【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで、本発明者らは、前述の観点から、少なくともTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物(以下、「(Ti,Al)(C,N)」あるいは「(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)」で示すことがある)を含む硬質被覆層を化学蒸着で蒸着形成した被覆工具の耐チッピング性、耐摩耗性の改善をはかるべく、鋭意研究を重ねた結果、次のような知見を得た。
【0010】
即ち、従来の少なくとも1層の(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)層を含み、かつ所定の平均層厚を有する硬質被覆層は、(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)層が工具基体に垂直方向に柱状をなして形成されている場合、高い耐摩耗性を有する。その反面、(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)層の異方性が高くなるほど(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)層の靭性が低下し、その結果、耐チッピング性、耐欠損性が低下し、長期の使用に亘って十分な耐摩耗性を発揮することができず、また、工具寿命も満足できるものであるとはいえなかった。
そこで、本発明者らは、硬質被覆層を構成する(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)層について鋭意研究したところ、硬質被覆層にSi、Zr、B、V、Crの中から選ばれる一種の元素(以下、「Me」で示す。)を含有させ(Ti
1−x―yAl
xMe
y)(C
zN
1−z)層を主としてNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒で構成し、かつ、立方晶結晶相内にTiとAlとMeの周期的な濃度変化(含有割合)を形成させるという全く新規な着想により、立方晶結晶粒に歪みを生じさせ、硬さと靭性を高めることに成功し、その結果、硬質被覆層の耐チッピング性、耐欠損性を向上させることができるという新規な知見を見出した。
【0011】
具体的には、硬質被覆層が、平均層厚1〜20μmのTiとAlとMe(但し、Meは、Si、Zr、B、V、Crの中から選ばれる一種の元素)の複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、組成式:(Ti
1−x―yAl
xMe
y)(C
zN
1−z)で表した場合、AlのTiとAlとMeの合量に占める平均含有割合X
avgおよびMeのTiとAlとMeの合量に占める平均含有割合Y
avgならびにCのCとNの合量に占める平均含有割合Z
avg(但し、X
avg、Y
avg、Z
avgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦X
avg、0.005≦Y
avg≦0.10、0≦Z
avg≦0.005、0.605≦X
avg+Y
avg≦0.95を満足し、前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒を含み(あるいはさらにウルツ鉱型の六方晶構造を有する結晶粒を含み)、前記複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒の結晶方位を、電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から解析した場合、工具基体表面の法線方向に対する前記結晶粒の結晶面である{110}面の法線がなす傾斜角を測定し、該傾斜角のうち法線方向に対して0〜45度の範囲内にある傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計し傾斜角度数分布を求めたとき、0〜12度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0〜12度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布における度数全体の35%以上の割合を示し、前記NaCl型の面心立方構造の結晶粒内に、組成式:(Ti
1−x―yAl
xMe
y)(C
zN
1−z)におけるTiとAlとMeの周期的な濃度変化(含有割合)が存在し(即ち、x、y、zは、一定値ではなく、周期的に変化する値である)、Alの含有割合xの周期的に変化するxの値の極大値の平均値をX
max、また、Alの含有割合xの周期的に変化するxの値の極小値の平均値をX
minとした場合、X
maxとX
minの差Δxが0.03〜0.25であり、前記複合窒化物または複合炭窒化物層中のTiとAlとMeの周期的な濃度変化が存在するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒において、
TiとAlとMeの周期的な濃度変化が立方晶結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在することにより、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒に歪みを生じさせ、従来の硬質被覆層に比して、(Ti
1−x―yAl
xMe
y)(C
zN
1−z)層の硬さと靭性が高まり、その結果、耐チッピング性、耐欠損性が向上し、長期に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮することを見出した。
【0012】
そして、前述のような構成の(Ti
1−x―yAl
xMe
y)(C
zN
1−z)層は、例えば、工具基体表面において反応ガス組成を周期的に変化させる以下の化学蒸着法によって成膜することができる。
用いる化学蒸着反応装置へは、NH
3とN
2とH
2からなるガス群Aと、TiCl
4、Al(CH
3)
3、AlCl
3、MeCl
n(Meの塩化物)、NH
3、N
2、H
2からなるガス群Bがおのおの別々のガス供給管から反応装置内へ供給され、ガス群Aとガス群Bの反応装置内への供給は、例えば、一定の周期の時間間隔で、その周期よりも短い時間だけガスが流れるように供給し、ガス群Aとガス群Bのガス供給にはガス供給時間よりも短い時間の位相差が生じるようにして、工具基体表面における反応ガス組成を、(I)ガス群A、(II)ガス群Aとガス群Bの混合ガス、(III)ガス群Bと時間的に変化させることができる。ちなみに、本願発明においては、厳密なガス置換を意図した長時間の排気工程を導入する必要は無い。従って、ガス供給方法としては、例えば、ガス供給口を回転させたり、工具基体を回転させたり、工具基体を往復運動させたりして、工具基体表面における反応ガス組成を、(I)ガス群Aを主とする混合ガス、(II)ガス群Aとガス群Bの混合ガス、(III)ガス群Bを主とする混合ガス、と時間的に変化させることでも実現する事が可能である。
工具基体表面に、反応ガス組成(ガス群Aおよびガス群Bを合わせた全体に対する容量%)を、例えば、ガス群AとしてNH
3:3.5〜4.0%、H
2:65〜75%、ガス群BとしてAlCl
3:0.6〜0.9%、TiCl
4:0.2〜0.3%、MeCl
n(Meの塩化物):0.1〜0.2%、Al(CH
3)
3:0〜0.5%、N
2:0.0〜12.0%、H
2:残、反応雰囲気圧力:4.5〜5.0kPa、反応雰囲気温度:700〜900℃、供給周期1〜5秒、1周期当たりのガス供給時間0.15〜0.25秒、ガス供給Aとガス供給Bの位相差0.10〜0.20秒として、所定時間、熱CVD法を行うことにより、所定の目標層厚の(Ti
1−x―yAl
xMe
y)(C
zN
1−z)層を成膜する。
【0013】
前述のようにガス群Aとガス群Bが工具基体表面に到達する時間に差が生じるように供給し、ガス群Aにおける窒素原料ガスとしてNH
3:3.5〜4.0%と設定し、ガス群Bにおける金属塩化物原料あるいは炭素原料であるAlCl
3:0.6〜0.9%、TiCl
4:0.2〜0.3%、MeCl
n(Meの塩化物):0.1〜0.2%、Al(CH
3)
3:0〜0.5%と設定する事により、結晶粒内に局所的な組成のムラ、転位や点欠陥の導入による結晶格子の局所的な歪みが形成され、なおかつ結晶粒の工具基体表面側と皮膜表面側での{110}配向の度合いを変化させることが出来る。その結果、耐摩耗性を維持しつつ靭性が飛躍的に向上することを見出した。その結果、特に、耐欠損性、耐チッピング性が向上し、切れ刃に断続的・衝撃的負荷が作用する合金鋼等の高速断続切削加工に用いた場合においても、硬質被覆層が、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮し得ることを見出した。
【0014】
本願発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、以下の態様を有する。
(1)炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層が形成されている表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、平均層厚1〜20μmのTiとAlとMe(但し、Meは、Si、Zr、B、V、Crの中から選ばれる一種の元素)の複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、組成式:(Ti
1−x―yAl
xMe
y)(C
zN
1−z)で表した場合、複合窒化物または複合炭窒化物層のAlのTiとAlとMeの合量に占める平均含有割合X
avgおよびMeのTiとAlとMeの合量に占める平均含有割合Y
avgならびにCのCとNの合量に占める平均含有割合Z
avg(但し、X
avg、Y
avg、Z
avgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦X
avg、0.005≦Y
avg≦0.10、0≦Z
avg≦0.005、0.605≦X
avg+Y
avg≦0.95を満足し、
(b)前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物の相を
面積割合で少なくとも
63面積%以上含み、
(c) 前記複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒の結晶方位を、電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から解析した場合、工具基体表面の法線方向に対する前記結晶粒の結晶面である{110}面の法線がなす傾斜角を測定し、該傾斜角のうち法線方向に対して0〜45度の範囲内にある傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計し傾斜角度数分布を求めたとき、0〜12度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0〜12度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布における度数全体の35%以上の割合を示し、
(d)また、前記NaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒内に、組成式:(Ti
1−x―yAl
xMe
y)(C
zN
1−z)におけるTiとAlとMeの周期的な濃度変化が存在し、Alの含有割合xの周期的に変化するxの値の極大値の平均値をX
max、また、Alの含有割合xの周期的に変化するxの値の極小値の平均値をX
minとした場合、X
maxとX
minの差Δxが0.03〜0.25であり、
(e)前記複合窒化物または複合炭窒化物層中のTiとAlとMeの周期的な濃度変化が存在するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒において、
TiとAlとMeの周期的な濃度変化が立方晶結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在することを特徴とする表面被覆切削工具。
(2)前記複合窒化物または複合炭窒化物層中のTiとAlとMeの周期的な濃度変化が存在するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒において、TiとAlとMeの周期的な濃度変化が立方晶結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在し、その方位に沿った周期が3〜100nmであり、その方位に直交する面内でのAlの含有割合xの変化量の最大値ΔXoは0.01以下であること特徴とする前記(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3)前記複合窒化物または複合炭窒化物層中のTiとAlとMeの周期的な濃度変化が存在するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒において、
(a)TiとAlとMeの周期的な濃度変化が立方晶結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在し、その方位を方位d
Aとすると、方位d
Aに沿った周期が3〜100nmであり、方位d
Aに直交する面内でのAlの含有割合xの変化量の最大値ΔXod
Aは0.01以下である領域A、
(b)TiとAlとMeの周期的な濃度変化が、方位d
Aと直交する立方晶結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在し、その方位を方位d
Bとすると、方位d
Bに沿った周期が3〜100nmであり、方位d
Bに直交する面内でのAlの含有割合xの変化量の最大値ΔXod
Bは0.01以下である領域B、
前記領域Aおよび領域Bが結晶粒内に存在し、前記領域Aと領域Bの境界が{110}で表される等価な結晶面のうちの一つの面に形成されることを特徴とする前記(1)に記載の表面被覆切削工具。
(4)前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、X線回折からNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の格子定数aを求め、前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の格子定数aが、立方晶TiNの格子定数a
TiNと立方晶AlNの格子定数a
AlNに対して、0.05a
TiN+0.95a
AlN≦a≦0.4a
TiN+0.6a
AlNの関係を満たすことを特徴とする前記(1)から前記(3)のいずれかひとつに記載の表面被覆切削工具。
(5)前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、該層の縦断面方向から観察した場合に、該層内のNaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒の平均粒子幅Wが0.1〜2.0μm、平均アスペクト比Aが2〜10である柱状組織を有することを特徴とする前記(1)から前記(4)のいずれかひとつに記載の表面被覆切削工具。
(6)前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物の面積割合が70面積%以上であることを特徴とする前記(1)から前記(5)のいずれかひとつに記載の表面被覆切削工具。
(7)前記炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体と前記TiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層の間に、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、かつ、0.1〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層を含む下部層が存在することを特徴とする前記(1)から前記(6)のいずれかひとつに記載の表面被覆切削工具。
(8)前記複合窒化物または複合炭窒化物層の上部に、少なくとも酸化アルミニウム層を含む上部層が1〜25μmの合計平均層厚で存在することを特徴とする前記(1)から前記(7)のいずれかひとつに記載の表面被覆切削工具。
(9)前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、少なくとも、トリメチルアルミニウムを反応ガス成分として含有する化学蒸着法により成膜されたものであることを特徴とする前記(1)から前記(8)のいずれかひとつに記載の表面被覆切削工具の製造方法。
なお、本願発明の一態様である表面被覆切削工具における硬質被覆層(以下、「本発明の硬質被覆層」と称する)は、前述のような複合窒化物または複合炭窒化物層をその本質的構成とするが、さらに、従来から知られている前記(7)の下部層や前記(8)の上部層などと併用することにより、複合窒化物または複合炭窒化物層が奏する効果と相俟って、一層すぐれた特性を創出することができることは言うまでもない。
【0015】
本願発明について、以下に詳細に説明する。
【0016】
硬質被覆層を構成する複合窒化物または複合炭窒化物層2の平均層厚:
図1に、本発明の硬質被覆層を構成するTiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層2の断面模式図を示す。
本発明の硬質被覆層は、化学蒸着された組成式:(Ti
1−x―yAl
xMe
y)(C
zN
1−z)で表されるTiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層2を少なくとも含む。この複合窒化物または複合炭窒化物層2は、硬さが高く、すぐれた耐摩耗性を有するが、特に平均層厚が1〜20μmのとき、その効果が際立って発揮される。その理由は、平均層厚が1μm未満では、層厚が薄いため長期の使用に亘っての耐摩耗性を十分確保することができず、一方、その平均層厚が20μmを越えると、TiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層2の結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。したがって、その平均層厚を1〜20μmと定めた。
特に必須な構成ではないが、より好ましい平均層厚は3〜15μmである。さらに好まし平均層厚は4〜10μmである。
【0017】
硬質被覆層を構成する複合窒化物または複合炭窒化物層2の組成:
本発明の硬質被覆層を構成する複合窒化物または複合炭窒化物層2は、組成式:(Ti
1−x―yAl
xMe
y)(C
zN
1−z)で表した場合(但し、Meは、Si、Zr、B、V、Crの中から選ばれる一種の元素)、AlのTiとAlとMeの合量に占める平均含有割合X
avgおよびMeのTiとAlとMeの合量に占める平均含有割合Y
avgならびにCのCとNの合量に占める平均含有割合Z
avg但し、X
avg、Y
avg、Z
avgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦X
avg、0.005≦Y
avg≦0.10、0≦Z
avg≦0.005、0.605≦X
avg+Y
avg≦0.95を満足するように制御する。
その理由は、Alの平均含有割合X
avgが0.60未満であると、TiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層2の硬さに劣るため、合金鋼等の高速断続切削に供した場合には、耐摩耗性が十分でない。
また、Meの平均含有割合Y
avgが0.005未満であると、TiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層2の硬さに劣るため、合金鋼等の高速断続切削に供した場合には、耐摩耗性が十分でない。一方、0.10を超えると粒界へのMeの偏析等により、TiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層2の靭性が低下し、合金鋼等の高速断続切削に供した場合には、耐チッピング性が十分でない。したがって、Meの平均含有割合Y
avgは、0.005≦Y
avg≦0.10と定めた。
一方、Alの平均含有割合X
avgとMeの平均含有割合Y
avgとの和X
avg+Y
avgが0.605未満であると、TiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層2の硬さに劣るため、合金鋼等の高速断続切削に供した場合には、耐摩耗性が十分でなく、0.95を超えると、相対的にTiの含有割合が減少するため、脆化を招き、耐チッピング性が低下する。したがって、Alの平均含有割合X
avgとMeの平均含有割合Y
avgとの和X
avg+Y
avgは、0.605≦X
avg+Y
avg≦0.95と定めた。
ここで、Meの具体的な成分としては、Si、Zr、B、V、Crの中から選ばれる一種の元素を使用する。
Meとして、Y
avgが0.005以上になるようにSi成分あるいはB成分を使用した場合には、複合窒化物または複合炭窒化物層2の硬さが向上するため耐摩耗性の向上が図られ、Zr成分は結晶粒界を強化する作用を有し、また、V成分は靭性を向上することから、耐チッピング性のより一層の向上が図られ、Cr成分は耐酸化性を向上させることから、工具寿命のよりいっそう長寿命化が期待される。しかし、いずれの成分も、平均含有割合Y
avgが0.10を超えると、相対的にAl成分、Ti成分の平均含有割合が減少することから、耐摩耗性あるいは耐チッピング性が低下傾向を示すようになるため、Y
avgが0.10を超えるような平均含有割合となることは避けなければならない。
また、複合窒化物または複合炭窒化物層2に含まれるCの平均含有割合(原子比)Z
avgは、0≦Z
avg≦0.005の範囲の微量であるとき、複合窒化物または複合炭窒化物層2と工具基体3もしくは下部層との密着性が向上し、かつ、潤滑性が向上することによって切削時の衝撃を緩和し、結果として複合窒化物または複合炭窒化物層2の耐欠損性および耐チッピング性が向上する。一方、Cの平均含有割合Z
avgが0≦Z
avg≦0.005の範囲を逸脱すると、複合窒化物または複合炭窒化物層2の靭性が低下するため耐欠損性および耐チッピング性が逆に低下するため好ましくない。したがって、Cの平均含有割合Z
avgは、0≦Z
avg≦0.005と定めた。
特に必須な構成ではないが、より好ましいX
avg、Y
avgおよびZ
avgは、それぞれ、0.70≦X
avg≦0.85、0.01≦Y
avg≦0.05、0≦Z
avg≦0.003、0.7≦X
avg+Y
avg≦0.90である。
【0018】
TiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層2((Ti
1−x―yAl
xMe
y)(C
zN
1−z)層)内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の結晶面である{110}面についての傾斜角度数分布:
本発明の前記(Ti
1−x―yAl
xMe
y)(C
zN
1−z)層について、電子線後方散乱回折装置を用いてNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の結晶方位を、その縦断面方向から解析した場合、工具基体表面の法線5(断面研磨面における工具基体表面4と垂直な方向)に対する前記結晶粒の結晶面である{110}面の法線6がなす傾斜角(
図2Aおよび
図2B参照)を測定し、その傾斜角のうち、法線方向に対して0〜45度の範囲内にある傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計したとき、0〜12度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0〜12度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布における度数全体の35%以上の割合となる傾斜角度数分布形態を示す場合に、前記TiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層2からなる硬質被覆層は、NaCl型の面心立方構造を維持したままで高硬度を有し、しかも、前述したような傾斜角度数分布形態によって硬質被覆層と基体との密着性が飛躍的に向上する。
したがって、このような被覆工具は、例えば、合金鋼の高速断続切削等に用いた場合であっても、チッピング、欠損、剥離等の発生が抑えられ、しかも、すぐれた耐摩耗性を発揮する。
図3Aおよび
図3Bに、本発明の一実施形態および比較である立方晶構造を有する結晶粒について上記の方法で測定し、求めた傾斜角度数分布の一例をグラフとして示す。
【0019】
複合窒化物または複合炭窒化物層2を構成するNaCl型の面心立方構造(以下、単に「立方晶」という)を有する結晶粒:
前記複合窒化物または複合炭窒化物層中の各立方晶結晶粒について、工具基体表面4と垂直な皮膜断面側から観察・測定した場合に、工具基体表面4と平行な方向の粒子幅をw、また、工具基体表面4に垂直な方向の粒子長さをlとし、前記wとlとの比l/wを各結晶粒のアスペクト比aとし、さらに、個々の結晶粒について求めたアスペクト比aの平均値を平均アスペクト比A、個々の結晶粒について求めた粒子幅wの平均値を平均粒子幅Wとした場合、平均粒子幅Wが0.1〜2.0μm、平均アスペクト比Aが2〜10を満足するように制御することが望ましい。
この条件を満たすとき、複合窒化物または複合炭窒化物層2を構成する立方晶結晶粒は柱状組織となり、すぐれた耐摩耗性を示す。一方、平均アスペクト比Aが2を下回ると、NaCl型の面心立方構造の結晶粒内に本発明の特徴である組成の周期的な分布(濃度変化、含有割合変化)を形成しにくくなり、10を超えた柱状晶になると、本発明の特徴である立方晶結晶相内の組成の周期的な分布に沿った面と複数の粒界を伝うようにクラックが成長し易くなるため好ましくない。また、平均粒子幅Wが0.1μm未満であると耐摩耗性が低下し、2.0μmを超えると靭性が低下する。したがって、複合窒化物または複合炭窒化物層2を構成する立方晶結晶粒の平均粒子幅Wは、0.1〜2.0μmであることが望ましい。
特に必須な構成ではないが、より好ましい平均アスペクト比および平均粒子幅Wはそれぞれ、4〜7および0.7〜1.5μmである。
【0020】
立方晶結晶構造を有する結晶粒内に存在するTiとAlとMeの濃度変化:
図4に、本発明の硬質被覆層に含まれるTiとAlとMeの複合窒化物層または複合炭窒化物層(以下、「本発明のTiとAlとMeの複合窒化物層または複合炭窒化物層」と称する)の立方晶結晶構造を有する結晶粒について、TiとAlとMeの周期的な濃度変化が立方晶結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在し、その方位に直交する面内でのAlの含有割合xの変化は小さいことを模式図として示す。
また、
図5には、本発明のTiとAlとMeの複合窒化物層または複合炭窒化物層の断面において、TiとAlとMeの周期的な濃度変化が存在する立方晶結晶構造を有する結晶粒について、透過型電子顕微鏡を用いて、エネルギー分散型X線分光法(EDS)による線分析を行った結果のTiとAlとMeの合計に対するAlの周期的な濃度変化xのグラフの一例を示す。
立方晶結晶構造を有する結晶を組成式:(Ti
1−x―yAl
xSi
y)(C
zN
1−z)で表した場合、結晶粒内にTiとAlとMeの周期的な濃度変化が存在するとき(即ち、x、y、zは、一定値ではなく、周期的に変化する値であるとき)、結晶粒に歪みが生じ、硬さが向上する。しかしながら、TiとAlとMeの濃度変化の大きさの指標である前記組成式におけるAlの含有割合xの周期的に変化するxの値の極大値11a、11b、11c、・・・の平均値をX
max、また、Alの含有割合xの周期的に変化するxの値の極小値12a、12b、12c、12d・・・の平均値をX
minとした場合、X
maxとX
minの差Δxが0.03より小さいと前述した結晶粒の歪みが小さく十分な硬さの向上が見込めない。一方、X
maxとX
minの差Δxが0.25を超えると結晶粒の歪みが大きくなり過ぎ、格子欠陥が大きくなり、硬さが低下する。そこで、立方晶結晶構造を有する結晶粒内に存在するTiとAlとMeの濃度変化は、X
maxとX
minの差を0.03〜0.25とした。
特に必須な構成ではないが、より好ましいX
maxとX
minの差は0.05〜0.22である。さらにより好ましくは、0.08〜0.15である。
また、前記複合窒化物または複合炭窒化物層中のTiとAlとMeの周期的な濃度変化が存在する立方晶結晶構造を有する結晶粒において、TiとAlとMeの周期的な濃度変化が立方晶結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在した場合、結晶粒の歪みによる格子欠陥が生じにくく、靭性が向上する。
また、前記のTiとAlとMeの周期的な濃度変化が存在する方位に直交する面内ではTiとAlとMeの濃度は実質的に変化せず、上記直交する面内でのAlのTiとAlとMeの合量に占める含有割合xの変化量の最大値ΔXoは0.01以下である。
また、前記立方晶結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿った濃度変化の周期が3nm未満では靭性が低下し、100nmを超えると硬さの向上効果が十分に発揮されない。したがって、より望ましい前記濃度変化の周期は3〜100nmである。
特に必須な構成ではないが、より好ましい前記濃度変化の周期は15〜80nmである。さらにより好ましくは、25〜50nmである。
【0021】
図6に、本発明のTiとAlとMeの複合窒化物層または複合炭窒化物層の断面において、TiとAlとMeの周期的な濃度変化が存在する立方晶結晶構造を有する結晶粒について、結晶粒内に領域A13と領域B14が存在することを模式図として示す。
TiとAlとMeの周期的な濃度変化が直交する2方向に存在する、領域A13と領域B14が結晶粒内に存在する結晶粒については、結晶粒内で2方向の歪みが存在することで靭性が向上する。さらに、領域Aと領域Bの境界15が{110}で表される等価な結晶面のうちの一つの面に形成されることで領域Aと領域Bの境界15のミスフィットが生じないため、高い靭性を維持することが出来る。
即ち、TiとAlとMeの周期的な濃度変化が立方晶結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在し、その方位を方位d
Aとした場合、方位d
Aに沿った周期が3〜100nmであり、方位d
Aに直交する面内でのAlの含有割合xの変化量の最大値ΔXod
Aが0.01以下である領域A13と、TiとAlとMeの周期的な濃度変化が、方位d
Aと直交する立方晶結晶粒の<001>で表される等価の結晶方位のうちの一つの方位に沿って存在し、その方位を方位d
Bとした場合、方位d
Bに沿った周期が3〜100nmであり、方位d
Bに直交する面内でのAlの含有割合xの変化量の最大値ΔXod
Bが0.01以下である領域B14が形成されている場合には、結晶粒内で2方向の歪みが存在することで靭性が向上し、さらに、領域Aと領域Bの境界15が{110}で表される等価な結晶面のうちの一つの面に形成されることで領域Aと領域Bの境界15のミスフィットが生じないため、高い靭性を維持することが出来る。
【0022】
複合窒化物または複合炭窒化物層内の立方晶結晶粒の格子定数a:
前記複合窒化物または複合炭窒化物層2について、X線回折装置を用い、Cu−Kα線を線源としてX線回折試験を実施し、立方晶結晶粒の格子定数aを求めたとき、前記立方晶結晶粒の格子定数aが、立方晶TiN(JCPDS00−038−1420)の格子定数a
TiN:4.24173Åと立方晶AlN(JCPDS00−046−1200)の格子定数a
AlN:4.045Åに対して、0.05a
TiN+0.95a
AlN ≦a ≦ 0.4a
TiN + 0.6a
AlNの関係を満たすとき、より高い硬さを示し、かつ高い熱伝導性を示すことで、すぐれた耐摩耗性に加えて、すぐれた耐熱衝撃性を備える。
【0023】
複合窒化物または複合炭窒化物層2内の立方晶構造を有する個々の結晶粒からなる柱状組織の面積割合:
立方晶構造を有する個々の結晶粒からなる柱状組織の面積割合が70面積%を下回ると相対的に硬さが低下し好ましくない。
特に必須な構成ではないが、好ましい立方晶構造を有する個々の結晶粒からなる柱状組織の面積割合は85面積%以上である。より好ましくは95面積%以上である。
【0024】
また、本発明の複合窒化物または複合炭窒化物層2は、下部層としてTiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、かつ、0.1〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層を含む場合および/または上部層として1〜25μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層を含む場合においても、前述した特性が損なわれず、これらの公知の下部層や上部層などと併用することにより、これらの層が奏する効果と相俟って、いっそう、すぐれた特性を創出することができる。下部層として、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなるTi化合物層を含む場合、Ti化合物層の合計平均層厚が20μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。また、上部層として、酸化アルミニウム層を含む場合、酸化アルミニウム層の合計平均層厚が25μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。一方で、下部層が0.1μmを下回ると、本発明の複合窒化物または複合炭窒化物層2の下部層との密着性向上効果を期待できず、また、上部層が1μmを下回ると、上部層を成膜する事による耐摩耗性向上効果が顕著ではない。