【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前記特許文献1に開示されたような硝酸銅を用いた電解精錬では、Sの含有量を0.05ppm程度までしか低減できないという課題があった。また、前記特許文献2に開示されたような2段階の電解精錬を行う方法では、浴温を一時的に10℃以下にしてフィルタで不純物を除去しながら、2段階の電解により精錬を行う必要があり、設備的に費用がかかるという課題があった。さらに、前記特許文献3に開示されたような添加剤として、Sを含まないPEGやPVAを用いる方法では、析出する高純度電気銅中のSの含有量を0.005ppm以下とすることができ、品質を向上させることができる。
【0006】
ところが、例えば、PEG1000とPVA500(1000および500は分子量を示す)を使用した場合、面積が30cm角未満の小型のカソード(SUS板)を用いる場合には問題がないけれども、面積が30cm角以上の大型のカソード(SUS板)を用いて電解を行うと、カソード上に析出した高純度電気銅が非常に脆くなるという現象が起こる。そのため、析出した高純度電気銅をSUS板から剥がす際に割れてしまうため、次の工程である鋳造に移行する高純度電気銅の歩留まりが悪くなり、結果として、最終製品である高純度電気銅の生産性が大きく低下するという課題があった。
【0007】
一方、添加量の分子量を大きく(PEG2000以上)すると脆さは改善されるものの、分子量の増加に伴い電解中のカソード(高純度電気銅)中に引張応力が発生する。そして、この引張応力が大きくなると、カソードは電解中にSUS板から反るように剥がれてしまう。この現象も、面積が30cm角未満の小型のカソード(SUS板)を用い、電解時間が短い場合には、反ることはあっても剥がれることは殆どないため特に問題はない。しかしながら、量産化を行う場合、大面積のカソードを用いて可能な限り、高い電流密度にて電解を行うことが必須の条件となるが、このような条件下では、カソードに析出する高純度電気銅が、剥がれやすく、電解中に高純度電気銅がカソード板から剥がれ、電槽内に落下してしまうという課題があった。
【0008】
そこで、本発明が解決しようとする技術的課題、すなわち、本発明の目的は、大面積(例えば、100cm角)のカソード板を用いて高純度電気銅の電解精製を行った場合においても、(1)カソード板に析出する高純度電気銅が十分な剛性を有している、(2)電解中にカソード板に析出する高純度電気銅が剥がれない、(3)電流密度を上げて電解を行うことにより生産性を上昇させることができる、という3つの条件を満たす高純度電気銅の電解精製方法およびそれによって得られた高純度電気銅を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、大面積(例えば、100cm角)のカソードを用いて高純度電気銅の電解精製を行った場合においても下記の(a)〜(c)の条件のいずれか、および、(d)を満足する電解条件で電解精錬を行った場合、(1)脆くない、(2)剥がれない、という条件を満たす高純度電気銅が得られるという知見を得た。
(a)電解条件が、PEGの分子量が1000では、電流密度:1.2〜2.2A/dm
2、
(b)電解条件が、PEGの分子量が1500では、電流密度:0.8〜1.7A/dm
2、
(c)電解条件が、PEGの分子量が2000では、電流密度:0.4〜1.2A/dm
2、
のいずれかであり、
(d)電解液中の添加剤濃度:20ppm以上(原単位換算をした場合、500mg/析出銅1kg以上)
前記(a)〜(c)の条件のいずれか、および、(d)を満足する電解条件で得た高純度電気銅は、Sの含有量が0.01ppm以下であるとともに、すぐれた剛性を有し、耐剥離性にもすぐれていることを解明した。さらに、その高純度電気銅は、結晶子サイズ、配向指数が所定の関係を有していることも突き止め、これまで手探りであった電解条件と、析出する高純度電気銅の機械的特性と、結晶レベルの構造との関係が明らかとなり、再現性よく、高品質の高純度電気銅を高い生産性レベルで電解精製することに道を拓いた。
【0010】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1)金属不純物の含有量の合計が1ppm以下の高純度電気銅において、
(a)前記高純度電気銅のSの含有量が0.01ppm以下であり、
(b)前記高純度電気銅の
電解液面側の面の結晶子サイズが400nm以下であり、
(c)前記高純度電気銅の
カソード電極側の面の結晶子サイズが140nm以上であり、
(d)前記高純度電気銅の
カソード電極側の面の配向指数が、
(1,1,1)面の配向指数>(2,2,0)面の配向指数
であることを特徴とする高純度電気銅。
(2)前記高純度電気銅の
電解液面側の面の結晶子サイズが200〜400nmであることを特徴とする(1)に記載の高純度電気銅。
(3)前記高純度電気銅の
カソード電極側の面の結晶子サイズが140〜200nmであることを特徴とする(1)に記載の高純度電気銅。
(4)前記高純度電気銅において、ストリップ応力測定法により測定した応力値が、−13.2〜2.8N/mm
2であることを特徴とする(1)乃至(3)のいずれかに記載の高純度電気銅
。」
を特徴とするものである
。
【0011】
つぎに、本発明について詳細に説明する。
【0012】
本発明の高純度電気銅の電解精製方法の最も重要な特徴は、電解液中に含有させるPEGとPVAを混合させてなる添加剤の濃度管理と、PEGの分子量に応じた電解時の電流密度管理にある。まず、第1の特徴は、添加剤の含有量を20ppm以上となるように濃度管理することにある。この添加剤は電解と共に消費されるため、適切な量を常時補充する。濃度管理を行うことで、電解による添加剤の消費以外の要因(電解液の希釈)によって添加剤が減少した場合にも、濃度を調整することで、常に20ppm以上を保ち、安定して電解を行うことができる。ここで、添加剤の含有量を20ppm以上とする理由は、添加剤には、電解時におけるカソード平面を平滑にするとともに不純物の共析を抑制するという効果があるが、20ppm未満であると、この効果が十分に発揮されず、高純度で高品質な高純度電気銅を得ることができない。一方、本発明においては、特に限定はしていないが、添加剤の含有量が400ppmを超えると、アノードの電流効率が低下する傾向にある。そこで、添加剤の含有量は400ppm以下とすることが好ましい。添加剤の含有量は、更に好ましくは20〜80ppmである。また、PEGとPVAを混合させてなる添加剤のPEG:PVAの好ましい混合比率は体積比で4:1〜1:1である。
【0013】
電解液中の添加剤の含有量を20ppm以上に保つためには、原単位換算をした場合、添加剤は500mg/析出銅1kg以上は必要となる。これを、前述した特許文献3に開示された先行技術と比較してみると、特許文献3に開示された先行技術では、同文献の表1に記載されているように添加剤を300mg/析出銅1kgしか補充しておらず、その結果、カソード電極に析出した高純度電気銅は脆く、電解液面側の結晶子サイズも400nmを超えており、本発明品に比べ特性が十分でないことがわかる(詳細は後述する比較例参照)。
【0014】
また、本発明の第2の特徴は、PEGの分子量に応じて電解時の電流密度を適切に制御することである。
すなわち、本発明者らは、PEGの分子量が大きくなるほど電解時に、カソード電極に析出する高純度電気銅に大きな引張応力が働くことを見出した。これは、PEGの分子量が大きくなるほど金属に対する親和力が大きくなり、カソード電極表面への吸着力も大きくなるため、高純度電気銅の析出に伴い、引張応力が高純度電気銅の中に次第に蓄積され、その結果として、高純度電気銅に大きな応力が働くためである。
【0015】
そこで、本発明者らは、PEGの分子量が大きくなるにつれて、電解時の電流密度を低減させることにより、カソードに析出する高純度電気銅に過度な応力を加えることなく、高品質な高純度電気銅を得ることに成功した。
具体的には、電解条件が、PEGの分子量をZ、電解時の電流密度をX(A/dm
2)とするとき、PEGの分子量Zが1000≦Z≦2000、電解時の電流密度Xが1.2―(Z−1000)×0.0008≦X≦2.2−(Z−1000)×0.001の関係を満たす条件で電解する。
PEGの分子量Zは、好ましくは1000〜1500である。
【0016】
電解条件を前述のように定めた理由は、本発明者らがデータマイニング(大量のデータを統計的、数学的手法で分析し、法則や因果関係を見つけ出す技術)の手法を用いて調べたところ、高純度電気銅が電解中にカソード電極から剥がれる、もしくは得られる高純度電気銅が脆くなる事と電流密度との間には、前述の関係式のような関係があることを見出した。
図1は、PEGの分子量(Z)と電流密度(X)を種々の値に設定して電解を行い、高純度電気銅の剥がれ及び脆さを評価した結果を示す。
電流密度(X)が2.2−(Z−1000)×0.001で算出される値よりも大きい場合、高純度電気銅に剥がれが生じた。すなわち、
図1にプロットした電解条件がX=2.2−(Z−1000)×0.001の線分よりも上に位置すると、剥がれが生じた。
電流密度(X)が1.2−(Z−1000)×0.0008で算出される値よりも小さい場合、高純度電気銅が脆いことが分かった。すなわち、
図1にプロットした電解条件がX=1.2−(Z−1000)×0.0008の線分よりも下に位置すると、脆くなった。
以上の結果から、上述した関係式が得られた。
【0017】
実際には、市販されているPEGは、分子量を任意に選べるわけでなく、ある程度、特定されている。
本発明の場合、利用しやすいPEGとしては、分子量が1000、1500、2000のものであり、各PEGに対応する電解条件は、
PEGの分子量:1000では、電流密度:1.2〜2.2A/dm
2、
PEGの分子量:1500では、電流密度:0.8〜1.7A/dm
2、
PEGの分子量:2000では、電流密度:0.4〜1.2A/dm
2、
となる。