凝灰岩からなるターゲット1を用いて、20mm平方の板状のスライドガラスを基材4として以下の成膜条件により成膜を行った。
【0101】
本実施形態では上述したターゲット1および基材4を真空チャンバー11内に設置し、真空チャンバー11内を5×10−4Paまで減圧した後、アルゴンガス12を導入し、真空チャンバー11内のガス圧力を0.8Paとして基材4表面を高周波出力400Wで5分間の事前エッチングを行っている。
【0102】
その後、アルゴンガス12のみ、または、アルゴン:酸素=1:1の混合ガスの2種類の雰囲気について導入量を調整して真空チャンバー内のガス圧力を0.8Paとし、基材4の加熱は行わず、ターゲット1に高周波出力100Wを印可し3時間の成膜を行ったが、成膜中にターゲット表面での異常放電やターゲット1の割れも発生すること無く、安定して薄膜を作製することができた。
【0103】
このようにして基材4上に作製された薄膜3において、アルゴンのみで作製した薄膜3の膜厚tは400nm、アルゴンと反応性ガスとしての酸素の混合ガスで作製した薄膜3の膜厚tは320nmであった。
【0104】
また、異なる2種類のガス雰囲気により作製した薄膜3の光透過率を240〜2500nmの波長域で測定(結果はまとめて記載)すると、成膜前のスライドガラスは380〜2500nmの波長域においても安定して92%の透過率であるのに対し、薄膜3がコーティングされたスライドガラスは、可視光線(380〜780nm)の波長域で90〜92%の透過率であり、可視光以上の波長領域では成膜前のスライドガラスと同様な透過率であったことから、成膜雰囲気ガス種類によらず、光透過率90%以上の薄膜であることが分かった。
【0105】
なお、透明性が高く、透過光の減衰がほとんどない優れた薄膜を得るには、光透過率が90%以上であることが好ましい。
【0106】
また、異なる2種類のガス雰囲気により作製した薄膜3の光反射率を可視光線領域(380〜800nm)で測定すると、いずれも成膜前のスライドガラスと同程度の反射率であった。
【0107】
更に、異なる2種類のガス雰囲気により作製した薄膜3と水との親和性を、水滴の接触角を測定して評価すると、基材4としたスライドガラスの接触角2θは約35°であるのに対し、アルゴンガスのみの雰囲気で作製した薄膜3は接触角2θが約65°であり、スライドガラスに比較し撥水性を有しており、アルゴンと酸素の混合ガス雰囲気で作製した薄膜3は接触角15°と親水性を示している。
【0108】
評価した2種類の薄膜は、実施形態5で観察したように、いずれも非晶質であり、平滑な表面を有する緻密な薄膜であり、成膜時のガスの種類により薄膜表面の性状を任意に制御できることが分かった。
【0109】
[実施形態7]
次に、実施形態1に係る溶結凝灰岩のターゲット1を用いて、50mm平方のポリエステル繊維を基材4とした成膜を行った。
【0110】
成膜条件は、事前のエッチングを行わず、アルゴン圧力を0.5Pa、1.0Pa、1.5Paの3条件とし、高周波出力を200W、基材加熱なしで成膜時間2時間としてポリエステル繊維に対する薄膜3を製作した。
【0111】
成膜により得られた薄膜3の表面は、いずれのアルゴン圧力の条件下においても繊維同士の融着や表面の縮れ、変形等は見られず、均一にコーティングされており、また、いずれの膜厚も1μm程度であった。
【0112】
成膜により得られた薄膜3の組成は、
図11に示すようにターゲット1の成分がそのまま略転写された形となり、Fe等のミネラル成分の含有量もターゲット1同様に高いまま成膜された。
【0113】
また、
図12は、成膜前のポリエステル繊維基材4(a)とポリエステル繊維基材4にアルゴン圧力0.5Paの条件下で成膜した薄膜3(b)の遠赤外線放射率を縦軸とし波長を横軸として示す遠赤外線放射スペクトルであり、全体として成膜により放射率の向上が見られ、8〜10μmで放射率が低下する後述のシラス焼結体による薄膜に比して波長依存性が少ないことが分かる。なお、他の2条件のガス圧力の場合も同様の結果となり、ガス圧力による差異は確認されなかった。
【0114】
また、
図13(a)は成膜前のポリエステル繊維基材4に水滴が接触する直前を示し、
図13(b)はその0.16秒後の状態を示し、
図13(c)は2.0秒後の状態を示しており、
図14(a)はポリエステル繊維基材4にアルゴン圧力0.5Paの条件下で成膜した成膜後のポリエステル繊維基材4に水滴が接触する直前を示し、
図14(b)はその0.16秒後の状態を示し、
図14(c)は2.0秒後の状態を示しており、成膜により親水性が高まることが分かる。
【0115】
なお、ガス圧力1.0Pa時(
図15(a)、(b)、(c))と1.5Pa時(
図16(a)、(b)、(c))の写真からも明らかなように、ガス圧力を増加させることで親水性も更に高まることが確認できる。
【0116】
[実施形態8]
次に、実施形態4に係る桜島溶岩のターゲット1を用いて、実施形態7と同様のポリエステル繊維を基材4とした成膜を行った。
【0117】
成膜条件は、事前のエッチングを行わず、アルゴン圧力を0.5Pa、1.0Pa、1.5Paの3条件とし、高周波出力を200W、基材加熱なしで成膜時間2時間としてポリエステル繊維に対する薄膜3を製作した。
【0118】
成膜により得られた薄膜3の表面は、いずれのアルゴン圧力の条件下においても繊維同士の融着や表面の縮れ、変形等は見られず、均一にコーティングされており、また、いずれの膜厚も1μm程度であった。
【0119】
成膜により得られた薄膜3の組成は、
図11に示すようにターゲット1の成分がそのまま略転写された形となり、Fe等のミネラル成分の含有量もターゲット1同様に高いまま成膜された。
【0120】
また、
図17は、成膜前のポリエステル繊維基材4(a)とポリエステル繊維基材4にアルゴン圧力0.5Paの条件下で成膜した薄膜3(c)の遠赤外線放射率を縦軸とし波長を横軸として示す遠赤外線放射スペクトルであり、成膜により全体として放射率の向上が見られ、8〜10μmで放射率が低下する後述のシラス焼結体による薄膜に比して波長依存性が少ないことが分かる。なお、他の2条件のガス圧力の場合も同様の結果となり、ガス圧力による差異は確認されなかった。
【0121】
また、上述のように、
図13(a)、(b)、(c)は成膜前のポリエステル繊維基材4に水滴が接触する直前とその0.16秒後、2.0秒後の状態を示しており、
図18(a)はポリエステル繊維基材4にアルゴン圧力0.5Paの条件下で成膜した成膜後のポリエステル繊維基材4に水滴が接触する直前を示し、
図18(b)はその0.16秒後の状態を示し、
図18(c)は2.0秒後の状態を示しており、成膜により親水性が高まることが分かる。なお、ガス圧力を増加させても親水性に大きな変化は見られなかった。
【0122】
[実施形態9]
次に、物理気相堆積法に用いるターゲット1として、火山噴出物に由来する天然岩石からなる降灰火山灰を所定形状に焼結した火山灰焼結体と、その薄膜、及び、火山灰焼結体をターゲット1に用い、基材の加熱を行わない物理気相堆積法であり、アルゴンガスまたはアルゴンガスと反応性ガスとを混合した雰囲気で薄膜を作製する薄膜の製造方法について、50mm平方のポリエステル繊維を基材4とした成膜を実施例として説明する。
【0123】
本実施形態で用いた火山灰焼結体によるターゲット1を構成する火山灰は、鹿児島県内の公園に降灰した火山灰からゴミや小石などの混入物を除去して目開き500μmのステンレス篩で分級し、比重差を利用した水洗浄を行った後、水洗浄により底に沈殿した火山灰を熱風で乾燥した後で100〜200μmに粒度調整したものである。
【0124】
また、粒度調整した火山灰にアクリル樹脂系バインダーを加え、スラリーを調合して所定形状の型に流し込み成形した後、大気雰囲気中(1000〜1100℃)で焼成して焼結体とした。
【0125】
更に、所定のターゲット形状に成型するために焼結体を直径152mm、厚みが6mmの円板状に研削加工し、ターゲット1としての火山灰焼結体を製作した。
【0126】
ここで、降下火山灰は、火山噴火により噴出する固形物のなかで、直径が2mm以下の火山灰や軽石であり、空から地上に降ってくるものである。火口上空の大気の風向、風速、湿度および温度などの気象条件と噴火の規模に左右され、微細粒分は風に乗って遠くまで届いて広い地域に降り積もる。また、性状としては、火山ガラス、斜長石が主体であり、CaO、Fe2O3成分がシラスに比べ多く、用途は、建築用資材、焼き物の釉薬、お土産品などがある。
【0127】
火山灰焼結体によるターゲット1の熱伝導率は0.49W/mK(3試料平均)であり、ターゲットの成分は重量%で、SiO2が60〜61%、Al2O3が16〜17%、CaOが6〜7%、K2Oが1〜2%、Na2Oが2〜4%、Fe2O3が6〜7%、MgOが2〜3%、TiO2が%以下である。
【0128】
成膜条件は、事前のエッチングを行わず、アルゴン圧力を0.5Pa、1.0Pa、1.5Paの3条件とし、高周波出力を200W、基材加熱なしで成膜時間2時間としてポリエステル繊維に対する薄膜を製作したが、成膜中にターゲット表面での異常放電やターゲット1の割れも発生すること無く、安定して薄膜3を作製することができた。
【0129】
成膜により得られた薄膜3の表面は、いずれのアルゴン圧力の条件下においても繊維同士の融着や表面の縮れ、変形等は見られず、均一にコーティングされており、また、いずれの膜厚も1μm程度であった。
【0130】
成膜により得られた薄膜3の組成は、
図11に示すようにターゲット1の成分がそのまま略転写された形となり、Fe等のミネラル成分の含有量もターゲット1同様に高いまま成膜された。
【0131】
なお、
図11に示すように、シラス焼結体のターゲットにより成膜した薄膜の組成は、本実施形態に係る火山灰焼結体のターゲット1で成膜した薄膜に比して、ガラス成分が多く、Fe等のミネラル成分が少ないことが分かるが、これは、シラスが数万年もの間の雨水や温度変化等により風化したものであって、現在の降灰火山灰とは異なるものであること示している。
【0132】
また、
図19は、成膜前のポリエステル繊維基材4(a)とポリエステル繊維基材4にアルゴン圧力0.5Paの条件下で成膜した薄膜3(d)の遠赤外線放射率を縦軸とし波長を横軸として示す遠赤外線放射スペクトルであり、成膜により全体として放射率の向上が見られた。
【0133】
なお、
図19中には比較例としてシラス焼結体をターゲットとしポリエステル繊維を基材4とした薄膜(S)も記載しており、この成膜条件は、事前のエッチングを行わず、アルゴン圧力を0.5Paとし、高周波出力を200W、基材加熱なしで成膜時間2時間として成膜したものである。
【0134】
火山灰焼結体によるターゲット1は、育成光線Wとも呼ばれ生命の源である水や有機物が吸収する3〜12μmの遠赤外線においては、成膜前のポリエステル繊維基材4(a)やシラス焼結体(S)に比して放射率は大幅に高く、波長略8μm〜10μmの範囲(H)、特に波長略9μmで放射率が大きく低下するシラス焼結体(S)に比して顕著な差が見られ、シラス焼結体による薄膜3に比して波長依存性が少ないことが分かる。なお、火山灰焼結体の他の2条件のガス圧力の場合も同様の結果となり、ガス圧力による差異は確認されなかった。
【0135】
また、上述したように、
図13(a)、(b)、(c)は成膜前のポリエステル繊維基材4に水滴が接触する直前とその0.16秒後、2.0秒後の状態を示しており、
図20(a)はポリエステル繊維基材4にアルゴン圧力0.5Paの条件下で成膜した成膜後のポリエステル繊維基材4に水滴が接触する直前を示し、
図20(b)はその0.16秒後の状態を示し、
図20(c)は1.0秒後の状態を示し、
図20(d)は2.0秒後の状態を示しており、成膜により親水性が高まることが分かる。なお、ガス圧力を増加させても親水性に大きな変化は見られなかった。
【0136】
また、
図21(a)はポリエステル繊維基材4にアルゴン圧力0.5Paの条件下で成膜した成膜後のポリエステル繊維基材4の裏面側に水滴が接触する直前を示し、
図21(b)はその0.16秒後の状態を示し、
図21(c)は1.0秒後の状態を示し、
図21(d)は2.0秒後の状態を示しており、成膜面とその裏面側で親水性の程度が異なることが分かる。
【0137】
以上のようにポリエステル繊維を基材4とした実施形態について説明したが、ナイロン、絹、キュプラを基材4とした成膜と評価も行ない問題なく成膜できることを確認しており、本発明が本実施形態に限定されるものではないことは言うまでもない。