【文献】
Hwachol Lee 他,Ferromagnetic MnGaN thin films with perpendicular magnetic anisotropy for spintronocs application,Applied Physics Letters,米国,AIP Publication LLC,2015年 7月20日,107, 032403,p.1-5
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
基板は、(001)面方位の立方晶系単結晶の基板、または(001)面方位をもって成長した立方晶系配向膜であることを特徴とする請求項3に記載の垂直磁化膜構造。
請求項4または5に記載の垂直磁化膜構造における前記垂直磁化膜を第一の垂直磁化層とし、その上に、トンネルバリア層、前記垂直磁化膜と同一または同種、もしくは他の垂直磁化膜が第二の垂直磁化膜層として積層されていることを特徴とする垂直磁化型トンネル磁気抵抗(MTJ)素子構造。
【背景技術】
【0002】
磁気ディスク装置(ハードディスク)や不揮発性ランダムアクセス磁気メモリ(MRAM)に代表される磁気ストレージやメモリデバイスの高密度記録化、大容量化の進展に伴い、情報記録層として膜面垂直方向に磁化する垂直磁化膜の利用が注目されている。そして、このような垂直磁化膜を用いたハードディスクの記録媒体や、MRAMの記録ビットを構成するトンネル磁気抵抗素子(MTJ素子)の微細化による記録密度の向上のためには、磁気異方性エネルギー密度Kuが高い垂直磁化材料が必要とされている。特にMTJ素子においては高いKuに加えて、飽和磁化が小さいこと、平坦膜が容易に作製できることが求められる。低い飽和磁化は、垂直磁化膜ドットからの漏洩磁場によるMTJ素子特性の変調や隣接素子へ影響を低減するために、平坦な膜は多層膜構造を有するMTJ素子をばらつき無く利用するために重要である。また、垂直磁化膜がMRAM用MTJ素子の情報記録層として用いられる場合、MTJ素子への電流を用いた情報書込み(スピン注入磁化反転書込み、STT(Spin-Transfer-Torque)書込み)の消費電力を低減させることが大きな課題である。そのためには垂直磁化膜の持つ磁気ダンピング定数が低いことも求められる。当然ながら、これら垂直磁化膜は室温よりも十分高い強磁性転移温度(キュリー温度)を持つ必要がある。
【0003】
垂直磁気記録媒体の垂直磁化膜としては、これまでに、例えば、コバルト−白金−クロム(Co−Pt−Cr)合金などのCo基合金材料が知られている。また、特許文献1では、極めて高い磁気異方性エネルギー密度Kuが得られるL1
0型鉄−白金(FePt)合金が利用されている。非特許文献1では、MTJ素子としてはCoとPtとの原子交互積層膜を垂直磁化膜として利用しており、これはすなわちCoPt合金の持つ高い磁気異方性エネルギー密度Kuを応用した構造である。
【0004】
しかし、上記のような、これまでの垂直磁化材料は貴金属を含み高価であること、磁気ダンピングが一般に大きいという問題がある。一方、貴金属を使わず、磁気ダンピングが小さいマンガン−ガリウム合金が垂直磁化膜の候補材料となっている(非特許文献2)。しかし、これまでのマンガン−ガリウム合金材料では、膜を平坦に作製することが難しいという課題があり、これを用いた磁気記録媒体やMTJ素子の高品質化が困難であった。
【0005】
非特許文献3では、MnGa合金膜に窒素を導入することで立方晶型(E2
1型)構造を持つ均質なマンガン−ガリウム−窒素(MnGaN)膜として得られ、垂直磁化膜となること、さらに500℃程度と高い形成温度にも関わらず非常に平坦な膜として得られることが開示されている。しかしその磁気異方性エネルギー密度Kuは、窒素を含まないD0
22型構造のMnGa合金と比較すると数分の一程度と小さいという課題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO 2014/004398 A1
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】K. Yakushiji, A. Fukushima, H. Kubota, M. Konoto, and S. Yuasa, "Ultralow-Voltage Spin-Transfer Switching in Perpendicularly Magnetized Magnetic Tunnel Junctions with Synthetic Antiferromagnetic Reference Layer", Appl. Phys. Express, Vol.6, No.11, p113006 (2013).
【非特許文献2】S. Mizukami, F. Wu, A. Sakuma, J. Walowski, D. Watanabe, T. Kubota, X. Zhang, H. Naganuma, M. Oogane, Y. Ando, and T. Miyazaki, "Long-Lived Ultrafast Spin Precession in Manganese Alloys Films with a Large Perpendicularly Magnetic Anisotropy", Phys. Rev. Lett., Vol.106, No.11, p117201 (2011).
【非特許文献3】H. Lee, H. Sukegawa, J. Liu, T. Ohkubo, S. Kasai, S. Mitani, and K. Hono, "Ferromagnetic MnGaN thin films with perpendicular magnetic anisotropy for spintronics applications", Appl. Phys. Lett, Vol. 107, No.3, p.032403 (2015).
【非特許文献4】D. Fruchart and E. F. Bertaut, "Magnetic Studies of the Metallic Perovskite-Type Compounds of Manganese", J. Phys. Soc. Jpn., Vol.44, No.3, pp.781-791 (1978).
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の垂直磁化膜は、前記のとおりの
(Mn
1−xM
x)N
y
(0<x≦0.5、0<y<0.1)
の組成を有するものであるが、金属元素Mとしては、代表的には、また好ましいものはGa(ガリウム)である。Gaに代わるものとしては、Geである。これらの金属原子は窒化前のMn
1−xM
x合金がD0
22構造もしくはL1
0構造を有する強磁性体であることから選択されたものである。ここでL1
0構造を含む理由として、L1
0構造はD0
22構造と非常に類似した結晶構造であり、Mn
1−xM
x合金においては、Mn
75M
25の組成において厳密なD0
22構造が得られ、M組成を増加するにしたがってMnのサイトを一部Mが置換されL1
0構造のMn
50M
50へと連続的に変化していくためである。いずれの構造においても強い垂直磁気異方性を示す。
【0016】
金属元素Mは、GaとGeの2種を含んでもよく、この組成によって磁気特性を調整できる。0<x≦0.5としたのは、窒化前のMn−MがD0
22型もしくはL1
0型を有する組成を含むためである。またy<0.1としたのは(Mn
1−xM
x)
4Nの化学量論組成を有するE2
1ペロブスカイト構造が安定に得られうる0.1≦y≦0.2の範囲よりも少ない窒素量とすることで、D0
22またはL1
0構造を安定化させるためであり、キュリー温度と磁気特性を高く保つためでもある。
【0017】
本発明の垂直磁化膜は、前記組成のように、Mn
3MNに比して窒素(N)不足の組成比を有している。
【0018】
本発明の垂直磁化膜構造、そして垂直磁化型トンネル磁気抵抗(MTJ)素子構造は、以上の垂直磁化膜を必須の要件としている。
【0019】
そこで、以下に、前記組成の金属元素MがGa(ガリウム)である場合の垂直磁化膜を例として、より詳しく本発明の実施の形態について説明する。
(A)基本構造
図1、
図2、
図3は、各々本発明の実施形態に係る垂直磁化膜構造1および4、垂直磁化MTJ素子9について示した概要図である。
【0020】
図1に示すように、本発明の一実施形態である垂直磁化膜構造1は、基板2と垂直磁化膜層3からなる。基板2としては、例えば、好ましくは、塩化ナトリウム(NaCl)構造を有する(001)面方位の酸化マグネシウム(MgO)単結晶である。また、基板2は(001)面方位に配向した面内多結晶MgO膜でもよく、MgOの代わりにNaCl構造を持つマグネシウム−チタン酸化物(MgTiO
x)、ペロブスカイト構造のSrTiO
3、スピネル構造のMgAl
2O
4を用いてもよい。
【0021】
図2に示した本発明の一実施形態である垂直磁化膜構造4は、基板5に対して、非磁性層または電気伝導層としての下地層6、垂直磁化膜層7、非磁性層8の順に積層されている。基板5と垂直磁化膜層7は、それぞれ
図1の基板2、垂直磁化膜層3と同じ意義を有している。非磁性層または電気伝導層としての下地層6としては、例えば、上記基板5上に単結晶成長するクロム(Cr)、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ルテニウム(Ru)やこれらの合金などから構成される電気伝導層である。非磁性層8としては、例えばMgOなどの酸化物膜を配置することにより垂直磁化層3の垂直磁気異方性を向上できる。また酸化などによる表面へのダメージを抑制できるRuなどの貴金属層を用いることができる。
【0022】
図3は、本発明の一実施形態である垂直磁化MTJ構造9について示した概要図である。垂直磁化MTJ構造9は、基板10、下地層11、第一の垂直磁化膜層12、非磁性層13、第二の垂直磁化膜層14、及び上部電極15を含んでいる。基板10と下地層11、第一の垂直磁化膜層12は、それぞれ
図2の基板5、下地層6、垂直磁化膜層7と同じ意義を有している。ここで、下地層11は必ずしも必要が無い。
【0023】
非磁性層13は酸化物層であり、MTJ素子ではトンネルバリアとしての役割を有する。また第一の垂直磁化膜層12の垂直磁気異方性を増強する役割も持つ。以下では非磁性層13のことをトンネルバリア層と呼ぶ。トンネルバリア層13としては、組成材料として、好適には、MgO、スピネル(MgAl
2O
4)、酸化アルミニウム(Al
2O
3)を採用でき、その膜厚は0.8nmから3nm程度である。MgAl
2O
4、Al
2O
3については立方晶であれば陽イオンサイトの不規則化した構造を有しても良い。トンネルバリア層13は(001)面およびそれに等価な面方位に成長していることが好ましい。第一の垂直磁化膜層12とトンネルバリア層13の間には、第一の垂直磁化膜層12の磁気特性を向上させる目的で、(001)面方位をもって成長した立方晶材料からなる層、例えば、コバルト(Co)基フルホイスラー合金やbcc構造のコバルト−鉄(CoFe)合金、Co
1−xFe
x(0<x≦1)を介在させてもよい。フルホイスラー合金とはL2
1型の構造をもち、Co
2XY(Xは遷移金属、Yは主に典型元素)の化学組成を持ち、X、Y原子サイトは例えば、X=Fe、Cr、Mn及びその合金、Y=Al、Si、Ge、Ga、Sn及びその合金である。Co基フルホイスラー合金の形態としてL2
1型以外に、XとY原子サイトが不規則化した構造であるB2構造でも良い。また、CoFe合金にはホウ素を含むコバルト−鉄−ホウ素(CoFeB)合金も含まれる。
【0024】
第二の垂直磁化膜層14はトンネルバリア層13と直接接しており、第一の垂直磁化膜層12と同一もしくは同種、または、Co基フルホイスラー合金やCoFe合金を用いることができる。また第二の垂直磁化膜層14には、これらに加えて、正方晶材料、例えばL1
0系合金XY(X=Fe、Co、Y=Pt、Pd)、D0
22型もしくはL1
0型のマンガン合金、マンガン−ガリウム(Mn−Ga)合金およびマンガン−ゲルマニウム(Mn−Ge)合金など、も(001)成長可能であるため、適用できる。また、この層にはアモルファス構造を有する垂直磁化膜、たとえばテルビウム−コバルト−鉄(Tb−Co−Fe)合金膜を含んでも良い。
【0025】
上部電極15は第二の垂直磁化膜層14の上に設けられる金属保護層である。例えば、好ましくは、Ta、Ruを用いることができる。
【0026】
本発明の実施形態である垂直磁化膜構造を垂直磁気記録媒体として用いる場合、下地構造および垂直磁化膜層は結晶方位が配向した微小結晶粒からなる薄膜構造が必要となる。アモルファス構造の熱酸化膜付Si基板やガラス基板上には(001)結晶配向したMgOやMgTiO
xの多結晶膜をスパッタ成膜により作製可能であり、本実施形態の下地構造の下地として用いることができる。例えば熱酸化膜付Si基板/MgO/Cr/垂直磁化膜構造を利用可能である。
(B)製造方法
次に、前記の垂直磁化膜構造1、4および垂直磁化MTJ素子構造9の製造方法について説明する。
【0027】
図1での垂直磁化膜3の作製方法としては、例えば、基板2を(001)面方位をもつ前記のとおりの各種の酸化物、例えばMgOとし、薄膜形成装置、例えば超真空マグネトロンスパッタ装置(到達真空度4×10
−7Pa程度)を用い、Mn−Ga合金ターゲットに、プロセスガスとしてアルゴンガスに窒素ガスを加えたものを用いて、高周波(RF)スパッタにより成膜を行う。Mn−Gaの組成としては、例えば元素比70:30%である。成膜の際の基板温度として、400〜600℃を用いる。アルゴンガス圧と窒素ガス圧の比率(η)を例えば0.1〜0.8%の範囲で調整し、これらの合計のガス圧を0.27Paに固定する。N組成を少なく保つため、これらのガス圧と基板温度は精密に決定される。これらによってMn−GaのD0
22M
3Gaと同様のD0
22型結晶構造を持つ、均一で平滑な垂直磁化した本発明のMn−Ga−N膜を得ることができる。Mn−Ga−N膜厚は例えば5〜50nmであるがより薄くてもよい。スパッタプロセスガスとしてアルゴンガスの代わりに、他の希ガス(クリプトン、ネオン、キセノン)も利用できる。RFスパッタの代わりにDCスパッタ、電子線蒸着法など他の気相成膜法も利用できる。ターゲット材料としてはMn−Ga組成としてMn50%以上であればこれも適用できる。窒素量を調整したMn−Ga−Nターゲットからの直接成膜も可能である。
【0028】
図2における垂直磁化膜7、
図3における垂直磁化膜13についても以上と同様の操作により成膜することができる。後述の実施例でも採用しているマグネトロンスパッタ装置を用いてのアルゴンガス圧下でのRFスパッタの場合、代表的には、基板の温度300℃〜600℃で、アルゴンガス圧に対しての窒素(N
2)量ηは例えば0.7%程度より小さく設定することで、Mn−Ga膜中に10原子%以下の濃度で窒素が導入され、D0
22型構造、もしくはD0
22型構造を主体とするMn−Ga−N垂直磁化膜が製造される。この場合の、窒素(N
2)量に対応して、前記の(Mn
1−xM
x)N
y組成で、M=Gaが得られる。
【0029】
Mn−Ga−N垂直磁化膜の場合、D0
22型構造のためには、MnとGaとの組成比に係わるXは、好ましくは0.2〜0.4の範囲である。また窒素Nの組成に係わるyについては、0<y<0.1、より好ましくは0<y<0.05、さらに好ましくは0<y<0.02の範囲であるが、前記の窒素(N
2)量との関係としては、0<η<0.7%を目安として考慮することができる。
【0030】
図2、
図3での下地層6および11の作製方法としては、例えば、基板5および10を上記基板2のMgO基板とし、同一のスパッタ装置を用いてCrを成膜する。成膜時の基板温度は室温であり、プロセスガスとして純アルゴンガスを用いる。ガス圧として例えば0.13Paを用いる。これによって立方晶で(001)方位に成長したCr下地が作製できる。さらにCr層形成後に200〜800℃で真空中ポスト加熱処理を行うことで、平坦性と結晶構造を制御できる。垂直磁化膜7および12は、上記垂直磁化膜3と同じ方法で作製できる。
【0031】
次に、
図3の構造では、作製したMn−Ga−N膜上にトンネルバリア層13としてMgO層を、例えば1〜2nm程度の膜厚で形成する。MgO膜形成には、MgOターゲットからの直接RFスパッタ成膜や、金属マグネシウム(Mg)をスパッタ成膜後に酸化処理する方法を用いることができる。MgO層の形成後に200℃程度のポスト加熱処理を行うことで結晶品質が向上でき、(001)配向性が向上することでより高いトンネル磁気抵抗(TMR)比が得られる。
【0032】
図3の構造では、その次に第二の垂直磁化膜層14として、例えば、CoFeBアモルファス層をスパッタ成膜により形成し、その膜厚は例えば1.3nmとする。その上に上部電極15として、例えば5nm膜厚のTaと、例えば10nm膜厚のRu層の積層膜を同様にスパッタ成膜により形成する。Co−Fe−B層のホウ素(B)は加熱処理によってTa層へ原子拡散することで濃度が薄まることによって、MgOトンネルバリア層から結晶化し、(001)面方位のbcc構造へと変化する。これによって第一の垂直磁化膜層12/トンネルバリア層13/第二の垂直磁化膜層14が(001)面に結晶方位がそろうことで高いTMR比が得られる。この結晶化を促進するためにMgO層とCoFeB層間に結晶質のCoFe層を0.1〜0.5nm挿入することができる。
【0033】
次に上部電極15として例えばTa(0.5〜10nm程度)、Ruを(2〜20nm程度)もしくはTa/Ru積層膜をスパッタ法により室温で成膜する。
【0034】
作製した多層膜構造は適宜熱処理を施すことでTMR特性が向上する。最後に多層膜構造は電子線リソグラフィー、フォトリソグラフィー、イオンエッチング装置などを用いた一般的な微細加工技術によりピラー素子状に加工し、電気伝導特性を評価可能な構造を形成させる。
【0035】
そこで、次に実施例を示し、本発明の実施形態の垂直磁化膜とそれを用いた垂直磁化MTJ素子構造の特性について説明する。
【実施例1】
【0036】
(磁気特性)
前記(B)製造方法に基づいてMgO基板上にMn−Ga−N膜についての磁気特性について説明する。
図4(a)、(b)には、
図1の構造において、基板をMgO(001)とし、50nmの設計厚さ、基板温度Ts=480℃の基板温度、Mn
70Ga
30ターゲットを用いてスパッタ法で作製したMnGa(N)膜の磁化曲線を示す。ここでIn-plane、Perpendicularとは外部磁場μ
0Hをそれぞれ膜面内、膜垂直方向へ印加して測定したことを示す。ここで、誘導結合プラズマ法による分析によって、Mn:Ga原子比は75:25%と確認された。
図4(a)、(b)は、それぞれ窒素ガス比0%(窒素導入なし)および窒素ガス比η=0.33%の条件でMnGaターゲットからスパッタを行ってMn−Ga(−N)薄膜を作製した例を示している。これらは基板からのバックグランド信号を取り除いてあり、Mn−Ga(−N)膜のみの磁化曲線に相当する。両方の膜は明確に膜垂直磁場印加時に角形の良い磁気ヒステリシスを示す。一方で、面内磁場印加時には磁化が飽和しにくいことがわかる。したがって、これらは膜垂直方向が容易磁化方向となった垂直磁化膜となっていることを示している。
【0037】
また、
図4から、窒化前では磁気異方性エネルギー密度Kuは約1.8MJ/m
3、窒化後(η=0.33%)では約1MJ/m
3と算出された。したがって、窒化後においても高い磁気異方性エネルギー密度Kuが得られることがわかる。なお、窒素ガス比1%の条件でMn−Gaターゲットからスパッタを行った場合には、磁気異方性エネルギー密度Kuは0.2MJ/m
3と低くなり、ペロブスカイト構造E2
1への変態によることを示している。さらに、窒素ガス比3%の条件でMn−Gaターゲットからスパッタを行った場合には、磁化曲線は面内方向と面垂直方向で明確な違いが認められず、窒素ガス比が低い時とは異なり磁気ヒステリシスがみられない。したがって、Mn−Ga−N中の窒素量の増加によって強磁性から反強磁性へと変化したことを示している。
(結晶構造)
図5(a)は、上記のMn−Ga(−N)膜のX線回折プロファイルを窒素量ηによる影響を示したものである。この
図5(a)から、η=0.25%のMn−Ga−N膜は、Mn−Ga膜(η=0%)と同様のD0
22型であることが確認された。η=0.33%以上ではペロブスカイト相(E2
1)が共存するようになり、η=0.66%ではE2
1相がより主体となった膜になることがわかる。
【0038】
図5(b)は、上記のMn−Ga(−N)膜のX線プロファイルから決定された膜面内方向の格子定数(a)、膜垂直方向の格子定数(c)をD0
22構造およびE2
1構造にわけて示した図である。D0
22ではc/2としてプロットしている。この
図5(b)から、格子定数aはηによらず、また、D0
22、E2
1構造の両方で同一であることがわかる。一方、D0
22構造のc/2はηによって増加する。また、E2
1構造の格子定数cはD0
22のc/2よりも大きいことがわかる。この振る舞いは
図6に示した結晶構造の対応関係の模式図から理解できる。ここでD0
22構造においてMn
IとMn
IIと示しているのは、2つの異なった対称位置にMn原子が位置するため区別するためである。すなわちD0
22構造Mn
3GaとE2
1構造Mn
3GaNは、膜面内方向(aおよびb方位)は両者でほぼ等しい。そのため膜が(001)方位を持って成長しているためにD0
22構造からE2
1構造へ面内方位の結晶構造をほとんど変化させることなく連続的に構造変態することが可能となっている。またD0
22とE2
1構造の類似性から、導入された少量のN原子はD0
22構造ではMn−Mnの原子間に導入され、膜垂直格子定数cをηに対して増加させていると考えられる。したがって導入される窒素量が少ない場合、高い磁気異方性エネルギー密度Kuを示すD0
22構造を保持することができる。
【0039】
図7にはη=0.33%として作製したMn−Ga−N膜の断面電子顕微鏡増(HAADF−STEM像)およびエネルギー分散型X線分光法(EDS)による元素分析結果を示している。まず、
図7(a)からMn、Ga、Nの各元素が膜全体に均質に分散していることがわかる。
図7(b)には(a)のScan areaに対応する箇所の各元素の膜面直方向のプロファイルを示しており、これによるとMnGaN膜の組成は、
(Mn
1−xGa
x)N
y
において、x=0.3、y=0.005
と確認された。
(表面構造)
原子間力顕微鏡による1×1μm
2の面積の観察によれば(a)η=0%に比べ、(b)η=0.33%の表面平均ラフネスRaは1.76nmから0.48nmと低下し、平坦性が向上していることがわかる。このことは
図8(a)、(b)のSTEM像によって確認される。η=0%の場合、基板面まで貫通する穴が見られ、平坦性を大きく損なっているが、η=0.33%の窒素導入によって非常に平坦構造が得られる。したがって、MTJ素子用垂直磁化層として適している膜構造が得られている。
【実施例2】
【0040】
アルゴンガスに対する窒素(N
2)比ηを0.25%〜0.66%の範囲において変更し、膜厚50nm、基板温度480℃でのマグネトロンスパッタ成膜した場合の、Mn−Gaの組成比との関係について評価した。実施例1のMn
75Ga
25に加え、Mn
71Ga
29のMnGa組成膜について評価を行った。
【0041】
図9(a)は、Mn
71Ga
29についてのN
2比ηの変化にともなうX線回折(XRD)の結果を示したものである。
図5(a)で示したMn
75Ga
25の組成の結果とは異なりDO
22構造がより高いηの値まで安定して得られていることがわかる。η=0.33%では、ペロブスカイトE2
1構造はみられず、D0
22構造が単一相として得られている。
図9(b)はηによる格子定数aおよびcの変化を示した図である。この組成においても、a値はηによらず、c値はη増加にしたがって増加する傾向を示す。
【0042】
また、
図10は、組成(1)Mn
75Ga
25、(2)Mn
71Ga
29の各々について、磁化Ms、並びに磁気異方性エネルギー密度Ku、平均ラフネス値Raの窒素量η依存の関係を示している。まずMsはη増加によって低減することが可能であることがわかる。組成(1)と(2)でMsの大きさが異なる理由は、
図6のD0
22構造Mn
3Ga結晶格子の模式図におけるMn
IとMn
IIの比率がMn−Ga組成によって変わるためである。Mn
IとMn
IIは矢印で示した通り磁気モーメントがお互い一部打ち消し合っている。そのためMn量が少ない場合打ち消し合いが弱められるため組成(
2)ではよりMsが大きくなる。以上から、Mn−Gaの組成による磁化変化とともに、窒素量によって磁化の変調が可能であることがわかる。また、Mnの少ない組成(2)においては、D0
22構造がより安定であるため、より高いηまで強い垂直磁気異方性エネルギー密度Kuが保持されていることがわかる。一方、Raは、0.25%以上で組成(1)(2)のいずれも十分に小さい。
【0043】
図11(a)には組成(1)Mn
75Ga
25の磁化曲線を、
図11(b)には組成(2)Mn
71Ga
29とし窒素量η=0.66%における各々の磁化曲線を示したものである。磁気異方性エネルギー密度Kuの大きさはPerpendicular曲線とIn-plane曲線のそれぞれとy軸が囲む面積の大きさに比例するため、組成(2)においてより高い磁気異方性エネルギー密度Kuであることがわかる。したがって組成(2)がより良好な垂直磁化膜であることがわかる。
【0044】
以上から、非常に少量の窒素導入による平坦化が実現されること、さらにMn組成の調整によって磁気異方性エネルギー密度Kuも高く保持することが可能であり、MTJ素子用垂直磁化膜として至適であることがわかる。
<比較例1>
次により高い窒素量を用いた場合について比較する(非特許文献3)。η=1%、基板温度Ts=480℃、Mn
75Ga
25の組成を用いて得られたMnGaN膜はE2
1構造を持ち、磁気異方性エネルギー密度Kuは0.1MJ/m
3と小さかった。このMn−Ga−N膜の組成は、EDS分析から組成式
(Mn
1−xGa
x)N
y
においてx=0.36、y=0.12
と確認された。したがって、y>0.1の場合においてはD0
22構造を保持することが困難であり、高い磁気異方性エネルギー密度Kuを示さない。