(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記算出部は、前記電磁ブレーキのN回目の制動時の前記動作区間の電流波形と正常状態と推定される前記電磁ブレーキの制動時の前記動作区間の電流波形との相違度、または、前記電磁ブレーキのN回目の解放時の前記動作区間の電流波形と正常状態と推定される前記電磁ブレーキの解放時の前記動作区間の電流波形との相違度である正常時比較相違度をさらに算出し、
前記判定部は、前記正常時比較相違度が第3閾値以上である場合に前記安定性不良とは異なる他の動作不良が生じていると判定すること
を特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載のブレーキ診断システム。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、添付図面を参照して、本発明の具体的な実施形態について詳細に説明する。本実施形態のブレーキ診断システムは、エレベータの電磁ブレーキを診断するものであり、特に、電磁ブレーキの可動部材の動きがランダムに変動する安定性不良を精度よく検知できるようにしたものである。
【0010】
<電磁ブレーキ>
まず、診断対象となるエレベータの電磁ブレーキについて説明する。エレベータは、動力源としてモータを用いた巻上機の駆動により乗りかごを上下動させることにより、乗客を搬送する。巻上機の不用意な動きは安全性を損なう要因となるため、エレベータには、必要に応じて巻上機を制動する電磁ブレーキが設けられている。
【0011】
図1および
図2は、エレベータの電磁ブレーキとして広く用いられているディスク式の電磁ブレーキ100の構造を説明する図である。ディスク式の電磁ブレーキ100は、巻上機の回転軸101にスプライン102を介して連結されたブレーキディスク103を備える。また、巻上機の回転軸101には、ブレーキディスク103を挟み込むように、アーマチュア104(可動部材の一例)とサイドプレート105が配置されている。
【0012】
スプライン102は、巻上機の回転軸101に固定されたリング状の部材であり、外周側に、回転軸101の軸方向に延びる多数の溝が設けられている。ブレーキディスク103は、その中心部に設けられた多数の突起をスプライン102の溝に嵌め込むことにより、スプライン102を介して回転軸101に連結される。このため、ブレーキディスク103は、回転軸101と一体に回転するとともに、回転軸101の軸方向に摺動可能となっている。
【0013】
アーマチュア104は、ブレーキディスク103より径の大きい円板状の磁性体で形成され、中心部に設けられた挿通孔104aに回転軸101が挿通されることにより、回転軸101の軸方向に摺動可能に配置される。アーマチュア104の周縁部には複数の箇所に挿通孔104bが設けられ、これらの挿通孔104bには固定用ボルト106が挿通される。
【0014】
サイドプレート105は、アーマチュア104とほぼ同じ大きさの円板状に形成され、中心部に設けられた挿通孔105aに回転軸101が挿通されることにより、回転軸101の軸方向に摺動可能に配置される。サイドプレート105の周縁部には、アーマチュア104と同様に複数の箇所に挿通孔105bが設けられ、これらの挿通孔105bに固定用ボルト106が挿通される。
【0015】
固定用ボルト106は、アーマチュア104およびサイドプレート105の挿通孔104b,105bに挿通された状態で、その先端部がコア108および取付け基板107にねじ込み固定される。これにより、アーマチュア104およびサイドプレート105が、固定用ボルト106を介して、コア108および取付け基板107に連結される。
【0016】
コア108は、アーマチュア104とほぼ同じ径の円板状の磁性体で形成され、その中心部に、回転軸101の先端部を回転自在に受け入れる凹部108aを有する。また、アーマチュア104と対向するコア108の主面部には、凹部108aを囲む位置に円環状のコイル収容穴108bが設けられ、コイル収容穴108bの外側に複数のバネ収容穴108cが設けられている。
【0017】
コイル収容穴108bには、円環状に巻回されたコイル109が埋設されている。また、複数のバネ収容穴108cにはそれぞれバネ110が収容され、これらバネ110の先端部がアーマチュア104のコア108と対向する面に固定されている。各バネ110は、アーマチュア104をブレーキディスク103およびサイドプレート105側に付勢する付勢力を与える。
【0018】
コイル109は、アーマチュア104をバネ110の付勢力に抗してコア108側に引き寄せるための磁界を発する電磁コイルである。コイル109は、通電線を介して駆動部130に電気的に接続され、駆動部130から励磁電流(直流電流)が供給されることにより、コア108に磁界を発生させる。つまり、コイル109への通電によりコア108が電磁石となり、その磁気的な吸引作用がアーマチュア104に働く。これにより、アーマチュア104がバネ110の付勢力に抗してコア108側へと引き寄せられる。なお、通電線には電流検出器120が接続され、この電流検出器120によってコイル109を流れる電流の値が検出可能とされている。
【0019】
以上のように構成されるディスク式の電磁ブレーキ100は、エレベータの乗りかごを上下動させない停止時、つまり、電磁ブレーキ100により巻上機を制動するブレーキ制動時においては、コイル109に対する通電が遮断される。これにより、アーマチュア104がバネ110によりブレーキディスク103およびサイドプレート105側に付勢され、アーマチュア104とサイドプレート105との間にブレーキディスク103が挟み込まれることによって、巻上機の回転軸101の回転が制止される(
図1参照)。
【0020】
一方、エレベータの乗りかごを上下動させる動作時、つまり、電磁ブレーキ100が巻上機を解放するブレーキ解放時においては、駆動部130からコイル109に励磁電流が供給される。これにより、コア108に磁界が発生し、コア108からアーマチュア104へ磁気的な吸引作用が働く。この吸引作用により、アーマチュア104がバネ110の付勢力に抗してコア108側へと引き寄せられ、巻上機の回転軸101に連結されたブレーキディスク103が解放されて、巻上機が動作可能となる(
図2参照)。
【0021】
<ブレーキ診断システム>
本実施形態のブレーキ診断システムは、以上のような電磁ブレーキ100の診断を行うものである。電磁ブレーキ100の動作不良はコイル109を流れる電流の波形を観測することで検知可能なことが知られており、本実施形態においても、コイル109を流れる電流の波形を用いて電磁ブレーキ100の診断を行う。ただし、本実施形態では、従来のように電流波形を正常時の電流波形と比較するのではなく、今回観測された電流波形と前回観測された電流波形との相違度を求める。そして、所定回数分の相違度の分散に基づいて、アーマチュア104の動きがランダムに変動する安定性不良の有無を判定する。
【0022】
図3は、電磁ブレーキ100のコイル109を流れる電流の値の時系列変化を説明する図である。ブレーキ解放時には、上述のように、駆動部130から電磁ブレーキ100のコイル109に励磁電流が供給される。コイル109を流れる電流の値は通電開始から上昇し、それに伴いコア108の吸引力も上昇する。そして、コア108の吸引力がバネ110の付勢力を上回ると、アーマチュア104がコア108側に引き寄せられ、コア108に当接することでアーマチュア104の動きが止まる。
【0023】
また、ブレーキ制動時には、駆動部130からコイル109への励磁電流の供給が遮断される。これにより、コイル109を流れる電流の値は低下し、それに伴いコア108の吸引力も低下する。そして、アーマチュア104がバネ110の付勢力を受けてブレーキディスク103およびサイドプレート105側へと移動し、ブレーキディスク103をサイドプレート105側に押し付けて、ブレーキディスク103を挟み込むことにより、アーマチュア104の動きが止まる。
【0024】
以上のブレーキ解放時やブレーキ制動時においてアーマチュア104が動く区間を、ここでは「動作区間」と呼ぶ。このアーマチュア104が動く動作区間においては、アーマチュア104の動きが阻害されると逆起電力が生じ、コイル109を流れる電流の値が一時的に大きくなる。したがって、動作区間においてコイル109を流れる電流の値の変化を表す電流波形には、アーマチュア104の動きに応じた特徴が現れる。本実施形態では、この動作区間の電流波形を用いて電磁ブレーキ100の診断を行う。なお、以下では、アーマチュア104の動きに応じた特徴がより顕著に現れるブレーキ制動時の動作区間における電流波形を用いて電磁ブレーキ100の診断を行う例を説明するが、ブレーキ解放時の動作区間における電流波形を用いても、以下の説明と同様の手法により電磁ブレーキ100の診断を行うことができる。
【0025】
図4は、本実施形態のブレーキ診断システム10の機能的な構成例を示すブロック図である。本実施形態のブレーキ診断システム10は、駆動部130を含むエレベータ全体の動作を制御するエレベータ制御装置50と連携して、電磁ブレーキ100の診断を行うものであり、
図4に示すように、取得部11と、波形DB12と、算出部13と、相違度DB14と、判定部15と、出力部16とを備える。
【0026】
取得部11は、電流検出器120により検出される、電磁ブレーキ100のコイル109を流れる電流の値をモニタリングし、例えば電磁ブレーキ100の制動開始を指示するブレーキ制御信号がエレベータ制御装置50から入力されると、このブレーキ制御信号に基づいて、ブレーキ制動時の動作区間における電流波形を取得する。取得部11により取得された動作区間の電流波形は、電磁ブレーキ100の使用が開始されてから何回目の制動時のデータかを特定できる所定の識別情報に対応付けて、波形DB12に格納される。波形DB12は、取得部11により取得された電流波形を上記識別情報に対応付けて保持するデータベースである。
【0027】
算出部13は、時間的に隣り合う2つの電流波形、すなわち、N回目(Nは任意の自然数)のブレーキ制動時における動作区間の電流波形と、N−1回目のブレーキ制動時における動作区間の電流波形とを波形DB12から取り出し、これらの電流波形の相違度を算出する。算出部13による電流波形の相違度の算出は、取得部11により新たな電流波形が取得されるたびに行ってもよいし、ある程度まとめて行うようにしてもよい。新たな電流波形が取得されるたびに相違度の算出を行う場合は、今回取得された新たな電流波形と前回取得された電流波形との相違度が算出される。相違度の算出をまとめて行う場合は、最新の電流波形と1回前の電流波形との相違度、1回前の電流波形と2回前の電流波形との相違度、2回前の電流波形と3回前の電流波形との相違度・・・といった隣接する相違度がそれぞれ算出される。
【0028】
図5は、2つの電流波形の相違度を概念的に示す図である。
図5に示すように、2つの電流波形の相違度は、動作区間の各時点における電流値の差分を時間軸方向に累積した値として求めることができる。このような電流波形の相違度としては、例えば、下記式(1)に示すSSE(Sum of Square Error)や、下記式(2)に示すSAD(Sum of Absolute Difference)などを用いることができる。
【数1】
【数2】
ここで、tは時間を意味し、t−1は前回取得された電流波形、iは電流波形のサンプル点を意味する。
【0029】
なお、算出部13が算出する相違度は電流波形の違いを評価できる値であればよく、SSEやSADに限らず、任意の方法で算出してもよい。算出部13により算出された相違度は、相違度DB14に格納される。相違度DB14は、算出部13により算出された相違度を保持するデータベースである。
【0030】
判定部15は、算出部13により算出された所定回数分(例えば100回分)の相違度を相違度DB14から取り出し、これら所定回数分の相違度の分散を求める。そして、得られた分散の値に基づいて、電磁ブレーキ100のアーマチュア104の動きがランダムに変動する安定性不良の有無を判定する。ここで、所定回数の値をn、i番目(iは1〜nまでの数)の相違度の値をD
i、所定回数分の相違度の平均値をD
aveとすると、所定回数分の相違度の分散s
2は、下記式(3)により求めることができる。
【数3】
【0031】
ここで、アーマチュア104の動きがランダムに変動する安定性不良について説明する。電磁ブレーキ100の動作不良としては、例えば、巻上機の回転軸101に傷が生じたり、隙間に異物が挟み込まれたりといった要因により、アーマチュア104が一定の異常な動きを繰り返すような固定的な動作不良がある。このような固定的な動作不良は、従来のように、アーマチュア104が動く動作区間の電流波形を正常時の電流波形と比較することで、ある程度精度よく検知することができる。
【0032】
これに対し、電磁ブレーキ100の動作不良として、アーマチュア104の動きがランダムに変動する安定性不良があることが分かってきた。例えば、ブレーキディスク103がスプライン102の溝に沿って巻上機の回転軸101の軸方向に摺動する際に、細かな摩耗粉が発生する場合があり、この細かな摩耗粉が回転軸101に付着するとアーマチュア104の動きに影響を与える。細かな摩耗粉は、アーマチュア104が動くたびに回転軸101上の付着位置が変わることがあり、このような場合、その摩耗粉がアーマチュア104の動きに与える影響が都度変動し、その結果、アーマチュア104の動きがランダムに変動する安定性不良が生じる。
【0033】
また、アーマチュア104の動きがランダムに変動する安定性不良は、ブレーキディスク103がスプライン102の溝に沿って摺動する際に発生する細かな摩耗粉による影響だけでなく、例えば、バネ110の劣化、コイル109の不良、ブレーキディスク103やスプライン102以外の他の部材から発生する摩耗粉の影響、電磁ブレーキ100の組み付け時の調整ミスなどによっても生じ得る。このような安定性不良は、これまで、不良として検知されずに見落とされることが多かった。
【0034】
図6は、アーマチュア104の動きがランダムに変動する安定性不良が生じている場合に観測される動作区間の電流波形の一例を示している。
図6から分かるように、安定性不良が生じた場合は、アーマチュア104のランダムな動きに対応して動作区間の電流波形が不規則に変化し、その変化の度合いも都度変動する。なお、
図6では、今回のブレーキ制動時から3回前のブレーキ制動時までの4回分のブレーキ制動時にそれぞれ観測される動作区間の電流波形を示しているが、安定性不良が生じている場合、さらに多くのブレーキ制動時の動作区間の電流波形も不規則に変化し、変化の度合いもばらばらになる。
【0035】
そこで、本実施形態では、従来のように、アーマチュア104が動く動作区間の電流波形を正常時の電流波形と比較するのではなく、時間的に隣り合う2つの電流波形、すなわち、N回目のブレーキ制動時(またはブレーキ解放時)における動作区間の電流波形とN−1回目のブレーキ制動時(またはブレーキ解放時)における動作区間の電流波形とを比較して、両者の相違度を算出する。そして、このような相違度の算出を所定回数分行った後、所定回数分の相違度の分散s
2を求めて、その分散s
2が大きい場合にアーマチュア104の動きがランダムに変動する安定性不良が生じていると判定する。
【0036】
例えば、本実施形態の判定部15は、所定回数分の相違度の分散s
2が第1閾値以上である場合に第1レベルの安定性不良が生じていると判定して、所定回数分の相違度の分散s
2が第1閾値よりも大きい第2閾値以上である場合に第2レベルの安定性不良が生じていると判定する。第2レベルの安定性不良は、第1レベルの安定性不良よりも深刻な不良である。判定部15による判定結果は出力部16に通知される。なお、安定性不良の有無を判定するための閾値(第1閾値や第2閾値)は、電磁ブレーキ100の点検によって判明する実際の不良の状態を反映させて、適宜変更できるようにしてもよい。また、安定性不良の有無を判定するための閾値(第1閾値や第2閾値)を、必要に応じて外部機器から受信して設定するようにしてもよい。
【0037】
出力部16は、判定部15によって第1レベルの安定性不良が生じていると判定された場合に、例えば、エレベータの動作を遠隔で監視する監視センタに設置された監視装置60などに対して、電磁ブレーキ100の点検を促すための所定の警告を出力する。これにより、例えば、エレベータの保守点検の項目に電磁ブレーキ100の点検を加える、エレベータの保守点検を実施するタイミングを早める、保守員を現場に派遣する、といった対応が可能となる。
【0038】
また、出力部16は、判定部15によって第2レベルの安定性不良が生じていると判定された場合は、例えば、エレベータ制御装置50に対して、エレベータのサービスを停止させる指令を出力する。エレベータ制御装置50は、出力部16からサービス停止指令が入力された場合は、各階のホール表示器によるメッセージ表示や音声アナウンスなどを通じてエレベータのサービスを停止していることを利用者に報知するとともに、ホール釦の操作を無効としてホール呼びの受け付けを行わないように制御する。これにより、電磁ブレーキ100に深刻な安定性不良が生じている状態でエレベータを動作させてしまう不都合を有効に防止することができる。
【0039】
なお、本実施形態のブレーキ診断システム10を構成する上述の取得部11、算出部13、判定部15および出力部16の各部は、例えば、1または複数のプロセッサにより実現される。例えば上記各部は、CPU(Central Processing Unit)などのプロセッサにプログラムを実行させること、すなわちソフトウェアにより実現してもよい。上記各部は、専用のIC(Integrated Circuit)などのプロセッサ、すなわちハードウェアにより実現してもよい。上記各部は、ソフトウェアおよびハードウェアを併用して実現してもよい。複数のプロセッサを用いる場合、各プロセッサは、上記各部のうち1つを実現してもよいし、上記各部のうち2以上を実現してもよい。また、上述の波形DB12および相違度DB14は、例えば、HDD(Hard Disk Drive)やSSD(Solid State Drive)などのストレージ装置を用いて実現することができる。
【0040】
以上、具体的な例を挙げながら詳細に説明したように、本実施形態のブレーキ診断システム10は、N回目のブレーキ制動時における動作区間の電流波形と、N−1回目のブレーキ制動時における動作区間の電流波形との相違度を算出し、所定回数分の相違度の分散s
2に基づいて、電磁ブレーキ100のアーマチュア104の動きがランダムに変動する安定性不良の有無を判定するようにしているので、このような安定性不良を精度よく検知できる。
【0041】
なお、以上で説明した実施形態では、N回目のブレーキ制動時における動作区間の電流波形と、N−1回目のブレーキ制動時における動作区間の電流波形との相違度を算出する構成としているが、上述したように、N回目のブレーキ解放時における動作区間の電流波形と、N−1回目のブレーキ解放時における動作区間の電流波形との相違度を算出する構成であっても同様に、電磁ブレーキ100のアーマチュア104の動きがランダムに変動する安定性不良を精度よく検知できる。
【0042】
上述の実施形態は様々な変形を加えて実現することができる。以下では、いくつかの変形例について説明する。なお、以下の変形例の説明においては、上述の実施形態と同様の機能を持つ構成要素に同一の符号を付して、重複した説明を適宜省略する。
【0043】
<変形例1>
上述の実施形態では、電磁ブレーキ100のアーマチュア104の動きがランダムに変動する安定性不良の有無のみを判定しているが、従来の方法と組み合わせて実施することにより、電磁ブレーキ100の他の動作不良の有無も併せて判定することが可能となる。
【0044】
すなわち、本変形例では、電磁ブレーキ100の据え付け時など、電磁ブレーキ100が正常状態であると推定されるタイミングで電磁ブレーキ100を動作させ、ブレーキ制動時(またはブレーキ解放時)における動作区間の電流波形を取得し、これを正常時電流波形として波形DB12に格納しておく。正常時電流波形の一例を
図7に示す。
【0045】
そして本変形例では、算出部13が、N回目のブレーキ制動時(またはブレーキ解放時)における動作区間の電流波形とN−1回目のブレーキ制動時(またはブレーキ解放時)における動作区間の電流波形との相違度を算出する際に、N回目のブレーキ制動時(またはブレーキ解放時)における動作区間の電流波形と正常時電流波形との相違度(これを「正常時比較相違度」と呼ぶ)も併せて算出する。そして、判定部15は、算出部13が算出した正常時比較相違度が所定の閾値(第3閾値)以上である場合に、アーマチュア104の動きがランダムに変動する安定性不良とは異なる他の動作不良(例えば異物の挟み込みなど)が電磁ブレーキ100に生じていると判定する。
【0046】
本変形例では、以上のように、正常時比較相違度を用いた判定も併せて行うようにしているので、様々な形態の電磁ブレーキ100の動作不良を幅広く検知することが可能となる。
【0047】
<変形例2>
上述の実施形態では、診断対象としてディスク式の電磁ブレーキ100を例示したが、ドラム式の電磁ブレーキを診断対象としてもよい。
【0048】
図8および
図9は、ドラム式の電磁ブレーキ200の構造を説明する図であり、
図10は、ドラム式の電磁ブレーキ200の電磁駆動部210の詳細を示す断面図である。ドラム式の電磁ブレーキ200は、
図8および
図9に示すように、巻上機の回転軸201に固定されたブレーキドラム202と、ブレーキドラム202を挟み込むように配置された一対のブレーキアーム203(可動部材の一例)と、これらブレーキアームの先端側に当接する一対のレバー204と、これら一対のレバー204を作動させる電磁駆動部210とを備える。
【0049】
一対のブレーキアーム203は、それぞれ基端側が軸205により固定され、この軸205を支点として回動可能となっている。これらブレーキアーム203のブレーキドラム202と対向する位置には、それぞれブレーキドラム202の外周面の形状に対応する円弧状の当接面を有するブレーキパッド206が取り付けられている。また、一対のブレーキアーム203の先端側は連結軸207により連結され、この連結軸207に取り付けられたバネ208によって互いに近づく方向に付勢されている。
【0050】
一対のレバー204は、一対のブレーキアーム203の先端側においてこれらブレーキアーム203の間に配置されている。これらレバー204は、それぞれ軸209により固定され、この軸209を支点として回動可能となっている。これらレバー204の一端側はそれぞれ電磁駆動部210の後述する押しボルト213に連結され、他端側がそれぞれブレーキアーム203の先端側に当接している。
【0051】
電磁駆動部210は、
図10に示すように、ベース211と、鉄心(プランジャ)212と、押しボルト213と、コイル214と、ケース215とを備える。
【0052】
ベース211には、押しボルト213が挿通されてこの押しボルト213の移動を案内する案内孔が形成されている。そして、このベース211の案内孔の内周面に、押しボルト213の移動を円滑化するためのすべり軸受け216が配置されている。
【0053】
鉄心212には、押しボルト213が挿通される挿通孔が形成されている。押しボルト213は、この鉄心212の挿通孔に挿通され、先端部がナット217により鉄心212に固定されている。押しボルト213の基端部にはフランジ213aが形成され、この押しボルト213のフランジ213aに、上述の一対のレバー204の一端側が連結されている。押しボルト213のフランジ213aとベース211との間には引っ張りバネ218が設けられ、この引っ張りバネ218の作用により、押しボルト213に固定された鉄心212がベース211から離れる方向に付勢されている。
【0054】
コイル214は、鉄心212をベース211側に引き寄せるための磁界を発する電磁コイルである。コイル214は、ベース211および鉄心212の外周側とケース215との間に配置され、通電線を介して駆動部130(
図8および
図9参照)に電気的に接続されている。コイル214は、駆動部130から励磁電流(直流電流)が供給されることにより磁界を発生させ、鉄心212をベース211側へと吸引する。これにより、鉄心212に固定された押しボルト213が、すべり軸受け216の内周面に摺接しながら
図10中の矢印A方向に移動する。なお、通電線には電流検出器120(
図8および
図9参照)が接続され、この電流検出器120によってコイル214を流れる電流の値が検出可能とされている。
【0055】
以上のように構成されるドラム式の電磁ブレーキ200は、上述のディスク式の電磁ブレーキ100と同様に、ブレーキ制動時にコイル214に対する通電が遮断される。これにより、鉄心212がベース211から離れる方向に移動し、鉄心212に固定された押しボルト213が一対のレバー204の一端側を引き込む。これにより、一対のレバー204の他端側によって移動が規制されていた一対のブレーキアーム203が、バネ208の付勢力によってブレーキドラム202に近づく方向に回動し、これらブレーキアーム203に取り付けられたブレーキパッド206がブレーキドラム202の外周面に押し当てられることによって、巻上機の回転軸201の回転が制止される(
図8参照)。
【0056】
一方、ブレーキ解放時においては、上述のディスク式の電磁ブレーキ100と同様に、駆動部130からコイル214に励磁電流が供給される。これにより、鉄心212をベース211側に吸引する磁界が発生し、鉄心212に固定された押しボルト213が一対のレバー204の一端側を押し込むように移動する。これにより、一対のレバー204の他端側が一対のブレーキアーム203を押し広げるように作用する。そして、一対のブレーキアーム203がバネ208の付勢力に抗してブレーキドラム202から離れる方向に回動し、これらブレーキアーム203に取り付けられたブレーキパッド206がブレーキドラム202から離れ、巻上機の回転軸201に連結されたブレーキドラム202が解放されて、巻上機が動作可能となる(
図9参照)。
【0057】
以上のように、ドラム式の電磁ブレーキ200において可動部材であるブレーキアーム203が動く原理は、ディスク式の電磁ブレーキ100の可動部材であるアーマチュア104が動く原理と同様である。このため、ドラム式の電磁ブレーキ200においても、ブレーキ制動時あるいはブレーキ解放時における動作区間の電流波形に、ブレーキアーム203の動きに応じた特徴が現れることになる。したがって、ドラム式の電磁ブレーキ200を診断対象とする場合であっても、ブレーキ制動時あるいはブレーキ解放時における動作区間の電流波形を用い、上述の実施形態と同様の手法でブレーキアーム203の動きがランダムに変動する安定性不良の有無を判定することにより、このような安定性不良を精度よく検知できる。
【0058】
なお、以上説明した構造のドラム式の電磁ブレーキ220において、ブレーキアーム203の動きがランダムに変動する安定性不良の要因としては、例えば、電磁駆動部210の押しボルト213がすべり軸受け216に摺接しながら移動する際に発生した細かな摩耗粉が押しボルト213の動きを不安定にし、この影響によりブレーキアーム203の動きがランダムに変動するといった要因が考えられる。また、それ以外にもバネ208の劣化、コイル214の不良、押しボルト213やすべり軸受け216以外の他の部材から発生する摩耗粉の影響、電磁ブレーキ200の組み付け時の調整ミスなどによっても生じ得る。このような安定性不良は、これまで、不良として検知されずに見落とされることが多かったが、ブレーキ制動時あるいはブレーキ解放時における動作区間の電流波形を用いて安定性不良の有無を判定することにより、このような安定性不良を精度よく検知できる。
【0059】
<変形例3>
上述の実施形態では、1つの電磁ブレーキ100を診断対象としているが、例えば群管理エレベータが設置されている現場などでは、各号機ごとに設けられた複数の電磁ブレーキ100を診断対象とする構成であってもよい。この場合、取得部11による電流波形の取得は個々の電磁ブレーキ100ごとに行われ、取得された電流波形が波形DB12において個々の電磁ブレーキ100ごとに管理される。また、算出部13による相違度の算出および判定部15による判定は、個々の電磁ブレーキ100ごとに行われる。
【0060】
このとき、各号機の電磁ブレーキ100が同じ型式のものであれば、判定部15による判定に用いる閾値は共通のものでもよいが、異なる型式の電磁ブレーキ100が使用されている場合には、それぞれの型式にあった閾値を用いることが望ましい。また、個々の電磁ブレーキ100ごとに算出された相違度の値を、電磁ブレーキ100の型式の違いを吸収するように正規化した上で分散s
2を求め、共通の閾値を用いて判定を行うようにしてもよい。
【0061】
すなわち、複数の電磁ブレーキ100を診断対象とする場合、例えば
図11に示すように、電磁ブレーキ100の規格に関する情報を型式ごとに保持する型式DB17と、正規化処理部18とを追加する。そして、正規化処理部18が、型式DB17を参照しながら、個々の電磁ブレーキ100ごとに算出されて相違度DB14に保持された相違度の値を、電磁ブレーキ100の型式の違いを吸収するように正規化して判定部15に渡す。判定部15は、正規化処理部18によって正規化された相違度の値を用いて上述の分散s
2を求め、得られた分散s
2の値に基づいて、電磁ブレーキ100のアーマチュア104の動きがランダムに変動する安定性不良の有無を判定する。
【0062】
<変形例4>
上述の実施形態では、ブレーキ診断システム10がエレベータの設置現場に構築されることを想定したが、例えば
図12に示すように、エレベータの設置現場に設けられた現場端末20とクラウド環境などに設けられたブレーキ遠隔診断装置30とがネットワーク40を介して接続された、ネットワーク型のブレーキ診断システム10’として構築されてもよい。この場合、上述の相違度の算出を現場端末20側で行うかブレーキ遠隔診断装置30側で行うかにより、現場端末20とブレーキ遠隔診断装置30の構成が異なる。
【0063】
図13は、ネットワーク型のブレーキ診断システム10’の機能的な構成例を示すブロック図であり、相違度の算出をブレーキ遠隔診断装置30側で行う場合の例である。相違度の算出をブレーキ遠隔診断装置30側で行う場合は、
図13に示すように、現場端末20には、上述の取得部11と送信部21とが設けられる。一方、ブレーキ遠隔診断装置30には、受信部31と上述の波形DB12、算出部13、相違度DB14、判定部15および出力部16が設けられる。
【0064】
この構成の場合、現場端末20は、上述の動作区間の電流波形を取得部11により取得し、取得した動作区間の電流波形を送信部21からネットワーク40を介してブレーキ遠隔診断装置30に送信する。ブレーキ遠隔診断装置30は、現場端末20からネットワーク40を介して送信された動作区間の電流波形を受信部31により受信し、受信した動作区間の電流波形を波形DB12に格納する。以降の処理は、上述の実施形態と同様であるため、説明を省略する。
【0065】
図14は、ネットワーク型のブレーキ診断システム10’の機能的な構成例を示すブロック図であり、相違度の算出を現場端末20’側で行う場合の例である。相違度の算出を現場端末20’側で行う場合は、
図14に示すように、現場端末20’には、上述の取得部11、波形DB12および算出部13と送信部22とが設けられる。一方、ブレーキ遠隔診断装置30’には、受信部32と上述の相違度DB14、判定部15および出力部16が設けられる。
【0066】
この構成の場合、現場端末20’は、上述の実施形態と同様に取得部11による動作区間の電流波形の取得と算出部13による相違度の算出を行う。そして、現場端末20’は、算出部13により算出された相違度を送信部22からネットワーク40を介してブレーキ遠隔診断装置30’に送信する。ブレーキ遠隔診断装置30’は、現場端末20からネットワーク40を介して送信された相違度を受信部32により受信し、受信した相違度を相違度DB14に格納する。以降の処理は、上述の実施形態と同様であるため、説明を省略する。
【0067】
相違度の算出をブレーキ遠隔診断装置30側で行う構成とした場合、現場端末20側で必要とされる処理は、動作区間の電流波形を取得してブレーキ遠隔診断装置30に送信する処理のみとなるため、現場端末20の処理負荷が低減される。したがって、この構成の場合は処理能力の低い安価な現場端末20を用いてネットワーク型のブレーキ診断システム10’を構築することができ、システム導入時の初期コストを低減できるといった利点がある。
【0068】
一方、相違度の算出を現場端末20’側で行う構成とした場合は、現場端末20’からブレーキ遠隔診断装置30’に送信されるのは、電流波形そのものよりもデータサイズが小さい相違度となるため、データ通信量を大幅に削減することができる。したがって、この構成の場合は、通信に必要とされる費用を削減し、システム稼働時の運用コストを低減できるといった利点がある。
【0069】
なお、以上で説明したネットワーク型のブレーキ診断システム10’においては、クラウド環境などに設けられたブレーキ遠隔診断装置30(30’)に対して、多数のエレベータ設置現場に各々設けられた多数の現場端末20(20’)を接続することができる。そして、ブレーキ遠隔診断装置30(30’)において、エレベータごとに設けられた多数の電磁ブレーキ100の診断を行うことができる。このとき、診断の対象となる電磁ブレーキ100の型式がエレベータごとに異なる場合は、それぞれの型式にあった閾値を用いることが望ましい。また、エレベータごとに算出された相違度の値を、電磁ブレーキ100の型式の違いを吸収するように正規化した上で分散s
2を求め、共通の閾値を用いて判定を行うようにしてもよい。
【0070】
すなわち、エレベータごとに設けられた多数の電磁ブレーキ100を診断対象とする場合、
図11に示した例と同様に、電磁ブレーキ100の規格に関する情報を型式ごとに保持する型式DB17と、正規化処理部18とをブレーキ遠隔診断装置30(30’)に追加する。そして、正規化処理部18が、型式DB17を参照しながら、個々の電磁ブレーキ100ごとに算出されて相違度DB14に保持された相違度の値を、電磁ブレーキ100の型式の違いを吸収するように正規化して判定部15に渡す。判定部15は、正規化処理部18によって正規化された相違度の値を用いて上述の分散s
2を求め、得られた分散s
2の値に基づいて、電磁ブレーキ100のアーマチュア104の動きがランダムに変動する安定性不良の有無を判定する。
【0071】
また、エレベータの設置現場に設けられた現場端末20(20’)は、エレベータに組み込まれたものでもエレベータとは分離された構成のものでもよい。
【0072】
以上で述べた実施形態や変形例によれば、エレベータの電磁ブレーキの可動部材の動きがランダムに変動する安定性不良の有無を精度よく検知できる。
【0073】
以上、本発明の実施形態を説明したが、上述の実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。上述の実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。