特許第6713113号(P6713113)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6713113ZrO2−Al2O3系セラミックス焼結体及びその作製法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6713113
(24)【登録日】2020年6月5日
(45)【発行日】2020年6月24日
(54)【発明の名称】ZrO2−Al2O3系セラミックス焼結体及びその作製法
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/488 20060101AFI20200615BHJP
   C04B 35/64 20060101ALI20200615BHJP
【FI】
   C04B35/488 500
   C04B35/64
【請求項の数】5
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2016-121915(P2016-121915)
(22)【出願日】2016年6月20日
(65)【公開番号】特開2017-226555(P2017-226555A)
(43)【公開日】2017年12月28日
【審査請求日】2019年4月4日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (公開1)平成28年3月4日に日本複合材料学会の第7回日本複合材料会議(JCCM−7)講演論文集のウェブサイトのアドレス http://compo.jsms.jp/conference/jccm7/にて公開 (公開2)平成28年3月18日に京都府民総合交流プラザ 京都テルサで行われた第7回日本複合材料会議(JCCM−7)にてプレゼンテーションソフトによるプレゼンテーションデータの発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)「平成27年度科学技術振興機構 研究成果展開事業 マッチングプランナー プログラム、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願」
(73)【特許権者】
【識別番号】503027931
【氏名又は名称】学校法人同志社
(73)【特許権者】
【識別番号】000208662
【氏名又は名称】第一稀元素化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000475
【氏名又は名称】特許業務法人みのり特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】廣田 健
(72)【発明者】
【氏名】葛 小騰
(72)【発明者】
【氏名】木村 英夫
【審査官】 谷本 怜美
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭62−007667(JP,A)
【文献】 特開平01−301520(JP,A)
【文献】 特開昭62−207761(JP,A)
【文献】 特開2004−269331(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/00−35/84
JSTPlus/JSTChina/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジルコニア(ZrO2)及びイットリア(Y2O3)としてのモル比率(mol%)が96.5:3.5〜97.5:2.5で、しかも、イットリア添加したジルコニア及びアルミナ(Al2O3)としての質量比率(mass%)が85:15〜75:25であるY2O3部分安定化ZrO2-Al2O3複合焼結体からなり、前記ZrO2-Al2O3複合焼結体が、結晶子径5〜20 nmの正方晶ZrO2粒子を主成分として含み、α-Al2O3の結晶子径が75nm以下であり、99%以上の相対密度を有することを特徴とするZrO2-Al2O3系セラミックス焼結体。
【請求項2】
3点曲げ強度が1.0 GPa以上、破壊靭性値が6.0 MPa・m1/2以上、ビッカース硬度Hvが12.0 GPa以上である請求項1に記載のZrO2-Al2O3系セラミックス焼結体。
【請求項3】
請求項1又は2記載のZrO2-Al2O3系セラミックス焼結体を作製するための方法であって、当該方法が、以下の工程A及びB:
工程A:ジルコニア(ZrO2)及びイットリア(Y2O3)としてのモル比率(mol%)が96.5:3.5〜97.5:2.5で、しかも、イットリア添加したジルコニア及びアルミナ(Al2O3)としての質量比率(mass%)が85:15〜75:25であるY2O3部分安定化ZrO2-Al2O3系粉体を準備する工程、及び
工程B:前記のY2O3部分安定化ZrO2-Al2O3系粉体を冷間静水圧プレスにて成形して高密度成形体を作製し、次いで、当該成形体を不活性ガス雰囲気下、1200〜1400℃で45〜90 minマイクロ波焼結する工程
を含むことを特徴とするZrO2-Al2O3系セラミックス焼結体の作製法。
【請求項4】
前記工程Bにおけるマイクロ波焼結を行う際の昇温速度を、600℃までは5〜20℃/minとし、600℃以上では50〜150℃/minとすることを特徴とする請求項3に記載のZrO2-Al2O3系セラミックス焼結体の作製法。
【請求項5】
前記のY2O3部分安定化ZrO2-Al2O3系粉体として、Y2O3部分安定化ZrO2とAl2O3粉体の混合物、または中和共沈法によって製造された固溶体粉体を使用することを特徴とする請求項3又は4に記載のZrO2-Al2O3系セラミックス焼結体の作製法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ZrO2-Al2O3系セラミックス焼結体及び当該セラミックス焼結体を作製するための方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属に比較して、化学的安定性、耐腐食性、高温環境下での使用可能といった多くの特徴を有するセラミックス材料は、硬度や強度が高いが、靱性が低いという弱点があり、その応用が限定されている。さらに、セラミックスは構造体として使用するに当たり、信頼性向上も重要視される。セラミックスの構造体の信頼性を高めるためには、緻密体であることが求められる。緻密体を得るためには焼結温度を十分に上げ、気孔を低減する必要があるが、焼結温度を上げた際には焼結体の結晶が大きくなるために、焼結体表面の粒子脱落などのチッピングの原因となり、そこが破壊源となりセラミックスの構造強度が低下するなどの欠点が生じる。さらに複数の金属酸化物を含むセラミックス構造体は含有金属酸化物毎の焼結体結晶の成長を調和的に制御しなければ、ある種の金属酸化物の特徴が強く生じてしまうなど、組成物が元来有するであろうセラミックス体としての構造機能を発揮しない等の問題が生じる。
このように、セラミックス構造体の緻密化と焼結体の結晶の微小化を両立することは、信頼性を確保したセラミックス調製にあたり課題であった。
セラミックス構造体の信頼性を高め、複数の金属酸化物を含み、セラミックスの強靭化、すなわち破壊靱性値(KIC)を向上させる方法としては、例えば、下記の特許文献1において、ゾル‐ゲル法により、高靱性の機能性を有する酸化イットリウム(Y2O3)を添加したジルコニア(ZrO2)と高強度の機能性を有するアルミナ(Al2O3)を含む、ZrO2(0.3-1.7 mol% Y2O3)-25 mol% Al2O3固溶体粉体を調製し、パルス通電加圧焼結(Pulsed Electric-Current Pressure Sintering:PECPS)を行うことにより、緻密で、焼結体結晶を小さい焼結体で、しかも、約1000 MPa(1 GPa)以上の曲げ強度(σb)と15 MPa・m1/2以上のKICを同時に示す高強度・強靱性のセラミックスが得られることが開示されている。しかしながら、この場合には、原料調製コストが高い(原料1 gあたりの価格が数千円以上)という課題が残されていた。
一方、固相反応法等で調製した粉体や、ゾル‐ゲル法以外の液相法で調製した粉体の場合には、粉体粒子内の組成の均質性や粒径分布が不均一であるため、これらを焼結してもセラミックス構造体中の組成が不均質であったり、均質性を高めるためには高温で焼結するが、先述の課題にある緻密化と焼結体結晶の微小化は満足できず、高強度・強靱性のセラミックスが得られないという問題点があった。
【0003】
そこで、本願出願人等は、上記の問題点を解決するため、下記の特許文献2において、中和共沈法で少量の酸化イットリウム(1.5mol%Y2O3)を添加したジルコニア‐アルミナ系微粒子粉体を調製し、次いで高密度に成形し、高速昇温のパルス通電加圧焼結(PECPS)で緻密で焼結体結晶を微小に焼結することにより、高強度と強靱性を同時に示す酸化物系セラミックス(ZrO2-Al2O3系セラミックス)が作製されることを提案した。
しかしながら、PECPSは、一軸性加圧焼結のため成形体の形状には制限があり、量産性も低く、コスト低減の観点からも、前記セラミックスを広範囲に応用展開するには、多くの課題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開2012/153645号公報
【特許文献2】特開2014-189474号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、従来技術における前述の問題点を解決し、低コスト(原料1 gあたりの価格がゾル‐ゲル法で製造されたものの約100分の1以下)で、高強度と強靱性を同時に満足し、焼結体が緻密で結晶子径を小さく焼結して信頼性の高い焼結体を得ることができ、かつ、成形体の形状に制限が無くなる、つまり金属やプラスティック素材に比較して難加工性であるセラミックスの最終使用形状に対応した加工が不要となる高強度・強靱性ZrO2-Al2O3系セラミックスを作製可能とする方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は、種々検討を行った結果、高コストのゾル‐ゲル法に比べて、低コスト(約100分の1以下)の中和共沈法で調製した粉体や、更に低コストの市販の微粒子の混合粉であるY2O3の添加量を少量増加させたジルコニア‐アルミナ系微粒子粉体から、自由形状の緻密な成形体を作製し、PECPSと同程度の高速昇温が可能で無加圧で焼結体内部加熱のマイクロ波焼結を行うことによって、高密度に焼結し、ジルコニアの結晶子径が5〜20 nmかつアルミナの結晶子径が75nm以下と微細なナノ構造を有する高強度と強靱性を示すジルコニア‐アルミナ系セラミックスが作製できることを見出し、本発明を完成した。
上記の課題を解決可能な本発明のZrO2-Al2O3系セラミックス焼結体は、ジルコニア(ZrO2)及びイットリア(Y2O3)としてのモル比率(mol%)が96.5:3.5〜97.5:2.5で、しかも、イットリア添加したジルコニア及びアルミナ(Al2O3)としての質量比率(mass%)が85:15〜75:25であるY2O3部分安定化ZrO2-Al2O3複合焼結体からなり、前記ZrO2-Al2O3複合焼結体が、結晶子径5〜20 nmの正方晶ZrO2粒子を主成分として含み、α-Al2O3の結晶子径が75nm以下であり、99%以上の相対密度を有することを特徴とする。この際、「主成分として含む」とは、当該成分の含有割合が70 mass%以上であることを意味する。
【0007】
又、本発明は、上記の特徴を有したZrO2-Al2O3系セラミックス焼結体において、3点曲げ強度が1.0 GPa以上、破壊靭性値が6.0 MPa・m1/2以上、ビッカース硬度Hvが12.0 GPa以上であることを特徴とするものである。
【0008】
又、上記のZrO2-Al2O3系セラミックス焼結体を作製するための本発明の方法は、以下の工程A及びB:
工程A:ジルコニア(ZrO2)及びイットリア(Y2O3)としてのモル比率(mol%)が96.5:3.5〜97.5:2.5で、しかも、イットリア添加したジルコニア及びアルミナ(Al2O3)としての質量比率(mass%)が85:15〜75:25であるY2O3部分安定化ZrO2-Al2O3系粉体を準備する工程、及び
工程B:前記のY2O3安定化ZrO2-Al2O3系粉体を冷間静水圧プレスにて成形して高密度成形体を作製し、次いで、当該成形体を不活性ガス雰囲気下、1200〜1400℃で45〜90 minの条件にてマイクロ波焼結する工程
を含むことを特徴とする。
尚、以下の説明において、「ZrO2(3Y)-20 mass% Al2O3」との表記は、80 mass%(97 mol% ZrO2- 3 mol% Y2O3)-20 mass% Al2O3を意味している。
【0009】
又、本発明は、上記の特徴を有した作製法において、前記工程Bにおけるマイクロ波焼結を行う際の昇温速度を、600℃までは5〜20℃/minとし、600℃以上では50〜150℃/minとすることを特徴とするものである。
【0010】
又、本発明は、上記の特徴を有した作製法において、前記のY2O3部分安定化ZrO2-Al2O3系粉体として、Y2O3部分安定化ZrO2とAl2O3粉体の混合物、または中和共沈法によって製造された固溶体粉体を使用することを特徴とするものでもある。
【発明の効果】
【0011】
本発明の作製法を用いることにより、高コストのゾル‐ゲル法に比べて低コストの中和共沈法で調製した粉体や、Y2O3を固溶させたZrO2粉体だけを中和共沈法で調製し、これと市販の微粒子のAl2O3を混合させた粉体、および市販の微粒子の部分安定化ZrO2とAl2O3の混合粉体から、曲げ強度σb≧1 GPa、破壊靱性値KIC≧6 MPa・m1/2、しかも、ビッカース硬度Hv≧12 GPaである高強度・強靱性ZrO2-Al2O3系セラミックスを作製することができる。
又、マイクロ波焼結を用いた本発明の作製法では、セラミックスを構成するZrO2とAl2O3両方の結晶子径が、PECPSで作製したセラミックスのそれよりも遥かに小さいので、同一相対密度、結晶粒径であっても、マイクロ波焼結セラミックスの強度と靭性値は、PECPS セラミックスよりも高い値となる。また、本発明の作製法では、一般的な雰囲気を制御した電気式焼結炉での焼結法やPECPS法における焼結温度よりも約150℃低い温度(1200℃程度)でも緻密な焼結体(相対密度99.0%)が作製できるという利点もある。更にマイクロ波焼結では無加圧で試料内部加熱方式であるため、一軸性加圧、外部加熱方式のPECPS焼結法よりも成形体の形状に制限が無くなり、金属やプラスティック素材に比較して難加工性であるセラミックスの最終使用形状に対応した加工が略不要となり、低コスト化、量産性の向上へと発展する可能性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明のZrO2-Al2O3系セラミックス作製法における工程を示すフローチャートであり、実施例において使用したマイクロ波焼結の条件の他に、比較用に用いた雰囲気を制御した電気式焼結炉での焼結及びパルス通電加圧焼結(PECPS)の焼結条件も併記されている。
図2】(a)は、出発原料であるZrO2(3Y)-20mass% Al2O3混合粉体のXRDパターンであり、(b)は通常の雰囲気を制御した電気式焼結炉での焼結、(c)はPECPS、(d)はマイクロ波焼結により製造されたセラミックスのXRDパターンである。
図3】種々の焼結方法を用いて製造されたZrO2(3Y)-20mass% Al2O3セラミックス((a),(b),(c)については焼結温度1250℃、(d),(e),(f) については焼結温度1350℃)の破面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
図4】種々の焼結方法を用いて1350℃で製造されたZrO2(3Y)-20mass% Al2O3セラミックスの研磨面のSEM写真である。
図5】種々の焼結方法を用いて製造されたZrO2(3Y)-20mass% Al2O3セラミックスの相対密度ならびに結晶粒径と焼結温度との関係を示すグラフである。
図6】種々の焼結方法を用いて製造されたZrO2(3Y)-20mass% Al2O3セラミックスの曲げ強度σb、ビッカース硬度Hv、破壊靱性値KICと焼結温度との関係を示すグラフであり、(a)○が通常の雰囲気を制御した電気式焼結炉での焼結、(b)●がPECPS、(c)左半分黒丸がマイクロ波焼結である。
図7】1350℃において、通常の雰囲気を制御した電気式焼結炉での焼結では120 min、PECPSでは10 min、マイクロ波焼結では60 min焼結されたZrO2(3Y)-20mass% Al2O3セラミックスの破面の透過型電子顕微鏡(TEM)写真である。
図8】種々の焼結方法を用いて1350℃で焼結されたZrO2(3Y)-20mass% Al2O3セラミックスの微細構造のエネルギー分散型X線分析(EDS)電子顕微鏡写真であり、(a)が通常の雰囲気を制御した電気式焼結炉での焼結、(b)がPECPS、(c)がマイクロ波焼結で、左から順に、通常の透過型電子顕微鏡写真、Alの存在位置を示す画像、酸素Oの存在位置を示す画像、Zrの存在位置を示す画像である。
図9】各焼結方法を用いて1200〜1350℃で製造されたZrO2(3Y)-20mass% Al2O3セラミックスにおけるt-ZrO2相及びα-Al2O3相の「結晶子径」、「結晶粒径」と、焼結温度との関係を示すグラフである。ここで、正方形が雰囲気焼結、菱形がPECPS、丸印がマイクロ波焼結により作製したセラミックスを示している。
【発明を実施するための形態】
【0013】
高強度・強靱性のZrO2-Al2O3系セラミックス焼結体の作製を可能とする本発明の方法における工程A及びBについて説明する。
本発明におけるZrO2-Al2O3系セラミックス焼結体は、ジルコニア(ZrO2)及びイットリア(Y2O3)としてのモル比率(mol%)が96.5:3.5〜97.5:2.5で、しかも、イットリアを含有したジルコニアZrO2(Y2O3)とアルミナ(Al2O3)の質量比率(mass%)が85:15〜75:25である。ZrO2に対するY2O3の含有量が2.5〜3.5 mol%に限定されるのは、2.5 mol%未満であっても、逆に含有量が3.5 mol%を超えても、正方晶ZrO2粒子を主成分として含むことができなくなるからであり、Y2O3の含有量が2.5 mol%未満の場合は単斜晶ZrO2粒子が増えてクラックの原因となり、室温や水熱条件下における曲げ強度σbが1 GPaより小さくなったり、Y2O3の含有量が3.5 mol%を超える場合は立方晶ZrO2粒子が増えて破壊靭性値KICが6 MPa・m1/2より小さくなる。
又、本発明において好ましいY2O3の含有量は2.6〜3.4mol%で、特に好ましいY2O3の添加量は2.8〜3.2 mol%である。又、本発明において、Al2O3の含有量が15〜25 mass%に限定されるのは、15 mass%未満の含有量ではZrO2セラミックスの性質が強くなり曲げ強度σbが1 GPa未満に、逆に含有量が25 mass%を超えると、Al2O3セラミックスの性質が強くなり破壊靭性値KICが6 MPa・m1/2より小さくなるからである。
尚、本発明におけるZrO2-Al2O3系セラミックス焼結体の曲げ強度σbは1.0 GPa以上(好ましくは1.2 GPa以上、さらに好ましくは1.4 GPa以上)、破壊靭性値KICは6 MPa・m1/2以上(好ましくは6.4 MPa・m1/2以上)、ビッカース硬度Hvは12.0 GPa(好ましくは12.9 GPa、さらに好ましくは15.0 GPa以上)である。
【0014】
本発明における工程Aでは、出発原料として、上記の組成になるように一般的なジルコニアセラミックス作製用の市販のY2O3部分安定化ZrO2(3 mol% Y2O3を添加したZrO2粉体等)と市販のAl2O3粉体を混合して使用することが可能であるが、中和共沈法でY2O3とAl2O3を同時にZrO2に固溶させた固溶体粉体を用いることが組成物の高分散化の観点からも望ましい。なお当該固溶体粉体は、ジルコニウム塩とイットリウム塩とアルミニウム塩を用いて製造される。
【0015】
上記のY2O3部分安定化ZrO2-Al2O3固溶体粉体を製造する場合には、まず、ZrO2及びY2O3としてのモル比率(mol%)が96.5:3.5〜97.5:2.5で、しかも、Y2O3添加したZrO2及びAl2O3としての質量比率(mass%)が85:15〜75:25となるように混合する。この際、ジルコニウム塩は特に限定されるものではないが、一般には、オキシ塩化ジルコニウム(ZrOCl2)やオキシ硝酸ジルコニウム(ZrO(NO3)2)、硫酸ジルコニウム(ZrOSO4)等の塩化物水溶液や硝酸塩水溶液、硫酸塩水溶液等が使用され、イットリウム塩についても特に限定されないが、塩化イットリウム(YCl3)や硝酸イットリウム(Y(NO3)3)、硫酸イットリウム(Y2(SO4)3)等の塩化物水溶液や硝酸塩水溶液、硫酸塩水溶液等が使用される。又、アルミニウム塩としては一般に塩化アルミニウム(AlCl3)や硝酸アルミニウム(Al(NO3)3)等の塩化物水溶液や硝酸塩水溶液等が使用される。
そして、上記の塩を含む混合溶液にアルカリを添加して中和を行い、ジルコニウムとイットリウムとアルミニウムを沈殿物として共沈させ、得られた沈殿物を濾過して水洗した後、乾燥し、ZrO2に対して2.5〜3.5 mol% Y2O3を添加した85〜75 mass% ZrO2(96.5〜97.5 mol% ZrO2-3.5〜2.5 mol% Y2O3)-15〜25 mass% Al2O3固溶体粉体を調製する(調製された直後の粉体は非晶質)。この際、中和に使用されるアルカリの種類は特に限定されるものではなく、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニア等の一般的な塩基性物質が使用できる。
その後、得られた粉体を結晶化温度以下の650〜750℃で7〜12 h熱処理し、更に結晶化温度以上の850〜950℃で0.5〜3 h大気中で仮焼することにより、立方晶(cubic)のY2O3部分安定化ZrO2-Al2O3固溶体粉体を調製する。このような中和共沈法により得られた75〜85 mass% {Y2O3添加ZrO2(96.5〜97.5 mol% ZrO2-3.5〜2.5 mol% Y2O3)}- 25〜15 mass% Al2O3の非晶質の固溶体粉体は、ゾル‐ゲル法により製造された粉体に比べて、低コスト(約100分の1以下)であるという利点を有している。しかも、調製されたナノ粒子を非晶質の状態で熱処理(650〜750℃で7〜12 h)することで、粒子内部のジルコニウム、イットリウム、アルミニウム原子・イオンの拡散が促進され、粒子内及び粒子間の組成の均質化を図ることができ、さらに結晶化温度以上で熱処理(850〜950℃で0.5〜3 h)することで粒子を結晶化して安定化させ、且つ、粒成長を促し、一次粒子径が約10〜20 nmの範囲で一定となる。
【0016】
又、本発明における工程B(焼結工程)では、前記工程Aで準備したY2O3部分安定化ZrO2-Al2O3系粉体を冷間静水圧プレスにて成形して高密度成形体を作製し、次いで、当該成形体をジルコニア製ファイバーで包み、不活性ガス雰囲気下(例えば窒素ガス雰囲気下)、1200〜1400℃、好ましくは1200〜1350℃で45〜90 minの条件にて周波数2.45 GHzのマイクロ波で焼結することによって、高強度・強靱性ZrO2-Al2O3系セラミックスを製造する。この際、焼結温度が1200℃未満になると、高い曲げ強度(≧1 GPa)が得られず、焼結温度が1400℃を超えると、高い破壊靱性値(≧6 MPa・m1/2)が得られなくなるので好ましくない。保持時間については、45〜90 minで充分緻密化する。尚、不活性ガスであるアルゴンは、放電が起きるために使用できない。
本発明にて用いられるマイクロ波焼結は、電(磁)場によって誘電体自体が内部(中心)加熱されるので省エネルギーが達成でき、しかも、温度分布が試料自身の熱伝導に依存しないために温度分布が良く、急速昇温が可能であるので、緻密な焼結体(相対密度が約95%以上)を作製することができる。
本発明では、マイクロ波焼結を行う際、成形体の周囲にジルコニア繊維(例えば、Zircar社製のZYBF-4)を配置させ、更にその周囲にジルコニアフェルト(例えば、Zircar社製のZYF-100)を配置させた状態で窒化ホウ素BNルツボに入れ、これにマイクロ波照射することが好ましく、この場合には、焼結体にクラックが発生するのを有効に防止できる。
【0017】
尚、この工程Bにおいては、工程Aで準備したY2O3部分安定化ZrO2-Al2O3系混合粉体やY2O3とAl2O3を同時に固溶させた固溶体粉体にバインダーを添加して整粒を行った後に冷間静水圧プレスを行うのが一般的であり、この際に添加されるバインダーとしてはポリビニルアルコール(PVA)が好ましく、工程Bにおけるマイクロ波焼結を行う際の昇温速度としては、600℃までが5〜20℃/minで、600℃以上では50〜150℃/minとすることが好ましい。600℃までの昇温速度を5〜20℃/minと低くするのは、ZrO2とAl2O3ではこの温度領域での誘電率の温度依存性がかなり異なるため、焼結体内部の温度分布にムラが生じるのを抑制して割れが発生するのを防止するためであり、600℃以上での昇温速度を上記範囲とするのは、50℃/min未満になると長時間の熱処理となり製造コストが高くなり、逆に150℃/minを超えると、焼結体内部の微細構造にムラが生じ、均質で大型の試料の作製が困難となるからである。
【0018】
上記の工程A及びBを含む本発明の方法によって得られるZrO2-Al2O3系セラミックス焼結体は、ZrO2及びY2O3としてのモル比率(mol%)が96.5:3.5〜97.5:2.5で、しかも、Y2O3添加したZrO2及びAl2O3としての質量比率(mass%)が85:15〜75:25であるY2O3部分安定化ZrO2-Al2O3複合焼結体からなり、結晶子径5〜20 nm(好ましくは5.5〜18nm)の正方晶ZrO2粒子を主成分として含み、α- Al2O3の結晶子径は75nm以下(好ましくは10〜60nm、さらに好ましくは15〜50nm)である。そして、このZrO2-Al2O3系セラミックス焼結体の相対密度は99%以上である。尚、本発明の方法では、上記の物性を有し、かつ、3点曲げ強度は1.0GPa以上で、しかも、破壊靭性値は6.0MPa・m1/2以上、ビッカース硬度Hvが12.0GPa以上であるZrO2-Al2O3系セラミックス焼結体を作製することもできる。
【0019】
上記の工程A及びBを含む本発明の作製法では、部分安定化ZrO2-Al2O3系混合粉体やY2O3とAl2O3を同時に固溶させた固溶体粉体から、焼結時に微細なAl2O3微粒子をZrO2マトリックス中に均一に分散させ、更にZrO2に対して2.5〜3.5 mol%という少量の安定化剤Y2O3を添加固溶させることで、緻密で正方晶ZrO2がジルコニア相に対して約90体積%(vol%)以上のセラミックスが得られる。これによりZrO2の「変態強靭化機構」が発現しやすくなり、強靭化が達成されるので、当該作製法は、高強度・強靱性のセラミックス(曲げ強度σb≧1 GPa、破壊靱性値KIC≧6 MPa・m1/2、ビッカース硬度Hv≧12 GPaのセラミックス)を低コストで作製するのに適している。
【実施例】
【0020】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何等限定されるものではない。実施例及び比較例において得られたZrO2-Al2O3系セラミックス中には,不可避不純物として酸化ジルコニウムに対して酸化ハフニウムを1.3〜2.5重量%含有している。
尚、以下の実施例等で作製した各焼結体についてはそれぞれ、嵩密度(Dobs)、XRDパターン、ビッカース硬度(Hv)、破壊靱性値(KIC)、曲げ強度(σb)、SEM/TEM画像を測定・撮影し、特性評価を行った。
曲げ強度σbは、スパン長さ8 mm、クロスヘッドの送り速度0.5 mm/minの条件で測定された三点曲げ強度の値であり、破壊靱性値KICは、荷重20 kg(196 N)で15 s、正四角錐のダイヤモンド圧子をセラミックス表面に押し込み、形成された圧痕の四隅に発生するクラックの長さから評価するインデンテーション(IF)法(K. Niihara et al., J. Master. Sci. Lett., 1, 13-16 (1982))に従って測定された値である。
【0021】
実施例1:
本発明の作製方法による高強度・強靱性ZrO2-Al2O3系セラミックスの製造例
a)原料粉体の調製
まず最初に、市販の中和共沈法Y2O3部分安定化ZrO2系粉体(3 mol% Y2O3添加品、第一稀元素化学工業株式会社製)を準備し、このY2O3添加ZrO2と市販のAl2O3粉末(TM-Dグレード、大明化学工業株式会社製)とを、質量比率(mass%)が80:20となるように秤量し、ボールミルを用いて均質に混合し、原料粉体を調製した。
b)Y2O3添加ZrO2-Al2O3系セラミックスの作製
上記の原料粉体を、700℃で空気中9 hの条件で仮焼し、更に900℃で1 h仮焼した後、ポリビニルアルコール(PVA)を3 mass%含む水溶液にて造粒し,ついで整粒(開口径200μmのメッシュを使用)し、これを金型成形(一軸加圧70 MPa)し、ついで冷間静水圧プレス処理(245 MPa/3 min)して密度を高めた。その後、得られた成形体を乾燥(110℃/2 h)してPVA中の水分を除去し、2.45 GHzマイクロ波発振器を備えたマイクロ波焼結装置(3000 W出力/完全水冷)を用いて、窒素雰囲気下、焼結温度1200℃、焼結時間60 min、昇温速度600℃までは10℃/min、600℃からは100℃/minの条件でマイクロ波焼結を行い、焼結体を作製した。
得られた焼結体は焼結密度が5.44g/cm3、相対密度Dobs/Dxは99.0%であり、緻密体であった。XRDパターンから計算した結晶子径はt-ZrO2、m-ZrO2、α-Al2O3が各々12.4nm、3.84nm、47.3nmであった。本焼結体の機械特性を測定した結果、曲げ強度σbは1.03GPa、ビッカース硬度Hvは12.9GPa、破壊靱性値KICは6.02MPa・m1/2であった。
【0022】
実施例2:
原料粉体の調整は実施例1のa)と同様に実施した。Y2O3添加ZrO2-Al2O3系セラミックスの作製については焼結温度を1250℃にした以外は実施例1のb)と同様に実施した。得られた焼結体は焼結密度が5.44g/cm3、相対密度Dobs/Dxは99.0%であり、緻密体であった。XRDパターンから計算した結晶子径はt-ZrO2、m-ZrO2、α-Al2O3が各々5.9nm、6.9nm、15.8nmであった。本焼結体の機械特性を測定した結果、曲げ強度σbは1.26GPa、ビッカース硬度Hvは13.1GPa、破壊靱性値KICは6.03MPa・m1/2であった。
【0023】
実施例3:
原料粉体の調整は実施例1のa)と同様に実施した。Y2O3添加ZrO2-Al2O3系セラミックスの作製については焼結温度を1300℃にした以外は実施例1のb)と同様に実施した。得られた焼結体は焼結密度が5.46g/cm3、相対密度Dobs/Dxは99.3%であり、緻密体であった。XRDパターンから計算した結晶子径はt-ZrO2、m-ZrO2、α-Al2O3が各々17.7nm、9.25nm、23.0nmであった。本焼結体の機械特性を測定した結果、曲げ強度σbは1.41GPa、ビッカース硬度Hvは15.7GPa、破壊靱性値KICは6.90MPa・m1/2であった。
【0024】
実施例4:
原料粉体の調整は実施例1のa)と同様に実施した。Y2O3添加ZrO2-Al2O3系セラミックスの作製については焼結温度を1300℃にした以外は実施例1のb)と同様に実施した。得られた焼結体は焼結密度が5.46g/cm3、相対密度Dobs/Dxは99.3%であり、緻密体であった。XRDパターンから計算した結晶子径はt-ZrO2、m-ZrO2、α-Al2O3が各々13.0nm、4.29nm、49.5nmであった。本焼結体の機械特性を測定した結果、曲げ強度σbは1.54GPa、ビッカース硬度Hvは15.7GPa、破壊靱性値KICは6.41MPa・m1/2であった。
【0025】
比較例1:
原料粉体の調整は実施例1のa)と同様に実施した。Y2O3添加ZrO2-Al2O3系セラミックスの作製については実施例1から4と比較するために電気式焼結炉で実施した。市販の電気式焼結炉を使用してアルゴン雰囲気下、焼結温度1200℃、焼結時間120 min、昇温速度5℃/minの条件にて焼結を行った。得られた焼結体は焼結密度が4.15g/cm3、相対密度Dobs/Dxは75.5%であり、緻密体ではなかった。XRDパターンから計算した結晶子径はt-ZrO2、m-ZrO2、α-Al2O3が各々5.6nm、8.36nm、48.7nmであった。本焼結体の機械特性を測定した結果、曲げ強度σbは0.269GPa、ビッカース硬度Hvは5.26GPa、破壊靱性値KICは3.73MPa・m1/2であった。
【0026】
比較例2:
原料粉体の調整は実施例1のa)と同様に実施した。Y2O3添加ZrO2-Al2O3系セラミックスの作製については電気式焼結炉の焼結温度を1250℃にした以外は比較例1と同様に行った。得られた焼結体は焼結密度が4.76g/cm3、相対密度Dobs/Dxは86.7%であり、緻密体ではなかった。XRDパターンから計算した結晶子径はt-ZrO2、m-ZrO2、α-Al2O3が各々32.9nm、6.33nm、9.9nmであった。本焼結体の機械特性を測定した結果、曲げ強度σbは0.532GPa、ビッカース硬度Hvは9.44GPa、破壊靱性値KICは4.72MPa・m1/2であった。
【0027】
比較例3:
原料粉体の調整は実施例1のa)と同様に実施した。Y2O3添加ZrO2-Al2O3系セラミックスの作製については電気式焼結炉の焼結温度を1300℃にした以外は比較例1と同様に行った。得られた焼結体は焼結密度が5.27g/cm3、相対密度Dobs/Dxは96.0%であり、緻密ではあるが相対密度はやや低い焼結体であった。XRDパターンから計算した結晶子径はt-ZrO2、m-ZrO2、α-Al2O3が各々34.5nm、41.3nm、46.9nmであった。本焼結体の機械特性を測定した結果、曲げ強度σbは0.557GPa、ビッカース硬度Hvは13.8GPa、破壊靱性値KICは5.29MPa・m1/2であった。
【0028】
比較例4:
原料粉体の調整は実施例1のa)と同様に実施した。Y2O3添加ZrO2-Al2O3系セラミックスの作製については電気式焼結炉の焼結温度を1350℃にした以外は比較例1と同様に行った。得られた焼結体は焼結密度が5.46g/cm3、相対密度Dobs/Dxは99.3%であり、緻密ではあるが相対密度はやや低い焼結体であった。XRDパターンから計算した結晶子径はt-ZrO2、m-ZrO2、α-Al2O3が各々27.0nm、6.17nm、41.7nmであった。本焼結体の機械特性を測定した結果、曲げ強度σbは0.651GPa、ビッカース硬度Hvは15.7GPa、破壊靱性値KICは5.81MPa・m1/2であった。
【0029】
比較例5:
原料粉体の調整は実施例1のa)と同様に実施した。Y2O3添加ZrO2-Al2O3系セラミックスの作製については実施例1から4と比較するためにパルス通電加圧焼結(PECPS)で実施した。市販のパルス通電加圧焼結装置(SPSシンテックス(株)/SPS-510Aを使用)を用いて、アルゴンガス雰囲気下、加圧圧力50 MPa、焼結温度1200℃、保持時間10 min、昇温速度70〜80℃/minの条件で焼結を行った。得られた焼結体は焼結密度が5.13g/cm3、相対密度Dobs/Dxは93.4%であり、緻密体ではなかった。XRDパターンから計算した結晶子径はt-ZrO2、m-ZrO2、α-Al2O3が各々41.7nm、6.58nm、53.7nmであった。本焼結体の機械特性を測定した結果、曲げ強度σbは0.276GPa、ビッカース硬度Hvは14.0GPa、破壊靱性値KICは4.86MPa・m1/2であった。
【0030】
比較例6:
原料粉体の調整は実施例1のa)と同様に実施した。Y2O3添加ZrO2-Al2O3系セラミックスの作製については実施例1から4と比較するためにパルス通電加圧焼結(PECPS)の焼結温度を1250℃にした以外は比較例5と同様に行った。得られた焼結体は焼結密度が5.26g/cm3、相対密度Dobs/Dxは95.7%であり、緻密体ではなかった。XRDパターンから計算した結晶子径はt-ZrO2、m-ZrO2、α-Al2O3が各々26.4nm、3.12nm、37.1nmであった。本焼結体の機械特性を測定した結果、曲げ強度σbは0.459GPa、ビッカース硬度Hvは14.9GPa、破壊靱性値KICは4.96MPa・m1/2であった。
【0031】
比較例7:
原料粉体の調整は実施例1のa)と同様に実施した。Y2O3添加ZrO2-Al2O3系セラミックスの作製については実施例1から4と比較するためにパルス通電加圧焼結(PECPS)の焼結温度を1300℃にした以外は比較例5と同様に行った。得られた焼結体は焼結密度が5.49g/cm3、相対密度Dobs/Dxは99.9%であり、緻密体であった。XRDパターンから計算した結晶子径はt-ZrO2、m-ZrO2、α-Al2O3が各々34.2nm、14.70nm、40.3nmであった。本焼結体の機械特性を測定した結果、曲げ強度σbは0.973GPa、ビッカース硬度Hvは15.1GPa、破壊靱性値KICは5.88MPa・m1/2であった。
【0032】
比較例8:
原料粉体の調整は実施例1のa)と同様に実施した。Y2O3添加ZrO2-Al2O3系セラミックスの作製については実施例1から4と比較するためにパルス通電加圧焼結(PECPS)の焼結温度を1350℃にした以外は比較例5と同様に行った。得られた焼結体は焼結密度が5.44g/cm3、相対密度Dobs/Dxは99.1%であり、緻密体であった。XRDパターンから計算した結晶子径はt-ZrO2、m-ZrO2、α-Al2O3が各々13.0nm、6.50nm、97.0nmであった。本焼結体の機械特性を測定した結果、曲げ強度σbは0.768GPa、ビッカース硬度Hvは15.5GPa、破壊靱性値KICは7.25MPa・m1/2であった。
以下、図面と表で本発明の特徴を具体的に説明する。
【0033】
以下の表1は実施例1から4、比較例1から8の焼結体物性値をまとめたものである。
【0034】
【表1】
【0035】
上記表1から、実施例1から4のマイクロ波焼結により作製されたセラミックスのみ、すべての焼結温度域において、焼結密度について相対密度Dobs/Dxが99.0%以上でありかつその際のt-ZrO2とα-Al2O3の両方の結晶子径がそれぞれ25nm以下、75nm以下を同時に満たし、焼結密度の上昇と結晶子径成長の抑制が確認された。比較例1から4に示した、雰囲気制御電気式焼結炉及びPECPSにより作製されたセラミックスでは加熱方式またはそれに由来する温度履歴から結晶子径の成長が促されたことにより、焼結密度と結晶子径の関係が異なる結果となったことが推察された。
【0036】
以下の表2は実施例1から4、比較例1から8の焼結体構造特性値をまとめたものである。
【0037】
【表2】
【0038】
上記表2から、実施例1から4のマイクロ波焼結により作製されたセラミックスのみ、すべての焼結温度域において、3点曲げ強度σbが1.0GPa以上でかつ破壊靭性値が6.0MPa・m1/2を同時に満たす優れた構造特性値を示した。その時のビッカース硬度Hvは12.9〜15.6GPaであった。優れた構造特性を示す理由は定かではないが、比較例1から4に示した、雰囲気制御電気式焼結炉及びPECPSにより作製されたセラミックスに対して、表1で明らかとなった焼結密度の上昇と結晶子径成長の抑制がZrO2とAl2O3の調和的機能性を発現した結果であると考えられる。
【0039】
・本発明の高強度・強靱性ZrO2-Al2O3系セラミックス焼結体作製法の工程例
図1には、マイクロ波焼結による本発明の高強度・強靱性ZrO2-Al2O3系セラミックス焼結体作製法における工程の一例を示すフローチャートが示されており、実施例で使用した各工程の製造条件が記載されているが、本発明は、これら条件に限定されるものではない。尚、このフローチャートには、比較用に用いた電気式焼結及びパルス通電加圧焼結(PECPS)の焼結条件も併記されている。
【0040】
・XRDパターン測定結果
図2の(a)は、焼結前の出発原料であるZrO2(3Y)-20mass% Al2O3組成粉体のXRDパターンであり、(b)は通常の雰囲気を制御した電気式焼結炉での焼結、(c)はPECPS、(d)はマイクロ波焼結により作製されたセラミックスのXRDパターンである。
これらXRDパターンから、出発原料粉中のm-ZrO2(単斜晶ジルコニア)は焼結によって消失し、焼結体はいずれもt-ZrO2(正方晶ジルコニア)とα-Al2O3相から構成されていることが確認された。
【0041】
・破面及び研磨面のSEM画像の比較
図3は各焼結方法を用いて作製されたZrO2(3Y)-20mass% Al2O3組成セラミックス((a),(b),(c)については焼結温度1250℃、(d),(e),(f) については焼結温度1350℃)の破面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真で、図4は、各焼結方法を用いて1350℃で作製されたZrO2(3Y)-20mass% Al2O3組成セラミックスの研磨面のSEM写真である。
図4の写真においては、黒色の部分はアルミナ粒子が存在する部分であり、これらSEM写真の比較から、マイクロ波焼結によって作製されたセラミックスの表面状態は、他の焼結方法にて作製されたセラミックスの表面状態とは異なることがわかった。
【0042】
・相対密度の測定結果
図5には、各焼結方法を用いて作製されたZrO2(3Y)-20mass% Al2O3セラミックスの相対密度と焼結温度との関係、及び、結晶粒径と焼結温度との関係が示されており、このグラフから、マイクロ波焼結の場合には他の焼結法の場合よりも結晶粒径の大きなセラミックスが得られ、且つ、焼結温度が従来の焼結法より約150℃低い1200℃であっても、相対密度99.0%の緻密な焼結体が作製できることが確認された。
【0043】
・各種物性の測定結果
図6には、各焼結方法を用いて作製されたZrO2(3Y)-20mass% Al2O3セラミックスの曲げ強度σb、ビッカース硬度Hv、破壊靱性値KICと焼結温度との関係が示されている。マイクロ波焼結の場合、曲げ強度σbについては他の焼結方法の場合よりも大きな強度(1.0 〜 1.5 GPa)が、ビッカース硬度Hvについてはパルス通電加圧焼結により作製したセラミックスと同等の硬度(12 GPa以上)が、破壊靱性値KICについては焼結温度が1200〜1250℃であっても大きな値(約6 MPa・m1/2)が得られることがわかった。
【0044】
・破面のTEM画像の比較
図7には、焼結温度1350℃において、通常の雰囲気を制御した電気式焼結炉での焼結では120 min、PECPSでは10 min、マイクロ波焼結では60 min焼結されたZrO2(3Y)-20mass% Al2O3セラミックスの破面の透過型電子顕微鏡(TEM)写真が示されており、左側の写真が倍率20 k、中央が倍率100 k、右側が倍率600 k(ここで”k”は1000倍を示す)で撮影した写真である。
これらのTEM画像において、白く見える部分がAl2O3であり、黒く見える部分がZrO2である。倍率600 kのTEM画像の比較から、マイクロ波焼結により作製されたセラミックスではZrO2とAl2O3粒子の界面に縦方向に筋状組織が観察され、界面にX線回折では検出できない薄層が存在しているものと思われる。
【0045】
・微細構造のEDS画像の比較
図8には各焼結方法を用いて1350℃で焼結されたZrO2(3Y)-20mass% Al2O3セラミックスの微細構造のEDS写真が示されている。左から順に通常の透過型電子顕微鏡写真、Alの存在位置を示す画像、酸素Oの存在位置を示す画像、Zrの存在位置を示す画像である。
これらのEDS画像から、(a)通常の雰囲気を制御した電気式焼結炉での焼結により作製されたセラミックスの場合にはAl2O3粒子の凝集性が強く見られ、(b)PECPSにより作製されたセラミックスの場合にはAl2O3粒子の凝集と粒成長が観察される。これに対して(c)マイクロ波焼結により作製されたセラミックスの場合には、Al2O3粒子がよく分散している様子が観察される。
【0046】
以下の表3は、1350℃で各焼結方法を用いて作製されたセラミックスについて、X線回折測定により求めた、正方晶t-ZrO2相、単斜晶m-ZrO2相、及びα-Al2O3相の格子定数及び結晶子径をまとめたものである。
【0047】
【表3】
【0048】
上記表3から、t-ZrO2とα-Al2O3についてはそれぞれ正方晶、六方晶であるので稜間の角度βは一定であったが、単斜晶m-ZrO2については稜間の角度βに違いが見られた。又、マイクロ波焼結により作製されたセラミックスは、通常の雰囲気を制御した電気式焼結炉での焼結及びPECPSにより作製されたセラミックスに比べて、ZrO2の結晶子径が小さく、PECPSにより作製されたセラミックスよりもAl2O3の結晶子径が小さいことがわかった。
【0049】
・焼結温度を変化させた際のt-ZrO2相、α-Al2O3相の結晶子径、結晶粒径の変化
図9には、各焼結方法を用いて1200〜1350℃で作製されたZrO2(3Y)-20mass% Al2O3セラミックスにおけるt-ZrO2相とα-Al2O3相の結晶子径、結晶粒径と、焼結温度との関係がグラフで示されている。
図9のグラフから、マイクロ波焼結により作製されたセラミックスは、雰囲気を制御した電気式焼結炉での焼結及びPECPSにより作製されたセラミックスに比べ、焼結温度1200〜1350℃の範囲において、t-ZrO2相とα-Al2O3相の「結晶子径」が小さくなる傾向が見られ、一方、「結晶粒径」については大きくなることが確認された。特にマイクロ波焼結体ではジルコニア系セラミックスの強度σbと破壊靭性値KICを左右するt-ZrO2相の結晶子径が5〜20 nmと小さいことが特徴的である。従来多結晶体の機械的特性は、相対密度が同一であれば、その結晶粒径Gsに逆比例することが報告されている。しかし、本発明に関するジルコニア系セラミックスでは、結晶粒径ではなく、結晶粒子を構成している結晶子のサイズすなわち「結晶子径」に依存し、結晶子径が小さいほど強度と靭性値が向上することが初めて見いだされた。
【0050】
以下の表4は、各焼結方法を用いて1350℃にて焼結されたセラミックスのt/m-ZrO2相の体積比、相対密度Dobs/Dx、破壊靱性値KIC、ビッカース硬度Hv、曲げ強度σbの値をまとめたものである。
【0051】
【表4】
【0052】
上記表4の結果から、1350℃焼結では各焼結方法とも、相対密度(99.1〜99.3%)、ビッカース硬度Hv(15.5〜15.7 GPa)、破壊靱性値KIC(5.81〜7.25 MPa・m1/2)の良好な結果が得られた。特に、マイクロ波焼結を用いた本発明の作製法は、従来の雰囲気を制御した電気式焼結炉での焼結やPECPSの場合に比べて約2倍以上の大きな曲げ強度σbを有するZrO2-Al2O3系セラミックスが得られる点において優れている。
【0053】
尚、マイクロ波焼結を用いる本発明の作製法は、原料コストの点において、ゾル‐ゲル法で製造された市販のイットリア部分安定化ジルコニア-アルミナ粉体が、原料1 gあたりの価格が数千円以上であるのに対して、本発明の作製法で使用される一般の微粒子ZrO2(3Y)と微粒子Al2O3の混合粉体や、中和共沈法で調製した粉体の場合には、上記価格の約100分の1以下の低コストで製造できるので、経済的にも非常に優れた方法である。更に、無加圧焼結のマイクロ波焼結では形状付与性が高く、本発明で作製されるセラミックスはその高い機械的特性と相まって応用展開がし易いという長所も有している。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明の作製法を用いることによって、曲げ強度σb≧1 GPaで、破壊靱性値KIC≧6 MPa・m1/2で、しかも、ビッカース硬度Hv≧12 GPaである高強度・強靱性ZrO2-Al2O3系セラミックスが製造でき、このような高強度・強靱性ZrO2-Al2O3系セラミックスは、これらの特性が要求される各種用途、例えばセラミックス製機械部品、生体用セラミックス(人工歯根、人工関節、人工骨)等に利用可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9