特許第6713478号(P6713478)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6713478PIVKA−IIの測定方法、及びPIVKA−II免疫測定試薬又はキットの製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6713478
(24)【登録日】2020年6月5日
(45)【発行日】2020年6月24日
(54)【発明の名称】PIVKA−IIの測定方法、及びPIVKA−II免疫測定試薬又はキットの製造方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/53 20060101AFI20200615BHJP
   G01N 33/577 20060101ALI20200615BHJP
   C12N 15/13 20060101ALN20200615BHJP
   C07K 16/36 20060101ALN20200615BHJP
   C07K 17/02 20060101ALN20200615BHJP
   C07K 17/08 20060101ALN20200615BHJP
   C07K 17/10 20060101ALN20200615BHJP
【FI】
   G01N33/53 LZNA
   G01N33/577 B
   !C12N15/13
   !C07K16/36
   !C07K17/02
   !C07K17/08
   !C07K17/10
【請求項の数】12
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2017-544222(P2017-544222)
(86)(22)【出願日】2016年10月6日
(86)【国際出願番号】JP2016079801
(87)【国際公開番号】WO2017061546
(87)【国際公開日】20170413
【審査請求日】2019年10月2日
(31)【優先権主張番号】特願2015-199319(P2015-199319)
(32)【優先日】2015年10月7日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】306008724
【氏名又は名称】富士レビオ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】390037327
【氏名又は名称】積水メディカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】特許業務法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】北村 由之
(72)【発明者】
【氏名】青柳 克己
【審査官】 海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−035278(JP,A)
【文献】 特開平09−043237(JP,A)
【文献】 特開昭60−060557(JP,A)
【文献】 特表2013−541936(JP,A)
【文献】 特開平10−197532(JP,A)
【文献】 特開2000−146981(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2005/0031663(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48−33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
親水性のPIVKA-II分子を認識する少なくとも1種の第1の抗プロトロンビン抗体又はその抗原結合性断片と、疎水性のPIVKA-II分子を認識する少なくとも1種の第2の抗プロトロンビン抗体又はその抗原結合性断片との混合物、及びPIVKA-IIに特異的に結合する抗PIVKA-II抗体又はその抗原結合性断片を用いた免疫測定により、検体中のPIVKA-IIを測定することを含む、PIVKA-IIの測定方法。
【請求項2】
親水性のPIVKA-II分子は、フェニル基を官能基とする疎水性相互作用クロマトグラフィーカラム及び硫酸アンモニウム直線濃度勾配を用いた疎水性相互作用クロマトグラフィーによりPIVKA-IIを含む試料を分画して得られる溶出画分のうち、所定の硫酸アンモニウム濃度以上の画分に含まれるPIVKA-II分子であり、疎水性のPIVKA-II分子は、前記溶出画分のうち、所定の硫酸アンモニウム濃度未満の画分に含まれるPIVKA-II分子であり、前記所定の硫酸アンモニウム濃度は、270mM〜370mMの範囲から選択される濃度である、請求項1記載の測定方法。
【請求項3】
前記所定の硫酸アンモニウム濃度は、290mM〜350mMの範囲から選択される濃度である、請求項2記載の測定方法。
【請求項4】
前記第1の抗プロトロンビン抗体、前記第2の抗プロトロンビン抗体、及び前記抗PIVKA-II抗体がモノクローナル抗体である、請求項1ないし3のいずれか1項に記載の測定方法。
【請求項5】
前記免疫測定が、前記混合物を標識抗体とし、前記PIVKA-II又はその抗原結合性断片を固相抗体として用いたサンドイッチ法により行なわれる、請求項1ないし4のいずれか1項に記載の測定方法。
【請求項6】
前記混合物における、少なくとも1種の第1の抗プロトロンビン抗体又はその抗原結合性断片と少なくとも1種の第2の抗プロトロンビン抗体又はその抗原結合性断片との混合比率は、疎水性相互作用クロマトグラフィーにより分画されたPIVKA-II含有試料の各画分を測定試料として免疫測定した場合に得られる測定値のピークの高さ又はピーク面積の比率が1:10〜10:1の範囲になるように設定される、請求項1ないし5のいずれか1項に記載の測定方法。
【請求項7】
前記検体が血清又は血漿である請求項1ないし6のいずれか1項に記載の測定方法。
【請求項8】
PIVKA-II及びプロトロンビンの両者に結合するがトロンビンには反応性を示さない抗体又はその抗原結合性断片について、PIVKA-IIの親水性画分及び疎水性画分への反応性を調べる工程と、
親水性画分に反応する少なくとも1種の抗体又はその抗原結合性断片と、疎水性画分に反応する少なくとも1種の抗体又はその抗原結合性断片とを混合する工程と
を含む、PIVKA-IIの免疫測定試薬又はキットの製造方法。
【請求項9】
PIVKA-IIの親水性画分は、フェニル基を官能基とする疎水性相互作用クロマトグラフィーカラム及び硫酸アンモニウム直線濃度勾配を用いてPIVKA-IIを含む試料を分画して得られる溶出画分のうちの所定の硫酸アンモニウム濃度以上の画分であり、PIVKA-IIの疎水性画分は、前記溶出画分のうちの所定の硫酸アンモニウム濃度未満の画分であり、前記所定の硫酸アンモニウム濃度は、270mM〜370mMの範囲から選択される濃度である、請求項8記載の製造方法。
【請求項10】
前記所定の硫酸アンモニウム濃度は、290mM〜350mMの範囲から選択される濃度である、請求項9記載の製造方法。
【請求項11】
PIVKA-II及びプロトロンビンの両者に結合する前記抗体がモノクローナル抗体である、請求項8ないし10のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項12】
親水性画分に反応する少なくとも1種の抗体又はその抗原結合性断片と、疎水性画分に反応する少なくとも1種の抗体又はその抗原結合性断片との混合比率は、疎水性相互作用クロマトグラフィーにより分画されたPIVKA-II含有試料の各画分を測定試料として免疫測定した場合に得られる測定値のピークの高さ又はピーク面積の比率が1:10〜10:1の範囲になるように設定される、請求項8ないし11のいずれか1項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、検体中に含まれるPIVKA-II分子群を漏れなく検出可能なPIVKA-II測定方法、及びPIVKA-II測定試薬又はキットの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
PIVKA-II(Protein induced by vitamin K absence-II)は、血液凝固に関連するプロトロンビンに類似した構造を有する糖タンパク質である。プロトロンビンは、579残基のタンパク質であり、N末端の近傍にある10個のグルタミン酸(Glu)残基がγ−カルボキシル化を受けてγ−カルボキシグルタミン酸(Gla)残基となっている。このN末端の領域をGlu-Gla領域という。プロトロンビンが生体内で産生される際に、ビタミンKの欠乏、肝機能不全、ビタミンK拮抗剤の投与、肝細胞障害等に起因して、γ−カルボキシル化が不完全となり、10個の残基のうちの全部又は一部がGlu残基となっている糖タンパク質が血液中に見出されることが知られている。このタンパク質が異常プロトロンビンとも呼ばれるPIVKA-IIである。近年、肝細胞癌患者において、血漿中にPIVKA-IIが高濃度に検出されることが報告され、肝細胞癌のマーカーとして診断のモニターに利用されるようになった。なお、Glu-Gla領域以外はプロトロンビンとPIVKA-IIで構造に違いはなく、どちらのタンパク質も、中央領域に2つのクリングルドメイン(プロトロンビンフラグメント1(F1)領域、プロトロンビンフラグメント2(F2)領域)を有し、C末にトロンビン領域を有する。
【0003】
検体中のPIVKA-IIを特異的に検出する方法として、PIVKA-IIを特異的に認識するモノクローナル抗体とプロトロンビンに対するポリクローナル抗体の両者を用い、その一方を固定化抗体として、他方を標識抗体として測定する免疫測定法が報告されている(特許文献1)。しかしながら、ポリクローナル抗体は、ロット差によって、プロトロンビンに対する特異性や親和性にばらつきが生じてしまう。これを回避するために、複数のロットの特異性と親和性を評価する必要があるが、より高い特異性を担保するためには、ポリクローナル抗体よりもモノクローナル抗体の方が望ましい。
【0004】
また、ELISA法によるPIVKA-IIの測定において、PIVKA-IIを特異的に認識するモノクローナル抗体を固相抗体とし、プロトロンビンに対するポリクローナル抗体を二次抗体として用いた場合に、トロンビンと反応性を示す抗体が二次抗体に含まれることにより、血清検体の測定系に悪影響を与え、安定した測定値が得られないことが知られている(特許文献2)。特許文献2では、これを解決するため、ヒトトロンビンとは反応せず、ヒトプロトロンビンと特異的に反応する抗体を二次抗体として用いることにより血清検体を安定してPIVKA-IIを測定できることが報告されている。しかしながら、この方法もポリクローナル抗体を用いるため、特許文献1と同じ問題点がある。さらに、特許文献2の方法では、ヒトプロトロンビンに対するポリクローナル抗体からトロンビンに対する抗体を除くために、ヒトプロトロンビンアフィニティカラムを用いてプロトロンビンと反応する抗体を取得した後に透析し、さらにヒトトロンビンアフィニティカラムを用いてトロンビンと反応しない抗体を取得し透析する必要があり、抗体の精製工程が非常に煩雑である。
【0005】
ELISA法によるPIVKA-IIの測定技術の別の例として、固相抗体に抗PIVKA-IIモノクローナル抗体を、標識抗体としてPIVKA-IIの抗F1モノクローナル抗体と抗F2モノクローナル抗体との混合物を用いてPIVKA-IIを測定する技術が報告されている(特許文献3)。この技術によると、同一患者からほぼ同時に採取された血清と血漿のペア検体における血清血漿相関を改善することができる。しかしながら、PIVKA-IIの検出精度そのものの向上については特許文献3では問題としていない。
【0006】
さらに、血中PIVKA-IIのGlu-Gla領域については、これまでに脱カルボキシル化部位を中心として詳細な解析がなされており、分子多様性に富んでいることが示されている。しかしながら、当該Glu-Gla領域を除く、クリングルドメインよりC末側のPIVKA-IIの分子多様性については、これまで検討されておらず、上記の特許文献1〜3においても一切記載がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭60−60557公報
【特許文献2】特開平5−249108公報
【特許文献3】特開2014−35278公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、ヒトプロトロンビンに対するモノクローナル抗体を用いた、より精度の高いPIVKA-IIの免疫学的測定系の構築を可能にする手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者らは、抗ヒトプロトロンビンモノクローナル抗体を用いたPIVKA-IIの免疫測定系について鋭意に検討したところ、検体と抗ヒトプロトロンビンモノクローナル抗体との組み合わせによっては測定結果に整合性が得られないケースがあることを見出し、従来の技術では正確にPIVKA-IIを測定できていない検体(患者)が存在する可能性が考えられた。
【0010】
さらに鋭意研究したところ、PIVKA-II分子には、Glu-Gla領域の分子多様性に加え、疎水性の程度が異なる複数の分子種が存在することを見出した。疎水性の程度が異なる複数種類のPIVKA-II分子の含有割合は、検体の種類(血漿か血清か)によらず検体ごとに異なっており、例えば血清検体間であっても、疎水性の異なるPIVKA-II分子種の含有割合が異なっていた。さらに、公知の抗ヒトプロトロンビンモノクローナル抗体は複数存在するが、これらのモノクローナル抗体は、疎水性の程度が異なるPIVKA-II分子種に対する親和性が異なり、疎水性が高い分子種への親和性が高い抗体や、疎水性が低い分子種への親和性が高い抗体が存在することが判明した。例えば、疎水性の高い分子種を認識する抗体をPIVKA-IIの免疫学的測定方法に用いた場合、親水性の高い分子種が多く含まれる検体では、検体中に含まれるPIVKA-IIの大部分が検出されておらず、血中PIVKA-IIを正確に測定できていなかったことが判明した。
【0011】
そこで、本願発明者らは、プロトロンビン領域を認識するモノクローナル抗体を用いたPIVKA-II測定系の構築において、疎水性の高いPIVKA-II分子種に対し親和性を有する抗体と疎水性の低いPIVKA-II分子種に対し親和性を有する抗体との混合物を用いてPIVKA-IIを測定することにより、非常に精度よくPIVKA-IIを測定することが可能になることを見出し、本願発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明は、親水性のPIVKA-II分子を認識する少なくとも1種の第1の抗プロトロンビン抗体又はその抗原結合性断片と、疎水性のPIVKA-II分子を認識する少なくとも1種の第2の抗プロトロンビン抗体又はその抗原結合性断片との混合物、及びPIVKA-IIに特異的に結合する抗PIVKA-II抗体又はその抗原結合性断片を用いた免疫測定により、検体中のPIVKA-IIを測定することを含む、PIVKA-IIの測定方法を提供する。また、本発明は、PIVKA-II及びプロトロンビンの両者に結合するがトロンビンには反応性を示さない抗体又はその抗原結合性断片について、PIVKA-IIの親水性画分及び疎水性画分への反応性を調べる工程と;親水性画分に反応する少なくとも1種の抗体又はその抗原結合性断片と、疎水性画分に反応する少なくとも1種の抗体又はその抗原結合性断片とを混合する工程とを含む、PIVKA-IIの免疫測定試薬又はキットの製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、血液検体中に含まれるPIVKA-II分子群を高い精度で測定することができる。血中PIVKA-II分子が疎水性の程度の異なる分子の集団であり、検体ごとに疎水性の高いPIVKA-II分子と疎水性の低いPIVKA-II分子の存在割合が異なっているということは、本願発明者らが初めて見出したことである。血中PIVKA-II分子の疎水性/親水性レベルに関して精査されていなかった従来の抗プロトロンビンモノクローナル抗体を用いた免疫測定方法では、使用する抗体の性質によっては、血中PIVKA-II分子群を精度よく検出することができていなかった。本発明の方法によれば、従来法では見落としているおそれがあった複数のPIVKA-II分子種を高い精度で検出することができるので、PIVKA-IIの測定精度が飛躍的に向上される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】肝細胞癌患者由来の血清検体6例をそれぞれ疎水性相互作用クロマトグラフィーにより分画した各フラクションを測定用試料とし、酵素標識抗体としてALP標識抗プロトロンビンポリクローナル抗体を用いて試料中PIVKA-II分子を測定した結果である。
図2-1】肝細胞癌患者由来の血清検体(No. 4)を疎水性相互作用クロマトグラフィーにより分画した各フラクションを測定用試料とし、標識抗体A〜Dを用いて試料中PIVKA-II分子を測定した結果である。
図2-2】肝細胞癌患者由来の血清検体(No. 269)を疎水性相互作用クロマトグラフィーにより分画した各フラクションを測定用試料とし、標識抗体A〜Dを用いて試料中PIVKA-II分子を測定した結果である。
図2-3】肝細胞癌患者由来の血清検体(No. 275)を疎水性相互作用クロマトグラフィーにより分画した各フラクションを測定用試料とし、標識抗体A〜Dを用いて試料中PIVKA-II分子を測定した結果である。
図3-1】肝細胞癌患者由来の血清検体(No. 4)を疎水性相互作用クロマトグラフィーにより分画した各フラクションを測定用試料とし、標識抗体として抗体混合物(抗体C/A、抗体C/B、抗体C/D)を用いて試料中PIVKA-IIを測定した結果である。
図3-2】肝細胞癌患者由来の血清検体(No. 269)を疎水性相互作用クロマトグラフィーにより分画した各フラクションを測定用試料とし、標識抗体として抗体混合物(抗体C/A、抗体C/B、抗体C/D)を用いて試料中PIVKA-IIを測定した結果である。
図3-3】肝細胞癌患者由来の血清検体(No. 275)を疎水性相互作用クロマトグラフィーにより分画した各フラクションを測定用試料とし、標識抗体として抗体混合物(抗体C/A、抗体C/B、抗体C/D)を用いて試料中PIVKA-IIを測定した結果である。
図4-1】肝細胞癌患者由来の血清検体(No. 275)を疎水性相互作用クロマトグラフィーにより分画した各フラクションを測定用試料とし、標識抗体として、抗体C/Aを各種重量比率(A:C=1:1〜30:1)にて混合した抗体混合物を用いて試料中PIVKA-IIを測定した結果である。
図4-2】肝細胞癌患者由来の血清検体(No. 275)を疎水性相互作用クロマトグラフィーにより分画した各フラクションを測定用試料とし、標識抗体として、抗体C/Aを各種重量比率(A:C=3:1〜0.03:1)にて混合した抗体混合物を用いて試料中PIVKA-IIを測定した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明のPIVKA-II測定方法は、PIVKA-IIに結合する抗体又はその抗原結合性断片を用いてPIVKA-IIを免疫学的手法により測定する方法であり、抗体又はその抗原結合性断片のひとつとして、親水性の(疎水性が低い)PIVKA-II分子を認識する少なくとも1種の抗プロトロンビン抗体又はその抗原結合性断片と、疎水性の(疎水性が高い)PIVKA-II分子を認識する少なくとも1種の抗プロトロンビン抗体又はその抗原結合性断片の混合物を用いる。本発明では、便宜上、前者の親水性PIVKA-II分子を認識する抗体を第1の抗体、後者の疎水性PIVKA-II分子を認識する抗体を第2の抗体という。
【0016】
検体中に疎水性の程度が異なるPIVKA-II分子が混在しているということは、本願発明者らが初めて見出したことである。PIVKA-II分子の疎水性の違いは、Glu-Gla領域におけるγ−カルボキシル化の程度によってもたらされているわけではなく、分子中央のクリングルドメイン及びそれ以降のC末側の構造に多様性があり、その多様性によってもたらされているものと推測される。
【0017】
抗プロトロンビン抗体とは、PIVKA-II及びプロトロンビンの両者を認識して結合するが、トロンビンとは反応性を示さない抗体である。ここでいう「反応性を示さない」とは、トロンビンとは検出可能なレベルで結合しない(すなわち、トロンビンとの結合がバックグラウンド以下である)か、又は検出し得るレベルで結合しても、その結合の程度がPIVKA-II及びプロトロンビンとの結合よりも明らかに少なく、当業者であればトロンビンとは結合していないと判断する程度にしか結合しないことを意味する。抗プロトロンビン抗体自体は公知であり、市販品も存在する。本発明で用いる第1の抗プロトロンビン抗体及び第2のプロトロンビン抗体は、公知の抗プロトロンビン抗体の中から選択してもよいし、新たに抗プロトロンビン抗体を作出してその中から選択してもよい。第1及び第2の抗プロトロンビン抗体の選択方法の詳細は後述する。
【0018】
さらに、もうひとつの抗体又はその抗原結合性断片として、PIVKA-IIをプロトロンビンと区別して特異的に結合する抗PIVKA-II抗体又はその抗原結合性断片を用いる。抗PIVKA-II抗体の特異性は、「PIVKA-IIとのみ結合し、プロトロンビンとは反応性を示さない」と表現することができる。「反応性を示さない」の意味は上記の通りである。この抗PIVKA-II抗体は、プロトロンビンにはないPIVKA-IIに特徴的な領域、すなわちGlu-Gla領域を認識する抗体であり、疎水性か親水性かを問わずPIVKA-II分子に結合する。
【0019】
そのような抗PIVKA-II抗体も公知であり(例えば特許文献1)、市販品も存在する。また、新たに作製した抗PIVKA-II抗体を用いてもよい。
【0020】
第1及び第2の抗プロトロンビン抗体、並びに抗PIVKA-II抗体は、ポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体でもよいが、免疫測定の再現性等の観点からはモノクローナル抗体が好ましい。
【0021】
抗体及びその抗原結合性断片の作製方法自体は周知の常法である。抗プロトロンビンポリクローナル抗体は、例えば、プロトロンビン又はその部分断片(Glu-Gla領域以外の部分断片)を適宜アジュバントと共に動物(ヒトを除く)に免疫し、該動物から採取した血液から抗血清を得て、該抗血清中のポリクローナル抗体を精製することで得ることができる。免疫は、被免疫動物中での抗体価を上昇させるため、通常数週間かけて複数回行なう。抗血清中の抗体の精製は、例えば、硫酸アンモニウム沈殿や陰イオンクロマトグラフィーによる分画、アフィニティーカラム精製等により行なうことができる。
【0022】
抗プロトロンビンモノクローナル抗体は、例えば、周知のハイブリドーマ法により作製することができる。具体的には、プロトロンビン又はその部分断片(Glu-Gla領域以外の部分断片)を適宜アジュバントと共に動物(ヒトを除く)に免疫し、該動物から脾細胞やリンパ球のような抗体産生細胞を採取し、これをミエローマ細胞と融合させてハイブリドーマを調製し、プロトロンビンと結合する抗体を産生するハイブリドーマを選択し、これを増殖させて培養上清から抗プロトロンビンモノクローナル抗体を得ることができる。ハイブリドーマの選択においては、PIVKA-IIを抗原として用いてもよいし、プロトロンビンとPIVKA-IIの両者に結合することを確認してもよい。
【0023】
抗PIVKA-II抗体は、カルボキシル化が不完全なGlu-Gla領域部分断片を免疫原として用いて作製し得るが、本発明においては、PIVKA-IIへの十分な特異性を有する必要があることから、通常はモノクローナル抗体が用いられる。PIVKA-IIモノクローナル抗体は、PIVKA-II又はその部分断片(カルボキシル化を受けるGlu-Gla領域の10残基のうちの少なくとも一部を含む部分断片)を免疫原として使用し、ハイブリドーマを調製後、PIVKA-IIには結合するがプロトロンビンには結合しない抗体を産生するハイブリドーマを選択し、抗体を回収すればよい。抗PIVKA-II抗体の製造方法の具体例として、特開昭60-60557公報、特開平9-249699公報に記載の方法を挙げることができる。
【0024】
「抗原結合性断片」は、もとの抗体の対応抗原に対する結合性(抗原抗体反応性)を維持している限り、いかなる抗体断片であってもよい。具体例としては、Fab、F(ab')2、scFv等を挙げることができるが、これらに限定されない。FabやF(ab')2は、周知の通り、モノクローナル抗体をパパインやペプシンのようなタンパク分解酵素で処理することにより得ることができる。scFv(single chain fragment of variable region、単鎖抗体)の作製方法も周知であり、例えば、上記の通りに作製したハイブリドーマのmRNAを抽出し、一本鎖cDNAを調製し、免疫グロブリンH鎖及びL鎖に特異的なプライマーを用いてPCRを行なって免疫グロブリンH鎖遺伝子及びL鎖遺伝子を増幅し、これらをリンカーで連結し、適切な制限酵素部位を付与してプラスミドベクターに導入し、該ベクターで大腸菌を形質転換してscFvを発現させ、これを大腸菌から回収することにより、scFvを得ることができる。
【0025】
免疫原として用いるポリペプチド又はその部分断片は、化学合成、遺伝子工学的手法等の常法により作製できる。あるいは、新鮮ヒト血漿等からプロトロンビンやPIVKA-IIを抽出・精製して得ることもできる(Thromb.Diath.Haemorph. 1966;16:469-90等参照)。
【0026】
配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列は、プロトロンビン及びPIVKA-IIの配列にシグナル配列が付加したアミノ酸配列であり、このうち44番〜622番アミノ酸の領域がプロトロンビン及びPIVKA-IIのアミノ酸配列に該当する。44番〜84番アミノ酸の領域がGlu-Gla領域であり、プロトロンビンではこの領域中の10個の「Xaa」の全てがγ−カルボキシグルタミン酸(Gla)残基となっている。このプロトロンビン配列は、GenBankにアクセッション番号NP_000497で登録されている。配列番号2に示す塩基配列は、配列番号1のアミノ酸配列をコードする配列であり、GenBankにアクセッション番号NM_000506で登録されている。配列番号2中の44番〜1912番塩基の領域がコード領域である。
【0027】
化学合成法の具体例としては、例えばFmoc法(フルオレニルメチルオキシカルボニル法)、tBoc法(t-ブチルオキシカルボニル法)等を挙げることができる。また、各種の市販のペプチド合成機を利用して常法により合成することもできる。化学合成の場合は、アミノ酸配列のみに基づいて所望のポリペプチドを合成できる。
【0028】
遺伝子工学的手法によるポリペプチドの作製方法も周知である。抗プロトロンビン抗体を作製する際に免疫原として用いるポリペプチドを遺伝子工学的手法により作製する場合には、例えば次の通りに行なえばよい。まず、ヒト由来培養細胞等からRNAを抽出し、逆転写反応によりmRNAからcDNAを合成する。このcDNAを鋳型とし、ヒトプロトロンビンのmRNA配列情報に基づいて設計したプライマーを用いてPCRを行ない、プロトロンビンの全長又は所望の一部をコードするポリヌクレオチドを調製する。PCRに用いるプライマーは、配列番号2に示した塩基配列やGenBank等のデータベースに登録されているヒトプロトロンビン配列情報等に基づいて適宜設計することができる。あるいは、所望のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドは、市販の核酸合成機を用いた常法により調製することもできる。各アミノ酸をコードするコドンが公知であるから、アミノ酸配列さえ特定できれば、そのアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドの塩基配列も決定できる。次いで、調製したポリヌクレオチドを適当なベクターに組み込み、適当な発現系にてポリペプチドを発現させ、このポリペプチドを回収することで、所望のポリペプチドを得ることができる。用いるベクターや各種の発現系(細菌発現系、酵母細胞発現系、哺乳動物細胞発現系、昆虫細胞発現系、無細胞発現系など)も周知であり、種々のベクターや宿主細胞、試薬類、キットが市販されているため、当業者であれば適宜選択して使用することができる。ヒト由来培養細胞も市販・分譲されており、入手は容易である。
【0029】
本発明において、PIVKA-IIの免疫測定は、典型的にはサンドイッチ法により行なわれる。サンドイッチ免疫測定自体は周知の常法である。具体例を挙げると、化学発光酵素免疫測定法(chemiluminescent enzyme immunoassay; CLEIA)、酵素結合免疫吸着法(Enzyme-Linked ImmunoSorbent Assay; ELISA)、ラジオイムノアッセイ、電気化学発光免疫測定法等の各種の手法があり、本発明においてはいずれの手法を用いてもよい。
【0030】
サンドイッチ測定系においては、通常、2種類の抗体又はその抗原結合性断片のうちの一方を固相に固定化した固相抗体とし、他方を標識物質で標識した標識抗体として使用する。本発明においては、第1及び第2の抗プロトロンビン抗体又はその抗原結合性断片の混合物を1種類の抗体とし、抗PIVKA−II抗体又はその抗原結合性断片をもう1種類の抗体として使用するが、いずれを固相抗体として用いてもよい。下記実施例では、抗PIVKA-II抗体を固相抗体とし、抗体混合物を標識抗体として使用しているが、これに限定されない。
【0031】
第1及び第2の抗プロトロンビン抗体の混合物を標識抗体として用いる場合を例に、本発明のPIVKA-II測定方法を具体的に説明する。もっとも、該混合物を固相抗体とし、抗PIVKA-II抗体を標識抗体として用いることもできるので、本発明の範囲は下記の具体例には限定されない。また、抗体に代えて各抗体の抗原結合性断片を用いてもよい。
【0032】
まず、PIVKA-II抗体(固相抗体)を担体に固相化する。固相化されたPIVKA-II抗体と検体中に含まれるPIVKA-IIを接触させることにより、固相抗体とPIVKA-IIとを特異的に結合させる。次に、結合されなかった検体中の成分を、たとえば担体を適当な緩衝液で洗浄することによって除いた後、標識物質で標識された第1及び第2の抗プロトロンビン抗体の混合物(すなわち、標識した少なくとも1種の第1の抗プロトロンビン抗体と、標識した少なくとも1種の第2の抗プロトロンビン抗体との混合物)を、固相抗体に結合したPIVKA-IIに結合させる。反応終了後、未反応の成分を取り除くため、たとえば担体を適当な緩衝液で洗浄した後、標識物質からのシグナルを適当な方法で検出することにより、検体中に含まれるPIVKA-IIを測定することが可能となる。
【0033】
固相は特に限定されず、公知のサンドイッチ免疫測定系で使用されている固相と同様でよい。固相の材質の具体例としては、ポリスチレン、ポリエチレン、セファロース等が挙げられるが、これらに限定されない。固相の物理的形状は本質的に重要ではない。使用する固相は、その表面への抗体の固定化が容易で、測定中に形成される免疫複合体と未反応の成分を容易に分離できるものであることが好ましい。特に、通常の免疫測定法に使用されるプラスチックプレートや磁性粒子が好ましい。取り扱い、保存、および分離の容易性等の観点から、前述のような材質の磁性粒子を使用することが最も好ましい。これらの固相への抗体の結合は当業者に周知の常法によって行なうことができる。固相への抗体の結合は、物理的吸着により行ってもよいし、共有結合を用いてもよい。例えば、グルタルアルデヒド法、過ヨウ素酸法、マレイミド法、およびピリジル・ジスルフィド法などを使用することができる。或いは、緩衝液に磁性粒子を添加して分散した粒子懸濁液に、抗体を適当量加え、20〜37℃にて1時間程度撹拌し、その後、磁性粒子を磁力で集め、粒子を適当な緩衝液により洗浄して抗体結合粒子を得ることができる。使用する緩衝液の組成は抗体の固定化に使用される一般的なものでよく、pHは抗体が安定に存在し、固相への固定化を阻害しない範囲であればよい。
【0034】
標識物質も特に限定されず、公知の免疫測定系で使用されている標識物質と同様のものを用いることができる。具体例としては、酵素、蛍光物質、化学発光物質、染色物質、放射性物質などが挙げられる。酵素としては、アルカリホスファターゼ(ALP)、パーオキシダーゼ、βガラクトシダーゼ等、公知のものを用いることができるが、これに限定されるものではない。高い検出感度の測定系を提供するためには、ALPを用いることが望ましい。これらの標識物質への抗体の結合は、当業者に周知の常法によって行なうことができる。標識物質への抗体の結合は、共有結合が好ましく、グルタルアルデヒド法、過ヨウ素酸法、マレイミド法、およびピリジル・ジスルフィド法などを使用することができる。例えば、抗体をペプシン処理および還元処理して得られた抗体断片と、マレイミド化したALPを混合して、標識物質で標識された抗体を調製することができる。
【0035】
標識物質として酵素を用いる場合、該酵素に対応した発色基質、蛍光基質又は発光基質等の基質を該酵素と反応させ、その結果発生するシグナルを測定することにより、酵素活性を求め測定対象物を測定することができる。例えば、標識物質としてALPを用いる場合、3−(4−メトキシスピロ(1,2−ジオキセタン−3,2’−トリシクロ[3.3.1.13,7]デカン)−4−イル)フェニルホスフェート2ナトリウム(例えば商品名AMPPD)などの発光基質を用いることができる。
【0036】
標識物質としてビオチン又はハプテンが用いられる場合には、酵素、蛍光物質、化学発光物質、染色物質又は放射性物質などを結合したストレプトアビジン又はハプテン抗体などを用いて測定することができる。
【0037】
シグナルの検出は、標識物質の種類に応じて適宜選択される。例えば、シグナルが発色であれば比色計や吸光光度計を、蛍光であれば蛍光光度計を、発光であればフォトンカウンターを、放射線であれば放射線測定装置をそれぞれ用いればよい。PIVKA-IIを種々の濃度で含む濃度既知の標準試料について、本発明の方法によりPIVKA-IIを測定し、標識からのシグナルの値と標準試料中のPIVKA-II濃度との相関関係をプロットして検量線を作成しておき、PIVKA-II濃度が未知の検体について同じ測定操作を行なって標識からのシグナル値を測定し、測定されたシグナル値をこの検量線に当てはめることにより、検体中のPIVKA-IIを定量することができる。
【0038】
本発明の測定方法が適用される検体は、被検者から分離された検体であり、血液検体が好ましく、特に血漿又は血清が好ましい。検体は、必要に応じ適宜希釈して使用してよい。
【0039】
被検者は、哺乳動物であれば特に限定されないが、一般的にはヒトであり、例えば、肝細胞癌患者又は肝細胞癌の疑いのある患者であり得る。
【0040】
本発明によるPIVKA-IIの免疫測定に用いる第1及び第2の抗プロトロンビン抗体は、それぞれ上述した通り、親水性PIVKA-II分子を認識する少なくとも1種の抗プロトロンビン抗体及び疎水性PIVKA-II分子を認識する少なくとも1種の抗プロトロンビン抗体である。公知の抗プロトロンビン抗体又は新たに調製した抗プロトロンビン抗体が、親水性PIVKA-II分子と疎水性PIVKA-II分子のどちらに親和性を有するかを調べるには、PIVKA-IIを含有する試料を疎水性相互作用クロマトグラフィーにて分画した各画分のセットを測定用試料とし、抗プロトロンビン抗体及び抗PIVKA-II抗体を用いたサンドイッチ免疫測定を行ない、どの画分との反応性が高いかを調べればよい。
【0041】
測定用試料の調製に用いるPIVKA-IIを含有する試料としては、例えば、肝細胞癌患者由来の血清などを用いることができる。疎水性相互作用クロマトグラフィーでは、フェニル基を官能基とする疎水性クロマトグラフィーカラムを使用し、硫酸アンモニウム直線濃度勾配(例えば1.0 M→0 M)を用いて溶出を行なえばよい。溶出画分を20〜30個程度に分取し、得られた1セットの溶出画分を測定用試料とすればよい。PIVKA-IIを含有する試料として、患者由来血清を複数用いる場合には、それぞれをクロマトグラフィーに付して複数セットの測定用試料を調製してもよいし、あるいは、複数の血清検体を混合したものをクロマトグラフィーに付して測定用試料を調製してもよい。
【0042】
疎水性及び親水性PIVKA-II分子との親和性を調べるべき抗プロトロンビン抗体と抗PIVKA-II抗体とを用いたサンドイッチ免疫測定により、上記のように調製した測定用試料の個々の画分について測定操作を行なう。この時のサンドイッチ免疫測定系は、最終的にPIVKA-II免疫測定系として構築する時と同様に構築することができる。すなわち、第1及び第2の抗プロトロンビン抗体の混合物を標識抗体とし、抗PIVKA-II抗体を固相抗体としたPIVKA-II免疫測定系を構築するのであれば、疎水性及び親水性PIVKA-II分子との親和性を調べるべき抗プロトロンビン抗体は標識抗体とし、抗PIVKA-II抗体は固相抗体として、上記測定用試料の測定を行なえばよい。
【0043】
硫酸アンモニウム濃度が高い溶出画分には、疎水性の低い(親水性の)PIVKA-II分子が含まれており、硫酸アンモニウム濃度が低い溶出画分には、疎水性の高い(疎水性の)PIVKA-II分子が含まれている。本発明においては、前者の溶出画分をPIVKA-IIの親水性画分といい、後者の溶出画分をPIVKA-IIの疎水性画分という。これらの溶出画分と抗プロトロンビン抗体との反応性を調べることで、抗プロトロンビン抗体が親水性PIVKA-II分子と疎水性PIVKA-II分子のいずれに親和性を有しているか(いずれを認識するか)を調べることができる。
【0044】
PIVKA-IIの親水性画分と疎水性画分とを区別する硫酸アンモニウム濃度は、通常、270mM〜370mMの範囲から選択され、例えば290mM〜350mM、300mM〜340mM、310mM〜330mM、280mM〜330mM、あるいは290mM〜330mMの範囲から選択され得る。これらの範囲から選択される硫酸アンモニウム濃度以上の溶出画分をPIVKA-IIの親水性画分とし、当該硫酸アンモニウム濃度未満の溶出画分をPIVKA-IIの疎水性画分として用いればよい。
【0045】
なお、抗プロトロンビン抗体の親和性を調べる際に使用するPIVKA-IIの親水性画分及び疎水性画分を調製するためには、親水性PIVKA-II分子と疎水性PIVKA-II分子の両者を含む少なくとも1つの検体、又は、少なくとも親水性PIVKA-II分子を含む少なくとも1つの検体と、少なくとも疎水性PIVKA-II分子を含む少なくとも1つの検体とを含む、少なくとも2つの検体が必要である。任意の検体が親水性PIVKA-II分子及び疎水性PIVKA-II分子のいずれを含んでいるかは、例えば、抗PIVKA-II抗体及び抗プロトロンビンポリクローナル抗体とを用いたサンドイッチ免疫測定により調べることができる。親水性PIVKA-II分子と疎水性PIVKA-II分子の両者を適度に含む検体が入手できない場合は、上述したように、複数の検体を用いて測定用試料を調製すればよい。
【0046】
親水性画分及び疎水性画分との反応性を調べたら、横軸を硫酸アンモニウム濃度、縦軸を、免疫測定により得られたシグナル値とし、各画分との反応性(検出されたシグナルの強度)をプロットする。シグナル値をそのままプロットしてもよいし、総活性に対する各溶出画分のシグナル強度の割合を算出してプロットしてもよい。親水性画分との反応性の方が高い場合、その抗プロトロンビン抗体は、親水性PIVKA-II分子との親和性を有する抗体と判断する。疎水性画分との反応性の方が高い場合、その抗プロトロンビン抗体は、疎水性PIVKA-II分子との親和性を有する抗体と判断する。
【0047】
第1の抗体と第2の抗体の混合比率は、検体中の疎水性PIVKA-II分子と親水性PIVKA-II分子の両者を測定できる範囲内であればよく、特に限定されないが、上記のようにプロットしたPIVKA-II含有試料の各画分についてのシグナル値又は総活性に対する各溶出画分のシグナル強度の割合の、ピークの高さ又はピーク面積が1:10〜10:1の範囲、例えば1:5〜5:1の範囲、1:3〜3:1、あるいは1:2〜2:1の範囲になるように設定してよい。第1の抗体と第2の抗体の混合重量比率(それぞれ複数の抗体を用いる場合には、第1の抗体の合計重量と第2の抗体の合計重量の比率)は、各抗体のPIVKA-IIに対する親和性に応じて、検体中の疎水性PIVKA-II分子と親水性PIVKA-II分子の両者を測定できる範囲内に設定すればよい。第1の抗体と第2の抗体の好ましい混合重量比率は、親水性PIVKA-II分子に対する第1の抗体の親和性の高さ、および疎水性PIVKA-II分子に対する第2の抗体の親和性の高さに応じて変動し得るため、特に限定されないが、多くの場合、抗体の混合重量比率を0.03:1〜30:1の範囲、例えば、0.05:1〜20:1の範囲、0.1:1〜10:1の範囲、あるいは0.3:1〜3:1の範囲とすることにより、上記した範囲のピーク高又はピーク面積を達成することができる。親水性PIVKA-II分子に親和性を有し、該分子を認識する少なくとも1種の抗プロトロンビン抗体(第1の抗体)と、疎水性PIVKA-II分子に親和性を有し、該分子を認識する少なくとも1種の抗プロトロンビン抗体(第2の抗体)とを組み合わせ、両者の混合物を固相抗体又は標識抗体として用いることで、検体中に存在するPIVKA-IIの様々な分子種を高い精度で測定することが可能になる。
【0048】
本発明によるPIVKA-II測定方法を実施するためのPIVKA-IIの免疫測定試薬又はキットは、以下の工程で製造することができる。
(工程1)PIVKA-II及びプロトロンビンの両者に結合するがトロンビンには反応性を示さない抗体(抗プロトロンビン抗体)又はその抗原結合性断片について、PIVKA-IIの親水性画分及び疎水性画分への反応性を調べる。
(工程2)親水性画分に反応する少なくとも1種の抗体又はその抗原結合性断片と、疎水性画分に反応する少なくとも1種の抗体又はその抗原結合性断片とを混合する。
【0049】
工程1に付す抗プロトロンビン抗体又はその抗原結合性断片は、公知の抗プロトロンビン抗体又はその抗原結合性断片でもよいし、PIVKA-II及びプロトロンビンの両者に結合するがトロンビンには反応性を示さない抗体として新たに調製した抗プロトロンビン抗体又はその抗原結合性断片でもよい。PIVKA-IIの親水性画分及び疎水性画分への反応性を調べる方法は上述した通りである。
【0050】
PIVKA-IIの親水性画分に反応する抗体、及びPIVKA-IIの疎水性画分に反応する抗体は、それぞれ、本明細書において第1の抗プロトロンビン抗体及び第2の抗プロトロンビン抗体と呼ぶ抗体に該当する。少なくとも1種の第1の抗プロトロンビン抗体又はその抗原結合性断片と少なくとも1種の第2の抗プロトロンビン抗体又はその抗原結合性断片との混合物は、標識物質を結合させた形態で、あるいは、プラスチックプレートや磁性粒子のような固相上に固定化された形態で、免疫測定試薬又はキットとして提供され得る。従って、当該免疫測定試薬又はキットの製造方法は、抗プロトロンビン抗体若しくはその抗原結合性断片を、工程1に付す前に、又は工程1の後に、又は工程2で第1及び第2の抗体若しくはその抗原結合性断片を混合した後に、標識物質で標識する工程、あるいは、工程2の後に固相上に固定化する工程をさらに含み得る。抗プロトロンビン抗体若しくはその抗原結合性断片を、固相として磁性粒子等の粒子に固定化する場合は、工程1に付す前に、又は工程1の後に、固相上に固定化する工程を実施し、工程2で各抗体を固定化した粒子を混合することとしてもよい。
【0051】
上記方法により製造される免疫測定試薬は、第1及び第2の抗体又はその抗原結合性断片の混合物のみからなるものであってもよいし、適当な緩衝液中に当該混合物が溶解した形態であってもよく、抗体の安定化等に有用な成分をさらに含んでいてもよい。
【0052】
また、当該免疫測定試薬は、抗PIVKA-II抗体又はその抗原結合性断片と組み合わせて、免疫測定試薬又はキットとして提供され得る。例えば、標識された第1及び第2の抗プロトロンビン抗体又はその抗原結合性断片の混合物と、抗PIVKA-II抗体又はその抗原結合性断片が固定化された固相(抗PIVKA-II抗体又はその抗原結合性断片とこれを固定化するための固相とのセットであってもよい)とを組み合わせ、PIVKA-IIの免疫測定キットとして提供することができる。標識する抗体と固相化する抗体は上記と逆であってもよい。免疫測定キットには、さらに、標識物質のための基質や、検体希釈液、洗浄液などを含めてもよい。
【実施例】
【0053】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0054】
1.疎水性相互作用クロマトグラフィー
血清検体25〜50μLを500μLの2 M硫酸アンモニウムを含む0.1M リン酸緩衝液(PB) pH7.0(リン酸一カリウム 5.00 g/L、リン酸二ナトリウム(12水塩)22.6 g/L、硫酸アンモニウム 264 g/L; 4N 水酸化ナトリウムを適量添加することによりpH 7.0に調整)、450μL〜475μLの0.1M PB pH7.0(リン酸一カリウム 5.00 g/L、リン酸二ナトリウム(12水塩)22.6 g/L; 4N 水酸化ナトリウムを適量添加することによりpH 7.0に調整)を混合したトータル1.0mLのサンプルをクロマトグラフィー分離に供した。
【0055】
疎水性相互作用クロマトグラフィーに使用したカラムはHiTrap Phenyl HP(GEヘルスケア社:単体容量 1mL)であり、装置はAKTA FPLC UPC900(GEヘルスケア社)を用いて分画を行った。
【0056】
カラムを10カラム容量以上の1 M硫酸アンモニウムを含む0.1M PB pH7.0で平衡化した後、上記サンプル1.0 mLをカラムにインジェクションし、流速0.5 mLで分画した。0.5 mlずつ溶出フラクションを回収した。溶出は、1 M硫酸アンモニウムを含む0.1M PB pH7.0(リン酸一カリウム 5.00 g/L、リン酸二ナトリウム(12水塩)22.6 g/L、硫酸アンモニウム 132 g/L; 4N 水酸化ナトリウムを適量添加することによりpH 7.0に調製)と0.1M PB pH7.0(リン酸一カリウム 5.00 g/L、リン酸二ナトリウム(12水塩)22.6 g/L; pHの調整は上記と同様)の2液を用いた塩濃度リニアーグラジエントで行い、30 mL溶出する間に硫酸アンモニウム濃度を1.0 Mから0 Mにまで変化させた。
【0057】
2.標識抗体の作製
PIVKA-II及びプロトロンビンの両者に結合するモノクローナル抗体4種(抗体A、抗体B、抗体C、抗体D)を用いて標識抗体を作製した。
【0058】
3mg/mLの抗体A溶液を6mLとり、0.1Mクエン酸緩衝液(pH3.5)で平衡化したG-25カラム(ファルマシア社製)に添加し、抗体溶液の緩衝液置換を行った。これに1mg/mLペプシン溶液を約100μL加え、37℃、1時間放置し、トリス緩衝液でpHを中性付近にしてからスーパーデックス200カラム(ファルマシア社製)に添加し、抗体のゲル濾過精製を行った。得られた画分の吸光度280nmでのシングルピークをプールし、抗体AのF(ab')2フラグメントとした。このF(ab')2フラグメント溶液4mLに、0.2M 2-メルカプトエチルアミン(以下、2-MEAと記載する)溶液を200μL添加し、37℃2時間放置し、還元処理を行った。これをG-25カラムに添加して2-MEAを除去し、抗体AのFab'フラグメントとした。
【0059】
10mg/mLの高比活性ALP溶液1.5mLを0.1Mリン酸緩衝液(pH7.0)で平衡化したG-25カラムに添加し、ALP溶液の緩衝液置換を行った。これに10mg/mL N-(4-マレイミドブチリロキシ)-スクシンイミド(以下、GMBSと記載する)のジメチルホルムアミド溶液を70μL添加し、30℃、1時間放置し反応を行った。この溶液を0.1Mリン酸緩衝液(pH6.3)で平衡化したG-25カラムに添加し、過剰のGMBSを除去し、マレイミド化ALPを作製した。先に作製した抗体AのFab'フラグメント溶液4mLとマレイミド化ALP溶液3mLと0.1Mリン酸緩衝液(pH6.3)13mLを混合し、室温で1時間放置することでALP標識抗体を作製した。これに2M 2-MEA溶液を1mL加え、室温で30分間放置し、余分なマレイミド基をブロックした後、スーパーデックス200カラムに添加し、精製を行った。吸光度280nmのいくつかのピークのうち、Fab'とALPとが1:1となる分子量のピークをプールし、精製ALP標識抗体Aとした。
【0060】
抗体B、抗体C及び抗体Dについても同様にして各標識抗体を作製した。
【0061】
3.PIVKA-IIの測定
PIVKA-IIを含む試料(血清検体など)を上記1に記載した通りに疎水性相互作用クロマトグラフィーによって分画した各フラクションを測定用試料とした。測定には、酵素標識抗体以外は、ルミパルスプレスト(登録商標)PIVKA-II エーザイ(富士レビオ社製)に付属された試薬(抗体結合粒子、PIVKA-IIキャリブレータセット)およびルミパルスプレスト用試薬(基質液、洗浄液等)(富士レビオ社製)を用いた。
【0062】
まず、ルミパルスプレストPIVKA-II エーザイに付属された、PIVKA-IIと特異的に結合する抗PIVKA-IIモノクローナル抗体(マウス)が結合された抗体結合粒子(抗PIVKA-IIモノクローナル抗体(マウス)結合フェライト粒子)50μLに測定用試料20μLを添加して撹拌した後、37℃、8分間反応させた。磁力により、磁性粒子から反応残液を分離除去し、洗浄液にて洗浄した。洗浄後の粒子にALP標識した抗体A(終濃度0.36μg/mL)、抗体B(終濃度0.5μg/mL)、抗体C(終濃度0.12μg/mL)、及び抗体D(終濃度0.5μg/mL)、またはルミパルスプレストPIVKA-II エーザイに付属されたALP標識抗プロトロンビンポリクローナル抗体を添加し、撹拌後、37℃で8分間反応させた。再度磁力により磁性粒子と反応残液を分離除去し、洗浄液にて洗浄した。この粒子にアルカリホスファターゼの化学発光基質である3-(2'-スピロアダマンタン)-4-メトキシ-4-(3''-ホスホリルオキシ)フェニル-1,2-ジオキセタン・2ナトリウム塩(AMPPD)を含む基質液200μLを添加し37℃で4分間反応させた。反応後の化学発光量(波長463mm)をルミノメーターで測定した。測定には全自動化学発光免疫測定装置ルミパルスプレストII(富士レビオ社製)を使用した。
【0063】
肝細胞癌患者由来の血清検体6例をそれぞれ疎水性相互作用クロマトグラフィーにより分画した各フラクションを測定用試料とし、酵素標識抗体として、ルミパルスプレストPIVKA-II エーザイに付属されたALP標識抗プロトロンビンポリクローナル抗体を用いて測定した結果を図1に示す。各フラクションのシグナル値から、ルミパルスプレストPIVKA-II エーザイの添付文書に記載の方法に従って、活性値(mAU/mL)として算出した値をグラフ化した。検体によって2峰性のピークになる検体と1峰性のピークになる検体とが存在し、ピークのパターンは様々であった。このことは、血中のPIVKA-IIは、より親水性の高い分子、より疎水性の高い分子といったように、性質が異なる複数の分子が混在しており、血液検体によって各分子の存在割合は異なっていることを示している。これら親水性画分も疎水性画分も、いずれもPIVKA-II分子であることから、血中のPIVKA-IIを再現性良く正確に測定するためには、双方に反応することができるモノクローナル抗体を選択する必要があることが示された。
【0064】
肝細胞癌患者由来の血清検体3例(検体No. 4, No. 269, No. 275)をそれぞれ疎水性相互作用クロマトグラフィーにより分画した各フラクションを測定用試料とし、標識抗体A〜Dを用いて測定を行なった結果を図2−1〜図2−3に示す。各フラクションのシグナル値から、検出された総活性(総シグナル値)に対する各フラクションのシグナル強度の割合として算出した値をグラフ化した。抗体Aと抗体Bは親水性画分に反応し、抗体Cは疎水性画分に反応した。抗体Dは、親水性画分と主に反応しており、疎水性画分にも反応が可能であった。これらの結果より、親水性画分に反応する抗体と疎水性画分に反応する抗体とを組み合わせることで、正確な血中PIVKA-IIの測定が可能であることが示唆された。
【0065】
そこで、実際に、PIVKA-II親水性画分に反応する抗体(抗体A、抗体B、抗体D)と疎水性画分に反応する抗体(抗体C)を混合したものを標識抗体として使用し、上記の血清検体3例から調製した測定用試料について測定を行なった。各フラクションのシグナル値から、検出された総活性に対する各フラクションのシグナル強度の割合として算出した値をグラフ化した。ALP標識した抗体A(終濃度0.36μg/mL)、抗体B(終濃度0.5μg/mL)、抗体D(終濃度0.5μg/mL)それぞれに、ALP標識した抗体C(終濃度0.12μg/mL)を混合し、標識抗体を調製した。測定結果を図3−1〜図3−3に示す。親水性画分に反応する抗体と疎水性画分に反応する抗体の2種類の抗体を用いることによって、抗プロトロンビンポリクローナル抗体と同様に、親水性画分と疎水性画分の双方に反応可能であることが確認された。
【0066】
4.抗体の混合比率の検討
次に、PIVKA-II親水性画分に反応する抗体(抗体A)と疎水性画分に反応する抗体(抗体C)との混合比について検討した。ALP標識した抗体A及びALP標識した抗体Cを下記表1及び表2の比率にて混合した点以外は、「3.PIVKA-IIの測定」に記載の方法と同様にしてPIVKA-IIを測定した。検体は、肝細胞癌患者由来の血清検体(No. 275)を用いた。検体No. 275は、抗プロトロンビンポリクローナル抗体との反応性(図1)から親水性PIVKA-II分子と疎水性PIVKA-II分子の両者を含むことが確認されている検体である。
【0067】
測定結果を図4−1及び図4−2に示す。縦軸は実際に測定されたカウント値を示す。その結果、検討した混合重量比率(0.03:1〜30:1)の全てにおいて、親水性画分及び疎水性画分の双方を検出可能であることが確認された。
【0068】
さらに、親水性画分と疎水性画分のピーク面積の比率を評価した。本実施例では、親水性画分と疎水性画分の境界を硫安濃度288mMと305mMの間に設定し、各ピークに含まれる画分のカウント値を積算して、親水性画分と疎水性画分のピーク面積をそれぞれ求めた。ピーク面積は、ピークの立ち上がり手前の525mM〜と、〜68mMまでの値を用い、親水性画分・疎水性画分ともに14フラクション分を積算した。カウント値としては、バックグラウンドを除く目的でピーク外のフラクションのカウント値を各カウント値から差し引いた値を用いた。
【0069】
各混合比率に対して算出されたピーク面積比率を表1及び表2中に示す。親水性画分と疎水性画分のピーク面積比率は、抗体混合比率(重量比)が0.03:1〜30:1の範囲では1:2.1〜2.8:1、抗体混合比率が0.05:1〜20:1の範囲では1:2.1〜2.5:1、抗体混合比率が0.1:1〜10:1の範囲では1:1.9〜1.8:1、抗体混合比率が0.3:1〜3:1の範囲では1:1.7〜1.2:1となった。以上により、抗体Aと抗体Cとを混合して用いることで親水性画分及び疎水性画分の双方を精度よく検出できることが確認された。
【0070】
【表1】
【0071】
【表2】
図1
図2-1】
図2-2】
図2-3】
図3-1】
図3-2】
図3-3】
図4-1】
図4-2】
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]