特許第6707880号(P6707880)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6707880
(24)【登録日】2020年5月25日
(45)【発行日】2020年6月10日
(54)【発明の名称】中空糸膜および中空糸膜モジュール
(51)【国際特許分類】
   B01D 69/02 20060101AFI20200601BHJP
   B01D 71/68 20060101ALI20200601BHJP
   B01D 69/08 20060101ALI20200601BHJP
   C02F 1/44 20060101ALI20200601BHJP
   B01D 63/02 20060101ALI20200601BHJP
   D01F 6/76 20060101ALI20200601BHJP
【FI】
   B01D69/02
   B01D71/68
   B01D69/08
   C02F1/44 B
   B01D63/02
   D01F6/76 D
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2016-19477(P2016-19477)
(22)【出願日】2016年2月4日
(65)【公開番号】特開2017-136555(P2017-136555A)
(43)【公開日】2017年8月10日
【審査請求日】2019年1月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】小澤 稔
(72)【発明者】
【氏名】上阪 努
【審査官】 岡田 三恵
(56)【参考文献】
【文献】 特開2000−334277(JP,A)
【文献】 特開平07−163849(JP,A)
【文献】 特開2015−013228(JP,A)
【文献】 特開2004−305953(JP,A)
【文献】 特開2015−221400(JP,A)
【文献】 特開2010−253470(JP,A)
【文献】 特開2004−098027(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/035793(WO,A1)
【文献】 国際公開第2005/046763(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 69/02
B01D 63/02
B01D 69/08
B01D 71/68
C02F 1/44
D01F 6/76
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
親水性ポリマーを含んだポリスルホン系中空糸膜であって、
0.26〜0.34μmの粒子阻止率が99%以上であり、0.05〜0.07μmの粒子阻止率が10%以下であり、
破断強度が50kgf/cm以上であり、
破断伸度が50%以上であることを特徴とした中空糸膜。
【請求項2】
請求項1の中空糸膜がケースに充填されており、前記中空糸膜は前記ケースに固定化された開孔端部を有する中空糸膜モジュール。
【請求項3】
請求項2の中空糸膜モジュールと吸着剤を搭載した浄水カートリッジ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浄水器用途等の水処理膜に好適に用いられる中空糸膜に関する。
【背景技術】
【0002】
水処理に用いられるろ過膜として、中空糸膜が知られている。そして、この中空糸膜は、複数の中空糸膜が束ねられた糸束をケースに挿入し、一端あるいは両端を接着剤で固定化した中空糸膜モジュールとして利用されることが多い。
【0003】
中空糸膜モジュールの製造工程において、中空糸膜に対して負荷がかかることによって中空糸膜が糸切れした場合、この中空糸膜モジュールの使用時に原水が中空糸膜を通水せずに中空糸膜モジュール外に流出する、いわゆるリーク現象が発生するため、この中空糸膜モジュールは分離膜としての機能に劣るものとなる。また、中空糸膜モジュールの製造工程以外にも、中空糸膜モジュールを使用中に、水流による負荷で中空糸膜が切れることがある。このような糸切れ不良を抑制するためには、中空糸膜の破断伸度と破断強度とを一定以上とすることが重要であることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000−334277号公報
【特許文献2】特開2004−305953号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、中空糸膜の膜厚を厚くすることで、中空糸膜1本あたりの破断強度は向上するが、中空糸膜の膜厚を厚くするには、中空糸膜の内径を縮小すること、または中空糸膜の外径を拡大することが必要である。しかし、中空糸膜の内径を縮小すると中空部を通過する水の抵抗が大きくなり、流量が減少する問題がある。また、中空糸膜の外径を拡大すると、一定体積の中空糸膜ケースに充填できる中空糸膜の本数が減り、中空糸膜の有効膜面積が減少することにより短寿命の中空糸膜モジュールとなってしまう問題がある。
【0006】
また、破断伸度が劣る中空糸膜であると、中空糸膜を伸長させる負荷がかかった際、わずかな伸長で破断に至ってしまうため、破断強度のみが優れている中空糸膜である場合、この中空糸膜の糸切れを抑制することが困難であるとの課題がある。
【0007】
ここで、特許文献1には破断伸度を50%以上と優れたものとした中空糸膜の製造方法が開示されている。また、その中空糸膜においては、その破断強度も優れるものであったが、この中空糸膜の膜厚は厚く、透水性能に劣るものである。
【0008】
また、特許文献2には、破断強度に優れ、破断伸度についても比較的優れた中空糸膜の記載がある。しかし、その中空糸膜の製造工程で用いられる製膜原液に含まれるポリスルホンの濃度は高く、その中空糸膜は浄水器等の飲用水用途の中空糸膜と比較して透水性能に劣る人工腎臓用の中空糸膜である。すなわち、製膜原液に含まれるポリスルホンの濃度が高いと、得られる中空糸膜の破断伸度および破断強度は優れたものとなるが、一方で透水性能に劣ったものとなるとの課題がある。
【0009】
そこで、本発明は上記の事情に鑑み、高い透水性能を発揮しつつ、破断強度と破断伸度に優れ、糸切れ不良を抑制した中空糸膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は前記の課題を解決するため、下記の手段を採る。
(1)親水性ポリマーを含んだポリスルホン系中空糸膜であって、0.26〜0.34μmの粒子阻止率が99%以上であり、0.05〜0.07μmの粒子阻止率が10%以下であり、破断強度が50kgf/cm以上であり、破断伸度が50%以上であることを特徴とした中空糸膜。
(2)(1)の中空糸膜がケースに充填されており、前記中空糸膜は前記ケースに固定化された開孔端部を有する中空糸膜モジュール。
(3)(2)の中空糸膜モジュールと吸着剤を搭載した浄水カートリッジ。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、中空糸膜モジュールの製造工程や使用中に、糸切れが発生する割合を抑制し、かつ高流量のろ過水を得られる中空糸膜を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の中空糸膜は、親水性ポリマーを含んだポリスルホン系中空糸膜であって、その0.26〜0.34μmの粒子阻止率が99%以上であり、かつ、その0.05〜0.07μmの粒子阻止率が10%以下であり、さらに、その破断強度が50kgf/cm以上であり、その破断伸度が50%以上である。
【0013】
ここで、本発明の中空糸膜は、親水性ポリマーを含んだポリスルホン系中空糸膜であり、ポリスルホン系中空糸膜であることで、その耐熱性が優れたものとなる。そのメカニズムについては、ポリスルホン系ポリマーは、その主鎖にベンゼン環が含まれており、分子の運動性が低いポリマーのためであると推測する。また、本発明の中空糸膜は親水性ポリマーを含んでいるため、その透水性能が優れたものとなる。そのメカニズムについては中空糸膜の水濡れ性が優れることで細孔内への水の浸透性が優れるためであると推測する。
【0014】
つぎに、本発明の中空糸膜に含まれる親水性ポリマーの含有量は、透水性能が優れたものとなるとの観点から、下限は中空糸膜を構成する全成分100質量%に対し、1.0質量%以上であることが好ましく、2.0質量%以上であることがより好ましい。一方で、色調の均一性が優れたものとなるとの観点から、上限は中空糸膜を構成する全成分100質量%に対し、15質量%以下であることが好ましく、13質量%以下であることがより好ましい。中空糸膜に含まれる親水性ポリマーの含有量が15質量%を超えると、親水性ポリマーの酸化により中空糸膜が部分的に変色することがある。
【0015】
また、本発明の中空糸膜に用いることができる親水性ポリマーとしては、ポリビニルピロリドン、変性ポリビニルピロリドン、共重合ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、ポリ酢酸ビニル等があるが、ポリスルホン系ポリマーとの親和性を考慮すると、ポリビニルピロリドンが最も好ましい。
【0016】
また、親水性ポリマーは様々な分子量を選択することができ、分子量が大きいと、同じ親水性ポリマーの添加量でも製膜原液の粘度が大きくなるため、親水性ポリマーの添加量を少なくできることが知られている。適宜得るべき製膜原液粘度のため、親水性ポリマーの分子量と添加量を調整すればよく、異なる分子量の複数の親水性ポリマーを混合して使用してもよい。親水性ポリマーの分子量の範囲は、増粘効果の観点から、下限は重量平均分子量で40,000以上であることが好ましい。一方で、製膜原液調製時の溶解性の観点から、上限は重量平均分子量で1,500,000以下が好ましい。
【0017】
本発明の中空糸膜の粒子径0.26〜0.34μmの粒子阻止率が99%以上であり、かつ、その粒子径0.05〜0.07μmの粒子阻止率が10%以下である。上記のような中空糸膜は優れた分画性能と優れた透水性能とを両立したものであり、0.26〜0.34μmの粒子阻止率が99%以上であることによって一般細菌や濁り成分の標準物質であるカオリンの除去性能が得られる。一方、0.05〜0.07μmの粒子阻止Rが10%以下であることによって、膜のろ過抵抗を抑え、優れた透水性能が得られる。また、上記のような中空糸膜を得る手段としては、詳細は後述するが、非溶媒誘起相分離法を用いた乾湿式紡糸において、相分離の進行の度合いを調整することが挙げられる。ここで、粒子阻止率は、実施例の項の計算式にて算出することができる。すなわち、粒子阻止率は、透過側濃度(Cp)を供給側濃度(Cf)で除したものを1から引き、100を乗ずることで算出できる。
【0018】
さらに、本発明の中空糸膜は、その破断強度が50kgf/cm以上である。そのような中空糸膜とすることで、中空糸膜モジュールの製造工程において発生し得る中空糸膜の破断などの損傷を抑制でき、さらに、その中空糸膜モジュールを搭載する浄水カートリッジの使用中において発生し得る中空糸膜の破断などの損傷を抑制できる。上記の観点から、中空糸膜の破断強度は60kgf/cm以上であることが好ましく、70kgf/cm以上であることがより好ましい。一方で、その上限については特に限定はしないが、所望の長さに切断する際の取扱い性の観点から100kgf/cm以下であることが好ましい。なお、詳細は後述するが、製膜原液の非溶媒等の濃度を適宜調整することで、上記の破断強度の中空糸膜を得ることができる。
【0019】
さらに、本発明の中空糸膜は、その破断伸度が50%以上である。そのような中空糸膜とすることで、中空糸膜モジュールの製造工程において発生し得る中空糸膜の破断などの損傷を抑制でき、さらに、その中空糸膜モジュールを搭載する浄水カートリッジの使用中において発生し得る中空糸膜の破断などの損傷を抑制できる。上記の観点から、中空糸膜の破断伸度は80%以上であることがより好ましい。一方で、その上限については特に限定はしないが、所望の長さに切断する際の取扱い性の観点から200%以下であることが好ましい。なお、中空糸膜の製造工程における洗浄後の中空糸膜を乾燥させる乾燥温度などを適宜調整することで、所望の破断伸度の中空糸膜を得ることができる。
【0020】
また、本発明の中空糸膜は、その外表面側に緻密層を持つ非対称膜であることが好ましい。その様な中空糸膜は、水道水のろ過でしばしば使用される外表面側から被処理水を流通させる使用方法の際に、孔が目詰まりし、中空糸膜が完全閉塞ろ過機構となることを抑制できるので、中空糸膜の透水性能の持続性の観点から好ましい。ここで、本願でいう緻密層とは中空糸膜中の孔の中で、孔径の極めて小さい孔が密集して存在する層で、その中空糸膜の分画特性を決定する部分のことをいう。また、外表面側に緻密層を持つ非対称中空糸膜の製造方法の詳細については後述する。
【0021】
本発明の中空糸膜は、中空糸膜モジュールに好適に用いることができる。ここで、中空糸膜モジュールの具体的な態様としては、U字状にされた中空糸膜の束が筒状のケースに収納されており、さらに中空糸膜の束の中空糸膜の開孔が存在する方の端部が封止材により上記の筒状のケースの一方の端部に固定されているものを挙げることができる。
【0022】
さらに、本発明の中空糸膜を用いた中空糸膜モジュールは浄水カートリッジに好適に用いることができる。ここで、浄水カートリッジの具体的な態様としては、上記の中空糸膜モジュールに加え活性炭などの吸着剤を搭載したものが挙げられる。
【0023】
中空糸膜の寸法は、外径が250〜700μmで中空糸膜の内径が150〜450μmであると、一定体積のケースに十分な糸本数の中空糸膜を充填した中空糸膜モジュールとすることが可能となり好ましい。また、中空糸膜の内径が150μm以上であると、流体が中空糸膜の中空部を通る際の抵抗が大きくならず、好ましい。
【0024】
次に、本発明の中空糸膜の製造方法について説明する。
【0025】
本発明の中空糸膜の紡糸方法の例としては、二重管ノズルの外管部から製膜原液を吐出し、二重管ノズルの内管部から注入液を吐出し、所定区間の乾式部を空走した後、凝固浴に導かれる乾湿式紡糸方法を例示できる。
【0026】
製膜原液には、ポリスルホン系ポリマーや親水性ポリマー等の中空糸膜の構成成分が溶解されている。ポリスルホン系ポリマーは、下記式(1)または(2)の繰り返し単位からなるポリマーであるが、一部の骨格に官能基が付与されているものでもよく、これらに限定されない。
【0027】
【化1】
【0028】
【化2】
【0029】
製膜原液に用いることができる溶媒としては、ジメチルスルホキシド、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、N−メチル−2−ピロリドンまたはジオキサン等、多種のものを例示できる。これらの中でも、特にジメチルアセトアミドやN−メチル−2−ピロリドンが取り扱う際の安全性の観点から望ましい。
【0030】
中空糸膜の孔は非溶媒誘起相分離方法によって形成される。相分離とは製膜原液中のポリスルホン系ポリマーの濃度が高い相と低い相に細かく分かれることを言い、製膜原液の非溶媒の濃度が一定以上になった際に引き起こされる。製膜原液の凝固時にポリスルホン系ポリマーの濃度が低い相が中空糸膜の孔となり、ポリスルホン系ポリマーの濃度が高い相が中空糸膜の構造部分になる。
【0031】
製膜原液が二重管ノズルから吐出され、乾式部の空気中の非溶媒が製膜原液へ浸入することによって、製膜原液の相分離が開始され、相分離は凝固浴で製膜原液が凝固するまで進行する。製膜原液の相分離が進行するにつれて、得られる中空糸膜の孔も大きくなる。
【0032】
すなわち、中空糸膜の緻密層の孔の孔径は製膜原液が凝固するまでの相分離の進行の度合いによって決まり、相分離の進行の度合いを所望のものとする手段としては製膜原液中のポリスルホン系ポリマーの濃度や非溶媒の濃度、製膜原液が乾式部を空走する距離(以後、乾式長)を適宜調整することが挙げられる。
【0033】
ここで、粒子径0.26〜0.34μmの粒子阻止率が99%以上であり、かつ、その粒子径0.05〜0.07μmの粒子阻止率が10%以下の中空糸膜を得るための手段としては、相分離の進行の度合いを調整することが挙げられるのは上述したとおりであり、相分離の進行の度合いを調整するにあたり製膜原液のポリスルホン系ポリマーの濃度は13質量%〜17質量%であり、乾式長は40mm〜150mmであることが好ましい。
【0034】
ポリスルホン系ポリマーの濃度が13質量%未満であると、二重管ノズルから吐出したときの紡糸安定性が悪化し、17質量%より高いと、中空糸膜の緻密層の孔の孔径は小さいものとなり、その結果として粒子径0.05〜0.07μmの粒子阻止率が大きいものとなる傾向がみられる。
【0035】
乾式長が40mm未満であると、相分離の進行の度合いが不十分なため、中空糸膜の緻密層の孔の孔径は小さいものとなり、その結果として粒子径0.05〜0.07μmの粒子阻止率が大きいものとなり、得られた中空糸膜の透水性能が低下する傾向がみられる。また、乾式長が150mmより長いと紡糸安定性が悪化するだけでなく、中空糸膜の緻密層の孔の孔径が大きいものとなり、その結果として、粒子径0.26〜0.34μmの粒子阻止率が低下し、得られた中空糸膜の分画性能が低下する傾向がみられる。
【0036】
製膜原液の非溶媒の好ましい濃度範囲は、後述する製膜原液中の他成分の条件により変化する。そのため、製膜原液の非溶媒の濃度の指標として、製膜原液が相分離することにより白濁を引き起こす濃度を基準に置く。製膜原液全体に対する非溶媒の濃度は、製膜原液が白濁を引き起こす製膜原液全体に対する非溶媒の濃度から0.1〜1.2質量%低くすることが好ましい。
【0037】
製膜原液が白濁を引き起こす非溶媒の濃度から1.2質量%以上低いと、中空糸膜の緻密層の孔の孔径は小さいものとなり、その結果として粒子径0.05〜0.07μmの粒子阻止率が大きいものとなる傾向がみられる。一方、製膜原液全体に対する非溶媒の濃度が、製膜原液が白濁を引き起こす製膜原液全体に対する非溶媒の濃度から0.1質量%減より高いと紡糸安定性が悪化する。
【0038】
また、本発明の中空糸膜の優れた破断強度を得るためには、製膜原液が白濁を引き起こす非溶媒の濃度から、0.1〜0.8質量%低い非溶媒の濃度が好ましい。製膜原液に予め上記の濃度の非溶媒を添加しておくことで、二重管ノズルから吐出された後に、製膜原液の相分離が迅速に進行し、緻密層以外も含めた中空糸膜全体の孔がより拡大する。この中空糸膜の全体の孔の拡大と相反して、中空糸膜の構造部分であるポリスルホン系ポリマーの密度が高くなるため、優れた破断強度の中空糸膜が得られると推測する。
【0039】
製膜原液に用いることができる非溶媒の例としては水、メタノール、エタノール、イソプロパノール、ヘキサノール、1,4−ブタンジオール等がある。コストや取り扱いの容易性から水が好ましい。
【0040】
製膜原液の白濁を引き起こす非溶媒の濃度は、製膜原液中の溶媒の種類、ポルスルホン系ポリマーおよび親水性ポリマーの種類、製膜原液中の溶媒の濃度、ポルスルホン系ポリマーおよび親水性ポリマーの濃度、ポルスルホン系ポリマーおよび親水性ポリマーの分子量によって異なる。例えば、ポリスルホン系ポリマーの濃度を上げるにつれて、製膜原液の白濁を引き起こす非溶媒の濃度は低くなり、親水性ポリマーの濃度を上げるにつれて、製膜原液の白濁を引き起こす非溶媒の濃度は高くなる。また、親水性ポリマーの分子量が大きいと、白濁する非溶媒の濃度は高くなる。
【0041】
二重管ノズルの内管部に注入される注入液として、ポリスルホン系ポリマーの成分に対して非凝固性の液体を用いれば、中空糸膜の内表面側に緻密層を形成させず、内表面側の透水抵抗を抑えた中空糸膜の構造とすることができる。凝固浴によって中空糸膜の外表面から凝固が始まるため、中空糸膜の外表面側に緻密層が形成される。
【0042】
注入液の主成分には製膜原液と同様の溶媒を用いることが、中空糸膜の製造工程の廃液回収が簡便となる観点から望ましい。
【0043】
注入液に増粘剤を添加する方法もあり、注入液が高粘度であるほうが、二重管ノズルへ注入液を送液する計量性が向上することがある。増粘剤の例としてはポリビニルピロリドンやポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、グリセリン、グルコース、フルクトース、ラクトース、スクロース、マルトテトラオースが挙げられる。
【0044】
凝固浴にて構造形成された中空糸膜を、巻取り工程前に設けられた水洗浴にて洗浄する。また、巻取り後、オフラインで中空糸膜を洗浄する方法があり、両者を適宜組み合わせて実施することが好ましい。中空糸膜の洗浄は水やアルコール等の水溶性成分の溶媒を用いることが好ましく、80℃以上の高温の液で洗浄すると洗浄効率がよく、好ましい。中空糸膜を洗浄後は、保管中の品質保持と取扱い性の面から、中空糸膜を乾燥させておくことが好ましい。この時、乾燥温度は60℃以上であることが好ましく、140℃未満であることが好ましい。60℃未満の乾燥温度では、乾燥速度が遅くなるため、中空糸膜の製造効率が悪い。140℃以上の乾燥温度では、本発明の中空糸膜のごとく優れた破断伸度の中空糸膜が得られない傾向がある。そのメカニズムは、中空糸膜に含まれている親水性ポリマーの架橋反応が起こり、中空糸膜の弾性率が増大するためと推測する。
【0045】
得られた中空糸膜を複数本束ねてU字状にした糸束を筒状のモジュールケースに挿入し、封止材で固定して中空糸膜モジュールとする。
【0046】
中空糸膜モジュールをカートリッジケースへ挿入し、活性炭等の吸着剤やイオン交換体を充填することで、一般的な水道水に含まれることのある人体に不要な物質の除去が可能な浄水器カートリッジにすることができる。
【実施例】
【0047】
以下、実施例により本発明を詳述するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。なお、各特性値は以下の方法で測定した。
【0048】
(1)透水性能測定
管形状のケースに中空糸膜を挿入し、ケースの両端部に中空糸膜を接着固定して、有効長12cmの小型モジュールを作成した。次に、中空糸膜へ37℃の水を供給し、中空糸膜を透過して流出してくる単位時間当たりの水の量を測定し、以下の式により透水性能を算出した
透水性能(mL/hr/Pa/m)=Q/(T×P×A)
Q : 中空糸膜の内側に流出した水の量(mL)
T : 水圧をかけた時間(hr)
P : 水圧(Pa)
A : 中空糸膜の有効面積(m) 。
【0049】
(2)粒子阻止率の測定
(1)の透水性能測定と同様の小型モジュールを作製し、200ppmの濃度のラテックスビーズ水溶液(invitrogen社製、Sulfate latex、粒子径0.3μm製品番号S37492、および0.06μm製品番号37202)を供給し、膜を透過させた液の濃度を測定した。供給側濃度200ppmと透過側濃度から阻止率Rを求めた
粒子阻止率=(1−Cp/Cf)×100
Cp:透過側濃度 Cf:供給側濃度
260nmの吸光度とラテックスビーズ濃度の関係を各粒子径においてあらかじめ測定しておき、透過側の液の吸光度を測定することで濃度を求めた。吸光度の測定は分光光度計(日立社製、U−5100)を用いて求めた。
【0050】
(3)破断強度と破断伸度の測定
有効試料長50mmの乾燥状態の中空糸膜1本を50mm/minの速度で引張り試験を行った。測定には引張試験機(エー・アンド・ディー社製、STA−1150)を用い、雰囲気温度は25℃で行った。試料が破断する際に負荷されていた荷重(kgf)を引張り試験前の中空糸膜の断面積(cm)で除した値を破断強度として(kgf/cm)算出した。引張り試験前の試料長に対する破断するまで伸ばした変移の割合を破断伸度(%)として算出した。この操作を中空糸膜10本に対して繰り返し行い、算術平均値を破断強度と破断伸度の結果とした。
【0051】
(4)モジュール化時の糸切れ発生率
全長200mmの中空糸膜1000本の糸束をU字状に曲げて糸の先端をプレスによる目止めを行った。その後、内径φ30mmの筒状ケースに糸束を組み込み、封止材による固定化を行い、封止材と共に固定化された中空糸膜を切断することにより中空糸膜の開口端部を得た。以上の工程を経た中空糸膜モジュール内の糸切れ有無を目視で検査し、糸切れがある中空糸膜モジュールの発生率を求めた。
【0052】
[実施例1]
ポリスルホン(BASF社製:UltrasonS6010)15質量%とポリビニルピロリドン(BASF社製K−90:重量平均分子量120万、以下PVP(K−90))2質量%とポリビニルピロリドン(BASF社製K−30:重量平均分子量4万、以下PVP(K−30))7質量%とジメチルアセトアミド(以下DMAc)73質量%と水3質量%を溶解撹拌し、製膜原液を調製した。この製膜原液を40℃に保たれた外周スリット幅0.15mmの二重管ノズルより吐出した。内管からはDMAc90質量%と水10質量%の注入液を吐出させた。二重管ノズルから吐出された製膜原液は乾式長80mmを空走した後、80℃の凝固浴にて凝固され、水洗工程を経て巻き取った。巻き取られた中空糸膜は外径460μm、膜厚80μmであった。上記の中空糸膜を洗浄し、100℃10時間の乾燥を行った。得られた中空糸膜は高い透水性能を発揮し、破断強度と破断伸度が優れているため糸切れ発生率を抑制できた。
【0053】
[実施例2]
ポリスルホン(BASF社製:UltrasonS6010)15質量%とPVP(K−90)4質量%とDMAc78質量%と水3質量%を溶解撹拌し、製膜原液を調製した。その他の条件を実施例1と同様として中空糸膜を得た。製膜原液のポリビニルピロリドンの濃度が実施例1より低いが、重量平均分子量が大きいPVP(K−90)の濃度が実施例1より高いため、製膜原液の非溶媒を実施例1と同一の濃度として優れた破断強度の中空糸膜が得られた。
【0054】
[比較例1]
ポリスルホン(BASF社製:UltrasonS6010)15質量%とPVP(K−90)8質量%とDMAc74質量%と水3質量%を溶解撹拌し、製膜原液を調製した。注入液の組成はDMAc65質量%、PVP(K−30)35質量%とし、その他の条件を実施例2と同様として中空糸膜を得た。製膜原液が白濁を引き起こす非溶媒濃度から0.8質量%以上低い非溶媒濃度であったため、実施例1〜2の中空糸膜と比較し破断強度が劣る中空糸膜であった。
【0055】
[比較例2]
ポリスルホン(BASF社製:UltrasonS6010)18質量%とPVP(K−90)2質量%とPVP(K−30)5質量%とDMAc73質量%と水2質量%を溶解撹拌し、製膜原液を調製した。その他の条件を実施例1と同様として中空糸膜を得た。製膜原液のポリスルホン系ポリマーの濃度が高いため、中空糸膜の緻密層の孔の孔径が小さいものとなり、実施例1〜2の中空糸膜と比較し透水性能が低い中空糸膜であった。
【0056】
[比較例3]
乾燥条件を170℃10時間とし、その他の条件を比較例1と同様として中空糸膜を得た。乾燥温度が高いため、中空糸膜に含まれる親水性ポリマーが架橋し、実施例1〜2の中空糸膜と比較し破断伸度が劣る中空糸膜であった。
【0057】
また、実施例1〜2および比較例1〜3の組成等を表1にまとめ、評価結果を表2にまとめた。
【0058】
【表1】
【0059】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明の中空糸膜は優れた透水性能と強伸度特性を有し、浄水器用途等の水処理膜や気体分離膜、医療用分離膜等に好適に用いられる。