特許第6716198号(P6716198)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6716198
(24)【登録日】2020年6月12日
(45)【発行日】2020年7月1日
(54)【発明の名称】検体分析方法および検体分析装置
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/68 20180101AFI20200622BHJP
   C12Q 1/6841 20180101ALI20200622BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20200622BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20200622BHJP
   G01N 33/574 20060101ALI20200622BHJP
   G01N 21/64 20060101ALI20200622BHJP
   G01N 21/78 20060101ALI20200622BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20200622BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20200622BHJP
【FI】
   C12Q1/68
   C12Q1/6841 Z
   C12Q1/686 Z
   G01N33/53 M
   G01N33/574 D
   G01N21/64 F
   G01N21/78 C
   C12Q1/02
   C12M1/00 A
【請求項の数】9
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2015-65666(P2015-65666)
(22)【出願日】2015年3月27日
(65)【公開番号】特開2016-185075(P2016-185075A)
(43)【公開日】2016年10月27日
【審査請求日】2018年3月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】390014960
【氏名又は名称】シスメックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100111383
【弁理士】
【氏名又は名称】芝野 正雅
(72)【発明者】
【氏名】久保 卓也
(72)【発明者】
【氏名】岩永 茂樹
【審査官】 斉藤 貴子
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2013/0023433(US,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2010/0120060(US,A1)
【文献】 特開平08−033500(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2013/0027518(US,A1)
【文献】 藤田克昌,化学とバイオイメージング,化学と生物,2011年,Vol.49, No.12,pp.852-856
【文献】 小路武彦,光顕in situハイブリダイゼーションによる特異的RNA分子の細胞質内不均一分布証明,電子顕微鏡,2002年,Vol.37, No.2,P.77-80
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/68
C12Q 1/02
C12M 1/00
G01N 1/34
G01N 33/53−33/60
G01N 21/62−21/74
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定試料に対する脱パラフィン処理工程と、
前記測定試料に対する賦活化処理工程と、
前記測定試料に対するプロテアーゼ処理工程と、
前記測定試料に熱を与えてDNAに変性を生じさせるDNA変性処理工程と、
前記測定試料から生じる自家蛍光を抑制するブリーチング工程と、
前記測定試料中の被検物質に蛍光色素を結合させる標識工程と、
前記測定試料に光を照射して前記蛍光色素から生じる蛍光を撮像する撮像工程と、を含み、
前記ブリーチング工程の前に前記脱パラフィン処理工程、前記賦活化処理工程、前記プロテアーゼ処理工程および前記DNA変性処理工程を行い、
前記脱パラフィン処理工程は、前記測定試料を44℃以上に高める処理を含み
前記賦活化処理工程および前記DNA変性処理工程は、前記測定試料を62℃以上に高める処理を含む、検体分析方法。
【請求項2】
前記ブリーチング工程は、前記測定試料に光を照射して前記測定試料から生じる前記自家蛍光を抑制する、請求項に記載の検体分析方法。
【請求項3】
前記撮像工程により得られた撮像画像を処理して前記被検物質を検出する解析工程をさらに含む、請求項1または2に記載の検体分析方法。
【請求項4】
前記測定試料は、乳癌の病変組織から採取した細胞であり、
前記被検物質は、HER2遺伝子である、請求項1ないしの何れか一項に記載の検体分析方法。
【請求項5】
前記蛍光色素は、励起用の光が照射されると蛍光が励起される活性状態と、前記励起用の光が照射されても蛍光が励起されない不活性状態と、にスイッチング可能であり、
前記撮像工程は、前記蛍光色素を消光させる不活性化処理と、消光された前記蛍光色素のうち一部の前記蛍光色素を活性化する活性化処理と、測定試料に前記励起用の光を照射して前記蛍光を撮像する撮像処理と、を含む、請求項1ないしの何れか一項に記載の検体分析方法。
【請求項6】
測定試料に含まれる被検物質を撮像するための前処理を前記測定試料に施す前処理部と、
前記前処理部により前処理が施された前記測定試料を撮像する撮像部と、
前記撮像部により得られた撮像画像を処理して前記被検物質を抽出する解析部と、
を備え、
前記前処理部は、
前記測定試料に対する脱パラフィン処理を行う処理ユニットと、
前記測定試料に対する賦活化処理を行う処理ユニットと、
前記測定試料に対するプロテアーゼ処理を行う処理ユニットと、
前記測定試料に熱を与えてDNAに変性を生じさせるDNA変性処理を行う処理ユニットと、
前記測定試料に自家蛍光を抑制するためのブリーチング処理を行う処理ユニットと、
前記測定試料中の被検物質に蛍光色素を結合させる標識処理を行う処理ユニットと、を含み、
前記脱パラフィン処理を行う処理ユニット、前記賦活化処理を行う処理ユニット、前記プロテアーゼ処理を行う処理ユニットおよび前記DNA変性処理を行う処理ユニットは、前記ブリーチング処理を行う処理ユニットよりも先に前記測定試料に処理を行い、
前記撮像部は、
前記前処理が施された前記測定試料に光を照射して前記蛍光色素から生じる蛍光を撮像し、
前記脱パラフィン処理は、前記測定試料を44℃以上に高める処理を含み、
前記賦活化処理および前記DNA変性処理は、前記測定試料を62℃以上に高める処理を含む、検体分析装置。
【請求項7】
前記ブリーチング処理を行う処理ユニットは、前記測定試料に光を照射して前記測定試料から生じる前記自家蛍光を抑制する、請求項に記載の検体分析装置。
【請求項8】
前記測定試料は、乳癌の病変組織から採取した細胞であり、
前記被検物質は、HER2遺伝子である、請求項6または7に記載の検体分析装置。
【請求項9】
前記蛍光色素は、励起用の光が照射されると蛍光が励起される活性状態と、前記励起用の光が照射されても蛍光が励起されない不活性状態と、にスイッチング可能であり、
前記撮像部は、前記蛍光色素を消光させる不活性化処理と、消光された前記蛍光色素のうち一部の前記蛍光色素を活性化する活性化処理と、測定試料に前記励起用の光を照射して前記蛍光を撮像する撮像処理と、を実行する、請求項6ないし8の何れか一項に記載の検体分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、測定試料を撮像した撮像画像により測定試料中の被検物質を分析する検体分析方法および検体分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
所定の疾病においては、特定の遺伝子や特定のタンパク質等が、病状の進行に関与する。被験者から採取した細胞について特定の物質の存在および状況を確認することは、これら疾病の診断や治療方針を決定する際に極めて有用である。
【0003】
特定の物質の検出は、たとえば、特定の物質を蛍光色素により標識し、蛍光色素から生じる蛍光を撮像することにより行われる。被検細胞を含む測定試料に光を照射することにより蛍光色素から蛍光が励起されるが、測定試料によっては、励起用の光の照射により測定試料自身から自家蛍光が生じる場合がある。この自家蛍光は、蛍光色素から生じる蛍光に対しバックグラウンドノイズとなる。
【0004】
特許文献1には、この自家蛍光を抑制する手法が記載されている。特許文献1に記載の手法では、測定試料に光を照射することにより自家蛍光の発生が抑制される。このように測定試料に所定の作用を付与して自家蛍光を抑制することを、一般にブリーチングと呼ぶ。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許公開公報 US2010/0120060A1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
病状の進行に従って増幅する特定の遺伝子として、乳癌の予後因子であるHER2遺伝子が知られている。本願発明者らは、被験者の病変組織から採取した乳癌を模擬したゼノグラフトでできた測定試料に対し乳癌の細胞分析を行う際に、上記特許文献1の手法を適用して自家蛍光の抑制を試みた。しかしながら、測定試料から生じる自家蛍光を効果的に抑制できず、蛍光色素から得られる蛍光を精度良く検出できなかった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の態様に係る検体分析方法は、測定試料に対する脱パラフィン処理工程と、前記測定試料に対する賦活化処理工程と、前記測定試料に対するプロテアーゼ処理工程と、前記測定試料に熱を与えてDNAに変性を生じさせるDNA変性処理工程と、前記測定試料から生じる自家蛍光を抑制するブリーチング工程と、前記測定試料中の被検物質に蛍光色素を結合させる標識工程と、前記測定試料に光を照射して前記蛍光色素から生じる蛍光を撮像する撮像工程と、を含む。検体分析方法は、前記ブリーチング工程の前に前記脱パラフィン処理工程、前記賦活化処理工程、前記プロテアーゼ処理工程および前記DNA変性処理工程を行い、前記脱パラフィン処理工程は、前記測定試料を44℃以上に高める処理を含み前記賦活化処理工程および前記DNA変性処理工程は、前記測定試料を62℃以上に高める処理を含む
【0008】
本発明の第2の態様に係る検体分析装置は、測定試料に含まれる被検物質を撮像するための前処理を前記測定試料に施す前処理部と、前記前処理部により前処理が施された前記測定試料を撮像する撮像部と、前記撮像部により得られた撮像画像を処理して前記被検物質を抽出する解析部と、を備える。前記前処理部は、前記測定試料に対する脱パラフィン処理を行う処理ユニットと、前記測定試料に対する賦活化処理を行う処理ユニットと、前記測定試料に対するプロテアーゼ処理を行う処理ユニットと、前記測定試料に熱を与えてDNAに変性を生じさせるDNA変性処理を行う処理ユニットと、前記測定試料に自家蛍光を抑制するためのブリーチング処理を行う処理ユニットと、前記測定試料中の被検物質に蛍光色素を結合させる標識処理を行う処理ユニットと、を含む。前記脱パラフィン処理を行う処理ユニット、前記賦活化処理を行う処理ユニット、前記プロテアーゼ処理を行う処理ユニットおよび前記DNA変性処理を行う処理ユニットは、前記ブリーチング処理を行う処理ユニットよりも先に前記測定試料に処理を行う。前記撮像部は、前記前処理が施された前記測定試料に光を照射して前記蛍光色素から生じる蛍光を撮像する。前記脱パラフィン処理は、前記測定試料を44℃以上に高める処理を含み、前記賦活化処理および前記DNA変性処理は、前記測定試料を62℃以上に高める処理を含む。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、測定試料から固有に生じる自家蛍光を効果的に抑制することができ、特定の物質に結合した蛍光色素からの蛍光を精度良く検出できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、実施形態に係る検体分析方法の処理を示すフローチャートである。
図2図2は、実施形態に係る蛍光色素が被検物質に結合した状態を示す図である。
図3図3は、実施形態に係る撮像部と解析部の構成を示す図である。
図4図4(a)は、実施形態に係る2つの焦点が光軸方向における蛍光の発光点の位置に応じて受光面上で回転することを示す図である。図4(b)は、実施形態に係る撮像工程の処理を示すフローチャートである。
図5図5(a)は、実施形態に係る解析工程の処理を示すフローチャートである。図5(b)は、実施形態に係る3次元超解像画像を示す図である。
図6図6(a)は、実施形態の検証1に係る脱パラフィン処理の直後にブリーチング処理を行い、その後、賦活化処理を行った場合の自家蛍光の検証結果を示す図である。図6(b)は、実施形態の検証1に係る賦活化処理の直後にブリーチング処理を行い、その後、プロアテーゼ処理とDNA変性処理を順番に行った場合の自家蛍光の検証結果を示す図である。図6(c)は、実施形態の検証1に係るDNA変性処理の直後にブリーチング処理を行い、その後、ブロッキング処理と1次抗体処理を順番に行った場合の自家蛍光の検証結果を示す図である。
図7図7は、実施形態に係る検証1の検証結果を纏めた表である。
図8図8(a)は、実施形態の検証2に係るブリーチング処理が行われた測定試料を室温で20分間放置した場合の自家蛍光の回復状況を撮像した撮像画像である。図8(b)は、実施形態の検証2に係るブリーチング処理が行われた測定試料を44℃で20分間加熱した場合の自家蛍光の回復状況を撮像した撮像画像である。図8(c)は、実施形態の検証2に係るブリーチング処理が行われた測定試料を62℃で20分間加熱した場合の自家蛍光の回復状況を撮像した撮像画像である。
図9図9は、実施形態の検証2の検証結果を纏めたグラフである。
図10図10(a)〜(c)は、それぞれ、実施形態の検証3の操作1〜操作3により異なる波長の光でブリーチング処理を行った場合の蛍光色素の検出度合いを、ブリーチング処理を行わなかった場合の蛍光色素の検出度合いと比較して示すグラフである。
図11図11(a)は、実施形態の検証3に係る測定試料の自家蛍光をブリーチング処理により抑制した状態で被検物質の蛍光を撮像した撮像画像である。図11(b)は、実施形態の検証3に係る測定試料の自家蛍光を抑制しない状態で被検物質の蛍光を撮像した撮像画像である。
図12図12は、実施形態に係る検体分析装置の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に示す実施形態は、被験者の病変組織から採取した測定試料に対し乳癌の分析を行う検体分析方法および検体分析装置に本発明を適用したものである。実施形態では、乳癌の予後因子の一つであるHER2遺伝子を、被検物質として検出する。蛍光色素により標識されたHER2遺伝子を撮像する際に、測定試料から生じる固有の光放出、すなわち測定試料の自家蛍光が、バックグランドノイズとなって被検物質の検出精度を低下させる。本願発明者らは、測定試料を前処理する前処理工程において、測定試料から生じる自家蛍光を効果的に抑制する手法を見出した。以下、本願発明者らの検証とともに、その手法を説明する。
【0012】
1.基本工程
図1に示すように、検体分析方法は、病変組織から採取した測定試料に対する前処理工程として、脱パラフィン処理工程、賦活化処理工程、プロアテーゼ処理工程、DNA変性処理工程、ブロッキング処理工程、1次抗体処理工程、2次抗体処理工程および保存工程を実行する。各処理工程で用いる試薬等の具体的な処理内容は、後述の検証において示されている。ここでは、各処理工程における処理を包括的に説明する。
【0013】
ステップS11の脱パラフィン処理工程は、測定試料からパラフィンを除去する処理工程である。パラフィンは、測定試料である組織切片を保存するために測定試料に用いられている。ステップS11では、染色プローブ、すなわち、DNP標識した核酸や色素標識した抗体が測定試料の細胞内に入り易くするために、測定試料からパラフィンが除去される。ステップS11では、測定試料の温度を75℃に高めて処理が行われる。パラフィンが溶融する44℃以上100℃以下でステップS11の反応が行われても良い。
【0014】
ステップS12の賦活化処理工程およびステップS13のプロアテーゼ処理工程は、細胞内の核酸の反応性を高めるために行われる処理工程である。ステップS12、S13の処理により、メチレン架橋等が切断されて抗原が賦活化され、特定アミノ酸残基のペプチド結合が切断される。ステップS12では、測定試料の温度を90℃に高めて処理が行われる。ステップS13では、測定試料の温度を37℃に高めて処理が行われる。
【0015】
ステップS14のDNA変性処理工程は、DNA変性処理、ハイブリタイゼーション処理およびストリンジェンシー洗浄処理を含む。ステップS14の処理により、2本鎖のDNAが1本鎖に分離される。これにより、染色プローブ、すなわちDNP標識した核酸が結合する部位が露出される。温度を95℃の高温に保つことにより、分離されたDNAの再結合が抑制される。その後、温度を44℃に下げて、DNP標識した核酸プローブを結合部位に結合させる。本反応では、核酸プローブの配列や塩濃度など溶液の組成によって適温が変わる。本反応の温度は、室温以上、80℃以下の範囲である。その後、ストリンジェンシー洗浄を62℃で行う。ストリンジェンシー洗浄の温度は、核酸プローブを結合部位に結合させる温度よりも高温となる。ステップS14では、測定試料の温度を95℃、44℃、62℃に高めて処理が行われる。
【0016】
ステップS15のブロッキング処理工程は、核酸プローブに蛍光標識するための抗体、すなわち、一次抗体や二次抗体が測定試料の組織切片に非特異的に結合しないように、組織切片上にブロッキング処理を施す処理工程である。この処理により、撮像画像のノイズが低減される。ステップS15では、反応時間の短縮のため、測定試料の温度を37℃に高めて処理が行われる。室温すなわち24℃程度で、ステップS15の反応が行われても問題ない。
【0017】
ステップS16の1次抗体処理工程は、測定試料中の被検物質に結合したDNP標識核酸プローブに1次抗体を結合させるための処理工程である。ステップS17の2次抗体処理工程は、DNP標識核酸プローブに結合した1次抗体に、さらに蛍光色素、すなわち蛍光標識された2次抗体を結合させるための処理工程である。ステップS16およびS17は、測定試料中の被検物質を蛍光標識するための標識工程である。ステップS16、S17では、反応時間の短縮のため、測定試料の温度を37℃に高めて処理が行われる。室温すなわち24℃程度で、ステップS16、S17の反応が行われても問題ない。
【0018】
HER2遺伝子の他、CEP17等の他の物質も被検物質とされる場合、ステップS14、ステップS16およびステップS17では、他の被検物質に対する標識処理がさらに行われる。ステップS17の2次抗体処理工程では、核を染色する色素を用いて測定試料中の核の染色を併せて行っても良い。
【0019】
図2に示すように、被検物質であるHER2遺伝子に結合したDNP標識核酸プローブに1次抗体が結合し、結合した1次抗体に2次抗体が結合する。2次抗体は蛍光色素を含む。2次抗体の蛍光色素は、励起用の光が照射されることにより蛍光を生じる活性状態と、励起用の光が照射されても蛍光を生じない不活性状態とにスイッチング可能であっても良い。本実施形態において、HER2遺伝子を標識する蛍光色素は、活性化状態にあるときに所定の強度と時間で励起用の光が照射されると蛍光を発するとともに不活性化し、その後、励起用の光と異なる波長の光が照射されると活性化する。以下では、不活性化することを「消光する」という。光による作用に代えて、熱や化学薬品等の作用によって蛍光色素の活性化が行われても良い。
【0020】
図1に戻り、ステップS18の保存工程は、ステップS11〜S17の処理が行われた測定試料を洗浄および乾燥させ、撮像まで冷暗所で保存する工程である。測定試料をすぐに撮像する場合は、測定試料を冷暗所で保存しなくても良い。
【0021】
ステップS19の撮像工程は、前処理がなされた測定試料を撮像する工程である。ステップS19では、被検物質に結合した蛍光色素から生じる蛍光が撮像される。ステップS20の解析工程は、ステップS19の撮像工程で取得された撮像画像を解析して細胞内に含まれる被検物質を検出し計数する工程である。
【0022】
ステップS19の撮像工程は、たとえば、図3に示す撮像部100によって行われる。ステップS20の解析工程は、たとえば、図3に示す解析部200によって行われる。撮像部100は、解析部200の処理部201による制御のもと、測定試料に対する撮像処理を実行する。
【0023】
撮像部100は、光源部101と、シャッター102と、1/4波長板103と、ビームエキスパンダ104と、集光レンズ105と、ダイクロイックミラー106と、対物レンズ107と、ステージ108と、ビームエキスパンダ109と、位相板110と、集光レンズ111と、撮像素子112と、を備える。撮像素子112は、たとえば、CCD、EMCCD、CMOS、scientificCMOSイメージセンサである。ステージ108には、測定試料が載せられたスライドガラス121が設置される。
【0024】
光源部101は、2つの波長の光を出射する。第1波長の光は、被検物質であるHER2遺伝子に結合した蛍光色素に蛍光を励起させる。第2波長の光は、核を染色する蛍光を励起させる。第2波長の光は、HER2遺伝子に結合した蛍光色素の活性化にも用いられる。第1波長は、たとえば640nmであり、第2波長は、たとえば405nmである。HER2遺伝子の他、CEP17等の他の物質も被検物質とされる場合、光源部101は、さらに、第3波長の光を出射する。第3波長は、たとえば750nmである。光源部101は、たとえば、各波長の光を出射する光源とこれらの光の光軸を一致させるダイクロイックミラーにより構成される。光源部101は、レーザ光源を用いるのが好ましいが、水銀ランプ、キセノンランプ、LED等を用いてもよい。
【0025】
シャッター102は、コントローラ123により駆動される。コントローラ123は、光源部101から出射された光を通過させる状態と、光源部101から出射された光を遮断する状態とにシャッター102を切り替える。これにより、被検物質に対する光の照射時間が調整される。
【0026】
1/4波長板103は、光源部101から出射された直線偏光の光を円偏光に変換する。蛍光色素は、所定の偏光方向の光に反応する。よって、励起用の光を円偏光に変換することにより、励起用の光の偏光方向が、蛍光色素が反応する偏光方向に一致し易くなる。これにより、被検物質に含まれる蛍光色素に効率良く蛍光を励起させることができる。励起用の光を円偏光とせず、励起効率を考慮しない場合、1/4波長板103は省略しても良い。ビームエキスパンダ104は、スライドガラス121上における光の照射領域を広げる。集光レンズ105は、対物レンズ107からスライドガラス121に平行光が照射されるよう光を集光させる。
【0027】
ダイクロイックミラー106は、光源部101から出射された光を反射し、被検物質から生じた蛍光を透過する。対物レンズ107は、ダイクロイックミラー106で反射された光を、スライドガラス121に導く。ステージ108は、コントローラ122により駆動され、水平面内で移動する。これにより、スライドガラス121上に広く光が照射される。被検物質から生じた蛍光は、対物レンズ107を通り、ダイクロイックミラー106を透過する。
【0028】
レンズ109aは、ダイクロイックミラー106を透過した蛍光を集光し結像させる。位相板110は、レンズ109bで形成されたフーリエ面に配置される。位相板110は、ビームエキスパンダ109を透過した蛍光に位相変調作用を付与する。集光レンズ111は、位相板110を透過した蛍光を集光して、撮像素子112の受光面に導く。撮像素子112は、蛍光を撮像し、撮像画像を解析部200に出力する。
【0029】
位相板110は、フーリエ面に配置され、撮像素子112の受光面に2点の焦点が現れるように点像分布関数を変調する作用を有する。測定試料中の1つの蛍光色素から生じた蛍光は、位相板110の作用により、撮像素子112の受光面上で2つの焦点に結像される。このとき、2つの焦点は、図4(a)に示すように、対物レンズ107の光軸方向における蛍光の発光点の位置に応じて受光面上で回転する。つまり、2つの焦点を結ぶ直線と、基準となる直線とがなす角が、光軸方向における蛍光の発光点の位置に応じて、撮像素子112の受光面上において変化する。
【0030】
たとえば、スライドガラス121において対物レンズ107の光軸方向に異なる2つの位置にある蛍光色素から生じた蛍光は、それぞれ位相板110により2つに分割され、撮像素子112の受光面上に照射される。このとき、受光面上における2つの焦点を結ぶ直線は、たとえば、図4(a)に示すように、一方の蛍光色素については基準線と+θ1の角をなし、もう一方の蛍光色素については基準面と+θ2の角をなす。したがって、2つの焦点を結ぶ直線が基準線に対してなす角を取得すれば、光軸方向における蛍光色素の位置を取得できる。
【0031】
図3に戻り、解析部200は、たとえばパーソナルコンピュータである。解析部200は、処理部201と、記憶部202と、インターフェース203と、表示部204と、入力部205を備える。
【0032】
処理部201は、たとえばCPUである。記憶部202は、ROM、RAM、ハードディスク等である。処理部201は、記憶部202に記憶されたプログラムに基づいて様々な機能を実行する。処理部201は、撮像素子112により得られた画像を処理するとともに、その他の様々な処理を行う。また、処理部201は、インターフェース203を介して、光源部101と、撮像素子112と、コントローラ122、123とを制御する。表示部204は、処理部201による処理結果等を表示するためのディスプレイである。入力部205は、ユーザによる指示の入力を受け付けるためのキーボードとマウスである。
【0033】
図1のステップS19の撮像工程において、解析部200の処理部201は、光源部101および撮像素子112を制御して、測定試料中の核の画像と被検物質に結合した蛍光色素の画像を取得する。図1のステップS20の解析工程において、処理部201は、ステップS19で取得した画像から核および蛍光色素を検出する。処理部201は、核および蛍光色素の画像に基づいて、核に含まれる被検物質、すなわちHER2遺伝子を抽出し計数する。
【0034】
図4(b)に示すように、ステップS101において、処理部201は、光源部101からの第2波長の光を測定試料に照射して、核を染色する色素から蛍光を生じさせる。処理部201は、生じた蛍光を撮像素子112で撮像し、核の画像を取得する。処理部201は、光が測定試料に照射されている間に撮像を繰り返して所定枚数、たとえば100枚の核の画像を取得する。ステップS101で撮像される画像の枚数は100枚に限られず、たとえば1枚であっても良い。処理部201は、対物レンズ107を光軸方向に変位させて、光軸方向の異なる複数のフォーカス位置において、上記核の画像の取得処理を実行する。これにより、各フォーカス位置において、たとえば100枚の核の画像が取得される。
【0035】
ステップS102において、処理部201は、光源部101から第1波長の光を測定試料に照射して、被検物質に結合した蛍光色素を消光させる。ステップS103において、処理部201は、光源部101から第2波長の光を測定試料に照射して、被検物質に結合した蛍光色素を活性化する。ステップS104において、処理部201は、光源部101から第1波長の光を測定試料に照射して、蛍光色素から蛍光を生じさせ、生じた蛍光を撮像素子112により撮像する。
【0036】
ステップS104において、処理部201は、第1波長の光が測定試料に照射されている間に撮像を繰り返して、所定枚数、たとえば100枚の蛍光の画像を取得する。ステップS104で撮像される画像の枚数は100枚に限られず、たとえば1枚であっても良い。ステップS104で光源101部から第1波長の光が照射される間に、被検物質に結合する蛍光色素は消光される。
【0037】
ステップS105において、処理部201は、蛍光の撮像画像の取得が終了したか否かを判定する。処理部201は、ステップS103、S104の処理を所定回数繰り返す。たとえば、ステップS103、S104の処理が30回繰り返される。こうして、処理部201は、3000枚の蛍光の撮像画像を取得する。図4(a)のように、一つの蛍光色素から生じた蛍光は、撮像素子112の受光面において、2つの焦点に結像する。このため、蛍光の撮像画像は、2つの蛍光の輝点のペアを、ステップS103で活性化された蛍光色素の数だけ含んでいる。
【0038】
ステップS103では、被検物質に結合した全ての蛍光色素が活性化される訳ではない。一つの被検物質には、多数の蛍光色素が結合している。S103では、このうち所定の割合の蛍光色素が活性化する。一つの被検物質に結合した多数の蛍光色素は、ステップS103による活性化が繰り返されるごとに、必ずしも同じ蛍光色素が活性化される訳ではない。各回の活性化処理において活性化される蛍光色素の分布はランダムである。
【0039】
したがって、ステップS103、S104の処理により、活性化処理、撮像処理および不活性化処理を複数回繰り返すことにより、蛍光色素を満遍なく発光させつつ、それぞれの撮像画像において蛍光色素の蛍光を分散させ得る。よって、それぞれの撮像画像から、蛍光色素に基づく輝点を円滑に抽出できる。
【0040】
図5(a)に示すように、ステップS111において、処理部201は、上記のように消光と活性化を繰り返して取得した蛍光色素の撮像画像から、3次元超解像画像を取得する。3次元超解像画像とは、3次元空間における被検物質の分布を示す画像のことである。ステップS111において、処理部201は、蛍光色素の撮像画像について、ガウスフィッティングを行って蛍光の輝点を抽出し、さらに、抽出した輝点の輝度を取得する。次に、処理部201は、輝度が同程度で且つ距離が所定の範囲以内にある2つの輝点をペアリングする。続いて、処理部201は、ペアリングした2つの輝点を、予め記憶部202に記憶された2つの輝点のテンプレートとフィッティングさせ、ある精度以上でフィッティングできた2つの輝点を、1つの蛍光色素から生じた蛍光が位相板110により分割された蛍光に基づくものであると判定する。
【0041】
続いて、処理部201は、受光面上のペアとなる2つの輝点の中点を蛍光色素の撮像視野における2次元平面上の位置とする。処理部201は、上述したようにペアとなる2つの輝点を結ぶ直線と、基準線とのなす角に基づいて、対物レンズ107の光軸方向における蛍光色素の位置を決定する。こうして、処理部201は、2次元平面上の位置と、光軸方向における位置とに基づいて、複数の蛍光色素の座標点を3次元座標軸において特定する。処理部201は、特定した座標点を全ての撮像画像について重ね合わせることにより、3次元超解像画像を作成する。これにより、たとえば、図5(b)に示す3次元超解像画像が取得される。図5(b)において、X−Y平面が撮像視野における2次元平面であり、Z軸方向が対物レンズ107の光軸方向である。
【0042】
ステップS112において、処理部201は、特定した座標点を、被検物質に対応するグループに分類して被検物質を抽出する。座標点のグループ化は、たとえば、所定の参照空間を3次元座標空間において走査させ、この参照空間内に含まれる座標点の数が閾値より多く、且つ、周囲よりも座標点の数が多い参照空間の位置を抽出し、抽出した位置において参照空間に含まれる座標点のグループを一つの被検物質に対応するグループに分類する。処理部201は、こうして分類した座標点のグループから、3次元座標空間における被検物質の位置を抽出する。
【0043】
ステップS113において、処理部201は、被検物質の3次元空間における核の範囲を取得する。処理部201は、図4(b)のステップS101において、光軸方向の異なる複数のフォーカス位置で、それぞれ、複数の核の撮像画像を取得している。処理部201は、各フォーカス位置で取得した複数の核の画像を平均化して、各フォーカス位置における核の平均化画像を取得する。処理部201は、各フォーカス位置の平均化画像ごとに、蛍光が検出された領域から核の輪郭を取得する。処理部201は、各フォーカス位置とその位置の核の輪郭とに基づいて、3次元空間における核の範囲を取得する。
【0044】
ステップS114において、処理部201は、ステップS112で特定した被検物質の位置とステップS113で取得した核の範囲とに基づいて、核の範囲に含まれる被検物質の数を取得する。これにより、処理部201は、解析工程における処理を終了する。S114で取得された被検物質、すなわちHER2遺伝子の数は、診断において、治療方針を決定するための指標として医師等に参照される。医師等は、参照したHER2遺伝子の数に基づき、HER2遺伝子の増幅度合いを把握でき、投薬等、治療方針を決定できる。
【0045】
なお、HER2遺伝子の他、CEP17等の他の物質も被検物質とされる場合、他の被検物質について蛍光の撮像画像が取得され、取得した撮像画像に基づいて、核に含まれる他の被検物質の数が取得される。他の被検物質がCEP17である場合、核に含まれるHER2遺伝子の数と核に含まれるCEP17の数の比が算出される。算出された比は、診断において、治療方針を決定するための指標として、医師等に参照される。
【0046】
図1に戻り、ステップS19およびステップS20では、以上のようにして測定試料の撮像と、撮像画像に基づく被検物質の解析が行われる。ステップS19においては、核の蛍光と被検物質に結合する蛍光色素の蛍光を確実に撮像できることが求められる。しかしながら、測定試料は自家蛍光を発するため、撮像時には、この自家蛍光が、核の蛍光および蛍光色素の蛍光のバックグラウンドノイズとなる。特に、個々の蛍光色素から生じる蛍光は微弱であるため、蛍光色素から生じた蛍光が自家蛍光に混ざって識別できないことが起こり得る。さらに、上記のように、一つの蛍光色素から生じた蛍光が位相板110によって2つに分割される場合には、分割されたそれぞれの蛍光の強度が一層微弱になる。このため、自家蛍光が生じると、分割された蛍光の識別がさらに困難になる。
【0047】
なお、図3の撮像部100は、位相板110で蛍光を分割する構成であったが、位相板110を省略し、蛍光色素から生じた蛍光をそのまま撮像素子112に導く構成であっても良い。つまり、レンズ109aの後に形成される結像面に撮像素子112が配置される。この場合は、対物レンズ107の光軸方向において蛍光色素の位置を分離することはできないが、撮像視野における2次元平面上において蛍光色素の位置を特定することは可能である。撮像部100がこのような構成である場合、上記のように位相板110で蛍光を分割する場合に比べて撮像素子112が受光する蛍光の強度は高くなる。しかし、この場合も、蛍光色素の蛍光は微弱であるため、測定試料から生じる自家蛍光が、蛍光色素から生じる蛍光を検出する際の障害となり得る。
【0048】
以上の問題から、図1の処理では、測定試料から生じる自家蛍光を抑制するために、ステップS21のブリーチング工程が行われる。ブリーチング工程では、所定波長の光が所定時間、測定試料に照射されて、自家蛍光が抑制される。
【0049】
本願発明者らは、測定試料から生じる自家蛍光を抑制するために、前処理工程において、測定試料にブリーチング処理を行うことを試みた。しかしながら、ブリーチング処理を行っても、ステップS19の撮像工程において蛍光色素の蛍光を撮像する際に、測定試料の自家蛍光が抑制されておらず、蛍光色素から生じた蛍光を確実に撮像できなかった。
【0050】
本願発明者らは、自家蛍光を抑制できなかった原因を種々の検証のもと鋭意追求した。その結果、撮像の際に測定試料の自家蛍光を効果的に抑制するには、前処理工程のどのタイミングでプリーチング工程を実行すれば良いかを新たに見出した。図1に示すステップS21のブリーチング工程の実行タイミングは、本願発明者らが見出したブリーチング工程の実行タイミングの一例である。ステップS21のブリーチング工程は、測定試料の温度を62℃以上に高めるステップS11、S12、S14の後に行われる。ステップS14のDNA変性処理工程は、ステップS21のブリーチング工程の前に行われる。ステップS11の脱パラフィン処理工程およびステップS12の賦活化処理工程も、ステップS21のブリーチング工程の前に行われる。また、ステップS21のブリーチング工程とステップS19の撮像工程との間には、測定試料の温度を62℃以上に高める処理工程が含まれていない。
【0051】
本願発明者らは、測定試料を摂氏62度以上に高めて測定試料に処理を施す処理工程の後にブリーチング工程を行い、且つ、ブリーチング工程から撮像工程の間において、測定試料を摂氏62度以上に高めて測定試料に処理を施す処理工程を含めないことにより、ブリーチング工程により抑制された測定試料からの蛍光が、撮像工程までに回復しないことを見出した。本願発明者らは、この手法により、蛍光色素から生じる蛍光を測定試料からの自家蛍光の影響なく確実に検出できることを確認した。
【0052】
2.検証
以下、本願発明者らが見出した手法を、検証とともに説明する。検証では、HER2遺伝子とともにCEP17を前処理工程において標識した。HER2遺伝子を標識する蛍光色素の励起波長は640nmであり、CEP17を標識する蛍光色素の励起波長は730nmである。核を染色する染料の励起波長は405nmである。HER2遺伝子を標識する蛍光色素は、波長640nmの光により消光し、波長405nmの光で活性化する。以下の検証では、HER2遺伝子を標識する蛍光色素を対象に、細胞から生じる自家蛍光の影響等の検討を行った。
【0053】
<前処理工程>
検証では、以下の方法で前処理工程を行った。
【0054】
[測定試料]
ベンタナインフォームDual ISH HER2キット(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社)を用い、HER2 Dual ISH3-in-1コントロールスライド(ventana)上のヒト乳癌細胞MCF7のFISH染色を実施した。
【0055】
[脱パラフィン工程]
Dry Block Bath THB(アズワン)上で、65℃、20分間、コントロールスライドを乾燥させた。75℃で5分間、Ez Prepをスライド上に乗せ脱パラフィンを行った。この操作を5回繰り返した後、コントロールスライドをReaction Bufferに浸漬した。
【0056】
[賦活化処理工程]
Dry Block BathTHBを90℃にし、コントロールスライドにCC2を滴下し、10分間コンディショニングを行った。コントロールスライドが乾燥しないように、CC2は適宜追加した。この操作を3回行った後、コントロールスライドをReaction Bufferに4分間浸漬した。
【0057】
[プロテアーゼ処理工程]
コントロールスライド上にISH Protease IIを滴下し、カバーガラスを被せ、37℃のインキュベーターに入れた湿潤箱中で16分間酵素処理を行った。コントロールスライドを2×SSCに4分間、3回浸漬し洗浄した。
【0058】
[DNA変性処理工程]
HybReadyとHER2 DNAカクテルプローブを混合した混合液を、コントロールスライドに滴下した後、カバーガラスを被せ、ペーパーボンドで封入した。Dry Block BathTHB上で95℃で20分間、コントロールスライドの乳癌細胞に対して熱変性を行った。その後、44℃のインキュベーターに入れた湿潤箱中で、コントロールスライドに対しオーバーナイトでハイブリダイゼーションを行った。コントロールスライドを62℃の2×SSCに4分間浸漬しストリンジェンシー洗浄を行った。この操作を3回繰り返した後、コントロールスライドをReactionBufferに浸漬した。
【0059】
[ブロッキング処理工程]
コントロールスライド上に1% BSA/Reaction bufferを滴下し、カバーガラスを被せ、37℃のインキュベーターに入れた湿潤箱中で20分間ブロッキングを行った。その後、コントロールスライドをReaction bufferに浸漬し、洗浄した。
【0060】
[一次抗体処理工程]
Rabbit Anti DNP Abをと、Mouse Anti DIG Abをを混合した混合液を、コントロールスライドに滴下し、カバーガラスを被せ、37℃のインキュベーターに入れた湿潤箱中で20分間反応させた。その後、コントロールスライドReaction Bufferに3分間浸漬し、洗浄した。これを3回行った。
【0061】
[二次抗体処理工程]
Alexa Fluor 647F(ab’)2fragment of goat anti-rabbit IgG (H+L) (Life Technologies, A-21246)、Alexa Fluor 750 Goat Anti Mouse IgG(H+L) (Life Technologies,A-21037)、Hoechst 33342(Life Technologies, H1399, をPBSに希釈して保存したもの)を1%BSA/Reactionbufferで希釈した混合液を、コントロールスライドに滴下し、カバーガラスを被せ、37℃のインキュベーターに入れた湿潤箱中で20分間反応させた。その後、コントロールスライドをTBSTに5分間浸漬し洗浄した。この操作を3回行った。
【0062】
Alexa Fluor 647は、HER2遺伝子を標識する蛍光色素である。Alexa Fluor 750は、CEP17を標識する蛍光色素である。Hoechst33342は、核を染色する蛍光色素である。
【0063】
[保存工程]
コントロールスライドを精製水に浸漬し洗浄した。この操作を2回行った後、コントロールスライドを37℃のインキュベーターで15分間乾燥させ、観察まで4℃の暗所にて保存した。
【0064】
<検証1>
検証1では、上記処理による前処理工程において、ブリーチング工程を行うタイミングを変えて自家蛍光の抑制状態を確認した。検証1では、3つの実施例1〜3で自家蛍光の抑制効果を確認できたが、2つの比較例では、一度抑制された自家蛍光が回復したことが確認された。実施例1〜3および比較例1、2では、以下のようにブリーチング工程を行った。
【0065】
[実施例1]
プロテアーゼ処理工程前にコントロールスライドにReaction bufferを滴下し、カバーガラスで封入した。その後、コントロールスライドを蛍光顕微鏡にセットして蛍光画像を取得した後、波長640nmのレーザ光を470W/cmのパワーで2分間コントロールスライドに照射してブリーチング処理を行った。プロテアーゼ処理後に再度同一視野で蛍光画像を取得した。
【0066】
[実施例2]
ブロッキング処理工程前にコントロールスライドにReaction bufferを滴下し、カバーガラスで封入した。その後、コントロールスライドを蛍光顕微鏡にセットして実施例1とは異なる視野にて蛍光画像を取得した後、波長640nmのレーザ光を470W/cmのパワーで2分間コントロールスライドに照射してブリーチング処理を行った。ブロッキング処理後に再度同一視野で蛍光画像を取得した。
【0067】
[実施例3]
実施例2で観察を行った視野について、一次抗体処理後に再度蛍光画像を取得した。
【0068】
[比較例1]
賦活化処理工程前にコントロールスライドにReaction bufferを滴下し、カバーガラスで封入した。その後、コントロールスライドを蛍光顕微鏡にセットして実施例1〜3とは異なる視野にて蛍光画像を取得した後、波長640nmのレーザ光を470W/cmのパワーで2分間コントロールスライドに照射してブリーチング処理を行った。賦活化処理後に再度同一視野で蛍光画像を取得した。
【0069】
[比較例2]
実施例1で蛍光画像を取得した視野について、DNA変性処理工程を行った後に再度蛍光画像を取得した。
【0070】
実施例1〜3、比較例1、2において、撮像に用いた蛍光顕微鏡には、図3に示す位相板110は含まれていない。
【0071】
[検証結果]
図6(a)は、比較例1の検証結果を示す図である。図6(a)の左端の画像は、コントロールスライドのヒト乳癌細胞に対して脱パラフィン処理工程を行った後、賦活化処理工程を行う前にコントロールスライドを撮像した撮像画像である。図6(a)の左端の撮像画像に示すように、脱パラフィン処理後の乳癌細胞では自家蛍光が撮像された。撮像画像上の白く光る部分が自家蛍光である。
【0072】
図6(a)の中央の画像は、上記のように波長640nmのレーザ光を照射してブリーチング処理を行った後の撮像画像である。撮像視野は、図6(a)の左端の撮像画像と同じである。破線白丸で囲まれた領域にレーザ光が照射された。図6(a)の中央の画像から分かるとおり、ブリーチング処理により自家蛍光が抑制された。
【0073】
図6(a)の右端の画像は、ブリーチング処理の後、さらにコントロールスライドに賦活化処理工程を行った後の撮像画像である。この撮像画像は、比較例1の検証結果に対応する。撮像視野は、図6(a)の左端および中央の撮像画像と同じである。図6(a)の右端の画像から分かるとおり、賦活化処理により自家蛍光が回復することが確認された。
【0074】
図6(b)は、実施例1および比較例2の検証結果を示す図である。図6(b)の撮像視野は、図6(a)の場合と異なっている。図6(b)の左端の画像は、コントロールスライドのヒト乳癌細胞に対して賦活化処理工程を行った後、プロアテーゼ処理工程を行う前にコントロールスライドを撮像した撮像画像である。図6(b)の左端の撮像画像に示すように、賦活化処理後の乳癌細胞では自家蛍光が撮像された。撮像画像上の薄白く光る部分が自家蛍光である。
【0075】
図6(b)の左から2番目の画像は、上記のように波長640nmのレーザ光を照射してブリーチング処理を行った後の撮像画像である。撮像視野は、図6(b)の左端の撮像画像と同じである。破線白丸で囲まれた領域にレーザ光が照射された。図6(b)の左から2番目の画像から分かるとおり、ブリーチング処理により自家蛍光が抑制された。
【0076】
図6(b)の左から3番目の画像は、ブリーチング処理の後、さらにコントロールスライドにプロアテーゼ処理工程を行った後の撮像画像である。この撮像画像は、実施例1の検証結果に対応する。撮像視野は、図6(b)の左端および左から2番目の撮像画像と同じである。図6(b)の左から3番目の画像から分かるとおり、プロアテーゼ処理工程が行われても自家蛍光は略回復しないことが確認された。
【0077】
図6(b)の右端の画像は、さらにコントロールスライドにDNA変性処理工程を行った後の撮像画像である。この撮像画像は、比較例2の検証結果に対応する。撮像視野は、図6(b)のその他の撮像画像と同じである。図6(b)の右端の画像から分かるとおり、DNA変性処理工程により自家蛍光が回復することが確認された。
【0078】
図6(c)は、実施例2および実施例3の検証結果を示す図である。図6(c)の撮像視野は、図6(a)、(b)の場合と異なっている。図6(c)の左端の画像は、コントロールスライドのヒト乳癌細胞に対してDNA変性処理工程を行った後、ブロッキング処理工程を行う前にコントロールスライドを撮像した撮像画像である。図6(c)の左端の撮像画像に示すように、DNA変性処理後の乳癌細胞では自家蛍光が撮像された。撮像画像上の白く光る部分が自家蛍光である。
【0079】
図6(c)の左から2番目の画像は、上記のように波長640nmのレーザ光を照射してブリーチング処理を行った後の撮像画像である。撮像視野は、図6(c)の左端の撮像画像と同じである。破線白丸で囲まれた領域にレーザ光が照射された。図6(c)の左から2番目の画像から分かるとおり、ブリーチング処理により自家蛍光が抑制された。
【0080】
図6(c)の左から3番目の画像は、ブリーチング処理の後、さらにコントロールスライドにブロッキング処理工程を行った後の撮像画像である。この撮像画像は、実施例2の検証結果に対応する。撮像視野は、図6(c)の左端および左から2番目の撮像画像と同じである。図6(c)の左から3番目の画像から分かるとおり、ブロッキング処理工程が行われても自家蛍光は略回復しないことが確認された。
【0081】
図6(c)の右端の画像は、さらにコントロールスライドに1次抗体処理工程を行った後の撮像画像である。この撮像画像は、実施例3の検証結果に対応する。撮像視野は、図6(c)のその他の撮像画像と同じである。図6(c)の右端の画像から分かるとおり、1次抗体処理工程が行われても自家蛍光が略回復しないことが確認された。
【0082】
図7は、以上の検証結果を纏めた表である。実施例1〜3および比較例1、2ではそれぞれ丸印が付された工程が行われ、最後に丸印が付された工程が行われた後に撮像が行われた。最下段に、撮像画像に基づく自家蛍光の回復度が+印の数で示されている。+が1個の場合、自家蛍光が略回復しなかったことを示し、+の数が増えるに従って自家蛍光の回復度が高かったことを示している。「温度」の欄には、各工程の処理においてコントロールスライドが加熱された加熱温度が示されている。
【0083】
実施例1では、ブリーチング処理の後、37℃の加熱温度でプロアテーゼ処理工程が行われても、自家蛍光は略回復しなかった。実施例2では、ブリーチング処理の後、37℃の加熱温度でブロッキング処理工程が行われても、自家蛍光は略回復しなかった。実施例3では、ブリーチング処理の後、37℃の加熱温度でブロッキング処理工程が行われ、さらに、37℃の加熱温度で1次抗体処理が行われても、自家蛍光は略回復しなかった。
【0084】
これらの検証結果から、ブリーチング処理工程の後に、37℃以下の加熱温度で処理工程が行われても、ブリーチング処理で抑制された自家蛍光が略回復しないことが確認された。つまり、ブリーチング処理工程の後に行う処理工程では、少なくとも37℃を超える温度に高めて処理を行わなければ、ブリーチング処理で抑制された自家蛍光が略回復しないと言える。図1の処理工程および上記検証時の前処理工程においても、ブリーチング工程から撮像工程までの間に測定試料を37℃を超える温度に高めて処理を行う処理工程が含まれていない。これにより、ブリーチング処理で抑制された自家蛍光は撮像時には略回復しないと言える。
【0085】
比較例1では、ブリーチング処理の後、90℃の加熱温度で賦活化処理工程が行われることにより、自家蛍光が大幅に回復した。比較例2では、ブリーチング処理の後、37℃の加熱温度でプロアテーゼ処理工程が行われ、さらに、加熱温度95℃、44℃、62℃でDNA変性処理工程が行われることにより、自家蛍光がさらに顕著に回復した。比較例2と実施例1とを比較すると、比較例2では実施例1に比べてDNA変性処理工程が追加されただけであるので、比較例2において自家蛍光が顕著に回復した原因はDNA変性処理工程にあることが分かる。ただし、比較例2の検証結果からは、自家蛍光が回復した原因が、95℃、44℃、62℃の何れの加熱温度にあるかが分からない。したがって、比較例1、2の検証結果からは、ブリーチング処理工程の後に、少なくとも加熱温度を90℃以上に高める処理工程を行うと、ブリーチング処理で抑制された自家蛍光が大幅に回復することが分かるに留まる。
【0086】
<検証2>
検証2では、加熱温度と自家蛍光の回復度との関係を検討した。検証2では、ブリーチング処理の後、コントロールスライドの温度を3つの温度に同じ時間維持し、その後、自家蛍光の回復度を確認した。検証2では、コントロールスライドのヒト乳癌細胞に対して脱パラフィン処理工程のみを行った後、ブリーチング処理を行った。ブリーチング処理では、平行光を視野絞りで絞ってコントロールスライドに一定時間照射した。ブリーチング処理の前後において、それぞれ、コントロールスライドを蛍光顕微鏡で撮像して自家蛍光の撮像画像を取得した。その後、コントロールスライドを所定の温度に一定時間維持した後に再び蛍光顕微鏡で自家蛍光を撮像した。撮像に用いた蛍光顕微鏡には、図3に示す位相板110は含まれていない。
【0087】
図8(a)〜(c)の左端の画像は、それぞれ、ブリーチング処理前に、互いに異なる視野でコントロールスライドを撮像した撮像画像である。図8(a)〜(c)の左端の撮像画像に示すように、脱パラフィン処理後の乳癌細胞では自家蛍光が撮像された。撮像画像上の白く光る部分が自家蛍光である。
【0088】
図8(a)〜(c)の中央の画像は、上記のように波長640nmのレーザ光を照射してブリーチング処理を行った後の撮像画像である。これら撮像画像の撮像視野は、それぞれ、図8(a)〜(c)の左端の撮像画像と同じである。破線白丸で囲まれた領域にレーザ光が照射された。図8(a)〜(c)の中央の画像から分かるとおり、ブリーチング処理により自家蛍光が抑制された。
【0089】
図8(a)の右端の画像は、ブリーチング処理の後、室温24℃で20分間、コントロールスライドを放置した後にコントロールスライドを撮像した撮像画像である。撮像視野は、図8(a)の左端および中央の画像と同じである。図8(b)の右端の画像は、ブリーチング処理の後、温度44℃で20分間、コントロールスライドを加熱した後にコントロールスライドを撮像した撮像画像である。撮像視野は、図8(b)の左端および中央の画像と同じである。図8(c)の右端の画像は、ブリーチング処理の後、温度62℃で20分間、コントロールスライドを加熱した後にコントロールスライドを撮像した撮像画像である。撮像視野は、図8(c)の左端および中央の画像と同じである。
【0090】
図8(a)において、中央の撮像画像と右端の撮像画像とを比較すると、ブリーチング処理の後、コントロールスライドを室温24℃で放置した場合は、ブリーチング処理により抑制された自家蛍光が略回復しなかったことが確認できる。同様に、図8(b)において、中央の撮像画像と右端の撮像画像とを比較すると、ブリーチング処理の後、コントロールスライドを温度44℃に加熱した場合も、ブリーチング処理により抑制された自家蛍光が略回復しなかったことが確認できる。これに対し、図8(c)において、中央の撮像画像と右端の撮像画像とを比較すると、ブリーチング処理の後、コントロールスライドを温度62℃に加熱した場合は、ブリーチング処理により抑制された自家蛍光が回復したことが確認できる。
【0091】
図9は、図8(a)〜(c)において、中央の撮像画像から右端の撮像画像へと自家蛍光の状態が変化した場合の自家蛍光回復率を、各画像の輝度値に基づいて算出した算出結果を示すグラフである。
【0092】
自家蛍光回復率は、以下のように求めた。たとえば、図8(a)の場合、ブリーチング処理前の左端の撮像画像において破線の丸内に含まれる細胞内の任意の箇所の輝度を求めた。ブリーチング処理後の中央の撮像画像および所定時間温度を維持した後の右端の撮像画像においても、同じ箇所の輝度を求めて。求めた輝度から、以下の式により、自家蛍光回復率を算出した。
【0093】
(温度維持後の輝度−ブリーチング後の輝度)/(ブリーチング前の輝度−ブリーチング後の輝度)×100 …(1)
同様にして、破線の丸内の異なる8カ所について、自家蛍光回復率を算出し、計9カ所について平均と標準偏差を求めた。図8(b)、(c)の場合も同様の方法で、9カ所の自家蛍光回復率の平均と標準偏差を算出した。
【0094】
図9において、「室温24(24℃)」、「44℃」および「62℃」のグラフは、それぞれ、図8(a)〜(c)の撮像画像に対する自家蛍光回復率を示している。各グラフの頂上には、自家蛍光回復率の標準偏差を示すバーが示されている。図9のグラフを参照すると、ブリーチング処理後にコントロールスライドを室温24℃の環境下に放置した図8(a)の例では、自家蛍光回復率が20%程度であり、自家蛍光が略回復しなかったことが分かる。ブリーチング処理後にコントロールスライドを44℃に加熱した図8(b)の例でも、自家蛍光回復率が20%をやや越える程度であり、自家蛍光が略回復しなかったことが分かる。これに対し、ブリーチング処理後にコントロールスライドを62℃に加熱した図8(c)の例では、自家蛍光回復率が60%を越えており、自家蛍光が大幅に回復したことが分かる。
【0095】
図8および図9の検証結果から、ブリーチング処理工程の後に、少なくとも加熱温度を62℃以上に高める処理工程を行うと、ブリーチング処理で抑制された自家蛍光が大幅に回復することが分かる。したがって、前処理工程は、ブリーチング処理工程の後に、少なくとも加熱温度を62℃以上に高める処理工程を含まない必要がある。これにより、ブリーチング処理で抑制された自家蛍光が撮像時に回復していることを回避できる。
【0096】
また、図8および図9の検証結果から、ブリーチング処理工程の後に、44℃以下の加熱温度で処理工程が行われても、ブリーチング処理で抑制された自家蛍光がさほど回復しないことが確認された。つまり、ブリーチング工程の後に行う処理工程では、少なくとも44℃を超える温度に高めて処理を行わなければ、ブリーチング処理で抑制された自家蛍光が略回復しないと言える。図1の処理工程および上記検証時の前処理工程においても、ブリーチング工程から撮像工程までの間に測定試料を44℃以上に高める処理工程が含まれていない。これにより、ブリーチング処理で抑制された自家蛍光が撮像時に回復していることを確実に回避できる。
【0097】
<検証3>
検証3では、前処理工程においてブリーチング処理を行った場合と行わなかった場合とで、解析工程において蛍光色素からの蛍光の検出度合いがどのように変化するかを検討した。
【0098】
[前処理工程]
検証例3においても、上述の前処理工程を行った。検証例3では、2次抗体処理工程前にコントロールスライドを顕微鏡にセットし、3通りの操作でブリーチング処理を行った。すなわち、操作1では、波長405nmのレーザ光を130W/cmのパワーで2分間コントロールスライドに照射した。操作2では、波長514nmのレーザ光を200W/cmのパワーで2分間コントロールスライドに照射した。操作3では、波長640nmのレーザ光を1100W/cmのパワーで10分間コントロールスライドに照射する操作である。各操作では、互いに異なる3つの視野に対してレーザ光の照射を行った。
【0099】
[撮像準備工程]
前処理工程で準備したコントロールスライドに対し、以下の組成のマウントメディウム50μLをスライドに滴下後、カバーガラスを被せ、マニキュアで固定した。
1M Tris (pH 7.4)5 μL
1M NaCl1 μL
25% glucose40 μL
2-mercaptoethanol1 μL
5000 U/mL Glucose Oxidase1 μL
1000 μg/mL catalase1 μL
H2O51 μL
【0100】
[撮像工程]
撮像準備工程で準備したコントロールスライドを顕微鏡にセットし、ブリーチング処理で光照射した部位について、波長640nmのレーザ光を露光時間15msecで照射しながら蛍光画像を500枚取得した。露光時のレーザ光のパワーは690W/cmとした。なお、画像取得時には、図3の撮像部100と同様、顕微鏡の鏡体と蛍光検出用のカメラとの間に位相板を設置し、蛍光が2点に分割される条件で撮像を行った。
【0101】
[解析工程]
撮像工程で取得した500枚の画像の内、500枚目に取得した画像について、一つの視野の中心に存在する任意の3つの細胞の核について、それぞれ核内に収まる任意の範囲を円で囲み、円内の蛍光強度の標準偏差を算出した。この作業をブリーチング処理工程で光照射した他の2つの視野についても行い、計9細胞の標準偏差を得た。続いてこの9カ所の標準偏差について、平均と標準偏差を算出した。
【0102】
[比較例]
操作1〜3において光を照射しなかった部位についても、波長640nmのレーザ光をパワーで露光時間15msecで照射しながら、蛍光画像を500枚取得した。露光時のレーザ光のパワーは690W/cmとした。この場合も、位相板を用いて撮像を行った。
【0103】
操作1〜3のそれぞれについて、上記と同様の解析工程により、任意の9細胞の核内蛍光強度の標準偏差を取得し、取得した標準偏差の平均値と標準偏差を算出した。
【0104】
[検証結果]
図10(a)において、右側のグラフが操作1によりレーザ光を照射した部位から取得した核内蛍光強度の標準偏差の平均値であり、左側のグラフが操作1によりレーザ光を照射しなかった部位から取得した核内蛍光強度の標準偏差の平均値である。各グラフの頂上には、核内蛍光強度の標準偏差の標準偏差を示すバーが示されている。操作1では、ブリーチング処理によりレーザ光を照射した部位の方が非照射部位よりも標準偏差の平均値が低かった。すなわち、レーザ光を照射した部位の方が非照射部位よりも蛍光強度のバラつきが小さく、蛍光色素からの蛍光が分離良く検出されていることが分かる。
【0105】
図10(b)、(c)も、図10(a)と同様の形態で、操作2、3に対する検証結果のグラフが示されている。図10(b)、(c)に示すように、操作2、3においても、ブリーチング処理によりレーザ光を照射した部位の方が非照射部位よりも標準偏差の平均値が低かった。すなわち、レーザ光を照射した部位の方が非照射部位よりも蛍光強度のバラつきが小さく、蛍光色素からの蛍光が分離良く検出されていることが分かる。
【0106】
検証3から、レーザ光を照射してブリーチング処理を行うことにより、蛍光色素からの蛍光の検出度合いを高め得ることが確認された。図10(a)〜(c)を参照すると、蛍光色素からの蛍光の検出度合いは、操作1〜3で略同じであった。このことから、ブリーチング処理時に照射する光は、波長が短いほど短時間かつ低パワーで蛍光を抑制できることが分かる。よって、より迅速かつ効率的にブリーチング処理を行うには、より波長が短い光を用いるのが好ましい。
【0107】
なお、ブリーチング処理は、光の他に、試薬を用いて行うことも可能である。たとえば、リポフスチンの自家蛍光を抑制する試薬を用い得る。上記のようにブリーチング処理に光を用いると、光を所定時間照射するのみであるので、ブリーチング処理を簡易に行える。特に、短波長のレーザ光を用いると、短時間かつ低パワーでブリーチング処理を行い得る。
【0108】
<検証4>
検証4では、蛍光色素の蛍光に対する自家蛍光の影響について検討した。
【0109】
[前処理工程、撮像準備工程]
検証例4においても、上述の前処理工程を行った。検証例4では、2次抗体処理工程前にコントロールスライドを顕微鏡にセットし、波長514nmのレーザ光を200W/cmのパワーで5分間照射してブリーチング処理を行った。撮像準備工程は、上記検証3と同様に行った。
【0110】
[撮像工程]
撮像準備工程で準備したコントロールスライドを顕微鏡にセットし、ブリーチング処理で光照射した部位について、波長640nmのレーザ光を690W/cmで5秒間照射した後、露光時間15msecで照射しながら蛍光画像を30枚取得した。なお、画像取得時には、図3の撮像部100と同様、顕微鏡の鏡体と蛍光検出用のカメラとの間に位相板を設置し、蛍光が2点に分割される条件で撮像を行った。
【0111】
[比較例]
ブリーチング処理において光を照射しなかった部位についても、波長640nmのレーザ光を690W/cmで5秒間照射した後、露光時間15msecで照射しながら蛍光画像を30枚取得した。この場合も、位相板を用いて撮像を行った。
【0112】
[検証結果]
図11(a)、(b)は、それぞれ、ブリーチング処理を行った場合の撮像画像とブリーチング処理を行わなかった場合の撮像画像である。図11(a)、(b)では、便宜上、輝点のペアを示すための白丸が撮像画像に追加されている。
【0113】
図11(a)に示すように、ブリーチング処理を行った部位の撮像画像では、白丸で囲んだ部分に輝点のペアを確認できた。確認可能な輝点のペアの数は17であった。これに対し、図11(b)では、細胞からの自家蛍光の影響により、6個の起点のペアしか確認できなかった。この検証結果から、ブリーチング処理を行うことにより、蛍光色素から生じる蛍光が位相板で2つに分割される場合も良好に、蛍光色素からの蛍光を検出できることが分かる。
【0114】
3.検体分析装置
上記検証結果に基づいて、本実施形態に係る検体分析装置1は、たとえば図12のように構成され得る。
【0115】
図12に示すように、検体分析装置1は、上述の撮像部100および解析部200の他、前処理部300と、コンベア400と、データバス500とを備える。撮像部100および解析部200は、図3で示した構成を備え、それぞれ、図4(b)の撮像工程の処理と図5(a)の解析工程の処理を実行する。撮像部100は、前処理部300により前処理が施された測定試料を上記のように撮像する。解析部200は、撮像部100により得られた撮像画像を上記のように処理して被検物質を抽出する。
【0116】
前処理部300は、被検物質を撮像するための前処理を測定試料に施す。前処理部300は、図1に示すステップS11〜S17の処理と、ステップS21の処理を行う。なお、図12では、図1のステップS21のブリーチング工程が、ステップS15のブロッキング処理工程の後段で行われるように前処理部300が構成されている。しかし、ブリーチング工程の順番は、図1のステップS15よりも後ろであれば良く、たとえば、ステップS16とステップS17の間でブリーチング工程が行われても良い。前処理部300においても、ブリーチング工程を行う処理ユニットの配置は適宜変更され得る。
【0117】
前処理部300は、7つの処理ユニット301〜307と、コンベア308を備える。コンベア308は、測定試料が載せられたスライドガラス121を処理ユニット301〜307の前に順番に搬送する。コンベア308は、スライドガラス121を左方向のみに搬送する。処理ユニット301〜306は、前方に搬送されたスライドガラス121をコンベア308から内部に取り込んで処理し、処理が済んだスライドガラス121をコンベア308に戻す。処理ユニット307は、前方に搬送されたスライドガラス121をコンベア308から内部に取り込んで処理し、処理が済んだスライドガラス121を左方のコンベア400に送り出す。
【0118】
処理ユニット301〜305は、それぞれ、図1のステップS11〜S15の処理を行う。すなわち、処理ユニット301〜305は、それぞれ、スライドガラス121上の測定試料に対して、脱パラフィン処理、賦活化処理、フロアテーゼ処理、DNA変性処理およびブロッキング処理を行う。
【0119】
処理ユニット306は、図1のステップS21の処理を行う。すなわち、処理ユニット306は、スライドガラス121上の測定試料に光を照射して、測定試料にブリーチング処理を行う。処理ユニット306は、たとえば、レーザ光源と、レーザ光源から出射された光を平行光に変換するコリメータレンズと、コリメータレンズを透過した光を絞って測定試料に照射する絞りとを備える構成とされ得る。このように光を用いてブリーチング処理を行うことにより、ブリーチング処理を簡易に行える。
【0120】
処理ユニット307は、図1のステップS16、S17の処理を行う。すなわち、処理ユニット307は、測定試料中の被検物質に結合したDNP標識核酸プローブに1次抗体を結合させるための処理と、DNP標識核酸プローブに結合した1次抗体にさらに蛍光色素、すなわち蛍光標識された2次抗体を結合させるための処理とを実行する。処理ユニット301〜307およびコンベア308は、データバス500を介して解析部200に接続されている。処理ユニット301〜307およびコンベア308は、解析部200によって制御される。処理ユニット301〜307およびコンベア308は、所定位置にスライドガラス121に到着したことを検出するセンサ等の検出部を備える。
【0121】
処理ユニット307による標識処理が終了したスライドガラス121は、処理ユニット307から左方のコンベア400に送り出される。コンベア400は、スライドガラス121を撮像部100の前に搬送する。撮像部100は、搬送されたスライドガラス121をコンベア400から内部に取り込んで撮像し、撮像が済んだスライドガラス121をコンベア400に戻す。コンベア400は、撮像部100から戻されたスライドを、回収ユニットへと搬送する。コンベア400も解析部200によって制御される。コンベア400は、所定位置にスライドガラス121が到着したことを検出するセンサ等の検出部を備える。
【0122】
なお、処理ユニット301〜307は、必ずしも別個のユニットとして設けられなくとも良く、複数の処理ユニットが一つのユニットまたは装置に纏められ、その中で各処理ユニットの処理が行われても良い。また、前処理部300と撮像部100が一つにユニット化されても良い。
【0123】
図12の検体分析装置1では、前処理部300において、測定試料の温度を62℃以上に高めて測定試料を処理する処理ユニット304に対して処理順序の下流側に、ブリーチング処理を行う処理ユニット306が配置されている。測定試料に熱を与えてDNAに変性を生じさせるDNA変性処理を行う処理ユニット304は、ブリーチング処理を行う処理ユニット306よりも先に測定試料に処理を行う。脱パラフィン処理を行う処理ユニット301および賦活化処理を行う処理ユニット302も、ブリーチング処理を行う処理ユニット306よりも先に測定試料に処理を行う。また、前処理部300は、ブリーチング処理を行う処理ユニット306よりも下流側に、測定試料を62℃以上に加熱して処理を行う処理ユニットを含まない。よって、上記検証にて示したように、測定試料からの自家蛍光を確実に抑制した状態で測定試料が撮像部100に提供される。これにより、撮像部100は、被検物質に結合した蛍光色素からの蛍光を、測定試料からの自家蛍光が抑制された状態で撮像できる。解析部200は、自家蛍光が抑制された撮像画像を解析するため、精度良く結合色素の蛍光を検出できる。よって、解析部200は、測定試料に含まれる被検物質を高精度に解析できる。
【0124】
図12の検体分析装置1では、前処理部300は、ブリーチング処理を行う処理ユニット306よりも処理順序の下流側に測定試料を44℃以上に加熱して処理を行う処理ユニットと測定試料を37℃より高めて処理を行う処理ユニットの何れも含まない。よって、上記検証にて示したように、測定試料からの自家蛍光をより確実に抑制した状態で測定試料が撮像部100に提供される。これにより、撮像部100は、被検物質に結合した蛍光色素からの蛍光を、測定試料からの自家蛍光がさらに抑制された状態で撮像できる。解析部200は、自家蛍光が確実に抑制された撮像画像を解析するため、さらに精度良く結合色素の蛍光を検出できる。よって、解析部200は、測定試料に含まれる被検物質をより高精度に解析できる。
【0125】
本発明は、HER2遺伝子やCEP17以外の被検物質を分析する検体分析方法および検体分析装置にも適用可能である。また、本発明は、乳癌の検診以外の疾病の診断にも用いられ得る。本発明は、凍結組織や生細胞などを分析する検体分析方法および検体分析装置に適用可能である。この他、本発明は、デジタルPCRで用いる磁性ビーズから生じる自家蛍光を抑制する場合にも適用可能である。
【符号の説明】
【0126】
1 … 検体分析装置
100 … 撮像部
200 … 解析部
300 … 前処理部
301、302、304、307、307 … 処理ユニット
図1
図2
図3
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図5
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図8
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図11
図12